○沓脱
タケ子君 先ほどお読みを申し上げたようなあれが被害者、あの方が
認定をされてないんです。そういう状況の
方々が一万人以上もおられる。それで三年間かかってわずかに五人ぐらい
認定するために力を尽くしているという、話にならぬ。むしろ、これは数字を見ますと、棄却が八十五件とか未処分が六十三とか言うて、五件だけ救うために大体あとみんな切り捨てるという作業しか役に立っていないとしか見えないというところが問題なんです。だから、端的に言うたら被害者を
認定をするというのじゃなしに、患者の切り捨ての役割になっているんじゃないのかなと、そこまで感じざるを得ないというのがこういう状況だと思うんです。
私、詳しく言おうと思うけれ
ども時間がありません。先ほどから同僚
委員から既にいろいろ御
質疑がありましたように、しかも公健法に基づく
認定作業の中でも五十二年以降の新たな事務次官通達などによってうんと少なくなるというふうな問題も起こっています。その結果が今日一万二千人以上の
方々が棄却になっておるわけですね、被害はこういうふうにあるのに。
そこで、私は時間の都合がありますから簡単に進めていきたいと思うのは、こういう被害者の早期全面的な救済というのは一体どうしたらいいのか。結局
認定業務では棄却やだめや言うて皆門前払い、しかしさっき読んだように被害はある、だから我慢ならないから裁判に訴えておられるわけですよ。
今二千人以上の
方々が
水俣病の裁判に立ち上がっておられます。しかも既にこの裁判の中では、二千名の人は全部これは棄却された人なんですよ、申請を。あんたは違うと言われた人ですよ、
行政から。この二千名の中で数十名の
方々はもう三つの裁判で
水俣病だというて判断をされているわけですよ。そういう人たちもある。
ところが、国と県は控訴をして片つけないで、今、福岡高裁でやっているでしょう、係属しているでしょう。この
方々、一体どないします。最高裁まで何年かかっても裁判して国が負けたらそのときやという
態度をとるのですか。これはその辺のところが大事なんですよ。
今、この被害者の皆さん方がとにかく公式発表されてから三十四年ですから、みんな年がいってきている。六十代、七十代です。次々と亡くなっていっています。そういう中で、せめて生きている間に救済してほしいというのが悲願なんですよ。そして、裁判で頑張って闘っている。最高裁までいくのを待っていたらみんな死にますわ。それをあえて国がやるかどうかというところに来ているというのが私は今日ただいまの局面じゃないかと思うのですよ。何とかして生きている間に、二千人以上に及ぶ原告の
方々が
政府のやり方、
行政に不信を感じて我慢がならぬから裁判をしているのですよ。しかも、裁判では負けていないのです、勝っているのですね。だから慌てて国や県が控訴しているのですからね。
こういう状態の中で早期解決をやるには一体何が要るか。これはやっぱりここまで来たら、人道上の立場もあり、全原告の救済のためにはもう話し合いによる解決のルートをつくっていく以外に方法がないと思うのです。そういう問題についていろいろ細かいことを言いたいことありますが、時間の都合があるから細かく言えませんが、その辺のところを、やる気になったらこれはやれると思う。
さっきもお話が出ておりましたけれ
ども、スモンのときの全面解決の実例がございますね。あのときには、六千数百人の患者がこの話し合いの道筋で短期間にもうほとんど全員に近く救済がやられた、そうしてその後恒久対策も確立をするというところまでいっている。ですから、これはもうぜひ話し合い解決の道筋をつくるというところへ、
環境庁が腹をくくるかくくらぬかだと思うんです。きのうもちょっとそんな話をしてたら、そんなことを言うたってスモンと
水俣病とは違いますって。確かに違いますわな、スモンは薬害ですね、
水俣は
メチル水銀の
公害です。担当の省庁も違います。スモンが厚生省で、
水俣は
環境庁ですよ。そんな違いはあります。しかし、救済されない数千、数万の人たちがおって、何とかしなければならないというところへ来ているという点では同じ状態なんです。私は、裁判所において全原告の救済のために話し合いによる道筋をつくるというやり方に
環境庁の姿勢をぜひ置いてほしいなと思っているんです。
なぜかと言いますと、これは道理があるんですよ。
行政処分による
認定で棄却されたんです。あかん思うたんやけど、いやいや私は被害者やというて裁判をして、裁判では
認定をされている。我が国の三権の分立の中で、
行政の処分に不服を感じて裁判をして裁判では認められるということになったら、当然のこととしてこれは和解の話をやっていかなきゃならぬじゃないですか。和解というのか、話で解決をしていくという道筋をね。国会がある以上、そのことを当然国会としては全面救済のために働かざるを得ないという
段階へ来ていると思うんですよ。
そういう立場でひとつ考えていただきたいと思いますが、長官どうでしょう。