○楢崎
委員 私がこれをまず聞いたのは、この大日本公正会の家の新築のとき、そしてまた、庭園を造園して披露目をやられたときに、当時の小佐野賢治さんが大変な祝儀を出された。つまり、その後ろには田中角栄さんがおられたと思うのですね。そういう
関係でこの公正会からも、皇民党はその傘下に入っておる。そして、この公正会の上部には
山口組が君臨をしておる。地元の方では、この稲本氏自身にも公正会からある程度の
資金が渡っているという話があります。まず、それを背景として私は明らかにしておきたい。
そこで、皇民党の問題に入る前に、この前、民社党の
中野寛成
委員が竹下
証人に質問をされた。その部分を読んでみます。
中野さんの質問、
そこでまず第一点。長い間の確執がなかったかどうかに関連してお尋ねをいたしたいと思いますが、例えば大阪の、暴力団といいますかそういう世界の中からこういううわさが
流れているということで我々に聞こえてきますのは、竹下さんと、そして皇民党をつくりました稲本総裁が若頭をしておった昔、
山口組系白神組、この白神組の組長との
関係があったのではないか。すなわち、白神英雄組長、これはサイパンで変死を遂げておりますが、そして皇民党をつくった稲本総裁と御面識があったのではないかという話がよく聞かれるのでございますが、いかがですか。
これが
中野さんの質問です。
竹下
証人、「私も、その種の怪文書とでも申しましょうか、見たことがございますが、私の全く知らない方々のお話ばかりでございます。」語るに落ちられておるですね。
中野さんは怪文書なんて一遍も言ってないのですよ、質問の中で。ところが、竹下さんの方は、怪文書。ここにありますこれですよ。私、竹下さんがおったら、これでしようと、あなたのあれはと見せてやりたいですよ。このことだと思いますよ。ここへ出てくる方々、全く知らない方々の話でございます、ここに出てくる人全部ですね。
まず、それは完全に私は偽証の疑いがあると思う。なぜならば、竹下さんは昭和三十年代に東京都かの料亭で、当時大阪ミナミにあったこの
山口組系南道会の白神組長英雄さんという、昔は一朝と言っていた。この白神組長と竹下さんは五分と五分の兄弟の杯を正式に交わされておるはずであります。五分と五分というのは、これはいわゆる兄弟と呼び合う仲であります。五寸というような隠語もあるそうでございますけれども。
それで、これは正式に交わしておるから、ちゃんと見届けなければならない人がおる。五人いたと言われている。そのうち二人は亡くなられて、三人は健在であります。私が察するに、亡くなられた二人、私の推測であります、立ち会った。一人は白神組の若頭をしておった稲本虎翁氏、もう一人は竹下さんの秘書をしておった青木
伊平氏ではないか、そういう言い方をいたしておきます。それで、私は、この白神英雄という人は、後に一和会の常任顧問になって、さっき言ったとおり、八七年の二月二日、サイパン島のバンザイ岬の沖で射殺死体で発見された。犯人はまだわかっておりません。
私が申し上げたいのは、もしそうであれば、竹下さんと白神組長はいわゆる兄弟である、若頭の稲本さんと竹下さんは義兄弟というのですか、そういう
関係になるんじゃないでしょうか。舎弟と言うんでしょうか。あの世界では親戚同士と言うそうであります。つまり、これをもって竹下さんは完全に極道の世界に入ったんじゃないですか。
もしこれが明らかになったとき、総裁指名の前に明らかになったとき、世に、竹下さんを指名するについて条件がある、中曽根さんはあのくらいの褒め殺しやめさせろと言われたやに聞いておりますが、ここにおられる後藤田さんはそれを否定される。それは別問題といたしまして、もし総裁指名の前にこの事実が明らかになっておったら、中曽根さんは指名したでしょうかね。後藤田先生に、私、尊敬する後藤田先生ですから、後で私は聞きたいと思う。恐らく指名はなかったのではないでしょうか。これです、問題は、客観的に。
そうして、まだありますよ。この中にいろいろ出てくる。全然知らないなんていうのはおかしいんじゃないかと思うのですよ。内藤武宣というのが出てくる。内藤武宣という人は、私の福岡の中学、修猷館の後輩です。それで帰って、福岡一区から
選挙に出た。残念ながら落ちられました。だから、経歴書はちゃんとみんな知っている。竹下さんの次女の御主人です。知らないはずないでしょう、竹下さんが。全然知らない、何言っているのですか。
次に許永中、ここに出てくるのですよ。これは、
山口組系古川組組長の舎弟であります。あるいは酒梅組、その下の高見組を許永中さんは世話している。この許永中さんは、
平成二年七月十八日、日にちを指定しておきます、銀座の吉兆で、竹下さんと、竹下さんの弟でしょう、竹下亘という人は。それとイトマンの伊藤寿永光、有名な福本邦雄さんと会食をされている。許永中さん、出てくるんですよ、この中に。知らないはずないでしょう、会食しておるのですから。
それから、まだあります。これは
金丸さんの臨床尋問のとき、
草川委員がこういう質問をされております。「竹下さんが皇民党のおどしを受けていた真のねらいは何だったんでしょう。何であんなことをやられたんでしょう。」これが
草川委員の質問です。「○
金丸証人 私の聞くところによると、そのシンミン党」、これは皇民党の誤りですね。この皇民党「の子分、子方だな、それが島根県に一人おったんだ。それが死んだそうだ。死んだとき、それに対する何の対策も何の見舞いもしなかったというようなことを、竹下でなくてだれか島根県の人から聞いたよ。それが原因じゃないですかねと。竹下はそんなことは私に何にも言わない。」これが
金丸さんの答えです。
地元の島根県の人が言っていることを、
金丸さんはそれは聞いているのに竹下さんが聞かないはずないでしょうが。これは一体だれか。はっきりしているんですよ、これは。はっきりしている。これがいわゆるさっき言いました仁義社の安藤三蔵さんです。これは交通事故で両足をなくされて、そして日教組に紙包み爆弾を入れてそれを爆発させて、爆弾テロで幹部ら二人捕まえられた。そして御本人はピストル自殺を事務所でなさった。この人が竹下さんと大変親しい。そして稲本氏は、この安藤さんの舎弟みたいな
関係にあった。ところが、安藤さんが亡くなった。援助を打ち切った、竹下さんが。そこでさっき出てきたいわゆる正気塾の若島征四郎さんが文句を言った、おかしいじゃないかと。こういうことが
金丸さんが指摘したこの事実なんですよ。
だから、この中へ出てくるあれを、「見たことがございますが、私の全く知らない方々のお話ばかりでございます。」こんなそらぞらしいことを竹下さんは言っちゃだめですよ。もし
異議があるなら私は対決してもよろしゅうございます。もう一度、
委員長、竹下さんを呼んでください。これが事実かどうか、私も性根を決めてやりますから。
それでもう一つ、私は、今度の喚問で非常に得点を野党が挙げられたのは、八七年でしたね、八七年九月末、それから十月五日、二つの会談に――そうです、その二つの会談に青木さんと中尾さんが出ておったという事実は実に重大である。私はこれを知っておった。九月末の会談は中尾さんがセットしたんですよ。そして、いいですか、
金丸さん、こういうことを言っていますね。皇民党対策を暴力団に依頼することについては、亡くなった人で恐縮だが、そういうことは青木、中尾さんたちが知恵を出したのではないか、こう言ったそうですね、私は行っていないけれども。
この知恵とは一体何か。いいですか。これは本当ならそこで、
渡邉さんがおる、
渡邉さんがここにおる、中尾さんがここにおる、ここに
金丸さんがおる。本当ならば、中尾さん、あなたが仲介で石井さんに話ししてくれ、こういう話になっておったのです。ところが、いや、それじゃやっぱりあれだろう、ぐあい悪いだろう、
渡邉さんがじかに石井さんに頼まれたらいいんじゃないか。私はこの話は特捜
部長に話をしました。どうしてか。これが中尾さんを通じておれば
渡邉氏の石井進氏に対する借りは、半分まではどうか知らぬけれども、大分少なくなっておるはずですよ。中に仲介者がおるから、中尾という。だから、この知恵を出したというのは非常に意味がある。
あれもそうでしょう、田中邸に行けと。大体、十月五日の日ですか、余り知らぬと本人はおっしゃったが、余り知らぬ人から行ったらどうかと頼まれたら、普通だったら、いや、だめですよ、私はことし元日にも行きましたけれども断られた、だからだめですよと言うのが普通じゃないですか。とにかく本当に説得力がないんじゃございませんか。
それから、――いや、私はその
証言を、偽証の
可能性を今明らかに皆さんの前にいたしておる。
それで、
金丸さんは有名な言葉があります。私もリクルートのときやりましたが、こういうことを言われておりますね。悪いことをしてやめればいいということなら、監獄も牢屋も要らない。大変立派なことをおっしゃった。これはやめられた方ですから、もういいですよね。
それで今度は
金丸氏と石井氏の
関係です。これも私は、偽証の疑いがある。はっきり名前を申し上げます。富士吉田、これは
金丸さんの
選挙区ですよ。木村信一という方がおられる。韓国の方で、韓国名は方位浩という人。電話もありますが、やめておきます。この人は木村組の三代目であって、石井進氏はこの木村信一さんの舎弟であります。そして、この故石井さんの跡目を継いだ今の稲川会三代目の現
理事長の、
理事長は山川修身、身を修めるという字です。韓国名は鄭という方。だから、この木村信一という人は現稲川会三代目の兄貴分の兄貴分ということになる。ところが、
金丸さんはこの木村信一さんと猛烈にじっこんなんだ。じっこんなんだ。何でも相談している。だから石井さんを知らないはずはない。多分、これは有名な司法ジャーナリストの鷲見さんも
証言をいたしております。
金丸さんと石井さんの接触は昭和三十七年ごろではなかったか。石井さんの配下が甲府市で地元の暴力団と抗争
事件を起こした。いわゆる甲府
事件と言われるやつである。甲府市では当時土建業者と暴力団のつながりが大変深かった。で、
金丸さんは土建業界の大ボスであったわけです。だから、そのとき以来石井さんと知り合われたはずです。これはさっき申し上げたとおり、鷲見さんが
証言をしておられます。しかも、この
金丸氏と東京佐川の
渡邉被告をつないだ人は故中尾宏さんだ、このように言われている。だから、中尾宏さんは非常に重大な位置づけが、スタンスを持っておられるんですね。
もう一つ、これも重大で、このためには私は
証人を喚問しなけりゃなりません。それは、既にことしの春の予算
委員会で、ここにございますけれども、平和堂グループ、四社あります。これに全部役員に名前を連ねておられる方がある。平尾久太郎。一つの
会社では鯨岡久太郎になっておる。監査役とか取締役。この人は何もかも知っている。それで、現に、この平尾さんは
渡邉被告からいわゆる
松沢さんが
融資を受けて、そして
渡邉さんにキックバックした。そのうちの二十二億何がしが
流れた。そうでしょう。
松沢のキックバックした金。そのうちの、二十二億のうちの五億が
金丸さんに。十二名と言われている。あと十二名は一体だれか。これはまだ不解明のまま残っておる。これは別として、私はこの平尾さんをぜひ
証人として喚問してもらいたい。
なぜか。これは、私はもう本当に自分で驚いたんですけれども、それは私もマージャンをしますよ。マージャンが悪いとは言いませんよ。しかし、賭博というか、本当の賭博しちゃいけぬのじゃないですか。刑法に触れるんじゃないですか。竹下さんは本当の賭博場に行っておった
可能性がある。開帳場所は東京都港区南青山一の二六の一三「乃木坂ナショナルコート」二百四号室。開帳者はUという女の方です。もうこれ以上多くを言いません。そして、歌い手のNという人、このNという人の奥さんが料理を運んだり、広いからサロンがあって、マージャンする人はマージャンする人、飲む人は飲む人、マッサージする人はマッサージする人、そういう非常に豪華な賭博場ですよね。
それで、その芸能人、もうここで言うたらびっくりするような方です。女性ではKという人、Hという人、Mという人、Mは男性です。それからNジムの連中。野球の、私は野球は余りわかりませんが、Tという、監督さんをされておる。それから、━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━このHさんもそこに行っておった。暴力団の方ももちろん行っておられた。聞くところによると、田岡親分のお子さんも行っておられた。
証言者は、竹下さんは、来られるときにはネクタイを締めずに革のジャンパーを着て来られた。これを目撃した
証人が、いわゆる今言った平尾久太郎さんです。だから私は、ぜひ、これも重大な問題だから明らかにしたい、そのように思います。ちゃんとここへ、部屋の見取り図もちゃんと持ってます。
それで、
委員長のことにも触れたいんですけれども、もう時間がなくなりましたから
理事会でやってもらいます。
台湾から電話がかかったでしょうが。事務所に十八人ぐらいおられて、台湾から
金丸さんの電話ですよと、大きな声で言ってあなたを探しに行ったはずだ。みんなそれを知っているんだ。そういうことです。だから、そういうことは――いや、知らぬと言っている。今、そうしたら、もうああいう田舎だから、わかるから、犯人捜しをしているんじゃないですか、
高鳥さん、だれがその電話がかかったことを言ったか。
そして、例の私信ですね、先生。私信、あれも私のところへ来た。しかしどうも、本文がワープロで、署名だけが毛筆になっておるでしょう。だから、これは私は怪しいなと思って、地元で先生のも筆の筆跡を取り寄せた。これがそうです。全く同じ字だから、ああ、これはやろうと思うとったら、その前に新聞に出た。これが経過であります。だから、あれは事実でありましょう。
その中にもう一枚入っておった文章がある。あなたは御存じないかもしれません。これはだれが出したかあなたはわかっていらっしゃるでしょう。佐川に身近に仕えておった人ですよ。・わかっておるでしょうが。佐川さんのところへ手紙をやってそれを扱うことのできる候補者はだれですか。もう言いませんけれども、あなたはわかっていらっしゃる。Mという人と思います。それで、その中にも一本化のためにいろいろなことが書いてあります、それは次の機会に譲りますが。
それで、もう一つ私は申し上げておきたいことがございます。
それは、猪木さん、猪木参議院
議員がバグダッドへ行かれた。私もあのころバグダッドに行っておりました。それで、猪木さんのスケジュールは、三回行かれておって、第一回がおととしの九月十八日から二十三日まで、第二回が十月二十四日から二十九日まで、第三回が十二月一日から八日まで。問題はこの第三回目であります。行きは、日本からアンマンまでトルコ航空をチャーターして行かれた。アンマンからバグダッドは、もう行った人は全部わかりますけれども、イラク航空。帰りは、バグダッドからアンマンはイラク、アンマンから日本へはJALをチャーターされておる。この中の同乗者の中に、「平和の声協会」という名のもとに五人の人が行っておる。その中に稲本虎翁というのが入っておる、そして漕野
通雄という方が入っていらっしゃる。この漕野
通雄さんは本名である、大島竜ミンさんは偽名ですよ、これは。大島竜ミンさんですよ。それから、
山口組のナンバーツーの宅見勝さんも行っている。何で行ったか、どこから金持っていったか。しかも、十二月ですから、年明ければ東京都
知事選挙だ。
東京佐川急便から金が出ていることは間違いない。そうすると、これは東京都
知事選挙に連動する。参議院の方ですから、あとは私は参議院にやってもらう、資料も何もかもやって。
以上で終わります。ありがとうございました。