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参考人(
三ケ月章君)
三ケ月章でございます。
私の
専門とするところは
司法制度及び特に
民事裁判制度でございます。
私の
司法制度に関する
基本的な
考え方の
一つは、一国の
司法制度の実績はその国の
平均的法律家の質と量との
相乗積によって規定されるものであるということでございまして、
法曹養成制度はその
意味におきましては
司法制度の最も重要な
部分を形づくるものでありますが、今回のこの
法律案は、まさにこの問題にじかに対峠する重要な
法案であると考えるわけでございます。
私が
民事訴訟法の
研究生活を始めました時期は、第二次大戦後における
制度の大
改革の時期でございました。そして、法の
担い手につきましても
二つの大きな変革が試みられた時期でございます。その
一つは、
現行の
法曹養成制度の
基本であるところの
司法修習制度が創設されたということでございますし、第二は、戦後の
学制改革によりまして
新制大学の発足を見、ひいては
法学部の非常な
増加があったということでございます。
その後、私は
民事訴訟法学の中で
司法制度論を
手続論から独立させまして、
裁判法という新しい学問の場を設けることを主張し、そしてそれを実践してまいったわけでございますが、その中で、
司法制度全体の中で最も重要な
部分である
法曹養成制度に抜本的な
検討を加える必要があることを主張し続けてまいったのでございますが、つい最近に至るまで私のような主張はどちらかといいますと
少数説ないしは
孤立説であったと見ております。
しかし、この間に、最近では
我が国の
司法を取り巻く
環境は大きく変化いたしました。かつて
法曹社会の量の面での立ちおくれ等が、このままでは新憲法の基底にありますところの法の
支配の実現ということに対して非常に消極的な影響を与え、法の
支配は絵に描いたもちにすぎないではないかということが
一つの大きな問題の中心であったわけでございますが、現在におきましてはそうした問題に加えて、
法律事務を含みます
サービス業務の
国際化ということの要請が全
世界的に緊迫化してまいりました。こうした新しい
国際環境のもとにおける法の
担い手の
充実ということが緊急の新しい
課題となって登場してきたと見ておるわけでございます。
こうした
状況の中で、私は
法務省が
昭和六十二年春に設けられました
法曹基本問題懇談会のメンバーとなることを求められたのでございますが、これは
法務省が今回の
司法試験制度改革の
基本的な
方向を探るために、
法務大臣の
勉強会として設けたものでございました。この会は、
法曹界からは
最高裁判所長官、
検事総長、
日弁連会長等の職を経験された方が
出席されましたし、また私を含みます
法律学者も若干加わってはおりますが、過半数は
法律家以外の
日本の各界を代表する有識者の
方々であり、その
検討の主題は、将来における
我が国の
法曹のあるべき姿から見て現在の
司法試験制度に
改革すべき点はないかということでございました。ようやく
日本におきましても、人の面から見た
司法制度の
改革が公式の場で議論されるようになったということは、私としては画期的なことであると評価している次第でございます。
その
懇談会におきましては、約一年間にわたります
意見交換を行って
意見書を取りまとめました。その
結論的な
部分を紹介いたしますと、
我が国社会が今後更に高度化し、また、
国際化するにつれ、
法的解決を必要とする
社会事象はいよいよ
増加するとともに、複雑多様なものとなっていくことが予想される。
法曹は、当然のことながら、そのような
社会の
進歩変容に適応して、
国民の
期待に応えなければならないのである。そして、そのためには、豊かな
人間性と
人権感覚を備え、柔軟な
思考力と旺盛な意欲を持ち、
国民の
法曹に対する負託に十分応えることのできる
能力を有する裁判官、検察官、あるいは、
弁護士が
国民の身近に存在し、その需要を満たしていくことが、従来にも増して要請されるのである。
こういうのが
結論の要旨でございました。
司法試験の
現状については、
法曹界が
国民の
期待にこたえ得る
後進者を確保するという
観点から見まして、
現状はもはや放置しがたいというものでございました。こうした
懇談会の
意見は、私の年来の
問題意識と全く同じものであったわけでございます。
現在、
国会に提出されております
司法試験法の
改正法案は、このような
問題意識を
出発点として
立案作業がなされたものと私は理解しております。その
改正内容は、
法曹養成制度全体の問題の中では、また諸外国の大きな
流れというものの中において見ますならば、比較的小さな、
部分的な
改正にとどまっているという
批判がございます。こうした比較的小さな
改革から出発せざるを得ないのは、これを超えましたドラスチックな、全面的な
改革を行うためには、なお
幾つかの根本的な問題に取り組む必要があるからでございまして、しかもその結果が出るまでこれを待っていたのでは、
我が国の
司法が回復不可能なダメージを受けるおそれがあると考えられるからであると思います。
その根本的な問題の
幾つかを挙げますと、第一は、
我が国における適正な
法曹人口という問題でございます。私は、現在の
司法試験合格者数及び
法曹人口が余りにも少ないということは、どのような
観点から考えても、
世界の
流れを点検いたしましても、疑問の余地のないところであると学問的な私どもの
立場からは考えているものでございます。しからば、適正な
法曹人口というのはどの
程度なんだろうかということになりますと、これは大変難しいのでございまして、単純な
国際比較や
訴訟事件の数といった指標から直ちに
結論が導き出されるものではございませんで、
我が国の
社会構造を十分に分析して研究すべき問題でございます。また、
法律家の数がふえただけでは、それが
国民に対する
法律サービスの向上に結びつくという保証もなく、むしろそこの
結びつきを図っていかなければ
意味がないわけでございまして、そのためには単に数をふやすということ以外にもいろいろなそのための
条件整備を図っていかなければならないわけでございますが、これもまたかなり息の長い仕事になるはずでございます。これが第一の
問題点でございます。
第二は、
法学教育の
あり方の問題でございます。戦後の
学制改革によりまして
新制大学が誕生し、
法学部は量的には飛躍的に増大いたしました。しかしながら、
法曹養成制度の
出発点を担うものとしての性格はそれだけ希薄になってしまったのでございます。最近になりまして、
大学院の
役割を見直そうという機運が高まっておりまして、高度な
専門的知識、
能力を持つ
職業人の
養成と再
教育を行う、
法学教育の領域でもそういうことを行うための
大学院改革が
幾つかの
大学で始まっております。こうした
大学改革の動きを十分に見きわめつつ、それと
法曹養成制度全体の
あり方の関連ということを考えていくべき時期に来ていると考えるわけでございます。
第三は、
司法修習制度の
あり方であります。
修習制度の
あり方は、
養成する人数や
大学法学教育の
充実の
程度によって規定されてくる面がございまして、それらとの
関係で総合的な
検討が必要でございます。
国民の
立場からあるべき
法曹人口や
養成制度という問題を考えていくためには、
結論として
現行制度の
基本構造を変えることにするかどうかはともかくといたしまして、
現行司法修習制度及びその
内容を新しい事態のもとで再評価していくことは避けて通れない
課題であると考えられるのでございます。
こうした
三つばかりの大きな問題を今後の
検討課題として残して、今回の
改正法案が
国会に提出されたわけでございます。
先ほど申しましたように、学会の一部などでは、これはこれだけで果たして問題が解決できるのかという
批判がないわけではございませんが、私は今次の
改革は、その
内容は確かに比較的小さいと申してはいけません、つつましいものではございますが、長期的な
観点から見まして極めて重大な意義を持つものであると評価しているのでございます。
その
理由を申し上げます。
第一に、その
改革の
内容は、望ましい
試験制度に多少なりとも近づける
効果があるということでございます。まず、今次の
改革によりまして、
司法試験の
合格者数をそれまでの数の四割
程度増加させることにしているわけでございます。その
増加の
程度は、客観的な
必要性から考えますと、なお不十分なものであると私は考えております。しかしながら、
法曹人口を
増加させる
方向で当面実現可能な
最大限の
増加が図られているわけでございます。
また、
司法試験の
現状は短期間の
合格が極めて困難であるという異常な
状況にあるわけでございますが、およそ
試験というものは相当の
能力を有する者が十分な
努力をすれば相当の期間内に
合格し得るものでなければならず、
受験を志す者にそのようなものとして認識される必要があるのでございまして、今回の
法律改正によって
導入される
合格枠制は、
司法試験の
試験制度としての
機能を回復するために、
現状においては必要不可欠であると考えるのであります。
なお、この点に関して一言いたしますと、
世界の
法曹資格試験制度を全部眺めてみまして、何らかの
受験回数制限をしている国がほとんどでございます。
法曹資格試験においてそれまでの
受験歴を考慮するということは
世界的に見ても何ら不都合なこととは考えられていないと私は考えております。
こうした
改革の結果として、
合格者数が
増加し、かつ
司法試験としての
機能が回復することによりまして、より多くのすぐれた
人材が
法曹界に吸収されるようになることが
期待されるのでございまして、
国民の
期待する
法曹養成制度に一歩近づく
改革内容であると評価しているわけでございます。
第二の点は、
法律家が
社会の実情から、自分たちのいろいろな面での
世界の
流れから見ました立ちおくれを自覚して、それを
改革していこうという具体的な合意を今回のこの
法律改正によって成立させたということの評価でございます。こうした
程度の合意を形成するだけでも今日までの長い年月を要したという事実、あるいは事態がここまで深刻になるまで合意が
法曹三者の間で形成されなかったということにつきましては、私は恐らく
法律家に対して最も強い
批判を持っている者の一人でございます。しかし同時に、これまでの挫折の経緯も私は十分に知っておるつもりでございます。そのような者といたしましては、ようやくにして
改革の具体的な第一歩がここで結実しようとしていることに深い感慨を禁じ得ないのでございます。これまで
改革を阻んできたある
意味での
現状維持的な思考というものが、今次の
改革の実現によりまして
部分的にせよそれが打ち破られていくきっかけが形づくられるのだとしたら、長い目で見ましてその意義は大変大きいものがあると私は考えるものでございます。
第三は、今次の
改革によってより抜本的な
改革が棚上げされるものではなく、
関係者が直ちに、さきに述べた抜本的な
課題を含めて
検討を開始して、
法曹養成制度全体の
改革を実現するための作業を開始するということになっているということでございます。
法律家のこれまでの
現状維持的な思考が今次
改革の実現によって打ち破られて、真に
国民的見地に立って
法曹養成制度の
あり方が考え直され、かつ実現されていくことを強く希望しておる次第でございます。
また、今次の
改革の
内容は、それ自体
大学の
法学教育を終えた直後の者の
合格可能性を相当大きく広げることによりまして、
大学における
法曹養成教育の分担ということに好ましい影響を与えると
法学教育のOBといたしましては考えているわけでございますが、それにとどまらずに、抜本的な
改革論議が
大学関係者も参加して行われるという話でございまして、それが
大学改革の動きを加速する
効果もあると
期待しているわけでございます。
以上のような
観点から、ぜひともこの
法案は前向きの
方向で御
検討いただき、かつそれが通過するように御
努力をいただきたい。かつては
法学教育に携わり、現在は
弁護士として実務を担当し、また、ただいまはいろいろ立法にも関与いたします私の心からなるお願いでございます。
どうもありがとうございました。