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小林(守)
委員 民主党の
小林です。
既に触れられておりましたけれども、二〇〇五年に
開催されます
愛知万博について、二十一
世紀の
日本が世界に発信するコンセプト、極めて重要な
万博になるであろう、大きな関心を持って臨んでいきたいと考えているところでございます。
そこで、まず、この
愛知万博の
理念や
テーマについて、そして
基本的な
手法について
大臣の御見解や論議を深めておきたい、こんなふうに考えるところであります。
七〇年の
大阪万博の際には、「人類の進歩と調和」、このような
テーマが、
基本理念が掲げられておったわけであります。まさに高度成長期の真っ盛り、人類の科学
技術、そして経済の成長、大きな夢と希望が展望できる時代の
テーマではなかったか、このように思うわけでありますけれども、二十
世紀の
世紀末の今日、
地球環境問題、温暖化の問題を初めとして深刻な問題が現前してきているわけであります。そういう点で、私
たちは、人類の英知とか人類の進歩とかいう言葉に、概念に反省をしながら二十一
世紀を展望していかなければならない、そういう状況であろうというふうに思っておるところであります。
今度の
愛知万博の
テーマは「新しい
地球創造自然の叡智」というふうになっておりまして、私は、大変すばらしい、哲学を持った
テーマではないか、このように思っているわけであります。特に、新しい
地球の創造、人間の英知としなかったところに今度の
テーマの深さがある、このように考えているところであります。人類、人間も自然の一部だということになるならば、この「自然の叡智」というのは人間の英知と読みかえることもあるいはできるかもしれませんが、私はあえて、これを人間とは読まずに「自然の叡智」というところに重きを置いて受けとめていきたいな、またそうすべきである、このように考えているところであります。
そこで、
会場地として
予定されている海上の森、私どもも現地
調査をさせていただきましたけれども、戦後、拡大造林をされて、杉、ヒノキの山と、それからいわゆる落葉広葉樹が自然に生えた、そういう混合した林相をしている
生態系の豊かなところでございます。
私
たちが自然の英知といった場合に、森林や里山を見ていく場合に、どういう視点から自然の英知を学び、受けとめるべきなのか、そういう
観点が重要だろうというふうに思います。
もちろん、森林については、いわゆる手つかずの、人間が踏み入れたことのない原生林もありますし、それから、百年以上もたったいわゆる自然林、人間の手は入っていますけれども、自然林と言っていい森林もありますし、また、この海上の森のような、五十年ぐらいのサイクルで手が入ってきた、こういう里山のこの自然、第二次林というふうに言っていいと思うのですけれども、これらについての英知を私
たちは分けて考えていかなければならないだろう、このように考えているところでございます。
私は、落葉広葉樹林の持っている豊かさと、それから、杉、ヒノキの持っている、用材を人間のために自然の恵みをいただくというような、これは人類のサイドの英知なのかもしれませんけれども、そういう自然の
利用のあり方、これも大事な視点だとは思いますが、自然の豊かさという
観点から見るならば、落葉広葉樹の持っている、山がいかに水資源の涵養という点で杉、ヒノキの人工林よりも豊かであるか。
さらには、腐葉土をつくるという、土をつくるという、一立方センチメートル当たり十億に及ぶバクテリアを含んだ豊かな腐葉土、こういうものをつくる力、それから、いわゆるエアクリーナーとも言われる落葉樹、葉に汚れた空気を、そして毒素のある空気を吸い取って、そして秋になっては枯れて落ちていく、そのことによって空気をクリーンにする、こういう機能、そして、木の実やさまざまなみつを出すことによって小動物を育てていく、そういう自然の力。
そういう
観点で考えるならば、私は、杉、ヒノキと比べるのはレベルの違う話でございますけれども、落葉広葉樹林の方が豊かな、自然のエネルギーを持った自然ではないか、このように考えるところであります。しかし、現地を見た場合に、今度のAゾーンと言われる主
会場地は、まさにこの落葉広葉樹林を主に伐採して平地を
確保し、そして、杉、ヒノキの人工林を残すというような
手法になっているのではないか、こんなことを現地で見てきたわけであります。
そういう点で、私は、自然の英知を学んでいく
万博なんだという
観点からするならば、コンセプトと実際のあり方が食い違っているのではないか、本当に実質的に新しい
地球の創造や自然の英知を学ぶ、謙虚に受けとめていく、そういうものなのかどうか、疑問に思った一人であります。
長くなりましたけれども、この辺についての
大臣の所見をお伺いしたいと思います。