○堂本暁子君 私は一部賛成、一部違うと思っています。
住民というのはたくましいものでございます。足尾銅山で百年前にこの国会を取り囲んだのは農民であり、労働者でした。一木一草全部汚染されて自分たちが病気になったときに、そういうときに投獄されようが、男は投獄されました、その後の運動を引き継いだのは女でございます。そういうのをずっとつぶしてきたのは、やはり私は国家の権力ではないかと、そういうふうにおっしゃるなら言わざるを得ない。やはりリーダーの方に原因があったのではないか。
水俣を
考えてもそうです。この間もみんなお会いになっていると思いますけれ
ども、もう本当に血が出るような思いで
住民は立ち上がったわけです。日本が公害先進国なんという言い方をされますけれ
ども、それは行政が先にやったことではない。四日市だろうが川崎だろうがどこでも、本当に
住民が立ち上がって運動をして展開していった。にもかかわらず、やはりこういうふうに貧弱であった。それはむしろリーダーの側でどれだけそういう
住民というか、
市民運動を抑えてきたかという、日本の歴史の方が私は原因ではないかと思っております。
このUNCEDのプロセスの中で、私、ジュネーブの第三回の準備会からですが、参りました。そこで世界の
NGOが全部集まって毎日会議を開いておりました。日本からはJVCの岩崎さんと私が初めて行ったぐらいで一人か二人しかいない。それも私たちそんな一カ月なんていられませんから、せいぜい一週間いるということでございました。でも、みんなから聞かれました、どうして日本の
NGOは来ないんですか。逆に言われたのは、日本のおかげで私たち
お金もらって来ています。日本の
NGOは
お金がないから行けなかったんです。情報もなかったんです。
環境庁にもいろんな情報が来た。しかし、
NGOにそれが流れないというようなこともございました、現実に。そういった形で、
政府の代表は四十人、五十人とジュネーブにいる。
NGOは一人もいない。これが日本の現実だったんです。
ですけれ
ども、じゃ国連の場で今どういう事態がといえばスーパーパワー、安保理の五大国から今ピープルズパワーに転換の時期が来たとまで言われている、そういう世界の情勢でございます。そういった中で日本は、今
大臣がおっしゃったように、本当に民主主義なり
住民の立場を大事にしてくださるのであれば、この
事業団法は本当にそういった理念で運営していただきたい、それが最初のお願いでございます。
そして、なぜそう言うかといいますと、
中尾さんがるる言ったような危惧を私も抱くわけなんですけれ
ども、例えばブルントラントさん、ブルントラント
委員会を指揮して
地球サミットを開いた総理として大変有名な方ですけれ
ども、私がオスロの事務所に訪ねたときにこういうことがございました。ちょうど各国がその国のナショナルレポートをつくった、
環境に関しての報告を七月までに国連に提出したわけです。日本は
環境庁の三人の方が全部起草なさる。
NGOの
意見を少しだけ聞いて、それが後ろに添付される。私は、ノルウェーの
環境庁に行ってそれをつくっている担当官に会いました。このぐらい分厚いものでした。みんな
NGOからいろんな
意見を聞いた。そして、国連のガイドラインには女性、若者、労働組合、教会それから
企業、ありとあらゆる
考えられるセクターが全部参加してつくるようにと書いてあったわけですが、日本は一切実行しなかった。
私が国連の場で、
中尾さんはきょう初めての
質問だとおっしゃいましたけれ
ども、初めてした演説は、日本のナショナルレポートは
環境庁のオフィサーが書きました、日本の私たち女性も、労働者もそれから
市民も参加しておりませんという演説だったんです。そういうときに、ノルウェーは出さなかったんですね。なぜ出さなかったか。一番ラジカルで反
政府的な
NGOがこれでは不満だと言った。そうしたら、ブルントラントさんが国連に間に合わなくてもいい、一番ラジカルな
NGOまでが賛成したナショナルレポートをノルウェーはつくるべきだ。そのためにノルウェーはおくれたんです。その担当官が私に見せてくれました、こんな厚い。これからこれをこのぐらい薄くつくらなきゃならないのよと、女の人ですけれ
ども、そう言った。
私はそのとき、世界の
環境の
地球サミットをリードしただけの総理
大臣だなとつくづく思いました。彼女の目線は
市民と同じ目線にあったんです。今たまたま
長官がるるおっしゃったので、私もあえてこんな長い話をしているんですけれ
ども、これから
長官並びに
環境庁が本当に
NGOと同じ目線に立って本気で
NGOを民主的に育ててくださるのかどうか、その御決意を伺いたいと思います。