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井上吉夫君 私は、
総理の所信の中に言われております希望の持てる農山漁村づくりということに関連をして、御質問をいたしたいと思います。
御承知のとおり、農林水産業の任務は、第一義的には食糧等の基礎的な生活物資を生産してその安定供給を受け持つという、そういうところにあると思いますけれども、御承知のとおり、とりわけ農林業等が受け持ちます役目は決してそれだけではなくて、国土の保全、良好な自然環境の維持、さらに言うならば伝統的な文化の継承など、経済的な物差しだけでは評価し切れない重要な役割を持っているというぐあいに考えております。環境保全上受け持っております役割を決して忘れてはならないと思うんです。
我が国におきましては、御承知のとおり、森林面積は国土の六七%、
農地が一四%でございますから、合わせて八〇%を超えます。森林、
農地が国土の大宗を止めており、そのうち森林について言いますと、森林の一ヘクタールは七十人分の酸素を供給すると言われておりまして、森林の持ちます公益的機能は、こうした空気の浄化作用のほかに水源の涵養であるとか土砂流出防止等広範多岐にわたっているのでありますが、我々はそれと気づかないままに森林から大きな恵みを受けている一そういうことをつい忘れがちであります。私は、都会の人ほどついつい実感としてそれを感ずることが少ないのではないだろうかと。
農業について言いましても同じでありまして、
水田の有する公益的機能のうち、洪水防止効果だけを経済的に換算した場合に、その評価額は年間五兆円のそういう役割を担っていると言われております。こうした農林水産業や農山漁村の。環境保全上の機能は、その源であります森林や
農地の適切な維持管理があって初めて十分に果たしていけるということは言うまでもありません。
ところが、今農山漁村からどんどん人がいなくなってしまうという深刻な事態が生じております。農林水産業や農山漁村の公益的機能も、その資源であります
農地や森林の適切な管理や手入れを受け持つ人がいなくなればそれらの機能はほとんど失われてしまう心配があります。このことは
地域社会の崩壊に直結し、
地域社会が崩壊をすれば、国土保全の機能のみでなくて農山漁村が培ってきた貴重な伝統文化や我々日本人のアイデンティティーの基盤も危殆に瀕するおそれが大きいと思うのであります。
農産物の輸入自由化によって、たとえそれらの物を安く買うことはできましても、そしてそれによって当面物質的に豊かになったような錯覚を抱きましても、それは幻のようなしょせん長続きするものではないと私は思うんです。結局は、物は買えても国土や環境を買うことはできないし、まして日本の伝統文化はあかなうことはできないという単純にして厳粛な事実に突き当たるのであります。
私は改めて質問したいと思うんです。
ともすれば、自由貿易の恩恵を最も受けている我が国は率先して農産物の市場開放をすべきであるという、日本全体の損得感情からすれば自由化してもおつりが来るという論調が乱れ飛ぶ中で、私のこのような認識についてどうお考えになっているか、御見解を伺いたいと思います。
次は、今後の世界の農産物需給について触れてみたいと思います。
世界の人口は現在五十三億人と言われておりますが、人口の将来予測を見ますと、将来の穀物需給については決して楽観ができないと思うんです。まず第一に、世界の人口はこの二十年で十六億人ふえました。そして、現在の五十三億人が今後二十年間でさらに年々一億ずつ二十億ふえるというぐあいに見込まれております。今食糧
状況は、一人当たりの穀物収穫面積で見ますと、一九六五年には一人当たりの収穫
農地面積は二十アールと言われておりましたが、一九八九年には十三・五アールと三割ほど実は一人当たりの食糧生産なり収穫面積は減っている。ここしばらくは単収増加によって支えられてきた世界じゅうの穀物生産というのは、最近単収は頭打ちであります。ひとり人口の爆発的な増加という、こういう
状況の中で、本当に世界的な食糧というのが十分なのかという、そういう懸念をしなければならない
状況にまで逼迫をしていると思われます。
また、開発途上国の経済が発展をいたしますと、所得が向上してより豊かな食生活の内容になることを求めるでしょう。御承知のとおり、牛肉一キロを生産するためには八倍の八キロの穀物が要るということはもう定説であります。
これらのことを考えてみますというと、世界じゅうの食糧の先行きというのは決して楽観を許すものではありません。ただでさえ将来の国際穀物需給が多くの不安定要因を抱えている中で、我が国が金があるからといって金に任せて諸外国から大量の穀物を輸入することができるのか。そのような行動は、開発途上国の
住民から見れば、ひもじい暮らしか続く中でやっと見つけた食物に手を伸ばして食べようとすると、まさにそのときいきなり割り込んで金持ち国に奪い取られてしまうという、そういう印象を抱く結果になるのではありますまいか。
この
意味で、経済大国たる我が国は、国内で生産できるものは極力国内で生産し、開発途上国にも迷惑をかけないということを基本にして行動しなければならないと私は思うんです。このことについての御見解を伺いたい。
総理は、「
農業を営む
方々が生産活動を活性化し、魅力と誇りを持って
農業に従事し農村
地域に定住できるよう、その基本的
条件を
整備することが特に重要である」と言われました。しかしながら、今新規学卒の就農者は年間千八百人にしかすぎません。Uターン青年を加えても三千七百人であります。こういう現実に目を向けますときに、どのような手段をもって
総理が述べておられるような
状況を具現できるかということは、決して言葉で言うほど楽なことではありません。まず、農家の
方々が
農業という職業に誇りを持ち、その上で他産業に従事する
人たちに肩を並べるような所得を得ることができるということをどうやって実現するかという、この難しい問題に成功しなければ、
総理の言われる方針というものの実現が容易ではございません。
こういう実情にあることについて、どうかひとつ
総理並びに
農林水産大臣、もう篤と御承知でありましょうけれども、改めて私は国民的認識を求めたいし、その上での具体的な
対策をぜひお伺いいたしたいと思います。
この機会に、以上のような申し上げました事情の中で、今ガット・ウルグアイ・ラウンドは最終段階を迎えていると言われておりますが、
農業交渉に関して申し上げれば、私も世界の
農業の健全な発展を図るためにも、また国際的な貿易ルールという立場からも、ウルグアイ・ラウンド自体の全体的な成功そのことは当然必要だと思いますけれども、しかし農産物貿易問題の議論に当たって、食糧安全保障のほか、さきに申し上げました国土環境保全的
農業が果たしている多様な役割、いわゆる非貿易的な役割を抜きにして、ただ単に市場原理等の経済的側面のみから論ずることは、私は大変危険な考え方であると思っております。
そもそも、世界の農産物貿易市場が混乱するに至ったのは、一部の先進輸出国による補助金つきの輸出競争が原因であったはずであります。
農業の持つ特性を無視して、輸出国側の主張に加担した一方的な提案に沿って
農業貿易が律せられるようなことがあれば、今後世界
農業の健全な発展を妨げ、ひいては食糧不足、開発途上国を中心とした食糧事情の悪化、さらには世界の環境問題の深刻化といった事態が懸念されると思います。
私は、我が国としては今後とも
農業の特性に十分配慮した貿易ルールが確立されるよう議論を展開していかなきゃならぬ。そういう
意味で、ダンケル提案に対して我が国は、さきに国別約束表を米に関する限り白紙で回答をいたしました。これは、米については従来どおり関税化を拒否するということを
意味するものと解釈するのでありますが、今後とも、以上申し上げました所論に立ちまして、米問題については従来どおり自給方針を貫くというその方針を明確にしていただきたい。
以上のことにつきまして、
総理並びに
農林水産大臣からお答えをいただきたいと思います。