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上条参考人 弁護士に登録以来今日まで三十一年余り、私は専ら労働
裁判、
労働事件にかかわって仕事をしてまいりました。その中で見聞きした具体的な
事案を振り返りながら、
法案にはたくさんの問題点もありますけれども、時間の関係で一点に絞って
意見を述べる次第であります。
最大の問題は、
口頭弁論の
原則と例外を
法案は逆転させました。ここであります。実例を二つ、複雑な労働
仮処分事件、
地位保全仮処分について指摘したいと思います。
一九五八年、ある解雇
事件が起こりました。その社長が相手に言うには、君を解雇しないと親会社からうちの会社がつぶされる、あの
委員長を首切れという圧力があるからやむを得ずということだったのであります。こちらは驚きました。
労働者にとって、その会社とさらにその奥にある親会社の内部関係がどういう話し合い、からくりなのかさっぱりわからないわけであります。事実論においても、また
法律論においても大変複雑な
事案でありました。
東京地裁労働部は、当初公開の法廷で、
審尋の中で
証人尋問を行い、やがて
口頭弁論に移行して、
判決まで提訴から約半年であります。請求棄却。問題は、この控訴審の
手続であります。私がこの
事件を申し上げるのは、私が
弁護士になって初めて担当した
事件であるので印象は強烈でありますが、控訴審の
口頭弁論で初めて会社側証人に対する十分な反対尋問の結果、つぶれる瀬戸際ではなかったという根本問題がようやく解明されました。原
判決取り消し、請求認容の
判決であります。主文は、従業員として取り扱い、
本案判決確定に至るまで
賃金相当額を毎月支払えということであります。この
口頭弁論の
手続がなかったら、このような入り組んだ解雇のからくりを解明することは不可能であった、そのことを改めて思う次第であります。
ちなみに、この
事件、会社は引きませんでした。高裁で負けても最高裁に特別上告、これが棄却。そして、起訴
命令の
申し立てによって一審から最高裁までもう一回、一審、二審、三審。
本案の
判決確定まで、解雇から十三年を要したわけであります。相手が引かない、こういう場合、
労働者はやめるわけにいきません、生活がかかっていますから。その長い長い
裁判を辛くも支えたのは、生活を支えたのは、
本案判決確定に至るまでというこの高裁の
仮処分判決であったわけであります。これが
地位保全仮処分の最低の
権利保障としての効用であります。
もう一つ、一九七六年、企業ぐるみの集団暴力を受けた一人の女性が解雇されました。何人かの男性と一緒に解雇されたわけですが、問題は世間の目の届かないビルの中、いわば密室の中の集団暴力です。芝信用金庫というところで起こった
事件であります。みんなで取り囲んで、ばばあ、気違いとなじる、ぞうきんを口にこすりつける、肩を殴る、腕をつねる、頭を書類でたたく、退社時刻になっても帰さないで、さらには階段から突き飛ばすという事実。ついにこの女性は
相手方を告訴しました。これに対して会社は、そういう事実は全くない、事実無根の告訴で名誉、信用を失墜した業務妨害と言って懲戒免職にした。この
仮処分手続の中であります。金庫は驚くことに全面否認をいたしました。問題にされた暴力を振るった従業員たちは、彼女とは席が離れていて、あるいは外出していてそばにも寄っていないのだ、全くのうそ、でたらめな告訴だというのが
仮処分審理の主張であり、また、金庫側の山ほど提出した陳述書の繰り返された事実の指摘でありました。これは全くのうそなんですが、その事実関係を一点の曇りもなく解明したのが、これは
審尋手続ではありましたけれども、大事なのはここなんです、公開の法廷における
審尋手続、そうして、とりわけ対質尋問を含む交互尋問が集中して行われました。さらに、彼女が暴行を受けておる最中、服の中にひそかに入れて必死の思いで録音した現場のテープが再生されました。
審尋手続も
口頭弁論に近いこういう形で実際に尋問権が
保障され、そうして、極めて早期に真実が解明され解雇無効の
決定が下ったわけであります。
要するに、
当事者の主張が鋭く対立している事実論、
法律論の複雑なケースは
労働事件には数多いわけであります。複雑で、しかし密行性を要しない
事件では、
口頭弁論かあるいはそれに近い
審尋、つまり公開の法廷、直接口頭で、そして人証に対する尋問権、これが
運用の中で実績として残されてきた
地位保全仮処分の経過であります。それでも——これも重要な点であります。それでも初めから
本案の
裁判を起こすよりははるかに時間が早く済む。これもまた
実務の常識でありました。
労働者とすれば、多少時間はかかっても、つまり、
書面審理よりは時間はかかっても、不当な兵糧攻めから本人と家族を支えるために、即効性を持つ唯一の
制度としてこの
仮処分をよく利用してきました。そこでは
迅速性とともに中身に立ち入った充実した
審理が必要で、あるいは
口頭弁論、あるいは
口頭弁論に近い
審尋、この二つの典型例を申しましたけれども、こういう実績が行われてきたわけであります。
先ほど
森井参考人も指摘されましたように、ところがこの数年来、これに対して妙な状態が現実に首都東京の
東京地裁から始まってまいりました。内容は、先ほど
森井参考人が述べたところを時間の関係でそのまま引用いたしますけれども、要するに、
裁判所部内で、
仮処分は本来
権利保全のための
手続であるにもかかわらず、これは仮の暫定的な
制度だということを強調する。だから、認める場合でも、
賃金を
本案判決どころかごくごく短期間に値切る。先ほど
森井参考人も引用されました昨年の判例時報一二七〇号のある
裁判官の論文は、私たち、これは人間の言葉かと目を疑ったわけでありますが、こう言っています。「解雇撤回活動に熱心のあまり、これに明け暮れ、多額の
解決金の支
払いを要求するなどして妥協を知らない場合は、まるで闘争資金を援助するかのごとき様相を呈する」。
賃金を認めるとこうなると言うのです。「
本案判決確定に至るまでの期間認容する仮
払いの必要はない」ということまで言っている。こういう傾向の中で今回の
保全法案が提出されました。
私は、前回二十一日の
審議の中で泉最高裁行政・
民事局長が、いや、この
裁判官協議などと本
法案は関係ない、これは動機にはなっていないと言いますけれども、動機になったかどうかはさておき、現実にそのような本来の最低限度の生活の窮迫を救うために機能してきた、
審理方式についても実績が定着してきたその
仮処分方式を、今回の
法案は、次に端的に指摘しますように、吹き飛ばすわけであります。そういう傾向とそれから一連の
司法部内のこの動きとはぴったりと合っている。ここを無視して、私はこの
法案を抽象的に論ずることはできないわけであります。
前回二十一日の
法案審議の中で、藤井
法務省民事局長は、
命令申請
段階の九条、それから
異議申し立て、
不服申し立て、不服
手続段階の三十条にかかわって次のようなことを述べられました。時間の関係で結論を要約いたしますと、要するに
命令申請の
段階では
証人尋問はおろか
参考人の尋問すらしないということ、専ら
書面審理プラスアルファの
審尋。この
審尋たるや、これは公開を必要としないというのが商事法務研究会の、恐らくは法務省当局の意向をそのまま反映していると思われるNBL誌の本
法案の解説に載っているところであります。
それからもう一つ、
不服申し立て段階の三十条。なるほど
口頭弁論または
審尋とあります。ここでも、
民事局長の話で私もなるほどそうかと思ったのは、
口頭弁論を開いても、本
法案の
特徴は、一回は開くのだと、一回はというところを強調されました。これは印象的でしたね。つまりぱっと開いて、
国民の
立場から見れば、問題の
複雑事案については中身に立ち入った
審理が欲しい、ようやく
裁判の扉が開かれたと思ったらぱっと閉じられる。この程度にしか法務省当局は
考えていないことがわかりました。
先ほど私は二つの例を挙げましたけれども、
原則的に
口頭弁論の
制度があったからこそ、複雑
事件では
口頭弁論かあるいは
口頭弁論に近い
審尋によって初めて
事件の真相が解明されたわけであります。
法案のようにこういう
手続がいずれも
保障されなくなるとき、例えば、親会社の圧力というカムフラージュのもとに不当解雇したり企業ぐるみの集団暴力を公然とうそで塗り固めるような
社会的強者に対して、
労働者の正当な
権利は
仮処分手続によっては到底
救済されないことになります。支配力を持ち、
財産と証拠資料を独占する
社会的強者のための絶好の武器にしか使われないことは、私は三十余年の
経験からここは厳しく指摘するわけであります。それは恐らく
労働事件に限らず公害、建築
紛争等についても同様の事態、
社会的強者のために利があり、
社会的弱者が
決定的に不利益を受ける、そういう
制度に転化していくことは目に見えているのであります。
次に、
法案は、
口頭弁論を開かないいわば軽い
決定手続を
仮処分手続の主軸に据えました。そこから取り消しについても、
現行法での必要的
口頭弁論の規定を改めて、
審尋だけで取り消し可能となりました。二十九条であります。これは問題であります。せっかく
保全された
権利がこうしていとも簡単に取り消される。それは
権利保全という
仮処分制度の崩壊を
意味するわけであります。
最後に、改めて今回の
法案は、
現行法の基本構造を、つまり
口頭弁論を
原則、そして急迫の場合には
口頭弁論を経ないで
決定でできるというこの基本構造を逆転させる総則規定の第三条、ここに最大の問題があるわけであります。
過日、自由法曹団労働問題
委員会が
民事保全法案修正要求を文書にまとめ、これを公表し、そして関係者各位にお送りいたしました。本日ここに持参しております。時間の関係でこの内容についての詳細は省きますけれども、一点だけ述べますと、まず最大の問題の第三条、この任意的
口頭弁論は、これはこのままでは到底納得できません。ここに同条二項を追加する、つまり「
事案の
性質、内容が複雑であり、もしくは執行により重大な結果をもたらす
仮処分事件については、前項の規定にもかかわらず、
口頭弁論を経なければならない。ただし、急迫な場合にはこの限りでない。」まずもってこれが根本的な修正で、ここが法文に明記されない限り、私はこの
法案は廃案とされるべきだと思うわけであります。念のためにこれは皆さんに資料を配付いたしますが、この三条のほかにも自由法曹団労働問題
委員会では数々の問題点について、ここは最小限度修正が必要だ、これがない限りこの
法案は廃案とすべきだという見解が述べられております。
その余の、三条以外の問題点について、私もこの自由法曹団労働問題
委員会の修正要求の見解に一致した見解を持っていることを付言いたしまして、私の
意見といたします。