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参考人(小川泰一君) 御紹介いただきました小川でございます。本画は、
労働基準法り一部を改正する
法律案につきまして
意見を申し述べる機会を与えていただき厚く御礼を申し上げます。
労働時間を
中心に
労働基準法が四十年ぶりに改正されるべく審議されることにつきましては、経営の
責任を負いますとともに法律の遵守を義務づけられる当事者といたしまして、改めて事柄の重大さと
責任の重さを感ずる次第でございます。
そこで、経営者側としましては、次の諸点につきまして皆様の御
理解をちょうだいいたしたいというふうに思っております。
第一点は、法定労働時間の短縮にこたえますためには、新たに大きな経営
努力が必要になるということでございます。
御高承のとおり、企業を取り巻きます現下の環境は殊のほか厳しゅうございまして、企業と従業員との
関係におきまして、多くの経営者に与えられました最大の
課題は、健全な経営を確保しながら雇用をいかに保持するかということでございまして、その中で労働条件の維持向上をどうやって実現するかということになってきているからでございます。
このような中で、いずれの事業主もそれを絶対下回ることが許されない労働基準につきまして新たな枠組みが設定されることにつきましては、今まで以上に大変な経営
努力が必要になると存じております。
特に、昨今の円高や産業構造調整の波、あるいはNICSとの品質競争などに最も強くさらされております中小零細企業にとりましては、法定労働時間の短縮等改正にこたえていくために、それによってもたらされる経営費用の増大の吸収を
中心にいたしまして、まことに厳しい対応を覚悟しなければならないというふうに思っております。
経営上、労働時間短縮は賃金引き上げと同様の効果をもたらすわけでございまして、賃金をそのままにいたしまして労働時間を短縮する場合、それはストレートなコストアップにつながるわけであります。
ところで、
我が国企業の賃金は、パートタイマーなどを除きまして、日建て、月建てで計算されることが実際問題として多うございまして、いわゆる通称員給月給制、あるいは月給制というふうになっております。したがいまして、時間給、または時間当たり賃金という決め方は
一般的ではございません。そういうわけでございまして、賃金と時間が極めて密接な
関係を持っているということ、つまり労働時間が短縮された場合に賃金が据え置かれるとすれば、その分はすなわち労働生産性の低下につながるということについての認識が
一般的に残念ながら薄いのでございます。
企業といたしましては、今般の
労働基準法改正が企業の競争力の低下をねらったものであるなどとは全く思っておりませんが、申し上げましたように従業員の雇用の維持ということを基本的に念頭に置きます以上、結果的にその競争力を失わせることになりかねない時間短縮は、なかなか困難な問題がつきまとうところでございます。
さりとて、短縮された分賃金を引き下げるということは、理屈の上では当然であっても実際の問題になりますと従業員の
理解が得られにくく、結局時間短縮は直接のコスト増になってしまうという深い悩みに直面いたしております。
もとより経営者といたしましては、労働時間短縮の
方向につきましては、生産性向上の成果配分の一
方法として、労使の十分な話し合いにより今後積極的に進めていくことが大切な
課題でありますことをよく承知いたしております。
しかしながら、罰則を背景にします
労働基準法に基づく法定労働時間の改定につきましては、生産性の成果配分による自主的な時間短縮とは別個の
視点から対応しなければならないと思っております。
繰り返すようでございますが、今回の改正
法案が
我が国の労働時間問題全般に与える
役割を否定するものではございません。しかしながら経営
責任を担う当事者、特に中小零細企業にとりましては、法の内容をクリアしていくことには大変厳しいものがあるというふうに受けとめております現実を、どうか御
理解いただきたいと存じます。
第二点は、昨年十二月の中央労働基準審議会の建議の趣旨を踏まえ、審議され、
法案を成立させていただきたいということでございます。
本
法律案が上程されるまでには、政府を初め労使その他
関係者の大変な御
努力がございました。特に中央労働基準審議会におきます公益側、
労働者側、事業主側
委員各位の終始御熱心な討議は、昨年三月以降延べ三十一回に及んだと伺っております。その結果、昨年十二月十日、「労働時間法制等の整備について」の建議としてまとめられ、改正
法案の枠組みがつくられたところであると承知をいたしております。
この建議づくりに際しましては、公労使三者ともにそれぞれ多くの
意見を持っておりまして、互いに相入れない部分も
幾つかあったようでございますが、各位の御
努力により集約することができ、この合意が今回の改正案に結実したものであるというふうに
理解をいたしております。
最近、ことしの四月にいわゆる新前川レポートが出されたことを契機に、事態が変わったということで、建議そのものが陳腐化したかのような御主張もございます。しかし、新前川レポートでは、二〇〇〇年に向けてできるだけ早期に千八百時間程度を目指すことが必要として、年間総労働時間短縮の目標を掲げられたわけでございますが、時間短縮は労働生産性向上の成果配分の
方法であることを新前川レポートも前提にいたしております。したがって、それへのプロセスは、経済動向や経営の
実態を背景にいたしまして、個別企業労使により、さまざまな工夫、
努力によってなされるべきであるというふうに存じております。
これに対しまして建議は、法定の労働時間、年次有給休暇や労働時間制度の枠組みを新たに設定し、これ以下であったり、逸脱してはならないという最低労働基準について、法で整備すべき諸点を合意したものであるというふうに考えております。
したがって、全体の時短の
政策目標とぎりぎりの法定基準とは、それぞれ区分して考えていかなければならないというふうに思っております。
私どもといたしましては、既に申し上げたように、さまざまな経営上の困難はございますものの、中央労働基準審議会におきます審議過程を尊重し、その結果としての建議の趣旨を踏まえて労使
努力を積み重ねてまいりたいと考える次第でございますので、このことをぜひとも御
理解いただき御審議賜ることを、あえてお願いする次第でございます。
第三点は、当面週四十六時間を四十四時間から出発すべきであるとの御
意見が出ているということに関してでございますが、所定労働時間の
実態は中小零細企業を
中心に、それを直ちに受け入れることは大変問題が多いというふうに申し上げざるを得ないのでございます。
労働時間の
実態は、昨年三月の労働省調査で見ますと、過所定労働時間が四十六時間を超えている事業場が従業員
規模百人ないし三百人未満で二四・八%、三十人-九十九大
規模では四〇・九%、一人ないし二十九大
規模では五六・九%でございまして、特に
規模が小さくなるほど週四十六時間を超える事業場の
割合が大きくなっております。
改正案はこの
実態を踏まえ、法定労働時間の目標を週四十時間に置き、当面は四十六時間として、経過措置を講じつつ
段階的に短縮する
方法をとっておりますが、これは中小零細企業の経営
実態から見て耐え得るぎりぎりの線であると存じております。
それがさらに、過所定労働時間が四十四時間を超える事業場の
実態を見ますと、従業員
規模百人-三百人未満で三七・三%、三十人ないし九十九大
規模では五五・四%、一人ないし二十九大
規模では七〇・八%でございます。また
規模計で見ましても六九・七%ございまして、調査
対象事業場を母集団に直しでこのことを見ますと、約三百六万一千事業場ある中で、約二百十三万四千事業場が所定労働時間を早急に短縮しなければならないということになるわけでございまして、四十六時間からスタートする場合に比べて約四十三万事業場がさらに
対象として追加されることになります。
労働基準法が、その基準に満たないものに対しては罰則をもって厳しく処していることを考えますと、最低労働基準の性急な切り上げは、このような中小零細企業の労働時間の
実態からして、一挙に多くの法違反事業場を出すということにもなりかねません。かつ、そのような事態は、経営者の労働時間問題への積極的な取り組みの意欲をかえってそぐおそれのあることをお考え合わせの上、ここはぜひとも現実を直視していただき、最低基準の法定労働時間を週四十六時間からスタートし、同様に中小零細企業等については経過措置等を設けることについて、ぜひその方針を堅持していただきたく、お願い申し上げる次第でございます。
第四点は、法定労働時間を当面四十六時間から四十四時間に、あるいは目標の四十時間に移行することについて、あらかじめ実施時期を設定すべきではないということでございます。
新聞報道等によりますと、
衆議院段階の審議では内閣総理大臣や労働大臣が、当面の法定労働時間については週四十六時間とするが、改正法施行後三年を目途に週四十四時間としたい旨の御答弁をされているようでございますが、経営側といたしましては、この御発言については率直のところ当惑している次第でございます。なぜならば、さきに申し上げましたとおり、所定労働時間の
実態は中小零細企業を
中心にまだ相当数の事業場で週四十六時間を超えており、法律が施行されましたならば直ちに改定いたさねばなりません。繰り返し申し上げますが、個別企業が
労働基準法に基づき所定労働時間を改めることは、生産性の成果配分による自主的な時間短縮とは別のことでございまして、経営がどうあろうとも絶対にしなければならない事項でございます。
さらに、それが全事業ひとしく三年後に次のステップに必ず到達していなければならないということは、今から到底予測できるものではございません。
個別企業労使が、四十六時間を基準にそれぞれの
状況を踏まえて
努力した結果や、将来にわたる全般的な経営環境についての明確な
状況判断の上に立って移行時期を改めて検討するべきものであり、経済、社会が不透明な
時代にあって、法定労働時間の移行時期を予定することは適切でないと考えております。
最後に、労働時間制度の弾力化措置については、その具体的な運営について
関係労使の自主的な工夫、対応にゆだねるべきであるということでございます。
産業構造は、御承知のとおり第二次産業
中心から第三次産業への移行が進み、また同一産業、企業内におきましても
サービス化、ソフト化、情報化への取り組みが要請されております。消費者、顧客のニーズも極めて多様化してきており、業態によっては業務の繁閑が極めてはっきりと出るところもございます。したがって、企業の労働時間制度についてもこれらの変化にこたえる工夫が迫られているところでございます。
改正
法案では、この
状況を御勘案いただき、各種労働時間の弾力的な措置が設定されているところでございます。この弾力的措置につきましては、種々御議論があることは承知いたしておりますが、経営者としましては、労働時間を現実的な労働態様に沿って設定することにより、経営効率を維持しつつ、結果として、年間総実労働時間の短縮が可能であると考えております。
具体的には、例えば三カ月以内の変形労働時間制の場合に、経営の恣意による長時間労働が行われるであろうといった御
意見もあり、
衆議院段階では、中央労働基準審議会の
意見を聞いて、一日、一週の労働時間、連続して労働させる日数の限度を定めることができるとされましたが、政府原案では、例えば三百人を超える事業場では平均過所定労働時間を四十時間に短縮することが要件とされており、かつその内容について労働組合あるいは
労働者代表との書面による協定が必要になるなど、企業だけの思惑で進められるようにはなっておりません。
また、実際の運用では、特定の日、特定の週の労働時間を常識に反して極端に長時間に設定するということは、その仕組み自体が長続きするものではないと思っております。反面、この制度の運用の仕方によっては、特定の週が法定労働時間の四十六時間を超えることになっても、他の週で休日の増加につながるようなことも期待できます。どうか実際の運用は労使の良識にお任せいただくことができるだけ可能でありますよう、お願いしたいと存じます。
フレックスタイム制については、企業にとって業務の態様に適合した有効な勤務が期待できるようになることはもちろん、
対象従業員が出退勤の時刻を自主的に決定していくものでありますので、朝夕のラッシュアワーを避けたいとか、始業前、終業後を個人的な生活事情に合わせて自由に設定できるなど、メリットもあると思います。
このように、今般の労働時間制度の弾力化に関する改正案につきましては、その趣旨に沿って労働組合、従業員代表とよく相談しながら適切な
方法を研究し、実施に移したいというふうに思っております。
なお、年次有給休暇についてでございますが、その最低付与日数の引き上げや所定労働日数の短い
労働者への措置等につきましては、法定労働時間の短縮同様、直ちにコスト増の要因となりますので、中小企業への経過措置についてはぜひともお願いをいたしたいと存じます。
終わりに、これからの問題としましては、同
法案に掲げられているような新しい制度あるいは既存制度の改正等と取り組むに際しまして、労使自治の原則が貫かれ、その中から時間短縮の実が上がりますよう、政省令の整備がされますことをお願い申し上げる次第でございます。御清聴ありがとうございました。