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石田(美)
委員 ありがとうございました。
確かに男女平等を
教育の中で入れているというふうなことはわかるのですけれども、女性の場合、同じではないわけですね。女性が社会に進出するようになったいきさつ、歴史というのは、男性の歴史とはまた違った独特、非常に重要な面がございます。
先ほどもおっしゃっておりました高等
教育の中あるいは
社会教育の中では、かなり女性のライフサイクル、なぜ女性も自己実現、そういった人生の中で社会の顔、子産みと台所だけではない社会の顔も持つようになったかという、女性の立場からの見方というふうなものの
教育、これは女性学という分野になるのですけれども、この女性学と女性解放とはちょっと意味合いが違ってくるいきさつ、歴史的な学問的ないきさつがあるわけですけれども、高等
教育の中では確かにかなり取り入れられています。
社会教育もそうです。
ですけれども、中学、
高等学校では本当に、ここに私も資料をいただいているのですけれども、中
学校では、これが
学習指導要領では民主主義の思想の普及、社会運動の展開といったところで歴史の分野で出てまいりますが、女性の解放についての意味というのは、そうですね、ここにありますこれだけなんですね。半ページあるかないかでございます、実際に教科書に出てきますのは。
高等学校についても、ここに資料をいただいているのですけれども、同じでございます。これも部落解放運動、次に婦人解放運動などが活発化したことを理解させるというところで出てくるのですが、ちょっと詳しいことをやっていますと時間がなくなりますので、本当に半ページあるだけというのが日本の
教育の実情でございます。
実は私は、今一大政治課題でもあります高齢化問題、少子化の問題も、確かに日本人といえばこれは男と女の問題でありますけれども、こういう問題は、より今女性の問題でございます。
私自身は、この政治の世界に入る前、女性学の研究者でございまして、女性学の視点で
社会教育、高等
教育、国立婦人
教育会館の女性学講座の企画
委員にも携わっておりました。この衆議院に出馬する前にも「女・男の現在をみつめて—岡山女性学十年—」、これは賞もいただいた本なんですけれども、こういう本を出しております。その中で、
教育は国づくりの
基本ということで、女性の非婚化、晩婚化も、それは自由社会ですから個人の自由だと言えますけれども、
教育内容の欠陥にその要因を見ることができます。出生率の低下の原因もここにあると私は思うのです。
こうした高等
教育の中あるいは
社会教育の中で女性学の視点の講座を持ってみまして、
社会教育の中では、既に結婚して
子供を持っている三十代、四十代、五十代、六十代といった女性の
人たちが、そういうことをもっと早く学んでいたらもっといい人生が送れたけれどもということを言われますし、また、私も短期大学でも教えておりましたけれども、地元の岡山大学でも男性論、女性論といった一般
教育科目の講座に出ておりました。そんな中で、授業が終わりますと男子学生も女子学生も寄ってきて、ああそういうふうに、今ごろの女は生意気だとか、そういうふうに思っていたけれども、そういういきさつがあったのか、
先生、僕ら初めてそういう話を聞いた、女子学生であれば、そういうことをもっと早く知っていたら人生を計画して見通していけるのにというふうな反応を得ております。
これは中
学校、
高等学校で、女も家庭の顔だけではなくて社会の顔も持つようになったそうした歴史とか意義といったものを、そこからまた出てくる、女は母性を持つ、
子供を産むということからいろいろな問題が出てきております、こういういわゆる女性学の視点を取り入れた授業を受ける必要を私は強調したいと思います。
これは、女だけが授業を受けるということではなくて、男性もともに、そうした母性を持つ人間というところの理解を持っていただけるような
教育が取り組まれるということが、この日本の将来の存亡のかかっている人口問題、少子化の問題解決にはどうしても必要だと思います。
この女性学が何かというのは、ちょっと時間がございませんので、資料をきょう配らせていただきまして、これは私が考える女性学、一応まとめでございまして、何かのときにお読みいただけると、ああそうなのかとわかっていただけると思いますけれども、私自身も、たまたま高等
教育を受けましたけれども、社会に出ていろいろな差別の中で一生懸命頑張る中で、男の人には負けないんだ、男女平等なんだと一生懸命頑張りました。その結果どうだったかというと、そこで結婚もしなかったり
子供も持たなかったら恐らくそういうことはなかったんだろうと思いますけれども、組合運動
一つにしましても男の人と同じようにやりました。結果は、吐血して、血を吐くという、体を壊すという結果に終わって、そういうときに、女性学というのは最近の学問なんですけれども、男性のために、男性の、男性によってつくられてきたというのが社会でして、そこに母性を持って
子供を産みながらというふうな形で女性が入っていくということは物すごく無理があるということに気づいて、例えば
子供を産みながら働くというふうなそういうことも、労働者として
子供を産んだりすることというのは効率が悪いからよくないというふうに偏見を持たれるわけですけれども、そうした、女性が母性を持つ人間だということが正当性を持つ、それも正当に社会で受け入れられるためには、世の中の価値観、学問の上で女性の視点を入れたものに変えていかなければいけないという、なかなか短い時間で説明できないのですけれども、それを知ったときに、私は、ああそうか、男と女は同じではない、違ってもいい。ですから、私自身は衆議院議員になって、一年生の議員の中で多分最長老だと思うのですね、おくれているわけですけれども、それも同じである必要はない。平均寿命は大体六年長いわけですから、六年遅くたってそれだけ人生豊かなのかもしれない。私の場合だったら母性も十分、
子供も持ち、やれる人生がより私はよかったのかな、そういうふうなことでございまして、ちょっと時間がなくなるといけないのですが、そうすると、少子化に対処できるような
教育は何かということを考えてみたいと思うのです。
教育によってやはり少子化現象に歯どめをかけていくということが重要だと思いますし、実際にそれでもって
子供の数がうんと減った少子化現象に歯どめをかけた国の例をちょっと
お話ししてみたいと思います。
現在、特殊出生率ですけれども、発展途上国というのは大体五人から六人です。日本も戦争が終わったころ大体五人近くでございました。そうしたことが恐らく戦後の日本の繁栄にも、
子供が生まれるという形で発展してきたと思うのです。ところが、今は御存じのように五人くらいだったものが一・四六でございます。そして、同様に低いのがイタリア一・二六、ドイツ一・四八なんですね。こうした国々は大体父権制の強い国でございまして、スウェーデンとかアメリカといったところも出生率が非常に下がったところから、今はスウェーデンが二・一一、アメリカが二・〇一というふうに回復しております。それには、スウェーデンの場合は御存じのようにもう制度的にも徹底した支援をしておりますし、またそこに徹底的な支援ができるようになった背景には、もう徹底した男女平等
教育をしております。スウェーデンでは男女平等
教育を
教員教育課程履修の必須科目としているというふうに
教育に組み込んでおります。
スウェーデンの
お話よりもちょっとアメリカの方の
お話をしたいのですけれども、アメリカの場合も
高等学校では女性学というのがどこにもあるそうでございます。先日も、日本からアメリカの
高等学校に行っている友達の
子供さんが帰ってこられていて、ばったり出会って、私のことを女性学の
先生ですよという紹介をされて、アメリカで女性学どうと聞いたら、そんなのアメリカの
高校では
常識だよ、どこにでも講座としてあるよと言っていました。
ここで、前にもちょっと御紹介させていただいたのですけれども、これがアメリカの
高等学校の女性学の教科書の
一つなんでございます。私が訳しまして、これは短大で使っていたのですけれども、こういうのを一冊使っているわけですね、科目として。この教科書は皆様とも
関係なくはないので、あのスペースシャトルの惨事のときに、マッコーリフさんですね、この方は
高等学校で女性学を教えておられました。こういうところにも、昨年は向井千秋さんが日本の女性として初めて宇宙飛行士で、このマッコーリフさんもそうでした。マッコーリフさんはスペースシャトルが爆発しまして亡くなられたわけですけれども、同じように、こういう女性の宇宙飛行士でも、マッコーリフさんは実はあのとき八歳と六歳の
子供がいたわけですね。それでスペースシャトルに乗った。向井千秋さんは御存じのような方でございます。たまたまですけれども、お子さんはいらっしゃいません。
このスペースシャトルの惨事の後、多分
皆さん方い議院の方は、そのときに科学技術庁長官だった河野洋平さんが募金をされて応募をされたのじゃないですか。何千万も集まったそうですね。このマッコーリフさんのニューハンプシャーのコンコードの
学校に多額の寄附をされたそうですね。それをコンコードの
高校では、それならマッコーリフさんの後にコンコード
高校で日本の女性に来てもらって日本の女性の話をしてほしいということで、これはインターナショナルインターシップですか、に要請されてそれに応募したのがこの宮城正枝さんという私の友達なものですから、彼女がこの教科書を持って帰られて一緒に訳して日本で使っていたという教科書でございます。
そのごとく、やはり出生率を二人台に回復させるには長い間
教育の中で植えつけてきているというのがスウェーデンだとかアメリカの例でございまして、どうかこの日本の
教育、制度もそうですけれども、先ほども申しました、これから五十年あるいは百年先の日本の
教育を考えて
教育改革に取り組む中で、ぜひこうした女性
教育といいますか、女性学的なものを入れていくということをお願いしたいと思うわけです。こういうあたりについて、国の将来のこういうことを含めた
教育改革について、私は随分勝手なことを申しましたけれども、
文部大臣の御感想をちょっと伺いたいと思います。