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石井(紘)
委員 ハエやフナというのは、比較的小さい小川のようなところにどこにでも結構すんでいるようなものですが、それは、ある
意味では
大臣のおっしゃるとおりでもあるわけであります。
そこで、それでは、水の使い方、電気の使い方、こういったものに対して、政府がこれまで一度でも節水だとか節電だとかということを奨励して、本格的にその
努力を払ってきたか。
愛知県の矢作川の河口堰については、もう
利水は堰をつくらなくても間に合う、これは
ダム審の
委員長がそう言っている、県民の負担が増すだけだと。あるいは、この問題で名古屋市な
ども、水を持ってくるのはもう勘弁してくれと言っているじゃないですか。
あるいは沙流川総合開発、これは苫小牧東、工場が来ないのに水ばかり差されても困る、水を差さないでくれ。至るところ、水の需要が伸びないのに、なぜ買わなければならないのだ、こういうふうに言っているわけです。
工業用の水を買わされている企業の多くは、愛知県あたりでは特に、使わないのに何で同じ料金を払わせるのだ、社員にはみんな節約しろ、節約しろと言って、紙一枚、鉛筆一本節約させているのに、水は幾ら節約しても同じ値段ということは一体どういうことだ、これはまさに水を使え、むだに使えということを奨励しているのと同じことではないかということを言っているのです。
要するに、我が国の水とか電気の政策というものは、つくれつくれ、使え使えということじゃないのですか。東京都の
環境衛生局は、企業が真剣にこうした水の問題に取り組んでいけば、水の使用量は半分に減らせると言っていますよ。回収力を高める、節水思想を広めるということこそ、
建設省がこの
河川法の中にまず最初に明記しなければならぬことです。
昭和五十三年から三重県の企画
調整部長を務めておられた竹内源一さんという人がいる。揺れに揺れたこの長良川河口堰問題の大詰めのときに、企画
調整部長として大変な御苦労をされた方です。この方が、この河口堰の仕事を最後に退庁されたのですが、その後、回想録を書かれて、「官僚の生き方」という、こういう本です、「官僚の生き方」。これは、中央省庁の
皆さんについてのいろいろなやりとりの経過を書かれておる。
詳しいことは言いませんが、彼はこの中で、長良川河口堰の問題を振り返りながら、
計画どおりに
事業が進めば、三重県の場合、
工業用水分だけでも毎年二十億円、二十億円といえば高校を一つつくる金額だ。これを向こう二十年間払い続けなければならない。しかし水の需要はない。水が売れなければ、伊勢湾へ税金が流れていくのと同じことになる。土砂が流れないかわりに税金が流れていくことになる。
これは取り返しのつかないことになるというふうに、通産省や
厚生省、
国土庁、そして
建設省、これはお役所だから、縦割り
行政の中で、知事とも相談しながら駆けずり回った。すると、
建設省はこう言った。あんた、お門違いだよ、
工業用水の話だったら通産省に行って、解決してもらいなさいと追い返された。それで、持参した資料も突き返された。
その一年後、今度は知事と一緒に行った。
建設省へ行ったときのことを、
建設省河川局長に同席していた
計画課長、だれだか知りませんが、こう言ったと。知事さん、名古屋
段階で
検討しますけれ
ども工事は進めましょう、こういうふうに一言言った、着工に踏み切りたいというのが課長の執念だったと竹内さんは書いている。
知事は、この失礼な物の言い方に黙ってしまった。そして、
河川局長は、話が済むや否や席を立っていった。知事も立った。名古屋の
段階での
検討がその後二年間あったけれ
ども、結局は三重県の要望は実現せず、水禍の問題解決を先延ばしにしたまま着工に取りかかってしまった。
この事情を書きながら、竹内さんは、長良川河口堰についての諸事情を明かすことは、この件の
調整に骨を折ってくださった各位に対して申しわけなく思うけれ
ども、旧来の体制変革が必要な我が国のこの時期、あえて公にする次第だ……