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参考人(
今村奈良臣君)
東京大学農学部教授をしております今村でございます。
私、これまで微力ではございますけれ
ども、
小麦の
生産流通構造につきまして研究してきました経緯もございますし、本日は、私の専門であります
農業経済学の
立場から
食糧管理法の一部を
改正する
法律案につきまして私なりの
意見を述べてみたいと、こういうふうに存じております。
ここで私が述べようと思いますのは、大きく言って二つの点からでございます。第一は、理論的な面も含めまして総括的な観点から、第二は
生産構造及び
構造政策にかかる観点から述べてみたい、こういうふうに考えております。
私に
意見を求められておりますのは、
食糧管理法第四条ノ二第二項の麦の
政府買い入れ価格に関する
規定の
改正、つまり
昭和二十五
年産及び二十六
年産の麦の
政府買い入れ価格の
平均価格に
農業パリティ指数を乗じて算出するという、いわゆる
パリティ方式を変更して、
生産費その他の
生産条件及び麦の
需給及び供給の動向、物価その他の経済
事情を参酌して麦の再
生産を確保するという形で価格
決定をしよう、つまり新しい
生産費等の三要素により価格を
決定する方式へ
改正するものというふうに理解しております。
初めに結論を申し上げますと、私の基本的
立場としましてはこの
改正に賛成の見解を持っております。そこで、まず理論的な根拠から述べてみたいと思います。
問題の焦点になりますのは、これまでの
食糧管理法で麦の算定に使われた
パリティという概念につきましてでございます。この
パリティという概念が導入されましたのは、皆さんも御
承知のことと存じますが、一九三〇年代、大変な
農業恐慌が参りまして、特にアメリカにおきましてルーズベルト大統領のもとでニューディール
政策がとられるという
過程の中で、その一環としまして一九三三年に
農業調整法、アグリカルチャー・アジャストメント・アクトというんですが、一九三三年、その
農業調整法がつくられ、さらにそれが三七年、に
改正された上で今日まで恒久法としてできてくる経緯がございますけれ
ども、その中でこの
パリティ概念を農産物価格の算定に適用するという考え方が打ち出されてきた歴史的経緯がございます。
この背景には、言うまでもなく農産物が非常な過剰
生産に陥り、価格が暴落するというような事態がございまして、
農家の所得維持あるいは購買力の維持をいかに図るかという観点からこの方式が取り入れられまして、
基準年次に対応した
農家の所得、これはもちろん麦だけではございません。いろいろの穀物を含めましてでございますけれ
ども、その
農家の所得を維持することをねらいとしてこういう
パリティ概念というのが
政策価格に適用されるようになったわけでございます。
しかし、こういう
パリティ方式というものが有効性を持つというのは一定の限られた
条件のもとにおいてでございまして、
農業における
生産技術の
条件あるいは経営
構造などが大きく変化しない、ある
意味では非常に短期の期間において、つまり
農業生産構造が大きく変化しない短期的な状況の中で適用さるべき性質のものというふうなのが理論的におおむね今日まで考えられた
パリティ方式のメリットでもあるしデメリットでもあるわけでございます。
アメリカでも、戦後この
パリティ方式が適用されてまいりました。しかし、御
承知のように、アメリカでは戦後、
農業の機械化が進み、それから土地
生産性、労働
生産性も非常に高まり、かつ
規模拡大が非常に進展しまして、いわゆる農民層の分化が急速な進展を見せてまいりました。こういう事態を迎えまして、
パリティ方式についての適用がだんだん問題を多く含むようになってまいりました。そのために、
パリティの二〇%以内だとか三〇%以内という形で価格
決定をせざるを得ない。純粋にそれを適用するというふうにまいらなくなってまいりまして、非常に弾力的な
運用というものが行われるようになりました。つまり別の表現をしますと、
パリティの持つ
意味そのものがだんだんその
意味を失ってきたというふうに言っていいかと思います。
こういう背景がございまして、
我が国でも
食糧管理法を
改正して麦の間接統制にするに当たって、この
パリティ方式を価格算定方式として導入することになったわけです。ちょうど占領期の末期だと思いますけれ
ども、この方式が適用されるようになりました。御
承知のように今日の
改正前の
規定では、二十五、六年を
基準にして物、役務について、
農業者の支払う価格の総合指数を乗じて得たる価格を下らざるものとするという形で、非常に固定的、非弾力的な価格適用が今日までされてきた、ここが非常に大きな問題をはらんでいるという
意味で今回の
改正ということを迎えたのではないかというふうに私は理解しております。
ついでに世界的な動向を見ましても、農産物価格の
政策価格算定に
当たりましては、今日では
生産費を
中心に算定する方式が主流になっております。アメリカでも一九七三年の新
農業法、つまり
農業消費者保護法というものから
パリティ方式を廃して不足払い
制度にする。不足払いというのは、簡単に申しますと目標価格、ターゲットプライスを決めまして、これは
農家の所得補償価格でございますが、それと市況の変化がございますから、目標価格を下回った分については不足払いを行う、こういう形に一言で言いますと価格
政策を変更してまいりました。ほかの国々につきましても今日ではおおむね
生産費を
中心に算定する方式が
政策価格の主流になってきております。
言うまでもございませんけれ
ども、二十五、六年当時と今日では麦の
生産構造は大きく変化してきております。戸数にしまして、二十五、六年当時は五百五十五万戸の
麦作農家があったのが、今日では四十三万戸になる。それから作付面積も百八十万ヘクタールから三十五万ヘクタールヘ、さらに収穫量も三百八十万トン前後から百二十万トン前後へというふうな推移をたどってきております。もちろんこの
過程で
昭和四十年代には急激な麦の作付面積、
収量、作付
農家の減少がございましたけれ
ども、いわゆる食糧危機以降麦の
生産振興対策がありまして、今日
かなりの回復を見ているという状態でございます。
さらに経営
規模、作付
規模につきましても
平均で三十二アールから八十アールヘ、単収につきましても
小麦については百八十キロから三百五、六十キログラムヘ、労働
生産性の指標であります労働時間についても百四十八時間から今日では十二時間というふうに非常に大きく変わってきております。さらに
生産主産地の変更、大きな変動もございまして
北海道、九州あるいは関東というところに今日集中してきております。以前は
全国まんべんなく麦はつくられたというふうな状況と非常に変わってきております。さらに需要の動向を見ましても、大裸麦というものが大幅に
生産減少しまして
小麦が今日では
中心になってきておる。
今挙げました幾つかの指標を見ましても麦の
生産構造、経営
構造というのが非常に大きく変化してきた、こういう
実態の中におきまして従来の
パリティ方式の適用というのは非常に問題を含むのではないかというふうに理論的にもとらえております。
さて、次に問題になります
改正後、
改正されたといたしまして、その価格算定に当たってこれは政令で定めるというふうになっております。
先ほど申し上げましたように三つの
生産費を初めとする三要素及び二つの
条件、麦の
生産性向上、
品質の
改善というものに二つの
条件に配慮するというふうに案文では出ております。これにつきまして若干
意見を述べさせていただきたいと思います。
新しい算定方式は政令によって定めることになっておりますけれ
ども、算定方式制定に当たっては慎重かつ合理的な算定方式をぜひとも
決定していただきたい、こういうふうに思っております。また現実的には
価格水準が大幅に変動するというふうなことになりますと、
生産農家の
生産意欲というものを大きく左右することになります。多々問題が起こると考えますので、現実的には大幅な価格の激変というふうなことが起こらないような配慮がやはり必要ではないかというふうに思います。
さて、そこで幾つか新しい価格算定に当たっての配慮すべき点について指摘しておきたいと思いますけれ
ども、第一には麦の
生産量、これを一体どういうふうに
政策的に目標を掲げて決めていくのかということを
かなり、何といいますか、的確にかつ明確に示す必要がある。今日では
外麦依存が大きい中で
需給の動向、さまざまな問題を持ってきております。こういう中で内麦の
生産目標を
中長期的に、単年度とかそういうのじゃなくて五年あるいは十年というタームで明確に決めていく、こういうことが今後の
生産上もあるいは
生産者にとっても必要ではないか、それからまた
実需者にとっても必要ではないかというふうに考えております。
それから第二に、
生産費の算定に必要な調査のサンプルが
現状では非常に少ないということに問題があるように私感じております。麦の
生産費調査につきましてはかって個票にまでさかのぼりましていろいろ分析したことがございますけれ
ども、それらを見ましても
麦作農家のサンプルが少ないことと同時に、麦につきましては、
収量にしましても
生産費につきましても非常に振れが大きい。と同時に
北海道と
都府県では経営
規模あるいは
生産構造というものが非常な格差を持っております。経営
規模一つとりましても
北海道平均では三百二十アールに対して内地
平均では六十アールというふうな非常な格差がございます。こういったものを単純に
平均しただけでは実際の現実的な価格算定に必要な根拠を持った
生産費というのがなかなか算定しにくい。こういったことをどのように考えるべきかというふうな点ぜひともいま少しあ
わせて検討していただきたいというふうに思います。
さらに内麦につきましては、
品質差が非常に大きいことがこれまで問題になってきております。この
品質差はさまざまな要因でもたらされております。
品種の差、栽培技術の差、それから経営
規模の差、立地
条件の差などによって非常に大きな振れがございます。こういったものを価格算定の中でどういうふうに配慮していくのか、参酌していくのかというふうな点が今後十分吟味され、検討されなくてはならないのではないかと思います。
以上のような点を含めまして、恐らく米価審議会などで諮りながら、この新しい算定方式が検討されると私考えておりますけれ
ども、非常に慎重に米価審議会等に諮りながら、かつ米価審議会の役割が非常に重要性を持っていると考えますので、ぜひとも合理的な算定方式を確立していただきたいというふうに考えております。なお、
先ほど松本参考人からも御
意見ございましたけれ
ども、来年度の
麦価から適用するとなりますと、今日もはやもうすぐ麦の作付が始まります。価格もわからないで
農家は何でもつくればいい、そういうことではまずいと私考えますので、ぜひとも早急に価格算定方式を
決定する必要があるだろうというふうに思っております。
それで、時間が参りまして、あと幾つか大きな二としまして、
生産対策、
構造対策といったような問題がございますけれ
ども、項目だけ述べまして、あとは省略さしていただきたいと思います。
一つは、
規模拡大をいかに図るか、と同時に
麦作につきましてはいかに集団的な
生産方式あるいは組織的な
生産方式を立てながら進めていくか。米麦あ
わせて
日本の代表する
土地利用型
農業でございます。これが確固たるものでなければ
日本農業の今後の展望は描けないと思います。そういう
意味で、しっかりした経営者を育てながら、
麦作については特に
生産の組織化あるいは
土地利用の集団化ということを図っていくように望みたい、こういうふうに思っております。
第二は
品質改善の点でございます。これは
先ほども申し上げましたので省略さしていただきます。
それで、第三は優良
品種の開発ということが非常に大きな
課題になっております。若干時間いただきまして、私のこれまでの調査の経験、一点だけ御紹介さしていただきたいと思います。
北海道で今日チホクコムギというのが非常に
生産を伸ばしてきております。かつてございましたホロシリ、タクネといった余りぐあいのよくない、
品質のよくない
品種にかわりまして、チホクコムギが非常に
生産を伸ばして作付面積もふえてきております。このチホクコムギは製めん適性などにつきましては農林六十一号に若干劣るにしても
北海道の中では最も優良
品種と考えられております。このチホクコムギは
北海道農試の北見
農業試験場で非常に苦労の末、育種されたものでございます。
それは
農業基本法以後
小麦の
品種改良などはだんだんおろそかに
日本ではされてまいりました。いわゆる選択的縮小
作物というふうなことで位置づけられておろそかにされてきて、予算にしろ人員にしろだんだん不足してまいりました。それで、こういう状況の中でタクネやホロシリという
北海道にかつてあった
品種ではどうもユーザーからも不評を買うという中で、
麦作農民
たちが、たしか一俵五十円だったと思いますが、拠出いたしまして、それで基金をつくって、施設その他を北見
農業試験場に寄附いたしまして、その結果苦労の末つくり出されたのがチホクコムギだったわけでございます。それで、大変一見美談でございますけれ
ども、こういう
品種改良とか新しい
品種の開発というのは美談だけでは済まされない問題がございます。やはり総力を挙げて
わせの多収穫、高
品質の
品種をぜひともつくることが
日本農業の、
麦作農業の発展に寄与するのではないか、こういうふうに考えております。
それで、まだ多々ございますけれ
ども時間が参りました。大変超過いたしましたが、私の考えを以上述べさせていただきました。どうもありがとうございました。