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参考人(植草益君)
東京大学の植草でございます。
規制緩和に関する本日の私の
意見は、既に皆様方に配付されております
日本経済新聞の十月十六日の「経済教室」に発表いたしました論文をベースにしておりますので御
参考にしていただければ幸いでございます。
なお、私は去る十月二十七日に衆議院の
規制緩和に関する
特別委員会においても
参考人として
意見陳述をいたしております。本日の
意見もこの衆議院での
意見陳述とかなりの程度重複いたしますが、そこでは述べられなかった問題も含めて本日は
意見を述べたいと思います。
細川政権になってから、
政府はまず九月十六日に緊急対策の一環として九十四項目の
規制緩和を発表いたしました。また、十月二十七日には第三次
行革審が最終
答申を発表して、この中で
規制緩和と
行政改革について
答申を提出しております。さらに、細川総理の私的諮問機関としての経済改革研究会、通称平岩研究会が十一月八日に中間報告の中で
規制緩和の基本方針を発表いたしました。これらの動向を見ますと、細川政権になってから
規制緩和が従来に増して一層大きな
政策課題として位置づけられているのがよくわかります。
中でも、平岩研究会の中間報告は
規制緩和に関する基本方針と推進の方向についてかなり具体的に
意見をまとめております。この研究会の現在の国内及び国際情勢における役割を考慮いたしますと、この中間報告は今後かなりの拘束力を持つと思います。しかし、率直に言ってこの
答申は産業別及び法律別の現行の
規制をいかに緩和・撤廃するかという具体的な
内容についてはほとんど白紙に近いと言って過言でないと思います。
規制緩和の具体的な方策についてはさらに今後の検討が必要と思います。
規制緩和の具体的な
内容に入る前に、
規制緩和の必要性について考えておきたいと思います。
規制緩和は、一九八一年発足の第二次臨調、臨時
行政調査会以来、現在の第三次の
行革審まで十三年間にわたって取り組んできた課題であり、今さら
規制緩和の必要性を述べる必要もないと考えられますが、現時点に立ってみても
規制緩和の推進は次のような観点から必要であると思います。
第一に、主要な
規制産業としての公益事業、電気通信、運輸及び金融業は
社会経済のインフラストラクチャーを形成しておりますが、
日本の二十一世紀に向けた
社会経済の発展には新たな高度のインフラストラクチャーの構築が不可欠となっています。 まず、電力業におきましては、全国的な規模での新たな電源立地の確保や送配電網の建築が今や緊急課題となっておりますし、
都市ガス産業においても、地球環境問題、国際的なエネルギー事情、国内のガス供給体制の
整備の観点から全国的なパイプライン網の建設が必要となっております。電気通信産業においてはISDN体制に向けた全国的なディジタル回線網を早期に構築する必要があります。運輸業においては、新たな高速の
鉄道網や
道路網の建設
整備が課題となっております。金融業においても、国内的には
銀行、証券、保険を統合した総合的なサービス供給体制の
整備やそれらを統合した国際的な金融決済、情報処理システムの構築が必要になっております。
このような公益事業、電気通信、運輸及び金融業におけるインフラの再構築は、国土の効率的有効利用の観点から各産業が一体となって推進される必要があります。しかし、この新たなインフラの構築には官庁間の縦割り
行政や時代にそぐわなくなっている事業法による
規制が大きな障害となっております。
第二に、
日本の産業構造は今大きく変化しようとしています。
日本の製造業においては、一九七〇年代からエネルギー事情の変化や生産技術体系の変革などを背景にいたしまして、基礎素材型産業から加工型産業へと生産の比重が変化してまいりました。
中でも、機械産業、これは広い
意味でございますので具体的には一般機械、電気機械、それから輸送用機器及び精密機器でありますが、これらが国際
競争力を強化いたしまして、主導的産業になってきました。しかし、輸送用機器や電子機器の国内及び先進向け需要は既にサチュレートした感があります。しかも、国際
競争力を再強化しつつある欧米
企業や新たに
競争力をつけつつあるNIESの
企業によって
日本の機械産業は追い上げられておりまして、生産、販売の効率化と、より高度な製品の開発に向けた新たな
企業努力が必要になっております。
生産、販売の効率化は生産の自動化、省力化、情報化が中心となりますが、これらは最終的には電気代を含めたエネルギー
コストや通信
コストの支出の上昇を招くことになります。それが全体的な
コストを引き上げるわけでございます。そこで、製造
企業はこれらの料金の引き下げを要求しておりますが、現在の硬直的な料金制度のもとではこれに対応できません。また、現在ハイテク分野を中心に新たな産業が生々発展しておりますが、これらの産業の発展のためには、インフラストラクチャー分野の産業の料金の低下やサービスの多様化が不可欠となっております。この観点から見ても、現在の
規制産業の料金制度を含めた
規制緩和が不可欠であると思います。
第三に、配付した資料に詳しく述べてありますが、
規制緩和は
参入や
価格規制の自由化によって
企業間
競争を激化させます。その結果として、料金水準の低下、料金体系の多様化、サービスの多様化をもたらすだけでなく、それらが需要の拡大を生み、また
競争に生き抜くための合理化・効率化
投資や新規サービス提供のための
投資が拡大します。この結果として、内需を中心とした経済成長を促進いたします。
別の言い方をいたしますれば、
規制緩和は多様なサービスの提供に伴う消費者選択の拡大、
規制領域において特に大きな内外価格差の縮小、ビジネスチャンスの拡大、外国
企業への
市場開放、内需を中心とした経済成長など、多様なメリットをもたらすわけであります。
第四に、近年の政治汚職、金融業の不祥事、建設業の談合事件は、いずれも
規制産業において発生しております。許認可
行政は、新たに許認可を受けようとする
企業に
独占的ないしは安定的な供給権を与え、既に許認可を受けている
企業にその権益を維持させることになるので、
企業は
規制官庁やその
行政に影響力を持つ議員に多様な献金等を贈る誘因を持つわけであります。また、既に
競争が展開されている産業において無理に
価格規制が
実施されますと、アンバランスな価格体系が形成され、その結果として証券業における差益還元問題等が発生するわけです。現在、これらの問題と関連して政治改革の大きな課題となっておりますが、それと同時に
行政改革と
規制緩和を一体とした新しい
日本経済の構築ということが大きな課題になっていると思います。
さて、
規制緩和の具体的な方策でありますが、これについては、先ほども述べましたように平岩研究会の報告がグランドデザインを発表しておりますが、具体的にはまだ白紙の状態であります。ここで、私は具体的と言いましても約四百九十にも及ぶ
規制関連法律について、全体にわたって具体的
意見を述べることはとてもできませんので、概略だけを述べさせていただきたいと思います。
公的規制は、
規制の
目的からいたしまして
経済的規制と
社会的規制の二つに大別できます。
経済的規制につきましては、さらに自然
独占分野と
競争分野に分けて見ることが大切でして、自然
独占分野については、まずこれは電気、ガス、水道、市内電話などの規模の経済性やネットワークの経済性の大きい産業についてでありますが、これらの産業につきましては、現在でもこれらの経済性が大きく作用しているか否かを検討することが先決であります。
私ども経済学者は、現在の
規制緩和について大きな関心を示しておりまして、近く「講座・
公的規制と産業」全五巻を刊行いたしますが、その研究の中で、技術革新、産業融合、国際
競争等の進展によって自然
独占性が薄れている産業が多くなっていることを明らかにしてまいりました。電気では特に発電分野、
都市ガスでは大口需要分野、電気通信では市内電話を除く第一種通信事業における
規制緩和が重要な課題となっております。しかし、これらの産業ではなお自然
独占性が強く残る分野もありまして、例えば電気における配電分野、
都市ガスにおける小口需要分野、電気通信における市内分野などでありますけれども、ここでは
規制を緩和・撤廃することは
国民経済的に見て適当ではないと
判断いたします。
ただし、この分野では従来の
規制を存続するよりはインセンティブ
規制を大胆に導入すべきであると思います。インセンティブ
規制についてはかなり専門的でありますので、できれば私が書きました「
公的規制の経済学」という本を参照していただきたいと存じますが、具体的には
規制企業間が生産性を向上させて料金を下げたりサービスを多様化するように
企業にインセンティブを与える制度でありまして、これは意外なほど大きな
効果をあらわします。
次に、運輸、金融、流通、建設などの
企業数が多い
競争構造における
規制につきましては、多くの場合に利用者
保護の観点から
規制が
実施されておりますが、実際には利用者
保護よりは
企業保護の方が強く、消費者の選択を阻害している場合が少なくありません。
すなわち、
企業が多過ぎると
過当競争によって倒産する
企業が発生して生活必需的なサービスが十分に確保できなくなるという理由で
参入規制や
価格規制が
実施されておりますが、それは利用者
保護よりは
企業保護になって、結局は消費者が多大の
規制費用を負担し、高い価格のサービスを買わされることになります。
競争構造の
規制産業においては、大胆に
参入規制と
価格規制を緩和・撤廃することを最優先にすべきであると思います。
経済的規制分野において、実質的な
規制緩和を
実施するのであれば、何よりも
規制の核となっている
参入規制と
価格規制を緩和・撤廃することが必要であって、それに付随した多様な
規制をさらに体系的に緩和・撤廃する必要があるわけであります。
ただし、金融業のように利用者
保護の観点から
参入が一定程度必要な場合には、従来のような需給調整を
目的とした
参入規制でなく、財務、経験などを主体とした
参入適格要件を設けまして、それにパスする
企業にはすべて
参入を許可するという
参入要件
規制とか、最近では難しく義務許可制という
言葉を使いますが、こういう方式に転換すべきであると考えます。
また、
価格規制については公共性の強いサービスについてだけ
規制を残し、その他の
価格規制は撤廃してよいというふうに考えます。
次に、
社会的規制について見ますと、
社会的規制は
国民の健康、衛生、安全の維持向上、自然環境の保全などを
目的としております。経済学的に言えば、公害などの外部不経済の発生防止、麻薬などの非価値財の供給制限、医療などの
社会的公共サービスの安定供給を
目的としております。
したがって、
市場経済を基礎とする経済体制においては
社会的規制は欠くべからざるものでありますから、この
規制緩和には慎重に対処する必要があります。しかし、現在のように
企業の
自己責任が強くなり、消費者の価値観が多様化した経済
社会では、
政府が余りに多くの事項にわたって
社会的規制を
実施することは時代にそぐわなくなっていると思います。
さらに、
社会的規制を
目的としながら実際には
経済的規制に転化しているものが多く、このようなものがその産業の発展を阻害している場合があります。例えば医師法、医療法、薬事法などはいずれも
国民の健康、衛生、安全の確保を
目的とする法律であり、まさに
社会的規制の範疇に入るものでありますが、これらの法律が一体となりますと
経済的規制全般が
実施されてしまうということになります。
すなわち、病院などの開設に関する
参入規制、薬価基準による
価格規制、多様なサービスの質の
規制、事業計画
規制、
投資規制、財務・会計
規制など、すべての
経済的規制が
実施されているわけです。
社会的規制の本来に立ち返って、資格制度や安全確保を中心とした
規制に戻すべきであるというふうに私は考えます。
さらに、
社会的規制には基準・認証制度や検査・検定制度がありますが、
企業における品質の高度化が進んだ現在ではこれらの制度は不要なものが多くなっておりますし、製造物
責任制度を確立すれば、その多くは
廃止してよいというふうに考えます。
規制緩和について、これまで主に産業別、法律別の
内容について申し上げましたが、
規制緩和は
規制の仕組みの改善ということも含めるべきであると思います。これは
行政指導とか、縦割り
行政とか、役人の天下りとか、
規制を監視、是正する制度などを含むものであります。
まず、
行政指導の
弊害を是正し、
行政を
透明化するために
行政手続法が今
国会で成立いたしましたが、この
内容を
国民に知らしめる努力と、これに関連する諸法律の改正を期待いたします。
また、縦割り
行政の
弊害を是正するためには、第三次
行革審が
行政官庁の統廃合を提案いたしましたが、これを素材として
行政組織の改革にぜひ着手していただきたいと思います。特に、
特定の産業だけを対象として法的
規制を
実施している官庁に
規制の
弊害が目立ちますので、この問題の解決に向けた組織変革が必要だと思います。
次に、
規制を監視、是正する制度に目を向けますと、これは
国会による監視、総務庁による
行政監察、
行政被害者による
行政訴訟、
行政に対する苦情を処理するオンブズマン制度、
審議会など多様なものを含みます。
行政権の乱用を是正するためにこのような
幾つかの監視、是正制度があるということは、民主国家として誇ってよいと思いますが、いずれも改善の余地が大きいと思います。
国会による監視については、議員の
産業界との
癒着を発生させないような制度を担保しつつ、このような制度については、特にここに開かれておりますような
特別委員会を常置するということが私は必要だというふうにかねてから考えているところです。
二番目の
行政監察については、これを今後さらに拡充し、さらに
行政勧告を守るよう義務づけるような法改正を期待したいと思います。
これをさらに一層強化するとすれば、
行政委員会のような新たに独立した強力な機関をつくるという必要もあると思います。
行政訴訟は、
日本では余り多くなく、その多くが教科書裁判に集中しておる現状でありまして、現在の
規制に関する
行政力の乱用について
行政訴訟をするという
ケースは非常に少ないのであります。
行政手続法が制定されましたので、今後
行政訴訟がやりやすくなると私は
判断しておりますが、
行政訴訟をしようとする
企業に対して官庁が種々の嫌がらせをする行為がありますけれども、今後はこれに対する是正をお願いしたいと思います。
さらに、総務庁、経済企画庁、法務省によるオンブズマン制度が現在ありますが、これはかなりの程度有効に
機能していると私は
判断しております。
規制に関する特別のオンブズマン制度をつくるべきだと私は
判断いたします。
最後に、
規制緩和をすれば、
競争の激化を通じて消費者被害、雇用調整、
企業倒産、不公正取引が増大する
可能性があります。この問題には、製造物
責任制度、製品信頼保険制度、預金保険制度、雇用確保対策、
独占禁止法等をもって対処する必要があります。これらは新たな
規制ではなく、
企業及び消費者の
自己責任を主体とした制度であります。既に、
日本の
企業はその責務を果たすに十分な能力を備えており、消費者も意識改革を果たしつつこれに対処するだけの能力を備えていると私は
判断いたします。その能力を発揮するための新たな制度だと思います。
最後に、現在のように
規制緩和が必要だということで
規制緩和の大合唱があるわけであります。まさに
規制緩和に対する大きな流れがあるわけでありますが、私はこの流れはそう長くは続かないと
判断しております。今は総論として賛成している産業の多くは、
規制緩和の具体案が出れば反対の立場に転ずることが目に見えているというふうに私は思います。どうか粘り強い
規制緩和の
実施を期待いたします。
以上であります。