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阿部(昭)
委員 私がなぜこのことを申し上げるかというと、
日本のいわば議会政治なり民主政治がこのように、ある
意味でいえばしっかりした発展を遂げてきたのは、これはやっぱりマスメディアの前に
日本の政治は完全に一〇〇%さらしてきたからだと私は思うのです。それは、例えば私
ども、しばしば我々の活動についてのマスコミの
報道等に対してちょっと違うなと思うこともたくさんあります。こういうとらえ方はちょっと違うなと思うこともたくさんあるのですよ。しかし、
日本の
国内におきましては、多様なる価値観というか、見方というか認識というか、そういうものを全部マスメディアを通じて
国民の前にはっきりとさらけ出してきたというところに、やっぱり戦後の四十数年間の
日本の民主政治の発展というものがあった、こういうふうに私は思っておるわけです。
確かに
NHKといえ
ども、
公共放送をここまで持ってきたその組織としての
NHKには組織としてのいろいろな問題があるには相違ないのであります。しかし、国家だってやっぱりある
意味では
一つの組織なんですね。そういう
意味で、組織というものはできるだけすべてのものを外にさらしていくということがないと生き生きした活力というものを持っていくことはできないのではないか。そういう
意味で、例えば
会議録のすべてというのはどういうことになるのか、
会議録というのはどの程度のものをつくるのかわかりませんけれ
ども、
経営委員会で都合のいい部分だけじゃなくて、
意見の異なる部分があってもそれはそれで、やっぱり国会だって多数
意見、少数
意見がみんな
国民の目の前に出るわけでありますから。
例えば
衛星放送の場合、
現実にこの間の黒岩選手の
放送は生では来なかった。後で出てきたわけです。そうしたらごうごうたる批判が
NHKにあった。恐らく、
衛星放送をやらなければああいうのは見れないんだぞということにして、ソウルまでの間に物すごく広げておこうということであそこは見せなかったんじゃないかということを新聞には書いてある。私はよくわかりませんよ。しかし、例えばこの料金の問題をどうするかということになると、今のところパラボラアンテナを入れるか、さもなくんばCA化をやるか、どっちかにしなければ直ちには
衛星放送というのは
受信できない。それが百万になった、今いろんな御議論が出ましたけれ
ども、
受信を
現実にできない者に料金を
負担していただくという場合に一体どういう考え方をとるのか。そこはやはりなかなかそう一筋縄じゃなかろうと思うのです。そういう議論な
ども私は
国民の目の前に相当さらして、その中からどこへ行くのかということをちゃんと見さしていくということが必要なんではないか。
私が今申し上げました
経営委員会の御議論の違いは違い、あるいは
番組編成
会議な
ども、さっき言ったとおり、おれの方は武田信玄やらせろ、おれの方は伊達政宗やらせろ、いろんなことが出ると思うのです。あっても、私はそういう議論というもの、経過というものを
国民の目の前にはっきりさらしていくというところに近代社会におけるあり方というものがあるのではないか。
日本の
国民の中には今やそれをちゃんとこなしていけるだけの、それだけの認識というか受け皿というものはもうはっきりと育っているのではないかというのが私の実は考え方であります。そういう
意味で申し上げました。
それからもう
一つは、
NHKは営利を
目的とすることはやらない、こういう原則を持っていた。しかし、合理化もやらなきゃいかぬし、いろんなこともやらにゃいかぬ。
経営の内容もいろいろ節減するところは節減せなきゃならぬというので、関連団体、関連会社というものが相当つくられた。ところが、その関連団体、関連会社の中には、
NHKとどういう分担をされたかは知りませんけれ
ども、さっき私が大変感動したと言った「二・二六事件」をつくったり、あるいは「食糧・国家の選択」などという、ああいう我々が本当に感銘を受けるような
番組をつくったりする。しかし、これらはみんな株式会社なんですね。確かに十項目ぐらいありまして、
NHKの、
協会の委託によってという頭はついておるようであります。それから、株式会社である以上はやはり営利を追求しないわけにはいかない、商法団体でありますから。
NHKは営利を追求しない立場、しかしその関連会社あるいはもっとその下にまた三段階目くらいの孫会社ができるかもしれない、これが商法による会社である以上、営利を追求しないなどと言ってもそれは成り立たぬのではないか。したがって、それと
民放と
公共放送の
NHKとの関係はどの
あたりできちっとやっていくのかということもこれから
NHKが今のようないろんな多角的な形で事をやらねばならぬときには直面する
一つの問題だろうと私は思うのです。そういう問題もやはり
国民の前に正確にさらけ出して、第二の国鉄になっちゃいかぬというのであれば、そこはどの
あたりでいくのかということもちゃんとしておくべきではないか。
そういう
意味で、中身の議論というのは都合のいいところと悪いところは組織ですから確かにあると思う。それは努めて外へ全部さらしていく。ここまで発展してきた近代国家
日本の中における中心的な
公共放送の
NHKが率先して打って出ていくべきときではないのかというのが私の気持ちなんであります。もし
お答えがありますればお願いいたします。大臣にもぜひひとつ。