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下稲葉耕吉君 先ほどからいろいろ申し上げておりますように、全体を通じて感じますのは、やはり
文部省がこの種の問題に大変腰を引いている、非常に消極だと。
大臣は時々前向きのことをおっしゃるんですが、事務的な進みの流れというものを全体として見ていますと、私は、大変その辺のところが消極で腰を引いておられるんじゃないだろうか。
しかし、はっきり申し上げますけれ
ども、今や世論はそういうふうなことを許さない状態なんです。今、厳しいんですよ。そういうふうなことで
文部省が終始されますと、これはもう大変なことになると思います。やはり大きな流れとして、私は今度の
事件と
宗教法人の全般の問題というのはこれは切り離さなくちゃいけないと思いますよ。こういうようなことがあったから
宗教法人の皆さんが全部こうだということはない。それは切り離しをぴしっとやらなくちゃいけないけれ
ども、これほどまでこの
事件を契機として
宗教法人に対する
国民の認識が高まっている。
議論を始めたと言うけれ
ども、
大臣が正式に
法律に基づいて置かれておる審議会に諮問もなさってない。ただ
委員の人たちが集まって、何か意見でもまとまれば建議する、まとまらなければ建議しないんだから、そういうようなスタンスです。あるいは今申し上げました
宗教法人の
解散請求の問題にしても、正直申し上げまして
文部省は簡単に考えていたんじゃないかと思います。
検察当局から
資料をもらえば、それに一枚の紙でもつけて出しておけば
裁判所が受け付けてくれる。他力本願ですよ。
だから私は、
文部省御自身が
所轄庁としての
東京都と協力して具体的にどういうようなことをなさいましたかと、こういうふうな御
質問を申し上げた。そうしたら、はしなくも、どこにどんな
施設があるか、あるいはどういうふうな
出版物があるか
調査しています、強制力はないけれ
ども調査していますと。今まではそういうふうなこともやってはよくないということを公の場でおっしゃっていた。だから私は
次長に出てきてほしいと言ったんです。
次長はおいでにならないんです。
だから、その辺のところをびしっと整理して、そして
国民の期待にこたえられるようなことでなければ、私はこれはもうとてもじゃないが
文部省は持ちこたえられないんじゃないだろうかという懸念を申し上げておきます。
そこで、今度は
法務省の方にお伺いいたしたいと思いますが、きょうは
オウム真理教の
解散請求の問題に絞って御
質問いたしますけれ
ども、先ほど来御
承知のとおり、
解散命令の
法律の根拠は
宗教法人法八十一条です。そこで、「
裁判所は、」「
所轄庁、利害
関係人若しくは
検察官の
請求により又は職権で、その解散を命ずることができる。」、こういうふうに書いてあります。ですから、こういうふうに具体的に
刑事事件化された事案について一番実態がおわかりなのは私は
警察、なかんずく
証拠に基づいて公判
請求される
検察庁だろうと思うんです。
検察庁の主たる仕事というものは、公判
請求して公判を維持してそして
目的を達成する、それが
検察当局の大きな流れですけれ
ども、
宗教法人法の八十一条の中には、「
裁判所は、」「
検察官の
請求により又は職権で、その解散を命ずることができる。」というふうな規定がございます。
きょうの産経新聞を読みますと、
検察官もやるんだというふうなことでございます。私は、やはり
刑事事件化してそして
証拠を十分持っておられる
検察庁というふうなものは、
法律の一番上には
所轄庁ということで
文部省なり都道府県知事ということになるんだけれ
ども、実際はこういうふうなところはやれないんじゃないか。
検察庁が一番
資料を持っている。しかもいろいろな
証拠なりなんなりをお持ちになっていて、それが公判の段階で最初から表へ出せる
証拠もあれば、あるいは公判を維持するために最後まで保持していて、場合によっては使わぬでもいい
証拠もあるかもしれない。公判を十分維持できれば、必要にして十分なだけの
証拠があればそれでいいわけなんですから。だから、その辺の踏み分けで、仮に
文部省から協力依頼があっても私は出せないものもあるだろうと思うんですよ。
文部省は、それは簡単に公判
請求すれば出せるんじゃないか、だから
起訴後速やかにやりますと、こういうふうな安易な気持ちだったんじゃないかと思うけれ
ども、詰めていけばそういうような問題が出てくる。
だから私は、八十一条のこの適用は、それは
検察官がおやりになった方が本当はいいんじゃなかろうかなという気持ちが実務的にはするんです。あるいは
所轄庁と協力しておやりになるということができるのかどうかわかりませんけれ
ども、そういうふうな考え方も考え方としてあるんじゃなかろうかというふうに思うんですが、
法務省の御見解がございましたら。