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1993-05-19 第126回国会 衆議院 外務委員会 第10号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成五年五月十九日(水曜日)    午前十時一分開議 出席委員   委員長 伊藤 公介君    理事 小里 貞利君 理事 狩野  勝君    理事 古賀 一成君 理事 鈴木 宗男君    理事 長勢 甚遠君 理事 上原 康助君    理事 土井たか子君 理事 東  祥三君       新井 将敬君    奥田 敬和君       坂本三十次君    細田 博之君       秋葉 忠利君    川島  實君       高沢 寅男君    藤田 高敏君       古堅 実吉君    和田 一仁君  出席国務大臣         外 務 大 臣 武藤 嘉文君  出席政府委員         国際平和協力本         部事務局次長  萩  次郎君         外務省アジア局         長       池田  維君         外務省北米局長 佐藤 行雄君         外務省欧亜局長 野村 一成君         外務省条約局長 丹波  實君         外務省国際連合         局長      澁谷 治彦君  委員外出席者         国際平和協力本         部事務局参事官 川口  雄君         防衛庁防衛局運         用課長     野津 研二君         参  考  人         (学習院大学法         学部教授)         (国際連合差別         防止少数者保         護小委員会委員波多野里望君         参  考  人         (法政大学法学         部教授)    永井 憲一君         参考人         (著述業)   保坂 展人君         参  考  人         (財団法人日本         ユニセフ協会専         務理事)    東郷 良尚君         外務委員会調査         室長      黒河内久美君     ――――――――――――― 五月十八日  みなみまぐろの保存のための条約締結につい て承認を求めるの件(条約第一〇号) 同日  子ども権利条約批准に関する請願(小松定男  君紹介)(第二一八〇号) は本委員会に付託された。     ――――――――――――― 五月十八日  子ども権利条約批准等に関する陳情書  (第一 九五号) は本委員会参考送付された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  児童権利に関する条約締結について承認を  求めるの件(第百二十三回国会条約第九号)  航空業務に関する日本国ネパール王国との間  の協定締結について承認を求めるの件(条約  第三号)(参議院送付)  日本国と中華人民共和国との間の航空運送協定  を改正する議定書締結について承認を求める  の件(条約第四号)(参議院送付)  商業及び事務所における衛生に関する条約(第  百二十号)の締結について承認を求めるの件(  条約第五号)(参議院送付)  国際情勢に関する件      ――――◇―――――
  2. 伊藤公介

    伊藤委員長 これより会議を開きます。  児童権利に関する条約締結について承認を求めるの件を議題といたします。  本日は、本件審査のため、参考人として学習院大学法学部教授国際連合差別防止少数者保護小委員会委員波多野里望君、法政大学法学部教授永井憲一君、著述業保坂展人君及び財団法人日本ユニセフ協会専務理事東郷良尚君、以上の四名の方々に御出席をいただき、御意見を承ることにいたしております。  この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、大変御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、大変ありがとうございました。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、本件審査参考にいたしたいと存じます。  次に、議事の順序について申し上げます。  波多野参考人永井参考人保坂参考人東郷参考人順序で、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対しお答えをいただきたいと存じます。  なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。  それでは、波多野参考人にお願いいたします。
  3. 波多野里望

    波多野参考人 おはようございます。波多野でございます。  まず最初に、私とこの児童権利条約との間には四つの接点があることを簡単に説明しておきます。なぜなら、それがこれからお話しすることの内容と密接にかかわってくるからです。  第一の接点は、今委員長の御紹介にもありましたように、学習院大学法学部教授であり、専攻国際法だということです。したがって、難民や外国人人権と同様に子供人権の問題も当然に取り扱います。ただし、接点がそれだけなら国際法学者でありさえずればどなたでもよいわけで、あえて私がきよう皆様にお話を申し上げるという必要はないわけであります。したがって、私がここに出てくるということは、もしこれに多少とも意義があるとすれば、それは以下の接点があるからだと考えます。  第二の接点は、これも既に御紹介いただきましたが、国連差別防止少数者保護小委員会委員を務めているということです。これは、一般には人権小委員会と呼ばれておりますので、以下ではこの名称を用います。  この人権小委員会は、世界の二十六人の専門家から成る組織でありまして、アジアからは私を含めて五人の委員が出ております。そして、人権のあらゆる問題を審議するのですが、子供については、最近では、死亡率それから戦闘への参加、就学率、搾取、性的虐待、特にポルノへの出演などなどが論議の主題に上がっております。  第三の接点は、御紹介にはありませんでしたが、私は、国連拷問犠牲者救済基金理事も務めております。ちょっと信じがたいかもしれませんが、現在でもおよそ七十カ国の政府によって拷問が組織的に行われております。そして、その犠牲者の数は現在二百万とも三百万とも言われています。それら犠牲者救済社会復帰に当たっている多くの民間団体、いわゆるNGOに対してその基金から補助金を幾ら出すかというのを決めるのが理事会の役目であります。理事は五人、アジアから出ているのは私一人です。そうした民間団体からの報告書の中には、いかに多くの子供がどんなにひどい拷問を受けているかといった事実が詳細に述べられており、読んでいるうちに食欲がなくなるというほどであります。  第四の、そして最後接点は、私が波多野ファミリスクールという財団法人理事長も務めているということです。この財団は、社会教育国際教育とを行っていますので、普通の大学の教師よりは小中学生あるいは小中学校先生方とも直接に触れ合う機会が多く、それだけに学校の実態についてもかなりの情報が得られます。さらに、ベトナム、台湾、フィリピンを初めとしまして、東南アジア国々からだけでなく、中近東、ヨーロッパ、南北アメリカなどからの子供も私のスクールに来ておりますので、それらの国々の最新の情勢も比較的よくわかるというわけであります。  したがって、これから申し上げることを、そうした経験を踏まえた者の意見として受け取っていただければ幸いです。  さて、本論に入りますが、時間の制約もありますので、きょうは五つの点についてだけ意見を述べます。  第一は、この条約がいかなる意義を持っているかという点です。  周知のとおり、人権に関する国際文書の中心的な存在である世界人権宣言とそれを条約化した二つの国際人権規約は、すべての人の人権のことを定めています。したがって、子供人権も当然そこには含まれているはずですが、実際には、子供はややもすれば視野の外に置かれがちでありました。その意味で、今回、子供を正面からとらえた条約がつくられたということは、女性について女子差別撤廃条約がつくられたのと同じぐらい大変大きな意義を持っていると思っています。  第二は、この条約のすべての規定が必ずしも同じ重みを持っているわけではないということです。  では、どの規定がより大切かといいますと、その点で参考になると思われますのが、国連開発計画(UNDP)という国際機関各国人権状況を客観的に測定するための共通尺度として一九九〇年に発表した人間開発指数HDI)、ヒューマン・ディベロプメント・インデックスという概念があります。  そして、その共通尺度最初に掲げられているのが平均寿命でございます。何といっても命が一番大切だということでしょうし、そのことはこの条約の第六条でもはっきり認められております。その平均寿命に大きくかかわるという意味で、「幼児及び児童死亡率を低下させる」という第二十四条二項(a)がこの条約の中で最も大切な規定の少なくとも一つであることは疑いありません。  御承知のように、発展途上国においては特に乳幼児死亡率が非常に高い。干ばつのように避けることのできない天然現象を別にすれば、死亡率が高いことの最大の原因はもちろん病気であります。安全な飲み水が手に入らない、医者も薬も足りない、そういった悪条件がそろっている上に、子供の多くが慢性的な栄養失調に陥っているために、一度病気にかかると抵抗力がない、すぐ死んでしまうということになります。こうした事態を少しでも改善しようというのがこの条約の第一の大きなねらいであります。  命にかかわるという意味では、十五歳未満の者を戦闘に参加させてはならないことを定めました第三十八条も見逃せません。  なぜなら、多くの国において、もろもろの悪条件の中でせっかく生き延びた子供たちが十二、三歳になりますと戦争に駆り出される、そして死んでいくというケースが多いからであります。そうした幼年兵の姿は、アフリカや中近東の事情を伝えるテレビなどでもしばしば放映されておりますし、一昨日の朝日新聞には、ボスニアにおける十二歳のセルビア兵士の写真が載っておりましたから、あるいはごらんになった方もあろうかと存じます。また、中国が文化大革命の際、若年の紅衛兵を使ったと言われますが、それに倣ってポル・ポト政府も、あの大虐殺を行ったときには十三歳から十四歳ぐらいの子供に命じて多くの人々を殺させたと伝えられております。当時のその子供たちが現在のポル・ポト軍の中核をなしているという情報もございます。  しかし、これは決して特定の国にだけ起こる例外的な現象ではありません。なぜなら我が国でも、強制こそしませんでしたが、第二次大戦中には特年兵という制度を設けまして、十四歳で採用された少年短期訓練の後、直ちに実戦に参加させました。また、予科練に入れる年齢を戦争末期には十四歳にまで引き下げたこともあります。したがって、こうした事態を改善するというのがこの条約の第二の大きなねらいであります。  三番目ですが、国連開発計画共通尺度の二番目に挙げているのは識字率であります。  小中学生就学率が一〇〇%近い我が国では、この条約国会承認をめぐってちまたでの議論を聞いておりますと、世界のすべての子供学校に通っていることを当然の前提としたような意見を時々耳にいたします。しかし、御存じのように、学齢期子供の半分以上が学校に通っていないという国が世界には幾つもございます。したがって、義務教育制度を設け、あるいは定期的な登校を奨励する、そして全世界における無知と非識字、昔で言えば文盲と言うのですが、今は非識字というふうに言いますが、この廃絶に協力すべきことをうたった第二十八条もこの条約の中で特に重要な意味を持っていると思います。  さて、お話ししたいことの第三点は、この条約が、すべての国を一律にとらえているのではなく、途上国を特に意識しているという点です。そのことは、前文のほか、第二十三条四項、第二十四条四項あるいは第二十八条三項などに明記されておりますが、それ以外の規定においても、途上国を主として念頭に置いていることが随所にうかがわれます。  ところで、この発展途上国といいますと、一人当たり国民総生産の小さい国を指すのが一般的ですが、先ほど御紹介しました国連開発計画人間開発指数を用いて世界じゅうの国を並べ直してみると、順序がかなり入れかわります。貧乏ではあっても平均寿命の長い国は今までより上にいきますし、反対に、お金はそこそこ持っているが識字率が低い国は従来より下に位置づけられるからであります。  ちなみに、この人間開発指数三つ目共通尺度基礎的購買力です。幾ら長生きをして読み書きができても、使えるお金が全くなくては人間らしい生活を送れないということでありましょう。日本は、国民総生産ではアメリカにかないませんし、また、人口が多いだけに、一人当たり国民総生産になりますとスイスなどに及びません。ところが、平均寿命識字率基礎的購買力三つを使ってこれを組み合わせてはかりますと、何と一九九〇年と九一年には日本世界一になっております。日本世界一の長寿国で、乳幼児死亡率世界最低で、国民総生産自由世界で第二位ですから、日本にとって有利なことばかりが共通尺度に選ばれたわけで、これはいわば当然の結果だったと言えます。  しかし、人権人間自由度開発度をはかる尺度がこの三つだけではいかにも単純で不十分だというので、一九九一年からはいろいろな工夫が凝らされることになりました。例えば基礎的購買力の算出に当たっては、インフレ率を計算に入れる、あるいは各国貧富の差の大小を考慮するといったぐあいです。  その結果、例えば男女の性差、つまり女性社会進出度という尺度を加味しますと、日本は途端に一九九一年には十七位、九二年には十八位と大きく後退します。これは国会における女性議員の数を考えただけでもすぐ納得がいく数であります。そのかわり日本は、インフレ率が低くて貧富の差が小さいというので、修正された基礎的購買力では一位になりますし、総合点でも九一年が一位、去年はカナダに次いで二位になりました。  なお、昨日の読売及び日経新聞の夕刊によりますと、九三年の報告が十七日に発表になったそうであります。それによりますと、日本がまた一位に返り咲いているということであります。これらの共通尺度の選び方にはいろいろ問題があろうかと思いますけれども、とりあえず国連開発計画という中立機関が算出した結果ですから、一応客観的な評価だと考えていいのだと思います。  ところで、この九二年の報告書は、世界の百六十カ国を、人間開発指数が高いと認められた四十七カ国、中くらいの四十八カ国、低いとされた六十五カ国という三つのグループに分けています。  そこで、アジアの国だけをこの人間開発指数が最も低い、つまり日本反対の極にある方から拾ってみますと、アフガニスタン、ブータン、ネパール、今問題となっているカンボジア、バングラデシュインドパキスタンパプアニューギニア、私の感じではパプアニューギニアというのはもっと下かと思うのですが、これは案外高いのですね。バングラデシュインドパキスタンより上であります。それからミャンマー、これも人権で大変問題がある国でありますけれども、ミャンマーベトナムインドネシア、こういう国々がこの人間開発指数で非常に低いところに位置づけられているということです。これら十一カ国のうち、アフガニスタンだけがこの条約を批准しておりません。署名はしております。あとの十カ国はもう既に締約国になっております。そしてこの条約が焦眉の急として目指しているのは、まさにこうした国々における子供人権の底上げであるということであります。  ただし、だからといって、人間開発指数が高い国々は何もしなくていいというわけでは決してありません。指数が高いといってもそれはあくまで他の国との比較でありまして、絶対値ではございません。したがって、一、二位を争うカナダにしても日本にしてもなすべきことは多々あります。しかし、そのことを十分に踏まえた上で、なおかつ、この条約を解釈するに当たっては、この条約起草者たちが主として念頭に置いていたのがこういう途上国であるということを認識しておく必要はあろうかと思います。  第四点、この条約によって子供に与えられる権利は決して絶対的なものではないということです。そもそも大人が持っている権利でさえ、その行使に当たっては公共の福祉その他の制約を受けるわけですから、社会に対して大人と同等の義務責任も果たせない子供権利がそれ以上の制約を受けるのはいわば当たり前だろうと思います。子供権利を行使するに当たって父母等の適当な指示及び指導に従うべきことを定めた第五条、第十四条二項などはその最も端的なあらわれであります。  第五点、最後に指摘しておきたいのは、この条約が、決して子供権利ばかりをうたっているのではなく、子供の養育に関しては親が第一次的な責任権利義務を負う旨を定めているということであります。そのことは、ただいま言及した第五条及び第十四条二項のほかにも、第三条二項、第七条一項、十八条一項、二十七条二項などに明記されております。  まとめに入ります。  私たちは、すべてかつては子供でありました。したがって、子供人権というのは、すなわち全人類の問題であります。それだけに、子供人権は、人口の半分あるいは半分強を占めるにすぎない女性人権以上にある意味では重要だと言えます。その意味で、百三十四もの国々によって既に締結されているこの条約が、我が国国会においても一日も早く承認されるよう心から願ってやみません。  以上で私の意見陳述を終わります。御清聴ありがとうございました。(拍手)
  4. 伊藤公介

    伊藤委員長 ありがとうございました。  次に、永井参考人にお願いをいたします。
  5. 永井憲一

    永井参考人 永井でございます。  私は、憲法及び教育法学の研究の専攻者といたしまして、子ども権利条約にかかわりまして、私の知るところを次の四点でお話をさせていただきたいと思います。  まず一つは、本条約制定の歴史的な経緯と条約の持つ歴史的な意義でございます。第二は、本条約内容特徴について私の認識するところを御説明申し上げたいと思います。第三に、そのような本条約国内法として迎え入れる場合に、これまでの国内法等に与える影響の問題についてでございます。そして最後に、政府から提出されました本条約に関する議案についての若干の問題点を申し上げたいと思います。  時間が十分ではありませんので、早速内容に入らせていただきたいと思います。  まず一でございますが、この条約は、今波多野先生からもお話がございましたように、第二次世界大戦後におきまして、国際連合が、平和な社会実現に向けて各国が相談する、それに向けて協力をするという申し合わせをした際に、平和と人権実現を同時に行っていこうということを申し合わせました。  そうする中で、従来どこの国でも男の人権保障ということを主として進めてまいりましたけれども、戦争経験から、戦争で大きな痛手を受けた女性子供人権について特に配慮をして、その人権保障を進めていこうという自覚に立って、片や女性差別撤廃条約を生み、片や今日の子ども権利条約を生む、そういう経過でつくられてきたものでございまして、女性差別撤廃条約は男性との差別撤廃であり、子ども権利条約は、未成年者として大人のいわば保護対象として置かれた子供について、特にその存在人間としての存在として認めて人権保障しようとするそういう考え方に基づき、地球上のだれ一人も残らない、すべての人間人権保障に向けてということのいわば一つの重要な位置を占める条約であるわけでございます。  このような条約の持つ歴史的な意義をまず御理解いただくことが、条約について考える場合の基礎的に、そして極めて基本的に重要なことであろうかというふうに思いますので、特にその点を強調しておきたいというふうに思います。  第二の、それでは本条約はどういう内容のものなのかということでございます。  今波多野先生からも御説明ございましたけれども、この条約はさまざまな内容を含んでおります。これまでにつくられてまいりました国際人権規約あるいは女性差別撤廃条約等において実現をされておりますものの中で、子供にも認めていこうというようなものをすべて反映する形でつくられているのがこの条約一つの専門的に見る特徴でございます。  その条約特徴として一つまず最初に指摘しておきたいのは、この条約子供の無差別平等を保障するという観点でつくられているものであるという点でございます。  例えば、この条約前文三項や第二条などの規定に見られますが、言うまでもなく、子供はだれでも親を選んで生まれてきているわけではございません。性別を選んで生まれてきているわけでも、時代を選んで生まれてきているわけでも、国を選んで生まれてきているわけでも、本人が選んで生まれてきているわけではないわけでございます。  しかも人間は、だれでも一つしかない人生を生きているわけでございまして、それなら、国連世界人権宣言や一九六六年の国際人権規約によって保障してきたように、すべての人間は、親の社会的な地位や財産、人種、言語、宗教あるいは皮膚の色や出生または障害の有無などのいかなる理由によっても差別されないのでありまして、その人間の無差別平等を子供保障しようとするものであります。言うまでもなく、これこそが子供大人を含むすべての人間人権保障の基盤となる大原則である、無差別平等の保障がその基本的な認識でございます。  第二は、この条約は、従来大人だけに認めてきた人権子供にも認めようとするものであります。すなわち、これまでは、子供は未発達だから、未成熟だから保護する対象としていたというわけでございますが、大人と同じように権利を享有する主体、そして権利を行使する主体、つまり子供存在人間存在として、そして子供人権主体として保障しようとするものであります。  例えば、刑事事件容疑者とされたような場合、大人ですと、これまでの歴史的な人権保障発展の成果として、仮に裁判を受けるようなときには、経済的に貧困であればむしろ国が費用を払って弁護士を雇ってくれる制度、すなわち国選弁護人制度が既に現在各国に用意されているわけであります。日本憲法にも第三十七条にそれが認められているわけであります。しかし、子供にはそれが認められておりません。  それについて、この条約は第四十条でいわゆる少年司法刑事適正手続について規定しておりまして、弁護人その他の適当な援助を受けること及び「使用される言語を理解すること又は話すことができない場合には、無料で通訳の援助を受けること。」などを決めております。  ほかにもこの条約には、地球上の子供を含めたすべての人間人権国際的規模でひとしく保障することを目的とした国際人権規約の中に置かれた条項が多く取り入れられております。例えば、現代社会市民的権利、シビルライツといって各国共通に理解されております表現の自由、情報の自由、思想、良心の自由、十三条、十四条、十五条、プライバシーの権利、十六条、情報へのアクセス権というような、国際的規模大人人権として既に国際人権規約等によって認めたものを子供にも認めようということをこの条約の中に規定しているわけであります。  これは若干波多野先生意見の違うところでありますが、世界各国子供にひとしく認めて、地球規模における子供の一人一人に残らず人間存在としての人権保障しようとする趣旨をこういうところに反映しているものだと私には思えるわけでございます。  その中の、我々は俗に目玉と称しておりますのが第十二条の意見表明権でございます。  条文に則して言えば、自己の見解をまとめる力のある子供に対して、子供が自己に影響を及ぼすすべての事柄について自由に意見を表明する権利というふうに書いてございます。したがって、それは、子供の年齢と成熟度の高い段階では大人の言う表現の自由と同じ意思と言えると思いますし、いわゆる自己決定権と同義語となると思います。この権利は、少なくとも自分に影響を及ぼすすべての事柄の決定過程に参加する権利として、そういう手続的な意味で特に重要視されなければならないものだというふうに思います。言うまでもなく、子供はまだ未成熟であります。  伝えられるところによりますと、この条約に対して一つの妙な疑義が出されておりまして、この意見表明権をつかまえて、子供意見表明権は、大人権利よりも優先して子供権利を取り扱わなければならないのだ、だからこの子ども権利条約について一定の疑義があるというような言い方をなされる識者もおられるようでございますけれども、この条約は決してそうではございません。  発達の程度に応じて子供意見を尊重しろ、大人子供を見て、子供にこういうことをしてあげることが権利保障だと大人が勝手に考えて、子供を管理したり支配するという結果子供が不幸な状態になることの決してないように、子供意見を一応聞いて、そして子供意見が生かせる場面においてできるだけ大人が生かしてやれという趣旨のことでございます。  三番目に、子供はやはり子供でありますので、保護されることそれ自体が権利保障でございます。その保護につきまして、さまざまな点、特に三十三条以下に、麻薬からの保護あるいは性的搾取からの保護等についての規定がございます。  なお、この条約は、今世界存在しているさまざまな、先ほど波多野先生からもお話がありましたような不幸な状態に置かれている子供を緊急に救済ないし保護しようとするのが主要な目的の一つであることは否定できないわけでございます。それが条約を制定してきました客観的な推進力になっていたということは、この条約がつくられた国連の審議過程の中にもよくあらわれていることは承知しております。  したがって、この条約は、子供の健康や医療等の社会保障などの一般的な権利規定に加えて、難民の子供保護援助、二十二条、少数者、先住民の子供権利、三十条、障害者の権利、二十三条、経済的搾取、売買からの保護、三十二条以下、武力紛争からの保護、三十八条などについての規定をも持っているわけであります。  また、この条約は、子供自身の生来的権利、教育については、子供の人格、才能並びに精神的及び身体的能力を最大限可能なまでに発達させることを目的として規定する二十九条のようなものもございます。さらに、中等教育の無償化などの規定を詳細に規定している二十八条のような条文がございます。  しかも注目すべきなのは、これらが明らかに従来のような、いわば教育をする側から規定をして、子供権利を受ける権利として規定しているのと違いまして、子供権利主体として、教育に対する権利、教育にかかわる権利ということから、子供権利主体として規定しているところにこの条約特徴を見ることができるのであろうと思いますし、したがって、そのような権利主体としての子供に遊ぶ権利等の規定をしている三十一条なども注目されるわけでございます。  四番目に、これまでの国際社会条約などによって認めてきた大人子供に対する役割を確認することを通して、子供権利社会的に人権として保障しようとするものであります。  すなわち、この条約は、子供の発達のために親及び家庭との関連を重視しまして、子供は親を知り、親により養育される権利を七条で保障し、親の意思に反して分離されないことを九条において保障し、家族再会のための出入国の自由と権利を十条において保障するなど、そして親には、女性差別撤廃条約が採用いたしました子育ての男女平等原則を確認しまして、母親だけでなくて、両親が、両方が子供の養育及び発達に対する共通責任を有するものとしているわけであります。そして、そのようなことが可能なように、国が親の生活を援助し、親の権利保障をしていくということを規定しているわけでありまして、そういう意味では、この条約は、前の国際人権規約女性差別撤廃条約の国際社会における実効性を実質的に補完する役割をも期待されている条約であるということを認識しなければならないものだというふうに私は思うのであります。  そうでありますと、三番目の大きな柱に入りますけれども、子ども権利条約をこの国会承認し、いずれ政府が批准をするということになりますれば、従来の国内法との関係においてどういう関係が出てくるであろうかということであります。  ちょうだいいたしました児童権利条約という外務省からの、国会に提出された議案及びその附属文書等を拝見いたしますと、国内法の改正は必要がないというふうに書かれておりますが、私は必ずしもそうは思いません。  まずは、児童というネーミングをもし使ったままでありまするとすれば、学校教育法において中学校の生徒あるいは高等学校の生徒を、生徒と呼んでおりますものを児童というふうに学校教育法を改正して書きかえなければならないということにもなりましょう。全部お話しすることはとてもできません。私ども、研究をいたしましたもののある部分の成果を一冊の本にまとめてみると、その中に、一冊に全部書き込んでも足りないくらいにたくさんの問題を抱えておりまして、影響は大きいと思います。改正を必要とするもの、あるいは運用によって賄えるもの、あるいは新しい立法を必要とするもの、いろいろな問題を生じてくると思いますが、限定して、改正を必要とするのではないかと思われる幾つかの点だけを申し上げますと、そのほかにも幾つかございます。  例えば、本条約の第二条にかかわる問題でございますが、民法の九百条及びその取り扱いについて規定しております非嫡出子の問題でございます。  過日、本会議において趣旨説明があり、各党からの質問がありましたときに、私は傍聴をしておりましたら、宮澤総理は、非嫡出子は、合理的な届け出主義の婚姻法のもとにおいては、合理的な差別として考えたらよろしいというような御答弁をなさっておりますけれども、子ども権利条約はそういう趣旨ではございません。  親がどのような、合理的であろうが非合理的であろうが、若干言い過ぎでございますが、合理的であることの方が望ましいことは言うまでもございませんけれども、そこに生まれた子供権利を平等に保障するというのが趣旨でございまして、非嫡出子について、嫡出子の二分の一の財産分配しか受けられないということを規定しているような民法規定については、ぜひともこれは改正する必要があろうというふうに思わざるを得ないのであります。  なお、ほかにも、民法の規定に、養子縁組の場合に、近親関係の場合には家庭裁判所の許可を得なくてもよろしいというような規定存在するわけでございますが、このような規定は、子供主体権利保障するこの条約の趣旨に合わないということは、これはもう客観的に否定するまでもないことだというふうに思うわけでございます。  そのほかいろいろな問題点を含むわけでございますが、残念ながら時間がないので、最後の問題についてお話をしたいと思います。  大学において一時間半ぐらいを単位に話をしておることになれておりますと、どうも十五分というのはとても話しにくいことを、経験しておって今内心焦っております。  先ほども申し上げましたように、本条約に関する政府提出の案に対して、幾つかの問題だけ指摘をするということでとどめさせていただきたいと思います。  まず、条約の正文が各国語訳になっておりまして、不幸にも日本語訳にはなっておりません。したがいまして、議案につけられて、正文と児童権利条約という名前の条約の訳が出されておりますけれども、そのような政府訳、これが果たしてこの条約の趣旨を正しく受けとめた形で翻訳された文章になっているかどうか、条約の文章がその正文と間違いなく訳されているかどうかということを確認するのは、この国会でしか方法がございません。ぜひこの点をきちんと国会で確認をしていただきたいというふうに思います。  そして一つは、問題は、ネーミングの問題でございます。  先ほども申し上げますように、私は、この条約は歴史的な意義を踏まえてこの条約にネーミングをするとすれば、これは「児童の」ではなくて、「子どもの」でなくてはならないというふうに思います。「児童の」ということであると整合性が保てるというふうに政府は答弁なさっておることを私は知っておりますけれども、むしろ「児童の」とネーミングすることの方が、女性差別撤廃条約あるいは先ほど申し上げました学校教育法などとの関係において整合性が保てないのでありまして、「子どもの」の方が保てると私には認識できるのであります。  二つ目に、国内法の改正及び予算措置は不要というふうに外務省の説明文書にはございますが、果たしてそうなんでしょうか。私は、子供にも知らせるということを義務づけておるこの条約の四十二条の趣旨からするならば、予算措置を伴わないでこの条約をみんなに知らせるというようなことを責任として果たすということは不可能ではないかと思います。  三つ目に、訳文の問題でありますが、幾つかの問題でその指摘だけをしたいと思います。  一つは、三十条の「原住民」という訳、政府自身が国際先住民と訳しておりますのに、「原住民」という訳をこの条約につけておりますのは、いささか不整合性になるのではないか。  二十八条のいわゆる中等教育の無償の問題も、過日の人権規約の際と訳文が違うのではないかというふうに思います。  四十五条の(d)条項につきましても、私、新聞等で指摘をしておりますように、国連子供権利委員会の暫定規則七十一条等との関係において、いささかこれはケアレスミステークが訳文にあるのではないか。  どうもそのようなことを考えてまいりますと、結論的に申しまして、この条約は、私はこのまま国会承認をされるということに対して大変大きな疑義を持ちます。私は、できることならば、国民の前に恥ずかしくないように、政府は国民の英知を集めて出し直すか、あるいは、そんなことをしておりますと——もう既に国際社会では百三十数カ国が署名をして批准をしているという状態でありますので、出されている議案について相当大幅な修正をするというようなことをすべきではないだろうかというふうに思います。決して今までのように、先例でそういうことをしたことがないということにこだわらず、この国会では、憲法四十一条に言う国権の最高機関として、そして国の唯一の立法機関として、新しく国内法として迎える条約の審議に万全を期していただきたいということをお願いいたしまして、私の意見を終わります。  永井ですので長くなりまして申しわけございません。(拍手)
  6. 伊藤公介

    伊藤委員長 大変ありがとうございました。  次に、保坂参考人にお願いをいたします。
  7. 保坂展人

    保坂参考人 私は、まず子供がどういう立場に置かれているかということに絞ってお話をしたいと思います。  実は私は、十六歳から三十二歳までの十六年間、内申書裁判という裁判の原告人として過ごしたわけなんですけれども、この裁判というのは、一九七〇年当時に千代田区の麹町中学という学校の生徒であった私が、当時の学校に非常に疑問を持ちまして、例えば授業のやり方、社会科の授業で現代史をなかなかやらないんですね、現在でもそれは変わってないのですが、それで社会科の教師を質問攻めにしまして、一々手を挙げて、ちょっと先生違う。ついにその先生は怒りまして、そんなに違うと言うのならおまえ授業やってみろ、わかった、じゃ僕が授業やってみると、売り言葉に買い言葉で引き受けたものの、大慌てで準備をして、授業を一回やったことがあります。一九七〇年にはそういう中学生が日本にもいたわけなんです。意見表明権というか、非常に活発に授業に対して物を言う。  それから、国語の授業に対しても、作文の指導がありますけれども、例えば受験、偏差値、そういう偏差値という言葉がまだ新しい時代だったのですが、そういうことに青春を燃やすのがいい生き方だみたいな先生の指導に対して、それは違うのじゃないか、人間として愚かな選択ではないかというような意見を出して議論を吹っかけるという、そういうタイプの生徒であったわけなんです。  社会や政治に対しても非常に興味がございまして、小学校六年のときに、土井さんが初当選したときの衆議院選挙の切り抜きを研究発表に選んだような、ちょっと早熟な生徒だったわけなんです。そういう生徒からしますと、当時ベトナム戦争反対の市民のデモというのに非常に心を引かれたという部分がありまして、学校の近くでやっていたということもありまして、そういったデモに参加をしたりということもしました、中学校二年生、三年生の時代でしたけれども。例えばそういうことがきっかけになり、学校でいわば問題児になったわけなんですね。  問題児として何をやったかといいますと、社会問題研究会というのをつくって、新聞を出すんだ。それで、その新聞を実際に出して、その許可をめぐって当時の先生といろいろ応酬があったり、細かく話すと長くなりますので短くしますけれども、つまりそういうことが学校の秩序を非常に乱したいけない行為だということで、内申書にこれを細かく記載するということが行われたわけでございます。結果、五つの全日制高校に全部不合格をしまして、それが内申書にこういうことを記載してよいのかという裁判の十六年にわたる争いになったわけですね。  第一審東京地裁では私の方の全面的な勝訴という結果が出ましたが、高裁、最高裁では一応裁判としては負けているわけですけれども、現在、御存じのように、内申書に関しては、本人の不利益なことを書くべきものではない、あるいは、生徒、親は何を書かれているかわからないという疑念に対しては、これを公開しようという方向の動きが急でございます。そういうことで、問題提起者の一人としてお話ししたいと思います。  裁判を続けるさなか、その裁判の結果がテレビや新聞で報じられるものですから、そのときどきの子供からの手紙、はがきが私のところにたくさん来ました。こういうことがきっかけになりまして、七〇年代の後半から八〇年代のすべてにわたって、いわば学校事件レポートというのをやりました。  例えば、忠生中学で先生が生徒を刺して逃げたという事件がありました。そのあたりから始まって、鹿川裕史君がいじめを苦に自殺をした事件あるいは神戸高塚高校の事件に至るまで、約二百本近いレポートを、五十万部、百万部という部数が出ている少年向け、少女向けの雑誌に書いていくということをやってきました。  皆さん、元気印という言葉をよく聞かれると思いますけれども、その元気印という言葉は、私のレポートに、子供たちよ元気でいてくれよという意味を込めてつくり出した言葉で、元気印というのは、その少年少女向けのレポートから生まれた言葉なんです。  そういったことの中で、子供たちからの手紙が大変多く、例えば鹿川君の事件に関しては千二百通、神戸高塚高校の事件に関しては八百通というような、そういった手紙がたくさん来るのです。その手紙は、ここ十数年受け取っただけで優に一万通を超えています。大変反響があるものです。特に、いじめの問題、もう苦しくて死にそうだ、もう追い詰められて親にも言えない、先生にも言えない、どうしたらいいんだ、そういう手紙がたくさん来ます。  そういったことに対して何らかのリアクション、こちら側からの子供たちへの対応をしたいということで、三年前にテレホンサービスで、トーキングキッズと名づけまして、子供の声を流しながら、そしてこちらからの若いスタッフやあるいは私のアドバイスを流すというようなことをやりましたところ、一日約三百本、三年間で三十万コール、これは延べですけれども、電話がかかってきております。そのテレホンサービスを聞いた子供たちが自分の意見を入れる、これの本数だけでも二万本を超えています。  例えば、昨年、民放のある局で、いじめの問題、どんな体験があるのか、どうやって脱出したのか、その経験を聞かせてほしい、そういうふうに番組で告知したところ、やはり千本近い電話があって、二百人が、中には本当にだれにも言えなかったこと、自分のいじめが原因で本当に自殺の寸前まで友人を追い詰めてしまった、その痛みがわからなかったけれども、自分が今度はいじめられる立場に立って初めてその痛みがわかった、あるいは、今お金を持ってこいというふうに言われているんだけれどもどうしたらいいんだ、だれにも言えないんだ、そういうような悲痛な声が続々やってくるわけです。  そういった子供の声が渦巻く現場の息吹を少しでもお伝えしたいと思って、本来ならその子供のテープをきょうここで皆さんにお聞かせしたがったのですが、どうも国会の仕組みか何かでそういうことは余り前例がないということで、非常に残念だったのですけれども……
  8. 伊藤公介

    伊藤委員長 外務委員会は特別にやりますよ、検討して。
  9. 保坂展人

    保坂参考人 そうですが。これはやはり声を聞いていただかないと、伝えにくいのですね。本当にうろたえながら必死に伝えてくる子供たちのSOSをぜひ聞いていただきたいと思います。  そういった中で、今子供権利人権ということでこちらで議論がなされていると思いますけれども、こういうお話をしたいと思うのですね。  学校の中に先輩、後輩という言葉がございます。先輩、後輩という言葉は昔からあった言葉なんですが、ちょっとクイズめいたお話をします。  一番寒い冬の日に、関東地方のある県で、女の子が三種類の服装を着て学校に来るのですね。一人の子は制服だけを着てくる、ちょっと寒そうにしている。もう一人の子はマフラーを巻いている。もう一人の子はコートを着てマフラーを巻いている。これはどういう服装の違いなのか。それぞれ勝手に、寒さに打ちかつぞといって薄着をしているわけじゃない。今言った三種類のスタイルというのは、一年生、二年生、三年生の服装なんですね。これは非常に僕らも驚きました。実はこの先輩、後輩の分け隔てというのが、リンチ事件だとかいじめの死亡事件とか重傷を負った事件なんかにもちらちらと影を落としているのですね。  私は、鹿川君の事件、中野富士見中学を取材する中で、子供たちから聞いた実際の証言の中で初めて気がつかされたのですが、朝学校に行く前に二年生、三年生の顔を見たら必ずおはようございますとあいさつをしなければいけない。あいさつは自発的にするのなら意味がありますけれども、しないと怖いと言うのですね。リンチに遭うかもしれない。そういうような学校がある。三百校くらい全国で無作為に抽出しましてアンケートをとりましたところ、約一割弱の学校で上級生に対してはどこで会ってもあいさつをする、中には腰を何度に曲げてと決まっているところとか、午前中はおはようございます、お昼はこんにちは、午後はお疲れさまですか、そういうふうに決まっている学校もあるそうです。  さて、こういうところで、生徒大会、生徒総会で三年生がつくった議案に対して一年生が手を挙げて、実は僕はそれをやった少年だったのですけれども、三年生のやったことは違うよ、これは違うじゃないですかという意見を言える学校日本の公立学校に一体何校あるのか。これは自信を持って言いたいのですけれども、一%もないのじゃないか。というのは、そういう生徒がまずいないですね。つまり、目立つのは嫌だ。それから、三年生に対して公然と違うというふうに言うこと自体、下手するとこれは何されるかわからないという文化が今日本学校に色濃いのですね。こういうことはなかなか論議もされないし、法律だとかなんとかにそぐわない問題かもしれないですけれども、それを報告しておきたいと思います。  もう一つは、私は子供の取材の中で十歳の少年にこういうことを言われたのですね。  プラモデルをつくりながら、十歳の少年が、僕が子供だったころはね、というふうに淡々としゃべるのですね。十歳の少年が、僕が子供だったころと言うのは一体何事だと非常に動転したのですが、これは非常に興味を持って調査してみますと、今日本子供たちの多くが、小学校五年生をもってもう子供じゃない、大人への準備に入るという意識なんですね。  現実に今子供は遊んでいません。遊べるゆとりはもうないのですね、生活の中で。大人よりも非常に忙しい。例えばスポーツ少年団が各地にありますが、地域でスポーツをやるのは非常にいいことです。しかし、例えばこれは滋賀県で聞いた話なんですが、うちの地域では家族で一緒に過ごせる休日は正月の三が日しかないという話があるのですね。どうしてか。例えば泊まりがけで旅行に行こうとしても行けないと言うのです。子供が嫌だと言う。つまり、みんなに迷惑をかけると言うのですね、バレーボールの練習に参加しないと。家族で旅行に行くことすら事実上不可能というような、地域の横並び意識という中で非常にがんじがらめの子供の生活があります。  ここにいらっしゃる議員の皆さんの世代はまだ自由に遊べた世代ですね七ところが、今子供たちがやっていることは全部大人が関与している。少年野球であれサッカーであれ、みんな大人がいます。そういう中で、本当に子供が興奮しておもしろかった、きょうはよく遊んだというふうに思える子供がどれだけいるのか。こういう話を子供の前でしますと、昔はそうだったんだねというふうに言います。  そういう意味で、子供たちは今本当に精気を吸い取られている状態です。人権権利、市民的な意識というのは、まず市民としての生活があってこそ初めて成り立ってくる。つまり、人権を主張するだけのゆとりは今の子供にはないんだということもつけ加えておきたいと思います。  そういうさまざまな学校事件を取材してきた中で、やはり最後に言っておかなければいけないのは、あの神戸高塚高校の校門圧死の事件で、その直後に僕は現場に飛んで、その校門の重さ、感触、全部確かめてきたわけです。二十数人の子供たちに会って話も聞きました。そういう事件の推移を見ていく中で、非常に印象的なのは、あの学校が変わったのですね。つまり、文化祭が復活したのです。それまではあの学校には文化祭がなかったのです。文化発表会はありました。その文化発表会では演劇やロック演奏だとかそういうものは行われない。これがちゃんと、いわゆる華やぎのある、子供たちが熱中し興奮できるような文化祭ができるようになった。これは本当に生徒の力というのは大きいなと思いました。  ところが、残念なことに、こんなふうにはなってほしくないなという見本を当の学校の先生が演じたり、あるいは県教委の事後策が非常にお粗末だなということをつけ加えておきたいと思いますけれども、高塚高校で事件があった翌日に、体育館でマスコミの方が全部後ろにいる中でいわゆる追悼の集会があったのですね。その追悼の集会が終わりましてから、学校の予定としてはテストがあったのですが、学年主任がマイクを握って、その締めくくりの言葉が、さあ、これから期末テストだ、みんな石田さんの分まで点を稼ごうというふうに言ったのですね。つまり、例えば人権、命ということを考えてみても、点を稼ごう、しかばねを越えていけ、こんなことだけは生徒に言ってほしくない、それを当の先生がつい言ってしまうというところにこの問題の深刻さがある。  かつまた、生徒から手紙が来たわけですけれども、保坂さん、校門がなくなりますと。どういうふうになくなるのか、聞いて驚きました。材質が軽くて見通しのよいものにかえるというのですね。まるで門が悪かったみたいじゃないですか。つまり、門が重かったから事件があった、見通しが悪くて。これは非常に、しかも千何百万円をかけて改修工事をするという県教委の予定だったわけですけれども、そういうところに本当に子供たちに対して希望や光を見出すような学校であってほしい。  幸いというか、不幸中の幸いに、高塚高校事件をきっかけにして大分日本学校も変わり始めました。薄日が差してきた。その背景には、この子ども権利条約子供も市民的な権利一つ主体なんだという考え方がじわりじわりと学校現場にも入り始めているなと思います。  本来、この子ども権利条約を機に、我々は子供たち、若者たちの環境に未来投資をしなければいけない。  コンビニエンスストアが全国各地にありますが、その前に子供たちがしゃがんでいます。何をやっているんだろう。聞いてみると、何もやっていないのですね。もっと聞いてみると、いる場所がないのです。塾に行く子はみんな行ってしまう。そこから取り残された子は、暴走族をやるでもなし、どこかでシンナーをやるでもなし、ただ居場所がないのですね。そういう非常にお寒い状況が今日本にあると思います。  私は、ぜひこれからの日本子供のための、若者のための自治会館、自治スペースをつくれないか、これが本当に子供たちが自由に自分の人生を選び直す、そしていろいろな形でそれた子供たちももう一回自分を取り戻すという意味一つの大きなきっかけになるのではないかなと思っています。  そんなところで私の話を終わりたいと思います。(拍手)
  10. 伊藤公介

    伊藤委員長 ありがとうございました。  次に、東郷参考人にお願いいたします。
  11. 東郷良尚

    東郷参考人 日本ユニセフ協会の東郷でございます。  初めに、ユニセフ議員連盟の皆様を初め、ユニセフに対して、そして世界子供たちに対して日ごろから絶大なる御支援をいただいております皆様方に心から御礼を申し上げます。  ユニセフは国連児童基金でございますが、一九四六年十二月の第一回国連総会で設立されて以来、政治、宗教、人種、イデオロギー、性別に関係なく、人道的立場から世界子供の状況を改善するために国際協力を行ってまいりました。ユニセフは、人的そして物的資源の八〇%を開発途上国に配分いたしまして、途上国における発展のために尽くしているわけでございますが、一方、先進国におきましては、直接の事務所というものを設置することを極力避けまして、三十二カ国の先進国におきましては国内委員会というものを指定しております。日本におきましては私ども日本ユニセフ協会がこの指定を受けておりまして、ユニセフのための広報活動及び募金活動その他の活動を実施いたしているわけでございます。  ユニセフは、国連人権委員会の中に設置された、児童権利に関する条約には提案段階から大きな関心を持って、起草のための作業部会に積極的に加わってまいりました。本条約は、本年四月二十日現在で百三十四カ国で締結されておりますが、この異例のスピードは、一九九〇年九月二十九日及び三十日の両日、国連において開催された世界子供のためのサミットが大きな原動力となっております。  同サミットは、ユニセフが一九八九年世界子供白書において提唱したことが契機となりまして、世界七十一カ国の首脳が一堂に会し、子供の問題を討議することにより、子供の生存、保護及び発育を確保するための国際的関心を喚起し、高いレベルでのコミットメントを促進し、かつ児童権利に関する条約各国締結を促進することを目的として開催されたわけでございます。同サミットまでにこの条約締結した国は四十九カ国、署名した国は我が国を含む実に百二十七カ国に上っております。  同サミットにおいては、子供の生存、保護及び発育に関する世界宣言と行動計画が採択されましたが、これは、児童権利条約の採択を受けて、国際社会世界子供の置かれた厳しい状況を認識し、とるべき行動を定めたものでございます。特に「子供と開発のための一九九〇年代の目標」は、子供の基本的人権実現するための具体的な国際目標となっております。  また、児童権利委員会が本条約の進捗状況を審査するため国連に設置されましたが、ユニセフは、委員会の要請を受けて、条約の実施についての報告を提出することになっております。ユニセフは、本条約に明記されている唯一の国連機関でございます。本日、日本においてもこのように国会児童権利条約が批准のために審議されていることを見るのは、ユニセフにとっても大変喜ばしいことでございまして、ぜひ、世界子供たち人権を促進する上からも早期の批准を希望するものでございます。  さて、この条約の趣旨をよりよく御理解いただくために、世界子供が置かれている厳しい現実を少々お話し申し上げたいと存じます。  現在の世界子供死亡率がそのまま続くといたしますと、一九九〇年代の十年間に、約一億五千万人の子供が五歳の誕生日を迎えず死亡すると推定されております。開発途上国では、貧困の中で、栄養不良と病気の悪循環によって毎日三万五千人、年間で千三百万人の五歳未満の子供たちが死んでおります。  飢餓や自然災害、戦乱など緊急事態は非常な注目を集めますが、他方、慢性的栄養失調による抵抗力の低下と不衛生な生活環境による病気の多発、保健サービスの不足による圧倒的多数の子供の死を忘れてはなりません。ユニセフはこうした状況を「静かな緊急事態」と呼んでおります。そして、開発途上国で死んでいく子供たちの三分の二は、下痢、肺炎、はしか、破傷風、百日ぜきの五つが原因でございます。これは、ほとんどの先進国においてはほとんど死亡原因とならないような病気でございます。  母親の栄養不足と過剰労働も子供たちに大きな影響を与えております。開発途上国で生まれてくる子供の六人に一人が二千五百グラム以下の低体重でございます。また、母親が文字の読み書きができないことによる保健、栄養、育児知識の不足が子供の健康を悪化させております。途上国子供の三人に一人は慢性的な栄養不良と言われております。開発途上国では、農村地帯の三分の一がきれいな飲み水を入手できず、半分の人が衛生設備を持っておりません。  世界では、それも大半は途上国でございますが、小学校すら行けず、幼いときから働いている子供たちが一億人もおります。また、小学校へ入っても途中で脱落していく子供も大変多いわけでございます。大半が途上国ではありますが、世界では文字の読み書きができない十五歳以上の成人が九億六千万人もおります。これは世界の成人人口の四分の一に上るわけでございますが、この三分の二は女性が占めるわけでございます。  基本的な保護を受けられない子供世界には数多く存在いたします。世界の都市では、一億人以上の子供が家族から離れて路上で暮らしております。これらストリートチルドレンのうち、働ける者は搾取され、そうでなければ経済的、肉体的、時には性的に虐待されております。  また、近年の地域紛争においては、戦場で兵士が戦う形態から一般市民の生活の場が紛争の場となり、死傷者の九〇%は子供女性が占めると言われております。  こうした基本的な生存権、発育権、保護を受ける権利すら侵されている子供世界には多数いることを我々は知らなければなりません。こうした人間的悲劇を放置することは人類の恥と申して過言ではないと思います。  地球上では悲惨な子供権利侵害が日常的に起こっております。こうした状況の改善には各国の国内努力だけでは不十分なことが多く、今回の児童権利条約において、前文で、開発途上国における子供の生活条件改善のための国際協力の重要性というものが強調されております。また、条約本文でも、保健、教育など、開発途上国子供の基本的なニーズに特別な配慮を要請し、国際的な支援、協力の必要性がうたわれております。世界子供人権の改善は、国際社会にとって一九九〇年代の最も重要な課題として取り上げられております。  各国における条約の批准によってユニセフが期待することに二つの側面がございます。  すなわち、開発途上国においては、子供に必要な社会サービスが改善されること、先進国においては、そうした途上国の自助努力に対する国際協力が強化されることでございます。  もう一つは、国際的な子供人権への関心の高まりであり、それは開発の中においてや紛争の中においてなど、いかなる場合においても子供最優先に考える合意でございます。  さて、ここで、日本とユニセフの関係を少々見てみたいと思います。  日本も、戦後ユニセフから援助を受けていた時期があることは皆様もよく御記憶のことと思います。昭和二十四年から東京オリンピックのあった昭和三十九年まで、当時の金額で六十五億円相当の援助をユニセフから受けました。特に、学校給食でのミルクは、当時の子供の栄養改善に大きな役割を果たしました。現在、日本はユニセフを通して開発途上国子供協力をする立場にあると存じます。  ユニセフの活動資金のおよそ七五%は各国政府の任意の拠出金により、二五%は各国民の民間協力によっております。今日、日本政府開発援助(ODA)は百億ドルを超え、世界第一位の地位を占めていると了解しておりますが、ユニセフに対する協力は大変不十分と言わざるを得ません。  一九九一年のユニセフに対する協力を見ると、日本政府協力は二千三百四十万ドルであり、世界第十位でございます。他方、日本の民間協力は、近年、国民の関心の高まりとともに伸びており、一九九一年で二千六十万ドル、世界第五位でございますが、これを政府、民間合わせて国民一人当たりにいたしますと、日本は三十六セントでございまして、世界十七位と非常に残念な位置にございます。  児童権利条約の批准を機会に、ぜひ日本政府のユニセフヘの拠出を大幅に増額していただくよう、皆様の絶大なる御支援を賜りたいと存じます。それが、世界の厳しい環境に置かれている子供の状況を改善し、条約にうたわれている子供人権実現に大きな力となると確信いたします。  ありがとうございました。(拍手)
  12. 伊藤公介

    伊藤委員長 ありがとうございました。  以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。
  13. 伊藤公介

    伊藤委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。  なお、委員各位におかれましては、質疑の際、お答えいただく参考人を御指名の上お願いいたします。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。狩野勝君。
  14. 狩野勝

    ○狩野委員 自由民主党の狩野でございます。  本日は、参考人の諸先生には、大変お忙しい中を貴重な御意見、ありがとうございました。  私は、去る十一日に、当委員会で外務大臣あるいはまた関係当局にこの条約について質問をいたしたわけでございますが、その中での幾つかの観点を、専門であります、また国際的に御活躍の参考人の諸先生に、またただいまの御説明の中から数点質問をさせていただきたいと思います。  児童権利に関する条約は、今のお話にもございましたが、国際社会全体が十年という大変長きにわたって検討を行った末に作成されたものであり、先進国、開発途上国の別を問わず、困難な状況に置かれた児童人権の尊重、保護の促進を目指した普遍的な内容を持つ条約であると考えるわけでもあります。  また、この条約は、我が国締約国となっている経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、及び、市民的及び政治的権利に関する国際規約において定められている権利児童について広範に規定するとともに、さらに児童人権の尊重及び確保の観点から必要となる詳細かつ具体的な事項をも規定したものであると認識をいたしておりますし、また今、諸先生からもそのようなお話があったわけでございます。  そこで、波多野先生に伺うわけでございます。  このような条約の経緯を踏まえまして、私はまず最初に、国際人権法の権威であり、国際連合事実審査委員会委員として、また国連差別防止少数者保護小委員会委員などとして国際的にも大変御活躍中の波多野先生に、ただいまいろいろと御説明の中でも、この条約のすべてが同じ重みではない、すべての国が一律ではないんだというお話もあったわけでございますけれども、人権分野の国際法発展の中で、この条約の持つ意義につきまして、あえて私は、もう一度確認の意味からお伺いをいたしたいわけであります。よろしくお願い申し上げます。
  15. 波多野里望

    波多野参考人 お答え申し上げます。  私は、先ほど申し上げましたように、世界人権宣言というのが、これは古い、一九四八年のものでありますが、実際には現在でもかなり中核的な機能を果たしていると思います。御承知のように、これは宣言でありまして、条約と違って法的拘束力はないのですね。その点は弱いのです。しかし他方において、条約の方は、それに加盟してない、加入してない国を拘束できない、そういう弱みがあります。その点、世界人権宣言の方は、もう既に国際慣習法としてほとんど確立をしているという認識がありますので、加入しているとかしていないということに関係なしに、すべての国に対して、世界人権宣言に違反しているじゃないか、そういうふうに迫れる強みがあるのですね。  ですが、世界人権宣言、御承知のようにわずか三十条で、しかもいろいろなことを全部網羅しようとしておりますから、言ってみれば憲法みたいなものでありまして、非常に詳しい手続までは規定できないということで、一九六六年にできた、今狩野委員が御指摘になりました二つの人権規約がそれを一応補ったわけでありますが、これまたかなり広い分野で、殊に対象も人類一般でございますから、まだまだ突っ込みの足りないところがある。  そこで、さっき永井参考人も若干御指摘になりましたけれども、それを補う意味で幾つかの条約がつくられております。これは人間の範囲でいきますと、さっき触れました女性の性差別撤廃条約、これは女性というものを対象にしてやる、人間ごとにやる場合があり幸す。それから、例えば拷問の禁止条約というように人権侵害の態様、これを中心に少し深めていこうという流れが二つあります。その二つを結びつけたものとしては、例えば障害者の人権、これは人間でもあり、人権侵害の態様とかと結びついた形。ですから、大きな流れとしてこの三つがあるのですね。それによって逐次補っていこう、その流れの一つがこの子どもの、あるいは児童権利条約というふうに認識しております。  ですから、その大きな流れの中で、言ってみればデパート、スーパー、非常に大きいけれども、ちょっと大味である。それに対して、専門店であればそれなりのきめ細かい料理も出せる。デパートもいろいろあると思いますけれどもね。そういうところがこの条約の一番大きな意義だろうと思います。  それから、さっきちょっと私の言い方が悪かったのであるいは永井参考人も誤解されたかと思いますが、今狩野委員もおっしゃった、私はこの条約のすべての条項が同じではないし、すべての国に対して同等、一律に考えられたのではないというふうに申しました。これは、起草の過程において起草委員たち念頭にあったのはそれですよということを申し上げているのでありまして、一たん採択された以上は、これは当然先進国の子供にも、児童にも適用がありますし、適用の差ではありません。ただ、これをつくってくる過程においてはそこが意識されていたということを申し上げましたので、その点、どうぞ誤解のないようにお願いいたします。
  16. 狩野勝

    ○狩野委員 参考人の諸先生の中でも見解が若干それぞれ違う先生もあるわけでございますけれども、私は、前回も質問したわけでございますが、これはやはり学校現場への影響というもの、この解釈とか受けとめ方では大変大きな影響を及ぼすなというふうに実は思っているわけでございます。  そういう観点から、特に児童の健やかで健全な成長を願っております学校先生方には内容についての懸念が大変あるということも聞くわけでございますし、この条約につきましては、条約が定める権利学校の、特に校則との関係などについていろいろ意見が出されております。  私も、実はきのうちょっと図書館で本を見ていますと、私どもと全く違う見解の解説のような本がございましたが、これらを見ますと、解釈では大変混乱するなと実は思うわけでございます。そういう中で、仮に、この条約締結学校現場に全面的な変革をもたらすものであるという主張が正しいとすると、今申し上げましたように学校運営の上に混乱が生じ、学校として、責任を持つべき児童生徒の健全な育成を図ることは到底困難になることは申すまでもありません。  波多野先生にお伺いするわけでございますが、私としては、表現の自由、思想、良心の自由、結社、集会の自由など、条約規定されている種々の権利というものは、既に我が国では憲法国際人権規約などにより、先ほど来話もございますが、基本的に保障されているのでありますから、この条約締結されたとしても、我が国の教育の制度やその基本的なあり方に変革が求められるものではないと考えるわけでございます。  したがって、この条約締結によって、非常にいろいろ話題になっておりますけれども、例えば校則とかカリキュラム、教科書を学校責任で決められなくなるわけではないし、国旗・国歌の指導ができなくなるわけでもない、また内申書を開示しなければならなくなるわけでもないと考えるものでありますが、この点について波多野先生の御意見をお伺いいたしたいと思います。
  17. 波多野里望

    波多野参考人 大変盛りだくさんな御質問でありますし、それぞれ内申書の専門家も後ろに控えていらっしゃるので、私としては大変困った立場でございます。  結果がどうなるかということは、これは私わかりません、実際やってみませんと。ただ条約が、今狩野委員が御心配のような事態を起こすことを目指していない。これは日本だけではありません。各国でそういう混乱を引き起こすことを意図してないということは明らかだろうと思います。  幾つかの点でございますが、例えば表現の自由、それから思想の自由等ですが、思想でいえば、宗教もそうですが、基本的には、これはある意味で絶対的に自由を認める。何を信じるかは、少なくとも国家、政府は介入しないというのが大原則であります。ただ、それを形の上であらわすとき、これは別の原理が働くということでございます。  先ほど狩野委員の方から国旗・国歌の例が挙がりましたので、その例に即して申し上げますと、例えば国旗を掲揚するとかいう場合に、それに敬意を払え、これは日本の国旗だけじゃなくて外国の国旗に対してもそうでありますが、いろいろな理由で敬意を払いたくないという人があるかもしれませんね。これは日本の場合だけじゃなくて、私はいろいろな国でそういうことが起こり得るということを申し上げているわけです。その場合には、私が理解する限りで、例えば起立をしないとか、あるいは起立はしたけれども国歌を歌わないとかいうような自由というものは、これはある程度認めなければならないだろうというふうに思っています。  ただし、それが今度は自分が気に入らないからといって妨害するような形、例えば国旗を引きずりおろすとか、あるいはみんなが国歌を歌うときにそこで太鼓を打ち鳴らすとか、そういうことをしたらこれはまた別だと思うのですね。これは別に子供に限らない。大人にも同じことが言えるのであって、それが児童あるいは子供の中心的な生活の場である学校においても適用があるというふうに私は理解をいたしております。  そこで、例えば国旗の例で、狩野委員がきのう何という本をお読みになったか存じませんけれども、国旗の掲揚を学校に命じることもできなくなるのじゃないかというような論文を私も読んだことがあります。しかし、私はそうは理解しておりません。というのは、世界じゅうで、一応調べましたけれども、国旗の掲揚というのはもうほとんど当然のこととして受け取られております。  それから、時々引用されるのに、バーネット事件というのが委員がお読みになった本の中に出てきたかもしれませんが、アメリカの事件であります。これは国旗に敬意を払うのをある生徒が断った。そうしたらば即退学になったのですね。これは一九四三年という、日本アメリカ戦争していた時代のことでありますけれども。それで愛国心を盛り上げなければならぬというので、けしからぬというので退学になりました。これはウェストバージニアの話でありますが、それが連邦の裁判所で、退学は行き過ぎだということになりました。ただし、その連邦の判決も、国旗掲揚を学校がする、あるいは州なり教育委員会なりがそれを学校に求めること自体を否定しているわけではありません。ただ、それに対して従わなかったときの罰が均衡を欠いているというのが理由であります。  アメリカはそういう状況でずっと慣習で来まして、昨年一つの法律を制定しました。それによりまして、学校では毎日国旗を掲揚しろというようなことが連邦法で定まるという形であります。  ですから、今幾つもの例を挙げられませんけれども、そういう意味で、慣習法であれあるいは制定法であれ、国旗の掲揚などは、この条約を批准した国、加盟した国は一切そういうことを命じられないということはないというふうに私は理解をしております。  それから、内申書については、内申書の開示等についてもいろいろな各国の法律も調べましたけれども、これは随分ばらばらでして、ちょっと一概には言えない。それは見せるのが当たり前だという国と、そんなもの見せるはずがないだろう、大体評価というのは褒めるときとけなすときがあるんだから、それを一々見せたら始まらぬ、これは国によってばらばらであります。したがって、どうするかは各国の政策でありますけれども、この条約に入ったら必ず全部見せろというところまではいかないと思います。  以上で答弁を終わります。
  18. 狩野勝

    ○狩野委員 時間がありませんので簡潔で結構でございますが、きのうちょっと見た中で永井先生のあれもあったようですから、永井先生と波多野先生にこの条約の名称について伺いたいのです。  この条約は、従来子供が管理の対象とされ、権利主体として認められてこなかった点を改め、新しい子供観に立って子供権利保障をしようとするものであるから、この条約の名称を子ども権利条約とすべきという主張があるわけでございます。しかし、従来児童権利主体たり得なかったという議論は誇張であり、またこの条約はこれまでの児童人権保障をさらに充実するものとして重要であることは言うまでもないとしても、子供観の転換なるものを伴うものではないと思うわけでございます。  したがって、この条約の「チャイルド」の訳し方を変えるべきという指摘もそもそも前提を欠いていることから、この条約の名称については、我が国がこれまで締結した条約の訳例及び国内法における用語との整合性にかんがみても、「児童」とすることが私は最も適切であると考えますが、法律学者としてこの問題について、訳し方につきましてどう考えるか、まず法律学者であります永井先生、そして波多野先生とお願いします。簡潔で結構です。
  19. 永井憲一

    永井参考人 先ほども申し上げましたように、私は、「児童」という名称では新しく子供権利をきちんと世界的に見ていこうという方向でつくられる条約の趣旨というものがいわばおかしくなってしまう、きちんと子供ということでいくべきであろう、「子ども」という名称にする方が、子供自身も自分自身の問題としてこの条約についてきちんとした対応をするようになるであろうというふうに思われますし、そもそも日経新聞を初めとしてNHKもみんな「子ども権利条約」というふうに言っておりまして、「児童権利条約」というふうに言っているのは国会だけでございますので、どうもそういう意味では国民の意思のかなりの動向というものを国会は反映していないのじゃないかというふうに思いますし、御質問の方もそのあたりのところをもう少しお踏まえになった方が、国民の意見を反映する国会の議員として立派な態度になるのではないかしらと私は思っております。
  20. 波多野里望

    波多野参考人 何か児童と言いにくい雰囲気を先につくられてしまいましたが、更地の上に、つまり今までに条約とか法律がなければどちらでもいいだろうというのが私の個人的な感じです。ただ、「子ども」とすることについては若干疑念がありますので、それだけ簡単に申します。  まず、今の永井参考人の御意見、これは委員長委員に向かっては質問できないのですが、参考人参考人に向かって質問するというのは……。もし違ったらお許しいただきたいのですが、ちょっと伺いたいと思うのは、今までの条約あるいは宣言と今度のものは児童主体性が違うのだと。確かに私もある面でそうだと思います。ただ、これがコペルニクス的な百八十度転回したものであるか。さっき申し上げたように、そもそもこれは人権宣言、国際人権規約を補うものとしてその延長線上に出てきたものでありまして、それが百八十度ひっくり返るというふうには私は思っていないのです。それが一つです。  それからもう一つ、これがまさに永井参考人に伺いたかったのですけれども、子供を主張される方に二つ違う立場があるのです。つまり、児童というのは小学生をあらわすからいけない、そういう人と、それから子供と言う方が温かみがあるとかいろいろな理由があると思います。  その一つの理由が、今申し上げた子供の立場が変わったから変えるべきだという議論だろうと思います。そうだとしますと、これは仮にですけれども、もし今までの法律の中で子供という言葉を使っていたら、今度はそれが百八十度変わったのだから、児童とか、あるいは何だか知りませんけれども子供以外の言葉を使えとおっしゃるのか。つまり、今までと違うことに重点が置かれているのか、それとも子供という言葉そのものに重点が置かれているのか。この辺は多少人によって違うと思うのです。私は、変えろというためであれば、さっき申し上げたようにコペルニクス的なほどの転回と思いませんから、現時点で変える必要はないと思っています。  それから、先ほど永井参考人がその点について、児童というのはこの条約で定義をされているから、もしこの条約締結すると学校教育法も直さなければならぬというふうなことをおっしゃったように伺いました。しかし、私はそれは間違いだと思います。  と申しますのは、この条約の第一条の冒頭には、この条約の適用上、児童とは、十八歳未満の者をいうと言っているのでありまして、世の中の森羅万象、どこでも児童というのは十八歳未満の者を呼ぶのだ、そんなおこがましいことを言っているのではありません。したがって、これは定義とは我々は申しません。ワーキング・ディフィニション、つまり非常に限定的な、この条約の適用についてだけの便宜的な定義というふうに使い分けております。これはいろいろなところで出てまいりますので、ちょっと御承知おきいただきたいと思います。  それから、もし「児童」か「子ども」かということで、さっきの子供の立場の変わり方、展開に呼応すべきだということになりますと、たまたま日本語の場合にはこういうことがありますが、例えば英語ではチャイルドです。フランス語はアンファンです。スペイン語ではニーニョでしょうか。こういう国々でも実態は同じなのです。この条約によって子供主体性が与えられたとすれば、それでもし我々が今まで児童だったのを子供にするか、今まで子供だったら児童にするか、どちらでもいいのですけれども、名前まで変えるべきだという主張だとすれば、それは何も日本語だけではなくて、既に締結しているほかの国が百三十四あるわけですから、ではフランスではどうするのだろうか、アメリカではどうするのだろうか。そういう国が全然変えなくて済んでいるわけです。ですから私は、日本だけが変える必要はないと思います。  以上です。
  21. 狩野勝

    ○狩野委員 日本ユニセフの協会で大変御活躍の東郷務理事さんに伺おうと思ったのですけれども、時間が参りましたので終わります。
  22. 伊藤公介

  23. 土井たか子

    ○土井委員 本日はお忙しい中、参考人として御出席の四人のそれぞれの方々にまず厚く御礼申し上げます。  まず、今回は、世界史の中でも画期的な条約一つになる条約だと私自身は思っています。永井参考人から歴史的な経緯をお述べいただいて、あらましその流れについて理解をし、把握をすることが私たちにとって重要だという認識を持たせていただいているわけですけれども、世界人権宣言にいたしましても、国際人権規約にいたしましても、女性差別撤廃条約にいたしましても、それぞれはヒューマンライツ、いわゆる人権というのがやはり基本にあって、それに対しての物の考え方というのが世界史の中でも随分進んでいっている、進歩発展していっているというふうに考えていいと思うのです。  そこでまず、波多野先生永井先生にお尋ねをしたいのですけれども、人権という考え方に対して、ボーダーレスだという考え方が最近非常に国際的にも有力な意見として出てまいっております。しかし、それにもかかわらず、私どもの国内では、いやそうではない、アジアにはアジア人権認識や人権意識というものがあるのである、欧米の人権意識、認識とそれは違うということを片やおっしゃる方々もございます。  ひとつ人権という問題に対しての考え方というものを、時間が非常に短うございますからこれはお話ししておりましたら一時間や二時間は優に必要ではないかと思っておりまして、果たして適当なお尋ねになるかどうか少し私自身も逡巡しながらお伺いをしているわけです。そこのところ、短い時間で恐縮でございますけれども、何かわかるように御説明をお聞かせいただきたいと思います。
  24. 波多野里望

    波多野参考人 これは大変問題でございまして簡単に答えられませんが、私が今いろいろなところで、国際的な場で人権を論じる機会が多いものですから、私個人がどう思っているかということよりも、それをむしろ中心に御紹介した方がいいかもしれません。  一つは、ボーダーレス、つまり国境を越えて、どこの国のというのではない、確かにそうであります。これは外国人の労働者だけではありません。難民もあります。そういう人的な移動が今までの国割りの人権というものを大きく揺さぶってきて、そして平準化しようということが一方であります。  それから他方で、さっき土井委員がおっしゃったアジアアジアでという、これも確かに強いのです。私が出ております小委員会でも、その流れの両方が渦巻いております。どういう格好かと申しますと、例えば、自国民にはこういう権利があるけれども外国人にはこういう権利を与えないのはいけない、そういう意味ではボーダーレスがどんどん進みます。  他方では、さっき永井参考人の御発言にもありましたけれども、では、今までの人権というのは何かというと、どうもキリスト教に裏づけられた西欧文明が人権だというふうに我々は思い込まされてきたのではないだろうか。だからアジアだけを言うのではありません。アフリカもそうです。つまり、キリスト教支配的なあれが形を変えてどうも我々の人権意識の中に根づいているのではないかという反省が実は出てまいりました。  それがどういう形で具体的に出てくるかといいますと、例えば我々の小委員会では、もう四十年もやっていますから今まで特別報告者というのが何百人もいる。その国籍別の割り振りを見ますと、西欧が圧倒的に多いのです。これはおかしいではないか。委員は地理的な配分に基づいて出ていながら、肝心な研究をしたり報告書を出したり、それが討議の基礎になるのですが、それは圧倒的に西欧が多い、あるいは東欧も若干あります。しかし、いずれにせよ元ヨーロッパです。ヨーロッパが多いということが反省されまして、今度たまたま私は人口の大量移動というテーマで特別報告者に任命されたのです。これも私がアジアであるということが一つの理由なのです。そういうふうに、一方ではボーダーレスであるけれども、その前提となっているものは果たして西欧に偏っていないだろうかという反省が大変強く出てきています。これはアラブの国もそうですね。  それで、もう一つ問題は、今のこととかみ合うかもしれませんが、今までは更地の上にいろいろな人権というものをつくってくればよかったのです。ぶつからなかったのですね。ところが、最近はもう人権という建物がたくさんございますので、その間に新たに人権をつくろうとしますと衝突が起こる、今まで認めてきた人権と衝突が起こる。この交通整理をどうするかということが我々の一番の悩みなのです。  例えば、現在私は先住民の世界人権宣言の起草委員として、ことしじゅうに上げろと言われているのですけれども、それは先住民の方の権利、主張はよくわります。例えばの話ですけれども、文化財、これは先住民の人は、全部自分たちのところへ返せ、それを持っている人が学校であれ個人であれ博物館であれ、とにかく返せと言うのですね。それもわかりますけれども、そうすると、片方では、所有権は憲法その他で認めている国は多いわけですから、それこそそれとの整合性といいますか、妥協が非常に難しい。  したがって、ボーダーレスというのは、国のちれだけではなくて、利益団体、先住民とそうでない人との間のそういう衝突という形が現在の一番の我々の悩みであって、まだ出口が見つかっておりませんけれども、どこかで妥協点を見つけていく。それにみんながある程度なれていかないと、これから人権というのは、むしろ新しいものをつくればつくるほど混乱を招く。  例えば、女子差別でもそうです。家庭内での役割分担、いけない、一方ではそう言っておきながら、他方では先住民の伝統的な文化は大切にしましょう。そうすると、先住民の中には女性と男性の役割分担をやっている人もたくさんいますね。両方の条約に入っちゃったらどうすればいいんだというような問題が焦眉の急になっています。  ですから、先生がおっしゃったボーダーレスというのは国境というだけかもしれませんが、私は、今まで既存の人権の体系と新しくできてくるものとの間のそのボーダーをどこにどう引くかということの方が問題だと思います。
  25. 永井憲一

    永井参考人 かつて若いころには、今でも若いつもりでおるのですが、御一緒に憲法学者を目指した土井さんから人権について定義しろというふうに言われますと大変困ってしまっておるわけでございますが、私はこう考えております。  一般的に、権利という概念と人権という概念を私はこのように使い分けております。  権利というのは、観念的にこういうことも権利として認められる、考えられる。子ども条約について、子供対象として考えてみますと、子供にはまだ発達してない段階としての子供特有の権利がある。その子供特有の権利を、社会的に生きていく場面で人権として認める、一人の人間としての権利として認める。これが権利人権ということの差ではあろう。要するに、人権というのは、社会存在とその者が認められるものを実現するというところに人権ということを概念づける意味があるというふうに考えております。  したがいまして、本来、今波多野先生おっしゃいましたけれども、西欧的であれアジア的であれ、人間人間として存在し、子供社会的な一人の人間としての存在として認められていこうとする人権子供人権保障するということの方向ではどこの地域においても差があってはならないということ、だからこそ国際的に条約でつくったのではないんだろうかというふうに私は考えております。
  26. 土井たか子

    ○土井委員 ありがとうございました。  なぜそういうことをまずお尋ねしたかといいますと、私は外務委員会に所属している時間がまことに長うございまして、その間幾つの条約をここで審議してきたか数えることにちょっといとまがないのですが、いつも審議をして、そして承認するかしないかということを決める立場に私たちはいるのですけれども、どうも我が国の場合は、例えば二国間条約でなくて今回のように多国間にわたる条約、マルチの条約でございますと、大抵正文は国連の公用語なんですが、公用語で書かれたものを出してこられるわけじゃないのであって、そしてその中では、問題にしていかなきゃならないのは日本語訳なんですね、私どもが手にとって審議するというのは。この日本語訳は国連の公用語ではございませんね。日本が独自に、公用語で書かれたこの条約の原文そのものを手にとって訳して出されてこられたものであるという中身でございます。  恐らくはしかし、私どもがその日本語訳に従って審議をして採決の結果承認をするということになって、そして日本もこの条約を批准するということになった場合に、この条約が国内で適用される場面、公の場所で申し上げますと、例えば裁判所で適用されるという場面なんか想定しておかなければいけないわけですが、裁判所で適用されるのは、国連の公用語である、横文字であるかというと、さにあらずでありまして、やはり今出されている、私たちが審議しているこの日本語訳、この日本語訳で具体的に中身が示されていることが恐らくはそこで適用される。  そうすると、権利保障一般に全部これはかかわっていくわけでありまして、権利という物の考え方をどう思っているか、日本独自の物の考え方というのが全世界に対して普遍的なものであるということを前提に置いて考えていかなきゃならないはずですね。  国際的に考えられている権利と今ここで問題にしている権利というのはちょっとそごがある、違いがある。日本独自の子供に対する考え方、子供権利ということに対しての受けとめ方、この条約が予期している子供権利に対しての認識ということと、今ここで私たちが審議している条約に対して日本語訳になっている中身とに差があるというときには、その差を置いたままにおいて日本の国内で権利をどのように保障していくかということになるわけですから、今置かれている審議ということは非常に重要な、重大な意味を持っていると私自身思っているわけです。  そこでまず、その権利意識についてお尋ねをさせていただいたのですが、要は、やはり世界に通用する権利に対しての認識を持ってないと、口を開くと国際社会に貢献する日本と言わない日はないわけですし、国際的に私たちの役割はどうなのかということを、国際社会ということを意識してこれは協力とか役割ということを問題にするわけですから、通用していくものを考えなければいけないわけですが、さて、そういうことを申し上げた上で、今いかがでございますか、波多野先生お考えになって、国際法学者でいらっしゃいますから、日本語訳というのは、果たして条約が予期して、正文である国連の公用語から考えまして非常に適正な日本語訳にすべてなっているというふうに御判断なさいますかどうですか。
  27. 波多野里望

    波多野参考人 今土井委員御指摘のとおり訳文というのは大変難しいものでありますが、他方、国連の公用語そのものでは、ここでの審議はできても、あらゆる場合、さっきおっしゃった裁判所、日本のすべての裁判所あるいはその他の場所でそれがそのまま理解されて適用されるとは思いません。どうしても訳をつけなければならないと思います。それで、訳が大事だということは私も全く同感であります。  私も今まで見ていまして、訳の中で気になることがある。条約ではありませんが、時々ございます。したがって、まさにそれを承認するかしないかというお立場におられる皆様方にとってはそれが大変大事だと思います。  ただ、抽象的におっしゃられると私はちょっとわからないので、質問をしてはいけないことになっておりますが、確認という意味で、具体的に今土井委員が、この部分が適当でないと思われている箇所を御指摘いただければそれについて私の意見を申し上げられますけれども、これは全般的にどうだと言われてもちょっとお答えがしにくいのですけれども、それではいけませんでしょうか。
  28. 土井たか子

    ○土井委員 そういうのを具体的にここはどうか、ここはどうかと申し上げてまいりますと、一、二カ所にとどまらないんですよ、これは実は。だから、せっかくきょうは御出席でいらっしゃいますから、先ほど来波多野参考人お話しになるときには素直に子ども権利条約とおっしゃったり、子供権利とおっしゃったりいたします。そしてただいまは、原住民とおっしゃらないで先住民とおっしゃいました。これはまことに素直な表現であって、普遍的にどこにでも通用する物の言い方であり、しかも認識を表示している表現であると私は思うのであります。  そういう点からすると、いかがですか、先ほどは、今私たち承認を求められている条約の案件のネーミングについてわざわざつくりかえる必要なしとおっしゃいましたけれども、もっと好ましい状況をつくっていくという努力を払っていくならば、今この「児童」というネーミングでなく、「子ども」というふうに言った方がより好ましいとお思いになるでしょう。  それから、「原住民」というのはちょっと表現としては適正じゃない。これは先住民年というふうに日本政府が表現しているわけでありまして、これ自身が訳文としては適正とは言いがたい、これはこのようにお考えになるであろうと思いますが、いかがですか。
  29. 波多野里望

    波多野参考人 二点に絞ってくださいましたので、お答えします。  私は意図的にその両方を使い分けているつもりでありまして、これは子供児童に限りません。一般的な場でお話しするときはなるべく易しい言葉を使います。例えば、きょうも横文字を、さっきのワーキング・ディフィニションは、もうそれ以外ないものですから使いましたけれども、それ以外は恐らく使わないようにしております。しかし、条約とか法律には難しい言葉が使われておりますし、それらが使われている以上は、それの条約あるいは法律の条文に言及するときは、原文に忠実に児童というのを使います。一般的には、子供というのを使うことに何ら抵抗はありません。  しかし、子供というのを使うから法律まで変えろというわけではなくて、法律の用語を変えたいのはたくさんあります。今法務省でも法律の用語を変えようという動きがあるようでありますが、それには私も一般的に賛成ですが、特にこの時点でこれだけを取り上げて変える必要は認めません。  それから、先住民と原住民も、これはむしろ私はちょっと不思議に思っているのです。私は、さっき申し上げたように先住民作業部会の委員をしております。先住民権利宣言をつくろうとしております。したがって、一般的には先住民というふうに今インディジナスを訳しております。  ただ、これは不思議なことに、今土井委員が原住民はおかしいとおっしゃいましたけれども、実は、これはいつですか、先週ですか、衆参両院で多分承認された、可決されましたか、生物の多様性に関する条約、あの中では原住民という訳がついていまして、それを国会が御承認になっているんですよ。(「文句を言いました」と呼ぶ者あり)いや、文句言ったか、それは知りません。  ですから、国会で通ってしまったといいますと、国会が国民の多数を代表しているかどうかは別としまして、我々とすると、国会が御承認になったというのを外から見ますと、国会が原住民でよろしいと承認なさったのが今度いけないと言われてもちょっと困るのですね。日本語では私はどちらでもいいと思います。原住民より先住民の方がやわらかい。殊に原住民というと、語感としては何となく土人に近いような感じを持つわけですから、私も個人としては先住民を使っておりますけれども、しかし条約で、幾ら反対なさったか知りませんけれども、もしそれが承認され、可決されてしまえば、私もそれに言及するときは原住民と言わざるを得ないわけでございます。ですから、私は先住民と原住民とを使い分けて、私の中ではきちんと使い分けをしております。
  30. 土井たか子

    ○土井委員 これは、時間の方が非常に気になって、今の御発言に対して、実は本当に討議をしていきたいなという気持ちに私はなっているのです。  波多野先生国連人権委員会の小委員会の専門委員でいらっしゃる、そして波多野先生のサブという立場でいらっしゃるのかどうか、横田先生がいらっしゃる、そうですね。横田先生の御意見が雑誌なんかに論文として載っておりますのを私も読ませていただくという機会がございますけれども、横田先生の御意見というのはただいまの波多野先生と必ずしも同じじゃないのですね。  横田先生の御意見は、同じように質問してみれば、むしろそれは「子ども」ということの方が好ましいと思いますと、きっとおっしゃると思いますよ。それから、それは、用語の点では使い分けということでなしに、むしろこの節は統一をしていただきたいとおっしゃるだろうと思いますよ、この条約に基づいて。だから、そういう点できっと御意見が違うということも、私は論文を読ませていただいて、その中からきょうは申し上げさせていただくにとどめたいと思うのです。  さて、先ほど永井参考人は、国内法の改正が必要だということをお述べになったのですが、その点、波多野先生はいかがお考えですか。東郷先生はいかがお考えですか。
  31. 波多野里望

    波多野参考人 御質問に答える前に、今の横田さんですか、サブとおっしゃいましたが、サブではないのですね。オルタネートですから、私に事故があったときにかわるというので、私のサブということではございません。ちょっと位置づけが違うのです。ですから、必ずしも意見が一致しないことはしばしばありまして、ただし、これはインディペンデントでございますから、だれが出るかによって変わります。いずれ私から彼の世代になると思いますから、それまでお待ちください。  それから、国内法の方ですけれども、これは私もそういう場面が出てこようかと思います。必要な場面というものもあろうかと思います。絶対ないと申せませんし、これとこれだけは今変えろというふうには必ずしも申し上げられません。というのは、先ほど永井参考人もおっしゃいましたけれども、この条約を執行していく上にはどうしても法の改正が必要な場合と、運用でいける場合がありますね。もちろんいわゆる行政指導も含め、いろいろな方法がありますので、この条約を執行していく意味ではアジャストというか、調整は必要だと思いますけれども、それが常に法律の改正という形をとらなければならないかどうか、これはもう少し検討してみないと私にはわかりません。  以上です。
  32. 土井たか子

    ○土井委員 後でもう一問、同じくお伺いしますから、東郷参考人には申しわけないのですけれども、それをまとめてお尋ねしたことにお答えいただくことができれば幸いです。  それは何かと言ったら、条約の四十三条からしますと、子供権利委員会というのが日本に関する報告書を審議して意見をまとめなければならなくなります。  その意見というのが法的にどういう意味を持つのかということともかかわりがあるのですが、女性に対する差別撤廃条約のときには国内で婦人問題企画推進本部というのがつくられたのですが、本部長はこの場合は内閣総理大臣なんですが、今回もやはり子供に関する企画推進本部のような、行政サイドでそういうことをつくっていく必要をお認めになるかどうかという問題。  そして、やはりこれは子供に対して広報活動でも知らしめるということが必要なんで、大人だけにわかっているのでは意味がないと思うのです。子供に対してわかる、子供がそれを知る機会を得る、しっかり持っている、そして子供意見を表明することができるというふうなことでないと、これは事実上保障しているということの意味がないと思われますから、そういうことからすると、やはり広報活動、その他等々取り組みの予算措置というのはどうしても必要になってくると思われますので、その点も含めて東郷参考人からの御意見を承り、あともし特に御意見を承ることができれば、波多野参考人永井参考人からもお聞きができたらと思います。
  33. 東郷良尚

    東郷参考人 最初の御質問に関しましては、本当に私に御質問いただいたのは大変光栄なんでございますけれども、法律学者でございませんので、法律上の問題はちょっとお答えしかねるということで御了解をいただきたいと思います。  広報に関しましては、私ども日本ユニセフ協会といたしましては、全面的にやはり日本において広報をいたすべきと考えておりまして、またそのような予定を今着々と組みつつございます。  従来からも、特に私どもユニセフという立場からいたしますと、世界子供たちの現況、そしてそれに対してどう考えるべきかということを子供たちに理解してもらうという面から、学校教育の場に、形式としてはユニセフ募金という形での御協力をお願いしているわけでございますが、それの過程としていろいろな資料をお送りし、また先生方がそれを読んで児童と話し合われる、そういうような材料を広報活動として実施しておりますので、それをさらに拡大し強化してまいりたい、このように思っております。  学校がユニセフに協力活動をしてくれている数としては、もう既に毎年九千五百校の数に上っております。
  34. 土井たか子

    ○土井委員 最後に、それでは保坂参考人にお尋ねをしておきたいのですけれども、今子供に対していろいろ呼びかけていくということも大事だし、いろいろ広報活動についても、子ども権利条約を批准すれば子供権利保障というのがこのようになっていくということを周知徹底させるということが非常に大事だと思うのでありますが、先ほどのお話のとおりで、何か子供に元気がない、そしてだんだんやる気がうせていくという中で、権利と言われたってむなしい。果たしてこれから、それでは言う意味があるという状況をつくっていくことのためには、いろいろなやる方法があると思うのです。  あなたはきっと国際的ないろいろこういう取り組みの場面の会議をしたり、あるいはそのための討議をしたりするような場所にも足を運ばれた経験もおありになると思いますから、ひとつそういうことを通じて、これから子供とか若者が寄り合うような家とか、そういうことを子供たちが利用できるような、活用できるような地域での場所とか、そういうことも含めて、こうあってほしいということがもし御意見としてあるなら聞かせていただきたいと思います。  そして、最後委員長に申し上げたいのですが、きょう保坂参考人が言われた、子供の生の声というのがテープにあるわけですから、子供自身が悩み、苦しんでいる実態が、人が子供にかわって子供の気持ちはこうですよと伝えることよりもやはりじかにその声というのが、どういうことを訴えているか、どういうふうな気持ちであるかということを知る、私は非常に大事な資料だと思うのであります。当委員会ではきょうはそのテープを持参して参考人から聞かせていただくということにはなり得なかったのですが、ひとつ審議中にそのテープを聞くという機会をぜひとも設けていただきますことを心からこれは提案したいと思います。よろしゅうございますね。
  35. 伊藤公介

    伊藤委員長 テープの件については、関連はあるようですが、私自身としては一度ぜひ聞かせていただきたいと思っております。一度理事会の皆さんにも御協議をして、その機会を持たせていただきたいと思います。  保坂参考人
  36. 保坂展人

    保坂参考人 先ほど学校現場に混乱が起きるというようなお話もあり、ちょっとそこで発言もしたがったのですけれども、残念ながら……。  混乱が起きるくらいの元気があってほしいところなんですが、今日本子供たち、中学生にアンケートをとると、今一番君がやりたいことはと、沖縄から北海道までどんな調査でも、三種類ぐらい調査がありますが、眠りたい、もっと寝たい、これが夢です。子供の一番やりたいことです。そういうふうになっているというぐらいに疲れていますね、子供は。  金八先生というドラマが十年ぐらい前にあって、子供たち大人も見ましたけれども、人気がありましたね。これは今の子供たち、三年ぐらい前ですか、再放送をやりましたけれども、完全にパロディーとして見ているのですね。つまり、学校に思いがあり、生徒を受けとめる先生がいて、こうあってほしいと十年前の子供は感動して見た、十年後の子供たちはどうもパロディーとして見ている、こういうことがありまして、非常にさめてしまっているのですね。子供自身が自分たちはどうせ何もできないだろうというふうに思ってしまっている嫌いがある。  今ここで「子ども」、「児童」という論戦がありましたけれども、例えば子供意見調査とか子供世論調査とか、子供自身はではどう要望するのか、意見表明権を、この際条約の論議に子供も参加してもらおうじゃないかというようなことをもし国会の皆さんが子供たちに提示したら、最初はぴんとこないかもしれない、しかし、やがてその子供たちの表情は変わるに違いないというふうに思うわけなんです。  先ほど土井さんからお尋ねがありました子供のためのスペースについてなんですが、十二年ほど前にNHKが提案しまして、ドイツとイギリスとアメリカが参加しまして、「十代の反乱」という、四カ国共同制作、同じテーマで四つの国のテレビ局が番組をつくる、そういう企画がございました。実は、日本の企画に私は参加したのですが、ドイツのテレビ局がつくった番組は非常に秀作でした。  ニュルンベルクという古い町の駅前に演劇博物館という建物があります。普通の日本の小学校の四倍ぐらいの大きさというふうにお考えになっていただければいいのですが、八十ぐらいの部屋があります。その部屋の中で、例えば工芸をやる部屋、映画をつくる部屋、先住民の文化についてディスカッションする部屋、ただ聖書を読む部屋、いろいろありますけれども、その中で非常に私の注目したのは、十代の子供たちが、いわば学校の生活を午前中済ませた彼らがそこにやってきて、さまざまな運営に参加しているのですね。  番組の後六年ぐらいたってから見に行ったわけなんですが、私が行きました八八年当時は、市が一億五千万円の文化予算を出して、子供たちというか若者、十七、八歳ぐらいから二十四、五歳の若者が中心になってこれを運営する。その中にはディスコもあり、レストランもあり、自動車工場もあり、古本屋もあるわけですけれども、そういうスペースがドイツの各地にかなり広範に広がっています。  そういうところを歩いてきまして、日本にも御存じのように児童館はあります。あるいは青年館という名前がついているところでほとんど若者が来ないところもあります。しかし、子供がそこの運営に参加して、自分たちが企画発案して、例えば新聞をつくる、映画をつくってみる、環境問題についての子供の解決プランを出していくというような、そういう場というのはないのですね。しかし、そういうところで子供自身が任せられる、ゆだねられる、そうして、自分の意思と力と判断で何かやれることがあるのだというふうに思ったときに子供はやはり変わるのですね。  今学校現場の混乱というのは、別の意味子供学校から逃げ出し始めているのですね。文部省統計で三十日以上の長欠児が六万七千人ですが、私や私の近い不登校の子たちにかかわる多くの人の感触では、どう少なく見ても三倍はいるだろう。つまり二十万近い子供たち学校に行けないという現実、行きたいのだけれども行けないのですね、いじめがあったり成績のことで気になったりいろいろなことであるいは高校中退も、子供人口はどんどん減っていますけれども、相変わらず十二万人という相当多くの若者が学校から去っていく。今土井さん言われましたように、子供たち学校で不満があるといって先生に何か言うという元気はなくて、逃げていく時代なんですね。  ですからそういうときに、学校とは別に地域に、子供たちが企画できたり発案できたり、コンビニエンスストアの前にしゃがむのではなくて、そこに行っていろいろな人の話を聞く、自分たちの新聞をつくる、お祭りをつくる、いわば地域でこの子供たちを受けとめていくというか、一緒に文化をつくっていくという場を、やはりそこに予算も講じてやっていただきたいと思います。  具体的な例は世田谷にあります。それは世田谷プレーパークといいまして、遊びをどんどんやらせよう、つまり、泥だらけになったりターザン小屋をつくったりするようなことを子供たちが取り戻すためにということで、世田谷公園、羽根木公園、駒沢公園という三カ所にあるのですね。行政がお金を出す、そして民間団体、世田谷ボランティア協会というところが人を出し、運営するのですね。人もただの人じゃなくて、子供の気持ちに近いお兄さん、お姉さんがプレーリーダーという形で子供にかかわる。これは十年間続いてかなり反響を呼んでいる制度なんですね。  だから、そういう先例もありますので、子供たちが本当に自分を取り戻す場というのを一いじめ、登校拒否、いろいろなことがあると、児童相談所、精神科、いろいろなところへ行ってもどこも受けとめてくれないと非常に多くの親が悩んでいます。ですから、具体的にそういう方向に一歩でもこの論議を機に進んでいただきたいなと思います。
  37. 土井たか子

    ○土井委員 どうもありがとうございました。
  38. 伊藤公介

    伊藤委員長 上原康助君。
  39. 上原康助

    ○上原委員 きょうは、四名の参考人先生方、大変貴重な御意見を拝聴させていただきまして、ありがとうございます。社会党の上原です。  短い時間ですので二点くらいしかお尋ねできないかと思うのですが、本委員会で大変問題になっているのは、先ほど来ありますように、子ども権利条約あるいは児童というネーミングの問題、また一々挙げられませんが、留保事項があるということと、さらに国内措置、予算措置がされていないという国内法との関係ですね。いま一つは、国際人権規約とかそういった国際的条約、規約との整合性等々の議論が相当なされてきております。  きょうも非常に興味深かったのは、ネーミングの問題で、恐らく波多野先生は、児童児童とおっしゃるかと思ったら、ほとんど子供子供とおっしゃって大変ありがたく思いました。四名の先生方のおっしゃった会議録を後で調べてみるとよくわかると思うのですが、東郷先生が、今出されている条約のネーミングが児童となっているので時折児童ということを二回か三回おっしゃった。あとはみんな子供とおっしゃった。平易な言葉で、しかも子供に易しくわからせていくためには、これは日本人の感覚として子ども権利条約が一番ふさわしいなという実感を改めて持ちましたので、その点は感想として申し上げて、委員長初め与党の先生方にももう一度御一考願いたいと思うのです。  そこで、本来ですと四人の先生方にそれぞれせめて一問だけでもと思うのですが、なかなかそうもいきません。永井先生にもう一度お尋ねをいたしますが、国内法との関係において、特に御指摘がありました民法九百条との関係など、相当この条約で欠陥と言われているか欠落している部分が指摘をされております。条約なので国会はそれを承認するか否決するか、こう外務省は言っているわけですね。修正もできないなどと言っているけれども、我々はそうは思わないのですが、もう一度、恐らく十五分で言い足りなかったと思いますので、国内法とのかかわり、民法との関係等について先生の御見解をお聞かせいただいて、非嫡出子の取り扱いなどこれからの議論の参考にしたいと思いますので、その点について補強意見をお願いできればと思います。
  40. 永井憲一

    永井参考人 どうも。発言をさせていただきたいと思っておりました。  民法の九百条には、御存じのように非嫡出子は二分の一という規定がございます。このことにかかわって、条約の第二条は、管轄内にある子供についてということで、無差別、平等を原則としてそれを実現しろということがございます。  この立法過程、制定の過程におきまして、率直に申し上げましてアメリカですけれども、合法的に入国した管轄内にある子供についてその権利保障する条約として取り扱いたいという修正案が出されたようでありますけれども、この条約を審議する過程の国連では、親が非合法で入ってこようともそこにいる子供について差別をするということはできないではないかということで、その修正案は撤回させられたということを伺っております。  その趣旨からしましても、第二条の、子ども権利条約についての原則的な規定は、親の社会的な地位だとか財産だとか身分とかということによって、生まれてきている子供差別をしてはならないという趣旨でございますから、そういう趣旨を貫いていくとするならば、先ほど申し上げました非嫡出子の子供について嫡出子の場合と差別がされておるというのはおかしい、これはこの条約承認前であれ後であれ修正をしなければならないところであろうと思っているところです。そのほかにもいろいろございます。  これは半ば冗談としてお聞きいただきたいのですけれども、先ほど波多野先生から間違っておるという指摘をなされましたので、間違っておるということについて黙っておるとそのことを認めたということになりますので、研究者として一言発言をさせていただきたいと思います。  学校教育法では、明らかに児童は小学校子供、小学校児童でございます。生徒というのは中学、高校で、この条約は十八歳未満の者に適用があるということですと、中学生、高校生においてもこれは適用があるわけでございまして、児童というネーミングにしますと、中学生、高校生にも児童という形で言わないといけないということになります。  波多野先生はこの条約について、特に取り扱いの便宜上「児童」というネーミングでいいではないかとおっしゃいましたけれども、この条約を四十二条の趣旨に基づいて普及し、いろいろ公知させるという仕事をしていくようになりますと、便宜上これは児童なのでということを一々説明をするということもできませんししますので、「子ども」というネーミングの方がよろしいと思います。  補強するということになりますと、これは一時間でも二時間でもしゃべらなければならぬことになりますので、重要な点だけについて申し上げますと、例えば民法なんかに親権規定が残っておりまして、八百二十二条の規定なんかによりますと、皆さん御存じだと思いますが、「親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、又は家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる。」という規定があります。懲戒場なんかないのですね。子供意見を聞いてその子の権利保障をしようという趣旨の条約締結したときに、子供が親にとって都合が悪いから、家庭裁判所の許可を得て懲戒場へ入れてしまえなんという規定が残っていること自体が大変問題だというふうなことも取り上げてみなければならないと思います。  恐らく一般の人は御存じないので懲戒場なんてのがあったのかなんて言ってびっくりされるのじゃないかと思いますけれども、調べてみますと、この子ども権利条約が国際的につくられてきております時代的な背景とその進歩の状況を見てみますと、それ以前につくられた日本国内法においてはともかく、どうつじつまを合わせても合わないものがかなり多くございまして、そういうことなんかについては配慮をされることがいいのではないかと思います。もう既に「子どもの」というネーミングで呼ばれていくことの方がむしろ一般的だと思いまして、中学生も高校生もこの条約は自分たちの問題なんだということで取り組むことが必要だと思います。  それから、校則の問題についてもそうです。  混乱が起こるという質問がございましたけれども、殴り合いが起こるかどうかわかりませんが、今の学生、私のゼミの学生もちらちらとその辺に来ておりますけれども、彼らと接しておりましても、今の若者は俗に言う指示待ち族ということで、何かこうしろと言われないとやれないということは、私は職業上、企業の人事部の人たちなんかと話をする場合でも、もっと自分の個性をきちんと出せ、そして自分の意見が言える子供を推薦してほしいと言われるくらいでございます。  この子供意見表明権なんかは、まさにできるだけ早い時期から責任を持って意見が言える子供を育てるというような形できちんと考えていって、学校の中では多少いろいろな意見の違いがあるということがありましても相互に意見交換なんかを行うということを認めていく方向でこの条約がつくられ、運用されていくことが望ましいのではないかしらと私は考えております。  とりあえずはこの辺で。
  41. 上原康助

    ○上原委員 大変参考になります。また、参考にさせていただきたい。  もう時間が来ましたので、保坂先生に一言だけ、余り長くお答えにならないで。  よくわかります。私も学校を歩いていたときに、できが悪かったので、臨場感があふれて大変興味を持ちました。そこで、それは、一つの教育改革というか、今の管理社会、学歴社会から来た弊害だと思うのですね。それをなくしていくために子供権利保障、確保し、伸び伸び明るくしていくにはどうしたらいいか、これから教育方針というか教育のあり方としてどういうのがよいのか、少し手短に参考意見を聞かせてください。
  42. 保坂展人

    保坂参考人 端的に言って、先ほど永井先生の指示待ち族という話もありましたけれども、今の子供は遊んでいないのですね。ファミコンや何かはやっていますけれども、五人以上で遊ぶ体験がほとんどないのですよ。それは学校でやりなさいとか児童館でやりなさいとか、そういう体験はありますよ。自分たちで広場できょうは何をしようか、それがないのですね。その体験がなければ意見を出したり、ちょっと違うよ、これをやろうよ、そういうようなこと、そのものの体験がないのですよ。  ホームルームで何をやっているかというと、大体が掃除の反省なんです。自分たちで何かを決めるという体験がない人たちがずっと今の仕組みで上がってきている以上、僕は、一番必要なことは、子供が無我夢中になって遊べる場所ですね。これは、学校も四時で閉めてあと帰りなさいという学校も多いですし、できる限り校庭は開放して遊びなさい。学校じゃなくて、先ほど紹介したような、思いっ切り泥だらけになって遊ぶこともオーケー、そのかわり、そこではけがと事故は自分持ち、人のせいにしないという決まりがあるのですね。そういうような自治空間、これはやはり遊びの中でしか育たないと思うのです。  一生懸命遊んだことがない、おもしろかったという体験を子供のときにしないと、意欲的な人間にはなれないと思うのですね。  以上です。
  43. 上原康助

    ○上原委員 わかりました。ありがとうございました。
  44. 伊藤公介

    伊藤委員長 東祥三君。
  45. 東祥三

    ○東(祥)委員 公明党の東祥三でございます。  本日は、四人の参考人の方々に大変お忙しい中おいでいただきまして、まことにありがとうございます。また、本当に感動する、また瞠目すべき貴重な意見を賜りまして、本当にありがとうございました。  私は、議員になる前は、国際連合の難民高等弁務官事務所で長く働いておりました。世界じゅうの、ある意味日本とは全然異なった国々で生活し、いろいろな犠牲になった子供を見させていただいてまいりました。先ほど波多野先生永井先生の方からお話がありました、例えば十五歳未満で戦闘に参加された子供だとか拷問を受けた子供だとか、あるいはまた東郷先生の方からお話がありました、栄養失調で亡くなっていってしまう子供あるいは飢餓で死んでいってしまう子供、そういう現場を見ておりまして、各国社会の種々のひずみというのがまさに子供を取り囲んでいる環境に集約されて出てきている、こういうふうに深く心から感じていた次第でございます。  そういう意味から考えますと、この条約についての審議を重ねさせていただいているわけですけれども、子供を取り巻く問題について、まさに社会全体で考えていこうとする大きな契機になっている。逆に、そういう意味では、大人人権が守られていなければまた子供人権を守ることができないのだろうとも深く認識する次第でございます。  そういうことを踏まえた上で質問をさせていただきますが、まず初めに東郷理事に聞きたいのですけれども、現代の子供権利をめぐって解決しなければならない問題というのは山積していると思います。その上で、国際社会全体が子供に対して、子供権利を守るために一体どのような努力を行ってきたのか。当然優先順位があると思いますけれども、重要な問題の優先順位は上から並べればこうだ、その上で国際社会がどのような努力を行ってきたのか、この点について陳述していただければと思います。
  46. 東郷良尚

    東郷参考人 国際社会といたしましては、先ほどから申し上げていることではございますが、まず第一に子供の生存権を確保したい。これは五歳未満児の死亡率ということではかっているわけでございますが、現在でも、千人に対して二百人以上の五歳未満の子供が死んでいくような国がたくさんございます。御参考までに申しますと、日本の場合は平成三年度で四・四人でございます。死亡率は一番低いという状況にございます。  この幼児の死亡率を何しろ減らす。それから健康を維持できるようにする。これは、両方とも非常に重要な問題としてこの条約の六条ないし二十四条に入っているわけでございますが、こういうことを通して国際的にイコールな基盤が条約加盟によってできるということが非常に大事なことであります。そのために国際社会というのは大変な努力を今まで重ねてまいったわけでございます。  最近もテレビで、例えば南西アジアのさる大国で、カーペットをつくっているところに子供たちが押し込められて、そこで働かされている。本当に薄暗い、穴蔵みたいなところでございました。これは、子供たちがそこに売られてきたり、ないしは誘拐されてきたり、そしてそこで働かされている、そういうふうな状況があります。それからタイの例では、児童の売春というのがございました。これも最近新聞に出たわけでございます。  こういう虐待であるとか搾取であるとか、そういうことを何とかやはりなくしたいというのが国際社会一つのコンセンサスでございまして、そのためにこの児童権利条約というのが今用意され、そして世界の百三十四カ国で締結されたわけでございます。まさに国際社会の努力というのはそういうところに結集されていると思います。
  47. 東祥三

    ○東(祥)委員 続いて東郷理事に質問させていただきますが、現在の世界子供の生命、生存権というふうに言ってもいいかわかりませんが、生命と人権保護のために日本は何をまずもってしなければならないのか、どのようにお考えですか。
  48. 東郷良尚

    東郷参考人 日本がなさなければならない国際協力というのは、先ほど土井さんもおっしゃいましたように、もう本当に山積しているわけでございますが、やはり現在の日本の経済力というのが世界に対する貢献で一番求められているものではないかと思います。そういう意味で、政府、民間とも従前以上の役割を果たしていかなくてはならないと思っております。特に、児童権利条約にうたわれている世界子供人権実現のために、我が国にとって急務である本条約の早期の締結と実施を国際社会は大きな期待を持って見守っております。  世界子供に対する援助日本が主導的役割を果たすということは、日本が実施し得る多くの国際協力の中で最も人道的なものであり、憲法でうたわれている国際社会の中で名誉ある地位を得たいという日本の決意にふさわしい分野であると確信しております。  こういう意味におきまして、日本のODAの予算の大きさ、ユニセフの年間予算はたった九億ドルでございます。この中で日本が主導的地位を築くというのはむしろ容易であると私どもは考えておりまして、かつこれが世界の望むところであるというふうに申し上げることができると思います。
  49. 東祥三

    ○東(祥)委員 保坂参考人にお聞きいたします。  まさに現場を踏まえた現代の日本子供たちが直面する問題に対してるる報告してくださいまして、本当にありがとうございます。  そこで、日本子供たちが直面している問題、同じような問題を抱えている他の国々というのはあるのでしょうか。アメリカあるいはヨーロッパ、いわゆる先進諸国と言われる国々の中で同様な問題が起こっているのかどうか、これが第一点。  第二点目は、今、日本子供たちが直面している問題の所在というのはよくわかるわけでございますが、保坂参考人としてはその問題の因になっている、つまり原因は一体どこにあると分析されているのか、その点についてお話ししていただければと思います。
  50. 保坂展人

    保坂参考人 他の先進諸国でという、先進という言葉も厳密に言えば問題だとは思いますけれども、ドイツでは、やはり学校に行きたくないという子はかなり多いのですね。学校恐怖症というか、ある意味で厳格な教育に対して拒否反応を起こす子はたくさんいるのですね。日本よりも多いのではないかという話もあります。ところが、オルタナティブスクールだとかミニスクール、フリースクール、シュタイナースクールというようないわば私的な、私立学校、小さなものがありまして、そこに行くのですね。そのことによって重大な挫折を味わわなくて済むということが大きな日本との違いだというふうに感じました。  あるいは、ニュージーランドに行ったときに、はっと思わされたのは、先ほどの電話のプログラムというのはそこでヒントを得て始めたのですが、子供たち自身が運営するキッズラインという電話相談室がありまして、ニュージーランドの十六歳以上の子供が、あるトレーニングを受けてそのキッズラインのスタッフになる。そして、子供の同世代、例えば家出をしたいとかもう死にだいとかいろいろな悩みがあるわけですね、その同世代の悩みを懇切丁寧に聞いて、プライバシーを守りつつ、ともに考えていくというようなことでスタッフになっている。ビルのあるワンフロアをそのキッズラインのスタッフの子たちが占めて電話で、日本よりもずっと人口が少ない国ですけれども、そういったものがあるということも報告しておきたいと思います。  その他たくさんあると思いますけれども、やはりフランスの子供たちなんかを見ると、学費の問題で学生運動なんかもほとんど途絶えて久しかったというところは日本共通でしょうけれども、突然高校生たちが、同世代の女の子が乱暴されたということに対して、学校を取り巻く環境に対してきちっと政府は政策を示してほしいということ、高校生が三十万人ですかデモ行進をしたりして、事実上ミッテランさんもそのことをのむ、そういうことも起きていますが、日本では、高塚高校で一人の生徒が死んで、そのことをどれだけの学校のホームルームで、一時間でも語り合ったのかということ考えると、当の高塚高校でもやっていないわけですから、やはりその辺は非常にお寒いな。  後半の質問の、どこから今のゆがみが出てきているか、非常に難しい御質問なのですけれども、やはり今大きく時代が変わろうとしているというふうに私は思いますね。それで、その中で、学校という場は古くて伝統的な場ですからなかなか変わってこなかったのですね。例えば黒板があって、先生がいて、起立、礼、着席、これはずっと今連綿と明治以来続いてきているわけですけれども、世の中の方はずっと進んできてしまっているわけです。  子供たちが受ける情報や刺激も非常に大きくなっている。地域の遊び集団や子供独自の、独特の世界ですか、大人が介在しない子供の夢の共和国が遊び空間の中であったわけですね、かつては。これが十五年くらい前からもう完全に解体されたというふうになって、子供たちの生活が非常に分刻みのスケジュールで朝から晩まで縛られている。先ほどドイツの話をしましたけれども、一時でほとんど高等学校までが終了します。そして、午後はボランティア活動に参加したり、スポーツをやったり、あるいは町の図書館や美術館に行ったりという市民としての生活があるのですね。  学校五日制でかなり論議がありましたけれども、年間授業日数というのを見てみると、日本は二百四十日、欧米の国はほとんど百八十日で、二カ月の差がありますね。そうすると、ゆとりと言える状態じゃないのですね、日本子供たちは。  ですから、ここでは先ほど言ったような小さな私的な学校やいろいろな試みを大きく包容していくような制度のつくり変えも必要でしょうし、子供たちが本当に安心して遊べて自分をつくれるような具体的な場所、それから子供を取り巻く相当過密なスケジュールを大きく転換していく提言というのか、そういうものをやはり声を大にして言っていきたい。そんなところです。
  51. 東祥三

    ○東(祥)委員 最後に、本委員会でも訳語の問題がかなり議論されているのですけれども、この点について波多野先生永井先生にお聞きしたいのですが、その前に、東郷理事、ユニセフというのは何というふうに日本語で訳しますか。それで英語では、略語ではなくて、何というふうに言っていますか。
  52. 東郷良尚

    東郷参考人 ユニセフは、日本語では正確には国際連合児童基金でございます。英語では、ユナイテッド・ネーションズ・チルドレンズ・ファンドです。
  53. 東祥三

    ○東(祥)委員 インファントじゃないのですか。
  54. 東郷良尚

    東郷参考人 チルドレンです。
  55. 東祥三

    ○東(祥)委員 ちょっと思っていたことが違っていたので……。  それでは、波多野先生に聞きます。  児童権利条約というふうに訳されてきているわけですが、「子ども」というふうに変えると何か具体的、実質的な問題が惹起されるとお考えになりますか。  そして、永井先生には、逆に、「子ども」に変えないで児童権利条約という、その「児童」という言葉を付してそのままにしておくと何か具体的、実質的にこの法を運営していく上において問題を惹起することになりますか。  両先生からお伺いします。
  56. 波多野里望

    波多野参考人 これは、内容についてはさっき土井委員がおっしゃったように、国連の公用語の方が本文であって、これは訳文ですから、訳語が変わったからといって条約の解釈、適用そのものが大きな影響を受けるとは思いません。それがお答えです。  それから、ちょっとその点に関連してですけれども、委員長のお許しを受けて、さっき永井参考人が、間違っていると言われ訂正なすったのはわかるのですが、私が申し上げたのはちょっと違っていまして、学校教育法に児童、むしろ学齢児童という言葉が先に出てきていることは私も承知しておりまして、そこで間違ったというのではありません。これは今の御指摘——なぜかというと、この御指摘と関係があるものですからね。これは、今は「子ども」か「児童」かという選択が問題になっていますからちょっとややこしいのですけれども、私が申し上げたのは、仮に学校教育法にも子供という言葉が使われていたとします。そして、この条約子供という言葉を使ったとします。その場合に、この条約では、子供は十八歳未満である、学校教育法の子供は一年生から六年生までだ、こういうずれが出たときに、この条約締結すれば学校教育法を直さなければいけない、なぜなら同じ子供という言葉が違った概念で使われているからだ、そうおっしゃったように受け取ったものですから、それはちょっとおかしいでしようということを申し上げたので、永井参考人学校教育法についての理解が私よりはるかに深いことは百も承知しております。そのことだけ、ちょっと訂正しておきます。
  57. 永井憲一

    永井参考人 今の点ですけれども、はっきりと政府案では国内法の改正は必要がないという形で説明書が出されておりますけれども、学校教育法の場合でもはっきりと児童は小学生、中学生、高校生は生徒というふうに書いてありますので、十八歳未満である中学生や高校生に児童という形でこの条約を批准するということになりますと、学校教育法の改正は必然ではないかというふうに思うのです。  実際問題として、「子ども」というネーミングの方がいいだろうというのは、先ほどからも繰り返し申し上げておりますように、いわゆる第二次世界大戦後において、特に女性子供権利を重点的に保障していこうという世界人権宣言のときの申し合わせで進められていることですので、女性差別撤廃条約も、女子のということでは正確に男性と女性差別撤廃条約ということの趣旨が出てこないのじゃないかというふうに私は思っておりますが、この「子ども」についてもそうでして、「児童」というネーミングにしますと、大人児童という形で、どうも対置が悪い。むしろ、大人子供との関係においてということで「子どもの」というふうにされる方がよろしいだろう。  現に、国会の議論を議事録なんかで拝見いたしますと、「子どもの」というネーミングではなくて「児童」というふうにしたのは児童福祉法の定義に合わせたという整合性を強調されるようでございますけれども、女性差別撤廃条約を見ますと、そこには「子」という訳になっております。「児童」とはなっておりませんね。「子」という訳になっておりますね。その趣旨で、子育ての両親の共通責任という形で、女性差別撤廃条約を受けた形で今度の本条約の十八条ではそこに出てまいります。  そういう趣旨というものをこの条約に合わせるということから考えましても、女性差別撤廃条約について「子」と訳したのならば、それと合わせる形で「子どもの」というふうに訳した方がむしろ整合性があるというふうにも私には思えるわけでございます。女性差別撤廃条約子ども権利条約というものを並べて重要視するという認識を前提にお持ちならば、わざわざそういうことについて「児童」というネーミングを使わずに、「子どもの」というネーミングでいかれることの方がよろしいというふうに私は思っております。
  58. 東祥三

    ○東(祥)委員 ありがとうございました。
  59. 伊藤公介

    伊藤委員長 古堅実吉君。
  60. 古堅実吉

    ○古堅委員 日本共産党の古堅と申します。  きょうは、四人の参考人から大変貴重な御意見を伺っていい勉強になったと感謝しています。私に与えられた時間はわずか十分ですから、単刀直入に伺わせていただきます。  まず最初に、波多野参考人永井参考人にお願いします。  先ほどちょっと出ていましたが、日の丸・君が代の問題についてです。  今学校では、入学式や卒業式などで子供たちがどう考えているかということを離れて、君が代の斉唱それから日の丸の掲揚、これが強制されるようなことが数多くあって問題を引き起こしています。この問題については、この条約との関係においても正しく解決していかなくてはいかぬと思います。  私自身から申せば、日の丸も君が代も、国旗・国歌という形で法律をもってきちっとしたものはないというふうに考えていますし、それについてどうなのかということについても日本共産党の立場からちゃんとした意見を持っています。しかし、きょうはそこの論議をしようということではありません。この条約の精神からしますと、学校でどのような指導が行われようと、強制という形で子供たちにこれを押しつけるということがあってはならないんじゃないか。  それから、子供の立場からいいますと、それについて先ほど波多野参考人からそういう意味かなというふうな御意見がちょっとあったように思うのですが、拒否する権利というものは少なくともこの条約をもって認められないというと、この条約は何のために生まれてきたのかということが問われる関係があるのじゃないか、そこらあたりをお二人から簡潔にお願いします。
  61. 波多野里望

    波多野参考人 お答え申し上げます。  さっき私がちょっと例を申し上げましたので多少重なることをお許しいただきたいのですが、この条約で何がプラスアルファになったか、殊に国旗・国歌のところで。実は私は、この条約の本文だけからでは正直言って十分に読み取れません。ただし、実際問題として日の丸・君が代が国旗であり、国歌であるという前提で、今古堅委員もおっしゃいましたからそこは突っ込みませんけれども、国旗であり、国歌であるということでありますと、これを教育委員会なり政府なり、あるいは連邦の場合州なりが、管轄にある学校に対して国旗を掲げろとか国歌をこれこれのとき斉唱しろとかいうことを命じること、これを強制というかどうかわかりませんけれども、生徒にではなく、まずとりあえず管理者に命じること、これは恐らく条約違反になるとは思いません。  そしてその上で、今度実際にやったときに個々の生徒がどこまで抵抗できるか、拒否できるかという御質問だと思います。  私がさっき申し上げましたように、人様の行事全体を壊すとか、そういうことはいけない、これははっきりしています。それから、仮に拒否した場合に処罰が不当に重くては、恐らくこれもいけないというふうに思います。あとは、どういう対応かによりますけれども、私もちょっと具体的にイメージがわかないのですが、立って君が代を歌わなかったというようなときに、これは当然、今申し上げたように、それで処罰とかいうことはいけない、そこまでは言えると思います。  ですから、学校に対しての命令権と、それを学校が実行したときの生徒のレベルでの拒否権とはちょっと違うと思います。生徒がこうだからと学校長が拒否できるかというと、それは難しいと思います。個々の生徒が自分の信念に基づいてどうしたという場合には、それはある程度認めるべきだ。  ただこれは、この条約だからということではないように、結果はそうなんですけれども、条約があったから、これを締結したらそれをできるんで、締結するまではいけないかと言われると、私はそうは思わない。現時点でも処罰が過剰であれば、それは恐らく人権違反になると思いますし、そういう意味では、実態はそうですが、これは条約締結前後で大きく変わるかというと私は疑問を持っています。既に現在でもそういうことは保障されている、少なくとも日本においては。そう理解しています。
  62. 永井憲一

    永井参考人 私は、教育という現場には、条約であれ法律であれ、強制した形での画一的な指導というものはできるだけ避けた方がよろしいというのが基本であります。  ただし、この条約でも、二十九条の一の(c)条項の中にも、その子供の文化的同一性、言語、価値の尊重、子供の居住している国及び子供の出身国の国民的価値の尊重、並びに自己の文明と異なる文明の尊重の育成というようなことがございますので、その国の文化的価値というようなことについて教えることということを、法律あるいはこの条約があるからといって拒否をするとか、あるいは強制するとかということでなく、私は、できるだけその学校の現場において、子供意見を含めて学校ごとに考えていくということが基本的なあり方ではないだろうかというふうに思っております。  したがって、君が代・日の丸だから強制していいとか悪いとかということをこの条約から一概には言わない方がよろしいのではないか。現場の意見を尊重するという形で問題の解決をしていくということを基本に考えておくべきではないだろうかというふうに思っております。
  63. 古堅実吉

    ○古堅委員 永井参考人にもう一度お尋ねしたいと思います。  十二条とのかかわりですが、学校で、校則問題で例えば丸坊主でなくてはいかぬとか、制服が何ミリ長いというだけで旅行に行かされなかったなどということが出てきていたり、深刻な事態が現場には実情としてございます。  そういう校則に子供たち意見を表明するということ、そしてそれが尊重される。最終的にどうなるかは全体とのかかわりですから、そのことをこの条約どうこうなどということを言っているということじゃないと思うのですが、こういう校則などに、十二条とのかかわりで子供たち意見を積極的に表明する、そういう権利がきちっと認められているというふうに受けとめて、大事な点だと考えていますが、いかがですか。
  64. 永井憲一

    永井参考人 そのとおりだと思います。学校においても意見表明権というものが尊重されなければいけないというふうに思います。  校則というのは、今まで大体、大人である教師がつくってそれを強制するというところにおいて反発が起こったり、必ずしもそれが理にかなっていなかったりというところでトラブルが起こっていたようでして、最近では文部省の指導も、学則のあり方について、生徒指導のあり方についてはかなり違った見解が出て、学校ごとに生徒の意見を入れてつくったらよろしいではないかというような指導をなされているようであります。  聞くところによりますと、生徒に任せてみたら、大人がつくった以上に生徒に厳しい規律をつくっちゃったなんという学校もあるようでございますけれども、そういうことを討論していくことによって、それ自体が教育になるということを考えますと、大人意見だけでつくるのではなくて、子供意見を入れて、学校教育の中で教育とは何かを自分自身で考えながら責任を持って生活ができる、そういう場が教育の場として必要なんだろうというふうに思っております。
  65. 古堅実吉

    ○古堅委員 永井参考人だけに質問して申しわけないのですが、最後の一点です。  先ほどもありましたが、この条約国会に提出するに当たって、新たな立法措置は必要ないなどということを言ってきております。しかし、新たな立法措置というものが法律の改廃とかいうふうなことまで言っているのか、文字どおり新規の立法というふうなことだけを限定的に言っているのか、そこが定かじゃありませんが、少なくとも現存の法律との関係で、矛盾が明確だというものがあるのですね。  先生も論文で指摘しておられるように、少年法の審判を受けるときに通訳に要する費用、あれは徴収されるようになっております。しかし、この条約では「無料で」となっています。明らかに両立しません。そういう限りにおいては、既存の法律で改められるべき明確なものがあるというふうにおっしゃられるかどうか。
  66. 永井憲一

    永井参考人 そのとおりでございます。  条約の四十条の規定の無料通訳制度というものが現在の日本の状態ではございませんで、日本の現行法では、少年法の三十一条の規定によりまして、通訳なんかが必要であった場合には、その本人あるいはその保護者に費用の請求をすることができるというふうに規定されておりますので、それは、明らかに条約の趣旨に合わないというふうに申し上げる以外にないわけです。  したがって、いつの時期かはわかりませんけれども、改正を必要とするということは明らかであろう。そういう意味では、改正を必要としないというふうに提案された外務省の提案には、私はおかしいなという疑問を持っております。
  67. 古堅実吉

    ○古堅委員 終わります。ありがとうございました。
  68. 伊藤公介

    伊藤委員長 和田一仁君。
  69. 和田一仁

    ○和田(一)委員 きょうは、四万の参考人意見開陳を伺いまして、大変勉強させていただきました。ありがとうございます。  お約束の時間がもう三十分以上も延びておりまして申しわけございませんが、もう私で終わりでございます。大変短い時間なので、それぞれ開陳していただきました御意見について伺いたいなと思っておりましたことは、大方、同僚議員からお尋ねがございました。私は、もう単純に、今この条約について一般の人たちが一番関心を持っておるところというのは、やはり先ほど来いろいろお話ございましたネーミングの問題が一つあると思います。  このことにつきましては、波多野さんも永井さんもそれぞれ御質問にお答えをいただいておりまして、それぞれのお立場でのお考えというのはわかったわけでございますが、保坂さんにこのネーミングについてどういうふうにお考えかを、これは実態が同じであれば余りこだわらないというお立場なのか、それとも実際に、私は、きょう四万の公述していただきました参考人の皆さんを拝見しておりまして、一番お若い、一番対象に近いお方だ、こう思うわけなんで、できればこういうネーミングがいいというお考えがありましたら、お聞きしたい。  私は、電車の切符に昔は大人と中人と子供とあったように思うのですね。まさに小人と中人が対象ぐらいのところなんで、何か独創的な、おれはこういうネーミングがいいと思うようなことがございましたら、参考までにお教えをいただきたい。あわせてお答えいただければありがたいと思います。
  70. 保坂展人

    保坂参考人 先ほど言いましたように、子供意見を聞いてみたいと強く思います。  というのは、子供に近いといっても、私ももう三十七歳ですけれども、とても子供とは言えないわけでありまして、学校五日制について意見を聞いてみると、意外と多いのは一土曜休みじゃなくて水曜あたりを休みにしてほしい、そういう意見が強いのですね。これは大人尺度では出てこない声ですから、例えば子供が、おれたち子供じゃないよというふうに言い出すかもしれない。けれども、私個人の意見としては、「児童」ということと、選べというふうに言われたら、これは圧倒的に「子ども」ではないかというふうに思います。  ちょっと加えさせていただきたいのですが、やはり日本子供は全般的に幸せだというふうに思っておられる方が多かろうと思うのですね。しかし、風の子学園という、炎天下のコンテナの中で亡くなったという事件がありましたね。実は似たような施設が、全国に戸塚ヨットスクールだとかいろいろな名前であるのですね。お金を払えば子供を隔離して、いわば非行から立ち直らせるということで逃げ出せないように監禁してしまう、そういうところから逃げてきた子供が私のところにいるのですよ、十年ほど前。これは非常に困りましたね。親はそちらに戻そう、子供はもう絶対にそこに行きたくないということで、間に弁護士の先生に入っていただいて、大変苦労した経験もあるのです。  そういう経験からしますと、きょうはちょっと触れられなかったのですけれども、子供オンブズマン制度というようなことをぜひこの際、子供により近い代理人、子供の立場に限りなく立とうとする努力を続ける大人存在というのが、やはり子供たちの健康な自立というのですか、成長にとって大事だなということをちょっと加えさせていただきたいと思います。
  71. 和田一仁

    ○和田(一)委員 ありがとうございました。  永井さんにお尋ねしたいと思います。十二条の意見表明権の解釈についてちょっとお尋ねしたいと思うのです。  先ほど来のお話では、これは基本的に非常に大事だということを踏まえながら、子供の発達の程度を見てその権利をできるだけ生かすということがあわせ考えられなければいけないというお話のように思いました。具体的に、発達の程度を見てというそのぐあいが、個人差もあるでしょうし、どういう基準でお考えになるのか、非常に微妙なところがあるのではないかと思うのですが、その点についてお考えがございましたら、お聞かせいただきたいと思います。
  72. 永井憲一

    永井参考人 基準なんてないのですね。また、つくるべきではないと思うのですね。人それぞれにみんな成長の過程というのは違うわけですから。  それで、申し上げておりますように、この意見表明権で重要なのは、子供意見を言わせる機会を必ず認めてやれという手続が重要なんでして、その意見をどのように尊重するかということは、その場、学校においては学校の教師を初め親たちがその意見をもとにして合議して決めたらよろしいということです。  したがって、先ほども申し上げましたように、子供意見を言わせるという機会が少なかったものですから、とんでもない意見を言うことがあるかもしれないというふうに思いますけれども、一回やってだめだからこうしろというふうに大人が決めてしまうのではなくて、繰り返し何回か子供に発言の機会を認めていくという中で、それが子供の教育になることですので、そういう機会を認めていくというところに重要性を考えた方がよろしいのではないかというふうに思います。何歳だからどういうことを言っていいとかいけないとかということを、基準として決めるということでない方がよろしいというふうに私は思っております。
  73. 和田一仁

    ○和田(一)委員 波多野参考人にお尋ねいたしたいのですが、条約の精神の中には、当初発展途上国念頭に置いてこういうものを国際的に取り決めていこうということが基本にあった、そして同時に、ここで出てきているすべての規定が同じ重みを持っているものではないというふうに御説明がございました。どれがどれよりも重いというのかどうかよくわかりませんけれども、そうおっしゃられた意味合いが、国連の中の人権小委員会のメンバーとして論議をされてこられたその経緯の中から、そういったことが論議の中で自然と軽重がついたのかどうか、あるいはそういうものは必要だというふうに、そういうものだというふうにお考えなのか。ちょっと論議の内容を含めて御説明いただければありがたいと思います。
  74. 波多野里望

    波多野参考人 お答え申し上げます。  先ほど一律ではないということ、それから途上国念頭に置いたということを申し上げましたが、これは東郷参考人から御紹介がありましたように、今非常に大勢の子供が日々死んでおる。これは栄養失調あり病気があり、それから戦争があり死んでいる。死んでない人でも、強制労働に従事させられたりいろいろしているわけで、学校へはもちろん行かれない。  ですから、まずそういうところを何とかしよう、それを減らそうというのが我々の間ては——我々はこの権利条約をつくった母体ではありません。ただ、我々のところでも子供のことを審議しますので、我々の間ではそういうことがメーンであったし、この条約をつくった人たちも言ってみれば同僚でありますから、そういう人たち意見交換しても、まずそこにターゲットを絞るということが一つであります。  したがって、それがメーンだということからしますと、例えば先ほど御質問がありました、校則の中で一センチどうだこうだ、これがいいか悪いかという議論は正直言って出てこないのですね。むしろ、生きるか死ぬかの問題の方が先ですから。私は、日本でそれを論じることには決して異論ありません。ただ、国際的なレベルでは、スカートが長いとか短いとかいうことがどうだということを議論したら、恐らくちょっと失笑が漏れるのじゃないかな、そういうレベルの議論をしているんじゃないよと。それも人権にかかわりますけれども、恐らくユニセフでも、そういうところなんかのためにお金をたくさん出すということはまずないと思いますね。ですから、そういう意味で、おのずから命にかかわるもの、それから国際人権規約でいえば、例のB規約の市民的及び政治的な方がどちらかというと差し迫っていますね。  これは例えば、さっき通訳の無償の話が出ました。日本でもまだできてない。法改正をしなければならぬ。これを百三十四の国が締結しているのですから、みんな実行しているか。私にはとてもそう思えませんね。日本でもできないことがみんなもう実行されているとは思いません。  ですから、この条約締結するというのは、今言ったように一遍には実現できませんから、各国の置かれた事情それから財力その他に応じて、できるところからやっていく。そのできる順序、一遍にできませんから、どこから先にやるかといったら、そこが軽重になるだろう。やはり命にかかわるもの、それから識字学校、そういうものにかかわっていくだろう。もちろん命の延長、その間には強制労働とか売春とか、そういうものが位置するんだろうというふうに思っています。
  75. 和田一仁

    ○和田(一)委員 条約の精神というのはまさにそうであって、また先ほど御説明の中でもアジア国々のお名前を挙げて、人間開発指数とおっしゃいましたか、そういうもので比較をされますと、やはり対象になるような国はアジアに多いというふうにも伺いました。  私は、日本の国がこういった子供権利をきちっとしますということと同時に、国際的に非常に格差が生じているものを、日本としても、日本のレベルはこうなっているということを踏まえながら、同時にこれは国際的にも力をかしていく国にならないといけない、こう思うのですが、そういう意味で、どういうことをまずしてあげたらいいのか。寿命であるとか識字率であるとか、あるいはその他のことをデータとして挙げられました。  私は、こういう大事な権利を一番圧殺し抹殺しているのは、紛争であり戦争でありそういうものであると思うのですね。そういう意味からいって、日本が貢献しなければいけないなという気が強いのですが、この条約締結してやれることございますでしょうか。そのことを念頭に置いてお話があったのではないかと思うので、ちょっとお聞きしたいと思います。
  76. 波多野里望

    波多野参考人 この条約締結するからとしないからとは直接関係ないんじゃないかと思います。援助というのはいろいろしなければなりませんが、それは単なるお金をやってその場しのぎの、干ばつだとか台風だとか洪水だとか緊急事態の場合には、これは一時的な救済の物資を送るのは当然でありますけれども、そうでない場合には現地のその国の人を使って、今の教育にせよ産業にせよ、そのレベルに合わせてお手伝いをするということが第一だと思います。  私も開発はあちこち現場を見ていますけれども、ちょっと日本のレベルが高くなり過ぎ、ハイテクになり過ぎまして、持っていっても現地の人が使えない。昔のつるべの井戸みたいなものの方がむしろ必要なんですね。というのは、近代的なものになると、大体電気がないわけですし、そういう意味でそのレベルに合ったものを開発していかなければならない。そのためには、あるものをただ持っていけばいいのではなくて、日本が、いろいろな国がどういう状況にあるかということをもう少し勉強しないといけないのではないかなと思うのです。  例えば道路一本にしても、交通信号が理解できない。だから、道路をつくったら自動車にひかれる人がたくさんふえてしまう。これはこうですよと説明しようと思っても、テレビは持ってない、ラジオはない、文字は読めない。つまり、そういうところで自動車の高速道路みたいなものをつくることが果たしていいのか。これが馬車か牛車ならよけられますから、ひかれるということもない。牛車なり自転車なりを少し多くして、レベルが上がったら、それに応じて、ちょうどさっきの子供の発達じゃないですけれども、国民としての発達に即した援助を考えるべきではないかなというふうに思っています。その方が有効だと思います。  それから一つ、さっき私は十一のアジアの国を挙げましたので、和田委員はあるいはアジアの方にそういう国が多いと思われたような御発言がありましたけれども、初めに申し上げたように、ABCに分けて、一番下のクラスは六十五カ国あります。そのうち、アジアを拾うと十一なんですね。ですから、アジアはまだまだましな方であって、アフリカ、中近東その他世界には、十一引きますから、あと五十四カ国、アジアの五倍の数の国がああいう状況にあるんだ。ですから、アジアはまだましなんです。それは雨の降るところが比較的多うございますから。そういうような事情があります。ですから、決してアジアが真っ暗だという印象をお持ちにならないようにお願いいたします。
  77. 和田一仁

    ○和田(一)委員 時間が来てしまいまして、東郷参考人にはまことに申しわけございませんでした。これで終わらせていただきます。
  78. 伊藤公介

    伊藤委員長 以上で参考人に対する質疑を終了させていただきます。  参考人の皆さんには、それぞれ御専門のお立場から、また貴重な体験を踏まえての御意見、私ども委員会、大変参考になりました。それぞれの御意見を今後十分委員会で生かしてまいりたいと思っております。  子供たちが生き生きとして、人間らしく生きられますように、各参考人の一層の御協力をいただきますとともに、参考人の皆さんのそれぞれの分野での一層の御活躍をお祈り申し上げます。大変ありがとうございました。  午後一時三十分から再開することとし、この際、休憩いたします。     午後一時十分休憩      ————◇—————     午後一時三十二分開議
  79. 伊藤公介

    伊藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  国際情勢に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。鈴木宗男君。
  80. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 武藤外務大臣にお聞きしますが、これは例の十四日の報道なのですけれども、ロシアの外交指針文書「外交政策の理念」という中で、領土問題は存在せずという報道があって、しかもこれは大統領が承認している、サインまでしておるのだというような記述がなされておるのでありますけれども、この事実につきましてお述べをいただきたい、こう思います。
  81. 野村一成

    ○野村(一)政府委員 鈴木先生、事実関係のお話を私の方から説明させていただきます。  今先生御指摘のように、モスクワ発の時事電でございますけれども、「外交政策の理念」なる、これはエリツィン大統領が承認した文書におきまして、北方領土問題の複雑さというのを日本側に理解させたというふうに述べた上で、訪日延期が日本側の態度軟化を招いたと評価している旨報道し、さらにこの文書によって、ロシアの対日外交方針というのは領土問題存在せずというかつてのブレジネフ時代の立場に逆戻りした、そういう報道がなされております。  何分この文書はロシア政府の部内文書でございまして、その内容について私どもの方が承知すべき立場にはないわけでございますけれども、その報道につきましては、ロシア政府自身、在京大使館を通じまして、こういった報道内容は完全に事実無根だ、ロシアの外交にブレジネフ外交の何らかの主張が復活され得るというような仮説は全く根拠がない、事実に合わない憶測でしかないという立場を公に明らかにしているというのが実情であります。
  82. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 欧亜局長さん、例えばこれは、事実無根ならば事実無根なりに私は対応すべきでないかと思いますね。情報がひとり歩きしているのを私は一番懸念するのです。  特に、領土返還というのはまさに一億二千三百万日本国民の悲願でありますから、私は、こういった報道によって非常に人心がぶれる場合がありますから、この点ないならないと明確にしてもらいたい。外務省としては何か手を打ったのかどうか、お尋ねしたいと思います。
  83. 野村一成

    ○野村(一)政府委員 先ほど申しましたように、基本的にはロシア側の部内文書であるということでございますけれども、この内容については事実無根であるということをきちんと先方が言っているということは先ほど申したとおりでございます。日本としまして、ロシアの外交方針が、そもそも領土問題など存在しない、そういうブレジネフの時代に戻るということはあり得ず、またあってはならないというふうに考えております。  我が方としましては、従来どおり拡大均衡の原則のもとで、法と正義の原則に基づきまして、領土問題を解決して平和条約締結、もって日ロ関係の完全正常化を図るという、この点につきましては、日ロ共通の課題の実現のために努力するというのがあくまで基本方針でございます。
  84. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 野村局長、そのブレジネフ時代にさかのぼりするということは文書に記されているのですか。私は、文書の中ではブレジネフ云々という言葉がないと思うのですけれども、ブレジネフ時代にさかのぼりすると向こうが言っているのか、言っていないのか。
  85. 野村一成

    ○野村(一)政府委員 今ブレジネフ云々について、これは何分報道でなされている部分でございます。報道におきましてその文書の中身としてそういうことが書かれているという点、それがあるわけでございまして、それを先ほど申しましたようにロシア側は事実無根であると否定している、そういうふうに私どもは理解しております。
  86. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 時間がありませんから、局長、私が聞いているのは「外交政策の理念」、対日関係部分についての要旨が新聞に述べられている、そこにはブレジネフも何も出ていない、ただ出ているのは、領土問題は存在しないということになっておるから、この事実はどうかということを聞いているのですよ。あなたが新聞に書いていることを言っておったのでは答弁にもならないし、逆にそれは的外れなんですよ。限られた時間ですから、ここら辺はっきりと的確に答えてください。
  87. 野村一成

    ○野村(一)政府委員 この報道につきましては、特に中身につきましては私どもも聞き捨てならぬと申しますか、看過できない内容でございまして、ただ、先ほど申しましたように先方の部内文書でございますから、あくまでこれを訂正するとすればロシア側が行うべきものでございます。  これは週末になされた報道でございますけれども、その点きちんと、モスクワにおきまして私どもはそういった、今申した点を先方に指摘しまして、それを受けてきちんと今回ロシア側の方から事実無根である、そういう説明がなされたというのが経緯でございます。
  88. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 これは十四日に出ている話でありますから、もう約一週間近くになりますから、こういった問題のときには私は速やかに打ち返しをしてもらいたい、こう思います。  そこで大臣、きのう中曽根元首相がエリツィン大統領とお会いをしております。その会談要旨を拝見しますと、二国間交渉でも領土問題は出してもらいたくない、領土問題を動かすことは国内政治上危険が高い、経済と領土は分離した方がいい、こうエリツィン大統領は明確に言っているのですね。これは確認できていますか。
  89. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 私は正確にまだ中曽根さんから直接は聞いておりません。ただ、私の方から申しますれば、前から申し上げているように、たとえサミットにエリツィンが来た場合でも、二国間で話し合いが行われるときには、いわゆるエリツィン・宮澤会談が行われれば、当然日本からは領土問題を持ち出すということを私は言ってきたわけでございますし、宮澤総理もこの間記者会見で、エリツィンと会えば当然領土問題を持ち出します、こう言っておりますので、エリツィンがそういうことをもし中曽根さんに言っておったとしても、日本側としてはこれはもう当然、二国間の首脳会談が行われれば、私はそれがどういう形式かわかりませんけれども、いずれにしても、エリツィンと宮澤さんが二人で会談をするという場合には必ず領土問題を持ち出すということは、私ども変わっておりません。
  90. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 大臣、領土問題というのは日本の基本的なスタンスですよ。ただ、私が心配しているのが、外交交渉、相手があるわけですから、その相手側がこういったことを日本の元首相に言っている。当然大使館のしかるべき人も立ち会っているはずです。私は、右バッターボックスと左バッターボックスぐらいの違いがあるなという感じでこれはもう心配をしているのですよ。  ですからこの点、私はやはり日本側の基本的なスタンス、いろいろな外交ルートを通じて明確に向こうに伝えるべきでないか、こう思っているのですが、いかがでしょうか。
  91. 野村一成

    ○野村(一)政府委員 お答え申し上げます。  中曽根元総理とエリツィン大統領との会談につきまして私どもの承知している点、今御指摘の領土問題につきましては、宮澤総理といわゆるバイの会談が行われる際には領土問題が取り上げられるだろうということ、ただその場は基本的には意見交換の段階としたい、そういうふうな趣旨を述べたという報告が参っております。  この点は、いわゆる本当の領土交渉というのは、基本的には大統領の公式訪問を得て行われる首脳会談、その場であります。今回はあくまで東京サミットという場で行われる二国間の会談でございます。  しかし、先生御案内のとおり、日ロ間ではもうまさに領土問題というのは最大、最重要懸案でございますから、その問題について取り上げられない二国間の会談というのはない。ただ、その中身についてはおのずと違いがあるだろう、そういうことでございます。
  92. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 日本政府としては、拡大均衡の方針でいきますよ、政経不可分じゃありません、大臣はこういったお話をされておりますね。日本がそう言って前向きな話をしても、受ける側が後退しておっては、これは前進はない、私はこう思っているのです。この点、私は心配しているものですからあえて言うのですけれども。  特に、大臣、クナーゼ外務次官が枝村大使に、五月日本には行けない、そして行くとすれば九月か十月かなというお話があのとき出ておったと思います。同時に、エリツィン大統領から宮澤総理あてに親書が手渡されたと聞いておりますけれども、その中身について、どういった中身になっておるのか、そしてそれには九月、十月来るということが記されているのかどうか、あるいはそういった希望があるのかどうかをお知らせいただきたいと思います。
  93. 野村一成

    ○野村(一)政府委員 お答えいたします。  親書の中身はそのまま明らかにすることはしないのが私どもの伝統でございますので、それは守らせていただきたいのでございますけれども、その趣旨といたしましては二つございまして、一つは、日本が、特にG7閣僚会議等でロシアに対する支援を行っていることに対して感謝するということが一つ。もう一つは、公式訪問の点につきまして、五月というのは日程調整が難しいということ、それからその延長線で九月または十月ということで考えたい、こういう点が内容でございます。
  94. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 大臣、今の局長の答弁で、親書の中に、一つは、G7での支援の感謝があった、これはいいと思うのですが、二つ目には、公式訪問は五月はだめで、九月、十月検討したい、こういう意向でありますから、私は、これを踏まえて今後ともきちっとした外交ルートでの調整はしてもらいたい、こう思うのです。  そこで大臣、私が四月二十三日の当委員会で、七月七、八、九に行われる東京サミットで、ヒューストン・サミットの議長宣言、そしてロンドン・サミットでの議長宣言があって、昨年のミュンヘン・サミットでは政治宣言まで入った、東京サミットでもぜひとも領土問題というものは触れてもらうべきだというお願いを強くしました。そのときの大臣の答えは、総理とよく相談したいということでありますけれども、一カ月ほどたっているのでありますけれども、その進展状況はどうか、お知らせをいただきたいと思います。
  95. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 今斉藤外務審議官がサミットにおける政治的な面につきましては各国といろいろと協議をしておるわけでございまして、御趣旨の点は十分体して協議を続けておるはずでございます。
  96. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 大臣、確認させてもらいますけれども、東京サミットでも領土問題には、形はどうであれ触れる方向で進めているという受けとめ方をしてよろしいですか。
  97. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 私どもの希望は持っておりますが、まだそこまで最終的には固まっていないと私は承知をいたしております。
  98. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 東京で行われる、宮澤総理がまさに議長でありますから、議長のある程度のイニシアチブも発揮できるわけでありますから、政府としてその姿勢であるならば、私はそれなりに領土問題は、いかなる形にせよはいれると思っているんですね。ですから、私が聞きたいのは、外務大臣としてその方向で日本としては希望を持って対処するのかどうか、それを確認したいんです。
  99. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 議長国でございますから、今おっしゃるとおりイニシアチブもとれるのかもしれませんが、また調整をしなければいけませんので、その点で今斉藤外務審議官が窓口になりましていろいろと調整をしておる最中でございます。
  100. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 これは大臣、ぜひとも東京サミットにおかれましても、せっかくヒューストン、ロンドン、ミュンヘンという流れで来ているわけでありますから、やはり日本で行われるという一つ意義あるサミットでありますから、その上でもきちっと文言に載るように、いかなる形にせよ文言に載るように再度これはお願いをしておきたい、こう思っております。  続いて、大臣、カンボジア問題についてお聞きしますけれども、きのう大臣はPKF凍結解除論を閣議後の記者会見で言われました。官房長官は、凍結解除しても直ちに自衛隊が警護に当たれるわけではないという、また違う記者会見をされております。  国民から見れば、閣内どうなっているのかな、そういった状態で、逆にカンボジアにいる人はもっと心配しているんじゃないかなという危惧の念も抱くと私は思うのですね。この点、大臣の発言の真意はどうか、これをお尋ねしたいと思います。
  101. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 たまたまきのうの記者会見で、ある記者から、なかなか治安が悪くなってきておる、文民警察なり皆さん丸腰で非常に御努力なさっているが、自衛隊の皆さんにもお願いをして警護に当たっていただくというような形でPKFの凍結解除をしたらどうか、こういう質問がありましたので、私としても、これは国会承認をお願いしなきゃなりませんけれども、いずれにしてもそういうことで警護ができるならばPKFの凍結解除ということも検討をしなきゃいけないと思います、こう私は申し上げたわけです。これがそのとおりの私の答えでございます。  その後私、実は、帰りましてからいろいろとPKOの法律をもう一回読み直してみましたけれども、なかなか今凍結している部分を解除するだけでは警護ができないというふうに、私は正直、法律上どうも解釈がそうとれましたので、これはやはり今後、三年後の見直しということもございますので、国民の皆さんの世論に訴えながら法律の改正の中でやっていくということでなければならないというふうに今は承知をいたしております。
  102. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 大臣、これは法案を通す際は三年後の見直しということになっておりますけれども、今のカンボジアの状況等を見ると、そんなに間を置けるような話でもないかといって五月二十三日から一週間選挙も行われる。それに間に合わせるかというと大変でありますけれども、三年後の見直しを大臣としては前向きに、もう少し早目に法改正等を検討したい、そういう考えを持っているかどうかお知らせをいただきたいと私は思います。
  103. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 やはりこの間日本人の方も二名犠牲におなりになりましたし、外国の皆さんの中にも、そのようなシビリアンの方の中に犠牲者が出ておるわけでございまして、もうこういうような犠牲者が出ないような形をもっと考えていかなきゃならない。  PKOの法律についても、これは国会で御審議をいただくわけでございますので、行政府からどうこうということはなかなか私は言いにくいのでございますけれども、もし国民の皆さんの御理解がいただけるならば、PKOの法律というものを三年後、三年たってからの見直しということより、国民がもっと早くこれは直した方がいいんじゃないかという声になれば、私はそういうことをお願いしなきゃいけないと思っております。  いずれにしても、国民の皆さんの御理解をいただくように我々はもっと努力をしていかなければいけない。あくまでそれは平和維持、平和回復のために行くのであって、日本は、いわゆる憲法の第九条とは全く違うんだということをよく国民に御理解いただいた上で、私はやっていかなければならないと思っております。
  104. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 世論の動向は極めて大事でありますけれども、法律を出すか出さないかは、これは内閣なんです。出して、国会で審議をして、そこでまた国民の理解を得るというのが私は通常の手続ではないかと思っているのです。ですから、大臣としての考えはどうかということを私は今お尋ねしているのです。
  105. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 もちろん、私どもは法律を内閣として提出する立場にありますけれども、法律を提出するにも、やはり国民の世論というものを大切にしなければいけないと私は思っておりますので、国民の御理解をいただく、まず我々はそういう努力をいたしまして、その上で、国民の御理解がいただけそうなときには、私どもは、三年たたなくてもお願いをする場合はあり得る、こういうふうに考えております。
  106. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 大臣、昨年このPKO法案を成立させる過程でいろいろなことがありましたが、成立最優先で国会が動いてきたなという感じを私は持っているのです。  しからば、今カンボジアの状況等を見るときに、果たしてこの法律で十分だろうか、当然その疑問は政治家のみならず、多くの国民も持っております。限界があるのではないだろうかという声も出てきております。新聞によっては、社説にきちっとそこを明記しているところもあります。  私は、大臣が外務大臣として、現実はこうではないだろうかと、きちっとしかるべき明示をすべきではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
  107. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 そのとおりでございまして、我々があのPKOの法律を審議しているとき、あるいはパリ和平協定が成立をいたしましてUNTACが設置され、いろいろの和平プロセスが開始されましたころと現時点とでは、情勢は決して同じではない、非常に不安な状況もあるわけでございます。  一つの国の中で、あるいは地域紛争で、戦争がおさまって和平プロセスをしていく上においては、やはり危険が伴うということをもう少し私は国民の皆さんにお話し申し上げる、あのときはそういうようなことがなかなかなかったと思います。いわんや文民警察の武器使用などについてはほとんど議論がなかったと思います。こういう点では、本当にそういう危険なところに行っていただくことがあり得るということにおいて、やはり現実の姿を国民の皆さんによくお話し申し上げて、そして、一体このPKOの協力法はどうだろうか、こういう御理解を得ようというのが私の考え方でございます。
  108. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 不幸な事故が起きた場合、安全対策がどうかとか、すぐこういう話が出てまいります。しからば、その安全対策をするように法律がなっているかどうかということは、私はこれは正攻法で議論して何もそごはないと思っているのです。やはりそのためには、私は外務大臣がしっかりとしたお考えのもとに、外務省としてはこうしてもらいたいと、ある程度の指針は示すべきではないか、こんなふうに思っているのです。この点で、私は大臣とはそんなに考え方に差はないと思いますので、きちっと対応してもらいたい、私はこう思っております。  そこで大臣、今のカンボジアの情勢はどうか。パリ協定の枠組みは崩れていないと外務省は一貫して言ってきております。今も柳井さんは向こうへ行ったままで、逐一情報等も入っていますけれども、今のカンボジアの情勢はどうか、最新の情報を教えていただきたい、こう思います。
  109. 池田維

    ○池田政府委員 お答えを申し上げます。  選挙を四日後に控えまして、カンボジアにおきましてはある種の緊張関係が高まってはおります。そして、テロ的な活動であるとか暴力行為というものが発生し、治安が悪化しているという面はございます。そして、これは最近も国連事務総長が報告をしておりますけれども、必ずしもパリ和平協定で期待されていたようなものではないということでございまして、この点については事実として認めざるを得ないというように感じております。  しかしながら、同時に国連事務総長もその報告の中で明言いたしておりますけれども、選挙を予定どおり実施するということがカンボジア国民の多数の意思にかなう、それから国際社会の意思であるということは明白であるということを言っております。  私どもとしましても、選挙に至るプロセスが当初予定されていたとおりには進んでいないということは事実でございますけれども、この選挙を予定どおり実施するということがカンボジアの和平過程を進めていく上で大変大切なことだというように感じているわけでございます。そして、カンボジアにおきましては、全面的な戦闘が行われているわけではございません。そういった意味でのパリ和平協定の枠組みというものは依然として維持されているというように認識いたしております。
  110. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 まずはその選挙を実施することが私は最大の先決事項だと思います。  そこで、この選挙の四派の動きでありますけれども、ポル・ポト派は参加しないと、これは明確に言っておりますが、ラナリット派、ソン・サン派の動向は今どうなっておるか。ソン・サン派なんかも若干ふらついているという情報もありますので、三日後ですか、選挙を控えておりますけれども、ソン・サン派の動向はどうか。ラナリット派も間違いなく選挙に参加するのかどうか、今の外務省の認識、見解をお聞きしたいと思います。
  111. 池田維

    ○池田政府委員 現在の状況で申し上げますと、ラナリット派もソン・サン派も選挙に参加するということだと理解しております。
  112. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 あと、要員の安全対策についての現状を聞きたいのですけれども、例えば文民警察要員の再配置だとか投票所の削減、これは幾つになったものか、さらには山崎隊長の巡回はどうなっておるのか、これも最新の情報をお尋ねしたいと思います。
  113. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 文民警察の再配置の問題につきましては、再三私どもUNTACの方に申し入れておりまして、目下UNTACの方では検討中でございますけれども、まだ具体的な結果は出ておりません。  投票所の削減につきましては、千八百から千五百二十六にする、さらに削減の可能性があると言っております。この過程において、日本の文民警察要員がその中で配置がえになるかどうか、これもまだ確定的なことを申し上げられる状況にはございません。  それから山崎隊長につきましては、既にルース警察部長とともに巡回を開始しております。間もなく具体的な報告がわかると思いす。   〔委員長退席、古賀(一)委員長代理着席〕
  114. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 選挙後のUNTACについてですけれども、この日本の派遣要員、選挙監視要員は六月十一日に帰るようでありますけれども、文民警察は七月十三日までが期間かと思うのであります。一部によりますと、選挙が終わった後は早く帰った方がいいのじゃないかという報道もありますし、あるいは投票が終わってから二週間以内で開票結果も出るのじゃないだろうか、それが終わればこれまたUNTACの許可を得れば帰ってもいいのじゃないかという議論も出ておりますけれども、この点、どういう考えでいるかということを正確に教えていただきたい。
  115. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 選挙後、文民警察要員をどのようにするかという点につきましては、もちろんいろいろな考え方もごいますけれども、基本的には、UNTACとの合意のもとにこれは具体的な措置がとられるべきだというのが私どもの考えでございまして、UNTACとも目下この点については連絡を取り合っております。UNTACの方もいろいろ検討しているようでございますけれども、まだ確定的な案ができ上がっているという状況ではございません。
  116. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 澁谷さん、日本としてはどう考えているかということですよ。UNTACの了解を得られれば、例えば七月十三日、文民警察は期間があるけれども、だからその前にも帰れるのかどうかということを聞いているわけですよ。
  117. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 これは、基本的にはUNTACの態度にもかかわることでございますけれども、UNTACの方でそういう計画を立てて各国の文民警察要員を徐々に帰していくということでございますればそういうこともあり得るかと思いますが、まだちょっとこの点は不確定な状況にございます。
  118. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 澁谷局長、だからそれは、もちろんUNTACの合意を得なければ事は進まないのですよ。日本政府としては、投票も終わりました、開票の結果も出ました、文民警察はもうよろしいのではないのでしょうか、速やかに帰らせていただきますよという考えを持っているかどうか。それをUNTACに言わなければUNTACだって動くわけないわけなんですから、それは政府としてどうかということなんですよ。
  119. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 もちろん、日本だけの観点からいたしますと、それはできるだけ早く派遣した要員を、安全の観点からは帰国させた方がいいということになりますけれども、これはUNTACの活動に参加した国際的な共同行動でございますので、文民警察の要員の安全ということを第一に考えながら、UNTACの動き、それから主要国の動きをも勘案しつつ態度を決めていくということになるかと思います。基本的には安全を重視していくという態度でございます。
  120. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 だから澁谷さん、安全を重視というのは先に言うべき話でありますからこれはいいんですけれども、例えば文民警察は七月十三日だけれども、自衛隊の施設大隊は十月末までが任期ですよね。それとも、UNTACの任期切れは九月十五日でありますから、ここで撤収していいかどうかということともまた絡んでくるわけなんですよ。  だから日本政府としては、その安全を言うならば、例えばもう一通り、一段落仕事が終わった場合帰っていいのではないだろうか、よろしくお願いしますということをUNTACに申し出るのかどうか、それを私は聞いているのですよ。わかりやすい話をしてください。  自衛隊についても十月末までの任期だけれども、はい、九月十五日にUNTACが任期切れです、それまでに道路補修も全部、二号線、三号線も終わりました、だからそれの所期の目的は達成しましたから帰らせてもらいますよと言うか言わぬか、そこを私はお尋ねしているのですよ。
  121. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 もちろん自衛隊の任期、それから文民警察の任期につきましても、UNTACにそういった指摘をしながら話し合いを進めていくということになるかと思います。繰り返しになって申しわけございませんけれども。
  122. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 いや、だから日本政府としてどう言うかということを私は聞いているのですよ。
  123. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 それは、任期が自衛隊については十月末になっている、それからUNTACの任期が九月十五日になっている、その関係をどうするかという点、それから文民警察の任期が七月十三日になっているという点につきましても、UNTACに明示的に提示いたしまして今後の措置を決めていくということになります。
  124. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 澁谷さん、ちょっとそこにいてください。  私は、文民警察なども、例えば投票が終わって開票結果が出た、そこで一段落、我々の仕事は終わったということになれば、早く帰してくださいと言っても問題ないと思うのですね。それが外務省の説明によると、例えば、あなた知っているとおりですよ、開票まで二週間かかる、終わったら帰ってもいいはずだなどということを説明しておきながら、ここでは全然、いや七月十三日ですなどという話で、あなた、通る話ではないよ。一貫性がなければ、あなた、別の場所で言う説明とこっちで言う説明が一々違うなどという、そんなことないでしょう。
  125. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 確かにUNTACの業務の一番重要な目的は選挙を無事に終えるということでございますので、選挙が終われば、例えば選挙監視要員はもう業務は終了したということになります。  ただ、文民警察につきましては、選挙関連の業務も若干ございますけれども、本務は主として現地の警察の監督、助言、訓練ということでございますので、そちらの関係も、UNTACがそれはもう必要がないという判断であれば帰れるということになるかと思います。
  126. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 澁谷さんと話しておってもこれ以上進まぬと思うからこれでやめますけれども、私は、日本政府がこうだという希望を出さぬ限りUNTACだって動かないと思うのですよ。その点、日本政府はこうだ、安全が心配だと言うならば、一つの大きな仕事が終わったときは速やかに帰らせてもらいますよという、その基本的な見解を持っているかどうかということを聞いているのであって、時間がどうだとかこうだとかいうことを聞いているのじゃないのですね、それは答弁しづらいかもしれませんけれども。安全第一だと言うならば、安全に対するその対応をするためには、一つの仕事が終わったら速やかに帰らせてもらう、こう言ったって何ら問題ないわけでありますから、ここら辺、もう時間もありませんから答弁は要りませんけれども、速やかに考えていただきたい、私はこう思います。  最後に大臣、中田さんが亡くなった、あるいは高田さんが亡くなった。家族のことを思ったり仲間の人のことを思うと、私ははらわたの煮えくり返る思いですよ。同時に私は、日本でおかしいと思うのは、亡くなった、不幸な事態になったら、いや安全がどうだ、撤収がどうだみたいな話ばかりしてしまう。日本国民はこういう悪いことをしたやつは絶対許さない、平和維持活動には敵はいない、これが原理原則だ、しかも、そのために行っているのに、そういった人たちに危害を加える、そして死傷者を出させる、とんでもない話だという話が日本国内から何となく伝わってこない、あるいは政府からも伝わってこない。  私が外務大臣にお願いしたいことは、やった者がポル・ポト派かだれかわからない、しかし間違いなくそのたぐいの者であるということは大体の常識でありますよ。日本国民は絶対許さないのだということを私はきちっと言ってもらいたい。同時に、これからもカンボジアという国は存在していくわけでありますから、今後のことについて考える上でも、日本はそういった不逞のやからがいるところには考えていって対応するぞというぐらいの厳しい姿勢が私は欲しい。ただ撤収だとか安全がどうだという後ろを向いた議論ではなくて、日本としてのこういったことに対する毅然たる表明というものを私はしてもらいたい。大臣、それはどうですか。   〔古賀(一)委員長代理退席、委員長着席〕
  127. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 中田さんあるいは高田さんがお亡くなりになったときに私は申し上げたのでございますが、二人とも、あるいは今カンボジアへ行っているUNTACの皆さん全部だと思いますが、いわゆるカンボジアの平和と和平を回復するために、本当に犠牲的な精神で皆さん行っておられるわけでございまして、それが少なくともカンボジアの国民、だれかわかりませんけれども、カンボジアの国の平和と和平のために行っている人が、一部のカンボジアの国民によって今までなくさなければいけないということは本当にけしからぬ話でありまして、義憤を禁じ得ないということを申し上げたのはそういう意味でございます。
  128. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員 終わります。
  129. 伊藤公介

    伊藤委員長 藤田高敏君。
  130. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 私はカンボジア問題を中心に質問いたしたいと思います。  今自民党の議員から、カンボジアの和平のために国際貢献をしておる者がカンボジアにおいて殺される、殺すような勢力なり殺す者はだれであるかわからぬが、けしからぬという悲憤慷慨に満ちた御意見がありました。全くそのとおりでしょう。  私は、約一カ月前になりましょうか、たしか四月九日であったと思いますが、大臣就任早々、中田さんが亡くなったときの現地カンボジアにおける背景、だれが殺したのか。今のやりとりを聞いておっても、あたかも中田さんを殺したのはポル・ポト派に近い勢力ではないかというような印象を受ける発言があったわけですが、私はやはり、事の実態、真相というもの、事実というものを明確に把握して、カンボジアの総選挙なり和平を実現するために日本政府は全面的な協力をすべきだろう。このことについては私、四月九日のときにも申し上げたのですが、だれが殺したのかというその実態は、調査をなさった結果、UNTAC情報を含めてどういうことになっておりましょうか。
  131. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 この件につきましては、UNTACが目下調査中でございます。証拠物件等もすべてUNTACの手にございます。
  132. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 今のような答弁で済むのですか、大臣。どうですか、大臣。もう一カ月、四十日からなるのですよ。日本政府自身が、日本人が殺されておることに対して、その実態がUNTAC任せでいいのですか。どうなんですか。
  133. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 もちろん私どももこの点について知りたいのはやまやまでございますけれども、調査権限は一義的にはUNTACにございます。  当初の捜査についてはもちろん日本側もできるだけの協力はいたしましたけれども、現在のところ、まだUNTACの調査の結果は出ていないという状況でございますので、私どもはそれを待つ以外にほかに方法がないということでございます。
  134. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 昨日の外務大臣のPKFの凍結解除の問題を含めて、その真意は何かということをお尋ねしたいと思うのです。  当面、カンボジアにおける選挙に向けて、監視要員等々の身体の、生命の安全ということが中心じゃないかと思うのですが、今のようなことで、実態もわからぬまま、身の安全を守るんだという抽象的なことだけでこの問題に取り組むことは、極めて私は日本政府の態度として無責任だと思うのですよ。  これは大臣からぜひ答弁をしてもらいたい。先ほども出ておりましたが、PKFの凍結解除の真意は、大臣、どこにあるんでしょうか。
  135. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 先ほども答弁をいたしたのでございますが、昨日の記者会見で、カンボジアの情勢、必ずしも安定をしていない、こういう中でこれ以上の犠牲が出ないようにしていかなきゃならないが、そういう面では、PKFの凍結部分を解除して、そして自衛隊に警護に当たってもらったらどうだろうか、こういう質問がありましたので、文民警察の皆さんなど丸腰で働いていただいている方々の、せっかく自衛隊も行っていることであるから、その警護に当たることができるならば、PKFの凍結解除というのは、これは国会の御承認を得なきゃいけないけれども、検討をする必要はあるんじゃないかということを私は言ったわけでございます。これが私の真意でございます。  ただ、現実問題、私は帰って早速法律を読んでみましたが、なかなか自衛隊が、今のPKFの凍結になっている部分だけを解除しても、今すぐPKOの他の隊員といいますか、文民警察の皆さんたちを警護に当たるということがなかなか読めないということになりまして、これは今すぐというわけにはいかない。やはりこれは法律の改正、法律の見直しの中で考えていかなきゃならない問題であり、そのためには、国民にもう少し実態をよく知っていただく。PKOの法律を審議していただいたときのカンボジアについての認識は、私は、正直あのころは、政府の認識は甘かったと思うのです。もう少しやはり危険が伴うものであるということも率直に私は国民に訴えて、御理解をいただいた上で法律の見直しをしなきゃいけない、こういうふうに考えたわけでございます。
  136. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 今の大臣の答弁を聞いておりますと、PKFの凍結解除をすればいわゆる自衛隊によって、自衛隊員によって例えば選挙監視要員の警護ができる、そういうふうに思ったので、そういう意味合いも含めてきのうの発言があった、こういうことですが、大臣、それ自体非常に軽率であったのではないかと私は思いますね。あれだけ議論をしたPKO協力法は、現行の法律の中には、自衛隊が文民、なかんずく当面の問題でいえば、選挙監視要員を警護するということはどこにも条文の中にない。そうでしょう。PKFの凍結を解除しても、そういう警護の任に当たるという条項はどこにもない。そういう法律になっているにもかかわらず、所管大臣として私ども一番期待をしている大臣がその種のような発言をなさることは、これは実質的には今のPKO法それ自体を十分知らないまま今のカンボジア問題に取り組んでいるんじゃないか、このようにさえ私は思うのですが、どうですか。
  137. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 ですから、PKOの法律そのものの見直しを国民の理解を得ながらやっていかなければこのような警護という問題はないということがはっきりいたしまして、これはしかし将来においてはぜひ必要なことだというふうに私は感じましたので、その点をこれから国民の理解を得て、法律の改正をできるだけ、三年ということになっておりますけれども、できるならば、国民の御理解を得られれば、私はぜひ三年を待たずに見直しをしていかなきゃならないんじゃないかというふうに考えたわけであります。
  138. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 やはり外交問題には特にタイミングというものが大事でしょう。カンボジア問題を論ずる限り、一年先、二年先、いわゆるこのPKO法ができたときに三年先の見直しということが入っておりますけれども、今大事なことは、パリ協定に基づいて、そしてPKO法の五原則に沿って、カンボジアで自由にして公正な選挙が実現できるかどうか。そこに焦点を合わせて我が国外交は具体的な対応を迫られておる。そういうときに、それは一年先になるのか二年先になるのか知りませんが、そういう法律改正の問題を論じること自身がナンセンスじゃないですか。これが一つ。  それと、大臣の御発言のように、PKFの凍結を解除するような方向をとりますと、事態は和平の方向に進むのではなくて、むしろ犠牲者が、あってはならぬことですけれども、第二、第三の中田さんが、あるいは高田さんが、そういう犠牲者が増大する選択肢を求めることになると思うのですが、どうですか。
  139. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 私は、きのう凍結部分を読ませていただきましたけれども、そんなようなふうには受けとめませんでした。
  140. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 やはりPKFの凍結を解除するということは、PKFは平和維持軍ですから、軍にかかわる業務内容にかかわっていくということですから、これは現在のPKO活動以上にそういう軍事的な要因が強まってくるということになれば、今日のカンボジア情勢からいって、武力衝突のそういう危険性の中に巻き込まれていくということになれば、犠牲者がふえるような方向に私は外務大臣の発言が直結していくと思うのですけれども、私の考えは間違いでしょうか。
  141. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 少なくとも、私がきのう読ませていただいたPKO協力法によって、今PKFに関する部分で凍結になっている部分、ここが解除になったら途端に犠牲者がたくさん出るというようなふうに私は受けとめませんでした。
  142. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 問題は、PKF凍結解除の方向をとるのではなくて、それほど現在の状態が、後で触れますが、国連事務総長のガリさんが安保理事会報告書を出しておりますように、我々が当初考えたときとは条件がてんで変わってしまっておる。むしろPKO五原則に沿ってこのPKO活動が継続できるかどうかということが当面一番問題ですから、その五原則自身が履行できない、そういう条件が現実には起こっておるということであれば、PKF凍結解除の方向ではなくて、むしろ今日のPKO活動の業務を中断もしくは撤収することを含めて、そういう選択の方途を日本政府としては考えるべきじゃないですか。  これは、法律の決められたことを中心に、我々がやっていかなければいかぬわけですから、パリ協定がどのような形で崩れつつあるか、五原則がどのような形で現実的に崩れているか。先ほどのアジア局長の答弁では、この間からの答弁もそうですけれども、カンボジアでは全面的な戦争状態にはなっていないと言うのですが、これから先もカンボジアで全面的な戦争が起こるなんという、そういう認識自身は間違いだと思いますよ。カンボジアで戦争がこれから起こるにしても、内戦状態が起こるにしても、それはゲリラ的なものじゃないですか。そういう全面戦争というような言葉のあやによって五原則自身を否定するようなことは間違いだと思うのです。どうでしょうか。
  143. 池田維

    ○池田政府委員 現在のカンボジア情勢をどう見るかということに関連いたしまして、ただいまガリ国連事務総長の報告が引用されたわけでございまして、私どもとしてもこの報告書内容は詳細に読んでおります。  確かに、先ほど藤田先生からも御指摘ありました、この報告書の中で選挙のための条件が、パリ和平協定締結されたときに期待されていたようなものではなかったということはございます。この点は私どももそのとおりだというように考えているわけでございます。  しかしながら、同時にこの報告書の中では、民主主義の伝統を享受している国あるいは民主主義が確立した国と同じような基準での選挙というものをカンボジアに当てはめることは非現実的であるという指摘がございまして、現状においてはuNTACは最も公正な選挙を実施し得る状況下にあるというように言っておるわけでございます。しかも、選挙を予定どおり実施することが大多数のカンボジア人の意思であることは明白であるという結論も出しているわけでございまして、そういう意味では私どもも基本的に、この国連事務総長の報告と認識において軌を一にしているということでございます。
  144. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 パリ協定が現実的に崩れているかどうかについては、たしかせんだっての当委員会において上原議員の方からも具体的に指摘があったと思うのですが、そのパリ協定の重要な枠組み、六つの条件ともいうべきもののうち、例えばSNCの存在、これ自身は、せんだって北京で会合をやったときにもポル・ポト派が欠席をしておる。あるいは、停戦の実施という条件についても、ガリ報告にさえ見られるような実態になってきておる。そして、ポル・ポト派を除く三派に対する武器の返還問題も、UNTACとしてそういう方針を決めている。あるいは、武装解除については、言うまでもなくこれはパリ協定の原点であったと思うのですけれども、ポル・ポト派がこれを拒否しておる。  こういうような条件を考えるときに、パリ協定それ自体も崩れておりますし、かたがたPKO五原則と言われておる停戦、そして当事者各派の合意、UNTACの中立的な立場、こういうものが客観的には崩れておるのじゃないですか。こういうことになってくれば、これは政府がPKOの審議のときにも何度となく強調されたように、派遣自衛隊を含む派遣員の身の危険が及ぶような場合には、これは撤収する、業務を中断するというのが法律審議の中心でなかったかと思うわけですよ。  そういう点からいくと、PKFの凍結解除の道を開くのではなくて、残念なことかもわかりませんけれども、これ以上犠牲者を出してはならぬという我が国の立場からして、このPKO活動要員の業務の中断あるいはその引き揚げということについて、政治的な判断を下すべき時期に到達しておるのではないか。  このままいきますと、政府の方として、カンボジアの選挙が、公正にして自由な選挙が行われると見ておるのでしょうか。そして、選挙が仮に強引な形で実行されたとしても、その後何があるのだろうか。これは、キュー・サムファン勢力の情報によりましても、選挙が強引に実施されれば攻撃態勢をとる、内戦状態が起こるという声明がもう既になされておる。こういうなにから見ますと、選挙自身が目的なのか、カンボジアに真の和平を実現することが目的なのか、私は、手段と目的を混同しておるような気がするわけですが、どうでしょうか。
  145. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 確かにカンボジアの情勢は、当初予想された展開とは若干異なってきております。ガリ事務総長も、第四回の報告書、これは五月の初めに提出された報告書でございますけれども、そこで、パリ協定で想定されたような条件のもとでの選挙は行われないけれども、UNTACその他主要国、それからカンボジア国民の意思からすれば総選挙はやるべきであるということを強調しておりますし、それから、今回十七日に出された報告書でもほぼ同様の認識を示しております。つまり、理想的な環境のもとでの選挙ではないけれども選挙はやはり実施すべきだというのがガリ事務総長の二つの報告書の骨子だと思います。そういった状況からいたしますと、五原則が崩れたということは私どもは言うことはできませんし、パリ協定の枠組みはやはり維持されているという考えでございます。
  146. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 これは繰り返しになりますけれども、今言ったように、五原則からいけば停戦状態が保証される。今の状態は停戦状態が保証されていますか、担保されていますか、これが一つ。そして、カンボジアで言えば四派の当事者の合意ですね。日本だったら、日本からのPKO協力隊の受け入れについて合意をする、これも合意されてないでしょう。そして、UNTAC自身の中立的な立場というものもこれまた崩れているでしょう。ポル・ポト派と対立する形の中で三派、なかんずくプノンペン政権に軸足を置いた形で武器の返還もやろう、そういう現実が起こっておるわけですから、こういう大事なPKO五原則のうち三つまで前提条件が崩れてきたということになれば、業務の中断もやらざるを得ない。その判断は日本独自の立場で政治判断をやるんだということがこのPKO法制定の過程であり、政府が強調してきたことではないでしょうか。そういう点からいけば、今の局長の答弁は、大変失礼だけれども、私は事実に合わないごまかし答弁だと思うのですが、どうですか。大臣、どうですか。
  147. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 まず、停戦合意につきましては、先ほどもアジア局長がお答えいたしましたように、局地的な衝突等はございますけれども全般的な戦闘に至っていないということで、停戦合意は依然として守られているというぐあいに考えます。特に、ポル・ポト派も、停戦を決めましたパリ協定は遵守すると言っております。  それから、紛争当事者の受け入れ合意につきましても、当初シアヌーク殿下から、ポル・ポト派の受け入れ同意についても同意を得たというぐあいに説明を受けております。それ以降、このシアヌーク殿下の発言の内容には変化はございませんし、それから、ポル・ポト派自体もSNCからは離脱しないということを何回も言っております。  それから、中立性につきましても、確かに三派から武器の返還要求は出ておりますけれども、国連の方ではまだ態度を決めていないということでございます。そういった観点から、五条件はなお維持されているというぐあいに考えます。
  148. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 これは、幾ら時間をかけてやりましても、見解のすれ違いといいますか、もう前提を置いて、実態は崩れておってもそういう強弁をすることですから、これは留保して、先に進みたいと思います。  ところで、このカンボジアにおける自衛隊の文民警護の問題について、政府は、国際平和協力業務の中にいわゆる輸送という任務条件を追加したことによって、それとの関連において自衛官が選挙監視要員といったような活動に対して武器使用ができるという見解を発表いたしておりますが、この見解に対して外務大臣、外務省はどういう見解をお持ちでしょうか。
  149. 川口雄

    ○川口説明員 先ほどの輸送の問題でございますけれども、平成四年十二月に国際平和協力業務実施計画を変更いたしまして、輸送ができるということにしたわけでございます。この場合の輸送につきましては、人それから物の輸送双方を含んでおります。  それから、本年の三月に至りまして、国連の方から選挙関連でいろいろな業務をやってくれということで、その中に選挙要員の輸送とかあるいは選挙関連物資の輸送とか、あるいはそれに伴ってUNTAC要員に対する給食でありますとかあるいは宿舎への宿泊でありますとか、そういった要請がございまして、それに伴いましてことしの四月に実施計画を変更してそれらの業務を追加したところでございます。  先生お尋ねの武器の使用の問題でございますけれども、国際平和協力法第二十四条に、自己の生命、身体あるいは他の隊員の生命、身体を守るために武器の使用ができるという規定がございまして、自衛隊の施設部隊がそういった活動中に現場にいる他の日本のUNTAC要員に対しての生命、身体を守るための武器の使用はできるということになっております。
  150. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 この国連平和維持活動協力法の二十四条によって、今説明がありましたように、自己または自己とともに現場に所在する他の自衛隊員もしくは隊員の生命または身体を防衛するためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で、実施計画に定める装備である武器を使用することができる。この解釈は、例えばAという地点からBという地点に自衛隊員が選挙監視要員等を輸送する、その途中における不測の事態が起こった場合、こういう場合も警護という範囲の中で解釈しようとしておるのでしょうか。
  151. 川口雄

    ○川口説明員 ただいまのA地点からB地点への輸送に伴ってということでございますけれども、その場合、輸送に伴いまして何者かに襲われて国際平和協力法二十四条に該当するような事態に至りますれば武器の使用ができるということでございまして、特に警備とか警護という観点でございませんので、輸送に伴いまして国際平和協力法第二十四条の武器の使用が可能である、そういうことでございます。
  152. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 この条文の適用解釈拡大によりますと、自衛隊が選挙監視要員までの身今、いわゆる人命ですね、生命、そういったものを警護する責任が生まれてくるということにはなりませんか。
  153. 川口雄

    ○川口説明員 国際平和協力法第二十四条によりますと、「国際平和協力業務に従事する隊員は、」ということで、輸送の業務に従事する間においてそういった事態が生ずれば、自己の生命、身体あるいは他の隊員の生命、身体を防御するために武器の使用が可能であるということでございまして、あくまでも国際平和協力業務に従事する業務の過程におきまして武器の使用ということが万々が一の場合出てくる、そういうことでございます。
  154. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 現在のPKO法によれば、自衛隊が一般の文民活動、なかんずく選挙監視活動等の隊員を警護したり人命擁護に当たるという任務規定は入ってないと思います。そういう点からいくと、今の答弁は矛盾することになりませんか。
  155. 川口雄

    ○川口説明員 先生おっしゃった警護という業務につきましては、国際平和協力法では規定されてないということでございますけれども、あくまでも輸送の業務に従事する過程において国際平和協力法二十四条に規定するような事態が生じた場合について、その過程におきまして武器の使用ができるということでございまして、あらかじめ警護をするといった意味ではございません。
  156. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 去年の十二月ですか、その輸送業務というのは主として物資の輸送ということで、選挙監視要員的な要員を輸送するということは入ってなかったんじゃないですか。
  157. 川口雄

    ○川口説明員 平成四年の十二月にカンボジア国際平和協力業務実施計画を変えましたときには、UNTACの方から要請がございまして、UNTACの物資について輸送してくれ、それから、その場合におきましても、主として物資であるけれども、人の輸送も、UNTACの隊員の輸送もあり得るというお話がございまして、その当時、平成四年の十二月でございますけれども、実施計画を変更したところでございます。  ことしの三月にUNTACの方から選挙関連の人ないし物を輸送してくれという要請がございましたけれども、うちの方で検討しました結果、輸送ということで、前回、十二月のときに考えたときにも当然、人の輸送も入っているんだということでございましたので、今回、四月には改正しなかったところでございます。
  158. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 PKO、平和協力法の業務内容を見ましても、そういった条項はどこにも見当たらない。そしてまた、十二月の、今の答弁でありますが、そういう解釈をやりますと、どんどん便宜的な拡張解釈をやって、PKO法それ自体がなし崩し的に、全面的に崩れていくということになるんじゃないかと思うわけでして、そういう拡大解釈は許されないと思いますが、どうでしょうか。大臣、いかがですか。
  159. 川口雄

    ○川口説明員 国際平和協力法第二十四条の武器の使用は、業務ではございませんで、これは、業務に従事する隊員が、この二十四条に規定してありますような場合につきまして武器の使用ができるということで、この武器の使用自体が業務ではございませんで、それとは別の観点から、輸送業務だとかあるいは橋の建設の業務もございますので、決して矛盾しているわけではございません。
  160. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 私は、時間の関係もありますので、そういった拡大解釈は許されないということを申し上げて、あとロシア問題、二点だけ質問をしたいと思います。  わずかあと五分でございますから、質問点を列挙いたします。  一つは、前回私が、約一カ月前の質問のときに、いわゆる第二次世界大戦が終わった直後から核廃棄物をオホーツク海を含め日本海に投棄をしておる、このことがこれから先どういう被害を及ぼしてくるかわからない、このことについてはロシア政府に抗議を申し入れると同時に、その実態を具体的にロシアからもただして、そして今後の具体的な被害防止に向けて政府は取り組んでいくべきである、こういうことを要請しましたところ、そういう方向で努力するということでありましたが、その後、どういうことになっているか。これが第一であります。  二つ目は、これまた旧ソ連でありますが、日本海に毒ガスを投棄した。これは、たしかせんだっての委員会で同僚の井上代議士が質問をしたことに関連すると思うのですけれども、この毒ガスが、その他専門家意見を聞いてみましても、イペリットという非常に毒性の強い毒ガスで、海底から引き揚げることはかえって危険だというようなことで、政府部内においても、特に防衛庁あたりは引き揚げはかえって危険だという見解を発表いたしておりますが、この毒ガスの問題についても、いつ、どこに、どれだけ、どういう状態でこの毒ガスが投棄されたのか。新聞等によりますと、約三万トン、容器に入れられて投棄をされておると言うが、その実態はどうなのか。これを引き揚げることが危険なのか、それとも別途の方法でこれらの被害防止に向けて対応する施策があるのかどうか。これが二つ目でございます。  三つ目は、先ほど自民党の鈴木議員からも質問がありましたけれども、せんだってのロシアの「外交政策の理念」で、領土問題が存在しないという、これは私は大変ショッキングな公文書だと思うのですが、この問題については、先ほどの話を聞いておりますと、野村局長の答弁では、ロシア内部の内部文書として存在するけれども、日本との外交関係の中でこのこと自体が問題になる代物ではない、そういう意味合いの答弁があったように私は聞いたわけであります。  この問題については、どういうような外交ルートを通じてその存在自身の内容を確認したのかどうか。新聞等の情報によりますと、エリツィン大統領が、せんだっての二十五日の国民投票が終わった後、署名をしておるというようなことも流布されておりますが、そういった事態があるのかどうか。  この外交文書がこれからの対日関係にどういう影響力を持つのか。先ほどもちょっと見解が披瀝されましたけれども、今後の対ロ支援の問題を含めて、この種の領土問題がもう存在しないというような立場に立つとすれば、これまた決して感情的になるようなことであってはいけないわけですけれども、日ロ間における当面の、東京サミット等の問題を含めて、好ましくない存在ではないかと私は思うのですが、それに対する見解を承りたい。  特に、総理までがこの問題に触れまして、去る十五日でしたか、広島入りをしたときに、これは何か間違いではないかというような談話も発表しておるわけですが、間違いなのか、本当にあったのか。あるとすれば、これは今後どうなるのかということについてお尋ねをしたいと思います。
  161. 野村一成

    ○野村(一)政府委員 お答え申し上げます。  まず最初の核廃棄物の海洋投棄についてでございますけれども、これは私も本委員会で答弁させていただいたと思いますけれども、この前、G7の閣僚合同会議がありましたときに、外務大臣レベルで本件を取り上げました。武藤外務大臣よりコズイレフ・ロシア外相に対しまして、この即時停止というのを求めたわけでございますが、その際、合同作業部会の設置ということについて合意が成り立ちました。それを受けまして、今月の十一と十二日、二日間でございますけれども、モスクワにおきまして、日ロ合同作業部会の第一回の会合が開催されました。この席上、日本の方から再度、特にこの問題についての日本国内における強い懸念を伝えました。投棄の即時停止というのを要請、これが一点。それからもう一つは、日ロ共同海洋調査の実施ということを提案いたしました。  これに対しまして、ロシア側の方からの返答といたしましては、固体の放射性廃棄物については既に投棄を停止しているという回答がございました。液体の放射性廃棄物につきましては、必要な処理施設を整備、これは陸上でございますけれども、整備することによって、ステップ・バイ・ステップで投棄を停止する用意があるという趣旨の回答でございました。  政府としましては、この停止の実現のため、引き続いてロシア側に働きかけていく方針でございまして、一つは、緊密な協議を通じてさらに実態の解明というのに努めることが一つ。それとも関連いたしますけれども、この共同海洋調査をできる限り早く実施できるように調整を進めていきたいというふうに思っております。  なお、私どもの承知しているところでは、本件につきましては、ロシアを訪問されました中曽根元総理も、エリツィン大統領との会談におきまして、停止を要請いたしたようでございます。大統領としては、昔そういった事実があったということは知らなかったけれども、真剣に検討しようという趣旨の答弁があったということでございます。引き続いてこの問題についてフォローしてまいりたいと思います。  それから、毒ガスの件でございますけれども、この件につきましても、たまたま報道が出ましたのが、先ほど申しました日ロ合同作業グループの席でございました。ロシア側に対して強い懸念の表明と事実関係の確認を求めました。その際、ロシア側は報道、この場合、朝日新聞でございますけれども、インタビューの事実は認めましたけれども、何分早急に確認する点が多々ある、特に当時の幾つかの国家機関とよく連絡しながら事実究明を行う、そのために時間がかかるというような趣旨の話がございました。何分、非常に事が事であるだけに事実解明をきちんと行ってもらう、それが先決であるというふうに認識しておるわけでございますけれども、そういうふうに重ねて要請いたしております。本件につきましてもきちんとフォローしてまいりたいというふうに思っております。  それから三番目の、ロシアの「外交政策の理念」なる文書についての報道でございますけれども、私どもは、ロシアとの関係につきましては、これは報道ではございますけれども、その報道されている中身が、これはそのまま看過できるものではないという、特にそれが領土問題不存在という強硬方針へ逆転する、そういう趣旨の内容については看過できないものでございまして、その点に着目いたしました。その点が一つでございます。  それからもう一つは、私どもの理解するところによりますと、ロシアの「外交政策の理念」、それは外務省ほかその他の機関に対する一種の部内文書であるという性格であると理解されましたものですから、基本的には、そうであればロシアの方が、その事実関係が正しいのか正しくないのか、その点についての是正を行うべきであるという見地に立ちまして、これは先週の土曜日でございますけれども、先ほど申しました看過できない内容、領土問題の不存在云々の点に特に着目いたしまして、クナーゼ外務次官に対して、もし間違いであるのならきちんとその点については是正されるべきであるという申し入れを行いました。それを受けて、先ほど答弁申し上げましたけれども、こちらにおきましてはロシア大使館、それからモスコーにおきましてはロシア外務省の方でも、この報道の内容を事実無根とする発表を行っている、そういうような経緯でございます。
  162. 藤田高敏

    ○藤田(高)委員 少し時間を経過しましたが、答弁は必ずしも私の納得のいくようなものではないのですけれども、時間の関係で、これで終わります。ありがとうございました。
  163. 伊藤公介

    伊藤委員長 上原康助君。
  164. 上原康助

    ○上原委員 大変時間が短いので、何をお尋ねするかちょっと迷っているのですが、カンボジア問題を改めてお聞きしておきたいと思います。  そこで、私もできるだけ簡潔にお尋ねします。  このPKO法は今のままではいかないし、後で聞きますが、外務大臣の主張しておられる見解と私は異にしますが、いろんな面で我々野党、社会党を含めてよく勉強し、また反省すべき点は反省もして、日本の国際協力が今後どうあるべきか、国民の御理解を得ながらやっていく大事な時期に来ていると私は思うものです。これはどこかで、総理やほかの大臣のおられるところでいろいろ議論をしなければいけないと思うのです。  せんだって十四日にもいろいろ、パリ和平協定なり、参加三原則、五原則、聞いてみたが、どう見たって皆さんがおっしゃることに無理がある感じを一層深めている。また、カンボジアの状況も、残念ながらそういう方向に来ておる感がいたします。  そこで、まず一つは、カンボジアへPKOを派遣するに当たって、国連本部の担当部門、UNTACも担当部門の一機関でしょうが、UNTACとの間に日本政府として何らかの文書の取り決めがあったのかどうか、これをはっきりお答えをしていただきたいと思います。これが一つ。  二点目は、法案審議の過程で非常に問題になった点でありますが、国際平和協力隊に対する指揮命令権は一体だれにあるのか、もう一遍はっきり答えておいていただきたい。日本独自の判断で業務の中断、撤収、撤退はできるのかどうか。  この二点についてはっきりお答えをしておいていただきたいと存じます。
  165. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 国連との協定につきまして申し上げますけれども、私どもは国連に派遣のための協定を結ぶという申し入れをいたしました。ところが、国連の方では本来そういう取り決めを結ぶことが望ましいけれども、いろいろ向こう側の体制もあって今そういう状況にはないということで、先方の要請は口上書でいただきまして、こちらの返事も口上書で返したという経緯がございます。
  166. 萩次郎

    ○萩政府委員 我が国の国際平和協力隊に対する指揮監督権と、それからUNTACの我が国が差し出した部隊に対する指図でございますが、私どもの考え方では、国際平和協力隊に対しては我が国の指揮監督権が及び、また同時にUNTACは、我が国が差し出した協力隊について指図をする権利があるというふうに考えております。
  167. 上原康助

    ○上原委員 国連局長、もう一点、UNTACとの間にも文書の取り決めとかそういうのは一切ないんですか。
  168. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 国連との間での口上書の交換だけでございます。
  169. 上原康助

    ○上原委員 これは議論する時間がありませんので、きょうは事実関係だけ聞いておきたいと思うので、二点目、指揮命令監督権。  あなた方は指図なんて言うけれども、指図なんという話は国際的に通用しませんね。これはもうぼろのぼろですね。これも今の答弁、本当におかしいですよね。だのに、文民警察官が、危険な地域であるので移動したい、あるいはプノンペンに集合して協議をしたいと言っても、それは結局日本の判断でできなかったわけでしょう。何が指揮監督権、日本にありますか、あなた。それは、反論としてその程度申し上げておきます。いかに政府が言ってきたことが虚構の上に欺隔的な法律解釈あるいは答弁でやってきたか、そのツケが今回ろうとしているということを真剣に政府も自覚をしていただきたいのです。  三点目、国連平和協力法によると、協力隊員は状況に応じて武器の携帯ができるかと思います。それは、使用の是非は別として、できるようになっていると思う。現在は、派遣されている自衛隊あるいはその他の要員の武器携帯の実情はどうなっているのか、それを明らかにしておいてください。
  170. 萩次郎

    ○萩政府委員 まず文民警察でございますが、文民警察はけん銃を持っていっておりますが、現在携帯はしておりません。それから、自衛官のうち停戦監視要員は八名、これはもともと非武装でございますので持っていっておりません。それから、施設部隊は小銃及びけん銃を持っていっておりますが、通常作業の場合は携帯をしておりませんが、見張りといいますか、そういった者は銃の携帯をしております。
  171. 上原康助

    ○上原委員 これも事実関係だけ。そこで、文民警察がけん銃は持っていっているがまだ携帯はしていない。その判断はだれがやって、どういう事由なのか、その点も明らかにしておいてください。
  172. 萩次郎

    ○萩政府委員 現地の隊員あるいはその長たる人がUNTACの警察部門と相談をして、携帯をするなり携帯しないなり、その場その場で判断をしておるということでございます。
  173. 上原康助

    ○上原委員 もう一点、施設大隊あるいは自衛隊が監視その他必要な場合は携帯をしている場合もある。携帯している人数、それから携帯している武器は現段階でどういうものなのか、明らかにしておいてください。
  174. 萩次郎

    ○萩政府委員 作業をしているふだんの隊員は銃を携帯をしておりません。その場その場の形態によって、何人がどれだけのものを保持するかということがその場その場で変わってまいりますので、時々刻々変化をするということでございます。なお、幹部自衛官は個人装備としてピストル、曹士といいますか、下士官兵は個人装備として小銃を持っております。
  175. 上原康助

    ○上原委員 ですから、おおむねその人員はどのくらいあるのか。
  176. 野津研二

    ○野津説明員 御説明いたします。  施設大隊の自衛隊員の武器の携行につきましては、今協力本部の事務局から御答弁のありましたように、必要に応じて大隊長あるいは大隊長から権限を委任された者が判断して、状況に応じて実施しているところでございます。  具体的にどういう場合にどういう形でどれだけの人数が武器を携行して現場に出るかということにつきましては、これを明らかにするということは隊員の安全に密接にかかわることでございますので、具体的な状況等については従来から御説明を控えさせていただいているところでございますので、どうぞ御理解をいただきたいと思います。
  177. 上原康助

    ○上原委員 皆さんは、問題点を指摘をして詰めていこうとすると、そういう逃げの答弁でごまかすんだよ。それがいいのかどうか、聞いている方々が御判断すると思うのだが、こういうことは私は非常に問題があると思う。  そこで、時間がもう来ましたので、選挙監視要員等の警護の問題ですが、これは実施計画を変更した。また、UNTACからの要請があったので輸送という概念を入れて、結局輸送の中には物と人が入るんだという拡大解釈。インチキですね、これはまさに。しかも、警護というのは一種のオペレーションですよね。これは軍事用語で言うと作戦部門に入る、物にしても人にしても。PKO法にもない。当初そういう考えもなかったのに、実施計画を拡大して政府独自の恣意的な判断だけでこういうオペレーションの変更までやるというのは越権行為なんだ。この点、強く指摘をしておきたい。  それと、最近になって、法律にないのに、つじつま合わせのための法律以前の正当防衛権を云々し出した。まさに後藤田現法務大臣、副総理の、ガラス細工以外の何物でもない。そのガラス細工と言った人まで、かつての警察官僚の観念を思い出したのかわからぬけれども、法律以前の正当防衛権と言う。  こういうふうにオペレーションの変更までやるというのは、その是非は別です。そこにいるから人情論として助けなければいけないとか、それは人命擁護という面の感情論なり人情論としては私もわからないわけではない。外務大臣、こんな解釈は許されませんよ。この点は、この矛盾点は皆さんどう認識しておられるのか、これは明確にしておいてください、今後の大きな議論になるから。だれが答えるのですか。
  178. 萩次郎

    ○萩政府委員 自衛隊の施設部隊には、他の隊員の警護の任務も与えられておりませんし、その能力もございません。現在申しているのは、施設部隊には、他のUNTACの要員に対する輸送支援というのはございますので、他の隊員を輸送するときたまたま攻撃をされて武器使用するというような事態があれば、その同行する他の要員の防護ということが結果論としてはあり得るかもしれませんが、それはあくまでも警護という任務ではございません。
  179. 上原康助

    ○上原委員 これは非常に苦しい弁解ですね。任務がないんだ、あなた、法律上も、運用上も、実施計画の中でも。輸送業務の拡大解釈によってそこまで踏み込むというのは、これは政府の越権だ。それを強く指摘しておきます。  そこで、最後に外務大臣、私は外務大臣に、ピンチヒッターと言ったら失礼ですが、前大臣の後を受けてなられて、非常に外交問題が山積し、かつ重要な案件を抱えている中で御就任されて非常に御苦労が多いと思う。それは多とし、今までもいろいろやりとりをして、その政治感覚なり姿勢はある程度評価をしてもいいのかなと思っておった一人なんだが、あなたのきのうのPKFの凍結解除をしていいという主張、しかもきように至っては法律の三年後、三年といってもやがて一年過ぎるからもう二年ということになるのか、見直しをやるべきだ、前倒しでやるべきだ、こうおっしゃるのですね。私はそうおっしゃる外相の政治感覚を疑わざるを得ない。  これだけパリ和平協定が崩れておる。ガリさんが言っておるじゃないですか、きのうの報告でも。皆さんがどう詭弁を使おうが、それは無理がありますよ。参加五原則だってどうですか。あなた、SNC、機能していないじゃありませんか。それと一体のものがカンボジアの総選挙後であり、総選挙後の議会成立、憲法制定という順序、手順があった。それが武力を行使しなければできない状況になっているでしょう。そういう中で、外務大臣ともあろう者が、PKFの凍結を早目に解除して、しかも、もっと見直すべきだと言う。  じゃ、お尋ねしますが、外務大臣がおっしゃるそのPKO法の改正の必要性という中身、内容は何を意図しているのですか。
  180. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 先ほど来申し上げておりますけれども、要は、文民警察その他のいわゆるいろいろの要員の安全、警護、これが今御指摘のとおり法律ではなかなか読めないわけでございまして、しかし現実には、カンボジアの状態を見ておりますと、今後考えましても、PKO協力隊を派遣する場合には、日本のPKO協力隊だけではございませんが、いわゆる丸腰の方を警護するという必要はいろいろあるのではないか。  そういう点で、PKFの凍結部分を見てもなかなかそれは読めないわけでございまして、そうなれば、やはり国民の御理解を得なきゃなりませんけれども、国民の御理解を得られるように国民にいろいろの御説明を申し上げ、国民の御理解をある程度得られたところで政府としてPKO法の見直しというものを国会にお願いするというのが私は方向ではなかろうかと思っているわけであります。
  181. 上原康助

    ○上原委員 もう時間が来ましたので、そうしますと、警護の問題というのは、これは確かにいろいろ人命尊重というか人命擁護という面から議論をして、もう少しいい安全確保というものは必要性あると思う。それは法律にないから入れにゃいかぬ、そういうものなら別の視点でいいんだ。PKFの凍結したものを早目に解除したい。  そうすると、これだけは確かめておきたい。あなたがおっしゃるのは、要するにPKFというのは平和維持軍でしょう。軍事的活動分野をもっと強化したPKOというものをやらなければ日本の国際貢献は難しい時期にあるというふうに外相は認識しておられるの。この点だけは重要な点ですからはっきりしてください。
  182. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 たまたま、PKFの凍結を解除すれば警護ができるのか、こういう質問があったものですから、私は、これはひとつ検討しましょうということでございましたが、正直、自分で法律を読んでみるとなかなかそれは難しいという判断でございます。  PKFの凍結解除を今ぜひやろうという考え方で全く拡大解釈していこうということを私は考えているわけではなくて、先ほども申し上げましたように、文民警察その他丸腰の方々の警護を強化するという意味合いにおいては、せっかく自衛隊の方がPKOの隊員になっていただく以上、その方々が警護に当たっていただけるような形に国民の御理解を得て法律改正をしていったらどうか、私はこう申し上げておるわけでございます。
  183. 上原康助

    ○上原委員 これで終えますが、外相のお考えがいまいちどうもちょっとぶれがあるような感じで、その点はっきりしないのですが、私は個人的にもPKO論議はもう一遍大いにやらにゃいかぬと思うのです。第二次PKO論議を国会は徹底的にやらにゃいかぬ。しかし、それは文民警察の丸腰云々、今日の犠牲者の方々にはこれは大変申しわけない、人命を失ったということは返す返すも大変残念であり、そういうことはあってはいかない、これはだれも異論はないし、私たちはそう思うのです。  だが、このカンボジアの一例をとってみても、やはり和平の成熟度の問題であるとか軍事的かかわりというものがどうあらねばいかないかということ、非軍事だけではなかなか難しいけれども、やはり日本憲法なり国家像というか国家指針というものを明確にした上で、他国がそういう軍事行動をやるから日本もそのとおりしなきゃいかぬということではなくして、もう少し新たな角度からの日本の国際協力のあり方というものを、どうあらねばいかないか、そういう視点からのPKOの論議あるいは法律の洗い直しというものが必要かと思うのです。  外務大臣がおっしゃるようにPKFの凍結をすぐ、早目に解除したり、それに警護任務も与えるとか、あるいは他国がやるように軍事行動をもっと強化するようなPKO法の改正なり見直しには我々はどうしても納得しがたいということを強く指摘をして、きょうのところはおいておきたいと思います。
  184. 伊藤公介

    伊藤委員長 東祥三君。
  185. 東祥三

    ○東(祥)委員 カンボジア情勢について質問させていただきます。  まず初めに、極めて今事態に対して憂慮しているというふうに言わざるを得ません。  昨年の九月にPKO要員を日本が派遣した、その前の六月にPKO法案が成立した。そして、長い議論の最中、日本のこれまでの歴史を考えれば、ある意味で人的な平和、あるいは停戦が終わった後の騒乱した、そういう状況に直面している国々に対して日本はいまだかつて何も基本的にやってこなかった。また、侵略の歴史を踏まえた上で世界に和平のプロセスを達成していきたい、そういう国々に対して日本としてどのような活動をすることができるのか。こういう議論の経過を経て、ある意味で歴史的第一歩としてPKO法案が成立した。  PKO法案が成立したとき及びPKO要員を派遣するとき、日本政府が想定されていたカンボジア情勢と今日のカンボジア情勢に大きな開きがあるのではないのか、まずその点についての分析を、状況認識をしていただきたいというふうに思います。
  186. 池田維

    ○池田政府委員 パリ和平協定が調印されましたときと現在の状況で何が想定外であったかということでございますが、やはり一つは、武装解除のあり方というものがあると思います。七〇%の武装解除というものがパリ協定の中で決められていたわけでございますけれども、これは現実には完全には実施されなかったということでございます。  それから、恐らく四派がすべて選挙に参加するということが想定されていたわけでございますが、選挙にポル・ポト派が参加することを拒否しているという現状がございます。  ただ、そういったことがございますけれども、パリ和平協定全体で見ますと、例えばUNTACを設立し、それにパリ和平協定の実施を任せるとか、あるいはカンボジアの主権を代表するものとしてSNCを設置し、その役割を決めるとか、あるいは外国軍の撤退を決めまして、これによってカンボジアの国際紛争であるという側面に終止符を打つとか、あるいは選挙の実施のあり方を決めたとか、難民とか避難民の今後の帰還について決めた、あるいは選挙の後、制憲議会をつくって、そこで憲法をつくり、新しい政府をつくる、パリ協定の中にはそういった幾つかの基本的な柱がございます。  そういうものを全体として見ますと、先ほど申しましたように、一部の点については確かに不完全な点はございますけれども、大きく見まして、これはパリ和平協定がまだ基本的に維持されていると判断していい状況であろうというように考えているわけでございます。
  187. 東祥三

    ○東(祥)委員 私の質問というのはもっと具体的に入ってきているのですけれども、PKO法案を成立させた、さらにまたPKO要員を派遣した当時、日本政府そして我々も含めて、今日の事態というのを想定していなかったのではないのか。また、もっと直截的に言えば、PKO法案の背景にある一つの物の理解として、今日の状況というのは考えていなかったのではないのか、想定していなかったのではないのか、それが極めて重要なことなんだろうというふうに私は思います。  初めての行動ですから、初めてのPKO要員を派遣する、そういう状況下において私たちが国民に言ってきたことは、紛争が今まで続いていた、カンボジアの例で言えば十三年間ですか、内乱がずっと続いていた、停戦が合意したといえども極めて混乱した状況にある、したがって、まさに不測の事態が起きるかもしれない、あくまでも、そういう意味においては危険なところもあるという形でもって、私たちは北は北海道、南は九州、沖縄まで説明させていただきました。  ただ、そこで想定していなかったことは何かといえば、予測される不測の事態を踏まえた上でPKO活動を展開するいうことは一言も言いませんでした。日本政府においては、予測される不測の事態、おかしな表現だと思いますが、不測の事態というのは基本的に予測できない、しかし、今日は何が起きるかわからない、しかし、ひょっとしてあそこで待ち伏せをしているのではないだろうか、あるいはまた、ある局地的な地域においては攻撃があるのではないのか、これはある程度予想される事態を踏まえているわけです。この点に関して政府はどのように思っていらっしゃいますかということを私はお尋ねしているわけです。
  188. 池田維

    ○池田政府委員 確かに、パリ和平協定が結ばれましたとき、それから、その後日本がPKOに協力するために人員を出しました段階で、例えばポル・ポト派が選挙に参加するかどうかということは必ずしもわかっていなかった。それから、その後、停戦の合意の大きな枠は維持されていると思いますけれども、幾つかの停戦違反の個々の事態が生まれているといったこと、これはやはり十分に予想されていなかったことであろうかと思います。しかしながら、同時に、これは政治外交的にも、むしろポル・ポト派を何とかこの枠の中に取り込むように努力すべきだということで各国ともやったわけでございまして、日本もそういうことでそれなりに努力したわけでございまして、あらかじめ、初めから現在のような状況をすべて想定してやったということではなかったわけでございます。  したがいまして、ただいま御指摘のような、安全面についてその当時考えていたこととは違ったような状況がある程度出てきているということは、事実として認める必要はあると思います。
  189. 東祥三

    ○東(祥)委員 そうしますと、PKO法案成立時及びPKO要員を具体的にカンボジアに派遣する当時想定されていた状況と今日の状況には乖離が出てきているということを基本的におっしゃってくださっていると思うのですが、その乖離は現行法の中でまだ対処できるだけの乖離なのか。つまり、想定された状況から変化してきている、その変化した状況にまだ対応できる状況にあると見るのかどうなのか、いかがですか。
  190. 池田維

    ○池田政府委員 先ほども申し上げましたが、全体的な状況は、パリ和平協定の基本的な枠組みは曲がりなりにも維持されているというように考えておりまして、そういった意味で、現行法の枠内で処理ができるというように考えているわけでございます。
  191. 東祥三

    ○東(祥)委員 そうしますと、先ほどの外務大臣の極めて重要な発言と食い違ってくるのではないのかというふうに思うのです。  今の御答弁ですと、当初予定されていた状況と今日の状況の乖離はまだ現行法内で十分対処できる。しかし、片や外務大臣は、僕の理解が正しければ、今刻々と変化しているカンボジア情勢の中で、昨日の発言にもありますとおり、今の現行法、PKFが凍結された状況下において、この現行の法律を運用している限り限界が出てきているのではないのか、こういう発言と私は受けとめましたけれども、いかがですか。
  192. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 カンボジア情勢についてある程度危険な状態だということは今局長が答弁したわけでございます。やはり危険であるからあのような文民警察の残念な犠牲者が出たわけでございまして、そういうことを考えますと、今いろいろとお話がありましたとおり、長い間内戦が続いた、そういう中で停戦の合意がなされても、なかなかそれが実際に完全な平和な状態だということはあり得ないということが私は今度わかってきたと思うのでございます。  そういう意味においては、そういうことを踏まえての議論はPKO協力隊法をつくるときには必ずしもなかったのじゃないか。いわんや文民警察の武器携帯とかそのようなことなどの議論はほとんどなかったのではないか。この点はやはり今の法律というものは、カンボジアのいろいろの情勢を見ますと、もう少し検討すべきときにきているのではないかというふうに私は判断しているわけでございます。
  193. 東祥三

    ○東(祥)委員 その乖離が限界に近づいてきている、こういうふうに理解してよろしいですか。
  194. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 先ほども申し上げましたけれども、これから国民の御理解を得てからでないと、私はなかなかこういう問題はできないと思いますので、これはカンボジアの現時点に間に合うような問題ではございませんけれども、カンボジアのことがいい教訓として、私どもはやはりそれは素直に受けとめて、国民の皆様方に十分に御理解いただくように努力をし、その中で法律改正というものができる可能性が出てきたときには法律改正をお願いするということになろうと思うわけでございます。
  195. 東祥三

    ○東(祥)委員 外務大臣はすごく重要なことを言われているのだというふうに僕は思うのですが、このPKO法案を成立させたときに、成立させたということは、私たちにとってみれば国民との約束事があるというふうに思うのですね。先ほど申し上げましたとおり、あくまでもPKO活動というのは、基本的には、紛争状況がもうおさまっている、停戦が合意している、しかし不測の事態が生じるかもわからない、したがって訓練された人間が行かなければならないということで、私たちは自衛隊を派遣すべきだ、こういう展開をずっとしてまいりました。  しかし、そこで想定されていなかったことというのは、今の状況、今カンボジアで起こってきているような、もうある程度予測できるような不測の事態、それが起こってくるということは想定されていなかったとお答えになってくださっているわけです。そうであるとするならば、それをそのままおいでおいで、例えば法律を改正するだとかいうことではなくて、この法律に対して一つのけじめをつけなければならないのじゃないのかというのがまさに直線的な論理だろうと僕は思うのですね。  そういう意味で、現行の法律の中でその運用を判断していくのはまさに政府の立場ですから、私たちはその判断に対してそれが的確なのかどうなのかということをチェックさせていただいております。その判断において、もしもうこの現行法の枠内においてできないとするならば、まさに今PKO要員をカンボジアに派遣しているわけですが、これ以上予想される不測の事態に対処することができないとするならば、論理的な帰結としては撤収しかないのではないのか。もし撤収すれば、それはまさに国民との約束をほごにしていなくて、国民との約束をちゃんと守っているということになりますね。これが論理的な帰結だと思うのです。  それを、想定されていなかった状況が展開されてくる、そして国民がこの部分を十分理解してくださった上で、法律を今継続しつつ改正していくということは、これは至難のわざです。基本的にPKO法案を日本型のPKOでつくらざるを得なかったということは、これはまさに日本全体を反映しているわけですから、決して国際社会に対して非難されるべきことでも何でもない。ある意味日本にとって日本の今日におけるPKO参加の方法というものはこういうものであるということを明確に意思表示することができるのではないか、私はこのように思います。  今、最後の部分は私の印象論を語っているわけですけれども、極めて重要なことを外務大臣は先ほどからの答弁で言われているのですが、現行法の枠内でもって今のカンボジア情勢において十分対応できるとお思いになっているのですか、どうなんですか。
  196. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 先ほど来局長の答弁もありましたように、現時点ではいわゆるPKO五原則のうちの三原則は守られておると私どもは判断いたしておるわけでございまして、そういう意味合いでは現行法で対処していける、こう思っております。  ただ、先ほど申し上げましたのは、いろいろの教訓を得ましたので、将来の問題としてはやはりいろいろと考えていくべきことは出てきたのではないか。あのPKO法案が議論されたときに余り議論されなかったことで議論すべきことはある程度出てきておるという、特に文民警察の問題などについてはあのときにもう少し議論してあればまた様相も変わってきておったのではないかなという印象を、正直私は持っているわけでございます。
  197. 東祥三

    ○東(祥)委員 現行法の中で対応することができるということは、現カンボジア情勢においては、PKF凍結解除ということをカンボジアの流れの中で昨日外務大臣が言われていることは撤回されるわけですね。
  198. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 私の思いと法律の字句の解釈は必ずしも整合性がなかったということは、正直私は認めざるを得ません。そういう面で、きのうのPKFの凍結解除よりは、将来の問題として法律改正についていろいろとこれから国民の中に訴え、また国会においても議論をしていただけるならばと、こういう気持ちであります。
  199. 東祥三

    ○東(祥)委員 停戦合意に関連して質問させていただきます。  UNTACは、停戦合意が崩れている、まだこういう判断を下しておりません。停戦合意はまだ守られている。パリ和平協定は一部崩れたとしても、これはブトロス・ガリ総長がきのう言われているそうでございますが、まだ停戦合意は守られている、停戦合意は存在する。そしてまた、日本政府はそれを支持している、こういう立場にあられると思います。  ただ現実には、その停戦合意というものは、これは一つは口、それからペーパー、紙の問題ではないのか。ある意味で、大枠としてポル・ポト派が停戦合意を破棄する、あるいはまたパリ和平協定を破棄する、こういうことを鮮明にしない限り常にパリ和平協定は生き続ける、さらにまた停戦合意は生き続ける、そういう問題であるというふうにとらえてよろしいですか。
  200. 萩次郎

    ○萩政府委員 どういう場合に停戦合意が崩れたかということは、個々の事情を総体的に判断せざるを得ないということはしばしば申してきておるわけですが、その一つの例として、四派のうちの一派がパリ和平協定について明らかにもう脱退をすると宣言するような場合、あるいは全面的な戦闘が再開された場合ということを典型的に申しておりますが、それぞれの場合については、全体的な、総合的な判断によって解釈すべきであろうと考えております。
  201. 東祥三

    ○東(祥)委員 パリ和平協定の調印によってUNTACの活動根拠が与えられました。ある意味ではUNTACに魂が入れられて、具体的にカンボジアで活動することができた一つの根拠になっていると私は理解しております。  そして、このパリ和平協定の大きな柱というのは基本的に四つあるのだろう。一つは停戦の合意、そして二つ目は武装解除、そして三つ目が難民帰還、タイ国境地帯に逃れていた三十七万人が全員帰還された、そして第四番目として総選挙、この四つの大きな柱がある。  先ほど局長の方から説明がありましたが、武装解除がなされていない。ポル・ポト派は全くこれを拒否した。そしてその他三派に関しても、二、三〇%しかやられていない。今またそれを国連において返却しようかということが真剣に議論されているという状況にある。そして、第三番目の難民帰還は達成した。第四番目の総選挙、まさに一週間以内に、二十三日から始まるわけですが、こういう状況下において極めて緊迫した状況になってきている。四つの柱のうち第二番目の武装解除というものが行われなかった。  停戦合意を担保するものは何なのかといえば、これはまさに武装解除が行われているか行われていないかということじゃないのか。PKO法案を成立させたとき、そしてPKO要員をカンボジアに派遣するとき、これは聞きますけれども、多分日本政府は武装解除がいずれ遅かれ早かれ行われるだろうということを想定されていたのではないですか、いかがですか。
  202. 池田維

    ○池田政府委員 武装解除につきましては、確かにパリ和平協定では七〇%の解除ということが定められていたわけでございまして、そういうあるべき姿と比べますと、現在のところは完全ではないということは言えるわけでございます。そして、武装解除というのが停戦を維持していくということで一つの重要なファクターであるというようには考えております。  しかしながら、武装解除は停戦の合意をより確固たらしめる一つの手段でございまして、武装解除が完全に実施されていないから直ちに停戦の合意が崩壊したということではないのではないかということでございます。事実、カンボジアにおきましては、先ほども申し上げました、繰り返しになるかと思いますが、全面的な戦闘が行われているというわけではございませんので、そういう意味で、武装解除について、我々としましては、不完全であると言わざるを得ませんけれども、それが直ちに停戦合意が崩れたというようには判断しないということです。
  203. 東祥三

    ○東(祥)委員 私は個人的には、停戦合意を担保する重要な要素というのが武装解除なんだろうというふうに思っています。しかし、今の御発言ですと、唯一のキーファクターではないという御趣旨の発言がありました。そうすると、停戦合意を担保しているものは一体どういうことなんですか。
  204. 萩次郎

    ○萩政府委員 先ほど先生は四つの要素ということを言われました。大変重要なエレメントであることは間違いないのでございますが、武装解除とともに実は大変重要な要素に動員解除というステップがあるわけでございます。それから、総選挙が終わった後さらに重要なことは、制憲議会における憲法の制定、それから最後は新政権の樹立とそれへの統治権の返還、こういうステップをもってパリ和平協定がつくった全プロセスが完了する、こういうことになっております。  したがって、それぞれのステップにおきますそれぞれの段階というのが完全に履行されればこれにこしたことはないわけでありますが、これが必ずしも思いどおりにいっていなかったということはまさにそのとおりでございます。アンゴラの場合も、結局武装解除が成功しなかった。選挙まではたどり着いたのですが、その後もう一度内乱に逆戻りをしてしまった。こういうことは過去にもあったわけでございます。  したがって、今度行われますモザンビークの場合には、とにかく武装解除と動員解除、これを徹底的にやろうという考え方がかなり強く出てきているということでございますので、確かに歴史的に見ますと、武装解除がうまくいかなかった場合にはしばしば全体のプロセスが相当阻害されるということはあるわけでございますが、そのことと、そうでなかったから停戦合意が崩れてしまった、あるいは停戦合意はもう存在しないということとは少し次元が違う問題ではなかろうか。我々はとにかくこの定められた全プロセス、これを国際的な各国協力によって少しでもゴールに近づけたいというのが我々の考え方でございます。
  205. 東祥三

    ○東(祥)委員 ちょっと筋が見えなくなってきてしまったのですが、今次長が言われていることは、UNTACに与えられた任務という視点においてはよく理解することができます。今私が論じているのは、日本のPKOということを論じているわけです。  そうしますと、PKOに日本が参加するための五原則において最も重要なファクターというのは停戦合意じゃないのか。つまり、停戦合意が破棄されたならば、日本がカンボジアでPKOを展開させる根拠はもう失われてしまうわけですね。それを第四番目に、まさに厳しい一つの措置としてあそこに導入しているわけですから。  そうしますと、停戦合意を担保しているものが何なのかということを私は申し上げているのであって、その重要なファクターが、それはまさに武装解除ではないのかというふうに私は申し上げたわけです。それに対して、いや、武装解除というのは唯一のキーファクターではない、そういう答えが返ってきたわけです。  では、それに対しては何なのですか。一つあったのは、動員解除というのがありました。でも、動員解除もちゃんとなされていないんじゃないですか。武装解除もなされていないんじゃないですか。では、それ以外に停戦合意を担保ならしめているものは一体何があるのですかというのが私の質問でございます。
  206. 萩次郎

    ○萩政府委員 確かに、武器もなく軍隊も解散させられていますれば、まさにだれが見ても完全な停戦の合意があるということは、おっしゃるとおり間違いないのでございますけれども、しかし逆に、武器を持っている、軍隊があるからといって必ずしも停戦の合意が破られているというふうには考えられないということを私はそのプロセスの一環として言わせていただいたつもりでございます。
  207. 東祥三

    ○東(祥)委員 停戦合意が破られていないと思うというその意味は、僕も何となくわかるような気がします。  そうすると、それは基本的に、パリ和平協定のうちの第一項目に掲げられる停戦合意が当該関係派によって破棄されていない、破棄するということが宣言されていないということが担保になるのですか。いかがですか。
  208. 萩次郎

    ○萩政府委員 担保という言葉の意味にもなるんですが、要すれば、停戦の合意は、合意でございますので、その合意というのはまさに当事者の意図から出ざるを得ない。ただ、その意図のいかんにかかわらず、そういうのが現実になるかならないかの一つのファクターとして、先生がおっしゃるように、まさに武装解除というものがなされていればそれはより完全なものになるということはそのとおりでございますが、だからといって、武器があるから停戦合意が実現しないんだともまた必ずしも言えないのではないか。そこには結局、最終的には当事者の意思というものがありますので、私どもは、繰り返しポル・ポトはパリ和平協定を守る、遵守すると言っているということに重点を置いて考えている、こういうことでございます。
  209. 東祥三

    ○東(祥)委員 わかりました。  そうしますと、停戦合意というのは存在する。まだなくなっていない。しかし、停戦違反というのはいろいろなところで起きている。そして、停戦違反が起こっているという頻度が日増しにどんどん多くなってきている。これは地域によって、また場所によって大きく異なっているわけですね。  当然、また一番初めの論点に戻りますけれども、日本がPKO要員を派遣する当時、このようなことというのは予想されていなかったんじゃないのか。したがって、そのように停戦違反が起こるようなところで展開されている人々の身の安全というのは、これは是が非でも考慮してあげなければならない。しかし、安全対策というのはそもそもPKO法案の中にビルトインされていなかったわけですから、そこにはおのずから、その場所から別のところに移すなり、これを積極的に行っていかなければならないということになるんじゃないのか。  私も紛争地帯にいましたから、現場の状況というのはある意味で肌を通してよくわかります。私の目の前においても威嚇射撃されたことありますから。このときは任務を完全に中止せぜるを得なくなるわけですね、いやが応でも。政府がだめだというふうに言ったとしても、周りの人間がだめだと言ったとしても、これは中止せざるを得ないわけです。状況を見る、そして自分自身動けるか、そして動く、これは個人の判断に任されておりまして、これはPKO法案の中にちゃんと書かれている問題だと思います。  第二番目の問題というのは何なのかというと、まさに危ない地域、そしてまた停戦違反が頻繁に起こっていることというのは当初から、日本のPKO要員を派遣する当時から考えていなかったことですから、これは当然日本政府がUNTACと議論するときに、日本はこういう状況になったときには中断あるいはまた撤収しますよということを当然のこととして僕は議論していたと思うのですけれども、この点についてはいかがですか。
  210. 萩次郎

    ○萩政府委員 日本の法律のシステムにつきましては、国連、UNTAC双方に対して、相手が嫌というほど説明を繰り返しております。この中断、撤収、それから私ども、実施要領というところで一時休止という制度もとっておりますが、この一時休止という運用上の問題についても、UNTACの了解を得ているところであります。  それで、先ほど先生がおっしゃいましたように、確かにカンボジアでは、例えば北西部三州というように停戦違反がかなり多く出るところ、それからほとんどそういったことのないところ、いろいろございます。それから、時期的にも、確かに最近までは全く何もなかったけれども、最近起き始めたところ、一時期頻発しておりましたが、最近は余り起きていないところ、どんどん数がふえているところ、いろいろございます。  その中でも、先ほど言いましたように、北西部三州にかなり停戦違反が集中しているということは事実でございまして、その地域のまさに文民警察と、それから停戦監視員がおるわけですが、彼らの安全につきましては、まさにそこがUNTACとの交渉の焦点ということで、過去も現在もその点について鋭意やっておるところでございます。
  211. 東祥三

    ○東(祥)委員 時間が来ました。御健闘を祈ります。
  212. 伊藤公介

    伊藤委員長 古堅実吉君。
  213. 古堅実吉

    ○古堅委員 五月十七日にガリ国連事務総長が安保理事会に提出した報告は、選挙に向けたUNTACによる入念な準備にもかかわらず、選挙のための状況は、パリ和平協定が想定したものではないことは今や明らかであると述べています。国連が、現状はパリ和平協定が想定したこととは違っていると正式に報告したのはこれが初めてだと思うのですが、そうですが。
  214. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 五月三日付の第四回ガリ報告書にも同様な趣旨が述べられております。
  215. 古堅実吉

    ○古堅委員 このように明確に言い切ったのは、今回の総長報告が初めてだと私は受けとめています。  外務大臣、大臣の認識も、現状はこの報告が述べたことと完全に一致しておりますか。それとも、日本政府としてはまだまだそういう状況ではないという認識なのか、そこをお聞きしたい。
  216. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 事務総長が言っているような認識は、前から日本はそのようなことを言ってきているわけでございます。
  217. 古堅実吉

    ○古堅委員 それじゃ前に進みますが、そのとおり受けとめておるということであれば、事の重大さの認識はあるということになります。  ガリ事務総長は、ポト派を除く三派が停戦第二段階でUNTACに渡した武器を返すように要求していることに対して、私は、この要求について緊急かつ綿密な検討を行っていると述べたとされています。そうなれば、パリ和平協定にとって決定的な問題になるというふうに思いますが、いかがですか。
  218. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 武器が返却されれば、軍事情勢には相当の影響があると思います。しかし、ガリ事務総長の報告書の中での書き方は、先生が今おっしゃったような書き方になっておりますが、どちらになるのか、まだ決定がなされていないという状況だと思います。
  219. 古堅実吉

    ○古堅委員 少なくとも、公にされるような安保理に報告として出されているものの中に、真剣に検討しているということになったのですよ。  考えてみてください。パリ和平協定が結ばれた。そして停戦合意だ。その後に武装解除というものが続く。先ほども論議がありましたけれども、しかしそういう方向に行かないで、一部武装解除したものをもとに戻すという。パリ和平協定が結ばれる、停戦合意がなされたという以前の、しかも今の内戦状態、ゲリラ活動とはいえカンボジアのあちこちで頻繁に起こっている、こういうことを前提にして、解除したところの武器も返すというのですよ。これがどういう方向になって発展していくかはおのずと明らかじゃありませんか。そういうことにならぬかもしらぬなどと言ったが、そんないいかげんなことを言えるときじゃないですよ。大臣、その認識はございますか。
  220. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 そのような武装解除を片っ方でしようというパリ協定になっているところで、今度はそれを逆の方向で武器を返すというようなことは、極力避けるべきであると私は考えております。
  221. 古堅実吉

    ○古堅委員 大臣がそう考えるということの問題じゃないのですよ。国連責任者がその方向に真剣に検討しているという方向が示されているのです。違いますか。このようなことが正式に報告されるということ自体、国連としてはパリ和平協定が事実上崩れたということを認めているということにほかなりません。違いますか。
  222. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 確かにこの問題は重要な問題でございますので、報告書の中では特記されたのだと思います。  軍事情勢に関しましては、第四回の報告書の中では、まさにガリ事務総長は、全面的な戦闘には至っていない、時々衝突もあるけれども、それは短期間にとどまっているということを申しております。そういったことからいたしまして、停戦合意が崩れているということは言えないと思います。     〔委員長退席、鈴木(宗)委員長代理着席〕
  223. 古堅実吉

    ○古堅委員 今どき何をおっしゃるんですか。全面戦争になっていないとか時々何か起こっている、それが終結の方向、おさまる方向に行くということであれば、解除したところの武器、それをもとに戻すなどとかいうふうな方向に、事務総長が安保理に報告するということになりますか。自衛隊を向こうに引き続き派遣するという何か手がかり、足がかりをつくろうというふうなことで、言いようもないところの先々への問題の展開などとかいうものの論議、ここでのやりとりじゃないんですよね。  我々国民がこういう問題をどう受けとめるか、一連のマスコミの世論調査の結果もはっきりしておりますけれども、そういう事態であるので、大臣、あなたの、PKO法を見直してPKFの凍結解除を検討する云々という発言も、こういう収拾のつかない方向になっておるという認識との関係があったのではないのですか。それに対応されようという立場からの発言ではなかったですか。
  224. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 先ほどから申し上げておりますように、私は、たまたま文民警察その他のいわゆる丸腰の要員の安全確保といいますか警護のために、せっかく自衛隊も行っていることだから、その警護ができるよケにPKFの凍結の見直しをしたらどうかという質問がたまたまありましたので、私もつい、PKFの凍結というものを一遍、そういう面においてPKFの凍結を見直しすることによって警護ができるならば、それはぜひ検討をしていただくべきではないかということを申し上げたわけであります。  しかし、法律をよく読んでみますと、法律の文章からはなかなかそれは出てこないわけでございますので、先ほども申し上げましたように、これはやはりそれでできるものでなければいけない。PKFの凍結解除は、それはそのままにいたしまして、PKO法そのものの改正を将来において考えていくときにこの問題をぜひ国民の中で御議論していただき、そしてできるだけその方向で法律改正をお願いする、こういう考え方であります。  今の国連の問題とか、あるいは先ほどお話がありましたように、日本が武器の使用を大きな方向へ持っていこうというような考え方ではなくて、ただそういう丸腰の方を、せっかく自衛隊が隊員として派遣されていった場合には警護のこともできるようなことを考えていくべきではないか、こういうことを私は考えているわけでありまして、何も事務総長のレポートと関連して考えているわけではございません。
  225. 古堅実吉

    ○古堅委員 小泉郵政大臣がきのうの閣議で、カンボジアでは今国連機関要員の家族が現地を離れつつある状況だというふうに述べたと報道されていますが、そういう状況があるのですか。
  226. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 国連は、UNTAC以外のカンボジアに存在している国連の機関に勤務する職員の家族の中で、特に不要不急の人は一時的に出国するようにという勧告を行ったということは承知いたしております。
  227. 古堅実吉

    ○古堅委員 ということは、日本国連機関要員の家族も現地を離れつつある、あるいはそういうふうな準備をしているという状況下にあるということですか。
  228. 澁谷治彦

    ○澁谷政府委員 特に選挙を意識して、あるいは国内の治安情勢を意識して出国しているという方々はないというぐあいに承知いたしております。
  229. 古堅実吉

    ○古堅委員 問題は、ここまで深刻な事態になったということが全体としてはっきりしてきたのですよ。国連責任者がもう安全ではないというふうに言い切り、そして解除したところの武装もそれを戻す方向に検討を進める。そして、UNTACが武装したところへヘリコプターも配置するなどとかいうふうなことがどんどん進んでいる。こういう事態です。  五月十四日、ポル・ポト派のキュー・サムファン議長が声明を発表しました。時間がないのでそのすべてを引用することはできませんけれども、選挙を否定し、それと対抗する、その立場を鮮明にした声明になっています。同時に、最後にこう言っています。問題解決の唯一の道は、シアヌーク殿下が三月一日に発表した民族和解構想であり、我々は同構想を支えるためにあらゆることをする、パリ協定の選挙などを全面的に否定しながら、このようなことを言っています。これは、パリ協定とは全く異質のものをポル・ポト派の代表が声明の中で明確に言ったということになると思うのですが、そうですが。
  230. 池田維

    ○池田政府委員 シアヌーク殿下のいわゆる救国構想なるものについては、まだ具体的な内容は明らかではございません。殿下自身、三月一日にそれを提案いたしまして、その後撤回されていて、現在のところ白紙であるということは、私も先日殿下にお会いしたときに直接確認いたしました。そういった意味で、この構想が今後どういうような形になっていくのか、いずれにしても今の段階では白紙であるというように理解しております。
  231. 古堅実吉

    ○古堅委員 重ねてお聞きしますよ。  パリ協定の選挙は全面的に否定する、敵対するそういうふうな声明を出す、同時に、シアヌーク殿下が提案した、それが唯一の道だと言い張る、パリ協定にない異質のものの主張ということになるのじゃないかというのです。
  232. 池田維

    ○池田政府委員 ただいま申し上げましたように、この構想の内容というのは私どもも詳細には承知していないわけでございますが、パリ協定によりますと、選挙の結果、制憲議会が選ばれ、そこで新しい憲法が採用される、そうしてその憲法に基づいて新しい政権の形というものが決まってくるわけでございまして、その形がどういったものになるのか、例えば大統領制であるのかそうでないのか、あるいはこの大統領にだれがなるのかというようないろいろな形があり得るわけでございまして、現在の段階でシアヌーク殿下がどういうような役割を果たせられるのか、あるいはそれとパリ協定の関係はどういうことであるのかということを申し上げるには、具体的な材料を我々も持ち合わせていないということでございます。
  233. 古堅実吉

    ○古堅委員 ポル・ポト派の代表が声明の中で言ったシアヌーク殿下の提案というものは、パリ協定の中にありますか、ありませんか。
  234. 池田維

    ○池田政府委員 パリ協定の中にはございません。
  235. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員長代理 古堅委員に申し上げますが、もう時間が過ぎておりますので、よろしくお願いします。
  236. 古堅実吉

    ○古堅委員 これは明白ですよ。パリ協定にないものを主張する、パリ協定の中身は全面的に否定する、そういうポル・ポト派を、なおパリ協定は遵守しますというふうなことを言っているからといって、それを大枠は守られていることの根拠にしようという、こんな政府の態度が許されますか。  我が国には日本国憲法があります。国際連合がどのような態度をとろうと、こういう状況のもとでこれ以上そのまま進む、放置するなどということは許されないことは余りにも明らかです。政府は、国民が願っているそういう方向で抜本的な検討をして、一日も早くこの部隊が撤収できるような、そういうことを決定するよう厳しく要求して、終わります。
  237. 鈴木宗男

    ○鈴木(宗)委員長代理 和田一仁君。
  238. 和田一仁

    ○和田(一)委員 初めに、大臣にお尋ね申し上げます。  先ほど来、PKF凍結解除についていろいろ質問がございました。それに対して大臣の真意が述べられました。私は、大臣のお考えというものについては理解したつもりでございます。なぜ大臣がそういう発言をあえてされたか、また新聞記者がそういう問いをしたか、これはまさに日本の人が二人犠牲になってしまったことが事実としてあったということではないかと思います。それも、お一人は国連ボランティアであり、お一人は文民警察という自衛隊員以外の方であったという事実でございます。  我々は、このPKO法案を審議する過程で、具体的にこのカンボジアヘの活動を頭に置きながら、随分安全性について議論をしてきたつもりでございます。  確かに戦争が終わる、あるいは戦争というより内戦が終わる。内戦なんというものは戦争よりもっと憎しみの強い大変な戦いであろうと思いますが、それが、一応停戦合意ができる。しかしながら、その直後に平和を確定するために入るPKOというのは、やはりそういった戦争の余じんがまだくすぶっている、そういうところに行かせるんじゃないか、いや、そうです、したがって、全く安全ではないという議論を随分したはずなんです。  しかし、にもかかわらず、実はその論議の中で、より安全であるという本体のPKO活動以外のこういった文民関係の安全性についての論議が欠落していたなという点は、私どもも認め、同時にこういった反省をしながら、このとうとい犠牲を再び起こさないというためのとうとい教訓にしていかなければいけない、こういう思いが強いわけです。  そういう意味で、大臣があの現実の中でああいう発言をされたという思いには、私は非常によくわかる思いがいたします。  私は、タケオにも参りました。自衛隊員の作業も現地で拝見をいたしました。彼らと懇談もいたしました。そういう中で各国は、やはり危険であるからというので軍隊というものを派遣している、我々も同じように、日本の自衛隊員として当地へ来たんだ、したがって、全く安全だとは思っていないだろうし、同時に、ある程度の危険は覚悟している、こういう感触を受けました。にもかかわらず、現実には、自分らではなくて丸腰の文民と警察官が犠牲になってしまったという現実です。  私は、その後も自衛隊関係の方にいろいろとお話を聞いている中で、ああいう不幸なことはもう絶対に起きてもらいたくはないが、万が一起きたとして、我々の仲間であった方がまだよかった、あれが、いわゆる我々の仲間でない、安全だと思われていた立場の人のところで起きてしまったということ、そして、それに対して我々は何もできないんだ、何もできないんだということの歯がゆさ、もう本当に身を切られる思いだという切実な思いも聞かせていただきました。  私は、そういうことを考えますと、こういったことが再び起きないためにいろいろなことを考えていくというのは当然である、こう考えておるわけでございます。  そこで、私どもは、あのPKOの議論をいろいろしてまいりました中で、先ほど来伺っておりますと、もう一回伺っておきたいなと思うのは、そういう思いで行った自衛隊の人は武器を持って行きました、それは小銃である、こういうお話もありました。しかし現実には、その小銃は作業のときには持っていない。そして、今どうなっているんだという質問に対して、それは隊長の判断、指示によって見張りの要員が持って行くんだ、数はその都度変わるんだ、こういうお話でした。  ある意味では、危険を覚悟し、想定しながら、したがって、各国と同じように武器を携行させた。そして、それを持ってきているということを知っている自衛隊員、いよいよ見張り要員に武器を持ちなさいという指示が出る、そういう中で、今までの法律でいけば、これは自分の判断で自分の身を守りなさいということなんですね。そうであれば、隊員は本来、隊長が判断し指示して、おまえとおまえは持って行け、おまえは作業だけやれという判断、これは、武器使用について、いわゆる一つの命令ですね。自分の判断で危ないなということになれば、自分の判断で持って行かなければできないはずです。その点がこの法案の一番まずいところだと私は思うのです。  したがって、こういうとうとい犠牲の上に同じことを繰り返さないためには、大臣がPKFと勘違いしておっしゃった意味合いは、この法案の中にある欠陥を、やはりいっか早い時期に改めていかないといけないんだという思いだと思うのですね。さっき大臣は、国民がそういうことを考えるなら、三年を待たずにこれは見直すべきだとおっしゃいました。もう一回、その辺のお気持ちをお聞かせいただきたい。   〔鈴木(宗)委員長代理退席、委員長着席〕
  239. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 大変ありがたい御指摘でございまして、私の考え方は今先生がおっしゃったのと大体同じでございます。何も自衛隊を大きくしようとか大規模な武器の使用をやろうとかということじゃなくて、本当に我々が思いもしなかった文民警察の方、ボランティアの方がお亡くなりになりました。こういうような犠牲を二度と出してはいけない、こういう気持ちから、そういう丸腰の方を、やはりせっかく自衛隊が協力隊員として行かれるならば、やはり警護に当たれるような何か工夫はないだろうか。PKFの凍結解除でできるのかという質問がたまたまあったものですから、私はついそれを、一遍それは検討しましょう、こう言ったのでございますが、検討する前に自分で法律を読んでみると、なかなかそれは読みにくい。そうならば、これは国民の御理解をできるだけいただいて、なるべく早いうちにPKOの法律そのものを改正して、そのような文民警察その他の丸腰の方々の警護に当たられるように、自衛隊隊員が当たっていただけるようなことを考えていかなければいけないのじゃないかと思っておりますし、また今お話のございましたように、自衛隊の隊員そのものももう少し、やはり生命は貴重なものでございますから、せっかくそのような任務に当たっていただいている方の武器の携帯ということももう少し私は議論をしてきちんとすべきではないかというふうに思っております。
  240. 和田一仁

    ○和田(一)委員 事国際貢献ということに関して、私は、湾岸戦争の多国籍軍支援の状況のときの国民の考え方と、その後ペルシャ湾に掃海艇を出して、そして国際貢献を人の形で貢献をしたという実績を踏まえて、そしてカンボジアのPKO活動にどう参画していくか、こういう一連の論議の中で、国際貢献に対する国民の理解というものは非常に高まってきた、むしろ積極的に、そのスタンスを間違えてくれるなという声が非常に多いと思うのですね。  そうしますと、今大臣がおっしゃったような意味で、私は、これからもあり得る多くのPKO活動にこの教訓を生かして、絶対に過ちを再び起こさせないような対処をしていくべきだと思うのですが、そういう対処をすると、一方、これは武器使用の問題であるとかあるいはいわゆる集団的自衛権の問題であるとか、こういうかかわり合いでだめだ、こういう議論がやはり出てきそうでございますね。村田自治大臣は、やはり法案の見直しをやるべきだ、憲法を含めてそろそろ見直す時期に来ている、こうきのうはっきりおっしゃったようですが、大臣はそういう点はどうでしょうか。  法案を改正する意思がおありなのはわかりましたが、その法案を改正して、より間違いのないものにして、国際貢献の実を上げるというときに突き当たるものは何か、あるいはそれが憲法であった場合にはどうされますか。その辺をお聞かせいただきたい。
  241. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 私は、やはり今の法律を改正してできるだけのことをやっていかなければならないと思いながら、これは国民の御理解を得た上でやらなければいけないと思っておりますが、憲法の改正となりますと、これはやはり大きな、大体憲法には、国民の投票で二分の一以上、あるいは両院議員の三分の二以上の賛成を得なければいけないとあり、私は、現実問題としてなかなか難しい問題ではないかと、憲法改正という問題は。そうなれば、憲法との整合性をぎりぎりのところまでよく議論をしながらやらなければいけない。  今度のこの法律をいろいろ聞いておりますと、やはり法制局と各省との間にいろいろの意見の相違もあったように聞いております。ぎりぎりのところ私、これからやはり真剣に検討させていただいて、そして国民の御理解も得て、憲法との整合性をきちんとその辺をしながらやっていくというのがとりあえずの問題ではなかろうか。  憲法の改正というのは、大きな長期的な問題としては、我々は真剣に検討すべきだと思いますけれども、今この三年ないし何年かのこの短期間の間に憲法の改正は、現実には難しいのではないか。そうなると、やはりその憲法との、ある程度法律的なぎりぎりのところを詰めながら、もう少し私はやっていくところがあったのではなかろうかなという感じも、正直いろいろの報告を聞いて私は感じているわけでございまして、その辺は私自身も法制局といろいろ議論をしてやってまいりたい、こんな考え方を持っております。
  242. 和田一仁

    ○和田(一)委員 私の言い方がちょっと極端だったかもしれません。憲法改正云々ということ以前に、私はもう一つお聞きしておくべきだったと思います。  要するに、憲法の解釈の中で分かれてしまって、憲法改正までいかないでも、解釈がきちっとしていれば対処できることがいっぱいあると思うのですが、大臣は、さっき私が言いましたけれども、集団的自衛権、この権利はあるけれども、その行使はできないという今の解釈、これからの国際貢献の中で、この解釈でやっていけるとお考えかどうか。  もう一つは、日米安保条約というものの将来を考えて、この点についてはやはり政府の解釈はまずいとお考えかどうか。  集団的自衛権は権利としてはあるが行使できないという、その解釈で今大変な混乱が起きているのですね。このことは、私自身は、政府の解釈が間違っている、これは早急に改めるべきだ、こう思っておるものですが、いかがでしょうか。
  243. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 なかなか大きな問題になってまいりましたので、いずれにしても、とりあえずPKOの法律の見直しをお願いする場合の憲法との整合性をもう少しぎりぎり詰めてやっていきたいというのが今の問題でございまして、今日までの政府の見解は、集団的自衛権はあるけれども、憲法上、日本は集団的自衛権を行使しないのだ、こういうことできておるわけでございまして、今ここで私が、いやそれはその方向を変えますというようなことは、現時点では少しコメントを差し控えさせていただきたいと思います。
  244. 和田一仁

    ○和田(一)委員 いわゆる国際貢献の法案を変えていくというお考えの中で必ずぶつかってくる問題だと私は思うのです。これがクリアできないと国際貢献の実も上がらないし、同時に、日本の安全保障全体について責任ある立場として、これは日米関係の中で必ず将来出てくる問題だ、私はこう思うわけでございまして、この点についてはまたの機会にさせていただきます。  最後ですけれども、カンボジアの今そういう情勢の中で、とにかくあと五日ぐらいで選挙が始まって、二十八日には終わってしまう。こういうことで、もうこれ以上、本当に事なく済むことを心から念願しているのですが、なかなかどうも情勢は厳しい、こういうふうに先ほど来言われております。  私が大臣に伺いたいのは、UNTACというものが、パリ和平協定を経て、国連で議論されて、そして初めてこういう試みがPKO活動の中に取り入れられた。規模としても、方法としても初めて。このUNTACの決定がされる中に我々も加わっていたはずですよね、これは。したがって、全体としてこのUNTACの成否については、我々はその責任を持たなければいけないと思うのですけれども、このUNTACの方針の一つである総選挙、公平に公正にやりなさい、こういう前提で行われる選挙は、これから五日間、あるいは選挙が終わるまで、終わった後開票して結果が出るまでの間にどんな不測な事態が起こるかわからない。そういったことを踏まえて、せっかくの総選挙をやった成果がその後の制憲議会につながり、新しい政権につながっていくかどうか、非常に難しいと思うのですね。きちっと成果を上げていくことを私は心から念願しているのですが、その辺の見通し。  もしそれがそうならない事態のときに、急遽どういう対策を立てたらいいとお考えになっているか。つまり、前回も外務委員会でしたか、ちょっと申し上げたのですが、関係各国が至急集まって、そのUNTACの軌道修正というか、あるいはどこから始めてもう一回やり直そうとするのか、あるいは新規まき直しになるのか、非常に大事な岐路に立っている。結果がうまくいけばそんなことは全く必要ないですけれども、非常に厳しい中だけに、そういう事態が来たときはどういう心構えであるべきなのか、大臣として何か描いておられるかどうか、お聞きしたいと思います。
  245. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 なかなか仮定の問題について予測をするのは非常に難しい問題でございますけれども、私としては、ここ一週間ぐらいたちますか、とにかく各派に対して、それぞれいろいろのルートを通じて、とにかくできるだけ平和なうちにできるだけ中立的な、民主的な選挙が行われるようにそれぞれ協力をしてもらいたい、ポル・ポト派を含めて、いろいろのルートを通じて私は手紙を出したり、またいろいろのルートを通じてそういう呼びかけをして努力をしてきておるわけでございまして、私としては、できるだけそんなような選挙が行われることを心から望んでおりますので、その仮定の、それ以外のような予想をしてということに対しては、今のところ考えておりません。
  246. 和田一仁

    ○和田(一)委員 時間が来ましたので、終わります。      ————◇—————
  247. 伊藤公介

    伊藤委員長 次に、航空業務に関する日本国ネパール王国との間の協定締結について承認を求めるの件、日本国と中華人民共和国との間の航空運送協定を改正する議定書締結について承認を求めるの件、商業及び事務所における衛生に関する条約(第百二十号)の締結について承認を求めるの件の各件を議題といたします。  これより各件について政府より提案理由の説明を聴取いたします。外務大臣武藤嘉文君。     —————————————  航空業務に関する日本国ネパール王国との間の協定締結について承認を求めるの件 日本国と中華人民共和国との間の航空運送協定を改正する議定書締結について承認を求めるの件  商業及び事務所における衛生に関する条約(第百二十号)の締結について承認を求めるの件    〔本号末尾に掲載〕     —————————————
  248. 武藤嘉文

    ○武藤国務大臣 ただいま議題となりました航空業務に関する日本国ネパール王国との間の協定締結について承認を求めるの件につきまして提案理由を御説明いたします。  政府は、ネパールとの間で航空協定締結するため、ネパール政府と交渉を行いました結果、平成五年二月十七日にカトマンズにおいて、我が方伊藤ネパール特命全権大使と先方ジョシ観光民間航空大臣との間でこの協定に署名を行った次第であります。  この協定は、我が国ネパールとの間の定期航空業務を開設することを目的としており、そのための権利を相互に許与すること、業務の開始及び運営についての手続及び条件等を取り決めるとともに、両国の指定航空企業がそれぞれの業務を行うことができる路線を定めるものであります。また、この協定は、我が国が従来締結した多くの航空協定と形式、内容においてほぼ同様のものであります。  この協定締結によって我が国ネパールとの間の人的交流及び経済的交流が増進され、両国間の友好関係の一層の強化に資することとなることが期待されます。  よって、ここに、この協定締結について御承認を求める次第であります。  次に、日本国と中華人民共和国との間の航空運送協定を改正する議定書締結について承認を求めるの件につきまして提案理由を御説明いたします。  政府は、昭和四十九年四月に署名された中国との間の現行の航空運送協定を改正する議定書締結するため、中国政府と交渉を行いました結果、平成五年二月十七日に北京において、我が方國廣駐中国特命全権大使と先方銭其シン外交部長との間でこの議定書に署名を行った次第であります。  この議定書は、近年の両国間の航空運送需要の増加等に対応することを目的として、定期航空業務の運営のため、両国が指定できる航空企業の数を現行の「一又は二」から「一又は二以上」に改めるものであります。  この議定書締結によって我が国と中国のそれぞれ二社を超える数の航空企業による両国間の定期航空路線の開設が可能となり、両国間の人的交流及び経済的交流の促進に資することとなることが期待されます。  よって、ここに、この議定書締結について御承認を求める次第であります。  次に、商業及び事務所における衛生に関する条約(第百二十号)の締結について承認を求めるの件につきまして提案理由を御説明いたします。  この条約は、昭和三十九年七月にジュネーブで開催された国際労働機関の第四十八回総会において採択されたものであります。  この条約は、商業事務所、労働者が主として事務作業に従事する事務所等における建物の清潔の保持、換気、照明等に関する一般原則及びその実施について定めております。  我が国がこの条約締結することは、これらの事業所等の衛生に関する我が国の姿勢を内外に示し、この分野における国際協力に寄与する見地から有意義であると認められます。  よって、ここに、この条約締結について御承認を求める次第であります。  以上三件につき、何とぞ御審議の上、速やかに御承認あらんことをお願いいたします。
  249. 伊藤公介

    伊藤委員長 これにて提案理由の説明は終わりました。  各件に対する質疑は後日に譲ることといたします。  次回は、明二十日木曜日午前九時三十分理事会、午前九時四十五分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後四時三十一分散会      ————◇—————