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参考人(
田代洋一君)
田代です。
私は、今まで
農村調査を主たる手法として
農業構造の研究をしてきました。そういう者の
立場でもって若干
農村の
実態を踏まえながらお話をしてみたいと思います。私
どもが長年同一の地域を調査しておりますと、かつては非常に先進的な取り組みをしたそういう集落が、何十年後かに訪ねてみますとかえって停滞している例によくぶつかるわけです。その原因の多くは地域をリードしてきた優秀な
農業者たち、この人たちが死ぬまで世帯主の地位を守っているということのためにかえって地域
農業の世代交代がおくれて、そのために停滞してしまうというようなことがあるわけです。
この
農業者年金制度は、我々死に譲りというふうに、死んだときに代を譲る、死に譲りというふうに呼んでおりますけれ
ども、死に譲りを一般としてきた
農村に、適切な時期に
経営移譲をする規範あるいは慣行を持ち込むことで、
農家及び地域
農業の世代交代の
促進に大きく貢献してきたというふうに考えています。
しかし、
制度発足以来二十年たちまして、
農村人口の
高齢化といいますか長寿化といいますか、あるいはサラリーマン
後継者がふえてくるといいますか、そういう中でもって、
一つは六十歳での画一的な
経営移譲、また
後継者への一括移譲、こういう
制度の根幹部分において必ずしも
農家の
実態に合わない側面が出てきたのではないでしょうか。今回の
改正は、このようないわば
制度の硬直性を取り除いてより柔軟にしていく、そして
農村の
実態に即した世代交代と
構造政策を促すものとして
評価できるのではないかというふうに考えております。
その
評価の第一点は、先ほど来出ております年齢の
選択制でございます。そもそも
農業からのリタイアする年齢といいますのは、これは取り組んでいる
経営作目でありますとか、また西日本、東日本、地域によってもかなり異なるわけです。第二点目に、この
経営移譲といいますものは、本来は親の年齢によって画一的に決められるものじゃなくて、
後継者がどれだけ成長しているか、そのことに即して決められるべきものでありますけれ
ども、最近はそういう
農業後継者の
方々も、若い間は他産業に就業するということが一般化しています中では、そういう
後継者の成長というものが
制度発足時よりもおくれる傾向もなきにしもあらずだと。また三番目に、これだけ長寿化、
高齢化していく中でもって、余り早過ぎる移譲ということが元気な高齢者の生きがいを奪ってしまう、あるいは今後の長い
老後に対する不安を高める、そういう心配もあるわけです。
今回の年齢の
選択制は、こういう点でもっていわば各
農家のお家の事情といいますか、そういうものに即した柔軟な対応が可能になってくるものとして
評価できるのではないのかというふうに思っている次第です。なお、
選択制によって世代交代がおくれるのではないか、こういう御心配もございます。しかし、その点につきましては、例えば、非常にしっかりした専業的な
農業後継者のいるようなそういうお宅の場合には、なるべく早目の移譲に踏み切る。また逆に、サラリーマン
後継者の場合には、親御さんが元気な間は
農業継続でもって頑張って、その間に
後継者の様子を見ながらあるいは第三者移譲の可能性があるかどうか、そういうことをじっくりと検討しながらそれぞれの家の最適の
選択をする。そういうことで、それぞれの家の実情に即した無理のない移譲が可能になってくるのではないだろうか、こういうふうに考えております。
改正の
評価の第二点目は、
後継者移譲と第三者移譲との併用制といいますか、それが可能になってきた点であると思います。率直に申しまして、サラリーマン
後継者への移譲が半分以上を占めている今日では、サラリーマン
後継者がかなりたくさんの面積の一括移譲を受けると、実際には、勤務との板挟みの中でもってややその
農地をもてあまして必ずしも有効利用できない。そういう
意味では、
制度の趣旨に逆行するようなそういう側面もなきにしもあらずであるわけです。また、第三者移譲は全体の一〇%未満ということでございまして、
規模拡大という
意味での本来の
構造政策への効果という点ではやはり限界があるわけです。
今回の
改正によりまして、
後継者移譲と第三者移譲を両方行うことができるようになりますと、まずはサラリーマン
後継者に無理のない
範囲でもって、二町は無理だけれ
ども一町ならばいいというような、無理のない
範囲でもって移譲することができる。あるいはまた、当面はサラリーマン
後継者に一括移譲をした上でもって、息子の様子を見ながらこれは無理だなと思ったら第三者に貸し付ける。そういう形でもって
農家の
実態に即した柔軟な対応が可能になってくるのではないかと思っております。これによりまして、第一に、親としましても先祖伝来の家業としての
農業を絶やさずに
年金を
受給できる。また第二に、これまで遅遅として進まなかった第三者移譲、これに大きな弾みをつけるのではないのか。また三番目に、
農地のより有効な利用が
促進されるのではないのか、こういうふうに考えております。
ただし、第三者移譲を促す点から見てみますと、今度の
改正では四分の三以上を第三者に移譲しないと加算金がつかないという点がございます。その点については、二分の一以上の移譲であれば加算金をつけるとか、もう少し優遇をすることも考えられるのではないのかということが一点でございます。また、法とは
関係がございませんけれ
ども、第三者移譲といいましても、我々が
農村で調査しておりますとやはり親戚同士の借り貸しということが結構あるわけです。立派な親戚であればいいですけれ
ども、必ずしも親戚の
状況がすべてそういう専業的
農家と言えない場合もございます。したがって、第三者移譲といっても、親戚への移譲など必ずしも
構造政策効果の高くない事例も見られるわけです。そうしますと、先ほど
池田専務の方からもお話がありましたけれ
ども、この
制度改正によって
農業委員会が適切な第三者への移譲を
促進する、そういう
努力がますます必要となってくるのではないだろうか、こういうふうに考えております。
評価の第三点目は、皆さん方も申しましたけれ
ども、
財政措置の問題であります。御承知のように、現在
年金に加入している方の多い専業的
農家、これの一人当たり家計費をとってみますと、兼業
農家、専業
農家を含めまして
農家の中でも最も
水準が低いわけであります。普通の勤労者世帯の大体八六%程度の
水準でしかないわけです。それからまた、御承知のように、
農村地域経済の落ち込みといいますか、そういう
状況も極めて厳しいわけであります。しかも、国際的な
情勢の中でも、農産物過剰という中でもって農産物
価格を通じる
農家への所得の付与ということがなかなか困難になってくる。そういう中では、
農業者年金が持っています
農家経済なり地域経済を下支えしていく効果、これに対する期待はいよいよ高まっていくだろうというふうに考える次第であります。今回の
財政措置は、こういういわば地方へのあるいは
農村への
年金が持っている所得移転効果といいますか、そういうものを安定させるものとして高く
評価できるだろうというふうに考えております。また、リタイア後の
老後が長くなる中で、
終身一定額の
年金が
給付される、このこともまた
老後の安定を図る福祉政策として
評価できるのではないかというふうに考えています。
最後に、若干の注文でございますけれ
ども、この
農業者年金は社会福祉的な
年金としての側面とそれから
構造政策に資するという、この二つの側面を強調してきたわけです。しかし今後は、国際的にもデカップリングとか、そういうことが問題になっておりますように、農産物
価格を通じずに直接に
農家に所得を付与していく、地域に所得を付与していく、こういう政策が国際的にも摩擦のないものとして
評価を高めてきているわけです。そういう
意味におきまして、社会福祉的な側面、
構造政策的な側面に加えまして、第三の側面としてやはり地域社会維持的なそういう
役割、側面をもっと強調することによって
制度の一層の充実が図られるように期待をいたしたいというふうに考えています。
それからまた、法
改正には
かかわりのないことでありますけれ
ども、御承知のようにこの
年金制度は非常に難しくて、私
どもなかなかよくのみ込めないところもありますので、ぜひ
農家にわかりやすい
制度ということを心がけていただきたいと思います。
最後の最後でございますけれ
ども、女性の問題でございます。現実に「いえ」の
農業を現在では女性の方が担っている、特に専業婦人が担っているということが非常に多いわけです。そしてまた、
実態としては
農地は「いえ」の所有である、これが
実態でありますけれ
ども、形式的にはやはり世帯主個人に権利名義がついている。したがって、女性は形式的には
農地の権利名義を持っていない、そのことによって
年金加入の道を閉ざされている。そういう点では、
農村の
実態とあるいは
農家の
実態と
制度との間の乖離はなおこの
改正によっても残されているというふうに見られます。今後恐らく
農業の
仕組み自体が変わっていく、その中での婦人の地位が高まっていく、そういう中でもって、そういう営農と
農家の
実態に即して、かつては
農業者にも
年金をという声があったわけですけれ
ども、これから恐らく
農業婦人にも
年金をということが強く言われてくるのではないか。直ちにこれにこたえるということは難しいと思いますけれ
ども、
農業の
仕組み全体を変えていく中でもってこういう次の課題への検討をやはりそろそろ開始していった方がいいのではないだろうか、こういうふうに考えております。
以上で終わります。