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1990-05-28 第118回国会 参議院 国民生活に関する調査会 第4号 公式Web版

  1. 会議録情報

    平成二年五月二十八日(月曜日)    午後一時四分開会     ─────────────   出席者は左のとおり。     会 長         遠藤  要君     理 事                 佐々木 満君                 宮崎 秀樹君                 山本 正和君                 高木健太郎君                 近藤 忠孝君                 乾  晴美君                 寺崎 昭久君     委 員                 石渡 清元君                 長田 裕二君                 鎌田 要人君                 清水嘉与子君                 高橋 清孝君                 野村 五男君                日下部禧代子君                 小林  正君                 三石 久江君                 刈田 貞子君                 西川  潔君    事務局側        第二特別調査室        長        宅間 圭輔君    参考人        東京地域婦人        団体連盟事務局        長        田中 里子君        ビジネス・トウ      キョウ編集次長 ピーター・フックス君        財団法人建設経        済研究所常務理        事       長谷川徳之輔君        毎日新聞編集委        員        本間 義人君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○参考人出席要求に関する件 ○国民生活に関する調査  (内外価格差問題に関する件)     ─────────────
  2. 遠藤要

    会長遠藤要君) ただいまから国民生活に関する調査会を開会いたします。  参考人出席要求に関する件についてお諮りいたします。  国民生活に関する調査のため、本日、参考人として東京地域婦人団体連盟事務局長田中里子君、ビジネストウキョウ編集次長ピーター・フックス君、財団法人建設経済研究所常務理事長谷川徳之輔君及び毎日新聞編集委員本間義人君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 遠藤要

    会長遠藤要君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。     ─────────────
  4. 遠藤要

    会長遠藤要君) 国民生活に関する調査を議題とし、内外価格差問題に関する件について参考人から意見を聴取いたします。  本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり四名の方々に御出席をいただき、順次御意見を承ることになっております。  まず、東京地域婦人団体連盟事務局長田中里子君及びビジネストウキョウ編集次長ピーター・フックス君から意見を聴取いたします。  この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、大変御多用のところ、本調査会に御出席をいただきましてありがとうございます。  本日は、内外価格差問題について忌憚のない御意見を拝聴し、調査参考にいたしたいと存じます。  本日の議事の進め方といたしましては、まずお一人三十分程度ずつお二人から御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対しお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。  それでは、田中参考人にお願いいたします。
  5. 田中里子

    参考人田中里子君) 御紹介いただきました田中でございます。  それでは、貴重な三十分の時間をできるだけ具体的に申し上げてまいりたいと思います。国民生活調査会というこういう議員の先生方の勉強される場があるということは大変私どもにとりましてもうれしいことでございますので、またいろんな御意見もちょうだいして帰りたいと思っております。  私は、内外価格差問題も大変多岐にわたっておりますが、きょうは内外価格差の中でいろいろ代表的によく使われております総代理店の問題について私ども運動を起こした、それを一つの土台にいたしましてお話を申し上げたいと思います。この調査会でも、過日鎌田先生が引用してくださいました議事録を拝見いたしまして、ありがとうございました。もう少しその分につきましても私どものやりました経過等も踏まえまして申し上げたいと思います。そういうことで、レジュメにございますように、「円高差益消費者還元運動を通して」、経過評価問題点について申し上げてみたいと思います。参考に、「国民生活」の三月号に書きました文がお手元にございますので、数字等についてはそれをごらんいただければ幸いだと思います。  まず、ちょうど昭和六十年ぐらいから円高が始まりまして、昭和六十一年、私が現在事務局長をしております東京地婦連で、東京という地域を生かして何か円高差益還元運動はできないかというところを目指しました。その中で、まずスコッチウイスキーを取り上げました。女性も大分お酒を飲むようになりましたけれども、どうも婦人団体ウイスキーを取り上げることに対していささか抵抗もございましたが、海外旅行で帰ってまいります成田空港を見ましても、お酒のびんをたくさん抱えてみんな女性も男性も帰ってまいります。やはりウイスキー価格差というものは大きな一つの問題だと思いました。  私ども調査を六十一年の九月にいたしましたときには、スコッチウイスキーの中でもスタンダードを取り上げてみました。よく私どもも口にしておりますホワイトホースとかジョニ赤とかカティーサークを対象に挙げてみました。そのとき市場調査をいたしますと、デパートでは大体二千円後半ぐらいの二千九百円台で売っておりましたが、それはチラシが入って一週間とか期限を限って売っている実情でございました。チラシが配布されて二、三日たって行ってみると、もう三千五百円になっていたというそんなこともございました。それで、私ども並行輸入業者と提携いたしまして二千六百円で実は千本ほど並行輸入をいたしました。  このとき、国税庁の問題もございますので国税庁にもこういうことはどうだろうということで実は相談に参りましたが、そのときはまあグレーゾーンというところかというような感触でございました。酒税法を見ましても、非営利のものであっても継続的に販売するということに対しては酒税法違反になるということですから、私どもは単発的に、継続的にしないということで酒税法をクリアしたと思っております。そういうことで二千六百円で――当時二千六百円ですから、今では酒税法も改正になっておりますので千円台だと思います。そういうことで、これは随分国産ウイスキーよりも安く手に入るということでみんな大変喜んだ経過がございます。  ここの中でやはり評価としては、並行輸入はあくまでもやみルートではなく正規のルートということにもかかわらず、並行輸入業者に対する総代理店の締めつけが強いということがわかりました。それはなぜかといいますと、並行輸入業者名前を明らかにしようかと公表するときに思いましたが、非常に大手並行輸入業者であったのにもかかわらず、それは名前を伏せてほしいということを強く言われまして、今もって私ども名前を明かしておりません。私ども東京地婦連名前で公表したという経過がございます。  これを見ましても、次のページにもございますように、とにかくウイスキーを入れてまいりましたところでも、実は総代理店でも並行輸入業者でも日本に入ってきます価格は調べましたところ当時でも二千四日五十円とほとんど変わっておりません。これの細かい表は割愛しておりますので失礼いたしました。そういうことで私どもはコストの分析表を公表いたしまして、それによって総代理店流通マージンがいかに高いかということを明らかにした経過がございます。  特にお酒の場合、町のお酒屋さんでも時期を限って最近は売るようになってきております。私のうちの近所のスーパーでもこの間から輸入洋酒のコーナーが広がりまして、そこでビールもつい土曜日から売り出しておりまして、ビールの場合三百五十ミリリットル缶が日本では値上げになっておりましてたしか二百二十円ぐらいになったかと思いますが、土曜日の日に買いましたのはこれは百九十円で、消費税を入れても百九十五円。そういう価格で売られているということは、ある意味で私はウイスキー、洋酒、ビール、そういう外国から入ってきますものの並行輸入効果をもたらしているものだというふうに思いました。  二回目にやりましたのは、グッチハンドバッグをいたしました。これは公正取引委員会でもハンドバッグはにせブランドが多いから、難しいからよっぽど気をつけるようにということを言われましたが、私どもは、こういうことをやることがブランド品を買えということにつながる誤解を避けるために、皆さんにも一番私ども内外価格差を調べるのにわかりやすく、同じ品物をほかのどこかの外国都市で売っているものと比べやすいということをみんな考えてほしいということを言いました。  私どもいいものはブランド品であっても買いますけれどもブランド名前につられて買うということは消費者教育の面から非常に問題があるという認識のもとに、あえてグッチハンドバッグを、これは実は香港の総代理店直営小売店から購入いたしまして、それをにせブランドと言われては困りますので全部領収書をそろえまして、それで日本に送りました。航空運賃をかけましても、ここにございますように大体二一%引きで私ども手に入れることができました。  こういうことをやってみまして、やはりこれが問題だなということを思いましたのは、グッチの総代理店直営小売店でありながら、同一品が香港では一万五千八百円、日本では二万六千円。同じ総代理店直営小売店価格がこれだけ開いてくるということについていろいろな問題を私ども思いました。  内外価格差の異常さというものがここら辺から気がつきまして、今経済企画庁、通産省でも公表しておりますように、三枚月を見ていただきますと、外国日本の総代理店直営小売店価格調べをそのころいたしました。これは六十一年の十二月のことでございます。それで見ていただきますように、同じ品物ロサンゼルスでもパリでも、香港は特別といたしましても、とにかく安く売られているという現状ということがおわかりいただけると思います。セリーヌ、ルイ・ヴィトンについても調べてみましたのがこの表にあるとおりでございます。  一年たちまして六十二年の十二月に、バーバリーコート個人輸入してみようということになりまして、個人輸入代行業者に手伝ってもらいました。前金ということでなかなか集まりにくかったんですが、二十ほどバーバリー女性用男性用と希望をとりましていたしてみましたが、このときにも同じように私ども、これは四枚目に表がございますけれどもバーバリーコート個人輸入価格の明細を書いております。大体四四%引きぐらいでそのとき手に入れたということでございます。  結局、こういうことを通じまして、バーバリーコートについても、このときにニューヨークで調べてみましたものは本当に同じ品物ニューヨーク東京価格差が三〇%からある、小売価格でそのくらい違っているということも明らかになりました。そういう経過を踏まえまして、一一番目のレジュメにございますように、「消費者からみた内外価格差の原因」には、やはり総代理店マージン率の高さというものがあると思います。  それからもう一つ消費者行動をよく御指摘いただくことがございます。日本消費者は高いもの、そしてブランド品を志向しているというそういうことをよく言われます。言われますけれども、ただそれだけでこの価格が構成されているかと思いますと、それはそうではないんじゃないだろうか。むしろそれはだしに使われまして、いかに利潤を保っていくかというところにあると思います。私は腹が立つというのは、とにかくこういう、生活必需品ではありませんけれども、同じ生産国から輸出する価格日本も例えばニューヨークもそんなに変わることはございません。アメリカでも日本でも変わることはございませんが、実際の小売店小売価格になったときに三〇%も五〇%も開いているというその問題をもっと真剣に取り扱うべきだろう、そういうふうに思います。  ブランド品の問題については、やはりいろいろ消費者団体の中でも、ブランド品志向をあおることよりも消費者教育でもっと品物を選ぶべきだという、品質で品物を選ぶべきだという声ももちろんございます。お役人の方でも、それは消費者が選択すべき問題であって高いものを買わなければいいと、そういうことも言います。でも、日本もこれだけ経済大国になりながら、こんな国際化になっていながら、同じ物が価格が違う物を売っているという実態をどう考えるかということをぜひお取り上げいただきたいと思っております。  もう少し詰めてお話を申し上げたいと思います。  実は、結局円高ではやはりなかなか下がらなかったのに、総代理店の中では、最近円安傾向が顕著になってまいりますと直ちに値上げをするという仕組みが新聞等でも出ております。ルイ・ヴィトンバッグ、小物が一月十六日には平均二割上がった。エルメスネクタイ、スカーフが四月一日からは六から九%値上がりする。ランセルバッグ、雑貨などが五月中旬には一割前後。そういうふうにずっと出ておりますのを拝見いたしましても、これはどう考えても需要と供給ということで決まるだけの問題ではないと思います。何とか高価格を維持してイメージをダウンさせないという高額商法というものを消費者のせいにしている総代理店のやり方をどうしたらいいかということを考えていただきたいと思います。  例えば総代理店の圧力の強さを考えますときに、今、国民生活審議会でも国際化時代消費者政策検討委員会が開かれておりますが、ちょうど昨年の八月のヒアリングのときに日本デパートの方がいらっしゃいまして、私はそのデパートロンドンパリ、ローマにも店があるということを知っておりまして、それで、例えばロンドンのお店で売っているハンドバッグ価格というのは、日本で買います総代理店直営小売店価格よりは四〇%は安いと思います。それを航空運賃をかけて日本に持ってきてあなたのデパートでお売りになったらいかがですかと申し上げましたら、いや、それはなかなかできる相談ではありませんと、そういうことです。  並行輸入のそういう問題は、かねては六十二年のたしか四月だと思いますが、公正取引委員会並行輸入ガイドラインをつくっております。並行輸入についで阻害する行為を指摘しておりますけれども、阻害する行為は不当なものだということで指摘しておりますが、この目に見えない圧力というのは何ら解消されていないという現状だと私は思っております。  いろいろ入れております中に、並行輸入個人輸入については私はやっぱり積極的にこれを進めていく姿勢をとっていきたい、行動においても私どももこれからもやっていきたいというふうに思いますが、これはこれでなかなか難点がございます。個人輸入が広がらないというのは、やはり手続が面倒であるということと、グループでなかなかやりにくいというそういうことがあります。営業とみなさないということが必要になってまいりますので、これを広げていくにはどうしたらいいかという方法をいろいろ、具体的にはもっと手近なところで個人輸入ができる方法がとられていかないといけないのではないだろうかと思います。  食料品などの場合の公的規制のことに若干触れましたが、これはこういった専門家の方がおやりになっていただけると思いますが、私はやはりまだまだいろんな問題があると。確かに牛肉等については輸入自由化ということになって、私ども全国組織指定店制度のモニターをやっておりまして輸入牛肉表示とか価格を調べておりましたが、昨年の十二月で打ち切りになりました。これからは牛肉の値段が下がっていくのかなと思いますと、価格調べをしておりますと決して国産牛肉、乳牛の雄の値段が下がるということにはつながっておりません。いろいろ酪農の問題もありましょう。専門家意見を聞きながらも、もっとスムーズに効果があらわれることが必要ではないだろうかというふうに思います。  表示安全性の問題について一言申し上げたいのは、農水省が平成二年度の予算で海外食品表示等実態調査を始めるということを聞いております。十カ国を対象に随分遅いなと私どもは思います。本当に日本基準づくりを急ぐということが必要なときに、次期計画で二年間かけて調査をしてそれからやるというのでは余りに遅いのではないだろうか。六十二年八月、オーストラリア輸入牛肉の残留農薬問題が出たことがございますが、この場合も、日本には基準がないから検査等ができなかったという答弁でございまして、これは急いでWHOの基準日本基準にしていく、そして改めて調査をするようにしたということを聞いておりますと、随分後回しで、後手後手になっているものと思いますので、二カ年計画はこれはジェトロとかそういうところの手もかりて調べるようでございますので、ぜひ早くお調べいただくように、そして日本基準というものを、ポストハーベストやそれからホルモン剤とかいろんな問題がございますので、基準づくりをぜひ急いでいただきたいと思います。  さて最後に、どうして内外価格差を縮小させたらいいかということで、行政の役割を申し上げたいと思います。  確かに公正取引委員会も今輸入代理店制度規制ガイドラインの見直しを行っているというふうに聞いておりますが、どこまで具体的な踏み込みができるのかと心配をいたしております。例えば生産国輸入国での同じ製品の価格差に一定の基準を設けて、それを超えないように価格監視、指導するということができないものでしょうか。  二番目には、韓国では何かことしの三月からブランド品等について輸入価格CIF価格表示制度を行っているというふうに新聞報道で見ました。表示制度一つの有効な方法だと思います。ただ、日本でこれがすぐにできるかといえば、これはまたなかなか困難な問題を幾つも抱えているのではないだろうかというふうに思います。  例えば役所の調査を定期的に実施する。これは企画庁も通産省も、輸入品、いろいろな各方面、ブランド品はもちろんですが、日用品日常品についても価格調査を行うということは決めていらっしゃると思いますが、調査するだけではなかなか実効性に欠けると思います。前項で申し上げましたような韓国のことを少し引用して、例えば有名ブランド品CIF価格調査できないものかというふうに思います。個々に表示させることが無理にしても、調査をして発表することはできるのではないだろうかというふうに思います。  企業役割といいますか、私は企業にもこれは責任があるのではないかと思います。石油ショック前後、企業における売り惜しみとか買い占めのときに、このあたりからたしかこの行為に対して社会的責任という言葉が生まれたと思います。例えばヨーロッパでのブランド品の香水、口紅の同じブランド品が、通産省調査で見ますと、ニューヨークロサンゼルスロンドンパリのいずれの都市でも随分安く売られている。東京を一〇〇とした場合には、香水はニューヨークの場合は五五、口紅五二という指数が調査の中で出ております。皆同じように、大体三四%から五〇%ぐらいの価格東京に比べて売られているということは、これは何としてでも、これだけ輸入されるCIF価格に大差がないとすれば、こういうことはやはり社会的な責任ということが言えるのではないだろうかというふうに思います。  あわせて消費者行動についてもいろいろ御指摘をいただいておりますが、消費者自身も考えていくべき問題がいろいろあると思います。もしどうしてもブランド品を買うと言うなら、私はやはり少々今手続が面倒であろうとも個人輸入を利用するということだろうと思いますし、また信用がおける店でのバザール、これは並行輸入品を扱っていると思われますので、バザールを利用して買うということ。  二番目には、幸い一千万人からが海外に出ていきますので、そういうときには日本に比べて安いと思うものは海外で買う。よくパリのルイ・ヴィトンとかセリーヌの店とか、エルメスネクタイを買うにも大勢行列ができて、大変日本人でみっともないと。私は確かにみっともないと思います。思いますけれども、そうさせているのはどこにあるかということを考えていただきたいというふうに思います。決して一ブランド品を買うか買わないかの問題ではなくて、これは日本経済の姿勢にもかかわってくるものだと思いますので、あえて私はこれに絞りまして申し上げたわけです。  日本消費者としては、日本の総代理店で高いものを自慢に買のことはぜひやめるようにみんなに呼びかけたいと思いますし、みんな仲間たちはそう言っているんですが、私どもの手の届かないところで買う方がまだまだあるということも事実だろうと思います。ボイコットを叫んでいるわけでございます。  最後に、消費者団体としてはやはり価格構成自分たちの力で明らかにしていきたい。当然CIF価格等も調べていき、業者の力をかりると相当中身もわかってくると思います。そういう資料を手に入れて、公表を自分たち責任においてやるというそういう積み重ねというのはやはり必要だなと思います。円高差益還元運動をやりましたのは六十一年、もう随分になります。そういうことで今またこれが同じような問題を引きずっているというのは余りにも情けないと思いますし、私どもも頑張りますので、どうぞ国会の先生方もいいお知恵を出していただきまして、できるところで我々と一緒に日本経済の、経済大国と言われながらこんな恥ずかしいことを大手を振ってやっているという企業があるということを大変情けなく思っております。よろしくどうぞお願いをしたいと思います。  失礼いたしました。
  6. 遠藤要

    会長遠藤要君) ありがとうございました。  次に、フックス参考人にお願いいたします。
  7. ピーター・フックス

    参考人ピーター・フックス君) 御紹介ありましたように、私、在日ビジネスジャーナリストピーター・フックスと申します。  実は、こういった光景はアメリカテレビによくあります。つまり、アメリカの議会で参考人テレビの前で政府に対していろいろ訴える機会がたくさんありますので、本日私にこういった機会を与えていただきましてまことに光栄だと存じます。  しかし、あらかじめ二つほどの点についておわびしたいと思います。一つは、このごろ日米間に、今はちょっとおさまっているんですが、両国間で貿易摩擦とその関連の摩擦が大変盛んになりましたが、特にその中でジャーナリスト役割が目立っていたんではないか。私はこの十年ほど日本、また東京に住みまして、数年ジャーナリストとして働いておりますが、日本における内外価格差について私なりの印象だけの程度できょうの話をさせていただきたいと思います。もう一つは、私は仕事で取材その他は日本語を使っておりますが、文章になりますと、ほとんど英語でやっておりますので、日本語はまだまだ不自由なんでございまして、間違いがありましたら、あらかじめおわびしたいと思っています。  個人的な話から始めさせていただきます。今から十三年ほど前に初めて来日していますが、私はアメリカ人でなく、生まれは北欧のデンマークでございます。一九五五年の生まれです。私がちょうど小学校四年のときアメリカの方に引っ越しまして、ずっとアメリカ私立高校、大学を経まして一九七七年に初めて日本に来ました。生まれデンマークですが、今の時点ではヨーロッパは九二年のEC統合へ向かって、あるいは西と東欧の統合を目指して非常に注目されているんですが、私が生まれ育ったデンマークのコペンハーゲンですが、アメリカと比べたらとにかく小さな、当時は非常に貧乏な国でした。車、テレビなんかなかりたようなところで育ちました。私が初めて日本に来たときは二十歳過ぎていたんですが、私が日本を歩き回っていたころは、ある程度アメリカよりやっぱりヨーロッパの文化あるいは経済の非常に強い印象を受けました。といいますのは、今盛んになっておる日米間の経済摩擦の中で、日本が異常だとよくアメリカ側から言われています、日本は特別なケースだ。私の立場から見ますと、どっちかというとアメリカの方が異常ではないでしょうか。といいますのは、後で述べますが、この価格差問題は、実はやっぱりアメリカから指摘されている問題の一つだと思います。  参考資料の中ですが、まず第一には、私、大学を卒業して五年ほどボストンあるいはニューヨークに暮らしまして、その後また日本に何回か往復で来ているわけでございます。そこで、まず価格差に対する消費者としての私の印象を述べたいと思います。特に、大店法の改正に伴ってアメリカ大手業者トイザラスという世界で最大級のいわゆる玩具、おもちゃチェーンストアが新潟の方に出店を目指して、今論議されているわけです。ボストン近辺にもちろんこういうトイザラスというお店がございます。  私がボストンにいる間に今五歳になる女の子が生まれまして、私は当然この子供におもちゃを探して買ってやっているわけですが、トイザラスというのはアメリカでも最も象徴的な、いわゆる新しい流通機構をもたらした新しいチェーン店の展開を見せている業者でございます。しかし、ボストン近辺というのは東京とさほど変わっていないような印象が私は残っています。つまり、割合と狭い地域に人口が多く、例えば家賃は高い。品物も物価もアメリカの平均と比べて割高でございます。その中で、例えばこういう町の周辺にトイザラス初めたくさんいわゆる大店が立ち並んでいる風景がよく見られますが、中を見ますと、東京あるいは日本小売店と比べて、アメリカのこういった大店の姿はアメリカの市場の競争の原理に沿ってでき上がっているところですが、日本の今後の市場にどれほどマッチするかという疑問が残ります。  つまりトイザラスという店は、一つの例として取り上げますが、大体面積はアメリカのスーパーマーケット並みですが、非常に大きいです。倉庫の形というわけですね。倉庫のままでカウンターかたくさん並んで、ほとんど従業員が働いていません。レジのところにバイトで働いているおばさんが何人かおります。そして、品物は当然おもちゃですが、アメリカ産でなく、ほとんど東南アジアから輸入しているものでございます。そして、テレビあるいは雑誌で一番今子供が望んでいるようなものがどんと並んでいるわけですけれども、私の印象ですが、大きい割に実際にそれほど品が豊富ではないですね。安いもの、プラスチック、ブリキのものがたくさんあるんですけれども、今流行のもの以外にはそれほど見られない。  それに対して日本の地方の町に行きますと、例えば今話題になっている新潟ですが、小さなおもちゃ屋さんがたくさんあるんですが、確かに品物の数は少ないだろう、あるいは品物の種類は少ないだろう、特にアメリカのこういったでっかいストアに比べて値段は割高だろうと思います。しかし、サービスを考えますと、あるいはフォローですね。つまり故障したら向こうはほとんど使い捨て状態です。例えば新聞広告を見まして一番安いところまで車で三十分ほどドライブしてそこで買う。そこで故障したらほとんど返品ができない、あるいは修理が求められないですね。こういう現状は、今のアメリカ業者であるトイザラスの対日進出の背景にも注意するべきだと思います。  それ以外には、ニューヨークなどにおきまして、ことしの一月中に通産省の方から内外価格差調査の報告書としてたくさん出ましたが、ほとんどのものは、特に電化製品その他食料品日本価格アメリカヨーロッパと比べておよそ二、三割高いですね。しかし、私は単純に価格差だけを比較するとやっぱり問題がちょっとある、もうちょっと全般的に考える必要がある。全般的にアメリカ日本の間で行われている議論に、日本側はアメリカ日本実態を実際に知らない、あるいはアメリカ側は日本側が無理やり障壁をつくってアメリカの市場の自由の原理を実際に認めてくれないという対立があくまでそのまま残るというわけです。  そこで、2のbの私ジャーナリストとしての視点の方からちょっと印象を申し上げたいと思いますが、結局ボストンに暮らしている一人の消費者と、日本に来て暮らしている消費者の問題は、もっと大きく日米間全体の大きな問題になっているわけです。つまり、ちょうど今日本政府とアメリカの政府の間で構造協議の第一段階の中間報告が出まして、一応政治的に問題は解決されておさまっている状況に見えると思いますが、格差問題とその他のアメリカの指摘された日本の構造に対する問題はそのまま実際に未解決のまま残っているわけでございます。  そこで、田中参考人が極めて具体的な例を幾つか取り上げていただきまして、私にとっても非常に参考になりましたが、私の方からはどういう話かといいますと、もうちょっと幅広い視点からこの問題の位置づけを申し上げたいと思います。  3の格差ほどこから生まれてくるかというのは、私は、文化的、構造的、規制的な要因がそれぞれありますが、最後にあります私の結論でございますが、「まとめ」をちょっと見ていただければ、若干楽観的なふうに私は今思っているんですが、結局この文化的な要因、構造的な要因、そして規制的な要因のどれが一番効果的であるか。最後のところにきているんですが、文化というものは一番根が深くて変化が遅いと一般常識的に考えられると思います。また構造というものも非常に固定しているものと一般に見られると思いますが、規制というものは人の手でつくり上げられたものですから、一番簡単に解決できるんではないか。  しかし、ここに私なりの結論でございますが、日本の文化そのものは非常に急ピッチで変化していきますし、日本の構造は、特に今経ました一九八〇年代をずっと見ますと、日本経済の構造は急ピッチで今変わっているところでございます。 しかし、最後の規制の体制は氷河みたいに一番動きが鈍い。表面的な変化はありましても、実際に二つ以上の利害者がある規制に関与されていると、こういった規制はほとんど緩和されない。つまり私が申し上げたいのは、日本経済構造そのもの、あるいは問題と指摘されている内外価格差を解決するには、まず第一に文化そのものの変化に期待できる、あるいは構造の変化によってこういった問題がある程度速いペースで解決されるだろうと私も期待できる。  しかし、当然私もジャーナリストとして、私たちの雑誌を読んでいただいているアメリカの読者の間に理解、納得させるためには、日本では政府あるいは官僚、役人の手でつくられているこの規制がなぜもっと早く緩和あるいは撤廃できないかという問題を私は時間の許す限りあと十分ほど探ってみたいと思います。  参考資料の4のところをこれから申し上げたいと思います。  格差は重要な問題でしょうか。まず第一に、消費者の立場から見ますと、日本の生活は現在において本当に豊かかどうかというふうに書いておりますが、例えば一九八五年以降の円・ドル相場の急激な変化に伴って日本は確かに世界最大の債権国家、いわゆるリッチな国になった。そのころから私は東京においてジャーナリスト活動をし始めたんですが、いまだに覚えているのは、八六年、八七年ころ日本はリッチという感覚は全くなかった。それよりも円高不況という言葉が盛んでした。円高不況という言葉は今ほぼとんど耳にしませんが、当時、私がこういったジャーナリスト活動をし始めたばかりのころはそれ以外の表現はほとんど出なかったんです。鉄鋼会社を初めどの企業でも、取材すると、いやピーターさん、今大変ですよ、耐えられないでしょう、百八十円以上の円高になるともう日本はやっていけないだろうと。しかし、表面的に不況だった日本経済は八七年の夏ごろから急激に変わりまして、見事にこういう内需型景気と変わりまして今まで続いているわけです。その中で、特に数年前から日本消費者、例えばOLさんとか女性一般に非常にリッチなスタイルが突然あらわれてきているわけですね。  そうしますと、日本の生活者、消費者は豊かであろうか。一口で答えると当然非常にリッチだと思います。私の結論もそうでございますが、大半のところ、例えば女性ハンドバッグにしても、男性が飲むウイスキーにしても、高いものを求めている消費者は当然たくさん物をちょうだいすることができるし、それこそ灰色ルートであるか並行輸入から入ってくるものは品ぞろえが非常に豊富だと私は感じます。そして、もちろん日本人が円高を利用して海外旅行ができるようになりまして、消費者の生活パターン、つまりライフスタイルそのものが大幅に時代の流れに沿って、経済の構造の変化に沿って変わってきているわけです。  しかし、消費者あるいは生活の活動は全部こういった一流品、バッグとか海外旅行とかウイスキーとか、いわゆるおしゃれなハイカラな海外から輸入したものばかりではない。もう一つの生活者、消費者が抱えているいわゆる価格差問題は、例えば土地問題、教育、医療、健康または国内旅行、つまり目に見えないところにまで格差問題は実際に私は存在していると思います。つまり一般に、例えば中曽根元総理は、デパートへ行きましてネクタイまたはセーター、スカーフ類、パーフュームなんかを、日本の国民がみんな一つずつ買えば貿易摩擦問題はなくなるだろうと。そういうことじゃなくて、もっと日本の生活者の身に近いようなところにやっぱり私は大きな構造的な、あるいは規制によって大きな格差問題が起きていると思います。  特に、ボストンで生まれた今五歳になる私の娘は、今後、幼稚園それから小学校に上がって十八ぐらいになったら大学に入れたいと思いますが、現在アメリカは教育費も大分高くなっていますが、日本は特に私にとって膨大な金額が必要となります。つまり、アメリカに住んでいる私たちアメリカ人は、日本は世界一の教育を持っている国だと信じています。しかし日本に行きますと、調べてみますと、実際にいわゆるパブリックスクールシステムという、近所の学校にほとんど無料で子供を送って、そこから中高校までパブリックシステムを利用する日本の世界にも誇る世界一高いぐらいの教育水準は、日本に住んでいるどんな外国人も十分に利用できるんではないかと私は信じていました。これは私はウイスキーが若干高い、米が若干高いあるいは非常に高い、そういつたもろもろの格差問題に比べて、例えば教育費の大きさ、あるいは教育費のアメリカと比べての格差は私にとって一番感じます。  つまりアメリカだったら、私はデンマークから渡って近所のパブリックスクールにずっと通って、大学は確かにハーバード大学、プライベートな大学に行きましたが、そこで使ったお金は、一応四年間の大学の教育費は全部私の父に出していただいたんですが、私は、今後五歳になったばかりの娘を特にインターナショナル教育を得るためにインターナショナルスクールあるいは日本のプライベートスクールに送るとしたら、恐らく向こうの大学の教育費の四年分をずっとこれから十数年負担を持たなければならない。五歳の女の子の下にまだ三歳になる坊ちゃんもいますが、当然日本に残る限り教育費が私にとって一番大きな負担です。  また、当然土地問題を私は肌で感じますというよりも、夢で触れているだけですね。実際に、今ボストンに住んでいる私の同級生はほとんどマイホームを持っているわけです。特に子供が私にお父さん外で遊びたい、いやだめです、道路が狭いから危ない、あるいは犬を飼いたい、そういった話をよく家でしますが、これはそういう公共設備というか、みんなが利用できるアメリカの公共的な設備はほとんど無料です。日本ではどこかへわざわざとお金を払って行かない限りはそういうことは子供には提供できないです。  また国内旅行ですが、夏が近づいてきますとどこかへやっぱり行きたいと思いますが、国内旅行、沖縄を含めて三日間ぐらいの旅を国内でしますと、ほとんど同じ値段アメリカ、ハワイ、グアムその他の諸国の旅行ができるわけです。つまり、私も一般の消費生活に関しては、カメラが若干ニューヨークの灰色市場で安いかもしれません、あるいはジーパンあるいはブランドの一流ファッションは東京の一流ストアで若干高いだろうが、こういうものは恐らく消費者の一般の家計のわずかの部分を占めているだけと思います。あるいは食料品もそうだと思いますが、それに対してやっぱり土地、教育また医療その他の私たちも消費者として消費しているものが私は案外に日本の方が高いと感じています。  なぜ高いか。私は土地問題の専門家ではありませんから何とも言えませんが、これだけ日本の国民は東京主義を持っているから集中します。土地の価格が上がりますが、教育その他の問題には、流通機構もそうですが、日本国民が持つ文化の背景あるいは戦後の経済の構造の背景よりも私が指摘をしたいのは、やっぱり無理やり規制が多過ぎて、あるいはダブっちゃう、あるいはどの規制が何を起こしているか非常に不明確なところがたくさん残っているところに焦点、スポットを当てていきたいと思います。  最後になりますが、取材しているアメリカヨーロッパの方と比べて、私の結論は、消費価格差問題、私は若干というか、このごろかなり楽観的な見方を持っているわけです。つまり消費者の文化あるいは習慣あるいは市場における流通機構のイノベーション、その他経済の構造が次第に変化していく、九〇年代に入りますと、逆に消費者の知覚も鋭いし、政治あるいは官僚に対して消費者もかなり厳しい目で見るようになりました。そこで私が期待しているのは、やっぱりできるだけ早く機能していないあるいは逆効果を起こしている規制をぜひ緩和して、あるいはまた撤廃してほしいと考えております。  つまり、日本は規制そのものは一万以上あると伺っております。これは一年間で例えば百改正または撤廃しても、一万を百で割るとかなり長い年月がかかる、これはもう二十一世紀の終わりころ。私はそこまで生きているならまたここへ参考人として呼んでいただければと思います。ほとんど百年が終わってやっとということですね。  そういったところで、私の個人あるいはジャーナリストとしての印象をこういったふうにまとめさしていただきます。どうもありがとうございました。
  8. 遠藤要

    会長遠藤要君) ありがとうございました。  両参考人からとうとい御意見をいただき、これに対して質疑を行わせていただきます。
  9. 小林正

    ○小林正君 大変ありがとうございました。  ただいま田中さんの方からは「国民生活」、私も読ませていただいておりまして、大変示唆に富むさまざまなデータ等も日ごろ見さしていただいておるわけでございます。  後半、ピーター・フックスさんの方から結論として申されました規制緩和あるいは撤廃ということについてなんですけれども、ボーダーレスエコノミーと言われるような今日的な状況の中にありまして、少なくとも一定の平準化された規則というようなもので国際的に統一をしていく、そのことによって商品の流通やあるいはその国々の国民が受ける、受益するであろう価格の安さといいますか、そういうものが期待をされるという指摘もされているわけですが、デンマークなりアメリカで生活をされていて、日本との比較の中で際立って日本のこうした規制に特に問題があるのではないかという問題意識をお持ちの点がございましたら御指摘をいただきたいという点が一つでございます。  それから田中さんには、総代理店並行輸入業者圧力をかけていく具体的な事例なり、これはいつか私もテレビで見たことがあるんですけれども輸入されてくる箱のところの業者名を墨で塗ったりして大変苦労されているようなんですけれども、そういったような具体例で特に顕著なものがありましたら御指摘をいただければと思います。以上でございます。
  10. ピーター・フックス

    参考人ピーター・フックス君) どうもありがとうございました。  具体例がそれほど手元の資料の中にはないんですが、一つだけ、まず規制の緩和によって競争の原理が市場に入ったという証拠は、御存じだと思いますが、国際電話・ファクシミリ通信料金はみごとにわずか半年です。これは八五年の電気通信の自由化に伴って第二KDDさんが次第に出てきまして、現時点ではKDDさんとあと二社が競争しております。これはみごとに半年強で新しく参入している業者アメリカ日本の間の通信量の約三割を占めている。安い価格で一応この水準までのサービスさえ提供すれば、これわずか半年です。やっぱり以前の価格体系が高過ぎていました。よく言われましたが、私たちの編集部は東京におりまして、しょっちゅうニューヨークの出版部に電話をかけます。今までは、昨年までは大体コレクトコールして向こうに料金を回すわけです。現時点では逆に、今の百五十円前後の円安ドル高で日本の方からかける方がはるかに安いです。円が百二十円まで上がらないととんとんにならない。これは非常にやっぱり具体的で、どなたでもわかるような非常にありがたい例だと思います。  そのほかにも幾つかありますが、日米間で取り上げられた問題はたくさんあるんです。特に私は、これは規制というよりも構造なんですが、独禁法違反に対する処罰とかあるいは公取委の力をどんどんふやして、つまり日本経済の構造あるいは文化的な背景からいろいろ談合的な、あるいは話し合いとかそういうのが出やすいから、やっぱりそういう機能をもっと強くするべきだと思います。これは談合という言葉は一応建設業界で使われている言葉ですが、私はつい最近、今一番未来型として期待されているソフトウエア業界でも同じようなことを聞いていまして、驚きましたのは、人材談合ができるんじゃないですか。人材談合というのは、皆さん御存じのように今は人手不足でプログラマーが全く足りない。それでこういう業界の中で一応社長さんたちがお互いにお話し合いで、僕の会社から人を盗まないなら私はあなたのところから盗まない。これはやっぱり一つの話し合いの構造がすぐでき上がってしまう。これはもうカーラ・ヒルズがわかったら恐らく飛んでくる新しい問題になるんじゃないですか。いわゆる日本のエンジニア談合という感じになりつつあると思います。  それは二つほど、一つは市場の原理がもっと独占産業に入ってくると、やっぱり値段で勝負すれば同じぐらいの品質で消費者ははるかに得することができると思います。もう一つは、日本の文化構造の背景から見て、やっぱり公取委みたいな組織は、歯のないトラならばトラじゃないから、もうちょっと鋭い歯をつけた方がよろしゅうございませんか。
  11. 田中里子

    参考人田中里子君) 日本はなかなか私どもで事例をつかませてくれるほど企業は無防備ではございませんで、総代理店ともなりますと、なかなかそこら辺私どもが聞いても答えるわけではございませんし、例えば総代理店の方がいられるとみえる事業者団体の集まりのところでこういう話をいたしましても全く沈黙をしておりまして、いいも悪いもノーコメントというのが今までの経過でございます。私のような団体の手では、どういう締めつけが具体的にあるのかということを察知することだけでして、具体的な事例をつかまえるところまでいきません。  ただ、先ほど二つのことを申し上げましたように、例えばデパートにしても、並行輸入商品を簡単に自分の店で売るということについて、そういうことをやったときには総代理店の方からある意味では出荷停止的なそういう制裁があるとか、それを言外ににおわせるというのが関の山です。それから、並行輸入代行業者と一緒にやったり、個人輸入も代行業を通してやりましたが、そのときも、名前は伏せてくれないと今後自分のところがやはりどうしてもその商品が欲しいときに手に入らないということをはっきり言っているというそういうところから察知するのにすぎないと思います。  立ちましたときに重ねて申し上げたいのは、今フックスさんがおっしゃいましたように、日本というのは全く話し合いというか、話し合いが公取の目にもわかるような形での話し合いなどという生易しいものではございませんで、あうんの呼吸でカルテル的な行為が行われるというのが実情でございます。例えば私どもが下着の大手メーカーの小売価格調査しております。もう十年来ずっと調査しておりますが、同じ品番で全部調査をいたして、スーパーと小売店とで調査をいたしますと、スーパーのところのブランド日本のメーカーですが、いわゆるブランド品は、価格がメーカーが指定している希望小売価格どおりに売っているんですね。九〇%からの店で同じ価格で売っております。小売店の方がぱらつきがございます。  一体どうしてか。大量仕入れで大量販売できるところがどうしてそうなっているのかということをじかに会って話を聞きますと、いや実はこれ以上ダンピングしたり値下げをしたりすると出荷停止的なものがあるから、自分の方から自主的にその値段で売っていると。言われて売っているのではなくて、自分の方がそういう値段で売るべきだと思って売っているというそういう形で逃げられてしまいます。なかなかこれあたりも公取に申告したりいろいろしましても、最近一つそういった排除命令などございましたと思いますが、なかなからちが明きません。  それと同時に、系列化の問題というのは、例えば化粧品で、再販が廃止されました化粧品というのは、千円以上のものは再販指定を受けることができなくなっておりますけれども、私どもがお店で買いますと同じ価格で売っております。どこでもほとんど値引きをするということは大手メーカーほど考えられない。これは、再販は廃止になりましたけれども、そういった縦の系列というものががっちりしておりまして、小売店にこの価格でなければ商売できませんと答えられれば、そこで私ども運動もとまってしまうという現状でありますので、なかなかこれは容易なことではないなと。でも、容易なことではないと言っていられない。私どもはやっぱり納得いかないものは、例えばさっき言いました総代理店輸入ブランド品の問題でも、日常的に買わなくたって困りません、高くても全く困らないという品物ですけれども、納得のいかない価格も横行している。それを消費者のせいにするようなやり方はぜひ歯どめをかけたいものだなというふうに思っております。
  12. 刈田貞子

    ○刈田貞子君 参考人のお二人の皆様、きょうはありがとうございました。私は、たくさん時間を持っておりませんので簡単に伺わせていただきます。  まず、フックス参考人には、この出された資料の「まとめ」の一番最後のところのcの欄で、「残念なことに」我が国の「「規制」は、官僚的硬直性、政治的利益集団、法改正の困難さのため、もっとも変化させにくいものである。」というふうなことをお書きになっていらっしゃいますが、ここで言われるところの「官僚的硬直性」あるいはまた「政治的利益集団」というような表現を使われて、何が言いたいのかもうちょっと具体的に御説明いただきたいというふうに思います。  それから田中参考人には、日ごろから本当にすばらしい御活動をしていらして大変感謝を申し上げておりますが、活動の経過を伺わしていただくにつけても、何をかいわんやという感じでございますけれども、しかしやっぱり消費者としてまだまだ価格問題に挑戦することがあり得るだろうというふうに思っておりまして、それでその一端を一生懸命やってこられているんだと思うんですね。私も昔から末端消費者というのは価格形成にかかわるチャンスというのがないということに関して大変遺憾の意を持っていた消費者の一人でございますけれども、先ほど来から価格構成を明らかにするべきである、これが一つ運動のポイントだというような御表現がございましたけれども、全く私も同感でございます。  しかし、今適正でない価格はどうしても納得しないのだということに関して言うならば、やっぱり価格形成に何らかの形で消費者もこれから、輸入商品にもそうでありますし、また国内商品に対してもそうでありますけれども、そのチャンスを消費者としてあらゆる機会につくっていくことがすごく大事だろうというふうに思います。かつてあの物価高の時代には私どももまかりませんかという運動をやりまして、最終末端で物を値切るという運動を通して消費者としても価格形成にかかわっていくという運動を進めてきたはずでございますけれども、特にこれからの消費者運動あるいは一消費者として価格構成を明らかにしていく運動と、それからその価格形成に何らかの形でさらにかかわっていくチャンスあるいは方法というものが具体的にあればぜひお示しいただきたい、こんなふうに思います。
  13. ピーター・フックス

    参考人ピーター・フックス君) それでは、和訳でございますが、こちらの事務局に頼みましたのですが、ここに英文の本文がありまして、確かに同じような言葉でございます。  そこで二つほど、ちょっと古いですが、例を取り上げてみたいと思います。官僚でございますが、私もこの霞が関の官庁に友達がたくさんおります。基本的にアメリカにないような組織でございます。非常に優秀で、権限もたくさん持ちまして、エズラ・ボーゲル先生が書いた「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の中でも出ているすぐれた官僚制度が日本一つの特色で、単純に批判する意味ではないんですが、場合によっては、ケース・バイ・ケースで非常に頑固なところがございます。  一つは、先ほど第二KDDに触れたんですが、皆さん覚えていらっしゃると思います。これも古い話題ですが、ちょうど電気通信の自由化のころ、いろいろそういったことが見られた。一つは、アメリカの元商務長官の日本に対する補佐官でクライド・プレストウイッツさん、今アメリカで活躍して、反日的な感情をあおっているようなふうに見られるんですが、プレストウイッツの本の中で、例えば電気通信事業その他あらゆる問題、やっと解決されたんですが、受話器の問題が私の記憶では一番残された問題。  単なる受話器が当時はNTTさんの許可がない限りはつくれない。そこで、当時の郵政関連の官僚の方々は、回転式の黒いのと白いのさえあれば消費者が満足するはずですね、二つほどさえあれば。赤を一つつけましょう、あるいはピンク、それじゃ三つ種類があれば十分ですねというような頑固なマインドがありまして、つまりアメリカサイドは消費者に任せなさいと。当時は若干香港から使い捨てぐらいの安い受話器も入っていたんですが、アメリカの指摘はやっぱりできる限り消費者に任せなさい、売れない商品はつくれないだろう、売れる商品はもっとどんどん競争によって新しいのが出る。それで、アメリカ大統領の特別機を借りまして、土曜日の夜、初めて成田へ当時の大統領補佐官が飛びまして、日曜日の朝、官邸で総理大臣と郵政大臣にお会いしまして、この受話器の選択の問題はその場で解決したわけです。異例ですが、これはやっぱりアメリカから見て単純な問題ですね。  これは消費者にあるいはメーカーの間に、いわゆる市場に任せなさいと。現時点でほどこの家電メーカーも出している。物すごい豊富な品ぞろえができているわけですね。今、私より若いティーンエージャーの間ではやっているコードレスとか、これは全部あのころの日米間で解決したものによって市場がばあっと広がっているわけですね。結局、結果としては日本のメーカーがもうほとんどあの市場を持っているわけです。アメリカ産の電話はほとんど日本に入ってこないですね。  もう一つはたばこでございます。これも専売公社制度がありまして、これは今のアメリカの電子業界の在日事務局長の話ですが、日本でいわゆる将軍制度が明治維新でなくなりましたが、専売公社はその後百年以上もちまして、日米間の貿易摩擦の焦点になって明治維新後百年ぐらいでやっと外国産のたばこは自由に輸入ができるわけですね。これも私から見て、一つ日本国内の体制ができ上がると永遠に続くわけですね。やっぱり外圧みたいな一つの措置がない限り変わらないだろう、こういう見方をしているアメリカ人もおります。
  14. 田中里子

    参考人田中里子君) 大変刈田先生からいい御指摘をいただいたんですが、全く私も、価格構成それから流通の経路がどうなって、マージン率がどうなっているかというそのあたりの調査ができますと随分核心に触れてまいりますし、消費者の啓発にも大きな力になりますので、あらゆるところでそういう透明度、今はやりの言葉で言えば透明度を増すことが私ども一つ運動だろうと思っております。  化粧品で言えば、私どもがちふれ化粧品というのを実際にやっておりますと、成分がどうで、それは一体幾らでできて、どういうところに問題があるかということの指摘ができます。そういうことはずっと発表し続けてまいりましたが、中に入っておりませんと意外にわからないものなんですね。ですから、それを聞き出してくるということは、真正面から行きますとみんな企業秘密と言う。日本企業秘密という言葉の限界が一体どこまでだろうということをいつも疑問に思うんですが、余り企業秘密のところは、もうとてもそれは無理ですよという答えが返ってまいります。  私ども消費者団体の大変大きな仲間である生協が自分で商品をつくっているわけなんです。ただ、生協は事業者団体の一面を持っておりますので、なかなかそこにも限界があるかと思いますが、私は生協の力をかりていきたい。それで中身を公表することによって、やはりこれは余りに不当なマージン率だということが大きく指摘されていくといいと思いますし、私は、そういう意味では経済企画庁とか通産省とか、そういうところがモデルでいいと思いまずけれども、そういった価格構成を発表してもらう、そういうことも一つ消費者運動の大きなデータになると思いますので、そういった面をぜひ御協力いただければというふうに思っております。
  15. 近藤忠孝

    ○近藤忠孝君 まず、田中参考人に質問いたしますが、莫大な利益を独占する総代理店制度に問題がある。ここに挑戦されて、単発的ではありますけれども価格差を明確にするという努力をされました。その体験からお聞きしたいんですが、先ほど総代理店圧力についてなかなか具体的に指摘できないと。だからこそ目に見えない圧力と言われたんだと思うんですが、しかし、みんなが共通できることは総代理店の支配をもっと狭めていく、並行輸入がもっとできるようにするということが必要だと思うんですね。その点に関して、体験から、感覚でも結構ですけれども、そういうことで何か示唆的な御発言があればお願いしたいと思います。  それから、きょうは御発言にならなかったんですけれども価格の問題ではスーパーなどの大規模店舗法の改廃問題が今大きな社会問題になっております。これが消費者利益を守るためだということを政府も言い、そして大変なキャンペーンがされ、あたかもそれがひとり歩きしているような状況なんですが、果たして本当にそうなのか。実際これは東京都の調査などでも、スーパーの価格よりも中小小売店の方が安いという、随分これは出ております。この辺をどう見ておられるのか。実際これ大型店がもうどんどん出て、規制がなくなっちゃいますと中小小売業者がまさしく衰退して、それこそ小売段階における独占価格になってしまうんじゃなかろうか。この辺をどうお考えになるのかという点であります。  同じ観点からフックス参考人に質問いたしますけれども、この「まとめ」のところで、「概して日本消費者はほとんどの小売や流通サービスにおいて良好なサービスを受けていると同時に、幅広い選択権も持っており、」、そしてほかの国に比べて「日常生活における不安定さや不満はより少ない。」という指摘がありますし、私もそうだと思うんです。これはやはり流通機構の多段階あるいは複雑多様性、そのことが今批判をされてはいますけれども、私は逆にそういうことが消費者利益を多面的に満たしているんではないか、そのことを御指摘になっておると思うんですね。  と同時に、別のところでは規制緩和を強調されておりますね。そこで大型店舗法の規制緩和も意味しておるのかと思うんですが、そうなりますと日本の場合、せっかくあなたがいいと指摘された長所が破壊されてしまうんじゃないか。今の大規模店舗法はざる法――ざる法ってわかりますかな、どんどん漏れちゃうやつね。規制がとにかくうまくできないという。しかし、ざるはざるであってもそれなりの効果はあった。それがなくなってしまうと、それこそ資本の論理が働いて、せっかく指摘された長所が消えてしまうんじゃなかろうかと思うんですが、その点いかがですか。
  16. 田中里子

    参考人田中里子君) 御指摘になりましたように、並行輸入をやはり伸ばしていくというそういう方法が非常に必要だと思います。私ども個人個人の消費者としては個人輸入という方法もございます。最近はあちらこちらで個人輸入の窓口が、実は三年前ぐらいはスーパーなどでもずっとできたんですが、それが余り利用者が少ないのと、余りもうけにはなりません、大体そういう代行業のマージンというのは一つの商品について一〇%から一五%ぐらい、もっと取っているところもあるかもしれませんが、一五%ぐらいで、これだけ手数をかけて大変だと、電話を入れたりファクスを送ったりということもあり。それでずっと大手のスーパーなどでもやっていたところがやめになっているという現状がございますが、これらはもう少し見直すということ。  それから、おっしゃっている並行輸入というのを、個人輸入並行輸入一つだと思いますが、並行輸入のそれを、やはり最近やっておりますインポートバザールのような形をあちらこちらでやることによって、消費者がそちらで自分が買いたいと思うものが買えるというような仕組みをつくりながら総代理店価格引き下げていけば、総代理店価格が例えば並行輸入の二〇%高ぐらいでしたらば、私はある意味では総代理店を利用するという消費者もふえてくるかと思いますし、今の高いものを買うことによって何か自分が高級なものを持っているというそういった誤ったやり方というものはなくなっていくと思いますので、いろいろなところで私ども並行輸入についてもう少しいろいろな方法をとりながら、日用品についても外国でこれはいいというものを買いつけるなりなんなり、そういったこともやっていきたいと思っております。  それから大店法のことでございますが、おっしゃいましたように、私ども調査をいたしましても、具体的には実はスーパーと小売店価格で見ましたときには野菜はもうスーパーが高いというのは常識になっております。最近はどうも私ども調査をした中では、紙おむつとか食品のラップ類、それからめんつゆなんというそんなものも、牛乳も消費税絡みで一、二円の差はございます。スーパーの方が高くなっておりますので、これはやはりおかしいとスーパーにじかに指摘をしております。  ですから、大店法問題で言えば、私ども地域の中で小売店がなくなるということはこれは非常に問題だと思いますが、ただ一面、私は大型店が来ても頑張れる小売店でないと、いずれはもういろいろな意味で消費者から見放されることがございます。消費者教育もあわせて必要と思いますが、消費者が本当にいい店を選択するという、それの力をつけていくことが今必要だと思います。  ですから、段階的にはもう大店法についていずれは私は廃止の方向に行ってもこれは仕方がないことと思いますが、ただ早急にやるというのは問題があると思います。まずやらなければならないことは商調協をオープンにする。それで、今通達が出ておりますように、とにかく事前説明があったらすぐに商調協に上げて、そこで会議で、商調協の委員には私ども消費者も入り、小売店も学識経験者もスーパーも入っているわけでございますから、そこで議論をしていくというそういうシステムはぜひ必要だと思います。  それは事前説明が必要にしても、すぐ上げたとしても、商調協の場のオープンのところでやるべきだと常々思っておりました。合意ができて初めて商調協の場に上がってくる、それまでのことは全く消費者にとって密室協議であったということはこれは私は誤りだったとかねがね思っておりましたので、そういう方向でやってもらうということと、ぜひ私、小売店の人たちに工夫を凝らして頑張って、いろいろ情報を出し、地域消費者団体とも一緒になってやっていく姿勢さえあれば、私はそんなに、なくなってしまうなどという、私たちにとってもそんな恐しいことのないような日本の小売業であってほしいなと思っております。
  17. ピーター・フックス

    参考人ピーター・フックス君) 確かに、八〇年代を経まして日本が大幅に変わったのは間違いないと思います。私はここの「まとめ」の中で、若干大ざっぱな結論ですが、非常に日本はよくなりつつある、非常によくなっている事実もあります。特に治安は非常にいいし、地方にしても、小さな町でも、アメリカのように数年ごとに、今ニューイングランドが非常に景気が悪くて町がだめになったりするという経済の循環かない。日本全国は一応景気の波に乗りますが。その面では日本の生活は非常に安定している。私もそのため日本にずっとできる限り長く暮らしたいと思っています。  そこで、御指摘のあったこの大店法の改正によって、例えば大店が地方の町に進出して、新潟の方では六十何店舗で、小さな町の小さな小売店がつぶれるという。こうすると日本のせっかく戦後つくり上げた豊かな、非常に安定したこの社会、このようなことが乱れるんじゃないかと。私はそう簡単にはその二つをくっつけられないと思います。つまり、必ずしも一つ大型店舗がある町に進 出すると、あっという間にその町の経済は悪くなるとか変わるということは言えません。つまり、私の知っている限り、二つほどあります。  一つは、私は長野の方、松本あたりに友人もおりましてよく旅行するんですが、この十年間、その大店法に指摘されるような規模の店でなくても、あちこちの例えば古いボーリングセンターを借りまして靴だけ売っている店、あるいはスポーツ用品だけ売っている店、あるいは大型書店、本を売っているところ、既にそういう非常に安い価格で、あるいはたくさんの品ぞろえで競争しようとする店が実際にもう進出していると思います。そこではもう実際に当然地方の消費者に新しいチャンスを与えている、そういった機能を持っている。そこの町の小さな靴屋さんあるいは家電屋さんにどれほど損害を与えているか、まだデータはそれほどはないと思います。  そうすると、本当に大店法に当てはまるようなビッグストアが入っていくとどうなるか。結局日本の今流通全体が非常に活発的になりまして、例えば小さな店でも新しいデザイン、新しいシステム、POSというレジを全部端末化してコンピューターとつなぐ、こういうような背景もあります。そういった意味で、地方でも例えば古い、格好の悪い小さなお店をちょっと磨き直せば十分に競争できる可能性もあるし、あるいは大きい店が来ると当然車で通ってたくさん人が来る。その近辺に店がどうっとできるわけですね。これはその町の小さな店屋さんがその近くまで移動する、その効果もかなり大きいと思います。そういった面で逆に町づくりというか、の一つ効果をもたらす。  あるいは、それに対して、地方の町には銀座という大体昔の繁華街があります。そこを運動してもうちょっと明るくすれば、駅前という場所で勝負すれば、新しく外から入ってきた大きい店は恐らくどこか高速道路のインターの近く、そういった場所を利用して十分に競争ができるんじゃないか、私はそういうふうに、非常に楽観的かもしれないんですけれども、進歩というものに期待できると思います。
  18. 乾晴美

    ○乾晴美君 私、田中さんとフックスさんのを聞かしていただきまして、皆さん方の御議論も聞かしていただいて、内外価格差という問題はもう随分と調査もなされているし、是正しなきゃならない、現実としてあるんだということはおわかりになるんだと思うんですね。これ、スコッチウイスキーだとかグッチハンドバッグというんですか、それが非常に高いのにどうして買いなさるんだろう、もっと買わないでほしいとおっしゃっていますけれども、これはやはり田中さんもおっしゃったように情報が不足しているんじゃないかと思うんですね。  これだけ違いますよという、そういった価格の違いというのを国民全体のものにするために、もっと早い情報を、今週の内外価格差というような形で、例えばこういったスコッチウイスキーだとか皆さんがめったに買わないものじゃなくて、キュウリ一キロ、ニューヨークでは何ぼ、香港では幾らというふうにどこかへ掲示して、そして皆さんにお知らせすれば、ああこれだけ違うんだなと。だから、今おっしゃっていたように、価格の構成だとか形成がわからない、途中のマージンがどうなっているのか、流通機構がわからなくても、出てきた価格を見ればどれだけ違うんだな、ああ大変だなということがわかるんだろうと思うんですね。  そういうことをすればどうかなというふうに今ちょっと思いついたようなわけなんですけれども、実際に消費者運動だとか地域婦人団体連合会ですか、そういった中でそういうことがおできになるだろうか。また、ビジネスマンとしていろいろお仕事をなさってきたフックスさんはどうなのかなということで、お二人に同じ問題でお聞きしてみたいと思います。よろしくお願いします。
  19. 田中里子

    参考人田中里子君) おっしゃるとおりに、そういう情報がやはり不足していると思います。ですから、できるだけ早く、それも昔の、半年前とか一年前とかじゃなく、おっしゃるように本当にもう一週間ごとぐらいでもほしいなと。価格も為替レートで変わってくるわけですから、その都度いろいろ換算の方法もあるかもしれませんけれども、もう少し、一週間ごとは無理にしても、せめて三カ月に一回とかそのくらいのことはやはり行政の力ならばできるんじゃないだろうか。ただ、通産省も言っておりましたが、同じもので調べるのは割に難しいんですね、意外に。それが特定できないものですから、うっかりするととんでもない比較になってしまうというので怖がっている面がございますが、このあたりはそれこそ日本の官僚は優秀ですから、そこら辺の知恵の出し方というのはきめ細かいやり方ができると思います。従来の調査をして発表するのではちょっとこれ実際に間に合わないのではないかと思いますから、迅速なそういったやり方が必要だと思います。  私も先ほどちょっと申しましたけれども韓国がそういう輸入価格と実際売っている価格を両方価格表示制度を発足させてつけるようにすると、これは高級品の場合ですけれども。それは一つ方法なんじゃないだろうかなと思います。そこまでいかないまでも、同じような物の輸入価格というのは調べられると思いますので、そのあたりの情報も、これも先ほど御指摘のありましたような団体としても少し積極的にやってみたいと思います。何かいい方法がないだろうかなと。  それから、今相当流通業界とかそういうところにも大きな、スーパーにしても、何といいますか、これだけ大きくビッグストアになったんですから、そういった面の情報をみずから出していくというそういった要求を私どももやっていきたいと思っておりますので、よろしくどうぞお願いいたします。
  20. ピーター・フックス

    参考人ピーター・フックス君) 私の方ですが、私はマスコミの一員です。御指摘の御提案でございますが、これはどんどん出てくるのを私期待しています。つまり、もう既に日本輸入自動車市場におきまして、こういうマニア雑誌がたくさんありますが、その中でやっぱり同じような調査をして、ドイツで買う原価と日本で今幾つかのディーラーが売っている価格、そこで実際にコストを並べて、大体こういうマージンを取っているだろうと、こういうサービスを提供しているだろうと、そういった内外価格差のタイムリーなデータを提供している雑誌がもう既にできていると思います。  恐らくこれも、あらゆる新しく参入する業者は、アピールする広告を出すときには、ここは本国より安いとか、そういうのをあらかじめ広告に出してアピールすることは非常に簡単なことですから、あるいは一つのセンターをつくる、それがもう出てくるのは時間の問題だけだと思います。
  21. 寺崎昭久

    ○寺崎昭久君 まずフックスさんにお聞きしたいと思いますが、私はフックスさんがこの「まとめ」に書かれておられるのと同じ見解を持っておりますので余り悲観的ではないんですけれども、不合理な内外価格差を解消する上で一番のボトルネックになっているのは、ここにも書かれておりますように「官僚的硬直性」とか「政治的利益集団」、これをいかに排除するかということだと思うんです。ジャーナリストの目から見て何か御提言があれば、またこうやったら解消できたよというような事例があれば御紹介をいただければありがたいと思います。  それから、田中参考人にはぜひこの点をお聞きしたいと思います。日本では必ずしも消費者運動が盛んだとは言えないと思うんです。これをどうすれば盛んになるのか、あるいは阻害要因があればそれも含めて教えていただきたいと思います。
  22. ピーター・フックス

    参考人ピーター・フックス君) ありがとうございました。一番難しいところをまた御質問ありまして、どうやって答えればいいか、ちょっと今のところはつかんでおりませんが、一つ言えるのは、まず勇気を持ってスケジュールを公表して、ことしじゅうにはこういう法律、こういう規制を積極的に見直すんだというそういう勇気を出して行うことが一つではないか。  あるいはまた別に、やっぱり利益団体というのは昔からたくさんありますが、新しくできると利害者があらわれてくるんですが、新しく例えばソフトウエア業界とか何か先端的な産業とか、まだそれほども固定した利益団体ができていないところはそこでバランスをうまくとる。例えば規制緩和によって、特に電気通信あるいは鉄道の民営化、自由化の例を見ますと、一つだけ緩和していきますと新しいビジネスチャンスがどんどん生まれてくるのは事実だと思います。未来型の社会へ向かって何かスローガンをつけて、当然じっくり見て、一番簡単に緩和あるいは撤廃できそうな規制を順番どおり行うべきです、当然ですが。  そこで、この緩和によって新しいビジネスチャンスが出てくることを、民間でも調査機関に調査報告書をつくってもらって、相当な今瓶が沸き上がっているけれども、キャップでとめているわけですね、無理やりこの規制によって。ここからばぱあっと出てくるような、新しい未来型産業がどんどん出てくると思います。これはどの分野においてもそうだと思います。食料品関係でも流通でも、いわゆるハイテクあるいはイノベーションを利用してそういう一つの順番をつくれば、この程度の話、具体的にはどうすればいいかというのは私はちょっとまだそこまで理解はしていないんですが、そういうところでございます。
  23. 田中里子

    参考人田中里子君) 私ども消費者団体消費者運動は、一昔前よりは低調というふうにお思いになる向きも多いと思います。確かに、最近企業とやり合うということも少なくなりまして、華々しくないとなかなかマスコミも取り上げませんもので、地道な活動はそれぞれの団体がやっておりますけれども、それがいま一つ、カラーテレビ買い控え運動をやったときとかそういうときとはさま変わりしているという実態がございます。ですから、私ども運動をするための阻害要因というのは、全く自主的な団体ですから、これはございませんと言っていいと思います。  ただ、あえて言うなら、なかなかどこの団体も資金には苦労しております。ですけれども日本で考えるときに、アメリカのように企業からもらうのがいいのかということを早急には私はイエスとは言いがたいと思います。行政から補助金を出すのがいいのか、これも日本ではそういう意味では事業に対する委託事業とかそういうものについては必要かもしれませんが、何か補助金的な形で団体を育成していくというのも、これはむしろマイナス面も出てくると思いますので、あくまでも自力で苦労しながら、あれやこれやと模索しながらやっていくという現状だと思います。  どこの団体も横に手をつなぐべきときは一緒になり、そうでないときはさまざまな特色を生かして、草の根的な運動を含めながら地域の特性も生かしてやっていくところに味があると思いますので、これからも頑張ってまいりますから、ぜひ長い目で応援をしていただければというふうに思っております。
  24. 遠藤要

    会長遠藤要君) 以上で両参考人に対する質疑は終わらせていただきたいと思います。  たくさんの委員の方の質疑の要請もございましたけれども、時間の関係上、会長の独断で御了解をちょうだいいたしたいと思います。  田中参考人、フックス参考人にはお忙しいさなかにおいて御出席をいただき、本当にありがとうございました。しかも、日にちも時間もこちら側で限定して御意見をちょうだいしたというようなことはまことに申しわけなく感じておりますが、お許しをいただきたいと思います。  ただいまお述べいただきました貴重な御意見調査参考にさせていただきたいと思います。本調査会を代表して厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)     ─────────────
  25. 遠藤要

    会長遠藤要君) それでは、これより財団法人建設経済研究所常務理事長谷川徳之輔君及び毎日新聞編集委員本間義人君から意見を聴取いたします。  この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。  本日は、御多用中のところ、本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございます。  本調査会は、目下内外価格差問題について調査を進めているところでありますが、本日はお二方から、特に土地・住宅問題について忌憚のない御意見を拝聴いたしたい、そして調査参考にいたしたいと存じますが、本日は、調査会が一方的に日時、時間の制限までして御意見を聴取するということは大変恐縮でございますが、よろしくお願いいたしたいと思います。  本日の議事の進め方といたしましては、まずお一人三十分程度ずつお二人から御意見を述べていただき、その後、委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。  それでは、まず長谷川参考人にお願いいたします。
  26. 長谷川徳之輔

    参考人長谷川徳之輔君) 建設経済研究所の長谷川と申します。  私の意見は私個人の意見でありまして、私は研究職として、全く立場がないわけでございまして、企業の立場でも役所の立場でもございません、全く私個人の、一研究者としての視点でございますので、そういう視点からお聞きいただければと思います。  私がきょうお話し申し上げるのは、レジュメに書いてございますとおり、「地価高騰と土地対策」ということで、最近問題でございます地価問題、それに対する土地対策について私の考え方を申し上げさせていただきたいと思います。  資料を準備してございますが、その前に要旨についてコンセプトが書いてございますので、それをざっとごらんいただければと思います。地価高騰と土地対策ということにつきまして六つの提案をしてございます。  一つは、地価高騰の実態というのは、私は全く泡の地価、バブルそのものだというふうに思います。  そして、そのバブルによって成立した土地の資産というのはこれは全くの虚構の土地資産である。世上日本を売るとアメリカが五つ買えると言いますが、実は東京を売るとアメリカ全部が買えるという状況であります。土地インフレそのものが実はこれから大きな問題を呼ぶというふうに考えております。  そして、このような地価の高騰をした原因というのは、世上いろいろ言われておりますけれども、私は究極的には法人のスペキュレーション、投機的取引でしょうし、それな可能にした低金利、金利の低さ、金融とそれから税制――財テク、土地テクというものを助長し可能にした税制の欠陥だろうと考えております。  そして、土地税制については特に現在問題になっておりますし、政府税調等で議論が進められておりますが、私は今の土地税制には総合性が欠落しているということ、それから減税の弊害というか、そういうものが端的にあらわれているというふうに思っております。  それから、住宅宅地の供給につきましては、私は土地は十分にあり過ぎるぐらいにあると思っております。ないのは知恵と実行力といいますか、知恵もあるわけであります。問題は実行力であると思っております。ここに「知恵」と書きましたけれども、知恵は実はもう山ほどあるわけでありまして、問題は、我々が議会に期待するのは実行力であります。土地は十分にある、知恵もある、あとは実行力だけということで、この辺を大いに期待したいと思っております。  それから、最近話題になっておる韓国、台湾の土地政策については、私は土地政策が抽象論ではなく、具体的な目標を持ち、具体的な対策を出すというところに意義を感じております。  以上六つの点について、資料を交えながらお話し申し上げたいと思います。お手元レジュメの「地価高騰と土地政策」という資料がございます が、グラフばかりでございますのでわかりやすいと思いますので、グラフを見ながら御説明申し上げます。  四ページ目でございますが、この四ページ目は地価の水準について少し時間的な推移を見ておりますが、何%上がったということは、地価を見る場合に専らパーセントで議論しますが、パーセントというのは非常にわかりにくいわけでございます。本当は、我々のセンスからいえば幾らが幾らになったというのが一番わかりやすいわけでございますので、ここでは幾らが幾らになったということを出してみました。  四ページの左側の図は東京の商業地、右の図は住宅地の地価水準の推移でありますが、ごらんのとおり昭和五十二年には実は東京の商業地で一平方メートル当たり百万円を超えるところは銀座と丸ノ内しかなかったのであります。それが六十年ころから急速に、そこの図にありますとおりスパイラル的に値上がりしまして、区部平均で八百二十四万円、都心部では二千万円に迫るということでございますから、ざっと見て二十倍ぐらいの値上がりを示しております。そして、足立区ですら実は百五十万を超えております。こういうことは、十年間にGNPは一・八五倍、消費者物価は一・二倍ですから、それしか上がっておらないにもかかわらず土地は二十倍ということは、実は東京じゅうの商業地が足立区や葛飾区を含めて全部銀座や丸ノ内並みになってしまったということなのであります。売り上げは変わらないのに値段だけは銀座になったということであります。  右側は住宅地でございますが、同じように住宅地で昭和五十二年に一坪百万円、平米三十万円を超しているところはこれも千代田区の麹町しかなかったのであります。それが今は六十一年以降の急速な上昇で、区部の平均で平方メートル百三十六万円、千代田区では九百八万円、足立区ですら五十一万円であります。となりますと、所得が大して変わらないのに、住む場所だけは実はみんな麹町のお屋敷並みになってしまったということであります。ですから、この十年間で東京じゅうが銀座になってしまう、東京じゅうが実は麹町三番町、海部総理大臣のお屋敷並みになってしまったということであります。こういうことは大変奇妙であります。  そして、その右の図は三十年間の推移を示しております。上の線が住宅地の全国市街地価格指数、真ん中の線が名目賃金の指数、それから金利七%の指数、それから消費者物価の指数を見てみますと、昭和三十年から六十年までに土地はほぼ六十倍、五十六倍であります。賃金は十八倍であります。金利は七倍であります。こういうことを見ますと、例えば昭和三十年に三百万円の土地を持っていた人と、三百万円を現金で持っていてそれを金融機関に預けた人の差というのは、実は三十年間で全国の市街地で言えば、土地で持っていた人は一億六千七百九十四万円、預金した人は二千二百八十三万円です。七・四倍の差であります。これが六大都市であれば、土地を持っていた人は四億二百万円になります。差は一七・六倍であります。さらに、六十年以降地価は三倍に上がりましたから、土地を持っていた人は十二億円ということになっております。片方は二千万円で、片方は十二億円になります。単純なポートフォリオの差がこれだけの大きな差をつくってしまいました。まさにこれが土地神話と言われるところでありまして、こういう状況であれば、だれもかも実は借金をして土地を買っていた方が一番有利という状況になったわけであります。これが実は日本人の拝金思想をつくってしまった一番大きな原因であります。  こういう地価の高騰を少し結果として見ますと、次の六ページに、これは土地の資産というものを地図であらわしてみました。上の図は昭和五十九年、真ん中の図は昭和六十三年、平成二年の図もかきたかったのでありますが、ちょっと時間がなくて数字だけ書いてしまってここではかいてございません。これは御案内のとおり、昭和五十九年の地図というのは何となく日本列島に似ております。都道府県別の宅地面積に都道府県別の平均的な住宅地の価格を掛けて都道府県別の宅地の資産額を出します。それを平方で開いて地図に直したものであります。  そこでごらんいただくとおり、これは東京でございますと、昭和五十九年に百四十四兆円の資産がございました。全国でほぼ千二百兆円ございました。それが昭和六十三年には東京が四百九十一兆円、周辺の東京圏を合わせますとほぼ九百四十八兆円という資産になりました。東京だけが非常に肥大化した非常に奇妙な日本地図になります。  そして、これが平成二年になりますと、その数字に書いてございますとおり、全国で二千二百七十四兆円になりまして、大阪の方がふえまして、大阪がほぼ倍以上になっていますから、ちょうど今の地図をかきますと、東京と大阪を中心とした眼鏡のような形になっていまして、つるになっておるところが東北、北海道ないし九州だというふうな形で、実に奇妙な宅地資産図がかけるわけであります。日本で見ますとこういうふうな資産の図になっております。  右側が、実は世界の地図で見ておりますが、日本の土地がどのくらい変なものかということを見るために、日本の土地についてこういうふうに比べてみました。日本の土地は三十七万平方キロであります。世界の国土面積が一億三千五百万平方キロですから、その〇・三%ということになります。人口は世界が五十億人、日本が一億二千万ですから二・五%でございます。GNPは、これは一九八六年の数字でございますが、三百五十兆ですので、ほぼ世界の一六%であります。ここまでは非常に健全な姿であります。  ところが、これが株と土地になりますと、株は五百四十兆円で世界の四四%、土地は千六百三十八兆円、これは一九八七年の数字でございますが、私の計算ではほぼ六〇%ということになります。そういうことになりますと、〇・三%の国土に実は六〇%の資産を持っているという計算に相なります。その一六%のGNPは理解できますが、どうしても六〇%の資産を持っておるということは理解を超えるわけであります。しかし、これが実は我々の常識になっておるということであります。  ちなみにその下の図は、経済企画庁が計算しました一九八六年の日本アメリカ、イギリスの土地資産を示してございますが、御案内のとおり日本が千二百六十二兆円、アメリカが五百五兆円、イギリスが十一兆円ですから、日本アメリカの二・五倍、イギリスの百十五倍ということになります。日本を売ればイギリスが百十五買えるという計算になるわけであります。  GNPとそれから土地資産の関係を見てみますと、その右の図でございますが、アメリカのGNPと土地資産というのは、土地の総額はGNPのほぼ半分くらい、〇・五ぐらいでございます。ずっと〇・五で横ばいにきております。横ばいということは実はGNPに相関してしか地価はふえないということでありますね。ところが、日本の図を見てもらいますと、その上の線になりまして、地価高騰の前でも実は日本の地価というのはアメリカよりもずっと高くて、土地係数でいきますと二から三という数字でございました。それも年によって非常に変動があります。ところが、これが一九八五年以降実は六ぐらいに上がっているわけであります。GNPの六倍の土地資産になっているわけであります。こういうことは大変実体経済とは遊離しております。しかし、個別ではこれが実体経済として通用しております。  次のページが、これは抜いてしまいましたので、一番前のページに戻っていただきまして、一ページ目に実はこういう資産を前提にした企業の含み資産を示しておりますが、一ページ目の真ん中あたりに企業の含み資産は今土地で三百四十二兆円、株で百七十兆円、あわせてほぼ五百十二兆円の含み資産がございます。これは経済企画庁の計算でございまして、昭和六十三年の上場企業の含み資産であります。ほぼGNPの一・二倍という含み資産を持っております。  それから、財政再建の方でございますが、私が見るところ一九八五年、昭和六十年以降赤字国債がどんどん減ってきましたが、赤字国債の減少の原因というのは決してそれは消費税でもなければ行政改革でもない、それはひとえにこの間に地価が上がって財政収入の中で相続税や申告所得という土地に係る税金がふえたからであります。これは圧倒的な量でありまして、実は地価の高騰というのは一面財政再建という形での財政の好転をもたらしました。しかし、これは実はこれからツケになって回るということになるわけであります。  それから、これを個人ベースで見てみますと、八ページまで飛んでいただきますが、八ページの左の下の図でございます。これは東京二十三区部での地主の数、土地所有者の数と資産額を示しております。二十三区部においては土地所有者の数はほぼ九十八万人でございまして、個人が九十万六千人、法人がほぼ七万五千社であります。その中で、実は三百平方メートル未満という自分の住むところしかない人が七七・七%、法人を入れれば八二%が三百平方メートル未満という資産としての意味のない地主なんであります。  その地主の持っている土地というのはその右側の図でございますが、四百六十兆の資産をそれぞれまた階層別に分けますと、三百平方メートル未満の人は百十六兆円で全体の二五・二%の土地を持っております。そういうことは、実は東京の場合でも一二、三%の人が七五%の土地を持っているということになります。東京の場合でも土地の所有の均衡化は進んでおりますが、実際には非常に多くの土地がまだまだ独占的な状況にあるということになろうかと思います。  そして、その結果でございますが、一番右の図でございます。一人当たりの資産額に直しますと、東京二十三区部に何らかの形で土地を持っている人は個人で三億二千万円、法人で十五億二千万円という資産になるわけであります。一万平方メートル以上、これは一ヘクタール以上でございますか、それ以上持っている方の資産は個人で二百十三億円、法人で五百二十九億円ということになります。ということは、東京の二十三区部に何らかの形で土地を持っておれば全員が億万長者だということになります。年収六百五十万円の億万長者であります。そして、その数は九人に一人、それから三世帯に一世帯、四十代以上になれば二世帯に一世帯は全員が億万長者だということになるわけであります。  トータルで見た数字、日本の土地資産が世界の六〇%を占めてしまうということは大変奇妙にみんな思います。これはだれしもみんな奇妙に思うわけです。しかし、事自分のことになると、会社のことも個人のこともこの資産があるということを前提に実は経済は成り立っているというふうになりまして、この辺にマクロで見た場合のおかしさがミクロの世界まで入ってしまっているんな問題を起こしているという原因になっているわけであります。  そして、このような地価が高騰をしてしまった大きな原因は何かということはいろいろ取りざたされておりますが、九ページの右に書いてあるとおりいろんな原因がございました。日本経済国際化、情報化、あるいは東京国際化、情報化というようなことでいろいろな議論がありましたが、そういうのは後から言っただけの話でありまして、私は本当の原因というのは実は金余り現象と土地税制、この二つに尽きるというふうに思います。  この二つが実は地価高騰の原因になりました。もともと土地の需要あるいは住宅の需要というのはこれは人間の数と国民所得の範囲内でしかあり得ないわけでございます。ある時期に二倍、三倍に伸びるということはこれは明らかに投機であるし、投資であります。在庫であります。それを可能にしたのは金融と税制の二つであります。その二つが実は私は最大の原因、九〇%以上の原因はそこにあると思います。  そしてその事実を次のページで少し見ていただきたいと思います。数字ばかりで恐縮でございますが、次のページの図の13という左の図は、実は東京二十三区部における土地の取引率の推移を示しております。この円が五%の線でございまして、三角形の上が港区、右が世田谷区それから左が足立区というその三区について何%の土地が動いたということを件数と面積で示しております。  これは、字が小さくて恐縮でございます。昭和四十六年から昭和六十二年までの時系列で見ておりますが、例えば右の丸の一番上のところが昭和五十六年の取引の件数でございます。港区で見ますと件数で二・七%、それから世田谷区で二・五%、足立区で五%、それから面積では一・四、一・二、一・四という数字であります。これが実は大体一般的な取引率でございますが、それがずっと下を見ていただきますと、一番下の昭和六十一年のところを見ますと、実は全部の地域が五%の円を超えまして、港区が八・八、それから世田谷五・八、足立が六・六、面積でも四・一%になっております。ということは、この間に港区あたりで見ますと件数で三・三倍、面積で二・数倍という取引が上がっております。  実はこういう取引はだれが行ったかということが問題でありますが、その右の図、図の14でございますが、これは取引の内容そのものの推移を示しております。取引というのは、内容を見ますれば、個人が個人に売った場合、それから個人が法人に売った場合、それから法人が法人に売った場合、法人が個人に売った場合、この四つであります。この四つを見ておればどういうマーケットかということがわかります。  そこで、この図は上の図が昭和五十九年、一番下が昭和六十一年でございますが、港区、世田谷区、足立区、三区についての取引率を示しております。御案内のとおり、上に三角形が高いということは実は個人のマーケットであります。下に多いということは法人のマーケットでございます。例えば一番上の五十九年の図を見ていただきますと、港区では個人―個人が二一・八、個人―法人が四〇・二、法人―人が二六・七でありまして、まだ個人の市場はかなりあります。それから世田谷区の場合には逆にもっと個人―個人が多くて個人―個人が四〇・五、それから足立区では個人―個人が五九・七というぐあいに、世田谷区、足立区にいくに従ってマーケットは個人から個人に売るマーケットになっております。  それがどんどん下にいきますと三角形の形が崩れてきまして、一番下をごらんいただきますと、地区、世田谷区、足立区とも上の三角形から下の三角形になっているということは、この間に実は土地の取引が非常に法人主体の取引に変わったということでございます。港区の場合で言えば実に九五%が法人の取引であります。個人の取引はほぼゼロになったと言っていいと思います。  実は、日本の土地の市場というのは、本来個人から個人に売ったものを法人が仲介するというのが伝統的な日本の土地のマーケットであります。これは常識であります。ところが、これがこの数年、地価高騰の結果変わってしまいまして、法人が主体になるというマーケットになってしまいました。これが実は地価の高騰の大きな原因だったと私思います。個人が個人に売る場合にはこれは個人の所得の範囲内でしか売買は成立しません。しかし、法人が売る場合には、必ずそれはキャピタルゲインもありましょう、節税もありましょう、いろいろな意味で所得から形成されるということでなくて、別な要因から地価が形成されるということになります。それが実は端的にあらわれてしまったということであります。  さらに、次のページをごらんいただきますと、具体的にどういう法人が購入したかということを示しておりますが、左の図の15の下の方のロというのをごらんいただきますと、これは千代田区、中央区、世田谷区、足立区でどの法人が、どういう人が買ったかということの買った人の内訳を示しております。  千代田区でいくと法人が九割、個人がほぼ一割。それから中央区も同じように法人が九割、個人が一割でありますが、その法人の中身について見ますと、実は七割までが中小不動産業者であります。大手の不動産業者というのは一〇%もいません。それから三番目の世田谷区にいきますと、法人企業の割合は四割に減りますが、実はその法人の七割がやはり中小不動産業者であります。そして足立区においてもそうであります。かり不動産業者の中で、実はその区に所在地を持たない、事務所を持たない不動産業者がふえております。この間に東京の土地のマーケットは非常に広域化、ビジネス化しているわけであります。これが、マーケットの転換が地価の大きな原因でありまして、実はこれを支えたのは金融であります。  中小法人が、中小不動産業者がみずから資金があるわけはないわけであります。中小不動産業者の土地取引は完全に一〇〇%実は金剛機関の資金によって行われます。その結果、それをごらんいただくと右の図のとおりでございまして、右の図の16は不動産業向けの銀行等の貸出残高と地価上昇の推移を示しています。これは平成元年の六月までしか示しておりませんが、平成元年度末でいきますと、実は貸出残高の総額は四十七兆円になります。昭和五十八年に十四兆円ですからこの間に三・五倍の貸出残高の増になっております。そして同じように地価も三・八倍に上がっております。こういう貸出残高の増が明らかに地価高騰の原因になっていることは明白であります。  もともと列島改造論のときに実は不動産業に銀行等が貸した残高は五兆円でございました。それで全貸出残高に占める割合はほぼ六%ないし七%でございました。ところが、実は今それが五十兆円ということになっております。銀行等の貸出残高が五十兆円。列島改造の時代にはノンバンクとかはありませんでした。今はノンバンク、それから生命保険、そういった迂回金融機関を入れ、なおかつ不動産に投入された資金を入れればほぼ百兆円は超えていると私は思います。これよくわかりませんが、銀行等の貸出残高が五十兆円、これは確実であります。その他を含めれば事不動産に流れた金は百兆円を下らないというふうに思います。  問題は、これがどういうことになっているかということであります。五十兆円という金はどういう金かと申しますと、一平方メートル百万円で買いますと五千ヘクタールの土地が買えます。五千ヘクタールというのは実は世田谷区の宅地面積の一・五倍ございます。それから、もし平米一千万円で買えば五百ヘクタール買えます。五百ヘクタールというのは中央区と千代田区の商業地を足した面積に等しいものでございます。それだけの土地が既に買われておるわけであります。これが実は問題でありまして、問題はこれが売れるかどうかでありますが、私はこれは売れないと思います。一戸三千万円で住宅を売ろうとしまして、そのうち土地代が一千万円払われるとしますと、五十兆円の資金を回収するには五百万戸売れないと返ってこないわけであります。  実はこれだけの金が、五十兆円あるいは百兆円という膨大な金が全体のマーケットがわからないままに土地の投機に投入されました。その結果、今膨大な在庫が積み重なっていると私は見ております。この在庫がどうなるか。この在庫があるいは一方でインフレを起こすかもしれません。あるいは片方でデフレを起こすかもしれません。あるいはクラッシュという形になるかもしれません。これが実は土地問題の最近の最大の課題だと思います。金融が行き着くところまで行ってしまったんではないかと。地価を上げるも下げるもこの五十兆円次第ということに私はなるのではないかと思っております。  さらに、加えて土地税制の転換でございます。  次の十四、十五ページには土地税制について記してございますが、私は土地税制というのはやはり構造的な大きな要因だったと思います。もちろん短期的には無節操な不動産金融というのが地価高騰の大きな原因でした。しかし、構造的にはそういうふうに誘引したのは税制だったと思います。財テク、土地テクというふうなことを実は助長した税制だったと思います。そしてその税制自体がこの三十年の間は土地政策としての位置づけは欠落しておりまして、専ら従的・補完的機能だということだけになっております。本来土地税制というのは歴史的に見ても国際的に見ても土地政策そのものであったはずでありますが、日本の場合には残念ながら土地税制というのは従的・補完的機能にすぎないというふうに見られておりました。これは私は大変土地政策の発動を阻害したというふうに見ております。  それからなおかつ税制というのは専ら減税だけを重ねてさました。それも無定見に減税を重ねてさました。どういう効果があるかわからない、減税したらどういう効果があるんだ、あったんだということがわからないままに減税を積み重ねました。そして複雑、個別の優遇策をどんどんつくりました。これが逆効果になりました。これが実は土地への執着を強め、財テクを誘導し、不必要な需要を拡大したというふうに思います。  それから税制そのものに、土地利用より資産所有を優遇するという税制をつくりました。固定資産税の実効税率は極端に低くて、金利は七%なのに実は買った土地の固定資産税は〇・一%に満たないわけでありまして、ほとんど固定資産税としての機能を果たしていないという状況まで実は資産が優遇されております。さらに都市計画や土地利用との連動性も欠落しております。こういうふうに土地保有が非常に安いということが節税あるいは脱税ということを横行させたというふうに思います。  それから法人の過度優遇でございますが、いろいろ言われているとおり、法人にはキャピタルゲインの還収もございません、相続税もございません、含み益はどんどん膨れ上がります。そして損益通算もできます。赤字法人によって節税もできます。そういう法人に非常に有利な税制が、実はまたこれが先ほど申しましたように、法人の土地取得を助長したというふうに思います。さらに、社宅の購入に見られるとおり、個人が住宅を買えば、個人は所得から所得税を払い、住民税を払い、場合によったら固定資産税を払った残りで住宅を買わなきゃなりません。しかし法人が買えば、法人の買った借入金の金利は全額経費で落ちます。減価償却費も経費で落ちます。さらに、買った住宅の固定資産税も法人税から落ちます。  ということは、個人と法人では決定的な差があります。法人にこういう優遇措置を与えれば、あるいは個人にこういう優遇措置がなければ、実は住宅は全部法人にシフトしてしまう。社宅がまさにそのあらわれだというふうに思います。こういうことが、実は法人の企業経営の中で節税志向あるいは土地を確保しておこうということを助長したというふうに思います。そういう意味で土地税制というのはいろんな問題がありますし、本格的な抜本的な私は改正が必要じゃないかというふうに思っております。  さらに、あと二、三分でございますが、土地税制には基礎的な要件が欠落しております。その基礎的な要件というのは、例えば土地登記制度が極めて立ちおくれておりまして、我々には土地の情報、所有とか移動とか利用の情報は全くありません。それから評価についても不統一でございまして、どういう評価がどういう関連性があるかということもわかりません。さらに評価は非公開でございまして、不均衡であるかどうかということすらチェックできない状況であります。そういう土地税制の資料の未整理、未整備、こういったものが実はマーケットの存在を非常に不明碓にし、これがまた地価高騰をあおるという原因になっていると思います。  最後に、市街化区域内農地の宅地並み課税について、私はこれは不公平、不公正という観点から是正すべきだと思います。いろんな理屈はあると思いますが、不公平、不公正ということをまず第一に見るべきであって、あとのことはその後のつけたりだというふうに思います。そして相続税についても、実は都市の発展にとって相続税というのは非常に重要な役割を果たしておりますし、相続税を契機に都市は発展し、土地の所有の分配が行われます。それをあえて市街化区域内農地を外してしまったというところに、私は戦後の都市開発の、都市の展開に対する非常に問題があったんじゃないかと思います。  それぞれそこに書いてございますとおりでございまして、さらにそのことは、市街化区域内農地の宅地並み課税の問題は、固定資産税の本質的な問題に行き当たると思います。この問題についていろいろ問題はあろうかと思います。固定資産税そのものにもいろんな問題があろうかと思いますが、私は今土地税制の論議をするときに本格、本質的な問題点を糊塗して、それを見ないで次の政策をつくっていこうということはかえって事態を悪くする。私はこういう土地問題が、あるいは土地税制が非常に議論になっているときには、やはり本格的な、本質的な税制の問題点を見るべきだというふうに思います。  以上であります。
  27. 遠藤要

    会長遠藤要君) ありがとうございました。  それでは、本間参考人にお願いいたします。
  28. 本間義人

    参考人本間義人君) 本間でございます。  いわゆる土地問題の問題点につきましては、ただいま長谷川参考人からおおよそ述べられたとおりでございますので、私若干レジュメを変更いたすことになるかもわかりませんが、アップ・ツー・デートなお話からさせていただきたいというふうに存じ上げます。  内外格差問題につきましては、その中で土地住宅問題は日米構造問題協議の中で大きなウエートを占めておる問題になっております。現在、アメリカ側の要求に日本側がこたえるべく国内での対応策が着々進みつつあるところでございますが、私この日米構造問題協議における土地住宅問題に関するアメリカ側の要求については極めて疑問に感ずるところがございますので、まずそこから話をさせていただきたいと思います。  土地問題に関しますアメリカ側の要求は、対日改善要求六分野のうちの一分野を占めるわけでございますが、税制、都市政策と規制、住宅基盤、民間デベロッパーに対する誘導策、この四つの部門におきまして極めて広範な内容になっております。中には土地評価ガイドラインの改善、あるいは政府、自治体によります中期的な住宅関連基盤整備に対する投資の増額、こういった消費者あるいは市民の利益と合致する部分もあることはあるのでありますが、我が国の実情をよく把握していないのではないかと考えられる部分が実は少なくないのであります。  アメリカ側は、この対日要求は日本の土地問題を解決するために不可欠と説明しているところでありますが、そうした認識に基づきましてその要求を受け入れて我が国が政策変更を行いましたら、逆に土地問題がさらに激化しかねないのではないか、こういうことを私指摘させていただきたいのでございます。例えば税制の部門で、東京都の監視区域など不動産の移転を制限している制度を廃止せよと言っております。我が国では国土利用計画法によります同制度によって辛じて地価暴騰に歯どめがかけられている実情がよく知られていないと思うのであります。  また、都市政策と規制の部門では、市街化区域と市街化調整区域の線引きの見直しを挙げております。しかし、恐らくこれを行いましたら、社会資本が整備されていない地域に直ちにスプロールが進行して、無秩序な市街地がさらに拡大することが理解されていないように思うわけであります。また、この都市政策と規制の部門では、建ぺい率とか容積率の規制緩和も求めております。これは恐らく都市環境改善の観点や、社会資本がいまだ十分でないためにそれを行うことができないでいる我が国の都市実態がよく把握されていないためにこういう要求になったんではないかと思うわけであります。  そもそも我が国の今回の地価暴騰といいますのは、アメリカに対する貿易黒字解消のための内需拡大策に迫られ、民間資本に都市開発に積極的に参加させようと、さまざまな規制を緩和したりあるいは国公有地を民間へ払い下げたり、そうしたことによって始まったわけであります。つまり対アメリカの関係で始まったと言っていいと思うのであります。ところが、そのような規制緩和によって生じた地価暴騰に対しまして、それを解決するためにさらに規制を緩和せよというのがアメリカ側の考え方なわけでありまして、これではその解決が一層難しくなるばかりじゃないかというふうに私は懸念するわけであります。  当のアメリカではニューヨーク、サンフランシスコ、そういった大都市で、今レーガンによります成長促進によって生じた都市のゆがみを正すために土地利用に厳しい規制を行う、そして、都市計画に住宅政策をリンクさせて弱者の居住確保等、都市環境の改善を念頭に置いた成長管理施策に転じつつあるというのは皆様も御承知のとおりであります。こういう意味でもアメリカ側の対日要求というのは極めて矛盾しているところではないかというふうに思うわけであります。アメリカでは規制強化、そういう方向へ移行しつつあるのに日本に対しては規制緩和を求める、こういうところに矛盾を見出さざるを得ないわけであります。  といいましても、決して我が国の土地問題がこのままでいいわけでないのは言うまでもないことでありまして、我が国の土地問題というのはそうしたアメリカの視点からではなくて、我が国の社会、経済、この不公正さを正すには一体どうしたらいいかという我が国自身の問題認識から始まらなきゃならないというふうに思うわけであります。  いずれにしましても、このアメリカの要求は、恐らく宅地空間の供給拡大を図れば日本の土地問題は解決するだろうという市場経済重視の認識、こういったものに支えられていると思うのであります。実はその需給バランス論では我が国の土地問題が解決しないことは戦後土地政策の歴史が実証しているところでありまして、恐らくアメリカ側は誤った情報ルートをとったためにこういう認識を持って、我が国に対する土地住宅問題の要求になったのではないかというふうに思うわけでございます。  しかしながら、宅地空間の供給を拡大すれば土地問題は解決するのではないかというのは、我が国の土地問題に対する基本的認識の部分のうち多数部分を占めることは間違いございません。土地臨調自身も、最終答申の基本的認識は、地価暴騰の最も大きな原因は宅地の供給が不足して起こった需給アンバランスにあるということでありました。したがって、宅地の供給拡大を促進すれば地価暴騰に歯どめをかけることが可能だということでありました。経済の理論からいたしますと、地価も広義には需要と供給によって決定されるわけであります。ところが、この地価形成にはさまざまな要因があるのは御存じのとおりであります。例えば投機的要因も加わりますから、需要、供給によって決まると、そう単純に言い切れるものでないのは改めて言うまでもありません。  特に今回の地価暴騰につきましては、単なる需給論の枠を越えまして、政策的要因によって起こったものでありますから、その需給アンバランス論には大きな疑問を抱かざるを得ないのであります。例えばこの需給アンバランス論が正しいものとすれば、とっくに我が国の土地問題というのは解決していたはずだからであります。といいますのも、実はこれまでも地価政策でとられてきた主要対策というのは、宅地を供給すること、その供給を拡大することであったわけであります。  我が国の戦後初の本格的土地対策と評されます一九六六年の経済企画庁物価問題懇談会の提案もそこに重点が置かれておりました。そして、「宅地の大量供給」という項目を立てましてこう言っております。   現段階における地価抑制のもっとも重要な手段の一つは売手市場的心理を払拭させることである。そのためには、将来の宅地供給に事欠かないという事態を現実にしかも一挙に、つくり出すことである。   この場合の宅地供給とは、既成市街地の周辺に新たな住宅地域を造成することを意味するだけでなく、都市機能を分散して宅地需要そのものを新しい地域に移すこと及び既成市街地の有効利用を促進することをも含んだ意味のものである。 こういうふうに言っているわけであります。  これ以降、我が国政府の地価対策閣僚協議会で決定され、閣議了承されました地価対策は、常に宅地の供給促進をその主題としてきているのであります。例えば一九七〇年八月のそれは「市街化区域内における宅地利用の促進」としまして、市街化区域の計画的整備、農地の宅地化の促進、それから大規模宅地開発の推進、こういったものを挙げております。以降今日に至るまで政府の地価対策閣僚協議会で決めてきた主要な地価対策、土地政策というのは、専らこの宅地を供給することであったわけであります。しかしながら、それによって土地問題が解決したのかどうなのか、今日の実情につきましては皆様方御存じのとおりであります。  ところが、土地臨調の最終報告あるいはそれに基づいて立てられました政府の総合土地対策要綱、これらはいずれもあらゆる方策、手法を駆使してこの土地対策を宅地空間の供給拡大に収れんさせようとしているわけでありまして、それは今回の地価暴騰の引き金になりました民活路線によります大量供給、規制緩和、あるいは商品としての土地の流動性の促進という方向をさらに全面的に展開するところになるんじゃないか。あるいは需給アンバランスによって地価は上昇する、そういう古典的な見解をとるとしたら、それは宅地空間を供給促進する、その路線を選択する以外になかったかもわかりませんけれども、私はもう少し歴史というもの、つまり戦後土地政策の教訓を学ぶ必要があるんではないかというふうな気がしてなりません。  つまりアメリカ側の土地・住宅問題に関する対日要求といいますのは、そういう戦後土地政策の教訓をも踏まえておらず、そして専ら安易な需給アンバランス論によっているということで、私ども土地・住宅政策を勉強する者にとりましては甚だ理解に苦しむところであるということを申し上げておきたいと思うのであります。  しかし、政府あるいは民間あるいは市民も含めましてこの土地問題に解決の兆しを一向に見出せないでいるというのが今の現状であるのは御存じのとおりであります。問題は、この土地問題の結果、中でも地価の暴騰によりまして一般市民、勤労者の居住確保が極めて困難になってきているということであろうと思います。恐らくその意味で、土地問題の究極は住宅問題にあるというふうに言っていいと思うのでありますが、なぜ、ではこの一般市民の居住確保が困難になったかということであります。  御存じのとおり、我が国の戦後住宅政策を支えてきましたのは住宅建設計画法を頂点とします住宅金融公庫法、公営住宅法、それから日本住宅公団法、現在は住宅・都市整備公団法でありますが、この三法であります。住宅金融公庫法は個人の持ち家取得を進め、公営・公団住宅法はともに公共住宅の供給を進める役割をそれぞれ果たしてきたのでありますが、今回の地価暴騰はその公庫による持ち家推進策を全く破綻させてしまった、一生働いても持ち家を取得することは困難である、こういう状況を招いたわけであります。あるいはまた公共住宅の供給も、用地の取得難ということでもはや不可能な状況に追い込んだわけであります。  私は、恐らく戦後住宅政策のパラダイムがここで崩壊したというふうに言っていいと思うのでありますが、その結果が大きなツケとなって一般市民、勤労者の居住確保の問題に影響を及ぼしてきているということでございます。やはりこの問題を直視しない限り、私は土地問題の解決の糸口というのはなかなかつかみにくいんじゃないかというふうに思うわけであります。  改めて、今回の地価暴騰が東京における住宅問題をいかに深刻なものにしているかでありますが、まず第一に挙げられますのは、住宅費を大幅に上昇させて、低所得階層のみならず中堅所得階層の居住水準の改善を阻むに至っていることであります。八七年の都内民間借家居住者の平均家賃負担率は一カ月六万四千五百円でありまして、過去三年間に二四%の上昇を示しておりますが、この額は全国平均三万九千六百円の一・六倍であります。極めて東京の家賃は高いということであります。  分譲マンションにつきましては、八八年上期の価格状況を見ますと、都内におきまして三・三平方メートル当たりの平均分譲価格は五百九万円で、全国平均百八十八万円の二・七倍であります。それから、供給戸数の四分の三を占めます一億円未満の価格の住宅の平均価格は五千百三十七万円で、都内勤労者の平均年収の八・二倍に上っております。恐らく東京における一億円未満のマンションの平均価格五千百三十七万円を出しましたならば、欧米でほかなり大規模な住宅が確保できるというのは皆様御存じのとおりであります。我が国では五千百三十七万円出しましても極めて貧弱なマンションしか手に入れることはできないということであります。  さらに、民間アパートの建てかえなどによる家賃の高額化によりまして、高齢者や低所得階層の人々が住み続けることが極めて困難な状況になっておるということであります。昨日のNHKの夕方のテレビでも高齢者の方々の住宅確保がいかに困難であるかということをレポートしておりましたが、まさにそういう状況になっているわけであります。  それから第二に、狭小な住宅を増加させまして住宅の質や居住環境の改善をいよいよ困難にしていることが挙げられます。東京都内におきます住宅の新設状況を見ますと、着工戸数は八三年から毎年大幅に増加しているのでありますが、それは主として平均規模四十平方メートル前後の民間借家の増加によるものでありまして、居住水準を向上させるものにはなっていないわけであります。また都内の土地利用状況は、区部で四五%、市部で二三%が百平方メートル未満の小規模宅地所有で占められているという状況でありまして、相続等に伴って土地の細分化がさらに進行しつつある。そこで良好な住宅地の環境悪化が見られるなど、良好な住宅ストック形成の方向と逆行する事態になっているということであります。  第三に、前に申し上げましたように、公共住宅の供給を全く不可能にしたことが挙げられます。すなわち、公共住宅の建設用地を初め、公共施設用地の取得が極めて困難になっている。その結果、都営住宅用地の取得面積も八六年度、八七年度の場合は毎年度前年比約四〇%の割合で少なくなってきているわけであります。しかも八五年度から八七年度の三年間に東京都営住宅用地として取得された用地は約十八ヘクタールでしかないということであります。しかもその十八ヘクタールのうち八六%が国公有地でありまして、民有地の買収によるものは二・五ヘクタールにとどまっている現状であります。これでは土地臨調最終答申や総合土地対策要綱に沿って公共住宅を供給しようにもそれは全く不可能と言っていいと思うのであります。  それから第四に、地価暴騰が業務空間拡大の進行やあるいは土地騰貴と相まって特に都心部における定住人口の減少を加速させておりまして、職住のバランスを著しく失わせている、またコミュニティーの維持をできなくしつつあるということであります。例えば都心三区の人口は、七五年からの十年間に約三万人、年平均〇・八%の割合で減ってきているのでありますが、八五年から八八年までの三年間だけで同じ三万人も減っているわけであります。したがって減少率もふえまして年間二・九%も減少しているということであります。御存じのように、今千代田区では昼間人口百万人、夜間人口が四万五千人という状況であります。こういう都市が好ましい都市と言えるかどうかでありますが、好ましい都市と言える方は恐らくいないんじゃないかと思うのであります。極めてゆがんだ都市の状況となっているということであります。  中でも一般市民あるいは勤労者の居住確保の問題につきましては、私たち、戦後住宅政策のパラダイムが崩壊した現在、改めてそれにかわり得る新たなパラダイムを構築しなければどうにもならない状況に来ているんじゃないかというのが私の実感でございます。  折から、この四月、我が国の住宅政策史上着目していい出来事が立て続けにありましたので御報告させていただきたいと思うのでありますが、一つ東京都がかねて東京都住宅政策懇談会に諮問していました都の新しい住宅政策についての最終報告書がまとまったことであります。この副題は、「生活の豊かさを実感できる住まいを目指して」ということになっております。それからもう一つは、東京都世田谷区が区の住宅条例を制定したことであります。この二つの地方住宅政策の特色こそ、戦後住宅政策ではもはや通用しない、住宅供給について改めて地方自治体が取り組もうという姿勢を示したものと評価していいんじゃないかと思うわけでございます。  東京都の新しい住宅政策といいますのは、低中所得階層向けの施設を充実すること、市場と公共の新たな連携を実現すると同時に、町づくりと連動して住宅政策を展開することを大きな目標に掲げているわけでありますが、当然のことながら、戦後住宅政策にかわり得る、その三本柱にかわり得る住宅政策を進めようということで、地価を住宅価格に反映させない住宅供給の仕組み、メニューをさまざまな形で考えているところが特色と言っていいかと思うんであります。  それから、世田谷区の住宅条例は、第二条の基本理念ということを見ますと、「区は、すべての区民が、地域の個性を生かした魅力的なまちづくりを進めつつ、良好な住生活を主体的に営むことができる権利を有することを確認し、その充実を図ることを、住宅及び住環境の維持及び向上についての基本理念とする。」と、非常に明確に宣言しているわけであります。要するに、区民の住宅確保については地域責任を持っているんな役割を果たそうということをはっきりさせているわけでありまして、これは戦後住宅政策のパラダイムにかわる新しい一つのパラダイムの誕生と言っていいんじゃないかと思うわけであります。  東京都の具体的な住宅供給のメニューでありますが、例えば都心部において東京都が率先して公共施設と住宅を合築する。あるいは民間開発についても住宅誘導の指針を定めて住宅供給のために容積率を割り増す市街地住宅総合設計制度、こういったものを活用する。あるいは一定規模以上の開発には住宅附置を求めている中央区あるいは港区、そういった指導要綱の制度を支援する、そしてその住宅を公社が借り上げる。あるいは土地所有者が建設する民間住宅を一括借り上げて公共住宅とする、つまり借り上げ型公共住宅制度であります。その際には公庫融資や都の補助を行い、居住階層に応じて長期傾斜割引家賃を導入する、こんなメニューを明らかにしております。  また町づくりに関連しましては、木造賃貸住宅や住商・住工混在地域の再開発を住宅供給に結びつけようということで、木造賃貸住宅地区整備促進事業の適用範囲を広げる。あるいは主要道路に沿った町並みでは、上層階に住宅を配する複合型に誘導する、ころいうことも考えております。つまり、こういった住宅供給のメニューの背景には、今日の土地問題を見るに、もはやここまで地価が高額化した以上、それをもって住宅供給に結びつけることは極めて困難であるという認識があると思うのであります。適切な価格で適切な居住水準の住宅を適切な通勤限界内に求め得るというのをアフォーダブルハウジングといいますが、実はこのアフォーダブルハウジングを実現するには、もはや公庫融資でもない、公営・公団住宅でもない、こういう認識が今や東京都や世田谷区では起こりつつある、定着しつつあるというふうに言っていいと思うのであります。  神奈川県でも六月から新たな住宅政策の検討に入るそうでありますが、もはや地方自治体では、自治体の責任において地域住民の居住を確保するには、自治体みずからがやはりさまざまな形で住宅政策を主導的に展開しない限りどうにもならない状況であるというところにきていると思うのであります。これは従来の住宅建設計画法に基づきますトップダウン形式の住宅供給計画から地域主体によるボトムアップの住宅政策へ、この地価暴騰がいやが応でも変えざるを得なかったということを示しているんじゃないかと思うのでありますが、新しい住宅政策の方向として私は先生方にぜひ御検討いただきたいと思うことであります。  しかしながら、では自治体がそういう独自の住宅政策を進めればそれで済むかという問題でありますが、それで済まないのも当然でありまして、当たり前の話であります。土地基本法が制定されまして、その土地基本法に基づきましていろんな施策がこれから展開されようとしておりますが、土地問題に対する基本認識そのものは、やはり土地臨調の答申の基本認識であります宅地空間の供給拡大を図るというところにすべての政策を収れんさせていこうというところにあるわけでありますから、都市にあるいは都市住民に新たな緊張関係を生み出さないとも限らない要素を非常にはらんでいるわけであります。したがって、この土地基本法の運用をいかに的確に行って、従来の実定土地法制度、住宅土地法制度にかみ合ったものにして具体的な政策を進めていくか。もちろんその具体的な政策というのは、過去の歴史、戦後住宅政策、戦後土地政策の教訓を踏まえたものでありますが、その教訓に基づいた政策を展開しなければならないのは言うまでもありません。そういうところに今我が国の土地・住宅問題はきているんじゃないかというふうに考えざるを得ないわけであります。  恐らくこのままでいきますと東京を初め大都市の過密化は進むばかりでありましょうし、その過密化というのは恐らく偏った中高層化という形であらわれましょう。それから偏った土地利用の順化というのが進むんじゃないかというふうに考えられます。つまり地価に見合った土地利用をするということで、その地価あるいは保有税を負担しし切れない方々は外へ出ていかざるを得なくなる、ころいう状況で土地の偏った順化が進むであろうということでありますが、こういう都市の状況を我が国は加速させていっていいのかどうなのか、その辺について先生方の御検討をぜひお願い申し上げたいというふうに思います。  ちょうど三十分になりましたので、私の話はこれで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
  29. 遠藤要

    会長遠藤要君) ありがとうございました。  それでは、これより両参考人の貴重な御意見等に対して質疑を行わせていただきます。  質疑は会長が通告順に御指名申し上げますので、御協力願います。
  30. 鎌田要人

    鎌田要人君 長谷川先生、本間先生から大変示唆に富む貴重な御教示をいただきまして、まず心から厚く御礼を申し上げます。  私は最近まで地方の自治体の首長をやっておりまして、長谷川先生からちょうだいしました資料の六ページ、このいびつな日本列島を見てまことに感慨無量であります。かつて私どもは終始一貫、全国的に均衡のある国土の発展、一極集中あるいは大都市集中の是正ということを言い続けてまいりましたが、一顧だにされませんでした。  九州でございますが、新幹線が昭和五十一年に博多まで来て、後一メートルも伸びない。北の方は盛岡から先は伸びない。それがたちまちこのいびつな日本列島に反映をしておるわけでありまして、東京がやはり国際的な情報あるいは金融のセンターとして地価が上がることはこれはある程度やむを得ないにいたしましても、多極分散をしておれば、これほどまでのまさにクレージーと言うべき地価高騰にはならなかったであろう。そういう意味で、おくればせながら、首都移転とまでは申しませんけれども、もう少しやはり地域の均衡ある発展のために本当に多極分散型国土形成ということが、お経の文句でなしに、具体的な交通あるいは情報手段の整備等も含めてやることが、長い目での日本の今最大の課題である土地問題の解決になるのではないかというふうに愚考いたしておるわけでございますが、この点につきまして簡単に両先生の御意見をお伺いすることができればありがたい。  第二点でございますが、と申しましてもこれには時間がかかります。あるいはまた大都市の市街化区域内の農地の課税、これも私ごとを申し上げて恐縮でございますが、昭和四十六年に担当の税務局長としてこの制度をつくりまして、どうやら形を整えた途端に国会で全部骨抜きにされた。こういうことでございまして、こういう経過を見ましても土地問題というのは、特に税制の問題というのは、総論は皆さん賛成、各論になると個別の利害が錯綜してまさにこれは七花八裂という格好でございます。  その中で今日の都民あるいは大都市住民に適正な居住水準の住宅を供給するということになれば、これはむしろ零細な土地を個人の所有として供給するのじゃなくて、ある程度市街化区域内農地あるいは固定資産税の重課、あるいは遊休、低未利用地の重課、こういったことで、まあ表現は悪うございますが、吐き出された土地を、先ほど本間先生の方からもお話がございましたが、地方自治体あるいは公社、公団、こういった公的な主体がその用地を取得してそこに良質の賃貸住宅あるいは公園緑地、こういうものをつくって居住をさせる。いわゆる良質の賃貸住宅ということに目標を転換した方が現実的でかつ合理的ではないか。  伺いますと、戦前の東京で持ち家のあった人というのは、当時の都民の七割は貸し家で、三割程度しかいなかったと伺っておるわけでありまして、みんながみんなやはり土地を所有するということはこれは無理じゃないか、むしろ良質の賃貸住宅を供給し、それに附帯しての社会資本の整備を図ることの方が現実的で合理的ではないかと私は考える次第でございますが、これにつきましても両先生の御指導をいただければありがたいと存ずる次第でございます。長くなりましたが、よろしくお願いいたします。
  31. 長谷川徳之輔

    参考人長谷川徳之輔君) 私も基本的には多極分散型の都市づくりはこれは必要だと思います。ただし、私は、地価問題と直接リンクするものではない、これは地価が高かろうと安かろうとそれは一つの国土構造としてやっていくべきだと思いますし、国土の均衡ある形成というのはこれは別の問題としてやっていくべきだと思う。地価問題をこれにリンクさせて、多極分散型都市ができないと地価問題が解決しないというのは、私はいささかうなずけないと申しますか、それとこれとは別だというふうに思っております。  地価対策というのはこれは短期的な経済現象であります。それは構造的な国土構造の問題とは別であります。その短期的なゆがんだ経済現象だという認識で実はこれに対応していただきたい。それは金融であり税制の問題として対応していただきたいというふうに思います。  それから、市街化区域内の宅地並み課税の話については、これは二十年来の案件でございますし、いろんな議論が出過ぎました。何がなんだかさっぱりわからなくなっておるわけでありまして、原点に立ち返って公平、公正論ということをまず旨とすべきではなかろうか。それを抜きにして余り細かい議論をしますと、実は何が何かわからなくなるということであります。ただし、私は市街化区域内の宅地並み課税の問題については、基本的には固定資産税、保有課税の問題自体にあるわけでありまして、その右代表として宅地並み課税があるわけでございまして、こういう機会に実は宅地並み課税の問題のみならず、保有課税のあり方ということについての根本的な議論をすべきではないかというふうに思います。  それから、賃貸住宅の充実については私も基本的には賛成であります。確かに戦前については土地でもうけようとする意思がだれもありませんでしたので、賃貸でも持ち家でもどちらでもよかったわけであります。私は、基本的には賃貸に住むか持ち家に住むかは本人のライフスタイルあるいは本人の好みの問題で、どちらにいっても損も得もないという仕組みをつくるべきであって、こっちにいったら得、こっちにいったら損ということ自体が実はゆがんでいるんではないだろうか。むしろどっちに住むかというのは本人の自由というマーケットをつくることが最も理想的ではないかというように理解しております。  以上であります。
  32. 遠藤要

    会長遠藤要君) 本間参考人、何か御意見がございますか。
  33. 本間義人

    参考人本間義人君) 私は、東京一極集中問題につきましては甚だ悲観的な考え方を持っております。  四全総、第四次全国総合開発計画におきましても、二十一世紀に東京圏の人口は現在の三千万人から三千三百万人ないし三千五百万人になるだろうということを書いております。つまり、何らか強力な施策を講じたとしたら三千三百万人にとどまるであろうが、何も強力な措置を講じないでいれば三千五百万人に及ぶであろうということでございます。現在の東京圏に横浜市と川崎市二つを合わせた都市が新たにまたできるという勘定になります。  ところが、国土庁の首都改造計画によりますと、例えば首都機能の移転、こういうものを行いましても、首都機能の移転に伴って新首都に移動する人口、つまり国会議員の先生方初め行政、司法、そういった関係者、それから家族の方、それに付随したサービス業の方、一切合財含めて六十万人ぐらいということであります。三百万ないし五百万差し引き六十万ということになりますと、どうしてもふえる方が確実なわけであります。じゃ一体どうしてこうふえ続けるのか、あるいは一極集中の歯どめがかからないのかでありますが、恐らくそれは東京国際化ということと無縁でありませんでして、企業の多くがこの東京の国際性、市場性それから情報性、これが日本のほかの都市とは際立った実力を示しているところに魅力を感じて、動かないばかりか次々とまた東京へ事務所を構えてやってくるという状況を加速させているんじゃないかと思うわけであります。  事実、私いろんなインタビューで企業のトップの方とお会いすることもございますが、その方に、新首都ができたらどうしますかと伺うと、新首都ができても移すのは出張所である、本社は東京に存続させる、でなければ企業の存続はあり得ないということをおっしゃっておるわけでありまして、それが私は企業の側の本音であろうというふうに思うわけであります。  それから、鎌田先生第二の御質問の、賃貸住宅重視へという考え方でありますが、これはかねがね私住宅金融公庫による持ち家推進策というのに疑問を持っておりまして、一九七〇年代から私は申し上げておったことでございます。以来、ずっと私、やはり持ち家推進策というのは日本の社会経済現状からいって個人の可能性というのを摘むばかりである。日本現状にはやっぱり賃貸住宅が合っている。つまり、それぞれ居住の確保が困難な人たちの居住を保障するということは公共の役割としてそれを推進しなければならない、その中心になるのは公共賃貸住宅であるということは常々申し上げておったところであります。  今その公共賃貸住宅の供給拡大あるいは公的主体によるそういった公共住宅整備にとって必要なことは、国は一体何をすべきかということであろうかと思います。土地臨調の最終報告、あるいはそれに基づきます総合土地対策要綱でも、公的住宅供給の拡大ということを言っておりますが、では一体その公的主体のために国は何をしてやれるのかということについては触れていないわけであります。公的主体といいますのは、公営住宅の供給に当たる自治体、それから公団住宅の供給に当たる住宅・都市整備公団、あるいは地方住宅供給公社のことを言っているわけでありますが、これらの公的主体も、例えば用地が取得難であれば住宅を建てて供給することはできないわけでありますから、その取得難に直面している用地をじゃ一体どういうふうに問題を解決したらいいのか、それを国がどう環境整備するか、国が手助けするかということであります。これをやっぱりはっきりさせない限り、公的主体によります公共賃貸住宅の推進もなかなか進まないんじゃないかというふうに思います。  例えば国が国公有地を率先して公的住宅のための用地として安い価格で払い下げるとか、あるいはこれまで全国画一的あるいはばらまき的できた公共住宅政策を完全に見直しまして、超過負担とか用地費の起債制度とかについては大都市と地方との間に若干の違いをはっきりさせまして、大都市についてはそれだけ公共賃貸住宅の供給が図れるような措置をとることが必要なんじゃないかと思うわけであります。当然のことながら、来年度からスタートします、そして現在検討中であります第六期住宅建設五カ年計画につきましても、公営住宅の配分、公団住宅の建設計画等も大都市に集中して行われるようにしなければならないんじゃないかというふうな気がいたします。
  34. 日下部禧代子

    日下部禧代子君 本間さんあるいは長谷川さん、お二方のお話を伺いまして、地価高騰の実態、そして何が一番原因になることかというふうな、私たちもやもやしていたものがかなりはっきりと見えてまいりまして、本当にお二方のお話ありがとうございました。  ところで、二、三御質問させていただきたいわけでございますが、特に私、これから二十一世紀、本格的な高齢化社会を迎えるというそういう時代に向かいまして、厚生省は在宅サービスというふうな政策を、今までの施設中心から在宅サービスへというふうに政策の方向を変えようとしております。そうなりますと、まさに住宅というのはもう一番重要なことになってまいります。在宅の宅というのはまさに住宅の宅でございます。そういった意味からも住宅の確保ということは大切なことでございますし、また同時に、それは土地問題が解決しなければこれもほとんど絵にかいたもちになってしまうということになると思います。そういった観点で、土地の問題、住宅の問題というのは高齢化社会に向けて非常に深刻な問題を含んでいるというふうに思っております。  そういう中で、今お二方のお話を伺っておりますと、これまでの土地政策あるいは住宅政策そのものが今もう破綻あるいは崩壊しつつある、したというふうなことが言えるんじゃないかというふうにも私は思えたわけでございますが、私考えますに、やはり今までの日本の土地政策、住宅政策の一番基本的に欠けていたところというのは、いわゆる土地、住宅というものの公共性というものをきちんとうたっていなかったということではないか。つまり基本的人権というふうな観点からの理念、哲学というものが欠けていたんじゃないかというふうな気がするわけでございますが、そのことも含めまして日本のこれまでの土地・住宅政策の欠陥というふうなものを、簡単で結構でございますが、おまとめいただければというふうに思います。  その中の一つに、今までのいわゆる持ち家政策、もちろん私これまでのと申し上げておりますのは戦後のということでございます、持ち家政策というものを重点に進めてきた。そのことは、先ほど本間参考人がおっしゃいましたように、東京都の今度の新しい住宅政策というものについては、持ち家政策を非常に方向転換したということが新しい東京都の政策提言の中でも大変特色的なことではないかなというふうに私思いますけれども、この持ち家制度というものが果たして成功したのかどうか、これは評価をするのは大変難しいと思いますが、持ち家、持ち家ということでもって、先ほど長谷川さんもおっしゃいましたように、もう日本の、特に東京の地主さんはまさに小地主がいっぱいふえてしまったということもあると思います。それがやはり資産になるというふうに思い込んでしまう。そういう思い込みもその辺から出てきたのではないかなというふうな気がするわけでございます。その点が一つ。  それからもう一つ、先ほど長谷川さんは税制の問題をおっしゃいました。私も税制の問題というのがやはり大変大きな課題だろうと思うんですけれども、土地、住宅に関する大きな問題だと思うんですが、固定資産税と相続税、特に相続税についてどういうところをどのように今直していけばいいのか、平たい言葉で言うとそういうことでございます。  それから次には、いわゆる土地基本法というものが制定されたわけでございますが、この土地基本法の問題点というものをお聞きできればと思います。  それからもう一つは、これはいわゆる土地、住宅に関する省庁のあり方でございますけれども、土地の評価額もこれは省庁によって違うわけでございますね。そういうふうな土地、住宅に関するばらばらな省庁のあり方ということもこれはかなり大きな問題を含んでいるのではないかというふうな気がいたします。  最後に、長谷川さんが、もう今やまさに知恵もある、土地も十分にある、だったら実行力なんだ、そして抽象論ではなくて具体策だとおっしゃいましたが、それではどこから何をまず第一に手をつければいいのか、そのプライオリティーを含めてお話をいただければと思います。これは本間さん、長谷川さん、お二方に同じ問題でお尋ねしたいと思います。よろしくお願いいたします。
  35. 長谷川徳之輔

    参考人長谷川徳之輔君) 第一の点でございますが、私は戦後の我々の生活が実は拝金主義に毒されたということがあると思います。それは政府の施策というより、むしろ国民にあったいわば金もうけ第一主義、拝金主義と申しますか、それが一番の問題点でありまして、もちろん政府の問題点もあろうかと私は思いますが、基本的には拝金思想、人にツケを回してもうけるという考え方が我々にあります。ただ、持ち家についてもいけないのは、人にそのツケを回してよりいい家に入ろうというところがいけないわけでありまして、持ち家自体は私は構わないと思うのでございますけれども、いわば持ち家を金もうけの手段にするということが問題であります。その拝金主義というのは、やはり我々の持ってきた高度経済成長の中の一つの非常に大きな欠陥としてあらわれてしまったわけで、土地神話というのは我々の本質的な問題ではないと思います。わずかな短い期間の我我のゆがんだ意識でしょう。この意識は実は昭和五十年で終わったわけであります。  五十年代というのは地価は安定しておりました。持ち家も住宅も年収の五倍ぐらいで買えたわけであります。それが五十年代の後半からこの三、四年の話であります。その間の話というのは、実は経済メカニズムが本当の意味での経済メカニズムを壊してしまったというところにございます。私はそういう意味で政府の施策が必ずしも悪かったとは思いませんし、私もかつて政府の役人であったものでございますので天に向かってつばをするようなことは申せませんが、それほど悪くはなかったと思います。ただ、それをかいくぐろうとする、あるいはそれを利用しようとする我々のせこい心理というか、その心理が実は一番いけなかったんじゃないかと思います。  そういう意味で、持ち家政策かどうかというのも、私は恒産あって恒心ありということで持ち家は結構だと思います。持ち家はできないわけではないんです。土地さえ片づけば実は二千万円出せば立派な家ができるわけでありますね。二千万円なら出せるわけであります。問題は土地問題でありまして、土地問題さえ片づけば実は持ち家に行くか貸し家に行くかというのはまさに選択の問題にすぎないというふうに思いますし、基本的には土地が自分たちのインカムから成立する、キャピタルではなくてインカムから地価が形成されるという基本的な原則に戻るべきだ。価格メカニスムというのはあくまでも自分たちの稼ぎで実は形成されるのだというそのことに戻るべきだ。それを壊したのは税制と金融だと私は思います。  それから、税制の相続税の問題でございますが、私は相続税については、基本的には相続税というのは実は土地所有権の転換ということが常にございました。東京の町が発展しましたのも、相続税を契機に牛込でもそれから広尾でも渋谷でも土地が買われまして、我々はそこに住んできたわけであります。市街化区域内農地も基本的には相続を契機にそれが市民に渡るというのが実は原則であります。これは百年の歴史がそういう原則でありまして、相続税というのは本来そういう機能を果たしております。そこのところを忘れてはいけないと思います。  それから、今相続税が物すごく高くなって大変でございます。多分これから二、三年の間に深刻な家庭争議をつくると思います。訴訟騒ぎがわんさわんさと起こります。そして、いわば町じゅうに相続税をめぐる怨嗟の声が出ると思います。これは家庭崩壊までいくような深刻な問題を起こすと思います。それは、実は相続税が悪いのではなくて地価が悪いのであります。今、鹿児島に三十軒家を持っている人と、東京で一軒家を持っている人と相続税は同じであります。土地価格が三十倍違うというところに実は問題がございます。私は、相続税の問題について表面的な問題よりむしろそういう地価問題ということから実は攻めるべきだと思います。  第三点の土地基本法でございますが、私はかつての役人としては何だこんなものと、こう思っておりました。要するに政府・与党、野党を含めてのアリバイ工作じゃないか、やったやったということを言うためじゃないかというふうに思っていましたが、結果的に見ますと私はかなり効果があると思っています。それは、従来宅地需給のアンバランスで、供給さえ促進すればいいんだという土地政策について、金融と税制ということが前面に出てきたことだと思います。土地基本法の中にどこにも宅地需給のアンバランスは書いてございません。あるのは土地の投機的取引をしてはならないとか受益に対して負担を負うという、いわば税制なり金融の基本原則であります。そこで、実は私は金融、税制というのを表舞台に立てさせたということに土地基本法の大きな成果があったのじゃないだろうか。後は具体的にそれをどう実行していくかという話だろうと思います。  それから、確かに省庁の話は私もそう思います。ただ、これは省庁ではなくて、むしろどちらかというと土地の学問とかあるいはそういうものの欠落でもあります。日本には土地経済学なんというのはございません。土地問題について経済学者も法律学者も都市計画家もそれぞればらばらに論じます。どういうスタンスで土地を見るかというその基本的な学問体系がございません。かつ、なお省庁がそのままの利害でやる。いわば狭い範囲内のサプライヤーの思想だけであります。一つ一つは私は正しいと思います。  例えば自治省が固定資産税の必要を言うときは、それ自体は非常に正しいと思います。ただ、それと都市計画とを連動することになりますとこれは破綻してしまいます。それぞれ省庁が省庁のプリンシプル、省庁の何というか正義だけで論じていることができないというところが土地政策の土地の非常に大きな問題である。それを省庁のせいにして政治家が逃げるというのも私は政治家にとって問題だと思います。むしろ、そういう省庁のアンバランスあるいは省庁のプリンシプルの違い、そういったものをプライオリティーを決めるのが実は政治の役目だと思いますし、政治家の、国会の大きな役目じゃないかというふうに理解いたします。プライオリティーとしては、具体策としては、でき得れば私は税制についての固定資産税の適正化ということがございましょう、それから金融の是正がございましょう、まずその二つはかなり私は前に出ると思います。  問題は、次に具体的な供給目標を市民に示すことだと思います。例えば、三年待て、三年待てば四千万円で家が入るよと、こういうことを示さなきゃいけません。そのためには、せめて国会の決議ぐらいで地価を下げるのだということを言ったらいい、下がらなくたっていいですから下げるということを言ってほしいと思うのですね。そういうことを言うことが、実は土地は心理商品ですから五百何十人の議員さんたちがみんな下げるんだというふうに、意志があればなるはずであります。それを難しいから、あるいは経済的なものがあるから、いろんなことがあるからそういうことはなんと言って逃げておったら国民は信用しないわけであります。だからまた土地の投機に走るわけであります。ぜひ、そういうプライオリティーは地価を下げるのだ、それは国会の意志としてそうするのだということを私は言ってほしい、それが一番大事なことじゃないかというふうに理解をいたします。
  36. 本間義人

    参考人本間義人君) 私たちが二十一世紀に迎えなければならない、あるいは二十一世紀までに築かなければならないそういう社会が福祉社会である、そして福祉社会の一つの表現である都市である、こういうものでならなきゃならないのは当然のことであろうかと思います。  福祉社会についてのイメージというのはいろいろあるわけでございますけれども、それは恐らく最低限住宅とか社会福祉関連施設とか、そういった生活関連の社会資本が十分に整備されて、いろんな公害対策とか交通安全対策とか土地利用の用途規制なども効果を上げていて、大都市住民がまず快適で安全な生活環境を享受できる都市であること、同時に住宅や環境問題あるいは社会福祉について国の経常的支出が確保されて、私的消費とバランスのとれた充実した社会的サービスが享受できるものであること、こういったところに要約できるのじゃないかと思うのですが、そういったイメージの中で住宅というのは極めて重要であります。つまり、国民にとっての基本的な生活の場と同時に、その生活の場を取り巻く環境を形成するものだからであります。これを整備していくのが福祉社会に向けての極めて重要な政策課題であって、私はOECDの勧告のように、ここに国の政策の最大のプライオリティーを置かなきゃならないんじゃないかというふうな気がしてなりません。  といいますのも、我が国では現在住宅事情が悪いために社会保障で支払わなくてもいい費用まで負担している面がなくはないからです。将来、高齢人口が社会の大きな部分を占める時代が来ますと、現在のように生活の基盤たる住宅事情が悪いままだとしますと、それがさらに大きなものになりかねないおそれがあるからであります。社会保障の柱である年金とか公的扶助費などの所得保障水準を上げても、逆に住宅費用がそれ以上に上昇しているとすると、所得保障は十分に機能し得ないということになる。人々は最低生活すら保障されないことになるわけでありますから、住宅というのは非常に重要だと思うわけであります。  当然のことながら、我が国の社会保障というのは給付額を含めまして先進諸国に比べてかなり立ちおくれた水準にありますが、同様に住宅もまた大きく立ちおくれた現状にあるわけであります。これがかつてない高齢社会に入って、なおかつ高齢者が安全で健康に居住できる住宅水準が達成されていないとなりますと、その費用をかなり社会保障の面でかぶらざるを得ない状況になる。こういう状況になりますと、恐らく社会福祉本来の目的をも失いかねないわけでありますから、当面、住宅とそれを取り巻く環境整備に政策の最大のプライオリティーを置いていただきたいというふうに私はお願いするわけであります。  それから土地政策につきましてでありますが、先ほど私は、戦後土地政策の本格的な皮切りは一九六六年にまとめられた物価問題懇談会の報告書であると申し上げましたが、それ以降数年に一回ぐらいの割合で政府が土地対策を決めている。それは先ほど述べたとおりであります。そして、ほとんどの土地法制度は、前回の地価暴騰時であります列島改造時に整備し尽くされたと言っていいと思うのであります。ですから、我が国では土地に関する法制度というのは、数だけ見ると先進諸国に比べて遜色のないものを備えておると言っていいと思うのであります。ところが、実際にはそれがなかなか機能し得ないで来たというのが最大の問題点であり、今日の地価暴騰を招来した一つの大きな理由であるというふうに思います。  では、実際に土地政策ほどのような機能を持って運用されてくるべきであったのかということでありますが、その基本というのは、私は土地所有権に対して何らかの形で公的規制を加えることにあると言っていいと思うのです。具体的に言いますと、憲法二十九条は、「財産権は、これを侵してはならない。」と書いてあるわけであります。あるいは民法二日六条は、土地所有権につきまして、「法令ノ制限内ニ於テ自由ニ其所有物ノ使用、収益及ヒ処分ヲ為ス権刺ヲ有ス」と書いてあるわけでありますが、この使用、収益、処分に対する公的規制であります。  この使用、収益、処分のそれぞれの権利に対する公的規制というのは何かといいますと、利用と租税と収用であるはずでありますが、我が国はこの土地所有椎に踏み込むことを嫌って、その都度土地政策をそれにかわり得るもので代替してきたがために、土地政策を根本的に実施するには至らなかったというふうに思うわけであります。つまり私有財産権という土地所有権に大きく踏み込まないできたところに最大の原因があると言っていいと思うんです。  これは恐らく、ヨーロッパ大陸の主として西ドイツとかフランスで採用されている絶対的土地所有権の考え方に基づいた憲法観でありますが、実はその大陸法の西ドイツやフランスでも、今や計画なくしては開発なしというように、所有よりも利用が優先される法制度の運用へ変わってきているわけであります。我が国ではなかなかそこまで踏み込めないできたというふうに言ってもいいと思うわけであります。憲法でも、二十九条の三項で、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と記してあります。現行法制度を運用することによっても土地所有権に踏み込むことは可能であるというふうに私は思います。  もちろん、この土地所有権には財産権的側面と生存権的側面とがあります。この生存権的側面につきましては、憲法の生存権の規定から見まして、それに対する公的規制がそれの利用を主体に置いている限り緩やかであってしかるべきであります。つまり、今日本人のうち三千万人ぐらいが地主であると言われておりますが、その多くは、先ほど東京都の例で申し上げましたように、敷地規模百平米以下の小規模土地所有者であります。こういう生存権的土地所有権に対しましては、利用を主体に置いている限り緩やかであるべきである。しかしながら、大規模土地所有、財産権的側面を有する土地所有あるいは資本的土地所有につきましては、やはりこの憲法二十九条三項からいってもある程度の制限を行うことは可能であるんじゃないかということは言っていいんじゃないかと思うわけであります。  韓国でも、土地公概念という考え方のもとに関連する法律をこの三月から施行しております。つまり土地公概念というのは、土地は公のものであるということをはっきり宣言したわけでありますが、私はやはり今後土地政策を展開するに当たっては、ここへ踏み込まない限り有効な施策を打ち出すことは不可能であろうというふうに思うわけであります。  そこで、土地基本法の問題点でありますが、土地所有権についてはっきり言っていない。土地の利用は公共の福祉が優先するとは言っておりますけれども韓国の土地公概念あるいは台湾の平均地権制度における考え方、そこまでいっておらないということが第一に言えることかと思います。  それから、最大の問題はこれが宣言法であるということで、ほかの土地実定法に何ら大きな影響力を及ぼさない、そこが非常に問題なわけであります。例えば今回の地価暴騰といいますのは、地上げ等の一部違法行為を除きましては合法、つまり既存の土地実定法の範囲内で起こったものでありますから、この地価高騰を起こした法律自体をやっぱり拘束するものでなければ土地基本法の役割というのは十分に発揮し得ないと思うのでありますが、単なる宣言法であるために他の実定法まで踏み込めない。そのためにその運用次第によっては今後もこれまでのようなことが起こり得るということが言えるというふうに思うわけであります。  土地基本法についてはさまざまな問題点があることはあるわけでありますが、例えば一つの例でいいますと、特に問題なのは、土地基本法の四つの基本理念というのがあるわけでありますが、そのうちの一つの公共の福祉優先、あるいは二番目の適正かつ計画に従った利用、この原則の意味、内容が極めてあいまいである、不明である、その解釈が法を運用する側に全くゆだねられている。そのために運用する側にとって都合のいい解釈がなされる危険がなくはないという問題点を指摘しておきたいと思うのであります。  例えば公共の福祉とは一体何なのか、何を指すのかということであります。公共の福祉につきましては、国民とりわけ一般公衆の福祉を増進させる公共秩序のことである、こういう理解があるかと思いますと、反対に、一般公衆の犠牲においても大規模な事業を展開してもよい、あるいは経済活動の活発化や国策の遂行のためには個人の人権が制約されてもやむを得ない、こういう理屈もあるわけであります。このどちらに立って解釈、運用が行われるか非常に問題であろうと思います。  それから、例えば同様に適正な土地利用とはどんな土地利用を指すのか、土地の高度利用の高度利用とはどういう利用であるのか、その解釈にも問題が所在するわけであります。それが土地臨調あるいは政府の今後の土地政策のコンセプトであります宅地空間の供給拡大という側面を体してのみ解釈されますと、ちょっと緊張関係が都市都市住民の間に生まれるに違いないということは先ほど申し上げたとおりであります。土地基本法にはさまざまな問題がありますが、私ども現在勉強中でありますので、次第に本格的な評価というのは出てくるんではないかというふうに思います。  それから、行政の対応についてでありますが、土地行政なるものが十数省庁に分かれているとか、一元化されていないとか、いろいろ言われているわけでありますが、私はその土地行政の一本化も重要でありますが、より重要なのは、やはり土地行政そのものの財源、権限を地方におろす地方分権ではなかろうかというふうに思います。つまり、土地利用計画の権限及びその財源を基礎地方自治体におろすということであります。  実はこの考え方は、一九六八年に自治省有志の研究会、これは当時官房長であった宮澤弘さんが主宰してつくられたものでありますが、その研究会が土地利用基本計画法案要綱というのをまとめております。この重要部分はその後都市計画法や国土利用計画法に吸収されておりますが、基本的なところは残されたまま日の目を見ずに終わっておる。  それはどういうことかといいますと、土地利用計画というのは自治体がつくるものである。それをボトムアップして都道府県から国へ、そういうふうに上げていくものである。それをもとに全国の土地利用計画をつくり、その土地は公共の福祉のために使うものとするということでございまして、その土地利用計画をつくるに当たっての財源、権限を地方自治体に与えるということをはっきり書いております。そのために都市自治体は、原則として不交付税団体とするというようなこともその法案要綱には述べられておりますが、こういう例もあるわけでございます。もう一度この一九六八年の法案要綱に戻って、じゃ一体どうしたらいいのか考えるのも今後の土地問題を展望する上での一つのきっかけになるんじゃないかというふうに思います。  それから、長谷川参考人が述べられた我が国における土地に対するアカデミズムは、なかなか先進国あるいは台湾、韓国並みまで至っていないということは私も同感でございます。長谷川参考人がおっしゃられたので私は繰り返すことはいたしません。  以上です。
  37. 遠藤要

    会長遠藤要君) 質疑者と参考人の方にお願い申し上げたいんですが、参考人の方には五時ごろに終了するというようなお話でお願いしてあると思いますけれども、高木先生を含めてあと四人の方に質疑をやっていただくということになりますると、質疑と答えとで合わせて十分程度、そういうふうな御協力をいただき、参考人の方にも多少時間がずれますけれども、御了承をあらかじめお願い申し上げておきたいと思います。
  38. 高木健太郎

    高木健太郎君 長谷川参考人お話を伺わしていただきまして大きなショックを受けました。土地問題は大変重要な問題である、そしてこのまま放置するということは大変今後の大きな問題になっていくであろうと思います。大都市で市民からマイホームを奪っておる。土地を持つ者と持たない者との間の格差が非常に広がっていく。そういうことで、また一極集中はこれはとめられないのではないかというお話もございましたし、家が持てない、また今憲法あるいは土地基本法の問題等からいろいろお話を伺いまして、何とかしなきゃいかぬと思いますが、一つだけ私お二人にお伺いしたいと思います。  一つは、先ほど長谷川参考人からお話のありました土地を引下げるということを我々国会議員が決議すればいい、いわゆる知恵を出して実行するんだというお話なんですが、これは我々がしなきゃならぬことでございまして、皆様方にいろいろなお知恵をおかりしているわけでございますが、引き下げるといった場合に、結局バブルが二百兆円ぐらいはあるだろうというお話でございまして、これは結局金余りであると思うんですね。引き下げるということは、税制その他の方法引き下げることあるいは凍結することが可能であるかもしれません。  そのときにそのバブルがどこへ行くであろうか。それはいろいろなところにしわ寄せが行くんじゃないかと思いますし、銀行もノンバンクもみんな金を引き揚げるだろう。そういうことになったときの混乱はどうなるだろうか。バブルをいきなり切開して放出するよりも、利尿剤でもやって少しずつ水膨れを減らしていくというような方法の方がいいという人もありますし、そういう被害は少ないんだ、思い切って下げちゃえという人もございますが、お二人の参考人ほどのようにこれをお考えでございましょうか。
  39. 長谷川徳之輔

    参考人長谷川徳之輔君) 私は、非常に率直な見解から言えば、地価が下がったってどうということないという感じがいたしております。いわば土地が消えてしまうとか家が消えてしまうというのなら別にして、土地や家はそのまま残っておるわけであります。単なる取引の値段表示が違うだけであります。そういう点では私はどうということないというふうに思います。しかし、問題があるという意見もあるかと思います。ソフトランディングということを考えるべきだという意見もあると思います。  ただ、この間株が下がって百五十兆すっ飛びました。しかし土地が下がっても、今金融機関が貸してあるものが全部すっ飛んでも五十兆円すっ飛ぶだけであります。株が百五十兆すっ飛んでどうということなかったのに、土地が五十兆すつ飛んだらどうということあるかというふうな感じもいたしますし、それは実際なってみなきゃわからぬというところだと思いますが、しかし私は地価が下がると困るという印象を払拭しない限りなかなか問題の解決はできない。私は今の問題は、地価が下がったら困るということをいわば一般大衆から政治家から企業の経営者から、あらゆる人がそう思っているところに問題があるはずであります。それはソフトランディングにしろ、それからクラッシュにしろ、いずれにしても地価が下がることがあるんだと、上がりっぱなしじゃなくて、常に経済の中で上がることもあるし下がることもあるんだと、それがノーマルな経済だということを実は我々はもっと認識すべきだと思うんですね。  戦前あるいは戦後だって実は地価が下がることがありました。そのときに別にどうということないんです。五十年に地価が下がったときに別にどうということなかった。ただ、一時的に若干の混乱はあると思いますけれども、そういうことを恐れてというか、いわば何というのですか、日本経済は土地本位制だからそれが崩れると壊れてしまうということ自体で恐れるということは、私は非常に感覚的な話じゃないかと思いますし、地価が下がることもあるべしということも実は経済の中で大きな論理ではないかと思っております。
  40. 本間義人

    参考人本間義人君) 私は基本的にはどういう政策努力を積み重ねていっても現在の政治社会経済体制のもとでは地価そのものを下げるということはまず不可能に近いことなのではないかという認識でおります。  じゃ、一体土地政策というのは何のために行うんだということでありますが、恐らくそれは地価をこれ以上上昇させないことでありましょうし、持てる者と持たざる者にくっきり色分けされました不公平感というものをいろんな方策をもってなくする、その努力をすることでありましょうし、あるいは今混乱に混乱しております土地利用を地域、環境、自然、そういうもの、エコロジカルなそういう方向に沿って進めることでありましょうし、そういうところに土地政策の当面の目標というのはあるのではないかというふうに思います。  ちなみに、韓国でも土地公概念に基づきます法律を三つ施行しましたけれども、一体じゃその法律で土地が下がるのかどうなのか、どうなるのか尋ねましたところ、韓国でも大方のコンセンサスは、地価そのものを下げることは恐らく不可能であろうと、我々の政策目標というのは地価の上昇率を銀行の金利以下に鈍化させることであるということを言っておりましたが、恐らくそれが正直なところではないかというふうに思います。私自身、地価そのものを下げるということは非常に不可能に近いくらい難しいというふうな認識をしております。そのかわりに、私は例えば土地を持っていなくても安心して一生暮らせるようなシステムをつくること、ここにやはり集中的な政策努力を行うこと、これが今非常に重要になってきているんじゃないかというふうに思います。  それはどういうことかといいますと、例えば老後収入がなくなっても安心して暮らせるように、居住を確保するための賃貸の公共住宅を整備するということであるとか、あるいは社会保障体系を整備して、収入はなくても暮らしていけるというような所得保障がある社会であるとか、そういうことをいろんな方面から追求していって、土地を持たないでも安心して一生暮らせるというそういう社会をつくり上げることが非常に重要なんじゃないかというふうに思っております。恐らくそういう社会になれば、争って借金をしてまで土地を買う、そら急ぐということはなくなるんじゃないかというふうな気がいたします。
  41. 近藤忠孝

    ○近藤忠孝君 まず本間参考人に、先ほどの発言の中で、需要供給バランス論は土地問題の解決にならなかったとおっしゃいました。私もこれは全く同意見であります。問題は、今東京改造、臨海部副都心開発、そして業務核都市の建設などメジロ押しの大規模プロジェクトがありますけれども、これは結局需要供給バランス論に立ったものであります。結局、高額所得者用住宅あるいは大企業のためのオフィスビルが中心になっている。となりますと、就業人口が激増して交通量が増大するなど、以前に増して地価上昇になってしまうんじゃないか。そして結局東京への一極集中、これを防ぐどころかますますこれが拡大されて、そしてさらに周辺への土地高騰という悪循環になっていくんではないかという点についての端的な御発言をお願いしたいと思います。  それからもう一つは、参考人は最近の「世界」六月号に、「いままた進む列島改造 リゾート開発への疑問と懸念」という論文を書かれております。結局これ、中曽根内閣からの民活路線と現在の国土開発計画の欠陥がこういうリゾート開発の乱立を許す結果になっておるという指摘がされておりますが、こういう日本列島総乱開発とも言うべき事態が一つは自然環境の破壊と同時に地方の地価急騰の重要な原因になっていると思うんですが、どういう対策が必要とお考えか、これまた端的にお答えいただきたいと思います。  それから長谷川参考人は固定資産税の適正化ということを言われました。と同時に、レジュメで固定資産税の実効税率が低い、〇・一%以下であるということを見ますと、やっぱり上げるのかなということなんですね。この点について先ほど本間参考人の生存権的土地所有というお話がございましたね。その関係で見てみますと、来年評価がえですね。前の評価がえのときに一六%、それがその前の年から東京の急騰が始まって、一年おくれて大阪圏、さらに一年おくれて名古屋圏、だからこの間全国的にもうべらぼうな土地高騰ですね。それが反映して、時価が基準での評価になりますとまさしく生存権的土地所有がそれこそ決定的に侵害されるんじゃないかと思うので、私は来年の固定資産税の評価がえはこれやるべきじゃない、中止すべきだと思うんですが、その点についてのお考えを伺いたい。  もう一つ、それには生存権的土地所有を守るというには、やはり土地所有の形態で収益還元方式と言われていますけれども、例えばオフィスビルとか銀行は高く、一般商店や庶民の住宅は低くとか、やっぱりそういう目的によって評価のあれを変えていく、こういうこととあわせてやっていく必要があるんじゃなかろうかと思うんですが、時間の関係でそれを端的にお答えいただければ幸いと思います。
  42. 本間義人

    参考人本間義人君) 私、第一点につきましては先生のおっしゃるとおりだというふうに思います。臨海副都心部開発あるいはその他の大規模開発というのは、東京への一極集中を抑えることよりも、今後も集中が続くであろう企業の受け皿である器を精力的につくることにあるのではないかというふうに疑っております。しかも、それはふえる人口のための器ではございませんから、後続人口の人々はさらに都心部から遠距離の居住、都心への遠距離通勤を余儀なくされる、スプロールはますます進む。あるいはまた社会資本整備がますます立ちおくれて、特に生活関連社会資本の整備がおくれることになるだろうというふうに懸念しております。先生のおっしゃるとおりではないかというふうに考えております。  それから第二点につきましては、私、現在の国土総合開発計画をちょっと考えなければならないときに来ているのではないかというふうに考えております。全国総合開発計画というのは、第一次から現在の第四次まで既に二十年以上にわたって展開されてきておりますが、特に四全総、現在の第四次全国総合開発計画というのは、計画の名に値するものなのかどうなのか極めて疑問に思っております。  例えば先生おっしゃられたリゾートに関しましても、その総量とかあるいは箇所づけとか、国土計画自体で何も行っていないわけでございます。これで一体国土計画と言えるのかどうなのか。少なくとも、その結果のよしあしは別としまして、第一全総における拠点開発とか新全総における工業開発というのは一応の総量と箇所づけを示していたわけでありまして、まだ計画の名に値したものだと思っていいと思うんですが、四全総についてはそれが全く抽象的にしか書かれていない。こういうものが国土計画の名に値するのかどうなのかという観点から、じゃ一体国土計画というものはどうあるべきなのか考えなければならないときに来ているんじゃないかというふうに考えております。
  43. 長谷川徳之輔

    参考人長谷川徳之輔君) 私は、固定資産税については端的に引き上げるべきだという感じを持っております。固定資産税は単なる財政収支の手段ではなくて、土地利用を有効促進させる機能もあります。これは土地政策の手段ではないということではなくて、そういうことも機能が合わさった土地税制だと私は思います。  そういう意味で、実効税率が今私の計算では、東京の場合には〇・〇五%、ところが地方に行くとこれが〇・三%ぐらいでして、東京と地方で十倍ぐらいの差がございます。そういう意味で、バランスをとるという意味からも、実は私は特に東京を中心とした固定資産税は引き上げるべきだというふうに思います。  ただし、生存権的なものについては、これは台湾でも韓国でも、自分が住んでいる用地については税率を非常に低くするわけでございます。台湾では〇・三%であります。ところが日本では、それを評価という非常に不明朗な手段で四分の一の評価をしまして引き下げようといたします。私は、それは非常に間違いなんで、評価評価なんだ、客観的に評価をし、かつ税率でもってきちっとするというのが実は財政民主主義のもとじゃないだろうか。評価という役人のブラックボックスに追い込んで、そこで操作するというのは大変間違いだ、それは財政民主主義の点からいっても、税率といういわば国会なり地方議会が関与できるところでそういう対策をとるべきじゃないかというふうに思います。そういう意味で、何か評価自体をある政策目的でいじろうということはかえって事態を悪くします。政策は税率でもってやるべきだろうというふうに思います。  そういう意味で、私は先生の御意見、ある程度うなずけるわけでございますけれども、しかし本質をそらせることになるかというそういう危惧を感じます。
  44. 乾晴美

    ○乾晴美君 私は、土地というのは、資産の中ではだれがどれだけ持っているかというのは一番把握できやすいものだろうと思うんですね。私、徳島から東京の方に毎週帰ってくるんですが、飛行機を使っているわけです。上から見たら、もう一目瞭然にどこの土地がどういうふうになっているかわかるわけなんですけれども、実際にその土地が、どこの土地がだれのもので、いつ幾らぐらいで売買されたか、税の課税基準が幾らぐらいだったんだろうかというふうな情報は非常にとりにくいな、難しくなっているなというふうに思います。土地をめぐる原野商法だとかまた詐欺的な行為というのはそういうところからはびこってきているんでないかいなという気がいたします。土地転がしもありますし、また国有地の払い下げをめぐる疑惑の問題もこんなところから出てきているんではないか。  また、相続税評価の路線価というのは公表されておるんですけれども、固定資産税評価というのはプライバシーを保護するために本人以外には秘密とされているということがあるわけですね。ですから、売買価額というのも登記事項にはなっておらないということに問題があるんでないかいなと思います。土地の所有者すらが明確になっていないのも転売できるような制度にもなっておるんじゃないかなと思うんですね。  そういうことで、非常に不透明な土地情報というものをもっとガラス張にしていく必要があるだろう。だから、所有者とか課税基準だとか売買評価とともに、場所とか形とかを地図の上に表示して、コンピューターで整理して公開するようにできたらいいのになとか、同じ場所のその土地なのにもかかわらず、公示価格と路線価というか、固定資産税評価額というのと相続税評価というのはみんなばらばらな、同じ土地なのに四つともばらばらな評価が出てくるというのはこれはやっぱりおかしいなと、一元化できないかなと思うんですが、いかがでしょうか。
  45. 長谷川徳之輔

    参考人長谷川徳之輔君) 私は、土地政策の基本というのは、地積がはっきりしていること、それから評価が客観的で信頼性があること、これが政策の最も基盤だと思います。この二つの基盤が実は日本の土地政策にはないわけであります。不動産登記法は明治以来何も変わっておりません。相変わらず台帳方式であります。評価自体も客観性があるどころか、実はその評価自体がよくわかりません。そういう状況であることは私は確かだと思います。  台湾の制度がなぜ立派かといいますと、今の二点についてはきちっとしていることでございます。おっしゃるとおり、地積は全部コンピューターで管理しております。したがって、きょうどこでどのぐらいの土地取引があったということはリアルタイムでわかります。  日本はそういうことが全くわかりません。かつまた、そういう情報がないわけではないんです。土地の税金に関する資料あるいは土地の登記に関する資料、これをきちっと整理すれば完全にマーケットの把握はできるわけでございます。ところが、これが守秘義務という形でもってクローズドになっているというところが問題ですし、また地積調査のような本当に大事な土地行政、基礎的な土地行政が最も冷遇されているという、ほとんどの人が関心を持たない、政治家も関心を持たない、そしてそういうことが進められないというところに実は最大の問題があるというふうに理解しております。そういう意味で大賛成でございまして、ぜひそういうことを大いにやるべきだし、やってほしいと思います。
  46. 遠藤要

    会長遠藤要君) 本間参考人何か。
  47. 本間義人

    参考人本間義人君) 私は別にございません。
  48. 寺崎昭久

    ○寺崎昭久君 本間先生にお願いします。  先ほど、土地高騰の原因は必ずしも需給アンバランスから生まれていないし、そういう説には疑問があるというお話でございましたが、私も同感でございます。私は土地の高騰の原因というのは、結局のところ適切な土地利用計画あるいは建物コントロールといった規制のないところに金余り現象が生じたために起きたんだろうと思うんです。先ほど本間先生は、憲法二十九条を前提にしても土地の所有権については一定の制約が加えられるんではないかという御説でしたし、配付されましたペーパーでは、「(ゾーニング)とそれに伴う規制及び誘導策」ということを書かれております。私の関心というのは専らこのゾーニングの方なんですけれども都市計画法との関係などを含めてゾーニングについて御教示いただければありがたいと思います。
  49. 本間義人

    参考人本間義人君) 私は都市計画専門家ではございませんので、どこまで御期待に沿える突っ込んだお話ができるかどうか自信がないのでありますが、いずれにしましても、現在の地価高騰の一つの原因に現在の都市計画法の用途制度があるということは皆さんお認めになっているところであろうと思います。  例えば、我が国の都市計画法によります用途地域というのは八つございますが、しかしながら、これはアメリカあるいはヨーロッパのように厳格に細かく分けられた用途地域制ではございませんから非常に建物が混在しておるわけでございます。商業ビルと住宅が隣り合っているなんというケースも間々ございますが、そういうビルの敷地が取引されて非常に高額な価格がそこで生まれるとなると、それがすぐ隣りの住宅にも及ぶ。土地利用としては建物の用途が全然違うわけでありますから全く別の地価がついていいはずなのでありますが、隣りの商業的利用の地価がそのまま住宅地へも反映される、こういうことであります。  したがいまして、この用途地域というのを、例えばアメリカあるいはヨーロッパ並みにもっと詳細化、そしてそれを厳しく運用するということにすれば、仮に今申し上げたような例は生じてこないわけでございますから、土地利用計画の詳細化、それから厳格な実施というのは都市計画専門家はだれもが言っているわけでございます。私自身の考えではないので、だれもが言っているということで紹介させていただきたいと思います。  私、こういう方向は、恐らく我が国が都市を、よりその環境を改善していくにはとらざるを得ない方向だとは思います。しかしながら、土地利用計画の詳細化というのは、先ほど申し上げました生存権的土地利用と非生存権的土地利用をはっきり区分けした市民的計画原理に基づいて進められなければならないんじゃないかというふうな気がしております。  それはどういうことかといいますと、生存権的土地所有に対しましては、その土地所有者に利用権を保障する。利用権を保障した上で、その人たちがどういう建物をつくるか、そして利用していくかを決めていただく。あるいは非生存権的土地所有については逆に利用権を制限する。野方図な土地利用はしてはならない、公的な規制を加えるということでありまして、それぞれこういったものを前提として公共性、社会性に基づく土地利用策をその地域地域でつくっていくということでございます。そういうところからスタートして、例えば一ブロックのものを二ブロックに広げていく。二ブロックのものを三ブロックに広げていくということでいかなければならないんじゃないか。つまり、土地所有をしている人々が、その土地において当該地域にふさわしい土地利用計画を皆さん合意のもとに作成することである、それがまず大事じゃないかということであります。  したがって、現在の都市計画区域の用途地域のように地図で塗り分けるときれいにはならないかもわかりません。ところによっては一種住専だけがぽんと残るところがあるかもわかりませんけれども、それはやむを得ないんではないか。しかし基本的な、例えば幹線道路沿いであるとか、公共施設の周辺であるとかというところはある程度現在よりもきれいな絵に塗りかえていくという、いろんな試みをすることによって土地利用計画というのを変えていかなきゃいけないんじゃないかという気がしております。そういうことが前提になって土地対策というのは進められるんじゃないかという気がします。
  50. 長谷川徳之輔

    参考人長谷川徳之輔君) 私は規制緩和について、ビジネス上の規制と都市計画の規制とは別だというふうに思っております。  世の中には規制緩和をすると供給が促進されるという話もございますが、都市計画の規制緩和というのは、規制というのはこれはルールだろうと思います。一足す一が二というのと同じことで、そういうルールでありまして、そのルールを全部外してしまったらもともと物は成り立たないわけであります。そういう意味で、大店法のようなビジネスに対する規制と都市計画の規制とは違う。だから、同じ規制緩和でも意味が違うということを理解すべきだし、都市計画の場合はむしろ、私も賛成でございますし、基本的には都市計画のルールを決めるわけですから、問題は民主的に決めるかどうかということであります。決めたルールはきちっと守るということが実は都市づくりの最大の重要なことじゃないかというふうに理解いたしております。
  51. 遠藤要

    会長遠藤要君) 以上で両参考人に対する質疑は終わらせていただきます。終わりましたとは申し上げません。終わらせていただきます。  長谷川参考人本間参考人には、調査会の一方的な日時、お話しいただく時間等を制限したにもかかわらず、非常にお忙しい中をまげて御出席をいただき、まことにありがとうございました。ただいまお述べいただきました貴重な御意見調査参考にさせていただきます。本調査会を代表して厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)     ─────────────
  52. 遠藤要

    会長遠藤要君) なお、皆さん方にお諮りいたしておきたいことがございます。  今会期中に重ねて調査会を開くことができるかどうかという問題点がございますけれども、もしどうしても開けないような場合には、当調査会としての希望なり今日までの皆さんの審議の状況等の報告、これは理事会において協議をして報告をまとめたいと思いますので、その点は調査会長に御一任を願っておきたいと思いますが、いかがなものでしょうか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  53. 遠藤要

    会長遠藤要君) 御異議がないようですから、さように決定させていただきます。  本日の調査はこの程度として、これにて散会いたします。    午後五時九分散会