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参考人(柳沢義信君) 柳沢でございます。
このたび
刑事補償法の一部を
改正しまして、
刑事補償金額の最高限を改め、
補償の改善を図ろうとするということでございますので、まことに結構なことでございますし、喜ばしく思っておる次第でございます。また、結論の点につきましては、三井
参考人が申されたことを引用いたしたいと思いますが、引上額をもう少し上げていただいたらというふうに感ずるわけでございます。
ところで私、弁護士でございますので、また米谷四郎氏の
再審事件を実際に担当いたしまして、
再審請求、それから
再審公判の弁護をいたしました。
再審無罪判決の確定後に、
刑事補償の請求、
費用補償の請求、それから
損害賠償の請求をいたしましたので、その経験と
問題点を申し上げまして
意見とさせていただきたいと思うわけでございます。
米谷
再審事件の
内容は、およそ次のとおりでございます。
五十七歳の女性が
昭和二十七年の二月二十五日の夜、青森市郊外の自宅で何者かによって絞殺されたのでございます。米谷四郎氏は、同年の三月二日にこの
事件の被疑者として逮捕されまして、一たん自白しましたが、その後否認したまま青森地方
裁判所に起訴されました。青森地裁は、同年の十二月五日に米谷四郎氏に対して懲役十年の
判決を言い渡したのでございます。この
判決を不服といたしまして控訴しましたが、仙台高等
裁判所は、
昭和二十八年の八月二十二日に控訴を棄却しております。そこで米谷四郎氏は、
最高裁判所に上告を
考えましたが、訴訟
費用が心配であるということと妻が病気であったために、上告をあきらめて有罪
判決は確定したのでございます。
そこで、刑に服しまして
昭和三十三年の二月十八日に、仮出獄によりまして秋田刑務所から釈放されました。
ところが、東京地方
検察庁は、別人の長内芳春氏を同じ被害者に対する真
犯人として、
昭和四十二年の二月二十三日に東京地方
裁判所に起訴をしたのでございます。東京地方
裁判所は、
昭和四十三年の七月二日に、長内氏に対しまして
無罪の
判決を言い渡しましたが、なお検察官が控訴しましたので、東京高等
裁判所で審理中に長内芳春氏が首をつって自殺したために、公訴棄却の決定がなされて、この
裁判は終わったのでございます。
米谷四郎氏は、
昭和四十二年の八月二十五日に、青森地方
裁判所に有罪
判決に対する
再審の請求をいたしましたが、
昭和四十八年の三月三十日、
再審請求は棄却されました。そこで即時抗告をして、仙台高等
裁判所は、
昭和五十一年の十月三十日に
再審開始決定をして確定したのでございます。この
再審開始決定を受けて青森地方
裁判所は、
再審の審理をして、
昭和五十三年の七月三十一日に米谷四郎氏に対して
無罪の
判決を言い渡しました。そこで確定したのでございます。
以上が大体
事件の概要でございます。
無罪の
判決が確定しましたので、私たち
再審の
弁護人が米谷四郎氏の代理人となりまして、
昭和五十三年の九月二十二日に、青森地方
裁判所に対しまして
刑事補償と
費用補償の請求をしたのでございます。
刑事補償の請求につきまして青森地方
裁判所は、五十四年の三月十七日に請求どおり
拘束二千百八十日、これは抑留、
拘禁日数が五百五十三日、刑の
執行日数が千六百二十七日でございますが、これにつきまして一日四千百円の割合によって合計八百九十三万八千円の
補償の決定をいたしました。そして、米谷四郎氏はその支払いを受けたのでございます。
費用補償の請求につきましては、青森地方
裁判所は少しおくれまして五十五年の二月二十二日に、米谷四郎氏に対して二百二十三万千百七十二円を交付する旨の決定をしたのでございます。
しかし、この決定は、
再審請求の
費用それから公判前の事前準備期日の、事実上の準備期日があったわけでございますが、この
費用、それから現場検証の打ち合わせのための出頭
費用を
補償しなかった、そういうことと、
補償額算定の基準時をこの金を出した出損の時点としまして
昭和二十八年当時の価格で旅費、日当などを
補償するとしたこと、これが不服であるということで即時抗告の申し立てをしましたが、仙台高等
裁判所は、
昭和五十五年の三月二十四日、即時抗告を棄却いたしました。
そこでさらに、
最高裁判所に特別抗告をし、この原決定が米谷氏の不服を認めなかったのは刑事訴訟法百八十八条の二、百八十八条の六の解釈適用を誤って憲法四十条に違反すると主張したのでございます。
最高裁判所は、
昭和五十五年の五月十三日に憲法四十条違反の点につきましては、
無罪の
判決が確定した者に対してどの
範囲の
補償をするかは立法政策の問題であって、憲法適否の問題ではないから前提を欠き、その余は単なる法令違反の主張であって刑事訴訟法の四百三十三条の抗告
理由には当たらないということで特別抗告を棄却したのでございます。
刑事
費用の
補償決定が確定しましたので、米谷四郎氏は、青森地方
裁判所に対しまして刑事
費用補償金の払い渡しの請求をいたしまして、その支払いを受けました。米谷四郎氏は、
刑事補償金の支払いを受けましたが、その額が余りにも少なかったので、
昭和五十四年の十一月十三日に
国家賠償法に基づきまして東京地方
裁判所に対し、国を被告として
損害賠償請求の訴訟を起こしたのでございます。そして、誤った逮捕、勾留、取り調べ、起訴それから
裁判などに関連する
裁判費用五百万円、
拘束二千百八十日間の逸失利益分千二百十六万円、精神的、肉体的
苦痛の
慰謝料として三千万円、合計、これの数字を足して四千七十三万円になりませんが、そのほかのものを加えまして、そこから
刑事補償金を控除いたしたその残額、四千七十三万円の支払いを請求したのでございます。
東京地方
裁判所は、五十九年の六月二十四日に
判決を言い渡しまして、この逮捕などの各
行為時においてこれらに関与した警察官、検察官、
裁判官には
過失はなかったのでこれらの
行為はいずれも違法ではないとして
損害賠償の請求を棄却したのでございます。
この請求棄却の
判決に対しまして、私たちは控訴して東京高等
裁判所で審理を受けてまいりましたが、本年の二月十七日に結審をして明日、控訴審の
判決が言い渡されることになっております。
米谷四郎氏の
刑事補償、
費用補償それから国家
賠償につきましては、いろんな
問題点があるとは思います。
まず、
刑事補償につきまして青森地方
裁判所は、
刑事補償の決定をした際に、この
刑事補償の請求人は満三十歳から約六年間の
拘束を受け、その間自己を信頼し出獄を待ちわびていた妻の病死に遭い、それとともに戻るべき家庭を喪失し、仮出獄後は転居をやむなくされたこと。それから、本件の
無罪判決までは逮捕後実に二十六年余を経過し、かつ
再審請求後も一たんはこれが棄却されて約十一年間を要していること。それから、
無罪主張のためやむを得ないとはいえ、長期間にわたり二度
被告人の立場に置かれ、
再審請求後、改めて九回の
再審公判それから三回の期日外
証拠調べに出頭したほか、四回にわたって血液型鑑定を受けたり、別件、長内芳春被告
事件の証人になるなど、多大な日数、労力を費やしていること。
こういうことが明らかであり、これらの
事情による請求人の精神的、
身体的
苦痛、経済的損失は極めて多大であると推認される。なお、仮出獄後新たに築かれた家庭、妻と女の子一人がおりましたが、これに対して及ぼした影響も無視できないとして、
上限の額である一日金四千百円の割合による
補償をなすのが相当であると、こういうふうにしたのでございます。
この
刑事補償決定当時は、
昭和五十三年四月二十五日
改正の
刑事補償法第四条一項によりまして基準
日額の
上限を四千百円と定められていましたので、その割合により私たちは
刑事補償の請求をいたしました。
青森地方
裁判所は、請求どおり
刑事補償の決定をし最高限の
補償をする
理由としまして、ただいま申し上げたような米谷四郎氏の精神的、
身体的
苦痛、経済上の損失は多大であったと述べているのでございまして、青森地方
裁判所としてはやむを得ない決定であったと
考えられます。
しかしながら、今回いただいた
資料によりますと、
昭和五十三年の
刑事補償法改正当時においては、基準
日額の
上限が常用
労働者の一日
平均給与額にはるかに及ばなくなって、常用
労働者の一日
平均給与額は、
昭和二十五年の三百二十三円に対して、
昭和五十三年には七千六百七十三円、二三・六倍に上昇を示していると推定されております。
昭和五十三年の基準
日額の
上限四千百円は、常用
労働者の一日
平均給与額七千二百六十三円の五三・四三%でございます。
最高裁判所刑事局長は、
昭和五十三年度予算において、当初基準
日額の
上限を六千円、
下限を千円の要求をしたと言われております。基準
日額上限の金四千百円は、予算要求額の六千円の六八・三三%でございます。
そこで、米谷四郎氏の
刑事補償金額を
昭和五十三年の常用
労働者の一日
平均給与額七千六百七十三円の割合により二千百八十日分を計算してみますと、千六百七十二万七千百四十円になります。最高裁の予算要求額の一日六千円の割合により二千百八十日分を計算してみますと、千三百八十万円になります。しかしながら、米谷四郎氏の
刑事補償金額は八百九十三万八千円であって、非常に少ないのでございます。このように
刑事補償金額が余りに少ないことが問題でありまして、米谷四郎氏は憲法四十条が保証する
刑事補償を受けたということはできないというふうに我々は
考えたのでございます。
費用補償の請求につきまして青森地方
裁判所は、
再審請求
手続における審理は、
再審請求審または即時抗告審のいずれにおいても公判準備または公判期日における審理とはみなされないから、刑事訴訟法の規定に基づいて
再審請求
手続の
費用を
補償することはできないといたしました。しかしながら、米谷
再審事件では、
再審請求の審理それから決定の告知は、青森地方
裁判所で行われております。米谷四郎氏と私たち
弁護人は青森地裁に四回出頭し、その間仙台地方
裁判所、東京地方
裁判所、名古屋地方
裁判所でも各一回証人の出張尋問がなされて、これに
弁護人が出頭しております。
即時抗告審の審理決定の告知は、仙台高等
裁判所で行われまして、米谷四郎氏は四回、私たち
弁護人は五回出頭して、その間、東京地方
裁判所でも一回証人の出張尋問がなされて
弁護人が出頭いたしております。これがために米谷四郎氏と私たち
弁護人は多くの時間を費やしまして、多大な出費をしたのでございます。この
再審請求審、即時抗告審におきましては、
再審請求人から
再審事由を証明する新規明白な
証拠、検察官からは反証が提出されて立証が尽くされたというふうに
考えております。
再審開始決定後の
再審公判では、
再審請求審、即時抗告審で取り調べられた
証拠が全部提出されて、それで全部採用されていますので、
再審公判で新たに提出された
証拠は補充的なものにすぎないというふうに
考えております。したがって、
再審段階の審理は、実質上
再審公判の準備としての役割を果たしているのでありますから、その
費用の
補償がなされるべきであると
考えられるのでございます。その
費用の
補償がなされない限り米谷四郎氏は、実質的には刑事訴訟法に基づく
費用の
補償が受けられたというふうには
考えないわけでございます。
次に、青森地方
裁判所は、この
補償をするにつきまして、先ほど申しましたように出損の時点の価格ということで
補償いたしておりますが、二十七年前の価格、米谷四郎氏の日当を計算しますと、一日に百二十円または百八十円で計算したのでございまして、たばこ一箱に及ばない
金額でこの後に
補償されるということにつきましても、非常に不満を感じたわけでございます。このように物価の値上がりが著しいような場合には、
費用の
補償額は物価の値上がりを基準にして算出すべきであると
考えられます。そうでなければ非常に古いものに対して、値上がりした後においてわずかの
補償をしたと言われても、全く名目上のことであって、実質的には
補償がなかったのではないかというふうに
考えられるからでございます。
最高裁判所は、
無罪判決が確定した者に対してどの
範囲の
補償をするかは立法政策の問題であるというふうに言われております。また、衆議院の
法務委員会では、
刑事補償金額の
引き上げ等について早急に努力すべきであると、「
再審請求
手続に要した
費用を
補償する
制度について、更に調査・
検討すべきである。」旨の附帯決議がなされているというふうに聞いております。どうか
無罪判決が確定した者に対する
刑事補償、
費用補償の額が適正なものになるよう法の
改正をしてもらいたいと
考えるわけでございます。
国家
賠償につきまして若干つけ加えさしていただきます。
米谷四郎氏は、東京地裁に対して国を被告として
国家賠償法第一条に基づきまして
損害賠償の請求訴訟を提起いたしましたが、もし
刑事補償が
昭和五十三年の常用
労働者の一日
平均給与額七千二百六十三円の割合により計算されておったとすれば、また
最高裁判所の予算要求額の一日金六千円の割合により計算された額により
補償されていたとすれば、果たして私たちが
損害賠償請求に踏み切ったかどうか。場合によれば踏み切らなかったのではないかというふうに
考えられるわけでございます。
国家
賠償の請求におきまして最も問題でございますのは、
国家賠償法第一条は
過失責任主義をとりまして、国または公共団体の
賠償責任の成立
要件といたしまして、当該
公務員の職務
執行について
故意または
過失が必要であるとされていること。それからさらに、刑事
被告人が
無罪になった場合、その起訴などが
国家賠償法上違法と言えるかどうかにつきましては、当然違法であるとする結果違法説と、不合理な起訴だけが違法になるという職務基準説がございまして、実務の大勢は職務基準説に傾いていると言われていることであります。
そこで、米谷国賠
事件では、私たちは請求の原因といたしまして、米谷四郎氏の逮捕、拘留、取り調べ、起訴、有罪
判決の各違法と、これに関与した警察官、検察官、
裁判官の各
過失を主張いたしましたが、東京地方
裁判所は、これらはいずれも違法ではなく、これに関与した警察官、検察官、
裁判官に
過失はなかったとして請求を棄却したのでございます。
しかしながら、米谷四郎氏は、
再審請求の結果
犯人であるとは言えないとして
無罪の
判決を言い渡されて確定いたしております。原第一審、原第二審の有罪
判決はその効力を失っているのでございます。米谷四郎氏は、誤った有罪
判決により刑の
執行を受け、
無罪の
判決が確定するまで約二十七年間も
犯人とされ、先ほど申し上げましたように、深刻な精神的
苦痛と莫大な経済的損失を受けているのでありますが、それにもかかわらず、その
補償についてだれもその
責任を負わないというのはちょっと納得できないところでございます。
このような不合理な結果を生じないようにするためには、米谷四郎氏は国に対して
損害の
賠償を求めているのでありまして、警察官、検察官、
裁判官個人を被告といたしましてその
責任を追及したり、それから個人に
損害賠償の請求を求めているのではございませんので、
無罪判決が確定した場合は
国家賠償法上、逮捕、拘留、取り調べ、起訴、有罪
判決、これらは原則として違法とし、これに関与した者の
過失を推定いたしまして、その
損害の
賠償をすべきであると思います。なお、そのように
国家賠償法第一条を解釈することができないとすれば、速やかに法律を
改正して、
無罪判決を受けた者に対して適正な
補償がなされるようお願いしたいのでございます。
最後に、以上、米谷四郎氏の
刑事補償、
費用補償、国家
賠償について申し上げましたが、この三つの
補償制度は相互に関連していると
考えられます。
刑事補償、
費用補償が適正になされればあえて国家
賠償まで
考えられなくてもよいと思います。
米谷四郎氏は、
昭和二十八年の八月二十二日に、仙台高等
裁判所において控訴棄却の
判決を言い渡されて、同月の二十五日に妻の雪枝さんにあてて手紙を書いております。「公判の結果について成田先生から便りあったと思ふ、貧乏だから上告はしない、此の事を思えば残念です。人に笑われない様につらい生活、体のよわいお前に大変と思う、お前のことを
考えると気が遠くなりそうだ」と言っておるのでございます。この雪枝さんは、米谷四郎氏が服役中に病死いたしました。
どうか、このような精神的
苦痛を受けている者に対して適正な
補償がなされるよう速やかに
刑事補償法を
改正していただきたい、こう
考えまして
意見にかえさせていただきます。