○八巻
公述人 ただいま御紹介にあずかりました東洋大学の八巻と申します。この席で御
意見を述べさせていただくことを本当に感謝しております。
私の方からは、
平成二年度の特に一般会計に絞らせていただきまして論評させていただきたいと思います。
まず、全体的な印象でございますが、今回の
予算は、
経済的な高度成長というかそれの持続によって支えられて、いろいろな点で非常に配慮の行き届いた
予算になっているというふうに一応評価させていただきたいと思います。
まず、総額が前年度比九・七%増と九年ぶりの伸びを確保したということですね。それから、十五年ぶりに
赤字国債がゼロになったという点ですが、私なんか講義で二、三年前は学生に対しては、財政再建の目標の実現はもう決してできないというような講義をしてまいりましたけれ
ども、これを非常に急スピードで解決しまして、十五年ぶりでそれをゼロにするというまさに快挙というか、そういうことで、非常に評価できるのではないかと思います。それから、国債整理基金への定率繰り入れも復活いたしまして、いわゆる隠れ借金の整理も配慮しました。それから、
予算配分にしても、外圧がありましたけれ
ども、ODAに対して八・二%増と重点配分されておりますし、社会保障
予算も防衛費の伸びを上回って六・六%増、そういった形で非常に配慮の行き届いた
予算となっているということをまず評価させていただきたいと思います。
ただ、
問題点もございまして、
赤字国債からの脱却といいますけれ
ども、やはりそれは
経済の好調に支えられた当然の自然の結果でございましたので、その点必ずしも、まあ努力もありましたけれ
ども、それに救われたという点があると思うのです。それから国債費も、
予算の二一・六%と第二番目の
予算の配分比率になっておりますので、これもやはり硬直的な体質というのはまだ変わっていないというふうに思うのですね。それから公共事業費の伸びも、また中身も、やはり今回の日米
構造協議のそういう方向性からは非常にほど遠い内容になっておるという点、さらにグランドデタントのそういう時代において防衛費が相変わらず突出的な伸びを確保しているという点が目につく
問題点だと思うのです。
次に、個別問題について
幾つかに絞って論評させていただきたいと思います。
まず、
赤字国債から脱却した、では新しい健全財政の目標というのは一体どこに定めるべきかという問題でございます。これは財政
制度審議会で公債依存度を五%以下に抑える、そういう新しい目標も示唆されているようでありますが、私の方からはむしろ西ドイツの
やり方といいますか、そういう
考え方をちょっと御紹介させていただきたいと思うのです。
西ドイツの公債の概念というのは、循環的赤字と
構造的赤字というほかに、正常赤字という
考え方があるのですね。それで、循環的な赤字は、それは
景気のよしあしによって変化しますので、これはほっておいてもいい。問題なのは
構造的赤字を解消することであるということですけれ
ども、ただそこに正常赤字という概念がつけ加わっているのが非常に興味ある点だと思うのです。
この正常赤字でございますが、これはある
一定の、
経済が順調に進んでいるという好ましい期間を基準期間と定めまして、そのときの公債の比率を望ましい比率としてあるパーセントを設定します。その望ましい正常赤字比率、これにそのときどきの
物価でデフレートした潜在
GNPを掛け合わせまして、そして赤字額を出すというわけです。例えば正常赤字比率を一%として、それで今年度の実質潜在
GNPを、これは計算したわけではありませんので適当な数字でございますが、例えば三百五十兆円だというふうに見積もりますと、一%掛ける三百五十兆円ということになりまして、これは三兆五千億円ということで、これは現公共事業費の半分強という形になりますね。このように潜在
GNPにリンクさせるということは、むしろ
現実GNPの動きに対してカウンターエフェクトを与えまして、フィスカルポリシーの効果としてもある
程度自動的な効果を発揮できるのではないかと思いますので、
一つの
考え方として正常赤字というものは、これは別に財政再建の対象にもならないし、またそれを解消する必要もないし、また望ましくないと思うのですね。だから、ある
一定の正常赤字があってもしかるべきではないかというふうに考えます。
第二番目は、公共事業費の
構造と財政計画についてでございますが、日米
構造協議の提案にもありましたように、従来の公共事業の中身を
生活関連施設の方に重点的な配分をしろ、こういうふうに方向転換をしろ、そういう提案があったわけでございますが、今回の中身を見ましても、公共事業の転換というのは旧態依然でございまして、転換の兆しというか意気込みが見られないということが
一つ指摘できますね。ですから、やはり十カ年計画というものをきちんと立ててやっていく必要があるし、またほかにも「高齢者保健福祉推進十か年戦略」というものがありますし、またデタント後の防衛計画にしても、またODAの国際的な公約にしても、これを実現するには長期的な財政計画に基づかなければ非常に計画的な処理というものができないのではないかと思うのです。
これもやはり西ドイツの例なんですけれ
ども、地方財政を含んだ五カ年計画というものを立てる必要があるのじゃないか。財政五カ年計画ですね。この財政五カ年計画は、西ドイツの場合は三
年間の実質的な数字といいますか
現実の数字ですね、一年前のものと今年度と来年度のという、そういう三年度の
現実の数字をまず算定して、あと二
年間は全くの予測値ということで毎年毎年ローリングするわけですね。そういうことで、非常に計画的な政策の実行が可能ではないかと思うのです。
それから第三番目でございますが、
消費税の
廃止と
代替財源について
意見を述べさせていただきたいと思います。
今回の
消費税でございますが、反対派は最悪の
税金である、賛成派は若干の累進効果があって不公平の是正のために
消費税を
導入すべきであるというふうな主張をなさるわけですけれ
ども、
国民にとっては一体どっちが正しいのかという判断に迷うという部分があるのですね。
一種の政治的なスローガンに化している部分がありますので、この点、本当に実証理論というか実証分析は一体どうなっているかというふうに思うのですが、例えば
一つ主張されているのは、
税金というのは全体の体系の中で初めて位置づけられることでございまして、
一つの
税金だけ取り上げましてこれが逆進的であるとかあるいはこれは最悪の
税金であるという主張はやはり単なる、まあ政治的なアピールがあるかもしれませんけれ
ども、余り納得させる議論じゃないと思うのですね。ですから、やはり全体の体系の中で一体
消費税の
導入が果たして必要であったのかどうかという点が一番問題になると思うのです。
全体の租
税体系の中で、特に
所得税が今回非常に水平的不公平になっているので、それを緩和するために水平的公平を確保できるような
消費税の
導入をすべきである、こういうことで
消費税が
導入されたわけでございます。ところが、垂直的に見ると
消費税というのはやはり
逆進性が厳然としてあるわけでございまして、それでなくても
所得税が累進度が非常に侵食されている状況にある中に、また新たにこの
消費税、垂直的に逆進的な
消費税の
導入はさらに垂直的な不公平を拡大するということが巷間叫ばれているわけです。
私は西ドイツについてちょっと、西ドイツの付加価値税は一体
逆進性はどうなっているのかということで調べてみましたらば、西ドイツの場合は、例えば
所得を十分位に分けまして、最低
所得層と最高
所得層とを比較いたしまして、
消費負担で〇・九ポイント、それから可処分
所得で三・六ポイント、そして実効税率つまり総
所得負担で四・九ポイントも
負担が最低
所得層の方が最高
所得層よりも重いというふうに出ております。
このような
逆進性というのは至るところで指摘されているわけでございまして、例えば一九八八年のOECDの研究もそうでございますが、この場合はむしろより多く逆進度が明らかになっているケースもございました。スウェーデンなんかそうでございましたね。それよりも私興味があるのは、職業別、年齢別、家計タイプ別、これの
負担の形態がシミュレーションで分析されている研究結果が出ているのですね。これは非常に興味ある結果でございまして、ちょっと御紹介させていただきます。
例えば職業別
負担を見てみますと、今回クロヨン問題があるから水平的公平を確保するために
消費税を
導入するんだという論理でございますが、職業別に見てみますと、例えば自営業とか農家が一番
負担が軽くあらわれまして、そして一番
負担が重かったのは非就業世帯、つまり
年金生活者とかそれから学生とか公的扶助を受けている
人たちが最も
負担が重いという結果が明らかになっているわけでございまして、もしこれが本当だとしたならば、
日本にも当てはまるとするならば、これは水平的不公平さえもさらに拡大するような効果を持ってしまうのではないかというふうに思うわけでございます。
それから、次に年齢別
負担についてでございますが、これは二十五歳未満の若年層が最も高いという
負担の結果になっておりますが、これはどうしてかといいますと、いわゆる食料品とか家賃という軽課されている支出割合が非常に低いのですね。若者ですから、どちらかというとたばことかお酒とか自動車とか、そういう高課されている財の支出比率が高いという結果でございますので、これは余り問題にしなくてもよろしいのではないかと思いますが、問題なのは、その次に高
負担になっている世帯というのは、いわゆる働き盛りの中年層なんですね。この中年層の世代というのは、住宅ローンとか教育支出とか非常に調整の難しい硬直的な支出の割合が高く出ておりますので、この点の高
負担の緩和の調整の必要性というのはやはり高いのではないか。例えば住宅ローンの金利の税額控除の拡大とか、それとセットにした家賃の補助制の
導入とか、そういった形での配慮が必要ではなかろうかというふうに思います。
それから、次に家計タイプ別の
負担について見ますと、独身男性が最も高くて独身女性が最も低いという非常に奇妙な形になっておりますが、これは奇妙でも何でもなくて、独身女性の場合は先ほど言いました家賃とか食料品という軽課されている支出割合が比較的高いのですね。その結果のあらわれなんです。
またおもしろいことには、子供を持っている世帯の比較をいたしますと、子供の数が多ければ多いほどむしろ
負担が軽くなっていく、そういう現象があらわれております。これはそんなに
程度は大きくはないのですけれ
ども、わずかですけれ
ども、そういう傾向が見られます。それはなぜかといいますと、家族が多ければ規模の
経済が働くといいますか、お下がりとかそういう点もあるでありましょうけれ
ども、やはりどちらかというと食料品支出やあるいは家賃支出、そういうものの支出比率が高いという結果であると思います。
それから、同じ研究でございますが、差別帰着という
言葉がございます。このシミュレーション結果でありますと、架空の比例
所得税とそれから同額の付加価値税、だから架空の比例
所得税を減税しましてそれと同じ額で付加価値税を増税したケースについての比較をやっております。それによりますと、むしろ付加価値税だけ増税する、
所得税をそのままにしておくというケースよりも逆進度がさらに大きくなったという結果が出ております。これもしかも比例
所得税でやっておりますが、
日本のように累進
所得税の減税とセットにした場合はこれが逆進的な
程度がさらに大きく深刻にあらわれるという可能性が高いのではないかというふうに考えられます。
このように、逆進
負担の形態の問題というのは、やはり集約いたしますと、食料品とか教育費とか住宅ローンなどの非弾力的な支出が大きく
影響を与えているという点がうかがえますので、この点を考えますと、
日本の場合は、ECと異なりましてその土壌の全くないところに
消費税というものを新しい
税金として
導入するわけですから、その
影響というものはかなり大きいのではないかというふうに考えます。それから、今回の場合は非課税措置はあるけれ
どもゼロ税率も許しませんので、その選択的な幅が非常に狭いという点がやはり問題ではないかというふうに思います。
それから、
消費税というのは確かに
政府にとっては非常に魅力的な調達法でございまして、まず
一つは広い課税標準を持つということと、それからもう
一つは、特に内税方式なんかになればますますそうですけれ
ども知覚性に劣る、目立たないという点がありますね。こういうことで、低い税率で比較的大きな
税収を上げることができるという点で、確かに
政府にとっては魅力的な
財源だというふうに思いますけれ
ども、しかし、支払う側からすればやはりこの
負担というものは非常に大きいというふうに考えられます。
したがって、今後
消費税を撤廃しないでずっと定着させたいというのであるならば、やはり
三つの
条件が必要じゃないかというふうに思うのです。
一つは、福祉
サービスに目的拘束する、そして将来の増税に対して枠をはめる、それから二番目は、
転嫁と帰着の明確化のためにインボイス式に改めるということ、そして三番目には、
逆進性の緩和のために食料品を初めとする必需的な基礎的な支出については、特に食料品についてだけ言えばこれをゼロ税率にするということが、今後の定着についての必要な措置ではないかというふうに思うのです。
それから、福祉目的税の問題でございますが、ある
財源の支出を特定化するというのは非常に非効率的な
予算の配分になって非常にまずいのではないかという
意見、これは財政学の初歩の初歩でノン・アフェクタシオンなどという一番最初に学ぶ原則でございますが、しかしこれは必ずしもそうじゃないのじゃないかというふうに思うのですね。なぜかというと、やはり
負担と利益とを結びつけた場合に、例えばある利益グループが利益の拡大を目指して
予算を獲得する場合に、それは自己
負担というか自分が
負担しなければならないという厳しいコントロールのむちといいますか、そういうむちが働きますので、浪費とか過剰給付の可能性をむしろ狭めるのではないかというふうに思うのです。しかも、近年非常に租税民主主義というか、
納税者の反乱というか、そういう現象があらわれておりまして、一体自分の
税金は何に使われているのかというそういう
負担と利益の結びつきに非常に厳しい目が
国民に最近ありますので、そういった観点からも目的拘束というものは今後考えられていい方式ではないかと思うのです。
やはり財政意思形成というものの質を高めるには、むしろ政治家もそうですけれ
ども、
国民もそうですが、公共
サービスの費用と便益について両者を比較勘案できるような総合的な情報を頭に置いて意思決定すればその質を高めることができるというふうに思うのですね。そういうことで、今までみたいな、
税金はだれかが払う、だから無料の公共
サービスが他人の
負担で可能になるといった、そういう財政錯覚を少なくともなくすことができるのではないかというふうに思うのです。今後やはり公共
サービスをさまざまに分類いたしまして、その公共
サービスの性質に応じて
負担のあり方を考えるという、そういった
意味での大きな目的拘束の総合的な開発、こういうシステムの開発が二十一世紀に向けての政治の重要な
課題になるというふうに私は思うのです。
そういった
意味で、
消費税を、例えば基礎
年金の
国庫負担部分であるとかあるいは公的扶助費、社会福祉費、これは両方合わせますと三兆五千億円でございますので、
消費税の
税収部分にほぼ匹敵するのではないかと思いますので、そのリンクも考慮に値することではないかというふうに思うのですね。
最後に、今後の
税制改革のあり方について、ちょっと
意見の一端を述べさせていただきます。
税制改革というのは、簡素、公平、効率といった観点から、全体観に立ったバランスのある構想を持ったものでなければならないと思うのですね。そういった
意味で、単に直間比率などという非常にあいまいな、また人をだますような、誤解を招くような、そういう概念を使うのではなくして、やはり
所得にはどのくらいかかっているか、あるいは資産課税あるいは財・
サービス課税、それに収益課税あるいは応益課税、そういった全体のバランスがどうなっているかという観点から、やはり
税体系というものを考えていかなければならないと思うのです。
そういった
意味で、まず公平目的を達成するには人税が
中心である。したがって、
所得税を主要税といたしまして、これを総合課税化いたしまして、垂直的、水平的公平を図る。それに法人税と財産税と相続税、贈与税がそれぞれ補完する形ですね。そして、第二の主要税として、財・
サービス課税が考えられます。これは、そのほかに
受益者
負担というか応益
負担として応益目的税とか、それから社会保険
負担が適度に配分されているのが望ましい
税体系じゃないかと思うのです。
日本の場合ですけれ
ども、国税ばかりが
負担じゃありませんので、地方税も含めた実質的な
負担が
国民にとっては問題でありますので、そういった実質的な
負担から見ますと、
日本の場合は、OECDの統計によりますと、一九八六年で、個人
所得税が二五・一%、法人
所得税が二〇・七%、資産課税が一〇・九%、財・
サービス課税が一三・四%、社会保険
負担が二九・八%と、社会保険
負担が非常に大きくなっております。ただし、この社会保険
負担の個人部分、これが一〇・九%ですので、それだけを問題にするとするならば、個人
所得税がトップであるということになります。しかし、個人
所得税がトップであるからといって、じゃ
所得税がほかと比べまして高いかというと、必ずしもそうはなっておりません。ただ、法人税が非常に高いということは、これはほかの国と比べまして明らかに出ている統計の数字でございますけれ
ども、しかしこれは周知のように非常に法人の数が多いという結果のあらわれでございまして、必ずしも税率が高いという結果ではないというふうに、比較的高い方ですけれ
ども、ずば抜けて高いとは言えないということで、このようなことを考えますと、次のような財政改革というか租税改革が提案できるのではないかと思うのです。
一つは、実質的な
企業所得税となっている事業税、これはOECD統計によると、大蔵省の分類に従って事業そのものにかけるということで
所得税になっていなかったのですね。それが数年前、これはおかしいというので事業税が
企業の
所得税というふうに訂正されてOECDの資料に載っていますが、これはいつまでもそのまま放置、毎回それが書かれるのですね、注意書きに。いつまでも放置しておいていいものじゃないんじゃないかと思うのですが、実質的な
所得税になっているのですね。これはやはり加算方式の付加価値税に改めて収益課税化すれば、応益課税としての租税のバランスを保つ
一つの要因になるのではないか、こういうふうに思います。
それから、
消費税でございますが、もうこのように矛盾のあらわれている、指摘されている
消費税を撤廃いたしまして、ある
一定の、現段階では
製造業者売上税が非常に簡素な
税金でありますし、また
物品税の経験が
日本は長いのでありますので、そういった経験から
日本の国情に違和感なくすんなり入るというふうに思うのです。もちろん単段階課税でありますから複数税率を持つことも簡単でありますし、またゼロ税率の領域を持つことも非課税の領域を持つことも比較的容易なんですね。ただ、もちろん欠点というのは
サービス課税ができないということでございますが、これは並行的な
サービス課税、そういうことをとることによりまして補完できると思うのです。インボイスとかゼロ税率とか目的拘束がもし
消費税に
導入できないとするならば、このような製造段階での単段階課税
プラスサービス課税というものも現段階では最適ではないかというふうに思うのですね、将来についてはまた問題は別でございますが。
今回の
消費税導入で問題を見てみますと、徴税者としての
政府、
納税者としての
事業者、これに非常に配慮をし過ぎて、実際肝心かなめの
負担をする側の配慮が足らなかったのでこのような紛糾があったのではないかというふうに思います。やはり担税者の視点を欠いた
税制改革というのは、たとえ
導入されても長続きしないと思いますので、改革の方向をそのような方向に合わせていく必要があるのではないかと思います。
以上でございます。どうもありがとうございました。(拍手)