○安倍(基)委員 それぞれの御
意見承りましたけれども、また、あした
あたり公述人からの
意見もいろいろあると思いますけれども、さっきの
都市開発についてそこにいる住民が日照権を主張するとか、用途地域を変えては困るとか、その辺は一体だれを主として
考えるかという問題だと私は思うのです。つまり、都会のど真ん中で日に当たりながら一階か二階に住んでいる連中と、毎日毎日一時間、二時間通勤してくる連中と、どっちに重点を置くか。冷暖房の発達してきたこの時点で、麹町とかあの辺におって日照権がないとけしからぬとか、おれはここにどうしても住みたいんだと主張する。なぜ主張できるかというと、要するにろくな税金を払わないで済んでいるからですね、簡単に言えば。もっともっと固定資産税が上がってくれば高層化せざるを得ないんですよ。それが、結局保有コストが少ないから日照権とかで頑張れるわけです。
その辺、要するに
土地政策が
基本的に、住民の利益主張と、大勢の膨大な連中の利益とどちらを重んずるんだ。都会のど真ん中であればもっともっと住宅地は削減してもよろしい。本当に快適なところに住みたいんだったら少し田舎に行きなさい、でなかったら、そのかわり高層化しなさい、その中のマンションに住みなさいと。それは何でかというと、繰り返すようですけれども、そこに住んでいてもろくな税を払わないで済んでいる。
日本の
土地が高いのは、
一つは、
需要が多いのにかかわらず供給が非常に少ない。
日本の株と同じです。
日本の株は相当の部分が持ち合いですから、売りに出るのは割と少ない。そこに
需要がわっと来ますから上がる。その価格でもって評価される。株も
土地もある程度、実際のところは水膨れしているのですよ。だから、
日本がこれだけ
土地が高いといっても、供給がごく限られている中で、すごい
需要でもってかさ上げされている価格、それでもってすべての
土地が評価されます。
日本の
土地と株というのはある
意味では水膨れしておる。だから、今それに応じて固定資産税の評価額を上げると困るという話もあります。事実ありますけれども、この
基本は、今おっしゃったような、要するに日照権は代理できないとか、そういう観念にあるからですよ。確かに日に照らされぬのは困るかもしらぬけれども、昔と違うのです。要するに、何も都会のど真ん中で、洗濯して物干しざおにつるすわけじゃないんですから、例えば
東京のど真ん中
あたりはそれなりの
土地の保有コストを課してもいい。そうすれば高層化せざるを得ない形になりますね。だけれども、その辺、今建設
大臣がくしくも言われましたけれども、
基本的にだれが犠牲者だということをもう少し
考えるべきじゃないのか。
日本の
土地政策の
基本は、そこに住んでいる者の利益を優先するのか、もっと大勢の人々の利益を優先するのか、そのいずれか、どこに重点を置くかだと思います。ここに私は大きな誤りがあると思います。さっき借地・借家法の話が出ましたが、若干私は公明党と
意見が違うのですね。これは居座って、もうごね得みたいになってきている。建ぺい率も容積率も借地・借家法も、つくったときは非常に
意味があった。時代の変遷に従ってその
意味が非常に薄れてきている。それなのにかかわらず、それを変えていないというところに一番の問題点があると思うのですよ。だから私は、たまたまほかの国でだれが権限を持っているかということで、どうも地方
公共団体が持ち、
建設省がそれを見て多段階的な、要するに許認可制度の間で何か身動きならないようになっているのではないか。
〔
委員長退席、粟屋
委員長代理着席〕
さっきの調整区域を外すという話も大分進んできているようです。我々がわあわあ言っているおかげかもしれませんけれども、私は前から調整区域を見直せ、見直せと言っていますし、建ぺい率とか、そういったこともあると思います。そこはもう一遍過去の規制というものを洗い直してみる。果たしてこれでいいのかどうか。規制区域を設けて価格を縛るよりは、その
基本の、ばんそうこうか病根かといったときに、我々はばんそうこうばかり重点を置いて、そのもとになっている病根を取り去ることをもっと
考えなければいかぬ。
土地基本法というのは非常に抽象的に書いてあります。ここで需給関係のためどうのこうのと書いてありますけれども、ではどうするのだといったら、答えは出てこない。これはつくってから
考えますでしょうけれども、一番大きな根底には今までの規制の見直しというものがある。おっしゃったように、確かに
道路が狭いとかなんとかいうことは非常に大きな問題点になっていると思います。
それから、私がよくこういうことを言いますと、都会のど真ん中にあれしている我々が追い立てられる、こうおっしゃる。私はパリなんかに行ってみますと、御
承知のように、一階は専門店がある。上はいろいろなマンションに使ったり、オフィスに使ったり、そういうような町づくりもできるわけですね。このためには、
一つは権利関係の錯綜をどうほどいていくかということと同時に、みんなが協力してつくる場合にはそれに対してどういう融資制度を設けるとか、よく中曽根さんが、
野党に政権を渡すと固定資産税をばんばん上げて問屋街は全滅しますよ、こういうことを言うたらしいけれども、私はそのときに、問屋街でも高層化して一階、二階にオフィスを設け、あとは貸せば、つぶれるどころか不動産収入だってぱっぱと入るじゃないか。だから、そういう既成の、決まっている容積率、建ぺい率なんかを前提として固定資産税を上げればそういうことになるかもしれぬけれども、一緒に連動させればかえって彼らは不動産収益が上がる。
さっきちょっと
道路をつくるために
公共投資とおっしゃったけれども、
公共投資だけでやってはいかぬですよ。彼らに負担させなければいかぬ。私は、一番の問題点は、
日本の一番の富の不均衡は、
公共投資ということで何もかもやってやることだと思うのですね。その結果、その周辺の地価が上昇しても、それはみんな吸収しないわけです。だから
公共投資を持ってきたところはみんな得をしてしまうわけですよ。今の
東京の例えば建ぺい率、容積率を上げるために、どうも
公共投資が必要だ、その
公共投資の原資は彼らが負担すべきなんですよ。
私はこの前、どの委員会だったかな、ちょっと意地の悪い
質問をしたことがあるのです。つまり四谷から新宿まで、あの拡幅にどのぐらいお金がかかったかと聞きましたら、三千億円かかったそうですね。それはだれが負担するかというと、国道だから三分の二は国が負担するというのです。二千億円国が負担して一千億だけ
東京都が負担する。利益を受けるのは
東京の周辺のビル所有者であり、
土地を持っている人間ですね。
国民の、サラリーマンの税金を、国道であるがゆえに二千億ぶち込んで、その周辺は地価が上昇する。こんな不公平はないわけです。
だから、今あなたは、
公共投資をしなければいけない。その
公共投資はそこの住民が負担しなければいけない。でなかったら、消費税とかいろいろ言うときに、もっと支出体系を
考えろ、受益者が負担するというシステムがないと、これはまさに富の不公平になるのですよ。現在、
土地を所有している者としていない者との格差が非常に出てきている。
一つは無差別に行っている
公共投資のおかげですよ。私は論文の中で「
公共事業の神話」ということを書きましたけれども、私は演説するために来たわけではないのだけれども、
土地政策を
考える上に、どうして
日本は
アメリカあたりと比べてこんなに
土地の値段が高いのだろうか。
一つは、さっき言ったように供給が固定された中で、少ない供給の中で高い
需要がある。それがまた株と同じようにべらぼうな値段をつける。それで全部評価するから高くなっているわけですね。それ
といろいろな規制がある。規制があることが供給を狭めているわけですから。
私はここでちょっと
質問をしたいのですけれども、高層化のためには
道路とか区画整理とか、そういうのが必要だ。それとともに、ある程度の融資制度的な要素も必要だ。これについて
建設省、大蔵省はどう
考えているか。