○稲葉稔君
滋賀県知事の稲葉でございます。
衆議院
地方分権に関する
特別委員会の
皆様方におかれましては、日ごろから
地方行政の諸問題に関しまして格別の御理解と御高配を賜り、深く
感謝を申し上げるところでございます。
本日は、本県におきまして、
地方分権推進法案及び
地方分権の
推進に関する
法律案に関して
意見を申し述べる機会を設けていただき、厚くお礼を申し上げます。
地方行政に携わっております立場から、
地方分権をめぐって常日ごろ考えておりますことを御紹介させていただきたいと存じます。
地方分権の
推進につきましては、古くはシャウプ勧告で強力なる
地方団体の必要がうたわれて以来、その後も各種の
審議会の
答申を初め、政党、
民間団体、
地方自治体など各界からの声がその
必要性を訴えてきております。
しかしながら、これまで何度も大きな機運の盛り上がりがあったにもかかわらず、抜本的な改善がなされずに今日に至ったと思わざるを得ません。
地方分権と一口に申しましても、その中には、国と
地方を通じ、
権限、
財源あるいは人材など多方面にわたってさまざまな問題を含んでおり、これらの細かいところから始めようとしますと議論が百出する状況でありましたし、
受け皿に関する問題はまさに百家争鳴の観を呈し、総論では賛成でも、各論になるといつの間にかうやむやになってしまったというのが実態だったように感じております。
ところが、今このように
地方分権の
推進に関する基本的な
法案が初めてまとめられ、
国会で御
審議をいただくという段階にまで至っておりますことは、私
どもの積年の念願、すなわち自治
行政は
自治体に任せるという考えの確立と、その具体化に向かって一日も早く一歩を踏み出してほしいという願いがまさに成らんとしているものと、感慨を禁じ得ないものでございます。この上は、何としても
法案の
早期制定を図っていただきたい、それによって
地方分権の流れを確固たる軌道に乗せていただきたいと存じております。
地方分権の
必要性につきましては、両
法案とも、
地方の
意見を初めこれまでのさまざまな議論を踏まえ、これを集約する形で示していただいておりますので、改めて一から申し上げるまでもありませんが、
住民のニーズやライフスタイルがますます多様化していく中で、今の
体制のままでは十分な対応ができなくなるのではないかと
地方では切実に考えております。
申すまでもなく、
行政施策の対象は生身の人間であり、また生きた
社会経済事象であります。それはさまざまな側面をあわせ持った存在であります。例えば、高齢者の方のニーズから考えますと、福祉、保健、医療の連携が不可欠でありますし、生涯学習も必要となります。住宅対策も含め、
町づくり全体への配慮もしていかなければなりません。こうしたことへの対応を課題の一局面ごとに専門分野別の縦割り
行政でやろうとしても、なかなかスムーズにいかない
時代になってきております。一元的、完結的なコーディネートのもとでの総合的な施策が必要とされており、このために、
自治体が
権限、
財源を充実し、主体的に
政策を実行する
仕組みとしての
地方分権の
推進が求められているわけであります。
こうした観点は
住民生活にかかわる
行政の全体に求められることになりますが、特に自然環境の保全、
地域の実情や開発との調整などを踏まえた多角的な視点からの対応を必要とする土地利用に関する
権限などは、
地方に移していくことの緊急性が高いと考えております。
私事にわたって恐縮でございますが、私は昭和二十一年に
滋賀県庁に奉職をいたしました。自来、半世紀にわたって
滋賀の
地域づくりに携わり、福祉や環境などの面での国に先駆けた施策も含め、県民とともに精いっぱいの工夫を重ねてまいりました。
そうした取り組みの中で私にとってとりわけ印象深いのは、やはり国民的財産ともいうべき琵琶湖を初めとする環境保全への取り組みであります。膨大な水量を持ち、誕生以来の長い間美しい姿を保っていた琵琶湖でありますが、高度
経済成長期以降、急激な水質悪化に苦しむことになり、特に昭和五十二年五月、琵琶湖に初めて発生した大規模な赤潮は、県民の暮らしを映し出す鏡のような存在とも言える琵琶湖がみずから病状を訴えたものとして、県民に非常に深刻な衝撃を与えました。これを契機として、多少の不便はあっても琵琶湖を守るために粉石けんを使おう、富栄養化にストップをかけ、青い琵琶湖を取り戻そうという声が上がり、消費者グループを中心に全県的な組織がつくり上げられました。こうした県民運動の力を得て
制定しましたのがいわゆる琵琶湖条例であります。それ以後も、県立琵琶湖研究所の設立、世界湖沼環境
会議の
開催、国際湖沼環境
委員会の創設、ヨシ群落保全条例などの取り組みを実施してまいりました。
しかしながら、この間、県民の
意見も聞き、いろいろ知恵を絞った施策が、国との
関係、かかわりにおいて思うように進まないことも一再ではありませんでした。琵琶湖条例あるいは風景条例の
制定にいたしましても、その過程で、各省庁の
方針というよりは、
中央でクレームがつきまして、たびたび苦い思いをしたものであります。
琵琶湖の水環境の現状はと申しますと、水質的には、さまざまな対策を講じつつありますものの一向によくなっていない、おおむね横ばいと称しておりますが、一部の現象では悪化の傾向が見られるなど、依然として厳しい状況にあります。
本県は琵琶湖を中心とする盆地でありまして、すべての水が琵琶湖につながっておりまして、その
意味では琵琶湖と運命をともにしていると申して過言ではないというふうに存じますし、これは県民一人一人の実感であります。琵琶湖を望ましい姿で守り、次の世代に引き継いでいくことはすべての県民の願いとして最優先の課題であり、今後ともこうした本県固有の事情に応じた取り組みを進めていく必要があります。
例えば、現在、環境基本条例を
制定すべく準備を進めており、やはり琵琶湖の水質保全が大きな焦点となっております。水質汚濁の発生源にはさまざまなものがありますが、毎日家庭から出される雑排水も一つの要因であります。その適正な処理が緊急を要する課題となっております。都市下水道や農村下水道の
制度に乗らない
地域においても例外とは言えないのであります。生活雑排水が処理できない単独処理浄化槽の
設置を規制し、高い性能を持った合併処理浄化槽の
設置を義務づけ、建築確認における要件にも盛り込みたいと考えておりますが、現行の建築基準法のもとでは国の了解が得られません。しかし、本県の特殊事情においてはぜひとも必要なことでありまして、条例の
制定のように、
地域性を本質とする取り組みについては、これがスムーズにいくよう、
分権の理念のもとで
地方が自主性を発揮できるような
体制に改めていただきたいと考えております。
もちろん、私権の制限にかかわることなど、もとより慎重に
検討を行うべきものでありますが、基本的には
地域のコンセンサスの問題であり、
自治体がその
権限と責任のもとで
地域の実情に応じた施策を行えるようにする必要があると常々感じております。
以上、
地方の立場からの
分権の
必要性についての考えの一端を申し上げました。今日、広く世論は
分権化を求めるに至っていると考えますが、中には
分権慎重論の声も聞こえてくるところであります。
例えば、
自治体の首長に
権限が集中し、腐敗の温床になるのではないかという声がありますが、私には角を矯めて牛を殺す論のように思われます。
自治体が
地域の総合的な整備を行おうとすればある
程度の
権限が集中することになりますから、当然
自治体も
分権にふさわしい形の
改革をしていく必要がありますし、何らかのチェックの
仕組みを強化する必要もありましょう。しかし、それよりも、今のように国の責任か
地方の責任かわかりにくい状況にあるよりは、
地方分権によって
地方自治がより身近に感じられるものとなり、
地方行政への関心が高まれば、
住民による監視の目が厳しくなるなど、そうした内在的な統制と申しますか、
選挙を初めとする民主
政治の基本原則にのっとった形でのチェックが本来の
役割を果たすことにもつながってくる、むしろ
行政の透明性が高まることになると考えるべきであります。
大切なことは、
分権化によって
地域の
行政が、国の干渉でなく、
地域の
住民のコントロールによって行われるようになることであります。
地方分権の眼目はこのような
仕組みを確立することであり、このような土壌の上にしっかりとした
住民自治に支えられた真の
地方自治が育っていくものであると考えております。
また、
自治体の
行政能力あるいは
行政への姿勢そのものに不安感や不信感があるようにも感じております。こうした
意見も本末転倒でありまして、まずは、
権限を移譲し、やらせてみることが大切であります。
分権を実施すれば、各
地域が、
住民の英知を結集し、個性ある取り組みを競い合う中で、多くのことを学びながらその
能力を高めていくのであり、国が
自治体に思い切って任せることが
自治体を変革し、確かな
地方自治を確立するのであります。
これまでも、なかなか自主性を発揮できないような
仕組みの中で、非常に苦労しながら創意工夫にあふれる仕事をしてきております。むしろ、
地方の先進的な取り組みが国の
仕組みとなって取り入れられ、全国的に広がっていった例も数多くあります。
次に、両
法律案の
内容につきましては、これまでの各界での
意見が集約されたものであり、特に、
分権推進のかぎを握ると言われている
地方分権推進委員会につきましては、両
法律案を通じてかなり具体的に書き込もうと苦心をいただき、勧告・監視
権限を与えるなど、世論にこたえる形にしていただいたと感じております。
ただ、
地方自治の確立のためには、
自治体がすべての
事務において明確な責任を持っていく必要があると考えますが、その責任というのは、当然のことながら
住民への責任であるべきであります。ところが、
機関委任事務という
行政執行の
あり方は、
地方自治体をして、ともすれば
中央政府に対して責任を負うという
体制にしてしまうことにつながっております。
そこで、私は、ぜひこの
制度を改善して、
自治体の責任の明確化を図るべきであると考えております。例えば、
国政選挙の
事務や統計情報の整備、旅券の交付などは、国の
事務として、国が基準を示し、
地方に執行を委託する等の形が望ましいと考えるのであります。したがいまして、
機関委任事務は、その
概念を含めて抜本的に
見直しを行い、新たな
仕組みを構築するぐらいの
整理合理化を行うという形が必要ではないかと考えております。
また、五年間の
時限立法とするか、恒久法としつつ五年
程度で具体的
成果を上げることを目指すものとするかにつきましては、
分権システムを確立するためには息の長い取り組みが必要でありますが、やはり五年ぐらいの間には一定の
成果を上げていただくべきでありまして、その進みぐあいを検証する
意味でも、あらかじめ一つの目安を設けておくことは重要な意義があると考えております。
時限立法と申しましても、五年を経た時点で所期の目的が達成できない状況であれば、当然期限の延長等の措置について議論がなされるはずであります。
そのほか、幾つかの点にわたって両
法律案の違いが見られるところでありますが、その基本的な理念に隔たりはなく、
地方分権の
推進に向けての決意は相通じるものであると理解しているところでございます。
とにもかくにも、
地方の
意見を十分に踏まえていただき、できるだけ早く
地方分権推進計画を策定し、実のある形で
分権化を進めていただきたいと考えておりますが、特に申し上げておきたいことは、
権限移譲を含め、国と
地方の具体的な
役割分担の
あり方の議論には、必ずその
地方の
役割に見合うだけの
財源の保障を
役割分担と表裏一体として明確にしていただきたいということであります。
このためには、
税源の再配分や、課税自主権の強化を伴った
地方税の充実、現行の
地方交付税
制度の抜本的
見直し、国庫補助金の
一般財源化など、
分権の趣旨に沿った
地方税財政
制度を構築していただく必要があると考えております。
一方、
地方分権の
成果を確固たるものにするためには、
自治体自身の
行政システムも
分権の
時代を担い得る形に
改革していくことが大切であります。二十一世紀に向けて、高齢
社会への対応、
社会資本の整備など、
行政需要の増加は目に見えております。このため、みずからの組織と
事務執行を厳しく見直すリストラクチャリングにより、一層の効率的な
行政を進めなければ、
分権の
意味は大幅に減少することになります。
本県におきましては、こうした観点から、昨年六月に、各界の有識者から成る
滋賀県
行政改革委員会を
設置し、
分権化を初めとする新しい
時代にふさわしい県
行政の
あり方を
検討していただいており、去る二月二十一日に、中間
報告という形での御
報告をいただきました。
この
報告の中では、
行政改革の視点として、県、
市町村、県民が責任と
役割を自覚すること、その上で、
市町村の意向や実情を踏まえつつ、必要な
財源に配慮しながら、
市町村への
権限移譲を進めるべきであると
提言いただいております。また、近隣
市町村との合併も視野に入れた広域連合など
市町村相互の連携の
あり方や、
地域の実態に合わせた
事務処理組合の整理統合についての
検討も行うべきこととされております。そのほか、
時代に即応した県
行政組織、県政
推進の基盤をなす財政の健全性の
確保、効果的な
行政運営と職員の
能力開発などについても
提言をいただいております。
本県としては、この
報告を真摯に受けとめ、引き続き
検討を
お願いするとともに、実行可能なものについては速やかに具体化していくことにより、
分権の
時代を先導する覚悟を新たにしている次第であります。
本県では、琵琶湖に代表される豊かな自然の中で、自然とともに生き、すぐれた気風を身につけた先人たちの「淡海文化—あわうみの文化—」とも呼ぶべき知恵や心を、現代の生活に生かすことにより、将来の世代にとっても価値のある、
滋賀ならではの
地域づくりを行っていこうという「新しい淡海文化の創造」を提唱、実践しております。
既に、
市町村や事業者、県民などの広い共感を得ながら具体的な取り組みを進めているところでありますが、例えば、昨年度から淡海文化
市町村推進事業というものを実施しておりますが、これは、基礎的な生活の場である
市町村を舞台に、
市町村それぞれの個性を生かした
住民参加型の事業に対して県が支援を行うというものであります。いわば、国において実施されたふるさと創生事業の
滋賀県版というようなものでありますが、お互いの顔が見える
地域の中で、
市町村、
住民が知恵を出し合い、力を合わせて主体的に
地域づくりを競い合おうとするものであります。
地方分権の道は、
制度論はさておき、
地方分権的な物の見方、
考え方を確立する中でこそ開けてくるという
意見があります。
分権の
時代にはそれにふさわしい新しい文化が生まれてくるものと信じ、今後とも取り組みを進めていきたいと考えております。
本
特別委員会の
委員各位におかれましては、このような理念は十分御承知いただいているところでございますが、
地方においてもその思いは同じであり、
地方分権の担い手としての腹をくくっている、既に
分権の
時代を見据えた取り組みを進めているという御
認識を新たにしていただきまして、ぜひとも
法律案の
早期制定に向けて御努力いただきますよう
お願い申し上げまして、私からの
意見陳述を終わらせていただきます。
ありがとうございました。