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1993-02-26 第126回国会 参議院 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成五年二月二十六日(金曜日)    午後一時開会     ―――――――――――――   出席者は左のとおり。     会 長         浜本 万三君     理 事                 上杉 光弘君                 星野 朋市君                 藁科 滿治君                 横尾 和伸君                 長谷川 清君                 立木  洋君                 萩野 浩基君     委 員                 岡  利定君                 佐藤 静雄君                 関根 則之君                 楢崎 泰昌君                 南野知惠子君                 矢野 哲朗君                 吉村剛太郎君                 久保田真苗君                 庄司  中君                 深田  肇君                 白浜 一良君                 吉田 之久君                 小池百合子君    事務局側        第三特別調査室        長        秋本 達徳君    参考人        東京大学工学部        教授       茅  陽一君        京都大学経済研        究所所長     佐和 隆光君        株式会社住環境        計画研究所代表        取締役      中上 英俊君     ―――――――――――――   本日の会議に付した案件 ○産業資源エネルギーに関する調査  (二十一世紀に向けた地球環境問題とエネル  ギーに関する件)  (省エネルギー社会システムあり方に関す  る件)     ―――――――――――――
  2. 浜本万三

    会長浜本万三君) ただいまから産業資源エネルギーに関する調査会を開会いたします。  産業資源エネルギーに関する調査を議題といたします。  本日は、二十一世紀に向けた地球環境問題とエネルギーに関する件、省エネルギー社会システムあり方に関する件の調査のため、参考人といたしまして、東京大学工学部教授茅陽一君、京都大学経済研究所所長佐和隆光君、株式会社住環境計画研究所代表取締役中上英俊君に御出席をいただいております。  この際、参考人方々に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。  参考人の皆様から、忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の調査参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。  議事の進め方といたしましては、二十分程度参考人方々からそれぞれ御意見をお述べいただいた後、委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。  なお、御発言は御着席のままで本日は結構でございますので、そのようにお願いを申し上げます。  それでは、茅参考人からお話を承りたいと思います。
  3. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 御紹介いただきました茅でございます。  お手元に話の要点を書きました簡単なレジュメがございますのでごらんいただきたいんですが、ただそこにあります内容は、正直言いますと、普通に話しますと一時間半ぐらいかかってしまう内容でございますので、与えられた時間が二十分ということを考えますとつまみ食いになるかと思います。御容赦をお願いしたいと思います。  今までこの調査会エネルギー関係方々お話があったと承っておりますので、私はなるべく重複がないような形で意見を申し上げたいと思います。  ポイントはどこかと申しますと、現在我々が直面しております地球環境問題をどのように見るかという視点が第一点。二番目に、それに対してどのような対応をするかという問題、これは特に科学技術的な側面を私は申し上げてみたいと思いますが、その二つに絞らせていただきたいと思います。  ここにOHPがございますので、それで少し説明を補足させていただきますが、同じ絵がお手元資料として配付されてございますので、見えない場合はそちらを御参照いただきたいと思います。  まず、地球環境問題をどう考えるかという視点でございますが、御承知のように大体一九八八年ごろから地球環境問題に対しての世間関心が特に高まっております。これは大きく分けますと発展途上国森林減少砂漠化といった問題と地球大気の問題、こういうふうに大別できるかと思います。  世間関心が集まっているのはどちらかといいますと後者でございまして、地球大気がいろいろな形で人間活動によって影響を受けている、これをどうするかということが問題になったわけですが、この流れを見てみますとかなりはっきりとした特徴がうかがえます。お手元レジュメにもそれが書いてございますけれども、一番古いのは御承知酸性雨でございまして、これは一九六〇年代からヨーロッパを中心に大きな問題として浮上したわけですが、この場合は従来の公害問題の拡張と見てよろしいわけです。つまり、被害というものがまずあらわれまして、どうしたらよいかという対応議論されたという意味では従来問題と同じ性格を持っております。  ところが、成層圏オゾン層破壊という問題になりまして、この様相が少し変わってきたわけです。この問題自身が出てまいりましたのは一九七〇年代から八〇年代にかけてでございまして、特に世間関心が高まったのは南極オゾンホールが発見された一九八四年ごろからでございます。これは、御承知のように、モントリオールプロトコルというものができまして、現在その生産を全廃する方向世界が動いておりますけれども、これの大きな特徴は、従来と比較してみますと、直接の被害がまだ明確でないということでございます。  御承知のように、成層圏オゾン層破壊される、そうすると紫外線増加して、特に生物に有害な紫外線増加いたしまして、人間の場合には皮膚がんが発生するということが言われているわけです。したがいまして、従来の形であれば、皮膚がんがどのぐらいふえたかということをどこかで調べまして、大変だという話になって、何とかしなければいけないというふうに対応議論に進むのが従来であったわけですけれども、このオゾン層破壊に関しましてはそういうプロセスを経ておりません。皮膚がん可能性ということは指摘されておりますけれども、いまだかつてどこかで有意に皮膚がんがふえたという報告はございません。ただ、それを導くと予想されているオゾン層減少南極オゾンホールという形、あるいはその後一般的に地球成層圏オゾン層減少しているという形で明確になってきた、そのために対応が進んだというふうに考えられます。つまり、直接の被害はわからないけれども間接被害が明らかになったために対応が出てきた。  しかし、いずれにいたしましても、そのように従来の公害問題よりも一つ早い段階対応を行うようになったという意味で、人類一つ進歩姿勢ということができるかと思います。  その次に関心を集めたのが、御承知地球温暖化でございます。  この問題は前世紀から議論があるほどの古い問題なんですけれども、これが長い間議論だけで実際の対策がなされてこなかったわけです。これにはいろんな理由がございますけれども一つ理由は、実際に我々に対してどのような影響があるのかというのがはっきりしないという側面が一番大きかったわけです。第一、温暖化しているのかということ自身がしばしば議論になります。(OHP映写)  この絵はお手元にある資料の二番にございますが、これは過去の地表の気温の平均値の約百年の絵でございますけれども、ごらんいただくとわかるように、平均的には上昇しているわけです。ただ、上昇しているんですけれども、この程度上昇というのは過去においてなかったわけではない。そして、その時期において温暖化主因と目されます炭酸ガス濃度増加というのは特に知られていないわけです。つまり、自然の変動でこの程度変動は起き得る。ですから、我々自身として、温暖化というものが証拠があるから対応しなければいけないという議論にはなかなかなりにくかったわけです。  しかし、最近に至りまして、実際にこういう現象というものが起きたならば我々にどれだけの影響が及ぶかということにつきましていろいろな形の議論がされるようになりまして、かなり間接影響がはっきりしてきた。そのために、具体的に証拠と言えるものが明確になっていなくても手を打つべきだという議論が大勢を占めまして、御承知の昨年の枠組み条約の調印という形になったわけです。  この条約は、御承知のようにまだ批准が十カ国を超えた程度段階でございまして、発効する五十カ国にはまだほど遠いわけでございますが、いずれにいたしましても、そういった形で世界の諸国が対応姿勢を明確にしてきたということは、私は一つの大きな進歩かと思います。  ただ、こういうふうに流れを見てみますと、我々が今抱えている問題は、単に従来の公害問題の拡大というだけではなくて、問題自身がはっきりしないものを扱っているという特徴があることに気がつくわけです。これが議論を非常に複雑にしております。特に温暖化問題は、その原因化石燃料消費から発生する炭酸ガスであるということになっておりますので、非常に大きな問題としてとらえられているわけですが、このメカニズム、それから将来どの程度温度が上がるか、あるいはもう少し一般的に言いますと、どの程度気候が変化するかということにつきましては、今の段階ではいろんな計算の例はございますけれども学者の間で完全に一致した意見が出ているわけではございません。  俗にIPCCと呼んでおりますけれども、これは気候変動に関する政府間パネルという組織でございまして、一九八八年十一月に設置されたわけですが、ここではそのような科学的な知識の集積、取りまとめということを行っております。それにはいろんなことが書いてございますけれども、その報告書以外にも世界にはいろいろな気象学者がいるわけでして、その気象学者の中ではかなり違った意見を吐く者もおります。  例えばアメリカのマサチューセッツ工科大学のリンツェンという気象学者がおりますが、これはそういったIPCC報告とはかなり違った意見を持っておりまして、二酸化炭素炭酸ガスによる温暖化影響というものは思ったより大したことはないという意見を出しております。その詳細は省かせていただきますが、いずれにしても、このようにして世界の中で温暖化問題に関しましてはまだ科学的知識の蓄積が十分でないということは事実でございます。  そういったときに、じゃ我々はどのような態度でこの問題に対応するかというのが大きな問題だと思いますけれども、私はこのように考えております。  一つは、現在起こっておりますいろいろな環境問題というものを眺めてみますと、人間活動が非常に拡大して、それによって地球容量がそのような環境に排出した人間活動廃棄物を吸収できなくなったというのが第一の原因だと考えられます。フロンの場合もそうでございますし、炭酸ガスの場合もそうでございます。そういった意味で、我々が今直面している問題は単に温暖化問題あるいはオゾン層破壊問題というよりは、我々の人間活動地球容量と相克している問題だととらえざるを得ないわけです。したがいまして、我々自身はいかにして自分たちの排出する廃棄物を減らす努力をするかというのが今後向かうべき第一の方向ではないかと考えております。こうした大気環境問題にはエネルギーが主とした関連物質と申しますか、関連した誘因であるわけですけれども、そのエネルギーの将来を考える場合にはこの視点が私は第一であると思っております。  第二点は、先ほど申し上げましたように、科学的な不確定性はございますけれども炭酸ガス大気中で顕著に上昇している、そしてこれが温室効果を持つということは非常に明確にわかっております。そして、その結果どれだけの温度上昇が生ずるかあるいは海面上昇が生ずるか、これにはいろんな説がございますけれども、もし悪い方に行った場合には人類にとって非常な大きな負担になることは疑いございません。  したがいまして、我々自身は楽観的に大したことはないさと言って手をこまねいているよりは、そのような危険に対して対処できるよう今から手を打つという、リスクを回避する努力をすべきだと思います。そういった意味でも、やはり今からこの問題に対して対応姿勢をとることが重要だと考えております。そういう意味では、我々自身炭酸ガス主因であるとすれば炭酸ガスのより少ないエネルギー源を使うということがやはり一つの大きなポイントになるわけでございまして、エネルギー技術を考える場合にはこの点も大きなポイントになってまいります。  そこで、具体的にどのような対応をするかということでございますが、これに関しまして科学技術側面からだけ申し上げさせていただきます。もっとも、科学ということになりますと、今のような不確定性を取り除くためにどのような観測を行い、どのような調査を行うかということになるんですが、これは時間がございませんので本日は省かせていただきまして、エネルギー面だけの技術側面を申し上げます。  この場合に私が申し上げたいのは、対策として普通は二つに大別して言っております。一つは、炭酸ガスの発生の少ない、よりクリーンなエネルギーへの転換ということでございます。もう一つエネルギー消費そのものを減らすという意味での省エネルギーでございます。後者については、今までこの調査会で何人かの方が既に意見を述べられたと思いますし、また本日も中上さんがある程度この問題に触れられると思いますので、詳細は省かせていただきます。ただ、省エネルギーエネルギー効率の向上という定義で考えますと、これを推進することが何よりも一番重要な方策であることは私も信じて疑わないわけでございます。  一方、燃料転換ということになりますと、非化石燃料開発というのがポイントになるわけでございますが、まとめて私が申し上げたいのは、確かに開発は重要であるけれども、余りに性急に開発する、そして利用するということは避けるべきであるということでございます。  それで、どういうものが考えられるかということですが、まずよく挙げられますのが御承知太陽エネルギーでございます。太陽エネルギー利用の仕方というのはいろいろございます。例えば家庭で広い窓をつくって、それで太陽の熱を部屋の中に取り込むというのも太陽エネルギー一つ利用の仕方でございます。ですが、そういういわゆるパッシブソーラーと言われる話はちょっと後にさせていただきまして、今一番注目されておりますのが太陽光発電太陽電池を使った発電でございます。これが二酸化炭素は排出しない、しかも太陽エネルギーを直接利用するという意味で望ましいことは明らかなんですけれども問題点が幾つかございます。  その一つ問題点はコストが高いということに代表される全体のエネルギー収支の問題でございます。つまり、我々は太陽光発電をしようといたしますと、そのためにいろんな物質をつくり、それを使って太陽電池をつくる、あるいはその支持体をつくるためにいろいろ、鉄を生産し、アルミを使うといったことをやるわけです。ところが、それがかなりのエネルギーを使ってつくられる。そういったトータルのエネルギー耐用年限のうちに発生できるエネルギーを上回ってしまうのならば何の意味もない。そういった意味で、エネルギーの入った量と、つまり使った量とそれを使って発電する量との比較をするというのがエネルギー収支分析という方法でございまして、これは二十年ぐらいの歴史がございますが、そういった目で見ますと、現在の太陽光発電はまだ特性的に余りいいとは申せません。  いろんな計算がございますが、例えば我々がそういった太陽光発電装置をつくって設置いたしまして発電するといたします。何年たったら最初に設備をつくるときに使っただけのエネルギー発電できるか、それがエネルギー投資回収年数ということになりますが、この計算をやった例をいろいろ見てみますと、大体現在の段階では二年ないし三年というものがほとんどであるわけです。さらに、これに出力の時間変動をやわらげるためにバッテリーをつなぐという形にしますと、さらに一年近くが追加されることになります。  そうしますと、使いました太陽光発電装置がその年限以上に少なくとも長く使えないと意味がない。現在我々が知っておりますいろいろなエネルギー源というのはもっとはるかに小さいエネルギー回収年数のものが多いわけですので、そういった意味でこの面からも技術的な努力をしませんと、我々にとって大変エネルギー的にもコスト的にも損なシステムということになります。そういう技術開発が今後必要でございまして、そういうものとにらみ合わせながらこういうものを利用していくという努力が必要かと思います。  時間がもうなくなりましたが、もう一点だけ申し上げさせていただきます。一分ぐらいで済むと思います。  何かと申しますと、我々自身の抱えている問題は大変長期でございます。そして長期で問題を解決しようという場合に、今申し上げました太陽光発電のようにかなり時間をかけ、そして地道に慎重にやらなくてはいけないと思っておりますが、逆に長期の問題であるがゆえに思い切った努力を将来にかけてすれば問題が解決できる可能性が随分ございます。そういった意味で、我々は長期的な技術を今後もっと検討していくべきだと思っております。  そこに「抜本的技術開発」と書いてありまして、「ハード型」、「システム型」とありますが、これはいずれも現在官庁の中でも検討が始められているような技術でございますが、いずれも時間がかかります。ただ、私どもとしてはこういった長期技術開発することが本当の意味で問題を解決するかぎだと思っております。具体的な技術につきましては、実はOHPを用意いたしましたが、時間がございませんのでここでは省かせていただきまして、後ほど御質問がございましたら紹介させていただきます。  以上でございます。
  4. 浜本万三

    会長浜本万三君) どうもありがとうございました。  次に、佐和参考人からお願いいたします。
  5. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) 京都大学佐和でございます。  二十一世紀に向けた地球環境問題とエネルギーに関する件ということでございますが、お手元資料のタイトルはちょっとそれとは違っておりますが、三枚とじの資料に沿って、これをほとんど読むような格好で話させていただきたいと思います。  まず、今なぜエネルギー問題が問われるのかということから考えたいと思います。  御承知のとおり、一九七三年の十月に第一次オイルショックが襲来した、そしてまた一九七九年に第二次オイルショックが襲来したということで、二度のオイルショックによって石油価格が途方もなく上昇するのではないか、あるいは場合によったら石油の供給が途絶されるのではないかという懸念から発して、一九七〇年代にはエネルギー問題への関心は異常なまでの高まりを見せました。  しかしながら、その後八〇年代に入って、特に八〇年代半ば近くになりますと石油の需給が緩んできたということもありまして、八六年ごろから石油価格低落傾向を示すようになったということもあって、八六年以降はエネルギー問題への関心がとみに薄れたわけでございます。そして八七年から九〇年、日本大変景気のよかった時期ですが、あのころには省エネという言葉がほとんど死語同然と化していたのではなかったろうかというふうに思っております。  それを具体的に示す数字を挙げますと、一九六五年から七三年、つまり第一次オイルショックの前の八年間におきましては、GNP実質成長率が九・二%に対してエネルギー消費伸び率年率一一・八%であった。その比率のことをよくエネルギー需要GNP弾性値というふうに申しますが、その値が一・二八であった。つまり一%の成長をするのに一・二八%のエネルギー消費増加を伴ったということでございます。  ところが、オイルショック以降の七三年から八六年について見ますと、実質経済成長率が三・七%であったのに対してエネルギー消費伸び率年率にしてわずか〇・二%であった。そういう意味では、このGNP弾性値というのが何と〇・〇五というほとんどゼロ近くにまで落ち込んでいたわけでございます。ところが、八六年から九〇年にかけての四年間におきましては、実質経済成長率平均年率五・三%であったのに対してエネルギー濫費伸び率は四・四%ということで、GNP弾性値は再び〇・八三という一に近い数値にまで上昇したわけであります。  そして、エネルギー問題が今なぜ問われるようになったのかということに関しましては、先ほど茅先生お話にもございましたように、一九八八年夏以降の地球環境問題、なかんずく二酸化炭素による地球温暖化問題への関心が高まったからにほかなりません。そして、二酸化炭素排出量を削減するためには化石燃料消費を抑制する必要がある。どうすればその化石燃料消費を抑制することができるのかということが問われるようになったわけであります。  と同時に、この地球環境問題の重要な点というのは、私ども社会経済のさまざまな問題を考えるに当たって、あるいは技術の問題を考えるに当たって、時間的視野を従来は五年、十年、たかだか二十年程度に置いていたのを、それを五十年あるいは百年まで引き延ばす必要が生じた、あるいはそういうふうに長期化しなければならないということを皆に認識させたという点、そしてまた空間的な視野というのも、この日本列島に限るのではなくてグローバルなレベルにまで押し広げる必要があるということ、そういったことに私どもが気づいた点が大変重要な点ではないかと思うわけであります。  言いかえれば、十年先あるいは二十年先のことを考える限りにおいては二酸化炭素による温暖化の問題なんというのは取るに足らないわけでございます。しかし、五十年先、百年先ということを視野におさめることによって初めてその深刻さが見えてくる。同時にまた、日本列島だけに目を注ぐ限りにおいては環境問題というのはさほど深刻ではない。しかしながら、視野をグローバル化することによって、すなわち南北問題を直視することによって環境制約エネルギー制約、そして環境エネルギーとのトレードオフ関係が鮮やかに見えてくるのではないでしょうか。  次に、地球環境問題は一体私どもに何を問うているのだろうかということなんですが、それに対する私の答えは、大量生産大量消費大量廃棄を旨とする二十世紀型工業文明の見直しではないでしょうか。しばしば新聞等にも出てまいりますように、持続可能な発展、サステーナブルディベロプメントをかなえるためには一体何をすればいいのかということが今問われているわけであります。そのためには政府政策運営もあるいはまた企業行動も、そしてまた消費者行動の一切合財が問い直されなければなりません。俗っぽい言い方をすれば、地球に優しい企業行動とは一体どんなものなのか、そしてまた環境と調和する消費者行動とは一体いかなるものなのかといったことを私どもは真剣に考える必要があるわけであります。  そういう意味では、この地球環境問題というのを、私はアダム・スミスの言葉を用いれば神の見えざる手が打ち鳴らす警鐘であるというふうに理解すべきではないかというふうに思っております。先ほど茅先生が御指摘なさったように、温暖化問題に関する科学的知見というのはいまだ不十分であることは申すまでもございません。しかしながら、科学的知見の蓄積が不十分だから何もしないでいいというわけではなくて、やはりこれは神の見えざる手が打ち鳴らす警鐘であると。それは、もちろん温暖化問題ということが、温暖化するとそのこと自体が深刻な事態を引き起こすということもさることながら、二十世紀型の工業文明を今見直さないととんでもないことになる、そういう警鐘が打ち鳴らされているというふうに私は理解すべきだと思います。  とりわけ、八十年代後半の日本におきまして異常なまでのエネルギー消費型構造への傾斜がございました。そして、あの当時を振り返ってみると、消費年率九・二%ずつ、設備投資は、八七年から九〇年ですが、年率にして一八・三%、そしてまた個人住宅投資も一二・六%ぐらいの勢いで伸びていたわけでございます。そして、ぜいたくなライフスタイルが格好いいという、それまでの日本にはなかったような意識が蔓延いたしておりました。  それでは、一体エネルギー供給の問題をどう考えればいいかということで、当然原子力発電をどう考えるか、あるいはその可能性はどうなのかということについて一つの問題として考える必要があるわけです。もちろん、原子力は二酸化炭素フリーではございますが、現在のところ立地の困難、言いかえればパブリックアクセプタンスの問題がどうしても前に立ちはだかっておりまして、今後原子力発電の立地地点を、サイトというんでしょうか、そういったものをふやしていくことが極めて難しいという状況にあるわけでございます。そういう意味では、やはり省エネルギーと新エネルギーという方向を突き詰めていくということが避けがたいことといいますか、必要なことだというふうに思っております。  先ほど茅先生もお触れになりましたように、太陽光発電などの再生可能エネルギーをもっと積極的に導入する必要があるのではないでしょうか。そのためには、もちろん今のところ太陽光発電というのはコスト的に見合わないというふうに言われるわけでございますが、それは普及しないから、普及しないからといいますか、量産効果が働かないからコストが高いということがあるわけでございますので、それを普及させるためには何か経済的な仕掛けが必要ではないかというふうに私は思っております。つまり、技術だけにゆだねて太陽電池のコストをこれ以上下げるということは、十年、二十年かければ可能かもしれません。しかし、それ以上に今必要なのは普及させるための仕掛けを考える、あるいは仕掛けを仕掛けると言ったら変な言い方になりますが、そういうことが必要ではないかというふうに思っております。  じゃ、どんな仕掛けが必要かということになったら、また御質問があればお答えしたいと思います。  これまでも、一七九八年にマルサスが「人口論」という本を書いて、人口は幾何級数的に増加する、それに対して食料供給は算術級数的にしか増加しない。したがって、必ずや食料危機が訪れて人口の増加には歯どめがかかるであろうというようなことを十八世紀末に述べたわけでございます。しかし、その後農業生産技術革新によってこういったマルサスの予言は裏切られたわけであります。あるいは乗り越えられたわけであります。  また、一九七二年にローマ・クラブは「成長の限界」、リミット・オブ・グロースというレポートを出しまして、資源制約あるいは環境制約のゆえにこれ以上の成長には限りがあるということを言ったわけでございますが、これも少なくともついこの間まではオイルショックを見事に乗り切ってみせたというそういう自信もあって、やはり技術の力によって成長の限界を乗り越えられたかのように思われ、そして言われていたわけです。  しかしながら、今回新しい問題として地球環境問題が提起されてまいったわけですが、それを果たして科学技術だけで解決できるかというと、私はその可能性はまずゼロと言って差し支えないのではないかと思います。言いかえれば、社会経済システムを変えるといいますか、改変することなくしては地球環境問題の解決はあり得ないというふうに思っております。  科学技術に一体どんな可能性があるのだろうかということについて、私は全くの素人でございますが、素人なりの意見を一言申し上げますと、例えば二酸化炭素の固定化――排煙から二酸化炭素を分離し、そしてそれを固定化する、そういう技術にせよ、あるいは二酸化炭素をメタノールに転換する技術、実際にそういったことを行うためには大変なエネルギーが必要なわけです。そうしますと、例えば二酸化炭素をメタノールに転換して自動車が走るとすれば、その自動車は実は原子力で走っているという、そういう奇妙なことにもなりますし、あるいは化石燃料で電力が発電されているとすれば、その場合には一体二酸化炭素とどっちが、二酸化炭素収支という点からしても、果たしてそれは意味のある技術がどうかということが問われなければならないというふうに思っております。いずれにせよ、地球環境問題を究極的に解決するのはその技術であることは、これは間違いないと思います。  しかしながら、そういった技術開発の誘因としての経済的な手段というのを考案し、それを実際にこの社会の中に仕掛ける、社会システムの中に仕掛けることがやはり必要だと思います。最近よく炭素税とか環境税という問題が議論されておりますが、これは一言で言えば、要するに化石燃料の値段を高くするわけですね、税金をかけて。それで、高くするというのは結果はどういうことになるかといいますと、相対価格を人為的に変えるということですね。そして、そのこと自体はエネルギー消費型の産業にとっては大変手痛いことである。国際競争力が失われる等々のこともあって、なかなか抵抗が強いわけでございます。しかし私は、技術革新といいますかイノベーションというものは、相対価格の変化なくしてイノベーションなしたというふうに思っております。つまり、イノベーションの、技術革新の誘因となるのはやはり相対価格の変化だというふうに思っております。  さて、ところで、二十世紀型文明が問い直されているとすれば、二十一世紀型文明とは何なのかということが当然問われなければならないわけですが、私は、それを一言で申しますと、二十世紀型文明はフロー文明である、そして二十一世紀型文明というのはメタボリズム文明というふうに呼びたいというふうに思っています。メタボリズムというのは循環的代謝あるいは新陳代謝という意味ですが、まさに循環的代謝文明、そういう文明へ転換することが今求められているのではないかというふうに思います。そのメタボリズム文明をもう少し具体的に申しますと、適正消費、極少廃棄、リサイクル、省エネルギー、製品寿命の長寿化などを織り込んだ文明のことであります。  また、これはアメリカの副大統領のアル・ゴアが大変強く主張していることでございますが、GNPにかわる新しい経済指標をつくる。つまり環境をも織り込んだ新しい指標をつくる必要がある、それがこれからの経済学者の任務であるというようなことを言われているわけですが、このことに関しましては、やはりGNPは経済活動をはかる幾つかある物差しのうちの一つである、ワン・オブ・セムであるということを、そういう意識を徹底させればいいのであって、経済活動環境との両方を一つの物差しに集約してしまうというのは、これは無理がございますし、大変難しいことでもありますし、またそれほど私は意味のあることだとも思いません。繰り返すようですが、GNPというのは経済活動をはかる一つの物差しである、体温あるいは血圧のようなものであるというふうに理解することによって、そういう経済第一主義のようなものが乗り越えられるのではないかと思います。  それから、究極の省エネルギー社会とは一体どんなものなのかということ、そのことに関しましては後ほど中上さんからお話があると思いますので、一方の、それをひっくり返したといいますか、その逆である究極のエネルギー消費社会というのは申すまでもなくアメリカであります。例えば一人当たりの二酸化炭素排出量日本と比較いたしますと約二・五倍です。そして、発展途上諸国の平均の十二倍ぐらいをアメリカ人は一人当たりで出しているわけですね。そのために、そういう究極のエネルギー消費社会アメリカに対してどういう処方せんがあり得るかというのを、これはアル・ゴアが「アース・イン・ザ・バランス」、「地球の掟」という本の中で書いていることでございますが、輸送のモーダルシフト、白熱灯から蛍光灯、それから大型車から小型車へ、燃費効率の向上、電力料金の値上げ等々を副大統領ゴアは提案しております。  それから、こういった省エネルギー技術開発、そして文明の転換はいかにしてなし遂げ得るのかということでございますが、省エネルギー技術開発には、先ほど来申し上げていますように、経済的誘因が必要なことをまず強調しておきたいと思います。また、文明の転換、つまり二十世紀型文明から二十一世紀型文明への転換のためには消費者の美意識に訴えることが必要なのではないでしょうか。日本人は真善美ということをよく言いますが、真か偽かとか善か愚かということは余りこだわらなくて、それよりは美か醜かということを大変気にかける。そういう意味で、八〇年代の後半の四年間においてはぜいたくが格好いいという、そういう風潮が蔓延したということをさっき申しましたが、むしろ簡素なライフスタイルの方が、つまり省エネルギー的なライフスタイルの方が格好いいという、そういう美意識を培う必要があるというふうに思っております。また、市場経済におきましては、消費者が主権を持っているわけですから、消費者が地球に優しいことを製品の品質の一部にカウントする必要があるのではないかと思います。そういうことで企業行動をチェックする必要があるというふうに思っております。  次に、クリントンのエネルギー環境政策とプッシュのエネルギー環境政策とどこがどう違うのかということを六点にわたって申しますと、プッシュはコンプリヘンシブアプローチといいまして、要するに温暖化の犯人は二酸化炭素だけではなくてメタン、フロン、亜酸化窒素等々があるんだから、その全体の排出量を抑制するということを考えるべきであって、二酸化炭素だけに関して目標設定したりするのは問題だというのに対して、クリントンは、まだ実現はしておりませんが二酸化炭素抑制の目標設定ということを申しております。  それから、野生生物保護区のあるアラスカの石油開発をプッシュは容認したのに対してクリントンは容認しない。  それから、自動車の燃費効率基準の引き上げと、そのための技術開発を促進する。  それから、原子力発電所の新設を認めない。  さまざまな省エネルギー推進のための税制優遇措置、補助金交付を進める。  天然ガスの利用を推進する。「経済の建て直し優先の立場から、炭素税に関しては当分見合わされる公算大」というふうに書いています。これは実は一カ月ほど前に書いたことでありまして、その後エネルギー税という形でこれに似た税金を導入するということをクリントンは言っております。そういうことで、かなりアメリカのエネルギー環境政策が大きく今変わろうとしているということは認めざるを得ないと思います。  一方、ヨーロッパは、EC諸国は従来から非常に環境問題に対して積極的であるということを考えますと、どうも日本が結局キャスチングボートを握るのではないかというふうに私は思っております。つまり、日本はそういう意味では国際的責任を自覚する必要があるというふうに思っております。  それから、地球的規模において二酸化炭素排出量を九〇年レベルに安定化させようといたしますと、そしてまた途上諸国の発展する権利、発展権を認めるとするならば、日本を初めとする先進工業諸国は化石燃料消費の伸びを単に抑制するだけではなくて、化石燃料消費を削減しなければならないわけであります。そのためには、一層の省エネ技術開発、再生可能エネルギー利用技術開発、原子力の安全性の一層の向上に加え、社会経済システムに適切な改変を施すことが必要なのではないでしょうか。  以上でございます。
  6. 浜本万三

    会長浜本万三君) どうもありがとうございました。  続きまして、中上参考人からお願いを申し上げます。
  7. 中上英俊

    参考人中上英俊君) 住環境計画研究所の中上でございます。七年前に同じようにこの席にお呼びいただきましてお話ししたことときょうお話しすることが余り大きく変わっていないということは、当時から進めておかなければいけなかったことがまだ進められていなかったんじゃないかというふうに私自身も反省を込めて御報告したいと思います。  きょう私に与えられましたテーマは非常に大きなテーマです。「二十一世紀に向けた省エネルギー社会システムあり方」ということになっているわけですが、特に私の専門は、御承知のようにエネルギーというのは産業部門、運輸部門それから民生部門と三つの部門で言われるわけでございます。  きょうお話ししますのはその民生部門、私ども家庭生活で使うエネルギー、それからこういったビルであるとかホテルであるとか飲食店、そういったところで使われるエネルギー、この二つに分かれるわけでございます。そういったものの消費の位置づけと省エネルギー可能性、我々は後何をなさなきゃいけないか、こういった点についてかいつまんで御報告したいと思います。  図表をつけておきましたしOHPも使いたいんですが、お二人の先生のお話を伺っておりますと、OHPを使っていると時間が足りそうもございませんので、あけたりひっくり返したりしながらお聞きいただきたいと思います。  まず民生部門のエネルギー消費の推移でございます。これは四ページから六ページにかけて幾つかのグラフがありますが、まず四ページの表をごらんいただきますと「民生部門」というのが中ほどに書いてありまして、「家庭」と「業務」と二つに分けでございます。右の枠の中に長期エネルギー需給見通し、資源エネルギー庁で平成二年に出しました見通してございますが、それとの対比をしていただくために数字を挙げておきました。九一年度は速報値でございますけれども、民生部門の括弧の中に書かれている数値が伸び率でございます。長期エネルギー需給見通し二〇〇〇年までの括弧というのは一九八八年から二〇〇〇年まで二・七%、二〇〇〇年から二〇一〇年二%の伸びを想定したわけですが、いずれにしましても非常に高い伸びでここ数年推移しているということが御理解いただけると思います。なかんずく業務部門の伸びは非常に高い。これは私も計算してみまして驚きましたけれども、非常に高いわけでございます。  業務と家庭と大きく分けましたけれども、業務部門は先ほど申しましたように内容が非常に多岐にわたるものですから、一概にここがこうだからこう変わったとはなかなか言えないわけでございます。ただ、言えますことは、非常な建設ブームがここ数年続きまして、業務用の床面積が大変な勢いで伸びたということが一つ確かにございます。  それはもちろん、ただいたずらにふえただけではなくて、一つにはいわゆる産業部門と言われる製造業の部門からサービス化、ソフト化が進展することによってこの業務部門、要するに民生部門に相当産業構造が変わってきているんじゃないか、そういったこともありますから、一概に民生部門が伸びたことが悪いわけではなくて、ある部分は産業部門からシフトしてきた部分もあると思われます。  ただ、最近の動向を見ておりますと、それにしましても異常に高い伸びであることは間違いございませんし、私どもも幾つか調査をしてみますと、過剰な暖房ですとか過剰な冷房、要するに人の要求に任せて温度コントロールしているとどんどん冬は暖房温度を高くしてしまう、夏は下げてしまう、あるいは照明も過剰に照明してしまう。アメリカでは、先ほど佐和先生のお話で白熱灯から蛍光灯へというシフトがございましたけれども、逆に日本はムード照明と称してせっかく蛍光灯で省エネ的な照明をしていたのが逆に多消費型に移るというふうな動向もございますので、この部分については省エネルギーの余地はまだ今後あるだろうと思われます。  一方、家庭用でございますけれども、次のページの五ページ、六ページに家庭用の推移を示しておきましたが、何度か増減を繰り返しながらですが、全体的には傾向として増加してきていることがおわかりいただけるんじゃないかと思います。  図の一はエネルギー種別、下が用途別でございます。用途別というのは暖房、冷房、給湯それから照明・動力・その他と分けてあるわけですね。  上の図で特徴的なのは、一番左の白い部分、これは電力でございますけれども、合計では減ったりふえたりしているにもかかわらず、電力だけは非常に安定的に伸びてきているということで、家庭内の電化率が今後ますます高まっていくのではなかろうかということがうかがえるということが一点。  それから下の図でいきますと、この白い部分、これは今度は用途別ですから暖房になりますけれども、非常にその年によって大きく変動しているわけですね。これは申すまでもなく、その年が暖かい年であったか寒い年であったかということによって暖房のエネルギーは左右されるわけです。いずれにしましても、一九九一年、これは一番新しいデータですけれども、合計でいきますと、一世帯当たり一年間に一千万キロカロリーという値を初めて九一年で突破した、昨年のデータはまだ出ておりませんけれども、そういう状況にある。  六ページをごらんになっていただきますと、寒さ暑さというものを、一応年によって変わるわけですから三十年ぐらいの平均でならしてみまして、同じような気候であったらどうかというふうに並べかえてみますと、破線の太い線がございます。それが気温補正値になっているわけですが、二回のオイルショックのときには確実に対前年を下回っておりますけれども、一貫して右上がり、ただ九一年で初めて横ばいないしは若干落ちたという状況がうかがえますので、そろそろ伸びの勢いがとまりかかったかなという気がしないわけでもない、そういう状況でございます。  しからば、将来どの程度までいくであろうかということが御興味あろうかと思いますが、それは例えば参考としまして七ページをあけていただきたいと思います。  これはほかの国、要は先進国がどうなっているんだということでございますけれども、ヨーロッパ諸国とアメリカと日本とを比べたものでございます。グラフが少し見づらいかもしれませんが、ほかの国々で非常に背の高いのは暖房用でございます。給湯あるいは厨房、照明、動力といったのは、アメリカは論外に多いわけでございますけれども日本とヨーロッパ諸国とはほぼ同じかあるいは日本の方が多いという状況がおわかりいただけると思いますが、暖房だけは随分大きな差がある。非常に見づらいですけれども日本の中には左から二番目に冷房がちょっと出ているんですが、ヨーロッパ諸国は御承知のように冷房はほとんど必要としない気候なわけですね。アメリカには冷房は結構出ております。  そうしてみますと、日本の場合には気候条件でいきますと、当然これはヨーロッパと比べると日本の方が温暖でございますので、ヨーロッパ並みに暖房消費が伸びるとはとても思えないわけです。イタリアと日本の冬の気候を調べてみますと、これはもうどういうあらわし方で寒い暑いを言ったらいいかわかりませんが、いろんなデータがあるわけですが、約一割方日本の方が寒いといいますか、イタリアの方が少し温暖なんですね。ですから、イタリア並みとはいかなくても、イタリアに近い水準までは暖房もふえてもおかしくないというのが私どもの見解でございます。  そうしますと、これは冒頭一ページに書いてあると思いますが、今後日本の家庭用のエネルギーが一世帯当たりどのぐらいまでいくだろうかというと、大体今の水準から五割増しぐらいの水準にいくと、多分そこからは伸びがなくて、もう後は暑さ寒さだけで変動するという状況に変わってくると思います。右上がりというのはなくなってくるだろうと思います。  しかし、この一・五倍というのが達成できるかと。これは大体今までの趨勢で伸ばしてみますと、二〇一〇年ぐらいになりますとその水準になるだろうと思われるわけです、これが一方、お二方の先生のお話にもございましたように、地球環境問題等の制約がございまして、家庭用といえどもそういう伸びが許されるわけではない。したがって、下手をすると日本の住生活水準は永遠にヨーロッパをキャッチアップできないまま終わってしまう危険性といいますか、寂しい状況もあり得るわけです。  ただ、それは今までの趨勢で伸びたらそうだということでございまして、しからばどういう手だてがあるかというと、きょうお話しする一つポイントである省エネルギーという技術によってそれを達成していこうということになるわけでございます。  次の八ページ目は、これは業務用のビルの省エネルギー技術の例でございますけれども、これは二回のオイルショックの直後ぐらいにゼネコンの大林組が建てましたビルで、非常に省エネルギーとしては有名なビルでございます。ビルの場合にはこういった技術がございますが、業務用の場合には、あるビルでこの技術が適用できたからすべてのビルにこの技術が適用できるかとなると、それはそうではないわけですね。立地条件が違いますし、規模も違いますし、用途も違いますから、必ずしもこの技術がすべて適用できるわけではないわけです。  しかし、理想的に省エネルギーを取り込もうとするならば、四分の一ないし三分の一ぐらいのエネルギーで十分今の水準をクリアできるというのが一例でございます。もちろん、これにはコストの増分要因もございますけれども技術によってはもう一年以内で開始できるものもございますし、あるものは十年かかるものもございますけれども、ビルの耐用年数が三十年、四十年ということを考えれば、十分その範疇に入ってくるわけです。  一例で申し上げますと、典型的なビルで使われる照明用のエネルギーのトータルですね。要するに、そのビルが建てられてから壊されるまで通常三十年とか五十年とか耐えますけれども、例えば五十年ぐらいだとしますと、照明代だけでビルの建設費の半分以上が飛んでしまうといいますか、照明代というのはそのぐらいの規模になるわけですね。それにさらに冷暖房等を加えてまいりますと、建てるコストよりはエネルギー代の方がトータルでは高くなるということでございますけれども、なかなかそういう御理解がいただけないところが問題でございまして、すぐ投資回収してしまいたいということで、時間のかかる技術はなかなか適用してもらえない。この辺が悩みでございます。  九ページは、これはもう皆様御承知のとおり、昨年省エネ法の改正が一部ございまして、その中で住宅を保温構造化することによって暖房あるいは冷房のエネルギー消費を節減しようという最も典型的で効果の大きな技術でございますけれども、この基準が改定されました。左側の黒くドットが打ってあるのが旧基準、白抜きの方が新基準。戸建住宅と集合住宅と分けてありますが、どちらでも結構でございますけれども、例えば戸建住宅で見ますと、これは全国を平均してみました。どうやって平均するかというと、下のような地域区分になっておりますから、毎年各地域で建てられる着工戸数が違うわけですね。それを最新年の着工戸数で加重平均してみました。ですから、当然Ⅳ地域、この一番大きな地域の影響が大きくなるわけですね。したがって、全体の平均というのもⅣ地域の値に近くなっておりますけれども、おおむね三〇%ぐらいの省エネルギーの強化を行ったということが言えると思います。  単純には三・二を四・六で割り返していただければそんな値になろうかと思いますけれども、まだこの先がないかというと、北海道並みにすれば、まだ幾分の取り代はあるのではなかろうかと思いますから、いずれまた今後強化するときの目安になるのではなかろうかと思います。  それから、十ページでございます。これはまだそんなに普及していないといいますか、製品開発が終わったばかりの技術でございますけれども、多機能ヒートポンプ、少し専門的で申しわけないのですが、ヒートポンプというのは、皆様方がおうちでお使いのエアコンというのは全部ヒートポンプというメカニズムを使っております。夏は冷房し、冬は暖房をするということになりますけれども、例えばこの多機能ヒートポンプは、その場合に、夏冷房していると外側の暖かい熱がどんどん捨てられているわけですね。それを回収してお湯に使ってしまおうと。もちろん太陽を使ってもいいですけれども、冷房していれば自然に捨てている熱でお湯は全部賄えてしまう。いわばおふろ用のエネルギーはかからない。そういったような技術でございます。  お湯を沸かす場合でも、今までのお湯の沸かし方よりは効率がよくなりますものですから、全体的に非常に効率が高くなるわけです。そういった技術を用いますと、従来ケースというのはどういうケースかといいますと、セントラル冷暖房をして、給湯も一応おふる、台所、洗面所で使える、こういう状況を仮定しますと、それが一に対して、電力多機能、エンジン多機能、いずれにいたしましても半分ぐらいのエネルギー消費量で十分それだけの性能が賄えるというわけです。したがって、一・五倍になると先ほど申し上げましたけれども、すべての家にこういう技術が適用できるような時代になれば、むしろ今よりエネルギーは減らして、快適性は一・五倍になるということが期待できるわけです。  ただ、ここで難しいのは、こういった技術というのはシステム技術でございますから、冷房を一台ずつ部屋にふやしていったときに、このシステムに入れかえようとすると、全部取りかえなきゃいけないわけです。そうすると、なかなか既存の住宅には適用しづらいわけです。新築住宅の場合でしたら最初から、どうせ冷暖房、給湯をやるならばこういうシステムを入れておこうということができるわけですけれども、既存の住宅をどうするかとなると、これまた簡単ではない。先ほどの断熱材もしかりでございまして、既存の住宅に断熱材をくまなく効率的に設置しようとすると、これは大変でございます。床から壁から屋根から引っぱがさなきゃいけないということになりますから、なかなか簡単ではない。  そういったことで、できるだけ新築住宅の段階からこういった技術を適用していくということを心がけなきゃいけないわけでございますけれども、ここで少し本文に戻りたいと思います。  今三ページの上の辺までお話をしてきたわけですが、こういった建てかえや改築をする場合に、こんな技術がごく自然に一般国民の方々に取り入れられるような部品開発技術開発が同時に必要でございますけれども、国民の方々にとってわかりやすい形でこういった情報なり技術が提供される、この仕組みが必要だろうと思います。  その際、当然省エネルギーに対する一層の理解を促すといいますか、理解を持ってもらうためにも、我が家は省エネ型なんだろうか、私のビルは省エネ型なんだろうかというような診断ができるような、そういう仕組みがあればいいなと思うのですが、これがなかなか言うのは簡単ですが、つくるのは難しい。だけれども、ぜひ将来的にはそういうことをどなたでもチェックでき、どなたでも診断してもらえるというような仕組みが必要になってくるだろうと思います。  一方で、既に若い世代、大ざっぱに言って三分の一の世代ぐらいになろうかと思いますけれども、二回のオイルショックすらもう歴史的な事柄なんですね。全然自分の体験にはないわけでございます。そういう人たちにとっては、私は驚くべきことなんですが、湯水どころか、エネルギー自体が空気みたいな存在だと。スイッチをひねれば何でもできてしまう、こういう状況になっているわけです。そういった状況ではとても技術開発をやっても、やはり根本的なところを変えていかなきゃいけないだろうというのが、私の最近の実感でございます。  佐和先生は、これを美意識というふうにおっしゃいましたけれども、そうではなくて、根本的な生活、あらゆる場面で常にエネルギーを効率よく使うということを、人々の知恵の中にビルトインしてしまわなきゃいけないのじゃないのか。そういった世代にこそ今後主役になってもらわなきゃいけないわけですから、こういう世代を中心としたエネルギー教育といいますか、エネルギー学習といったことをぜひ推進していただきたい。  また、エネルギーという問題は、きょうも皆様方にお話ししまして、非常にわかりづらい面があって恐縮でございますけれども、すぐ数字が伴うわけです。これはわかりづらいわけです。これをまた円換算してみましても、最近のエネルギー代が非常に安いものですから、全然バンチがないんですね。  そうじゃなくて、これはそういう攻め方じゃだめなんだろうなと思いまして、最近は、体験しながら学習できるような環境学習フィールドみたいなところが各所にできて、そういうところに行って、実はエネルギーというのはどういう仕組みで成り立ってきていて、使ってみると、断熱材を使っている家と使っていない家じゃこれだけ違うのだとか、太陽エネルギーを使うというのはこういうことなんだとか、あるいは小川があれば、そこで小さな水力の発電機を回してみて、小川から取れる電力のレベルを考えて、実際の水力発電なり原子力というのはどれだけのパワーがあるものなのかとか、そういったことを身近に体験するような場所ができればいいのではないか。そういうことによって、より一層認識を深めてもらえるのじゃないかなと思っております。  最後の四番目は、少し大きなことが書いてありますけれども、とにかく先ほどお見せしましたように、我が国の家庭をごらんいただきましても、一部の用途を除いて、もう欧米水準をはるかに上回るようなレベルにきているような用途もあるわけです。これまではどちらかというと、そういうところを見ながら我々は生活を豊かにしたいと考えてきたわけですが、これは両先生のお話にもございましたけれども、途上国にあってはまだまだ我が国の明治時代、江戸時代という生活をしている人は数倍のオーダーでいるわけですね。  そういう人たちが我々と同じような暮らしをしたいということに対して、我々はそれを拒否するあるいは否定する権利はどこにもないわけでございまして、そういったことから考えると、空間的、時間的とおっしゃいましたけれども、私もまさにそのとおりだと思いますが、資源配分のあり方を根本的に我々が考えていかなきゃいけない。必ずしも先進国を見て追いつけ追い越せではなくて、途上国の人に対しても我々が何ができるのかという意味で資源問題を考えるとなればもっと違うアプローチがあるんじゃないかと思います。  これはまた、そういうことを今考えるということは、おくれてくる世代にとっても私たちが今やっておかなきゃいけないことだと思います。特に今回の地球環境問題が三十年、五十年といった非常に長期な問題であるならば、なおかつこういったアプローチの仕方というのは、非常に後になって効いてくるといいますか、有効性があるんではないかと思いますので、その点を強調して、とりあえず私の報告を終わりたいと思います。
  8. 浜本万三

    会長浜本万三君) どうもありがとうございました。大変時間が短くて申しわけございませんでした。  以上で参考人からの意見聴取は終わりました。  これより参考人に対する質疑に入ります。  質疑のある方は順次御発言願います。
  9. 藁科滿治

    藁科滿治君 各先生から貴重なお話を伺いまして、ありがとうございました。  まず、茅先生に御質問をさせていただきます。  地球規模の環境保全、これを進めるに当たって南北問題が大きな障害である、このように認識しておりますが、あわせて我が国の立地条件から考えた場合に、最近登場しております中国問題、これも大変大きな課題ではないか、このように考えております。  私の手元に二月七日に発表されました国立環境研究所の観測報告が出ておりますけれども、島根県沖の日本海上空で、西寄りの風が吹く日に酸性雨原因となる汚染物質の飛行の濃度が濃い、こういうようなことが科学的な裏づけをもって実証されているわけでございます。このような事例を見てまいりますと、環境問題への対応はまずもって実態とその問題点を検証するということが必要であることは言うまでもありませんが、特に科学的な裏づけを持った実証ということが非常に重要な意味を持ってくる、このように考えているわけでございます。  そこで、第一にお尋ねしますことは、各国の科学的分析技術システム、そしてその分析結果の情報といったものが環境サミットといったああいう定型的な会議だけではなく、日常的に相互に交換、伝達するようなルールとか機構とかいったものができているんでしょうか。また、そういうものによってこういった環境破壊の抑止力というものが機能しているんでしょうか。その点をまずお尋ねいたします。
  10. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 今の御質問は、こういった汚染問題その他に関しましてのモニタリング、観測のネットワークがどのぐらいできているかというお話だと思いますが、これはもちろん問題によって当然異なってまいります。  温暖化に関連いたしました気象関係の観測データ、これは実はオゾン層も関連いたしますけれども、こういうものにつきましては現在世界的なネットワークをつくる方向で動いておりまして、一九九〇年に世界気候会議というのがございました。これはたしか一九九〇年十一月、ジュネーブで行われたというふうに記憶しておりますが、そこではそういった世界的なプログラムを発足することが決議されておりまして、そのための作業が現在行われております。その詳細につきましてはちょっと手元資料がございませんので、今正確にどういう名前というのは申し上げられませんが、必要とあれば後ほどお渡しできるかと思います。  それから、先ほど例にございました酸性雨につきましては、残念ながら観測網ができているという形にはなっておりません。酸性雨の観測というのは実は地域的には古いものもかなりございます。例えばスウェーデンでは一九五〇年ごろから酸性雨の観測をやっておりまして、それが御承知のスカンジナビアの湖沼での酸性雨被害一つの重要な科学証拠になったわけです。  我が国の場合にはそういった計測がかつてございませんで、八〇年代になって民間、それから今お話に出ました環境研等で計測をやるという状況がだんだんできてきておりますが、きちんとした観測のネットワークをつくってそれを行うということまではまだできていないのが残念ながら現状でございます。そういった酸性雨問題は非常に大きな問題でございますので、今後世界的にネットワークが広がっていくかと思いますが、今はそんな現状でございます。  なお、つけ加えますと、現在酸性雨問題についての観測、それからそれについてのいろんな体制が一番整っておるのは恐らくヨーロッパではないかと思っております。ヨーロッパは、御承知のように、一九七九年にこれにつきましての国際条約ができまして、漸次そういったネットワークあるいはそれを補助するためのいろいろな気象のモデルといったものの整備が進んでおりまして、データ的にはヨーロッパは一番存在しております。そういったヨーロッパのいろいろなノウハウというものが、日本を含めた東アジアないしは東南アジアに向けてアプライするというのが現在試みられつつございまして、今後次第に整備されていくかと思っております。
  11. 藁科滿治

    藁科滿治君 それでは二つ目、簡単に質問させていただきます。  ことしの年初でございますが、プルトニウムの輸送をめぐって一つの騒動があったわけでございます。先生はプルトニウムのエネルギー源としての特性、安全性、それからあの際に問題になりました情報の公開という問題についてどのようなお考えを持っておられるか、ちょっとお聞かせください。
  12. 茅陽一

    参考人茅陽一君) プルトニウムの問題を話すということになりますと、どうしても原子力をどう考えるかということをちょっと申し上げなければいけないかと思うんですけれども、私自身はこういうふうに考えております。  原子力は、御承知のように、また先ほど佐和さんが言われましたように、一般のパブリックアクセプタンスが必ずしもよくない。また、現実に東欧あるいは旧ソ連の炉の安全性というのがかなり気がかりであるという問題がございます。また、高レベル廃棄物に関しまして、その処理をどのようにするかという問題についてまだ必ずしも一般の了解が十分得られていないということも確かかと思います。  そういった意味で、この推進というのにつきましては慎重であるのが筋だと思っておりますけれども、一方におきまして、原子力というのは特に我々エネルギー技術をやっている人間から見ますと非常に得がたい特性があるわけです。それは何かと申しますと、さっき申したことなんですけれども廃棄物の問題ですね。エネルギー源というのを考えてみますと、石炭から始まりまして、もっと古くから言いますとまきから始まりまして、石炭、石油、天然ガス、そして原子力という動きが見てとれるわけですけれども廃棄物の量というのが次第に少なくなってきているというのが状況でございまして、特に原子力の場合はこの差が非常に明白なわけです。  例えば石油火力と原子力の廃棄物の量を見ますと、同じ百万キロなら百万キロの出力に対しまして大体三けたから四けたぐらい違うわけですね。もちろん原子力の廃棄物の性質が違いますので量だけで言うのは当然乱暴なんですけれども、しかしこれだけ廃棄物の量が圧倒的に少ないということは処置に対してかなりの自由度があるということになります。  先ほど申し上げましたように、地球環境という立場から考えますと、やはりできるだけ廃棄物の少ないエネルギー源を使いたいというのが我々の考え方で、そういった意味では原子力は一つの妥当性を持っていると言えるわけです、また、二酸化炭素という問題が余りないというのも、当然のことながら非常に大きな特徴かと思います。そういった意味で、原子力というものを我々は今後のエネルギー一つの柱としてサポートしていくべきだということは、私も感じております。  そういった立場から申し上げますと、今のプルトニウムの問題というのは私としてはポジティブにとらえたいと思っております。と申しますのは、プルトニウムは今使うべきかどうかということになると非常な批判があるわけですわ。なぜかと申しますと、プルトニウムをいわゆるプルサーマルという形で普通の原子力に使うのではむしろ値段が高くなるのではないか、また高速増殖炉、FBRに使うということになると大分先かもしれないし、しかもそこまで今やる必要はないのではないか、あるいはプルトニウムは非常に毒性が強いから運ぶことは非常に危険ではないか等々のいろんな批判があることはよく存じております。  ただ、そういった特性にもかかわらず、まず一つ言えますことは、プルトニウムというのは、実際にこれが利用できれば我々の原子力の資源面での問題というのはほとんどなくなるということがあるわけですね。現在の軽水炉は大体ウランをそのまま使って、出てきた使用済み燃料をそのまま保管しておくという形でのいわゆるワンススルーという方式でやっておりますけれども、これでやると資源量はかなり限定されます。現在の段階では世界的に原子力は余り伸びておりませんので、その意味では資源問題は当面はございませんけれども長期的に二十一世紀ということを考えてみますと、資源をより有効にできる増殖炉、あるいはそこまでいかなくても、プルサーマルという形態の燃焼形式は我々は考えていきたい。そういう意味ではプルトニウムというのは非常に重要だと思っているわけです。  その場合にいろんな安全性その他の問題が議論されておりますが、私自身はプルトニウムの安全性というものにつきましては、現在の輸送方式は十分安全ではないかと個人的には思っております。ただ、その場合しばしば誤解されますのは、二万四千年という半減期が非常に長いということで大変な不安を与えているような気がいたすんですけれども、物の考え方なのかもしれませんが、我々が普通知っております毒性物質と言っているのは半減期は無限大なわけです。つまり無限に毒なわけなんですが、半減期があるということは無限の毒ではないということですね。ですから、普通我々が毒性を持つ物質と言っているものと半減期を持つ放射性の物質とどっちが危険かという議論をした場合には、余り私は差が認められないのではないかという考え方を持っておりまして、これは人の考え方かもしれませんが、私自身はその側面から安全性を云々するのはややおかしいのではないかというふうに思っております。  あと御質問にございました情報公開でございますが、当然のことながら、情報公開の問題はプルトニウムに限らずあらゆる原子力について必要なことでございまして、これについてもっともっと関係者も、また政府も情報公開をすべきだと思っております。  ただ、これも私一つだけ申し上げたいのは、我々自身はかのいろいろなエネルギー源でも似たような問題をいっぱい抱えております。例えばLNG火力でもあるいは石油火力でも石炭火力でも、さらに広く一般にこういったエネルギーにつきましても使う設備ではいろんなトラブルが、これは事故と言うよりはトラブルと言うべきだと思いますが、起きております。これは工学施設である以上当然のことなんですが、そういったものと原子力発電所ないしはそれに関するもののトラブルと比較をいたしますと、正直言いまして一般の報道は余りにも原子力だけを取り上げているという気がしないわけではございません。  だから、情報公開というのは私は非常に必要だと思いますけれども、これはエネルギー全般にこういう問題が存在するというふうにお考えいただいて、逆に他のエネルギー源の安全性と比較しながら見ていただくということも重要ではないかというふうに考えております。  以上でございます。
  13. 藁科滿治

    藁科滿治君 それでは、佐和先生にお願いいたします。  文明の転換というお話は、言われる意味はよく理解できます。問題は、どういう形で実践していくかということでございますけれども、私ども考えますに、行政面でも縦割り行政の問題点というようなことがいろいろ言われておりますし、またアメリカでは数年前、環境省という省格の位置づけもあったわけでございます。こういう点は大いに見習っていかなきゃならぬと思っております。  今ここでは時間がございませんので、企業側と消費者、生産供給側と需要消費側、この二つにかかわる教育の必要性ということを私は痛感するわけでございます。家庭の幼児教育から学校教育、それから企業教育、さらには社会教育というようなことで、生涯学習的な教育が今このトリレンマの問題の調整をめぐって求められているのではないかというふうに考えておるわけでございますが、お考えございましたら、ちょっとお伺いさせていただきたいと思います。
  14. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) 私さっき、今二十世紀型文明が問い直されている、二十世紀型文明とは何なのかというと、大量生産大量消費大量廃棄を旨とする文明だというふうに申し上げましたが、それにはただし書きが必要でありまして、大量生産大量消費という文明は、二十世紀の初めに、要するにフォード自動車のヘンリー・フォードがつくり出した文明だというふうに言うことができるかと思うんですね。最近ではフォーディズムというよう宣言葉も登場いたしております。  それに対して、大量生産大量消費の後ろに大量廃棄をくっつけたのは我々日本人じゃなかったか、戦後日本ではなかったかというふうに思うわけですね。ですから、例えばビルの寿命にしたって、日本の場合二十年に一度ぐらいの割で戦後建てかえが行われてきたわけですね。これほどビルを粗末にする国というのは僕は外国にはないと思うんですね。同じように自動車の寿命も、車検制度等々の影響もあって、非常に相対的には短い。具体的に申しますと、日本が九・六年ぐらいに対してアメリカは十四・三年ぐらい、そのくらいの差があるわけですね。それからまた、家庭電化製品の寿命も短い。これはモデルチェンジの頻度も頻繁であるとか、いろんな問題があるわけですね。ですから、そういう製品寿命を長寿化させるということは省資源という観点から大変重要なことだと思うんですね。  ですから、使い捨て文明といいますか、大量廃棄の文明というのをつくり出したのは我々日本人であるということを自覚した上で、ライフスタイルから始まって企業行動に変革を迫る必要がある。そのためには、おっしゃるとおり教育というところを原点としなければいけないのは申すまでもないわけですが、それに加えて例えば、さっき申し上げましたようないろんな社会システムを変えるというか、それは行政の役割ですけれども、どう変えればそういう省エネルギー方向に、あるいは製品寿命を長寿化させる方向に人々あるいは企業を向かわせるかということをいろいろ行政の立場からも御配慮いただきたいと思うんです。
  15. 藁科滿治

    藁科滿治君 中上先生、ほんの一言で恐縮なんですが、端的に御回答いただければと思っております。  先日、この調査会で四国の方に視察に参りまして、省エネ住宅も見学いたしました。その際に、私も素人目でございますが、通風それから調湿、こういった問題が住宅の質を改善する意味で相乗作用を及ぼしているということを見ながら、また改めて痛感をしたわけでございます。我が国の場合には住宅の質改善ということも必須の要件でございますので、先ほど強調されました保温構造化と今言ったような問題は包含して考えていくということでよろしいわけですか。
  16. 中上英俊

    参考人中上英俊君) おっしゃるとおりだと思います。日本の住宅というのは、御承知のように、夏を旨としてつくられるという南方型の住宅でございまして、暖房という概念というのはもともとほとんどなかったわけですね。そこへ、暖房の方が冷房よりは技術的には簡単だし、コスト的に安いものですから暖房が先に入ってきた。そこで開放型の住宅をいきなり密閉型にしなきゃいけなくなったということになって保温構造が先に進んでいるわけですが、あに図らんや、夏の蒸し暑さはもうとてもかなわぬと。  本来ならば、保温構造化というのは冬にどてらを着ているようなものですから、夏になったらどてらを脱ぎたいわけですが、着っ放しになっているわけなんで、それを、願わくは、今おっしゃったように、通風とか湿度コントロールで何もがんがん冷やさなくても快適になるという知恵なり技術の工夫はできると思います。それは、まだ冷房がおくれてきているものですから、これからやがて大きな問題になってくると思います。答えになりませんけれども、おっしゃるとおりだと思います。
  17. 藁科滿治

    藁科滿治君 どうもありがとうございました。
  18. 佐藤静雄

    ○佐藤静雄君 自由民主党の佐藤静雄でございます。日本を代表する権威の三先生からお話をお伺いいたしまして、大変勉強をさせていただきました。  実は私、昨年の七月に初当選して東京へ出てまいりましたが、最初に気づいたのが、そして非常にいら立たしい思いをさせられたのが大都会における食料とエネルギーの浪費でございます。本当にこれは腹立たしい思いでございます。夜の東京を彩る風物詩なのでございましょうが、不要不急のイルミネーション、ネオン、あるいはビルの過剰とも言える冷暖房、不健康にして愚劣な深夜テレビ、こういうものが私にとってはまことに苦々しく腹立たしい思いでございます。  というのは、御承知と思いますが、私どもの福島県は日本一の発電県でございます。水力、これは揚水も含めて水力。火力、これは石油、石炭、天然ガス、これもございます。原子力は御承知のように日本一の発電県でございまするし、最近では地熱の開発も行っておりまするし、石炭ガス化複合発電、これについても実験プラントをつくっております。  そういう意味で、現時点における福島県の発電量は千七百五十四万キロワットに達しておりまして、これは日本全体の発電量一億六千四百八十二万キロワットの一〇%をはるかに超しております。日本における電力のショーウインドーというふうに申し上げても過言ではないと思うのでございます。さらにこの電気は福島県でつくられましてそのほとんどが東京電力に送られております。皆さん方がお住まいになっている、東京電力の総発電量四千八百万キロワットの二六%を超す電気を送っております。  さらになお、私の県では、国の要請に応じまして、今世紀末までには石炭火力あるいは原子力、地熱、水力等の電源開発計画を有しておりまして、その計画量は四百九十万キロワットに達しております。二〇〇〇年の日本全国の電力必要量は二億二千七百七十万キロワットというふうに推定されておると聞いておりますが、このうち福島県におきましては大体一〇%に当たる二千二百四十万キロワットを供給する。二十一世紀まで考えても日本で一番の電力県ということになるわけでございます。  そこで申し上げたいのは、電源開発を推進するためには、本県におきましては、農業者はその所有する農地を、それから漁業者は漁場を、森林所有者は山林をというように、父祖伝来の貴重な財産を提供するばかりではありません。原子力発電推進に象徴されますように、保安全性確保の問題、環境の問題あるいは地域振興の問題、県を二分するような深刻な課題を地域ぐるみあるいは県ぐるみで挙げて議論をし、そしてこの過酷な問題を解決して今日に至っておるわけでございます。  冒頭に申し上げましたように、東京でのエネルギーの壮大とも言える浪費、あるいは無意味な垂れ流し、これを見るたびに、本県でこんなに苦労して東京に送った電気がこれでいいのか、あるいは福島県が、県民が貴重な財産を提供して深刻な議論をして、それを克服した上で送った電気がこうなふうに使われていいのかというふうな思いを非常に強くするわけでございます。  そこで、まず茅先生にお尋ねをしたいのでございます。  経済を縮小させないでCO2を減らしていく、これにつきましては、生産消費に当たってのエネルギー利用効率を高めるか、あるいは炭素含有量の少ないエネルギーへの転換、これを図るというふうに考えるしかないと思うのでございますけれどもエネルギー転換につきましては、先ほどお話がございましたように、太陽エネルギーや風力など自然エネルギー利用促進のための技術開発や制度整備、これに思い切った手を打つことが必要であるというふうに考えております。  現在の技術レベルや我が国の自然条件を考えますと、しかしながら当面はどうしても原子力に頼らざるを得ないんではないかというふうに考えております。原子力については放射性物質の問題がございまして、これは我が国においては恐らく世界技術的には十分に安全にコントロールできておるというふうに確信をした上で今までも進めてきたわけでございますが、今後も安全性の確保は万全にでき得るものというふうに私は考えております。  ただいま藁科委員の質問に対しまして先生からお答えがございましたが、原子力利用促進はCO2対策の重要な柱であるというふうに私は考えますが、先生の御所見をもう一回お聞かせいただきたいということと、原子力の漠然とした不安感を取り除くためにも、より安全な原子力利用のための技術革新がどうしても必要であろうというふうに思っておりまするし、核融合も含めまして将来の原子力利用技術発展についてどういうふうな展望をお持ちなのか、お聞かせをいただきたいと思います。
  19. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 今のお話のまず前半の部分、これは御質問にはございませんでしたが、ちょっと感想を申し上げますと、おっしゃることは私も大変同感でございます。  実はつい二週間ほど前福島でシンポジウムがございまして、私そこへ出席いたしましたが、そこで発電県である福島の立場というのが大分皆さんから御意見がございました。東京はそういった意味じゃ電力の輸入県でございまして、当然のことながら一国の中で県間での輸出入を余り細かく議論するのはおかしいとは思いますが、しかし東京がかなり他県にそういった恩恵を受けていることは事実なので、その意味でも我々は省エネルギー、より有効な使い方ということにはもっと心すべきだと私も思っております。これは単に同感の意を表したわけでございます。  御質問でございますが、原子力につきましては、先ほどちょっと申し上げましたけれども、これを我々は維持していかなければならないということは基本として考えております。何でもかんでもこれをただ推進して拡大しようということは思っておりませんで、現在の世界の情勢、あるいは高レベル廃棄物の問題というのを考えますと、やはり一定のテンポで慎重に拡大していくというのが基本姿勢ではないかと思っております。  その安全性の問題で、実は私自身一番気にしておりますのは、我が国の問題というよりは海外でございます。我が国の安全性は一時期非常に騒がれておりましたし、現在も言われておりますけれども、実質的な安全性というのは世界的に見ても非常に高い。例えば緊急炉心冷却装置のECCS、これが美浜で初めて働いたわけですが、それ以後たまたま福島でも働きましたけれども、これが働くこと自身が極めて少なかったということがそれを一つ証明しているわけです。  ただ心配なのは、旧ソ連、東欧の安全性のかなり低い炉がオペレーターの十分な意識のないままに運転されていて、それがどうなるかという問題がございます。これは今世界的にも非常に大きな問題となっておりますが、ここで何か事故が起きますと、そのことの世界全体に対する波及効果が恐ろしく大きいので、我々自身としては、現在の例えば領土問題を含めてのソ連の交渉の中でも超政治的に何とかああいった地域の原子力運転に対して援助の手を差し伸べるべきだと思っておりますので、その辺よろしくお考えいただければありがたいと思っております。  なお、原子力にりきまして、もちろん技術的により安全にしようという議論は随分たくさんございます。例えば超安全炉という考え方がございまして、従来の原子炉以上に本質的に自己制御機能が高い炉をつくろうという考え方がいろんなところで今議論はされております。ただ、一方におきまして現在運転しております炉がございますので、超安全炉の開発を余り声高に申しますと、現在運転しているのが安全でないかのように思われるという、そういったややパラドックスみたいな話がございまして、この辺の言い方は問題であろうかと思いますが、私は一般の方により理解していただき、より安全性を高める意味でも超安全炉というコンセプトは大事ではないかと思っております。  核融合の話がございましたが、核融合の問題は私正直言ってちょっと別問題ではないかと思っております。というのは、核融合は御承知のように非常に長い時間開発にかかっておりまして、現在実証炉ができるというのが二〇三〇年という予定になっております。水素爆弾ができました一九五〇年代から考えますと、何と七十年というスパンになるわけで、これだけ長いスパンを要する開発計画、そのターゲットになった核融合をどのぐらい信頼して将来を見ていいのかというのは、ちょっと今判断ができないところが一つでございます。  それと、正直申しますと、これはやや技術的な問題になりますが、従来の分裂炉と異なりまして融合炉と申しますのは温度が非常に高いものですから、中からエネルギーをとるという現在の原子炉の方式がとれませんで、外側で出てきた温度の低い熱をとるしか方法がないですね。そうしますとどうしても全体の体積が物すごく大きくなります。ということは、経済的に非常に不利になるということで、経済性の面で果たして将来従来型の原子炉に太刀打ちできるかどうかもまだ今の段階でははっきりしないというような状況でございます。  そんなことでお答えになりましたでしょうか。
  20. 佐藤静雄

    ○佐藤静雄君 ありがとうございます。  その次の質問は、途上国への財政支援あるいは技術移転の問題について三人の先生にお尋ねをしたいと思うのでございますが、地球環境問題の解決というのは、我が国だけあるいは先進国だけで取り組んではとても解決のできない問題だと私は思っております。  例えば、現在の途上国一人当たりのエネルギー消費量は先進国のほぼ八分の一と言われております。しかしながら、今後途上国の人口は二〇〇五年までには現在の一・三三倍に増加するというふうに予想されておりますが、経済発展に伴う一人当たりのエネルギー消費の伸びを勘案いたしますると、先進国のエネルギー消費は現在の一・二倍程度というふうに想定されるのに対しまして途上国のエネルギー消費は一・七一倍ぐらいに予想されております。この間のエネルギー消費の大部分を、七割と言われておりますが、途上国とソ連・東欧圏が占めることになるわけでございます。このままでそれを黙って見逃すとCO2も当然ふえてまいります。SOxもNOxもふえてまいります。  しかしながら考えてみますると、ここに実は一八九〇年から一九九〇年までに人類消費したエネルギー消費量のトータルの数字をある機関に依頼してはじかせてみたのでございますが、先進国ではこの百年間に石油換算で二千二百六十四億トン、それに対しまして中国も含めて途上国におきましてはわずかに四百九十七億トン、この間でも先進国はもう四・五倍の消費をしておるわけでございます。これに人口も加味して考えますると、実に先進国では十五倍も使っておるというような数字が出ておるわけでございます。当然、我々は先進国の立場からして途上国の発展権を拒否するわけにはいかぬと思うわけでございます。途上国の方も発展していただかなきゃいかぬと思うわけでございます。  しかし、途上国の発展、途上国の持続可能な開発のためには当然途上国にも自助努力をしていただかなきゃいかぬと思いますけれども、これには先進国の大きな財政的な支援あるいは技術的な支援、そういうものが当然必要だというふうに私は考えます。これはサミットでも大いに議論をされ、あるいは国際的な取り組みを検討する委員会も設置されているというふうに承知しております。  我が国でもODA予算の増額や技術移転の促進のためのプランニングが検討されておりますけれども、今申し上げましたように、特に重要なのは財政支援、技術援助あるいは技術移転と思いますが、一体これらの問題について何が今問題であり、促進のために我が国は今後どのような役割を果たしていくべきなのか、これをお教えいただきたいと思います。三人の先生、恐縮でございますが、順番にお教えいただきます。
  21. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 発展途上国問題というのは非常に重大な問題でございまして、御指摘のように、先進国側がおまえたちはエネルギー消費を抑えるということを言うわけにはいかない状況にあるわけです。私はその意味では、一つは先進国側が範を垂れるという意味エネルギーの効率化に非常に抜本的な努力をする必要があると思っております。そのことが一つと、発展途上国ができるだけ早くエネルギー効率の向上が達成できるようないろんな技術をトランスファーすることがおっしゃるように必要だと思っております。  その一つの例で申し上げますと、発展途上国、特に中国は石炭が大きな問題なわけですね。中国もそうなんですが、世界エネルギー消費発展途上の国々はほとんど石炭が今後の大きな柱になるわけです。そこで何が一番問題なのかということになるんですけれども、その場合には一つは石炭の洗浄、クリーニング、これがほとんど行われていないんですね。  これはどういうことになるかというと、実は石炭というのは、御承知のように、本当の意味で燃えるところだけではなくてそれ以外の石の部分というのが非常に多いわけです。したがいまして、それを何もしないで運びますと、言うなればごみを運んでいるようなものでして、実際には非常に輸送にエネルギーがかかる、また燃焼効率も非常に落ちるという点があります。したがいましてクリーニングというのが必要なんですが、これはお金がかかる。それなりの技術も要るわけですね。  インドの調査ですと、インドで一番省エネルギーの効率が高いといいますか、効用が高いのは実はこの石炭のクリーニングだと言われておりますけれども、ほとんどまだ実行されていないわけです。したがって、こういうものについての具体的なノウハウ、あるいは場合によってはある程度の設備を援助するということを日本がやっていくべきだと私は思っております。  ちょっとエネルギーの効率そのものではないんですが、関連したものでは脱硝、脱硫といった設備があるわけですね。これも我々にとっては非常に重大な問題ですが、例えば中国で言えば脱硫設備は今全中国で一基しかないんですね。これをつけてほしいんですが、なぜつけられないかというと、やっぱりコストが高い。そのコストが高いのはなぜかというと、今の段階ではほとんど先進国からの輸入なんです。一方、他の機器はある程度国内生産できるものですから比較的安いということで、日本で考えるよりもはるかに高価に見えるわけですね。したがって、こういう状況を解決するためには現地生産、今言ったような脱硫設備のようなものを現地生産できるような環境をつくってやるということが非常に必要でございまして、そのためのいろんな形での技術のトランスファーというのが要るかと思います。  また、少なくとも当初はお金がないということは事実なんで、そういう問題に対してどういう形で先進国側が手を差し伸べるのか。いつまでもお金を無限に供給するわけにはまいりませんので、スタートだけで私はよろしいんじゃないかと思います。そういったものは、ある程度経験を積み重ねれば後は自分で自走できると思いますので、最初の段階は思い切ったことが必要かと思います。たしか私の記憶では、この平成五年度予算には、愚産省の予算の中にそういった発展途上国用の脱硫その他に関する援助の予算が二十億ほどついたと思っておりますが、こういったことか拡大していくことを私は期待しております。
  22. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) 私、まず一つ最初に申し上げたいのは、経済発展環境保全ということが必ずしも二律背反ではないということですね。例えば日本を見ましても、戦後復興から高度成長期の初期のごろにかけて経済発展をしたから、例えば上下水道も完備し、そしてまた脱硫・脱硝装置をつけることもできたと。同時にまた、環境マインドの高揚もあったということで、ある程度までの経済発展というのは環境保全のためにも必要だということ。  それから、その資金の流れに関して、あるいは技術移転に関してでございますが、私はかねてから次のような地球環境基金のようなものをつくったらどうかということを提案しているわけです。それは、まずGNPの〇・一%でもいいわけですが、先進諸国がGNPの〇・一%ないし〇・三%程度のお金をとにかく拠出する。それで、拠出した額に見合うだけの二酸化炭素の排出する権利、排出権を得るわけですね。  しかし、とてもそれでは足りないという場合にもっとお金を出せば排出権を金で買うことはできるわけです。しかしそれをするよりも、例えば中国の発電所あるいは製鉄所に投資をする。そして、そこで年間例えば百万トンの二酸化炭素排出量を削減したといたしますね。そうすると、日本に対してその百万トン全部だと問題ですから、その半分の五十万トン分のいわゆる特別引き出し権というのが貯蓄されると、その基金の中に。IMFの特別引き出し権のようなものですが、そういうことを制度化する。結局一番重要なことは、一単位のCO2を削減するのに、経済っぽい言葉を使えば要するに限界費用ですね、限界費用の一番安いのはどこなのかということを地球全体を見渡して、そして安いところから順々に投資していくということが一番賢明なわけですね、費用対効果という点からして。  そういう意味で、何とかしてそういう資金の流れをつくり出すためには、今申し上げたような振りかえ制度ですね、つまり中国で日本の例えば電力会社が削減すればそれだけの排出権というものを手に入れることができるという、そういう振りかえ制度みたいなものを制度化することによって限界費用の一番安いところへの投資を促すという効果があるんではないかというふうに思っております。
  23. 中上英俊

    参考人中上英俊君) 私は民生部門ですから、民生部門で先週マレーシアで省エネルギー日本とマレーシアの会議がありまして行ってまいりましたけれども日本が考える技術をそのままトランスファーしても現実には使いこなせない。これは教育と言ったら語弊がありますが、そのレベルが違う。それから何よりも違うのは気候、風土、慣習が違うわけですね。それを十分踏まえた上で技術援助しなければいけないんですけれども、どうも教科書的に技術援助し過ぎているんじゃないかという気がしまして、ここでもそういった意味での人材が日本にはなかなか育ってないんではなかろうかという気がしました。  非常に大きなことを言うようですけれども、そういったところからまずやらないと、余りに技術があるから向こうに省エネだからお使いなさいと言っても、使いこなす風土になければ何にもならないわけで、そういったことを含めたもう少し大きな意味での援助ということを考える必要があるんじゃないかと私は思っています。
  24. 横尾和伸

    ○横尾和伸君 大変貴重な御意見をありがとうございました。  私、公明党の横尾でございます。  先生方のお話の中に、大量生産大量消費大量廃棄といったこと、こういうことを前提とした現在の文明を見直さなきゃいけないという御意見もありましたし、また多くの若い世代の人たちにとっては、エネルギー問題というのは空気のような存在で、余り関心がない、こういうお話もありました。  そういったエネルギー消費に対してむとんちゃくな部分、この部分によってエネルギー消費がふえていることも現実であります。その部分に対応するために今後のことも考えますと、原子力発電所をふやすんだ、新設するんだというようなことも今後も出てくるでしょう。まあ現在もあると思いますけれども、そういったことに対しては、原子力発電所をふやすことを私は手放しては賛成できないという考えの持ち主なんです。  そういった観点から、きょう大変貴重な御意見をいただいて、ほとんどの部分私も賛成するんですけれどもお話の中に出てこなかった部分でちょっと気がついたことを申し上げたいと思うんです。それに対する御意見をお伺いしたいんです。  まず、佐和先生からお願いしたいんです。  それはどういうことかというと、実は身近な問題で、消費者の行動についてという問題提起もされたので、それに関連するわけですけれども、電力料金なんですが、消費の仕方についてどうするか。どうやって抑制していくか、あるいは大量消費を直していくかということの一つとして、例えば電力料金に従量料金制、逓増料金というんですか、言葉がちょっと適切かどうかわかりませんけれども、使った量が多くなったときには多くなった分の単価は高くなると。  これは大分前から導入されたということで、ある人から聞いた話なんで、正確でなければまたそれを御指摘いただければいいんですけれども、これはある意味では省エネルギー的なこともあるということだそうなんです。ただ問題なのは、その考え方は結構なんですけれども、余り知られてない、PRがされてない。今後、先ほど言ったような意味で、むとんちゃくなためにエネルギー消費量がふえるといった部分が多くなる場合には、むしろこの逓増料金ということをもっと真剣に、今も逓増料金になっていますが、見てみましたら余り大した差はない。むしろもう少し政策的に逓増料金の階段を高くして、まあ高くというかその変わり目を考えて、それを徹底することによって、それを家庭の中に省エネルギーの考え方を持ち込むきっかけにする。  それだけがすべての省エネルギーじゃありませんけれども、ソフト面の一つ方法として家庭の中に持ち込む、あるいは一方で若い世代の問題もありましたけれども、教育の一つのきっかけにする。そういうこともこれからはもっと政策的にやっていくことが重要ではないかと思うんです。  ちょっと時間の関係もありますので、中上先生にも同じ質問をお願いしたいと思います。
  25. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) 電力の逓増料金というのは、これは限界費用を反映して、限界費用が逓増していくということから逓増料金というのは導入されたんだと思っておりますが、確かにそういうことが必ずしも周知されてないということはおっしゃるとおりです。  それと、電力料金に関しては日本では銀行のあれは自動振りかえになっていますね。つまり、アメリカの場合はすべての人が電力料金はチェックに書くわけですね。ですから、そうすると、今月はどれだけ使ったということで、ああこれは使い過ぎたぞとかいうその意識をその都度その都度持つわけですね。ところが、日本の場合は自動振りかえゆえにどうも電力料金に対する関心が薄いんじゃないかというふうに思っております。ですから、あの制度というのは決していいことではない。電力会社にとってはありがたいことかもしれないし、銀行にとってもありがたいことかもしれませんが、決していい制度ではないと思いますね。  それから、もう一つそれに関連して申し上げたいのは、オランダでは既に炭素税というのが導入されているわけですが、ガソリン一リットルにつき何と二十銭なんですね、円に直して。そうすると、もう本当にそんな微々たる税金をかけて何の足しになるんだということですが、これはオランダの人に言わせれば、要するにアナウンスメント効果が重要なんだと。つまり、ガソリンを払うときにこんなものがくっついている、わずか二十銭であれついているということが、ガソリンを買うたびに環境マインドをそれなりに思い出す。環境に対する意識をその都度頭に思い浮かべる、そういう効果は決して捨てたものではないと。ですから、そういう意味でそうトラスチックな改革をすることはなくても十分そういうことが可能だと思います。
  26. 中上英俊

    参考人中上英俊君) 先ほどの電力の逓増制ですけれども、これはこのグラフをちょっとお示ししましたが、(OHP映写)上が名目価格と言われる一般にその年々で払ったときの電気代ですけれども、下は価値を八五年価格で統一してプロットしたものです。もちろん、一番上にプロットしてあるこれが電気代になっているわけです。一番右端にあるわけですが、ごらんいただきますと、これは二十五年分をプロットしてあるんですが、今一番安いんですね、実質価格で一番安い時代にいる。ですから、なかなか円に換算しても迫力がないと申し上げたのはその点なんです。  それで、逓増料金ができましたのは二次ショックの後ですから、このときです。このときどういう決め方をしたかというと、非常に基礎的な需要に対しては安くします、中間段階があって、さらにぜいたくな部分については少し割高にしますと言いましたけれども消費量はもう既にこの当時よりも一・五倍ぐらいに膨れ上がっておりますので、当時ぜいたくだと考えた部分はもうベースの部分に逆にいったら入っているかもしれない、あるいは考えようによっては非常にむだもしているかもしれません。そういうことで、逓増料金があっても有効には今は多分働いていない。トータルしてしまうとこういう非常に安い時代にあるということです。  それで、ずっとさかのぼってみますと、電気代が今二十六円で、昭和四十年レベルですと五十四円ですから、倍以上の価値であったわけでして、その当時ですと電気は非常に貴重なものだ、高い、大切に使わなきゃいけないという時代だったんですが、もういかんせんこういう時代になっている。  一番下が灯油なわけです。見づらいかもしれませんが、灯油も二十五年分を見ていただきますとおわかりになりますように、第一次オイルショックのときよりも今の方が安いというくらいの値段なんです。ですから、僕は、幸か不幸かそういう価格を安定させるということは政策面では非常にうまくいったわけですけれども、それを無理に高くすることが果たしてどれだけの説得力があるかとなるとこれまた非常に難しい問題があると思います。  それで、例えば今環境税の話がありますけれども環境税の問題につきましても私自身は、国民といいますか我々自身がそういうものが必要だ、我々が負担すべきだという考え方にならないと、ならなきゃやっちゃいけないということじゃないんですよ、ならないと、本来はそういうものがスムーズに受け入れられないと思うんです。だから、くどいようですけれども、こういう時代を幸か不幸か私らは今経験しているわけですので、いかにしてもエネルギーに対して余りにむとんちゃくになり過ぎた、そこをもう一度引き戻して、教育というふうにおこがましいことを申し上げましたけれども、もう一回たたき直さなきゃいけないんじゃないかというふうに思っております。
  27. 横尾和伸

    ○横尾和伸君 ちょっと補足的に私の意見を申し上げますと、私が意見を発表するべき場ではないんですが一言申し上げますと、今言った逓増料金云々という話は、これが施策の中心だということではなくて、国民の一人一人が、家庭、例えば奥さんが逓増料金のことで気にすると一料金だけではなくてそれが一つの引き金になる。また一方では、教育で教科書の中にいろんなエネルギー問題が出てくる。そういうものが家庭という場で結びついてエネルギーに対する考え方の変更のきっかけになればということで、ちょっと思いつきを話させていただいたわけでございます。  もう一点、茅先生にお伺いしたいんですが、いただいたペーパーの一枚目で、抜本的技術開発について長期的な対応が必要だということ、時間がなかったのでお話いただけなかったんですが、残り時間も少ないんですけれども、時間のある範囲内でもう少し詳しく御説明いただけますか。
  28. 茅陽一

    参考人茅陽一君) どのくらい時間を使っていいのか私わからないんですが、――二分ぐらいですかね。  要するに、抜本的というのは現在やっていないような技術という意味なんです。「ハード型」と書きましたのは、要するにかなり大きなハードウェアをつくって、それによって今までと違うタイプでエネルギーを獲得しようという施策です。  ここではたまたま英語の略語だけが書いてありますが、「WENET」と最初に書いてありますのは、これは通産省がつくった言葉でございまして、太陽光発電とかあるいは水力発電を例えばアフリカあるいはカナダといった比較的安くできるところでやりまして、それをエネルギーのほかの媒体、例えば水素に変えて運ぼうという考え方です。これは今やりますとどうしても運ぶところで高いんですね。高いんですが、こういったものの技術開発をやって、少なくとも我々が太陽あるいはそれの形が変わった自然エネルギーをより有効に使おうという考え方です。  それから、「SPS」と書きましたのは、これはスペースパワーシステム、俗に言えば宇宙発電でございます。これも実は今の段階ではとても高くてできないんですけれども長期的に言いますと、いつも太陽の光がコンスタントに入ってまいります宇宙空間で太陽エネルギーを受けて地上に送れば、その方式の方が安定的に太陽エネルギー利用できるという考え方でございます。これは今の段階では技術的に高くなってとても無理なんですけれども、できないわけではございませんで、簡単な模擬的な実験は今でも行われております。将来こういったものも議論していかなければ、本当の意味での解決はないよというのが申し上げたい趣旨です。  あと一点だけ。私がもっと力を入れたいと思っておりますのが、その下の「システム型」という形でございまして、実は今のエネルギーの使い方というのは非常にむだが多いんです。我々がいわゆる一次エネルギーと称している石炭、石油、天然ガスといったものは、大体六割ぐらいが結局は一度も使わないで捨てられているんです。例えば発電の廃熱などがいい例ですが。  これはやはりどう考えてみてももったいないわけですから、我々自身が一次エネルギーをいかにうまく平らげて最後に捨てるという形にするかということが問題なわけです。そのためにはエネルギー利用システムをつくり直した方がいいだろうというのがこの考え方でございまして、これにはいろんなアイデアがございます。  コジェネレーションもその一つの例なんですけれども、例えば鉄鋼業で使ったエネルギーの廃熱、これを家庭の暖房に使うといった考え方は現在でも提案されているんですが、なかなか実用にいかない。これは法制的な問題が大きいんですけれども、こういったものを今後もっと広い目で見て開発していくというのがシステム型ということの意味でございます。  以上でございます。
  29. 横尾和伸

    ○横尾和伸君 ありがとうございました。
  30. 長谷川清

    ○長谷川清君 民社党の長谷川でございます。  私は電力の出身でございますから、いろんな意味において、皆さん方の今までの御論議を聞いておりましても、先ほど自民党の佐藤さんが原子力賛成だ、必要だ、こう言う。私も同感でございまして、ベストミックスという考え方の上に立って原子力は必要だと思うんです。  中上参考人にお伺いをしたいのですが、よくこういう言葉もございますね、井戸を掘った人のことを考えて水を飲むという。私はエネルギーの場合でもそうだと思うんです。資源というものに非常に優しい気持ち、大事に、そういうところから発想していきますと、例えばこの部屋の中でもこれだけの電気がついておりますが、実際は個別のスイッチがあればいろいろ必要に応じて消すこともできる。家庭でしたら、雨戸を閉めたりカーテンを閉めるだけでも違ってまいります。あるいはまた、二十五度に暖房をセットしておきますと、これは一時間当たりで一・二円ぐらいで済むんですが、これがもう十度ぐらい上げますと一挙に七・四円、六倍に料金はなる、こういうふうになります。  いずれにしましてもトータル的には安いというお話がございましたけれども、いわゆる料金その他でいろいろ抑えていこうとする施策もあるでしょうが、いま一つはこれは心の問題であり、資源に優しく、環境に優しくという、そこには多くの介在しているものがあるわけでございます。こういった点についてひとつ学校教育、教育と先生おっしゃいましたが、学校などでもいろいろとこういう問題について、次なる世代に重要なことでございますから学校教育の中に、カリキュラムに入れるということなどが具体的にはあってしかるべきと私は思います。その点についてお伺いをしておきたいと思うんです。
  31. 中上英俊

    参考人中上英俊君) おっしゃるとおりだと思います。先般も、私も知らなかったんですが、通産省の課長さんのお話を伺いましたら、学校教育の中にエネルギー問題が出てきたのは、ホメイニかなんかあのあたり、イランから後だよと、それまでは全然記述がなかったという話であります。  私が申し上げたのは、学校教育だけではなくてもっと社会教育も含めてなんですけれども、小さいうちからということであれば、まず学校教育の中にエネルギーという問題に対する、しかも我が国のような非常に脆弱な基盤の上に立った国であれば特にもっとしかるべき記述があってしかりだと思いますし、そういうふうな情報を小さいうちから子供たちに教えてあげるべきだと思っております。  ただ、そうしますと、学校教育にしてしまいますと、無味乾燥になっちゃおもしろくないんで、余り教育行政だけでこの問題を考えてはいけないんじゃないかと思ったんで、一般的に環境学習フィールドのような形で理科の時間でもあるし、それから例えば社会の時間でも扱うし、家庭科の時間でも扱うしというふうな横断的な意味でのエネルギーとのかかわりに接するような教育というのが必要ではないかと思います。もちろん、それが各教科に取り込まれるのであればそれにこしたことはないでしょうけれども、今の子供たちのカリキュラムを見ていますととてもそんなに盛りだくさんにはいきそうもないものですから、学校教育プラス社会教育の面でもそういう場ができればというふうに私は考えております。
  32. 長谷川清

    ○長谷川清君 それから、さっき佐藤さんが深夜テレビなどけしからぬと、こういうふうにございましたが、これは私は大いに歓迎でございまして、夜間電力はどんどん使っていただいて、昼間のピークをどう抑えるかという効率のいいシングルレート化された需要というものではないかと思います。これはお答えは要らないと思います。  次に、茅参考人にお伺いしたいんですが、クリーンなエネルギー、中でも太陽エネルギー、これは通産の計画でいきましても、二〇〇〇年までに最高にうまくいってせいぜい百万キロワット、こういうふうに聞いております。百万キロワットといいますと原子力一基分よりもまだ小さいパワーでございますね。でございますから、どうしてもこれだけにおんぶするわけにはいかない。しかし、クリーンなエネルギーは最大限に、これでもかこれでもかで研究し、開発し、そしてまた佐和先生もおっしゃったような、これを最大限に目いっぱい活用しなければならぬ、こういう視点に立っているわけであります。でありますから、またこうおっしゃいました、長期エネルギー技術が必要だと。  先ほどの質疑を聞いておりますと、先生がおっしゃっている長期エネルギー技術というのは、これは核融合ではなくてプルトニウムを指しているんだなと、こう私は先ほどの茅先生お話を聞いておりまして受けとめましたが、そのように解釈をしておいてよろしいんでしょうか。
  33. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 核融合につきましては、今の段階ではこれを当てにすることができないだろうという意味でございます。もちろん、技術というのはいつ何が起こるかわかりませんから、将来、今までとは違った革新が起きてこれが使えるようになるということは十分考えられます。そういう可能性は当然考えられると思いますが、今見ている限りは、これを当てにして計画を立てるわけにはとてもいかない。したがって、むしろFBRを中心に立てる方が筋が通るという意味でございます。  それから、他のいわゆる非化石燃料エネルギー、例えば太陽等でございますけれども、これを開発すべきであるということはもう当然論をまたないわけなんですが、先ほども申し上げましたように、むやみにただ技術が成熱しないうちから導入いたしますと、トータルでは余り得にならないケースもある。ですから、その辺をよく考えてやってほしいというのがさっき申した趣旨でございます。  太陽光発電にいたしましても、いろんな制約条件もございますけれども、それを一応別にいたしましても、さっき言ったエネルギー収支という面から見るとまだまだ改善の余地がある。そういった意味で我々自身、新しいエネルギーを導入する際には、それの持つ特質を十分考えながら導入することが必要だということだけを申し上げたいと思います。
  34. 長谷川清

    ○長谷川清君 今お言葉をいただきまして、私の推測によりますと、今の原子力でも実用化までに何十年かかっていますね。したがって、次なるエネルギーのプルトニウムをもし仮にする場合でも三十年、四十年とかかっていくんだから、今から逆に研究をしていく、これを続けていくということに対する必要性はあるんだと、こう受けとめてよろしいんでしょうか。
  35. 茅陽一

    参考人茅陽一君) そのとおりでございます。
  36. 長谷川清

    ○長谷川清君 それでは、同じく茅参考人に。  先生にお会いしたらぜひ僕は個人的にも聞いておきたいと思ったのは、温暖化現象でございますけれども、例えば一度温度が上がるのにはどのぐらいの年月がかかるものなのか、また一度温度が上がれば、例えば海洋の水面はどのくらい上がって、いろんな意味のどういう影響が出るものなのか、ひとつ学説を聞かせていただきたいと思います。
  37. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 大変難しい質問をいただきまして、実は、今この問題に的確に答えを出せる学者というのは世界じゅうに一人も多分いないだろうと思うんです。という意味は、もちろんこの 程度可能性があるということは幾らでも申し上げられます。  例えば、一度の温度上昇という話がございましたけれども、一般に言われている考え方ですと、大体一度ぐらいというのは、産業革命以後大体二五%炭酸ガス濃度上昇しているんですが、このくらいの上昇で大体一度ぐらいの上昇があるはずだというのが一応の計算の結果でございます。  ところが、なぜ答えが難しいかと申しますと、実はこの答えを出すために幾つか過程があるわけです。その過程について現在気象学者の合意が必ずしも得られていないのです。人によってはもっと高いと言う。例えば二度ぐらいだと言いますし、人によってはもっとずっと小さいと言います。したがいまして正確に幾つという答えはできない、平均の中央値がそのぐらいだというふうに申し上げるしかないと思います。  そして、その場合の海面上昇につきましても似たようなものでございまして、例えば先ほどお見せいたしました温度上昇の絵、これは大体過去一世紀で〇・七度ぐらい上昇しております。このこと自身はほぼ間違いない。これも百年前の計測というのは間違いがいろいろあり得ますので、ほぼと言うしかないんですが、ほぼ間違いないんですが、それに対する海面上昇は一般には大体十センチと言われております。ところが、この海面上昇の方につきましては、もっと合意が得られておりませんで、最近のある学者の研究では二十五センチという数字を出しております。当然このことでもおわかりのように非常にばらついております。  というのは、現在観測を一生懸命やればわかる数字ならばこういうのはよろしいんですが、百年前の海面の値なんというのは、どうやってもはかりようがないわけです。したがって、いろんな推測を交えて決めざるを得ない。そのために今のような幅ができるわけです。したがって、私が申し上げられるのは、過去のデータではこんなことが言われているという程度でございまして、それに対してかなり幅があるということだけをつけ加えさせていただきます。
  38. 長谷川清

    ○長谷川清君 ありがとうございました。  最後に佐和参考人に。  先ほどのお話でクリーンエネルギーを最大限に使用するには仕掛けが必要なんだ、これは質問があれば答えるよと、こういうふうにおっしゃいました。どなたか聞くかなと思ったら、まだ聞いておりませんから、例えばどういう仕掛けか、ぜひこれは聞いておきたいと思います。
  39. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) これは本当に実際に電力会社にとって受け入れがたいものなのかどうかということはさておくことにして、次のような法律をつくったらどうかと思うんですね。  要するに、例えば私の家の屋根に南向きに非常に広い面積があって、そこに太陽電池を取りつけたいと思う。そうすると、私は京都なものですから、関西電力に電話をかける。関西電力はそこに太陽電池をつけることを義務づけられるわけです。ただし、その設備は関西電力がつくったのだから関西電力のものなわけです。したがって、自分の屋根で起きた電気だからといっても、その電力は関西電力のものである。ただし、設備の償却年数を早目にして、例えば六年で償却するようにする。償却した暁にはその太陽電池は屋根の所有者のものになるというふうにするわけですね。  そうしますと、結構電話がじゃんじゃんかかってきて、そしてどんどん取りつける。そうすると、量産効果が働いて太陽電池の値段も半値ぐらいになるのではないか。たちどころにとは言いませんけれども、しかるべき時間がたてばですね。そういうことをやれば、当初のうちは当然電力会社に負担を強いることになるわけですから、電力料金が多かれ少なかれ値上がりすることはやむを得ない。しかし長い目で見れば、どんどん太陽電池が安くなってくれば、値上がり幅もそれだけ小さくなるであろう。そういうことでございます。
  40. 長谷川清

    ○長谷川清君 ありがとうございました。
  41. 立木洋

    ○立木洋君 日本共産党の立木です。よろしくお願いします。  最初に、茅参考人にお聞きしたいんです。  先ほど地球温暖化の問題、それから再生エネの開発問題についての御意見をお伺いしたんですが、時間が短くて十分に述べられていないんじゃないかと思うので、よく正確に私も理解しておきたいと思うのです。  先ほどちょっと触れられました一九九〇年にジュネーブで開かれました第二回世界気候会議ですね、あれは一つは専門者の、科学者の会議として行われ、もう一つの段落としては閣僚級の会議として行われたわけです。  そこで出された指摘の中で、すべての国において二酸化炭素の排出削減をする効果的な手段を持っているというふうに結論づけて、「このような排出削減の手段は多くの工業国がエネルギー分野において二酸化炭素排出量を安定化させ二〇〇五年までに少なくとも排出量を二〇%削減することが十分できるものである。」という指摘があるんです。  それからもう一つは、「科学的確実性の欠如をもって環境破壊を防止するための措置を延期する理由とすべきでない」という閣僚会議での結論があります。この表現については何人かの閣僚も既に演説の中で述べている表現ですけれども、こういう世界気候会議について、参考人の評価といいますか、それをお聞かせいただきたいのと、特に今のこういう地球環境問題と関連したエネルギーのかかわりの国際的な会議で最も取り上げなければならないと思われている点、そのこともあわせて端的にひとつお聞かせいただきたいと思います。
  42. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 今のお話の中で一番ポイントになりますのが、どういう手段で二酸化炭素の排出が抑制できるかということなんですけれども、国際的な了解として一番高いのは省エネルギーだと思います。また、現実にどういう国際会議でも削減の一番有効な手段と言っておるのは省エネルギーである。  なぜそうかといいますと、日本の場合には、御承知のようにオイルショックの後、非常な努力をいたしましたので、かなり二酸化炭素の削減、省エネルギーそのものと同じことなんですけれども、に成功したんですけれども、それに比べますと、他の先進国はまだまだその余地が残っているわけです。いろんな計算がございますけれども、ECの諸国ではむしろ省エネルギーをやることになって得になるという範囲の手段がかなり残っているというデータを出しております。アメリカでは、当然人によって異なりますが、例えば照明を反射板つきの蛍光灯にかえますと、むしろ安いコストでより高い効用の照明が得られるといった結果を出しておりまして、省エネルギーというものが非常に有効な手段だということはかなり多くの意見が言っていることだと思います。  二〇%削減の問題につきましては、私も政治家じゃありませんので、どういういきさつで合意したのかまではわかりませんが、ただ二つの……
  43. 立木洋

    ○立木洋君 二〇%というのは専門家の会議の方の結論になっているんです。
  44. 茅陽一

    参考人茅陽一君) そうでしたかね。  二〇〇五年の二〇%削減という線を出しましたのは二つございまして、一つが一九八八年六月のカナダのトロントの環境会議でございます。私はこれも出ておりましたが。もう一つは、ドイツが西ドイツ時代に二〇〇五年までに二五%でしたか、ちょっと数字は後でチェックいたしますが、やはり同じような削減のターゲットを閣議決定しております。  ドイツの場合には、ある程度積み上げ計算やりまして、それが実際に自分たちでは可能だということを非常に強く主張をいたしたんですが、恐らくその辺の事情が反映したのではないかと思います。これは全く私の推察でございますが。  それ以上ちょっと私は今の段階では存じませんので……。
  45. 立木洋

    ○立木洋君 次に、佐和参考人にお尋ねしたいんですが、環境の保全の問題については先進国としての特に重要な役割があると。特に結論部分では、つまり日本の国際的責任を自覚する必要があるということを強調なさったんですが、一つは、リオの会議でアメリカ政府がとった態度とは、いわゆるCO2の規制基準を決めるということを撤廃して、自分たちは賛成できないというふうな態度をとって、その後、先ほど述べられたクリントンになってから大分態度が変わってきたというふうな御説明がありました。アメリカの態度が、地球環境エネルギーの問題についての政策は今後極めて好転していくというふうにお考えになっているというふうに理解してよろしいのかどうかということが一つ。  それから、環境問題に関する日本の国際的な評価。リオの会議の前には大分日本に対する関心、期待というのが強かったんですが、リオの会議が終わってから、一部では日本に対する環境政策についていろいろ意見が国際的にも出ているというふうなことも散見しているんですけれども、国際的な日本に対するいわゆる期待と問題点の指摘等についてはどういうふうな問題があるのか。エネルギー問題とのかかわりで、環境政策について何かお考えがあれば述べていただきたい。
  46. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) まず、アメリカに関しましては、私は明らかに、実際にクリントン政権が今までのエネルギー環境政策を大きく変えることに対してはさまざまな抵抗があることはむろん予想されるわけですが、相当な変化が見込まれるというふうに思っております。特に、さっきも繰り返し申し上げましたように、ゴア副大統領というのが大変な環境派であるということも手伝って、かなり目に見える変化が起こり得ると思います。  それから、国際的な日本に対する評価というのは、日本はそういう意味では環境、特にいわゆる産業公害に対する対策という点に関しては優等生である、あるいは先進国であるというふうに言われておりますね。ただ、実際、経済企画庁の私が座長をしておりましたある委員会で試算した結果によりますと、日本技術を製鉄にせよ発電にせよ、世界にすべて普及させたとすれば、地球全体でのCO2の排出量は五四%減る。そして、そのための費用というのは、ちょっと正確な数字は忘れたんですが、間違いないと思いますが、二百兆円ないし三百兆円必要である。しかし、それは別に一挙に出すというんではなくて、十年、二十年にわたってそれだけの資金を拠出すればいいわけです。  そういう意味では、日本技術というのは非常にすぐれているわけですが、果たして環境に対する一般の消費者といいますか一般の国民の場合もそうですし、あるいは企業の場合も、環境マインドというのが本当にそのレベルが高いのかというと、私は必ずしもそうじゃないと思います。ヨーロッパの人に比べてもアメリカ人に比べても、決して環境マインドという点に関しては日本がまさっているということは僕はないと思いますね。しかも、昨今のように景気が低迷してまいりますと、何か企業もひところは地球に優しいとかそういうことをうたい文句にしていたにもかかわらず、環境に対する配慮もいささかながら今冷めてきている。  そういう意味では、さっきもちょっと申しましたように、消費者が企業に対して、そういう企業の環境に対する態度のあり方を製品の一部にカウントするというふうなことで、一言で言えば、要するに地球に優しい、例えば自動車を買う場合でも本当に環境に対する配慮を怠っていない企業の製品を買うというような、そういうふうな消費者による企業に対する監視ということが必要じゃないかと思っております。
  47. 立木洋

    ○立木洋君 時間が少なくなったんですが、最後に中上参考人お願いいたします。  先ほどちょっと話が出ましたけれども太陽光の発電、ソーラー住宅ですか、この間僕も施設を見てきたんです。そこでいろいろ話を聞くと、この太陽光の発電については技術的にはもうほとんどクリアした、あとはこれをどうコストを引き下げて普及するかという問題が大きな問題になっているんだというふうな話もあったんです。  確かに、この間ずっと見てきていますと、原価計算なんかで調べてみますと当初よりも大分下がってきている、今の一般の電力の水準からすれば三倍くらいにまで来ている。これをさらに引き下げることは可能になるだろうと思うんですが、こういう太陽光の発電を普及していく上で、これはいろいろ話を聞くと私なんかも一番近いんじゃないかというような感じがしているんですけれども、国の施策としてどういうふうなことを御希望なさるのか、これを普及していく上でどういうふうなことを今後国としてはやったらいいというふうにお考えになるか、何か御提言みたいなものがあればお聞かせいただきたい。
  48. 中上英俊

    参考人中上英俊君) いきなり一般家庭を最初からターゲットにして普及していくというのはやはりなかなか難しいと思います。日常の家計の中でやりくりするわけですから、相当な補助がなければやれませんし、またそれだけのお金が有効に働くかどうかわかりませんので、私はまず公共的な施設、市町村でいけば役場であるとかコミュニティーセンターであるとか、そういったところにそういうものをつけることによって、より地元の人がいろんな形でそれを見、経験する。そういうところであれば、多少公的な公教育の意味も持たせてつけることはそう難しくないんじゃないかと思います。そういったことから始めていくべきだろう。  また、難しいのは、今佐和先生がおっしゃいましたように、要するに生産量が上がらないと、大量生産にならないとなかなかコストが下がりませんから、またもっと別な見方をすれば、途上国の援助に対してもっともっと我が国の太陽電池を送り込んでもいいんじゃないかと私は思います。そうすることによってまた生産量を上げるという方法もあるんではないかと思います。
  49. 萩野浩基

    ○萩野浩基君 三人の先生方、大変示唆に富むお話を拝聴いたしまして本当にありがとうございました。与えられておる時間が大変短いので、それぞれの先生方に個別じゃなくて、言い残した点、いろんなもの含めてお答えいただければ幸せと思います。  先ほども同僚の委員の方から話が出ておりましたけれども、今の日本大量生産大量消費それから大量廃棄佐和先生おっしゃっておられましたが、本当に地球環境問題は今何を問うているんだろうかというときに、私も全く同感なんです。  今ここにマイクロホンがありますけれども、これはちゃんとここが外れるようになっていますが、私のところにあるアイロンとそれから電気ごたつを見ましたら、もとからかえなきゃならないわけです。アイロンでも根元のところが分解できなくなっている。そういうので、大量生産大量消費というのはまず物をむだにしましょうという運動。ということは、物を生産する、これは人間にとっていえば人間の労働をむだにしましょう、人間の労働をむだにしましょうというのは人間の価値を、生命を軽く見ましょうということです。ちょっと極端な表現ですけれども、そういう点から地球環境、やはり我々はお互いに共生、共存しているんだという、先ほどの話の中にもありましたが、そういう我々の価値観ですね。  だから、価値観とか生命観とか、そういうようなところで大きく転換しなければ、先ほど来同僚委員の中からありましたような教育の問題、学校教育だけではない、これは社会教育も同時にやっていかなきゃならないだろう。私も教鞭をとっておりますので、とてもそういうのを感ずるんです。だから、その辺について、佐和先生が指摘されましたけれども茅先生にしても大学で教鞭をとっていらっしゃるし、先ほどちょっと話が出ておりましたので、もう一度その辺をもう少し突っ込んでお三人の先生方にお聞きいたしたいと思います。
  50. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) 今の御質問といいますか御意見に対して、私なりの追加的なことを話せと言われてみますと、戦後日本GNP成長率が非常に高かったわけです。そして、今や世界GNPの一六%を占めるし、一人当たりGNPでも事実上の世界一というところまで行ったわけです。これはGNPがああいう速い勢いで成長したというのは、とりもなおさず大量廃棄をする、あるいは使い捨てを制度化してきたからだと思うんです。つまり、むだの制度化ということを通じて成長してきた。これはガルブレイスの言葉ですけれども、そう言わざるを得ないと思うんです。  ところが、最近地球環境問題がマスコミ等で取りざたされるということもあって、その他もろもろの理由があって、消費者マインドというのは大きく今変わってきたと思うんです。そして、実際、去年六月三十日に閣議決定された新経済計画、生活大国五カ年計画の中にも「環境と調和した簡素なライフスタイル」という言葉が登場するわけです。  そして、さっきも申し上げましたように、八〇年代後半にぜいたくなライフスタイルをあまねく追求した同じその日本国民が、今やそういう簡素なライフスタイルを格好いいと考えるというような、そちらの方に大きな転換を遂げつつあると思うんです。それが幸か不幸かと申しますか、実は消費を冷え込ませて目下の不況の一つの大きな原因になっているわけです。しかし、ある意味で、そういうふうに消費者行動が、あるいは消費者マインドが今ここに来て大きく変わりつつあるということは、これは別に悪い方向に変わりつつあるわけではないわけです。もちろん、そのこと自体経済成長率を低下させるということはこれはもう言うまでもないことです。  しかし、だからといって、強調したいのは、GNP成長率が高いことが国民生活が質的に改善されるといいますか、向上するための必要条件でも十分条件でもないということなんです。ですから、そういう意味で、今大きなそういう転換期を迎えている、それが一つのまた不況の一因にもなっているということを申し上げておきたいと思います。
  51. 中上英俊

    参考人中上英俊君) もう一にかかって今佐和先生がおっしゃったことだと思いますけれども、どうも日本人は極端な方向にすぐ振れるものですから。  ゆとりと豊かさは何かというのは、相変わらずまたキャッチフレーズで出て、話をしますけれども、ゆとりと豊かさは右だと言うとみんな右へ行っちゃう、左だと言うとみんな左に行く。そうではなくて、左もあり左もあり上もあり下もあり、多様な選択肢が広がるということが実はゆとりと豊かさだと思います。そういった価値観をもう一回今再点検せざるを得ないというか、そういう時代に来ている。そこにまさに地球環境問題が上がってきて、非常に私はよかったのではないかと思っています。  学校教育でも、偏差値一辺倒で来たがゆえにある時代非常にうまく作用しましたけれども、あるレベルに達したらその物差してはもう役に立たないわけです。家庭のエネルギー消費もそうですけれども、ある時代までは欧米先進国に追いつけ追い越せでしたけれども、今のレベルに達してきますと、日本での生活のあり方、暮らしのあり方エネルギーはどうなんだろうかということをやっと問えるようになった。だから、一回は経験してみなきゃいけないことだったのかもしれませんけれども、もうそういうレベルに来ているんだから、要するにもう一度振り返って物差しをつくり直してみよう、それが私が申し上げたい教育という意味だというふうに受け取っていただければと思います。
  52. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 私の意見中上さんと余り変わらないんですが、どうもやっぱり道徳というより習慣づけないと無理だと思うんです。  例えば、私もしょっちゅううちの中の電気を消して回る方なんですが、電気を子供たちに消せと言っても、一回はやるんですがすぐ忘れちゃうわけです。これは別に私が一回ごとにエネルギーが大事だと思って消しているわけじゃなくて、何か消さないと自分が落ちつかないからやっているだけなんです。だけれども、これはやっぱり一つの教育だと思うんです。ですから、そういった意味で中小教育にこういった考え方を定着させることが一番大事だと思います。最近文部省が環境教育ということについて非常に力を入れ出したのは私は大変歓迎すべきことだと思っております。
  53. 萩野浩基

    ○萩野浩基君 先生方本当にありがとうございました。  私、まだ時間がもうちょっと残っておりますので。  二十一世紀に向けた地球環境というのは、特にハイテクが、一つ科学技術進歩というのが非常に大事だろうと思うんです。この前、我々の方で視察にいろいろ歩いたりしておりまして私はとても感じたんですが、中小的な民間の企業あたりが一生懸命やっているんですね。例えば自動車の触媒方法でも、ビッグの二つのカンパニーはそれは開発しなかった、それ以外のところがあのように開発した。  そういうのを見ていくときに、私は思うんですが、外国と比較してみますと、理科系の環境問題とか、こういうものはやはり政府がやらなきゃならない。私が持っているデータですと、アメリカにしましても、この研究費というようなものは政府の方が四三%アメリカなんかは持っているわけです。それから、フランスにあっては約五〇%近く、四八・八%というものを政府が出しております。  私は科技特の方の委員もやっているんですけれども、予算を見てみても、日本の全体のGNPが高いですから金額にすればよそよりも日本は進んでいると言われるかもわからないけれども、これは逆に私、自分に向かってつばを吐いているようなものなんですが、これからもっともっと、特にクリーンなエネルギー開発とかいろんなことを考えると、今大学の理科系の中でそういう分野に進んでいこうとするのが、早稲田大学の理工学部の中で見てみますと、非常に優秀な学生というのを、何を基準に優秀と言うかは別にして、その辺に行っても国から十分なるいろんな研究費が出ないということで、私は産業とか資源のこういう問題も進歩していないんじゃないか。  これは自戒の念を持って私は言っているんですけれども、現場の諸先生方、どのようにお考えになっておるか、最後に、簡単でいいですから、もう時間も来ておりますから、一言ずつでいいです。
  54. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 私も工学部におりましてこういったエネルギー資源関係の教育をやっていますので、おっしゃることはまことに身にしみる言葉なんですが、やっぱり一番大きいのは、学生たちの場合にはいわゆるハイテクというのは非常に関心を持つんですね。ところが、エネルギー資源といった分野は何だかんだ言いましても地味なんです。その地味な分野にはどうしても関心が薄くなって、必ずしもいい学生はすべて来るとは言いがたい。これをどのようにして解決するかというのは私も何十年とずっと悩んでいまして、いまだ答えは出ていないんです。  ですから、研究費も大事なんですけれども、いかにアトラクティブに自分たちの分野を改善するかというのは我々がいつも最大の問題として考えているところでして、その一つ方法は、我々の分野というものが単にいわゆるネガティブなものを解決するという分野ではなくて、新しいものを創造する分野だというポジティブなイメージを与えることだと私は思って、そう盛んに学生に言っているんです。そのぐらいしか今の段階ではどうも効果のあることなどないんです。私がむしろ教えていただきたいと思います。
  55. 中上英俊

    参考人中上英俊君) 私も筑波大で講師をやっていますけれども、非常に地味でして、選択科目なものですから学生ががたっと減るそうでございまして非常に悔しい思いをしております。その中で心強いのは、留学生が多くて、途上国の方が何人も、過半は途上国の方が聞いてくださるので非常にうれしく思っていますけれども、逆に言うと日本人はもうエネルギーなんてどこかほかの話というぐらいに軽く思っているのかなと。この辺が情けないものですから、もう一回気持ちを入れ直してかからなきゃいかぬ。これはもう大学院レベルで話をしてもだめだから、さっき言いましたように下からやっていこうという話でございます。
  56. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) 教育の面はちょっと離れますけれども、先ほど政府の研究費の負担の割合ということをおっしゃって、その点に関して一言申し上げようと思います。  エネルギーとか環境関連の技術というのはこれはいわゆる国際公共財である、そういう意識をもっと持つべきだと思うんです。つまり、どういうことかといいますと、要するに開発のためには巨額の資金を必要とする、しかも時間が非常に長期間かかる、しかも不確実性が非常に高いうまくいくかどうかわからない。ですから、そういう点からしてごれは民間企業に任せておけばおのずと開発される技術であるとは到底言いがたいわけです。そういう意味では政府がその研究費の大方を負担せざるを得ない。と同時に、一たん開発された技術というのは日本が独占するのではなくて、それはまさに国際公共財として無償で世界に向けてそれを供与するというくらいの構えが必要だというふうに思います。
  57. 萩野浩基

    ○萩野浩基君 どうも大変ありがとうございました。
  58. 小池百合子

    小池百合子君 小池でございます。最後の十二分ですので、どうぞよろしくお願いいたします。  三人の皆様の貴重な御意見を伺って非常に納得といいますか、そういうところが多々あるわけでございますが、まず佐和先生に伺いたいと思います。  先ほど来、特にゴアさんの政策などで強くおっしゃっていらっしゃる点、それから国際的に見て日本環境マインドはまだ低いという点なのでございますけれども、特にヨーロッパなどは非常に高こうございますよね。また、それは消費者だけじゃなくて、企業も非常に高い。  先ほども御指摘ありましたけれども、例えば自動車会社のボルボであるとかBMWなどは、部品のリサイクルのためにわざわざそのラインを設けて、そして非常に資源の再生産ということに心がけて、ただそれをPRのネタにしているとは思えないぐらいしっかりやっているわけです。もし日本がそれをやったときには、その分をコストに上乗せせずに企業は頑張っちゃうんですけれども、最大の違いは、ヨーロッパの企業はそれをコストとして上乗せしてしまう。  そういった消費者とそれから生産者の間の意識といいますか、これがいいのかどうか、消費者にとっては痛みを伴いますのでその辺のところは消費者にとって難しい点でもあろうと思うんですが、そういったことをやっているのに比べて、日本側は環境といいますかリサイクルについては今のところまだ余り重視していない。今後の経済のさまざまな、今も摩擦がございますけれども、そんなところで環境ダンピングなんということを言い出しかねないようなそういう流れが出てきはしないかとちょっと心配しているんですけれども、そういった点について佐和さん、どういうふうにお考えになりますか。
  59. 佐和隆光

    参考人佐和隆光君) 大変有名な盛田昭夫さんの論文というのがありますね、去年の文芸春秋二月号に。「「良いものを安く」が欧米に批判される理由」という副題のついた論文なんですが、その中で盛田さんは、要するに日本企業がいいものを安くできるのには次のような五つの理由があると。  一つは、長時間労働の割に労働分配率が低い。二番目が、株主に対する配当性向が低い。三番目が、要するに下請メーカーに、部品メーカーに対するしわ寄せがきつい。四番目が、社会貢献を怠る。五番目が、環境のコストを負担しないということを言われているんですね。だからいいものを安くできるんだと。それが今までの日本の企業の多かれ少なかれ一つの傾向であったということは、おっしゃるとおり否定できないと思うんです。しかも、盛田さんもおっしゃっていることであります。  そういう意味では、そしてそれとの関連で例えば二酸化炭素を排出するということに対して税金を払えということは、これは経済学っぽく言えば、いわゆる外部不経済を内部化するということですね。つまり、それだけ汚染物質、CO2を出したことに対して、それだけの排出に対するペナルティーを払えということですね。  しかし問題なのは、一つ申し上げておきたいのは、例えばNOxとかSOxを排出するとこれは環境汚染だ、おまえはポリューターだというふうに言われても、それはなるほどと納得するわけです。ところが、二酸化炭素を出しているからおまえはポリューターだと言われても、それはなかなか納得しにくいんですね。つまり、それが外部不経済であるということは、一体何で外部不経済なんですか、五十年先、百年先にこんなことになりますよというんでは、なかなかポリューター意識というものが持ちにくいんです。その辺が一つの大問題で、だから例えば炭素税などを導入するに当たっての一つの大きな問題だというふうに思います。
  60. 小池百合子

    小池百合子君 ありがとうございました。  それから、中上さんに伺いたいのでございますが、先ほど太陽光発電のコストがまだまだ高いというその辺のところで、スケールメリットをつくる上でも海外での援助に太陽光発電をもっと生かしたらどうかという御発言、私は賛成するところなのでございますが、海外で実際にそういう援助等にかかわっていらっしゃる御経験を通じまして伺いたいんですが、先ほど来、先進国での消費が圧倒的に多いということではございますけれども、これからやっぱり人口の増大というのが環境エネルギー一つの大きな要素になってくると思います。  三年ほど前に発表された国連の予測で二〇六〇年の時点で世界の人口が現在の五十五億から百億になるということだったのが、わずか数年のうちに十年前倒しで二〇五〇年にそれが百億になるという予測が立ってきている。幾ら開発途上国では電気を使わないからとか、ぜいたくしないからとか、そういう点もあるでしょうけれども、やはり人間一人がふえるということは、これは環境に与える影響は非常に大きいわけです。  こういった社会の発展とそれから人口の増加、教育が普及すればまた人口増加も少し鈍化するというようないろんな要素があると思いますが、環境と人口という点でちょっとお考えを伺いたいと思います。
  61. 中上英俊

    参考人中上英俊君) 私には荷が重過ぎる御質問だと思うんですが、昨年、世界銀行の方に頼まれましてパキスタンヘ行ってまいりました。  パキスタンはちょうど日本と人口がほぼ同じぐらいなんです。人口の成長率が三%を超えているようなレベルで、この国で省エネルギーをと言われたのですが、省エネルギーをやる題材はほとんどフィールドに出るとなくて、何を省エネルギーすればいいのかと迷って十日間いろいろ現場をヒアリングしてまいりました。  最後に世銀の担当官が、中上どういう感想かと言われたので、私はまた同じことを言いますけれども、教育だと思うと。この場合の教育は、環境教育ではなくてもっと基本的な教育をやるべきであって、ODAの技術移転で省エネルギー技術を向こうに移転するのも結構だけれども、その前に基本的な教育、読み書きそろばんというんですか、そこから始めた教育をやるのがこの国では先だと思う、エネルギー資源よりも人的資源をはるかにむだにしているんではないだろうかと申し上げたら、それではこのレポートには書き込めないんでもうちょっと何とかしてくれと言われたのですが、まさに今議員がおっしゃいましたように人口問題が逆に首を絞めている部分があります。  もう一つ非常に難しいと思いましたのは、日本の場合もそういう時代が江戸時代とか明治時代にあったわけですけれども、全体のレベルが低かったわけです。ところが、今の途上国へ行きますと、すごくエリート階層といいますか裕福な階層は、我々よりもはるかに多いエネルギーを使ってすごい豊かな暮らしをしている人たちがいる。だけれども、大多数はほとんど明治時代かな江戸時代かなというふうな生活なんです。そういったときに、全体のレベルを上げるということはどうい うふうな対応があるんだろうかということで、非常に単純ではないな、物すごく難しいなというふうに思って去年は帰ってきたわけです。  お答えにはなりませんけれども、もっとベーシックな意味での教育からかからなきゃいけない。逆に言うと、地球環境問題は時間が長時間ですから、茅先生が長時間の間でできる技術開発をと言ったのと同じ意味で、長時間あるからもう一度基本に立ち戻ってやってみる価値があるんじゃないかというのが私のパキスタンのときの経験でございます。お答えになりませんけれども、ゼロから、一から始める以外にないかなというふうに思いました。
  62. 小池百合子

    小池百合子君 茅参考人にも今のことを伺いたいんですが、人口と環境、そしてエネルギーとの問題。
  63. 茅陽一

    参考人茅陽一君) 人口の問題というのは私は非常に大きな問題で、なぜ大きな問題かというと、今おっしゃったこともありますが、一つは、まず途上国に対して人口抑制ということを大きな声で意外に言えないということなんです。  例えばマレーシアでは産めよふやせよというのが今一つ方向になっていますけれども、結局、彼らは昔のように国の発展のためには人口が大きいことがいいという考え方を持っているわけです。それを我々が口にすると、いわば介入であるという考え方を非常に強く言われる。国際会議でも、特に政府の会議では人口の問題にタッチするのはなかなか難しい会議が多いんです。そういったことで、我々にとっては当たり前のような人口抑制という話自身がなかなか議論できないという大変つらい問題を抱えております。  私自身は、それを何とか突破して人口を抑えることが大事だと思うんですが、ある程度人口のイナーシャというものがある以上、人口がふえていくのは避けがたい。そのときに、彼らが現在の我々と同じ程度エネルギーを将来使うようになったらまさに破滅だと思うんです。  だから、発展途上国エネルギーは減らせと言うよりは、むしろそれならば先進国が彼らの行く手にはもっといい道があるということを示してやることがいいんじゃないか。つまり、我々が現在のタイプの浪費型のやり方を将来まで続けていこうとする限りは、彼らは我々に追いつこうとする。それでは答えにならないんで、問題の解決としては、佐和さんじゃないんですが、我々の現在の社会の形がもっとエネルギー消費型、廃棄物が少ない形に何かの形で変わっていかないと彼ら自身自分たちの生活を変えようとしないし、我々も彼らに言う権利がないのではないかというのが私の持っている感じでございます。  余りこれもお答えになりませんけれども
  64. 小池百合子

    小池百合子君 いろいろと宗教的な問題などもありますし、人口抑制は非常に難しいと思いますけれども、とにかく今の人口が倍になると聞いただけで私なんかはひっくり返りそうになってしまうんです。  どうもありがとうございました。
  65. 浜本万三

    会長浜本万三君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人の皆様に一言御礼を申し上げます。  参考人の皆様には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見につきましては、今後の調査参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。(拍手)  なお、本日、参考人から御提出いただきました参考資料のうち、発言内容把握のため必要と思われるものにつきましては、本日の会議録の末尾に掲載させていただきたいと存じますので、御了承願いたいと思います。  本日はこれにて散会いたします。    午後三時四十七分散会      ―――――・―――――