○林(義)
委員 私は、まず
中曽根内閣の
実績について申し上げたいと思います。
中曽根内閣は、
昭和五十七年十一月二十七日に発足して、四年八カ月を経過しております。その
政治は、第一に、わかりやすい
政治を標榜されました。
国民の前に具体的な
政策目標を提示し、
国民の
理解を得ながら
政治を進めていく、そのことによって
政治が
国民にとって極めてわかりやすいものになってきた、協力も得られやすくなってきたことは大きな
成果だろうと思います。
次に、強力な
リーダーシップを発揮されたことであります。数々の
首脳外交、
日米貿易摩擦、
緊急経済対策、
がん対策などに見られるように、多くの困難な諸問題に対処して強力な
リーダーシップを発揮し、迅速かつ的確な
問題解決に努力し、また
解決の方向を明らかにするなど、国際的にも大きな評価を受けたところでありますし、
国民にも
安心感を与えたと思っております。
私は、これをまず
外交面で申し上げてみたいと思うのでございます。
サミットはもちろん、数々の
首脳外交をされ、
総理御自身たしか二十一回の
海外出張をされたと思いますけれども、
日本にも
外国の
首脳をたくさん呼ばれました。
レーガン・
アメリカ大統領、
胡耀邦中国総書記、西ドイツの
コール首相、
フランスの
ミッテラン大統領、オーストラリアの
ホーク首相、カナダの
トルドー首相、そのほか多数の
各国首脳を
日本に招いて積極的な
外交を図り、
日本の国際的な地位の向上に努められました。よく
新聞等でロン・
ヤス関係、こう言われますが、私は、
レーガン大統領との
関係だけでなくて、
各国首脳との間で率直に申しまして非常に評判がよろしいと思うのです。特に、
外国人に対しては大変わかりやすいようなお話をされるわけでございますから、それがひいては
日本の
政治をわかりやすくすることにおいて大変よかったのではないかと思うわけであります。
次に、内政の問題につきましては、「戦後
政治の総決算」、こういう表題を掲げられまして、国鉄、電電、専売の
民営化をなし遂げられましたし、また
医療、
年金の
改革を行い、
行政経費の節減、
補助金や人員の
削減等を実施し、
公債依存度の引き下げを行われたのであります。
公債依存度は、なられる前の
昭和五十七年度は三〇・二%ありましたが、六十二年度は一九・四%、
補正後では二一・一%というふうに下がったのであります。
いわゆる
経済面におけるところの
政策を総括して申し上げますならば、私は
自由化路線だと思うのであります。世界的な
潮流を見ますと、
レーガン、サッチャー、
コールというところの新
保守主義という
考え方がございますし、私はそういった
考え方に一致した
一つの大きな
潮流だと思うわけであります。
戦後の
時代を振り返ってみますと、
日本の
復興またはヨーロッパの
復興などにおきまして、いわゆる
ケインズ時代というものがありました。それはまた同時に
福祉社会の
建設ということをやってきたのでありますが、そうした中におきましていろいろな問題が出てきた。
経済あるいは
社会の
活力が失われるということからいたしまして、新しい方向づけを見出していかなければならないというのは
一つの
潮流でありましたし、そういった
意味での新
保守主義と申しますか新
自由主義というか、そういったものは私は歴史の流れだったのだろうと思います。それをたくましい
福祉と文化の国の
建設という形ではっきり打ち出され、
国民に
活力を与えてきたことは、私は
経済史的に申してもまた
政治史的に申しても、大きく高く評価されるものではないかと思います。
しかし、本年に入りましてから少しその道は厳しくなってきたと思っております。
税制改革を打ち出されました。国の
財政というものは、その
歳出を賄うために
歳入とどうしても
バランスをとってやらなければならない。ブキャナンという
学者が「
民主主義と
財政」という本を書いておりますけれども、その中に、
民主主義のもとで
ケインズ理論をやっていくと、不況のときにはよろしいけれども、一遍膨れ上がった
歳出を切るというのは
民主主義のもとではなかなか難しいということを言っておりますし、そこに
財政の
硬直化が発生するということも言っておるのです。しかしながら、特に我々
自民党として、また
国会議員として
国家の
責任を考えるときに、やはり
財政の
健全性というものは常に考えておかなければならない重要な問題だと私は思うわけであります。
そこで、戦後の
税制は
シャウプ勧告によって、それを骨組みとして進められてきたわけでありますけれども、いろいろなそこにひずみが出てきた。不公正な、また不平等など言われるような諸問題が出てきたわけであります。そういった
意味において
抜本改正をやらなければならない、こういったことで進まれたわけであります。私自身も党の
税制調査会副会長としてその一役を担った者でありますけれども、これが本年に至りましてなお
国民の十分な
理解を得られてないということでございます。また、これを受けまして当
予算委員会におきましても
審議に大変手間取りました。大幅な
審議日程のおくれと、
最後には不正常な形での採決ということになってしまったわけであります。私は
予算委員会のこの席におりまして
理事を務めさせていただいておりますが、こうした不手際に対しまして深くその
責任を
感じておるものであります。
率直に申しまして、ことしはなかなかうまくいかないなという
感じがいたすわけであります。何か疲れちゃった、厄払いでもしなくちゃいかぬのじゃないかなという
感じすら私は個人的には持っておるのであります。しかしながら、私は、
自民党がお互いに力を合わせてやはりこの難局に対処していかなければならない点がたくさんある、こういうふうに思っておるところでございます。
この
補正予算の
審議をするに当たりまして、本来ならば当然
歳入歳出両面について
議論すべきだろう、私はこう思うのです。しかし、
歳入の面は
税制協議会において
議論をされておるところでございますから、私はきょうの
質問に当たりましては、この税の問題についてはあえて触れないで、そのほかの問題について
質問をさせていただきたいと思う次第でございます。
本年は、
日本国憲法施行四十年の節目に当たる年であります。この四十年間の
憲法政治の
実績を検討し、良き
成果は伸長させ、悪しきものは是正し、
わが国民主政治をさらに輝かしいものに発展させる年であります。このため、
立法、
司法、
行政の
三権の
関係、
問題点を勇敢に点検し、
改革を必要とする点は
改革を推進すべきであります。これは
中曽根総理がことしの一月の
自民党大会にされた演説の
最後のくだりにあるところでございます。
選挙区定数の問題、
内閣総理大臣の
権限の問題、
政治資金の問題、その他たくさんの問題が
三権の問題についてあります。私は、きょうはそういった問題全部をやるわけにもまいりませんので、
三権分立の問題と
条約の問題について御
質問をいたしたいと思います。
権力の
分立、これは
フランス革命のときに、一七八九年
フランス人権宣言に、「権利の
保障が確保されず、
権力の
分立が
規定されていない
社会は、すべて
憲法を持たない。」こういう
規定をしてあります。それ以来、
基本的人権の
保障と並んで
近代国家の本質的な内容をなす自明の
組織原理として、この
権力分立、
三権分離ということは認められてきましたし、我が国でも公理のごとく取り扱われておるものであります。
これは何のためにあるのか。それは絶対
権力からの解放であります。
フランス革命のときのことを考えれば当然のことであります。
権力が集中し、乱用されることを防ぐためであります。
三権の間の
権力の
相互抑制と均衡は常に考えておかなければならない点でございます。
それは
現行憲法の中でも
組織論として、
政府が
議会を解散します、
議会の
総理の
選任権があります、
内閣の
最高裁判所長官及び裁判官の
指名権、
任命権などというものがございますし、
立法と
司法と
行政のそれぞれの
機関の成立なりあるいは構成なりを別の
機関の意思にかかわらしめる、こういうこと。また次には、
行政府が
議会を召集すること、
行政府の
法案提出権、または
議会の
条約承認権等に見られるように、
一つの
機関が
権限を行使するに際しては、他の
機関がそれに影響を与えるような、チェック・
バランスの
機能、
相互依存の
関係を持たせている。これが私は
三権分立のあり方だろうと思うのであります。
三権分立というのは、
立法や
司法や
行政の
機関が独立して、ほかのことを顧みずにやっていいというものではないと思うのでありまして、その
機関の
機能を行うに当たりましては、
相互に補完し合いながら、牽制をしながら
国家権力の行使を行うということだと思うのであります。
次に、
日本国憲法につきまして申し上げますと、七十三条で、
内閣の行う
事務として、「
外交関係を処理すること」「
条約を締結すること」を挙げております。
外交関係を処理するために
条約を解釈し、その運営を円滑ならしめるのは
内閣、
行政の行う
事務であることは言うをまたないところであります。
次に八十一条で、「
最高裁判所は、一切の
法律、
命令、規則又は処分が
憲法に適合するかしないかを決定する
権限を有する
終審裁判所である。」と
規定しております。この列記の中に
条約という
言葉が入っておりません。この点につきましては
学説その他でもいろいろありますが、有力な説は、これは
条約が外れているのは当然のことだ、こういうふうな話でありますが、この辺はいろいろ問題があるところである。
さらに九十八条、
最高法規の
規定でありますが、第一項で、「この
憲法は、国の
最高法規であって、その条規に反する
法律、
命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と
規定しており、ここでもはっきり
条約という
言葉が入っておりません。
このように、
条約につき
国内法と別にしている点につきましては、これもやはり
学説上いろいろ
見解があるようであります。私はそういった
学説上の問題についてここで今
学者として
議論をするつもりはありませんが、そういった観点を通じまして、九十八条二項に、「
日本国が締結した
条約及び確立された
国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」点がはっきりと
規定してあります。
なぜこういう
規定が入ったか、私も調べてみたのであります。戦後の
時代の
憲法学界の泰斗であった
宮沢俊義先生の解説によりますと、
明治憲法時代に、特にその末期において、
日本の
条約についてとった態度がいろいろと問題があった。当時の
日本は多くの
条約を破ったと非難されました。これらの非難がどこまで当たっているかにつきましては問題があろうが、少なくともそれが全然根拠のないものだったと断言することは難しい。
軍国主義によってもたらされた破滅から立ち上がろうとする
日本は、何よりも
国際信義を重んずる
立場を守ろうとしなくてはなりません。この
立場からは、
日本が
外国と結んだ
条約はどこまでも誠実に守らなければなりません。これが九十八条第二項の精神であると述べられております。また、
憲法の前文に、「いづれの
国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とうたっておるのであります。
今、光華寮問題についていろいろと言われておりますが、私は、基本的に、
立法、
司法、
行政の
三権がさきに述べた
三権分立の原則に従って行動することが第一である。第二に、
日本国憲法は
国際法規を遵守するという明確な
立場に立っている。そういったことを十分に頭に置いて
三権それぞれが行動をしなければならないと考えるものでございますが、この点につきまして、若干
法律論でございますから
法制局長官に御
見解をいただき、次いで
総理及び
外務大臣から御所見を承れればありがたいと思っております。