○
太田(誠)
委員 例えば、シンガポールという国がなぜできたのかというと、これは俗説かもしれませんけれ
ども、シンガポールという国ができたのは、もともとマレーシアという国の中にシンガポールはあって、その中で、マレーシアで回教が国教化されるということで、それを
受け入れないという人がシンガポールという国をつくったんだという、それは本当かどうか知りませんけれ
ども、そういう説があるぐらいでありますし、また、国家の成り立ちというのは宗教、民族というふうに言われるように、国家の成り立ちというものに非常に
関係を持っておるわけでございます。その割に、我々は今まで国家と宗教あるいは宗教と政治とか、そういうことについて実は余り議論してきてないわけです。
申しわけないけれ
ども、海外の法制がどうなっているかということについても、私自身も、今度宗教法人法が、特別
委員会ができるというので、初めてちょこちょこいろいろな資料をもって勉強したわけであって、相当日本人全体が勉強不足、悪いけれ
ども皆様方も余り知らなかった。勉強してなかった。そうなんですよ。大体みんな勉強不足で、俗説というか誤解というか全く間違った物の
考え方というのが平気で流布していたりするわけでございます。
だからそれは、ああやって特別
委員会をつくっております。私は向こうに行ってちゃんと
質疑を聞いておるわけではありませんけれ
ども、各閣僚の答弁も、本当に勉強をしたとかよく考えた上で答弁しているのかどうかということも、ここはこうだということは言いませんけれ
ども、やや安易に答えちゃっているところもあるのではないかというふうに思います。ですから、特に博学で見識の高い法務
大臣におかれましては、閣議において、日本人全体が十分な知識を持ってないということについては、ぜひ注意を持って臨んでいただきたいというふうに思うわけでございます。
まだあと数分ありますので、今回の宗教法人法の
改正の話というのは、これは民法の
改正ということなのか民法の具体化ということになるのか、非営利法人の規定あるいは特に公益法人に関する規定というのは、これは減免税であれば
大蔵省がそういう判断をすることになるのか、いずれにしても、やはり民法の非営利法人の中で位置づけをすべきことだと思うのですね。特に非課税というようなことについてはそういうことだと思うのです。
さらに、それは、商
法改正をいたしてまいりましたので、商
法改正も、この民主主義社会の中における
一つの
経済力の集中というものに対してどうするのか株主と非常に巨大化した企業の
関係をどうするのかというふうなことで、ディスクロージャーということを我々も数次にわたってこの
法務委員会でやってきたわけでありますけれ
ども、商法で、株式会社というものに対する株主のチェック・アンド・バランスの
考え方とこの非営利法人というものも、やはり同じような
考え方でアプローチがあってしかるべきだというふうに思います。ぜひその点についてまた問題意識をお持ちいただきたいと思うのでございます。
今度の宗教法人
法改正のことは、オウム真理教のことで始めたということでありますけれ
ども、実はもっと早くから問題のある活動というのがあったわけでありまして、それは統一教会であります。私も自民党におりましたから、一時は友好団体になっておったから、まるで知らないわけではありませんので、一方的に言うのはなんでありますけれ
ども、統一教会に対しては、
アメリカで一九七八年にフレーザー報告というのが出されておって、そこで統一教会の信者勧誘のあり方について内容を暴露するというふうなことがあり、またヨーロッパ議会、つまりECの議会でありますけれ
どもEUの議会、ヨーロッパ議会では、一九八四年に加盟各国がとるべき対策について決議がなされた、議会で決議がなされたわけであります。それもまた信者勧誘の方法についてこれを問題にする、あるいは批判決議のようなものが出たわけであります。そして同じころに、脱税で統一教会の文鮮明という人が有罪確定をした。一年後に釈放されたということでございます。そして、それから八年たって、
我が国に九二年三月に入国をしておる。九二年の夏に韓国で集団結婚式を行うというようなことがずっと続いているわけでございます。
この間、各ヨーロッパでも統一教会の活動に対して大変色惧の念を持つ声が高まり、それ以前に
米国でそのような警告を発する報告が出されたということでありますけれ
ども、
我が国はこの間それに対して、週刊誌はおもしろいからどんどん書いた、週刊誌はたくさん書いたけれ
ども、議会で決議をしたようには私は覚えてないのです。もう議員になっておりますが、何か決議をした覚えがないわけでありますけれ
ども、どこかであったのかもしれません。役所が何かこれについて警告を発する発表を世間に問うたということはあるのかどうか余り覚えてない。みんな週刊誌的なおもしろい、好奇心をくすぐる話だということでもってしか処理されていないけれ
ども、これは重大な社会問題だということで、ヨーロッパでも
アメリカでも位置づけられているわけであります。
そういう
状況の中で
法務省の入管局がこの人の入国を認めたということは、私は誤った選択であったというふうに今でも思っております。これは法務
大臣の職権でやられたことでしょうけれ
ども、それまで大変ずっと慎重に、この問題については慎重に対応してきたという経緯があるにもかかわらず、まことに残念なことであったと今でも思っております。私に
意見を聞かれれば、これは反対であるということを申し上げるはずでありましたが、たまたまそういう
立場になかったものですから、そういうことを申し上げられなかった。
ですから、
我が国はよその国で起こっていることについて、当然この国でも同じことが起こっているわけだから、それに対して、要するに公益といいますか、パブリックインタレストといいますか、あるいは公衆、パブリックに与える悪い影響とか社会的な問題についてアクションをとることが少ないということが反省をされるべきではないか。入国を認めたことも含めて我々は反省すべきではないかというふうに思うわけでございます。
これはちょっと時間が過ぎてしまいましたけれ
ども、最後に、これから宗教法人法が通れば相当な
権限を持つことになるであろう文部省の、これまでのことについて何かお考えがあればお話しください。それで終わります。