○五島正規君 秋葉議員から五点にわたって御質問がございました。それについてお答えしたいと思います。
まず第一に、
臓器移植にかかわる技術的な側面とは違う次元の議論が必要ではないかとのお尋ねでございます。
まさに、この問題はこうした考えのもとで長く議論されてきたと考えております。
臓器移植につきましては、
移植医療の技術的側面のみでなく、
人間の死生観や倫理観、その他幅広い
観点からの
検討が必要な分野であり、
医療関係者のみならず、
国民各界各層の非常に広範な議論が必要であると認識いたしております。このため、
脳死臨調におきましても、幅広い分野からの参加を得て二年間にわたって論議を重ね、答申がまとめられてまいったことは御案内のとおりでございます。その後も数々の世論調査が行われるなど、さまざまな形でこの問題が取り上げられてきたところでございます。
さらに、旧法提案以来、
国会におきましても、
参考人意見聴取や全国三カ所でのいわゆる
地方公聴会の開催など、広く
国民の
意見を聞くべく努力がなされてきたと承知いたしております。
また、
我が国においてインフォームド・コンセントがどのように定着しているかとの御質問でございますが、いわゆるインフォームド・コンセントの考え方は、近年、
医療関係者に大変普及しつつございますが、残念ながら、
我が国の
医療全体において必ずしも十分に浸透しているとは言えない状況と認識いたしております。しかしながら、
移植医療の分野におきましては、インフォームド・コンセントの実践が特に重要であると考えており、これまでの
腎臓移植においても、レシピエントやドナー
家族に対し十分な
説明が行われるよう努力されてきたと承知いたしております。
さらに、現在も救急
医療と
移植医療とは相反するものではないと考えているのかとのお尋ねでございます。
救急
医療は、大変な進歩の中で、先ほどの御
意見の中にもございましたが、間違いなく蘇生限界点を大きく広げ、その中で医学の勝利というものに向かって大きく貢献していると考えています。しかしながら、残念ながら、救急救命
医療の敗北としての
脳死というものは、現実に起こってくるわけでございます。したがって、この両者が相反するものでないということは当然でないかというふうに考えております。
救急
医療は、
医師の持てる知識と技能及び
医療資源を最大限に利用して、生命の危険にある救急
患者の命を救うことを
目的とするものであり、救急
医療に従事している
医師にとって、このことは医の倫理の上からも当然のことであると考えています。
また、
臓器移植は、救急医が全力を尽くして救命
医療活動を行った後に、その敗北として、不幸にも治療の努力が実らず、
脳死に至ってしまった場合にのみ初めて考えられるものであると認識いたしております。したがって、
臓器移植を急ぐ余り、
患者に対する必要な治療がなおざりにされたりするようなことがあってならないことは言うまでもございません。
なお、こうした問題に対する懸念もございまして、そうした世論に対する配慮もございまして、
脳死の
判定は、
移植にかかわらない二人以上の医者によって行われるとともに、
摘出された
臓器を公平公正に配分するシステムとして
臓器移植ネットワークを構築することとしているわけでございます。
また、
脳死からの
臓器移植を
実施する場合、脳低温療法を義務づけるべきではないかとのお尋ねでございます。
まず、誤解のないように申し上げたいことは、脳低温療法は、大変大きな医学の進歩でございますが、
患者が
脳死に至らないために行われる治療
方法であって、既に
脳死に至った方に対する治療
方法ではございません。
我々提案者といたしましても、従来であれば死に至ったであろうと考えられる
患者さんがこの治療法により一命を取りとめているという
報告がなされていることについては、医学のすばらしい成果というふうに考えております。脳低温療法の
実施については、
患者を診療している医者が、
患者の病状などに応じて個別に判断すべきものと考えており、これを一律に義務づけるということは適当ではないというふうに考えております。
また、
脳死治療オンブズマン制度並びに人権監視
委員会を設置すべきではないかとのお尋ねでございますが、公平公正な
移植の
実施を確保するためには、第三者により事後的に
移植事例の評価及び
審査が行われることが重要であると考えております。この事後的な
審査のあり方につきましては、
脳死臨調の答申や厚生省の
臓器移植ネットワークのあり方
検討会の中間
報告におきましても、
臓器移植ネットワークを
整備した上で、当該ネットワーク内に独立かつ公正な
審査委員会を設けるという方向が示されており、法案成立後、このような方向で
審査体制などの
整備が行われるべきものと考えております。
最後に、
脳死を人の死とは認めない立場での立法についてのお尋ねでございます。
まず最初に、一体、
臓器の
移植、そうした技術の応用をどこに適用するか、その線は何かという御質問もございました。
まさに過渡的な技術であるこの
臓器移植をどの線で適用するか、それは、この技術の導入によって生ある者が差別を受けるということがあってはならない、すなわち、
臓器の
提供者がお亡くなりになる、生という状態を去られた状態においてのみこれを
実施し得る、それが一つの大きな基本的な線である、そのように私は考えております。
その点につきましては他の答弁者からも答弁なされておられますが、
脳死は人の死ではないが
脳死体からの
移植を許されるという考え方は、生きている方から生命維持に必要な
心臓などを
摘出することを許容するものであるなど大変問題がある、そういう意味において到底受け入れることはできないものと考えております。(
拍手)
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