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参考人(
西廣整輝君)
西廣でございます。よろしく
お願いします。
二十一
世紀に向けた
日本の
責務という
課題をいただいたわけですが、このことは二十一
世紀へ向けての
世界の
グランドデザインをどう描くか、それをどのように考えるかという話と裏腹の問題ではないかと私は考えております。
そこで、将来を展望して、
世界の
グランドデザインの
中心課題が何であろうかということを考えてみますと、御案内のように
冷戦時代の
世界の各国の
関心事というのは、もう現実の
脅威といいますか、
核戦争が起きるかもしれない、そういったことで人類が破滅してしまうかもしれない、そういった危機、東西の
衝突をいかにして回避するかということがもうほとんどの
関心事であったわけです。
ところが、そういう
冷戦が終わりまして、今我々が抱えている問題というのは、私は大きく言いますと、非常に長期的なしかも避けて通れない問題と、それから
冷戦という非常に長い間続いた割合固定的な
世界の仕組みというものが変わった、その変わった直後といいますか、現在、一九九〇年代の過渡的な
時代、いわば短期的な諸問題という
二つの問題に対応できるものでなくちゃいけない。つまり、
ダブルトラックの
グランドデザインというものを私どもは考えなくちゃいけない。その中で
日本が何をするかということではなかろうかというふうに
自分なりに思っているわけであります。
そのうち、長期的な根源的な諸問題というのは何かということになりますと、これはこの有限な地球の中で地球環境とどう折り合いをつけながらよりよい生存を達成していくのか、それを確保するのかという問題ではないかというふうに私は思っております。
そして、目下といいますか、一九九〇年代を中心にした過渡的な
時代の
中心課題というのは、やはり
冷戦が終結をしてすべての国際
関係、これは
政治も
経済も安全保障もすべてでございますが、そういったものが構造的に変化をしている。その構造的な変化をした、つまり
冷戦時代の二極対峙による座標軸がはっきりとしたわかりやすい
時代から、多軸的といいますか多極的というか、非常に難しい状況になっている。そういった中で新たに生じてきている
脅威といいますか、そういった問題にどう対応し、それを次の
時代へ軟着陸させていくかという
二つの問題を私は考えてみたわけであります。
まず、当面の短期的な諸問題から入りたいと思うんですが、私は
冷戦時代は、先ほど申したように、まかり間違うと
核戦争にまでなってしまうかもしれない、そういった断崖を背にしたような東西の対決の中にあったために、東西両陣営に所属する国は当然でございますけれども、第三
世界の国を含めて非常に自制した格好の
時代というのが続いていたと思うんです。それぞれの国が息を潜めてじっと自制をしていた、そういった
時代でもあったと思うわけです。ところが、もう
冷戦がなくなった、東西の激突というものはないんだということになりますと、その自制というものが外れてしまっている。そこで各国がおのがじし国益に基づいていろいろ自由に行動をしたりあるいは自由に策略をめぐらせたり、そういうことができる状況になってきていると思います。
そういう状況の中で、今、私の専門といいますか私が従来やっておりました安全保障の面から見ますと新しい
脅威が出てきている。それは御案内のように、一つは
民族であるとか宗教であるとかそういったものに基づく、低いレベルでありますけれども、さまざまな紛争なり
対立というものが一斉に噴き出してきている。そういったものがたくさん起きているということが一つあると思います。
もう一つは、
世界を二分するような
対立というものはなくなりましたけれども、各地域に依然として大きな
軍事力を持った国が残っている。そして、その国がどういう意図がははっきりしませんけれども、その地域におけるヘゲモニーを持とうということで、そういった動きが後を絶っていないのではないか。端的な例が、湾岸
戦争のときにイラクというあの地域における
軍事大国がクウエートを侵略した。つまり、あの湾岸という地域で覇権を握ろうという行動をとったわけでありますが、その種のおそれのある国というものが引き続きまだ残っている。それが周辺に対していろいろな不安を与えているといったような、
冷戦時代とはまた違った
脅威というものが出てきていると思います。
そして、この
冷戦後の新たな
脅威についていいますと、アメリカであるとか西ヨーロッパの旧NATO諸国がこれら新しい
脅威に対して持っている不安と、第三
世界、
日本も含めての話でありますけれども、それ以外の国がこういった現在起きているような状況に対して感じている不安というものとにはかなり差があるんではないかというふうに私は思っております。
それはなぜかと申しますと、アメリカはもちろん
世界的なパワーでありますし、また西ヨーロッパの国々も地域のパワーセンターであるわけです。したがって、先ほど私が申しました新しい
脅威というのは、率直に言って、アメリカや旧NATO諸国にとっては、あるいはロシアにとってもそうかもしれませんけれども、死活的な
脅威ではないんだろうと思うんです。しかしながら、そうでない国、
東南アジアの諸国であるとかアフリカの諸国であるとか中東の諸国であるとか、あるいは
日本もそうでありますけれども、その種の
脅威もそれぞれの国にとっては死活的な問題であるというところにかなり違いがあると私は思っております。
つまり、ヨーロッパ、旧NATOについて言えば、ワルシャワ同盟というものが崩壊をしソ連邦というものが崩壊をしてしまった、そして東欧という非常に広大な緩衝地帯が生まれているということで、ロシアという
軍事大国と西ヨーロッパの間には非常に大きな緩衝地域ができたわけですね。しかも、ロシアそのものがかなり混乱をしている。軍隊も縮小し、組織的にも指揮の面でも非常に混乱をしている。そういう状況下で、ロシアが外に向かって
軍事的な圧力をかけるという状況は非常に少なくなっているわけです。これはもうNATO諸国にとって言えば、
脅威のほとんどが解消したに等しいんではないかというように思われるわけであります。
一方、クウエートにとってイラクの侵略というものが死活的に重要であったように、その種の国がそれぞれの地域に存在するとしますと、その周辺の国にとっては依然として死活的な
脅威というものが残っている。そしてそれは、
冷戦時代以上に地域的な覇権を握ろうとしているのではないかという国の行動の自由が出てきているという
意味で、決して安全保障上の
脅威が消えてしまったわけではないというふうに思われるわけです。例えば、
東南アジアとか
日本、
韓国等にとっていいますと、
冷戦の終了というのは、
脅威の減少というよりも、かえって
日本であるとか
韓国あるいは
東南アジアの安全保障政策のよりどころというものが揺れてきている、失われてしまったのではないかという不安を感じる要因にすらなっていると言えるのじゃないかと思うわけです。
一例を申し上げると、私は
韓国を例に申したいと思うんですが、従来、
韓国というのはアメリカとの同盟の中で北
朝鮮と対峙をしていたわけであります。そして、ある
意味ではソ連と対峙をしていた。東西対決の
アジアにおける一つの中心と言ってもいいような地域だったと思うわけですが、現在の
冷戦が終わった状況で見ますと、
朝鮮
半島の南北の
対立というのは、極端な言い方をすれば
朝鮮という一つの国の中の内政的な
対立と言ってもいいかもしれない、そういったものにもう変わってしまっているのではないかと思います。したがって、アメリカの
韓国に対する
考え方、私はすぐそう変わったとは言いませんけれども、にも随分違いがある。
要するに、東西
冷戦下での一つの典型的な地域と考えるか、
朝鮮半島の
国内の
二つの
政治勢力の
対立と考えるかによってアメリカの思い入れというものも随分変わってくるわけであります。それは
韓国の安全保障政策というものに対して非常に大きな影響を与えていると思います。恐らく今
韓国が感じているのは、十九
世紀の末ごろと同じような気持ちではないかと思うわけです。それは、十九
世紀の末に、東
アジアにはロシア、
中国、
日本という
三つの大国があって、そのはざまにあって
韓国というのは非常に苦吟をしたわけでありますけれども、その状況にまた戻ってしまうんではないかというような不安があると思います。
それと同じように、
日本も私は
韓国と同じような今
立場にあるというように考えております。あるいはまた、
東南アジア等におきましても、
東南アジアは決してアメリカともソ連とも同盟を結んでいたわけじゃありませんけれども、東西
冷戦構造、東西
対立という枠組みの中でそれぞれがあの地域に手を突っ込まないという一つの枠組みが固まっていたわけであります。したがって、
東南アジアの諸国は余り国防ということにそれほど目を向けなくてもよかった。どちらかといえば、彼らは
国内の治安のために軍隊というものを持っていたというような国が多いわけであります。
ところが、
冷戦が終わって、アメリカの前方展開あるいはソ連の前方展開というものがだんだんなくなっていく。そういう状況になりますと、改めて
自分の国の国家間の安全保障というものを考えなくちゃいけない状況になってきている。そして、例えば南沙列島の問題とかいろんなことが起きてまいりますと、その中でどう対応していくかということを考えなくちゃいけない。という
意味で、安全保障の従来当然のものとして考えておりました政策のよりどころである
冷戦構造というものがなくなったことに対する不安感というものが出てきているということではないかと思います。その点が、NATO諸国のようにみずから大きな力を持っている国と我々との違いがある。そこを何とかしなくちゃいけないというように思うわけであります。
そこで、さらにそういった状況を加速しているのは、西側の今言ったようなNATO諸国等の主要な国の政策というものが、東という大きな
脅威がなくなったことによりまして、それぞれの国が少し内向きな政策をとり出している。安全保障というものについては先ほど申したように、もう彼らにとって死活的な問題ではなくなってきておりますから、それぞれが内向きの政策になってきて、安全保障については幾らか政策の重点が移ってきているのではないかということになります。そういったことも、そういった西側先進諸国以外の国の安全保障というものに対してマイナスに作用するのではないかということが第一点としてあります。
さらにつけ加えれば、
冷戦が終わったことによりまして
冷戦時代に蓄積をされた膨大な武器あるいは武器技術というものが拡散をし始めている。そして、この拡散はどうも現状ではなかなかとめることが難しいんではないかというような状況になってきておりますが、そういった悪い状況もある。そういったことを含めて、どうこの問題に対応するかというのが私は短期的な問題の非常に重要な部分であるというふうに考えております。
次に、長期的な問題であると同時に、実はこれは現在、現実の問題でもあるわけですが、
課題というのは、先ほども申したように、さまざまな不安定なり紛争の根源であります貧困をどう解消していくか、貧しさというものをどう解消していくかということに絡んだ問題であります。その達成のためにあるいはその過程を通じていろんな問題が起きるわけでありますけれども、これをどう解決していくかというのが私は長期的な問題だと思っております。
そして、この問題を一番困難にしておりますのは、やはり開発途上国の
人口の爆発的な増加というものだろうと思います。現在、開発途上国の
人口増加率というのは年率大体四%ぐらいになっております。ということは、十六、七年で
人口が倍になっていくという状況であります。
そういうことを考えますと、これからどういう格好で
経済発展していくのかということはわかりませんけれども、仮に
世界が今の先進国のようなライフスタイルを追いかけていく。途上国が追いかけていく。そして、
世界じゅうの国が現在の
日本並みぐらいのレベル、生活水準、消費水準になったというふうに仮定をいたしますと、現在考えられている地球の資源あるいは地球環境との
共存ということを考えますと、これはある研究所の研究の成果によれば、地球は三十億人ぐらいしか養えないんじゃないかというように言われております。
ところが、現在もう五十数億、それの倍近い
人口になっているわけであります。そして、近い将来百億を超えようかという状況でありますので、今のままでいけば必ずある壁にぶつからざるを得ない。これは避けて通れないのではないかというふうに思われるわけであります。
そして、この
人口の増加ということが、よく言われておりますように、森林であるとかあるいは土壌の自然治癒力といいますか、そういう能力を破壊してしまっている、自然を破壊してしまっている。さらに、農村の自給自足体制というものが崩壊をいたしまして、途上国では
人口がどんどん今都市に集中をして都市のスラム化というものが起きております。それは途上国の中でありますけれども、同時に、
人口が途上国から先進国へどんどん移動をしている。そして、それが途上国の中におきましても
政治的あるいは社会的な不安を生んでおります。ヨーロッパその他
日本も含めてそうですけれども、北の国にもそういう途上国からの
人口移動というものがどんどんふえることによって、
政治、
経済、さらには文化を含めて非常に大きな影響を与えているわけです。これも大変な大きな不安定要因になっているわけであります。
さらにつけ加えれば、そういった
人口がどんどんふえていくことによって、保健衛生の問題であるとか教育というもののそれぞれの国のサービスというものがどんどん低下をしていくというような、いろんな問題をこの
人口増加が生んでいるわけであります。
そこで、我々としては
人口を抑制していかなくちゃいけない。ところが、
人口の抑制というのは非常に難しゅうございます。よく言われているのは、女性の識字率と非常に連関性が高いと言われているわけですけれども、女の人の識字率を上げていくということは、結局のところ生活水準を上げていく、
経済的な成長をしなくちゃ識字率なんか上がってこないということになるわけです。ところが、
経済成長をさせるためには
人口の増大がそれを阻害しているというような堂々めぐりのような格好で、袋小路に入っているというのが現状だろうと思います。そういったことで、この不安定なり紛争の最大の根源である貧困の追放というものがかなり難しい問題というか、非常に難しい問題であるということが第一点としてあります。
同時に、仮に途上国の
経済成長というものがうまく順調に進んだという状況を考えましても、そこにまた新たな問題があるわけであります。そこで生じるのは、やはりそれだけの多くの
人口というものが
経済成長していくわけでありますから、今のライフスタイルというものが続くならば莫大なそこで資源の消費が行われる。当然のことながら、この有限の資源というものを考えますと、そこで新たな資源の争奪といった深刻な問題が起きてまいります。それをどうするかという問題があります。それがまた新しい紛争の種になってしまうということがあります。
さらに言えば、途上国もどんどん
経済発展をしていく。そして、そこで非常に多くの商品をつくっていくわけであります。現在、貿易等で先進国の中でいろんな
摩擦が起きておりますけれども、途上国が発展していくことによってそこでいろんなものが生産をされていく。そうしますと、今度は市場への参入の問題についてもいろんな
摩擦が起きてまいります。それをどうするかという問題も当然ございます。そのように、
経済成長がうまくいくにしてもまた新しい問題が生まれる。これらはどうも避けて通れない問題ではないかというふうに私は考えております。
そういった短期的あるいは長期的な問題を踏まえて、
日本あるいは先進国がどういう
責務を果たしていかなくちゃいけないかという問題だろうと思いますが、まず我々がしなくちゃいけないことは、やはり途上国の継続的な
経済成長というものを実現していかなくちゃいけないんじゃないかと思います。
先ほど申したように、現在の先進国のライフスタイル、資源なりエネルギーの大量消費型のライフスタイルというものは、アメリカから始まって西欧や
日本がそれに追随して達成したものでありますけれども、もう限界が見えているわけであります。しかし、途上国に、あなた方はそういうことをしちゃいけませんよと言って、生活水準の向上をとめることは私はできないと思います。やはり途上国がそれを追求していくことはやむを得ないし、それを応援せざるを得ないと思います。
現に、我々がおります東
アジアが比較的
冷戦後安定しているというのは、
世界じゅうどの国もが国民を豊かにする、生活レベルを上げるということを国家目標の第一に置いていると思うんですけれども、この東
アジアの国、
東南アジアを含めてそれが順調にいっているわけですね。だからこそ安定をしているわけです。
経済的な発展というものが結果的にも順調にいくというためには、国際
関係も安定していかなくちゃいけない。そういうことが、東
アジアの諸国については皆さんが
利害が一致をしている、共通の認識になっているというところが安定の理由だと思います。この順調に進んでいる
経済発展というものをとめてしまいますと、必ず安定というものも私は崩れてくると思います。合うまくいっているからこそ、みんながそれで満足しているというところがありますから。そういう
意味で、この継続ということは非常に大事だと思います。
そこで、そのために何をするかということになりますが、やはり開発途上国に資金、技術の援助をするということは当然であります。と同時に、やはり
経済のあるいは貿易のルールをつくらなくちゃいけない。よく自由貿易ということを言いますけれども、自由貿易、
経済の自由な競争というのは、私はある
意味ではジャングルのルールだと思います。これは強い者が勝つルールでありまして、それではやはり成り立っていかない。やはり豊かな国、先進国はハンディキャップを負わなくちゃいけないんじゃないかと私は思っております。
そういう点では、途上国も参入ができるような産業というものはやはり途上国に与えていく。それで、先進国は、そういったものは遠慮して途上国から輸入をしてやるとか、そういった途上国が継続的に発展していくようなルールというものをやはり取り入れていかなくちゃいけないのではないかというふうに思っております。同時に、先進諸国間におきましては、より永続性のある、やはり地球環境と調和可能なライフスタイルというものを見つけていかなくちゃいけない、そしてみずからのライフスタイルというものを変えていかなくちゃいけないんじゃないかというふうに私は考えております。
さらに、先進国の間で重要なものはやはり技術革新だろうと思います。
今のままの技術でいく限りは、先ほど申したように環境の破壊とか資源の不足とかいうものが必ず起きるわけでありますから、やはり画期的な技術というものを我々はつくり出さなくちゃいけない。例えばよりクリーンで有限でないエネルギーを見つけ出すとか、そういったことに先進国はもう取り組まないと遅いわけであります。ところが、先進国間では、今のところは
冷戦が終わったために、お互いの不協和音が高まっているというような難しい状況にあるということだろうと思います。
最後に、安全保障の問題でありますけれども、
冷戦構造という座標軸のはっきりした枠組みから、今多極的な状況になっているわけでありますけれども、やはりこの状況により安定した安全保障の枠組みというものをつくらなくちゃいけないと私は思っております。
先ほど申したように、武器の拡散防止というものは、私はどうもほとんど失敗してしまったんではないか。というのは、東側の国、東側だった国、ロシアであるとか
中国であるとかあるいは北
朝鮮にとって武器以外にどうも目ぼしい商品がないということで、これはもう引き続き売られるのではないかと思います。一方、西側の国でもアメリカなりフランス等を見ておりますと、あれだけ肥大した
軍事産業というものを一挙に縮小することはなかなか難しい。やはりかなりのものが今後とも出ていく、輸出されていくということがあります。
したがって、この武器なり武器技術の拡散防止というのは極めて困難だなというふうに私は思っております。しかし、それでもなお努力しなくちゃいけない、不拡散について。我々としては売り手じゃございませんので、買い手の方にそれを買わさないようにいろいろしていくということにも努力をしていかなくちゃいけないなというふうに思っております。
それから、もう一つ大事な点は、やはり武器を買うということは相互に信頼
関係がないからでありますので、信頼醸成の場を創出していくということが非常に重要だと思います。ヨーロッパには
御存じのようにCSCEというものがありますけれども、
アジア地域というのは非常に広いせいもありますし、各国の関心が散らばっているという点もあってそういうものがないわけでありますけれども、信頼醸成の場をつくるということは非常に重要だと思っております。それは何も
アジア全体でなくても東
アジアあるいは
東南アジア、中央
アジアというふうにばらばらでもよろしいわけですが、ともかくそういうものを早くつくっていくということが大事だろうと思います。
と同時に、私はそういった信頼醸成の場というのはお互いの信頼感を生む、あるいはコンセンサスを確認するということは可能でありますけれども、何か起きたとき、あるいは何かを起こさせないためにCSCEのような仕組みが力を発揮するとは思えないわけであります。やはりそういう実際の安定というものを提供するもう一つ別の仕組みが要るんじゃないかというふうに私は思っております。それは最近国連等で言われておりますけれども、国連の平和維持のための新しいいろいろな機能、単に当事国が同意した後の監視とかいうことだけではなくて、紛争を未然に防止するための抑止のための機能であるとか、あるいは何か起きたときに強制的にそれを抑える機能とか、そういったものをやはりつくっていかなくちゃいけないんではないかというふうに私は思っております。
今やはり一番懸念されておりますのは、そういった国際的な平和維持機能なり機関に頼らないで
自分の国だけで
自分の国を守ろうとしている、あるいは同盟
関係等に頼らずに
自分だけで国防をやろうとしている、そういった国がやはり今や
世界の中で一番不安の種なわけですね。例えばイランがそうでありますし、
中国やインドもなぜ余り国際機関だとか同盟
関係に頼らずに
自分だけでしこしこと軍備を増強しているのかよくわからない。それは何も覇者になろうとしているわけじゃないと思いますけれども、よそから見るとそれが不安であることは間違いないわけです。そういったことがないように、できるだけ国際的な集団安全保障の枠組みの中にみんな参加をしていく、そ
れを強化していくということが私は必要ではないかというふうに考えております。
ちょっと時間が長くなって、このあたりでやめたいと思いますけれども、今申し上げたような先進国が力を合わせてしなくちゃいけないこと、その中で特に
日本は、
日本独自の市場の閉鎖性であるとか、あるいは国際的なさまざまな安全保障の仕組みへ参加することへの非常な消極性というのがありますし、あるいは
日本自身の
経済活動というものが非常にアグレッシブであって、あるいはシェア拡大といいますか、そういったことで大量消費型といいますか、そういった将来への方向からいえば余りよろしくない方向に走っている。そういったことも含めて、
日本自身が改革すべきことがまず非常に多いというふうに考えておる次第であります。
ちょっと話がばらけましたけれども、このあたりで終わらせていただきます。