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1991-05-08 第120回国会 衆議院 本会議 第28号
公式Web版
会議録情報
0
平成
三年五月八日(水曜日)
—————————————
議事日程
第十九号
平成
三年五月八日 午前十時
開議
第一
育児休業等
に関する
法律案
(
内閣提出
、
参議院送付
) ………………………………… 〔
請願日程
は
本号
(一)
末尾
に
掲載
〕
—————————————
○本日の
会議
に付した
案件
議員佐藤隆
君逝去につき
弔詞
を贈呈することと し、
弔詞
は
議長
に一任するの件(
議長発議
)
井上普方
君の故
議員佐藤隆
君に対する
追悼演説
国会法
の一部を改正する
法律案
(本
院提出
、参
議院回付
)
日程
第一
育児休業等
に関する
法律案
(
内閣提
出、
参議院送付
)
請願日程
看護職員賃金
の
抜本的改善
に関する
請願外
六百四十四
請願
子ども
の
権利条約
の
早期批准
に関する
請願外
五 百三十一
請願
懲罰委員会
を除く
内閣委員会外
十六
常任委員会
並びに
災害対策特別委員会外
七
特別委員会
に おいて、各
委員会
から申出のあった
案件
につ いて
閉会
中
審査
するの件(
議長発議
)
留置施設法案
(
内閣提出
)は、
地方行政委員会
に おいて、
海上保安庁
の
留置施設
に関する
法律
案(
内閣提出
)は、
運輸委員会
において
閉会
中
審査
するの件(
議長発議
)
刑事施設法案
(
内閣提出
)及び
刑事施設法施行法
案(
内閣提出
)は、
法務委員会
において
閉会
中
審査
するの件(
議長発議
) 午後二時二分
開議
櫻内義雄
1
○
議長
(
櫻内義雄
君) これより
会議
を開きます。
————◇—————
弔詞贈呈
の件
櫻内義雄
2
○
議長
(
櫻内義雄
君) 御
報告
いたすことがあります。
議員佐藤隆
君は、去る四月十七日逝去されました。まこ止に
哀悼痛惜
の至りにたえません。 つきましては、同君に対し、
弔詞
を贈呈いたしたいと存じます。
弔詞
は
議長
に一任されたいと存じます。これに御
異議
ありませんか。 〔「
異議
なし」と呼ぶ者あり〕
櫻内義雄
3
○
議長
(
櫻内義雄
君) 御
異議
なしと認めます。よって、そのとおり決しました。
弔詞
を朗読いたします。 〔
総員起立
〕
衆議院
は 多年憲政のために尽力し さきに
農林水産委員長
の
要職
につき また国務大臣の重任にあたられた
議員従三位勲一等佐藤隆
君の長 逆を
哀悼
し つつしんで
弔詞
をささげます この
弔詞
の
贈呈方
は
議長
において取り計らいます。
—————————————
故
議員佐藤隆
君に対する
追悼演説
櫻内義雄
4
○
議長
(
櫻内義雄
君) この際、弔意を表するため、
井上普方
君から発言を求められております。これを許します。
井上普方
君。 〔
井上普方
君
登壇
〕
井上普方
5
○
井上普方
君 ただいま
議長
から御
報告
のありましたとおり、本
院議員佐藤隆先生
は、去る四月十七日に逝去されました。まことに
痛惜
の念にたえません。 私は、ここに、
諸君
の御同意を得まして、
議員一同
を
代表
し、謹んで
哀悼
の
言葉
を申し述べさせていただきます。 私が、
党派
を超え十
有余年
にわたって
先生
と強く友情に結ばれましたのは、ともに
超党派議員団
の
代表
として、
アジア諸国
の
人口問題国際会議
に出席いたしまして、
内外
の政情を語り、
人口
問題の
解決
なくして
人類
の平和と
繁栄
はあり得ないとの共通の認識に基づくものでございました。さらに、人間的に
先生
のさわやかで快活で
情熱
の塊のような
行動力
に魅せられたからにほかなりません。 人一倍
責任感
旺盛な
先生
は、本年二月ソウルで開かれました第七回
人口
と
開発
に関する
アジア国会議員代表者会議
に、既に病の身を押し、医師を同道いたしまして出席され、
会議
を成功裏に導かれたのであります。また、帰国後も、地元の
市長選挙
の応援に駆けつけるなど、あふれる
責任感
から
政治家
として奔走されていたのであります。 しかし、三月半ば過ぎ入院されたと伺いまして、御回復の一日も早からんことを祈っておりましたけれども、御
家族
の手厚い
看護
のかいもなく、御本復を見ることはなく、思いがけない急逝の悲報に接し、同じ
政治
の道を歩む者としてまことに痛恨きわまりないものがございます。
佐藤隆先生
は、
昭和
二年十二月、
新潟
県中蒲原郡亀田町の
旧家佐藤芳男
氏の次男としてお生まれになりました。 御尊父は、戦中戦後を通じて
衆議院議員
、
参議院議員
として御活躍になり、また、伯父の
佐藤與一
氏も、
昭和
の初期に
衆議院議員
として務められ たのであります。このような
家庭環境
のもとで
少年時代
を
先生
は過ごされました。一
先生
は、
旧制新潟中学
に入学されましたが、折しも第二次大戦中でございました。愛国の信もたしかたく、
昭和
十八年、
甲種予科練
に入隊し、厳しい訓練を受けられたのであります。 やがて終戦を迎え、郷里に帰られた
先生
は、
我が国
の
発展
のためには、まず
食糧
の
安定供給体制
の
確立
が必要であると熟慮いたされまして、東京
農業
大学に進まれました。
昭和
二十四年、
大学卒業
と同時に農林中央金庫に入り、その後、
農林漁業金融公庫
に彩られました。
昭和
四十一年、
農林漁業金融公庫調査役
を退任された
先生
は、当時
参議院議員
であられた
父君
の右腕として
秘書業務
につかれ、長年にわたって培われた
経験
をもとに、鋭敏な感覚をもって
農業経営
の
近代化
の
推進
など
農業
問題に積極的に取り組み、
我が国農政
の将来についてさらに研さんを積まれていたのであります。 ところが、
佐藤先生
にとっては、片時も脳裏を離れることのないつらく、悲しい、そして
先生
の人生の転機ともなる不慮の事故に見舞われたのであります。それは、
昭和
四十二年八月二十八日、
新潟
県
下越地方
を襲った
集中豪雨
は、
最愛
の御両親と
最愛
の二人の御子息の
生命
を一瞬にして奪い去ったのであります。このとき
先生
が受けられた
衝撃
と
悲しみ
はいかばかりか、想像を絶するものがあるのでございます。 しかし
先生
は、その
悲しみ
を乗り越え、
父君
の御遺志を継ぐべく、その年の十一月、
参議院補欠選挙
に出馬、
見事当選
の栄をから取られ、
政治家
としての第一歩を踏み出されたのであります。
参議院
に
議席
を得られてからの
先生
は、
内閣
、
農林水産
などの各
委員
を初め、
災害対策特別委員会
の理事として、さらには
農林水産委員長
として、卓越した識見と豊富な
経験
を生かして大いに活躍されました。 とりわけ、
自然災害
で御
家族
を失い、人一倍自然の脅威と
生命
のとうとさを痛感していた
先生
は、
災害
の防止と
救済制度
の
確立
は、
政治家
の、いや
先生
御自身の
責任
であるとの
信念
で、
個人災害救済制度
の創設に執念を燃やされました。
国会
の
災害男
と言われて奔走すること七年、
世界
に
先駆け我が国
初めての
個人災害救済制度
をまとめまして、これを
議員立法
としてついに
昭和
四十八年九月成立させ、宿願を果たしたのであります。(
拍手
) その年は、くしくも
羽越水害
で亡くなられた御
家族
の七回忌にも当たり、遭難の地に、すべての
犠牲者
の霊を供養するため、救難六
地蔵尊
を建立され、「ななとせのあせをえがおにじ
ぞうそん
」の句を手向けられたと伺っております。 その後、
昭和
五十一年十二月五日に行われました第三十四回
衆議院議員
総
選挙
に
新潟
県第二区から立候補し、
最高点
で当選されたのであります。 本院に
議席
を得られた
先生
は、
農林水産
、
災害対策等
の
委員
として御活躍され、また、
昭和
五十三年には
農林水産委員長
に就任し、
委員会
の円満な運営の衝に当たられ、与野党の別なく、
同僚議員
がひとしく敬服していたところであります。 さらに、
自由民主党
にあっては、筆頭副
幹事長
、
政調総合農政調査会長等
の
要職
につかれ、党務の処理や
政策
の立案、あるいは
国会対策
に尽力されたのであります。とりわけ
総合農政調査会長
としては、
我が国農政
の根幹にかかわる
米輸入自由化
問題について、
国民的視野
に立って真剣に取り組んでこられました。 終始、
農業政策
に携わってこられた
先生
の実績を買われ、
昭和
六十二年十一月、
竹下内閣
の
農林水産大臣
として晴れて入閣されたのであります。(
拍手
) 時あたかも、
我が国
の
農業
をめぐる
環境
は、米、
牛肉
、オレンジを初めとする
農産物
の
市場開放
が求められるなど、幾多の難題を抱えて極めて厳しい
状況下
にありました。 就任間もない
昭和
六十三年三月、長年にわたり難航を重ねてきた
日米
間の
牛肉
・オレンジ
自由化
問題の決着を図るため、
先生
は、
政治生命
をかけて渡米され、
農産物交渉
で
ヤイター通商代表
と厳しく対峙したことは、今なお私どもの記憶に新たなるところであります。(
拍手
)そのような雰囲気の中でも、「春の日の如き心で語らばや」という二句を扇子に書き、これを
ヤイター通商代表
に贈り、いたずらに対決を事とするのではなく、穏やがに話し合おうとの心のうちを示されたのであります。 この
外交交渉
に当たって、
我が国
の
食糧政策
に将来禍根を残すようなことがあってはならない、そして同時に、
国際化
の中で日本が孤立する過ちを繰り返してはならないとの
信念
を秘めて、前後三たびにわたる粘り強い
交渉
の結果、
アメリカ側
から
自由化
までの
猶予期間
、関税などの
国境措置
についての譲歩を引き出し、
自由化
を受け入れるという苦渋の決断を下されたのでありました。 それと同時に
先生
は、
国際化
のあらしの中で、
我が国農業
の存立を守り、その
体質強化
を図るための
国内対策
に没頭されたのであります。 また
先生
は、
人口
、
食糧
問題に強い関心を抱き、
政治家
としての
情熱
を傾注されました。
昭和
四十八年、
岸信介
元
総理
を団長とする
アジア人口事情視察団
の一員として、
インド
、タイなどの
東南アジア諸国
を視察された際に、道端で生まれ、栄養失調で死んでいく
子供
らの悲惨な
状況
に直面し、この
衝撃的体験
が
人口
問題と深く取り組む引き金となったのであります。「飢えて死ぬために生まれる
子供
があってはならない」、人間一人一人が愛と希望の大切な対象であり、
人口
問題を論ずるとき、その原点には必ず
生命
への慈しみがなければならないと力説した
佐藤隆先生
でありました。
人口
問題こそ
政治家
のライフワークとするにふさわしいテーマであると確信され、この問題の
解決
なくして
人類
の平和と
繁栄
はあり得ないとの
信念
を一層深められたのであります。(
拍手
) 自来、
人口
問題に関する
国会議員組織
の結成に奔走され、
昭和
四十九年には、
世界
に
先駆け我が国
に
超党派
の
国際人口問題議員懇談会
の発足を見るに至ったのであります。この
組織
をさらに国際的に広げ、
人口
と
開発列国国会議員会議
、
人口
と
開発
に関する
アジア議員フォーラム
の
設立
など、数々の
実行機関
の
設立
の
中心的存在
として活躍されました。 特に、
先生
の
功績
の一つとして忘れ得ないものに、
昭和
五十六年十月、
北京
の人民
大会
堂で開催されました
人口
と
開発
に関する
アジア国会議員会議
がございます。 この
会議
は、
中国
にとっては、
文化革命
後、
世界
に窓を開く初めての大規模な
世界大会
でありましたが、
中国
、
インド
との
国境対立
、韓国、
朝鮮民主主義人民共和国両国
の参加の是非が問題となり、直前になって開催不可能かどの観測も流れ、その成り行きが
世界
の注目を集めました。
先生
は、このことを知るや、単身、
北京
、二ューデリーに飛び、当時の
黄華
副首相や
ガンジー首相
と直談判し、見事に問題を
解決
して
北京大会
を大成功に導かれたのであります。(
拍手
)このことは、
中国
から深く深く感謝の念を示されたところであります。 この
大会
を契機に、
アジア
三十数カ国が参加する
人口
と
開発
に関する
アジア議員フォーラム
が結成されましたが、その
議長
に
佐藤隆先生
が満場一致で推挙されましたのも、けだし当然と申すべきであります。(
拍手
) この
先生
の
外交交渉
の成果がなければ、今日、
アジア
の国々の
国会議員
が心を一にして
人口
問題に取り組むことはなかったのであります。 このような多年にわたる活動の
推進
と
発展
に尽くされました
功績
を、
国際連合
は高く評価しまして、
昭和
六十年三月、
先生
は、岸、福田元
総理
に続き、
我が国
では三人目の
国連平和賞
を受賞されたのであります。(
拍手
)
先生
は、常々、「愛の心がない
政治
からは何も生まれない、生まれてきてよかったと思う
社会
をつくることが
政治
の目的だ」と語っておられ、
生命
の尊厳と
人類愛
が
先生
の
政治信条
の基盤とされていました。また、なすべきかなさざるべきかを慎重に考え、一度
信念
を持って決断されるや、一路邁進する
行動
の人でもありました。快活にして誠実、人の情を大事にして、常に相手の立場にも心配りを欠かさないお人柄、このような
先生
が、
ふるさと新潟
の多くの人々に
党派
を超えて愛され、慕われるのも、当然のことでありましょう。
人類愛
をベースに鋭い
先見性
と
行動力
を備えた有為の
政治家佐藤先生
は、散りゆく桜の花のごとく、いまだ六十三歳という若さで忽然と去っていかれました。
観世流
の謡で鍛えた力強い声、人懐こいまなざしに、少しあごを突き出し、白い歯を見せて話しかける表情には、人を引きつけて離さないものがございました。もはや、
先生
のその姿に接することができないと思うと、寂蓼の感、胸に迫るものがあります。 私は、長年にわたる
佐藤先生
の
政治生活
を内にあって支えてこられた奥様を初め御遺族の御心情を拝察するに、お慰め申し上げる
言葉
もございません。 かくて、
佐藤先生
は、本
院議員
に連続して当選すること六回、
参議院議員
二期を合わせ在職二十三年七カ月の長きに及び、その間、
我が国
政の進展に、
世界人類
の
繁栄
と
増進
に寄与せられた
功績
は、まことに偉大なものがございます。(
拍手
)
我が国
をめぐる
内外
の情勢が変転きわまりない今日、
前途有為
のすぐれた
政治家佐藤隆先生
を失いましたことは、
自由民主党
はもとより、本院にとりましても、
国家国民
にとりましても、はたまた、
アジア
の諸
国民
にとりましても、大きな損失でございます。惜しみても余りあるものがございます。 ここに、謹んで
佐藤隆先生
の御遺徳をしのび、生前の御
功績
をたたえ、心から御冥福をお祈りして、
追悼
の
言葉
といたします。(
拍手
)
————◇—————
櫻内義雄
6
○
議長
(
櫻内義雄
君) お諮りいたします。
参議院
から、本
院提出
、
国会法
の一部を改正する
法律案
が回付されました。この際、
議事日程
に追加して、
右回付案
を
議題
とするに御
異議
ありませんか。 〔「
異議
なし」と呼ぶ者あり〕
櫻内義雄
7
○
議長
(
櫻内義雄
君) 御
異議
なしと認めます。よって、
日程
は追加されました。
—————————————
国会法
の一部を改正する
法律案
(本
院提出
、
参議院回付
)
櫻内義雄
8
○
議長
(
櫻内義雄
君)
国会法
の一部を改正する
法律案
の
参議院回付案
を
議題
といたします。
—————————————
国会法
の一部を改正する
法律案
の
参議院回付案
〔
本号
(一)
末尾
に
掲載
〕
—————————————
櫻内義雄
9
○
議長
(
櫻内義雄
君)
採決
いたします。
本案
の
参議院
の
修正
に同意するに御
異議
ありませんか。 〔「
異議
なし」と呼ぶ者あり〕
櫻内義雄
10
○
議長
(
櫻内義雄
君) 御
異議
なしと認めます。よって、
参議院
の
修正
に同意するに決しました。
————◇—————
日程
第一
育児休業等
に関する
法律案
(
内閣
提出
、
参議院送付
)
櫻内義雄
11
○
議長
(
櫻内義雄
君)
日程
第一、
育児休業等
に関する
法律案
を
議題
といたします。
委員長
の
報告
を求めます。
社会労働委員長浜田卓二郎
君。
—————————————
育児休業等
に関する
法律案
及び同
報告書
〔
本号
(一)
末尾
に
掲載
〕
—————————————
〔
浜田卓二郎
君
登壇
〕
浜田卓二郎
12
○
浜田卓二郎
君 ただいま
議題
となりました
育児休業等
に関する
法律案
について、
社会労働委員会
における
審査
の経過及び結果を御
報告
申し上げます。
本案
は、
育児休業
に関する
制度
を設けることにより、子を養育する
労働者
の雇用の継続を促進し、もって
労働者
の福祉の
増進
を図ろうとするもので、その主な内容は、 第一に、一歳に満たない子を養育する
労働者
は、
期間
を明らかにして
事業主
に
申し出
ることにより
育児休業
をすることができることとし、
事業主
は、
育児休業
を
理由
として
労働者
を解雇することができないこと、また、
育児休業
中の待遇に関する
事項等
を周知させるための
措置
を講ずるよう努めなければならないこと、 第二に、
事業主
は、一歳に満たない子を養育する
労働者
で
育児休業
をしないものに関して、
勤務
時間の
短縮
その他の就業し
づつ子
を養育することを容易にするための
措置
を講じなければならないこと、 第三に、
事業主
は、一歳から
小学校就学
の始期に達するまでの子を養育する
労働者
に関して、
育児休業制度
または
勤務
時間の
短縮等
の
措置
に準じて、必要な
措置
を講ずるよう努めなければならないこと、 第四に、
労働大臣
は、
育児休業制度
の円滑な実施のために
事業主
が講ずべき
措置等
に関して指針を定め、これに従って助言、指導または勧告を行うほか、国は
事業主
に対し必要な援助に努めること、 第五に、政府は、この
法律
の
施行
後適当な時期において、必要があると認めるときは、この
法律
に規定する
育児休業
の
制度等
について総合的に
検討
を加え、その結果に基づいて必要な
措置
を講ずること等であります。 以上のうち、
育児休業
の
制度等
について総合的に
検討
を加える部分は、
参議院
で
修正
されたものであります。
本案
は、
参議院先議
に係るもので、去る四月二十六日同院において
修正
議決され、本院に送付され、同日付託となり、昨日の
委員会
において
小里労働大臣
から
提案理由
の説明を聴取した後、質疑を終了し、
採決
の結果、
全会一致
をもって
参議院送付案
のとおり可決すべきものと議決した次第であります。 以上、御
報告
申し上げます。(
拍手
)
—————————————
櫻内義雄
13
○
議長
(
櫻内義雄
君)
採決
いたします。
本案
は
委員長報告
のとおり決するに御
異議
ありませんか。 〔「
異議
なし」と呼ぶ者あり〕
櫻内義雄
14
○
議長
(
櫻内義雄
君) 御
異議
なしと認めます。よって、
本案
は
委員長報告
のとおり可決いたしました。
————◇—————
北村直人
15
○
北村直人
君
議事日程追加
の
緊急動議
を
提出
いたします。
請願日程
六百四十五件とともに、本日
委員会
の
審査
を終了した
子ども
の
権利条約
の
早期批准
に関する
請願外
五百三十一
請願
を追加して
一括議題
とし、その審議を進められることを望みます。
—————————————
〔
追加請願
の件名は
本号
(一)
末尾
に
掲載
〕
—————————————
櫻内義雄
16
○
議長
(
櫻内義雄
君)
北村直人
君の
動議
に御
異議
ありませんか。 〔「
異議
なし」と呼ぶ者あり〕
櫻内義雄
17
○
議長
(
櫻内義雄
君) 御
異議
なしと認めます。よって、
日程
は追加されました。
—————————————
請願日程
看護職員賃金
の
抜本的改善
に関す る
請願外
六百四十四
請願
子ども
の
権利条約
の
早期批准
に関する
請願外
五百三十一
請願
櫻内義雄
18
○
議長
(
櫻内義雄
君)
看護職員賃金
の
抜本的改善
に関する
請願外
千百七十六
請願
を一括して
議題
といたします。
—————————————
〔
報告書
は
会議録追録
に
掲載
〕
—————————————
櫻内義雄
19
○
議長
(
櫻内義雄
君) これより
採決
に入ります。 まず、
米市場開放阻止
に関する
請願
十八
請願
、米の
市場開放阻止
に関する
請願
二十六
請願
、
米市場開放阻止
及び
農業政策
の
確立
に関する
請願
、米の
市場開放阻止
及び
農業政策確立
に関する
請願
、
米市場開放阻止
及び
農業政策
の
確立等
に関する
請願
及び
米輸入自由化
、
食管制度廃止反対
に関する
請願
十六
請願
の六十三
請願
は
委員長
の
報告
を省略して採択するに
賛成
の
諸君
の
起立
を求めます。 〔
賛成者起立
〕
櫻内義雄
20
○
議長
(
櫻内義雄
君)
起立
多数。よって、そのとおり決しました。 次に、ただいま採択いたしました
請願
を除く他の千百十四
請願
は
委員長
の
報告
を省略して採択するに御
異議
ありませんか。 〔「
異議
なし」と呼ぶ者あり〕
櫻内義雄
21
○
議長
(
櫻内義雄
君) 御
異議
なしと認めます。よって、そのとおり決しました。
————◇—————
委員会
の
閉会
中
審査
に関する件
櫻内義雄
22
○
議長
(
櫻内義雄
君) お諮りいたします。
懲罰委員会
を除く
内閣委員会外
十六
常任委員会
並びに
災害対策特別委員会外
七
特別委員会
から、
閉会
中
審査
いたしたいとの
申し出
があります。
—————————————
〔
閉会
中
審査案件
は
本号
(一)
末尾
に
掲載
〕
—————————————
櫻内義雄
23
○
議長
(
櫻内義雄
君) 各
委員会
から
申し出
のあった
案件
中、まず、
内閣委員会
から
申し出
の
防衛庁設置法
及び
自衛隊法
の一部を改正する
法律案
、
社会労働委員会
から
申し出
の
医療法
の一部を改正する
法律案
は、各
委員会
において
閉会
中
審査
するに
賛成
の
諸君
の
起立
を求めます。 〔
賛成者起立
〕
櫻内義雄
24
○
議長
(
櫻内義雄
君)
起立
多数。よって、そのとおり決しました。 次に、
法務委員会
から
申し出
の
借地借家法案
及び
民事調停法
の一部を改正する
法律案
は、同
委員会
において
閉会
中
審査
するに
賛成
の
諸君
の
起立
を求めます。 〔
賛成者起立
〕
櫻内義雄
25
○
議長
(
櫻内義雄
君)
起立
多数。よって、そのとおり決しました。 次に、
社会労働委員会
から
申し出
の
老人保健法等
の一部を改正する
法律案
は、同
委員会
において
閉会
中
審査
するに
賛成
の
諸君
の
起立
を求めます。 〔
賛成者起立
〕
櫻内義雄
26
○
議長
(
櫻内義雄
君)
起立
多数。よって、そのとおり決しました。 次に、ただいま
閉会
中
審査
するに決しました
案件
を除く他の
案件
について、各
委員会
において
申し出
のとおり閉金中
審査
するに御
異議
ありませんか。 〔「
異議
なし」と呼ぶ者あり〕
櫻内義雄
27
○
議長
(
櫻内義雄
君) 御
異議
なしと認めます。よって、そのとおり決しました。
—————————————
櫻内義雄
28
○
議長
(
櫻内義雄
君) お諮りいたします。 まず、
内閣提出
、
留置施設法案
は
地方行政委員会
において、
海上保安庁
の
留置施設
に関する
法律案
は
運輸委員会
において、それぞれ
閉会
中
審査
することといたしたいと存じます。これに
賛成
の
諸君
の
起立
を求めます。 〔
賛成者起立
〕
櫻内義雄
29
○
議長
(
櫻内義雄
君)
起立
多数。よって、そのとおり決しました。 次に、
内閣提出
、
刑事施設法案
及び
刑事施設法施行法案
は、
法務委員会
において
閉会
中
審査
する ことといたしたいと存じます。これに
賛成
の
諸君
の
起立
を求めます。 〔
賛成者起立
〕
櫻内義雄
30
○
議長
(
櫻内義雄
君)
起立
多数。よって、そのとおり決しました。
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櫻内義雄
31
○
議長
(
櫻内義雄
君)
諸君
、第百二十回
国会
は、本日をもって終了いたします。 今
国会
は、昨年十二月十日に召集されて以来長
期間
にわたりましたが、この間におけ
喝諸君
の御労苦に対し、深く敬意を表する次第であります。 また、
議長
に寄せられました多大の御協力に対し、衷心より感謝申し上げます。
諸君
におかれましては、御自愛の上、一層御活躍されることを切望してやみません。(
拍手
)
————◇—————
櫻内義雄
32
○
議長
(
櫻内義雄
君) これにて散会いたします。 午後二時三十六分散会
————◇—————