○
参考人(鈴木徳彦君) 鈴木でございます。こういう席で
お話をさせていただけるのは大変光栄に存じております。
私は企業に勤めている人間でございますけれども、きょうのところは全く個人という立場で
お話をさせていただきたいと思います。最初に御了承を得ておきたいと思います。それから
先生方を前にして、とても何かお役に立つようなことを私の方から申し上げるということも大変難しいことでございますので、私は企業で、研究所ではございますけれども、比較的現場に近いところにおりますので、その現場を
中心にしていろいろなことが起こっております。そういう事実
関係を
中心にして御説明をさせていただければと思っております。
お
手元に、土地、住宅のことを考える場合のキーワード集のようなものをお届けしていると思います。少し項目を並べ過ぎましたので、三十分以内で全部御説明できるかどうか危ぶんでおりますけれども、もし残れば、後ほどの御質問の中で
関係があればそのところは御説明をさせていただきたいと思います。
早速御説明させていただきますと、まず二枚がキーワード、いわばレジュメがわりのような性格を持っております。そのほかに資料集で十三枚ほどのページがございますが、その両方を御参照していただければと思います。
初めに住宅着工。ここのところいろいろ新聞の記事にもなっておりまして、簡単に御説明をいたしますと、着工数が平成二年度で百六十七万ございました、概数で言いますと。それが今急激に落ちております。大体平成二年度に比べまして今年度の各月の着工数の現状というのは、このところ三、四カ月二けたぐらいの減少を続けております。今年度については、トータルでは百四十万台ぐらいの数字になるのではないかと業界で言われております。厳しい見方をするところでは百四十万を切るかというような予測をしているところもございます。
ちなみに、世界レベルではどれぐらいの着工数があるかといいますと、住宅でございますので当然そこの国の人口に
関係をいたします。そこの国の総人口の〇・七%というのが標準的な着工数というふうに見られます。
日本で言いますと、一億二千万の人口に対しまして〇・七%ですから八十四万、世界レベルでの着工数としては、標準としては
日本の場合には八十万台というのが普通というふうに考えられます。それに比べて非常に多いわけですね、倍以上というような数字がここのところ続いておりますけれども、戦後の住宅の事情、いろいう言われますように質の問題、その辺などが絡みまして、
日本では非常に高い着工数のレベルを保っているということが言えるだろうと思います。
そして、地価の方ですけれども、私どもで実は首都圏と近畿圏、それから中京圏、九州圏という四カ所で地価の
調査を毎年繰り返しております。十二年を超えまして、ある程度の実績も出てまいりました。小さな研究所がしていることですから大した
調査はできませんけれども、同じ調べ方を十年以上続けておりますと
一つの
傾向が出てまいります。
その
傾向が、次の資料の二ページ目のところをごらんいただきますと、上の欄がその四つの都市圏の各圏域の平均上昇率を一覧表にしたものですけれども、ひとつごらんをいただきますと、首都圏の場合に一番最低の上昇率、これは大分もう前になりますが、五十七年の十二月のところで首都圏の地価上昇率がマイナス、わずかですけれども〇・一%という数字が記録されております。私どもの
調査のやり方でそういう数字になっておりますので、公示
価格そのほかとは当然違う数字が出てまいりますけれども、
傾向としては同じような
傾向を描いております。次の隣の近畿圏ではいつが最低になっているか。それから一年後、一・五%というのが出ております。さらに一年、若干同じ数字が中京圏では二・二%と並んでおりますけれども、一年から一年半ぐらいのタイムラグを持ってさらに中京圏に谷間が進んできている。九州圏はさらにそれから一年おくれる、そういう経過をたどっております。
一つの地価の動き方の波及の状態がつかめるのではないかと思います。
今度の上昇に当たりましても同じようなずれが起こるかどうかということで注目をしておりましたけれども、首都圏のピークは六十二年の十二月でございました。近畿圏がそれから今度は二年ほどおくれております、一年半前後ぐらいのおくれでやはりピークを描きました。中京圏はさらに一年おくれております。そうしますと九州圏、つまりその他都市圏といいましょうか、地方都市圏についてはことしかかなりの上昇を見せるはずであるというふうに見られるわけですが、つい最近の基準地価の発表の中身もやはりそういうぐあいになっておりまして、地方都市圏ではかなり高い水準に今のところ地価が推移しております。
そうしますと、この後ですけれども、首都圏の場合にはピークからピークまでが大体七、八年かかっているわけですね。このサイクルが続くとすれば来年度あたりは首都圏はまだ上昇の時期に至りません。近畿圏、中京圏も当然上昇は起こしません。九州圏のような地方都市圏はことしかピークであるとすれば、来年度は下降の局面に入ってまいります。つまり、全地域において
日本の場合には地価は鎮静化の
方向に向かうということになります。ですから、
日本全国の平均値をとりますと、恐らく来年度から二、三年というのは非常に落ちついた動きを示すのではないかと見られております。
少し余談になりますけれども、その地価
調査の結果を色つきの地図にしておりまして、ちょっとごらんになりにくいかもしれませんが、五十四年からこれが五十八年まで、それからさらに今お回しをいたしますが、これはワンセットしかありませんので、五十九年から平成一年までというような――恐れ入りますが、ごらんいただけますか。(資料を示す)
価格分布と上昇率の分布が色分けをしてございますけれども、
価格の分布の方は高いところが赤くなっている。赤い範囲がだんだん広くなるというような、そういうような地図でございます。
上昇率の方は、上昇率は毎年かなり大きく変わりますので、それを色の分布にいたしますと、その変動の仕方が地域を伴います。どこの地域がどれだけ上がるかということがよくわかってまいります。五十四年のところがピークでございます。その次のピークが六十二年で、こちらの方が若干大きい地図なものですからそのピークのところだけ御説明をいたしますと、こちらの五十四年のときは上昇率が非常に高い、つまり赤い色というのが、とてもごらんいただけないかもしれませんけれども、首都圏全域にわたって赤い分布がございます。
中心部のところはむしろ
余り上がっておりません。全域にわたって、住宅不足の
時代でございますので、実需が殺到いたしまして
値段がどんどん上がった。上がった結果、買えなくなって需要が鎮静化してくる、そういうことがわかります。
ところが六十二年のときの、これは六十一年ですけれども、値上がりを始めたときは
中心部から上がり始めております。御存じのとおりでございます。私どもの
調査は
商業地は入れておりません。住宅地だけを取り上げて調べておりますので、
中心部から住宅地が猛烈な値上がりを起こしまして、よく言われますように土地の量不足か
原因で値上がりが起こったといたしますとどういうことが考えられるか。この六十一年、二年の地図からはそれが考えられないんですね。例えば住宅の量不足、この周辺のところが一番大きな住宅地でございますけれども、真ん中が猛烈な勢いで富士山型に噴火をし始めたように値上がりが始まりましたときに、この周辺部のところに大量の宅地を供給すれば真ん中の火がおさまるだろうかと。これはどう考えてもおさまるわけはないんです。つまり、値上がりを始めた
原因というのが、五十四年のときには実需で、量不足が
原因で値上がりをしたと言ってもいいんだろうと思いますが、六十一年から二年にかけての値上がりというのはパターンがすっかり変わってきた。量不足ではなくて質の問題、この場合は使われ方の問題だというふうに考えられますけれども、それが
原因で今回の高騰が起こったというふうにも言えるのではないかと思っております。
余計なことを申し上げますと、先ほど申し上げましたように来年度から二、三年間というのは、この地価変動のサイクルからいいまして一番全国的に低いレベルになる時期でございます。それと、そのピークからピークあるいは谷間から谷間までのサイクルが七、八年ということが相変わらず続くものであるとすれば、ここのところで例えばいろいろ規制がございますけれども、最近は金利の問題にしてもあるいは融資の総量規制の問題にしても緩和方を望むというような業界の声も強いようですけれども、仮に緩んだとしても今は上がる時期ではないということは言えると思います。
私どものような研究所でこういう地価の
調査までやっているということは、実を言いますとその次の項目にございますけれども、データがない。土地や住宅のことに関してもそうですけれどもデータが非常に乏しいという現実がございます。ということで、
日本には土地の経済学というものがないと言えるのではないか。変な話をすれば、大学に経済学部はありますけれども不動産学部というのはございません。大体
欧米の大きな大学には不動産学部というのがございますけれども、
日本の場合にはございません。
昨年あたりから、その前からもそうですけれども、土地政策に対するいろいろな論議が審議会などで行われますけれども、そういう場合でもなかなか
議論にならない。というのはデータがないので
議論にならない。私はこう思いますということをそれぞれ主張なさるという形で審議が進まざるを得ない、データをそろえなければ、土地の状態というのは実はよくわからないのではないだろうか。土地の対策というのが常に対症療法であるというのもやはりそこに
原因があるのではないかというふうに個人的には考えております。
少しとっぴな話をいたしますと、例えばがんやエイズというのは人間にとって非常に怖い病気でございますが、病原がわかりません。とられている療法というのは対症療法だけですけれども、その一方で必死の病理研究というのが続けられているわけで、そのうちには
原因をつかむことができる。そうすれば対症療法ではなくてちゃんとした薬の調合ができるということなんだろうと思いますが、地価の高騰というのが土地の病気であるとするならば、地価高騰という病気を治すためには、やはりデータを積み上げて学問体系をつくらないといけないのではないだろうか、生意気なようですが、そういうふうに思っております。
結局、病理がわからない状態ですと、非常に効くであろうと思われるよう療法、創業に当たるようなもの、それも使い切れないわけです。病気は治ったけれども、本体も倒れてしまったというのではどうしようもないわけでございまして、副作用がわかれば創業も使える。例えば土地の場合で言うと、私権制限などというのは創業の部類だろうと思いますけれども、それを使った場合にどういう副作用がどこに出てくるのか、事前にそれがわかればそういう創業も使うことができるであろうということで、非常に遠回りのような感じもいたしますけれども、実は土地の経済学をつくり上げるということが一番早い道ではないかというふうに考えております。
それにしても、「根気のいるデータ整備」と書いてございますけれども、大変データが少ないということもありまして、ただ探すだけではない、みずから
調査をしなければならないだろう、そういうこともあるだろうと思いますが、たとえ十年、二十年かかるにしてもとにかく始めなければいけないのではないだろうか。民間の機関も
調査に動員するような形で、先ほど大学に不動産学部がないと申し上げましたけれども、不動産学会というのが三年ぐらい前でしょうか、できております。有志の
先生方の集まりでございますが、そういう不動産学会に、例えば予算をつけて国から委託をするとか、そういうような形でデータをとにかく集める、整備をするということを始めなければいけないときではないかと思っております。
次の項目に移りまして、土地の問題はどうもうまく御説明できませんけれども、そんなことでまた後に回すといたしまして、住宅の方の着工数にちょっと触れておきます。
次の三ページ目の資料が住宅の着工数のグラフでございます。三本あるうちの下の二本はこの際
余り問題はございません。一番上側、外側の線が着工数を示しております。一言申し上げますと、五十七年のところで谷間になっておりますが、この五十七年の谷間ができる左側のところは、言ってみれば住宅の量不足の
時代、五十七年の谷間のところから右側というのは、これは量不足で住宅着工がふえているのではなくて、質の改善欲求というものが表に出てきて着工数がふえているというふうに見られます。五十七年から右というのは質の
時代というふうにも言えるんだろうと思います。昭和四十七、八年のところで列島改造論、一億総不動産屋などという声も聞かれましたけれども、大きなピークがございます。今回の六十二年を
中心にした、六十二年、六十三年、元年、その辺のところの山が四十七、八年の山にちょうど匹敵する高さになっております。それを御記憶いただきまして、次の四ページをめくっていただきますと、これは宅地の供給量のグラフでございます。
四十七年のところにピークがございます。やはりこのときに大規模開発が
日本国じゅうで行われました。東京都の周辺でもニュータウンがたくさんできました。そのニュータウン、たくさん分譲されました大規模分譲地の上にたくさんの住宅が建っだということが、先ほどの着工の方のグラフと合うわけでございます。御注目いただきたいのは、六十二年、六十三年、その辺のところでは宅地の供給量は
余りふえておりません。横ばいのままでございます。
もう一枚おあけいただきまして五ページ目に行きますと、単純に着工のグラフと宅地供給のグラフを重ね合わせただけでございますけれども、四十七年前後というのは、大量の宅地供給があり大量の住宅が建っだということが歴然とわかります。しかし、六十一年以降ぐらいのところでは、宅地の大量供給がないのにもかかわらずたくさんの住宅が建ったという実績が残っております。言い方を変えますと、宅地の供給がなくても住宅が建つ、つまり宅地の量は足りないわけではないということを言えるのだろうと思います、少し大胆な言い方ですけれども。
問題は、量が足りるか足りないかではなくて質の問題なんだろうと思います。その辺のところで、まさに量から質へという変化が起こっておりまして、それを見落としては私どもの商売も間違えますし、国の政策も間違える場合もおるのではないかということを考えております。
こうした量不足の
時代が終わったということで何が起こったか、どんなことが起こったかという中から
一つ拾ってみました、何が変わったかというようなことで。それが六ページ目のまた着工の方のグラフでございますけれども、上の方のグラフが「利用
関係別」といいまして、住宅の種類を分けております。一番上から「貸家」、「持家」というふうに言っておりますが、それと「分譲」、このほかに給与というのがあります。社宅ですけれども、わずかな数でございますのでそれは省いてございます。
従来は持ち家の着工の方が非常に多かったわけです。ところが、五十八年ごろから貸し家の着工数の方がはるかにふえてまいりました。なおかつ、その下のグラフをごらんいただきますと面積がだんだん小さくなっております。この辺をとらえて、質の悪い貸し家が大変ふえてきたということがよく報道されております。その面もある程度はありますけれども、それだけではない別の根本的な
原因があると思われます。
それが、八番目の
言葉になっております「貸家新
時代」などと言っておりますが、従来貸し家というのは、持ち家を持てない人が持ち家のかわりにアパートを借りて住んだ、貸し家を借りて住んだ。ベースになっているのは一世帯一住宅でございます。そういう形で貸し家が使われましたけれども、現在の貸し家というのは、自宅のかわりに、持ち家のかわりに貸し家を借りるのではなくて持ち家がある上に貸し家を借りる。大学生あたりでも、おやじと
余り仲がよくありませんとすぐ飛び出して、独立してアパートを借りたりなんかという生活をいたしますし、女性の社会進出が多くなれば、当然のことながらそういうところでも単身者用の、女性用のかなり質の高い貸し家が大きな需要量を示します。
あるいは単身赴任というような形、これは持ち家がふえますと単身赴任がふえるわけです。お母さんと子供はなかなか動こうとしないわけで、男性だけが単身赴任をするということになりますけれども、そういう形でも貸し家がふえます。ということで、一世帯で複数の住宅を利用するようになった。小人数で利用いたしますから、当然のことながら床面積は小さくてもいい。ただし、冷暖房はもうビルトインされているというようなグレードは非常に高い貸し家でございます。
問題は、ワンルームマンションなどで管理の問題で悪者にされておりますけれども、
一つの
時代の流れとしてこの貸し家の問題が出てくる。それの背景にあるのもやはり量不足ではなくて質の問題に変わっているということであろうと思います。
時間が足りなくなってまいりましたので、少し急ぎます。
次の七ページのグラフをごらんいただきますと、これも量と質の
関係を示すグラフでございますけれども、住宅需要実態
調査というのが五年置きに行われております。上の方の棒グラフ、その中で住宅に困っているとか不満があるという世帯の数でございます。
一日しておわかりになるように、不満世帯がその網目をかけている黒い部分でございますけれども、五年置きにどんどんふえております。これは常識的に言うとおかしいわけでございまして、新しい家がどんどん建っているわけですから不満は減らなければいけないんですが、逆に不満がどんどんふえてくる。
どういうことかといいますと、その下の
理由のところに円グラフがございますが、
理由がどんどん変わってきております。初めは住宅が狭いというような不満点であったわけですが、それが五十八年、右の上へ行きますとかなり狭くなりまして、逆にプライバシーの問題などがかなり出てまいります。六十三年あたりになりますと突如として駐車スペースなどという不満が飛び出してまいります、現状も車庫規制などでニュースになっております。つまり、不満の内容がどんどん高度化をする、これぐらいのことでぜいたくになってきたとはとても言えませんけれども、内容はどんどん変わりつつあるということで、やはりこの辺のところでも住宅、土地に対する政策というものをフローから
ストックという面に光を当てて、焦点を当てて考えなければいけないのではないだろうか。
一つの例で言えば、個人が物を買うときに国がお金を貸してくれるというのは住宅だけでございます。金融公庫から貸してくれるわけですが、この場合も新規需要の場合にはかなりの額を貸していただけますが、例えば買いかえをするような場合には
余り恩恵に浴せないわけでございまして、あるいはマンションのようなものは買いかえなければ住まいの改善ができないわけでございますので、そういう場合に大体
欧米諸国ですと、居住用財産の買いかえというのは実質的にほとんど無税というのがどうも常識のようでございますけれども、
日本の場合にはそうはいかないわけでして、買いかえるよりは建てかえる方が税金が取られないというんで、実際は建てかえは大変なんですけれども、一戸建ての住宅の建てかえを勇敢になさるという方が大変多いわけでございまして、その辺のところもそろそろ考えなければいけないところではないかというふうに思っております。
住宅が足りた足りたというふうに言っておりますけれども、どんなぐあいに足りているのかというふうなものを見る場合に、実は
日本の全世帯の中でどれくらいの人
たちが、どれくらいの世帯が住宅を所有しているかという所有率がわかりません。統計がございません。
八ページの表をごらんいただきますと、下の方の表の真ん中ぐらいのところに持ち家比率などというのがあります。これが常識的には所有率だと思われておりますけれども、この持ち家率というのは所有率ではございませんで、自分の家に住んでいる人の率でございます。つまりこの
調査の場合には、
調査員が各家庭を訪問しまして、今あなたが住んでいるこの家はあなたの所有ですかというような聞き方をいたします。ですから、東京に持ち家があって地方に転勤をしているサラリーマン家族があるとすれば、それは持ち家ではなくて、持ち家族から外されてしまいまして貸し家族になります。つまり、持ち家率よりは所有率の方が必ず上回るという、そういう数字になるはずでございまして、いろいろな数字を集めまして推計をいたしますと六三%ぐらいかなという数字が出てまいりますが、正確なところはわかりません。
先ほどデータが足りないと言いましたけれども、一番基本的な数字である住宅の所有率がわからないというような程度でございますので、データ整理もかなり大変なことであろうとは思われますが、とにかく始めないといけないのではないか、繰り返しそのことばかり申し上げております。
それから、持ち家の人
たち、持ち家族というような言い方をしておりますが、持ち家族というのは所有している人だけではなくて相続も考えなければいけません。所有率が上がってくれば当然相続もふえてまいります。現在貸し家に住んでいて、いずれは親から家が相続できるというふうに言っている人
たち、相続可能の世帯、それを貸し家居住の人
たちからピックアップいたしまして、東京都の場合を調べてみますと、これは住宅金融公庫の
調査でございますけれども、所有している人と相続が可能な人を合わせまして八割を超えるという数字が出てまいります。八割ぐらいが相続を含めた持ち家族と言われるわけでございます。
こうなりますと、
日本の住宅政策というのは持ち家政策でございますけれども、持ち家政策の中に、相続をどうとらえていくのかということのスタンスが
一つ問われるべきではないかという気がしております。つまり、相続税を上げるというようなことがあるとすれば、持ち家というのは一代限りで切ってしまって、そこでいわば取り上げて富の再配分を図るという考え方に立つことになるのだろうと思います。それはそれで立派な
一つの考え方でございますけれども、どうもその辺のところが、相続税などの問題とそれから持ち家政策ということの間に何かしっくりしないというような感じを個人的に持っております。
それから、やはり量が足りた後での問題というのは、そこの次にあります建てかえとか買いかえの更新需要でございますね。地価高騰というのが非常に大きな社会問題ではありますけれども、既に持っている人
たちあるいは相続できる人
たちにとっては、地価というものとは無
関係に住宅を買ったりつくったりすることができる、それが全体の八割の
市場に達するわけです。言ってみればここも政策無風地帯。もちろん持っていない、持てない人
たちに対してどう政策で援護していくかというのは非常に重要な問題ではございますけれども、全体の八割の
市場を全くの無風状態で見ていないでもいいのだろうか。実を言いますと、住宅地の再開発の問題という大変難しい問題がございまして、建てかえを全く個人の何といいますか、権限の中で自由にやっております。私どもにとっても実は大切なお客様でございますけれども、政策としてそれでいいのかどうかというのとはちょっと別の話ではないかというふうに思っております。
なお、相続の方の問題は資料の方の九、十、十一ページあたりに書いてございます。
時間になってしまいました。
一つだけあとつけ加えておきますと、注文建築というやり方、注文住宅という家の建て方、
日本では当たり前でございますけれども、世界じゅうで注文で家をつくるというのは
日本だけでございます。
欧米の場合には分譲スタイルで住宅を手に入れるわけでございますね。有名なビバリーヒルズのようなああいう高級住宅地でも分譲で手に入れるというのが当たり前の手段でございまして、自分で注文をして自分の地面の上に好き勝手な家をつくるというやり方は
日本だけでございます。これはいろいろな面でいろんな影響を及ぼしております。
日本に
都市計画がないと言われるのも、大もとをたどりますとその辺のところに落ちつく、あるいは土地そのものが
商品化をしてしまうというような、これも注文建築というものが一番のベースにあるのではないか。
時間になりましたが、ちょっと余計な
お話をさせていただきますと、例えばここに
アメリカの不動産のカタログがございます。
販売用のチラシですね。これは西海岸の方のプールつきの非常に立派な家で六百四十八万ドル、百四十円のレートで計算しますと九億円ぐらいの大変立派な家でございます。
それから、
アメリカのホテルなどへ行きますと、フロントのところにこんな不動産のパンフレットがよく置いてございます。商売柄ぱっと持ってくるわけですけれども、中に物件の紹介がたくさんございます。これはアトランタのホテルに置いてあったものですけれども、七百万から三千万ぐらいまでの家ですね。ほとんどが中古です。こちらも中古といえば中古なんです、豪邸ですけれども。
この不動産広告の中で、見ていて気がつきましてびっくりいたしましたんですが、
一つ大きく欠けているものがあります。それは何かといいますと土地の面積がどこにも書いてないんです。
日本だと考えられないですね。不動産広告で何が書いてなくても何坪あるか、何平米あるかというのが、敷地の面積が必ず出ているわけですが、
アメリカの不動産の広告にはどこにも書いてないですね。部屋の大きさは書いてあります。家の大きさはわかりますけれども、土地の広さがわからない。やはりそういう面の常識の違いというのが非常に大きくあるようでして、今後
日本の経済がこのまま強い状態が続く、そうしますと、文化も自動的に諸
外国へ流れていきますし、
日本の経済学の体系みたいなものも
外国に流れていく可能性が多分にあるのではないか。
最後にそんなことを拾い上げたわけですけれども、そんなことが大きな経済摩擦の種になるようなことがあっては大変ではないかというふうに実は考えております。
十二ページに、大変字が小さくてごらんになりにくいかと思いますけれども、
日本の東京の土地の数字を一〇〇にした場合に、世界各国の町の地価がどれぐらいに当たるかということを抜き出してみました。これは私どもの計算ではなくて、下の方に注がございまして、不動産鑑定協会というところでなさったわけですが、東京を一〇〇にいたしますと世界各国のレベル、二とか三とかいう数字でございます。その辺のところでも大変な違いがあるという、そのことだけ
最後にお伝えしておきます。
少し時間をオーバーいたしました。