○秋葉
委員 わかりました。それで結構です。撤回するかどうかということを聞いたんですから、手短にそれだけについて答えていただければ結構です。
ちょっと言いますけれども、きのうさんざん聞いたじゃないですか。その
答弁を皆さん聞いているわけでしょう。あれだって、
答弁なっていないというのはわかっているじゃないですか。(発言する者あり)
委員長、不規則発言も少し整理していただけるとありがたいのですが。
今の点に
関連して、それでは、法務省の人権感覚というのがそういうものであるということを私は大変恥ずかしく
思いますけれども、それも徐々に訂正していっていただきたい。ともかく、子どもの
権利条約の
趣旨に沿って改善されていくことを期待しながら、あとの
質問を続けたいと
思います。
きのうのお答えでは、要するに、婚外子差別が存在するのは合理的である、合理的な理由は、法律婚というものがあって、その法律婚を守るためである、法律婚はなぜ守らなくちゃいけないのかというと、それは法律があるからだという堂々めぐりの
議論でした。それ以上の、法律があるという以上の根拠は与えられなかった。
社会的秩序とかそういう
言葉も出てまいりませんでした。ですから、そういう堂々めぐりの
議論によって、法律婚を守る、そのためには婚外子を差別しても構わないんだというのがきのうの
答弁でした。
私は、それは非常に間違った考え方だと
思います。仮に百歩譲って法律婚を守る必要があるということを認めた上で、私はこれについても民法九百条の
改正をすべきだと
思いますが、その点については後で触れることにして、仮に法律婚を守るという
立場が正当だという前提を加えた上でも、それではそれを行うために婚外子を差別することでその目的が達成されるのかどうかというところは、慎重に考えなくてはいけないところだというふうに
思います。
例えば、今のこの考え方は、ちょうど、無免許運転をする人を減らすために無免許運転をした人の
子供には運転免許を与えないというのと同じようなことです。だから、
子供に対してそういった措置をとっても、実際行っている大人に対する強制力にはならないということです。実は、もし必要でしたら、これは論理的な、同型という考え方がありますけれども、そういったところを使ってきちんと証明してさしあげますけれども、そういうふうにおかしい
議論で実は組み立てられているのです。お笑いになった方は、ですから、この私が取り上げた比喩ではなくて、法務省の
見解そのものに対してお笑いになったということを自覚していただきたいと
思います。
それともう
一つ、これは例を申し上げますと、一九七二年のアメリカの最高裁判所の判決では、親たちの婚外の交わりを食いとめるためにこういった婚外子の差別をすることは何の効果もないということを、これは婚外子差別に対しての判決の中で明確に言っております。そのためのデータも示しています。ですから、そういう
意味で法務省の
見解、
日本政府の
見解には根拠がないということを申し上げておきます。
実は、根拠がないというのはちょっと言い過ぎで、根拠はあることはあります。それは何かというと、江戸時代以来連綿と続いてきた家を単位にする
社会的な構成、その中における個人の
立場によって、個人の
権利を重んずることによって
社会的なシステムを組み立てていくという考えではなくて、家を中心にした構造によって
社会の成り立ちを考えていく。したがって、家の
一員の罪は家全体の罪である、あるいは五人組というような制度をつくって、五人組のうちの一人の罪はすべての罪であるといったような考え方が実はその根拠として残っている。いわばこの婚外子差別というのは、そういう古い封建的な時代の法制度の残滓だというふうに考えてもいいのではないかと私は
思います。
しかるに、一昨日の
参考人の公述の中で波多野
参考人が述べられたことですけれども、これは自民党推薦で人権の考え方について述べられた波多野教授ですが、つまり今の
日本の法制度では、人権というもの、つまり個人の
権利というものを中心にさまざまな組織を組み立てることにしたんだということを言いました。その中で特に波多野教授が歴史的な事実として強調されたのは、まず一九四八年、
世界人権宣言というのがある、これが人権についての
世界の共通の考え方、基盤である、
日本も当然それを受け入れているというところです。さらには、これを踏まえて
条約化したものが国際人権規約である、さらに、この国際人権規約をもとに、これはまだ一般論であるから、それをより個別化して各論的に充実させ深めているのが、例えば女性の差別撤廃
条約であり、拷問禁止
条約といったようなものであって、子どもの
権利条約もその
一つであるということを言っています。となると、当然子どもの
権利条約の中に含まれているさまざまな
規定というのは、今申し上げた
世界人権宣言や国際人権規約、こういったものを認めた上でのいろいろな
規定になっているというふうに私は解釈いたします。
残念ながら、午前中の議事の中では、子どもの
権利条約の中に明示的に示されていない
権利については
日本は守る必要がないんだというような
見解が示されました。ということは、波多野教授の示された
見解とは逆に、
政府の
立場は、仮に
世界人権宣言があり国際人権規約があっても、今回の子どもについての
権利条約の中で明示的に示されていないものは
日本政府はこれを遵守する義務を負わないというような
見解を示されたというふうにもとれるのですけれども、そういう非常に後退した形での
条約解釈をしているのかどうか。一言で、そうではないということを言っていただければ大変ありがたいと
思いますけれども、この点、確認したいと
思います。