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加藤参考人 加藤でございます。
私の専門は民法でございますが、その中でも特に不法
行為による
損害賠償を専門としておりますので、
製造物責任についてはかねてから関心を持っておりましたし、民法学界ではいろいろな
検討が行われてまいりました。それで、この
法案ができたこと、そしてこれが本
国会で成立することがいわば民法学者の悲願であった。ほとんどの民法学者はこれに賛成していると思いますし、私もぜひこの
国会で通していただきたい、こういうふうに
お願いをする次第でございます。
私は、
製造物責任が発展してきた今までの経過を第一に申し上げて、これが今日の自然というか当然の勢いであるということからこれを支持したいと思います。それから、この
法案を
審議会などで
検討し、また立法作業の途中で問題になった点について私の考えを申し述べさせていただきまして、この
法案は決して
欠陥のあるものではなくて、十分
機能し得るものであるということを第二に申し上げて、この
法案を支持したいと思っております。
まず第一の
製造物責任の歴史と申しますか発展の経緯を申し上げてみたいと思うのですが、これは何か大学の講義みたいになって恐縮でございますけれ
ども、お聞きいただきたいと思います。
今日の
製品の製造あるいは販売過程というものが非常に変わってまいりましたことがこの
製造物責任が論議される
もとになっていたと思うわけですが、これについて、過失
責任で足りるのかどうかという議論は前からございましたが、一九六三年にアメリカのキャリフォーニア州の最高
裁判所で、過失にかえて
欠陥による
責任を認める、そうすると過失はなくていいことになりますので、
日本式に言えば無過失
責任ということになりますけれ
ども、アメリカでは
もともと責任を三つに大きく分けておりまして、故意による
責任、過失による
責任、厳格
責任、ストリクトライアビリティーと言われているものをイギリス法から承継しまして、そういうふうに三つに大別しております。この
製造物責任については、過失
責任を厳格
責任、
日本式に言えば無過失
責任を切りかえて
欠陥ということを要件とする、過失
責任から
欠陥責任へという判決が生まれたわけでございます。
御
承知のように、英米法では判例法が中心でございまして、立法も州なり連邦から出ておりますが、司法の分野においては判例法が
もとでございますし、立法した場合にもその判例法を基礎として解釈されるというようなことで、いわば判例による法の改編ということが行われているわけでございます。そして、この
製造物責任はそれの非常にいい例でございまして、キャリフォーニアで一九六三年に判決が出てから、それが各州に広がり、またその範囲が広がってまいりまして、非常に大きな
製造物責任法の体系というものができ上がってきているわけです。今日、それは少し行き過ぎであるという批判もアメリカの内部でございまして、これについてはまだ後で簡単に申し上げたいと思います。
それで、EC、ヨーロッパ共同体、今EUになりましたが、そこでもずっとアメリカのことを見ながら議論が行われてまいりましたが、アメリカのようになっては大変だという反対も相当ございまして、時間がかかりました。そして最後に、一九八五年だったと思いますが、EC指令というのが出まして、加盟十二国に、こういう方針で立法せよ、そういう指令が出まして、初めは数年内ということだったのですが、なかなか立法が進みませんで、ドイツが一九九〇年に立法ができた、そういうような経緯だったと思います。今できていないのはフランスだけですけれ
ども、フランスは判例で随分この
欠陥責任的な方向を認めておりますので、
法律をつくるのほかえってマイナスになるのじゃないかというような議論さえあって、
法案はつくられましたが、まだ
国会を通っていない。ほかの国では全部立法ができております。
それから、
日本のことになりますけれ
ども、アジアの諸国でも
製造物責任法をつくっているところがございまして、中国でももう既にそれができております。
我が国では、アメリカの動きを見て、民法学者の間で、
日本でもこれを
検討し、立法の準備をすべきだということで、我妻
先生それから四宮
先生が中心となって研究会をつくられまして、そこの要綱試案というのが昭和五十年、一九七五年にできて、公表されております。これが今日の
日本の
製造物責任法のいわば議論の
もとになっているわけでございまして、その後各方面で
法案の試案などが出ておりますが、これを基礎にしているあるいは下敷きにしているようなものがほとんどでございます。問題になりました
推定規定というのもこの中に入っておりまして、それがその後の
法案として提唱されているものの中にずっと承継されているというのが
実情でございます。
アメリカでの判例の発展は、最初は、製造過程でちょっとしたミスといいますかそれがあって、外れの品ができたときということが議論されていたのですが、そればかりでなくて、つまり製造物
自体に何か
欠陥があるということだけではなくて、それが設計の瑕疵、デザインデイフェクトという方に広がってまいりました。つまり、その
製品をつくる
もとの設計に間違いがあれば、そこでつくったものは外れじゃなくて全部に
欠陥が出てくるわけですが、そういうものも含まれる。
それからさらに、
警告による
責任ですね、いろいろ注意書きを書いたり、あるいは
欠陥商品が出たときにそれの回収がおくれたりしたことによる
責任、その
警告上の
欠陥ということもこれに含まれるというふうに、いわば
もとからだんだん拡大されてきたわけです。これには学者の間でも批判がございますけれ
ども、そしてまたアメリカの商務省などでタスクフォースをつくって調査をしました結果によりますと、今の設計の瑕疵とかあるいは
警告上の瑕疵というものは、厳格
責任とは
言っているけれ
ども、判例の
内容を分析してみると、それはかなり過失
責任に近くなっている、濃淡の差がそこにあるというようなものも出ております。
それから、ECの立法に当たりましたタシュナーという人が
日本へ来て話をしたときには、ECの立法ではそういうものは含まない、つまり設計の
欠陥あるいは
警告上の
欠陥というものは含まないというつもりでつくっているんだ、こう言われたのです。しかし、条文の中にはそれは全く出ておりませんで、私はそれを質問したのですけれ
ども、つくるときの自分の考えはそうだったんだということだけで、これは後の判例の展開などを見なければわかりませんが、ECでもまだできて五年か、まあ十年たっておりませんから、判例などはまだ十分出てきておりません。しかし、そういう問題が含まれているということはございまして、この点は
日本の
法案も別に区別をしておりませんので、あとは
裁判所が具体的な事件でどう判断するかということになるわけでございます。
今の設計の瑕疵については、これは当然含まないと、
もとの設計が悪くて
欠陥商品が出たということは当然あり得るわけですから、これは当然含まれる。それから、
警告についても、当然注意すべきところをしなかったということはやはり
欠陥に含まれると思いますけれ
ども、それは具体的な
状況によって、
製造物責任による被害というのは、
商品によっても被害者の使い方によっても千差万別と言ってもいいくらいですから、具体的な事例に応じて
裁判官が適切に判断してくれるものというふうに期待をするわけで、言葉としてはそういうものも一応含まれるというふうに解釈されると思われます。
そして、
我が国での立法過程を申しますと、前から各方面で議論がございましたが、
経済企画庁に
国民生活審議会というのがございまして、これが今から四年前の
審議会で、
審議会の置かれている
経済企画庁といいますと首相からの諮問になりますけれ
ども、総理からこの点について
検討せよという諮問がございまして、それに対する答申を一昨年、平成四年の暮れに出すつもりでいろいろ
検討を重ねてまいりました。ところが、やはり
企業側がいろいろ反対というか苦情が多かったので、もう一年
検討して結論を出そうということで、昨年の十二月に最終的な答申を出しまして、それが本
法案の
もとになっており、
経済企画庁がその
責任を負って立法を進める、こういうことになっております。
しかし、この問題は関連するところが非常に大きいわけでございまして、関係の省庁でも一昨年から昨年までの一年の間に十分
検討してほしいと
お願いをしておりましたところ、各省からその報告が出てまいりました。各省の
審議会あるいは研究会、それぞれやっていただきまして、その大
もとは、一番
製品をたくさん所管しているのは通産省でございますが、そのほかに医薬品を所管している厚生省、食品を所管している農水省、この三つがこういう
製品の大どころでございますが、そのほかにも航空機、自動車を所管する運輸省、それから住宅を所管する建設省というところも関係がございまして、そちらの方からも
検討の結果が出ております。
それで、いろいろ議論を重ねた結果と思いますけれ
ども、たまたま結論はほぼ同じ線にそろっておりまして、
国民生活審議会でもそれを受けまして、まとめて昨年の暮れに答申を出した。各省の御
検討の結果は一応全部取り入れて答申を出しておりますし、それから
法案をつくるにつきましても各省の御協力を得て、
経済企画庁で
法案を作成しているということと伺っておりますので、お役所の方はみんなこれでぜひ通していっていただきたいということで一致しているように聞いております。
以上がこの
法案のできるまでの経過でございまして、次に、第二部でございますこの
法案自体のことに触れてまいりたいと思います。
この
法案をつくるあるいは答申をつくるにつきまして非常に問題になりましたのは、やはり過失
責任を
欠陥責任に切りかえるということでございます。これがこの
法案の最も基本でございまして、それに関連してその
欠陥の定義とか考慮事情をたくさん書かないと、
欠陥というのは初めての
概念だから不安である、
企業側は非常に不安を訴えられたわけでございます。
先ほど
一つ落としておりましたのは、
法制審議会でも議論が行われまして、私がたまたま
国民生活審議会の
会長を務め、
法制審議会では民法部会の部
会長を務めてこの
法案の
審議に参加したわけでございますが、法務省としては、
欠陥というのはもう常識的にわかっていることで、余り細かく定義をしたり考慮事情を挙げたりする必要はないんじゃないか、そういう報告を出しております。
つまり、現在の民法の過失ということについても何も定義はございません。定義規定があるのは大体お役所と市民との関係で、お役人を縛っておかないと市民としては不安だ、そういう
意味で、お役所を縛る
意味での定義規定というのはいろいろ
行政立法の中には多いわけです。
ところが、この民事立法、民法の系列について申しますと、これは最後は
裁判所が判断するわけですが、
裁判官を縛るのがいいのか練らない方がいいのかという議論は昔からございます。十九世紀の終わりにドイツ民法をつくったときには、
裁判官を練らないと不安だということがございまして、例えばドイツ民法では慰謝料の請求は一定の場合に限定するというような規定が置かれておりますが、これは今ちょっと障害になって、ドイツではない方がよかったということじゃないかと思いますけれ
ども、英米法の系統では、
裁判官を信頼する、最後の判断は
裁判官に任せるほかはないという考えでございます。
日本はドイツの流れを引いておりましたので、やや
裁判官を縛るという考えもあると思いますけれ
ども、
裁判官の話を聞きますと、
裁判官は縛られではかえって公正、妥当な判決がしにくくなる、むしろ基本を決めて、つまり過失から
欠陥へという基本を決めてくれれば、それに応じて個々のケースを
裁判できるように手は練らないでおいてもらった方がいいということがございました。
これは、後で申します
推定規定にも関係するわけでございますけれ
ども、今の
欠陥の定義についてもそんなに細かく書く必要はない。ただ、これは
裁判所ばかりでなくて、消費
生活センターとかそういう民間のところでも扱いますから、そういうところの一応指針というか
ガイドラインになるようにはっきりさせておいた方がいいという
意見もございます。
それで、定義は非常に簡単ですが、三つ考慮事情を挙げております。これは
国民生活審議会の答申には六つあったのですが、それでも通産省のものよりちょっと減っております。それをさらに減らしまして、三つの考慮事情に限定をしております。
それから次に、
推定規定でございますが、
法律上の
推定というのは
裁判官を練るわけでございますけれ
ども、理論的に申しますと、
推定規定の前提としては、こういう事情があればこういうふうに
推定するという前提事情が必要なわけですね。
欠陥あるいは
因果関係の
推定につきましてもそういう事情を一応挙げでありますが、これは極めて漠然たるもので、例えばこの前のテレビの発火事件のように、
欠陥があれば過失があったと
推定する、こういうことはよろしいわけで、本当はもっとそういう
裁判が早く出てくれれば
製造物責任にもこんなに時間をかけずに実現していたのではないかと思われますけれ
ども、そういう前提をどうするか。
事故があったなら
欠陥があった、
因果関係があったと
推定するというのでは、
事故があったときには全部
企業側が
責任を食えということになりかねないので、それはやはり理論的にも適当ではないだろうというのが、各省もそれから
法制審議会の結論でもございました。
そして、それでは立証が非常に不十分だという点については、事実上の
推定ということで足りるだろう。これは、アメリカではレス・イプサ・ロクター、物それ
自体が証明するというので、事実
推定則などと訳されておりますが、一定の事実があればそこからある
法律要件を
推定するということができるようになって、そこは
裁判官が判断をするわけですね。それから、ECでも
推定規定は置かれておりませんけれ
ども、今の事実上の
推定で十分いくのだろうということでございます。
我が国でも、大体
我が国はEC並みの立法になっておりますが、事実上の
推定で十分賄えるし、それが適当ではないか。
我が国の
裁判所でも、例えば公害の事件とかあるいは医療過誤の事件につきましては、かなりの
推定をしているわけです。
ただ、
製造物責任については大きな事件が割に少なくて、つまり少額事件が多いものですから、それほど
裁判所に出ていがなかった。そのために、この前、テレビの発火事件で初めて
欠陥から過失を
推定するというようなことが言われたわけですけれ
ども、今までの
裁判所の動きを見れば、これだけ規定が置かれておりますと、もう必要に応じて
欠陥を事実上
推定するということはやってくれるだろうと私は期待をしております。