○
参考人(
鈴村興太郎君) 鈴村でございます。
私は、
一橋大学経済研究所におきまして、現代
経済研究部門というところに所属して公共
経済学の担当をしております。私自身の研究関心について最初に少し申し上げることが、私の陳述の背景になるかと思います。
私の関心は主に
経済政策の理論的な基礎、とりわけ社会的な意思決定の仕組みとか、あるいはまた
経済政策が国民の
経済厚生に対して一体どのように組み立てられるべきかということを分野とする厚生
経済学を研究しております。その立場から、市場
経済における
競争と
規制の仕組みはどうあるべきか、また重要な政策的決定に際しての公共的な意思決定の機構、仕組みはどうあるべきかということを関心の対象としておる者でございます。
日本の問題に関しましても、この
観点から
日本の
産業政策、
日本の
競争政策、それから
日本の電気
通信政策等々に関して長く関心を持ってきております。とりわけ一つの
視点といたしましては、
経済学者というのはしばしばドライな学者と見られがちでありまして、結果よければすべてよしという見方をするかに思われるわけですが、やはりどういう結果がどういう仕組みを経て、つまりどういう手続的な公平性を持ちつつ
実現されるかということが重要であるということを強調しているものでございます。
さて、私の陳述のもう一つの前置きといたしまして、現在の
日本の
情報通信産業を取り巻く
三つの不確実性ということを申し上げておきたいと思います。この点から先、さきにお配りしてございます私のメモに大体沿ったシナリオで
お話をしてまいります。
第一番目の不確実性というのは、
通信技術の
発展の速度と方向に関する外生的な、つまり我々の持つシステムとはかかわりなく外から生まれてくる不確実性であります。過去数年間の経験からも明らかなように、
通信技術の
発展は極めて急速かつ多様でありまして、その
発展速度と
発展方向を事前に正確に予測するということはだれにとってもほとんど不可能に近いというのが現実でございます。これが第一の不確実性の霧でございます。
第二の不確実性というのは、さかのぼりますと、第二臨調が提言した
NTTの分離
分割という機構改革をめぐりまして、
NTTの
経営形態に関する政策措置が一九八五年改革に際しても、また
NTT法附則第二条に基づく一九九〇年及び九五年の見直しによっても確定できずに、最大の統合
通信事業者のあり方が十四年以上にもわたって宙に浮いたままにとどまってきたということでございます。これは
通信事業の将来展望を深い霧に閉ざしてきたということは間違いないことであると
考えております。
第三の不確実性と申しますのは、この
産業における
規制の権限を持ちます郵政省による
規制が八五年改革以降この
産業を
競争的に育成するという
観点から
産業政策的に行われてまいりまして、その
規制の行われ方が極めて裁量的に行われてきた、その
意味において、実はこの
産業の
競争の仕組み、つまり
競争のルールが
透明性と公開性に欠ける点があったという点でございます。
先ほど申しました第一の不確実性というのは、これは我々の
制度の問題というよりは
技術の性格に根差しておりまして、その
意味で外生的なものであります。この霧は、
電気通信事業者が自己責任と利潤動機に基づく実験とたくましい
競争を通じて試行錯誤的に解消することに
期待するほかはないという性格のものでございます。これに対しまして第二、第三の不確実性は、政策措置の選択に
政治的な決断がしばしば欠けて、また
規制行政が不透明な仕組みで裁量的に執行されたという点に起因しておりまして、その
意味で、
情報通信をめぐる
日本の
政治・
経済システムがみずから、つまり内部からつくり出したという
意味で内生的な不確実性でございます。
この
観点からいたしますと、電気
通信三法の改正による今回の
制度改革は、
NTTの
経営形態に関する
政治的意思決定によって第二の不確実性の霧を晴らすということ、及び
事業法の改正によって
規制行政と
競争ルールを
透明化し公開性と公平性を保障することによって第三の不確実性の霧を晴らすことということが大きな課題になるわけでございます。そしてまた、第一の不確実性の霧を晴らすためにダイナミックな
競争が十分的確に機能できる条件を
整備することもまた今回の機構改革の大きな
意義でございます。
以上を前置きといたしまして、具体的に今回の機構改革の中身について論点を絞りつつ陳述申し上げます。
まず第一点といたしまして、
事業法の
改正案に関する私なりの見方を御
説明申し上げたいと思います。
今回の
事業法の
改正案におきましては、しばしば不透明な参入
規制の根拠となってきました
過剰設備防止条項など、さまざまな問題を含んだ
事業法の改善が行われております。このような改善に対しましては私は高く評価するものであります。
一方、従来の
事業法のルールとしての不備及びその適用上の行政の不備と両面から、この
電気通信事業において最も重要な
競争のルールである
ネットワークの
相互接続がなかなか円滑に行われないということが従来の問題でありました。その点に関しましても、今回の
事業法の
改正案は
接続ルールを
整備するとともに、またその
整備のプロセスで従来以上に
透明性を改善するという努力が払われたことはやはり評価したいと思います。
ただし、私はこの機会にぜひつけ加えておきたいまだ残されている問題点があると
考えております。
まず第一の参入許可条件に関して申し上げますと、確かに最大の問題でありました
過剰設備防止条項は廃止になりましたが、依然として参入許可条件の中には「その
事業の
計画が確実かつ合理的であること。」、また「その他その
事業の開始が電気
通信の健全な発達のために適切であること。」というものが維持されております。この二つの条項は先ほどの
過剰設備防止条項と相並び従来の不透明な参入
規制の根拠となっていたものでありまして、これが残されたことは、法の運用次第では、行政が不透明な介入を行うことによって
競争が第一の不確実性の霧を晴らすように十分機能しない懸念が依然として残るということを申し上げておきたいわけであります。
もう少し敷衝いたしますと、最初の「
事業の
計画が確実かつ合理的であること。」というのがなぜ問題かと申しますと、本来の
競争市場におきましては、ある
事業の
計画が確実かつ合理的であるかどうかということはその
事業が
競争プロセスを生き抜けるかどうかという市場のテストによって事後的に検証されるものであります。しかるに、この確実かつ合理的な
事業計画を求める規定と申しますのは、実際の
競争が開始される以前に
競争市場の判定を先取りする能力が
規制機関に備わっているという想定に立っているものと
考えざるを得ないからであります。
一方、
接続に関するルール化に関しましても一つの懸念を表明しておきたいと思います。懸念と申しますのは次の点であります。
今回の
事業法改善によりましても
接続に関する裁定機能は
規制機関である郵政省の管轄にとどめられておりますし、また
接続に関する処分等も郵政省の管轄内の
審議会に諮問するものと定められております。
私の
観点から申しますと、実は
接続にかかわっては二つの重要な機能が区別されるべきだと思われます。
第一の機能は、
接続に関する政策立案の機能であります。これは今回の
事業法改革にあらわれておりますように、
接続ルールの
明確化と
透明化ということがそれに対応しております。一方の機能は、こうして法定されますルールが果たして遵守されているかどうかということを監視し、違反に対する処罰とまたルールをめぐって起こる
事業者間の対立を裁定するという行政機能であります。この二つの機能がともに一つの
規制機関の中にとどめられているということは、私は、本来
競争のルールの設計とそのルールの監視ということは別物だという
観点から、残された問題であると思っております。
私の
考え方によりますと、現段階の
電気通信事業における
競争条件をまさに決定的に左右する
接続に関するルールの決定は、
規制機関である郵政省とは独立した第三者機関にゆだねられるべき性格のものであると思われます。この点に私は一つの懸念を持つということを申し上げておきたいと思います。
第二点に移ります。
改正
NTT法におきましては、純粋
持ち株会社となる
NTT本社と東西に二分される
地域会社に対して、従来の
NTTが負っていたと同様なユニバーサル
サービスの
提供義務を課しております。全国あまねく公平な
電話サービスの
提供という役割が、従来の
NTTと同じく新生
NTTにも課されるということでございます。
この
提供義務は
国民生活に不可欠な
電話の役務に限られてはおりますが、
特殊会社とはいえ
ども競争に公平に参加すべき
NTTに対してのみユニバーサル
サービスの
提供義務を課す根拠はそれほど明確なものではありません。なぜならば、
電話サービスを
提供する
事業が全体としてユニバーサル
サービスの義務を負うという
考え方もありまして、事実そのような
考え方を
制度化しているのがアメリカにおけるユニバーサル
サービスの
考え方でございます。
確かに現状で申しますと、
NTTがとりわけ
地域に関して非常に強い疑似独占性を持っている状況を背景とすると、ユニバーサル
サービスが片務的に
NTTに課されるというのはもっともに思われるかもしれません。さりながら、長期的に
考えますと、この
事業の将来にとって決定的なことは、まさに
地域事業においてどれだけ
競争が進展するかということであり、先ほど触れました
接続ルールが機能するかどうかも、まさにこの
競争の進展にどれだけ貢献できるかによって確かめられるべきものであります。
このように、
競争の進展を
期待するという
観点から
考えますと、このような片務的なユニバーサル
サービスが今回の
NTT法改正におきまして実は維持されたということも、将来に残る問題として検討されるべきであるというその留意事項を申し上げておきたいわけでございます。
同様に、特殊法人であることから
KDDが事実上課されている
国際通信のユニバーサル
サービスの
提供義務に関しても、同じ
観点からの再考の余地があるということを申し上げておきたいと思います。
念のために付言いたしますが、もちろん
KDD法には明文としては
国際通信のユニバーサル
サービスの義務はありません。この義務を課しているのは、特殊法人という
KDDのステータスであります。
時間が余りございませんので深くは触れられませんが、ユニバーサル
サービスの代替的な仕組みといたしましては、例えばアメリカにおけるユニバーサル
サービスファンドの仕組み等々、
参考にすべき仕組みは既に機能しているわけでありまして、私たち
日本の電気
通信の
制度的な仕組みも、これはまだ未完の
制度改革でありまして、将来の課題をはっきりと意識しておくべきであると思います。
第三の論点に移ります。
昨年三月に
電気通信審議会が
答申いたしました
NTT改革案と今回の法改正とを比較してみますと、実は
NTTの
経営形態のあり方のイメージは全く異なっております。
電気通信審議会の
答申が構想いたしました
NTTの分離
分割案によりますと、
地域分離された
電話会社の間には、直接、間接の
競争がイメージされておりますし、また
長距離会社に対しましても、再
編成後、直ちに
地域市場への参入が可能とされております。さらにまた、東西二社の
地域会社間にも
相互に参入が可能であるというチャネルが開かれておりますし、将来、
競争が進展すれば
地域会社の
長距離、国際への参入もまた可能であるというイメージでございました。
これに対しまして、今回の法改正がイメージしております
持ち株会社構想による分離は、
地域会社間の直接はもとより間接的にも
競争がどういう仕組みで起こるのかというイメージははっきりしていないということがございます。
二つの構想を比較して非常に大きな違いがあるということをまず踏まえた上で、それでは、今回の改正に対して私が一体どう賛否を表明するかということでございます。前置きで申しました第一、第二、第三の不確実性に戻って申しますと、私たちの
制度が内生的につくり出した霧を晴らすことが今や最も重要な問題であると
考えておりますので、その立場から、今回の改正を、いわば若干苦い思いを持ちながらも、ぜひ
実現していただきたいという立場を選択するものでございます。第二の不確実性を晴らすという点を重視した一つの現実的な判断でございます。
以上申し上げた三点が基本的な
意見でございまして、最後に
三つほど、また将来に向けての御注意いただきたい点を述べて、私の
意見陳述を閉じさせていただきます。
第一の点は、前置きで述べました第一の不確実性の霧にかかわっております。先ほど申しましたように、外生的な
技術の将来が非常に不確実であるということは、これは
制度の問題として
制度の改革をすれば確実に解消できるというものではなくて、試行錯誤的に
事業者間の
競争がダイナミックに
発展していくことによって、
産業の
発展方向を
競争を通じて発見することによって初めて晴らされるものであります。
そうであるだけに、今回の法改正によってつくられる仕組みが、
競争がこの機能を十分果たせるようなものになることを保障することこそ重要でありまして、ルールが明文化されたとしても、そのルールを実際にどのように実践するかということは、一方において行政側の課題であるし、また
他方においては
競争に参加する
事業者のまさに
競争に対する取り組み方にかかわっております。
管理された
競争、従来の
規制がさまざまな業態別の介入を行っていわば
競争に手錠をはめてきたような
競争では、まさにこの不確実性の霧を晴らす
競争は
実現され得ない、これが私の強調したいことであります。ダイナミックで自由な
競争となることこそ、
日本の電気
通信の将来がこの法によって開かれるキーワードであります。
先ほどの
林参考人が使われた言葉をちょっとモディファイして申しますと、
電気通信産業は今や自然な
規制産業という特殊な
産業ではなくて、自由でダイナミックな
競争によって不確実性の霧が晴らされていくような普通の
産業になろうとしているわけでありまして、まさにこの普通の
産業として
競争が進行するように、行政側の
規制もそれ自体また伸縮的で不断の進化を遂げていただきたいというふうに
考えます。これが第一点でございます。
第二点は、実は今回の
制度改革が動き出したきっかけは、重々御承知のように、橋本首相が昨年七月に郵政省側に対して与えた指示であると言われております。
規制機関と被
規制企業とが延々十四年間にわたって不毛な対立を続けていた状況におきまして、
政治が指導力を発揮して道を開いたと言えばまさに平仄が合うわけではございますが、先ほど指摘したように、実は
電気通信審議会の
最終答申とこの橋本首相の指示以降具体化し、今度
制度化されます仕組みとは非常に違っておりますし、また
電気通信審議会という我々の持っている公共的な意思決定の仕組みはこの最終決着においてはいわば活用されていないということが問題でございます。ただし、
接続のルールのことにつきましては、
電気通信審議会の
答申が十分な役割を果たしました。
しかしながら、最終的な決着を
NTTの
経営形態について下すという点につきましては、私の申し上げた懸念が妥当すると思います。別の面から申しますと、今回の決着の方法には、手続には公共的意思決定の仕組みとして問題があると私は
考えざるを得ないわけであります。国政の最高意思決定機関として、重要な懸案事項に関する意思決定を
規制機関と被
規制企業との協議にゆだねる手続というのは私には納得がいかない点が残るわけでありまして、今後、公開性、
透明性、手続的な公平性を備えた公共的な意思決定の仕組みが構想されますことをこの際
期待しておきたいと思います。
最後にもう一点だけ、ごく短くつけ加えさせていただきます。それは、普通の
産業における自由な
競争ということがイメージだと申しましたが、やはり
規制機関が果たすべき機能が残ることも事実であります。それは、自由で公平な
競争を維持
促進するために透明で公正な
競争ルールを確立して、ルールから逸脱する
事業活動を的確、厳正に監視、矯正するという機能であります。この機能は、私は、
接続のルールに関しては、二つに分けたまさに行政側がつかさどるべき機能であると
考えております。この点に関し、ルールの監視とルールの厳正な執行を
期待して、私の陳述を終えさせていただきます。
ありがとうございました。