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1988-12-06 第113回国会 参議院 文教委員会 第9号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和六十三年十二月六日(火曜日)    午前十時開会     ─────────────    委員の異動  十一月二十二日     辞任         補欠選任      中野 鉄造君     高桑 栄松君  十二月五日     辞任         補欠選任      高桑 栄松君     中野 鉄造君     ─────────────   出席者は左のとおり。     委員長         杉山 令肇君     理 事                 仲川 幸男君                 林  寛子君                 粕谷 照美君                 佐藤 昭夫君     委 員                 小野 清子君                 木宮 和彦君                 山東 昭子君                 世耕 政隆君                 田沢 智治君                 竹山  裕君                 寺内 弘子君                 柳川 覺治君                 久保  亘君                 安永 英雄君                 高木健太郎君                 中野 鉄造君                 勝木 健司君                 下村  泰君    国務大臣        文 部 大 臣  中島源太郎君    政府委員        文部大臣官房長  加戸 守行君        文部大臣官房総        務審議官     菱村 幸彦君        文部省初等中等        教育局長     古村 澄一君        文部省教育助成        局長       倉地 克次君        文部省高等教育        局長       國分 正明君        文部省高等教育        局私学部長    野崎  弘君    事務局側        常任委員会専門        員        佐々木定典君    説明員        人事院事務総局        給与局給与第二        課長       原口 恒和君        法務省刑事局刑        事課長      古川 元晴君        厚生省児童家庭        局母子福祉課長  炭谷  茂君        自治省行政局選        挙部選挙課長   田中 宗孝君     ─────────────   本日の会議に付した案件 ○教育職員免許法等の一部を改正する法律案(第百十二回国会内閣提出、第百十三回国会衆議院送付) ○参考人出席要求に関する件     ─────────────
  2. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) ただいまから文教委員会を開会いたします。  教育職員免許法等の一部を改正する法律案議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
  3. 久保亘

    久保亘君 ただいま議題とされております免許法等の一部を改正する法律案は、臨教審答申に基づく、いわゆる教育改革の一環として、重要な法案として提出されているものであります。そして、この法律をめぐっては教育界はもちろんのこと、多くの意見がございまして、国論が分かれているといってもよいと思うのでありますが、この法律の前提となりました臨教審、この臨教審の設置のときから臨教審最終答申に至るまで、臨教審審議に深くかかわってこられた高石事務次官、そしてこの法律の案の作成に当たっても文部省の首脳として重要な役割を果たされた高石さんに、ぜひこの際、今問題となっております一連事件等についてもお尋ねしなければ、この法律の発想の根拠といいますか、それからどういう動機のもとに行われたのか、そういうことについて国民の間に非常な不信がありますから、高石さんにぜひ御出席をいただいて、この際私からもお尋ねしたいことがあるということで、委員長にも我が党の理事を通じてお願いを申し上げておったのでありますが、高石氏はこの委員会出席されることは不可能なのでしょうか。委員長にまず伺っておきたいと思います。
  4. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) 久保君の質疑でありますが、理事会で検討いたしておりますので、理事会に御一任をいただきたいと思います。
  5. 久保亘

    久保亘君 理事会で御協議いただくことは結構でございますが、私はこの法案質疑に先立って高石氏にお尋ねしたいことがある、こういうことで申し上げておったはずでございます。しかしそのことに関して、何とはなしに高石さんはお見えにならないということでは困るのでありまして、高石氏と接触されておりますでしょうか。
  6. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) ただいまのところ接触はいたしておりません。しかしながら、各党の御意見をちょうだいいたしておりますので、理事会の方といたしましても、また委員長といたしましても、努力をする方向で進めてまいりたいと思っております。
  7. 久保亘

    久保亘君 では、この法案審議を進める中で、委員長としては高石氏の当委員会出席について責任をお持ちいただけますでしょうか。
  8. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) 久保君の質問に対しまして、責任を持って云々ということは理事会のこともございますので、理事会に御一任をいただきたいと申し上げるより方法がないと思っております。
  9. 久保亘

    久保亘君 私から委員長に対して、高石氏の本委員会出席を本法案審議の途中でぜひやっていただくよう強く要請をいたしておきます。  文部大臣にお尋ねいたしますが、あなたが高石氏にお出しになりました質問書に対しては回答が来ましたでしょうか。
  10. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) まず、私からお答えをいたします。  これは私が高石氏に質問をいたしたいと思いましたのはちょっと経緯がございまして、高石氏からまず十一月三日に記者会見を通じて御自分行為について御発表があったわけであります。そのときには一番早い方法というのは電話連絡が一番早い方法でございましたので、十一月三日、官房長をして電話連絡をいたしまして真意を聞いたわけであります。しかし電話では、とりあえず電話でございましたけれども、十一月六日には直接上京をしてもらって事情を聞いたわけでございます。ただ、その後もう少し具体に聞きたいということがございましたので、さらに上京を促しておったわけでありますが、その機会をなかなか得られない状況の中で、なるほどこちらから聞き及ぶ点を列記いたした方が質問に落ちがないであろう、またどのように答えてもらうか答えやすいであろうということで、それをメモにいたしまして、十一月の十四日と思いますが、こちらからの質問したい事項メモにいたしましてお渡しをした。  その後上京を引き続き促しておったわけでありますが、十一月十八日に再び地元で記者会見をされまして、そして真実は二十一日の衆議院証人喚問に応じてそのときに自分から申し上げる、こういうことでございました。そこでほとんど重要な点については御質問をいただき、答えられたと、こう思っております。ただ、その後もしまだ申し落としたという点があるならば、あらゆる機会に公表してもらいたいということを伝えておるわけでございまして、したがって、その質問事項について直接答えてきておるという事実は現在までございません。
  11. 久保亘

    久保亘君 文部大臣高石さんとこの問題が明るみに出てからお会いになりましたか。
  12. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 実際申し上げまして、この問題が出てからというのは、十一月三日以降直接お会いしておりません。
  13. 久保亘

    久保亘君 随分文部省というのはなめられているんじゃないですか。あなたが直接、たとえそれは私的文書であっても、文部大臣が送られたものに、前次官文部行政全体に大きな問題を引き起こすようなことをやっておって、返事もしない。あなたのところにそのことについて釈明のために訪れもしないなどということは、これは非常にけしからぬ話だと私は思いますよ。  それで、十一月三日に本人が妻がやったというその話をされる前にも、文部省は何回か本人に対して問題はないんでしょうなということを問い合わせられているんじゃないですか。何か官房長がおやりになったというふうに聞いておりますが、そういう事実がありますか。
  14. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) いろいろな情報が流れておりまして、高石次官が株を購入したのではないかというようなうわさ等がございまして、私の記憶では多分三回だったと思いますけれども、その事実確認をさしていただきまして、その時点ではそのような事実はない、大丈夫だというようなお返事はいただいたということはございます。
  15. 久保亘

    久保亘君 文部省としては、いろいろ心配をされておったからこそ聞かれたんじゃないですか。何にもないところにそういうことを問い合わせるということは、今度は逆に非常に失敬なことですよ。それだから、そういうことをわざわざお聞きになるということは、文部省としてもどうも心中穏やかでないものがあったから、恐れながらということで前のあなたの上司に対して聞かれたわけでしょう。大体文部省が、妻がやったとかというような発表があったときに、それからまた文部省事前に聞かれて、呵々大笑して大丈夫だと本人が言ったというようなことを新聞にも書いてありますが、そういう経過があってそういうふうに変わってきたときに、文部省次官室で、いわゆるサラ金会社ファーストファイナンス小林社長高石次官が会った事実というのは文部省は知っておったんじゃないですか。
  16. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 私どもは全く承知しておりませんでした。
  17. 久保亘

    久保亘君 次官室を訪問する人というのは、秘書官のところには記録はありませんか。
  18. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 毎日来客が多いわけでございまして、主要な日程等は、それぞれ当日の日程表等はあると思いますけれども、どのような方がどんな用件でお見えになったかということは記録は残っておりません。それから当時、高石事務次官は開かれた次官室ということで、ドアをあけてなるべく来客にはたくさんお会いになっていたということがございますので、そういった記録等は残っておりません。
  19. 久保亘

    久保亘君 話の内容文部省記録に残るはずはない。幾ら開かれた次官室でも、恐らく株の取引をおやりになるときには閉められていたと思いますから、そんなばかなことはない。しかし、ファーストファイナンス小林社長文部省を訪ねて次官にお会いになるということは、これは幾ら開かれた次官室でも突然行ってそんなことできますか。そんなことはできないでしょう。私たち次官にお目にかかるんだって、ちゃんと連絡して、そして時間を決めてもらって、それでないとお会いできませんよ。それで、そんなにリクルートとは木戸御免で自由に出入りできるような次官室になっておったわけですか。
  20. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 大体多くのケースはそうでございますが、次官室にお見えになる方は事前電話予約をとられまして、何日の何時ということでお見えになるのが通例でございますし、このファーストファイナンス小林氏の場合も電話予約をとられてお見えになったものと思っております。
  21. 久保亘

    久保亘君 では記録が残っているわけです。お見えになったということは調べればすぐわかることです。しかもこれだけ大きな問題が起きているときに、リクルート関係者文部省事務方最高幹部のところを訪ねたということがなぜわからない。それで、これは母ちゃんがやったと言ったら、ああそうかと、しかしそういう場合でも母ちゃんにかぶせるのはなというような話で済ましておくというのが私はおかしいのであって、本当にそういうことについて文部省が疑問をお持ちになっているなら、調べればすぐわかることです、だれが来たということは。そんなに古い話じゃないでしょう。十年も二十年も前の話じゃない。  だから、そういうものをきちっとおやりにならぬところに、今度の高石問題についての文部省の対応というのは非常に私は手ぬるいのではないか。何もあなた方が人を裁く立場にはないんだから、我々もそうです、だからそういう追及をやれと言っているんじゃないんです。事実関係を明らかにするということは、これはこういう問題が起きて文教行政信頼の根幹にかかわる問題なんだから、きちっとやればできることです。それが後からわかってきて大慌てをするというようなことは非常に遺憾なことだと思うんです。  私は、今いろいろな方にお会いをしまして、それで今度の高石問題についての意見を伺うことがたくさんございます。その中で、文部省が、あれだけ道徳教育を言われ、現場に対して服務規律を厳正にやれということを事あるごとに言っておられる文部省がということで大変な衝撃を受けている。現場教師もそうです。校長の中にも、父兄に道徳教育の話をするのにちょっとちゅうちょせにゃならぬような気持ちがしますと言われた方もありますよ。一般の子供たちの両親にしてみても、文部省がという気持ちはもう非常に強い。だから高石個人の問題じゃないんです。文部省。だからこのことに対して文部省は、国民、そしてその国民の一部である今現場教育に携わっている教師たちに対して、文部省としてきちっとした一言あってしかるべきだと私は思っておりますが、大臣いかがですか。
  22. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 私どもも今度の一連行為、こういうものは文教行政に対する信頼を損ねるという点において、一番心を痛めている点でございます。この点で私は省内に対しましても、長い歴史の中で積み重ねられた教育行政、そして特に二十一世紀を担う青少年と同時に、たまたまことしの七月に生涯学習局を設置いたしまして、あらゆる年代方々に生涯をかけて学び補い、学び加えていただくということを提案している文教行政でございますので、あらゆる年代方々から文教行政は今ほど注目されているときはない。しかも、その文部省で禄をはんだ者行為としては甚だ恥ずかしい行為である。これは単に個人を非難して終わるものではなくて、文教行政に対する信頼を取り戻すにはこの三倍も五倍も努力をいたさなければならぬということを痛切に感じておるところでございます。  まさにおっしゃいますように、この高石個人に対しましては事実を明らかにするという点で最善の努力をいたしたつもりでございます。御当人から私に対しましては、御迷惑をかけたという陳謝の言葉は、電話並びに名刺を置いていかれましたのでその気持ちは酌み取ることができますが、しかしそれならば、私が残念に思いますのは、なぜ一番身近な文部省の者に真実をいち早く打ち明けてくれなかったのかということが私にとっては大変残念でございました。その点は私に徳がなかったのであろうということで反省もいたしておるわけでございます。  今、先生のおっしゃいますように、自分の事実を開陳されましたその内容が二転三転をいたしました。しかも結果的には、御自分が知っていながらそれを糊塗しようとした、あるいは他に転嫁をしようとしたということを酌み取られてもいたし方のない点でございまして、こういう点は甚だ残念だったと、こう思っておるわけでございますが、私どもは事実を明らかにしたいということにつきましては努力をいたしてきたと思っております。ただ、これからは個人に対するものと同時に、文教行政信頼を損ねた分を埋め合わせ、さらに高めていくために全力を挙げなければならぬ、このように心に定めながら努力をいたしておるところでございます。
  23. 久保亘

    久保亘君 大臣に徳がなかったのではなくて、大臣に徳があり過ぎて向こうが近寄れなかったんだと私は思っております。これはまじめに私は言っているんです。  それで、今三倍も五倍も努力して文教行政信頼を取り戻したい、それは文部省自体の問題でございます。私は、今度の高石問題に対して、文部省現場教師国民全体に対してきちっと謝罪をすべきだと思うんですよ。そのことが文部省として絶対おやりにならなければならぬことです。私は地方を回って非常にそのことを強く感じております。そうしないと、幾ら三倍も五倍も諸君これから努力しろよと省内におっしゃっても、文教行政信頼は取り戻せません。そのことをぜひ大臣に言っていただきたい。
  24. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 私も省内に対して申し上げたと同時に、文教行政信頼を損ねるということはあらゆる青少年からお年寄りまで、また、教育に携わっておられる方々、こういう方々に対する信頼を取り戻さなければいかぬということで申し上げた次第でございまして、私は今回の一連行為文教行政信頼を損ねた残念な行為であったということを申し上げると同時に、また、私の代になりましていろいろと開陳されました事実が二転、三転をして、これまたやはり文部省に長く奉職した者の行為としては理解できないという点を申し上げつつ、その点が那辺にあったかということは私自身にも責任があったことであろうというおわびを申し上げておるわけでございます。  この点は文部省見解と申しますか、この院の委員会で申し上げることが公式の見解というふうにお酌み取りいただいて結構であると。また、私もこの委員会を通じての御議論というものは広く国民の各位に対しまして申し上げていることというふうに認識しながらお答えをしておるところでございます。
  25. 久保亘

    久保亘君 もし次官室においてリクルート関連会社小林社長とこのリクルートコスモスの株の譲渡の話し合いが行われたということが在任中に明らかになっておりましたら、これは当然公務員として処分せらるべきものであったと思いますが、いかがですか。
  26. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 私は、行政にあります者は職務専念の義務というものがまずあると思います。そして自分行政に使われるべき神聖な職場というものは、まさにその職務に専念すべき神聖な職場である。したがって、いろいろな御来客、いろいろな陳情はありましょうとも、少なくともたとえそれが個人経済行為の範疇に入るものでありましても、そういうものに使われるということはまことに残念でありますし、もし現職の時代にそれを知っておれば厳しく戒めたであろうと、このように考えております。
  27. 久保亘

    久保亘君 今、新聞を毎朝見ますと、高石さんというのが載ってない日はない。それで非常に私たちも困ります。  ここにちょっと新聞に書かれた記事なんでありますが、   まだ在職中だが、退職後には政治家を志す。しかし、金も知名度もない。さて、どうするか。出張を利用して郷里を回り、顔を売り込む。金は、値上がり確実な未公開株を買い、売却益をあてにする。退職後はパーティーを開き、名前入り記念品選挙区に配る▼次期衆院選に出るというリクルート疑惑の渦中の一人、前文部事務次官高石邦男氏の手法は、官僚から政界へ転身するノウハウを余すところなく見せてくれた。地盤、看板、カバンが労せず手に入るやり方は、これまで多くの転身官僚が使ったのだろう▼それにしても、この人、ちょっとひどすぎはしないか。次官在任中の二年間に三十六回公務出張して、うち十一回も きょうの新聞によるともう一回ふえて、十二回になっておりますが、  うち十一回も出身地の福岡に足を運んでいる。この中には通常なら次官が顔を出さない式典もあった。そこで一席ぶつ講演は「これからの日本における教育」だったりする 特にこれは「これからの日本における教育」と書いてありますが、実際は日本の心と教育の将来というのがお得意のテーマのようでありますね。  「語る会」と名づけたパーティーの券は、一枚二万円。出身母体文部省では、約三百人の課長補佐以上の幹部に届け、全国の教育委員会にも、講入の誘いをかけた。総売り上げは三億円ともいわれる。選挙準備事務所不動産会社無償で提供し、そこで働く一人は、かつて鹿児島大学の経理部長を務めていたという。教育界の何とも不可解な面がのぞく▼高石氏が譲り受けた一万というリクルートコスモスの株数が「千単位しか譲渡されなかった陣笠代議士と違うところ」と、後援会幹部は逆に”大物”ぶりを誇る。後援会の長老が出馬辞退を勧めれば「あの人は、もともと私の出馬に積極的でなかった」と開き直る▼皮肉なことに、リクルート疑惑名前はぐんと売れた。そういえば、在職中は”ミスター心臓”のニックネームがついていたそうだが、政治家を志すには、こんな強心臓選挙道具の一つかもしれない。  これは三十万部出ている非常に大きなローカル紙記事であります。こういうことを毎日毎日書かれて、今教育に携わっている人たち大変肩身の狭い思いをしています。こういうことについて大臣は大変深刻にお考えのようでありますが、文教行政をつかさどる文部省全体として、私は深刻に受けとめてもらわなければ困ると思いますよ。そして、しかもこのリクルートに端を発した高石問題というのは、今やリクルートの問題を超える大変大きな問題となって、毎日マスコミをにぎわしているわけです。そのことについて少しお尋ねしたいと思います。  まず、リクルートのことですが、高石さんは自分でも十年来江副氏とは家族ぐるみの親交があったようなことも言われたことがございますが、考えてみれば文部省認可した財団法人高等教育研究所というのがもう十年近く前にリクルートの施設を無償で提供され、そしてその資金三千五百万円のうちの三分の二も江副さんのリクルートの方で負担をしたということがございます。この事実は文部省は御存じですか。
  28. 國分正明

    政府委員國分正明君) 御指摘の財団法人高等教育研究所でございますが、昭和五十四年の三月に設立されております。現在、基本財産として三千万円、これは国債で持っておりますが、ちょっと設立当時の事情はっきりいたしませんので、そのうちリクルートないしは江副さんが……、失礼いたしました。三千万のうち、二千万円はリクルートセンター代表取締役江副浩正氏からの出捐であるというふうに承知いたしております。
  29. 久保亘

    久保亘君 これはこの財団認可になりますときは高等教育局所管でございますね、この認可は。そうすると、当時、しかもこの財団理事長は元文部次官天城勲氏が就任されておりますが、この財団リクルートがかかわってきますときに、既に文部省リクルートと非常に深い関係をお持ちだったわけですね。なぜならこの高等教育研究所というのは天城さんが理事長、そして江副筆頭理事、そのほかにトヨタの会長とか、ソニーの会長とか、元東大学長とか、元早稲田大学学長とか、こういう人たち理事に就任をされてつくられておりますね。  大体、この高等教育研究所というのは何をやっているんですか。
  30. 國分正明

    政府委員國分正明君) 高等教育研究所の目的でございますが、寄附行為によりますと「高等教育に関する調査研究を行い、その成果の普及を図り、もってわが国の高等教育の充実・発展に資する」、こうなっておりまして高等教育関係に関しますいろいろな調査研究あるいは研究会開催等を行っているというふうに承知いたしております。
  31. 久保亘

    久保亘君 天城さんは今文部省顧問ですか。
  32. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) さようでございます。
  33. 久保亘

    久保亘君 では、この高等教育研究所というのは、文部省と直接かかわりますね。
  34. 國分正明

    政府委員國分正明君) 文部大臣所管財団法人でございますので、文部大臣がこの財団法人に対して民法上の監督権は持っております。
  35. 久保亘

    久保亘君 しかも、現職文部省顧問理事長をされているわけですからね。そして、この高等教育研究所は、国立大学学長経験者などが関係をして、そして高等教育発展に関していろいろと研究調査を行っているということでありますが、リクルートがなぜこういう財団に対して事務所を丸ごと貸して、無償ですよ、そして基金も三分の二リクルートが負担する、そういうことになったのでしょうか。
  36. 國分正明

    政府委員國分正明君) 設立当時の細部の事情につきましては、ただいまのところつまびらかにいたしておりませんが、当時、IDE、これは任意団体でございますが、民主教育協会というのがございまして、これは昭和二十九年以来、大学人によって組織されておりまして、いろいろな大学問題に対する研究活動を行っておりました。  その資料によりますと、やはり財政的に大変厳しい状況にあるので、その姉妹団体として財団法人をつくって、財政基盤の確立をその面から図ってまいりたいというような資料等もございますので、そういった事情のもとにリクルートのいろいろな援助というものを仰いだものであろうというふうに察しているところでございます。
  37. 久保亘

    久保亘君 文部省リクルート関係というのは、だから具体的に十年も前からあるわけです。そういう中で文部省リクルート関係が次第に深くなっていって、高石さんで頂点に来たと、こういうことだと私は思うんでありますが、もともとこの高等教育研究所なんというのが、大体こういう財団をつくって、こんなことをやらなければならないいわれは私は少しもないと思う。ちゃんと文部省は国費を使ってやるいろいろの機関を持っておられるんです。国立大学協会もあれば、そういうところで大学入試の問題もここで研究しているということでありますが、高等教育研究所が大学入試に関して何かすぐれた意見を出して、それを私ども見してもらったという経験はないですね。だから、要するに、考えようによっては、リクルート発展のために非常に文部省が寄与する財団であったということにならぬかなという、ちょっと気がかりもするわけです。  もう一つ、日本女子会館をリクルートがその経営を肩がわりしているという事実はございますか。
  38. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 新聞で報道されたわけでございますが、日本女子会館がその運営の一部を、運営といいますか、会館の運営につきましてリクルート関連の、ちょっと記憶が定かでございませんが、ホテルデン晴海に委託をしたということが載っておりますが、それは日本女子会館の運営上の問題としてそのような措置がとられたわけでございまして、文部省関係する事柄ではないと思っております。
  39. 久保亘

    久保亘君 そんなことはないでしょう。この日本女子会館を経営していた財団というのは文部省認可している財団じゃありませんか。
  40. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 文部省認可法人でございます。
  41. 久保亘

    久保亘君 じゃ、文部省関係あるじゃないですか。そして、これらの会館を経営している法人についても文部省関係人たちがいずれも関係してきている問題じゃありませんか。だから、リクルート文部省関係というのは非常に古くから深い仲なんですね。  ところで、昭和五十四年というのは、高石さんは何をされておりましたか。それから、女子会館をリクルートに肩がわりしたとき、経営肩がわりをやったときには、高石さんは何をされておりましたか。
  42. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 認可されましたのが昭和五十四年の三月でございますが、その時点では初等中等教育局の審議官をいたしておりました。それから、日本女子会館が経営をリクルート関連グループのホテルに委託しました時点は、文部事務次官でございました。
  43. 久保亘

    久保亘君 だから、いずれもこれらのことについてはリクルート文部省高石さんとの関係というものは、私は深くかかわりがあるということを指摘しておかなければならぬと思うんです。  ところで、リクルート文部省幹部文部大臣を講演にしばしば招聘をしているようでありますが、こういう事実が報道されたように実際にあるんでしょうか。
  44. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 歴代の文部大臣につきましては経過を御報告をいたさせます。  私に関しましては一回、一月二十二日にリクルート主催の、これはお集まりになったのは大体私学の方々教育関係者方々だと承知をいたしております。そして、その場合の表題はちょっと語尾は忘れましたけれども教育改革について文部省の方向を説明しろと、こういう御注文であったと思います。私は就任から三カ月目でございましたけれども、たまたまことしは教育改革本格実施の年ということで、これから文部省が行っていきます教育改革について少しでも御理解をいただくという意味では大変いい機会だというふうに私は率直に思いまして、そしてこれはパレスホテルで開かれましたものでございます。私参りまして短時間でございましたけれども、私としてはその内容の是非は大したことは申せなかったかもしれませんが、私としては誠心誠意文部省のあり方、これからの方向についてお話をいたしたつもりでございます。
  45. 久保亘

    久保亘君 大変聞きにくいことでございますが、リクルートは、文部大臣やその他の方々を講演に招聘をいたしますと、常識では考えられない講演料を支払ったということが報道の一部にございますが、そのような事実はございますか。
  46. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 私に関してお答えをいたしますが、そのような事実はございません。また、私のときには江副社長は退いておられまして、その場にも御出席なしということでございまして、位田社長がごあいさつをなさった。後は私が文部省の方向について誠心誠意御説明をいたした、こういうことでございます。
  47. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 文部省幹部職員がリクルート主催の講演会等に参加した事実が報道されておりますが、これらにはそれぞれの、例えば就職協定の問題であるとか、あるいは著作権の問題であるとか、その方々が専門領域としての知識あるいは啓蒙という観点から御協力を申し上げたものと理解いたしておりますけれども、謝金につきましても通常の、例えば他の類似ケースと同様な扱いでございまして、特段多額なものではないという形で報告を受けております。
  48. 久保亘

    久保亘君 向こうも招聘したんですから常識的な講演の謝礼を支払うということはあり得ることでしょうが、一部の報道によりますと非常に多額なものを支払ってきたというようなことがございまして、こういう問題は今大臣御答弁になりましたから、私大臣の御答弁を信頼しましょう。きちんとしておいた方がいいと思ったのでお聞きしました。  次に、生涯学習振興財団がなぜ福岡県の町につくられたのか、この辺の事情文部省おわかりでしょうか。
  49. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 私どもが把握しております限りでは、もともと当該地域におきまして学校法人帝京大学が九州帝京短期大学を昨年の四月でございますが設立をいたしておりまして、そういった短期大学を設置したという経緯もございまして、地域の振興に資したいという視点から、文部省が進めようとしております生涯学習振興事業に財団をつくりたいというお話がございまして、高石次官がその地元でございますので、個人的な立場で御相談に乗られたことと思いますが、そういう趣旨で福岡の、いわゆる九州帝京短期大学が存在する地域というような観点から、学校法人帝京大学が寄附をいたしまして財団設立されたものと理解いたしております。
  50. 久保亘

    久保亘君 今のよくわからないところがありましたが、文部省の生涯学習振興事業に沿って帝京大学が財団をつくりたいということで話があったと。これ高石さんにあったんですか、文部省にあったんですか。
  51. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 文部省に御相談といいますよりは、高石事務次官がその地元の出身の方でございまして、事務次官でございました高石邦男個人としての御相談に乗られたことと思っております。
  52. 久保亘

    久保亘君 何か高石さんの方はそういう言い方もおありになるようですが、しかしそういうことが考えられますかね。八億という出資をしてそして帝京大学がみずから主体的につくった財団であれば、今後帝京大学は学校法人としてこの財団に対してかなり資金を投じていかなきゃならぬはずですよ。そういうものを、理由はわかりますが、つけられますが、そこに短大つくったから地域に奉仕したい、そう言えばなかなか立派なことだ。しかし普通そういうことが考えられますか。高石さんの方から、今度おれ次官やめるので実は次のことを考えておるから自分の郷里にこういう財団をつくりたいがひとつ帝京大学として積極的にこの話に乗ってくれぬか、こういうことが次官室でやられたんじゃないですか。あなた方は知らなかったと言われるから、これはもう推測の域を出ない。だからそういうことを私は高石さんに来てもらってきちんとしてもらわなければ困ると思っているんですよ。そうしないと、八億円というお金はまあそう小さな金額じゃありませんね。私立大学というのはそんなに右から左に、おれ次官やめたから、今度財団つくるが君のところから基金を八億入れてくれぬかということになったら、そんなに簡単にいくものですか。文部省は私学に対しても助成を行い、監督もされているんですが、私立大学というのはそんなものですか。
  53. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 生涯学習振興財団設立の経緯につきましては、去る十一月二十一日に衆議院リクルート問題に関する調査特別委員会に宣誓の上で高石次官が証言をされておりますので、その内容を私ども真実だと思って承っておるわけでございますが、なお寄附の問題につきましては、学校法人帝京大学が資産の運用によって生み出された金を寄附されたものと理解いたしております。
  54. 久保亘

    久保亘君 これだけ問題になってきて、そしてほかの私立学校にとっては大変迷惑な話ですよ。私学助成の見直し論なんというのを、これをとっかかりにして大蔵省は今盛んに言っておるようだし、文部大臣も私学助成についてどうしたらいいだろうかということで心配されて、党の部会にも御相談になったという報道もございますけれども、えらい迷惑な話です。  資産運用で八億円生み出して寄附したんだと聞いておるという話ですが、それを聞いて、ああ立派なことをやったな、そう官房長思っているの。そんなに簡単に私学というのは何億という金をぽっと右から左に資産運用で、株や土地転がしでぱっとやれるんですか。とにかく二十五億円も毎年私学の経営上必要だからということであなた方が予算を組んで出している大学ですよ。そこが高石さんが今度やめられたから、あの人の選挙区になるであろう場所に財団の一つもつくりましょう、八億円ちょっと、どこぞの駅前の土地売ったらえらいもうけましたのでと言って、それで八億円ぽっと持っていく。そんなことはこれは私学の場合には普通のこととして文部省何とも思いませんか。
  55. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) この点はお答えが二つに相なります。  生涯学習振興財団、これに対しまして一私学、学校法人が八億の寄附金をいたした。一方で二十四億強の私学助成を受けておるということでございます。これは一般の方々が見て非常に不可思議に思われる。そういう疑問を持たれるということは当然であろうと私は思いますので、これに対してははっきりお答えをする必要があると思っております。  そのお答えの一つは、それぞれの経過を法に照らしてみますと、すべての点で適法でございます。したがって、まず適法でありますということをお答えをいたします。ただ、それが適法であるからといってすべての御疑念が氷解するだろうか。逆にそれが適法であるということによりまして私学全体が経営が甘いのではないかということになっては、一生懸命教育に携わられ、そして余力もなしに日々大変な御苦労をなさっておる多くの私学の関係者方々の御努力を損なうことにも相なるであろう。また、逆に立法の精神からいたしますと、そこに就学をされております幼児、児童、生徒、学生諸君の負担の軽減をいたすということが私学助成の根本の精神でございますので、その点をおもんぱかって、さてそれではどのようにこれを処理したらよろしいのかという点につきましては私もいろいろ考えてみました。  ちょっと長くなりますが、考える上におきまして三点考慮せねばいかぬのであろう。一つは立法の精神でございますが、立法の精神は今申し上げたようなことから、あえて経営内容は参酌しないという立場をとって今日まで運用をしてまいったわけでございます。その法律に誤りないとするならば、それでは運用面で何か考えられる余地があるであろうかという点でありますが、第三点は、一方に私学の自主性を尊重するという精神もございます。  私学の自主性を尊重しながらとり得る方法があるであろうか。これも私どもとしては鋭意研究しなければならぬ問題でありますが、この立法が議員立法であったという点も踏まえまして、私ども行政上の選択肢は非常に安易に立法府の御精神を損なわないようにいたさなければならないという点がございますので、その点でこの処理につきましてはいろいろお知恵を拝借する部分が多いということでお知恵の拝借をお願いしたという点でございまして、私どもはこれをなおざりにする気は毛頭ございませんが、一方におきまして私学のあり方、特に幼稚園、大学におきましては七割が私学でございますし、その重要性、それから経費負担の軽減ということからはまだまだ一方におきましては私学助成は必要だとまた先生方からも言われておる中でございますので、この学校法人の一点をもちまして私学全体が誤った目で見られるということだけは避けていきたい、これを専一に今考えておるところでございます。
  56. 久保亘

    久保亘君 大筋において大臣の言われることはよく理解ができます。私も私学助成の立法の精神、そういうものについては同感の点が多いんです。  ただ、こういう帝京大学が今度やりましたようなこと、しかもどんなに理屈を言ってみたって国民はこれに理屈をつけてもそうは思わないんです。これはもうリクルートの疑惑から一切絡めて、それで何で高石さんの郷里にわざわざ帝京大学が巨額を投じて財団をつくったんだろう、この財団は何をするんだろう、そうすると財団設立記念ということで高石さんの名前を書いた看板が一万本も立ったというんだな。そしていろいろな疑惑のつめを切ってくださいというのでつめ切りを配られたそうです。それでそういうことをおやりになって、これでこの財団が本当に文部省の生涯学習振興事業の一環としてこれは極めて望ましいものであるとだれも思わない。やっぱりこういう疑惑の渦中に、しかも私学助成に関連をして、それこそ大臣が言われるように、一生懸命学生や生徒の立場に立ってやっておるその私学に少なからぬ迷惑を及ぼすかもしれないようなこういう財団は解散させる、きちっとするということが一番大事なことじゃないですか。この財団をつくられるときに、しかも財団理事になられる方々も相談された方も全部文部省関係者でしょう。高石さんが北九州の教育長のときに吉久県教育長がいた。この吉久教育長がこの理事になっておられる。そして認可した今の教育長も文部省から行っておられるのかな。全部文部省関係者がやっているんだ。だからこういう財団、疑惑の中に生まれている財団は速やかに解散させる。本人責任を感じたからこそ財団理事長をやめておるんですよ。  ただ、私わからぬのは、選挙活動に専念するため理事長辞任する、こういうことだそうですね。選挙をおやりになるのは勝手だ。それはおやりになればいいでしょう。有権者が判断することです。しかし選挙活動に専念するため理事長の職をやめる、そんな無責任財団理事長だったのなら、こんな財団は絶対に国民の役に立たぬ。これは解散させるべきだと私は思いますが、大臣いかがですか。
  57. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 貴重な御意見として承っておきます。そして、どのような方法がとれるか検討してみたいと思っております。
  58. 久保亘

    久保亘君 そして、この帝京大学の八億円寄附が私学助成に対してその財政的な見直し論の根拠にされたりすることがないように、文部省は私はきちっとこの問題の始末をつけていただきたい。よろしゅうございますか。
  59. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 私もそのように考えております。  その一つは、重々一般の方々に知っていただきたいのは私学助成の精神でございまして、これは私学の置かれた立場の重要性、それから私学に通っておられます方々並びにその御家庭に対します経費負担の軽減、これが精神の一番のもとでございますから、その点におきましては、与野党の先生方からもおっしゃっていただいておりますように、私学助成の充実はさらに必要であるということを前提に、だからこそ一点の曇りもないものでなければならぬという点で努力もいたしてまいりたい、このように考えておるわけでございます。
  60. 久保亘

    久保亘君 もう一つ私学についてお尋ねしたいことがございますが、私立大学は大学に直接職務を持ってもらわない人を顧問にしてお金を払ったりすることがどこでもやられているんでしょうか。
  61. 野崎弘

    政府委員(野崎弘君) これはどのような形で学校の中の組織を設けるか、これは私立大学それぞれの学校法人が判断するところでございますので、それぞれの学校の判断だと思っております。
  62. 久保亘

    久保亘君 高石さんが次官をおやめになって間もなく八幡大学の顧問におなりになって、八幡大学は毎月三十万円ずつ顧問料として高石さんの口座に振り込んでいるそうですね。大学にいらっしゃれば上げるんでしょうが、恐らくお見えにならぬから振り込むんでしょう。そんなことが私学では全然異常なことではないんですか。
  63. 野崎弘

    政府委員(野崎弘君) 個々の私学のやっていることでございまして、私ども必ずしも実態を十分把握しておりませんけれども、それぞれの必要性に応じてそのような判断をされているんだと思います。
  64. 久保亘

    久保亘君 そうだろう。八幡大学には必要性があるんです。八幡大学を近く国際商科何とか大学とか名前を変えて新しい学部を来年の四月から発足させるというのでその準備をやっておるんです。それだから高石さんを顧問にしておけば何かと文部省認可を受けるのに都合がよいという必要性はあるでしょう。しかしそんなことがやられていいんですか。だから今あそこの教授会では高石さんに顧問料を払うぐらいなら授業料の値上げをするなと言って教授会をやっているでしょう。こんなことが、必要があればそういうことがあるでしょうというようなふうに、文部省はその程度しかお考えになりませんか。今のような文部行政信頼を損なう非常に重大な時期だと大臣がお考えになっているときに、こんな問題が出てきたらなぜ調べないのか。どういういきさつで、なぜ彼を顧問にして、そして顧問料を支払うことを理事長は決めたのか。そういうことをなぜ調べないんですか。それは八幡大学の都合でしょう、そういうことで文部省は一切お構いなしということですか。
  65. 野崎弘

    政府委員(野崎弘君) 学校法人の運営の必要上ということで申し上げたわけでございまして、大学の設置認可等は、これは御存じのようにそれぞれの審議会の議を経て、そちらの議を経て文部大臣認可をする、こういうことでございまして、そちらの方とは関係がない、このように考えております。
  66. 久保亘

    久保亘君 聞いたことに答えなさいよ。そんなことは、大学が必要があれば顧問にして報酬を支払うということは私立大学では普通のことということなら、必要のある大学は幾つもそういう委嘱をするでしょう。そんなことを平気で引き受けられるところに問題がありはしませんか。今あなた、選挙運動に専念するために財団理事長もやめにゃならぬ人が八幡大学の顧問になって、そして大学のために大いに貢献している、そういうことが言えるんですか。文部大臣、こういうことはどうお考えになりますか。
  67. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 八幡大学顧問の経緯につきましては、高石次官が退官後、退官あいさつに伺われたときに、八幡大学の方からいろいろ今後の八幡大学の運営についてお知恵をおかりしたいというようなお話があってお引き受けになったと聞いておりますが、経緯的に申しますと、高石次官は北九州市の教育長の経験がございまして、地元の大学でございますから、当時からいろいろとその幹部の方とは御関係があったと思いますけれども在職中の豊富な教育経験を八幡大学の今後の運営のあり方について生かしていただきたいという趣旨でのお申し出があったものを受けた、つまり協力申し上げるという形でお引き受けになったものと理解いたしております。
  68. 久保亘

    久保亘君 あなたのそういう理解しているという推測じゃだめなんで、やっぱりこういう問題に対しては、今大きな不信の中で出てきている一つの問題なんだから、どういうことなのか、そしてどういう契約になっているのか、そういうことを調べてみる必要はあるでしょう。まだ幾らでもあるんですよ。それで、あなた方がそういう、これはあなた、地元で教育長をやっておったから、文部省次官をやっておったから大学がぜひ知恵をかりたい、力をかりたいということで頼んだんでしょうと、そういうことで片づけられるなら、今後も文部省としてはこういう問題が起こり得るということなんですね。  それから、最近しきりに報道される次官在任二年間に三十六回の国内出張で、そのうちの十二回は福岡行きであったというようなことは、これは大臣、やっぱり異常なことでしょうね。
  69. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 内容をちょっと答えさせましてからお答えしたいと思います。
  70. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 確かに回数として福岡県への出張が多かったわけでございますが、これは高石次官が、先ほど申し上げましたように福岡県の出身であり、かつ北九州市の教育長も経験されたという観点から、それぞれの例えば講演会の依頼、要請等も多かったし、あるいはそれぞれ例えば九州大学その他におきますいろいろな行事等についてお呼びを受ける機会が多かったものと考えております。
  71. 久保亘

    久保亘君 そして、文部省事務次官というのは、自分の意思で出張を決めて、どこへ行くということも自分で判断してどんどんやれるんですか。
  72. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 出張の命令権者は文部大臣でございますが、実際問題としては事務次官がそれぞれ地元の要請等を受け、自分で判断をされ、日程等の都合がつけばおいでになる、そういう形で運用されているのが実情であると思っております。
  73. 久保亘

    久保亘君 そうすると、例えば九州大学の視察ということで行って、演習林に二十分ほどおって、後は選挙区回り、そういうのも次官が必要と認めれば自分でどんどん決められるというんですね。そうすると、政府の諸官庁のトップにある人、事務方のトップにある人というのは、もし選挙に出ようと思ったら在任中に大いにその職権を利用して選挙運動をこれ努めなければならぬ、こういうことなんですね。
  74. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 出張につきましてはそれぞれ正当な用務がございますれば出張命令が可能なわけでございまして、あくまでもそれは公務としてあるいは用務としての出張をいたしておるわけでございます。なお、その出張の際に、例えば余分な時間帯をどのように使われたかという一々のチェックまではいたしておりません。
  75. 久保亘

    久保亘君 あなた方、学校教育現場教師たちが必要な研修や必要な会合に出ようとしても非常に困難な状態にあることを知っているのかね。行政官庁で、あなた方は監督権限を持っているからということで、それで次官の地位を利用すれば、自分が必要と認めれば自分で決裁できるとあなた言っているんだからね。そんなことがやられておって、よく教育現場に対してあなた方がああせい、こうせいというようなことを通達文書を流せるものだと私は思う。そんなばかなことはないですよ。率直に、こういう問題はこれは望ましいことではなかった、行き過ぎであったということを認めなさい。へ理屈をつけて、これは当然のことだと言わんばかりの答弁をしておったんじゃ納得できぬ。
  76. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 先に政府委員からお答えさせましたのはやや時系列的な面もあろうと思ったわけでございます。三十数回、うち十一回あるいは十二回でございますか、その時系列的な表が手元にございませんけれども、私が申し上げたいのは、少なくとも高石氏が次期の選挙のことを頭の中に考えておるのではないかというような発言が文部省から外であったということがたしか五月、連休の前後であったと思いますが、私はそのとき、やはり委員会でもお答えをいたしましたとおり、その時点で、行政にあります者は職務専念の義務があると。少なくとも当時はまた通常国会、百十二国会の重要な時点でございました。与野党の先生方からいろいろ御熱意ある審議をいただいておる最中でありまして、ましてや行政の職にある者が次の自分の身の振り方を考えることすらおかしいということでこれを強く戒めた記憶がございます。以後、百十二国会が終わるまで一切の行動は禁ずる、それからその件に関する相談にも乗らないということで強く戒めたのが五月の初旬であったというふうに記憶いたしております。  その後どういう行動があったかでございますが、少なくとも私の知り得た以後は、仲間としていさめたということが記憶に鮮明にございますので、御報告をいたしておきます。
  77. 久保亘

    久保亘君 ちょっと法案質疑もせにゃなりませんので少し急ぎますが、高石さんが文部省をおやめになってから「高石邦男君と語る会」ですか、お開きになった。これはおやめになってからおやりになったことでとやかく申し上げるつもりはございませんが、この中でちょっと気になりますことは、文教行政、特に教育そのものと非常にかかわりの深い教科書会社にパーティーの協力を求められた。このことについては、以前に教科書会社の政治献金をめぐって問題がありまして、その後、教科書業界は協会として一切政治的なものには応じないということを守ってこられたと私は聞いた。内容はどうだったか知りませんが、少なくともそういうことであった。ところが、今度はほかならぬ文部次官からの要請だから、これは断るわけにはいくまいということで、それぞれの教科書会社が苦心をして協力をしたということなんですが、これはちょっと、特に文部省次官を務められた方であるだけに慎重になさるべきことではなかったんでしょうか。
  78. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 確かに教科書協会の方の申し合わせにおきまして政治献金を行わないということがございまして、それ以後政治献金が行われたということは聞いておりません。  今回のケースにつきましては、「高石邦男君と語る会」ということで高石事務所からのパーティー券の要請があったようでございまして、政治献金という趣旨ではなかったと思いますが、これは私どもの推測でございますが、高石事務次官在任中の御苦労に報いるというような気持ちがあったのかどうか、その辺のことは定かでございませんけれども、いずれにいたしましても、企業活動としてどのような行為をとられるかという、それは企業自体の御判断の問題でございますけれども、先生御指摘のような過去の申し合わせの趣旨という点から考えますれば、必ずしも適切なことではなかったと思っております。
  79. 久保亘

    久保亘君 どうもあなた方の答弁というのは私どもの理解しにくいことですね。先ほど大臣が八億円の寄附についても適法であると言われた。これは私は適切でないと思う。適法であるのではなくて、今の法律の上では違法ではなかったということなんであって、適法というと何かいいことをしたような話になるからね。そこは明確にしておかなければならぬ。  それで、今官房長が言われるのも、何か言われてみると必ずしも適切ではなかった。必ずしもというのは、まあ適切であったというにはちょっとこだわるかなというぐらいの答弁なんで、そうじゃなくて、これはやっぱり教科書について今あれだけ文部省もやかましいことをやっているんでしょう。そして、教科書会社に対する指導監督というのも文部省は非常にきつくおやりになっているんですよ。それをめぐってまた議論もあるんです。そういう中で、やめたとはいえまだ湯気の立っている前次官が、おれの政治資金稼ぎに協力してくれよということをやることは、どうにもこれは余り認められることではない。このことは、やっぱり文部省ははっきりしておかなければいかぬ。  それから、全国の県教委や市町村教育委員会に対してこのパーティー券が郵送されただけではなくて、文部省へその教育たちが出張でやってくると、これ頼むよということで言ったの言わなかったのというようなことが報道されております。そして、新聞によっては大きな見出しで、文部省も積極仲介という見出しがある。このことについては、文部省としてやっぱりはっきりされておいた方がいいと思うんです。
  80. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 新聞報道等もございまして、部内でも実情を把握させていただきましたが、文部省としてそのような働きかけをしたというような事実はございません。
  81. 久保亘

    久保亘君 さっき言われたように、文部省としてやったということはないということなんでしょうが、帝京大学が次官である高石個人に話しに行ったというようなことと同じで、高石さんにいろいろ関係の深かった方々個人的におやりになったということも文部省としては一切ない、こういうことでよろしゅうございますか。
  82. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 文部省職員の行動のすべてを把握しているわけではございませんので、そこのところの断言はいたしかねますが、仮にそのようなことがあったとすれば、それは個人的に高石さんに対します気持ちを表明されるケースが全くないとは言えないと思います。それは公務員としての立場としては適切ではなかったと考えております。
  83. 久保亘

    久保亘君 最後にもう一つお聞きしておきたいのは、高石さんが次官時代におつくりになった「日本の心と教育の将来」という今かなり有名になりました本がございますが、この本が公立の高等学校や国立大学の附属小学校の生徒を通じて販売される。こういうことは、高石さんが既に選挙に立候補することを天下に明らかにされている中で公然とこういうことが行われるということは、これは今まであなた方が学校現場に対して行き過ぎではないかと思われるほどいろいろと干渉されてきたことからすると、先輩である次官に対しては随分とおおらかなものだと思いますが、いかがですか。
  84. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 新聞報道等で承知しておりますのは、高石次官の出身校、母校でございます高等学校でそのような行為が行われたという報道がございました。確かにいわゆる母校の出身者ということで好意的な取り扱いがなされたのではないかと想像いたしますけれども、誤解を招くような行為であったということは私どももそう感じております。
  85. 久保亘

    久保亘君 新聞等でとおっしゃいますが、ここにございますよ。福岡県立伝習館高等学校父母教師の会会長高田正幸という名前で「図書購入の薦め」、そしてこれは割引で二千二百円の本を「千五百円にて希望者へはお渡しします」、そして、申込先は国語の松尾先生、九月二十九日締め切り。それで、その申込用紙もついて、申込用紙には御芳名、生徒の名前も書くようになっております、何年何組だれだれと。こういうものを学校で配っているんですよ。  それから「伝習館だより」というのには、「心と体を鍛えよう」、こういう講演をされているから、とても心の弱さなどという発言が出るとは夢にも思わぬのだけれども、「心と体を鍛えよう」という記念講演が行われまして、その全文が掲載されております。  それから、なおひどいのは、国立福岡教育大学附属久留米小学校、「おおぞら」という学校から父兄への通信でしょう。この通信に「日本の心と教育の将来 高石邦男対談集」という広告載せて、そしてどういうわけか、こちらの方は二千二百円ですと書いてありますね、伝習館の方は千五百円で売られておりますが。それでこれを子供に持って帰らせているんですよ。そんな新聞報道によればじゃないですよ。ここに現物がございます。そういうことが文部省として何とも感じませんか。
  86. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 先ほど申し上げましたように、母校の出身者に対しますそのような取り扱いということは時たまあり得ることではないかと思いますが、特に今回のケースは高石次官が政治活動ということの志向をされているというようなこともございますし、そういう意味合いを絡ませますれば誤解を招く行為であったと思います。
  87. 久保亘

    久保亘君 誤解を招く行為じゃなくて、これはやってはいけないことでしょう。やってはいけないことなんだ。もしこれが、文部省としては誤解を招かぬようにうまくやりなさいよというのなら——そうすると、よろしいんですな。私が例えば本を出版して、そして校長にお願いをしますよ、生徒に全部持っていってください、そして金も集めてくださいと。そういうことが誤解を招く行為というようなことで済みますか。  まだあるんですよ。福岡県高校教育研究会という組織がございまして、ここが主催をいたします高石講演会に高等学校の先生たちが出張で出席です。文部次官だった人だったら、そんなことが公然とやられても何ともおとがめなしということなんだろうか。そんなばかな話はないでしょう。もうはっきり衆議院選挙に立候補することを宣言してやっている人ですよ。この人が、高校教育研究会というのが主催する講演会に研究会と称して集めて、そこで高石さんが日本の心を話すわけです、どういう心か知りませんが。それで、そこへ集まった先生たちは、学校では出張処理、そしてその講演が終わった後は懇親会と称してパーティーを開いている。そんなことが平気でやられておって、福岡県の教育長も文部省から行っておるそうだが、そういうことは一切お構いなしですか。
  88. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) ただいま先生御指摘の研修会は、勤務時間外であります土曜日の午後に行われたものでございまして、通常は勤務時間上の問題は生じないわけでございます。実際にその旅費等の扱いがどのようになったかということにつきましては、福岡県教育委員会に照会をいたしておりますけれども把握をしておりませんので、現在調査中でございます。
  89. 久保亘

    久保亘君 学校の出勤簿はみんな出張と押してあるそうです。そんなことは、あなた方が目下調べ中なんてそんな手ぬるいことをやっているからだめなんですよ。とにかく、これが選挙のノーハウだと言うならば、まことに感嘆おくあたわざるものでございます。  しかし、このリクルート問題に端を発して、今や文教行政というものに対する信頼を根底から崩すようなことがやめたばかりの高石次官の手によって次々と行われておって、私は一番最初に申し上げましたように、それで文部省が言ったってそれは信頼しないです。あんたら何をやっておるんだ、こういうことになると思います。だから、この問題にはきちんと、まあ本人も言っておられますね、日本人の心ということで、けじめということを。きちんとせにゃいかぬということがこの人の講演の中心点なんです。本人がそう言っておられるんだから、これらの問題についてはけじめをきちっとつけてもらわにゃ困ると思います。  私は、そういうことを通して、これは一方的に、きょうは、私はお願いしたのに本人がここに御出席になるような措置をとっていただかなかったので、欠席裁判のようなことで申し上げて非常に私も気がとがめる点もあります。ぜひ高石さんに御出席いただいて、きちんとさせていただきたい。委員長に重ねてお願いをいたしておきます。  次に、この法律に直接関係することでお尋ねいたしますが、文部大臣、教員免許状というのは何なんでしょうか。私は、免許状をいろいろいじくり回しておやりになっておるが、免許状というのは何なんでしょうか。お医者さんにも免許状はございます。いろいろ免許状はございます。車の運転にも免許状はございます。その教員免許状というのは何だとお考えですか。
  90. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 免許状の性格でございますけれども、これは教員がそこに示されております教科でございますとか、学校において教育を担当できるということを公証するものであるというふうに考えている次第でございます。
  91. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 教員の免許状は一体何か、こういうことでございますが、私は、教員というものは単なる教科の内容の伝達者だけではない、こう思うわけでありまして、それぞれの発達段階あるいはその年齢によりまして、その教育に対する愛情、生徒に対する愛情、それから教育に対する熱意、そういうものを持ちまして適切に指導できる資質が必要だ、このように考えておるわけでございまして、その資質を養っていただくためには、養成段階あるいは採用段階あるいは現職段階でそれぞれの御努力が必要であろうと思います。  それに対しまして教員免許状というものは、少なくとも過去と違いまして現在は開放制で大学において教員養成をいたすのだということと同時に、今申し上げましたような幼児、児童、生徒、学生に対するそれぞれの深い認識と専門的なやはり指導方法というものを実践的に習得していただく必要がある。そのための一つの励みの段階と申しますか、そういうものを一級、二級あるいは、今回は専修、一種、二種というふうに分けさせていただいて、そういう三種類の免許状を持っていただく。また、あるいは社会で一芸というか、一方面に非常に深い造詣を持った方々教育の場に入っていただくという面で特別免許状あるいは非常勤講師といったものを設けまして教育の場の活性化、そして現職研修の実を上げると申しますか、そういうものを目指しましてつくられておるもの、このように認識をいたしておるわけでございます。
  92. 久保亘

    久保亘君 今の免許状に一級、二級という区別がございますが、この教員免許状というのは、少なくとも教師としての基礎資格を認定するものなんじゃないでしょうか。教師としての基礎資格を認定するもの、それは生涯の免許状である限り、教師としての基礎資格は生涯認められている、こういうことなんじゃないですか。
  93. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先ほど申し上げましたことを繰り返すことになるかと思いますけれども、免許状は、そこに示されております教科でございますとか学校でございますとか、そういうところにおきまして教師がそういうものを担当して授業を担当し得る、教員になり得るということを公証するものであるというふうに私どもとしては考えている次第でございます。
  94. 久保亘

    久保亘君 であるとするならば、二種免許状についてですが、「教員としてなお一層の資質能力の向上を必要とし、さらに研さんが必要であることから、」云々という、二種免許状というのはこの提案理由説明の読みようによっては教師としての基礎資格にまだ欠けるところあり、こういうふうな印象を与えるんだけれども、そうじゃないんじゃないですか。教員免許状として交付される以上、これは教師としての基礎資格は認定されたもの、そういう考え方に立たないと教育は成り立たないんじゃないですか。
  95. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 二種免許状でございましても、やはり教諭の免許状でございますので、二種免許状をお持ちの方が学校におきまして授業などを担当し、教育活動に携わるという点におきましては一種免許状の方と変わりないわけでございますけれども、その免許状の交付の過程を考えてみますと、一種免許状との比較におきまして、なお一層研さんを要するものというように考えられてつくられた免許状だというふうに理解している次第でございます。
  96. 久保亘

    久保亘君 役所の感覚というのがあるのかな。上級、中級、初級という、役所に入るときの入り口での乗ったエスカレーターが違うと、生涯行き着く先は違うんです。スピードも違うんですね。それで、学校にまでそういうものを持ち込んで、短大卒業だからあなたはなお努力の必要あり二種、学部を出た者は一種、修士課程終わってきたら専修という、そういう分け方をしていくというのは、あなた方の免許法改正に対する考え方というのが教師の個々の問題に目を向け過ぎていて、学校の集団的な機能という役割について少し見忘れている面があるんじゃないか、こういう感じがしますが、文部大臣、いかがですか。
  97. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 確かに先生がおっしゃるのは二点ございまして、これは基礎資格ではないか、確かに基礎資格でありましても、その中でさらに現職研修を積んでいただくということは必要であろう、こう思うわけでございます。  それから、もう一つの御指摘でありますが、集団のやっぱり意義というものを、これは教える方もそうでありましょうし、また教わる方も、本来集団の、そして系統的な学びということは根底において必要であろう、それはわかります。しかし今申し上げております免許法の種類分けというものは、それぞれが固定したものではなくて、それぞれ努力によって移行できます。それは教員の資格と同時に資質の向上に資するものであるという面におきまして、私は今先生がおっしゃることと相反するものでは決してない、このように理解しておるところでございます。
  98. 久保亘

    久保亘君 私も短い教職の経験がございますけれども、学校どこ出たかとか、そういうことで教師の資格というものが差別されるものではないということを私は実感として非常に強く持っております。学歴のない人で大変立派な指導力を持ち、人間としても尊敬できる人もたくさんおります。だから、一律に学校どこまで出たかということで免許状に差別をつけて、おまえはまだ学歴が低いんだからこれから十何年かかって大学四年出てきた人と同じ水準まで行けよ、こういうやり方というのは私は非常におかしい気がするんです。  それで、例えば、それじゃ、あなた方が初任者研修というのを強引におやりになるんだけれども、この初任者研修で、指導教員というのに非常にすぐれた二種免許状を持っている先生がおる、十年教師やっている、この人が指導教員になったら、これはまだ資質が十分でないから、この先生にいろいろと指導を受けた者はだめということになりますか。  それから、今教職の免許を取りたい人が大勢いて教育実習に学校に大勢来ます。もうシーズンになりますと、校舎の裏にミニバイクのようなのがずらっと並んでいるが、これ何だと私が聞いたら、これは教育実習の教生さんたちのバイクでして、一つの学校に何十人と来ておる。そこで、一種免許を来年の三月に取ろうとする人たちを二種免状の先生が教えてやるということになりますよ。二種免状を持っていたって立派な指導力があり、大学から教育実習に来ている人たちをきちっと指導できるからやっているんですよ。学校どこ出たかとか、そんなことで免許状の区別をして、それで学校の教育がよくなるとは私は少しも思わない。だから、こういう免許状の改正の基本的な理念というのに、やっぱり教師に学歴主義、競争主義をあおって、そして聞かないやつはちゃんと抑える手段があるよということを免許法の上でもつくっていこうとする考えが少しでもあるとするならば、これは日本教育を誤る、私はそういう気持ちを持ちながらお聞きしたいと思っているんです。  それで、今まで二級免と称したものと今度新たにできる二種免というのはどこが違うんですか。級と種が、漢字が違うことは私もわかりますが、二級免と二種免というのはどこが違いますか。
  99. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 二種免と二級免の差でございますけれども、その位置づけといたしましては、先ほど申し上げましたように、二種免につきましては、一種との関連におきましてなお一層の研修を要するものという趣旨もあるわけでございますし、また現行の二級免許状を見てみますと、その単位数についても二種免許状との比較においては若干の差があるということはあるわけでございます。しかしながら、二種免につきましては、現在二級免をお持ちであれば二種免を持っているものとして今後扱われるわけでございますから、実質的にそうした点においては差はないものというふうに考えておる次第でございます。
  100. 久保亘

    久保亘君 そんな簡単なことを言っちゃいかぬですよ。今までの二級免と二種免には大きな違いがあるわけですよ。これまでは、二級免を取得している人が十五年現職であれば一級免に変わった、十五年の教職経験というものが一級免を取得する資格として認定をされてきたんです。  今度の二種免というのは、十五年教職にあっても十単位取れという今度は義務を課しているわけですね。そして、十単位もし教育委員会の言うことを聞かずに取らなかったら、十五年過ぎたら三十五単位免除したやつをもとへ戻すぞということになっているんです。こんなおかしな話はない。教職に五年勤めて、それから今度は六年目からは一年ごとに五単位換算をやっていくんです。そして十二年まで五単位換算をやっていくから四十五単位取れと言っているのが十単位しか残ってないんです。ところが、十三年目からはその単位控除の認定を外すんです。そして、十三、十四、十五の間に十単位研修受けて取ってこいと。それをもし教育委員会の言うとおりにしなかったら、あなたが十二年目までに教職経験によって単位控除された三十五単位をもとへ戻す、ゼロにする、だから十六年目から一級免を取ろうと思うなら四十五単位取ってこいと、こういう今度は改正なんです。そんなことがありますかね。この十五年の教職経験というのは、これは教師がみずから経験を踏んでやってきたその実績、言ってみれば取得した単位でしょう。三十五単位、あなた方のやり方でしても三十五単位だ。この三十五単位というのが何で消えるんですか。それはおかしいじゃないですか。
  101. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) いわゆる十五年ゼロ単位の問題でございますけれども、これは昭和二十九年の免許法の改正において設けられたものでございます。当時のこれが設けられた経緯でございますけれども、これは僻地学校などに勤務しておりまして容易に現職研修を受ける機会に恵まれない方などがおられたわけでございまして、そうした方で長期に在職年数を有する方について特例的に設けられたものというふうに私ども認識している次第でございます。  その後の運用の経緯については、実際これと若干かけ離れた運用がされてきたわけでございますけれども、最近におきましては、養成段階において教育を充実することはもちろんでございますけれども、聴講生制度でございますとか、通信による大学の単位の修得でございますとか、認定講習でございますとか、そうしたことによりまして現職研修を受ける機会も大変確保されてきている実情にある次第でございます。そうしたことを考えますと、やはり教員の資質能力の向上に果たす現職研修の重要性ということにかんがみまして、今回このようにかつて特例的に設けられた十五年ゼロ単位の制度を廃止することにした次第でございます。  また、先生の御指摘の問題でございますけれども、これはその前段階といたしまして、採用後十二年で十単位を取ればいいことになるわけでございますけれども、その後授与権者におきまして本人の意思もお聞きいたしまして、単位修得のための認定講習の指定なども行う次第でございます。そうした指定が行われますと、任命権者は単位修得の機会を提供するように努力する義務が付されているわけでございまして、授与権者と任命権者の協力、それから実際に単位をお取りになる先生の自発的な努力の三者が相まちまして、最終的に十単位をお取りいただきたいというふうに考えている次第でございます。  そうした三者の協力がありまして、なおかつ取らなかったというようなことにつきましては、今先生御指摘のようなことがあるわけでございますけれども、私どもとしては、そうした三者の協力によりましてぜひ単位をお取りいただきたいということを願うわけでございまして、そうした実質的な誘導措置としてこの制度が設けられているというふうに私ども理解している次第でございます。
  102. 久保亘

    久保亘君 結局、ペナルティーを科して、それで強制する、こういうことですね。そんなものじゃないでしょう。私はあえて一種免を取らなくてもいい、生涯二種免で結構です、それで子供たち教育には私は確固たる自信を持ってやりますと、こういう人だっているんですよ。それを、おれの言うとおりに単位を取らなかったらおまえの今までの十二年目までの教職経験はゼロにする、こんなことを文部省が言う資格があるんですか。  私は、少しこの比喩は違うかもしれぬけれども、私が高等学校におりますときに、鹿児島の人事担当の課長が私の恩師でありましたので、私呼ばれたことがございます。そのときに、実は君も知っているAという先生に教頭になってくれぬかということを頼んだ、ところがその先生が、いや、私は教頭にはなりませんと、こう言った。それで、どうしてそう言うんだろうかということでありましたから私がお会いしました。そうしたら、その先生が言うには、私は子供に教えるために教師になった、授業が少なくなる職にはつきたくない、だから教頭はどうしてもやりたくない、それで、もしおまえは教師として教えることに問題があるから教頭になれ、こう言われるんならなります、しかし、私を教師として認めてくださるならば、どうか教頭にしないで授業をさせてくださいと。こういうことを言われて、私はその私の恩師に話をしました。そうしたら、参ったと、こういうことで、その話は終わりになりました。その方は生涯管理職にはならずに終えられた方なんです。それで、私の非常に尊敬した方でありますけれども。  だから、免許状とかそんなもので片つけたり、あるいはこの上級免許にならないと教頭や校長になれませんぞとか、そんなことを幾らやってみたって、本当に教師として子供や生徒のために生涯をかけたいと思っている人もたくさんおるんです。だから、そういう人たちに、おまえ十単位取ってないじゃないか、だからこれまであなたがやってきた十五年の教職経験は全部ペケだと、そんなことを文部省が言う資格はあるだろうか。私はそれは絶対ないと思います。十五年教師をやってきたその実績は教師としての実績としてこれは残るものですよ。それをあなた方が勝手に、言うことを聞いたら十五年分は三十五単位で認めてあげましょう、聞かぬなら三十五単位はなかったことにすると、既に済んでしまっている期間についてそんなことをあなた方が決める資格はないと私は思うけれども、どうだろう。
  103. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 今先生のお話しになりましたように、生徒の教育に携わりたいから校長になりたくないとおっしゃったそのような話でございますけれども、私も実際にそういう方にめぐり会ったことがあるわけでございまして、本当にそういう立派な先生がおありになるのは事実だというふうに考えている次第でございます。  ただ、一般的に申しますと、やはり現場での教育実践を重ねながら資質の向上はしていくわけでございますけれども、その中におきまして、やはり適時適切に研修をお受けになることが一層その資質向上、実践的指導力の向上に役立つものだというふうに私ども考えている次第でございます。そういった点から考えますと、やはり現職経験に加えまして十単位程度の単位はお取りいただき、一種免許状をお取りいただくことがやはり実践的指導力の向上により適切ではないかというふうに考えておる次第でございまして、今回そうしたことを規定すると同時に、その十単位をお取りいただくために授与権者もそれから任命権者も協力いたしまして、三者の協力によってそうしたことが実現できるようにこの規定を設けている次第でございます。  また、十単位と申しましても、これは先生におなりいただいたときから計画的にお取りいただければ決して無理な単位数ではないわけでございまして、その最後の三年間にそれが集中するというようなことは余りないのではないかというふうに考えられる次第でございます。私どもも、新任の先生方につきましては計画的にこの十単位をお取りいただくよう今後とも十分認定講習等の充実に力を注ぎまして、そうしたことに努めてまいりたいというふうに考えている次第でございます。
  104. 久保亘

    久保亘君 仮に、あなた方が三十五単位換算をゼロにするペナルティーを科しても、教師が二種免許状のまま私は生涯教師を続けたい、こういう場合にその人は身分や給与の上で差別を受けたりすることは絶対にないでしょうね。
  105. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 身分でございますとか、給与の上におきまして特段の不利益をこうむるということはないというふうに考えておる次第でございます。
  106. 久保亘

    久保亘君 もう少し前向いてはっきり言ってよ。何かもぐもぐ言って何言っているかわからぬ。  それで、そういう免許状の種類によって身分や給与に差別を生ずることは絶対ありませんとはっきり言ってください。
  107. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 二種免許状をずっとお取りいただいていることによりまして身分上または給与上特段の不利益をこうむるというようなことはないというふうに考えております。
  108. 久保亘

    久保亘君 その今の、大臣、今局長言われたことを確認しておきますが、免許法の改正によってその免許状が二種、一種、専修と変わっても、そのことは教職員の身分上の扱いとか給与法上の扱いについてそれを免許法の種類によって差別が行われるということは絶対ありませんね。そのことだけははっきりしておいてもらわないと困るんですよ。
  109. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 大変恐縮でございますけれども、人事とかそういう問題で大変幅広い御質問でございますので、私ども例えば採用でございますとか昇任でございますとか、そういったものにつきましては、これは勤務実績に基づいて行われるものであるというふうに考えている次第でございます。ただ、校長、教頭の任用資格などにつきましては、専修免許状は高等学校の一級免許状に相当するものでございますので、それとの均衡を考慮いたしまして今後検討していきたい、そのように考えている次第でございます。  それから、給与の問題でございますけれども、これは免許法の改正を給与制度上どのように評価するかという問題でございますけれども、この点につきましては、現在のところはそれを特段変更することは考えていない、そういうことでございます。
  110. 久保亘

    久保亘君 その、現在のところは考えてないというのはあしたになったら考えるということですか。そこを明確にしなきゃいかぬよ、法律を変えようとしているんだから、免許法という法律を変えようとしているんだから。この法改正は身分や給与の扱いについて、法改正によってこれを連動させるものではありませんということを明確にせぬと、現在のところ考えていないなら考えていないと言えばいいじゃないですか。それをやらないと言えばいいじゃないですか。あすは考えるかもしれぬぞというような言い方をしているのは、本当はやりたくてしようがないんですということだろう。それじゃだめなんですよ。はっきり本音を言いなさい。
  111. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 免許制度の改正によって三種類の免許状が設けられるわけでございますけれども、これを給与上どうかするかということは、その免許制度上の改善を給与制度上どのように評価するかということであると思います。そういうことで、それは今後の課題ということになるわけでございますけれども、現在のところはそれを格別に変更することは考えていない、そのように考えている次第でございます。
  112. 久保亘

    久保亘君 えらい現在のところというのにこだわるね。その現在というのはいつまで、現在というのはこの委員会やっているときのことじゃないの。それじゃだめですよ。少なくとも、この法律改正は免許状の種別を改正することによって給与や身分の問題をこの法改正が考えているのではありませんということを明確にしないとわからないじゃないですか。やるかやらぬかわかりません、現在のところは考えておりません、そんな答弁では審議のしようがない。どうなるんだろうかということをはっきりしてもらいたい。これは大臣にはっきりしてもらいたい。
  113. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 前段と後段とございましたけれども、この三種類に分けることによってどうか、こういうことでよろしゅうございますか——この三種類に分けるというこの免許状の改正案を今御提案をいたしておるわけでございます。それで、これについて給与や身分について変わるのか変わらないのかということでありますが、これは結論を申せば政府委員からお答えしたのと同じことに相なります。この給与あるいはその他の、採用その他につきましては、それぞれ個別の関係法令がございます。したがって、今御提案をしておるのは、これは免許法の改正でございます。しかし、免許法の改正では三種類の種類分けを御提案をしておるわけでございまして、したがって、その三種類の種類分け、これを関係法令でどのように考えるかということは別個の問題でございます。つまり、この免許法の改正で考えるということではなくて、免許法の改正で御提案をしている三種類の免許状というのができますですね。それをどのように考えるかということは、例えば採用につきましては地方公務員法等の法律によって任命権者である教育委員会が、受験成績、勤務成績その他の能力の実証に基づいて行う、これは御承知のとおりでございます。また給与につきましては教育公務員特例法第二十五条の五の規定等におきまして国家公務員に準じて扱われる、その者の学歴、勤務年数その他で決定するわけでございます。そういう関係法令がございますので、今現在は考えておらない。しかしこれは将来は白紙でございますが、そういう関係法令に基づいてそういう御意見が出てまいった場合には、そのとき改めて考えるということになるのが正しいお答えではないか、このように考えております。
  114. 久保亘

    久保亘君 では私は聞き方を変えましょう。  この免許法の改正はそういう給与法や身分上の扱いなどについて免許状をもって従来のものとは違った方向に変えていくことを意図して改正するものではない。そういうことはよろしいですか、現在考えてないと言うんだから。
  115. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) この改正は、先ほど来申し上げておりますように、三種類の免許状を設けまして、教員の専門性でありますとか現職研修でありますとか、そういうことを一層充実するようなことを目的としての改正でございます。この改正の趣旨自体はそれ自体ということでございまして、それ以外のことにつきましては、先ほど大臣お答えになりましたように、別個の制度としてこれをどう評価するかということはまた別の問題として考えることではないかというふうに考える次第でございます。
  116. 久保亘

    久保亘君 そうすると、あなた方はやっぱりそういう方向を考えながらやっている、それで具体的にどうするかは将来の問題だ、こういうことなんですか。それなら大変問題があるんですよ。免許法は免許法としての改正であって、これが給与や身分に連動するものではない、そういうことを意図してやっているんではないということをどうしてお答えになれないんですか。
  117. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 繰り返しになって大変恐縮でございますけれども、免許状の改正自体は三種類の免許状を設けることによりまして、教員の専門性、それから現職研修の充実ということを、それ自体を目指しているわけでございます。今そのこと以外のことについて格段私ども決定などしているわけではございませんので、そのことについては現在申し上げる段階ではないということでございます。
  118. 久保亘

    久保亘君 これはもう、それじゃ、あなた方そういうことで言い張るんなら、結局今までのいろいろな管理職制度に加えて今度は免許法を横からまた入れてくる、そういうことで学校の中にそういう縦の系列をつくり上げてしまう。そういうことで、これは全く教職に何の経験もない——局長、免許状持たぬでしょう。あなた持っているかね、教員免許状。——持っている。何持っているの。使ったことはないでしょう。その経験のない人たちが、そういう役所の中のシステムのような物の考え方で、学校の現場をお考えになるとするならば非常に私は問題だと思うんですね。どうなんですか、大臣。そこのところはやっぱりあなた方は配慮に置きながら、この法改正をおやりになるんですか。
  119. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 政府委員からお答えをいたしております、それを繰り返すことに相なります。したがって、現在ここで御提案をしている、現在、給与その他について変更は現在考えておらない、こう素直に申し上げるより方法がございません。それで御理解をいただきたい、こう思うわけでございます。
  120. 久保亘

    久保亘君 なぜ現在現在って言わなきゃいけないんですか。この法改正に当たってそのようなことは考えていないとなぜ言えないんですか。考えていないのならそう言えばいいじゃないですか。どこか心の中に、今のところは何とかうまくやらにゃいかぬから、それで通してしまえば、こっちのものよという考え方でおやりになるのならこれは大問題ですよ。  だから、現在とかそんなことを言う必要はないので、この法律を提案した文部大臣としてはそのようなことは考えておらぬということを明確にされたら何か支障ございますか。
  121. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) いろいろ正しくお答えしようというふうに努力をいたしますと政府委員の答えが一番正しいということに相なります。それ以上申し上げるとちょっとややこしくなりまして、かえって疑問を差し挟むことになるんじゃないかと思います。
  122. 久保亘

    久保亘君 衆議院で言っちゃったから、なかなかあなた方も答えにくいこともあるのかもしらぬけれども、しかし、私は別に何も特別なことを考えて言っているんじゃないので、免許法の改正というのがそういうことに連動するかもしれませんぞという不安を与えて、すべて支配し管理して抑えて、そして思うとおりにやらすということでは学校はよくならぬと思うんです。そうじゃなくて、もう少しやっぱり教師が学校という集団の中でお互いに平等に人間的に協力し合って学校全体がよく機能していくようにやっていくためには、余りそういう差別をつくらぬ方がいいんです。既に給与は短大の場合と学部卒の場合とでは出発点が違っておるんですよ、今でも。それにさらに免許状で上乗せすることはないんです。そういうことをやる意思はないんですということをなぜ素直に言えぬのだろうかなと思って、よほど事務方からきつくそこは言われているところなんですか、大臣。あなたの提案の責任者としての、あなたの御判断できっちりおっしゃったらいいんじゃないですか。
  123. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) そこで、ちょっとお時間をいただきますが、簡単に申し上げますと、今の御提案を申し上げております三種類の種別化によりまして、給与その他昇任その他について差を設けることは考えていないかということについては、現在考えていないという答えが一番正しいものになってしまうわけであります。  おまえはもうちょっと言い方があるのかということになりますと、かえってややこしい、私の御説明が下手かもしれませんけれども、今現在御提案を申し上げておりますこの免許法の改正そのものでは給与その他にはね返るということは、この法律そのものはないわけでございます。ただ、給与その他は個別の関係法令がございますから、その個別の関係法令でどのように参酌するかという御意見が出てきたときに、そのときまた考えるべきものであると。ただ、それがもう一切考えないんだというふうに今ここで他の関係法令まで規定するような御答弁はできないということで、現在考えておらないというのが今の一番正しい答弁であると、こういうふうに申し上げるわけでございます。
  124. 久保亘

    久保亘君 この問題はまた次に機会を与えていただいて、私はぜひはっきりさしておきたい問題だと思っております。今後の学校の現場がどういうふうに動いていくかという問題と非常に深くかかわると思います。  それから、専修免許というものを今度つくられるそうですが、先ほど二種免許は一種免許を取らなくてもそのことによって不利益を及ぼすようなことはない、こういうお話でしたからそれはわかりましたが、専修免許が他に比べて特別に特権的に扱われることはまたない。これは普通免許の一級、今までの一級、一種免許を基礎にして特別な分野での研究に、単位の取得に対して与えられておるものであって、これは一種免許のダッシュのついたやつだと、こういう理解しておけばいいんですね。それで、この専修免許が何ら学校の中で特権的な立場をもたらすものではない。いいですか。
  125. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 専修免許でございますけれども、これは一種免許状を基礎といたしまして、その特定の分野について深く学習された方々に授与される免許状でございます。ただ、先生のおっしゃいます特権的ということの内部について私ども若干詳しくわからないわけでございますけれども、先ほどの人事とか給与とか、そういうものについてのことであるということであれば、先ほど申し上げたような答弁になる次第でございます。
  126. 久保亘

    久保亘君 時間が少なくなりましたので、私がもう一つお聞きしておきたいのは、免許法をもしこういうふうに変えてしまった場合に、本人が上の免許といったら悪いが、他の免許を取得したい、こういうことで大学院に行きたい、研修を受けたいという場合に、これは文部省教育委員会が指定をする者でなければだめということはないでしょうね。これはあくまでも教師自身の自発的な研修の意欲や意思というものは十分に制度の上でも尊重されると考えてよろしゅうございますか。
  127. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 現在、現職研修といたしまして新教育大学への派遣などが行われているわけでございますけれども、それについてはその派遣の手続などを定めました通知もある次第でございます。まあそういうところへ参って一層勉強したいとおっしゃる方々の自発的意思が基礎でございまして、そういうことについては十分配慮する次第でございますけれども、やはり学校は組織体でございますので、学校運営上の配慮ということも考えて最終的には決定することになるのではないか、そのように考えている次第でございます。
  128. 久保亘

    久保亘君 学校運営上の配慮ということは、教育委員会が免許法のこともこれあり、また教師自身としては免許法とも関係なく研修をやりたいという場合に認めないこともあるということですか。大学院に行くことを認めないこともあるということですか。
  129. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 繰り返す答弁になるわけでございますけれども、学校を組織体として運営してまいりますには、やはりその学校の教員構成、それから地域の事情、学校の教育課程の問題などいろいろある次第でございますので、そうした学校運営上の配慮のことも考えまして、なおかつまた、そうした教員の自発的意欲について十分配慮して総合的に勘案して最終的には決定するということになる次第でございます。
  130. 久保亘

    久保亘君 それじゃ、この法律の提案の趣旨と違うんじゃありませんか。大臣の提案理由はそうなっておりませんね。私が読ましていただく限りそういうふうには書いてないんです。「現職の教員が修士課程等において研修することを促進し、また、修士課程等修了者が進んで教職につくことを期待しております。」、こういう御説明なんですね。  これは文部大臣、あなたなかなか事務的な処理をされているからおわかりにくいことかもしれませんけれども、私の知っている教師にI君というのがおりまして、彼は非常に優秀なスポーツ面で指導者で、そして、どうしても大学院に行きたいというので、今度新たに鹿屋体育大学に大学院がつくられた機会にその大学院を受験しました。彼は地方教育委員会の派遣主事をしておりましたけれども、そしてその大学院に合格をしまして、それで教育委員会に対して、給料は結構ですから休職の扱いで大学院二年終わったらまた現場に帰していただけないでしょうかということを懇願しましたが、認められませんでした。そして、もう大学院側が取り消すというぎりぎりまで彼は待って、そしてついに認められなかったために教職を退職して大学院に行きました。恐らく彼は年齢から考えますと大学院を出ましても教職に復帰することはできないと思います。これは、この提案の趣旨とは違うことになりませんか。
  131. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 現在大学院への派遣については、私ども通知によりましてその基準も示しているわけでございますけれども、これは市町村の教育委員会が都道府県の教育委員会と協議の上、積極的な勉学意欲を有する者、また大学院の派遣が学校運営上支障がなく、かつ有益であるとき、このときは市町村教育委員会の出張命令により、職務としての研修として取り扱うものとしている次第でございます。大学院へ派遣するということになりますと、その後の後補充の定数措置も必要でございますので、そうした万般のことを考えて行わざるを得ないというふうに考えている次第でございます。  ただ、私ども今回の法律を提案したことでございますので、今後こういう大学院への派遣は続けますと同時に、今後大学院レベルの認定講習制度などの充実についても努力いたしまして、できるだけそういう機会をふやすように努力してまいりたい、そのように考えておる次第でございます。
  132. 久保亘

    久保亘君 あなた方の言っていることとやっていることが違うんだよ。要するに、教育委員会文部省の意に沿う者は、そして自分たちがつくった制度に乗っている限りは、例えば大学院に行く者にも給与も全部保障して行かせているんですよ。ところが、本人が自主的に意思を持って情熱を燃やして行こうとすると認めないんだ。それで、給料は要りませんと言っているんです、本人は。ただ、大学院二年終わってきたらまた現場で仕事をさせてくださいというのを認めないんだよ。それで何でこんな免許法の改正が提案できるんですか。研修というのはあくまでも教師自身の、本人の意思が第一義的に尊重されなかったらだめですよ。あなた方が何か机上でいろいろプランを練って、これに乗ってくる者は認めてやるが自由な本人の意思でやる者はこれはらち外だというので切り捨てるようなやり方をやるなら、こんな免許法の改正なんというのは学校現場をますます萎縮させ暗くするばかりです。研修を大いにやって教員の資質を向上さしてくれというのなら、その意欲を持っている者に対しては奨励すべきじゃないですか。全然反対のことをやっているんだ。文部大臣、どう思われますか。
  133. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 今の先生のI君とこうおっしゃった固定の事例でございますので、それは、それにつきましては私ちょっと事実をよく聞いてそしてお答えしないと間違う面が、かえって失礼な面があるかもしれません。  ただ、後段におっしゃいました自主的な研修の意欲、これは当然でございますし、私もよく申しておりますように、現職の研修の意欲、それと同時にそういう場を設定し、与え、そして計画する、この両々相まって現職研修の実績が上がるということをいたしていくのが必要であろう、このように私は認識をいたしております。  前段のお答えは、ちょっと勉強さしていただいてからと思っています。
  134. 久保亘

    久保亘君 いや、私は本人の立場もあるからイニシアルで申し上げたんで、鹿児島の教育委員会も知っていることだし、そしてまた文部省にも私はこのことを聞いたことがある。そうしたら、それは県の教育委員会の問題だ、こうおっしゃった。だから、県の教育委員会はこれを拒否したわけですよ。理由はそういうものを認めると大学院に行く者が次々出てきたら困る、こういうことが主な理由だったようですね。だから全くこれとは趣旨を反するわけです。  だから、そういう点は、私が言っていることがあるいは間違っている点もあるかもしれません。しかし、少なくとも本人退職して行かざるを得なかった。ぎりぎりまで待っていたということは事実です。そして、彼は学校に籍を置いて、地方の教育委員会でスポーツ指導を中心に仕事をしていた男です。それだから私はこの法を変えようとなさる趣旨が実際には大変違った形で動くのじゃないか。だからさっきの、現在のところはということに対しても私はこだわるんです。もっと違った発想、違った目的からこういうものが考え出されて免許法が新しい仕組みになっていく。これは決して私は学校の教育現場によい影響を与えない、こう思うからです。  まだこのほかに、いわゆる特殊免許の問題とか、非常勤講師の問題とかお尋ねしたいことがいっぱいございます。特に社会人の教師登用について、これはよい面もありますが、問題を含んでいる点もたくさんございます。だから、そういう点についてきっちりお聞きした上でないと、この法律に私どもは大きな疑問を持たざるを得ないのでありまして、さらにまた委員長質問機会をお与えいただきたいと思っております。  きょうは時間が参りましたので、これで終わります。
  135. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) 午前の質疑はこの程度とし、午後一時十五分まで休憩いたします。    午後零時十八分休憩      ─────・─────    午後一時十六分開会
  136. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) ただいまから文教委員会を再開いたします。  休憩前に引き続き、教育職員免許法等の一部を改正する法律案議題とし、質疑を行います。  質疑のある方は順次御発言願います。
  137. 高木健太郎

    高木健太郎君 まず初めに、文部大臣にちょっとお伺いをいたします。  リクルートの問題なんですけれども、今回リクルート問題というのは、その疑惑の人たちが口にしているように、法律に違反していないからいい、こういうことをよく聞きます。しかし、私は法律というのは最低のモラルのものであるというふうに思いまして、本当にモラルに反しているということの方が、特に文部省の高官としては大事なことであると、こう思っておりますから、法律に違反していないということは、これは余り問題にならないんではないか。一般の国民は今度の事件に対してぬれ手でアワという言葉をよく使います。普通の人ではそれが手に入らないような情報とか、あるいはそういう機会に恵まれておりまして、労せずして巨額の金を手にするとか、あるいは手にできる、そういうことに国民一般は割り切れない気持ちを持っている、こういうふうに私は考えます。また、取得する人たち法律に触れないでそういうことをしたというずるさ、そういうものに対してやりきれない気持ちを持っているという批判があります。  もっと大事なことは、そして根源的なことは、職業とかある一定の立場にあって、必然的にその職場に、職業に伴うようなそういう倫理が問題になると思います。情報を持ったり権能を持ったり、あるいは持っていた人がその経歴を利用して在職中から利益誘導したり利益を得たという、そういう倫理に反する行動が非難さるべきでないかと思うわけです。特に倫理、道徳を次代の子供に教えていく、あるいは指導する、そういう立場にある文部省の高官がそういうことをしたということに対して非常に国民はがっかりもしておりますし、憤りを感じているし、あるいは信頼を失っている、こういうことになるのだと思うわけです。これに対して、何回もお答えになったようですけれども文部大臣の所見をまずお伺いしておきたいと思います。
  138. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 高木先生御指摘のように、違法性があるかどうかということは別として、モラルの問題あるいは倫理の問題、特に教育に携わる者としてそれが必要ではないかとおっしゃられる意味はよくわかります。私どもも、まさに文教政策を預かる者といたしまして、少なくともモラルの問題と申しましょうか、お子さん方から高齢者の方々に至りますまで今ほど文教行政に関心を持っていただいておるときはないと思いますだけに、一個人の問題と言うには余りにも大きな影響を及ぼしているということに対して心を痛めておるところでございます。  これにつきましては、正すべきところは正し、けじめをつけるところはけじめをつける。ただ、この点が文教行政に対する信頼度を損ねているという点は事実だと思いますので、これを取り戻しますためには、私どもが従前以上の努力を積み重ねなければいけない、これは重々承知をいたしております。いろいろな行動が明るみに出ました後ではございますけれども省内に対します、いわゆるその厳正なる職務の遂行、綱紀の粛正ということにつきましては、事務次官あるいは官房長を通しまして省内に徹底をせしめ、これをさらに今後とも推進をしていきたいと、このように考えておるところでございます。
  139. 高木健太郎

    高木健太郎君 どうか大臣現職でおられる間にぜひ文部省のそういう悪いところをひとつ粛正していただきたいとお願いをしておきます。  次は、私今回の法改正のことについてお伺いいたします。  今回の法改正というのは、いろいろ社会からも言われておりますし、教育の一番大事なのは教員の資質である、その教員の資質を向上させようということが非常に大きな、私目的になっているのだと思いますが、そうでございますね。この資質向上のために、資質を向上するというそのことについては、私はそれは御本人にとりましても、また教えられる子供たちにとりましても、また将来の日本にとりましても、これは非常に大事なことだと思います。私はそれに賛成でございますが、これを上から押しつけてそういう資質を向上させるということも大事であるかもしれません。しかしより大事なことは、本人自身がやる気を起こすということではないかと思います。例えば、午前中もありましたように、そういう段階をつけてそれによって給与差をつけるとか、あるいは努力が何らかの形で報いられるとか、そういうことも一つの方法ではないかと思いますので、何だか午前中もお答えははっきりしませんでしたけれども、しかしそれも魅力の一つである。  またもう一つは、教員という職業に魅力があるかどうか、どこに教員というものの職業の魅力があるのか。例えば教員ということで児童から尊敬されるとか、あるいは児童がだんだんと人間らしく成長していくということを見ているその喜びである、あるいは給与がだんだん上がっていくとか、あるいは社会的の地位とか名誉とか、あるいは学問的な興味だとか、そういうことがやっぱり人間をドライブしていくものでないかと思いますけれども、それだけでは私は足らないんじゃないかと思っております。  で、文部省としましては、この改正によって何が得られるのか、教員に対して何を与えることができるのかということがこの改正の非常に大きな要点になるのではないかと思いますが、文部省はこの改正によって本人の資質が向上することはあるかもしれません。しかし、何をそれじゃ教員に与えることができるのか、何を持っておられるのか、これをすればあなたはこういう喜びを感じますよ、こういうことがよくなりますよという、この給与とか身分というものは余り考えないとおっしゃっておりましたが、それでは何を与えてそのドライブを起こさせようとお考えになっておられますか。
  140. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 教員に何を与えてというお話でございますけれども、私どもといたしましては今回の改正では専門性の一層の向上ということを目指しまして、専修免許状の創設、それから免許基準の引き上げなどを行っているわけでございます。こうしたことによりまして、教員が専門性を向上することによって、教育に携わる場合により自信を持って立派な教育ができるのではないかというふうに考える次第でございます。  また、今回の改正におきましては、現職研修の重要性にかんがみまして、いろいろな措置をしているわけでございます。  一つには専修免許状を設けまして、幅広いところから人材を誘致すると同時に、現職方々が研修を積まれましてその専修免許状を取得するという道もあるわけでございまして、そうした現職研修を積んで一層の専門性を増すことによって日々の教育に携わり、立派な教育をされることによってそれを喜びとするという道もあるのではないかというふうに考える次第でございます。また、そのほかに社会的経験を積んだ教員にふさわしいものを特別免許状制度とか特別非常勤講師制度などによって学校の現場に誘致することも考えている次第でございますが、学校の中に多様な方々がおいでになることによりましてより切瑳琢磨し、学校が活性化されるということもあるわけでございまして、そうしたいろいろな方々の出合いということも含めまして、今回の免許状の改正についてはいろいろと配慮しているところであるというふうに考えている次第でございます。
  141. 高木健太郎

    高木健太郎君 それでは、私はよほど立派な人であればそれでやると思うんですけれども、そんなことでやるんだろうかなと思うわけです。それが何かここに抜けているように思いますね。それで給与面でも身分面でも変わらない、余りそれは今のところ考えておらぬと。それでこの法改正だけして果たしてそれがその人をドライブさせることができるのかどうかということを私疑問に思っているものですから、そういうことをお聞きしました。また後でこのことをお聞きしますけれども、何かそのうちにお考えいただいて、いやこういうものがあるということであれば漏らしていただきたい。  そこで、教育大学が、養成大学がたくさんできました。あるいはほかの一般大学でも教員養成課程が組まれているわけですが、その卒業生を調べてみますと、ほとんど半数近くが、四五%ぐらいは教員にならずにその他というところに進んでおります。例えば横浜国立大学では五百三名の卒業生のうち民間に百六十八名、それから官公庁に十三、その他六十九、教員免許を取った人二百四十三なんですね。教員になった人が二百四十三でその他という人が約半分あるわけですね。いわゆるその人たちは教員になっていないということです。それから東京学芸大学で見ましても、教員以外という人が二二%、またその他というのが二一%、合わせて四四%ということです。また兵庫教育大学でも教員になった人は二百四十三、全部で、その他に就職百四十三、それからまたその他というのが七十四、だからして、やはりここでも半分ぐらいが教員にならずにほかに進んでおられるということで六百一名の卒業生のうち二百五十三名というのが他の方面に進んでおられるというふうに、私はこのいただきました資料で見ますとそういうことになります。創立の趣旨では教員を養成する学部であり、教育のための大学、学校教育の推進に寄与すると、そうこの趣旨には書いてあるわけですが、実際はその半数に近い人たちが教員以外の職についているのではないだろうか、こう思いますが、もし私の間違っているところがあれば御訂正をいただきたいと思うんです。  私はこういうデータからだけ見ますと教員にはなりにくいのじゃないか。あるいはポストがないからならないということもあるでしょう。あるいは検定が難かしくてなれないということもあるかもしれません。しかしもう一つは、考えなきゃならぬのはやっぱり教員というものに魅力がないのじゃないかということも大きな原因の一つではないかと思うわけです。  例えばこれは看護婦の方でもそうですけれども、看護婦でも免許を持っている人が全部看護婦になるかというとならない。いざというときに備えておこう、食い外れはないから免許だけは取っておこうと、そういう看護婦さんがたくさんおられるわけですね。教員の免許というのもそういう気持ちが一方にあり、一方では魅力がないということではないかと思いますので、大いに教育がおもしろくて教育をやるということに魅力を感じて、より自分が勉強して、それで子供を教えるときに非常に自信が出てよろしいというような甘い考えはちょっとこの際通らないんじゃないだろうか、こう思いますが、どのようにお考えでしょうか。
  142. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先生御指摘のように、最近におきましては卒業生の相当数が教員にならないという事態もあるわけでございます。ただ、教員の採用試験の方から見てみますと、実際に採用する人数の五倍程度の者の応募もあるわけでございまして、そうしたところから見れば、今でも教員は相当新規の学卒者の中では魅力のある職場になっているのではないかというふうに考えている次第でございます。私どもといたしましては、教職というものがさらに魅力あるものとなるよういろいろな面で今後努力していかなければならない、そのように考えている次第でございます。
  143. 高木健太郎

    高木健太郎君 それは一般の大学でいわゆる教職課程を置いているという時代にはそういうこともあったかと思いますけれども、わざわざ幾つか、五つか六つかのところへ養成大学をお建てになったわけですね。その建てられたその大学の生徒が検定が難しくて入れないとか、そういうことでは困るんじゃないでしょうか。それならばもう初めから学生を探らない方がいいので、例えば医師でも過剰になってこれから毎年一〇%減らしていこう、歯学部の方でも二〇%は学生の募集を減らしていこうというときに、一生懸命で養成したその人がならないというのは検定に通らないからだということであれば、それならそういうふうに募集しない方がいいんじゃないか。あるいはまた受験率が非常に高いというようなことは、そこを受けておいて、入れば入ろうかという人が多かったんじゃないでしょうか。必ずしもそれが非常に魅力あるからそこに大勢集まったということじゃなくて、割とやさしいから入っておこうというようなこともあるので、これはもう少し掘り下げて何がそういう原因であるか。せっかくそんな難しいところを入っているのに、後それで教員にならないというのではちょっと合わない話じゃないかなと思うんです。その点をどういうふうにお考えでしょうか。
  144. 國分正明

    政府委員國分正明君) 先ほど助成局長からもお答え申し上げましたけれども、御案内のように、児童生徒数が減少してきておりまして、教員数というのは児童生徒数に対応するものでございますから、したがって、各県の新規採用数というのは非常にここのところ数年ずっと減少傾向を示しているわけでございます。先ほど御指摘ございましたように、国立の教員養成大学学部での教職への就職率、個々の学校によって随分違いはございますけれども、平均的には五八%という教員、教職への就職率という状況になっておるわけでございます。この傾向はまたしばらく教員の需給関係からいえば続くであろうという見通しもございますので、私どもといたしまして、たしか本委員会においても御決議があったかと記憶いたしておりますけれども、教員養成学部におきましても教員以外の分野への職業、そういうものに進出を想定した課程へ転換できるものは転換、まあこれは基本的にはまず大学自身が御検討になるわけでございますけれども、その御検討の結果をまちまして、できるだけそういう転換をしていこうということで、六十二年度から具体的に三大学、これは定員ベースで申しますと百四十名でございます。それから六十三年度十三大学、定員ベースで申しますと千八百三十五人、それから六十四年度、これはまだ概算要求中で確定数字ではございませんけれども、十三大学八百六十人というものについて教員以外の分野への進出ということを想定した課程への転換ということを現在やっているという状況でございます。
  145. 高木健太郎

    高木健太郎君 それはわかったような気がしますけれども、これは医学部をたくさん建てたときと同じでして、もう人口が減っている、将来必ずここのところは下がってくるんだということはわかっているわけですね。だから、子供が減るなんというのはしばらく統計見ればすぐわかるわけですよ。それをこの間教員養成大学を建てたわけですね。まだ五、六年にしかならないわけでしょう。それでもうそういうことを考えるというなら、初めから計画がなっとらぬのじゃないか、そんなことぐらい初めから見通しておれなかったのかという、そういう疑問があるんです。  また、教員養成大学というのは、教員養成に向くように、附属の学校があったり、あるいは講座制にしないでそういう教科制にしているわけですね。だから、それなら一般の大学の方をふやしてやるとか、あるいはそこにもう少し研究費だとか講座費をふやしてやるとか、そうした方がよっぽど能率がよかったんじゃないか。そういう養成大学をつくっておいて、それがまだこの間やっているのに、もうそれは一般の科目も取れるようにというのは、まるで計画性がなかったのじゃないかというふうに私は思うんです。だから、そういうことは今後もあることですから、医学部、歯学部、この養成大学に限らず、もう少し先を見た計画をお立てになっておけばよかったんじゃないか、こう思います。  また、私は、養成大学は養成大学として本当に養成として役立つような大学になってもらいたい。それを開かれた教育ということで、大学ということで、今度は一般の大学にも教職課程を置くわけですね。そうすると、その人たちもやっぱり受けているわけです。後でお話しますけれども、かなり大勢の人を一般の大学で、国立大学なんかでもたくさん教職の免状を取っているわけです。それはそのまま置いておく、そこではどんどんふえている、こちらの方は今度はほかのものもとってよろしい、それじゃ全く合わないじゃないですか。それはどういうふうにお考えなんですか。
  146. 國分正明

    政府委員國分正明君) 新しい教育大学、もちろん学部教育を行いまして教員養成を行うということと同時に、当時の大きな目玉としまして、現職教員の研修の機会の提供ということで、いわば修士課程のレベルでの勉強をしていただこうというのが大きな趣旨としてあったわけでございまして、現在、現職教員の修士課程への入学数というのも年々ふえてきておりますし、ますますその重要性は増していくのではないだろうかというふうに考えております。  ただ、御指摘のように、学部教育レベルになりますと、最近の児童生徒数の減、それから出生率というのが、現に生まれた子はわかるわけでございますが、その先はなかなかわからないというような事情もございますが、児童生徒数どうもしばらくは減少ということが想定としてございますので、先ほど申しましたように、大学のことでございますし、現に教員としていろいろな講義、研究等をやっておられる方もあるわけでございますので、にわかにというわけにはなかなかまいりませんけれども、準備が整ったところから先ほど申し上げました転換等の対応を図っていくというのが現状でございます。
  147. 高木健太郎

    高木健太郎君 まあ子供が生まれるのがわからぬとおっしゃいますけれども、医学部でもうその轍があるわけですね。だから、それを今度はまた同じ教育の養成大学でそういうことをやるというのはどうも解せないと思うんです。  それから、教職課程を一般大学にも置いている。そこではたくさんの免許を持った人が出るわけですから、どうしたってそれは就職できない人も出る。せっかく養成大学とした、それを専門にしている大学を卒業したら職がないというのも私は政治としてはやはり余り成功したことではないと思うわけですが、これは、医学部は全部一〇%ぐらい減らしていくんでしょう。六十五年までに減らすという。国立は減らせるけれども、なかなか私立の方は減らせない。そういうことになります。今度は国立の養成大学ですから、これは減らそうと思えば減らせるのかもしれませんけれども、それをほかへ回せばまたほかで、ぎすぎすしたものが起こるということで、もう少し計画をしっかり立てる、今後もあることですからその点はひとつ十分お考えをいただきたいと思います。  もう一つは、先ほど申し上げましたように、それは就職できなかったということじゃなくて、その他へ回ってしまったということは、それは何となく魅力がないんじゃないかと。そのことについて私思うのですけれども、これは大学の先生そのものにも言えることなんですけれども、外国では研究休暇というものがあることは御存じだと思います。大体七年ぐらい大学の教授をしておりますというと、そうすると一年ないし半年の休暇が与えられまして、日本によくやってくる教授なんかはその研究休暇、いわゆるサバティカルイヤーを利用して、そして方々の研究所を回って、そしていろいろ意見交換をする。私は非常にいい制度だと思うんですね。  ところが、そういうものは大学の教官にもなかなか与えられませんが、それはくじで古い順にだんだん外遊をさしてもらえる、国外留学ができる、海外留学ができるということはありますけれども、小中高の先生方にもそういうひとつ特典といいますか、何年かしたら勉強しによそへ出れる。午前中もお話ありましたけれども、何年か勤めておられた先生が大学へ行って勉強したいと思ってもなかなかやってもらえないというんじゃなくて、何年かしたら、例えば十五年したらどこかへやってもらえるとか、あるいは十年たったらどこかへやってもらえる。そういうものをおつくりになれば少し魅力が出るんじゃないでしょうか。このことについてはどうお考えでしょう。検討されたことがありますか。
  148. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 今先生のおっしゃいましたような趣旨のことにつきまして、臨時教育審議会におかれましても答申の中に検討課題として挙げられたことがあるわけでございます。その後、私どもといたしましては、教育職員養成審議会におきましてそうした問題も含めましていろいろな観点から御議論をいただいたわけでございますけれども、結論的に、養成審議会におきましては、研修休暇でございますとか研修休職の制度につきましては、一般公務員の他の職種もあるわけでございますので、そうしたものとの均衡などを慎重に検討すべきである、そういう問題も多いということにかんがみまして今後の検討課題というふうにされた次第でございます。そうしたことでございますので、私どもとしても今後の検討課題として十分勉強してまいりたい、そのように考えている次第でございます。
  149. 高木健太郎

    高木健太郎君 それはほかの公務員の方もおいででございますから、それの均衡ということあるでしょう。しかし今度の改正というものの一つの目玉は、学問とかそういう教育というものは日に日に進歩しているものだ、だから研修するんだ、大学院でもやろうということがこれ本当の趣旨なわけですね。私は、行こうと思ってもさっきのように行けないという人も出てくるわけなんで、必ず半年なり一年間は行けるということにしないと、結局は仏つくって魂入れずということになるんじゃないか、こう思うんです。  その点についてもう少し、今後の検討課題というけれども、今後今後と言っていつの今後かわからない。だから、例えば一年たったらば何とか結論出しますと、そういうふうにしてもらわないと、ここで何ぼ議論しても、ああいいなと思っておっても、こっちも忘れちゃうしそっちは何もしない。そうすると、もとのままになるということになりますから、ぜひ、今後なら今後で、一年たったらこれはひとつ検討課題としてここへ答えを出します、そういうことをお約束できませんか。だめだったらだめだでもいいです、なぜだめだとわかればそれでいいんですから。
  150. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 教員の研修の問題につきましてはもう御存じのことだと思いますけれども教育公務員特例法におきましても、勤務場所を離れての研修でございますとか、長期にわたる研修などの規定もあるわけでございまして、実際問題といたしまして、他の公務員に比較した場合には、相当研修について教員自身も努力されておりますけれども行政当局としてもいろいろな機会を設けて努力しているのが実情でございます。  それで、今先生が具体的に御提案されましたことにつきましてはいろいろ審議会の御議論もいただいた次第でございますけれども、そうした教員の現状もかんがみまして、やはり他の職種というものも十分考える必要があるということで、慎重に検討すべき課題であるというふうにされているわけでございます。そうしたことでございますので、私どもといたしましてはやはり審議会の結論を十分尊重して対処してまいる必要があると考えている次第でございます。
  151. 高木健太郎

    高木健太郎君 私はほかの産業あるいはほかの公務員の方が余りろくでもない仕事をしているというわけじゃないのです、これは。しかし教育というのは将来の日本をしょって立つ人をつくるんだという非常に重要な任務を持っているから、それで教育特例法というのがあるわけでしょう。それならば、特例らしいものをここで魅力としておつくりになることが私は大事だと思うんですね。だから文部省は何もしないのだというようなことになっちゃうわけですね。だから、ぜひ文部省は胸を張って教員をこういうふうに優遇しますよと、国民もそれを納得すると私は思うんですね。それをぜひひとつ努力をしていただきたい。今、年限のことはおっしゃいませんでしたけれども、ぜひ一年なり二年なりの間に、こういう成果が出ましたということをここで御発表いただきたいと思うんです。また局長おかわりになるかもしれぬけれども、かわらないうちにひとつ出していただきたいと思います。  いわゆるそういう暇、サバティカルイヤーというのは、一種のそういう研修の休暇なわけですね。もう一つ大事なことは私はやっぱり給与だと思うんです。四十九年に人材確保法というのができまして、教員に対して五〇%の特例法ですか、いわゆる普通公務員に比べて五〇%の給与の引き上げがありました。そういうせいかどうかわかりませんけれども、五十四年ごろに採用した先生は非常に優秀であったということを聞いておりますが、本当にそうでしょうか。これは私ほかの者から聞いたからわからないのですが、それは局長どういうふうにお考えですか。優秀だったとお考えでしょうか。
  152. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先生御指摘のように、人材確保法というのが制定されまして、四十八年度以降三次にわたる給与改善がされた次第でございます。実際にそのときに教員におなりになった方々が優秀かどうかということまでは私つまびらかにするのがなかなか困難でございますけれども、当時そうした措置によって教員の志望者が若干ふえたという傾向につきましては仄聞したことがある次第でございます。
  153. 高木健太郎

    高木健太郎君 ところが、現在は一般行政職よりも一七%しか高くないわけでございまして、こういうことをひとつ引き上げるということも、ドライブをかける、いわゆるそれに意欲を燃やす、教育に対して意欲を燃やすという意味でひとつお考えいただいたらどうかと思いますが、文部大臣もひとつお考えになっていただけないでしょうか。いわゆるサバティカルイヤーあるいは給与という面で教育、特別職であるということで、いろいろな意味で一般公務員よりもある程度優遇する、こういうことを考えないと私は教育というのはこれよりか以上、上にいかない。それをただ、いや研修せい、勉強せよというのでは、子供に勉強せい勉強せいと言っているのと同じになるのじゃないのかなという気がするので、文部大臣どういうふうにお考えでしょうか。
  154. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) これはあらゆる面で教員の資質の向上のために意欲を持っていただくということは必要でありますし、また意欲を持っていただくという方途も私ども知恵を出し合わなければいけないということはよくわかります。先生が二つ御提案になったわけでありますが、それも教員なるがゆえに休暇と称するのか、あるいはそれも現職研修と称するのか、どのようにその資質を向上させていただくための方途を、他の公務員との均衡と申しますか、均衡というと同一というわけではなくて、そういう面を勘案しながら、確かにこういう意欲を持っていただくためのインセンティブと申しますか、そういうものを何らかの形で知恵を出し合うということは必要なことかもしれません。直ちにこういう形でということは申し上げられないわけでございますが、先生の御指摘は貴重な御指摘として心にとどめさせていただきたいと思います。
  155. 高木健太郎

    高木健太郎君 勉強せい、それから研修もせいというのは、何か子供に入学試験で落ちるぞ落ちるぞ、勉強せぬか勉強せぬかというような気持ちだとか、あるいは偏差値でいじめるとか、あるいは競争原理を持ち込んでがたがたやるとかいう、何かそういうふうな気持ちが私するんですね。だから、そういう気持ちはお持ちにならないで、これは国民の将来のことを考えて教員の資質を上げなきゃいけないというふうにお考え、純粋なお考えでこの法案をおつくりになったんでしょうけれども、しかし、竹下総理もあめとむちとよく言われますけれども、御自分ではおっしゃらないんですけれども、これは非常にいいことだ。これは人間というものはやっぱりむちばかりでは動かないもので、あめが要るということは確かなんで、今のこの改正法を見ますと、むちばかりであめがないように見えますね。だから、どこかにあめがないと、やっぱり私は動かぬのじゃないかというふうに思うんです。ただ競争原理を持ち込む、自分自身は立派になれというのはどうもそれは今の世の中にも合わないようなことだと思いますので、あめの方は何を考えておるか、リウォードの方は何だと。パニッシュメントばかりじゃいかぬ、リウォードがないと人間というのはドライブが出ないわけなんですから。それも一つぜひお考えをいただきたいと思います。  それからもう一つは、ドイツなんかの小学校、いわゆる中小学校の先生のお話聞きますと、非常に暇と言っては悪いですけれども日本の先生方に比べて、私、日本の先生方の現場は知らないんですけれども、いろいろうわさに聞いていますと、日本の先生というのは学校が終えるのが三時か四時かそのくらいでしょうね。それから今度はいろいろ学校の中の仕事がおありになって、それから今度はPTAの会がありまして、それから今度は家庭訪問というようなものがあって、非常に私、忙しいように思うんです。ところが、ドイツの話を聞きますと、大体もう一時半には終わるわけですね、学校。そして、学校の先生の責任というのは学校だけなんです。家庭の中にも入り込まないし、社会にも入り込まない。それは社会は社会、家庭は家庭として皆さんが各自責任を持っておやりになる。私は学校の中の責任を持っているという責任分担がはっきりしているように思うんですね。  それで、私は今の日本の小中学校の先生はどうもお忙しいんじゃないかと。どれくらいのスケジュールになっているか、大体それをおわかりになりますか。まあこんなことをお聞きしてもなんですが、結局私は、こういう法改正をおやりになって勉強させようというのはいいけれども、もう少し暇を与えないと参っちゃうんじゃないか。いらいらした先生ができるのではないかと、こう思います。そういう意味で、四十人学級を三十五人学級にしようという要求も出しているんですが、私は、四十人学級は四十人学級でもいいけれども、もう少し一日の職務を減らすということはぜひ今後考えなければならぬことじゃないかなと思います。  総理府が学校教育に関する要望アンケートというのを一般の国民に出して調査したことがございます。その結果、いろいろありますが、第一位が教員の資質向上ということにあったんだそうですね。そういうことが今度の法案を出す一つのきっかけになっているかと思います。ところで、資質向上と簡単に言いますけれども、その資質あるいは教員としての能力、それは一般国民は何によって評価をしたとお考えでしょうか。
  156. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 一般国民が何によって評価をされたかというお尋ねでございますが、学校の先生方と接した父兄それぞれによって、いろいろなことによって異なるかと思う次第でございます。ただ、私どもとしては教員について何が重要だということになれば、教育者としての使命感でございますとか、教育の理念や人間の成長発達についての深い理解でございますとか、それから児童生徒に対する教育的な愛情でございますとか、教科などに関する専門的な知識、さらには広く豊かな教養、その上で、こうしたものを基盤とした実践的指導力、そうしたものが何よりも教員には大切なものではないかと、そのように考えている次第でございます。
  157. 高木健太郎

    高木健太郎君 私は一般の人がお考えになっているのは、例えば小学校はいいでしょうが、中学、高等学校ぐらいになりますと、やっぱり上級学校にどれくらいその担任の先生のクラスから入ったかという、それが何か評価の一つになっているんじゃないかなと思うんです。それはどういうふうにお考えですか。ほかに目安で、まあ人格高邁にしてとか何かいうことで、教師の資質が悪いとかいうことを、一般の国民はそんなことを言うでしょうかね。それはどうお考えですか。あるいはモラルが悪いとか、あるいは知識が古いとか、あるいは私たちといろいろ話しても余りあの人は頭がよくない、あるいは何にも知らぬ、あるいは教え方が下手だとか、あるいは私の子供を殴ったとか、そんなことじゃないかなと思うんですが。私は一番大きいのは、あそこの学校に入れると、あの先生に持ってもらうと上の学校によく入る。ところが、この学校の先生は余り入らぬ。だから資質が悪い、だから先生がよくなきゃだめだと、そう思っているんじゃないでしょうか。それはどうお考えですか。
  158. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 今先生のおっしゃいましたように、その学校に入るためにいい成績を上げられる先生がいい先生だというふうにお考えになる方もおられるのは事実ではないかというふうに考える次第でございます。  学校の勉強をよくできるようにするということ自体も、単に学識が深いということだけでは達成されるものではございませんで、そこにはいろいろな要素の実践的な指導力があって初めてなし得るものでございますから、そうした評価も一つの評価ではあり得るかとは思いますけれども、私どもといたしましてはそうした方々のほかにも、そのほかのクラブ活動とか、いろいろなことに極めて熱心に取り組まれておりまして、それなりの成果を上げておられる先生方について非常に立派な先生だという評価も聞くわけでございまして、やはり父兄の中にはいろいろな方がおられまして、それぞれ評価はある次第でございますけれども、私どもとして全般的に考えますと、やはり先ほど申し上げたような各要素を兼ね備えて熱心に取り組んでいただく先生が立派な先生ではないかと、そのように考えている次第でございます。
  159. 高木健太郎

    高木健太郎君 局長が考える立派な先生というのは、私それでいいと思うんですけれども、これはアンケートで一般国民にお聞きした、そしたら資質の向上が大事だと、こう答えたその裏はそういうことじゃないですか、こういうことを聞いているので、もしも今度総理府かなんかお頼みになって調査をされるときには、資質の向上を目指す、こういうことであれば、資質の向上が大事だということであれば、何をもって資質をあなたは判断されたんですかと、そういう問いもちゃんとやっぱり入れるべきじゃないか。今後またお調べになるときあるでしょう。ぜひそういう何をもって評価するか、これ非常に重要なことなんですね。だから、それを一つ項目の中に入れておかれるように、ひとつここで注文をしておきます。  そこで、教員の資質ということなんですけれども、学歴だけではできないわけでしょう。それはできないとお考えですね。学歴がいいから資質がいいと、そうは思わない。大学出てもばかもいるわけですから、そういうことはお考えじゃないと思います。あるいは例えばドイツなんかの教授あるいは講師、そういうものを選挙する場合があるんです。日本では教授会だけで調べてやっていますけれども、向こうはその候補者の人を何人か、五人かそこらの候補が集まりますと、それを呼んで、そして講堂に呼んで、そしてその全学の先生方がその講義を聞くわけです。そしてチェックして、質問をして、そしてその人の態度であるとか、あるいは学識であるとか、そういうことをチェックする。同時に後で持ち寄ってそれを議論する。こうやって講師、教授というものを評価して決めている。人間の評価というのは非常に難しいものですから、それぐらいのことをしているわけです。日本でも何か人を呼んでそういうことをやりたいんですけれども、何もしない。なれるかならぬかわからぬような人を五人呼んで、お前講義しろと言ったら、あそこの大学にはおれはもう志願しないということになりまして、人間が集まらない。日本は恥ずかしがってそういうことをやらないわけですね。だけれども、欧米ではそういうことをやっているわけです。  しかし、大学では評価としてはその人がどれくらいの研究業績を出したか、それは中身によるんですけれども、本当は数なんかも大事なことなんで、それからまた、その人の論文が有名な雑誌のどこに何回ぐらい引用されたかということも非常に大事な評価の一つなんです。日本の大学の教授の論文というのは余り外国のいい雑誌のところに載っておらないということは非常に残念なんですけれども、とにかくそういうふうに、どれに引用されたかということが非常に重要なことになります。  だから、こういうふうに私は大学の教官の選考あるいは助手でも講師でもそうですけれども、そういう者を任用するというときには、ある意味で客観的なそういうデータがある程度あるわけです。それは不完全ではあるわけですけれどもあります。ところが、大学で一番困るのはその人が教育者としていいかどうか、いわゆる大学は研究と教育ですからして、研究はよくやるけれども教育させてみたらば全然下手だという人もあるわけですね。私そういう経験を二、三持っておりまして、せっかく、これは研究がいいからこの人はいいよと推薦されたから、それじゃその人を登用して、来てみたら何かちょっと御病気で、こんな、むちが震えて何を指しているかわからぬ、しゃべることも何かうまいことしゃべれぬという先生が来まして、これは変なことしたなという後悔をしたこともあるんです。  ところが、教育というものはほとんど評価されないですね。例えばその先生が教えて、それから五年か十年たちまして、それからその生徒に会って、学生に会ってどうだったと、いやあの人から習ったのは今も頭に残っている、やっぱりそういう講義をする先生があるわけですね。そういう先生は大学の中では、学校の中では余り評判がよくない。あいつは教育熱心で研究は一つもない、こういうふうに言われるわけです。  そこで、今度は学校の、いわゆる小中高の学校の先生の評価というのはどういうふうにされるんだろうかと思うんです。現在は教育委員会で何かおやりになるんですか、私よく知らないんですけれども。例えば教頭なり校長なりが、どこか昇進をさせようとか、どこかのいい学校に、ある学校に、希望の学校にもっていってやろうとか、歴史のある学校にもっていこうとか、そういうことをいろいろお考えになるときに、その先生を評価するのは教頭あるいは校長、そしてその校長が出したデータが教育委員会にいく。そうすると教育委員会で、これは余り調べもしないでかもしれませんが、まあいいでしょうというようなことで通しちゃう。それで評価ができるのかなと。だから、これは将来資質を向上させるというときには学歴だけではないということを、さっき、そうなんですね、局長、これは学歴だけじゃない。そうしたら、その人の研究業績はもちろんあるわけです。発表とかいろいろなことをおやりになる。それから教育現場、それからその子供の反応、そういうことを全部評価してやるシステムなり何かが学校現場で整っているでしょうか。どういうふうにして評価しておられるんですか。
  160. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 今先生から御指摘のありました点でございますけれども、これはやはり一番端的にあらわれますのは校長、教頭の任用などに当たっての際でございますけれども、こうしたときには、やはり従来からの勤務実績などの評価といたしまして学校の管理者としてふさわしい人物かどうかというようなことを任用の客観的な基準とする次第でございますけれども、そのほかに管理職の選考試験などを実施しているところもございまして、そうしたところにおきましては面接なども当然行うわけでございまして、できるだけそうした手続を踏みまして公正な人事などが行われるように現場においてはいろいろと意を配っているところでございます。
  161. 高木健太郎

    高木健太郎君 教育というのは、その教育者の意欲だとか熱意であるとか、愛情であるとか、そういうちょっとはかれないものがあるんですね。だから非常に私難しいと思うんです。研究はただペーパー書けばいい研究か悪い研究かすぐわかるんですけれども教育実績というのはなかなか私、はかりにくいんじゃないか、こう思います。また、自分は何年も教育をしているという人はどことなく魅力がありまして、教え方が上手だとか子供がそこへなつくとか、そういうことがありますが、そういう実績を見失わないように、特に今度免許法が改定になりまして、そして学歴というようなものがそこにはっきり出てくるようになりますと、一生懸命でやっているというその実績はどこかへ飛んでしまう。大学で言うと、研究ばかりしている、そして余り教育の方は熱がない、そういうことになりがちになることを非常に心配をいたします。  そういう意味では、今後、教育委員会なりあるいは校長会なり、そういうものとよく御相談をされまして、そういう目に見えないその人の評価というものをどうしたらできるかをよく御研究していただきたい、そういうように思います。また、そうやって認められることが、自分現場で一生懸命教育したことが実際に認められた、その喜びになるんじゃないかと思うんですね。そうでないと、ずる賢くて単位ばっかり取っている人が上がっちゃう。そうすると熱意がだんだんなくなっちゃうんじゃないか、そういうことも心配をしますから、ひとつ、その大学なんかの、大学教授で教育に熱心な先生はどこかへ置いてきぼりになっちゃって、業績だけが立派なやつが教授になっちゃう。そうすると余り患者もよく診ないなんというのがおるんですよ。  そういうことでないように、ひとつ教育に対する意欲、情熱、愛情、こういうものと、子供が、そこから出た子供がどんなになったかという、そういうことも判定される。それが単に入学試験で学校にたくさん入ったというようなことばかりがその評価の対象にならないように、非常に、あなたもおっしゃるように、局長も言われるように、大変難しい問題かもしれませんけれども、難しいからやらないというんじゃなくて、少しでもいい方向に行くように、この際、この改正法を出されたならば、それが悪い面が出ないように、十分ひとつ留意をしていただきたい、こう思います。  その次は、文部大臣にちょっとお聞きいたします。  この免許状の改正につきましては単位がふえるわけですね。それから、大学院なんかにも入ってくる人ができる、こういうことになるわけです。いわゆる教員の資質の向上ということでありますが、一つの職場に、まあ二種の人は幼稚園ぐらいの人でしょうか、幼稚園かあるいは小学校ぐらいにおられるんでしょうか。一種と専修の人が多いんでしょうけれども、とにかく一つの職場に何か三種類の教員がいるというのは、何か私、違和感を覚えるんですね。これはまあ直観的のもので、いい悪いは別にしまして。で、人間形成というものを目指している、あるいは人間を取り扱うこれは職場でございまして、そこに何か種類があるのもおかしい。一種二種じゃなくて、何かABCでもいけないし、順番のあるやつはこれいかぬのですね。順番のないような番号ならいいんですけれどもね、順番があるのは。例えば赤青白とかいうならこれはいいですけれどもね。一種、二種、専修というと、やっぱり専がよくてそれから一がよくて二がいいというような順番が頭に来るわけです。  ところが、幼稚園の生徒を教えさせると二種の人が非常にうまいんだけれども、専修の人に幼稚園の子供を教えさすと全然だめだ。私なんか全然だめだろうと思うんですね。だから、それはそれに向いた人があるわけなんだから、それを一種、二種、専修というような、そういう名前が私ちょっと頭に響きます。それで、それをつけると、二種の先生が教えているから幼稚園は一番低いところだ、大学というところはその専修の先生を教えているんだから大学というところは一番偉いところだと。そんなことはないわけですね。  私は、それぞれの職場で立派にやっている人、その人が立派な人だと思うんですね。その人しかできない仕事をその人がやっている。だからそういう順位をつけるということには私は非常に、抵抗と言っちゃ悪いけれども、マラソンをさせて一等、二等というのは結構ですけれども、何かもう少し幼稚園、幼児のとき、それから小学校、それぞれ違った、あるいは職務の違ったものに一種、二種、専修というのにはちょっと抵抗を感ずるんです。もう少しそれもひとつ考えていただきたいんです。それがやがては幼稚園を低く見て大学を高く見る。  今度は大学の中ではお医者さんが一番、あれ六年やりますからね、一般教養から来るので六年やる。そしてやっぱり収入がちょっと多いんですね。工学の先生は、いろいろ工学の工場、企業にも関係があるからそれは多い。理学部になると、あそこは理論ばかりで余り大した、えらくと言っちゃおかしいけれども、お金持ちは少ないわけですね、あそこから出た人は。そして教育学部になると一番低いんですね。教養学部はもっと低いんです。何となく大学の中でランクづけができてましてね。ランクづけができるのはいいんですけれども、今度はそこから概算要求でも出しますと、医学部のやつはよく通るけれども、こちらのは余り世の中にすぐ役に立たぬからといって教育学部はなかなか通らない。そういうことはあってはならぬけれども、あるようにも思うというわけですね、これは私の主観ですから。しかし私はまあ四十年ぐらい大学におりましたから何かそんな気がするんですね。そういうことがないようにしなければいかぬのではないか。  例えばお医者さんは、これは病気を診るわけですけれども、昔は戦争中に臨時医専というのができました。しかし、その臨時医専はすぐ戦後だめになりまして医学部ができたわけですね。それでそういうふうに統一された。そして国家試験という医師国家試験で一つになっちゃっているんですね。人間の病気を診る、人間をさわるんだからというんで、それは一つになっているんです。  それから現在はり、きゅうというのが残っていますけれども、はり、きゅうは医療類似行為といいまして、これはいまだにごたごたしているんです、二つあるために。同じ医療をやっているのに片一方は医療類似行為である、片一方は医療なわけですね。保険が片一方は使えない、片一方は使えるという、そういうふうに区別があるし、それで、それ何とかして同じ人間の体をさわるんだから一つにしたいと思って私なんかでも苦労しているんですけれども、なかなかうまくいかないんですね。  そういうこともありまして、私は将来この教官というものは上下の関係はなくて、その職場職場によって尊敬を受けるような、そういう教員にならなければならぬのじゃないか。それは幼児教育は幼児教育として大事、小中学校は小中学校として大事である、それぞれの尊敬を受け、それぞれに評価されるべきじゃないかなと、そういうふうに思っておりますが、この点につきまして文部大臣はどのようにお考えでしょうか。  もう一つは、もしも二種の人はできるだけ一種の研修を受けて一種をお取りなさいというのには、二種はできればなくなってほしいというふうにお考えになっているんでしょうね。そうすると、一種と専修ということになるのがいい形としてお考えになるんでしょうか。あるいは、もう将来は全部専修にする方が学校教育としては一番理想的な姿であるとお考えなんでしょうか。その点についてひとつ大臣の御所感を承りたいと思います。
  162. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 高木先生からいろいろ広範な御指摘をいただきました。私の地位で及ばない点もございまして、なるほど教員の方々の資質の評価、判定というものは難しいものだなというふうに思いました。  先生は結論をおっしゃいましたけれども、その過程で研究実績だけでははかり得ないところがありますし、またその場その場で、発達段階あるいは年齢によって一番適切な指導ができる、実践的な指導力を持っている方、これを私どもは希望しておるわけでありますし、また一方で、私一番びっくりいたしましたのは、先生の評価が上の学校への進学率、入学率と申しますか、それの高い先生を御父兄は高く評価なさるという言葉を伺ってどきっといたしました。確かにそういうことは、忘れておりましたけれども、もし進学に間近い年齢の子供を今私が持っていたとすると、やはり同じようなことを考える心があるかな、全然ないとは言い切れないなと、こう思いました。  しかし、社会に出てみますと社会には社会のやはり行き方がございますし、そして社会に出てから小学校、中学校あるいは高校の先生のそのときは気がつかなかった言葉が明確に思い出されまして、当時は気づかなかったことが後に社会人になってから意外と重みを感じて思い出されることもあるわけでありまして、決して入学率だけでははかれない、その点は御父兄の方の感覚もやはり進学だけでなく、よき社会人となってから培われるような教育をしてくださる教員の方々が多ければいいな、こう考えた次第でございまして、前段の御質問には率直にそういう感想を得ました。したがって、あらゆる意味で資質の向上と一言で言うのはなかなか難しい面もございますけれども、資質の向上を私どもが、ではどこに絞るかと強いて申しますと、先ほど申したように、やはり年齢、発達段階に応じて一番適切に心の指導までしていただけるような教員の資質であろう、こう思います。  それで後段の御質問でありますが、今回三種類の種類分けを御提案しているわけでございますが、御提案した以上はやはり三種類の免許制度が必要だと、こういうことでございますが、しかし、おっしゃるように、この一種、二種も随分考えまして、そういう段階別とは決してお受け取りにならないような呼称はないものだろうかというふうに考えて、できるだけ三種類別に御理解いただけるような呼び方を考えたつもりでございますけれども、やはり一種、二種となりますとどちらが上かというようなこともあるかもしれません。そういう面で、はっきり申し上げますと、二種免許状の方はさらに資質の向上に努力をしていただくという点を含めまして現職研修に励んでいただき、またそのような機会はつくっていかなければならないということも含めて御提案をしておるわけでございまして、決して現在二種類でいいとか一種類でいいとかいうことを考えておるわけではございません。それぞれの段階で現職研修の意欲を持っていただき、そういうチャンスをできるだけ多くつくっていくことが必要であろう、率直にそう考えながら御提案を申し上げているところであるということを申し上げたいと思う次第でございます。
  163. 高木健太郎

    高木健太郎君 大変誠実なお答えをいただきまして私も大変ありがたいと思っております。  そこで、臨教審も言われておりますように、教員養成における教科、それから教職科目の内容については、近年の児童生徒の状況、小中高校の教育内容の変化に対応する観点から見直すということで今度のやつが出ておりますが、単位数をふやすんですね。あるいは改めるんでしょうか。そうした場合に、教える側から考えますと、カリキュラムがふえてくるわけです。それに対して、養成大学はもちろんですけれども、一般大学で教職課程を受けるところではまた単位数がふえてくるんですね。それから大学院の方に受け入れもふえてくる。そういうものの受け入れ態勢といいますか、条件整備というものがこの際非常に重要ではないかと思います。  また最初に、それじゃ単位数に戻りまして、カリキュラムを変えなきゃならぬですね。大学の四年間というのは押さえてあるわけでしょう。カリキュラムをふやす、ふやしたいと思うけれども、四年の中にはめなきゃならぬ、そうするとカリキュラムを変えなきゃいかぬということになります。そのカリキュラムは何年ごとぐらいに変えようと今お考えですか。それからまた、カリキュラムを変えるということはどこでだれが決めるんでしょうか。日進月歩といいますか、毎日進んでいるわけだから、できれば毎日変えた方がいいでしょうけれども、そんなことはできっこないわけですから、だけれども何年かごとに変えるということはあらかじめお考えになっているんでしょうか。まず、それからお聞きしておきます。
  164. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 教員養成課程のカリキュラムの問題でございますけれども、私どもといたしましては児童生徒の状況でございますとか、学校教育内容の変化などに応じまして、適宜見直すことが適当ではないかというふうに考えている次第でございますけれども、具体的にそれではどうするかということでございますけれども、これはやはり小学校など初めといたしまして教育課程の基準の改善がおおよそ十年ごとぐらいに行われているわけでございますので、そうした機会に見直していただくのが非常によろしいのじゃないかというふうに考えているわけでございます。  ただ、具体的にそれじゃそれをどういうふうに進めるかということでございますが、私どもといたしましては省令事項として教科に関する専門科目でございますとか、教職に関する専門科目を定めるわけでございますので、そうしたときにそのようなことを考えたいというふうに思っている次第でございます。ただ、そうとは申しましてもこれは枠の話でございまして、具体的にどのような科目をそれでは設置するかということはやはり各大学において対応していただかなければならない問題でございますので、その辺は各大学におかれましていろいろと御研究の上、対応していただければ非常にありがたい、そのように考えておる次第でございます。
  165. 高木健太郎

    高木健太郎君 また、いわゆる単位数がふえますと、それを教える先生もふえるということで、大学自体もそれに対応しようとするとどうしても定員と予算というものがくっついてくるわけです。五十二年十一月に国大協の教員養成制度特別委員会というところから大学における教員養成という中で教職課程センターというものを設置してもらいたいということを文部省に提言をしていると思います。それから、その後五十四年でしたか、五十五年ぐらいから各国立大学の中で教職センターというものを置くようにという要求が多分出ていると思うんですけれども、それがどの程度それに対応されたでしょうか。何にもしておられませんか。
  166. 國分正明

    政府委員國分正明君) 現在教員養成を直接目的としない一般大学におきましては、各大学によってそれぞれ異なるわけでございますけれども、例えば教育学部といったような特定の学部に教職専門科目に関します授業科目を集中して開設するというようなことで、全学的な教育指導体制の充実のためのいろいろな工夫はしているところでございます。ただ、御指摘の教職のための特別のセンターというようなことにつきましては、先般の教養審における答申におきましても今後の検討課題というふうにされております。ただ具体には、例えばまだ実現は見ておりませんけれども、名古屋大学等においてこういう課程を設けようということで具体化のための検討は現在行っている、こんな状況にございます。
  167. 高木健太郎

    高木健太郎君 検討というか、毎年出しているんですね、五十五年ごろから名古屋大学は。それから国大協から出たのはもう五十二年なんです。おいおい検討していますというけれども、もう十年以上たっているわけですから、そんなではとても間に合わないんじゃないでしょうか。  国立大学に入って教職課程を受けるというのは、これは教育学部に入るんでしょうね、教職課程というのは。ところが、例えば大学院という場合には、例えば理工系の高等学校の先生という場合、理学部か工学部へ行きたいでしょうね。その場合でも、やっぱりその先生はそこに幾らか暇を割かなきゃならぬのじゃないかと思うんですが、それはどういうふうになっているんですか。例えば、理科の先生、自然科学の先生、そういう者は理学部の大学院にも入れるんですか、そこには全然入れないんですか、それはどうなっているでしょうか。
  168. 國分正明

    政府委員國分正明君) ちょっと御質問の趣旨が理解できなかったのでございますけれども、例えば理学部の学生が教職の専門科目をとる……
  169. 高木健太郎

    高木健太郎君 いや、違う、違う。そうじゃなくて、理科の現職の先生が、教員がいるわけですね、高等学校かどこかに。その人が今度は専修になろうと思って、専修免許を受けようとしている場合に、自分はどこかの理学部のどこかの実験室なりそういう教室に入って勉強したい、あるいはそこの大学院に入りたい、そういうことはできるんですかと、そういうことを言っている。それは教育学部に入らないでもいいんじゃないでしょうか。もっと専門のところに入ったらどうですかと。もしそれができるということであれば、オープンだということであれば、そこに入ると、そこの教室が非常にそのためにある程度負担をこうむるわけですが、そういうことができるのかできないのか、やってはどうでしょうかということです。やるとすればまた定員と予算が絡みますよと、こういうことを申し上げているわけです。
  170. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 私どもの方から送り出す側からの方のお話を申し上げる次第でございますけれども、これは現在、新教育大学ではよくやられていることでございますけれども、受験するに当たって任命権者とか服務監督権者などの許可を得まして、その上で受験をして、許可を得て出張の形式で大学院に修学するという形態もある次第でございます。その他の大学について今私つまびらかにいたしておりませんけれども、同じような手順を踏んで、かつ職務と密接に関連した研究であれば、それはそういう方途も可能ではないかというふうに考える次第でございます。
  171. 高木健太郎

    高木健太郎君 それは今自然科学の理工系の現職教員のことを言いましたんですけれども、例えば大学院の経済にいきたいとか法学部にいきたい、法科を勉強したいという人もあるわけですね。その場合に一般大学にいけば法学もあるし経済もあるし理学部もあるわけです。そういうところの大学に入った方が私は非常にいいと思うんですね。ただ、引き受けた大学の方が大変だと、そういうことになるので、教職教育センターというようなものを置いて、そこで全体としてどういうふうに振り割るか。それから、このごろはまた海外留学生もたくさん来ていますし、それからまた一般社会人も引き受けて、大学の大学院なんかでいわゆる市民講座みたいなものも開いているわけです。大学の先生もなかなかあっちもこっちも見なきゃならぬ。  ところが、やってくる人がいろいろ種類があるということになると、なかなか大学としても対応がしにくいので、そういう意味で教職とつけるのはどうかな、教職教育センターという名前もいいかわるいかわかりませんが、そういうもっとオープンの大学になっているということになれば、社会それから海外、それから今度は教職、そういういろいろな人が大学を利用して、図書館でも研究室でも利用して、そこで勉強していくというような状況になってくるんじゃないか。それは単に教員養成大学だけでは引き受けられない問題になってくるのじゃないかなと、こう思うので、そういう意味では教職教育センターというよりも、もっと何かいい名前がそこにあって、そこでいろいろの教官をあっちにやったりこっちにやったり、予算を振り分けたりというようなものができるとその大学でやっていけると思うんですが、それもひとつぜひお考えいただきたい。  それから、五十二年にもう国大協からそういうのが出ているんですから、今言いましたように、海外とか社会とかも一緒にひっくるめて大学でどういうふうにするかということを文部省としてよく御相談をしておいていただきたい。  時間が参りますので、最後に、普通の大学で教職の課程を置いているところに対しましては、今言いましたようにいわゆる専任教員の増員だとか、あるいは教育センターの、いわゆる教職教育センターの設置であるとか、あるいはそれに対する予算上の措置とか、それをどこからどういうふうに始めてどのような規模にしていくのかという、もうその企画、プランニングをしておくべきじゃないか。十年もほっているということは本当によくないと思うんです。それで、片方の方では学生が余ってきてほかのところの学校に、教員養成とは全然無関係なところへ就職しているとか、そういうばらばらのことでは行政として私よくない。だから、もう少し先を見て、そしてそれにどう対応するかをひとつ今からじっくりお考えいただきたいと切に望むわけです。  時間がもう——実はカリキュラムの問題で二つだけ、これ文部大臣に申し上げたいんですけれども、(「あと十五分ありますよ」と呼ぶ者あり)——まだあるんですか。それじゃもう一つお聞きいたします。もう時間がなくなったかと思って慌てていましたんですが。  これ、御存じでしょうか。最近の非行とかいじめとかがございますが、もう一つはセックスの問題があるわけなんです。これ、私は医者の関係で少しセックスのことは知っているわけなんですけれども、広島のある病院、総合病院ですけれども、一九八一年に建ちまして、六年間診て、実際これは産婦人科の病院ですから男は来ないんです、女の人が来る。その間に、十代の受診者で二千人以上をそこで診ているわけですが、このうち性交の経験者が七〇%、というのは結婚はしていないわけです、七〇%。妊娠が二千人のうち五百三十九例、だから約四分の一です。年齢で言いますと、十四歳が三例、十五歳が十一例ありまして、十九歳までなんですが、五百三十九例のうち、十七歳から二十二歳というと高等学校の高学年から大学の終わりの方ですが、それが大体八〇%です。それからよくわからないのが七十八名ありますけれども、七五・四%、要するに八〇%はその年ごろであるということです。十七歳から二十歳、二十二歳ぐらいの年ごろです。その妊娠した、四百五十五名妊娠しておりますが、それを人工中絶したのが、七五・四%が人工中絶をしているわけです。それで、産んだのは一九・三%、それから自然流産が四・二%、こういう状況になっているんです。これ、どういうふうに考えるかなんです。一向に減ってないんです。この婦人科の責任者が言うのは、要するに妊娠をしている人にどうしたんだと聞いたら、全然避妊をしないという者が二百五十二名、四八・八%、始めから避妊をしないんですね。それで、どうしてしないんだと聞くと、男に嫌われるから私は嫌だ、コンドームをはめると言うと男に逃げられちゃう、だから愛情のためには避妊はしない、そういうことを言っているんです。  そういうことで、何かセックスで妊娠をするという意識が子供に非常に希薄である。愛情愛情と言って、妊娠という重大事に対して非常に意識が希薄である。で、その子供は特別な子供かというと普通の家庭の普通の子供、ほとんどはそうであるんです。結婚するまでにセックスはしてはいけない、タブーであるという子供はほとんどいない。愛し合っておればセックスしてよろしい、こういう状況が今蔓延しておるんですが、これに対して文部大臣にこれは御所見どうですかというのもあんまりですからお聞きはいたしませんが、私は驚いたということで申し上げているわけです。  それで、今いわゆるポルノ風のああいう性情報というのは非常にはんらんしておりますから、何でも子供は知っているとお考えでしょうけれども、若者の性知識というのが非常に無知である。決定的に無知であるということをこの医師は指摘しております。特に性情報に比べて正しい科学知識がほとんどない。それから、誤った知識がはんらんしている。それから、知っているけれども知識が上滑りであって、実感として、実践としては全然ないと言うんです。実態を知らないと言うんです。それから、自分を主張するということがない。相手から言われれば応ずる。自分はこう思うからしないという、いわゆる自己主張というものがない。それからまた、母親が性の知識に非常に無知である。そういうこともこれ言われております。  そこで私は養成大学のいろいろのカリキュラムを見てみました。そうすると、体育保健というのを置いている大学は多いんです。ところが、体育保健というのはあって、それから生活というのもあるんです。それから、生理衛生というのは一つだけございました、この六つの大学の中で。ほかは生活健康というのがありまして、体育というのもありますが、ほかが全然ない。これは局長、どういうふうにお考えでしょうか。置いたらどうかと思うんですね。何で置かないんだろうか。それから、体育保健の中でどれぐらいのことを教えているんでしょうか。今までは学校では養護教員が教えているんですけれども、女の子にだけ教えているんです。男の子には全然教えない。それから恥ずかしがる、担任の先生が。それで正しい教育が全然できてない。これがこういう結果を生んでいるというふうに思いますので、この点保健体育でどういうことを教えているんでしょう。将来カリキュラムにこういうものを組むお考えがありますか。あるいは医師を非常勤講師として置くようなことはお考えでしょうか。
  172. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 最初に、学校における性に関する指導の問題でございますけれども、これは生命の尊厳、それから人間尊重の精神を基盤といたしまして、性に関する科学的知識を与えるということがまずあるわけでございます。その上で男女が相互の人格を尊重して健全な異性観を持つように指導するということがあるわけでございまして、そうしたことに基づいて望ましい行動がとれるというようなことを含めまして、社会的な道徳を身につけるよういろいろと指導をしているところでございます。特に教科の保健体育でございますとか、それから道徳、特別活動などを中心といたしまして、いわば学校教育全体の中で指導しているわけでございます。ただ、この問題につきましては指導方法が大変重要なものになるのではないかと思うわけでございまして、そうした点について十分先生方の指導力の向上を図るという観点から、各種の指導資料を作成すると同時に、各種の研修会などにおきまして指導に当たる先生方の資質の向上に努めているというのが実情でございます。  それから、先生今御指摘の、医師を登用して性教育を担当さしてはどうかということでございますけれども、性に関する科学的知識を身につけさせる上で一つの方策ではないかというふうに私ども考えているわけでございます。今回の免許法の改正におきまして、教科の一部領域など特定の分野についての免許状を有しない非常勤講師制度などができるわけでございますので、こうした制度を活用すれば医師を非常勤講師として採用いたしまして、そのような指導をしていただくことも可能ではないかというふうに考えておる次第でございます。
  173. 高木健太郎

    高木健太郎君 人間の命の尊厳だとか、あるいは性道徳とか口ではわかっているんです、それは。それじゃだめなんです、実際は。私が言うのは、正しい科学知識というのは、科学というのはそういう隠し立てしたような上っ面のことでは本当の身にならないんです。これは一遍スウェーデンだとかヨーロッパへおいでになって、科学博物館、いわゆる生命博物館あるいは生物博物館、そういうものをごらんになると、向こうではどんなにして教えているかよくわかるんです。子供がそういう博物館でちゃんと見れるようになっているんです。そういうことも一遍考えて、いわゆる文化庁というのですか、博物館ですから、ああいう自然科学博物館、科学館、そういうところでどういうことをやっているのか、そういうものと一緒にしないと、学校の中で、いや命はとうといものだ、いや道徳はこうだと言ったって、そんなことはすうっとどこか頭が抜けちゃって、実際のときには全然役に立たないと私は思うんです。いわゆる上滑りの知識しかない、それがこういう結果になっているんだ。だから、それは博物館その他のものも通して子供に正しい性知識を与えるということが大事だと思います。  もう一つは、いわゆる生活と体育ですか、そういうものの中で今後高齢化が進みますと、厚生省では盛んに老人収容施設をつくっているわけです。中間施設もつくり、いろいろつくっているわけですが、それだけでは現在高齢化に間に合わないんですね。そうすると、どうかというと、御自宅でみとってくださいということになるんです。そうすると、お嫁さんか御主人がうちにおれば御主人が見る、子供が見るということになるんです。あるいは女性は外に出ますから、うちにだれもおらぬ。一番大事なことは何かというとセルフメディシンということなんですね。自分が健康、年をとってもそうならないように、まあならないようにといったってなりますけれどもね。なるから仕方がないんですけれども、しかし、そういう高齢者がふえるということは今後もう避けられない一つの現実になるわけです。ところが、生活、健康というところの子供を教える先生がそういう知識がないとその子供が対応できないということなんですね。  私、こういうことを見ました。あるおじいさんとおばあさんがいまして、おばあさんが病気になっているのをそのおじいさんが世話をする。体をふいてやったり、おしめの世話もする。いろいろする。子供は夏休みそこへ行きましてそれを見た。見て、その子供は、小学校の子供ですけれども、おじいちゃん偉いなと、こう思ったんですね。それを現実に見て初めてお世話というのはこういうものだ、看護というのはこういうものだということがわかったわけですね。だからまた、そうならないようにおばあさんがすることも大事だから、セルフメディシンも大事だし、子供にそういうことを教えておくことが大事だ。知識ばかり教えて、知識でとんがった子供ができて、情愛も何もなくて学校さえ通ればいいというような子供ばかりつくっているような気がして、それがこの改正の中の精神にはそういうことはないんでしょうけれども、何か資格だとかそういうことばかりで、実際に子供がそういうことを見て覚えるとか、セックスについても実際に自分自身が体験、まあ体験というかそういうことが自分の物の知識として覚える、そういう教育をしなければ今後高齢化に対しても非常に問題になるのじゃないか。  最後にもう一つ、登校拒否というのがあるわけですが、この間文部省でお調べになりました。登校拒否の問題はよくお調べになったと思います。そういうことも今後ぜひお調べいただきたいんですけれども、これについてどうお考えかということを聞いている時間はございませんが、何か私、栄養問題もこれに絡んでいるように思うんですね。給食をやっているからいいということも、給食をやられるから朝と晩がお粗末になるんじゃないかということも考えられるんですね。だから、どういう食物を食べているかということを一遍大学と高中学校全部お聞きになって、どれぐらいのものを食べているか、幼児にはどうやっているか、そういう栄養が足りぬので頭が変になっておるんじゃないかという気もするんです。  栄養というのは非常に重要ですね。ビタミンB12の欠乏症というので論文が出まして、それで世界の生産高の高い国、それから低い国を見ますとビタミンB12が少ない国というのは生産額が低い。それから肉を食べることが少ない国は非常に悪いんですね。そのほかにもいわゆる砂糖であるとか、いろいろなもので脳の機能が変わるということが最近非常にやかましく言われているわけです。  そういう意味では、私は栄養ということも非常に大事で、登校拒否だとかいじめというものはすべてもう何か社会が悪い、先生が悪い、学校が悪いというふうに、まあそれはあるでしょう。そういう原因は私はあると思いますが、そうじゃないんだ、根本的なものが今案外に日本の子供には与えられていないんじゃないかなという、そういう気もしますので、そういう面も含めてひとつ今後登校拒否というものも考えていただきたい、こういうふうに思います。  もう時間が来ましたので、これで質問を終わりたいと思います。文部大臣、もし御感想がございましたら御感想をお伺いして、質問を終わりたいと思います。
  174. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) いろいろ御指摘をいただいてありがとうございました。  登校拒否の問題、あるいはセックス教育の問題含めまして、私ども親というか、もうそろそろ孫ができるころでありますけれども、今の社会は情報過多、情報はんらんの時代でありますから、私どもより子供の方に任せておけばという、ついちょっと安易なところもあろうと思いますけれども、実際もうちょっと真剣に考えなければいかぬことだなと、こう思いました。  また、登校拒否は昭和五十年に比べて三・六倍になっておるということで、絶対数からいたしますと相当な増加でございます。果たして、先生のおっしゃるようなことも多分あるだろうと思いますが、これにはいろいろな条件が加味されたことであろうと思います。栄養もこれは無視できないと思いますが、私どもはっきり申してそこまでの関連を実証して考えたことがございませんでした。これからこの登校拒否問題、来年度この件に関して学校不適応対策の推進ということでいろいろ対策を立てていきたいと、こう思っておるわけでございますが、先生がおっしゃった御指摘も胸に置きながら進めてまいりたいと、このように考える次第でございます。
  175. 高木健太郎

    高木健太郎君 一言だけ。  そういう意味で、先ほど申し上げましたように、大学の教職課程の中に生理衛生というようなもの、あるいは性科学というようなもの、栄養科学というようなものを入れていただいたらどうか。どうもこのカリキュラムを見ていますと、体育それから生活ということはあるんです。生活というので、男の子がこのごろ料理をするのがはやるんですけれども、料理の仕方なんてどうでもいいので、まあどうでもいいことはありませんが、おいしい方がいいんですけれども、それよりかどういう栄養であるという、そういう知識の方が私は大事だから、このカリキュラムの中に将来ぜひ生理衛生という、名前は変ですけれども、生理、性科学でもいいですから、栄養でもいいから、そういうものをこの中へ含めておかなきゃいけないと、こう思うんですね。もちろんセックスも含まれればいいと、こう思いますが、そういうものが私は必要じゃないか。体育体育といって、何か体育というと体操の先生とかスポーツマンばかり私は頭にくるものだから、中身はわからないんですけれども、もっと大事なものがあるんじゃないかという気がしますので、この際申し上げたわけです。  どうも失礼しました。
  176. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 私もまず最初に高石問題について少しお尋ねをしておきたいと思います。  午前中の久保委員質問に対する答弁にもありましたが、高石氏に対する大臣からの五十項目質問に対していまだに回答が届いていないということでありますけれども、十一月二十二日の当文教委員会でこの問題を私は取り上げました。以来二週間かかっているわけでありますが、一体回答はいつ届くのか。督促をしておるんでしょうか。
  177. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 私どもが御照会を申し上げております事柄のほとんどは、議会で、十一月二十一日のリクルート問題調査特別委員会におきます証言によりまして内容が明らかにされているところでございまして、その他細部、若干の部分につきましては、東京にあります事務所を通じまして補足、補充をしておるという状況でございまして、おおむねの概要等は当方で承知をしておる状況にございます。
  178. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 ほとんどは証人喚問の際の証言で答えは出ておる、あとは若干残っておるだけだということであればそんなに手間はかからぬはずでありますから、まだ回答が届いていないという、あの久保委員に対するああいう答えになるというのは私は解せないと思うのです。  官房長、あなたは一体どっちの立場で努力しているのか。高石氏の方の鼻息をうかがっているのか。大臣がわざわざ五十項目の質問書を出したんだから、早く回答が出るようにということで官房長としての努力をやっているんですか、本当に。
  179. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 私どもは事実関係文部省としても承知したいという立場で御協力を要請しているところでございます。
  180. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 とにかく速やかに回答を提出させるようひとつ強力な督促をしてもらう、その上でこういう質問に対してこういう回答が出たというひとつ問答一覧を当委員会に資料として提出をしてもらうように要求をしておきます。  そこで次に、大臣は勤務時間外なのか勤務時間内なのかよくわからぬと言うんですから、勤務時間内ということもあり得るかもわからぬのですけれども、とにかく高石氏が事務次官室において公然と株の取引相談をやったということはまことに遺憾だというふうに言われておる。しかし法違反じゃないというふうに言っておられるんですけれども、しかし、これはどうでしょうか。国家公務員法の第八十二条の三項、ここでは公務員は国民全体の奉仕者たるにふさわしい行為をしなくちゃならぬという定めをしておるわけでありますし、九十九条では信用失墜行為を禁止しておるわけであります。こういう点から考えてみて、私は、もっともっとよく事実がどうであったかということを精査の上で法違反があるのかないのかということの結論が出る問題であって、最初から法違反がないという前提で調査をなさるのでは後で悔いを残すことが起こるかもわからぬということで、そういう法違反の疑いもありということで慎重な調査をやってもらう必要があるというふうに思いますけれども、どうでしょうか、大臣
  181. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 私の答弁の中に法違反がないと言い切ったかどうか、ちょっと覚えがございません。その事実関係は……
  182. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 適法行為とおっしゃいましたね。
  183. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) それは申し上げても申し上げなくても後段は同じでございまして、それが違法と断ぜられるか否かは別といたしまして、少なくとも今の事務次官室での行為のことでございます。現職事務次官職務専念をするのは当然でありますし、その職務専念をいたすべき神聖な役所の部屋を、いろいろな来客はありましょうけれども、それがたとえ個人の単なる経済行為といたしましても、それが事務次官室を使われるということは遺憾なことである、こう申し上げたのでありまして、これは違法だとか適法だとか、そこはいずれにいたしましても断定はいたしておりません。断定はいたしておらなくても遺憾な行動である、こういうふうに申し上げたわけでございます。
  184. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 違法か適法かどちらにも断定をしていないということでありますから、私はそれで結構だと思うんです。  そこで、前段で触れました既に事件が明るみに出てもうこれで約一カ月、私が前回の質問で取り上げてからも約半月、これだけ経過をしておるのにせっかくの大臣からの質問に対しての回答をまだよこさぬ。本当に久保委員も言われたとおり、文部省はなめられている、大臣はなめられているというふうに言っても過言ではないわけですね。そして、断定をしていないというふうにおっしゃっているごとく、よく今後の事実調査の中で、さっき挙げましたけれども、国家公務員法違反というふうに言い得るような疑いを含んでおるということで、そういう場合にはひとつ文部省の名誉にかけてこの高石氏を断固告発をする、こういう手段も含めて今後慎重な検討をしてもらいたいというふうに思いますが、どうでしょう。
  185. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) よく事実は確かめたいと思います。  前回も同じような御質問が前段でございました。私はやや、官房長と全く同じかどうかということが我ながらちょっとじくじたるところがございますが、この高石氏に対します数十項目の質問は少なくとも十一月三日からの継続した中での私の偽らざる希望でございまして、こちらから聞きたいこと、そしてそれに対してお答えをいただくことはだれよりもまず私どもに答えが返ってくるべきものであろうということを信じてこれを行ったわけでありまして、そのときには参考人あるいは証人喚問というものがあろうとなかろうと、それ以前の発意であった、こういうふうに申し上げました。ところが、実際には私どもの方には端的に答えがないまま、二十一日、これは結構なことだと思いますが、証人喚問の席で事実を述べられたということでございますので、私としましてはその点で二つ考えました。一つは、直接私に話してもらえなかったのは私に徳がなかったことであろうという反省と同時に、これ私の設問の根底がちょっと覆っておりますので、二十一日にほとんど申し述べられたと思いますが、もし申し落としたことがあれば今後あらゆる機会にみずから公表してもらいたいという意思を私申したことがありますので、それが御当人の方にも伝わっているかもしれません。それは事実確認とは別の意味で一言申し上げさせていただきます。
  186. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 とにかくひとつよく調査をして、必要な場合には本当に文部省の名誉にかけた毅然たる処置をということを繰り返し要求をしておきたいと思います。  そこで、十一月二十一日の衆議院リクルート特での高石証言、また前回の私の質問に対する官房長答弁、いずれもリクルートの株の譲渡と江副氏の教課審や大学審委員の任命とは関係がないというふうに言われているが、果たしてそうかということであります。多くの報道が触れていますように、大体委員の選定というのは下から定数の一・五倍ぐらいのリストが上がって、それを局長ないし事務次官段階で定数に絞り込むというのが慣行だというふうに書いておるわけですけれども、事実ですか。
  187. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 審議会の委員の人選は主として局レベルで行われますが、それぞれの局によります対応は必ずしも同一でございませんが、一般的に申し上げますと、事務レベルでリストアップをし、また事務レベルでそれを絞り込んで、最終的な判断を局としての局長に仰ぐというのが通例でございまして、別に一・五倍とか一・二倍とかいうようなルールがあるわけでもございませんし、また運用上そういった多数の者を上に上げて判断を仰ぐということは、下の事務的な段階における絞り込みが行われないということは通常ないと考えております。
  188. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 信じられませんね。もう下の事務的な段階から定数に絞って上に上げるということになれば、事実上局長事務次官というのはめくら判を押すということにすぎないということになるわけで、局長事務次官の判断の裁量権なしということになるわけです。私はそういうことというのでは役所というものはないだろうと。それが一・五なのか一・三なのか一・八なのか、そこはいろいろあろうかと思いますけれども、しかも文部省は三十からの諮問機関がある。大体おおよそどういうやり方をやっているか、内部規定みたいなものがあるはずだから、それを資料として出してもらいたいと言うたって出さないんですよ。出さないというところに実は私は怪しさがあるんじゃないかというふうに思うわけですけれども、具体的に、ならばこの教課審と大学審、この場合について下から上がったリストはこれで、そして局長レベルでこうなった、事務次官レベルでこうなった、その経緯を示すリストを資料として出してもらいたい。
  189. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 役所で通常残しておりますのは、最終的な決裁を得られたものが記録として残るわけでございまして、従来のそういった委員の選考過程、仮に事実上のものが残っているといたしましても、それは人事に関することでございまして、AとBとCというリストがあり、そのうちからAとBが選ばれたということがいわゆる人事に関します資料でございまして、提出することはいたしかねるわけでございます。
  190. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 通常の場合ならば、私はその答弁でまあまあ通るというか、辛抱していく問題かと思うんです。しかし、事が今このリクルート疑惑ということで、政官界、官界の中で文部省と労働省の事務次官職務権限と関係があったかどうかという、ここが問題の焦点になっているわけですね。そういうことでありますので、下からどういうリストが上がって教課審の場合は彼が局長、それから大学審の場合は彼が事務次官、その段階でどういうふうに絞り込みが行われたかというのはまさに問題の焦点なんですよ。  法務省、こういう問題について着目をして調査はなさっているでしょうか。
  191. 古川元晴

    説明員(古川元晴君) ただいま委員御指摘のリクルートコスモス株譲渡、それと各種審議委員選任との関係、このような問題点につきまして各種の報道がなされておりますし、また国会でもただいまのような御議論もなされておるところでございまして、そういうところは東京地検といたしましても十分拝聴いたしておるはずのところでございます。  ところで、具体的な調査の内容ということになりますと答弁を差し控えさせていただきたいと思いますけれども、要するにこのような各種の御議論を東京地検といたしましても踏まえて、それなりの調査検討はなされているものというふうに承知いたしております。
  192. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 内容までは言えないというのはそれはやむを得ないと思いますけれども、着目している一つだというふうに理解してよろしいですか。
  193. 古川元晴

    説明員(古川元晴君) いろいろ言葉が難しいと思いますけれども、このような御議論がなされておりますことは十分東京地検も承知いたしておるということで、そういうことをまた踏まえましてそれなりの対応はされているものというふうに承知いたしております。
  194. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 次の、前回の質疑でこの高石氏が次期総選挙への出馬を目指して政治資金のトンネル機関とも言うべき生涯学習振興財団に帝京大学から八億円の寄附をさせているという事実、久保委員も言われましたように、私も前回取り上げました。私たちの調査では八億円のうち六億がいわゆる財団基金、二億が一般経費ということで運用されている。こうなりますと、この二億分が政治活動費に流れている疑いがあるわけであります。  法務省、この問題も着目をして調査されているでしょうか。
  195. 古川元晴

    説明員(古川元晴君) 御指摘の財団への寄附の問題に関しまして、これも同様に種々の報道がなされておりますし、また国会でも御議論がなされております。また、過日の衆議院リクルート問題調査特別委員会におきましても高石氏御本人が証言をなされておるところでございます。このような点につきましても、東京地検といたしましては十分承知いたしておるということで御理解いただきたいと思います。
  196. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 大臣にお尋ねします。  この帝京大学の寄附問題を口実にして来年度の私学助成削減の動きが急速に台頭しているということでありますが、この不正、乱脈の私学経営に対してメスを入れるという問題と、全体の私学助成を、それを全体を削減をするというところに結びつけていくということは全く不当なことだと思います。そこで大臣、年来の文部省の方針であります私学の経常費二分の一助成を目指すというこの基本方針、それをまさか変えるということではないでしょうね。
  197. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 先生御指摘の点は私どもも十分心得て進まなければならぬと、こう思っております。その点を私も重々何回も申し上げておるわけでございまして、一私学の学校法人の行為、それから一方では私学助成の重要性というものは、それがまず前提にあって、その私学助成を拡充せしめるということが、一学校法人の問題で全体を誤って見られるというのは大変残念な間違いでございますので、私はまず先生がおっしゃるとおりでありまして、幼稚園あるいは大学において七〇%を私学に依存しているわけでありますし、また立法の精神からいたしましても、そこで学ぶ方々の経費負担の軽減というものが大きい目標でありますから、それからまた先生方から五〇%助成を目指して頑張れと言われている中で、現在は残念ながら一七%を割り込むという状況でありますので、これからますます私学助成は必要だという認識を多くの方々に持っていただく必要がある。それと私学助成のあり方に対していろいろお知恵を拝借するということは別問題と申しますか、むしろ私学助成の拡充に資する道を模索していただくという意味に御理解をいただきたいと、こういうふうに思いまして発言をいたしておるところでございます。
  198. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そういう立場からぜひ二分の一助成の早期達成、ここへ向けて一段の御努力をお願いしたいと思います。  高石氏の公選法違反の疑いの問題を久保委員も取り上げられました。ありましたように、高石邦男と語る会のパーティー券、相当数の文部省幹部や職員も協力をさせられて、各府県教委や国立大学、それから教育文化関係団体、こういうところに持ち込まれている。三重県議会のここで公然と論議になっているということは前回私取り上げましたけれども、その後の報道で栃木、岩手、福井、埼玉、奈良、こういうところでもこのパーティー券が教育委員会を通して持ち込まれているという、ここまできますと、これは全国的にやられているんではないかという疑いがある。そこで、文部省として事実をどういうふうに把握しているか。国立大学の問題も含めてどういうふうに実情を把握していますか。
  199. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 語る会のパーティー券につきましては語る会事務局、具体的に多分高石事務所だと思いますが、そちらからなされていることでございまして、私ども文部省内におきます事柄、新聞紙上等で出ましたので、省内の実情を把握させていただきましたが、文部省としてそういった働きかけ等を行った事実はございません。
  200. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 ちょっと最後聞こえなかった。もう一遍。
  201. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 文部省としてパーティー券売り込み、働きかけ等の事実はございません。
  202. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 それ聞いているんじゃないんです。それは久保さんが聞かれて、文部省としてはやってないけれども職員個人がやっているものがあるかもわからぬけれども、そこのところはつぶさにはわからぬと、こういう答弁だったんですけれども、私が言っているのは、全国的に各県教育委員会、さらには国立大学、こういうところへのパーティー券の持ち込みがやられているんじゃないか、そこを調べていますか、実情をどういうふうにつかんでいるかと言っている。
  203. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 当方は文部省内の行為についての実情把握をしたわけでございますが、具体的に高石事務所がどのような形でパーティー券を売りさばかれたかについては承知いたしておりません。
  204. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 国立大学文部省の直轄でありますし、そういう意味では決してゆるがせにできない問題だと思います。文部省内の職員がどういうふうに動かされたかということについても一層調査をすると同時に、国立大学、それから教育行政という点で見て各都道府県教育委員会、こことの関係がどういうふうになっているかという、ここのところはひとつよく調査をしてもらいたいということで、その調査の結果は次回またお聞きをします。  そこで、こんなふうにして各地の集会などでありました高石のネーム入りのつめ切りを贈ったり、あるいは毛筆セットを配ったとか、これもネーム入り、写真が出ています。ということで、福岡県選挙管理委員会は公選法違反の疑いありという点についての指摘の報道がありますが、中央選管、自治省、どういう御見解でしょうか。
  205. 田中宗孝

    説明員(田中宗孝君) お答え申し上げます。  お尋ねの件につきまして、自治省といたしましては事実関係を調査、確認するような立場にはございませんので、当該案件につきましての具体的な答弁は差し控えさせていただきたいと存じます。御了解願いたいと思います。
  206. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 もし事実とすればどういうことでしょう。もう一遍御見解を。
  207. 田中宗孝

    説明員(田中宗孝君) 仮定の御質問には大変お答えを申し上げにくいわけでございますけれども、一般的に申し上げまして公職選挙法第百九十九条の二第一項におきましては「公職の候補者または公職の候補者となろうとする者は、当該選挙区内にある者に対し、いかなる名義をもってするを問わず、寄附をしてはならない。」と定められているところでございます。
  208. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 ぜひそういう見地から、選挙管理委員会の一体性ということでありますから、県の選挙管理委員会にもひとつこの状況の報告も求め、必要な対策をとるということで自治省、そしてついでに法務省もおられますので要望をしておきます。  そこで、大分時間がたちましたけれども法案に入ります。時間の制約がありますので、まず言いたいことをここからずっと先に順番に言っていきますけれども、特別免許状、それから免許状のない非常勤講師の制度化を本法案で打ち出したわけでありますけれども、そこで私、大臣、本会議でもお尋ねをいたしまして、ひとつ答弁漏れをしないようにということまで念を押したんですけれども、そこの答弁だけ意識的に外された。粕谷さんも同じ質問をされたんですけれども外されたということなんですけれども、こういう免許状がなくても教壇に立ち得る、教科の一部とはいえ。大体教科の一部、それからクラブ活動、そこで、一番危惧をいたしますのは何か。いわゆる顧問のような形で、クラブ活動の顧問のような形で援助に当たるということは現にもう行われておりますし、そういうことなんかはあえて否定するものではないわけです。  しかし、いわゆる教壇に立つというか、教授に当たる、授業につくという、ここが単なる顧問とは重大な違いがあるわけでありまして、そして昨今、例えば武道を格技に名称を変えるとか、あるいはまた六十三年度の予算でも全体の公立学校の体育施設の予算二十一億増、その中で柔剣道関係で七億二千三百万円増、三分の一以上体育館増設の中で、ここが占めておるというこの状況が背景になりながら、剣道、柔道等々、こういう分野にまず警察、自衛隊の現職ないしは退職者、こういう人物が教壇に立つ、教授に当たるということで入り込んでくるんじゃないかというおそれが多分にあるわけです。この法案を見る限り、そういうことが起こらないという何ら法的歯どめはこの法案自身には出ていないというのでその心配が消えないわけでありますけれども、この点についてどうでしょうか。
  209. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 免許状を有しない非常勤講師の制度でございますけれども、これは学校教育の多様化に対応いたしまして、一般社会での実体験に基づきます専門的知識をお持ちでございますとか、技能を身につけた方に教育を担当していただこうということでこの制度が設けられたわけでございます。採用に当たりましては、担当分野にふさわしい方について、学校教育の実施に特に必要があるというふうに認められた場合に限って授与権者の許可を受けて行うわけでございます。  そうしたことでございますので、どのような者がふさわしいかどうかということは担当させようとする分野についての専門的知識、それから技能を有しているかどうか、それから児童生徒に与える影響、教育効果など教育上の観点に立って具体的に個々的に判断されるものだというふうに考えている次第でございます。そういうことでございますので、一定の職業について一律にどうこうという判断をすることは適切でない。この制度の建前からはそのように考えている次第でございます。
  210. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 私が尋ねておりますのは、この法律の理論上というか法理上、法律の仕組みの上から、いってみればそういう警察官とか自衛隊員とか職員とか、こういう人々が入ってくるということを禁止するということではない、そういうこともあり得るという法律の仕組みになっていますね。その理論上の問題を聞いている。
  211. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先ほども申し上げましたように、一定の職業について一律に判断する制度ではないというふうに考えておりますので、具体的な方々が個々に専門的知識、技能を有しておられてふさわしい方であれば、そういう方についても非常勤講師になり得ることはあり得るというふうに考える次第でございます。
  212. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 だから、やっぱりそうだ。特定の職業について定めているわけではないということだから、これこれの職業の人が入るというわけでもない。しかし、同時に逆に言えば、それは警察や自衛隊、こういう人たちが入ってくるということも理論上はあり得るという法律の仕組みになっておる。  そこで、そういう人たちを採用するかどうかはどうなんですか。任命権者、教育委員会が任命して学校に配置をするということなのか、各学校の校長の内申に基づいて教育委員会が配置をするということなのか。ちょっと念のためそこを聞いておきましょう。
  213. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 任命権者が採用するわけでございますから、任命権者の判断によるということでございます。
  214. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そうすると、この点については校長の内申権はないということですか。
  215. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 地教行法の定めるところによりますと、校長はたしかそういうことについて意見を申し述べるということはできることになっているかと思う次第でございまして、そういうことはできるのではないかというふうに考える次第でございます。
  216. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 一般的意見は述べられるけれども、いわゆる人事の内申権というのがありますね、そのいわゆる内申権は校長にあるのかないのか。
  217. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先生のおっしゃっておられる内申権でございますが、これは県費負担教職員につきましては県教育委員会が任命権を持っている次第でございます。そうした観点から、市町村教育委員会につきまして、いわゆる内申権というものが認められている次第でございますけれども、校長についてはそのような内申権は認められていないというのが現在の制度でございます。
  218. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そうすると、いよいよ重大ですよ。校長は大体職場の教職員に諮って、そうしてどうするかということの判断をするんですけれども、それにかかわりなく教育委員会、任命権者が任命、配置する、こういうことになるのですからいよいよ重大です。  そこで、いずれにしても、この任命権者が任命をし配置をするわけでありますけれども法律は免許状のない非常勤講師でどういう職業の人が入る、どういう人は入らないという特段の定めはしていないということでありますけれども、その際、例えば武道の関係などについて——さっきちょっと私、武道から格技、こう言ったが逆ですね。格技が武道になるんですね。いわゆるこの格技の関係について、柔道や剣道ということだと思いますけれども、ここのところについて警察や自衛隊の現役、退職両方どっちでもいいでしょう。この職員がその教授に当たる、授業に当たるということが、文部省としてはそういうことが望ましい、そういうことがどんどん起こった方がいいと思っているのか、そういうことは起こらない方がいいと思っているのか、どっちですか。
  219. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先ほどから申し上げているところでございますけれども、この制度につきましては一定の職業について一律に判断することは適当ではないというふうに申し上げている次第でございます。そういうことでございますので、個々的に考えまして、こういう担当する分野につきまして適切な方であればそれは採用されることも適切ではないかというふうに考えている次第でございます。
  220. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そうすると、任命権者、教育委員会任せということで教育委員会はそれを見ている、教育委員会がどういうふうに判断するか、そこの勝手だというふうに今の答弁はとらざるを得ないんだけれども、私はそういうことじゃないだろうと思う。やっぱり教育基本法、これが教育行政の根本原則でありますから、その精神に照らせば、警察の職員や自衛隊の職員が単なる今までの顧問、技術援助の顧問ということじゃない、授業に当たるんですからね。授業に当たるということは採点もするし評価もするということですよ。そういう警察の職員や自衛隊の職員が点数をつけるということになったら、これこそ今までの教育界にはなかったこと、戦後の教育界には。というこのことは、文部省として、教育基本法の精神に立ってそういうことはできるだけ起こらないようにということでチェックをするのが当然じゃないか。それを黙って指をくわえて見ているというようなことは許されないというふうに、文部大臣、私は思うんです。やっぱり文部省として、教育基本法の精神に立って教育はいかにあるべきかという一定の指導があってしかるべきじゃないかと思うんですが、どうでしょうか。
  221. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 二つお答えをいたしたいと思いますが、私ども教育基本法の精神を尊重して文教行政を進めているということは当然のことでございます。  それから、任命権者たる県教育委員会等と申しましたけれども、その教育委員会等が学校や地域の実情を勘案して、既に相当の社会的経験を有する者について教育職員検定を実施して、これは特別免許状の方でありますが、その合格者に対して授与する教諭の免許状、これを特別免許状と称するわけでありますから、県の教育委員会等が地域と……
  222. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 それは今議論していません。
  223. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) そういうことがあります。  ですから、教育委員会の中で勝手にとおっしゃいますが、勝手という部分がちょっと気になりますが、学校とか、それから地域の実情をよく勘案してという文言がございます。それから、非常勤講師の方は、分限をと申しますか、その担当する分野を限定してお願いをする、こういうことであります。  もちろん先生のおっしゃる範囲は法理上はあり得ることであります。また一般的に言えば、これはもう書道とか図画工作、その他いろいろな面がございますから、先生のおっしゃるところには限定して絞れる話ではございませんけれども、そういうものを包含いたしまして今私の言ったような方向で、非常勤講師は分野を限定して、そして特別講師はそういう地域とか学校の実情を勘案してということが入っておるということも申し上げたいと思うわけでございます。
  224. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 担当する部署、担当する内容を限定して、教科すべてじゃない、教科の一部だというふうに言われようとも、繰り返し言っていますけれども、今まで顧問のような形で援助についていたというのと、今度の法律によって道が開けるのは、授業の一部を持つ、当然それは点数もつけるということがこの結果として伴ってくるんですから、このことについては大違いがある。現に今まで警察の職員や自衛隊の職員がそういうことをやっていた、授業の一部を持つ、一部とはいえ持つという、こういった例はないんでしょう。あったら言ってもらいたい。そしたらそれは大変なことだから。
  225. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 私といたしましては、現在のところそういうことを仄聞しておりませんのが実情でございます。
  226. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 だから、今まで例がないことを今度の法律によってそういう道をつけようというんですから大問題ですよ。  文部大臣、この法案審議はきょうでしまいじゃない。これから何遍も何遍も、二回も三回もやるわけですから、一遍よく頭を冷やして、教育行政はいかにあるべきか、教育基本法の見地から見てどう考えるべきか。それは人事権、任命権は教育委員会にあるということは重々承知の上で文部省はどういう指導をすべきかという問題として問いをしているんですから、もう一遍よく考え方を練って、この点のきょうのような答弁では絶対に承服ができない。これはもう戦後教育の重大変化を来す問題になるんだということで、私は次回また再答弁を求めます。  そこで、あと残り時間は、久保議員もやられた免許状が三種類になることが給与上の差をもたらすのではないかというこの問題について、もう局長も、初め局長が言うておったのと後で言うておるのと違うんですけれども、これも私は本会議で、現在は考えていないというふうに衆議院で答えているが、今後とも考えていないというふうになぜ言えないのかというふうに聞きただしたんだけれども、そこの答弁がちょっとすかす答弁で本会議は終わっているわけです。そこで、ずっと聞いていますと、関係法令でどういう考え方が出てくるかということの関係があるんだということで、これは言うと、要するに、給与法でどういう決め方が今後出てくるかという、そこの関係もあるので現在のところと、こういう言い方をしているんだというふうにおっしゃっておるみたいですね。ちょっと議論の立論上そういうことですね。大臣、確かめておきます。
  227. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) これはそのとおりでございます。そのとおりと言ってちょっとあれですと、二つありましたから、よろしいですか。
  228. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 いいです、ちょっと、もう時間が余りありませんので。  そこで人事院にお尋ねします。  給料表をどういうふうに定めるというか、どういうふうに起案をするかということについては、これは人事院が勧告をして政府として決めると、こういうことになっておるんですけれども、従来教員の免許状二種類でしたね。しかし二種類だからといって給料表を別建てにする、一種免許状者と二種免許状者と別建てにするということにはしてこなかったですね。
  229. 原口恒和

    説明員(原口恒和君) 現在はしておりません。
  230. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そうすると、その論理というか、その考え方からいけば、今回三種類に免許状がなるからといって、そこに給料表の上での差をつくる、違いをつくるという考え方は人事院は持っているんでしょうか、持っていないんでしょうか。
  231. 原口恒和

    説明員(原口恒和君) 御承知のように、現行の給料表におきましては、一般的に職員の給与、その官職の職務責任に応じてこれを決定するということで、それを具体的に示す資料として級別資格基準表とか級別標準職務表というのを定めておるわけでございますが、これにつきまして、今回の教育職員免許法の改正に伴ってこの級別資格基準表の改正を行うということは現在のところ考えておりません。
  232. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 だから、それも現在のところ考えていませんという言い方ですけれども、人事院の今までの給料表をつくる際の論理ですね、論理。論理として免許状の種類の違いによって給料表の差をつくるという論理を今まではやらなかった、戦後一貫してやらなかった。だから人事院としては今後ともやらないはずだというふうに私は信じたいわけですけれども、それでいいでしょうか。
  233. 原口恒和

    説明員(原口恒和君) 御説明いたしましたように、給与につきましては、その官職の職務に応じて決めておるわけでございますから、その職務内容等に変化がない限り、資格基準表など改正するということは考えておりません。
  234. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そうすると、職務内容の違いがない限りと。そこで今回の免許状の一種、二種、専修、これは職務上の差をつくるというものではありませんね。
  235. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 三種類の免許状によりまして、それぞれの教員が担当する職務内容について格段の差異があるというふうには考えておりません。
  236. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 そうすれば、これは問題は明白なはずなんです。この職務上の差がない限り、給料表を別にするという考え方は今後ともないと、人事院。そしてこの今回の免許法案の提案者である文部省は、免許状を三種類にすることによって職務上の何の差は出てこないと。だったらこれをずっとくっつけちゃって、将来に向かって、この給与の上でその差は出てくるはずがないというふうに言い切っていいはずだけれども、なぜそこをちゅうちょするのかということで、どうもおかしな影武者がおるのかということなんですが、念のためにもう一つ聞いておきましょう。  とにかくきょう人事院を含めてのこの話の中で、今後とも給与の差はつかないはずだということが明白になったんですけれども、ことしの七月の四日、文部大臣は人事院に要望書を出しておられますね。御記憶にあるのかないのかあれですけれども文部大臣名で昭和六十三年七月四日「教員等の給与改善について」ということで、そこの、最初ちょっと前書きがありますけれども、各論の一番目に「学校の管理・運営の責任者として重大な責務を有する校長及び教頭の給与について、若手管理職の登用の促進を考慮して若手管理職層の俸給月額を引き上げるとともに、最高到達俸給月額を引き上げる。」こと、「また、校長・教頭の管理職手当を引き上げる。」、こうあるんですが、若手管理職というのは何ですか。具体的には何を指しているんですか。
  237. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 管理職と申しますと教頭と、それから校長でございますので、そうした方々の中で若手に該当する方のことを指しているということでございます。
  238. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 いやいや、もっと具体的にどういう層を指しているの。この管理職、通常管理職という場合には校長、教頭というのがまあ常識的に言われているわけですね。しかし校長、教頭ということは文章の前半のところで出てきている。後半で若手管理職云々とこう出てくるんだから、この若手管理職は具体的には何を指しているのか。
  239. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 突然のお尋ねで大変恐縮でございますけれども、若手管理職ということでございますから管理職は校長と教頭しかいませんから、その中で若い人という意味の……
  240. 佐藤昭夫

    ○佐藤昭夫君 よろしい。そうしたら、これは今の答弁を聞く限り、この免許状の三種類かのこの問題とは無関係だという問題として理解をせざるを得ない。しかし、私はこういうものが出てくるということの中に、今度の免許状三種類を通して給与の差をつくっていこうという、このひそかなる陰謀がはしなくも出ておるんじゃないかということで、これは引き続きまた次回やりましょう。  本日終わります。
  241. 勝木健司

    ○勝木健司君 私も本論に入る前に、高石事務次官に関連しての幾つかの質問をしたいと思います。  まず、大学審議会、教課審で高石氏以外にかかわった担当者につきましてリクルートコスモス株譲渡に関しての調査をされましたかどうか、また今後するつもりがあるのかどうか、お伺いをしたいというふうに思います。
  242. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 文部省といたしましては、リクルートコスモス株が最初に譲渡されましたのは五十九年の十二月でございますので、その時点におきまして在職されておりまして、その後退職された幹部並びに現職幹部につきまして株取得の有無の調査をいたしまして、高石氏以外には株を取得していないということを確認さしていただいております。
  243. 勝木健司

    ○勝木健司君 高石氏が地元でつくっておられました生涯学習振興財団の事業の概要、そしてまた認可された経過につきまして関係資料の提出を含めて御説明をしていただきたいというふうに思います。
  244. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 生涯学習振興財団は、豊かで活力ある地域社会づくりに寄与するということを目的といたしまして、主たる事業は生涯学習会館を設置運営することでございまして、それ以外に教育関係団体等に対する援助や各種相談事業などを行うということを寄附行為の中で明らかにしているところでございます。
  245. 勝木健司

    ○勝木健司君 認可された経過について御説明を。
  246. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) 生涯学習振興財団は福岡県に所在します福岡県教育委員会が許可を行います財団法人でございまして、同県の所定の手続に従いまして本年の七月六日に申請があり、七月八日に許可を受けております。  なお、これは既に書類等が完備しておるということで早くなったわけでございますが、それ以前の間に相当濃密に内容の詰め等が行われまして、状況が財団として認可するに適切ということで認可されたものと理解いたしております。
  247. 勝木健司

    ○勝木健司君 帝京大学がこの財団に対しまして八億円の寄附を行ったということにつきまして、文部省は多額の寄附であるということで驚いておるというコメントが出されておりましたけれども、これにつきまして調査また事情聴取した経緯について御報告をいただきたいというふうに思います。
  248. 野崎弘

    政府委員(野崎弘君) 今回の寄附の件に関しまして、帝京大学の方から聞きましたことにつきまして私からお話しさせていただきます。  まず、寄附についての理事会の決定の日が六十三年五月二十七日で、寄附金額は八億円ということでございます。寄附した趣旨につきましては、学校法人帝京大学が福岡県大牟田市に九州帝京短期大学を設置している、この短期大学につきましては地元の誘致要請もあって福岡県の教育水準の向上のために設置をした、そういうことの関連もございまして、福岡県の生涯教育発展のために寄附を行った、こういうようなことでございます。それから寄附金の財源につきましては、債券の運用、預金利子、このように聞いておるわけでございます。
  249. 勝木健司

    ○勝木健司君 また、九州帝京短期大学の設立認可の過程の資料というものを提出していただきたいというふうに思います。そして、その際に高石氏が何らかの働きかけをしていないのかどうか、お伺いをしたいというふうに思います。
  250. 國分正明

    政府委員國分正明君) 大学の設置認可は、申請があった場合に、制度上、大学設置・学校法人審議会、六十二年九月までは大学設置審議会と私立大学審議会の二つの審議会に分かれておりましたが、に諮問いたしまして、その審議会の慎重な審査を経て、その答申に基づいて認可するかどうかを決める、こういう仕組みになっておりますので、高石次官がこれに何らかのかかわりを持つということは制度上ないというふうに考えております。  なお、設置申請あるいは認可に至るまでの基本的な流れにつきましては資料としてお出しいたします。
  251. 勝木健司

    ○勝木健司君 高石氏の後援会入会勧誘を福岡県私学協会が行っていたということでありますが、これは言ってみれば文部省の助成金でやっている協会の弱みにつけ込んだ事前運動じゃないかというふうに思います。教育の場を特定の候補者の選挙運動の場にする、そういう教育の中立性というものを侵すおそれが非常に大きいと言わざるを得ないと思います。これについての文部省見解をお伺いしたいというふうに思います。
  252. 野崎弘

    政府委員(野崎弘君) 現在、福岡県の協会のお話が出たわけでございますが、ここにつきましては文部省から助成金というものは出ておりません。  それから、私立の中高等学校の所管、これは都道府県でございまして、文部省としてはその実態を把握はしていないわけでございますが、一般論として申し上げますと、団体がその構成員に対しまして後援会会員の勧誘を行うということは団体内部の活動と考えられるわけでございまして、このこと自体が直ちに教育の政治的中立に関する法令上の問題になるというようには考えておりません。
  253. 勝木健司

    ○勝木健司君 高石氏の選挙資金集めのパーティー券を文部省の職員の方が都道府県の教育委員会に売り込んでいたというふうに言われておりますけれども、これは事実であるのかどうか、御確認をいただきたいというふうに思います。これが事実であれば、これまた公務員の中立的また中正的な立場を侵すものではないかというふうに思いますが、見解をお伺いしたいと思います。
  254. 加戸守行

    政府委員加戸守行君) パーティー券の購入につきまして、文部省として教育委員会等に働きかけたというような事実はございません。
  255. 勝木健司

    ○勝木健司君 文部大臣にお伺いをしたいというふうに思います。  文部省教育改革についてどのように一体考えておられるのかということでございます。口では何とでも言えるのでありまして、口で言っていることと、実際にやっていることが同じであるという自信を持っておられるのかどうかということであります。私は、この表面化した一連の事実を見る限りそうは信じられない、そうとは決して思えないというふうに思います。まことにもって裏切られたなというような感じが強いのでありますので、この件についての率直なる御見解をお伺いしたいというふうに思います。
  256. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 教育改革については繰り返して申し上げません。これは先生方もよく御存じのとおりであります。  ただ、二十一世紀に向けまして、これから社会の変化にみずから対応できるような心豊かでたくましい青少年を育てるという一方で生涯学習というものも提唱いたしておりますから、言うなれば幼児から高齢者までその教育改革の中でより豊かな精神生活を営んでいただくということが主眼でございます。それだけに、文教行政が今ほど注目されているときはなかろうと思いますだけに、その文教行政信頼を損なうというような行為があったことは返す返すも残念でございまして、私どもばかりでなく、文教委員会で熱心な御討議をいただいております先生方にまで御迷惑をおかけしているのではないか、このような心の痛みさえ感ずる次第でございます。  これは、高石氏の行為に対しまして厳しくただすべきものはたださなければいかぬ、こう思っておりますが、一方で、これは一個人を誹謗しただせばそれで終わるという問題でもございません。私ども文教行政の損なわれた信頼というものを取り戻すには、これは相当な努力が要る、このように思っている次第でございまして、三倍も五倍もと申し上げておりますが、これは何倍かければ済むかという問題ではございません。そういう点でまことに残念なことだと思っておりますが、これが文部省にそのような土壌があったのではないかというようなことだけは何とか払拭して信頼を取り戻したい、それを専一に考え、努力をいたしておるところでございます。
  257. 勝木健司

    ○勝木健司君 それでは、今回の法案に入ります。  今回の改正案は、臨教審答申を受けた教育改革関連法案とされております。臨教審答申を受けて、また教育職員養成審議会の答申を受けて提出をされたものでありますけれども、既にこれは同じ教養審の答申を受けて三種類免許の創設を骨子とした教育職員免許法の改正案が昭和五十九年に提出されたことは記憶に新しいところであります。この間、臨教審の設置、そして今次改革の議論があったわけでありますけれども、この三種類免許の新設に関して臨教審答申との関連はどうなっているのか。また臨教審での論議というのは今回の三種類免許の創設並びに今後の運用にどのように反映されているのかどうか、お伺いをしたいというふうに思います。
  258. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 御指摘の五十八年十一月の教育職員養成審議会の答申でございますけれども、ここにおきましては、教員の養成及び免許制度の改善ということで、教育職員免許法の改正についていろいろと御提言があるわけでございます。それに基づきまして免許法の改正案が百一国会に提出されたわけでございますけれども、そこでは、普通免許状を特修免許状、標準免許状、それから初級免許状の三種類に改善するということで提案させていただいたということでございます。  この法律案は成立に至らなかったわけでございますけれども、その後臨時教育審議会が発足いたしましていろいろ審議された末、第二次答申、これは六十一年の四月になりますけれども、そこでは「教員の資質向上の一環として、」「大学院の修士課程を現職研修や教員養成の過程の中に適切に位置」づけるということを御提案になっている次第でございます。これの具体化方策につきましては、教育職員養成審議会にお諮りいたしまして、六十二年十二月に御答申をいただいておる次第でございます。そこでは、すべての校種について、大学院修士課程を免許制度の中に位置づけ、専修免許状を創設するものという御提言がされている次第でございまして、そうしたことに基づきまして、今回の法案では専修免許、一種、二種の三種類の免許状を設けるということを提案させていただいている次第でございます。これは幅広い範囲から教職にすぐれた人材を得るとともに、教員の自発的研修を助長しよう、そういう趣旨からそういうことになっている次第でございます。
  259. 勝木健司

    ○勝木健司君 そこで、専修、一種、二種、この三種類の免許状を設けるにつきましては、学歴主義を教師の間に持ち込んで、また教師の間に格差をもたらすものだという批判がたびたびなされておるところでありますが、しかし現在でも幼小中高等学校におきましては一級、二級の区別があります。また、小中と高等学校では免許の基準が異なっております。学歴主義を言うのなら、やはり現行免許法そのものを改めて、免許を完全に一本化すべきだという議論に行き着くところであります。  免許と学歴との関係につきましてどのような基本的な考え方を持っておられるのか。また学歴主義と言うならば現行が既にそうだとも言えるのでありますけれども、このような点についてどう文部省お考えなのか、お伺いをしたいというふうに思います。
  260. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) まず、専修免許状の新設の趣旨でございますけれども、これはやはり大学院修士課程を修了された方を教育界に招致すると同時に、現職教員の中で現職研修を行って、そうした免許状を取得するという自発的な意欲を喚起しようということもあるわけでありまして、幅広い範囲からすぐれた人材を求めようということに趣旨があるわけでございます。  そうした趣旨で三種類の免許状が設けられたわけでございますけれども、この免許状の担当し得る教育活動を見てみますと、これは教科の指導のほかに道徳、特活など学校教育全体にわたる職務であることについては変わりないわけでございまして、職務内容について差があるということにはならないというふうに考えている次第でございます。それから、現職経験と単位の修得によりまして、一種の方は専修に行くこともできるわけでございますし、二種の方は一種の免許状を取得することもできるわけでございまして、教員に就職したときの免許状の区分が永続的に固定されるものではないというふうに制度が構成されている次第でございます。  そうしたことから考えますと、私どもといたしましてはこれが学歴主義を教育界に持ち込むものであるというふうには考えていないということでございます。
  261. 勝木健司

    ○勝木健司君 中島文部大臣、この免許と学歴との関係について、基本的な考え方はどんなものがあるのか、御所見をお伺いしたいというふうに思います。
  262. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 今ほとんど政府委員からお答えをしたところでございます。  さきに御提案をいたしましたときには、専修、標準、初級という言葉を使わせていただいたわけでありますが、それをせめて一種、二種と変えましたのは、三段階というよりは三種類の免許状というふうに御理解をいただきたい、こういうことでございます。そして、ある意味では学歴を意識されるかと思いますのは、やはり学部卒業者を一種免許状といたしまして標準的な水準、こう申し上げますと学歴偏重かと思われる点もあろうかと思いますが、しかし今政府委員からお答えしましたように、二種の方はまた現職研修の中から一種、また一種の方は専修へと移っていくという道も開かれておるわけでございまして、最初の区分が永続的に固定されてしまえば、これはやはり学歴の縦割り、こう言われても仕方がないと思いますが、永続的に固定するものではないという点で、私は御理解をいただける点が多いと、このように考えておるところでございます。
  263. 勝木健司

    ○勝木健司君 先般の本法案の趣旨説明の中でも中島文部大臣は次のようなことを言われておられます。「学校教育の直接の担い手である教員の活動は、人間の心身の発達にかかわるものであり、幼児、児童、生徒の人格形成に大きな影響を及ぼすものであります。」、「まず、その最初の段階である養成教育において真に教員にふさわしい人材を育成することが肝要であります。」云々ということでありますが、そこで文部大臣にお伺いいたしますが、「真に教員にふさわしい人材」とはどのような人材をお考えになっておられるのでありますか、お伺いしたいというふうに思います。
  264. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) これは二つございます。少なくとも私どもが教員の資質に必要なものは、例えば教育に対する使命感でありますとか、あるいは児童生徒に対する愛情あるいは幅広い知識、それからそれに裏打ちされた実践的な指導力等々でございます。  しかし、これはいつも申し上げております数項目の資質でございますが、それを一口で申し上げますと、これは単に児童生徒、学生諸君に知識を伝達するだけが教員の使命ではない。つまり、その発達段階に応じて一番適切に指導し、その発達に資するという資質を持っていることが必要であろう、その部分を称しまして高い専門性を得ることが必要だと。もう一つ、開放制の必要もございますので、私どもは開放制を維持しながら高い専門性を培いたい、この二つを御提案しておるわけでございます。
  265. 勝木健司

    ○勝木健司君 私も人の親といたしまして、また二十一世紀によりよい社会の建設を目指すものの一人としまして、二十一世紀を担う子供たち教育こそ本当にその根幹をなすものだと確信をいたしております。  そこで、最近の技術革新の目覚ましさというものは言語に絶するものがございますが、すばらしい進歩を遂げておるところであります。文明の発達を強く感じると同時に、またそこに何か文化が忘れられてきているのではないかというふうに、また人間として一番大切な、人の心を大事にする、あるいは思いやる心というものを忘れてきているのではないかというふうに昨今ひしひしと感じてきておるのでありますけれども、これは私一人だけではないんじゃないかというふうに思うのであります。今の学校教育のあり方、そしてそれを指導していく文部行政のあり方につきましてどう考えておられるのか、文部大臣の御所見をお伺いしたいというふうに思います。
  266. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) 勝木委員も申されますとおり、今こそ思いやりの心というものが必要な時期はないと思います。これを道徳と申しますか、社会通念と申しますか、特に後段で、文部省はどのように具体的に取り組んでおるかという御質問でございます。  例えば、道徳教育におきましては、小学校低学年では兄弟姉妹や友達と仲よく助け合おうとする態度を教えよう、それから中学年では友情や信頼を大切にする心を養っていきたい、そして高学年では広く他の人々への思いやりの心を育てることを重点化して指導することを提言いたしておるところでございます。そういうことを含めまして、あらゆるときに、そしてまた実際には、実践的な奉仕活動、時には高齢者の方々を慰問する、あるいは奉仕する、そういった実体験を踏まえまして今の思いやりの心を培ってまいりたい、このように考えておるところでございます。
  267. 勝木健司

    ○勝木健司君 そこで、教員の免許制度と先ほどお伺いいたしました幼児、児童、生徒の人格形成とのかかわりと申しましょうか、どのような影響があるのかをお伺いしたいというふうに思うわけでございます。
  268. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先生のお尋ねの点でございますけれども、最近の学校教育の実情でございますとか世の中の進展でございますとか、そういう点をいろいろ考慮いたしますと、やはり養成段階でもそれに対応した教育を行っていく必要があるのではないかというふうに私ども考えている次第でございます。  それで、今回の免許法の改正におきましては、免許基準の引き上げということを行っておりますけれども、その内容は、教育方法、技術、これは情報機器、教材の活用なども入っておるわけでございますけれども、そういう科目でございますとか、特別活動に関する科目でございますとか、それから教育相談も含めました生徒指導に関する科目などというものを必修科目とするように措置したいというふうに考えている次第でございます。こうしたことによりまして、社会の変化や児童生徒の状況に応じた実践的指導力の基礎が修得できるように十分留意してまいりたい、そのように考えている次第でございます。
  269. 勝木健司

    ○勝木健司君 それで私は、子供を教えるということはやっぱり教えようとする者の愛情というものを、魂というものをその子供に与えることであるというふうに確信をいたしております。やはり教師教育に対する情熱がなければならないんじゃないかというふうに思うわけであります。それと同時にまた、教育に対する誇りを持たなければ決して情熱はわいてこないんじゃないかというふうに思うのであります。それは専門的な学識を有した者がより優位であるとは一概に言えないんじゃないかというふうに思うのであります。文部省として本法案を導入して、どこまで期待をしておられるのか、お伺いをしたいというふうに思います。
  270. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先生御指摘のように、学識だけがあって、それを児童生徒にどのように教えるとか、そういうことについて欠けるところがあればなかなか立派な教育が行いがたいというのが実情でございます。先ほどの答弁を繰り返すようなことになるわけでございますけれども、現在の学校の実情などを考えますと、それに対応した養成教育での教育がぜひ必要であるというふうに考えられるわけでございます。  一例を挙げれば、現在の学校の中の厳しい状況につきましては、やはり教育相談も含めまして、生徒指導などというものは養成の段階でもその基礎を修得していただく必要があるのではないかということで、一例として申し上げれば、そういうことについても今度の免許法では必修科目に位置づけるなどの措置をして対応したいと、そのように考えている次第でございます。
  271. 勝木健司

    ○勝木健司君 それでは具体的な各種免許についてお伺いをしてまいりたいというふうに思いますが、まず新設されます専修免許状につきましてでありますが、専修免許所持者は他の免許を所持している者に比べてより専門性が高いことを免許状に明記されることになろうかと思われるわけでありますが、この場合の専門性とは教科についての専門性ということなのでありましょうか、お伺いをしたいというふうに思います。
  272. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 専修免許状の方の基礎資格はひとまず省略さしていただきますけれども、修得する単位数などについて一種免許状の方と比較してみますと、これは教科に関する専門教育科目、または教職に関する専門教育科目のいずれか、または双方について二十四単位余分に修得することになる次第でございます。この二十四単位は大学院レベルの課程において修得するということになっているわけでございますから、教科に限るわけではございませんで、教職についてもそういう学識を積んでいただいてよろしいことになるのではないかと、そういうふうに考えている次第でございます。
  273. 勝木健司

    ○勝木健司君 心理学やカウンセリングといった領域の専門を学んだ者につきましてはどのように取り扱いがされるのか、お伺いをしたいというふうに思います。
  274. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 心理学、カウンセリングなどでございますと、これは恐らく教職に関する専門教育科目になるのではないかと思うわけでございますが、こうしたものを二十四単位学習されましても、専修免許状は授与されるということになる次第でございます。
  275. 勝木健司

    ○勝木健司君 大学卒程度で一種免許を保持している者が専修免許へと上申する場合の条件はどのようなものであるのかということであります。その場合、彼らが単位取得をする際の取り扱いはどうなるのでありましょうか。また、現在の教員養成大学院が主として勉強の場となると理解してよろしいのかどうか、あわせてお伺いしたいというふうに思います。
  276. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 具体的に申し上げますと、一種免許状の所有者につきましては教職経験三年ということで、それから十五単位をお取りいただければ専修免許状は授与されるということになるわけでございます。ただ、これには軽減措置がございまして、三年以上たちますと、三年を超えることになりますと、一年につきまして三単位ずつ軽減されるわけでございまして、教職経験六年以上の教員につきましては、六単位修得していただければ専修免許状が授与されるということになる次第でございます。  それで、これの単位の修得方法でございますけれども、これは大学院レベルで修得をしていただく必要があるわけでございまして、教員養成大学の大学院のほかにも、高校二級免許状でございますとか、中学の一級免許状を取得できるような一般大学の大学院でもそうしたことは可能であるというふうに考える次第でございます。  それから高校、中学校の専修免許状について申し上げますと、これは教員養成大学以外の一般大学でも十分こうしたことは対応が可能ではないかというふうに考えている次第でございます。それから幼稚園、小学校の場合でございますと、これは一種免許状、二種免許状につきましても、もともとその養成を目的といたしました学部、学科でないとなかなか基準を満たすことが困難でございますけれども、そうした大学に設置された大学院では、小中関係の専修免許状を授与されるような単位の修得も可能にはなるのではないかと、そのように考えている次第でございます。
  277. 勝木健司

    ○勝木健司君 それでは現在教員養成を目的とする大学、学部で大学院を持っているところはどのくらいありましょうか、お伺いしたいというふうに思います。そこでの現職の教員の受け入れ態勢というものはどのようになっておるのか、あわせてお聞きをしたいというふうに思います。
  278. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 国立の教員養成大学、学部でございますが、これは四十九現在あるわけでございます。そのうちに修士課程を有しているものは二十一ということになっている次第でございます。  それで受け入れ態勢のことでございますけれども、これは教員養成大学の大学院のほかに、高校の二級免許状、それから中学の一級免許状を取得できる一般の大学の大学院でも専修免許状取得の単位を修得することが可能になるのではないかと、そういうふうに考えている次第でございます。そういうことで、高校、中学の専修免許状の取得につきましては、教員養成大学以外でも十分対応することができるのではないかと、そのように考える次第でございます。  それから幼稚園と小学校の場合は、先ほども申し上げましたけれども、なかなかその養成を目的とした学部、学科でないと基準を満たすことが困難でございますので、このような大学に設置された大学院で専修免許状に必要な単位を御修得いただくことになることは可能ではないかと、そのように考えておる次第であります。
  279. 勝木健司

    ○勝木健司君 修士課程の修了とともに専修免許を与えられるということになりますと、修士課程における勉強の質というものが大きな問題になってくるように思われるわけであります。教科についてであれ、児童心理やまたカウンセリングなどについてであれ、そこで獲得する専門性とはこの実践とのつながりを欠いては成り立たないというふうに思うわけであります。専修免許を取ろうとする者が学ぶこととなります大学院での教育におきまして、理論と実践とのつながりを具体的にどのように保障をしていくのか、お伺いをしたいというふうに思います。
  280. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 今、先生御指摘の点については非常に難しい問題ではないかというふうに考えている次第でございます。ただ私ども、大学院レベルの課程におきまして所要の単位をお取りいただき、専修免許状をお取りいただくように深い学識を備えていただくことも、その後の学校での実践を通じてより立派な実践力がつくのではないかというふうに考える次第でございます。  またそのほかに、現職の教員の方が大学院レベルの課程に行かれまして、実践を基礎といたしましてさらに深い学識を備えていただくということは、その後の教育実践を高める上で非常に有益なことではないかというふうに考えている次第でございまして、そうした面から今回の専修免許状の創設に努めているところでございます。
  281. 勝木健司

    ○勝木健司君 それでは、修士課程で教員志望者とかあるいは現職の教員を指導する教官というものは、やはりみずから教育実践を積んだ者である必要性というものがありはしないかというふうに思うわけであります。現在幼、小、中、高などの教師として研さんを積んだ上で、大学とかあるいは大学院などで指導に当たっておられます教官というものがどのくらいおられるか、お伺いをしたいというふうに思います。また、この教官採用に当たっての教員としてのキャリアはどのくらい評価をされておるのか、あわせてお伺いをしたいというふうに思います。
  282. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) まず最初に、教員養成大学、学部におきまして学校現場の経験を有する専任教員の全体に占める割合でございますけれども、これは昭和六十年度現在では三五%ということになっている次第でございます。それで、大学院修士課程における教職専門科目の担当教員につきましては、現在のところ特に学校現場の経験を有することを求めていないというのが現状でございます。  ただ私どもといたしましては、そういう現状でございますので、大学の養成課程における実践的指導力の基礎を学ぶ者に確実に身につけさせるためには、小中学校での教育経験を有する者を活用することが極めて意義があるのではないかというふうに考えているわけでございます。今回の改正案においても生徒指導その他の科目を必修としておりますけれども、こうした科目につきましては、小中学校の教員でございますとか、指導主事というように、小中学校での実践的な経験のある方を非常勤講師として委嘱することによって、教育効果を高めていただければ非常にありがたいというふうに考えている次第でございます。
  283. 勝木健司

    ○勝木健司君 教員になろうという人はやっぱり単なる教育の専門家としての狭い視野だけではだめじゃないかというふうに思われます。幅広い識見が必要になってくるように思われます。特に専修免許所持者につきましては学校の中での指導的な教師と当然位置づけられることになるでありましょうから、この点も重視されなければならないと思うのであります。その意味で、教員養成にかかわる大学院がかっての高等師範的な狭い内容に偏ってはならないと思うわけでありまして、教官の採用に当たっては、学者としての業績だけではなく、多様な社会的経験を持つ人々も積極的に登用すべきではないのかというふうに思うわけでありますが、お考えを聞かせていただきたいというふうに思います。
  284. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 教員養成課程の教官の採用の問題でございますので、私直接所管しておりませんけれども、私どもの希望といたしましては、先ほども申し上げましたように、小中学校での教育実践のある方々をできるだけそうした課程における教官として活躍させる場を設けていただけたらば非常にありがたいというふうに考えている次第でございまして、小中学校の教育実践の経験のある方とか指導主事の経験のあるような方々につきまして、非常勤講師の委嘱によりましてそうした方々が養成課程で教鞭をとるということも可能にしたいというふうに考えているところでございます。
  285. 勝木健司

    ○勝木健司君 二種免許状を有する者は一種免許の取得が努力義務とされておるわけでありますが、採用後十五年で一種免許へ上がることが義務づけられることになろうかと思われます。二種免許の所持者は十五年目の段階で一つの関門を課せられることになるわけであります。この際、三つの免許状すべてにわたって一定期限を付して、その更新の際に研修を義務づけるなどの方法を導入できないのかどうか、お伺いをいたしたいというふうに思います。
  286. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 先生のおっしゃるような方法ということも考える道はあろうかとも思うわけでございますけれども、養成審議会ではいろいろ御議論された末、現在の三種類の免許状を御提言になったわけでございます。  現在の免許状は、専修免許状は一種免許状を基礎としてさらに特定分野について深化させたという免許状でございますし、二種免許状は一種免許状との比較においてはなお研さんを要する免許状ではございますけれども、先生方の努力によって一種免許状を取得する道もあるわけでございます。一種免許状は教員の資質として標準的に必要とされる免許状でございますけれども、そうした三種類の免許状があるということは前提でございますけれども、そうした免許状を持っている方々もそれぞれ職務は同じでございますので、それぞれ協力して学校の運営に努めていただければ非常にありがたい、そのように考えている次第でございます。
  287. 勝木健司

    ○勝木健司君 採用後十二年経過後、二種免許取得者は一種免許の取得のための認定講習等を当然受けることになろうかと思われるわけでありますけれども、この認定講習の中身というものは一体どういうものか、お伺いをしたい。  そしてまた、形式的に単位を取ればよいということで終わるのであるのかどうか。二種免許を持っている先生が認定講習にまた受けに出る場合に、その現場の穴埋めというものはどのようにされるのか、また任命権者による受講機会の提供というものを具体的にどのように行われることになるのか、あわせてお伺いをしたいというふうに思います。
  288. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 認定講習の中身でございますけれども、これは現在二級免許状所有者に対して行われているような認定講習と余り大差はないのではないかというふうに考えるわけでございます。それから、認定講習等の指定でございますけれども、これは該当者の意見も聞いていろいろの事情を勘案し、授与権者が指定することになろうかと考える次第でございます。  それから、任命権者がそうした機会を提供する義務があるわけでございますけれども、例えば夏季休業期間中に行われる認定講習に先生がお出かけになる場合については、職務専念義務の免除を行うとか、それから県主催の認定講習については格段の受講料を取らないという措置を講じている県もあるわけでございますので、そうした助成措置も今後とも続けていかれるように私どもとしては要望してまいりたいと、そのように考えている次第でございます。
  289. 勝木健司

    ○勝木健司君 先ほどもありましたけれども、採用後十五年を経過した教員は二種免許から一種免許に変わる際の経験年数に応じた単位軽減措置というものが講じられないということになるわけでありますが、十五年経過後一種免許を取得しようとする者については、単位取得のための特段の配慮はする必要が果たしてないのかどうか、お伺いをしたいというふうに思います。
  290. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 今先生が御指摘された制度というのは、六十四年四月一日以降に採用される方々について適用されるわけでございます。それで、最終的には十単位という単位でございますので、これはお入りになってから、教員になられましてから計画的に単位をお取りになれば、それほど困難なことではないというふうに考えている次第でございます。十二年経過した三年間で十単位ということばかり考えますと、やはりその制度の本来の趣旨にもとるわけでございまして、先ほど御指摘の十五年経過したときの単位軽減措置がなくなるというのは、あくまでも計画的にその十単位の単位をお取りいただくための誘導措置ということでございまして、その前段階としては授与権者の認定講習等の指定でございますとか、それから任命権者の機会の提供義務もあるわけでございますので、そうした受講者の努力と、それから任命権者、授与権者のそれぞれの努力が相まちまして、十単位の単位をお取りいただけることが一番いいことではないかというふうに私どもは考えている次第でございます。
  291. 勝木健司

    ○勝木健司君 余りわかりませんけれども、今回の三種類免許の創設というものは、教師の中に免許による差別を持ち込むものではないというふうに思うわけでありますけれども、しかし、免許状の種類とは別に、学校の中でうまく教育実践を進めていくためには、やはり指導的な教員を核とした学校全体の指導体制を確立していかなければならないというふうに思うわけであります。校長、教頭といった管理職はいわばマネージメントの側面を担当することになるわけでありますから、それらの職階とは別に教育の実績に応じた職階制というものは必要ではないかというふうに思われるわけでありますけれども、お伺いをいたしたいというふうに思います。  大学では教授とか助教授、講師といった職階によって指導的立場に立つ者の地位が明確になっております。教員はすべて平等である、そして職階を持ち込むのは大反対という、いわゆる進歩派の一部の大学の先生方も、御自分たちの教授とかあるいは助教授という区別については否定はされないというふうに思うわけでありますけれども、こういった問題についての御所見をお伺いをしたいというふうに思います。
  292. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 現在、学校には校長、それから教頭のほかに、調和のとれた学校運営ということで教務主任、学年主任などの主任制度も設けられているわけでございます。校長、教頭のリーダーシップのもとに、こうした主任の方々の協力も得て全教職員が協力していくということが、生き生きとした学校教育を行っていく上に一番適切ではないかというふうに考えている次第でございまして、そういうことについて今後とも各教育委員会を指導してまいりたいと、そのように考えているところでございます。ただ、現在のところ先生の御指摘のような教育の職責に応じた職階制を新たに設けるということは考えていない次第でございます。
  293. 勝木健司

    ○勝木健司君 時間が参りましたので、次回にまた回したいと思いますけれども、厚生省の方がお見えになっておると思いますので、最後に厚生省の見解を聞いて終わりにしたいというふうに思います。  今回の改正で幼稚園も小中学校と同じ三段階免許となる、そしてまた、さきの教特法等の改正でも初任研導入の対象となったわけでありますが、幼稚園の先生も、また保育園の保母さんも幼児に接する上での教育上の仕事は同じだというふうに思うわけであります。幼稚園の方は矢継ぎ早に資質向上策を打ち出されておりますけれども、保育所の方はどうするつもりなのかお伺いをしたい。幼稚園と保育所では果たす役割が違うといえばそれまででありますけれども、両者の格差を広げるということにならないのかどうか、厚生省の見解をお伺いをしたいというふうに思います。
  294. 炭谷茂

    説明員(炭谷茂君) 保育所は、保育に欠ける乳幼児に対しまして教育と養護とが一体となりまして子供の育成を図る児童福祉施設でございます。就学前の教育という見地に立ちますと、幼稚園と保育所とが格差があってはならないということは先生のおっしゃるとおりだと思います。したがいまして、その重要な役割を担いますのはやはり保育所における保母の資質であると思いまして、私ども厚生省といたしましては、保母の資質の向上につきましてはこれまで努力いたしておるところでございます。保母の教育養成課程の今後のあり方につきましては、中央児童福祉審議会におきまして五十九年六月から検討いたしておるところでございます。これからは現在検討いたしております保育所保育指針、これは保育所の保育内容を定めているものでございますけれども、これを現在検討いたしております。保育所保育指針の検討状況並びに幼稚園の免許基準の動向などを踏まえましてこれから検討が行われるだろうと存じております。私どもといたしましては、中央児童福祉審議会の御答申を踏まえまして、いただきました後さらに検討を重ね、保母の資質の向上ということにさらに努めてまいりたいと考えております。
  295. 勝木健司

    ○勝木健司君 もう終わります。次に回します。
  296. 下村泰

    ○下村泰君 朝から御苦労さんだと思います。今までずっと承っておりまして、加戸さんですか、官房長官房長といい、大臣といい、自分のしたことでもないのに人のやったことでああだ、こうだ、滑ったの転んだのと一生懸命言いわけなさっている。腹の中じゃ、ふざけるな、このやろう、だれのためにやっているんだ、本当のことを言いたいところを我慢して、うそばかりついている。こういう感じがしました。本当に御苦労さんだと思います。  私ね、先生というものほど尊敬しているものはないんです、子供のときから。世の中で一番怖かったのは先生なんですから。うちの者が何か言うと先生に言いつけるぞと言うと、ぞっとしたもんです。そのくらい先生は偉かった。そして私は尊敬している。  で、これはもうちょっと頭の、脳の方少し休めていただきたいんですが、私の小学校は東京品川区立、昔は荏原と言ったんですけれども、後地小学校というところなんです。この小学校がせんだって六十周年記念がありまして、卒業生が第一期からずっと集まってくる。私は第七期なんですが、一期、二期、三期、四期、五期、六期、私を入れて七期、八期、九期ぐらいになるとほとんどいませんね。第二次大戦でほとんどやられているわけですよ、丈夫なやつは。弱かったやつだけが残っておるわけですね。私はずうずうしいから帰ってきましたけれども。  で、そのときに担任の先生にこんな話したんです。その先生はもう八十八歳、その学校の校長先生をやめまして、今はもう悠々自適なんですけれども、先生には御迷惑をかけましたね。星薬科大学というのがそばにあって、そこの諸設備の機関室、その機関室に鳥小屋をつくるような金網の入ったガラスの板がある、窓ガラスがある。それをどのぐらいの石ぶつけたら割れるかというので試してみた。で、小さいのからだんだんに大きくして、一番最後にこんな二抱えもあるやつ、それをドカーンとぶつけたら初めてそこでひびが入って、やったと言った途端に用務員の方に捕まって学校へ突き出された。で、その話したんです。  そうしましたら、あなたはそんなどころじゃないよ、あなたは実はあの星薬科大学のあの一番高い煙突の上に上がった。下から用務員がおりろと言ったっておりない。それで、学校へ電話がかかってきて、私たちは布団を抱えていったんです、敷布団を。そして下へ敷いて、おりろ、おりろと言って、何時間かたったらあなたはおりてきた。終生忘れることのできない生徒だって言われました。そのときに、ああ、そんな昔のことを、しかも何百何千という子供を送り出している先生が、それは悪かったことは悪かったんでしょうけれども、覚えていてくれたんだな、何かそのとき初めて先生と生徒であったという、目に見えないきずなで結ばれているような気がしました。で、改めて先生というものはいいものだなと思った。その先生にランクをつけるというのは何だかわけわからぬですね、私は。  あの免許というのは、その人のそのものに対する適性、資格、いろいろありますわね。それで免許というのは渡されるわけでしょう。例えば自動車の免許にしたってそうですわね。バスを運転するやつもいれば特殊のトラックを運転するやつもおる。同じ大型の免許にしても特殊もあれば普通のトラックの免許もある。それから、普通免許の場合でも一種、二種ありますよね。二種というとタクシーのことですが。  で、幼稚園だ。これ教員免許の方も同じことで幼稚園、小学校、中学校、高校とありまして、もちろん教える生徒が違うわけですからいろいろとあるとは思いますけれども、その先生の免許の中に現在でさえ二種類あるわけですね。ほかの免許制度について私詳しくはないんですけれども、同じ対象、範囲、目的の免許証をさらにその中に区分する免許というのはほかにありますか。
  297. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 今、先生御指摘のように、免許状が種別化されておりますときには、その免許状により免許される行為でございますとか、それから免許状所有者が行い得る行為自体に差異があるというのが普通でございます。それで、これに対しまして、教員免許状でございますけれども、これは校種ごとには別の免許状があるわけでございますけれども、校種が同じであっても種別化された免許状があるわけでございますが、その担当し得る教育活動には違いがないということでございまして、これは教育職員の免許状制度に独特のものであるというふうに考えている次第でございます。ただ、これが設けられましたのは、やはり現職研修というのを非常に重視いたしまして、経験年数とそれから単位修得によってさらに他の免許状が取得できる、そういうことのためにこうした制度を設けているというふうに理解しておる次第でございます。
  298. 下村泰

    ○下村泰君 今もその研修という言葉が出ましたけれども、この間もお話ししましたけれども、何だかあの一年の研修制度というのはマンツーマンでやるから心配ないとか、どうのこうの言っていましたね。ところが、この間もお話ししましたように、これだけの人間が集まると、だれか一人しゃべると妙に頭にくるやつがいるんですよ。そいつのトーンとテレパシーが合わないんです、周波数。そいつがしゃべると、それに恨みもつらみもないんだけれども、妙に頭にかりかりくるんですよ。そういうやつに教わったやつは災難でしょう、これは、あの研修制度というのは。そのときに嫌な顔一つしたら、このやろう、表情が悪いからって変なことを書かれたらどうします。そこまで責任負えないでしょう。もっとも今はそんなこと聞いているんじゃありませんけれどもね。  それで、小学校の先生になるために小学校の教員免許を取得する。それをどこで取ったかは私は問題じゃないと思うんですね、短大であろうと大学だろうと。もしどうしても三種類つくるとしたら、短大は小学校の一、二年生、大学は三、四年生、大学院が五年生、六年生を面倒見る。そんな分け方はないかもしれませんよ。でも、こういうふうにはっきり分かれたら別にどうということはないんです。ところが、例えば、これ一番問題になるのは、小学校六年になると上の学校受験でしょう。そうすると、中学から高校、大学まで行けるような、こうずっとそのままエスカレートしていかれるような、エレベーターに乗った、あるいはエスカレーターというんですか、乗っていけるような学校を希望するのは、これは親御さんの常ですわな。しかも、私立の学校でそういう学校はたくさんある。そうすると、そのくらいの学年になったときに、一組が短大の先生で、二組が大学の先生で、三組が大学院の先生。親御さんどう思います。  私なんか今度のこの制度で一番心配するのは、先生同士の問題じゃないんだ、私は。どちらかと言えば子供を預かってもらって教育してもらっている親側の方の心配するんです、私は。親というのは物すごく敏感なんです、そういうことに。この親御さんたちがどういう感じを持つのか。悪くすれば学歴による差別が助長されるということになります。それどういうふうに考えておりますか。
  299. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) 学歴差別の問題は、先ほどからいろいろ御質問いただいたところでございますけれども、三種類の免許状を設けましたのは、特に専修免許状を設けたことにつきましては、これはやはり大学院の修士レベルでいろいろ研さんを積まれた方につきまして教育界に招致したいという、幅広い範囲からの人材を教育界に誘致したいということが一つあるわけでございますし、また、先ほど来御説明申し上げておりますけれども現職の方が所定の単位を修得して、さらに他の免許状を取得されるということによりまして自発的な研修意欲を高めようということによってそうした免許状を設けているわけでございます。  そうしたことでございますけれども、その三種類の免許状の間には特段担当し得る教育活動に差異があるわけではございませんし、また、その免許状相互については、免許状を取ったことによって固定されるというわけでもまいりませんで、順次単位修得により、他の免許状を取ることも可能であるわけでございますので、私どもといたしましては、それによって学歴による差別が生ずるということにはならないというふうに考えている次第でございます。
  300. 下村泰

    ○下村泰君 局長お答えになっていることを活字にすれば理路整然、どこも間違ってない。聞いている方はおもしろくも何ともない。というのは何だと言ったら、語感がないんですよ、語感というのが。ただ活字並べているだけなんだ、こういうふうに。  だから、今も申し上げたでしょう。先生に対する差別を今度は親が持つの、親が、PTAが、悪く言えばばばあどもが。口さがないんだ、この連中は。そして、子供を通わしている親側の方が先生を差別する結果が出てくるんですよ。だから、教育ママと言われる、まあ教育ママと言えば体裁がいいかもしれぬけれども、こういう人たちが先生を選別するんだ。そうすると、物すごい先生にはプレッシャーがかかる。そうすると、この制度というのは一体だれにメリットがあるんですか。
  301. 倉地克次

    政府委員(倉地克次君) たび重なる御指摘でございますけれども、制度の趣旨は先ほど申し上げたことに尽きるわけでございまして、そうした観点から今回の三種類の免許状をつくっているわけでございます。それによって学校の現場で特段差別が生ずるということにはならないんじゃないかというふうに私どもは考えているわけでございます。
  302. 下村泰

    ○下村泰君 学校における差別言っているんじゃないんだ、私は。学校に通っている子供さんたちの親のことを言っているんですよ。そこまで手回り切らないでしょうな。回り切らない人に幾ら聞いてもこれはむだだ。  ここにまた、先生というものに対するいろいろな批判もある——これもやめた。  今度はちょっと視点を変えましょう。  いつも私がここで申し上げているのはもう大臣も耳たこでございましょうから、殊にこっち側の耳の鼓膜はたこができている。いつもこの障害児問題を私は申し上げておりますけれども、内村鑑三さんという、鑑三先生がいらっしゃる。この方はもうよく御存じだろうと思います。で、この内村鑑三先生が流竄録というのを書いていらっしゃる。で、この先生が「クラーク博士の札幌農学校を卒業後、明治一七(一八八四)年の秋に「実行的慈善事業に顕はるる基督教の結果を見んことを欲し」」、昔はすごいですね、こういう文学書体だ。それでアメリカに渡った。「最初に訪れたところがペンシルバニア州エルウィンにある州立精神遅滞児施設であった。」、これは要するに今で言う精神薄弱ですわね。このときに鑑三先生は二十四歳だった。この先生は何といいますか、流竄録というものに書いてあるんですけれども、何しろその目的は大きかったんですけれども、予算の方はなかったらしいですな、あんまり。それに「慈善事業を目的とする余の嚢中僅に四週間の糧を余すのみ、……其目的の高尚勇壮なる、其思慮の浅薄なる、余は家郷三千里を去て後に始めて余の無謀に驚きたりき」、もうお金がないんです、これ。それで友人のうちに泊めてもらって、朝起きたら目の前に立派な建物があるというんですね。その建物に行ったら、その建物が今申し上げました施設であった。  そこの方にお話をいろいろしているうちに、懐が寂しいことを告げたらば、この院長さんが、「いくあてがないならば、この施設の看護人にならないかと勧め、鑑三は「是れ余の最も欲する所、下賤の業を採るに於ては余の予め期せし所なり、閣下にして余を使役せられるるの意あらば余の幸福えに勝るなし」、これちょっと御注意しておきますけれども、「下賤の業」、つまりこのころの言葉というのは、今の差別用語なんというところからかけ離れた言葉を使われておりますので、その点ちょっと入れておいてください。「この施設の看護人になった鑑三は二二名のちえおくれの子どもを預かり、衣食寐浴」——寝たり、おふろに入ったりですね、「の世話をするとともに、ドイツ婦人の助手として、四個以上の勘定ができない「最下級の」ちえおくれの子ども四〇人の学習指導にあたることになる。その体験はさきの「流竄録」に詳細に、かついきいきと述べられているが、その当時、ちえおくれの子どもが社会的にどのようにみられ、処遇されていたかを知るためには、この名著は不可欠のものといえる。すなわち、この施設の目的として掲げられていたのは、つぎの三カ条である。」。  これはあんまりはっきり読むと、それこそすごいんですよ、何というか、差別用語といいますか、一が、「是等神経機能発育の妨阻せられし者を取り、特殊の方法を以て此妨阻を排除し、規則的発育を促がすにあり。」、二つ目が「是等人類中の廃棄物」と言うんですよ。こういう子供たちのことをこういう表現をしているんですな、このころは。このあと読むのはやめましょう。「そのとき、この施設はちえおくれの子どもが約七〇〇人、それを世話する看護人が約七〇人、その他の雇用人が約三〇人の大世帯であった。そのありさまを鑑三はつぎのように描写している。「七百の無辜の白痴」という言葉を使ってます。「白痴と一百の慈善家が一家団欒の和睦の内に共に一生を送りつつあるの景況を想ひ見よ、之を天国と称せずして何とか言はん、米国威力の淵源は是等慈善院にあり」、こういうふうに言っている。そして「鑑三は「白痴教育は余に教育の原理を伝へたり」」、こういうふうにこの中で言い残しているわけですね。これ全部読むと大変ですからね。そしてこの子供たちにジャップと言われたり、「朝夕是等下劣の米国人の糞尿の世話迄命ぜられ」、こういうふうに書いてあります。そして、この子たちにジャップと呼ばれた。「余は自身も白痴にあらざる乎」と疑った。御自分のことをですね。  日がたつにつれて「彼等に優りて愛すべきものは余は未だ他に知らざる」ように思うようになる。そして、ついに鑑三は「教育の原理」を会得するにいたる。それは、教育の精神は「真実と耐忍と勉励とを以て、体中に秘蔵せられ居る心霊を開発するにあり」という一文によって、よくいいあらわされている。教育の目的は学生に衣食の道を授けることではない。進歩の度合は学生各自の特性によって異なるのであるから、知的優秀者のみを優位にたて、劣者を抑圧して失望させるような優勝劣敗主義で学生を導く教育者は、教育の大任の何であるかも知らない人である。黒と青の弁別がまだできない生徒に、それをわからせる教育は、優秀児に抛物形と双曲線形の区別をわからせる教育よりも、ときには優れている——と。   また「教育の秘訣」は「至誠」にあるのであって、学則とか権威によるのではないことを知る。にもかかわらず、今日の教育は法令が多く、機械的で、模式的になりすぎていると、嘆息する。そして、わが国の「未来の文部省は宜しく白痴院を設立し、之に堪ふを以て教員の一大資格となすべし、教育事業の革新此時を以て始まらん」と、まことに勇断なる提言をなしている。   鑑三のこの信念は帰朝後、講演や著述を通して縷々、披露され、こころある教育者につよく影響を与えていったことは言うまでもない。   なかでも、のちに東京大学総長になった南原繁、矢内原忠雄両氏は秀抜な教育者として、多くの学徒の人格に感化を与えた。まさに「ちえおくれの子ども」に学んだ鑑三の「教育の原理」は、ふたりの東大総長の教育の原理に通じていたのである。 と、こういうふうに御紹介を申し上げたんですが、私は今の申し上げたことをお聞きになった文部大臣教育者というのは、本当に真なる姿というのはどういうふうに描いていらっしゃるかお答えをいただいて、終わりにしたいと思います。
  303. 中島源太郎

    国務大臣中島源太郎君) いつもながら、下村先生の今お読みいただいた中で、教育の原点、これはみずから体得された貴重な経験を内村先生はされたな、こう思います。  また、今私どもは、つい免許法の改正の中で、強いて申しませんけれども、どうしても健常者の教育、その教育者のあり方、これを語っておるような気がいたしておりましたけれども、少なくともその中にやはり障害者の方々に対する接し方、それがまた障害者の方々に対する接し方だけではなくて、今おっしゃっておりますところから酌み取れますのは、教育全般の原点を知るに非常に貴重な御体験だと思うわけであります。  これから、ただいま免許法の改正を御提案をしておるわけでありますけれども、主にその仕組み、それから御提案をしております精神を御説明することに精力を割き過ぎているような気がいたしますが、今おっしゃったような精神を酌み取りながら、この今御提案をしております免許法の改正の中にもう少しおっしゃる心を酌み入れながら御理解をいただく必要があるなということを率直に今感じながら伺っておりました。
  304. 下村泰

    ○下村泰君 この次はひとつ障害児教育のことについてまたお伺いしたいと思います。  きょうは終わります。
  305. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) 本案に対する本日の質疑はこの程度にとどめます。     ─────────────
  306. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) 次に、参考人出席要求に関する件についてお諮りいたします。  教育職員免許法等の一部を改正する法律案の審査のため、参考人出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  307. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) 御異議ないと認めます。  なお、その日時及び人選等につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  308. 杉山令肇

    委員長杉山令肇君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後四時四十四分散会