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参考人(
桜井徹君)
日本大学商学部の
桜井です。
政府規制の問題について少し研究をしております。
私は、主として
貨物自動車運送事業法案について
問題点を述べます。
今回の
貨物自動車運送事業法案の最大の特徴は、
道路運送法と比較して
事業区分の統合や需給調整を伴わない免許制への移行などのいわゆる
参入規制の
緩和、
運賃、料金の
届け出制への移行、
事業の休廃止の
届け出制への移行、さらには運送引受義務規定の削除など、全体としていわゆる
経済的規制を大幅に
緩和するものとなっているところにあります。研究者としては、今回の
規制緩和に理論的根拠を与えたいわゆるコンテスタビリティー理論についての見解を展開すべきでありますけれ
ども、時間の
関係上、ここではそれ自体は非常に抽象性の高い、かつそれが成立する上で幾つもの
前提があるということだけ指摘しておきたいと思います。
さて、交通、運輸の公共性には、
一般的には安全の
確保、公害の防止、第二に平等性、普遍性と利便性の
確保、そして第三に各交通手段の均衡的
発展という意味での総合交通体系が含まれます。
以下、私は、
経済的規制の
緩和を主
内容とする今回の
貨物自動車運送事業法案がこれらの公共性と矛盾する面を持つということを簡単に述べます。
第一の
問題点は、今回の
法案によって
輸送の安全の
確保、公害の防止を行い得るかという問題です。
参入規制の
緩和が需給
関係にアンバランスを生じさせ、それが
運賃制度の
届け出制と相まって
過当競争を引き起こします。このことを通じて中小零細
業者の倒産ないしはその大手
業者への下請化という現象が一層生ずることも予想されますが、同時に強調したいことは、そうした
過当競争が、既に多くの
参考人も述べられましたように、
労働集約型産業という特性からも長時間過密
労働、交通
労働の条件を一層
低下させ、
過積載、スピードアップなどの行為を促進し、
交通事故の多発及び交通騒音、排気ガスの増加に一層結果するのではないかと心配されることです。
もちろん、こうした懸念は
法案作成者も当然予想していたことでありましょう。まず、
過当競争の歯どめとして、需給調整措置や標準
運賃、標準料金の設定、料金の
変更命令及び
違反荷主への
勧告、命令が規定されていますが、これまでの議事録での
質疑を拝見しましても、事後的措置であるということを含めてその実効性は乏しいものと考えております。
また、
労働条件の
低下や
交通事故の多発については、
事業開始の資格要件という点で、また安全遵守義務を課すなどのいわゆる
社会的規制を強化するという形で防止し得ると本
法案では考えられているようであります。このことについて、私は二点主張しておきます。
一つは、
経済的規制が
緩和されたところで、
社会的規制の強化は果たして可能であるのかどうかということです。私は、
経済的規制の
緩和は、
社会的規制にかかわる問題を必然的に発生させ、換言すれば、
社会的規制と
経済的規制とは密接な
関係を有していると考えております。
経済的規制の
緩和はこの面からもするべきではないと思います。しかも、
経済的規制の
緩和のもとでの
社会的規制の強化は、監督官や警察官の増加などという形での
規制の新しい大きなコストを社会全体に発生させるものであろうと思います。
もう
一つは、本
法案の
安全確保の規定は現行法規のそれとほとんど変わりないものであり、現行法規のもとでさえ
安全確保がなされているとは言えない状態を考慮したとき、もっと実効性のある規定を設けるべきだと思います。
積載重量及び
運転時間を正確に把握するための
車両機器の
開発とその装着の義務化、
運転者の
休憩施設の整備など、いわゆる
衆議院での
附帯決議にも挙げられていますが、そういう
附帯決議ではなくて、
法律の中に組み入れられるべきものだろうと思います。
自動車公害の防止については、この
法案では何ら考慮されておりません。
ついでに、参考までに一九八〇年七月からザ・モーター・キャリア・アクト・一九八〇、つまり一九八〇年
道路運送法によって州際
道路貨物輸送の
規制緩和を行ったアメリカの場合について簡単に触れておきます。
倒産件数の増加と並んで一九八四年のザ・モーター・キャリア・セーフティー・アクトなどによる安全
規制の強化にもかかわらず、一九八一年から一九八六年の五年間で約一五%の
交通事故が増加しているということが
報告されている点をつけ加えておきます。これは、コングレス・オブ・ザ・ユナイテッド・ステーツ・オフィス・オブ・テクノロジー・アセスメント、ギアリング・アップフォー・セーフティー、ワシントン、セプテンバー・一九八八の五ページからです。つまり、
日本語で訳しますと、合衆国議会の技術評価局が「安全をめざしスピードアップ」という題名の本を一九八八年九月に出しております。その中でそう書いてあります。
第二は、総合交通体系と
法案の
関係であります。
今日、環境汚染問題、特に自動車公害の解決が重要になっており、その最大の
原因者であります自家用車を含む
トラック走行量を
規制すること、もう少し言えば、
物流イコール
輸送需要全体をコントロールしつつ、他方では、
道路、鉄道、海運、航空の各交通手段のそれぞれの特性、この場合はエネルギー効率や社会的費用を考慮した意味での特性でありますが、そういう特性を組み合わせた総合交通体系の策定が必要になってきている、そういう段階に来ているのではないかと考えますが、今回の立法は、それを
前提とせずに、個別
事業法の整備を先行させたものとなっています。しかし、あるべき総合交通体系の議論を踏まえて、
道路貨物運送事業の位置づけを明確にした上で立法化すべきであったと考えております。
このことは、さらに
貨物運送取扱事業法案においても一層当てはまる問題です。というには、同
法案は、陸海空を通ずる複合一貫
輸送を促進し、それを全体的に運営する
貨物運送取扱
事業者を育成する意図を持っているからです。そこでは、これら四つのモードを自由に競争させて、大手
企業の
参入が予想される、そういう
貨物運送取扱
事業者が自己の採算性に通した
輸送手段を構築していくということになるわけですが、これは国民経済から見た適切な
輸送体系を構築するということとある意味では矛盾する、阻害要因となるということも考えられる、そういう心配があるということであります。
第三は、
貨物自動車運送事業法案といわゆる交通、運輸の利便性、平等性の
確保の
関係の問題です。
この点について、最近、公益
事業学会編で「現代公益
事業の
規制と競争」という本が出ましたが、その中にこの
法案についての
問題点が書かれておりますが、そこでは、
貨物運送サービスを
荷主企業と
一般利用者とに分けた場合、
立場の強い
荷主企業は確かに
運賃値下げ競争やその他ダンピングでその
物流コストを大幅に低減できるでしょう。しかし、それに対して
一般利用者は、
規制緩和で利便性ないし平等性、普遍性が損なわれる可能性が生じます。すなわち、運送の引き受け義務がなくなり、
事業の休廃止が極めて容易となった状態で、低採算地域での
サービスを享受し得る
一般的保証はあるのかどうか、また
情報の不完全性について見ても、営業所等において
運賃や運送約款を掲示するだけでは極めて不十分であると思います。つまり、
トラック業者との交渉で
一般利用者は不利な
立場に置かれる、そういう状態の発生も予測されるわけであります。
最後に、私は、
経済的規制と
社会的規制の双方の保持を主張するものでありますが、その際に、これまでの
規制のあり方でいいと言っているわけではありません。
規制の
内容もさることながら、
規制の主体が公共的に直接
責任を持ち得るものであり、かつ、その運用が民主的で透明、公開されているということが特に必要だろうと考えております。この点で、
全国及び地方の
適正化事業実施機関という規定は極めてあいまいなものであると思いますし、また、広く言えば、広範な利害
関係者が参加できるような運輸
審議会の
改善も求められます。
以上で終わります。