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森山文昭君
弁護士をしております
森山と申します。
私は、今回の
民事訴訟法案には、例えば
文書提出命令における
公務秘密文書の取り扱いに関する問題ですとか、あるいは
弁論準備
手続の
公開制限に関する問題ですとか、さらに上告制限に関する問題などなど、幾つかの
問題点が存在していると言わざるを得ませんけれ
ども、とりわけこれらの問題の中でも、
文書提出命令に関する問題につきましてはその問題性が極めて重大である、かように
考えております。したがいまして、本日は時間の都合もございますので、それ以外の
問題点については割愛をさせていただきまして、この
文書提出命令の問題に絞って
意見を述べさせていただきたいと
思います。
最近、
行政情報が
国民の目から隠され、長い間真実が明らかにされなかったという事例が幾つか相次いで起こりました。例えば、HIV
訴訟の中における厚生省の保管していたファイルの問題などはその最たるものであります。それから、先ほど
前田先生の方から御紹介がありましたように、「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故ですとか、あるいは官官接待の事例などを見ましても、いかに
行政情報が
国民の目から隠されようとしているかということを
指摘をすることができると
思います。こういう
状況の中で、今
国民の中では、
行政情報の広範な
公開を求める声が非常に強くなっております。
今回の
民事訴訟法改正ですが、この
改正作業に当たりましては、
文書提出命令の
範囲の
拡大ということが
一つの大きな目玉とされてきました。その背景にはやはりこうした
情報の
公開を求める
国民の声があったのではないかというふうに
指摘することができると
思います。ところが、残念ながら、今国会に提案をされました
民事訴訟法案を見ますと、当初の
期待には大きく反しまして、とりわけ
公務秘密文書については、その
提出範囲が大きく後退させられるばかりか、現状よりもさらに後退するのではないかという危惧の念すら抱かざるを得ないものになっております。先ほど申し上げましたように、
行政情報の
公開を求める
国民の声が非常に強くなってきている今、こうした
流れに逆行する
民事訴訟法の
改正には強く反対をするものであります。
そこで、こうした
観点に基づきまして、私は今回の
民事訴訟法案の個々の条項の
問題点についてお話をさせていただきたいと
思います。
大きく言って三点ございます。
まず第一点は、
公務秘密文書については監督官庁の承認がなければ
裁判所も
提出を求めることができないとされている点であります。
この点につきましては、民間人の場合も、例えば医師とか
弁護士には守秘義務が課せられておりまして、こうした場合、民間人であっても
文書の
提出を拒むことができるという
内容になっております。ところが、民間人がそういう申し立てをした場合には、果たしてそれらの
主張が適法であるかどうかということについて全面的に
司法審査が及ぶというふうにされているのであります。ところが、
公務秘密文書につきましては、監督官庁がその
提出を承認しないと言っただけでその中身の
判断に
裁判所が立ち入ることができない、こういうふうにされていることは極めて重大だと
思います。
このような官民格差は一体いかなる理由によって合理化できるのでしょうか。私は、これはいかなる理由によっても合理化することのできない官民格差ではないかというふうに
思います。
この点につきまして、先ほど
松浦先生の方から、公務員の証言拒絶権との均衡の問題が
指摘をされました。確かに、公務員の証言拒絶権を定めた
規定の中には、
裁判所が職務上の
秘密について公務員に証人として証言を求める際には監督官庁の承認を得なければならないという
規定があります。
私の
意見は、そもそもこうした
規定も現在の
情報公開の
流れに反する
内容を持っているものでありますから、将来的にはこの証言拒絶権に関する監督官庁の承認という要件も削除するべきものであろうと
思います。しかしながら、少なくとも現在のこの
現行法を前提として
考えてみました場合にも、証言の場合は、その証人が法廷に出てきて証言をしてみなければ何を話すのかがわからないという問題があります。これに対しまして、
文書の場合は、画一的にその
内容が決まっておりますから、その中身を
公開させるべきかどうかということについては十分
裁判所の一義的な
判断が可能であります。こういう違いがあると
思います。それから、現在の
裁判実務の中では、とりわけ書証、つまり
証拠としての
文書ですね、これの持つ
意味は極めて大きいと言わざるを得ません。
こうした
意味におきまして、
現行法を前提としましても、公務員の証言拒絶権との間でこうした若干の取り扱いの違いがあったとしても著しく均衡を失することにはならないのではないかというふうに
考えております。
第二番目の問題は、監督官庁が承認を拒絶することができる
範囲が著しく広められているという点でございます。
この点につきましては、
法案の二百二十二条二項が百九十一条二項を準用しまして、公共の利益を害する場合か、あるいは公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあれば当該
文書の
提出を拒むことができるという
規定になっております。
ところで、この百九十一条二項というのは、先ほ
ども若干触れました公務員の証言拒絶権を
規定した
規定でございますけれ
ども、そもそもこの百九十一条二項がこのような
規定にされたこと自体が、私は極めて重大な問題を含んでいると
思います。
と申しますのは、
現行の
民事訴訟法は、公務員に職務上の
秘密に関する事項の証言を求める場合には監督官庁の承認が必要であると
規定をするだけで、監督官庁がどういう場合にその承認を拒むことができるかということについては何ら
規定をしておりません。この点につきましては、刑事
訴訟法の百四十四条が同様に公務員の証言拒絶権を
規定しているわけですけれ
ども、刑事
訴訟法では、監督官庁は、「国の重大な利益を害する場合を除いては、承諾を拒むことができない。」としております。したがいまして、現在の
民事訴訟法の解釈としましては、
民事訴訟法においても、刑事
訴訟法と同様、監督官庁は国または公共の重大な利益を害する場合でなければ承認を拒むことができないというふうに一般に解釈、運用されております。
ところが、今回の
法案によりますと、この要件が大幅に緩和をされまして、「公共の利益を」害する、これは刑事
訴訟法と比べてみますと、刑事
訴訟法が「国の重大な利益」と言っているのと比べまして、この「重大な」が抜けております。そして、これに加えてさらに、「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」があっても承認を拒むことができるという新たな類型を設けているわけであります。
このように、
法案は公務員の証言拒絶権が認められる
範囲を著しく
拡大をしておりまして、この点において刑事
訴訟法と著しく均衡を失する
内容になっております。したがいまして、私は、この公務員の証言拒絶権を
規定をしました百九十一条二項もぜひ修正をしていただいて、刑事
訴訟法と並んで、国または公共の重大な利益を害する場合を除いては、監督官庁は承認を拒むことができないというふうにするべきであろうと
考えております。
そうして、これと合わせまして、
文書提出義務の
範囲につきましても、監督官庁の承認にその結果をゆだねるのではなくて、公共の重大な利益を害する場合でなければ公務員はその
文書の
提出を拒むことができないというふうに修正をするべきであろうと
考えております。
三番目の
問題点としましては、今回の
改正法案では
インカメラ審理が導入をされておりますけれ
ども、この
インカメラ審理の対象からも
公務秘密文書が除外をされているという点でございます。
先ほ
ども申し上げましたが、民間人が守秘義務を理由に
文書の
提出を拒んだ場合には、
裁判所はとりあえずその
文書を
裁判所に
提出をさせて、
裁判官が直接その
文書の
内容を見て、果たしてその
文書が本当に守秘義務によって
提出を拒むことができるものであるかどうかを
判断することができるようにしております。ところが、
公務秘密文書の場合はこういうことが一切できないことになっているわけであります。これは、民間人の言うことは信用できないから
裁判所が直接これを点検するけれ
ども、
行政が言うことはもう無条件で、盲目的に信用しなければならないと言っているに等しいものでありまして、恐るべき官尊民卑の思想であると言わなければならないと
思います。
このように見てきましたが、今回の
民事訴訟法案は、民間の
情報よりもむしろ
行政の
情報に関する
秘密を厚く保護する、こういう結果になっております。しかしながら、そもそも
行政情報というものは私たち
国民一人一人が支払った税金によって得られたものであります。したがいまして、
行政情報は、
国民一人一人が本来自由に利用することができるべきものでありまして、原則として
国民に開示されるべきものであるというふうに
考えます。不開示が認められるのはよほど特殊な例外に限られるべきであろうと
考えるわけであります。したがいまして、
行政情報の
公開の
流れに沿った
改正を行うのか、それともこれに逆行した
改正を行うのかということが現在問われている最も重要なポイントなのではないか、こういうふうに
考えております。
さて、今回の法
改正によって少なくとも
文書提出命令を求めることのできる
範囲は広がっているという
議論があります。そこで、この点に関する私の見解を最後に簡単に述べさせていただきたいと
思います。
先ほど
松浦先生は、
現行よりもかえって狭まるのではないかと言っている
意見は、現在の一号から三号
文書の
提出要件に監督官庁の承認という要件がかぶさってきて狭まるのではないか、こういう
議論ではないかという御紹介がありました。私は、これは若干正確でないというふうに
思います。
といいますのは、判例が大変苦労をしまして一号から三号
文書の
範囲を
拡大し、特に三号の
法律関係文書を拡張解釈しまして、これまで三号
文書に当たるとして
提出を命じてきた
文書が、今回の法
改正が行われることによって、すなわち新たに四号
文書というものがつけ加えられることによりまして今後は四号
文書に当たるとされる、その結果、監督官庁の承認がなければ
提出を命ずることができなくなってしまうのではないか、このような危惧を私たちは感じているのであります。
例えば原発
訴訟などにおきまして、
法律関係文書に当たるかどうかという要件につきましては、
法律関係それ自体を記載した
文書にとどまらず、
法律関係に
関係のある事項を記載した
文書でもよいし、あるいはまた
法律関係の形成過程において作成された
文書でも構わない、こういう形で
範囲が拡張されまして、原子力
委員会の
議事録が
提出を命じられたという例がございます。これな
ども、新しい
民事訴訟法案のもとでは四号
文書に当たり、上級官庁の承認がなければ
提出を求めることができないというふうになってしまうおそれがあるのではないか、このように危惧をしている次第でございます。
最後に、アメリカの第四代大統領のジェームス・マディソン氏の
言葉を引用しまして、私の
意見陳述を締めくくらせていただきたいと
思います。すなわち、彼は「
情報を持つ者は、常に持たない者を支配する。それ故、自ら統治者となろうとする人民は、知識の力によって武装しなければならない」と述べました。今回の
民事訴訟法改正が、官僚による
情報隠し、
情報操作を容易にし、その結果人民が官僚によって支配されるような国家を助長することのないように、今国会におきまして慎重な審議を遂げられて、
国民の利益になる
民事訴訟法をぜひとも成立させていただきたい、このことを心から念願いたしまして、私の
意見陳述を終わりたいと
思います。