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参考人(鶴岡憲一君) 私は、
司法専門の記者というわけではありませんけれども、民訴法
改正問題につきましては、
情報公開問題の延長線上という視点から取材し、報道してきました。本日はそういう視点から、特に
文書提出命令の問題にテーマを絞って
意見を述べさせていただきたいと思います。
まず、今回問題になったのは、二百二十条四号ロの規定でありました。公
文書の
内容に
秘密とすべき点があるかどうかの
判断権を官庁にゆだねるという
内容ですけれども、この条文が
衆議院における
修正で削除されたことは大変歓迎できることだと受けとめております。この条文が法制化されれば、
文書提出範囲の拡大という法
改正本来の
目的に反することになると
考えるからです。
民訴法の
改正にはさまざまな多岐にわたる論点があったわけですけれども、私は、
文書提出命令の問題というのは法
改正の
目的から見ましても、これがすべてではないにしましても、非常に重要なテーマの
一つであると思います。
といいますのは、この
改正の
目的は、
裁判には
費用と時間がかかり過ぎるというふうなことが問題になってきたわけですけれども、
文書提出命令が
改善されまして
証拠が十分に提出されるようになれば、
審理がスムーズに進むだけではありませんで、恐らく
費用もその分だけ少なくて済むことになると思います。
また、
証拠が十分に提出されれば真相の解明もスムーズに進み、それぞれの
訴訟当事者が納得できる形での
判決が出されやすくなるのではないかと思う次第です。そういうことになりますれば、控訴とか
上告とかそういった案件も自然と減っていくのではないか、こう思います。
民事訴訟と申しましても、薬害などに絡む現代型
訴訟におきましては官庁の責任が取りざたされるようなケースが多々ございます。こういうケースでは官庁は中立的な
立場にはとどまりにくいという
状況があると思います。そうした
立場の官庁に公務
秘密の
判断権を任せるということになりますと、官庁自身にとって不都合な
文書を提出してほしいと求めましても、これは
秘密ですということで恐らく提出を拒むでしょう。そして、その結果、
文書提出の範囲もおのずから制約されてしまうことになると思います。
この問題を
情報公開という視点から見まして、法務省と法制審の
検討の経過について、私は特に二点について疑問を感じました。
まず、
文書提出命令は官庁や
企業への
証拠の偏在を是正する一番有効な手段である。そして、この
証拠文書の提出範囲を現状より広げることが重要なのだというふうに言われてきました。それであるならどうして、公務
秘密について
証言する場合は
監督官庁の承認を要するという、これは
情報公開の視点からいいますと大変後ろ向きな
要件であります。こういった
証言拒絶要件に四号の
行政文書の提出
要件を横並びさせようとしたのか、この点を大変疑問に思いました。むしろ、
情報公開あるいは
行政文書の開示を積極的に進めて
証拠の提出範囲を広げようということであれば、
証言拒絶要件の方こそ
改正して
情報公開という時代の流れにこたえる形にすべきだったのではないかと思います。
もう
一つの疑問といいますのは、四号のロの規定が条文に盛り込まれました昨年十二月の時点でも、私たちの眼前ではエイズ薬害
訴訟に絡む
行政情報をぜひ早く開示してほしいという声が非常に高まっていたわけです。また、住専問題に絡みましても、大蔵省の
情報を積極的に出してほしいという声が
国会を含めまして非常にあったと思います。こういった現状を、現在進んでおりました
情報開示の
要請という声を、法制審や法務省の
方々は一体どういったふうに評価していたのだろうか。こういった事例こそ、本当に官庁に
秘密の
判断権を任せた場合に
証拠となる
文書の提出範囲が広がるかどうかを見きわめる大きな材料、格好の材料だったのではないかと思うわけです。
私自身、これまで幾つかの官庁を取材してきましたけれども、その都度印象に残るような
情報隠しに遭遇してまいりました。こういった体験も含めて言えば、官庁が
自分に不都合な
情報をなかなか出そうとしないということは、エイズ
行政の
対応を見ましても非常に容易に推察できたのではないかと思うわけです。法制審や中央省庁の人たちは、エイズ薬害の感染
被害者が、死ぬ前に私は真相を知りたいんですと叫び続けてきたわけですけれども、こういった声を一体どのように受けとめていたのだろうかと本当に疑問に思わずにはいられません。
四号ロの規定が
行政文書提出範囲の拡大の妨げになるのではないかということを私が確信しましたのは、その条文が盛り込まれたいきさつを取材した結果でした。異なった
立場の信頼できる複数の人の取材から、この条文を加えなければほかの省庁が納得しないんですというふうに言われているという話でした。この条文を入れた原案どおりでなければ各省庁の事務次官
会議も通らないということを法務
委員の
方々が法務省の人から言われたという話も再三にわたって聞きました。こういったことはまさしくほかの省庁の圧力があったということを示す事態だと感じました。
この取材から、四号のロの規定というのは、
証拠収集の
拡充強化を求める
国民の声に反し、隠したい
文書はどうしても隠したいのだという官庁の意向に沿う案と私としては
判断し、報道してきた次第です。
また、この条文は
情報公開法の精神にも反するものだと思っております。
情報公開法といいますのは、官庁の恣意的な
判断をできるだけ排除し、
行政情報を
原則的に
公開することが目指されているわけです。ところが、この四号のロというのは官庁の完全に裁量的な公務
秘密の
判断を認めるわけですから、まさしく正反対な性格を持ったものであると言わぎるを得ないと思います。いろいろな官庁が
情報開示義務の軽い
法律の方へ流されがちになることはもう常識的にも予想できることだと思います。
この条文の削除を歓迎したいのは以上の理由からです。ただ、
衆議院における
修正で、公務
秘密の
判断を
司法にゆだねることが規定されないで先送りされたことは大変残念だと思っております。
何が公務
秘密に当たるかの
判断におきまして、官庁が中立であり得ないことがある事情からも、また三権分立という観点から見ましても、公務
秘密の
判断権は官庁以外の中立的な
立場の機関に行ってもらうのがやはり適切であると思います。
裁判所は、これまでも何が
秘密に当たるかという問題で
判断をしてきた実績がございますし、仮に下級審の
判断が誤っても
上級審で慎重に再点検できる、こういった仕組みがありますから、
裁判所が公務
秘密の
判断を行うのがやはり最適だと思います。
今後引き続いて
検討が行われるといたしましても、
裁判所に公務
秘密の
判断権をゆだねるということと、
証拠提出範囲の拡大という民訴法
改正の本来の
趣旨を明確にした上で進めていかれることが一番重要なことではないかと思う次第です。
また、今後の
検討につきましては、
専門的な問題であるから、政治家でもなく法制審
委員のような
専門家にこの問題は任せるべきだという
意見の方の声も聞きました。しかし、公務
秘密の
判断を官庁あるいは
裁判所に任せるべきなのかということでしたら、これは別に
専門家でなくても理解できないことではないと思います。
むしろ、ほかの省庁の圧力が今回のようにまかり通りまして混乱が生まれた背景としましては、法制審が
審議経過を明らかにしないという、
専門家独特と言っていいのかどうかちょっとわかりませんけれども、
秘密主義の運営があったという印象を強く私の取材からも受けました。今後の
検討に当たりましては、まず議事録を
公開させまして、
審議経過を再確認した上で進めていく必要があるのではないかというふうに思う次第です。
また、今回のように官庁自身の利害に深く絡むような立法におきましては、
立法府のチェックがいかに重要であるかということが本当に明確になったと思います。今後
検討を進めるに当たりましても、ぜひ
立法府にリーダーシップを発揮していただきまして、積極的に
国民の声も聞きつつ
検討を進めていっていただきたいと思う次第です。
今後の
修正の方向ということになりますと、本当に公務
秘密なのか
判断が難しいケースが確かに出てくると思います。そういう場合におきましては、
裁判官の
非公開審理、いわゆるインカメラ方式と言われている方式ですけれども、これを適用することを
考えるのも
一つの工夫かと思われます。ただし、
非公開審理と申しますのは、
裁判の
公開原則という点からいいますと絶対に正しいものかどうかということでは私自身も疑問に思う点がございます。
そういう場合に備えまして、
アメリカではボーンインデックスという方式で、
秘密そのものは語らないけれども、その周辺まで、
秘密ぎりぎりのところまで官庁に
説明させまして、それで本当に
秘密として扱って開示すべきでないかどうかを
判断する方法が使われているということです。
こういった方法も併用いたしまして、
判断材料が少な過ぎる場合にはインカメラ、そこまで行かなくて済む場合にはボーンインデックス、あるいは一時的な
裁判官の
判断といった方式を採用すればいいのではないかと、素人
考えながら思う次第です。
また、何が
秘密であるかという定義も今回問題になったわけですけれども、これは本当にやはり
行政情報というのは
国民の財産だと思いますので、非開示の範囲はできるだけ限定的に定義されるべきではないかと思います。
以上で私の陳述を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。