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参考人(
立脇和夫君) 御紹介にあずかりました早稲田大学教授の
立脇でございます。
本日は、
日本銀行法案の審議に際しまして、
参考人としてお
招きをいただき、
意見を申し述べる
機会を与えられましたことを大変光栄に存じます。
さて、近年、
世界各国におきまして
中央銀行法の
改正が相次いでおります。一週間ほど前に
金融学会全国大会が開かれまして、イスラエル
中央銀行総裁で著名な
経済学者でもあるジェイコブ・フレンケル氏の特別講演がありました。演題は「
中央銀行の
独立性と
金融政策」ということでありましたが、このフレンケル氏によれば、一九九〇年代に入って
中央銀行法を
改正した国は三十カ国に及ぶということであります。しかも、そのいずれもが
中央銀行の
独立性を
強化する方向での
改正であるということでございました。
我が国におきましても、御高承のとおり昨年六月、連立与党の
金融改革プロジェクトチームの
報告を契機といたしまして、橋本総理のお声がかりで
中央銀行研究会が設けられ、その
報告書を受けて十一月以降は
金融制度調査会でさらに
検討がなされて、二月にこの
答申が出されました。そして、三月には
法案が国会に提出されてまいったわけでありまして、大変喜ばしいことと存じます。
今回の
日銀法
改正の柱は、館先生からも
お話がございましたように、
日銀の
独立性強化と
政策決定過程の
透明性を高めるということでありまして、私
ども学会の人間も大きな期待を持ってこれを見守ってまいりました。
しかしながら、国会に提出されました
法案を拝見いたしますと、その内容は、確かに戦時中に制定されました
現行の
日本銀行法に比べますと、
大蔵大臣の一般的
監督権や
業務命令権の廃止、役員の身分保障、
政策委員会議事録の公開など幾つかの前進は見られますけれ
ども、
中央銀行の
独立性の
確保という点では依然として問題が多く残されているように感じられます。例えば、欧州諸国では今
通貨統合を目指して欧州
中央銀行制度の創設を進めているわけでありますが、その欧州
中央銀行制度の内容などと比べますと相当な開きが感じられるわけであります。
その内容については後ほど触れさせていただきますが、今後、
世界の
金融資本・為替
市場のグローバル化が一段と進むと見られる中で、果たして新生
日本銀行が二十一
世紀にふさわしい
中央銀行たり得るのかということに少なからず懸念を持つものであります。
そこで、以下、幾つか疑問に思われる点を取り上げて
お話を申し上げ、諸先生の今後の御審議の御
参考にしていただければ幸いかと存じます。
まず第一点は、
金融政策の
目的のところであります。
法案第二条には、「
日本銀行は、
通貨及び
金融の
調節」、これは
金融政策と読みかえてもいいと思いますが、
金融政策を「行うに当たっては、
物価の安定を図ることを通じて
国民経済の健全な
発展に資することをもって、その理念とする。」とありますけれ
ども、
通貨価値の安定を図ることを
目的とするというふうにはっきり明示すべきではなかろうかと思うわけであります。
法案ですと、
国民経済の健全な
発展が
目的になっているような印象さえ受けるのであります。
申すまでもなく、
我が国の無制限法貨である
日銀券の発行者であります
日本銀行は、
通貨を適切に管理し、その価値の安定を図るということは何にも増して重要な使命であるとありまして、それを担保する手だてが当然必要なわけであります。それが
独立性の根拠であろうかと思います。例えば、貨幣価値が変動いたしますと、不当な富の社会的な再配分が生じますし、また
通貨には価値尺度の側面もございますので、物差しが伸びたり縮んだりしたのでは価値尺度の
意味をなしません。そして、一般に
物価といいますと、生産物とかサービスを含むわけですが、資産価格というものは含まれておりません。さらに、
対外価値、つまり為替相場も
通貨価値の重要な側面ですので、これを無視するわけにはまいりません。今日のように
国際化、グローバル化が進んだ時代におきましては、なおさらであります。したがいまして、為替
市場介入も
日銀の
責任で行うべきではなかろうかというふうに考えるわけであります。
もちろん、
対内価値の問題と
対外価値の問題は常にパラレルに動くとは限りませんので、その
運用面で難しい面もあるかと思いますが、両方が相並び立たずというときには、やはり国内
物価を優先するということにいたしましても、為替相場はどうでもいい、
金融政策担当者はこれを顧みないということでは問題があるのじゃないかというふうに考えるわけであります。
次に、第二点でありますが、
日銀と
政府の
関係であります。
法案の第四条には、
日銀の
金融政策が
政府の
経済政策と整合的なものとなるように、「常に
政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」というふうに
規定されておりますが、こうした
規定がありますと、
日銀は前もって
政府と相談しなければ
独断では何もできないということになりはしないかと懸念するわけであります。もしそうだといたしますと、現状と余り変わらない、公定歩合を変更するのに一々事前に
大蔵省の了解を得ないと実行できないという現状と余り変わらないことになってしまうのではないかと思うわけであります。
この点、欧州
中央銀行法では、
政策運営に当たっては欧州
中央銀行及び加盟国
中央銀行は、欧州連合の諸機関あるいは加盟国
政府から指示を受けたりあるいは加盟国
政府に対して指示を仰いだりしてはいけないということで、一切の接触を禁止しているわけでございます。それと比べますと余りにも対照的ではなかろうかと思うわけであります。
第三点は、第十九条第二項に
規定されています
大蔵大臣等による議決延期請求権であります。これは、恐らくドイツ連邦
銀行法の
規定を導入した結果であろうかと思いますけれ
ども、ドイツの場合は議決延期権でございますが、ドイツの議決延期権はマーストリヒト条約に違反するということで、欧州
通貨機関、EMIから指摘を受けまして、ドイツも既に
改正を決めているというふうに伝えられます。つまり、ドイツが四十年前に採用した議決延期権、そして今これを放棄しようとしているわけです、それを
日本銀行で取り入れようというわけであります。
もちろん、議決延期請求権は、議決延期権と同じではありません。しかし、
日本の現実に照らした場合、
政府と
日銀のバランス・オブ・パワーからしてその差は歴然たるものがありますから、
政府から議決延期請求権が出された場合に、果たして
日本銀行がこれを拒否できるかというと、大いに疑問であるからであります。
第四点は、
政府に対する
信用供与であります。
法案第三十四条でございますが、
日銀が
大蔵省証券などのいわゆる
政府短期証券の引き受けができるというふうに
規定されております。現に、
日銀は公定歩合を下回る金利で巨額の
政府短期証券を引き受けておりますけれ
ども、今度の
法案はその事実を追認することになるというふうに考えられます。これがインフレーションを引き起こさないという保証はありません。この点でもマーストリヒト条約では、欧州
中央銀行及び加盟国の
中央銀行は
政府並びにEUに対して一切の
信用供与を行ってはならないというふうに
規定しているわけであります。
私は、四月の初めに所用でカンボジアに行ってまいりました。新生カンボジアの
中央銀行を訪問する
機会がありまして、そこで、カンボジアが去年一月に制定したカンボジア国立
銀行法を見せていただきました。その中にも、やはり
政府に対する
中央銀行の
信用供与を原則的に禁止するという
規定がございました。それで私は、カンボジアはどこの
中央銀行法をモデルにしたんですかと聞きましたら、彼らはどこかの
銀行法をモデルにしたんではなくて、自分たちはグローバルスタンダードにのっとってつくったんだということで胸を張っておりました。
ちょっと話が横道にそれましたが、第五点は
銀行券の発行保証に関する事柄でございます。
現行の
日銀法三十二条には、「
日本銀行ハ
銀行券発行高ニ対シ同額ノ保証ヲ保有スルコトヲ要ス」という
規定を置いております。ところが、
改正案では、これがきれいに消えてなくなっております。この発行保証の
規定がなくなりますと、私、感じるんですけれ
ども、
国民の保有するお札の発行基盤が失われまして、ひいては
日銀の
経営基盤まで脅かされることになりはしないかという点であります。
ちなみに、九六年三月末現在の
日本銀行の自己
資本は約二兆円であります。これを総資産で割りますと、自己
資本比率三・五%、決して高い数字ではありません。しかも近年、
金融機関の破綻が相次ぎまして、
日銀法二十五条あるいはその他の
法律に基づく特融がたくさん行われておりまして、
日銀の保有する資産内容は確実に悪化しているわけですが、こうした資産内容の悪化に歯どめをかけるためにも、
銀行券の発行保証はぜひ復活してほしいというふうに思うわけであります。
それから第六点は、これが
最後でありますが、
大蔵大臣あるいは
大蔵省、つまり財政当局と
日銀との
関係であります。さきに触れましたように、
改正法案では
大蔵大臣の
日銀に対する一般的
監督権とか
業務命令権は確かに廃止されています。しかし、限定つきながら予算の認可権とか違法行為の是正
権限が財政当局に与えられておるわけであります。しかし、財政当局は財政
資金の借り手でありますから、中立的であるべき
日銀の監督者としては不適格ではなかろうかというふうに思うわけであります。
そもそも、
各国の
政府が
中央銀行を設立し、本来国家主権の一部である
通貨発行権を
中央銀行にゆだねたのは
政府みずからが
通貨を発行した場合、これを財政
資金に流用しようとの誘惑にかてない。そこでインフレを惹起したような苦い
経験があったからであります。ですから、財政当局が
中央銀行をコントロールするということになれば、何のために
中央銀行をつくったのかということにもなりかねないわけであります。したがいまして、
日銀の監督が必要だということであるならば、財政当局ではなくて、例えば総理府のようなところに監督をゆだねるというのが適切ではなかろうかと考える次第であります。
以上、大変辛口のコメントをさせていただきましたけれ
ども、しかし、本
法案は非常に短期間に極めて精力的に
関係各位の御努力で今日に至ったものでありまして、現時点で修正するということもなかなか困難もおありかと思うわけであります。
そこで、私は大変僭越ではありますが、
一つの提案がございます。よく欧米の
法律で見かける例ですけれ
ども、この
法律の施行後、例えば五年を経過した時点で、しかるべき機関でこの
法律をレビューしてもらう、そして当初立法者が予定したような
改革が果たして進んでいるのかどうか、うまくいっていないとすればどこに問題があるのかといったことを調査させて、そしてこの
大蔵委員会へ
報告させるといった方法もお考えくだされば幸いかというふうに思うわけであります。
以上で私の
意見陳述を終わります。御清聴ありがとうございました。