○
北岡参考人 御紹介いただきました
北岡でございます。
意見を申し述べる機会を与えていただきましたことに御礼を申し上げます。
私、専門は
日本の近代の
政治史でございまして、つまり、現代及び諸外国の例について必ずしも細部まで通じているというわけではございませんが、私の専門の
立場を踏まえて、また
国民の選ぶ側の観点から、
意見を申し述べたいと思います。
早速始めさせていただきますが、最初に、今回の
選挙をどう
評価するかということでございます。
私は、第一に、原則として今回の
選挙を比較的好意的に
評価しているものでございます。その理由は、簡潔に申し上げますと、
政党中心、
政策中心、そして政権を選択するという
選挙の
方向が見えてきた、そちらの
方向に進んだというふうに考えるからでございます。もちろんそうでないという
意見もございまして、例えば
石川先生は多分そういう御
意見なんでしょうけれども、これは、理想とそれから前どうであったかと比べてみると、私はそれは進んだというふうに考えております。
例えば前はどうであったか。中央
レベルの
政策では、日米安保堅持対非武装中立というような対立がございまして、これは私は、余り
政策対立という言葉になじまないというふうに考えるわけであります。つまり、これは距離が大き過ぎて、代替案としての
意味を持たないわけで、今回、
政策は各党似てきたと言われましたが、その似てきた中で日米安保堅持のために具体的に何をするか、それを争うのが
政策でありまして、そういう
意味で、
政策の違いがない、無
意味だというのは間違いであると思います。
また、そうした中央の
レベルに対比しますと、以前の
選挙の時代多かったのは、他方で
地元での利益誘導であります。道路をつくる、橋をかけるということが主たる
政策と考えられたわけであります。それは、特に
自民党議員の間にそうでありました。しかし、これはやはりおかしなものでありまして、憲法十五条を厳密に解釈いたしますと、公務員を
選挙で選ぶ、しかもその公務員は全体の
代表であるといいますと、
地元の利益だけを訴えて当選してくるというのは、厳密に申しますと憲法に抵触するおそれがある。
やはり
政党というのは、国家をどういう
方向に持っていくか、そういう
政策のパッケージで争うべきものでありまして、比べてみますと、今回は、橋本総裁、小沢党首、
二つの大きな
政党に限って言いますと、その二人が前面に出て、それぞれうちの
政党はどういう
政策を出すかということを訴えた、その比重が前に比べて相対的に大きくなってきている。また、現実に政権の選択が、その二人から総理大臣を選ぶというような感じになりました。
自民党単独政権時代の間は、
衆議院議員選挙の結果において総理大臣が決まったというのは事実上ほとんどないわけでありまして、いつもターニング
ポイントは
自民党総裁
選挙でありました。
したがって、
国民の意向で直接総理大臣が決まるということがなかった、それがそういう
方向になってきた、これが私が
評価するもう一方の点であります。
さて、他方でいろいろ批判もございます。
一つは、
有権者の
民意がゆがむ、大
政党が強くなり過ぎて小
政党が小さくなってしまう、そういう批判がございます。私はこれに対して、それはむしろメリットであるというふうに考えております。
つまり、現代は確かに価値観の多様化の時代であり、多様な
意見が出てきます。しかし、そうした多様な
意見や要求は、どこかで取りまとめて、取捨選択してけりをつけないといけないわけですね。
政治が何でもかんでもしょい込んで全部できるわけじゃない。一体何をやって何をやらないかということで、まとめをつける。それをどこでやるかという問題であります。
私は、これをやるべきなのは
政党だというふうに思っています。
政党は、これを
政策パッケージで出してくる、そして、どのパッケージを
国民が選ぶかというのが
政治のあるべき姿、私が申し上げる
政党、
政策中心というのはそういうことでございます。
そうしないとどうなるかといいますと、
政策の取りまとめをつけるのは、私は
政党レベルでつけていただいて、パッケージで出して、選ぶ、これがいいと思うのですが、そうでなければ、今度は国会
レベルでけりをつけるということになります。これは
国民が直接
判断するのでないということなんですね。
言いかえますと、例えば、一方に減税党というのがあったとします。他方に福祉党というのがあったとします。減税
中心でやっていくか、つまり小さい政府ですね。あるいは福祉
中心でやっていくか、大きな政府ですね。この
政党が
二つ競争したとする。どっちも過半数がとれなくて、例えば一方が四〇%、他方が三〇%
得票があったとします。そのとおり、
得票率に従って
議席数があったとします。どちらも過半数とれません。
そうすると、二党が提携して連立政権でもやろうかとなったときに、どういう可能性が高いかといいますと、減税も福祉も両方やる、足りない分は公債を増発する、こういういうことに一番なりやすいわけであります。
つまり、そうした無責任な結果に陥ることなく、
政党が首尾一貫した体系性を持った
政策パッケージで勝負する、そして、相対的に第一党をとった、第一党となった
政党がより重い責任を担って
政治を行う、こういう
方向をもたらす、その
意味で、私は、第一党がより大きな
議席をとるという
方向には賛成でございます。
以上、そうした
意味で、この今回の
選挙を割合
評価するものでございます。
ただ、もちろん欠点はたくさんございまして、例えば中央で決めている
政策と全然違うことを
地元で言っている人がいるとか、それから、まだまだ
政策の具体性が足りない、例えばある
政策にどれぐらい
お金を出して何年プログラムでやるか、そこまで出さなければ
政策とは言えないのですけれども、それが十分でないというようなことはもちろんございます。
以上のように、私は、基本的にこの
制度は好ましいと思うと同時に、また、
選挙制度というのはデモクラシーの根幹にかかわる
制度でありまして、前の
制度は基本的に大正十四年以来続いてきた
制度であります。こういう
制度を、小さな手直しはともかく大きく変えることは好ましくない、早急に変えるのは好ましくない。したがって、微調整、手直しを進めてこの
制度を維持すべきだ、これが第一点に対する私の
意見でございます。
第二に、
重複立候補、重複
制度の問題であります。
この
制度は、御承知のとおり、
二つの異なった原則を一緒にしたものであります。その
意味は、もちろん御承知のとおり、少数党が不利になるそのダメージを緩和する、これが一点でございます。それからもう
一つは、重要なことですが、
特定の地域に厚い支持は必ずしもないけれども、広く薄く全国に支持がある方とか、あるいは、党の
政策その他で党の中枢で非常に重要な
役割を担われる方を
政党が自信を持って上位の方につけてやっていこうとしりことでありまして、どうもこれは、この
比例の方の
制度と小
選挙区の
制度は理念が違うわけであります。
理念が違う場合にどうするか、重複なしというのが一案であります。地方で厚い支持がある方と、さっき言いました
比例の原則の方というのはその
意味が違うわけでありますから、重複なしが一案。それからもう
一つは、御承知のとおり、重複は続けるけれども
幾つかの限定をつける、
得票数が余りにも少ない人とかをカットするとか、あるいは重複の人数を
候補者の何割というふうに限定するとか、そういうことも可能でありましょう。
もう
一つの
ポイントは、同一
順位、
惜敗率の問題であります。私は結論的に申しますと、
惜敗率というのはぜひ廃止していただきたい。これは
政党が責任を放棄したものであります。
政党にとってこの人たちをどうしても通したいというのでこの
比例を置いてあるわけでありますから、これにきちんと
順位をつけて、そして出してほしい。
最初の
二つに述べました、重複をやめてしまうかあるいは条件つきでやるかということは、これは考慮の余地があると思います。その際重要なことは、
国民にとって簡単でわかりやすいこと。この場合はこう、この場合はこうと余りぐちゃぐちゃした案にすると、ますます
国民の無関心を招くということであります。
この重複制については、以上で簡単に切り上げさせていただきます。
第三の論点、
選挙運動の
あり方についてどう考えるかということであります。
この場合、私は次の二点に御注意をいただきたいと思います。
一つは、
政党が責任を持った
政治をやるという仕組みをさらに進めなくてはいけないということであり、もう一点は、より重要でありますが、この
国民の
政治に対する関心の低さを一体どうするのかということであります。
いろいろ
選挙運動のやり方、
改革の仕方、案があるんですけれども、そういうことをしても若い人が
投票するかなというようなことをよく言うんですね。それでも、そういういろいろなことの効果がどれぐらいあるかというのはちょっとこの際おいて、いやしくも効果がありそうな、また、より公正になるようなものはどんどんためらわずやっていくという姿勢がないと、
国民はますます関心を失う。これはぜひ、どんなことをしたってなんて言わないで、前向きに考えていただきたいと思っております。
具体的に申し上げますと、まず何よりも
選挙期間が短過ぎると思います。御承知の事情で
名簿の
順位を決めるとか、あるいは党内のいろいろな利害で
政策パッケージがなかなか決まらない。出てくるのはもう公示のころなんですね。もうそれからあっという間に
選挙になるわけです。
この前の
選挙でいいますと、
選挙が始まったときに初めてリストが出て、それから、新進党でいうと非常に大胆な案が出てきて、新進党がばんと案を出して
自民党がこれをばんと批判して、新進党が次に反論するか、というころにはもう
投票になってしまうんですね。
そこで私は、極端な話、三カ月ぐらい
選挙をやったらどうかと思っているわけです。それは極端としましても、一月ぐらいはやってもいいと思うんですね。アメリカの大統領
選挙は事実上一年以上やっているわけであります。どういう
政策でやるということを訴え続けるわけですから、これが十日とか十二日とかいうのは、甚だ
国民を愚弄する話ではないかというふうに思います。
さらに、若い人の、特に
有権者の関心を高めるためにいろいろなことをやっていただきたいんですが、例えば
大学で演説会をやるとか、さらに
投票方法の工夫もぜひお願いしたい。電子
投票制の導入、今の自書式という古色蒼然としたものはやめる。そして、今は秘密保持というようなことを言いますが、他方で結構身元証明はあいまいでありますし、また、場合によっては、だれが
投票に来たか来ないか、どういう
投票をしたか、完全に秘密が保持されているとは言えない
側面もあります。
ぜひこれは電子式にして、全国いろいろなところで、IDを持っていけば、ああ、あなたの
選挙区はここですねというその画面が出てきて、そしてそこでIDと確認さえできれば
投票できる、それで
投票期間も長くするというような
方向を、そのうちなんて言わないで、もう今からでも検討を始めていただくべきではないかというふうに思っております。
大学なんかぜひ
投票所に使っていただきたいと思うんですが、あわせて、その場合は十八歳以上にした方がいいんじゃないかなと思っております。
時間がございませんので、あと、締めくくりにその他のところを一、二分で片づけさせていただきます。
必ずしもこの
選挙のやり方だけではないかもしれませんが、
政党を重視する
制度になりまして、
政党に大きな責任を負わせた、あるいは特権を与えているわけです。公的助成もやり、
国民としては
政党に大きな特権を与えたわけですが、これに対応する責任の重さというのが不十分じゃないかと思っています。
例えば、党の公認の決定とか
順位の決定において仮にいやしくも金品が動くようなことがあれば、これは贈収賄に問われるべきだろうと思うし、また、特に与党なんかだと、党の要職の人が仮に
政策決定に当たって何か金品が動いたりすれば、それはやはり贈収賄に問われるだろうと思いますし、そういう
政党の義務、責任というところを明らかにする
方法をぜひやっていただきたい。
また第二に、
政治資金の入りの方だけ問題になっておりますが、出の方ですね。一体何に使ったかということの透明性を高める工夫を、
お金をもらっているんですから、何に使ったかということをもっと透明にする工夫をぜひお願いしたい。
最後に、
選挙方法そのものではないんですが、一番重要なのは、我々
国民は
政党にやってくれと言うわけです。
政治家に国政をリードしてくれと言って委任するわけですから、委任された
方々は、ひとつ国会で政府
委員を廃止して、ぜひ
国会議員の方だけで
議論していただきたいと思います。
我々は官僚に
政治をゆだねているわけではありません。
政治家の
先生方に
政治をゆだねるわけでありますから、政府
委員はやめにして
議員だけで
議論する。よその国でやっていることを
日本でできないということはないでしょうし、この国際化の時代に、外国に行って、ちょっと政府
委員を呼んでということができない
状況はたくさんあるわけでありまして、ぜひそういう
方向を進めていただきたいというふうに考えております。
どうもありがとうございました。(拍手)