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河上参考人 東北大学の
河上でございます。私の方からは、自分め専門が民法であるということもございますので、どちらかと申しますと
高齢者の
消費生活における特に
取引あるいは財産管理をめぐる法的な問題の一端に焦点を合わせてお話をさせていただこうというふうに思います。
お
手元の方に
レジュメとそれから無能力者制度についての以前に書きましたものを
資料として配らせていただいております。
レジュメは細かくいろいろ書いておりまして、これは二時間、三時間とかかる話でございますが、簡単にはしょりながら要点を述べさせていただきます。
我が国の
高齢化の現状あるいはその背景についてはもう多言を要しないところでありまして、むしろどうしてこういう
高齢化における
消費者問題というのが生ずるのか、そのあらわれ方の特質についてまずお話しすることから始めたいと思います。
レジュメの積数字の二からですけれ
ども、
高齢者というふうに申しましても何もそれは特別な存在ではございませんで、だれもが年をとって老人になっていくというわけでして、
高齢者の特質と言われているものの多くは実は
消費者の特質というものと変わりません。
つまり、
情報と交渉力の恒常的な不足という状態の中で有形、無形の危険にさらされて、望まない
取引や思いがけない不利益な条件に拘束されたり、あるいは一方的に損害をこうむるという可能性を秘めたひ弱な存在ということであります。しかも、これは自然人、つまり生身の人間ということが前提でありますから、
被害がしばしば人身損害に結びっくということも多いわけですし、一たび損害が生じますとほかに負担を転嫁するということもできない、かといって独力で紛争を解決するという力にも乏しい、こういうわけであります。
注意すべきは、こうした一般
消費者の特質に伴うリスクが
高齢化ということによって増幅されていくというところにあるわけであります。
心身の活動
機能、先ほど必ずしも皆さんが低下するというわけではないとおっしゃいましたけれ
ども、やはり全体としては低下していくということでありまして、
高齢者というのはそうするうちに
社会的にも孤立しがちである。そして、これまで身につけてきた知識が陳腐化していったり、あるいは健康、将来の経済
生活に対する不安感といったようなものがあって、問題に必ずしも適切に対処することが一般
消費者以上に期待できないという状況にあります。
そして、経済的にも
身体的にも
被害の回復力が低下しているというために、一たび
事故や損害が発生いたしますと、原状復帰、つまりもとに戻るということが非常に困難である、ひどいときにはそのまま寝たきりになって死んでしまうというようなぐあいであります。
第二は、
高齢者がこれまでの労働によってしばしばかなりのまとまった可処分財産を保有しているということであります。もちろんこれは二極分化していると言った方がいいのかもしれませんが、相当な財産を持っている
高齢者がいる。特に不動産が異常に値上がりしたというようなこともあって、
高齢者がそのような形で財産を持っているというような場合も少なくありません。これは老後の余金というふうにも呼ばれているものでありますけれ
ども、
高齢者のこうした資産をねらった悪質な業者がその
高齢者の心身の不安につけ込んだり、あるいは強引な、かつ巧みな
販売攻勢をしかけますと、
高齢者の防衛能力というのはもうほとんどないに等しいということで、たやすく食い物にされてしまうというわけであります。そして、悪質業者というのは弱いところから集中的に攻撃をかけるというわけでありまして、先ほど来お話のありましたように、宗教関連
商品でありますとか、投資関連
商品あるいは
SF商法といったような形で、高齢
消費者被害が多発しているということであります。
こういう場合に、自己責任原則というのを強調いたしまして、
高齢者にもっと賢くなるように、強くなるようにというふうに要求することも大切なわけですけれ
ども、しかし、そこにはおのずと限界があるわけでして、やはり何らかの形で
社会的な支援策を講ずることが必要となります。
ただ、未成年者などのような場合と違いまして、
高齢者の場合は、老い方の
程度あるいは老いの進行が人さまざまでありまして、その保護の必要性というのも一様ではないということであります。したがって、
高齢者問題の処理の難しさというのは、その著しい個体差に合わせてどういうふうに柔軟に対処していくかということにあるわけであります。
ごく一般的に、私としては、次のような基本的なスタンスで臨むべきであろうと考えております。
すなわち、個人の主体性あるいは自律性、そして残存能力を尊重しながら、これまで、弱い人間だから保護しようというのではなくて、足りないところを支援しようというふうに発想を切りかえていって、できるだけ本人の自己決定権を尊重する。そして、衰退しつつある能力への必要な支援を考えるということであります。その結果、
社会から老人を隔離するというよりは、むしろ
社会にうまく組み込んでいく、ノーマライゼーションということが重要な課題となっていくというわけであります。
短い時間ですが、若干具体的な
意見を申し上げます。
まず、物に関してでありますけれ
ども、物については、これは
高齢者の場合、利用可能なオプションというものをそろえる。そして、その
情報がきれいに調整された形で
高齢者のもとに伝わるというふうに考えていくことが必要であります。
したがって、
高齢者のニーズに合った使いよさとか安全確保というものを設計思想とした
商品が、現在の高度な技術によって支えられるということが望ましいわけでありまして、しかも、そのような
商品についての
情報提供というものを組み合わせていくということが重要になります。
高齢者向けの
商品の安全性というのは、恐らく、通常の合理的な人間の考えている安全性とは違うというふうに思われます。昨今施行されましたPL法における欠陥概念というものを考える上でも、
高齢者向けの
商品の場合はそういう点に
注意していかないといけないというふうに思われますし、
商品については、シルバーマーク制度のようなものも考えていっていいんじゃないかというふうに思っております。
第二は、
取引の局面についての具体的な
意見であります。
取引に関しましては、現行の民法典では、いわゆる行為無能力者制度というものを用意して、
判断能力に問題のある方を支援する制度を設けているわけでありますけれ
ども、御承知のように、禁治産者、準禁治産者といったような制度というのはかなり画一的で硬直な制度でありまして、
高齢者の多様な
判断能力の劣化というものに
対応するには、必ずしも適合的でないというふうに思われます。
その問題点については、
資料の方で述べさせていただきましたので省略いたしますけれ
ども、こうした無能力者制度というものを、何らかの形でもう少し使い勝手のいいものに変えていくということが必要になろうかと思います。特別法の領域では、
訪問販売法などで若干の
高齢化による
判断能力の低下というのも考慮されているわけですが、まだまだ一般的な対処は不十分ということであります。
そこで、一つの立法的な課題としては、いわゆる成年後見制度というのを速やかに導入して、
当事者の能力の剥奪を必要最小限に抑えながら、必要な範囲で柔軟に後見制度が利用できるようにする。そして、あわせて財産の管理への責任ある助言とか
相談を充実させるということが必要になります。もちろん、ふさわしい後見人がいつも得られるとは限りませんから、一定の公的な機関あるいは公益法人など、自然人以外にも後見人となる道を開くということも重要な課題になってまいります。
さらに、技術的な問題ですけれ
ども、現行制度では戸籍に無能力者となることが公示されるわけでありますけれ
ども、そのような点にかなりの心理的な問題もあると言われておりまして、これもまた工夫が必要であります。
もう一つは、
契約の確定的な成立までの時間を稼ぐことでありまして、ゆっくり冷静に
高齢者が考えるチャンスを
高齢者に保証するという制度設計が必要となります。顧客が
高齢者であるということによる
事業者からの
説明義務の開示ということに加えまして、私としては、現在あるクーリングオフ制度のようなものをもう少し
高齢者に関して延期する、長期化するというようなことが考えられてはどうかということであります。
次に、成年後見制度との関係で、
高齢者の財産管理あるいは資産の運用というような問題にちょっと触れさせていただきます。
要するに、本人の通常の
判断能力が期待できないときに不法な商法からガードをする、あるいは、預貯金を通常の場合なかなか管理できなくなった人に対して、適切な形で管理するということが必要となった場合、しかるべき人が後見人となってその役割を遂行できるようにというふうに考えていく必要がありますが、その場合には、本人の能力を客観的に判定できるような公正な機関というのが必要になってまいります。最終的には、これは何らかの形で家庭裁判所などが関与せざるを得ない制度でありますけれ
ども、そうした
社会的なインフラの整備というのは必ずしも十分ではない。
それから、もう一つ重要なのは、身上監護の問題であります。
これも、実は後見人に期待されてもなかなかできないところがあるわけでして、現在の成年後見制度で身上監護を財産管理と結びつけようという
意見が随分強いわけですけれ
ども、やはりここは、大事なところは、むしろ
社会的なそうしたインフラの整備をして、きちんと老人の医療体制あるいは看護体制を物理的に整えていく、マンパワーをいろいろきちんとそろえるというところが実は一番大事な前提問題であります。これは実はお金のかかる問題でありますけれ
ども、しかし、ぜひともこれは早急に推進していただきたいというふうに思うところであります。
ただ、法律的には、身上の監護を担う法的な仕組みあるいは権限というものがはっきりしませんので、この点は、成年後見制度などを考える上で、きちんと明確にしていく必要があろうかというふうに思っております。
あと、実は
有料老人ホームの問題についてもいろいろお話ししたいことがございましたけれ
ども、またもし御質問があればということで、ここは省略させていただきます。
以上、駆け足で申しましたけれ
ども、規制緩和ということが叫ばれる中で、
高齢者の問題というのは、実はそのまま市場原理にゆだねて解決ができるような問題ではないと私は考えております。仮に
高齢者の自己責任を論ずるといたしましても、そうした形での公的なバックアップ、そして市場の環境整備というものが並行して行われない限りは、やはり
高齢者は結局は食い物にされてしまうという存在になろうかと思います。
したがって、自律と支援、そして必要な保護の見きわめということが重要でありまして、こうした
社会的なインフラの整備というものの
重要性ということを強調させていただきまして、陳述を終わらせていただきます。(拍手)