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1994-11-29 第131回国会 衆議院 厚生委員会 第9号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成六年十一月二十九日(火曜日)     午前九時三十二分開議 出席委員    委員長 岩垂寿喜男君    理事 衛藤 晟一君 理事 木村 義雄君    理事 鈴木 俊一君 理事 戸井田三郎君    理事 井上 喜一君 理事 石田 祝稔君    理事 山本 孝史君 理事 網岡  雄君       荒井 広幸君    小野 晋也君       熊代 昭彦君    塩崎 恭久君       住  博司君    高橋 辰夫君       竹内 黎一君    長勢 甚遠君       根本  匠君    藤本 孝雄君       堀之内久男君    山口 俊一君       山本 公一君    井奥 貞雄君       岩浅 嘉仁君    岡田 克也君       斉藤 鉄夫君    塚田 延充君       野呂 昭彦君    冬柴 鐵三君       桝屋 敬悟君    矢上 雅義君       柳田  稔君    金田 誠一君       田口 健二君    土肥 隆一君       森井 忠良君    三原 朝彦君       岩佐 恵美君  出席国務大臣         厚 生 大 臣 井出 正一君  出席政府委員         厚生大臣官房長 山口 剛彦君         厚生省保健医療         局長      谷  修一君         厚生省社会・援         護局長     佐野 利昭君  委員外出席者         議     員 冬柴 鐵三君         議     員 高木 義明君         議     員 斉藤 鉄夫君         外務省総合外交         政策局総務課長 田中  均君         文部省初等中等         教育局高等学校         課長      河上 恭雄君         参  考  人         上智大学法学部         教授      堀  勝洋君         参  考  人         山梨大学長         日本原水爆被害         者団体協議会代         表委員     伊東  壯君         参  考  人         東京原爆被害         者団体協議会副         会長      田川 時彦君         厚生委員会調査         室長      市川  喬君     ――――――――――――― 委員の異動 十一月二十八日  辞任         補欠選任   青山 二三君     冬柴 鐵三君   福島  豊君     斉藤 鉄夫君 同月二十九日  辞任         補欠選任   塩崎 恭久君     山本 公一君   五島 正規君     田口 健二君 同日  辞任         補欠選任   山本 公一君     塩崎 恭久君   田口 健二君     五島 正規君     ――――――――――――― 十一月二十九日  カイロプラクティック・整体術等あん摩マツ  サージ指圧類似行為規制取り締まり徹底  に関する請願五島正規紹介)(第一七二五  号) は委員会許可を得て取り下げられた。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案  (内閣提出第一九号)  原子爆弾被爆者援護法案粟屋敏信君外六名提  出、衆法第六号)  カイロプラクティック・整体術等あん摩マツ  サージ指圧類似行為規制取り締まり徹底  に関する請願五島正規紹介)(第一七二五  号)の取下げの件      ――――◇―――――
  2. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 これより会議を開きます。  内閣提出原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律案及び粟屋敏信君外六名提出原子爆弾被爆者援護法案の両案を一括して議題といたします。  本日は、両案審査のため、参考人として上智大学法学部教授堀勝洋君、山梨大学長日本原水爆被害者団体協議会代表委員伊東壯君、東京原爆被害者団体協議会会長田川時彦君、以上三名の方々に御出席をいただいております。  この際、参考人方々に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中にもかかわらず御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。両案について、それぞれのお立場から忌悼のない御意見をお述べいただき、審査参考にいたしたいと存じます。  次に、議事の順序について申し上げます。  御意見は、堀参考人伊東参考人田川参考人順序で、お一人二十分程度お述べいただき、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。  念のため申し上げますが、発言する際は委員長許可を受けることになっております。また、参考人委員に対して質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきを願いたいと存じます。  それでは、まず堀参考人にお願いいたします。
  3. 堀勝洋

    堀参考人 上智大学の堀でございます。  きょうは、被爆者援護に係る二つの法案につきまして、参考人としての意見を述べさせていただきたいというふうに思っております。お手元に、簡単ではございますが、きょう申し上げる内容についての要旨を配付してあると思いますので、これをごらんいただきたいというふうに思います。  原子爆弾が広島、長崎に投下されまして来年八月で五十年を迎えるわけでございますが、このようなときに当たって、原子爆弾被爆者に対して総合的な援護措置を講ずるというこのような立法を行うということは、まことに時宜にかなった措置ではないかというふうに考えております。一時に、これら二法案前文核兵器究極的廃絶世界の恒久平和をうたっておりますけれども、このことは、我が国の憲法の基本理念に沿うものでありますし、かつ、我が国被爆者対策を行うことによって、我が国が求めている理念を国の内外に示すものとして極めて意義があることではないかというふうに思っております。しかもこのことは、法律案前文理念として示されているだけではなくて、「平和を祈念するための事業」あるいは「平和祈念事業」として具体的に実施されることが条文上規定されているということに特に私は注目したいというふうに思っております。  御承知のように、我が国世界で唯一の被爆国でありまして、原子爆弾による破壊と被害がいかに著しいものであるかということを、後代の国民だけでなく世界の人々に長く記憶として残すことは、我が国に課せられた責務と言ってもいいのてはないかというふうに思います。したがって、この平和を祈念する事業あるいは平和祈念事業といったものを通じて、核兵器究極的廃絶世界の恒久的平和に一歩でも近づけるということを期待しているところでございます。  次に、この二法案は、従来のいわゆる原爆二法を統合して、被爆者に対する経済的援助及び保健医療、福祉にわたる総合的な援護措置を講ずることとしておりますが、高齢化の進行している被爆者現状から見まして、このことは極めて適切な措置ではないかというふうに考えております。ただし、最も重要なことは、被爆者ニーズを的確に把握して、そのニーズ充足のため各種サービスを総合的に提供していくということが重要でございまして、このため、実施に当たる地方公共団体に対してきめ細かな援助あるいは指導がなされるということが必要ではないかというふうに思っております。  さらに、この法案は、従来の施策を一歩進めまして、各種手当所得制限の撤廃によって対象者を拡大しておりますし、従来予算措置で行われた施策を法定化することによって、その根拠を明確にしております。また、新たに被爆者の死亡について特別葬祭給付金あるいは特別給付金を支給するなど、施策の改善に努めていることも高く評価すべきではないかというふうに考えております。  なお、これらの法律案の作成に当たっては、一般戦災者との均衡の維持に最も苦心が払われたのではないかというふうに推察しておりますけれども、内閣提出法律案による援護措置は、原子爆弾傷害作用に起因する健康被害という特別の犠牲に対して特別の措置、特別にとられた措置であるという基本的性格をなお保っているのではないかというふうに考えております。  今後一般戦災者に対して何らかの措置を講ずる必要があるか否かについては、別の問題として真剣に議論する必要があるとは思いますけれども、それが講じられていない現在、内閣提出法律案に盛り込まれた措置が、一般戦災者との均衡上、限界に近いのではないかというふうに私は考えております。  例えば、内閣提出法律案に規定されております「特別葬祭給付金」は、自分自身被爆者として特別の犠牲を払ってこられた方にのみ支給されることになっておりまして、原子爆弾被爆者に対する特別措置の範囲内にあるというふうに考えております。しかし、これが原子爆弾によって亡くなられた方の遺族すべてに支給するというようになりますと、一般戦災者遺族との均衡上、法律的にもまた政治的にも問題が生ずるおそれがあるのではないかというふうに思っております。  内閣提出法律案議員提出法律案には、今述べました「特別葬祭給付金」と「特別給付金」の違いのほか、幾つかの相違が見られるところであります。例えば、前文中の「国の責任において、」というものと「国家補償的配慮に基づきこという表現や、手当方式年金方式という違いなどが見られるわけであります。これらについては、従来の立法例あるいは一般戦災者との均衡等を考慮して決定していくべきではないかというふうに思っております。  これについてもう少し具体的に述べてみたいと思います。  まず、手当年金の違いでありますが、我が国社会保障法立法例幾つか見てみますと、手当あるいは手当金というのは、一時金であるか、あるいは定期的な給付であっても有期、期間が限られている場合に用いられているように思われるわけです。これに対して、年金は定期的な給付であり、しかも原則として終身支給される現金給付に用いられているというふうに私は考えております。  原子爆弾被爆者に対する現金給付被爆者に無条件に終身支給されるようなものであるということであれば、年金という言葉を用いてもいいというふうに思いますけれども、その現金給付が一定の健康被害の状態の存続を条件とするような給付であれば、年金という言葉は必ずしも適切ではないということになるのではないかというふうに思います。したがって、この問題は、名称、名前の問題というよりは、この法律案が支給する現金給付をどのようなものとして位置づけるかにがかっているのではないかというふうに考えております。  一般戦災者との均衡というものを考えてみますと、原子爆弾傷害作用に起因する健康被害に着目した給付という性格は、ある程度今後とも維持していく必要があるのではないかというふうに考えております。  次に、「国の責任」と「国家補償的配慮」という違いについて、私の考えを述べさせていただきたいと思います。  従来の我が国立法例では、補償というのは英語で言うコンペンセーションということで、私法上の不法行為責任に基づく損害賠償、特に業務災害に対する使用者補償責任といったものから発展してきた制度に用いられているというふうに考えられるわけです。例えば、労働基準法に言う災害補償、あるいは労働基準法に言う災害補償使用者責任化した労働者災害補償保険法、あるいは国家公務員災害補償法地方公務員災害補償法といったものがその例ではないかというふうに思います。また、戦傷病者戦没者遺族等援護法あるいは戦傷病者特別援護法に規定されております国家補償という言葉も、基本的には使用者としての国が、あるいは準軍属という形で使用者と言えるまでに至らない、何らかの形で国との関係があったという者の公務上の災害戦争公務災害に対してコンペンセードするという意味であるというふうに私は理解しております。  議員提出法律案の「国家補償的配慮」が具体的にどのような意味内容を持つものかは必ずしも明らかではありませんけれども、もし以上述べたような意味での使用者責任、国の使用者としての責任としての意味であるならば、これは必ずしも適切ではないのではないかというふうに考えております、  また、この「国家補償的配慮」がさきの大戦に係る戦争責任ということを意味するとすれば、一般戦災者に対して何らの措置も講じていないこととの均衡上の問題が生じはしないかというふうに考えております。したがいまして、この問題については、「国家補償的配慮」の意味を十分に吟味検討する必要があるのではないかというふうに考えております。  内閣提出法律案議員提出法律案は、以上述べましたような違いはありますけれども、その大部分は内容が似通っております。しかもこれらの両法案被爆者に対する援護措置を拡充改善するものでありますから、早急に成立することを望んでおります。また、成立した後、被爆者がこれらの措置をあまねく享受できるよう、政府広報等による周知徹底に努め、申請に対する決定も速やかに行われるよう努めていただきたいというふうに私は思っております。  以上が私の意見でございます。若干時間を残しましたけれども、以上で私の意見を終わります。(拍手)
  4. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 ありがとうございました。  次に、伊東参考人にお願いいたします。
  5. 伊東壯

    伊東参考人 来年被爆五十周年を迎えて、被爆者大変高齢化をしている現状にございます。私自身、中学校の三年生のときに被爆をしたわけですけれども、もはや六十五歳を超えるという状況で、しかもここのところちょっと大病をいたしまして、頭の毛なども真っ白になってしまう、そういう、いわば大変な原爆という被害を受けて、しかも五十年という歳月がたつという中で、とにもかくにも被爆者が望んできた援護法案が、それこそ与党、野党を問わず先生方のお力でここまでの運びになったことに対しまして、全被爆者をというふうに申し上げた方がいいと思いますけれども、代表して、心から御礼を申し上げたいというふうに思っております。  そういう意味では、まさに私の前の先生と同じように、一日も早くこの法律ができることを待ち望んでいるわけですけれども、しかし、実は私もこの援護法制定運動にかかわり始めて、二十八ぐらいのときでしたから、ここにおられる委員長もまだ総評におられたという時代で、まだ髪の毛は真っ黒でございまして、そういう時代から一緒にやってきたようなことがございまして、そんなことを考えますと、非常に長くやはりかかわってきたわけですね。  率直に言って、今、与党でいらっしゃいます社会党先生方には本当にお世話になりました。そこまでやってきて、さて、もはや被爆五十周年を目の前にして援護法案ができるというのを見てみると、こんなことだったかな、そういう感じは免れがたいのですね。多分僕は、社会党先生方もそういう思いをしながらこれはおつくりになっているのだろうなと思っているのですけれども、読めば読むほど、ウリつるナスビをならそうとしているのではないか。ならないというけれども、どうもウリつるみたいなものにナスビをならそうとして、だから、そういう意味においては、政府案法律内容というのは、見れば見るほど整合性を失っているんじゃないかという気がしてしょうがないわけであります。それは御苦心の跡ですよ。御苦心の跡だけれども、もうちょっと筋を通しておかないと後からいろいろな点で、こんな法律をあのときに、被爆五十年につくったんだという、歴史に残る法律としては若干お粗末ではないかということを思わざるを得ないのであります。  そういう点でほぼ三つばかりの点につきまして、少しずつ私の考えを述べさせていただきたいと思います。  第一番目は、国家補償に関するいわば法の理念の問題であります。二番目は、特別葬祭給付金という、これは新しく設けられたものについてであります。三番目は、ここには載っかっておりません、そして対案の方に載っかっています被爆者年金の話、この三つを主として申し述べてみたいというふうに思っております。  まず、国家補償の件でございますけれども、これは前文の中にかなりはっきりと、核兵器の究極的な廃絶と、惨禍が繰り返されぬように恒久平和を念願すると。だれが念願するかというと、「我らはこというふうになっているわけです。「我ら」というのは多分国民だろうなというふうに僕は思っているわけです。そしてその次に、「国の責任においてこ放射能による特殊健康障害としての健康障害被害等、それから高齢化の進行に伴うことに対する総合的な援護対策を行う、同時に「国の責任においてこ原爆死没者犠牲を銘記するというふうに書かれてあります。  私の文章の理解が足らないのかもしれませんけれども、これを読むと、「国の責任」というのは、過去における国の責任を痛感してなんていう話ではなくて、今からやることについて国が責任を負^ますよと書いてあるだけであって、ある意味においては当然といえば当然で、国が法律をつくって施行するわけですから、地方自治体なんかがやるのではなくて国がするのは当然だという気がするわけで、「国の責任においてこという文言は実は入っているけれども、余り意味をなしてないのではないがという気がしているのです。  もう少し言わせていただくと、核兵器のの究極的な廃絶と、惨禍が繰り返されぬように、「我らはこというんですけれども、これは国民でしょうけれども、国民はやはり一日も早く核兵器廃絶されたいというふうに思っているだろうし、そういうふうに国民気持ちがなっているとすれば、それからまた、事実、ここら辺のところも整合性の問題があるのですけれども、これはやはり援護法が出されるという問題と、国連でもって核兵器廃絶の決議を日本が提案するという画期的なことがここのところ起きているわけですね。そういう意味においては、政府がそこまで踏み切られるとすれば、援護法の一番最初にも「究極的」だなんて言わないで、素直に国民気持ちとして、「核兵器廃絶を」というふうにお書きになる必要があるんじゃないかというふうに思っています。  二番目の問題ですけれども、「国の責任においてこというのは、先ほど言ったように、これは国家補償にかわるべき文言として入っているわけでは全然ない。今から何をやるかというので、地方自治体任せではなくて国がやるんですよということが書いてあるにすぎないわけであります。そういうことを今まで被爆者は要求したわけでもないし、かつ原案をおつくりになった社会党先生方だって、今までおっしゃっていたことはこういうことじゃないかと思うのですね。  国が起こした戦争の中で、極めて非人道的な、残虐な兵器使用によって原爆被害が起きた。これははっきり言って、被爆者、僕たち自分責任でもって、自己責任でもってこんな病気にかかったり、あるいは傷害を受けたり家を焼かれたり家族を殺されたりしたわけではないわけですね。明らかに国の戦争の中でもって起きたことは事実です。ただ、国の戦争が違法であったかどうかなんということを私どもは、日本被団協は特にそうですけれども、余り問うたことはないのですね。違法であろうが違法でなかろうが、結果としてそういうものが起きたことについてやはり国は責任を感ずる必要があるだろう。その決意がない、その反省がない限りにおいては、再び戦争を起こさないというところに結びついていかないということなのであります。  そういう意味では、国はせめてこういう、国が起こした戦争の中で非人道的な兵器が使われて原爆被害が起きたことについて、深甚な反省を込める文章を書くべきではないかという気がします。もうちょっと言えば、その上に立って、「国家補償的配慮」という、対案の方に近いことを言いますけれども、そういう文言ぐらい入れてもいいではないかという気がするのですね。  何も戦争違法性の問題を、戦争を始めたときの違法性の問題、これは少なくとも被爆者はいろいろな人たちがいるわけですから、その人たち全員で合意していることは、結果責任としては合意は全員、全部として成り立っていると思います。すなわち、言葉をかえれば、こんなことはおれの責任で起きたのではないよ、国が戦争をやって、アメリカ原爆を落としたからおれはこうなったんだ、そのことだけははっきりしていますよ、だれが考えてみたって。だから、そういうことについて、国はおれは知らないと言っていいんでしょうか。あなたの責任だよ、あなたが悪いことをしたから、見てみろ、親不孝をしているから原爆を受けたんだ、そんなわけではないでしょう、恐らく。そうならば、国がやってきたことについても、それなりの反省言葉が入っていいというふうに思います。  それから、さらに言えば、先ほどちょっと放射能による健康被害は特殊であるという、これは一般戦災と切り離すために、何が違うかというふうにやっていくと、放射能による被害だけが違うんだというふうにずっと政府は言ってきたわけですね。もとをただせば、これはもともと発想は、原爆というものは熱線爆風放射能三つの物理的な効果からでき上がっているんだという、アメリカの、投下側の言明から話は出ているんだというふうに思います。そしてそれを、要するに原爆というものの物理的な効果をその三つに分けて考えますと、爆風一般爆弾もある、それから熱線だってある、放射能だけない、これが特殊なんだというふうに言うのですけれども、これは被爆者に一人でも聞いてごらんなさい、原爆を受けたときに三つが別々に来たかどうか。まず熱線が来て爆風が来て、しばらくたったら放射能が来。たなんという話はないですよ。一遍に全部来たんですよ。  そういう意味においては、我々が受けた、生起した事態も総合的であるし、それが我々の体や暮らしや心、私は、社会と自然のトータルな崩壊という言葉を使って原爆被害を呼んだことがありますけれども、そういう事態を引き起こした中で、人間が、人間自身もまた崩壊に追い込まれていくという事態があるわけであります。それをばらばらにして、爆風熱線放射能ばらばらにして、これだけがやはり違うんだという認識で、一般戦災やほかの戦争災害と違うという認識を持たせること自身が、僕は、本当の原爆に遭ってみればわかるんですよ、先生がお遭いになればわかりますよ、それは。これは誤認だと思いますね。  同時に申し上げておきたいことは、国連事務総長報告は認めていますよ、総合的被害であることを。そういう上に立って、実は総合的な対策が出てくるんですね。ところが、総合的対策だけは書いてあるんだけれども、被害放射能による特殊健康被害だと、そして高齢化がそこに絡まるから総合的な対策を講じなくてはならないというふうになっているわけです。  総合的対策というのは、被害が総合的であるからそれに対して総合的な対策を講じなくてはならない。だから、放射能による特殊被害高齢化なんというのは、これは一般国民全部が高齢化しているわけですから、何でそこで総合的な援護対策がある意味においては必要なのかということは、これだけではちゃんと説明し切れていないと思いますね。被害を総合的なものとしてつかまえなくてはいけないのです。  そういうふうに被害をつかまえてまいりますと、これはもうあくまで原爆投下というのは非人道的で、国際法精神ですな、実定法はないわけですから、精神には完全に違反しているというふうに日本国政府がとらなくてはいけない。そんなことが起きたというのは、実は戦争の中で起きたわけですから、それを、国が起こした戦争の中で起きたということについて深い反省を持ち、かつ、とうとい犠牲を銘記するということがやはり必要であるし、そういうふうにこの前文は書かなくてはいけないのだというふうに思っています。  言ってしまえば、本当はこの文章だってそうだと思うのですけれども、法文を今さらひっくり返そうなんということじゃないのですが、本当はやはりその被害の深刻さや総合性に触れて、そのような被害が起きたことへの国の責任と、そのための国家補償的な配慮というものが必要なんだというふうに入れて、最後に、こういうことをやることによって核兵器廃絶と、惨禍は繰り返さないようにするというふうに文章を逆転させた方が僕はどうも前文はいいような気がしてしょうがないですね。大分言いたいこと言って申しわけないのですけれども。  なぜ一体こんな国家補償の問題にこだわるかというと、実は私は、戦後補償はやはりボタンのかけ違えが最初から起きていたというふうに考えるからであります。  どういうことかというと、これはいろいろな経緯があるのですけれども、サンフランシスコ条約が終わった後、いわゆる戦傷病者戦没者遺家族援護法が出てまいります。そのころから、それが恐らく戦後補償の一番目立ったものであったというふうに思うのですが、そこでやられたものというのは、いわば戦争指導の中心に立っていた人々が最も手厚い援護を受ける。そして、最も守られるべき、戦争によっても守られるべき、戦後においても守られるべさ一般国民については、全く何もやられない。まして、いわんや植民地の人々については何にもやられない。そういう戦争をやった中心人物に手厚い保護を国が加えて、そのほか一般国民も植民地の人々に対しても何にもやらない、そういう逆転した戦後補償考え方であっていいのかという問題をこの問題は含んでいるからなんですね。  そのことをちゃんと正さない限りにおいては、本当は主権在民だとか平和主義だとか、あるいは基本的人権だとかというような問題を、戦争との絡まりにおいてそういうものを考えるときに、そういう思想が本当の意味で確立されるわけがないじゃないですか。やはりそこのところをあいまいにしてやるわけにはいかないという問題であります。  もうちょっと言わせていただくならば、先生方もよく御存じでいらっしゃいましょうけれども、帝国憲法のもとにおいては、戦時災害保護法というのは昭和十七年二月にできまして、その法律を見てみると、帝国臣民である者は全部、兵隊さんたちはもちろん、それからいろいろな戦争に従事する人たちのものを全部、もし戦争による災害を受けた場合にはそれを補償していきまして、最後には普通の国民に対しても、それは戦時災害を受けた場合には補償する。実はそういう法体系で、一人残らず戦争による被害については国は責任を持ってそれを、まあそこには国家補償精神なんというのは書いてないですけれども、それは戦争遂行のためにやむを得なかったんだということはもちろんあるのですけれども、形の上からいえば、国家の責任において何らかの給付を行うということは、これは死亡についてはもちろんですけれども、財産についてまでやるようになっているわけですね。帝国憲法においてですよ。  ところが、戦争が終わってサ条約が成立した後を見てみると、先ほどから申し上げたような格好で、全く逆転したものになってしまって、一般戦災もかつての旧植民地の人々もすべて切り捨てられている。これでは、戦争を戦った兵士たちだって何のために死んでいったかといえば、自分の兄弟や国民を守ろうと思って死んでいったという気持ちに対しても反すると僕は思うし、旧憲法の中でも救おうと思っている問題が、ここではもう完全に新しい憲法下になって放置されているし、しかも、新しい憲法の方がはるかに旧憲法よりは国民の問題については根っこを持っている憲法にもかかわらず、こういうことが起きていることについて、先生方、どうお考えになるのか。  そういう意味では、まさに被爆者援護法というのは、国家補償の問題を明らかにすることによって、我々が戦後を新しく見直し、その中から本当の意味での日本国憲法を、やはり我々がその精神をつくっていくことになるんだというふうに思っています。だから、国家補償にこだわるわけであります。言ってしまえば、被爆者だけがいい目を見ようとは思っていなかったのですね、我々は最初から。ぜひそのことについては、ここで援護法ができたとしても、続けて我々も運動をやっていくつもりでいますけれども、お考えを願いたいというふうに思っています。  大分時間がたってしまいましたけれども、あとは簡単に、特別葬祭給付金の問題ですけれども、これは幾つか申し上げたい点があります。  第一番目に趣旨の問題であります。趣旨は、被爆者が願っていたことは、先ほどからも申し上げているように、被爆者の死亡に対して国が責任を、結果的な責任を認めて、これは自己責任で死んだのじゃない、ついては死没者に弔意を示す、そういうものを要求してきたわけですね。それは、ずっと先ほどからの私の論旨からいえば、当然のことながら、それはそういうふうに死没者に対しては国が謝り、弔意をあらわすということが当然出てきてしかるべきである。ところが、出てきたものは葬祭料になってしまったわけですね、特別葬祭料。  葬祭料というのは、この前の特別措置法にもありますとおりに、要するに、葬式をやった者に対してその費用を弁済するという話でありまして、それは弔慰でも何でもないわけであります。そういうものに葬式料を払ったというだけの話でありまして、そういうことからいうと、野党がかつて参議院でもって可決した援護法の中で特別給付金ということになっていますけれども、これは弔慰の問題を含んでいるのですね。意味が全然違うのですよ。ぜひやはり、そういう意味では趣旨を特別給付金、すなわち政府の弔意を、国の弔意をあらわす、死没者に対する個別的な弔意をあらわす、そういうものにしてほしいというふうに思っています。  実際に政府案を見てみると、第五章第四十一条のところには、原爆による死没者に対する追悼の意を国が示すために弔慰の事業を行うようなことが書いてあるわけであります。この辺のところも、だから、そういうことを言うのであれば、なぜ一体特別葬祭給付金なのか。死没者に対して、一方は葬式料の問題で、一方の方は弔意をあらわしているのなら、その精神をちゃんと給付金のところにも持ってくればいいじゃないか。そういう意味でも、僕が先ほどウリつるナスビをわざわざならそうとしているんじゃないかと言ったのはそういう意味であります。  それからもう一つは、時期の問題であります。一九四五年八月六日、九日からそれ以降、いわば特別措置法による葬祭料が給付されるまでの間の死没者について給付するという点につきましては、これは僕は政府案に対して本当に敬意を払います。よくここまでおやりになったという気がするのです。ある意味においては、その間立法してこなかったことについて、被爆者援護法についての立法が三十二年まではほとんどないですから、その後も死没者については何もやってこなかったわけですから、そういう意味においては、そういうこと自身についての反省も含んでいるのかなということを感じるわけであります。  だけれども、ここでもやはり矛盾を感じますね。ここにおける死没者というのは放射能で死んだ人たちだけじゃないでしょう。八月六日、九日からというのですから、それは、熱線爆風を含めた全部の死没者、全部をあらわしていますね。そうすると、一番最初に、その前文のところに、一般戦災との差異を強調するために、放射能による特殊な健康被害に基づいてこの法律をつくるというようなことを書いてあるのとどういうふうに整合するのかという問題を実はここにも持っていることになります。  同時に申し上げたいことは、葬祭料の対象者ですけれども、これは御存じのとおりに制限がありまして、遺族でありながら同時に被爆者であるということが、二つの制限条項が、制限がついているわけですけれども、ただもう、今から広島、長崎に先生方いらっしゃれば必ずそういう話を聞かされると思いますけれども、私どもたくさん知っているのですが、学童疎開でもって一人だけ子供が田舎に行っていた、帰ってきてみたら全滅だ。この子はもらえませんよ、この葬祭料は。この子の一生がそういう中でもってどういうことになっていったか。恐らく、帰ってきてだれも引き取り手もないという中でもって、その子はやはり物すごい苦労をしながら人生を送ってきたでしょうね。ところが、親御さんが亡くなっても兄弟が亡くなっても、この子に対しては一切この給付はおりないというのは一体どういうことなのか。言ってしまえば、これもおかしな話なんですが、葬祭料というのは葬儀を行った者に対する費用です。それから、弔慰金ならばそれは遺族に払うべきでしょう。そういうものをごちゃごちゃにしてやろうとしているから、こんなことが起きるのではないかというふうに思います。  あと、所得制限の撤廃等は大変歓迎すべきことだと思いますし、高齢化に伴う疾病が進行する中で、とでもいろいろな手当の書きかえなんというのは、病気が治るかどうかというのを書きかえて申請しなければならないわけですね、何年かに一度。そんなことをやってみたって、もう六十、七十、八十になった人々の病気がとても治るとは思えない。そういう意味では、僕は、年金化をすべきだ、所得制限は撤廃したのですから、というふうに思いますけれども、この問題につきましてはもう時間がないのではしょらせていただいて、以上、主として国家補償特別葬祭給付金につきましてお話をさせていただきました。  最後に申し上げておきたいと思いますけれども、どうか先生方、そんなことはないと思っていますけれども、この被爆者援護法が政争の具に使われているのじゃないかといううわさが飛んでいます。どうかそんなことがないように、いいものはやはりいいものですから、ぜひ与党方々もいいものに対しては、ここまでとにかく五十年間待ってきたのですから、心を合わせていいものを一緒につくろうという格好で、よい修正案を通していただいて、よりよいものとして委員会が発表していただくことを心からお願いをして、私の話を終わらせていただきます。  どうもありがとうございました。(拍手)
  6. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 ありがとうございました。  次に、田川参考人にお願いいたします。
  7. 田川時彦

    田川参考人 広島で被爆しました田川といいます。現在、東京被爆者団体の役員を務めております。  全国の被爆者が長い間念願してきました被爆者援護法制定につきまして、これまでになく具体的な審議をしていただいていますことに、心から被爆者として期待を申し上げます。  私は、被爆の実相と体験そして被爆者の実態から、援護法内容について率直な意見を述べさせていただきます。その意味では厳しい言い方をするかと思いますが、あらかじめお許しをいただくようお断りをしておきます。  被爆当時、私は広島師範学校の学生で、十六歳でございました。爆心二キロのところに学生寮がありましたが、同じ部屋で寝台も机も隣り合わせた学生が、閃光の走った瞬間、私の名前を呼んで、爆風で十数メートルも吹き飛ばされ、建物の下敷きになってしまいました。即死でした。私は、たまたま別の作業に出かけていたために一命を取りとめました。三日目の夕刻、壁土の下から掘り出した彼の顔は、腐乱し膨れ上がって見る影もありませんでした。連日、何人もの死体処理作業に当たりました。炭の人形のようになって焦げている死体、目玉や腸が飛び出しているしかばね、人間らしい感覚を持っていたら作業もできないほどでした。本当にこの世の地獄でした。十六歳の少年心にも、地球最後の日を実感する思いでした。  私の妻の兄も被爆しましたが、現在まで行方不明のまま遺骨もありません。戦後、葬式をする機会をついに逸してしまいました。三十歳になるいとこは、一・五キロ、白島町というところですが、銀行の地下室にいて被爆しましたが、傷一つ負いませんでした。ところが、一カ月後に体に紫の斑点が出て原爆症、後でわかったことですが、原爆症で若い妻と生まれたばかりの赤ん坊を残して死んでしまいました。私も軽い急性症状にはかかりましたが、持ち直し、戦後間もなく広島の郊外で小学校の教師をやりました。受け持った教え子の中にも、一度に両親を殺された原爆孤児がおりました。  このたびの政府案によりますと、今話しました何人かの死者、そして遺族原爆孤児本人も含めて、すべて被爆者でないために国の弔意はもちろんのこと、特別葬祭料、葬祭給付金は届かないことになります。それでよいのでしょうか。身近な親戚の中に何人も原爆死没者を数える遺族被爆者の間に新たな格差が生まれるように思います。既に東京被爆者の方で、肩身の狭い思いで給付金を受け取るのが大変苦しい、これは被爆現地の広島、長崎に行けばもっと、親戚同士が格差があるわけですから、大変な問題になるだろう。既に死者まで差別するのかという怒りの声も起きております。ぜひとも全死没者へ国の弔慰金を支給するように改善していただきたいと強く要望いたします。  生き残った被爆者も、親や子、夫や妻、兄弟、近しい身内のむごい死に接しただけに、なぜ自分が生き残ってしまったのか、なぜかわって死ねなかったのかと、死者へのたまらない思いと誓いも抱いて戦後を生きてきました。援護法で死者とその遺族への国の弔意を示し、再び被爆者をつくらないための国の償いとあかしを実現していただくことこそ、死者の死を無にしないことだと考えます。  基本懇意見に述べてある戦争犠牲の受忍、とりわけ原爆による犠牲は、その受忍は被爆者は決して耐えることはできません。いや、受忍してはならないことです。受忍することは、人類の死活にもかかわる核戦争被害を認めてしまうことになるからです。たった二発で広島、長崎が都市もろともに破壊され、二十余万人も殺された核兵器は、一発たりともこの地球上に存在することを被爆者は許すことができないのです。  核兵器廃絶は緊急の課題です。被爆国日本の国会並びに政府こそが率先して国際的なイニシアチブを発揮していくべきだと考えます。私どもが再び被爆者をつくらぬ被爆国のあかしとして国家補償被爆者援護法と申し上げてきたのは、その意味でございます。  なぜ国家補償でなければならないかといいますと、原爆被害について国の責任があると考えるからです。  その一つは、国際法に違反するアメリカ原爆投下を追及しないまま、講和条約で原爆被害の賠償金を放棄した国の責任があります。原爆投下国際法違反については、一九四五年、広島、長崎直後でございますが、明治憲法下の帝国政府がスイス政府を通じて国際的な抗議をしております。後にも先にもない立派な抗議だったというように私は思います。もちろん戦争中ですから敵が憎いので強い言葉を使ったとも言えますが、論理的に考えてそうだと思います。  時間がございませんので一部だけ読みますが、「米国は国際法および人道の根本原則を無視して、すでに広範囲にわたり帝国の諸都市に対して無差別爆撃を実施し」云々、「多数の老幼婦女子を殺傷し」、建物の喪失など書いてあるわけですが、「本件爆弾使用せるは人類文化に対する新たなる罪悪なり 帝国政府はここに自からの名において、かつまた全人類および文明の名において米国政府を糾弾すると共に即時かる非人道的兵器使用を放棄すべきことを厳重に要求す」と当時の日本政府は抗議しております。  また、一九六三年十二月七日の原爆裁判東京地裁判決も、先生方承知のとおり、明確に非人道性と国際法違反をはっきり述べております。しかも、その中には、国際法のハーグ条約その他の項目を挙げながら、非戦闘員の大量無差別攻撃による殺りく、不必要な苦痛を与える攻撃などの項目からも国際法違反だと述べております。  国家補償、国の責任云々、二つ目について申し上げます一国が開始し遂行した戦争によって原爆投下はもたらされました。したがって、国の戦争責任は免れないと思います。  三つ目に、戦後も占領軍と協力して原爆被害を隠ぺいし、苦しみ死んでいく被爆者原爆医療法ができるまでの十二年間、被爆者は放置されたまましんでいったわけです。国の行政責任があると思います。  次に、現在なお苦しみ続けている生存被爆者の実態からも意見を述べたいと思います。  原爆は、人類がかつて経験したことのない傷と苦しみを被爆者に負わせました。原爆は、生き残った人間の体、暮らし、心の中に入り込み、人間を内部からむしばみ、破壊し続けました。今も多発しているがんによる死因、少なくなったとはいえ白血病の被爆者、若年被爆者の早死に傾向、たとえ原爆症と宣告はされなくても、周りの被爆者が倒れていくのを見て、次は自分かとおののく恐怖と不安、まして子供や孫への影響まで伝えられますと、だれにも漏らすことのできない大変な心の苦しみを抱きます。病気と収入は相乗的に生活を悪化させます。社会的差別にもあえぎ、家族崩壊までしできますと、生きる意欲さえ喪失し、自殺する被爆者も後を絶ちません。  被爆後四十九年の今日、高齢化し、とりわけ身寄りもないひとり暮らしか多い被爆者の実態も、また深刻です。お手元に資料を配らせていただいておりますが、これは日本被団協の調査の一部と東京被爆者の事例の一部を載せさせていただきました。詳しくはごらんいただければいいわけですが、最初の方は統計的資料を幾つか用意しました。最後のページですが、東京被爆者の深刻な事例を、相談活動をやっておりますので、その中から幾つかを拾い出しました。  夫の看病のために女の方が売春にまで身を落とす例、子供が生まれるのが恐ろしくてとうとう結婚しなかった女性の方、夫に、結婚後被爆者であることを知られ、おまえが被爆したせいだ、被爆者だと知っていたら結婚なんかしなかったと言って、それ以後大変な暴力を振るわれ、苦しんで死んでいった女性など、さまざまな例がございますが、最後に載せております、今ではマスコミでさえもうニュースにしてくれませんが、ここ二年間東京で、約九千人余の被爆者が在住しておりますが、その中で六人も自殺しております。数は少ないとは思いますが、いまだに白血病で苦しむ事例が出てきます。高齢化し、ひとり身の老被爆者が一番生活も気持ちの問題も苦しい実態にますます落ち込んでいる例、亡くなった亡きからも何日もしなければ周りの人が見つけてくれないような状態も、この繁栄している東京だというそのど真ん中で起きている事実です。  このように外見だけではわからぬ被爆者の苦しみの実態からも、全被爆者被爆者年金を支給する制度を確立すべきだと思います。  以上申し述べてきました私の意見では、既に参議院で二度も可決されました援護法案が最も近いものとなります。  なお、ここで一言つけ加えさせていただきますが、どの案が決定されようとしましても一つだけお願いしたいのは、広島、長崎で被爆した外国人被爆者、特に南朝鮮、北朝鮮の方が多いと思いますが、その方たちへの適用の道もぜひ審議していただきたい、その道を開いていただきたい。それは国際的な責務だと思います。  私ども被爆者が要望してきました内容援護法案につきましては、既に衆・参議院とも三分の二を超える与野党の議員の方々から賛同署名をいただいてきました。被爆者は、これを公約とも受け取っております。援護法制定国会請願国民の署名は一千万人を突破しました。地方議会の援護法促進決議は、三分の二どころか既に七五%にも達しております。私たちは、国民の皆さんの支持と合意は既に得たと確信しております。  ぜひとも、苦しんできた被爆者被爆五十周年に生きていてよかったと思える援護法を制定していただくことを期待し、私の参考意見を終わります。失礼しました。(拍手)
  8. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 ありがとうございました。  以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。     ―――――――――――――
  9. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。岩浅嘉仁君。
  10. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 改革の岩浅嘉仁でございます。短い時間ではございますが、御指導のほどをお願い申し上げたいと思います。先ほど、それぞれの先生方から大変貴重な、またみずからの被爆体験を含めた崇高な体験談をお聞かせいただきました。まことにありがとうございました。  国の責任という言葉が何回も出てまいりましたけれども、伊東先生余り意味がないということもおっしゃったわけでございますが、この国の責任の対象を被爆者に限定する原則を打ち立てたということは、今後政府与党などが検討する戦後処理問題について、政府責任を極めて限定して解釈する原則が確立されるということにつながるではないか、こういう指摘もされておるわけでございます。この点につきまして、三名の先生方の御感想を伺いたいと思います。
  11. 堀勝洋

    堀参考人 内閣提出法案によりますと、国の責任意味でございますが、私は、いろいろな基本法にありますような国の責任、地方の責任あるいは事業者の責任、そういうふうな意味におきます国の責任ということではないかというふうに考えております。  私は社会保障法が専門でございますが、社会保障は国家責任ということが言われることがあります。それは、社会保障を行うことは国の責任社会保障の種々の給付を行うことは国の責任である、こういうふうなことを言いますけれども、そういった意味で、政府提出法案の国の責任というのは、被爆者に対する種々の措置、各種の経済的給付あるいは保健医療、福祉のサービスを行うのは国の責任である、こういうことで理解しております。
  12. 伊東壯

    伊東参考人 先生おっしゃるとおりに、私もそう思います。  このまま通っていけば、もう一切これでもって、一般戦災やそのほかさまざまな植民地の人々に対する問題もこれで終わりということを宣言することに通じるという気がして仕方がありません。そういう意味では、やはり国の責任というふうなものをもうちょっと明確な概念にしない限りにおいては、それはそうなる可能性を非常に強く持っている。今後やるとしても、すなわち一般戦災等についての問題を取り上げるにしても、この法律はその障害になるだろうという気がいたします。
  13. 田川時彦

    田川参考人 一般的に国の責任法律ができるというのは極めて当たり前の話なんで、すべての行政、すべての法律は国の責任で、その場合国会が入るわけですけれども、国の責任であるから当然のことのように思います。  しかし、私たちが申し上げている国家補償との違い、質問の焦点ではないかもしれませんけれども、国の責任というのは、極めて一般的なことで当たり前のことであって、わざわざ言わなくてもいいように私は考えます。けれども、国家補償というのは、過去の責任までさかのぼって償いをしてくださいということですから、国の責任の中で極めて明快な内容を持つのが国家補償とも言えるというように思います。
  14. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 それぞれの先生が、来年の五十周年を機に本当に被爆者方々が喜んでいただける、あるいは世界の恒久平和に寄与できる法案をつくってほしいというお言葉があったわけでございますが、そういう意味からいいますと、この言葉、国の責任というのは、先般の委員会でもいろいろ議論が出たわけでありますが、極めてあいまいであろうというのが私は総括であろうと思います。  これは議論はまた後に譲るといたしまして、堀先生にお伺いしたいのですが、特別葬祭給付金の支給対象が原爆の投下分ら昭和四十四年の葬祭料創設以前に亡くなった原爆死没者の遺族まで拡大されたことは、これは皆さん方も一歩前進と評価をされておるわけでありますけれども、若干お話がございましたが、支給対象者自身被爆者であるということで、この法案が施行されますと、一般遺族との感情の問題、あつれきというものが懸念されるわけですが、そういう面はどういうふうにお考えでございますか。
  15. 堀勝洋

    堀参考人 御承知のように、特別葬祭給付金の受給権者はそれ自身被爆者であるということが要件になっております。私が推測いたしますのには、被爆者でない遺族に対して給付金を支給することとなると、一般戦災者遺族との均衡の問題、これは憲法の十四条一項の法のもとの平等に反する、そういうことの事態を恐れたということ、あるいは政治的にも一般戦災者とのバランスの問題で合意が得られないのではないか、そういったことからそういうふうな措置がとられたのではないかというふうに推測しておりますけれども、原爆被爆者のその他の遺族が、被爆者でない遺族が受けられないというのは確かに感情的には非常に不満があるというふうに感じられますけれども、現在の被爆者援護の体系自体が被爆者に対して特別の措置をする、特別の措置というのはそれ自身被爆による健康被害、そういうことに着目してやるということですから、そういう被爆者でない人に給付金を出すということが一般戦災者との均衡上問題があるということでございますので、私はやむを得なかったのかなというふうに感じております。
  16. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 同じ質問で伊東先生田川先生はお話の中で伺いましたので。
  17. 伊東壯

    伊東参考人 いわゆる特別葬祭給付金は、先ほども申し上げたように葬祭料ですね。葬祭料というのは特別措置法においては葬儀をやった者に対して支払う、そこでは遺族という縛りはないのですよ。ところが、今度の場合は遺族という縛りになっていて、しかも遺族だけではなくて被爆者であるという縛りがかかってきているわけです。そういう意味においては、これはやはり遺族の中で被爆者とそうじゃない人たちの間の問題を起こす可能性を持っているなという気がしています。いわばそこに差別が生じるということになるわけです。そういう意味では、葬祭給付金というふうな格好にするからおかしいのであって、例えば特別給付金にでもすればこれはもうちょっと筋が通ったものになるであろうというのが私の考え方であります。
  18. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 ありがとうございました。  伊東先生の書かれた御本の中で、先ほどちょっとお話の中でもありましたトータルな崩壊ということ、私もこれは関心を持って読ましていただきました。虚空感というのですかね、虚空感からの脱出、原爆被爆者はこういうふうに特別の事情に置かれておるということを先生が御指摘になっておられますけれども、多分、来年国勢調査の折に実態調査をされると思うのですが、そのときに、伊東先生として新たな調査のやり方とか内容について、特に御注文なり御意見がございましたら披瀝をしていただきたいと思います。
  19. 伊東壯

    伊東参考人 来年調査を行うとすれば、これは恐らく最後の調査になる可能性が非常に強うございます。そういう意味においては、一つは、いわゆる従来やってきた調査との関連で比較ができるような調査項目を設ける必要がある。  それともう一つ、きっちりとっておかなければならないことは、これは特に遺族である被爆者につきまして、死者への思いみたいなものはやはりちゃんととっておくということが必要でありまして、同時に、そういうものを含めて、政府案でいえば第五章でございますけれども、第五章の四十一条のいわゆる弔意の問題を含む慰霊等の施設の問題でございましょうか、そういうものをつくってそこに保存していくというふうなこと、あるいは皆さんに長く見ていただくというふうな資料としての保存をぜひ考えていただきたいなというふうに思っております。
  20. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 もう終わらせていただきますが、先ほどこの審議がいわゆる政争の具に、法案が政争の具に使われておると巷間言われておって大変色倶いたしておるということも御指摘がありましたが、我々改革は、過去十数回にわたりまして社会党さんも入れまして本当に真摯な議論を展開して、この改革案を提出させていただきました。先生方の御要望にこたえられるよう、立派な案になるように今後も努力をいたしたいと思いますので、私の質問を終わります。  ありがとうございました。
  21. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 石田祝稔君。
  22. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 会派改革の石田祝稔でございます。  きょうは、三人の参考人先生、朝早くよりおいでをいただきまして本当にありがとうございました。私も、三人の先生の御意見を拝聴いたしまして、本当に大事なことを教えていただいたような気もいたしております。きょうは短い時間でありますけれども、それぞれの参考人の方にお伺いをしたいと思います。  まず最初にお伺いしたいのですが、堀参考人は、被爆者ニーズに的確にこたえることが重要である、こういうことを陳述の中でお述べになっておりましたけれども、このことは具体的に、少しおっしゃっていただきましたけれども、そのほかにこういうことがある、こういう被爆者方々の御意見に対して今度の政府案また改革案はこうだ、こういうふうなお考えが何かございましたら、まず最初にお聞きをしたいと思います。
  23. 堀勝洋

    堀参考人 具体的にということは今時に考えておりませんけれども、被爆者高齢化するにつれて老化に伴ういろいろな障害というのが出てくる、それは放射能による健康被害のほかに出てくると思いますので、それについては保健サービス、医療サービスあるいは福祉サービス、そういったものを総合的、一体的に行って、被爆者の全体的な人間としてのニーズにこたえていく必要があるのではないか、そういうことを申し上げました。
  24. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 続きまして、伊東参考人にお伺いをしたいと思います。  参考人は、陳述をしていただきました中で、政府案整合性がないのではないか、こういう旨のお話がございましたが、お聞きをしておりまして何点がはお伺いしたような気がいたしますけれども、具体的にいま一度、整合性がとれていないのではないか、このようにお感じになる点ほどういう点でございましょうか。
  25. 伊東壯

    伊東参考人 いろいろございますのですけれども、例えば国家補償的な発想というのが全くこの政府案の中にないかというと、そうじゃないのですね、実はちらちらと見えるのですよ。ところが、全体は実は国家補償ということには全然なっていませんでして、それがちらちら見えながら全体として、いや、やはり一般戦災者と違って放射能を中心とした病気が被爆者の特徴なんだというふうに書いて、そこを中心にして法律をつくろうとしていますから、そこの辺での整合性が余りちゃんとしてこない。  例えば、特別葬祭給付金についてもそうです。先ほどもちょっと申し上げたけれども、例えば、本当は特別に、特別にというか特別の被害であるというのならば、放射能でもって死んだ者だけに対して何かやればいいわけですけれども、そうじゃないでしょう、これは。爆風で死んだのも熱線で死んだのも全部一まとめにしてこれはやろうとしているわけですからね。それは一体どういうふうに整合性がなるんだといったら、どう説明するのか。そういう問題が至るところに見られるのですね。それでは、やはり五十年目につくる法律にしては余りにお粗末ではないだろうか。歴史に残る法律だから、コンシステンシーはやはり通す必要があるのではないかということを言っているわけでありまして、どこにコンシステンシーを通すべきかといえば、それは国家補償に基づく、国家補償的配慮に基づく筋でもってやはりコンシステンシーを通したらどうかと言っているわけであります。  いっぱい挙げれば切りないのですけれども、時間がないので、この辺でということでよろしゅうございますでしょうか。
  26. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 済みません、伊東参考人に続いてお聞きをしたいのですが、先ほど時間の関係で年金のことに余りお触れになる時間がなかったように思います。  この被爆者年金堀参考人年金手当について有期、無期、そういう時間の問題もあるんだというお話もございましたが、伊東参考人は、この年金ということについてどのようにお考えになっていらっしゃいますでしょうか。
  27. 伊東壯

    伊東参考人 実は、特別措置法の中の諸手当というのはかなりやはり年金化が進んでいるというふうに私は考えているのでございますね。長い年月、先生方のおかげなんですけれども。  例えば、小頭症の手当なんというのはこれはもう年金ですよ、一種の。治るわけじゃないわけですから、小頭症は。保健手当というのも年金ですよ、言ってしまえば。二キロ以内で被爆したというのを、それは急に、いや三キロだということはあり得ないわけですから。あと所得制限の問題というのはございますけれども、これが撤廃されればまさに年金化していくことになりますね。  あと特別手当、特別医療手当、健康管理手当、こういう三つ手当について言えば、これはやはり病気のいかんによって届け出をして、病気が治っていれば手当をもらえないということはあるわけですけれども、私がお聞きしたいのは、もはや平均年齢が六十三、四歳、もっと上になるかもしれませんけれども、そういう状態で今から病気が治るというふうにとても思えないし、それから、年をとってきてそういう手続の面倒くさいことをやらされること自身がもう耐えられるような状況にはない被爆者が多くなっている。そんなことを考えると、やはり年金化を一層、所得制限の撤廃を契機にしてやったらどうかということが一つ。  それからもう一つ、いわゆる特に被爆者年金につきまして申し上げると、我々は、これは先ほど田川参考人が配られた中にもあったかもしれませんけれども、あるいは堀参考人がおっしゃったように被爆者ニーズなんですけれども、被爆者は、やはり長い間病気への不安みたいたものはずっと抱き続けてだれもが、全被爆者がやってきました。あるいは健康管理のための経費を、経済的な問題ですけれども、いろいろ使ってきました。そういうものに対して、精神的な、まあいわば慰謝を含め、あるいは今からの健康管理をやっていくための経済的な補てんを含めて、そういう意味で諸手当年金化することはやはり必要ではないかという気がしているわけであります。まあ、年金化したところでもって、実際には今の手当の受給状況とそれほど違いがあるわけではないというふうに思っております。それを一歩でも進めることになるのではないかというふうに思っています。
  28. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 続きまして、堀参考人にお伺いをしたいんですが、政府案でできております特別葬祭給付金と葬祭料のことでちょっとお伺いをしたいんですが、この葬祭料というのは、現在の原爆二法でも、また今回の政府案でも全くそのままで書かれておりますが、ここでは被爆者が死亡したときに葬祭を行う者に対してこれは支給する、こういうことになっておりまして、遺族でなくてもいい、また、その葬祭を行う者がもちろん被爆手帳を持っている必要もない。そういう者に対して四十四年の四月一日から葬祭料という形で出されておる。  ですけれども、四十四年四月一日で切ることがどうだろうかということで今回大きな議論があったと思いますが、それで、八月の六日、九日までさかのぼろう、こういう議論があったと思います。その中で、今回、本人も被爆者である、なおかつ、被爆者遺族でなければならない。今まである意味でいえば条件がなかったところに、二つの条件が重なってきている。ですから、そうすると、この四十四年四月一日また三月三十一日を境にして、これは全く別のものをやろうとしているんじゃないかという気が私はいたします。  ですから、これは私たちが言っている特別給付金の方が形としては整合性がとれているというふうに私は思うんですが、堀参考人の御意見はちょっと違うようなんで、いま一度、そこのところ、どういうふうにお考えか教えていただきたいと思います。
  29. 堀勝洋

    堀参考人 葬祭料は確かに葬祭を行った者に支給されるということで、必ずしも被爆者でないということは御指摘のとおりだと思いますが、それは基本的に、やはり葬祭料を支給するということで生前に被爆者精神的な安らぎを与える、そういうことが趣旨ではないか。したがって、やはり被爆者対策という面が葬祭料についてもあるのではないか。  これは、先ほども言いましたけれども、特別葬祭給付金について被爆者に限るというのは、やはり一般戦災者遺族に何も支給してないということとのバランスで、被爆者である者について、要するにこの法案被爆者対策といいますのは、原子爆弾傷害作用による健康被害、そういう状態に着目した給付を行うということでございますから、そういう意味で、ある程度一貫性というのか、被爆者対策という意味では一貫性を保っているのではないか、そういうふうに考えております。
  30. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 堀参考人に続いてちょっとお伺いをしたいんですが、参考人のお配りいただきました資料の最後のところに、原子爆弾放射能に起因する健康被害という特別の犠牲に対して、今回の法案は、特別にとられた措置である、こういう基本的性格を保っている、これは、ですから、私は、ある意味でいえば、政府案ということで政府立法意思、これは明確に被爆者に今回は限ってこの法案は提案をする、そして、その後に参考人もお述べになっておりますけれども、今後一般戦災者に対してどうするかというのは、これはまた別の問題であろう。  ですから、私は、まさしくおっしゃられているとおり、今回は立法の意思として、被爆をされた方にどういうことができるのか、これを最大限考えていこうということで立法をされていると思いますが、再度堀参考人にお伺いしますが、今回、ですから、私は、原爆被害者の方と一般戦災者、ある意味では、これは別の問題として、とりあえず被爆五十周年ということに関して被爆者方々に何かしよう、こういう立法の意思ですべてが進められていると思いますけれども、それについての御認識はいかがでしょう。
  31. 堀勝洋

    堀参考人 今先生がおっしゃったとおりでございます。私、そういうふうに思っております。
  32. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 どうもありがとうございました。  また、今後、きょうの皆様の御意見参考にさせていただきまして、国会審議等もまだございますので、その中でできるだけ反映できるように取り組んでまいりたいと思います。  きょうは大変ありがとうございました。
  33. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 山本孝史君。
  34. 山本孝史

    山本(孝)委員 おはようございます。改革の山本孝史でございます。きょうは、参考人の皆さんには大変お忙しい中をお越しをいただきまして、大変にありがとうございました。時間が短うございますので、今回は堀先生に特に御質問をさせていただきたいと思います。  今回の法律政府案の方で「国の責任においてこという形で文言前文に書かれております。委員会での質疑を通じて、この「国の責任」という表現は、今回は特に国の役割あるいは姿勢を明確にするためにこういう表現を入れたのだという大臣の御答弁もあるわけですけれども、先生上智大学で法学部、法律の専門家でいらっしゃるようなのでお聞きいたしますけれども、この「国の責任」ということを入れたことによって、今回政府が答弁している国の役割、姿勢を明確にするということ、ほかの法律もみんなそうなのではないでしょうか。国が出すというか、こうやって法律として出てくるもので、国の役割や姿勢を明確にしていないものはないのではないか。したがって、端的に言えば、「国の責任」という表現はあってもなくても同じなのではないか、そういうふうにも思うわけですけれども、先生法律の専門家としての御所見をお伺いいたしたいと思います。
  35. 堀勝洋

    堀参考人 今回前文に「国の責任」ということを入れたことの一つの意義は、ちょっと私記憶が定かではございませんけれども、従来の原爆二法が必ずしも国の責任ということをうたってなかった、そこで、今回明らかにしたという意味では意義があるのではないか。  それからもう一つ、社会保障法は、いろいろな法形態があるわけですけれども、特に社会福祉法というのは、社会福祉というのは必ずしも国だけではなくて、地方公共団体責任というものがあるわけですね。そういった国の責任地方公共団体責任という意味で、この法案は国の責任地方公共団体責任ではなく国の責任、そういうことも明確にしているということではないか。  それから、幾つかの基本法なり個別の社会保障法なんかでも、国、地方公共団体責任、あるいは国民責任、あるいは事業主の責任、いろいろな責任をうたわれていることがありますけれども、この法案は基本的に国の責任だけをうたっているということで、国の責任が非常に明確にされている、そういうふうに理解しております。
  36. 山本孝史

    山本(孝)委員 重ねての質問で恐縮でございます。  そうしますと、私も全部法律を知っているわけじゃありませんが、国だけがやっているというか、地方公共団体にはお任せしない、あるいは事業主の負担もいただかない、国がこれはやりますという形でなされている施策があって、それを裏づける法律があると思うのですけれども、そういった法律の場合は特に「国の責任」という表現はないと思うのですけれども、今回この法律に入れているということの、先年法律の専門家としての受けとめ方はいかがでしょうか。
  37. 堀勝洋

    堀参考人 具体的にこの法案の条文を見てみますと、必ずしも国だけではなくて、基本的に医療とかあるいは経済的給付については厚生大臣なり都道府県知事、これは機関委任事務として都道府県知事がやる、これは国の責任、それ以外のいわゆる福祉に関する事業、これは都道府県ということで団体委任事務的な形、これは必ずしも国の責任ということではなくて、都道府県の責任ということになると思います。  それで、被爆者対策については、特に「国の責任」とうたったという趣旨は、やはり先ほどから言っていますように、地方公共団体ではなくて国に責任がある、いろいろな諸手当あるいは医療給付については国が責任を持って行う、そこを明確にしたのだというふうに理解しております。
  38. 山本孝史

    山本(孝)委員 ありがとうございます。  堀先生、重ねてで恐縮でございます。先生、きょうお配りをいただきました要旨の中で、今回の前文に、「平和を祈念するための事業として具体的に実施されることが条文上規定されていることに注目すべきである。」という文言がございますが、ここのところ、もう少し補足をいただけませんでしょうか。「注目すべき」というのはどういったことに注目をすればよろしいのか、あるいは、この事業としては、慰霊をする場であり、あるいは資料の収集等をするというふうにこの事業内容は承っておりますけれども、先生としてはどんな内容になるのがよろしいと思っておられますでしょうか、少しここを補足いただけませんでしょうか。
  39. 堀勝洋

    堀参考人 この平和を祈念するための事業につきましては、従来からも予算措置で準備が進められているようでございますけれども、そういう予算というような形ではなくて、法律上明確に規定する。それは、国民に対して、国がそういう平和を祈念する事業をやるのだ、そういう意思を明らかにしたという意味で一つ重要ではないかということ。  それから具体的には、原子爆弾という非常に破壊をもたらすようなもの、それの被害の実態、そういったものを後代の国民に、あるいは世界の人々に対してそういう国の事業として行うというような内容というふうに承っておりまして、そういったことは極めて意義のあることではないかと思っております。
  40. 山本孝史

    山本(孝)委員 伊東参考人田川参考人にお伺いをいたしたいのですけれども、この今の平和祈念事業に関連してでございますが、広島、長崎の地において原爆に関係する資料の展示等がございます。現在の状況が先生方の目から見られてどの程度満足できるものなのか、あるいは何か御意見がございますでしょうかという点が一点。  それと、被爆地に展示をされているということはそれなりに意味があるとは思いますが、たくさんの人が訪れる東京という場所一外国の方に見ていただくためにも東京にもそういった展示資料があってもいいのではないかというふうに愚考いたしますけれども、お二人の先生方の御意見をお伺いいたしたいと思います。
  41. 伊東壯

    伊東参考人 第四十一条に関する話だと思いますけれども、実は私は政府の慰霊等施設の委員の一人でございまして、そういう意味では先生の御質問の点をずっとやってまいって、この四十一条はそういう意味では政府案なかなかよくできているなという感じを持っているのですけれども、今の広島、長崎について言えば、最大の問題は、国があの原爆について責任を持って死没者に対する追悼をし、かつその原爆被害を後世に伝えるように国が努力をする、そういう施設にはなってないわけですね。そういう意味では、中身はさることながら、とにかくそういう施設を広島、長崎に置かなくてはならないという問題はやはりあるような気がいたします。  同時に、先生がおっしゃっている東京の問題というのは、私は東京説も賛成でございまして提案したのですけれども、多勢に無勢で一蹴されてしまいまして、残念ながらそうなってないのですけれども、今もって先生のおっしゃるように東京にもあっていいというふうに思っている一人でもございます。  それから、ついでに申し上げると、その前に、ちょっと政府案の中で調査研究の問題について、健康の問題だけについての調査研究がありますけれども、本来は、四十一条との絡みで言えば、社会的ないしは文化的な原爆についての被害に絡まるそういう問題についての研究も本当はやる義務があるように書かれるべきではなかったかというふうに思っています。  以上です。
  42. 田川時彦

    田川参考人 一律にこういう形で資料展示しなければいけないというようには私も思いません。各地域にあるいろいろな形があっていいだろう。ただ、そのときに大事なのは、何をねらってどういうものにしていくかという視点が極めて大事だ。  ここから先は個人的な意見になるかと思いますが、例えば平和事業で展示あるいは資料保存の一つの建物ができる場合に、私は、広島、長崎にとってとても大事なのは、つまり、原爆被害をどう国際的に生かすかという視点ほどうしても必要であろう。それは今、御承知のとおり、世界の核実験被害者の人は何百万人になって、同じような苦しみを、ちょうど日本被爆者が苦しんでいるようなことで、ろくな資料も入らない、研究成果もないために放置されている実態があるわけですね。そういう意味では、被爆国の資料保存だとか研究だとかというのは極めて大事な視点だろうというように思います。  被爆者の方からいえば、先ほど申し上げましたように、例えば、非常に単純な言い方をして申しわけないのですが、社会的な差別というのは、科学的な研究がないから社会的な差別が広がっていくのですね。私たち被爆者の子供に影響があるかないかというのは、医学的にきちっと研究して、科学的に解明して、そのデータを公表していただきたい。それが進まないと逆にいろいろな思惑で差別を生み出すということが、被爆者の側から言わせていただければあると思うので、そういう視点も大事だろう。  それから、東京原爆資料館、これはまさにおっしゃるとおりで、私も、首都でございますし、玄関口が東京ですから、東京にはやはり、広島と長崎と同じものにするとかいうことまで言わなくてもいいのすが、何らかの形で被爆国日本の外国に対する成果を見ていただく。  それから、私は教師上がりですから、極めて大事なのですが、いろいろな建物、資料舘の中に教育的見通しをきちっとやはり見ていく。その意味では、単なる残酷悲惨を見せれば子供たちは平和になるかというと、そうはならない。教育としてのやはり展望を持っていないと困るだろう。大きく言えば、学校教育だけではなくて、社会的啓蒙の問題としてもそのことは大事なことではないか。地球人類がこれからどう生きていくか、そのための資料、研究データがあるべきだというふうに考えます。  以上です。
  43. 山本孝史

    山本(孝)委員 最後に、堀先生にもう一度お伺いをさせていただきます。  きょうの意見要旨の五番、最後のところで、「一般戦災者に対して何らかの措置を講ずる必要があるか否かは、別の問題として真剣に議論する必要がある」というふうにお伺いをしているわけですけれども、先生、長年ずっと厚生行政を見てこられまして、この一般戦災者に対する措置ということについてのこれまでの政府の対応、あるいは、自民党政権が続いていたわけですけれども、自民党さんの対応について、先生ははたから見ておられて、あるいは中から見ておられて、どんなふうにお感じであったか、お聞かせをいただきたいと思います。
  44. 堀勝洋

    堀参考人 この問題につきましては、私が推測するというのか、私の考えでは、戦争による損害、戦争による被害というのはほとんどすべての国民がこうむったということであるから、一般的な社会保障施策、例えば厚生年金保険法を充実する、あるいは国民年金を充実する、あるいは国民健康保険を充実する、あるいは老人福祉対策を講ずる、そういうふうな一般的な対策を講ずることによって国民の福祉の向上を図っていく、そういう方向ではなかったか。特に戦争被害ということに着目してやるということではなかったのではないか。  これは、諸外国の立法例、私は余り詳しくはありませんけれども、西ドイツのように引揚者とかあるいは戦争被害者に対して公平の観点から措置するという立法政策も一方であると同時に、こういう一般的な社会保障施策の充実という形で国民の福祉を図るという方向も一つの方向ではなかったかというふうに思っております。
  45. 山本孝史

    山本(孝)委員 先生社会保障研究所にもおられたとお伺いしますのでお伺いしますが、日本社会保障の現状被爆者対策は十分であるとお考えでいらっしゃいますか、御意見をぜひお聞かせいただきたいと思います。
  46. 堀勝洋

    堀参考人 私も社会保障を研究して十四、五年ほどになるわけですけれども、こういった問題はいろいろな視点から考えることができると思います。  一つは、歴史的な経過から見てどうか、それからもう一つは、諸外国との比較でどうか。絶対的な基準というのはあるわけじゃなくて、そういう比較から申しますと、まさに歴史的な視点から申しますと、戦後、我々は福祉国家あるいは福祉社会をつくるということで、昭和三十年代の国民皆保険、皆年全体制、あるいは昭和四十八年の福祉元年、そういったことを通じて社会保障というのは少なくとも何十年か前よりは充実してきているのではないかというふうに思います。  一方、国際的な比較から申しますと、社会保障給付費の国民所得に対する割合は先進国の中では比較的低いわけでございますけれども、今後高齢化が進み年金制度が成熟していくと、次第にその水準も先進国に追いつくのではないか。したがって、制度的にはかなり充実している。ただ、年金医療は別として、福祉、特に介護については、これからかなり力を入れていかなければいけないというふうに思います。  それから、被爆者対策ですけれども、これも年々拡充されてきているということで、どこと比較するかの問題ですけれども、一般戦災者と比較するのか、あるいはそれとも軍人軍属とかそういった人と比較するのか、それは問題ですけれども、ある程度のところに来ているのではないかというふうに思っております。
  47. 山本孝史

    山本(孝)委員 三人の先生方、本当にきょうは貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。  時間がなくなりましたので、終わります。
  48. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 網岡雄君。
  49. 網岡雄

    ○網岡委員 各参考人に対する質問が大分進んでおりますので、私は、簡単に二点にわたって御質問申し上げたいというふうに存じます。  まず第一点でございますが、もう既に質問があるところでございますが、国の責任ということがたとえ前文の中でうたわれたといたしましても、それは法律の記述の中で国の責任ということが明記されていることでございますから、したがって、最前の意見の中にもありましたが、我が国に存在する法律は全部国の責任があるんだという考え方も、もちろんこれは否定するものではございませんが、話がございました。しかし、前文であるとはいえ、国の責任ということを明記したということは、やはりこれは、被爆者援護に対するもろもろの援護策というものに対して、不戦の誓いを含めて、日本の憲法に定めている平和憲法の精神を生かして国が責任を持ってやっていくんだ、こういう意味が込められていると思うのでございます。  国の責任ということで出ている法案では、更生緊急保護法とかあるいは未帰還者留守家族等援護法とかいったようなところで国の責任ということが明記されているところでございますが、そういうことも含めて、この被爆者援護法の中に国の責任というものが入っだということは非常にやはり私は重い意味を持っているというふうに思うのでございますが、堀先生にぜひひとつその辺に対する御解明と御見解をお号打したいと思います。
  50. 堀勝洋

    堀参考人 先生御指摘のように、法律前文の中にこういう「国の責任」ということが明記されたことは非常に有意義なことである。しかも、前文という形式が最近の法律では余りない、そういう中で国の責任ということだけではなくて、原子爆弾被害とかあるいは恒久平和とかあるいは核兵器廃絶、そういったことを我が国が今後求めていく、国の責任としてそういうことを実施し、求めていくんだということを明確にし、国民にもそれを約束し、それから、世界の国々に対してもそれを明示した、その意義は極めて大きいのではないか、こういうふうに思っております。
  51. 網岡雄

    ○網岡委員 二つ目の点でございますが、これはそれぞれ参考人の三名の諸先生が述べられたところでございますが、長年にわたって被爆者の悲願であった被爆者援護法の制定というものは、これは緊急の課題であり、同時に重要な法案だ、世界に向けて平和の誓いを宣言するという意味においても、ぜひこれは成立をくしてもらいたい、こういうような内容の発言がそれぞれお述べになられたわけでございます。  これは三人の先生方にお尋ねをくしていただきたいと思いますが、ここに日本労働組合総連合会、それから原水爆禁止日本国会議、それから核兵器禁止平和建設国民会議、それぞれの三団体から「今国会での被爆者援護法の制定を求める要請書」というものが参っております。この中では、国家補償に基づく被爆者援護法の制定を望むということが前段には述べられております。「しかしこ以下の点が書かれておるわけでございます。「しかし、被爆者放射能障害に今なお苦しみ、高齢化と孤独な環境下の話り尽くせない生活を直視するとき、法案の先送りは何としても避け、今国会での制定を強く望む」ものである、こういうふうに言われております。この文章考え方というものは、基本的な形が前段では述べられておりますが、しかし、両案が出ているとはいえ、被爆者援護法の制定というものを今国会で何としても成立をしてもらいたい、先送りをすることは困るというのがこの要望の趣旨であるというふうに思うわけでございます。  したがって、私ども真剣な審議を続けているわけでございますが、何らかの形で被爆者援護法制定の成立を図るように私ども全力を挙げて頑張っていくつもりでございますが、この三団体の、先ほど私が読み上げました、先送りは何としても避けて今国会において被爆者援護法を制定してもらいたい、こういう要請についての内容について、私、三人の参考人の諸先生に御意見をお尋ねしたいというふうに思う次第であります。  堀先生、よろしくお願いします。
  52. 堀勝洋

    堀参考人 被爆者に対する援護法の制定は、被爆者が過去長年求めてきたものでございますし、来年八月はそのちょうど五十周年ということでございますから、内答についていろいろ御不満の点はあると思いますけれども、ぜひとも私は成立させていただきたいというふうに思っております。
  53. 伊東壯

    伊東参考人 先ほど私申し上げましたけれども、二十七歳から乱やっているわけですから、今こうなってきて、被爆五十周年を目の前に控えていると、ぜひやはりこれは成立をくしていただきたいというふうに思っております。  ただ、成立させることに一生懸命になって、いわば内容についてまあいいじゃないかというようなことじゃなくて、やはり内容については最後まで被爆者の意に沿う御努力をしていただいて、ぜひいいものをおつくりいただきたいという気持ちでございます。
  54. 田川時彦

    田川参考人 大変厳しい言い方をして、皆だめだ。みたいにお聞きになったら私、非常に心外なんですが、きょうも苦しんでいる被爆者がいるわけですから、前進したものであれば必ず通していただきたいというのがただ、私たち、多くの被爆者の方と一緒に運動し続けてきましたから、基本的な要求は最後まで先ほどのように申し上げるわけですけれども、このたび死没者の問題をこんなに真剣に考え、死没者と言わない論もあるようですけれども、生存被爆者の方が重点だという意見もあるようですけれども、少なくともしかし、死没者の問題に関連する問題に突っ込んでいただいていることと所得制限の撤廃は、やはり現行二法の枠は突破し始めているというように私も前進面は評価いたします。したがって、一か八か、こんなものなら、なくていいなんていうつまんないことは申し上げないで、改善されたものは必ずきょう苦しんでいる被爆者のために役立つことですので、ぜひお願いしたいと思います。以上です。
  55. 網岡雄

    ○網岡委員 じゃ終わります。
  56. 岩垂寿喜男

  57. 田口健二

    田口委員 社会党田口健二でございます。参考人の背くん方には、大変お忙しい中、こうして本委員会に御出席をいただきまして私どもの審議に御協力をいただいておりますことを、まず冒頭に心からお礼を申し上げます。  まず堀参考人にお尋ねをいたしますが、先生法律の専門家でもいらっしゃいますのですが、今回の政府案の中では、諸手当について所得制限を撤廃をするという措置が盛り込まれておるというか、逆に、所得制限をするという条文が削除をくれておりますから、当然そういうことになるわけでありますが、私どもの考え方とすれば、くまざまな諸手当というものについては大方やはり所得制限というものがついておる。したがって、今回原爆関係の諸手当について所得制限が撤廃をされたということは、従来の手当考え方から一歩踏み込んだものであるというふうに、私はそう理解をしておるのでありますが、先生の専門的なお考えをまずお伺いをいたしたいと思います。
  58. 堀勝洋

    堀参考人 今回所得制限が撤廃された趣旨がどこにあるかというのは私は聞いておりませんが、一般的に、公費で行われる施策というのは、特に現金給付については所得制限というものがつけられるというのが通例である、ただし、現物給付サービス、福祉サービスとかそういうものについては必ずしも所得制限というのがついていない、そういうのが社会保障法一般的な形だと思います。  今回所得制限が撤廃された趣旨というのは、推測いたしますに、たとえある程度所得があっても、原子爆弾による健康障害というものがある人に対しては、そういった経済的給付を行うということで援護措置を講ずるという、正の所得以上の者は今までは受けられなかった、しかし、原子爆弾による後遺症がある方についてはやはりその必要があるのではないか、そういうことで撤廃されたのではないかというふうに推測をしております。
  59. 田口健二

    田口委員 もう一点堀先生にお尋ねをいたしたいわけでありますが、いただきましたこの要旨の中の五番のところに、「一般戦災者との均衡に最も苦心が払われた」という記述があるわけでありますが、ここでひとつ先生の御見解をいただいておきたいと思うのは、原爆死没者に対するこの特別給付金というものが一般戦災者との間に不均衡に失するようなことになるのだろうかという点でございますね。その辺は、ひとつ先生、御見解はどのようにお持ちでございましょうか。
  60. 堀勝洋

    堀参考人 今回の政府提出法案によります特別葬祭給付金は、これは、それ自身被爆者であるということでございますから、その被爆者というのは原子爆弾による放射能の後遺症に悩んでおられる、そういうことで特別の措置を講ずる、そういうところが一般戦災被害者と違う。これを自分自身原子爆弾被害者でない遺族に対しても支給するとなると、これは一般戦災者との均衡がとれなくなる。そういう意味で、私のレジュメ、要旨のところの五番目に、これが「限界に近いのではないか」と書いた趣旨でございます。  繰り返しますと、原子爆弾被害者にのみ特別葬祭給付金を支給するという限度があって初めて一般戦災者との均衡と、そこに特別の事情があろうということだということでございます。
  61. 田口健二

    田口委員 そうしますと、特別給付金の支給対象が被爆者というところに限定をしたことによって、一般戦災者との間の均衡が保たれておる、逆に言うと、そういう被爆者という遺族の範囲が限定をされずに、すべての遺族であるということになると、やはりこれは一般戦災者との間に均衡を失するようなことになるというふうなお考えでございますか。
  62. 堀勝洋

    堀参考人 おっしゃるとおりでございます。
  63. 田口健二

    田口委員 伊東参考人にお尋ねをしたいのでありますが、私ももう三十年以上この援護法の制定に、運動にかかわってまいりましたし、国会でもこの八年余り、党の責任者としてこの問題にずっと取り組んでまいりましたから、先ほどの伊東先生の御意見というのはよく理解ができるわけであります。  一、二点、ちょっとお尋ねをしたいのは、先ほどのお話の中にありました年金という言葉、この概念はどのようにお考えになっておるのでしょうか。例えば、一般的に年金ということになりますと必ず出てくるのが、遺族年金の問題とかいう問題が出てまいります。それで、これをどのような年金の概念でいらっしゃるのか、ちょっとお伺いをしたいと思います。
  64. 伊東壯

    伊東参考人 本来、被爆者援護法の要求は、田口先生も御一緒に古くからやってまいりましたからよく御存じのとおりに、最初は遺族年金があったわけですね。それはやはり、旧野党と話し合いをする中でもって特別給付金にしようではないかということで特別給付金になってしまって、特別給付金というのはやはり一時金でございますし、年金ではないという。それで、遺族についてはそういう格好でというのが従来の姿だったような気がしているのでございますけれども、上ってきて、そして野党、参議院の方々先生方とも日本被団協が一致している年金の問題は、被爆者年金の問題になるわけでございますね。  これは一趣旨は、要するに被爆者側のニーズの話から、ニーズの話というのはもっと言えば、どういう被害を受けたのか、したがってどういうニーズ被爆者は持っているのか、それに対して国はどういう対応をすれば被爆者は救済されるのかという問題の中で出てくる話でございまして、先ほども申し上げたように、いわゆる体も悪いけれども精神的にも被害を受けている、経済的にもいろいろな被害を受けているというふうな問題を含めて、それをやはり全被爆者がそういう状況下にあったと。例えば、精神的な不安そのものを取り上げれば全被爆者がそうであったというふうに思いますけれども、そういうものに対しては最低のレベルの年金を出して、障害に応じてそれに対して加算をしていくような方法をとったらどうかというのが今までの考え方であったというふうに思っているわけです。  ただ、他の年金との関係等の問題、大変難しい問題がございますけれども、被爆者の問題だけで言えばそういうことで、そして、今の手当てがここまで前進してまいりますと、今、先生所得制限のお話もございましたけれども、やはりもはや実質的にはかなり年金化しているのじゃないか、それならいっそのこと、もうちょっとはっきりさせた方がいいのではないかというような話で申し上げているということでございます。
  65. 田口健二

    田口委員 それでは、もう一点、伊東参考人にお尋ねをいたしますが、先ほど堀参考人に私が御質問したことと同じでありますが、原爆による死没者に対する特別給付金というものが支給をされる。それは、今回の政府案では、対象範囲が被爆者である遺族というふうに限定をくれておりますが、そのように被爆者であるというように限定をくれないすべての遺族にこれが適用されるということになれば、それは一般戦災者との間に均衡を失するようなことになるかどうかという点について、伊東先生の御見解をいただきたいと思っています。
  66. 伊東壯

    伊東参考人 やはり、それをやれば不均衡になると私は思いますね。  ただ、田口先生よく御存じのとおりに、それは一般戦災者に何もしないという前提を置くから不均衡はけしからぬという話になっていくわけでありまして、先生方の党だって、一般戦災者についてやろうというふうに、かつてはそういう法律もお出しになっているわけですから、そういうことからいえば、一般戦災者もやるという方向でやれば、これはむしろこれを突破口にして、なるべくなら、一般戦災者との不均衡をなくするために、一般戦災者に対してもやはり何らかの格好のものをとるべきだというふうに考えるのが今までの社会党考え方であり、私どももまたそれに同調をしてまいったということではなかったかと思っております一そういう意味では、ぜひそういう方向で先生にお願いをしたいと思っております。
  67. 田口健二

    田口委員 終わります。
  68. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 岩佐恵美君。
  69. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 日本共産党の岩佐恵美でございます。  きょうは、参考人の皆様には、大変お忙しい中、本当にありがとうございます。  まず、伊東参考人田川参考人のお二人にお伺いしたいのですけれども、ノーモア・ヒバクシャ、ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、これが世界的に今や本当に共通の思いにまでなってきている、そう私も感じます。日本国内での反核・平和の運動、この広がりも、私もことし長崎の大会に参加をさせていただいて、本当に感じたところでございます。  先ほどから、お二人が被爆者として本当に苦労をされ、そしていろいろと長い間の運動に取り組んでこられた、そのことをお伺いいたしましたけれども、実は私、伊東参考人の「沈黙から行動へ」という本の中で、被爆者の皆さんの運動の発展といいますか、思いというのをちょっと読ませていただいて、非常に感動を覚えたわけです。その点について、お二人の方々のそれぞれの思いがあるのじゃないかというふうに思うのですけれども、改めてこの場でお伺いさせていただきたいと思います。
  70. 伊東壯

    伊東参考人 先生の御質問の御趣旨がちょっととりにくかったのでございますけれども、もう一度、先生、ポイントを明確にしていただくとどういうことでございましょうか。
  71. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 「東友会の三〇年」というところで、   広島・長崎の原爆被害は日ましに風化させられ、核兵器は平和をまもる象徴のようにいわれ、核軍拡競争は拡大し核戦争の危機は思いたしたくもない広島・長崎のあの日のことを思いおこくせ、被爆者に耐え難い新しいこころの傷を与えた。被爆者が放置され、原爆被害が無視、過小評価され、くらに風化させられていくことに私達は耐えられなかった。   こうして、私たちは、相互扶助から前進して国に原爆被害援護法の制定を求め、都区市町村へ被爆者援護の強化を求める運動、さらに核戦争に反対し核兵器を全廃させる運動を展開していったのである。 こういうふうに書かれておられるわけで、私はここのところに被爆者の皆さんの、先ほど伊東参考人も言われましたけれども、被爆者の救援だけを言っているわけではないのだということを強調されましたけれども、これと共通するのではないかというふうに思ったものですから、改めて、今までの運動の非常に中心的な問題であるような気がいたしましたので、そこのところをお伺いしたいというふうに思ったわけです。
  72. 伊東壯

    伊東参考人 今お読みいただいたように、援護法というのは、私どもは、かつて私は三つのホジョウということを言ったことがございまして、一つは過去への償う、コンペンセーション、国家補償、それから現在の被爆者の生活あるいは医療が完全に行われるという社会保障の保障、そして未来の核兵器を使わないという平和への保証という三つを込めて援護法というのはあるんだということを言ったことがございます。  そういう意味においては、今度の政府案前文にもございますけれども、被爆者の受けた被害を何とか国の責任においていろいろな援護をしていくという問題の前提として、再びこんなことが起きてはならないという国の強い決意がなくては意味をなさない。言ってしまえば、かつての軍人軍属の、昔ですよ、昔、何らかの援護をやるけれども、そのかわりこれだけの援護をやるのだから、おまえたちはまた死んでくださいというふうなことでは、それは援護法意味をなくないわけですね。核兵器廃絶の問題と一体として初めてそれは意味をなすということは、もう私どもが主張してきたし、不十分ながらと私は思いますけれども、この政府原案の前文にもそれは入っているというふうに私は思っているのです。  そういう意味では、そういう思いが今少しでも達成されようとしていることに対しまして、先ほど申し上げたけれども、与野党を問わず先生方に対して厚く御礼を申し上げなくてはいけないというふうな気持ちを持っております。
  73. 田川時彦

    田川参考人 伊東参考人がおっしゃったことと、ともに運動してまいりましたから、そんなに違わないのですけれども、私の言葉で申し上げれば、被爆者だと名のるこさえ、戦後本当に私自身が名のって、いいことないわけですね。あるときから自分被爆者だと名のることができるようになる、それはすべての被爆者がそうだろうと思うのです。あんな忌まわしいこと思い出すのだって嫌だし、それから逃げて暮らし。たいし、そんなことは関係なく普通の人間として生きていきたいわけですから。  しかし原爆というのは、先ほども申し上げましたように、私たちの体と心の中に入ってきましたから、追っ払おうと思っても追っ払えなくなる、病気の人はそれと闘う、だんだん心の問題になっていくというようになるわけですね。そうすると、生きるためには体の中の原爆と闘わざるを得なくなる。闘うときに、何か生きがいを持って、やはり自分の生きがいを見つけていかなければいけない。心理学的な言い方をしていますけれども、そういう意識は、私だけではなくて多くの被爆者の皆さんが持ってきたのじゃないかというように思います。  それで、先ほど申しました、ここ二年間で六人の自殺者の方、私は気になって調べたのですが、これは私たち反省でもあるのですが、ちゃんと相談活動の手が届いていない方なんですね。そして、地域のいろいろな運動との関係も持たない人なんです。つまり、身近に自分を励ますような人間関係ができていない人は、そういう心理状態に陥って、自分自分を絶ってしまうということになる。私たちはやはり人間の中で生きているわけですから、そして皆さんと一緒に、何に対して生きていくかという問題が私たちの大きな問題になって、だから皆様に訴えるだけではなくて、自分たちの問題としてずっと運動を続けてきたように思います。  生きがいというのは、自分たち被害がこの国にとってあるいは世界にとって語ることが意味があるといったときに、初めて口を開いて語るわけです。その意味を見つけるのに随分かかったと思うのですね。それが今、世界人たち核兵器廃絶をしなければいけないという運動に、被爆者被爆者の側から、私たち言葉核兵器廃絶一般ではなくて、やはりあの広島、長崎を繰り返してはならない、あの地獄を繰り返してはならない、そして私たちが苦しんだような被爆者をつくってはならないということが、内側からの皆さんへの乗り出しになってきたと言えると思います。  以上です。
  74. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 被爆者の皆さんが原爆被害者調査を行われました。これは、国が原爆被害を我慢をしろ、こういうことを言った、これに対して、本当に人間にとって我慢できるものだったかどうかということを事実で明らかにしようという、そういうことからこの調査に取り組まれたというふうに伺っています。  この調査について、田川参考人から、その中身的なものについて、原爆による死と生とはどういうものだったんだとかいうこともあると思いますけれども、何かあればお話しをいただけたらというふうに思います。
  75. 田川時彦

    田川参考人 私が下手に説明するより、これは日本被団協が取り組んだ、組織的にも日本被団協の調査でございます。もちろん東京もその一つの組織ですからやったわけですけれども、全体的総括という視点からは伊東参考人の方が適切だと思いますので、あえて譲りたいと思います。
  76. 伊東壯

    伊東参考人 実は、私は政府の調査委員でもございましたし、また被爆者の方の調査の委員長でもありましたので、そういう意味で今、田川参考人はそういうふうにおっしゃったんだろうと思いますけれども、やはりやってみて驚いたことは、一番最初の一ページの円グラフを見ていただきたいのですが、原爆が殺したのは非戦闘員というふうによく言われるのですけれども、このくらい我々の調査によると年寄りと子供と女性が死んでいるのですね。これは死没者の内容ですよ。だから先ほど、こういう人たちは普通の戦争であれば、今まで昔の戦争であれば死ななかった人たちが殺されてしまっているということについて、本来、これは特攻隊に行く人たちだってそうだと僕は思いますけれども、自分はこういう人たちを守るために行ったんだと思うけれども、にもかかわらずこういう人たちが殺されて、それに対して国が何もしないというのはやはりどう考えたっておかしいというこれは証拠みたいなグラフでございまして、そういうこともちょっと見ていただきたい。  それから、被爆者の死というのは、死んでしまえば一般戦災と同じではないかと皆さんおっしゃいますけれども、これをずっと見ていただければわかりますけれども、いろいろなことがございます。一つは、かなり遅くなってから、相当おくれてからもやはり死は襲ってくるという問題というのは、一般戦災の中にはない。それは放射能の問題との関連があるわけですから、国の方も押さえていらっしゃいますけれども、そういう問題もございます。  それから、三ページ目等につきましては、単に体だけがだめにされたのではない、生活の上においても精神的にも本当に人間崩壊に退い込められていったという状況がこのグラフの中には実は出ているのです。例えば三ページ目の「被爆したために辛かったこと」では、「健康にいつも不安」というのが一番多いです。これは、いつ白血病が起きるかわからない、いつがんになるかわからないという思いを、五十年間も続けてそういう不安を持ち続けた人間というものを、先生方ひとつ想像してみていただきたいと思うのですね。それに対して国は何もやらなくていいのか。あなたは体が実際に悪くなっていないんだからいいじゃないですか、今の法律はそうですよね。それでいいんですかということが被爆者年金の問題なんかに結実していくという、そういうことなのであります。  だからそういう意味では、この調査を読めばそれなりにやはり意味がありますけれども、きょうは時間がないので、このぐらいにしておきたいと思います。
  77. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 生存されておられる被爆者高齢化されて、とりわけ広島、長崎以外の、東京だとか大阪だとか、そういうところにお住まいの被爆者方々はまた違った意味で大変苦しんでおられるということを伺っておりますけれども、田川参考人、そういう方の声、またどうしたらいいのかということについて、お考えがあれば伺いたいと思います。
  78. 田川時彦

    田川参考人 広島、長崎の被爆者はまた現実としてのやはり別の苦しみがあるとは思いますけれども、今おっしゃった、つまり、例えば東京という大変な大きな都市に被爆者が住む場合、一つは、これはよく私が例に出すのですけれども、一人の被爆者のおばあちゃんが、岡山から送ってきたジャガイモをお隣にお配りした。そうしたら、ありがとうと言いながらその隣の人は、このジャガイモ食べてもいいのかしら、原爆がうつりやしないかと言われたというエピソードがあるわけですね。それくらい逆に言えば孤立していて、原爆の情報も皆さんに知られていないから、悪意でなくてもそういう言葉が耳に入ってしまう。大変なショックなんですね、それは。そういう大都会の中で孤立する被爆者の深刻さというのとはまた別に、他府県に散って、しかもたくさん被爆者が周囲にいないところでは、別の苦しみがあるというように思います。  それから、逆に東京に住んでいても、広島、長崎がやはり、これは浅い意味で申し上げるのですがうらやましいななんと言うのは、孤老になっていって病院に運んでもらいたいのだけれども、老人ホームなんというのは被爆者に特別恩典はありませんから大変厳しい。それで、いろいろなケースがあるのですが、病院をたらい回しにくれる方だとか。それは広島、長崎は、くすがに多いですから、だからといってそっちが楽だとは思いませんけれども、しかし多いですから、被爆者の老人ホームがちゃんとあるとか、そういう意味ではやはり全国的に、それはお金がかかる問題もあるのですが、お金がかからなくても、周りの人たちが手を少しずつ出して一緒に温かい人間関係ができるようなことがあればなということは、被爆者団体の役員の一人として御理解いただきたいと思います。
  79. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 どうも本日はありがとうございました。  終わります。
  80. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人方々におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。  午後一時より再開することとし、この際、休憩いたします。     午前十一時五十五分休憩      ――――◇―――――     午後一時一分開議
  81. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。岩浅嘉仁君。
  82. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 改革の岩浅でございます。どうぞよろしくお願いいたします。  午前中は参考人陳述でございまして、大変貴重な御意見、御提言を承りました。  まず、井出厚生大臣に、御承知のとおり来年で戦後五十年、一つの大きな区切りの年でありますが、その中で被爆者問題、原爆問題ですね、このことについて基本的にどういう厚生大臣としての御認識をお持ちなのか、冒頭お伺いいたしておきたいと思います。
  83. 井出正一

    ○井出国務大臣 午前中御苦労さまでございました。私は、実はWTOの方の委員会出席しておったものですから、詳しくはお聞きできないで残念なのですが、先ほど昼休みに政府委員室の事務の方からお聞きをいたしまして、先生方の御熱心な姿勢に敬意を表する次第であります。  戦後五十年、もう五十年かという思いもありますが、いろいろな問題がまだ解決できていないというようなことを考えますときに、まだなのかなといった思いも実はあります。しかし、まさに今先生がおっしゃったような全く区切りのいい五十年でございますから、これでできるだけ戦後の処理をきちっとできるものはしておくということと、改めてあの戦争、我々戦争をよく知らない世代が大分ふえてきちゃっているわけでございますが、もう一度思いを寄せて、二度とああいう悲惨な方たちの状況が日本に出ないようにみんなで誓い合う必要があるのじゃないかな、こんなふうに考えております。
  84. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 その中で、私が伺っておるのは、原爆についてもう少し踏み込んだ時代認識なり御決意のほどを、私見で結構ですから、もし何かございましたら。
  85. 井出正一

    ○井出国務大臣 広島、長崎の原爆被害は、原爆熱線あるいは爆風、放射線により広範な地域で多数の人命が奪われ、健康上の障害をもたらすといった悲惨きわまりないものでございました。健康上の障害については、直後の急性原爆症に加えて白血病やあるいは甲状腺がん等の晩発障害があるなど、一般戦災による被害に比べ、また際立った特殊性を持った被害であると考えております。  こうしたほかの戦争被害と異なる原爆放射能による被害の特殊性にかんがみ、これまでも原爆二法というものがあったわけでございますが、この際、五十年という時期なものですから、くらにそれを進めて、きちっとした形で法律的にも位置づけなくちゃいかぬじゃないかな、こんなふうに思っております。
  86. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 ありがとうございました。  細かい問題は後に譲るといたしまして、まず基本的な問題でございますけれども、今回の政府案につきましては、巷間、被爆者団体とかあるいはこの問題に最も公党として熱心に取り組んでこられた日本社会党さんの当初求めた内容とは大きく異なっておるという指摘もあるわけでございます。  政府案前文では、国の戦争へのかかわりは一切触れられず、国の責任で、特殊な被害を受けた被爆者援護対策を講じる、ある意味では責任論抜きで決意表明をした、こういうふうにも解釈されるんですが、このことによって、被爆者の心情とかあるいはその理念よりも連立政権の与党内の合意を得るという政治的妥協が優先された、こういう指摘も確かにあるわけですが、こういう指摘に対して厚生大臣はどのように反論されますか。
  87. 井出正一

    ○井出国務大臣 今回の政府案についてでございますが、連立与党三党におきまして真摯で責任ある御議論を積み重ねられた末の合意を受けて作成されたものでございまして、その内容被爆者対策の前進を図るものでありまして、私は現状考え得る最善のものである、こう考えておるところであります。  政府案に「国の責任」と規定したわけでございますが、これは今回の新法、先ほど申し上げましたように被爆後五十年のときを迎えるに当たりまして、高齢化の進行など被爆者を取り巻く環境の変化を踏まえて、現行の被爆者対策を一層充実発展させ、保健医療及び福祉にわたる総合的な対策を講じるものであります。新法において「国の責任において、」という表現を特に盛り込んだゆえんもその辺にあることを御理解いただきたいと思います。
  88. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 この国の責任という問題は、先般の委員会でもそれぞれの先生がお触れになりましたし、きょうも午前中の参考人意見陳述の中でもお話があったんですが、簡潔に伺っておきたいんです。私は午前中の参考人方々にもお伺いしたんですが、国の責任の対象を今回、被爆者に限定する原則を打ち立てたと言うことができると思うのですが、このことが今後政府で検討するさまざまな戦後処理問題について政府責任を極めて限定して解釈する原則になりつつあるのではないか。将来、振り返ればあのときにあの法律の中でこの言葉がという寺つな、そういうふうな形になる可能性も指摘をされるわけなんですが一こういう考え方というのは、厚生大臣、どう思われますか。
  89. 井出正一

    ○井出国務大臣 戦後処理問題全体については、私ども厚生省だけの所管ではございません。したがいまして、私個人の所見を申し上げるわけでございますが、今回の政府案における「国の責任」については、原爆放射能に起因する健康被害が、先ほど申し上げましたようにほかの戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみまして、被爆者対策に関する事業の実施主体としての国の役割を明確化するとともに、被爆者方々の実情に即した総合的な施策を講ずるという国の姿勢をこの法律、新しい法律全体を通ずる基本原財として明らかにするという観点で盛り込んだものと考えます。したがいまして、ほかの戦後処理問題との関連ということではなくて、政府案の「国の責任」は、原爆放射能による被害の特殊性に照らして被爆者対策の基本的な考え方を明らかにしたものである、こう考えておるところであります。
  90. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 原爆問題に限っての国の責任、こういうふうに理解をしている、こういうことでございますね。  先ほど、ちょっと参議院の決算委員会会議録を読ませていただいたんですが、これは質問でないのですけれども、冬柴先生にちょっとお見せいただきました村山総理の答弁が、法律的にこの原爆問題についてちょっとおかしい部分が実は専門家の法律家から見てございます。責任者がそういう間違った御答弁をくれておるというふうなことを私、今拝見しまして、大変残念であり、また深刻な問題であろうと思います。これはまた後ほど、この委員会の議論ではございませんので、披瀝だけしておきます。  それで、この政府案提出されましたときに、社会保障制度審議会の答申を見ますと、今回の諮問案を「おおむね了承するがこと、こういうふうな文言が記されておるわけですが、この「おおむね了承する」という内容、議論の中身、どういうことをもってこういう表現になったのかと認識されておられますか。
  91. 井出正一

    ○井出国務大臣 社会保障制度審議会において、本案につき、今委員御指摘のような「おおむね了承する」との答申をいただいたところでございますが、保健医療及び福祉にわたる総合的な被爆者援護対策の実施と本法案内容について、一定の理解、評価をいただいたものと考えております。  なお、答申において、あわせて「政府は、原子爆弾被害の実態についての調査研究等に一層努力されたい。」という御指摘もいただいております。したがいまして、これについては、来年度に予定しております原爆被爆者実態調査等を実施する際の課題として適切に対処してまいりたい、こう考えております。
  92. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 今、来年原爆の実態調査をなされるということですけれども、この内容ですね。過去三回やられておりますけれども、設問の内容とか調査の仕方とか、今度はかなり知恵を絞った中身の厚いものにしなければいけないと思うのですが、そういう具体的な考え方についてお示しいただきたいと思います。
  93. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 平成七年度の概算要求の中で、原爆被爆者の実態調査を行う費用を要求をいたしております、  具体的な調査項目につきましては、これまで昭和四十年、それから五十年、六十年と実施をしてまいっておりますので、そういったような調査も参考にしながら、被爆者方々の世帯あるいは所得等の生活の状況、それから医療や体の状況等の健康状況等の項目に加えまして、今後どういう具体的な調査項目を来年度の調査でやっていくかということについては、関係者の御意見も伺いながら、具体的な項目はこれから検討してまいりたいと考えております。
  94. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 個別の問題に移っていきたいのですけれども、先般来の議論の中で、福祉事業について余り質疑がされておりませんので、ちょっと踏み込んでお伺いいたしたいと思います。  従来予算措置として行ってきた各種の福祉事業を今回は法定化をされた。これも一つの政府案の特徴であろうと思いますが、法定化された理由について、まずお伺いいたしたいと思います。
  95. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今お話ございましたように、今回提案をさせていただいております新法におきましては、現行の原爆二法を一本化をするということとともに、従来別々に行ってきました健康診断、医療手当等の各種施策援護施策として総合的に実施をすることにいたしております。  従来、手当という金銭給付にとどまってまいりました福祉施策につきましては、被爆者高齢化の状況等を踏まえまして、国の責任において総合的な対策を行うという観点から、具体的なサービスを提供する福祉事業面の施策を新たに法律に位置づけることといたしまして、あわせてこうした事業に対します補助規定をこの法律の中に設けたということでございます。具体的な事業は、相談事業あるいは居宅生活支援事業、養護事業等を考えております。
  96. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 参考までにお伺いしたいのですが、高齢化されておるということでございますけれども、今現在の被爆者の平均年齢というのはお幾つになるわけでございますか。
  97. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 平成五年三月未で広島、長崎に在住されております被爆者の平均年齢は約六十五歳と承知しております。
  98. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 午前中の参考人方々も、やはりこの点も御指摘がございました。  具体的な事業内容でありますけれども、まず相談事業、これは現在、ある程度の都道府県でやられておると伺っておるのですけれども、どういうところで今実施されておられますか。
  99. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 現在相談事業を実施しておりますのは被爆者数の比較的多い都道府県ということで、具体的には、平成六年度で申しますと、広島県、それから広島市、長崎県、長崎市、それ以外に東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、山口県、福岡県の十都府県市でございます。
  100. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 では、これを契機に今後全都道府県でこの相談事業、非常にデリケートな問題があろうと思います、当事者にとっては。なかなか人様には相談できない。やはり公の機関、こういうものできめの細かい相談を受ける、こういうことがますます必要になってくると思うのですが、今後、全都道府県でこの相談事業を実施する計画があるのか、具体的に考えておるのかどうか。
  101. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 従来は、ただいま申しましたように、被爆者が五千人以上おられる都道府県というようなことでやってまいったわけでございまして、その結果、現在先ほど申した十都府県市でございますが、来年度これを全都道府県に拡大をするということで、私ども予算の要求をしているところでございます。
  102. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 大切な事業でございますから、全国に対象者はおいでになるわけでございますから、きめの細かい配慮をしていただきたいと思います。  それから居宅生活支援事業、これについては具体的にどのような福祉サービスを考えておるのか。今後またくらに充実をしていかなければいけないと私は思いますけれども、厚生省の基本的な考え方を伺いたいと思います。
  103. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 居宅生活支援事業内容でございますが、これはいわゆる在宅福祉サービスというような考え方に入るかと思いますけれども、具体的には、被爆者の家庭をホームヘルパーが訪問して、介護ですとかあるいは家事等を行います居宅介護等の事業。それから、養護ホームなどで、適所してきました被爆者の方に対しまして、日常勤作訓練ですとかあるいは健康チェック、それから入浴、給食等のサービスを提供いたします、いわゆるデイサービス事業。それから、被爆者の介護を行っておられる家族の方が、一時的に病気になられるとかあるいは何らかの形で短期間お世話できないといったような場合に、被爆者の方を養護ホームに入所させて世話を行うというようなことで、いわゆるショートステイ事業といったようなことを現在考えておるわけでございまして、今お話ございましたように、被爆者の方の高齢化が進んでくるということでございますから、こういったような対策についてはさらに充実を図っていく必要があるということは考えております。
  104. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 これは一歩前進であろうと評価をいたしたいと思います。  施行期日が平成七年の七月一日からと、こうなっておるのですが、施行までの準備作業というのはいろいろあろうと思います。当然、この日までに間に合わすように、そして来年の八月までにこれを施行するということだろうと思いますが、事務的な準備作業、これは膨大なものがあるのではないかと思いますが、心配ございませんか。どういう内容があるか、そしてスケジュールは大丈夫なのか。
  105. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 現在提案をしております新法につきましては、施行期日を七月一日ということにしているわけでございますが、これは、被爆後五十年のときを迎えるに当たって、この法案の趣旨を考えれば、やはり原爆投下から五十年目を迎える来年の八月六日あるいは八月九日には、新法に基づく施策が実施に移されていく必要があるというようなことから、七月一日としたわけでございます。  事務的な準備でございますけれども、一番中心になりますのは広島市、長崎市でございますけれども、現在提案をさせていただいております特別葬祭給付金については、過去の被爆の事実をさかのぼって確認をするという、そういったような事務を行う必要がございまして、広島市及び長崎市を中心にした実施体制の整備が必要である。で、公布から施行まで半年程度の準備期間がどうしても必要だということが一つございます。  具体的な準備事務といたしまして、現在私どもが考えておりますのは、広島市及び長崎市において、死没者に関する他の都道府県からの照会に応じるための、何といいますか、データシステムというものがなければいけない。また、死没者名簿に登載されております約三十万人を超えます死没者名をコンピューターに入力した上でのデータベースの整備ですとか、それから、特別葬祭給付金の支給対象者となります三十三万人余りの全国の現在生存されている被爆者に対する周知徹底と申しますか、広報。また、都道府県あるいは市におきます実施体制の整備。具体的には、必要な予算の確保あるいは人員の確保といったようなことが必要になってくるというふうに考えております。
  106. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 わかりました。  それから、実際に被爆者、私の地元、徳島県はそう多くないのですが、伺いますと、健康管理手当、これについて、今度は所得制限の撤廃とかいろいろクリアできる問題があるそうなのですが、申請が非常に煩雑である、複雑である。特に、今お話ございました、対象者高齢化しておって、非常に難しい流れになっておる。また、医者も診断書を書くのにおっくうがる。二十分も三十分も時間がかかる。特に国公立の病院では非常に冷たいんだ、こういうふうな指摘があるわけなのですけれども、厚生省、どうお考えでございますか。
  107. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 御承知のように、健康管理手当と申しますのは、特定の障害を伴う疾病を有する方に対しまして支給されるということでございますので、申請者の方の障害の状況というものを的確に把握して、それを審査をする必要があるということで、医療機関からの診断書を求めているわけでございますけれども、私ども、この診断書の取得が特に煩雑なものだというようには思っておりません。ただ、今お話ございましたように、仮に国公立てそういうことを嫌がるというようなことがあれば、これは大変問題でございますので、今回、新法が施行されるというような状況になれば、改めてそういったようなこと、関係者の御理解を得るように努めてまいりたいというふうに考えております。  なお、先生もお触れになりましたように、所得税の税額の証明につきましては今回撤廃をするということになりましたので、この点に関しましては、申請者の方の負担は軽減されるのではないかというふうに考えております。
  108. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 私は、これは実際に被爆者の方からお伺いをした声を今代弁をさせていただいたのですね。厚生省が本当にこの問題について前向きに取り組むというのであれば、今、谷さんおっしゃいましたけれども、今後、被爆者の立場に立った積極的な指導というものがやはり必要ではないか。これは特に御注文を申し上げておきたいと思います。  私、これは聞く予定でなかったのですが、もう議論が出たと思うのですけれども、午前中の議論で、特別葬祭給付金遺族に支給される。それも、対象者自身被爆者である。そうでない遺族との格差、あるいはお互いの心の葛藤といいますか、あつれきというものがどうしても心配されるわけでございますが、厚生大臣としては、どうお考えでございますか。
  109. 井出正一

    ○井出国務大臣 実は、この御指摘は先日の委員会でもちょうだいしたところでございます。  今回の特別葬祭給付金は、被爆後五十年のときを迎えるに当たりまして、死没者の方々の苦難をともに経験した御遺族であって、御自身被爆者として、いわば二重の特別の犠牲を払ってきた方に対し、生存被爆者対策の一環として、国による特別の関心を表明し、生存被爆者精神的な苦悩を幾分でも和らげられたらという趣旨で設けたものでございます。したがいまして、こうした観点から、支給対象者被爆者健康手帳を所持している生存被爆者と、限定といいましょうか、したものでございます。  そうじゃない方にまでやれないかなということも、与党の五十年問題プロジェクトでも論議はあったようでございますし、私どもも考えなかったわけではございませんが、そうなりますと、いろいろなまた難しい問題、例えば戦争責任の問題とか、あるいは一般戦災者との整合性の問題等がございましたものですから、やはりこのところが今考えられるぎりぎりのところかなという考え方でございます。  したがいまして、それから漏れてしまった皆さん方、死没者や御遺族方々に対しては、原爆死没者慰霊施設の設置など平和を祈念するための事業を実施することによりまして、国としてそのとうとい犠牲を銘記し、追悼の意を表し、あわせてまた、再びこういう過ちを国として起こさないようにということをみんなで誓い合っていきたいと考えているところであります。
  110. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 これは平行線でございますけれども、やはり日本の今までの美徳というのは、家族制度、家庭制度、特に強いものがあったと思うのですね。それで、肉体的な痛み、心の痛み、被爆を負って、その方を介護したり一緒に生活する、同じ心の痛みを共有してきた、こういうのが家族であり兄弟であるということになろうかと私は思います。やはり、そういうものをどう重要視するか、こういう考え方にかかってきておると私は思います。  ノーモア・ヒロシマという言葉がございますけれども、二度と広島を繰り返してはならないと。アメリカは、開戦のあのパールハーバーで、リメンバー・パールハーバーと、パールハーバーを忘れるなと、思い出せと。ノーモア・ヒロシマとリメンバー・パールハーバー。これは、ノーモア・ヒロシマというと、どっちかといえば受け身的な言葉であります。リメンバー・パールハーバーといいますと、能動的も言葉ですよね。私は、まさにこれ、日本政府が、五十年、来年、リメンバー・ヒロシマ、リメンバー・ナガサキというくらいの気持ちを持っていいのではないか、そのくらい強い意思を、そういうふうに思いますけれども、最後に、どうでしょうか。
  111. 井出正一

    ○井出国務大臣 もう悲惨なつらいことを忘れてしまいたいという意味のノーモア・ヒロシマであってはいけないと思います。やはりああいうことを我々を含めて人類が生ぜしめたということはいつまでたっても忘れてはならないことだと思いまして、そういう意味では、いい意味でのリメンバー・ヒロシマ、リメンバー・ナガサキは私も賛成でございます。
  112. 岩浅嘉仁

    ○岩浅委員 ありがとうございました。
  113. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 桝屋敬悟君。
  114. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 会派改革の桝屋敬悟でございます。よろしくお願いをいたします。  私は、時間もそんなにございませんから、今回の問題、昨日も私、広島で被爆者方々、いろいろな方々とお会いしてまいりました。そうした方々の声を改めて代弁する気持ちで、ポイントを絞り込みまして、例の国の責任あるいは国家補償的配慮、この部分と、それから、新たな差別を生むというふうに今言われております例の特別葬祭給付金、この問題に絞りまして質疑をさせていただきたいと思います。最初にお話をお伺いしたいのですが、いずれにしても今回の被爆者援護法の制定、昨日も被爆者の庁にお会いしまして、本当に長い国会の歴史の中で、それこそ昭和四十九年から今まで何度となく法案が出てきたわけでございますが、実に二十年ぐらいの歳月をかけているわけでございまして、いずれも審議未了、撤回、廃案ということでございます。いかに今までの壁が厚かったか、あえて申し上げれば自民党の壁が厚かったかというふうに私は思っておるわけでございます。  昨年の八月、三十数年ぶりに政権交代が行われて細川政権が誕生いたしまして、政治改革に政治生命をかけながらいろいろな取り組みをしてまいりました。その際、新党さきがけも、武村さんが官房長官で政権を支えておられたわけでございます。新政権が取り組むべき山積みする内外の問題、たくくんございました。その中で、この被爆者援護法もその一つであったわけでございます。私たちも、何としてもこの問題は避けて通れないということで、大臣もそのときには何度か政策幹事会で私もお顔を合わせましたけれども、この問題に取り組もうということで、旧連立与党、さきがけくんも入られて、ずっとプロジェクトチーム、ぜひ次の国会で法案をつくろうということで取り組んだわけでございます。  いろいろなことがございましたが、その結果、私どもは、改革案で出しております大綱、まとめ上げたものを今回法案として出したわけでございます。少なくとも本年四月まで十回ぐらい、改革も入っておられた中で論議してきたことを私どもは改革案としてまとめた、こういう思いでいるわけであります。  そうしたことで、最初に大臣にお伺いしたいのですが、今回の私どもの改革案をどのように評価されておられるのか、さきがけの一員としてお話をお伺いしたい、このように思います。評価をお願いいたします。
  115. 井出正一

    ○井出国務大臣 今、桝屋委員御指摘のように、私も昨年の夏以来、旧連立の一員として、この被爆者援護法プロジェクトチームに私どもさきがけも仲間に加わって検討してまいりました。当時から、私どもの考え、あるいは自民党から新しく出てこられた新生党の皆さん、それから従来長い間、二十年ですか、この間社会党田口先生も感慨深げにおっしゃっておられましたが、社会党さん、これまた御熱心だった公明党さん等々、いろいろな今までの経緯を持たれた各党のあれがあったものですから、なかなか結論が出ないでおりました。その間私どもは、残念ながらといいましょうか、連立から距離を置くようになりまして、今度の改革の方としておまとめになられた案がまとまったときには、実はさきがけはちょっと距離を置いてしまっておったという経緯はございます。  それはそれといたしまして、今回改革が御提出になられたこの被爆者援護法案でございますが、私ども今御審議いただいております政府案とは、大きく言って二つ異なるものがあるのじゃないかなと認識しております。一つは、前文に「国家補償的配慮」の文言が盛り込まれてあることであります。もう一つが、特別給付金を昭和四十四年以前の死没者の遺族全体に給付せい、こういうことだと思います。  これらの点については、私どももそれぞれ、さきがけの中でも論議しましたし、新しい連立の三党の五十年問題プロジェクトチームでも論議がなされたと聞いております。「国家補償的配慮」の文言につきましては、国の戦争責任意味するものと受け取られる可能性が強いこと、また、すべての遺族給付を行うことは、実質的には弔慰金の支給でございまして、一般戦災者との均衡をどうしても欠いてしまう、こういった問題点があるのじゃないかな、こう認識しております。
  116. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 ありがとうございます。  状況に変化がなければぜひ一緒にやりたかったわけでございますが、今大臣も言われた二点、そこがまさに今回も大きな問題点であろうと思います。今大臣が言われました、前文に、政府案前文でございますが、「国の責任においてこというもの、それから改革案の「国家補償的配慮」、まくにこの二つの問題になるわけでございます。  最初に確認をしておきたいと思いますが、改革の冬柴先生に、基本的なことで恐縮なのですが、「国家補償的配慮」というふうに使われたその背景といいますか、これはまくに例の最高裁の判決、さらには基本懇の整理された論点をそのまま踏襲されたのではないか、このように私は考えておりますが、その点を最初に確認させていただきたいと思います。
  117. 冬柴鐵三

    冬柴議員 今委員が御指摘になりましたように、最高裁判所は五十二年の最高裁判所の判決、それから五十五年の基本懇の報告書、その中に明確に「国家補償」という言葉が使われております。「国家補償的配慮が制度の根底にある」というのは最高裁判所の指摘でもあります。また、見過ごしてならないのは、昭和五十六年に当時の園田厚生大臣は、この基本懇を受けて、今後は広い意味における国家補償の見地に立ってこの被爆者援護活動は行っていくということを国会で答弁しておられるわけでありまして、このような三つの有権的な判断、そういうものを我々は総合考慮いたしまして、今回の被爆五十年に当たるこの時期にこのような総合的な立法を行う基本理念は、ここに示された国家補償というものを根底に据えたものでなければならない、こういうような認識のもとに我々の案はなっているわけでございます。
  118. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 ありがとうございます。まくに被爆者対策基本理念の問題であるわけでございます。  大臣にお伺いしますが、今の政府案でございますが、この政府案前文、まさにここが被爆者対策基本理念の部分ではなかろうかというふうに私どもは理解をしております。「国の責任においてこという表現をされておりますが、今冬柴先生からも御指摘がありました最高裁の判決、さらには基本懇、そして先ほどの五十六年の園田厚生大臣の発言、そうしたものと今回のこの政府案被爆者対策基本理念ということではどういう整理になっているのか、その点を確認させていただきたいと思います。
  119. 井出正一

    ○井出国務大臣 お答えします。  まず、今回の法案に「国の責任」という文言を入れた理由でございますが、今回の新法は、被爆後五十年のときを迎えるに当たり、高齢化の進行など被爆者を取り巻く環境の変化を踏まえ、現行の被爆者対策を一層充実発展させ、保健医療、福祉にわたる総合的な対策を講じようとしたものでございまして、新法において「国の責任においてこという表現を盛り込むのは、こうした制定の趣旨を踏まえて、被爆者対策に関する事業の実施主体としての国の役割を明確にし、原爆放射能という、ほかの戦争被害とは異なる特殊な被害に関し、被爆者方々の実情に即応した施策を講ずるという国の姿勢を新法全体を通ずる基本原則として明らかにしたものでございます。そして、この表現を用いましたのは今申し上げましたような理由でございまして、その意味ではいわゆる基本悲報告書が示した考え方に沿ったものであると考えております。  また、特別葬祭給付金の支給についても、生存被爆者対策の一環として支給する性格のものであって、弔慰金ではないということ。もう一つ、給付内容についても、ほかの戦争被害者との関係を考慮し、社会的公正という点から見て問題のない範囲のものと考えられます。といったこと等から、基本懇の報告書の考え方を変えるものではない、こう認識をしております。
  120. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 今の大臣の発言の中で、今回のこの政府案前文に書かれた「国の責任において、」というのは、基本懇の姿勢から何ら変わるものではないということ、そういう答弁があったわけでございますが、重ねて私は、まさに今国民はどういう、特に被爆者はどういう思いで今回の私どもの審議を聞いているか。「国の責任においてこという表現と私どもの改革案「国家補償的配慮」、この二つは、端的に申し上げまして政府案では基本懇のこの精神すら後退しているのではないか、基本懇の精神、基本懇の理解から一歩下がっているのではないか、こういう指摘が、実は昨日も私、随分言われたわけでございます。そうではないということ、この「国の責任においてこということは、まさに基本懇の「広い意味における国家補償の見地に立って」ということと全く同じなんだということなのかどうか、その辺をちょっともう一回確認をさせていただきたいと思います。  これは大臣、全く同じような表現ではありますが、被爆者にとっては最も大事な部分でございまして、単なる社会保障なのか、社会保障からさらに一歩進んだ国家補償的な配慮というもの、そのちょっとした違いが被爆者の一番大きな関心事でございまして、長い間の今までの思いをやはり今寄せているわけでございまして、その辺の明確な御答弁をいただきたいと思います。
  121. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今先生お触れになりましたように、基本懇におきますこの意見というのは、広い意味国家補償の見地に立って被害の実態に即応した対策を講ずべきだということを言われているわけでございまして、ただその中で、「広い意味における国家補償の見地」ということについての考え方がるる述べられているということでございます。その限りにおいて、私どもは、この昭和五十五年の基本懇の答申というものに沿った対策は従来からやってきたというふうに考えておりますが、今回の法律の中では、広い意味での国家補償の見地という言葉はもちろん使ってないわけでございまして、国の責任において被爆者対策を総合的に実施をするということを述べているわけでございます。  考え方として、この基本懇の答申といいますか意見書に沿った全体の被爆者対策というのは従来からやってきたつもりでございますけれども、法律の中に国家補償という言葉を書くかどうかということについては、先ほど大臣からもお話がございましたように、与党のプロジェクトの中でもいろいろな議論があったということでございまして、結果的にはこれは書かないということで意見の一致が見られたわけでございますので、広い意味での国家補償の見地ないしは基本懇が言っている考え方そのものについて、別に私どもはもちろんこれを否定するものではございませんけれども、この法律そのものの中に国家補償という言葉は使わなかったということでございます。
  122. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 法律というのはやはり国民に非常にわかりやすいものでなくてはならないと私は思っております。後ほどの問題にも触れたいと思うのですが、改革案の「国家補償的配慮」、まさに今回の論議は、「国の責任においてこという表現とそれから「国家補償的配慮」、私どもの改革案、これがまくに対比に今なっているわけでございますが、今、各局長からお話がありましたように、基本懇から全く変わるものではないという御回答をくれたわけでございますが、そうした政府の姿勢であれば、改革案の国家補償的な配慮ということも、私は、法律としては用いても何ら問題ではないのではないか、こういうふうに思うわけです。  この前の先週の議論では、それを使えば一般戦災者との問題ということを盛んに言われますけれども、大臣、もう今回のこの問題は国民みんながわかっているわけでございまして、戦後五十年この問題をずっと議論してきて国民全体が被爆者の特別の被害というものはよく理解をされているわけでして、なおかつ、前文にこれだけの内容を盛り込まれて法の性格づけを明確にくれているのであれば、午前中の審議でも明確にございましたけれども、もう少し言葉を大事にしていただきたい。明年五十周年を迎えるこのときに当たって、やはりいま一歩突っ込んだ国家補償という言葉を、そのままじゃなくても、私どもも、もちろん改革案も全然基本懇から、先ほど冬柴先生が御回答になりましたように何ら変わるわけではないわけでございまして、私は、国民の理解はいただける、このように思っております。  重ねてお伺いしますが、「国家補償的配慮」というものを五十周年を前に使っていくということがどうしてできないのか、もう一度大臣の御答弁をお願いしたいと思います。
  123. 井出正一

    ○井出国務大臣 「国家補償的配慮」と改革案の方には明記されているわけでございますが、これはやはり「国家補償的配慮」となりますと、国家補償とどうしても理解されるおそれといいましょうか、可能性が大変高いのではないかと私どもは思います。  それで、国家補償という言葉は、まだ定義が確立していないと思いますし、この言葉の中には、先ほど来ちょっと申し上げましたが、不法行為に基づく損害賠償という意味もまた考えられる可能性も強いといったような意味では、やはり言葉は逆に大切にしなくちゃならぬということもありまして、あえてそれを避けて「国の責任」とくせていただいたというふうに御理解いただきたいと思います。
  124. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 時間もありませんからこの問題はこれぐらいにしますが、先ほどの、さきがけさんと一緒に検討してきたという背景からしますと、どうか大臣にも私どものこの気持ちを、あるいは被爆者気持ちをぜひ参酌をいただきたいというふうに思うわけでございます。  それから、昨日私、被爆者とお話をしていて、まさに今回のこの政府案、二つの新たな差別をまたこの被爆者世界に持ち込むことになる、こういう切実なお話を伺ったわけでございます。  先ほども岩浅議員の質疑でもございましたけれども、一つは、特別葬祭給付金、これを被爆者に限って出そうという、支給をしようという、こういう構成になっているわけでございますが、その理由先週も厚生省の方から大分お答えがございましたが、あくまでも生存被爆者対策なんだ。遺族となった苦しみ、さらには被爆者としての苦しみ、この二重の苦しみに対して支給をする。ただ、そういうことをやって国として原爆死没者のとうとい犠牲を銘記する、こういう非常にこれもわかりにくい構成、措置ではないかというふうに私は思っているのですが、当然ながら一つは、学童疎開等の方々との差別が出てくるというこの問題、これは先ほど、何とかしたかった、こういうお話がありました。  何とかしたかったというお話がございましたが、もう一点、私はぜひもう一つの新しい差別として、四十四年四月一日以降で、大臣、これは大事な問題なんですが、もう一回確認しますが、二重の苦しみに対して支給をする、こういうことですね。そうしますと、じゃ、もっと言いますと四十四年四月一日以降、例えば四十四年四月二日あるいは四月三日、四月四日に亡くなられた死没者、その遺族、僕は二重の苦しみを持っておられる方がいらっしゃると思うのです。そういう方々に対してどういうふうに説明をくれますか。もう既に終わっているからいいんだということなんでしょうか。その点をお願いいたします。
  125. 井出正一

    ○井出国務大臣 前半の特別葬祭給付金につきましては、再三申し上げておりますから、委員既にこういう答弁があったけれどもということで、私どもの言わんとすることは同じだというふうにもう御認識のようでございますから、ここでは触れません。  昭和四十四年四月一日以降に亡くなった方の遺族にも払うべきではないか、こういう御指摘だったと思います。昭和四十四年四月一日といいますと、現行の葬祭料が既に支給された被爆者についてでございます。その生前にある程度充実した国の施策の対象となっていたものと考えられますことから、被爆者であって葬祭料制度の適用対象となる前に死亡した方の遺族に支給対象を限ったものでありまして、これをもって不公平な扱いになるとは考えていないところであります。  何といいましょうか、改革の方の案も、私の承知しておるところ、これについては支給は対象外になっていたと認識しておるのですが、その点どうでしょうか。
  126. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 大臣からの逆の御質問もいただきましたけれども、私ども改革案は、そうした差別をつくってはいけない、こういう観点で、時間もないのであれですけれども、そういう差別をっくってはいけないということで、一貫した今までの葬祭料と同じ扱いをしようというふうにしているわけでございます。  大臣もう一回、ちょっと確認ですが、四十四年四月一日以降の、ここで線が切られるわけでございますが、当然、今回の政府案特別葬祭給付金ですか、これは現行の葬祭料と全く違う新たな要素として、違う性格のもの、内容を見ても支給対象者を見ても全然違うわけでございまして、政府案では、配偶者、子、父母、孫、兄弟姉妹までいくわけですね。そうしますと、これがあくまで生存被爆者対策、こういう位置づけなんでしょうが、それをもって「尊い犠牲を銘記する」、こういう目的になっておるわけですね、特別葬祭料を出して。そうしますと、まさに四十四年三月三十一日を境に国のとうとい犠牲の銘記の仕方が異なってくるということになるのではないでしょうか。  もう既に四十四年四月一日以降は処理されているんだ、制度があったんだというふうに御説明ありましたけれども、そこの時点で考えれば、この新しい制度を導入することによってとうとい犠牲の銘記の仕方が変わってくる。そんなものを被爆者は非常に耐えられない思いで見ているわけでございます。そこのところをお尋ねしているわけでございます。
  127. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 現行の昭和四十四年以降の葬祭料、それから今、新法の中で提案をさせていただいております特別葬祭給付金との関係でございます。  これは先ほど来大臣からもお話しさせていただいておりますように、生存被爆者対策の一環、そういう制度の枠組みの中でやるという考え方が基不でございますが、現行の葬祭料につきましても、御承知のように、その当時、被爆者が日ごろから抱いておられる死に関する不安感など特別の精神的な不安を和らげるために、死と密接に関係する葬祭という行為に着目をして創設をくれた制度でございまして、広い意味での生存被爆者対策といつ一環の中に、この葬祭料を支給するという制度も位置づけられていたわけでございます。現在もそういうふうに位置づけられているわけでございます。  命回の新法の中での特別葬祭給付金ということにつきましても、これは先ほど大臣も申しましたように、いわゆる二重の特別の犠牲ということに着目をいたしました生存被爆者対策の一環としてこれを実施をするという考え方でございますから、そういう意味において、生存被爆者対策という一つの枠の中で給付なりの公平というものは保たれているという考え方でございます。  これは先ほどのお話に戻るかもしれませんけれども、私どもの考え方としては、いわゆる亡くなった方に対する弔慰金的なものではなくて、かつ一般戦災者との均衡ということを考える上で、生存被爆者対策という形でこの制度を位置づけたものでございます。
  128. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 時間もございませんが、今の説明、十分よくわかっております。私申し上げたいのは、生存被爆者対策として特別葬祭給付金が支払われる、そのことによって、この法律を見ると、とうとい犠牲の銘記をする、こうなっているわけですね。これは大変複雑なやり方なんですけれども、なかなか国民にはわかりにくいと思います。  そうしますと、四十四年の三月三十一日以前に亡くなった方についてはこの制度は受けられる。それ以降の方については、確かに葬祭料はあったかもしれませんが、二重の苦しみを受けた方もいらっしゃるわけでして、例えば四十四年の四月一日以降に亡くなった方で葬祭料を既にもらった、あるいはもらった方でいいでしょう。しかしながら、その方には今回の特別葬祭給付金の対象となるような親族がいらっしゃって、その方は当然いただかれないわけでございます。そうしたまさに反射的な利益として明確にこの時期を境に差が出てくるということを被爆者は極めて恐れているわけでございまして、新たな差別だ、このようにおっしゃっているわけでございます。そうしたものを持ち込むということが、明年五十周年を迎えるときに果たして適当な配慮なのかどうなのか、そのことを今申し上げているわけでございます。  時間もございませんので、新たな差別を呼んでいるというこの事態に対して、大臣どういうようにお考えなのか、最後にお伺いしたいと思います。
  129. 井出正一

    ○井出国務大臣 昭和四十四年四月以降に亡くなった方の場合は、それ以前に比べまして国の原爆二法等によります施策もそれなりに充実してきたということで、今回のこの法律ではこの四月一日の時点をもって前の後の、差がつくといえばつくかもしれませんが、後の方はかなり充実しておったということで御理解をいただけるものと考えておるところであります。
  130. 桝屋敬悟

    ○桝屋委員 今お答えになろうとした趣旨は理解できないわけではないわけですが、私が被爆者の皆さんの直接のお声を聞きますと、やはりそれなりの制度があったというそれだけで理解できる状況ではないわけでして、私は新たな差別を持ち込む今回のこの特別葬祭給付金の制度、これについてはぜひ一考をお願したいというふうに思うわけでございます。そういう意味では改革案を何としても私どもは主張してまいりたい、このことを最後に申し上げて質問を終わりたいと思います。  ありがとうございました。
  131. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 石田祝稔君、
  132. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 改革の石田祝稔でございます。大臣並びに改革の提出者に、これから若干の御質問をさせていただきたいと思います。  午前中にも参考人の方からるるお話をお伺いをいたしまして、お三人の方に来ていただきましたが、それぞれにある種の感慨を持たれまして、ようやくここまで来たか、こういうふうなこともしみじみとおっしゃっておりました。  しかしながら、三人ともそれはお立場がそれぞれ違いますので、全面的に賛成という、もう胃にすとんと落ちるという感じでは三人とも全員がそうではなかったのですが、それぞれに、ここまでこぎつけてくれた。これは政府案に対してもそうでしょうし、私たちの案に対してもそれぞれ思いがあろうと思いますけれども、国会審議まで被爆者援護法が来た、こういう感慨深い面持ちでお話をくれておりましたのが午前の非常に印象深いことでございました。  しかしながら、それとともに、やはりここまでやってきたので、何とか私たち気持ちもあと一段酌み取っていただければ、こういうふうな意味のこともおっしゃっておりましたので、きょう参考人の方にすばらしい大変貴重な意見もちょうだいをいたしましたので、そのことも踏まえて、またそのことも中にまぜながら御質問をさせていただきたいと思います。  まず大臣にお伺いをしたいと思うのですが、今回のこの政府案、先ほども桝屋議員の方から、井出厚生大臣もかつて一緒にこの法案づくりに携わって、その延長線上で我々改革の案も出たんだ、こういうこともおっしゃっておりました。大臣は、今大臣という立場でございますが、この政府案に対して、これはある意味では一〇〇%御自分の今までの思いが達成されている法案であるのかどうか、まずそのことをお聞きをしたいと思います。
  133. 井出正一

    ○井出国務大臣 今回の政府案でございますが、本年八月に新しい連立与党に設けられた戦後五十年問題プロジェクトにおいて最優先課題として検討されてまいりまして、今月の初めに三党間で合意が成立して、それに基づいて法案化したものであります。こうなったのも、戦後五十年という一つの大きな節目を迎えるということと同時に、昨年、旧連立の皆さん方がこの問題に取り組まれたことも、その流れといいましょうか、前の方には無論あったと私は認識しております。  そこで、この政府案、私自身個人的にどうだという御質問でございますが、私も昨年、旧連立の背くんで御論議されている中で、いわゆる被爆者団体の皆さんの御要望もそれなりにお聞きをいたしまして、何とかそれに沿う方法はないかなと考えたことは事実でありますが、先ほど来申し上げておりますようないわゆる戦争責任の問題と、それから一般戦災者への何というか、整合性といいましょうか、波及、こういった問題をどうやってクリアできるのかなという問題で、きちっとした解答が見出せないまま、むしろその後の新しい与党の御論議なんかを踏まえたり、これまでの政府考え方などを勉強してまいりまして、まあ今回この案が現状ぎりぎりのところではないかな、こう思っておるところであります。
  134. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 率直に胸のうちをおっしゃっていただいたのではないかというふうに私は思いますが、それでは、これはちょっと専門的なことも入るかもしれませんので局長で結構ですが、この法案、私の知る範囲では、今まで余り政府の方で積極的に援護法を出そうという機運はなかったのではないか。原爆二法というものがあります、こういうスタンスでずっと来られておったように私は思いますが、今回政府案として提出をされるようになった経緯と申しましょうか、どういういきさつ、どういう議論を経て政府案として成ったのか。  我々はもちろん野党でございますから議員立法という形しかございませんので、私たち、そこにお三人座っていただいて、提案者として答弁することで控えていただいておるわけですが、これは本来、私は、自民党、社会党、さきがけの皆さんが議員で提案をしていただいて、お互いに議員提案同士で意見交換をした方がよかったのではないかなというふうにこれは正直思いますけれども、今政府案として現に出されておりますので、この政府案として出されるまでになった経緯について、ちょっと過去も振り返りながら御答弁をいただければありがたいと思います。
  135. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 この問題についての議論の経過については、先ほど大臣からお話があったとおりでございまして、ことしの八月、連立与党の中での戦後五十年問題プロジェクトの最優先課題としてこの被爆者援護法の問題が位置づけられた。その後、数回以上だったと思いますが、与党の中でのプロジェクトの議論の結果、十一月の初めに議論が一応集約をくれ、一つの方向が出され、与党並びに政府としてそれを法案化するという作業に入ったということでございますので、連立与党の決定を受けて私どもが具体的な作業を十一月の初めからやって、この二十二日に国会の方に提案をさせていただいたということでございます。
  136. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 済みません、保健医療局長にもうちょっとお聞きをしたいのですが、そうするとあれですか、十一月になる前の段階までは、いわゆる行政府としてはこの援護法という形はお考えになっていなかったということでしょうか。
  137. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 戦後五十年問題プロジェクトの中では、この援護法の問題につきまして、過去のいろいろな議論あるいは関係団体の議論、そういうものを踏まえた幅広い議論があったというふうに承知をしております。  その議論の中では、私どもは事務的には議論に直接ということではございませんけれども、資料の提出等参加をいたしておりましたので、そういう与党の中での五十年問題の与党の結論の過程の中で、与党といいますか連立与党が結論を得て、それを政府において法案の形にしたということでございますので、先ほど来先生がおっしゃっておられます援護法について、政府としてといいますか、払お許しをいただければ事務的な立場でどうだったかということであえて申し上げれば、私が申し上げるのもあれでございますが、この問題については、先ほど来御議論がありますように、かなり政治的ないろいろな議論が今まで政党間でありましたので、そういう意味では、私どもは与党の中でのこの結論が出るのをある意味では待っていたという部分はあったと思います。
  138. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 大体私たちも、昨年、細川連立内閣をつくって、約九カ月ほど与党の経験もさせていただいたわけですが、ある意味ではいろいろな法案は我々が言うというよりも、もう大体役所の方で仕込まれておって、その芽はだんだん役所の中では育てている、それがそのときに出てくるということで、いろいろな法案というものをそのときに考えたのではなくて、もう実は一年、二年前からそれぞれの部局で温めておられて、そういうものが法案という形で最終的に与党の承認を得て出される、こういうふうなことがある意味では多かったわけですね。ほとんどそうだと言っても過言ではないと思います。  そうしますと、今回の法案も、まくしく政府案についてお聞きをしたいのですが、これはまくしく政治が主導して、いわゆる政党レベルでの議論が先にあって、そしてこれが政府案として出てきている、こういう認識でよろしいでしょうか。これは大臣に答弁をしていただいた方が、局長ではない大臣の方がいいと思いますが。
  139. 井出正一

    ○井出国務大臣 この問題につきましては、政党によりましては本当にもう二十年来考えてこられた党もございますし、かなりそれについては慎重であるべきだという党もあったものですから、なかなか合意を見るに至らないで今日まで来たわけであります。しかし、先ほど申し上げましたように、五十年という節目の年を迎えるに当たって、昨年来の旧連立の皆さんの動きなんかももちろんこれはあったと思います、そして今度、新しい連立の中でも大変長い間御熱心にこれを進めてこられた社会党さんももちろん入っておられたものですから、そういう皆くんと自民党、どちらかというと今まで慎重でいらっしゃった、この新しい与党の協議が八月から、それこそ大変、短いといえば短いですが、熱心な、真摯な御論議でようやく合意点を見出せた。  したがいまして、厚生省としましてはそういうのに関心はもちろん持っておりましたけれども、厚生省の方から、例えば、場合によっては国家補償とかあるいは戦争責任につながるような問題も含んでおりますし、一般戦災者あるいは対外的な問題にまで及ばないとも限らない。そうなると一厚生省だけの問題じゃなくなるものですから、そこらはやはり与党の判断も待たなくてはなりませんし、合意が得られるまでは、事務的な連絡といいましょうか、お手伝い役で終始してきたわけでございます。
  140. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 ですから私は、今回、法案の中身はいろいろ今議論をくれているところでありますけれども、私たち改革ももちろん政治主導でこれは出したわけですし、政府案も、局長また大臣の答弁をお聞きをしますと、やはり政治の決断があって、それでこういう法案を出した。ある意味でいえば非常に、法案の中身そのものの議論は別にして、形としてはこれが一番正しい姿じゃないだろうか。政治が決断をして、ある意味では官僚がお手伝いをしていただいて、そしてそれで政治主導で事が進んでいく。そういう意味で、私何回も御質問をして確認をさせていただいたわけでございます。  そうしまして、今度は改革の側にお聞きをしたいのですが、法案取りまとめに至る経緯について、私、実は心配しておりますのは、今のマスコミの論調を見ますと、この法案を政争の具にしているんじゃないかという、我々から見れば非常に、下世話に言えば頭にくるような書き方をしております。ですから、これは単に思いつきで出したんじゃなくて、それなりの経緯があってこういう結論になっていると思いますので、ぜひその経過について御説明をいただきたいと思います。
  141. 高木義明

    ○高木(義)議員 お答えをいたします。  私どもがこの問題に取り組むに当たりましては、四つの大切な要件があったと思っております。  まず一つは、これまでも、委員御指摘のとおりに、この議論は今日まで長い間続いておるわけであります。参議院においては二回可決を見た、衆議院においても、議論はされておりませんが否決という事態ではない。そういう議論に加え、今日、来年は被爆五十周年を迎えるわけです。被爆者高齢化をしております。したがって、この節目を外すと恐らくこの議論はもうまとまっていかないであろう、こういう切実な気持ちがございます。したがって、何としてもこの五十周年を決着の年にしたい、こういう強い願いでございます。  二つ目は、原子爆弾の特殊性について、いわゆる核兵器の非人道的、しかも大量殺りくにつながるこの兵器の恐ろしく、被害の特殊性、こういったものを再認識をして、まさに非核宣言、非核三原則は我が国の国是となっておるように、内外にこの機会にこの決意を明らかにする、これが一つでございます。  三つ目には、これまで確かに原爆二法でそれなりの被爆者対策は進めてこられました。私たちはこの努力については評価をいたしております。しかし、なおまだこれでも被爆者ニーズにこたえ切れてない部分があるのではないか、そういう見地から、この際総合的に被爆者の福祉の向上に役立つものにしなければならぬ、このようなテーマでございます。  四つ目には、何といいましても、これらの法案作成に当たっては、国の責任をくらに明確にしていこう。すなわち、その責任とは何かといいますと、昭和五十三年の最高裁判決あるいは五十五年の基本懇の答申、そして先ほども述べられておりますように昭和五十六年、当時の園田厚生大臣の答弁、これらを総合的に考えましても、国家補償的配慮というのはもう明確に私たちは訴えでいいのではないか。そのことによって大きな問題は、今の現状であれば国民の合意を得られる範疇にあるのではないか。  そういう意味で、我々は新しい観点に立ってこれまでの議論を精査をしてまいりました。そのことが、昨年十二月に旧連立与党被爆者援護法に関するプロジェクトチーム、この十数回にわたる議論の大きな一致を見るポイントであったと思っております。したがって、この法案については、財政的にも、あるいは国民の皆さん方、見てくれる立場からしても、合意できるものではないか、こういうことでございます。
  142. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 政府案、改革案の取りまとめに至る経過についてお伺いをいたしました。  それでは、法案そのものについてちょっとお聞きをしたいのですが、大臣、大きな問題をお聞きをしますということで、きのう質問通告で余り細かく一々に申し上げておりませんでしたが、政府案の、いわゆる法案の星ですね。星という言い方をするとちょっときれいな、ですから法案の目玉と言った方がいいかもしれません。この法案を特徴づけているものというのは一言、一日といえば難しいかもしれませんが、この法案はこういう内容ですばらしいんだ、いわゆるこれを星と申しますけれども、それは大臣どういうふうにお考えになっていらっしゃいますか。
  143. 井出正一

    ○井出国務大臣 被爆後五十年が来年でございます。そういった節目のときを迎えるに当たり、一方、被爆者の皆さんの高齢化はどんどん進んでおるわけでございます。そういった環境の変化を踏まえて、現行の被爆者対策保健医療、福祉にわたって総合的に充実発展させる対策を講じる必要がより出てきたと考えておりますし、この際そういったものを進めるに当たって、より国の責任というのも明確化しながら、あのような悲惨な戦争犠牲に思いを寄せて、再びあのような時代にならないようお互いに誓い合うというところにあるのかな、こう考えております。
  144. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 大臣は、この政府案の星は国の責任をより明確化したことだ、こういうふうなお答えでございましたが、同じことを改革の皆様にも、提案者の皆様にもお聞きをしたいのですが、改革案の星というものは何でしょうか。
  145. 斉藤鉄夫

    斉藤(鉄)議員 お答え申し上げます。  改革案のポイントは三つ、星は三つあるかと思います。  一つは、「国家補償的配慮」という言葉を使いました。現行二法におきましても、これは先ほどの最高裁判決、また基本懇の報告にも明らかなように、社会保障の性格とともに国家補償的な側面も持つ複合的性格を持ったものだ、このことが国家補償的配慮という言葉で表現され、入っている。今までの現行二法では、根底にそういう精神がありながらそれが明記されていなかった。今回の我々が出した案は、その「国家補償的配慮」、その精神を明記した、これが第一でございます。  第二は、特別給付金の創設でございます。昭和四十四年四月一日以降に亡くなった方は、特別措置法におきまして国家の関心が表明くれております。葬祭料という形でその死に対して国家の関心が表明くれております。それ以前の方には今まで国家の関心が表明くれておりませんでした。それを特別給付金という形で国家がその被爆者の死に対して関心を表明する、これが二番目でございます。  三番目は、各種手当年金という形にいたしました。非常に年をとられて、手当という形ですと、その更新手続等、大変な御苦労をくれている。ところが、もう現実には名前は手当でも年金と変わらない性格を持ったお金、これはその手続を簡略化するためにも年金にした方がいいのではないか、これが三つ目でございます。  この三点が星でございます。
  146. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 まくしく今政府案、改革案の私が星ということでお聞きをしましたが、政府案は「国の責任」、そして改革案は三つあるということでお話がございましたが、この改革案の三つの星と言われたそのもの、そこの部分が大きく言えば政府案と違ってきている、こういうことだろうと思います。  それで、私は、立法政策、立法者の意思ということについて少々議論、またお聞きをしたいと思いますけれども、いろいろな法律が一年間に百本くらい通るのでしょうか、本数を数えたことはございませんけれども、その中には、ある意味では立法者の意思、こういう目的を持って、目的が大体第一条に書かれておりますけれども、こういうことでこの法律をつくるんだ。ですから、その立法の意思を明確にすればするほど、やはりこれはほかのものまで広がるのではないか、こういうふうな心配をなくすためにある意味では立法の意思というもの、立法者の意思、立法政策、こういうことを明確にしていくんだろうと私は思います。ですから、いろいろな法律を見ますと、例えば一々名前は申し上げませんけれども、いろいろな意味立法の意思が反映された法律が、その範囲から漏れた人から見たら何でおれたちにもないんだろう、こういうことも私はたくさん法律の中にはあると思います。これはいろいろな給付金、そういうものを見ても私はたくくんあろうかと思います。  ですから、この立法政策と立法者の意思ということについて、今回政府案、改革案はそれぞれどのような立法政策のもとにこれをやられておるのか。例えばこういうふうな問題意識、こういう立法政策のもとにこういう考え方でやっているんだ、ですから、ほかの部分に少なくとも波及していくとかそういうことではなくて、このことでがちっと固めているんだ、こういうことがあろうかと思いますが、そこのところ、ちょっと漠然とした質問でこれは申しわけないのですが、立法者の意思というものはどういう形でここに貫かれておるのか、ちょっとお聞きをしたいと思います。
  147. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 政府側の提案しております法律案につきましては、先ほど来大臣からもお話をしておりますが、被爆後五十年のときを迎えるに当たり、核兵器の究極的根絶あるいは恒久の平和を念願するということとともに、高齢化をしてこられた被爆者方々の総合的な援護対策というものを国の責任において行うということを基本にしているわけでございますが、くらに今おっしゃいましたことに関連して申し上げれば、基本は、年ほど来申し上げていることでございますが、生存被爆者対策ということを考え方の基本にしているということは申し上げられるんじゃないかと思います。     〔委員長退席、鈴木(俊一委員長代理着席〕
  148. 冬柴鐵三

    冬柴議員 我々は、原爆という兵器が他の兵器とは際立った違い、特殊な損害を多くの国民に与えた、そのような観点、どういうところが違うかといいますと、急性的な、原爆が炸裂した瞬間に放出される放射線、熱線あるいは爆風、数十万気圧にも及ぶ爆風、想像を絶する爆風、こういうようなものが多くの人を都市とともにこの世から消えさせてしまったという大変な、他の兵器では考えられないものを国民に与えた。それとともに、もう一つ際立った違いというのは、放射線障害であります。これは急性的な障害以外に、被爆後五年あるいは十年あるいはそれ以上たってから晩発障害というものを起こす。これが被爆者にとって大変不安であり、またこの障害が白血病あるいは甲状腺がんという、大変治癒することが困難な障害を与えている、こういうことが他の兵器による被害とはもう際立った違いがある。  そういう点から、我々は、これに対して単に政府が今まで原爆二法で説明してきたような社会保障制度の粋の中に閉じ込めてはいけない、なぜこういうことが起こったのかというところに思いをいたくなきゃならない。これはほかならぬ国家が戦争を遂行したという、その結果起こったことでありますから、ここを直視しなければならないというのが我々の哲学であります。これをどう評価するか、これはまた講学上のいろいろな問題であり、そこは基本懇でも相当詳細に述べているところであり、我々はそれと思いが違うとかいうことではなしに、そこで分析されたことをそのまま受け取っているわけでありまして、政府は、今回の立法においても牢固として今までの社会保障制度の中にこの被爆対策を閉じ込めようとしている。それは五十三年の判決あるいは五十五年の基本懇の精神から後退している。  どの点が後退しているかといいますと、その二つはいずれも社会保障制度の中に閉じ込めてはならないということを言っているわけです。そして、ここにやはり国家補償的配慮、一つは広い意味における国家補償的見地、そういうものに立たなきゃならない。基本懇の中でも、単に社会保障制度と認識することは適当でないということをきちっと言っているわけでして、その二つの答申等、そしてまた、それを守りますという答弁を大臣がされた後である今日、この枠からまだ後退する立法をくれようとすることは我々は納得できない。そういう意味で、我々は、そういう流れの中で一般国民にも御納得いただける、国民的合意が得られる、その範囲で今回の立法をしよう、そこが我々の哲学であるというふうに考えております。
  149. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 私がこのことをお聞きをしましたのは、今回いろいろと改めて勉強くせていただきまして、地裁の判決文がございますが、それを読みまして感じたことがございましたので、きょう、その立法政策、立法の意思ということをあえてお聞きをした次第でございます。  これは若干長くなって、資料を読むのはどうかと思いますけれども、この三十八年十二月の東京地裁の判決の最後にこう書かれております。  このように考えてくれば、戦争災害に対しては当然に結果責任に基く国家補償の問題が生ずるであろう。現に本件に関係するものとしては「原子爆弾被害者の医療等に関する法律」があるが、この程度のものでは、とうてい原子爆弾による被害者に対する救済、救援にならないことは、明らかである。国家は自らの権限と自らの責任において開始した戦争により、国民の多くの人々を死に導き、傷害を負わせ、不安な生活に追い込んだのである。しかもその被害の甚大なことは、とうてい一般災害の比ではない。被告がこれに鑑み、十分な救済策を執るべきことは、多言を要しないであろう。続きまして、しかしながら、それはもはや裁判所の職員ではなくて、立法府である国会及び行政府である内閣において果さなければならない職員である。しかも、そういう手続によってこそ、訴訟当事者だけでなく、原爆被害者全般に対する救済策を講ずることができるのであって、そこに立法及び立法に基く行政の存在理由がある。終戦後十数年を経て、高度の経済成長をとげたわが国において、国家財政上これが不可能であるとはとうてい考えられない。われわれは本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおられないのである。 これは三十八年の判決ですから、その後御努力をいただき、対策も充実をされてきていると思いますけれども、やはり「政治の貧困を嘆かずにはおられない」というこの東京地裁の判決を読んでおりまして、私たち自分の立場として非常に深く思いをいたすところがございましたので、若干長くなりましたけれども引用させていただいたところでございます。  それでは、改めてちょっと個々の問題についてお伺いをしたいのですが、今回のこの法案は、原爆二法、これをなくして一つの法案にするということになっているというふうにお聞きをしておりますけれども、この二つの法律と今回の政府案との関係というのはどういうふうになっておりますでしょうか。
  150. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今回の政府案は、現行のいわゆる原爆二法、原爆医療法並びに特別措置法を内容的にはそのまま引き継いで、新たな施策をそれにつけ加えるといいますか、充実発展をくせた性格のものでございます。  したがって、新たに盛り込みました具体的な内容というのは、先ほど来お話のございましたいわゆる前文というものを設け、その中で国の責任というものを明確化したこと、あるいは特別葬祭給付金の支給、平和を祈念するための事業の実施、それから、従来、健康管理手当等に設けられておりました所得制限の撤廃、それから予算措置で行ってまいりました福祉事業の法定化並びに原爆の放射線影響研究につきましての調査研究の法定化といったようなことを新たに法律としては盛り込んでおりますが、それ以外の、現行の原爆二法に規定されております医療給付あるいは各種手当の支給ということについては、引き続き同様の措置をしていくという内容にしているところでございます。
  151. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 それでは、済みません、局長、もう一度確認させていただきたいのですが、ある意味では二つの法案を一つにして今回の法案ができていると。ですから、これで今までの原爆二法と今回の政府案でつけ加わったものと削られているものというのは、これはどういうふうになりますか。
  152. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 法律事項としてつけ加えられているものと申しますのは、特別葬祭給付金の支給、あるいは平和を祈念するための事業、それから福祉事業の法定化、それから調査研究ということが主なことかと思います。もちろん、先ほども申しましたような前文そのものの中に書かれております基本的な考え方、これは従来のものにはなかったものでございます。  それから、削られているものというお尋ねでございましたが、これは、法律上の、法制上の技術的な問題としては、先ほど私申し上げました所得制限の撤廃というのは、所得制限を課すという条文を削除しているという意味においては、従来あったものがなくなっていたという部分かと思います。
  153. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 それで、先ほど来からいろいろな方も、また前回も御質問なすったと思いますけれども、この上記の二法、いわゆる原爆二法には、やはり三十八年の東京地裁また五十三年の最高裁の判決で、私も読ましていただきましたが、広くある意味では国家補償的配慮がその根底というのですか、その底には流れているというふうな書かれ方をしておりましたが、そういう意味で、今回前文に「国の責任」ということは確かに書いてはおりますけれども、その段階で国家補償的配慮という精神が流れているというふうに裁判所の判決の中でも書かれている、それと比べてどうなんだろうという疑問は、これはやはりついて回るのではないだろうか。ですから、大臣また政府の立場としては内容的に一歩も二歩も進んでいる、こういうお立場であろうかと思いますが、片やそういうふうな我々の素朴な疑問もございます。ですから、これは裁判所の判決等で述べられているような補償的配慮というものがある意味ではその部分から後退したのじゃないか、こういうことについては、大臣また局長、どのようにお考えでしょうか。
  154. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今お触れになりましたのは昭和五十三年の最高裁の判決の部分かと思いますが、最高裁の判決の中では、「国家補償的配慮が制度の根底にあることは、これを否定することができない」ということで、「例えばこということで、具体的な例としては、私の理解ではここの部分に特に具体的な例として「資産状態のいかんを問わず常に全額公費負担と定めていることなどは、単なる社会保障としては合理的に説明しがたいところでありこ云々というようなくだりがあるわけでございますが、その「国家補償的配慮」という、これは最高裁の判決で、判断でございますから、この限りにおいて私どもは、こういう考え方がこの制度の中にあるということは、最高裁の判断として尊重をしなければならないと思っております。
  155. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 そうすると、ですから今回のこの法案と昭和三十二年にできた医療法またその後の措置法、これをあわせて今回になった、そして削られたところ、つけ加えられたところを私聞きましたけれども、「国家補償的配慮」ということに関しては、局長もそういうものが裁判所の中で言われているということは認識している、こういうお考えであろうと思うのです。ですから、後退した印象がどうしてもぬぐえない、私たちもこういう疑問があるのですが、そこのところをいま一度明確にお答えいただけますか。
  156. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 被爆者対策につきましては、私どもは従来、現在もあれでございますが、原爆二法というものによってやってまいりまして、その対策内容そのものは年々かなり充実をしてきたというふうに考えております。もちろん不十分な点もあるという御指摘はあるわけでございますが、全体としては、被爆者高齢化ということに合わせた福祉対策ということも拡充をしてきたつもりでございます。  それで、最高裁が言っておられます「国家補償的配慮」というその言葉自体を私どもが提案しております政府案の中には入れていないわけでございますけれども、これは先ほど大臣からもお話がございましたように、国家補償という言葉がいわゆる多義語でありますし、あるいは講学上の言葉、表現というような言い方もあろうかと思いますが、具体的に法文の中にこれを入れた場合にどういう意味をあらわすのかということについては、その法案内容によってくるのだろうというふうに思っております。特に、今回議論をされておりますこの援護法の問題というのは、戦争の結果起こった被爆者に対する国の給付ということが議論の中心になっているわけでございますから、やはり国の戦争責任に基づく補償というような問題あるいは他の一般戦災者との均衡といった問題、そういうような問題を考えますと、私ども政府案では、「国家補償」という言葉はこの中には使わなかったわけでございます。
  157. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 今局長は、国家補償という考え方については、定義と申しましょうか、一義的にまだ解釈が定まっていない、こういうふうなお話でしたけれども、そうすると、大体それは受け取る人によっていろいろな解釈の仕方があるだろう、こういうことでおっしゃっている。だろうと思うのですが、その国家補償ということを言われたときに、今のところ、局長また政府のお考えとしてどういうふうな受け取られ方があるのか。これは幾つか精査をされておっしゃっているのだと思いますけれども、ちなみに、どういう考え方がございますか。
  158. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 国家補償について一般的に言われている幾つかの考え方というのは、一つは不法行為責任に基づきます損害賠償、いわゆる国家賠償でございます。具体的には、国家賠償法に基づく国家賠償とかそういうようなものが該当すると思います。それからもう一つは、御承知の遣法行為に基づく損失補償という考え方でございます。それからもう一つは、使用者として行う補償というものがございます。もう一つは、結果責任に基づく補償という、この四点ぐらいがあるのではないかと理解をしております。
  159. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 国家補償について、四つぐらいあるんだ、こういう御答弁でしたけれども、実はきょうの午前中の参考人質疑の中でも、参考人の方がこういうことをおっしゃっておりました。お名前は申し上げませんが、政府案にも国家補償考えがちらちら見える、こういうふうな参考人の方の御意見もございました。これはどこを指して言われたのか、私が質問したわけじゃありませんので、そういうお答えがございまして、やはりそれはちらちら見えるんだけれども、どうも一つの体系としてからっと固まってないという意味なのかなとも思いながら聞いたわけです。ですから、最高裁でこういうふうに根本にそういうのがある、国家補償的配慮というものがあるということも言われておりますし、また局長も、そういう判決というものはよく承知している、そういうこともおっしゃいました。ですからあえて、国家補償はどういうことがあるんでしょうか、こういうこともお聞きをしたわけですが、ですから、私が当初申し上げましたように、ある意味でいえば、ここまでこぎつけられたということは大変なことだろうと。  これは今、法案、我々は対案を出しておりますから、立場は違うわけでありますけれども、それは一つ大きな努力をされたのじゃないか。その中で、参考人の方、この方は長くこの問題、運動に携わってきて、端的に、政府案の中にもちらちら見えるんだ、こういうふうなこともおっしゃっておりましたので、それは一つ御紹介を申し上げたいと思います。  それで私は、個別の問題で若干お聞きをしたいのですが、特別葬祭給付金ですか、これはどうもやはりよくわからないのですね。これは先ほどもお聞きをしました立法政策、こういう趣旨でこの法案、ここの特別葬祭給付金をつくるんだ、そういうお考えでつくられるのは一つの考え方であろうかと思いますけれども、やはり午前の参考人の方も、政府案はちょっと整合性がとれてないのではないか、こういうふうなお考えをおっしゃっておりました。私も実はそういう感じがいたします。  特別葬祭給付金一つとりましても、葬祭料と比べてそこのところ、葬祭料と全然日があかないように葬祭給付金でくっつくわけですね、二十年の八月六日からずっと、ある意味でいえば。亡くなった方、また亡くなった方の遺族の方に対して、時系列的に見れば、断絶なく三月三十一日まで、四月一日から葬祭料がスタートしていますから。ですけれども、その中身を見ると、葬祭料というのは葬祭を行った者に対して払う、こうなっている。ですから、本人が被爆者である必要は全然ない。また遺族である必要もない。そういうところから、その手前になったら、四十四年三月三十一日以前の者については、葬祭という言葉は入っておりますけれども、本人が被爆者でなければいけない、また被爆者遺族でなければいけないという二つの縛りがかかっている。ですからこれまた、先ほどの委員の方からも質問ありましたけれども、新たに差別、区別を生むのじゃないか、こういうこともあったわけですが、二重に条件をつけて、葬祭という言葉も、まあこれは言葉にこだわるのはよくないかもしれませんけれども、ですからちょっとわかりにくい、非常に整合性がとれていないのじゃないか、そういうふうな気がいたしますが、ここのところはどうして二重に条件をっけられたのでしょうか。
  160. 井出正一

    ○井出国務大臣 原爆の投下から被爆者対策の充実を見るまでの間に亡くなられた方々が経験された苦難は、先ほど来も申し上げましたが、想像に余りあるものがございまして、そのことから、自分自身被爆者としてこうした死没者の苦難をともに経験された御遺族の方は、今先生御指摘のように、いわば二重の意味で特別な不安や精神的な苦悩を今なお有していらっしゃると考えられるわけでございます。そういった方々に対して、特別葬祭給付金は、被爆後五十年のときを迎えるに当たり、生存被爆者対策の一環として国による特別の関心を表明し、生存被爆者精神的な苦悩を和らげようとして設けたものでありまして、これを二十年八月六日、九日までさかのぽれることと、それからいわゆる一般戦災者へは及ばないという論理づけから考えてこういう特別葬祭給付金という制度を設けたものであります。
  161. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 ですから、ここは全く別のことになっているわけですよね。ですから、ここの四十四年三月三十一日以前の人をどうするんだというそういう問題が起きたときに、四月一日以降の葬祭料の中でその範疇と考えていくとどうしても政府の立場からすればまずい、こういうことで二重の条件つきをしているんだろう、私はこういうふうに推察をいたします。  やはりそれで、私が立法政策、立法の意思ということをお聞きをしたのはまさしくそこのところでして、やはりいろいろな法律をつくるときに、その法律の対象から外れる方もたくさんいると私は思います。生活保護法もそうだろうし、例えば老齢福祉年金という年金もございます。これはもう全額国庫負担で、本人は掛金を払っていない。それも、昭和三十五年ですか、年金制度が発足したときにもう掛けられないということでこれは全額国の負担でお金を出している、掛金も掛けていない。ですからこれは、じゃ私は何でだめなんですかとそのとき四十九歳の人が言っても、これは一つの立法政策として、そういう人にはこういうことで上げますと。これは立法の意思として明確になるだろうと私は思うのです。  ですから、今回の法案の体系そのものも根本のところは、要するに、原爆被爆者をどうするんだということが根本であろうと私は思うのです。ですから、そこの根本の立法の政策、立法の意思のところをやはりからっと押さえて、それを堅持するという考え方で臨まれれば余りそういう、いろいろ御心配な点もあろうかと思いますけれども、やられて整合性がないじゃないかと参考人の方もおっしゃられるようなことにはならなかったのじゃないか。被爆五十周年をこの法案で本当にいいのか、こういうふうなこともおっしゃっておりました。六十年、七十年になったときに五十年を振り返ったときに、本当にこの法案でよかったのですか、こういうふうに言われないだろうか、こういう意味のことも実はおっしゃっておりました。ですからそういう意味で、私は、立法の意思、立法政策ということもお聞きをしたわけであります。  それで、ここのところでちょっと具体的に何点がお聞きをいたします。  この特別葬祭給付金で、こういう例はどうでしょうか。被爆直後から現在の葬祭料が支給される一九六九年以前の例として、被爆者と結婚をし、その後遺族となった。本人は被爆者ではない。今回、特別葬祭給付金は支給されるでしょうか、どうでしょうか。
  162. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 現在の政府案では、特別葬祭給付金を受給できる者は生存被爆者ということになっておりますので、今先生のおっしゃった例は支給の対象にはならないと思います。
  163. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 あと二つお聞きをします。ですから、今二つまとめてお聞きをします。  例えば、二十年八月六日また九日、県外からその地を訪れて死亡したケース、遺族被爆者ではない、こういうケースと、そしてもう一つは、義父母、配偶者の御両親を原爆で失い、被爆した妻も死亡、しかし本人は原爆投下時、外地で従軍をしておった、この二つの場合はどうでしょうか。
  164. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今言われた二つのケース、いずれも現在生きておられる方は被爆者でない例を言っておられると理解をいたしましたので、現在の政府案では対象にはならないということでございます。
  165. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 これは、改革案は特別給付金ということになっておりますが、改革案ではこの三点、もう一度申し上げますと、一点目が被爆者と結婚しその後遺族になった、本人は被爆者ではない例、それから県外から訪れて被爆をして死亡してしまったケース、それから三番目が配偶者の両親または奥さんも死亡、しかし本人は外地で従軍しておった、こういう場合は改革案ではどうなりますでしょうか。
  166. 斉藤鉄夫

    斉藤(鉄)議員 改革案では、死没した被爆者の方一人につき十万円遺族に支払われます。ですから、いずれのケースにおいても支払われます。三番目のケースは、死亡した人が複数でございますので、その十万円掛ける複数倍遺族に出るということになります。葬祭を行う者一人につき十万円が出るということでございます。
  167. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 ちょっと時間の関係もございまして、最後に遺族の範囲についてお伺いをしたいのですが、政府案でまずお聞きをしますと、三十三条の特別葬祭給付金の第二項のところで、葬祭給付金を支給する遺族の範囲が書かれておりますが、「前項の遺族の範囲は、死亡者の死亡の当時における配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹とする。こういうことで書かれておりますが、死亡者の死亡当時の胎児というのは特別葬祭給付金の範疇では遺族に入るのでしょうか、入らないのでしょうか。
  168. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今先生のお話しになりましたこのことは、私どもこの法律をつくるに際しまして法制局の方とも大分詰めた議論をいたした部分でございますけれども、政府案特別葬祭給付金は、御自身被爆者であって、死没者の方々の苦難をともに経験した遺族ということに着目をして給付をするものでございますので、今お話しになりました死没者が死亡された時点において出生をされていなかった方については対象としないというものでございます。  この問題については、こういう方を対象とした場合には、政府案の基本といたしております生存者対策というものを離れて、その給付金の性格がより弔慰金的なものになるのではないかというのが私どもの考え方でございます。
  169. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 これは亡くなった胎児という意味ではありませんよ。その後出生されたという前提で、遺族ということですから、残されているわけですから、それで被爆者のところの認定は胎児も被爆者として認定をする、こうなっている。だけれども、葬祭給付金の方では遺族の中に入れない。そうすると、これは、一つの法律の中で被爆者の部分と特別葬祭給付金の受給資格といったらおかしいのですけれども、そこの、本人が被爆者であるというところと遺族であるという二重の条件があるんですが、片一方では被爆者として胎児を認定して法律の中に入れようという考え方がありながら、片一方では排除している。これは、一つの法律の中でおかしいんじゃないでしょうか。
  170. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 私どもの考え方としては、御自身被爆者であって、死没者の方々の苦難をともに経験した遺族ということに着目をしておりますので、考え方として今おっしゃったことを入れないということについては理論的な矛盾はないと思っております。
  171. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 そうすると、それは、御本人が例えば胎児ですから、半年後ぐらいに生まれるわけですね。そしたら、お母さんもお元気だったら、お母さんも被爆して、本人も被爆して出生された、そしたら、ともに苦労されておるんじゃないんですか。
  172. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 死亡の時点で胎児のまま亡くなった人はだめだという意味でございますから、後……(石田(祝)委員「いや、遺族と言ってますから、遺族という範囲の中で胎児がなぜ入ってないんですか」と呼ぶ)実は、死亡の時点での胎児ですから、例えば具体的に言いますと、お父さんとお母さんがおられて、お母さんのおなかの中にその胎児の方がおられた、そのお父さんが、その方が生まれる以前に亡くなったという場合には対象にならないということを申し上げているわけです。
  173. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 ですから、生存者対策といいながら、結局苦労をともにしてという、お母さんも、だから本人が被爆者ですから、胎児が。お母さんも被爆されているわけですね。それで、ずっとともに苦労されている。生存者対策といいながら、そこのところはぽっこり抜け落ちでいると思うんですよ。例えば、生まれて一日の人はよくて、胎児はだめだ。ですから、これ、なぜかといいますと、改革の案にはちゃんと「死亡者の死亡の当時胎児であった子が出生じたときは、前項の規定」ですから特別給付金の規定においては「当該死亡者の死亡の当時における子とみなす。」こういう、改革案にはからっとそれがうたわれているわけです。そこのところが政府案では、生存者対策といいながら、抜け落ちているんではありませんか、こういうことを私は申し上げているんです。  最後に御答弁いただいて……。
  174. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 その胎児の方が生まれた後、お母さんが亡くなったという場合には、もちろんそのお子さんである方も当然被爆者でありますから、支給の対象者になるということでございます。
  175. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 どうもそこのところが若干認識が違っているように私は思います。  最後に、時間になりましたので、大臣、まだ私たくさん聞きたいことが残っているんですが、与えられた時間がもうこれで終わりますので、大臣に最後にこの法案成立に対する、我々は対案を出していますから、法案成立の決意を聞くのもおかしなものなんですけれども、お考えを伺って終わりたいと思います。
  176. 井出正一

    ○井出国務大臣 先ほど来、石田先生冒頭御指摘のように、戦後五十年にしてこういう形で被爆者援護法が衆議院のこの委員会で審議されるに至りました。長い道のりでもあったという考えもおありでしょうし、私も、ここまでそれぞれの英知あるいは協議の結果まとまってきた法案でございますから、ぜひ成立をさせたい。しかも、被爆者の皆さん、年々もう日に日に高齢化が進んでいらっしゃるという意味では、もうこの時期を失しちゃうとまたチャンスを先っちゃうということも考えられますから、ぜひ成立をさせていただきたいと思っておるところであります。
  177. 石田祝稔

    ○石田(祝)委員 終わります。
  178. 鈴木俊一

    ○鈴木(俊)委員長代理 山本孝史君。
  179. 山本孝史

    山本(孝)委員 改革の山本孝史でございます。十一月二十五日にも質問をさせていただきましたが、若干補足をしながら御質問をさせていただきます。  これは政府案で言っている四十一条「平和を祈念するための事業」に関してでございますが、この法律の趣旨に従いまして今度広島や長崎において慰霊あるいは原爆関係資料の展示の施設ができるということになります。ただ、被爆地を訪問できる国民の数というのは、これは外国人も含めてかなり限られているのではないだろうか。また、原子爆弾による唯一の被爆国として、核兵器の脅威を世界の人々に知らしめるためには、多くの人々が訪れる東京にそういった原爆関連資料の展示施設があってもよいのではないかというふうに思うわけです。  午前中の参考人の皆様にもお伺いをしましたら、皆様同じ御意見でございまして、今度におられませんけれども、自民党の戸井田先生も基本的には賛成だなというふうなお考え、御賛同をいただきましたけれども、現在の政府の基本構想では平和を祈念するための事業に関連する施設の建設地は広島と長崎だけになっております。という意味で、今私が御質問を申し上げた点で、東京に施設もあってよいのではないかというふうに思いますが、厚生省の見解をお伺いします。
  180. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 この政府案の中でございます平和を祈念する事業につきましては、今後具体的に内容を検討していくわけでございますが、その中の慰霊施設につきましては、今山本先生お触れになりましたように、平成四年ごろから基本的な考え方についての議論を学識経験者の方々にお願いをして取りまとめをしていただいてきております。その委員の中にはきょうたまたま参考人として出られました伊東先生にも入っていただき、また広島、長崎の地元の方々にも入っていただいたわけでございますが、基本構想の報告書の中では、施設の設置場所としては、原爆の問題は当然のことながら広島、長崎と密接な関係があり、かつまた被爆者の方あるいは遺族の方も多いというようなことを考慮すると、やはり施設を両市に設置することが適当ではないかという意見をいただいております。  その御意見の過程の中では、私もきょうは参考人先生方意見を傍聴いたしておりましたので、東京というようなことも御発言があったということは私も聞いておりますけれども、そういう意味で、私どもが現在考えておりますこの慰霊施設については、被爆地であります広島、長崎というものを念頭に置いておるところでございます。
  181. 山本孝史

    山本(孝)委員 今御答弁で慰霊施設としてはという前段を置かれて長崎、広島にということで、確かにそれは慰霊施設としてはそうでしょうけれども、この平和祈念事業の建物の具体的内答としては資料、情報の収集あるいは平和祈念のための展示というような項目があるわけですけれども、その点からいけば広島、長崎だけに限定しないで東京にも置くというのがこの法律立法精神の趣旨により沿っているのではないか。そういう観点からの御質問なんですが、重ねて御答弁をお願いします。
  182. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 私ちょっと言葉が足りなかったかもしれませんが、この施設の中において慰霊とか平和祈念といった事業に加えまして、国内外の情報の収集あるいは資料、情報の継承の拠点といったような機能を考えているわけでございまして、そういう機能を持った施設について広島、長崎に国として設置をしていきたいというのが現在の考え方でございます。
  183. 山本孝史

    山本(孝)委員 午前中の参考人の皆さん、特に伊東先生東京にも置いたらどうだという意見を言ったら皆さんに一蹴されてしまったということで、大変残念がっておられました。  ただ、国としてやるということが、今広島、長崎にあるいわゆる原爆資料館と違ってこれは国がやるんだから一歩進んだのだろうという評価はしておられるのですけれども、何回も申し上げているように、例えば修学旅行で子供さんが長崎、広島に行くといっても数は限られているだろう。外国人の方々で長崎、広島に足を運ばれる方にはやはり限りがあるだろう。という意味東京にそういうものを置いたらどうだろうというふうに思うわけです。  今九段に平和祈念館をつくろうということで構想が進んでおります。建物が斬新過ぎるということで若干建設がストップしておりますけれども、ここの平和祈念館の、前回二十五日も御質問したのですが、まだ展示内容の検討までには至っていないというのが厚生省の御回答でしたけれども、ここで原爆被害についての展示をするということは大変に大きな意味があるのではなかろうか。新たな施設をつくるのは、なかなかお金の、今の行政改革の状況もあるでしょう。しかし、こういう平和祈念館ができるのであれば、そこにそういう原爆関係の資料を展示するのはどうなんだろう。  今回のこの法律立法の趣旨として、何としてもこういう核兵器究極的廃絶に向がっての決意を新たにする、あるいは原子爆弾惨禍が繰り返されることのないよう恒久の平和を念願する、そういったことを国の責任として行うのだというふうに言っているわけですので、この平和祈念館で、原爆被害それからこの被爆者の皆さんの戦後五十年間の生活状況、そういったことも含めて十分な展示が行われるように特段の配慮をするということは、これはできることではないかというふうに思います。厚生大臣の決意をお伺いをします。
  184. 井出正一

    ○井出国務大臣 九段で今計画中の戦没者追悼平和祈念館、これは仮称でございますが、これは、終戦後五十年近くが経過し、戦後生まれの世代が国民の過半を占めるようになり、さきの大戦に関する記憶が風化しつつある中で、戦没者追悼の意を表する施設であるとともに、戦争に関する歴史的事実、なかんずく戦中戦後における国民の生活上の労苦を後世代に客観的に伝えることを通じて、国民の平和を希求する心を内外に伝えることを目的として設置しようとするものであります。  ただ、今申し上げましたように、本施設は御指摘の事例のみを対象とする施設ではなく、また祈念館の展示のあり方については実はさまざまな御意見が今あるところでございまして、本施設の事業については、御指摘の事例もどのように取り扱うか否かを含めて、今後有識者の皆さんから成る委員会で検討をしていただこうか、こんなふうに考えておるところであります。
  185. 山本孝史

    山本(孝)委員 今回の被爆者援護法と申し上げるとうちの方の法律になっちゃうのかもしれませんが、政府被爆者援護対策のこの法律、しかも前文を置いてきちっと国の責任として我々は恒久平和を祈念して、しかもこういう事業をやるんだということを言っているわけですから、これは厚生大臣として十分に御指導なさればできることだと思うのですね。原爆資料の展示だけをやれと言っているわけではなくて、そこにも十分配慮をして抜け落ちることのないようにしてほしいということを言っているわけですから、これは政治がやれる、あるいは大臣の一言でやれることだと思うので、有識者の検討に任せているということではなくて、ここで政府の姿勢が問われるわけですから、きっちりとした御答弁をお願いしたいと思います。もう一度お願いします。
  186. 井出正一

    ○井出国務大臣 実は、ことしの二月ですか、この戦没者追悼平和祈念館の展示テーマの案の概要について有識者から成る検討委員会で検討し、展示事項の一つに原爆投下というテーマも取り上げられてはございます。  たた、展示主体で最初のこの検討委員会は進んでおったのですが、もうちょっと違う資料の方がいいのじゃないかというような御意見も実は委員先生方の中に今出ておるものですから、それらも、先ほど申し上げましたように、当然展示となればこういうテーマも何らかの形では対象になるのは当然だ、私どもこう考えております。
  187. 山本孝史

    山本(孝)委員 何らかの形では対象になるというその一冒に望みをかけて、ぜひしっかりと今の御決意を守っていただきたいというふうに思います。  せっかくの施設ができる、繰り返しますけれども、そこのところにもひとつ政府の姿勢が見えると思いますので、被爆者援護法を出されたという立法の趣旨、前文のところをよく御理解いただきたい、その線に沿って施策を講じていただきたいと思います。  きょうは文部省の方にも来ていただいていますので、文部省の方に質問をさせていただきます。  学校教育の中で、この核兵器あるいは核の被害の問題、そして被爆者援護の問題について触れていくということも、今回の法律前文にうたっている恒久平和の実現のためには大変重要な問題であろう、視点であろうという観点で御質問をさせていただきます。  学習指導要領を見せていただきました。核兵器廃絶に関する記述がかなりあちこちに出ていることは一定の評価ができるというふうに思います。しかし、今回のこの法案審議を通じて、被爆者団体の、被爆者の皆さんの思い、あるいは法律を提案している私たちの思いというのは、この核兵器廃絶ということになろうと思います。その思いの根底にあるのは、この核兵器が持っている特筆すべき非人道性、つまり、通常兵器とは異なってこの核兵器の非人道性。みずからの健康に対する恐怖であるとか、あるいは次世代に放射能の影響が受け継がれるのではないかといったような思い、今も体の中から当時のガラスの破片が出てくるという、五十年たっても実際肉体的なあるいは精神的にも被害が続いている、そういう核兵器の非人道性に問題があるのだろうと思います。  ということでいけば、先ほどの原爆資料の展示と同じなのですけれども、この法律案の趣旨に基づいて、政府は国の責任において学習指導要領の改訂、これは十年に一度ぐらいの改訂だと思いますけれども、次期改訂の折に、今回法律が出てきた、あるいは通ることを念願していますけれども、成立をしたということにおいて、核兵器の非人道性や、あるいは戦後五十年間苦しんできた被爆者の苦悩ですとか、あるいは被爆者の健康への恐怖感ですとか、そういったものについても、小中学生に十分理解できるような形で教育というものを通じて取り組んでいかなければいけないのではないか、そういうふうに思うわけです。  そういった意味で、何としても、学習指導要領がそういうふうになっていないと現場の先生は動けませんでしょうから、学習指導要領の改訂を次期する際に、今申し上げているような核兵器廃絶、今回の法律が成立したとかいうようなこと、あるいはそこに盛り込まれた趣旨、そういったものを要領の中に盛り込むというお考えはありませんでしょうか。文部省の御見解をお伺いします。
  188. 河上恭雄

    ○河上説明員 今御指摘ございましたように、現行の学習指導要領におきましては、直接にその原爆被災者の援助とか救済ということについての記述はございません。しかし、御指摘ございましたように、核兵器あるいはその核兵器の脅威について着目させるという記述はございます。  ちょっと具体的に申しますと、高等学校の日本史の中で、我が国においても広島、長崎への原子爆弾の投下を初め空前の戦禍をこうむったことに着目させて指導をすることとしておりますし、現代社会におきまして、第二次世界大戦において我が国原子爆弾が投下されたことを踏まえ指導することとされております。それを受けまして、教科書の中でも被爆者の体験談というようなものが記述されておりますし、原子爆弾の投下による残された課題としまして被爆者の救済が大事な問題であるというようなこと、あるいは被爆者への福祉の充実が今後の課題だというような記述もございます。  学習指導要領は、教育課程の大綱的な基準としましてはぼ十年ごとに従来改訂をされてまいりました。教育課程審議会の審議、そしてそれを受けました専門家の会議、その審議を踏まえまして作成されるものでございます。  今の指導要領は平成元年に告示をされまして、小学校で平成四年度から、中学校では平成五年度から、それから高等学校では今年度から実施されたばかりでございます。したがいまして、現時点では今の指導要領の中身について定着させるということが大きな課題でございます。次の学習指導要領の改訂はもう少し時間を置いてということになるかと思いますので、今先生が御指摘になりました問題につきましては、私ども、そういった御指摘があったということを承っておきたいというふうに思っております。
  189. 山本孝史

    山本(孝)委員 質問通告がないので、質問したらまた怒られてしまうから言いませんけれども、修学旅行で小中学生が行かれるあるいは高校生が行かれる、なかなかそこは難しい問題もあるのかもしれない。すなわち距離的な問題として、あるいは時間的な中で。でも、できるだけ小さいときにきちっと実物教育というか、話に聞くということも大切です。広島に行ってぜひ被爆者の声を聞いていただきたいと思うし、そういう展示資料を通じて原爆被害の悲惨さというものも認識していただきたい、そんなふうに思っているのです。もし文部省の方もお力があれば、ぜひ東京にそういう資料展示ができるように政府全体として働きかけをしていただきたいというふうに思います。  実は、もう一省、外務省の方にも来ていただいているので、こちらの方にも御質問をさせていただきたいのです。  八月三十一日の総理の談話で平和友好交流計画という計画が発表されました。これは、日本の加害者責任を明確にするため、今後十年間に一千億円の規模で、外務省それから文部省、総務庁、各省庁が一緒になって人物交流を中心とした事業を行うという内容になっています。  「目的」としては、御存じない方もおられるといけませんので一応読ませていただくと、   我が国は、先の大戦の反省の下に、平和国家の理念と決意を政策に反映する努力を重ねてきた。 云々で、   今後とも、このような立場に立ちつつ、明年の戦後五十周年を機会に、いわゆる従軍慰安婦問題を含め、我が国の侵略行為や植民地支配なとがアジア近隣諸国等の多くの人々に耐え難い苦しみと悲しみをもたらしたことに対し、深い反省気持ちに立って、不戦の決意の下、世界平和の創造に向かって力を尽くしていくことが必要。   このような見地から、アジア近隣諸国等との関係の歴史を直視し、また、これら諸国等との相互理解を一層増進することによって、ともに未来に向けた関係を構築していくことを目的とする。こういう形で、十年間一千億円という内容になっております。  申し上げたように、外務省、文部省、総務庁と各省庁にわたっているのですが、きょうは外務省の皆さんにお伺いをさせていただきます。  外務省の方の平和友好交流計画を見せていただきました。さまざまな人物交流が行われるというふうに内容ができております。特にオランダ、イギリス、それから太平洋諸島、オーストラリア、ニュージーランド、それらの国々の青年を日本に招いて、高校生はホームステイあるいは高校生活の体験などを通じて日本の青年との交流を行う、そういう内容になっております。  ただ、私の問題意識として、これまでのこういう若い人たちの交流というものを見ておりますと、何か問題意識の欠如したものになって、ただ一日か二日か会っただけで、それで終わってしまうのだという、余り実りのないと言ってしまえば言い過ぎかもしれませんけれども、そういった青少年交流というのが多うございます。それは日本の側の青年の方の問題意識の欠如というのが一つにはある。したがって、今文部省の皆さんにお願いをしたように、学習指導要領の改訂だとか、あるいは学校教育の現場でのこの核問題あるいは平和の希求というような内容を変えていかないと、こういう国際交流というのも実りのあるものになっていかないのではないかというふうに思うわけですね。読みましたように、この平和友好交流計画は、不戦の決意を新たにして、世界平和の創造に向かって力を尽くすというのがこの計画の内容になっているわけです。  お尋ねなんですけれども、単なる交流にとどまらせないために、今回の被爆者援護法のこの趣旨にあります、核兵器究極的廃絶に向けての決意を新たにして、原爆惨禍が繰り返されることがないように云々と書いてあるわけですから、そういった内容を一層普遍的に具現するために、今申し上げている、この外務省がおやりになる平和友好交流計画の中での招聴される外国の青年の皆さんが原子爆弾被爆地である広島、長崎を訪問されて、被爆の実像を学び、被爆者との交流をする、さっき申し上げたような、体験者の声を聞く、そういったことを通じて、戦争の愚かさですとか、核兵器廃絶の決意ですとか、あるいは被爆体験の歴史的な意味の問いかけですとか、そういったものをともに考える場として提供するということが、この平和友好交流計画を真に実りのある交流計画にしていくのではないか、そして、世界平和の創造に向かって力を尽くしていくということになるのではないかというふうに思うわけです。  こういった点についてぜひ御配慮をいただきたいと思うのですが、とりわけこの広島、長崎を訪問して云々ということをやっていただけないものだろうかということで、外務省の方の御見解なりお考えをお聞かせをいただきたいと思います。
  190. 田中均

    ○田中説明員 お答えを申し上げます。  先生御指摘の平和友好交流計画というのは、まさに先生が御説明していただきましたとおりでございまして、その中で、まさにその過去の反省というものを未来につなげるということから、二つの柱がございまして、一つは歴史研究支援事業ということでございまして、もう一つの柱が、委員が御指摘になりました各種の交流。この交流の中にはいろいろな意味の知的な交流も含むということでございます。まさに先生が御指摘のとおり、こういう交流計画というものをおざなりなものにしないで、できるだけ実のあるものにしていくというのがまさに私どもの決意でございまして、現在政府の中で具体的にどういう計画を実行していくかということを検討いたしております。  実は、その交流の中には、各国、先と言われました欧州の諸国とか大洋州もそうでございますが、アジアの近隣諸国というのが中心でございまして、そういう交流の中で、まさにいろいろな人に日本に来てもらうということも大きな柱になっておるわけです。  これまでもそうでございますが、広島とか長崎に行きたいという外国の方は実は大変多うございまして、私どもも、明年度から始めたいと考えておりますプログラムの中で、今先生が御指摘になったような広島、長崎への訪問、それから実のあるディスカッション、そういったものを実現していくということを前提に置いて、できる限りそういう方向でプログラムをつくってまいりたいというふうに考えております。
  191. 山本孝史

    山本(孝)委員 ぜひよろしくお願いをします。広島、長崎を直接、やはり百聞は一見にしかずで、見ていただくということが大変に大きな前進であろうと思いますので、よろしくお願いをいたします。  それで、もう一点、あわせて、この交流計画の中に、アジア・太平洋ジャーナリスト会議というものも計画をされておられますわ。海外の関係国の報道関係者、マスコミの皆さんが来られて、日本会議をなさるというような内容になっ一でおりますけれども、ぜびこの会議も広島や長崎で開催をしていただけないものだろうか。  今、広島、長崎訪問を希望される外国の方たちが多いというお話でありましたけれども、マスコミの皆さんにメディアを通じて広島、長崎からぜひ発信をしていただくことが、これまた日本の核問題あるいは恒久平和に取り組んでいる姿勢をあらわす上でも絶好の機会になるのではないかというふうに思いますので、その辺、いかがでございましょうか。もう一度お願いをいたします。
  192. 田中均

    ○田中説明員 お答えを申し上げます。  アジア・太平洋ジャーナリスト会議、まさにこれから具体的に詰めていくということでございまして、直ちにこの場で、広島、長崎で開催を考えますというお答えはできかねますけれども、委員の御指摘も念頭に置いて考えてまいりたい、こういうふうに思います。
  193. 山本孝史

    山本(孝)委員 ありがとうございました。ぜひょろしく御配慮をいただくようにお願いをいたします。  きょうは、前文に盛り込まれたこの被爆者援護法精神に基づいて質問をさせていただきました。法律を早く通さないといけないと思いつつ、なかなか難しい問題があります。しかし、前回も申し上げました長年の被爆者団体の皆さんのお気持ち、あるいはこうして社会党の皆さんも含めて法律法案をつくってきました私たちの思いもこもっております。ぜひ、どちらの案でもいいと言うと問題があろうと思いますが、改革案が通る方がいいわけですけれども、一歩前進のためにも、法律の成立に皆さんの御努力、御協力をいただきたいと思います。  前文に書かれたこの高尚な精神を単に文字だけに終わらせるのではなくて、今私御質問申し上げたように、いろいろな手だてで、この前文に盛り込まれた精神を実現していく手だてがあろうと思います。厚生省さんだけではなくて、恐らく文部省、外務省あるいはほかの省庁にもまたがっていくと思います。ぜひ厚生大臣には先頭を切って頑張っていただいて、この法律が本当に生きた法律になるように御尽力いただくようお願いを申し上げて、質問を終わります。  ありがとうございました。
  194. 鈴木俊一

    ○鈴木(俊)委員長代理 岩佐恵美君。
  195. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 委員会の最中に何か理事会が断続的に開かれたりして、私、ずっと座っておれなかったので、質疑がちょっとダブるかもしれませんけれども、その点御容赦をいただきたいと思います。  まず、政府案の「国の責任においてこという問題ですけれども、これは、先ほどの答弁から、基本懇の線に沿ったもの、広い意味での国家補償の見地ということであるというふうに聞いておるように思うのですけれども、その点、もう一度お伺いをしたいと思います。
  196. 井出正一

    ○井出国務大臣 御指摘の「国の責任においてこと八う意味でございますが、これは、原爆放射能という、ほかの戦争被害とは異なる特殊の被害に関し、その特殊性に照らして、高齢化の進行など被爆者方々の実情に即応した施策を講ずる必要があることから、事業実施の主体としての国の役割を明確にしたものでございまして、その意味からは、国の戦争責任意味するものではないと認識しております。
  197. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 「国の責任においてこという言い方ですけれども、未帰還者留守家族等援護法で「未帰還者が置かれている特別の状態にかんがみ、国の責任において、その留守家族に対して手当を支給するとともにここう使われているわけですけれども、この法律考え方が同じなのかどうか、違う点があるのかどうか、その点について伺いたいと思います。
  198. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今回の政府案におきます前文の「国の責任においてこの表現は、ただいま大臣の方からもお答えを申し上げましたが、原爆放射能という、他の戦争被害とは異なる特殊の被害に関して、その特殊性に照らして、高齢化の進行など被爆者方々の実情に即応した施策を講ずる必要があるということから、事業実施主体としての国の役宙というものを明らかにしたものてございます。  一方、今お触れになりました未帰還者留守家族等援護法におきます「国の責任において、」ということでございますが、当時のソ連、中国等の諸国と我が国との間の国際関係から、これら諸国にあった軍人軍属等の未帰還者に対しては、我が国としては外交保護権を行使し得ない事情にあったという特別の事情にかんがみて、これらの者の帰還等については国の重大な責務であるとして、これらの者が果たすべき扶養義務にかえて、その留守家族に対する援護等を国において行う趣旨をあらわしたものだと理解をしております。  したがって、両方の用例の意味というのは完全に同じということではございませんけれども、いずれも国の戦争責任を認める趣旨のものではないという意味においては、両方に共通をしているのではないかというふうに理解をしております。
  199. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 未帰還者留守家族等援護法も、軍人軍属だけではなくて、一般国民も含まれているわけですね。この法律は、明らかに国の開戦という行為、要するに戦闘行為に伴った危険責任についての補償ではないかというふうに思うんですけれども、その辺はどうなんでしょうか。
  200. 佐野利昭

    ○佐野(利)政府委員 ただいま保健医療局長の方からも御答弁申し上げましたように、この当時の国際情勢から見まして、特別の関係のあった国に対しましては外交保護権を行使できなかったというそういう国の責任を感じたものでありまして、いわゆる戦争責任をここで果たしているというような法の趣旨ではございません。  なお、未帰還者留守家族等援護法の対象となる一般邦人につきましても、これは昭和二十年の八月九日以後に旧ソ連地域等に抑留された方々でありまして、その限りにおきましては、旧ソ連地域等における軍人軍属の皆さん方と同様の事情にある者として同法の援護対象とされたものであります。
  201. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 この法律ができるときに、政府の答弁の中で、「国が特別の関心と同情を持ち、国が特別の責任を感じてここの法律をつくったんだというような答弁があるわけですね。結局、戦争責任ということをきちっと明確にしていかない。そういう中で、いろいろなこういうケースがあれこれ出てきて、それで、このケースについてはこうしょうとか、このケースについてはああしようとかというようなことで、その場のいろいろな対応といいますか、そういうことがされてきているんじゃないかというふうに思うんですね。  それで、もし、被爆者援護法についても国の責任というのが、「国が特別の関心と同情を持ち、国が特別の責任を感じてこみたいなそういうレベルのことであるならば、これはもう全く今まで議論されてきたこととは違う。やはり、国が明らかに戦争を行ったということによって多くの一般の人々に被害を与えた、先ほどの午前中の参考人質疑の中にもありましたけれども、本当に一般被害者の方が率が高いという実態を導き出しているわけですから、そういう点で、国家補償の基本に立ってこの問題を考えていく、そういう必要性があるということを私は改めて感じるわけです。  その上で、原爆被爆者対策基本問題懇談会、その報告との関係について、改革の皆さんが出された対案、これがどういう関係にあるのか改めて伺っておきたいと思います。  先ほどのやりとりでは、基本懇の立場と何ら変わらないということをちょっと聞いたような気がするんですけれども、そういうことで伺いたいのと、それから、この基本問題懇談会の報告について、改革の皆さん、先ほど、国家が戦争を遂行した、そこは直視しなければならない、基本懇と思いが違うというものではない、率直に受けとめているというような感じのちょっと答弁があったような気がするんですけれども、そこのところをもう少しわかりやすくお伺いをしたい。つまり、報告についてどう考えておられるのかということを伺いたいと思います。
  202. 冬柴鐵三

    冬柴議員 基本懇に対する評価、これは、この基本懇を現時点で素直に読んでみますと、政治論と法律論というものを峻別をしまして、まず法律論ではこういうふうになる、例えばこういうことを言っています。戦争を遂行したという国の行為によって原爆被災という重大な結果が生じている。この場合に、この法律関係をとらえて、直ちにこれを憲法十七条に言う国家賠償とかそういうことでとらえるのではなく、戦争遂行行為というものを、違法行為であるとか、あるいは故意あるいは過失がある、いわゆる不法行為責任の要件ですけれども、そういうことは捨象しても、国がその起こった結果というものについて相応の補償、相当の補償、こういうものをする、しなければならない、こういう観点に立って、これを広い意味における国家補償の見地に立つという施策だと、こういうふうに説明をしていられるわけであります。  したがいまして、その後には受忍限度論とかいろいろな展開があります。弔慰金あるいは遺族年金についてこれを否定するような記述もあります。それは当時、五十二年、基本懇が出てきた当時の被爆者方々がこの基本懇の結果を非常に期待を持って注視していたという状況下においてこれをすぐ眺めたときに、この書かれていることを冷静に読み取って評価はできなかったんじゃないか、そう言われてもそれは不思議ではなかったんじゃないかというふうに思うわけです。  しかし、今の時点でこれをよく読んでみますと、法律論としてはそうだけれども、政治論としてこれをどう扱うかということについてはまた別だということもあわせて述べていられるわけであって、現時点で私どもは、そういう意味で国の被爆者に対する対策が、従来社会保障制度の中へ閉じ込めようとしていることは遣切でないということをはっきり述べているくだりとか、あるいは法律的にはそうだけれども、立法政策的にはまた違う観点が開けてくるんだというそういうところも読み取りますれば、私はこれは評価できる報告書である、そしてまた、最高裁の判決、これを否定することなくそのまま引用しているところも私は評価ができると思うわけであります。  したがいまして、改革の案は、主にこの二つの文献というものを基礎にして立案をすべきだということで意見の一致を見て、ここに国家補償的配慮に基づく対策ということを基本に置いて起案をした、こういう経過があります。
  203. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 基本懇の中身について少し政府の見解を伺っていきたいと思いますけれども、基本懇は、アメリカ原爆投下が「無警告の無差別的奇襲攻撃」であり、「人間の想像を絶した地獄を現出した。」と述べ、その犯罪性、残虐性を認めているわけですが、ところが、この原爆投下が「戦争終結への直接的契機ともなった。」逆に美化をしている。この点についてどう政府はお考えでしょうか。
  204. 井出正一

    ○井出国務大臣 基本懇の報告書の中に、今先生がお読みになられた、最後のところだけ申し上げますが、「その無警告の無差別的奇襲攻撃により、前代来聞の熱線爆風及び放射線が瞬時にして、広範な地域にわたり多数の尊い人間の生命を奪い、健康上の障害をもたらし、人間の想像を絶した地獄を現出した。そして、これがひいては戦争終結への直接的契機ともなった。」こう述べていることは事実でございますが、御指摘のこの箇所は、原爆投下の歴史的な位置づけを客観的に述べたものであって、原爆投下の事実について積極的な評価を与える趣旨のものではないと私は認識しております。  原爆の投下が国際法上違法かどうかという議論もあるところでございますが、厚生省としては判断を申し上げる立場にはございませんが、その絶大な破壊力あるいは殺傷力のゆえに人道主義の精神に反するものであることは事実である、こう考えております。
  205. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 しかし、実際には「戦争終結への直接的契機ともなった。」ということは、これがあったから戦争終結に向かったんだと素直に読めるわけですね。  広島の平岡市長が国連NGO軍縮特別総会に出席をしたときに、アメリカ代表の「原爆投下は、戦争を早く終結し、米兵や日本人の犠牲を最小限にするためやむを得なかった」との発言に対して、次のように反論しておられます。  一九四五年の初めには戦争の決着がついていた。一九四四年の夏には、米ソ中三カ国が「戦後の新秩序」として国際連合の青写真を検討している。日本では、一九四四年九月十五日に「第十一回最高戦争指導部会議」が開かれ、中米英独ソとの平和工作が論議されている。一方、アメリカは、一九四五年七月十六日に初の核実験をやり、その二十日後に広島に、八月九日に長崎に原爆を落としている。一体なぜ急いたのだろうか。私は、戦後の世界への発言権の確保だったと思いますが、被爆者の中には、人体実験の対象にされたという疑念を抱いている人が多い。最近米国で放射能の人体実験が明らかになった。とするなら、「実験の標的にされた」という疑念は否定できないと思う、こう言われているわけです。  そうすると、この基本懇の中の表現というのは、アメリカの言い分がそのまま入れられているんじゃないかというふうに思うのですけれども、その点はいかがでしょうか。
  206. 井出正一

    ○井出国務大臣 先ほど申し上げたことに尽きるわけでございますが、原爆投下の歴史的な位置づけを客観的に述べたものでございまして、それによって積極的な評価を与える趣旨のものではないと私は解釈をしておるところでございます。
  207. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 人体実験だったかどうかという点について最近明らかになったことですけれども、当時海軍将校だった若木重敏さんの研究によりますと、原爆投下機のエノラ・ゲイが警報解除させ、反転、急襲したということなんです。  アメリカの大型爆撃機三機が広島方面に向かってきたため、午前七時九分警戒警報が発令されたが、通り過ぎたため七時三十一分に解除された。ところが、播磨灘沖で反転して、八時十五分広島を急襲した。反転から広島までの距離が近過ぎたので、警報も出せなかった。若木さんは、警報解除後、人々がほっとして防空こうの外に出て、しかも鈍感になっているのをねらい爆撃し、極めて能率的に人々をあの閃光で焼き殺し、あの爆風でけがをさせ、人間の大量虐殺に成功したのです、こう言っておられるわけであります。  この研究というのは、本当に多くの人たちにショックを与えているわけですね。人体実験ではなかったと言い切れない、そういう被爆者の疑問を裏づけるようなものであったということもあるわけです。ですから私は、今大臣が答弁されましたけれども、そういう認識というのは甘いのではないかというふうに思うのですけれども、再度その点、伺っておきたいと思います。
  208. 井出正一

    ○井出国務大臣 再三繰り返しになりますが、歴史的な位置づけを客観的に述べたものだと考えております。
  209. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 ことし五月にマスコミで報道されたことですが、厚生省が、将来の核戦争を想定して、原子爆弾傷害調査を行う計画をGHQに提出していたということなのですが、このことについて、どう厚生省は認識をしておられるのでしょうか。
  210. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今おっしゃったような意味で、厚生省が核戦争を想定して云々というようなことは、全く私ども承知をしておりません。今おっしゃったのは、ことしの五月の新聞に出た、原爆傷害調査を行うに当たっての、厚生省側が提出をしたというようなことかと思いますが、これについては、具体的にはその当時の資料等が残っておりませんので、具体的なことは承知しておりません。
  211. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 この資料を発見された笹本さんという方が、GHQに厚生省の側から調査をしようということで持ちかけていたというそういう資料を発見しているのですが、一九四八年といえば、多くの被爆者原爆症にかかわる医療と暮らしで大変な苦しみを強いられていた時期だ。こうしたとき、国はこの機会を失うべきではないと、年間千五百万円もの予算を使って、被爆者を救うための施策は何もせずに、苦しむ被爆者の傷病を長期にわたって徹底的に調べようというのですから、残酷そのものです。当時の金で一千五百万円あれば、原爆病院をつくって、被爆者の治療もできたはずです。被爆者をモルモット扱いしたのは、アメリカ側だけでなく、日本の厚生省が一体だったことがわかり、政府責任が厳しく問われます、そう言っているわけであります。  先ほどから言っているように、アメリカが核を日本に落とした、そのことについての責任認識、それから、これは日本戦争を起こした結果引き起こされたものである、そういう面では日本責任もあるわけですね。そういう双方が被爆者に対して、本当に被爆者の苦しみを救うというか、苦しみを解決する、そういう立場に立つのではなくて、被爆者の傷病を徹底的に調べて、それで今後のいろいろな核戦争を想定したものに役立てていこうというようなことがやられていたのじゃないかということで、非常に批判があるわけです。  厚生省は、この事実について、何かわからないということでしたけれども、そういうことであるならば、ちゃんと事実を調べて、どう考えるのかということについてきちんとしていく必要があるのじゃないかというふうに思いますけれども、その点どうですか。
  212. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 ことしの五月にそういう新聞報道があったということは承知しておりますが、それについて関係者の間でいろいろ聞いてみましたけれども、いずれにしても昭和二十三年の時点での話だということで、具体的な事実なりあるいはこの新聞で言っておりますような資料については、私どもは把握はしておりません。
  213. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 国の責任というのは、本当に戦後そういう苦しんでいる被爆者が放置をされてきた、そういうところに痛みを感じていかなければいけないということがあると思うのですけれども、その点、こういう事実関係などもきちんとしていかなければいけないというふうに思います。  さらに、基本懇の問題ですけれども、基本懇では、原爆被害が特別の犠牲であるからといって、他の戦争被害者に対する対策に比し著しい不均衡が生ずることがあってはならないというふうにした上に、「旧軍人軍属等に対する援護策は国と特殊の法律関係にあった者に対する国の施策として実施されているもので原爆被爆者を直ちにこれと同一視するわけにはいかない。」と言っているわけですね。  同じ敗戦国であるドイツでは、戦争犠牲援護法が制定され、軍人軍属、準軍属に限定しないで、広く戦争によって被害を受けた者を援護している。例えば、結核入院中の患者が空襲警報で狭心症発作を起こして死亡した、この遺族補償する。あるいは少年が戦争中弾薬を操作しでけがをした、戦争特有な危険の事後的効果によるものとして補償している。  原爆被害者を国家補償とすると他の戦争犠牲者の問題に波及するからというのは逆であって、日本政府は軍人軍属、準軍属を除いて戦争犠牲者に対する援護を総合的に行ってこなかった、そういうところに問題があるのではないかというふうに思うのですね。これは午前中も伊東参考人からもこの点話がありましたけれども、すべての戦争被害者に対して補償するということをしてこないことに問題があるというふうに思っているわけですけれども、憲法の原則からいってもその点はそうされるべきだというふうに思いますけれども、大臣のお考えを伺いたいと思います。
  214. 井出正一

    ○井出国務大臣 一般戦災者に対する補償の問題は、厚生省の所管ではございませんが、私個人としての所見を申し上げますれば、さきの戦争において、すべての国民がその生命、身体、財産等について多かれ少なかれ何らかの犠牲を余儀なくされてきたという事実については、大変重いものとして認識しているところでありますが、こうした犠牲については、基本的には国民一人一人の立場で受けとめていただくほかはないものと考えております。
  215. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 ある新聞社の社説で、被爆者を含め市民の死没者は六十万人前後といわれている。これは戦場となった沖縄県民十万人弱を含む。十分ではないが、沖縄県民には別途の方策が実施されている。仮に一般戦災者遺族被爆者と同程度の補償をしても、それほど大きな財源は要らない。もはや軍で働いて戦死、戦病死したか、市民として空爆などで死んだかで、差をつけるべきではないと述べているわけですけれども、戦争犠牲者に対する援護を総合的に行ってこなかったからこそ、従軍慰安婦の問題を初め、次々と要求が噴出してくるのではないでしょうか。戦争を遂行した、あるいは戦争に従事したそういう人たちだけに補償するということではなくて、本当に戦争被害者に対して本来なら国があまねく補償する、そういう考え方がなければいけない。あるいは、外国に出ていって、それで外国に大きな被害を与えた、そういう人々にだって補償しなければいけない。従軍慰安婦もそうですね。そういう点では当たり前のことなんじゃないか。  そこのところをきっちり考えられなければ、それは二度と再び核戦争を起こしてはならないとか、二度と再びこういづ悲惨な犠牲者を発生させる、そういう戦争はだめなんだというふうにならないのじゃないですか。結局、戦争を美化するあるいは核戦争を美化するというようなことが根底にあるからこそ、こういう問題を本当に真っ正面から解決をしていかないということになるのじゃないでしょうか。そういう点で、私は、ここで議論をしてもなかなか政府がそこのところをかたくなに乗り越えてこないわけですから、大変そこで大きな問題があるということを強く指摘をしておきたいというふうに思います。  次に、アメリカ、ブラジル等に移住した日本人の被爆者が大勢います。外国に居住している被爆者及び外国人被爆者は、日本での居住要件があるため、外国にいる間は援護が受けられないことになっているわけですけれども、今後検討すべきだというふうに思いますけれども、その点いかがでしょうか。
  216. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 これは現行二法でも同じでございますけれども、現在御審議をいただいております新法の適用におきましても、同法に基づきます給付が、いわゆる社会保険と違いまして拠出を要件とせず、公的な財源により行われるということ、また他の制度との均衡というようなことから、日本国内に居住する者を対象とするという立場をとっているわけでございまして、我が国の主権の及ばない外国において、日本の国内法である新法を適用することはできないというふうに考えております。  なお、御承知のように、アメリカあるいは南米等におられます被爆者の方については、専門家の派遣等による健康診断等は定期的に行っているわけでございます。これは今後とも続けていくつもりでございます。
  217. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 どこに住むかというのは、その人に権利が保障されているわけですから、私はこの問題は本当に真剣に解決していくべきだというふうに思います。  それから同時に、外国人の被爆者の問題があります。午前中もその問題が出ておりましたけれども、本当に悲惨なそういう体験をされておられる皆さんにも、これはきちんとした対応がとられるべきだというふうに思いますけれども、その点もあわせて伺っておきたいと思います。ちょっと午前中いろいろ質疑で出たものですから。
  218. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 現在の考え方は先ほど申したとおりでございますが、国内に居住されますれば、いわゆる国籍要件というのはございませんから、国内に居住される外国人の方で被爆者の方は、日本人で被爆者の方と同様の取り扱いを行っているところでございます。
  219. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 基本悲報告ですけれども、被爆者対策の対象となる人々が年々その数が増加する傾向さえ見られるが、晩発障害の発生を考慮しても、対策の真の対象者そのものは、漸減していくのが筋であるとして、増加するのが悪いというようなそういう記述、そういうふうに思えるような記述があるわけです。  基本悲報告が発表された昭和五十五年をピークに、被爆者は漸減をしています。厚生省が被爆者認定を抑制してきたんじゃないかというふうに思うのですけれども、その点はいかがでしょうか。
  220. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今御指摘になった表現というのは、要するに新たな対象者が発生をするということがないという被爆者対策というものの特徴を述べたものだというふうに理解をしておりまして、手帳の交付に何か制限を加えるとか、そういうような趣旨ではないというふうに思っております。  現に、新たな手帳交付を控えているということはございませんで、手帳の申請に対する交付卒というものはおおむね八割台で推移をしてきておりますし、被爆者の数そのものは、確がに昭和四十年代の後半、五十年代の初めごろからだんだん全体としては漸減をしておりますけれども、これは被爆者方々高齢化が進展をしたということだろうと思っております。
  221. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 被爆者健康手帳を受けている総数が、これが五十五年、つまり基本悲報告が出たその翌年からずっと減り始めているわけですね。どうもこれがこれだけによるのかというのが、そう思えない節があるわけです。そういうことがあってはならないというふうに思います。  それで、被爆の特質を最も示すものは、被爆後の長い潜伐期を経て新たな原爆後障害が表面化してくることだと言われています。ことしになって、長崎大の調査によると、八〇年代以降被爆者に髄膜腫、これは良性の脳腫瘍の一種で、放置すれば手足などが麻痺する、これが急増している。放射線と髄膜腫との関係が証明されているわけです。このような原爆被害の特徴をどのように考えておられるか、また、政府として研究、対策をとっておられるのかどうか、この点について伺いたいと思います。
  222. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 原爆によります後障害ということにつきましては、放射線影響研究所を中心にして、広島大学あるいは長崎の病院等の研究者に委託研究をお願いをしております。  今具体的にお触れになりましたこの髄膜腫の一とでございますけれども、これは既に、放射線被爆と髄膜腫との関係につきましては、放射線影響研究所の研究の中でも弱い関係があるということでまとめられておりまして、やや細かい話になって恐縮ですけれども、原爆放射線の健康後影響に関する研究の成果の取りまとめという中で、非常に強い関係にあるものと、それから弱い関係にあるもの、それから全然関係がないものという、その弱い関係にあるというものの中に既に分類をされております。  そういう意味で、こういったようなことにつきましては、引き続き放射線影響研究所を中心にして研究をしていくつもりでございます。
  223. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 原爆後障害研究は、放影研や放医研あるいは広大の原医研等で進められているようですけれども、「放射線被爆者医療」という本で、「原爆放射線の人体への影響調査はここ十年間にかなり進歩がみられている。長期間にわたる調査研究により、原爆被爆に伴う後障害のかなりの部分が解明されてきたが、不明の部分も多く残されている。放射線障害の病態解明は治療とも関連し、重要な課題である。また、若年時被爆者が癌の好発年齢を迎えようとしており、各種癌発生頻度において、これまで以上の頻度を示してくる可能性もあり今後とも被爆者の健康監視をより一層充実させる必要がある」と述べているわけです。  これまで以上の頻度で発生する可能性についてどう考えられるか、そして健康監視の充実、これをどうしていかれるのか、その点について伺いたいと思います。
  224. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 原爆によります後障害につきましては、放射線影響研究所におきます疫学研究が長年にわたって行われております。また、先ほどもちょっと触れましたけれども、広島、長崎の原爆病院、また地元の大学等の研究者にも委託研究をお願いして研究を推進しているところでございます。  また、健康診断ですとか一般医療給付、あるいは保健手当の支給等の施策によりまして後障害の発生予防ということに努めているわけでございますが、後障害が発生した者に対します認定医療給付医療特別手当の支給等の措置もあわせて講じているところでございます。     〔鈴木(俊)委員長代理退席、委員長着席〕
  225. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 被爆者治療に当たってきた医師がこう言われているのですね。被爆者の一部に残る染色体異常がどれほどの期間を置いて発病と結びつくのか判明していない。また、普通のがん患者は五年ないし十年の生存が病気を克服した絶対的保証に当たる。それと同じレベルでももう大丈夫ですよと言えないのが被爆による肉体破壊ですと言っておられます。「漸減していくのが筋である。」とする基本懇報告、これは被爆者の置かれている深刻な実態を全く理解していないとしか思えないのです。手当等の支給を制限するようなことがあってはならないと思います。むしろ、医療特別手当等の支給をするための認定疾病の範囲を被爆の実態に即して拡大すべきだと思いますけれども、その点についていかがでしょうか。
  226. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 医療特別手当につきましては、被爆者の方のうち、放射能に起因した負傷あるいは疾病にかかった方に特別に措置される手当ということでございまして、やはりその認定に当たっては、学識経験者によります医療審議会の意見を聞いて、適正に行っていく必要があるというふうに考えております。  それで、放射能に起因しない負傷あるいは疾病まで認定要件を緩和するということは現在考えておりませんが、いわゆる保健手当ですとかその他の手当によって対応をしているところでございます。
  227. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 昨年五月の長崎地裁での松谷訴訟の判決において、原爆被害を放射線障害だけに矮小化することなく、原爆爆風熱線が同時的、共時的に傷害作用を及ぼしたこと、さらに被爆時の被爆の状況、その後の病歴などを総合的に判断すべきだとしています。さらに、被爆者が示す病気あるいは病的状態は、それが明らかに原爆と無関係と証明されない限りすべて原爆に直接的、副次的に関係した可能性があると考え、対処しなければならないとしているわけです。現傷病が原子爆弾の放射線による傷害作用に起因することが否定できないという場合は認定すべきだ、これは、原爆被害の科学的、医学的解明が完全に行われていない現状では、極めて私は常識的だというふうに思います。  なぜ国がこのような常識を受け入れることができないのかという点について疑問を感じるのですが、どうでしょうか。
  228. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 松谷さんのケースにつきまして、被爆時の傷病によって大変御苦労されているということについては私ども十分認識はしているつもりでございますが、ただ、長崎地裁におきます判決につきましては、現在の科学レベルと申しますか、放射線防護医学で世界的に認められている知見というものに反した見解に立脚をしているのではないかということが一つ、それから、放射線が原告の疾病に対する治癒能力に影響を与えているという結論、この二点につきまして私どもとしては控訴をせざるを得ないということで、現在、上級審の判断を仰ぐということで控訴している段階でございます。
  229. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 松谷訴訟の判決は、厚生省が個々の傷病と放射線との関係の有無を判定するために、放射線量の推定方式を採用して放射線によるものかどうか判断している、そういうことに対して、定式化された特定の科学理論の概念的基準を用いることのみによって一律かつ線形的に規定し尽くすことが容認されるかのような態度はかえって科学的合理性の見地から適切でないと批判をしているわけです。  被爆者一人一人の被曝線量の推計、これはDS86と呼ばれる新線量システムが八六年に完成した、こういう推計がかなり正確にできるようになったからといって、これを認定のための基準として絶対化すべきではない、こういうことだと思います。私は、個々のケースによって違いがあるのは当然だというふうに思っているわけです。  基本懇の報告は、「被爆地域の指定は、科学的・合理的な根拠のある場合に限定して行うべきである。」として、政府被爆地域の拡大を拒否をしてきました。黒い雨の地域が従来言われていたものの四倍に広がっていることが元気象研究室長の増田さんの調査で明らかになっているわけですけれども、なぜそういう範囲が拡大されないのか、今までのそういうものに固執をされるのか、その点について伺いたいと思います。
  230. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 今お触れになりましたように、被爆地域の指定ということについては、科学的、合理的な根拠がある場合に行うべきであるというのが私どもの従来からの考え方でございます。  黒い雨の降った地域につきましては、一つは広島県及び広島市が設置をいたしました黒い雨に関する専門家会議というのが平成三年に報告をまとめておりまして、こうした地域で放射能によると思われる人体影響の存在は認められないという旨の報告が発表されております。そういうようなことで、私どもとしては、基本的には科学的あるいは合理的な根拠があるということを前提にして被爆地域の指定ということはやってまいりたいというふうに考えております。
  231. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 黒い雨に関する専門家会議の報告については、図が間違っている等の問題点があったので、増田氏など関係者が公開質問状を出しているけれども、まともな回答がないままになってしまっているというようなことであります。  念のため伺いたいんですが、被爆地域の指定拡大はされてきてはいたわけですけれども、五十五年の基本懇以降拡大されたんでしょうか。
  232. 谷修一

    ○谷(修)政府委員 五十一年が最後で、それ以後はいたしておりません。
  233. 岩佐恵美

    ○岩佐委員 結局、先ほどから申し上げているように、五十五年の基本懇が一つの桎梏といいますか、被爆者の手帳の交付がそこから減っている、あるいは地域が拡大されていないというようなそういう状況をつくり出しているわけですね。ですから、基本懇報告がそういう域を出ないというのは私たちは非常に問題だというふうに思っています。  時間がなくなってしまいましたので、きょうカットした部分はまたいずれさせていただきたいと思っていますけれども、基本懇報告は、原爆被害は特殊性を持っているが、国民がひとしく受忍しなければならない国を挙げての戦争による犠牲だ、国の責任を追及し、その法律的救済を求める道は開かれていないということで、国が国民に強制した侵略戦争によって生じた被害に対する政府補償責任も、また日本政府の賠償請求権も放棄をしてしまった、そういう責任も免罪をしてしまっているわけですね。  原爆被害の特徴というのは、この間の質問のときにも言いましたが、民衆に逃避の余裕、逃げる余裕を与えず、一定地域の全住民を殺傷し、人間のみならずあらゆる生物及び環境を破壊し尽くしました。先ほど、社会を破壊し人間崩壊したということを参考人が言われましたけれども、本当に悲惨なそういう実態をつくり出したわけです。こういう原爆被害、これを被爆者に受忍すべきだなどということは到底言えない。そういう点でも基本懇報告というのは本当に問題だというふうに思っております。  私たちはこの基本懇報告ではなくて、本当に国家補償に基づく援護法を今つくるべきだ、国が過去の戦争に対して本当に犠牲者に対してごめんなさいと言って、被害者の皆さんに本当にごめんなさいと心から弔意を表して、そしてこの法律をつくっていくべきだというふうに思います。この点について指摘をして、時間がありませんので、きょうは終わりたいと思います。
  234. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 この際、請願取り下げの件についてお諮りいたします。  本委員会に付託になっておりますカイロプラクティック・整体術等、あん摩マッサージ指圧類似行為規制取り締まり徹底に関する請願第一七二五号につきまして、昨二十八日、紹介議員五島正規君から取り下げ願が提出されております。これを許可するに御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  235. 岩垂寿喜男

    岩垂委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。  次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。     午後四時十六分散会