○荒木
公述人 弁護士の荒木でございます。
御承知かと思いますけれども、日弁連、日本
弁護士連合会では司法制度調査会というのがございまして、これはいわば
法制審議会の対応機関でございますけれども、各種の立法あるいは法
改正について審議したり、あるいは日弁連としての
意見書づくりをしております。
借地法等の
改正についても数年来討議を重ねてきておりまして、また、法務省民事局参事官室からさきに公表された
借地法・
借家法改正要綱試案についても、既に日弁連としての
意見書を提出しております。私も若輩ながら司法制度調査会のメンバーとして討議に加わりましたし、また
意見書づくりにも参画いたしました。
それで本日は、そこでの議論と、それから私個人の二十年近い民事
専門弁護士としての経験を踏まえながら本
法案についての
意見を述べたいと思います。
あらかじめお断りしておきますけれども、私の依頼者というのは、いわゆる
地主さん、家主さん、あるいは
借地人、
借家人の
方々のどちらかに偏っているというわけではございません。大ざっぱに言えば、
地主さん、家主さんの方は半分ぐらい、
借地人、
借家人の方が半分ぐらいというようなことになるのではないかと思います。私としては、貸す側、借りる側、それぞれの
立場とか気持ちとかはそれなりに理解しているつもりですし、どちらか一方に味方しなければならないというような義理もありませんし、また義務もございません。そういう
意味では、まあニュートラルな
立場ということでお聞き願えれば幸いと思います。
本
法案については幾つかの重要な点がありますけれども、やはり一番重要な点は、
更新しない
借地権、すなわち
定期借地権の創設の問題と、もう
一つは
借地権の
存続期間の問題であろうかと思います。時間の都合もありますので、一応この二点について的を絞って
お話ししたいと思います。
定期借地権については、御承知のとおり
現行法では、
借地人が希望する限り原則的に
更新することとされております。
借地権設定者、
一般には
地主の方なんですけれども、そちらが
更新を拒む場合には、自分でその
土地を使う必要があるといったような
正当事由が必要とされております。ただ、大抵の場合、
地主というのは別に
土地を所有して自分の
建物の敷地や何かに使用しておりますから、実際上はなかなか
正当事由というのは認められないわけです。
正当事由がないとさらに三十年、二十年延びることになる。
地主から見ると、一たん
土地を貸すと半永久的に戻してもらえなくなるというような感覚が生じてきているわけであります。
その結果、
地主の方としては、たとえ余っている
土地があっても貸さないというような
状態が生じてきているわけです。実際、近年、新たに
借地権設定をする例は非常に少なくなっていると言われております。これが
土地供給を阻害する一因になっていることはやはり否定できないと思います。それから、仮に
土地を貸すとしても、半永久的に戻してもらえないということを見越して、高額な
権利金、売買代金にも匹敵するような
権利金をもらって初めて
土地を貸すというのが少なくとも都市部では半ば通例化しているわけであります。
それで、
借地権といいますのは、
借地人の生活や事業の基盤になっていると
一般には
考えられますので、ある程度
長期的な
期間が保障されなければならないというのは当然であろうかと思います。しかし、常に半永久的な
存続期間が保障されなければならないというものではないと思います。
土地を借りて
建物を建てようという人あるいは企業の中には、半永久的なものでなくてもいいから貸してほしい、一定
期間後必ず返すことにしてもいいから、そのかわり
権利金なしで貸してほしいというような要望をする人あるいは企業も少なくないと思います。また、客観的に見て、また公平に見て、
借地人の方に
更新請求権を認めてやる必要はないと
考えられる場合も少なくないわけです。一方、
地主の方にとっても、将来返してもらえるかどうかわからないというのでは不安だから貸さないけれども、一定
期間後確実に返してもらえるのだったら貸してやってもいい、それから比較的短い
期間だったら
権利金なしで貸してもいいという人が多いのではないかと思われます。そういう場合を想定して、一定の
要件のもとに、一定
期間経過後
更新することなく終了する
借地権ということで
定期借地権が
考え出されているわけであります。
本
法案の二十二条ないし二十四条に広い
意味での
定期借地権の
三つの
類型が示されておりますけれども、いずれも、
借地人の
保護は十分であって
借地人の
更新請求を認めてやる必要はないと
考えられる場合であろうと思います。例えば二十三条では
建物譲渡特約付
借地権というのが示されていますけれども、この場合の
借地人として予想されるものは、いわゆるデベロッパーあるいはマンション
業者などであろうかと思います。それから二十四条で
事業用借地権というのが示されていますけれども、主に
考えられるこの場合の
借地人というのは、例えばファミリーレストランだとかファーストフードとかスーパーとか、そういった比較的資力のある企
業者ではないかと思われます。
そもそも
更新拒絶に
正当事由を必要とするという
借地法、
借家法の制度というのは、
借地人、
借家人が
地主、家主に比べて社会的弱者であるからこれを
保護しようというような
考え方が背景にあったと思われます。ただ、今日ではそういうふうな見方は必ずしもできないのではないかと思われます。
地主、家主よりも
借地人、
借家人がはるかに大きな財力を有している場合も全然珍しくはございません。それから、いわゆる大企業と言われるようなところでも、本店、支店、営業所あるいは工場といった施設のどこかを賃借しているというのは非常に多いわけです。恐らく上場会社の中で全然賃借不動産がないというような会社はまれではないかとさえ思います。また、大企業ではなくても個人あるいは小さな企業であっても、
土地を借りてそこでアパートを建てて、そこでそれを賃貸しているという人も珍しくはないわけです。あるいはまた、本
法案の三十八条で期限付
建物賃貸借というのがございますけれども、転勤する場合に自分の持ち家を人に賃貸するというような場合に、転勤先でやはり自分は自分で
建物を借りているというような場合もあるわけです。そういうふうに一人の個人あるいは
一つの企業なりが、片方で
地主、家主であって、片方で
借地人、
借家人であるケースというのは全然珍しくはないわけです。まあ
土地や
建物を賃借りしている大企業だとかあるいは
借地上でアパートを経営している人が、いわゆる
借地借家人組合といったものに入れてもらえるのかどうか私は存じませんけれども、少なくとも
地主、家主が社会的強者であって
借地人、
借家人が社会的弱者であるというような図式的な固定観念は、今日では通用しないと思われます。
もちろん、そうはいっても
借地権の永続性を
保護しなければならない場合もあるわけです。本
法案は、
定期借地権でない
借地権、すなわち
普通借地権、
正当事由がなければ
更新拒絶できないという従来型の
借地権というのも、なお本来的な
借地権としてこれを維持、存続させているわけであります。いわば
定期借地権という特別のメニューを追加して、当事者の選択の幅を広げるものであります。今日、
借地関係が非常に
多様化しているというような時代背景を見ますと、有意義な
改正であると
考えます。
定期借地権が創設された場合にはいわゆる乱開発が起きるというようなことを心配する向きもありますけれども、この問題は、まあ
地主がビルを建てること自体は現行
借地法では全然何の、少なくとも
借地法としては問題ないわけであって、乱開発云々の問題は
借地・
借家の問題ではなくて別の
法律で規制すべき問題であります。
それから
定期借地権が創設された場合には、
既存のというか従来型の
普通借地権が駆逐されるのではないかということを心配する向きもあるわけです。私は必ずしもそういう予想が正しいとは思いませんけれども、仮に正しいとしても、少なくとも
現行法のままで
土地を貸す
地主がほとんどいないという状況であれば、
定期借地権としてでも
土地を貸す人がふえるんだったら、まだその方がましてはないかというふうに
考えるわけです。
ただ、私としては
一つだけ不満な点がございます。それは、本
法案の二十四条、
事業用借地権の設定について
公正証書によってしなければならないとしている点であります。
定期借地権のうちの
三つの
類型の中でも、この
事業用借地権というのは最も活用されるであろうと私は想像しているんですけれども、そういうのについてわざわざ手間暇、金かけて
公正証書をつくらなければならないとするのは、いわばそういう活用の道の足を引っ張るものであるというふうに
考えます。この
公正証書によって
借地人に慎重な対応をさせようというねらいがあるのかもしれませんけれども、この場合の
借地人というのは、先ほども
お話ししましたように事
業者であります。例えばファミリーレストランとかスーパーとか、そういう比較的資本力のある事
業者が
一般であろうかと思います。そういう事
業者は
一般に取引について十分な知識もあるし、経験もあるし、あるいは
弁護士に相談する
機会も非常に多いんじゃないかと思います。それから公証人というのは、そもそも
契約当事者の一方である
借地人の側に立って助言したり有利不利の判断をしてやる
立場にはないわけです。したがって、この二十四条の
公正証書云々というのはやはり削除すべきであると思います。
それから二十二条ですけれども、ここでもやはり
公正証書によるなど書面によってしなければならないと規定されております。
公正証書は要求されてないわけなんですけれども、こういう例示は今
お話しした点からやはりナンセンスであろうと思います。ちなみに、
定期借地権に関しては日弁連も賛成の
意見書を提出しております。
次に、
借地権の
存続期間でございますけれども、
最初の
存続期間を三十年とすることについては、現行
借地法が堅固な
建物の場合には最低約定
期間が三十年、それから非堅固
建物の場合が三十年としているようなことも
考えますと、まあ適当なところではないかと思われます。
問題なのは、
更新後の
期間を十年とするということであろうと思います。
現行法では堅固
建物の場合
更新後の
期間は三十年、非堅固
建物の場合は二十年とされているから、この点については大きな変更になるかと思います。
ただ、
更新後の
存続期間が問題になるというのは、もちろん
定期借地権でない場合、すなわち
更新拒絶に
正当事由を要するという場合でありますが、
正当事由を判断する
機会が三十年ごとあるいは二十年ごとというのはやはり現代の社会の動きを
考えますと
余りにもサイクルが長過ぎると思われます。三十年目あるいは二十年目にたまたま
正当事由があっなかなかったかというのではいささか偶然的に過ぎるのではないかと思います。要するに、どちらにより強い使用の必要性があるかというようなことを判断して双方の利害
調整を図ろうということですから、その
機会がふえることは利害
調整の面からは望ましいことと言えます。ただし、それが
余り頻繁ですと
借地人は安心してそこで生活や事業を営むことができないということで、その調和として十年、つまり十年ごとに
正当事由判断の
機会を与えるというのはほぼ適切なことではなかろうかと思います。ちなみに日弁連の
意見書では、反対
意見があったことを付記してはおりますけれども、十年という案に賛成しております。
ただ、ここでも私が
一つ不満な点は、この
更新後の
期間に関する規定を
既存の
借地契約には
適用しないとされていることであります。本
法案は十年ごとに
正当事由を判断して利害
調整を図ろうというものでありますから、
既存の
借地関係に
適用しても
借地人の
権利を奪うということには必ずしもならないと
考えます。問題なのは、旧法によって三十年ごとあるいは二十年ごとに
更新するという
借地関係と、
新法によって十年ごとに
更新するという
借地関係が、半永久的に併存するという事態が
考えられることであります。こういうことは
一般の人には非常にわかりにくいことであります。法的安定性を損なうものと言わざるを得ません。
この点については、本法の
改正要綱で
一つの案として示されていますように、二度目に
更新するときから
新法を
適用する、すなわち
新法の施行後
最初に
存続期間が満了するときは、いわば
借地人の
期待を尊重して
現行法のとおり三十年または二十年ということで延長して、
更新の
期間を認めて、そうしてそれが終了するときにはその後は十年とするというような案の方が立法政策としては適切ではないかと思います。
ついでながら
正当事由についてでありますが、
改正要綱では当然のことのように
既存の
借地関係に
適用されるとされていたものが、本
法案では
適用されないというふうにされております。この
正当事由については、
裁判所が従来から
正当事由の判断の要素としてきたもの、学説が
一般に承認してきたものをいわば明文化したものということで、実質的な内容が
現行法の
正当事由と変化するわけではないというふうに理解しておりますけれども、それならば、これを
既存の
借地権に
適用しないというのはやはり矛盾であります。例えば、もしそういうことであれば、旧法の
正当事由と
新法の
正当事由は別のものではないのかというような疑問が生じてくるわけであります。あるいは、
新法で
正当事由が認められないという場合であっても旧法では
正当事由が認められるということになるのだろうかというような疑問の余地も生じてくるわけであります。
正当事由については、
試案の段階では「
土地の存する地域の状況」というのがあって、日弁連ではそれには反対しておりまして、その部分が入っているんだったら
既存の
借地関係に
適用するのは反対だという
意見を出しておりますが、この「
土地の存する地域の状況」というのは本
法案では削除されております。したがって、日弁連の
意見としては、
正当事由は
既存の
借地関係にも
適用されるという
考えてあります。
正当事由の内容あるいは
表現といったものについてはいろいろな議論があるとは思いますが、
既存の
借地関係に
適用しないとすることは全く
意味がないというふうに
考えます。
以上で、とりあえず私の
意見陳述とさせていただきます。