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1987-08-25 第109回国会 衆議院 法務委員会 第6号 公式Web版

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  1. 会議録情報

    昭和六十二年八月二十五日(火曜日)     午前十時開議 出席委員   委員長 大塚 雄司君    理事 井出 正一君 理事 今枝 敬雄君    理事 太田 誠一君 理事 熊川 次男君    理事 保岡 興治君 理事 坂上 富男君    理事 中村  巖君 理事 安倍 基雄君       逢沢 一郎君    赤城 宗徳君       石渡 照久君    木部 佳昭君       佐藤 一郎君    佐藤 敬夫君       笹川  堯君    塩崎  潤君       丹羽 兵助君    宮里 松正君       伊藤  茂君    稲葉 誠一君       小澤 克介君    山花 貞夫君       橋本 文彦君    冬柴 鐵三君       安藤  巖君  出席国務大臣         法 務 大 臣 遠藤  要君  出席政府委員         法務大臣官房長 根來 泰周君         法務大臣官房審         議官      稲葉 威雄君         法務省民事局長 千種 秀夫君  委員外出席者         厚生省児童家庭         局育成課長   田代  實君         最高裁判所事務         総局家庭局長  早川 義郎君         法務委員会調査         室長      末永 秀夫君     ————————————— 委員の異動 八月二十五日  辞任        補欠選任   稻葉  修君    石渡 照久君   上村千一郎君    笹川  堯君 同日  辞任        補欠選任   石渡 照久君    稻葉  修君   笹川  堯君    上村千一郎君     ————————————— 本日の会議に付した案件  民法等の一部を改正する法律案内閣提出、第  百八回国会閣法第八一号)      ————◇—————
  2. 大塚雄司

    大塚委員長 これより会議を開きます。  お諮りいたします。  本日、最高裁判所早川家庭局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 大塚雄司

    大塚委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
  4. 大塚雄司

    大塚委員長 内閣提出民法等の一部を改正する法律案を議題といたします。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。冬柴鉄三君。
  5. 冬柴鐵三

    冬柴委員 このたびの民法の一部改正により特別養子制度が創設されることとなりますので、その点に限ってきょうは一時間お尋ねをいたすことといたします。  近代養子法基本的性格は、言うまでもなく子のための養子法というところにあります。このたび創設される特別養子制度はその大きな流れに沿ったものであると考えられますので、高く評価をしているところでございます。  しかし、養子側要件といたしまして、実方父母による監護が著しく困難または不適当である等の特別の事情にある子であって、その利益のために特に必要であるとき、このように厳しい要件が課されているということに照らしますと、なぜ六歳未満に限ることとなったのか、その実質的理由というものにどうしても私はがえんずることができないのでございます。これは一つ考え方だと思いますが、例えば児童福祉法適用年限と申しますか、十八歳未満というのも考えられるのではないか。現に、一九六七年四月のストラスブールにて採択をされました児童養子縁組に関するヨーロッパ協定は十八歳未満としております。また、民法七百九十七条が定める養子縁組代語年限であります十五歳未満、これは義務教育中学校卒業年限でもありまして、また、フランス民法典が採用している年でもある。十五歳未満というのも一つ考え方ではなかろうか。また、少し下げまして小学校修了年の十二歳未満、こういうことも考えられたのではないのだろうか、このように私は考えるわけでございます。  そこで、過去三年間ぐらいでも結構でございますので、家庭裁判所における未成年者養子許可審判を通じまして、そのような統計がありましたら、六歳未満、それから十二歳未満及び十五歳未満それぞれの許可人数、そういうものをお尋ねしたい、このように思います。
  6. 早川義郎

    早川最高裁判所長官代理者 家庭裁判所申し立てられました養子縁組許可事件事件数を申し上げますが、まず昭和五十八年は新受が三千六百八十七件、既済が三千四百九十五件、昭和五十九年は新受が三千五百三十二件、既済が三千四百十四件、昭和六十年は新受が三千二百四十四件で既済が三千三十三件となっております。  それで、この三年についての既済事件年齢別許可、不許可件数でございますが、最初に昭和六十年度から申し上げますと、昭和六十年には許可は全体で二千六百十四件でございます。うち六歳未満の者が千百二十五件で、全体の認容件数の四三%を占めております。六歳以上十二歳未満の者は四百七十七件で、全体の一八・二%、それから十二歳以上十五歳未満の者は三百十三件で、許可件数全体のうちに占める割合が一二%、かようになっております。  次に、同年度の不許可件数でございますが、これは比較的少なく、全体で二十三件でございます。そのうち六歳未満の者は三件、一三%、六歳以上十二歳未満の者は六件、二六・一%、十二歳以上十五歳未満の者は三件で、やはり一三%、かようになっております。  これは、あと五十八年、五十九年、同様に申し上げましょうか。  それでは、五十九年になりますが、五十九年の許可件数は全体で二千九百八件、うち六歳未満の者が千三百八十四件で四七・六%、六歳以上十二歳未満の者が四百七十九件で一六・五%、十二歳以上十五歳未満の者が三百五十八人で、全体のうちの一二・三%、かようになっております。  また、同年度却下件数は三十件でございますが、うち六歳未満の者が五件、一六・七%、六歳以上十二歳未満の者は七件、二三・三%、それから十二歳以上十五歳未満の者が三件で一〇%、このようになっております。  さかのぼりまして昭和五十八年度でございますが、認容件数二千九百八十九件、うち六歳未満の者千三百九十三件、四六・六%、六歳以上十二歳未満の者五百三十一件、一七・八%、十二歳以上十五歳未満の者三百三十五件、一一・二%となっております。  却下は、同年度は三十一件でございまして、六歳未満の者が二件、六・五%、六歳以上十二歳未満の者十四件で四五・二%、それから十二歳以上十五歳未満の者が七件で二二・六%となっております。  以上でございます。
  7. 冬柴鐵三

    冬柴委員 私は、今の数字を拾いましても、六歳未満というのは低きに過ぎるのではないか、このように考えます。要は、家の後継者あるいは養親の老後の扶養者確保のためというような手段としての性格をあわせ持つ現行養子法適用範囲というものをできるだけ狭めまして、そして子のための養子法適用範囲を少しでも広くすべきではないかと私は考えるわけでございまして、そのようなことから、きょうお示しいただきました数字等あわせ考えましても、十二歳未満、ただし八百十七条の五に定めるような養育というものが先行していた場合には十五歳未満まで特別養子を認めるべきではないだろうか、そのような考え方はどうであったのか、お答え願いたいと思います。
  8. 千種秀夫

    千種政府委員 御指摘のように、この特別養子制度というのは、私ども日本制度といたしましては、ある意味で画期的な制度でございます。ヨーロッパ諸国では、第一次、第二次大戦という経験もあったことと思いますが、特別養子という制度がもう少し早くから普及をしておりまして、それが養子制度本流と申しますか、一般的な原則になっている国もあるわけでございます。したがって、そういうところにおきましては、特別養子年齢につきましても、一般未成年と同じように考えていくというところもございますし、また当初は非常に幼少の者に限っておったものを、最近、先ほど御指摘ヨーロッパ養子協定などに基づきまして年齢を十八歳まで上げる。これは、例えばイタリアでございますが、そういうふうに拡大をしていったという経過もございます。  私どもこの制度を導入するにつきましてもいろいろな議論がございまして、ただいま先生の御指摘のように、もう少し年齢を高くしてもよろしいのではないかという意見も確かに、ございました。この制度中間試案を発表しましたときにも、十二歳までの者を認めるという案もそこには載せてあったわけでございます。それに対します各界の御意見が、今回につきましては六歳までというのが非常に多かった、そういうことから今回の改正案は、まずそういう制度の第一歩を踏み出すのであるから、手がたいところ六歳未満、こういうことに決まったように理解しております。  その実質的理由というものは、結局この特別養子が、実の親子関係というものを断絶いたしまして、養子との間に実子と同じような関係をつくるという意味ではかなり画期的なものでございますから、そういう実態を考えますと、やはり子供が学校に行くまでの幼少のときが、新しい養親との親子関係を形成する上にも弊害が非常に少ないのではないか、そういう考えがその六歳の案を支持した基礎にあると考えます。しかし、そういう外国経過も参考にして考えます場合には、これが行く行く養子制度本流になるときには、あるいは十二歳まで、さらには十五歳まで、十八歳までと拡大していくことは十分考えられますので、この制度が施行されたその先の経過を十分観察していきたい、こういうふうに今考えております。
  9. 冬柴鐵三

    冬柴委員 法務大臣に今の点。この制度が、六歳未満というところでスタートするわけですけれども、定着をしていきます場合には、将来に向かって前向きにその年齢の引き上げということを絶えず見ていただきたいと思うのですけれども、その点についての御所感をお願いしたいと思います。
  10. 遠藤要

    遠藤国務大臣 ただいま民事局長からお答え申し上げたとおりで、とにかく年齢問題については国民理解となじみ、定着、これが前提だというような点で、まあひとつ間違いのないところでというような考えがあったようでございます。そのような点で今回提出させていただいたのは六歳ということになりましたけれども、これが定着し、国民全般からも理解をちょうだいいたして年齢を引き上げていきたい、このような考えを持っておりますので、よろしく御理解願いたいと思います。
  11. 冬柴鐵三

    冬柴委員 次に、養親となる側の要件についてお尋ねをいたします。  養親となる者と特別養子との間には嫡出子同様の家庭環境を創出すべきであろう、このように思います。そうしますと、通常親子間の年齢差、こういうものが必要ではないだろうか。諸外国の例にもそのような立法例があります。二十歳以上ぐらいの年齢差は必要であると考えられなかったのだろうか、その点について簡単で結構ですが……。
  12. 千種秀夫

    千種政府委員 御指摘のように、外国制度には親と子の年齢差ということを規定している制度もございます。日本の場合、この案ができます経過から申しますと、まず実質的な親子関係を形成するための親というものはどのぐらいの年齢であり、社会的な経験が必要であろうかということが第一義的に議論されまして、いやしくも子供の親という以上は一応成年に達していなければなるまい。それから、通常の親でございますとやはり夫婦であることが望ましいであろう。そうすると成人の夫婦ということですが、まあ二十で結婚される方もないわけではございませんけれども、子供ができて一応安定する年というのは二十五歳ぐらいではないかということで、原則として親は二十五歳以上ということになったわけでございますが、両方二十五歳というのも少しきついのではないかというので、片方が二十五歳ならばもう片一方は二十歳以上でいいのではないか。第一の出発点として、親の年齢としてそういうことが考えられたわけでございます。  一方において、子供につきましては六歳未満原則といたしますから、その間におのずから二十に近い、少なくとも十五歳の年齢差はある。それならば親の年と子の年を定めれば、その差は特に規定しなくてもよろしいのではないか、こういうことで親と子の年齢差については特別の規定が置かれなかったわけでございます。
  13. 冬柴鐵三

    冬柴委員 今のお答えの中で、次の問いに対するお答えももう含まれているようには思うのですけれども、養子をもらった後に養親夫婦実子が生まれる。そうすると、その養親愛情はどうしても実子の方に偏って養子が冷遇されるということはよく知られていることだと思うのです。そのように考えると、ただいまのお答えで、片一方が二十五歳であれば片一方は二十歳、いかにも若過ぎるのではないか。三十歳代ぐらいの夫婦ということがこのような子供たちにとってはよかったのではないだろうか、このようにも考えるわけでございます。  そこで、家庭裁判所縁組許可審判統計の中から、三十歳代の養親許可審判例というのは、全体の中に占める割合といいますとどのくらいになるのか。三十歳以上ですね。そういうものがもし統計がありますればお示し願いたいと思います。
  14. 早川義郎

    早川最高裁判所長官代理者 昭和六十年度数字で申しますが、認容総数二千百五十五件中、養父の年齢が二十五歳未満が十六件、二十五歳以上二十九歳までが八十五件、三十歳から三十四歳までが二百七十七件、三十五歳から三十九歳が五百七十六件、四十歳から四十四歳というのが四百二十三件、四十五歳から四十九歳が二百八十七件、五十歳から五十九歳が三百十七件、六十歳以上が百七十四件、かようになっております。  それから養母の年齢でございますが、同じく昭和六十年度数字で申しまして、認容総数が二千三百七十二件、うち二十五歳未満が二十一件、二十五歳以上二十九歳が百十三件、それから三十歳から三十四歳まで、これが四百二十件、三十五歳から三十九歳が五百九十九件、四十歳から四十四歳が三百六十五件、四十五歳から四十九歳が二百八十二件、五十歳から五十九歳が三百十八件、六十歳以上が二百五十四件、こういう数字になっております。
  15. 冬柴鐵三

    冬柴委員 この数字から見る限りは、やはり三十歳以上でもよかったのではないかというふうにも考えるのですけれども、これにはいろいろ考え方もありますし、審議経過もありましょうから、将来の問題として、ただ三十歳以上というのは他の立法例にもないようでございますけれども、本当に子供養育というものを考えたときに、後で実子ができるような可能性のある両親に早い段階でそういう養子許可する必要があるのかどうか、そこら辺について若干考えるものですからお尋ねしましたが、これはこの程度にいたします。  それから未成年者養子となる場合、とりわけ幼児を収養する場合には、子供が健やかに育成されるように保障するために、養親となるべき者が夫婦であるときは必ずその夫婦とも養親となる、そして普通の家庭的環境に置かれるような立法措置が講ぜられるべきであると私は考えますので、今回の立法はそれでいいと思うのですけれども、しかし、改正法の八百十七条の三のように「養親となる者は、配偶者のある者でなければならない。」このように定めまして、何らかの理由から生涯単身で過ごす者、すなわち配偶者のない者に対し養親となるべき道を閉ざしてしまうという必要があったのだろうか。このような人が幼児実子に対すると同様の愛情を持って養育したいというような思いを持つのはまれではありませんし、家庭裁判所がそれが子の利益となって保護に欠けるところがないと判断できる場合まで、法をもってそういう単身者特別養子を迎える道を阻んでしまうということはいかがなものだろうか。現にヨーロッパ協定の六条、ドイツ民法の千七百四十一条、フランス民法の三百四十三条の一にも単身者養親をひとしく認めておりますし、アメリカも当然認めているわけでございますが、この点についてどのようなお考えからこのようなことになったのか、その点についてお尋ねしたいと思います。
  16. 千種秀夫

    千種政府委員 御指摘のように、ヨーロッパ養子協定あるいは各国においては、単身者養子を認めている例がございます。養子一般制度ということを考えます場合には、現在の我が国の普通の養子についてもそういうことは十分考えられるわけでございまして、特別養子制度養子本流になる場合にはそういうこともまた考えなければいけない時期が来るかもしれないとは思うのでございますが、今回特別養子につきましては、先ほど来申し上げておりますように、かなり要件を絞って、まず安全なところから、大多数の方々の賛同を得ているところから制度を出発させようということでございますから、出発点におきましては子の利益をまず最優先に考えたい、そうしますと、その両親になる養親はやはり健全な夫婦であって、子供養育するにまさに理想的といいますか、標準的と申しますか、そういう方が好ましいのではないか、これが一般考え方であったように思います。そういうことで単身者養子を、特に特別養子を認めるということはこの際は入れられなかったというのが実情だろうと思います。
  17. 冬柴鐵三

    冬柴委員 これもこの制度が安定的に発展した場合に、ぜひ単身者の方も、これはいろいろな理由から単身、独身を通されると思うのですけれども、そういう人たちにもこの特別養子を迎えられるように考えていってほしいと思うのですが、その点についても大臣から、将来のことでございますけれども……。
  18. 遠藤要

    遠藤国務大臣 今先生のお話しのとおりであろうと思います。いろいろの事情配偶者が持てない、単身だ、その人ほど養子必要性に迫られているということがあろうと思いますが、今度の提出は、子供福祉ということを重点に置いての考えからこのようになったわけでございますけれども、子供福祉も大切でございましょうが、やはり大人のこれからの家族の構成やその他に対しても大切なことだ、こう感じておりますので、私自身もぜひ、この問題が定着したならば、年齢の問題と同様に改善していきたい、このように感じております。
  19. 冬柴鐵三

    冬柴委員 嬰幼児監護保育が不十分な場合には、現行法上いわゆる児童相談所あるいはそのような福祉施設というものの役割は非常に大きいというふうに考えております。  そこで、現在、児童相談所等施設が収容しているかかる監護保育に欠ける未成年者、そのようなうち年齢層で六歳未満、十二歳未満、十五歳未満、それぞれどれぐらいの人数になっているものか、お伺いしたいと思います。
  20. 田代實

    田代説明員 乳児院等に入所しております児童数につきましては、御質問では年齢区分が六歳未満、十二歳未満、十五歳未満ごとということでございますけれども、当方の資料といたしましてはゼロ歳から六歳、七歳から十二歳、十三歳から十五歳となっておりますので、あらかじめ御了承いただきたいと思います。  六十年度におきまして乳児院養護施設それから里親さんに委託している里子の数、合わせまして、ゼロ歳から六歳が一万七百三十七人、七歳から十二歳が一万四千九百十八人、それから十三歳から十五歳までが九千六十二人ということになっております。
  21. 冬柴鐵三

    冬柴委員 あわせて、過去において児童福祉法四十七条一項ただし書きによりましてその施設の長が縁組承諾をした、その件数がもしあれば知らしてほしい。それからまた、施設経由縁組が成立をした、あっせんをしたといいますか、そういうものの件数がわかれば知らしてほしい。それから今ちょっと触れられましたけれども、里親から申請をした件数があれば教えてほしいと思うのです。
  22. 田代實

    田代説明員 児童福祉法四十七条第一項ただし書きによりまして、都道府県知事許可を得て児童福祉施設の長が養子縁組承諾をした件数につきましては、我が方といたしましては各都道府県から報告を徴していないために把握はいたしていないわけでございますけれども、六十年の十月一日に行いました社会福祉施設調査報告によりますと、乳児院それから養護施設児童の退所総数は一万三百六十四人となっております。その理由を調べてみますと、就職とか家庭復帰等で九千八百六十一人、その他が五百三人となっておりますので、児童福祉施設の長が養子縁組承諾をした件数は、このその他五百三人の中に一部含まれていると考えております。  それから児童相談所関与いたしました養子縁組あっせんした件数は、里親に委託されている児童について見ますと、これは厚生省報告例でございますが、昭和六十年度におきまして三百三件となっております。
  23. 冬柴鐵三

    冬柴委員 このような事実関係に照らしますと、児童相談所等施設の長を縁組申し立て手続関与させる、あるいは裁判所養育監護ですか、八百十七条の八、このようなところで何らかの形で関与をしてもらう、このような立法措置がとられてしかるべきではなかったのかとも思われるのですが、その点について民事局及び厚生省両方から御答弁をいただきたいと思います。
  24. 田代實

    田代説明員 児童福祉法第十五条の二の規定によりますところの児童相談所業務は、保護者のいないなど要保護性のある児童につきまして相談に応じたり、それから調査、判定を行ったり、必要な指導を行うことを業務といたしておるわけでございます。その指導の結果といたしまして特別養子縁組あっせんが行われる場合もあると考えておるわけでございます。  家庭裁判所特別養子縁組申し立てが行われた場合には、家庭裁判所は必要な調査を行うこととなるわけでございますけれども、この場合、児童相談所も要保護対策の一環といたしまして、適正な審判が行われるよう家庭裁判所からの調査依頼に応じまして児童福祉専門機関としての意見を述べるなど、必要な関与を行うことと考えております。
  25. 千種秀夫

    千種政府委員 補足して申し上げますが、特別養子に関する中間試案段階におきまして、縁組申し立てをするには原則として児童相談所あっせん手続を経るのがよいのではないか、こういう意見もございました。  その審議の結果でございますけれども、児童相談所以外にも、例えば民間の社会福祉団体において養子縁組あっせんをしているところもあるし、またそういう能力もある、こういう施設もあるようでございます。施設といわなくても、そういう事業を許されてやっている人たちもいるわけでございまして、そういうボランティアなども排除するのは少し問題ではないか、今後そういう制度も大いに活用されてもいいのではないかということになりまして、要は児童相談所とその審判をする家庭裁判所が緊密な連絡をとって子の福祉のために十分な調査を遂げることではないかということで、そのあっせんを必要的な手続として取り入れることは思いとどまったわけでございます。そのかわり、その児童について必要な事項につきましては、家庭裁判所はもちろん調査をするわけですが、児童相談所にも照会をしていろいろな調査をお願いする、こういうことで緊密にやっていこう、それは法律段階ではなくて事務レベルでいろいろなことでやっていけるのではないか、こういうことに落ちついた次第でございます。
  26. 冬柴鐵三

    冬柴委員 重ねて最高裁家庭局の方に、今のようなお考え方でよろしいかどうか。
  27. 早川義郎

    早川最高裁判所長官代理者 特別養子制度は基本的には、先ほど厚生省からも言われましたように、要保護児童福祉を図るための制度である、そういう点からしますと、児童福祉行政の中枢的な役割を果たしている児童相談所家庭裁判所との連携が不可欠だろうと思っております。  実際どんなふうな運用になるかという点でございますが、まず、特別養子縁組をしようとする者は、児童相談所から養子となる者のあっせんを受けて、相当期間児童相談所指導のもとに事実上の養育をした上で家庭裁判所審判申し立てをする、こういうケースが多かろうと存ずるわけです。そういった場合には、家裁としましては、速やかに児童相談所から資料の取り寄せを行い、これを審判判断材料にする。また、こういったあっせんを受けていない場合には、養子となる者がいわゆる要保護児童であると認められる場合には児童相談所に対して調査の嘱託をする、そしてその関与を求めることになろうかと存じます。また、児童相談所関与を求めるとともに、審判の結果につきましては、家庭裁判所としても、確定後遅滞なくその旨を児童相談所に連絡する、こういった形で相互に円滑な連携を図っていきたい、かように考えております。
  28. 冬柴鐵三

    冬柴委員 次に、特別養子縁組の効果についてお尋ねをいたしますが、その中心的効果は、何といっても八百十七条の九が定めております「養子と実方の父母及びその血族との親族関係は、特別養子縁組によって終了する。」この点にあると考えられます。ところが、七百三十四条第二項には、第八百十七条の九の規定によって親族関係が終了した後も、直系血族または三親等内の傍系血族の間では婚姻をすることができない。それから七百三十五条は、直系姻族の間では、八百十七条の九の規定によって姻族関係が終了した後も婚姻をすることができない。いわゆる近親婚の禁止規定をその後も適用する。これは当然の話だと思うのですが、このような規定は生物学、優生学、また人倫情宜からもう当然の定めでありますけれども、この規定の体裁から見て、血族関係が断絶しますね、その後に生まれた実方の弟妹、それから実方の祖父母に生まれた子、養子から見ますとおじ、おばになるわけですが、それから兄弟姉妹の子、おい、めい、これは客観的に血がつながっておりますから、もちろん近親婚は許されないわけですけれども、この規定そのものから、その後に生まれた人を疑いなくそれも近親に当たるのだというふうに読み取れるのかどうか。もう少し書き方が、これは七百三十四条二項ですけれども、「第八百十七条の九の規定によって親族関係が終了した後も、前項と同様とする。」こう書いてあるのですけれども、終了してしまったらもう他人だ、その後に生まれた子供とかをこういう書き方で疑いなく捕捉できるのかどうか、その点についてお尋ねしたいと思います。
  29. 千種秀夫

    千種政府委員 中身につきましては御指摘のとおりでございまして、これは疑いはないと思うのでございます。  その規定の文言なんでございますが、これは一項にこの範囲が決まっておりまして、御指摘人たちは当時、終了したときにまだ生まれていないということでございますけれども、抽象的に範囲が定まっておりますので、終了した後も同様ということは、その後に生まれた関係の人も同様というふうに読める、そういうつもりで書いたわけでございます。
  30. 冬柴鐵三

    冬柴委員 同じような意味で、七百三十五条もそうですけれども、これは今とはちょっと様子が違うと思うのですが、血族関係が断絶した後にされた婚姻、いわゆる実方父母の再婚の相手、それから祖父母の再婚の相手、これは直系姻族になるわけですけれども、これも「姻族関係が終了した後も同様である。」という書き方で疑いなく読めるのか。これは実質的にも婚姻障害になると考えておられるとは思うのですけれども、その点についてちょっと明確にしておいてほしいと思うのです。
  31. 千種秀夫

    千種政府委員 御指摘の七百三十五条につきましても、実は同じように読めるというつもりでこういう規定になっております。
  32. 冬柴鐵三

    冬柴委員 いわゆる血族断絶後の母親の再婚の相手、父親の再婚の相手、おじいさん、おばあさんの再婚の相手とも婚姻はしてはならない、こういうことでいいわけですね。
  33. 千種秀夫

    千種政府委員 さようでございます。
  34. 冬柴鐵三

    冬柴委員 それでは次に、特別養子の離縁のことについてお尋ねをいたします。  八百十七条の十では「次の各号のいずれにも該当する場合においてこということは一号も二号もということであろうと思いますが、「養子利益のため特に必要があると認めるときは、家庭裁判所は、」「当事者を離縁させることができる。」これは非常に例外的だと思うのですけれども。それでは、その第一号だけ、いわゆる養親による養子の虐待、悪意の遺棄その他養子利益を著しく害する事由がある、このような場合は離縁が許されないわけでございまして、八百三十四条による親権喪失宣告の手続でもとるのかな、こういうふうに考えるのですけれども、その流れですね、これはどうされるのか、ちょっとお尋ねしたいと思います。
  35. 千種秀夫

    千種政府委員 内容については御指摘のとおりでございまして、流れということは具体的にどうやるかというような御質問の趣旨かと存じますけれども、一般的に申し上げまして、要するにこの特別養子を、親子関係は実父母の子供に対する関係と同じであるというふうに考えておりますために、それでは実父母のときに親が子供を虐待する、これはまあ仕方がない、離縁ができないわけでございます。ですから、それと同じに考えればいいのじゃないかというのがまず基本的な考え方でございます。実父母が相当の監護をするから引き取る、こういうときに限って離縁ができるのであって、それがない場合には持っていくところがないわけでございますから、それは実父母と同じである。そうすれば、実父母が虐待したときにどういうことが考えられるかということになりますが、その場合は子の親族または検察官の請求によって家庭裁判所が父または母の親権の喪失宣告をする、こういうことが第一に考えられることでございます。もちろんそのほかにも、児童福祉法上の措置ということも考えられると思いますし、また、第三者へ縁組をするということが子の福祉を図ることになる場合にはそういう道も考えられるかなと思われます。
  36. 冬柴鐵三

    冬柴委員 最後の一言なんですが、転養子も認めるのですか。
  37. 千種秀夫

    千種政府委員 制度の上では許されるということに考えられます。ただ、実際のことを考えますと、さらに特別養子というようなこと、そういうことが起こるようでは、最初の特別養子審判が見損じをしたということにもなりかねません。  ただ、今の社会事情でございますから、虐待以外に交通事故で亡くなったとか飛行機事故で亡くなったとか、そういうようなことにはやはりそれなりの道が講ぜられなければいけませんので、そういう意味での転養子は、普通養子も含めまして十分理屈の上では考えられることでございます。
  38. 冬柴鐵三

    冬柴委員 その次に、同条二号、実方の父母が相当の監護をすることができることというのがあるわけですけれども、この離縁というのは、この中ではっきり書いてないのですけれども、養子未成年者のときに限ると思われるのですが、その点はそれでいいでしょうか。
  39. 千種秀夫

    千種政府委員 原則としてそういうふうにお考えいただいて結構だと思うのでございますが、強いて例外的なことを申し上げますと、成年に達しましても養子が精神障害者であるというようなことで十分ひとり立ちができない、要するに監護がさらに必要であるというケースもありますものですから、未成年ということに明文で限らなかったわけでございますが、実質的にはそういうことが言えると思います。
  40. 冬柴鐵三

    冬柴委員 そうしますと、六歳から成年までの十四年の間に、要するにこの二号と八百十七条の七との整合性ですね、片一方はもう親が全然面倒見ぬということでやって、今度は面倒見ると、そんなことが、それは時期的に変わりますから予想はされるのですけれども、非常に希有な事例だと思うのですが、もっとほかの理由がなかったのかなという感じは受けるのですが、その点はどうなんでしょうか。
  41. 千種秀夫

    千種政府委員 御指摘の、ほかの事情ということはちょっと私もまだ十分考え及んではおりませんのですけれども、この制度をつくっていきます考え方の流れといたしましては、こういう特別養子はもう実親子関係を断絶するのであるからもとへ戻るということは考えられないのだ、強いて言えば離縁ということを考えないというような考え方が非常に強くは基本にございました。しかし、そうはいいましても、やはり人のすることでございますし、時間の経過とともにいろいろなことが考えられるので、やはり何か安全弁をつくっておかないとまずいのではないか、そういうことから今度は離縁を少しは認めたらどうかということで、今度は離縁をどういう限度で認めるかということを考えたわけでございます。  したがって、この二つの条文を文字の上で見比べますと確かに抵触するようには見えますが、この特別養子縁組を宣告する時点と離縁をする時点というのは同じ時点では絶対にないわけでございまして、かなりその間に時間の経過、状況の変化というものがあるわけでございますから、文字では矛盾するように見えますが、実体においては矛盾することはないのではないか、そういうふうに考えております。
  42. 冬柴鐵三

    冬柴委員 この一、二号あわせたときのみに離縁を認める、非常に事例が限られてくると思うのですけれども、そういうものと、一般養子の八百十四条ではいろいろ一般条項も含めて書かれているわけです。これは特別養子の特殊性からこうなったと思うのですけれども、その整合性ですね、その点についても若干お尋ねしておきたいと思うのです。
  43. 千種秀夫

    千種政府委員 特別養子は、先ほど申し上げましたように、どちらかといえば離縁というものを認めないという考え方でございますから、したがって、それほど重大なことであるならば特別養子を認めるときのそもそもの要件を厳しくしていこうというところで、最初の絞りが非常にきつくなっております。そこでおのずから離縁の方の理由も厳格になってきているわけでございまして、普通の養子の場合はまず養子そのものの要件が非常に緩やかでございます。そこで離縁の場合もまた緩やかであるというふうに考えられるわけでございまして、普通の養子の場合は、未成年のときはもちろん家庭裁判所許可が要りますけれども、成人の場合、今実際行われております数字から見ましても、裁判所許可を得る事件というのは非常に少ないのでございますし、成人の養子というのは全体の三分の二ぐらいございますから、そういうところでは、どちらかといえば契約といいますか、後見的な考え方ではなくて当事者に任せられている、そこにおのずから支配する原理が異なってきたのだ、そういう意味ではある程度の整合性はできておると考えております。
  44. 冬柴鐵三

    冬柴委員 最後になりますが、この特別養子の離縁ということが許可、いわゆる成立いたしますと、実方の血族との親族関係が生ずるわけでございますけれども、八百十七条の十一に「離縁の日から」と定めておりますので、遡及効はない、このように解しているのですが、それで誤りはありませんか。
  45. 千種秀夫

    千種政府委員 おっしゃるとおりに、遡及効というものはございません。ただ、その遡及効ではございませんけれども、戻ったときにそこにある親族関係とは、その時点から先はやはり親族関係が復活する。先ほどの御質問にもございましたように、断絶してから生まれた親族はどうなるのか、含まれるということを申し上げましたけれども、戻ったときも同じことでございまして、断絶中に新しくできた親族というものは、さかのぼっては親族関係は生じませんけれども、戻った時点から先については、そのいない間にできた親族とも親族関係は発生するということになります。
  46. 冬柴鐵三

    冬柴委員 そのところを聞きたかったのですけれども、どうもこの条文で、「特別養子縁組によって終了した親族関係と同一の親族関係を生ずる。」こういう書き方で、今のような断絶後離縁審判確定までの間に生まれた親族、特に弟妹、それから祖父母の子、兄弟姉妹の子、いわゆる三親等内の傍系血族、これがそのとおりこの条文を厳格に読んだときに、今千種局長が答弁されましたように、そういうふうに読めるのだろうか。将来、解釈上疑義が出ないかどうか。もしそんなことが生じますと、扶養義務とか相続関係で大変な混乱が起こってしまうと思うのですけれども、その点について、これは学者の解釈はいろいろあると思うのですけれども、はっきりとした立法者の趣旨を説明していただきたいと思います。
  47. 千種秀夫

    千種政府委員 この案にございます八百十七条の十一の規定でございますが、終わりの方に「特別養子縁組によって終了した親族関係と同一の親族関係を生ずること書いてございまして、この同一という意味理解の仕方であろうかと思います。  この同一というのは性質において同一という意味でございまして、そのときにあった親族、その同じ人との関係のみにおいてというような具体的な人との関係を言っているのではなくて、そういう親族関係というのを性質でとらえているものですから、死んだ人には縁がなくなりますし、生まれた人には新しい縁ができる、こういうことで、そういうことを意味するためにこういう言葉を使っているというふうに理解しておるわけでございます。立法技術的にもそういうことでよろしいというようなことでこういう文言になっておりますので、私どもは、内容はそういうふうに理解しておるつもりでございます。
  48. 冬柴鐵三

    冬柴委員 それから、ここに「養子と実父母及びその血族との間においてはこと書いてありまして、姻族とは書いてないのですけれども、これは民法典の養子の効力でもそのように書かれていて、血族が生ずるから随伴して姻族も生ずる、こういう解釈になるのだろうと思うのですけれども、親族は六親等内の血族それから配偶者、それから三親等内の姻族、こういうふうにして片やきちっと立て分けてあるのに、ここで親族と言えばこれで済むのに、わざわざ血族という言葉を持ってきている。何か意味があるのかなと思うのですけれども、その点はどうなんでしょうか。
  49. 千種秀夫

    千種政府委員 この規定は、七百二十七条の規定に倣って規定の上の整合性をとったということでございまして、姻族関係は血族が決まっておればおのずから生ずるようになっておりますので当然読める、これはむしろ規定の整合性を保ったためにこうなったと言った方がよろしいかと思います。
  50. 冬柴鐵三

    冬柴委員 今回、特に新しく創設される特別養子というものですから、非常に慎重にしていられるということもよくわかります。しかしながら、そもそも日本民法典に盛られた一般養子というものが外国から比べると非常に特異なといいますか、例えば尊属あるいは年長者といいますか、同じ日に生まれた人でも子供にできるような解釈があったり、非常に特異な制度だと思うのですね。ですから、この特別養子が今後定着をいたしまして、未成熟な、本当に監護を必要とする子供たちの幸せに通ずるような制度としてこれが育っていくことを心から念じまして、五分ほど早いのですけれども、私の質問を終わらせていただきます。
  51. 大塚雄司

    大塚委員長 安倍基雄君。
  52. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 いろいろ同僚議員も尋ねていることと思いますが、第一に、民法の問題というのは非常に大事な問題でございまして、本当に短期間にやるということは大変問題はあるのですよ。逆に言えば、法務委員会が小委員会でも設けて、単に、法務省が今まで議論してきた、だからその結果をイエスかノーか言ってくれというのじゃなくて、あらかじめ小委員会あたりをつくっておいて、慎重審議すべきことではなかったかなと私は思うのです。これはいろいろの事情から国会が空転したとかいう問題はあると思いますから、一方的に法務省の側を責めるわけにはいかないのでございますけれども、これは本当にその意味で短期間にやるわけですから簡単に聞きますが、今後こういった問題はあらかじめもう少し早目に、これはむしろ国会の問題かもしれません、委員会の問題かもしれませんけれども、通常のものと違って小委員会あたりで検討すべき問題ではなかったかなと私は考えます。  これは委員長に聞くべきなのか、法務省に聞くべきなのか、なかなか聞きづらいのでございますけれども、逆に法務省としても、あらかじめ法務委員会でひとつ小委員会でも設けて検討してもらいたいというくらいの態度があってしかるべきだと思いますけれども、大臣どうお考えですか。
  53. 遠藤要

    遠藤国務大臣 今安倍先生のお話しのとおりだろう、こう思います。私どもとしても、この提出に当たっては慎重に慎重を重ね、法務省としては全く三階から飛びおりるような気持ちで新たなこういう法案を提出した、それだけに先生の気持ちとしても、長時間かけて審議をしたいというお気持ちはよくわかるわけでございますが、国会が御承知のような状態で、さきの国会に提出したが、恐らく先生方は陰でそれぞれ御勉強願っておった、こういうふうな理解をしておるわけでございます。  院の中身については私は全くわかりませんが、そういうような点をひとつ御理解願って、法務省としては何とか、先ほどの御質問にも、もっと広げるべきではないかというような御意見もございましたけれども、とにかく最小限度きりぎりで、これが定着した後にまた皆さんと御協議を申し上げてという気持ちで、石橋をたたいて渡っていただくというような提出の方法を図った、さような点で御理解をちょうだいいたしたいと思います。
  54. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 前から勉強していたろうというような発言はいささか気にさわるので、これは勉強していたのじゃなくて、討議をしなければいかぬ、議論しなければいかぬということですから、それはちょっとおかしな話だと思います。  今ちょっと出た話の中で、この後状況によっては再度、定着する過程で見直しをする可能性があるのですか、今その辺をちらっと言われましたけれども。
  55. 遠藤要

    遠藤国務大臣 今までの御質疑の中で、先生の御質疑ではございませんけれども、年齢の問題についても、六歳ではどうか、もっと引き上げるべきではないかとか、いろいろの問題が提起をされておりますので、役所は役所としてこれが定着後にさらに検討してみたいというお答えを申し上げておる、そういうふうな点がございますので、今後我々として、これが通ればもうこれでいいのだというようなことでなく、これに対してはさらに随時検討する姿勢をとっていきたい、こういうふうな考えでございますので、御理解をちょうだいいたしたいと思います。
  56. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 私は、この特別養子制度、これは一つの見方なんですけれども、二つの点に問題があるかなと思っております。  一つは、日本社会というのは非常に血を重んずる社会である、こう言いますと、どうせ普通の養子制度が残っていますよという返答が返ってくることはわかっています。でございますけれども、この血を重んずる、例えば御承知のように中国残留孤児なんかも、考えによっては全部向こうで育ててもらったわけですね。それは別れるときにいろいろ問題があったかもしれませんけれども、ただしかし、それでも実の親を求めて来る、来させるという話になってきておる。ほかの社会は、私は外国留学で若いころ二年半アメリカにおりましたし、それ以外に領事で三年間オーストラリアにいたのですけれども、物事の考え方が非常に契約中心なんですね。血の問題というのは大したことない。大したことないと言っては変だけれども、向こうの養子制度はどちらかというと基本的には特別養子制度が中心であって、契約だ。契約を中心とすれば、昔のやつは切っちゃうのが当然だということなんですよ。それに似たような感じになるのですけれども、一つはこれが日本社会として本当になじむものかどうか。  第二番目は、子供の意思がどうなのかという問題があるわけです。この子供の意思についてまだ非常に問題があるかなと。物心つかないうちに親が決めますよと。物心ついてきたときに、自分はやはりもとの生みの親のところに行きたいという状況が必ず出てくる。そのときに、ドライな社会であればそんなことはてんで問題にしないわけです。日本の場合には、最初の血の問題との関連でお話ししたのですけれども、やはり実の親を求めたいという心が起こってくる。では、そのときに、子供の気持ちが尊重されて戻れるのかという問題があるわけです。この辺をどう考えているのか、ほかの国と比較してどうなんだという問題があるわけです。  時間があれですからこちらの方から言いますと、例えばドイツの場合には、場合によっては戻れぬこともないのですね。日本の場合には、親が虐待したとかなんとかいうこと以外には戻れないのですね。私も外国の例を全部調べさせていただいたら、英米仏とドイツとその辺が少し違うのです。英米仏の場合には、要するに特別養子の場合これはほとんど離縁ができないのですね。ドイツの場合にはできるのですよ。だから、ドイツというのは考えがちょっと日本的なところがあるのじゃないか。要するにゲマインシャフトというような考え方がありますから。  何で日本特別養子制度が、子供福祉福祉というけれども、ドイツ的な構成をとらなかったのだろう。英米仏法的な構成をとったのだろう。むしろ日本はもっともっと、ドイツよりもより血のつながりを重んじる。だから私の第一の質問は、今度の特別養子制度日本社会に社会学的にどういうインパクトを与えるのだろうという検討がなされたかどうか。  第二点は、子供の意思を尊重するというのが、何でドイツ法的な考え方で統一的な考え方をとれないのか。ドイツの場合に、もちろんこれは裁判所の認定が要るわけです。たしか実親が引き取る用意があるということと、子供福祉のために、いわば裁判所が認めたときは戻れるはずなんですよ。日本の場合には、私の理解によれば虐待とかいろいろな問題がなければ戻れない。養親がせっかく育てたのに、今さら戻られちゃ困るということなんですな。これは、この特別養子制度の非常に基本的な問題じゃないか。子供福祉というのは、単に彼らが幼時にずっと安全に育てられたということだけには尽きないのじゃないか。その後、子供の自由意思というか、ある程度判断力ができたときに、やはりおれは実親がいいと言い出したときにその道が閉ざされているのか閉ざされていないのかという問題で、どうも私の理解によれば英米仏法的な考えに近くて、ドイツの場合にはそういったことが可能なのに対して、日本の場合にはドイツと英米仏との中間ともいうべき状況がなと考えるのですけれども、その辺についての理解が私は間違っているのかどうか。  その二点をお聞きしたいと思います。
  57. 千種秀夫

    千種政府委員 大変広範囲な、深い御質問でございまして、一言で御説明ができるかどうか自信がございませんけれども、第一の日本の社会の基本にある血筋に対する考え方との調和、こういう点からお話し申し上げますと、確かに日本民法あるいは戸籍法は血統を非常に重視する基本から制度ができております。そして、国民の中にも血筋を非常に重んずる気持ちはまだ相当根強いのではないか。  しかし考えてみますと、ヨーロッパのいろいろの諸国におきましてもそういうものがないかといいますと、現在の社会状況を比較してみますと多少差が感じられますけれども、長い歴史の中で考えます場合には、やはり同じような状況はあったように思われます。西洋の方がより個人主義的であるということがございまして、一般の社会におきまして契約を非常に重んずるという気風も確かにございますけれども、現在問題になっております特別養子制度ヨーロッパなどで問題になってまいりました経過を見てまいりますと、今までの養子というのは当事者の約束でいいということであったけれども、第一次大戦、第二次大戦を通してヨーロッパが戦場になって、戦争孤児が多くなってきた。その福祉のためにどうしても子の利益を中心とした養子制度をつくらなければいかぬというような問題が生じてきまして、これがヨーロッパ養子協定にもなって結実し、それを採用し、各国がそういう内容の養子制度を持って、したがって特別養子というものが養子制度本流になってくる。こういう経過の中におきましては、子供利益のためにそれを当事者の契約に任せておいてはいけない、やはり国家社会が子の福祉のために後見的に養子制度をつくっていかなければいけないという考え方が出てまいりまして、したがって、普通の特別養子と言われている制度は全部公的な宣言、裁判所、東欧諸国では行政機関もございますけれども、そういう国家の意思によって特別養子をつくる、こういうふうになってきたわけでございます。  そういう意味からいたしまして、今度提案されております特別養子制度というものも家庭裁判所審判によってつくるということでございまして、そこが今までの当事者の意思というものを非常に尊重するという建前から一歩踏み出した新しい制度ということができます。そういう意味では、私どもは、特別養子についての国家的な見地からの援助といいますか、そういう観点からいえば、私どもの今度提案しております特別養子制度ヨーロッパの後を追っていくもので、決して異質なものではないばかりか、またそれに及んでいないぐらいのものではないか、そういうふうに考えておるわけでございます。  ただ、先ほど大臣からもお話し申し上げておりますように、特別養子をつくるにつきましてはいろいろな議論がございまして、一気にヨーロッパと同じようにすべきであるというような意見もございましたし、先生指摘のように、我が国においてはそういう血筋を重んずる社会であるから、そんなに簡単に一気に飛ばすわけにはいかないんだ、そういう慎重論もございまして、その両方の妥協点として、最小限未就学児童についてこういう制度をつくったらどうかということになってきたわけでございます。ただ、何といいましても未就学児童でございますから、自分の意思表示ということはこれを期待することができません。そこで、そのかわり実方の親子関係がこれによって断絶するわけでございますから、重要な効果を生ずる。それならば、子供の意思というものをそのまま表明させることはできないから、家庭裁判所保がその点を十分に審査して審判をするようにする。それによって子供の意思というものを担保していこう。  また、離縁につきましてドイツの例を引かれて、もう少し自由ではないかというお話もございましたけれども、そういうふうにごく限られた条件で厳しい条件をつくったということは、やはり養親子関係といいますか、特別養子養親子供とのきずなを緊密にして子供の精神的な安定を図り、そこに強固な親子関係を築いていこうということでございますから、それができるまでは要件は厳しいのでございますが、一たんできた以上は、それを容易に解除するということはかえって子の福祉のためにならないのではないか。そういうことから、入り口も狭いかわりに、離縁する方も厳格にする、そういうような関係で今回提案された制度ができておるわけでございます。  そして、それにつきまして最初に大臣にもお尋ねがございましたけれども、これをどういうふうに将来考えていくつもりかというようなこともございますが、とりあえずそういう画期的な制度を第一歩を踏み出すわけでございますから、私どもは少し狭く、慎重に制度をつくったわけでございますけれども、これがよその国でも見られますようにだんだんと定着して養子制度本流になっていく場合においては、年齢につきましても、あるいは離縁の要件につきましても、国民の必要に応じてもう少し緩やかにしていくということも考えられるかな、それは実際に制度を施行してみた結果を見ないとわからないことでございますので、今後長い目で観察していきたいと思っております。
  58. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 今の第二の質問、私が聞いていますのは、何で英米仏法的な形態をとり、ドイツ法的な形態をとらなかったのか。私の理解は、ドイツの場合には、子供の幸福というのが今の子供の意思の尊重という面と扶養との両面あるのですね。子供のころ十分扶養しなければいかぬという判断と、子供は物心ついたときに、物心というのを成人に達したか達していないかという問題もありますけれども、むしろ十五、六になれば、いや私は実親の方がいいよと言い出す可能性もあるわけです。ドイツの場合にはたしか実親が受け入れるあれがある。子供福祉について、その方がいいと思えば裁判所の判定で戻れるのです。  ところが日本の場合には要件はもっと厳しくて、それは養親がせっかく育てたという気持ちもあるかもしれない。あるかもしれないけれども、もし子供福祉ということを中心とすれば、それは気の毒だけれども、場合によってはもとへ戻れるというドイツ法的な考え方日本にはなじむのじゃないか。特に日本民法全体の構成が血筋というのを強調しているのであれば、それは考えてみれば養親も気の毒かもしれない、気の毒かもしれないけれども、ここには子供の意思というものがほとんど表へ出てこない。だから、扶養というのが本当に大事なのか、やはり実親のところに行きたいというのが大事なのか、その辺について、私はどちらかといいますと、日本的観念からいえば子供福祉というのはむしろ心の問題が大きいのじゃないか。少しぐらい貧乏でも、実親が迎えるといったら行こうということも十分あり得るのじゃないかと私は思うのですね。  これは今後また検討されるかもしれませんけれども、だからこの辺、何でドイツ法的な考えをとらないで英米仏法的な考え方をとったのか。日本の社会構造から見て、むしろそうやって戻りたいという気持ちを尊重する方が子供福祉に合致するのじゃないか。いずれにせよ、そういう基本問題がある。だから簡単に審議会に——審議会の人でも呼んできて、何だと反対尋問してやろうと思っておったところですよ、本当のところ。ちょっとそこの、何で英米仏法的な要素をとり、独法的な要素をとらなかったかということについての答えをはっきり聞きたいと思うのです。
  59. 千種秀夫

    千種政府委員 私も、実は英米法あるいは仏法とドイツ法の具体的な違いがどれぐらいあるかということは十分承知しておりません。ただ、法律の文章の書き方ということは確かに考え方を反映しているかと思いますが、ドイツの民法の場合に、子の福祉のためで実親が引き取るということであればいいということになっております。そういう文言を書きますと幅が非常に広くなりまして、確かに先生指摘のようにいつでも帰れるように読めるわけでございます。  そういう文言でこれをつくろうかという議論ももちろんあったわけでございますけれども、そういたしますと、いつでも帰れるというふうに読まれては実は困ることが出てくる。それは、先ほど申しましたように、そもそも特別養子を創設する理由が普通の養子とはかなり違います。ドイツの場合には、要するに普通の養子特別養子でございますからそれでいいというふうに考えられるかもしれませんけれども、日本の場合は普通の養子制度のほかに特別に狭い厳格な要件のもとに特別養子をつくっておりますから、それが日本の現行の普通の養子のように考えられるのは困る。そこで、それをもう少し具体的にはっきり書かないとまずいのじゃないか。書く以上は、特別養子要件との対比において、離縁の方も具体的にそういう必要が本当にあるときでないといけない。  そうしないと、そもそも最初の特別養子縁組をするときに、親と子供の間の安定した緊密な関係をつくるのに非常に障害になる。いつでも実親が出てきて帰れ帰れというようなことを言われるのでは、そもそも特別養子をつくることは非常に難しい。また裏返しに考えますと、特別養子を認める以上は、実親がいていつでも引き取るというような子は特別養子には向かない。したがって、先生指摘のように、大人になって親のところへ帰りたいというようなケースが出るとすればそういうのは初めから特別養子には向かないので、そういうことは余り想定してないと言った方がよろしいのではないか、そこのところが文言の違いとなってあらわれてきているわけでございます。
  60. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 ドイツの場合も、特別養子と普通養子両方あるのです。フランスも特別養子と単純養子とありますけれどもね。
  61. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 御指摘のようにドイツは普通養子特別養子とございますが、未成年につきましては特別養子だけでございまして、十八歳未満子供については普通養子をするということはできないわけでございます。
  62. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 この辺の見解は、私は特別養子をつくった以上はという気持ちもわからぬではない。英米仏の場合には全く解消させないのだから。それよりはちょっとということで、つまり中間を選んだということかもしれませんけれどもね、ただ、これはその辺が難しいところで、子供福祉というのがどの辺にあるのか。私は日本の場合は逆に、それなら中国残留孤児なんという話は、そう言っては悪いけれども、日本社会としてはほったらかすべきなんですよ、言い方がちょっと差しさわりが出るかもしれませんけれども。別れるときの悲しさもあるから少し違う要素もありますけれども、ただ向こうがずっと養ってきたわけでしょう。その観念からいえば、日本に来て何とかさせろなどというような話は出てこないわけだ。日本へ来てやらせろという話、会わせるという話は、それだけ血を重んじる社会なんですよ。そうでしょう。  その意味からいえば、むしろ養親が気の毒だと言う前に、やはり血の問題を日本の社会というのはもっと重んじる社会なんだ、だから実子が実親の方へ帰りたいという気持ちを抑え込むのはどうなんだ、本当に養親が感情的なつながりをびしっと持っていればそんなことは言い出さないかもしれないですな。だからその辺は法律と倫理との接点でして、つまり、養親がかわいがって、今さら実親の方へ行きたくないというような心のつながりができていれば、そういう話も出てこないのですね。ところが、虐待とは言わないけれども、何となくそういった気持ちになってくるというときに、やはり子供が戻る権利を留保させてやるべきじゃないかな。この点、私はたくさん聞こうと思ったのが、三十分しかないとなかなか、残念ながらあと五分ということなので、皆さんは定着した役とおっしゃるけれども、これは今後の検討課題じゃないかな、少なくともドイツ法的な範囲まで考えるべきじゃないかなというのが私の第一の問題点です。  第二の問題点は、五分じゃちょっと言えないのですが、これは午後からもやりますからその序の口と言っていいですけれども、今度は特別養子じゃなくて通常養子の場合ですが、ある弁護士か代襲相続についてどうかという質問が出ているわけです。というのは、従来は養親養子と、養親が死んだときには養子が切れたのです。ところが、養子が死んだときには養親の方から切れないというのが原則だったわけですよ。今度は両方できるということがありまして、例えば、要するに養子が死んだ後、いわばおじいさんが子供の面倒見ないよと言い出したときに、裁判所が場合によっては切れる。裁判所を信用せよとおっしゃるかもしらぬけれども、少なくとも前の体系では切れなかったわけですよ。今度、この弁護士さんは養子子供にも相続権を認めろとかなんとか言っているわけですよ。あと五分間だからまた午後に引き継ぎますけれども、基本論を聞く前に、その弁護士さんは代襲相続についてのいわば修正案みたいなものを書いているわけだ、お持ちかもしれないけれども。どうお考えになるか、それをまず。
  63. 千種秀夫

    千種政府委員 御指摘の提案というのも私ども直接伺いまして理解しておるところでございますけれども、まず結果としまして養子が死亡して、その養子子供があった、要するに孫があったというときに、養親が離縁の申し立てをするということになると、代襲相続の期待権が剥奪されないかという御心配のようでございます。ですから、それに対して逆提案というのは、代襲相続の期待権を持っている孫がその当事者として出てきて、何か対等で審議をしていいか悪いかを決めるようにというような御趣旨ではないかと思うわけでございます。  そのことはそれで理解できるのですが、その手続ということからいえば、結局当事者が勝手にやるわけではないので、家庭裁判所審判申し立てるわけでございますから、家庭裁判所はそういうことを許可していいかどうかということについては利害関係人の意見も聞くでありましょうし、利害関係人が積極的にその手続に参加して意見申し立てることもできるわけでございますから、今の手続においてそういう利害の調整ということは十分図られるのではないか。それも審議の過程で大体そういう結論になりまして、今の法案になっているというわけでございます。  その後の実質的なことなんでございますが、これもまた時間がなければ後ほど申し上げたいと思いますけれども、結局養親が死亡したときに養子の方から離縁の請求ができる。それも勝手にできるのは困るから裁判所許可、これは旧法のときには戸主の同意とか、そういうふうな身分関係が別な条件にかかっていたわけでございますが、結局それは、養子は跡継ぎのためにもらうのだから、跡継ぎは勝手に逃げては困る、こういうようなことを制度化していたわけでございます。それが戦後そのまま家庭裁判所許可という形で残っていたというふうに理解されているわけでございますけれども、養子の方と養親の方と、要するに親子関係でいいますとその実質的なことはやはり扶養の問題と相続の問題であろうかと思います。そういう総合的なことを考えますと、養子の方だけ離縁の請求権があって、養子が死んだ場合に養親の方からできないということは平等相互に反するのではないかという指摘がずっとございまして、それが今度改正案で平等になった、こういうふうに理解しておるわけでございます。
  64. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 時間がございませんから持ち越しますが、これは平等云々という前に、家というものをどう考えるかという基本論に連なっているのですよ。確かに戦前の家に対して戦後の家というのは変わってきているという要素もありますけれども、私がさっき指摘いたしましたように、日本の社会というのは血の問題と家の問題というものが根底にあるわけですよ、しかも、それは民法の、若干変わってきたにしても基本原則にあるわけです。でございますから、両方の平等とかなんとかいうのと、相互主義と家との関連をどう見るのか。だから、この民法がまさに日本の要するに社会構造に直接関係する基本規定なんですよ、簡単に言えば。私が繰り返し言いますように、倫理にも影響しますし、社会構造にも影響する。単なる簡易裁判所をちょっとふやすか減らすかというようなものとは全く異質の問題なんです。だから、本当に一回や二回の審議では、まさに終わるべき問題じゃないと私は思うのですがね。  これは午後の質問に持ち越します。今の相互主義があるいは家がという基本に連なっている問題だということでございますから、単に少数の法律学者が平等であるとか何か、要するに法社会学的な見地からどう見ているのかということ。僕は本当に今度の、いろいろな審議を見ていますけれども、実際のところ余り法律学者のあれを知らない、昔しかやっていませんから。いささかこの辺は大きな問題があるな。これは午後に質問しましょう。そういうことで、まだやりたいことはいろいろございますけれども、我が党は三十分しかないものですから、まことに残念ですけれども。
  65. 大塚雄司

    大塚委員長 安藤巖君。
  66. 安藤巖

    ○安藤委員 特別養子制度の創設の問題につきまして、まず最初に戸籍の記載の関係についてお尋ねをしたいと思うのです。  戸籍法の二十条の三の一項で「縁組の届出があったときは、」もちろんこれは家庭裁判所審判の結果ですが、「まず養子について新戸籍を編製する。」こういうふうにございます。いわゆる単身戸籍をつくることになるわけですが、この単身戸籍の氏はどちらになるのですか。
  67. 千種秀夫

    千種政府委員 特別養子審判によって成立するということになっておりますものですから、審判が確定しまして届け出をしてきますと、もうその子供審判によって養親の氏を称するということになります。そこで、子供のためにつくる新戸籍も養親の氏でこしらえるわけでございます。
  68. 安藤巖

    ○安藤委員 そのときに、実方の父母の方、ですから養子になる人がこれまで在籍しておった方の戸籍ですね、これは縁組事項ということになるのですか。それはどういうような記載になるのでしょうか。
  69. 千種秀夫

    千種政府委員 これは、文言は後にいたしまして、まず趣旨でございますが、特別養子審判が確定して、それで新戸籍をつくるから除籍する、こういう中身の文章を書くわけでございます。具体的に申しますと、これはこちらで考えております案でございますが、昭和何年何月何日だれだれの特別養子となる縁組の裁判確定、同月何日父母届け出というようなことになってまいります。
  70. 安藤巖

    ○安藤委員 そして、新戸籍の編製事由としても結局そういうことになりますか。
  71. 千種秀夫

    千種政府委員 中身につきましては、仰せのとおり同じことになります。やはり、何月何日特別養子となる縁組の裁判確定ということになります。
  72. 安藤巖

    ○安藤委員 そうしますと、これは後でも触れるつもりなんですが、例えば近親婚の禁止の関係で、実方の父母並びに血族との親族関係は終了する、こういうふうに法文上にうたってあるのですが、実方の父母の戸籍を見れば、この子が特別養子ということで、どこへ行ったかわかりませんけれども、養子に行ったんだということがはっきりわかる記載になるわけですね。となると、それは関係は切るといったって、今までの養子縁組の、だれだれの養子に行った、だれだれが抜けておりますけれども、この子は養子に行ったんだという記載が残っておるということになれば、終了した終了したと法文に書いてあっても、一人っ子の子が特別養子に行く場合もありますけれども、例えば何人か兄弟があって養っていけない、こういうようなことで特別養子縁組をするという場合もあると思うのです。そうなると、親御さんはわかっていると思うのですが、兄弟姉妹の人たちにとっては、この子は養子に行ったということで何らかのつながりがあるという意識は残るんじゃないのかなというふうに思うのですけれども、その辺の懸念はないのでしょうか。
  73. 千種秀夫

    千種政府委員 特別養子養子の方につきましては、この制度におきましては未就学児という幼少子供でございますから、養親との親子関係が固定して緊密なものになってまいりますればそういうことは余りないだろうとは思いますが、その実方の方の親族につきましてはそういうことがまだ記憶の中にあって、いろいろそういうことを問題にする人もないとは言い切れないかもしれません。それから、そういうことが仮にございまして、特別養子が成長して、自分がどこから出てきたかということを関心を持って知るようになることもあり得ることでございます。  それが、それじゃいけないかということになってくるわけなんですが、この特別養子制度というのは、そういうことを禁止して封殺しようということまで意図したものではございませんで、当面そこに監護を要する子供がいる場合に、それに家庭、親を授けてやりたいということからきているわけですから、そのきずなは非常に堅固で緊密であって安定性があるということになりますれば、それ以外に自分の血筋といいますか、どこから出てきたかということを知って、実の親との関係において孝養を尽くすというようなことや、交渉をする、出入りをするということをして悪いというわけにもいかないだろうと思います。  むしろ今までの議論の中で、小さい子供に早く親をやって、それが本当の親だ親だと言って、養子であるということをむしろ隠すというようなことが言われてきたわけですが、この特別養子制度の発展の過程で、よその国でも言われることでございますが、いや、そういううそを言って子供を育ててはいけない、おまえはこういう事情で、いい子だから私たちがもらってきて育てたんだということを早い時期から子供に言ってやって、養子であるということを早い時期から自覚せしめる方がいいのじゃないかということさえ言われているわけでございますから、そういう意味からいたしますと、御指摘のような問題があり得るということは十分考えられますが、あり得た場合にどう対処するか、それを考えていく方がよろしいのではないかと考えております。
  74. 安藤巖

    ○安藤委員 そこで私、疑問に思うのは、今おっしゃったように養子であるということを知らせた方がいい場合もあるんだ、そういう議論もあるというお話でございましたけれども、いろいろ戸籍上の記載については配慮をされておられるということもよくわかるのですが、その配慮をされておられる特別養子縁組をした養親との間の関係の戸籍の記載、あれは相当配慮をされておられると思うのですけれども、あれはやはり一見して養子であるということがわからないようにということだと思うのですね。  しかし、今お話を伺ってみますと、養子であることがわかった方がいい、隠さない方がいい、知らせた方がいいということもあるんだということになりますと、一体どっちにこれは重点があるのだろうか、この特別養子制度で戸籍上のいろいろ配慮をしてみえるけれども。いわば養親との関係は、長男あるいは長女とちゃんと書くわけですから、だから養子であるということを悪い言葉で言うといわば隠す、わからないようにする、知らしめないようにするというところに重点があるような気もするのですね。ところが、今お尋ねしました実方の父母との関係の戸籍の方は先ほどおっしゃったような記載で特別養子と、ちゃんと養子とくっついてうたってある、しかも裁判の確定によってこうなってくるでしょう。わかりますわね。そうすると、一体どちらに重点があるのか。知らしめる、早いところ知らしめるということだったら、特別養子縁組をした養親との関係の戸籍の方も何のためにそういう配慮をしておられるのか、よくわからぬようになってくるのです。その辺のところを一遍お伺いしたいと思うのです。
  75. 千種秀夫

    千種政府委員 確かに二つの問題が一見抵触するようにも思われるのでございますが、子供養子であることを知らしめるということは、親子関係の正常な発展のために親子関係だけ考えていくべきでございまして、それには子供の発育の状況とか親に対する感情とか家庭の環境とか、そういう中でしかるべき時期にしかるべき方法によって親から直接に教えてやるということが必要なわけでございます。それは全く家庭内の問題として考えていただきたいと思うのでございますが、本人が知らないし、またそういう時期でもないときに、よその者がそういうことを発見していろいろと、おまえは養子であるというようなことを言って心を傷つけるということはなるべく避けた方がいいし、また、そういうことが養子の発展のために非常によくないということが従来いろいろと指摘されてきたわけでございます。  それで、戸籍というのは身分関係を公示する、公証するという目的がございますから、今いろいろ閲覧については制限も加えてきてまいりますけれども、やはり家族以外の他人が見るということがあるわけでございまして、それは全く禁止し切れない問題でございますから、公示の制度としてはそういうことは知らしめないようにする。知らしめないというのは、一見してわからないようにするということでございまして、婚姻障害なんという問題がございますから、必要な場合にはそれがたどれるような最小限の検索はできるようにしておかなければいけない。そのために審判があったとかどこから入籍したとか、そういう最小限の記述を戸籍にするわけでございますが、養子がそれを見たときに、養親と書いてあったり養子と書いてあったりいたしますと、義の字が非常に気になる。そういうことで今までいろいろな問題があったわけでございます。公示制度としては一見わからないようにする、それから親子関係においては時期に応じてなるべく教えてやるようにする、こういう二つの違った面が出てきているわけでございます。
  76. 安藤巖

    ○安藤委員 おっしゃる趣旨もよくわかるのですけれども、六歳未満ということで特別養子が始まるわけです。小学校へ入るあるいは中学校へ行く、高校、大学、就職、結婚、あるいは中学から就職ということがある方もおられると思うのですけれども、法律の建前として、どの年になったら教えてもいいとかどうとかということまであれこれ関与するのはおかしいわけですから、そういう趣旨でお尋ねするのではないのですが、法務省当局の大体のお心構えですが、六歳未満、それは三つでも四つでも五つでもあるわけですが、それが小学校、中学校ぐらいまでは別にそんなこと関係なし、本当に自分の親だと思ってやっておられる。その間は別にわかってもわからぬでもいいのです、親と養子との間では。  ところが高校生ぐらいになってきますと、進学のときに、あるいはアルバイトをやるかどうか知りませんが、大学になればアルバイトもやると思うし、戸籍謄本、あるいは自分の戸籍に何らかの形で触れる機会があると思うのですね。そうなると、これは相当専門知識のある人か戸籍に詳しい人以外はちょっとわからぬような書き方になっているんだというふうにおっしゃるけれども、縁組事項のところに何か余分なことが書いてある、これは何だいなということになるんじゃないかと思うのですよ。わからぬで本当の親子関係、自分はこのうちで本当の子供だ、信頼されている、だから親を大事にしなければいかぬ、親も大切にしてくれる、だから親の方から見れば子に対する愛情の問題ということも配慮されての記載事項だろうと思うのです。本当に長男、長女と書いてあるわけですからね。だから、そういう面もあることはわかるのですが、大体どのくらいになったら知らせた方がいいんだというふうに考えておられるのでしょうか。親と子の間の関係ですよ、よそからじゃなくて。
  77. 千種秀夫

    千種政府委員 実は、どういう段階で教えるのがいいのかというのは法律問題でないものでございますから、いろいろな意見がございまして、これはやはり実施していくそれぞれの家庭において考えていかなければならない問題だろうと思います。  と申しますのは、私は人の著書によって知ったのでございますが、例えばアメリカではそういうことを、言うという意味でテリングと言っているのだそうですが、テリングの制度定着するのに四十年かかったということが書いてございました。ですから、私どもがこれから特別養子をつくりましてそういうことを皆が心がけましても、それが定着していくのにはやはり一世代、三十年や四十年くらいの気持ちで考えていかないとうまくいかないのではないか。そういう過程においては、当面そういうことを告げなければならぬといって一生懸命告げて失敗するということも起こりましょうし、告げればよかったのに黙っていたからかえって不幸になったというような失敗も起こるかもしれませんけれども、それはやはり関係者の努力によって具体的に考えていくしかないのではないかと思っております。
  78. 安藤巖

    ○安藤委員 そこで、本人が知る機会がある、その前に知らせるべきではなかったのか、例えば高校の段階になると。そこでまた失敗を繰り返してもいかぬ。これはなかなか難しい問題だということは私もわかるのですが、あるいは高校、大学へ行っても本人は別にそういうことは気にしないで順当に育っていった。しかし外部から知らされるという対外的な関係が出てくるわけです、子供にとっても。外部の人からあれこれ知らされることもあり得る。だからその前に教えた方がいいのじゃないのかなというふうにも思うのです。  そこで私、思うのですが、やはりこういうふうに戸籍の記載上で特別配慮をなさっておられるということからすれば、できるだけ養子であるということは本人にも長期間、わかっても動揺しない、精神的な安定を失わない、言うとなればもちろん別ですけれども、それまでの間はできるだけ知らせない。外部からもそういうことを知らせることがないようにというのを私は重点としてこういう戸籍上の記載の配慮がなされているのじゃなかろうかなという気がするのですが、そういうふうに理解してよろしいでしょうか。
  79. 千種秀夫

    千種政府委員 まことに先生のおっしゃるとおりであると思います。
  80. 安藤巖

    ○安藤委員 そこで、私もいろいろ考えさせていただきました。先ほど来、実方の父母の戸籍の単身戸籍を編製するときの書き方、新戸籍の書き方、特別養子縁組をしたときの養親との親子関係を示す戸籍の書き方をお尋ねしたのですけれども、これは専門家であればわかるとか詳しく知っている人ならわかるとかというんじゃなくて、先ほど来申し上げておるように、高校生ぐらいになったら、おかしなもの書いてある、何だ、となると思うのです。もう一工夫あったってよかったのじゃないかなと思っておるのです。  これは、私の考えの発端は、特別養子縁組をしたその養親との間の親子関係を示す戸籍の書き方から始まったのですけれども、これは昭和六十二年二月十七日の民事行政審議会決定で「特別養子の戸籍の取扱いの概要」というのが参考資料の中にあるのですが、これによりますと、「特別養子の本旨を考慮し、例えば、民法○○○条」これは八百十七条の二ということになるのでしょうかね、「による裁判確定」ということを記載されるわけです。これがおかしなことだと思われると思うのですが、こういう記載でなくてもっとわからぬ何かの印、二重丸でも三角でもコメ印でもいいですわ、何かの印をちょっと入れる、これでどうかなと思うのです。だから、実方の方もそういうふうな工夫、新戸籍編製のそれも、それから養親養子との親族関係を示す記入も、何かそういうふうに考えることはできないでしょうか。
  81. 千種秀夫

    千種政府委員 戸籍をどういうふうにつくるかということ、これが実は特別養子をつくる場合の一番の難関でございまして、その際いろいろな議論が出まして、ただいま先生のおっしゃったような符号にはって何か知らしめることができないかという意見もございました。  結局のところなんですが、この審判によってということは、これは原因でございますから書いても書かなくてもいいのですが、どこから転入してきたか、まず実方の親の戸籍から除籍をして、自分一人の新戸籍を編製しまして、この新戸籍からさらに養親の戸籍に入籍をするわけでございますね。それで、どこから入籍したかということが身分事項欄に書かれておりますので、例えばいざ結婚障害の調査が必要であるというようなときには、それをたどってもとの戸籍を探し、そのもとの戸籍というのは審判によってできた一人の戸籍ですね、その一人の戸籍があるところには同じところに実親の戸籍があるわけでございますから、それは同じ土地にできているわけですから、同じ役場で探せばわかる。それで、どこから審判で新戸籍が出てきたか、やはりそのつながりがございませんと検索の用をなさない。例えば、符号を仮につけても、それは特別養子であることはわかりますけれども、どこから出てきたかという血筋の関係がわかりませんと婚姻障害を調査する意味がございませんものですから、どうしても検索をするために、どこから入籍した、そのために除籍したという記載が必要である、そういうことからこういう文言で書いてはどうかというふうに落ちついてきたわけなのでございます。ですから、何かいい工夫がございましたら、ひとつお聞かせいただければ参考にしたいとは思っております。
  82. 安藤巖

    ○安藤委員 なるほどとは思うのですが、やはりこの記載はうまくない。これで完璧だと思っておみえにならないというのは今の御答弁でもよくわかるのですが、せっかくここまで配慮されるのであれば、もう少し何とかならなかったかなと思う、たどるということが。私も一遍よく考えてみますけれども、ポイントはそこだと思うのですよ。だから、これで一切が画餅に帰してしまって、ややこしいことが起こりかねぬとも限らぬということを心配するものですから、ここが何とかならなかったのかなというふうに思っているところです。私も考えますので、いろいろお考えをいただきたいというふうに思います。  それから、今ちょいちょい私の方も申し上げ、御答弁の中からもいろいろお話がありましたけれども、近親婚、直系姻族との婚姻の禁止の関係で、これは七百三十四条の二項ですか、それから七百三十五条に八百十七条の九というのを挿入されたということで手当てをされていることはわかるのですが、先ほど、ずっとたぐっていくために必要だということで言っておられるのですが、もちろん先ほどお尋ねしましたような記載の残っている実方の親子関係を公証する戸籍というのはちゃんと残っておるわけです。それから、新たに編製をした新戸籍、単身戸籍ですね、これは除籍になるわけですね。やはりそれは除籍になってもちゃんと保存はされておるということになりますか。
  83. 千種秀夫

    千種政府委員 さようでございます。
  84. 安藤巖

    ○安藤委員 それでほとんど達せられるのじゃないかなというふうに思うのですが、特別養子を成立させた家事審判、この謄本なんかも一緒に保存されておるのですか。
  85. 千種秀夫

    千種政府委員 まず、審判の原本は家庭裁判所の方に保存されるわけでございますが、その謄本をつけて申請をいたします申請書というのはみんな法務局へ送られまして、法務局が一定期間保存しておりますので、その申請書に添付された審判謄本というものも申請書と一緒に残されるわけでございます。
  86. 安藤巖

    ○安藤委員 ですから、書類の関係からすると、実父母との関係のものとそれから新戸籍、それから申請したときにつけた今の審判の謄本があるわけですが、これらは一度に見られるというふうに整理はされておらぬわけですね。それぞれの町名によって整理されておるわけですね。そうすると、新戸籍のものは養親の名前になるのですが、住所も養親のところですと、これは養親の方のところへ行っておるわけですか。
  87. 千種秀夫

    千種政府委員 新しい戸籍をつくる場合には、実親の戸籍のあるそこの役場で新戸籍をつくります。したがって、実親の戸籍のあるところに常に新戸籍があることになっております。
  88. 安藤巖

    ○安藤委員 そうしますと、見るのにはそう困難ではないというふうに思うのですが、これはどういうようなことで、例えば特別養子に行った人がだれかと結婚をしたい、婚姻の話が進んでいるというときに、いよいよ婚姻の届け出がなされるときはもう遅いと思うのですが、どこの段階でこれはチェックできるのだろうか、だれが見に来るだろうかという、この問題はどういうふうに考えておみえになるのですか。
  89. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 最終的には今委員指摘の戸籍官吏がチェックするわけでございますが、途中の段階で除籍をたどれるのは本人が原則でございますので、先ほど局長から申し上げましたように、本人が養子であるということを知って、そしてその出自をたどるということをやる。ですから、少なくとも婚姻前にはそういうことは知っていてもらわなければいけないということでございます。  ちなみに先ほどの答弁を補足いたしますと、外国ではテリングについていろいろと議論があるわけでございますけれども、大体十二歳前後で言った方がよろしいという話があるようでございます。でございますから、先生の御指摘の高校生になる前には少なくとも言った方がいい。そしてまた、特別養子であるということは親族等についてはなかなか隠せるものではないわけでございます、つまり実子でないということは。そうすると、不用意に親族等から漏れるということもあるわけでございますから、やはり隠しおおすということを考えない方がよろしいというのは近ごろの通説のようでございまして、そういう方向で運用がされるということを期待しております。
  90. 安藤巖

    ○安藤委員 ちょうど切れ目ですし、時間も時間ですので、一応これで終わります。
  91. 大塚雄司

    大塚委員長 この際、暫時休憩いたします。     午前十一時五十八分休憩      ————◇—————     午後一時二十分開議
  92. 大塚雄司

    大塚委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  質疑を続行いたします。稲葉誠一君。
  93. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 民法等の一部を改正する法律案について質問をいたします。  これは、一九六七年四月二十四日にシュトラスブルクで会議があったわけです。シュトラスブルクは、今はフランスになっていますか、もとはドイツでしたね。そこでの会議の具体的な内容といいますか、これはどういうふうな会議でございましたか。
  94. 千種秀夫

    千種政府委員 御指摘会議は、いわゆるヨーロッパ会議児童養子縁組に関するヨーロッパ協定という条約を採択した会議の御趣旨かと存じます。
  95. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そこでどういうことが議題になって決まったのかということと、本法案とはもちろん直接の関係はないにしても、それとの思想的な流れといいますか、具体的ないろいろな関係といいますか、そういうのはどういうふうに理解したらよろしいのでしょうか。
  96. 千種秀夫

    千種政府委員 先ほど申し上げましたように、この会議におきまして、結論といたしましては児童養子縁組に関するヨーロッパ協定というものが採択されたわけでございます。  この条約ができるまでの経過を顧みますと、ヨーロッパにおいては国が隣接しております上に、第一次大戦以後、また第二次大戦もございまして、国土が戦場と化し、戦災孤児などもかなりふえてきた、養子に対する社会の需要がふえてきたという背景があってのことでございますが、国際的な養子縁組というものがだんだんふえてくる。ところが、各国の養子制度がそれぞれ違っておるということから、この制度の差異による困難を何とか解消して養子利益保護増進することが必要である、こういう背景がございまして、そこで統一的な養子制度についての条約というものができたようでございます。  この条約の内容を歴史的に見てまいりますと、古くは、ということは前世紀にさかのぼるわけでございますけれども、近代国家ができる前の養子というのは、日本においてもやはりそうでございましたが、全然認められないか、あるいは家を継ぐとか家名を継ぐとかといった養子が認められておりました。ところが、先ほど申し上げましたように、最近の養子というのは、子の福祉を中心とした新しい養子制度というものができてきたわけでございます。そういう傾向が、やはり戦後日本民法改正する上におきましても非常に大きな参考にされてきたということは言えると思います。日本の家族制度というのは、旧民法においては特異な存在でございまして、戦後新憲法になりましてから家の制度は廃止されて今の民法ができたわけでございますけれども、養子制度につきましてもそのときにいろいろな議論がございましたが、日本の国情を考えまして、一応は戦前の養子制度の大部分が新しい殻の中で残されてきたということが言えると思います。  それで、日本が独立しましてから、三十年代でございますけれども、ヨーロッパ養子制度が、この協定の中にも盛られておりますように子の福祉ということを中心に、今で言います特別養子というものを中心に発展してきたことを受けまして、やはり日本でも養子制度をそういうふうに改善すべきではないかということが主として学説を中心に議論されてきたわけでございます。しかし、三十年代というのはまだ我が国の実情がそれを受け入れるほどに成熟していなかったようでございまして、議論はいろいろございましたけれども、その案が成立するに至らなかった。その後二十年ぐらい間がございますが、ここ十年ぐらいの間にこの問題が再び浮上してまいりまして、具体的には先生も御存じのように例の菊田医師事件というのがあって、実子あっせんをするという社会問題から、この養子制度をまた改めて制度として見直していかなければいけないのではないか、そういう議論が出てきまして、具体的にその後を受けまして、昭和五十九年ごろからその案がだんだんと煮詰まって今日に至った。そういう意味では、背景にそういう協定の考え方も影響しているものと考えております。
  97. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、欧州全体として統一された一種の養子協定というのですか、そういうものができたけれども、各国の独立性のようなものがあるわけで、これは身分法ですから当然なことですけれども、各国によってどこがどういうふうに違うわけですか。細かい点はいいですが、主な点としてはどういう点になりますか。
  98. 千種秀夫

    千種政府委員 お答えとしてちょっと十分でないかと存じますので、また改めて申し上げたいとは思いますけれども、条約でございますので、国内法との抵触の関係から必ずしもすべての国がこれを批准しているわけではないのでございまして、例えばフランスとかドイツは実際民法規定しております内容が実質的にかなり協定に近寄ったものでございまして、細かいところでこれが批准されておりませんけれども、内容的には協定に近いものであると言えます。  それから、最近の例でございますけれども、一九八三年にイタリアが養子に関する特別法をつくったということで養子制度を改定いたしましたけれども、その中身はこの協定にかなり一致したものだと聞いております。
  99. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 私の疑問は、ヨーロッパの場合はまず年齢日本の場合と違うのが相当ありますね、そこら辺のところが一つの問題。その値ももちろんありますけれども、例えばイタリアは十八歳であるとかなんとか出てまいりますね。そこら辺のところが、なぜ日本の場合は六歳未満になったのかというところやなんかが知りたいわけです。  それはまた後で質問させていただくとして、もう一つ、この法案は私、賛成なんですよ。前から、通常国会のころから、この法案は早く通さなければいけないと主張してきたつもりなんです。そこで疑問といいますか、それは、今お話がありました菊田医師の件があったときに、私は衆議院に来ておったのですが、参議院でそれが取り上げられてきて、いろいろな議論がございました。ここでも議論したわけですね。そのとき、たしかどなたか参考人も呼んだような気がするのです、菊田医師が来たのかどうか、ちょっと記憶がはっきりいたしませんけれども。  そこで、その当時法務省当局は、あのころかその直後に国会で問題になりましたよ、そのときに極めて否定的な見解だったわけですよ。否定的な見解の一つは、幾つかありまして今お聞きしますけれども、まずどういう見解を否定的な見解として羅列されたのかということです。覚えていますのは、世論が熟していないとか近親結婚の危険性があるとかなんとか、いろいろありましたよね。何と何と何を否定的な見解として、幾つか、四つか、五つか知りませんが、挙げられたと思うのですけれども、それはまずどういうふうなことでありましたでしょうか。
  100. 千種秀夫

    千種政府委員 数え方によって幾つもございますが、今の時点で数個挙げられると思いますが、いずれも考えてみますと、基本は血縁関係を重視するという立場からの疑問あるいは批判ということが一つあったと思います。  それから戸籍という制度日本の場合は制度として血縁関係を重視した制度をつくっているわけでございますが、その戸籍の運用の上でいろいろと支障がないか、戸籍は身分関係を公証するということで非常に信用度が高いものでございますから、これをごまかすというようなことがあっては戸籍制度の本質にかかわるということが、制度的な面から言えます第二点の問題であったかと思います。  それから第三には、ヨーロッパのそういう思想、流れというものが日本の社会的背景と必ずしも一致しないのではないか。これは一つの需要論ということにもなるかと思います。日本でそういう制度をつくった場合に、どこまでそういう必要性があるのかということもあったかと思います。  大きく分けますと大体その三つぐらいでございまして、例えば菊田医師の事件のときには、未婚の母というようなことが問題になった時期もございまして、社会問題として、子供を捨ててしまうとか子供を大事にしないとか、そういう風潮を助長するのではないかといった批判もございましたけれども、そういうものはどちらかといいますと、この制度から見ますと副次的な社会的な批評であったかなと思いまして、そういうものを入れますとまだ二、三ございますが、基本は身分関係の基本の考え方、それとやはり戸籍ということであったかと思います。
  101. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 本当は、議事録に即して御説明願えればいいかとも思うのです。私の方もそこまで今言いませんけれども。  そうすると、国会で議論になりましたのはいつごろのことでしたか、それがその後の変化の中でどういうふうに変わってきたのかということですね。今度の法案でそれが払拭されたのかどうか、こういうことは大きな問題だ、こう私は思うわけです。     〔委員長退席、井出委員長代理着席〕
  102. 千種秀夫

    千種政府委員 ここにその当時以来今日までの関係の議事録を全部持ってまいったことはまいったのでございますが、ちょっと大部になりますので概略申し上げますと、最初に、先ほど先生が申されましたとおりに、参議院でこの問題が取り上げられたように記憶しております。それが四十八年四月二十四日でございます。次いで先生がこちらの委員会でお取り上げになりましたことがございまして、それが同じ月の二十五日、翌日になっております。  その菊田医師事件というものが、国の制度を無視して、心情はともかくとして実質だけで先走ってしまったということから、例えば戸籍に不実を記載するとか医師法の義務に違反するとか、そういった菊田医師に対する、あるいはその行動に対する批判というものがかなり出てきたようでございまして、数年の間といいますか、四十八年でございますから五十五年ぐらいまでの間は、どちらかというとそういう批判が多くあったように思います。しかし、それがある程度鎮静しましたときに、やはりそういう実態というものは、言いかえますと、菊田医師の心情に当たるものですね、そういうものは制度の上でもう少し考えていかなければいけないのではないかということが学者の中でも議論が出てまいりまして、ここに先生がお持ちでございますが、その中川教授の本などにもその経過が出ておりますけれども、そういうことから三十年代、これは三十四年に法制審議会の方の「仮決定及び留保事項(その二)」の中に、特別養子のことが書いてございますけれども、三十四年当時から問題になっておりましたその制度をもう一度現実の社会に照らし出して考え直す必要はないかという議論が起こってまいりました。  したがって、この問題が積極的に前向きに動き出しましたのは昭和五十年代の後半になるかと私は考えております。具体的には、法制審議会がこれを取り上げるということになりましたのが昭和五十七年であったと思います。それから、法制審議会の民法部会の身分法小委員会でこの問題についての意見を取りまとめまして、世間にその意見を聞く、またその回答を検討するということで、それからことしの初めまででございますから四年ないし五年、その間だんだんとそれが煮詰まってきた。その煮詰まる過程におきまして、前にいろいろと批判がありました、批判といいますか疑念といいますか、そういうものをいろいろ知恵を絞って整理してきている。今回、法案を出すに至りましたその案、要綱につきましてはほぼ大部分の方の賛同を得られる、いろいろ批判はございますけれども、最大公約数でここまでならまず大丈夫だろう、こういう形で法案ができたように理解しております。
  103. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 私はこの法案についてずっと賛成でして、もっと早く当然できていいんだと思っているくらいですよ。けさの国対でも私報告したのですけれども、これは法務省としては非常に進歩的な法案なんだ、全会一致ならばきょう通してもということでオーケーを得ておったのです。  そこで、私が疑問に思いますのは、今言った、具体的に当時反対しておった、それは世論がそこまで熟していなかったということもあるのでしょうけれども、そのほかに戸籍の純正といいますか純一度といいますか、そういうものが疑われるものがあるとか、いろいろな問題がありましたね。それが本法案で知恵を尽くしてそういう疑念が払拭されるようになったというのでしょう。そこは具体的に言うと、どういう点でそういうふうな疑念がなくなったのか、どういう努力を払われた結果こういうふうになったのか、こういう点を分けて御説明をお願いしたいと思うわけです。
  104. 千種秀夫

    千種政府委員 とりあえず中心的なことから申し上げますけれども、第一の、血縁を重視する日本の社会でそういうことを認めていいのかというような、これは批判なり疑念といいますか、そういうものに対する関係でございますが、これは法制審議会が議論を再開いたしました過程で、いろいろなただいま御指摘ヨーロッパ養子制度の発展の状況であるとか、そういうものを研究しておられる専門家、あるいは養子の実際の面にタッチしておられる方々と申しましょうか、例えば里親制度のそういう事業をしておられる方々、それから戸籍の申請をしてくる窓口の戸籍吏の方々、こういうところの人々の意見をたんたんと調査、集約してまいりますと、実は今までそういうことに対する疑念があったけれども、実態としてはかなり需要があるのではないかということに気づきまして、それをさらに学者の先生方がいろいろ調べて整理をして、そういうことからおのずから意識が変わってきたといいますか、理解を深めてきたということが言えると思います。その間にはいろいろな論文が出されたり、法制審議会でも議論をいたしましたが、外国制度についても詳細な報告が雑誌などにも公表されております。それが一つでございます。  それから、手続的な面での戸籍の問題でございますが、菊田医師事件のときには、御承知のように、他人の子を実子として届けてしまうわけでございますから、これは今の戸籍制度、少なくとも国の制度としてこれを容認するわけにはいかないという意味での批判がかなり強かったわけでございます。しかし、これはちゃんと戸籍に特別の養子制度をつくって載せるのであれば、それはそれで需要を満たすことであるからいいのではないか、むしろ戸籍にどう書いたらいいかということを考えるべきではないかというようなふうに話が変わってまいったわけでございます。  今までの日本制度なり慣習というものをさかのぼって調べてまいりますと、実は日本の戸籍制度というのは血縁を重んじて非常に建前がきちんとした制度でございますので、いわゆる不倫の子でありますとか、菊田医師事件の対象になったような要保護児童を戸籍の上にきちんと書いてということが非常に難しいような建前になっております。そういうことから、実はそういう子を他人の実子として届けてしまうというような慣例が古くから日本にあったようでございます。戸籍制度が充実する以前の慣行を見ましても、そういうことが社会の中にあったということがわかりまして、そのことから、実際の必要はヨーロッパや何かと少しも変わっていない、そういう不幸な子供のために新しい制度をつくるべきである、つくる場合に、今まで戸籍の窓口で養子の義の字、養父の義の字が書いてあるのを関係者が非常に嫌うので、養子の戸籍を一見してそれがわからないようにするということによってかなりその弊害は直せるのではないかというような積極論になりまして、戸籍の記載の仕方、公開の仕方というものがいろいろ検討され、それもだんだんとまとまってきた、こういうことでございます。  そのほかの副次的な問題は、これは社会倫理の問題でございます。法律からかなり離れた深い問題になってまいりますので、それはそれなりの意見がそれぞれ出てきたのでございますが、法律制度としてはその二つが大体クリアできれば、ヨーロッパの先進国でもいろいろとやっておることであるから少し倣ってはどうか、こういう傾向になってきたと思います。
  105. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 前に法務省の民事局の二課長をやっておった阿川という方がおられますね。この方が「親族法改正の問題点について」というのを「戸籍」の百三十七号に書いておられるわけです。この人はずっと積極論をやっておられたわけですね。これはいつごろのことですか。ちょっと私も孫引きですから……。
  106. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 これは、先ほど局長がお答えいたしました身分法に関する「仮決定及び留保事項」を発表した直後でございまして、三十四年に仮決定をしておりますので、大体その前後でございます。
  107. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、三十四年ごろからきょうまさしくお話がありましたこういうお話が出て、五十年の後半、五十七年ごろに非常に積極的に民意というようなものが醸成されてきた、こういう話ですね。この人、二課長といえば戸籍の課長ですね。どういう方か私は存じ上げておりませんけれども、三十四、五年ごろから、当時学者や実務家の中でも反対が強かったときに、相当積極的に認めるべきなんだという意見があって、具体的なやり方まで提案をされておられたんじゃないのですか。それがどうして法務省の中では現実の話題にならなくて、今日まで実現がおくれたということなんですか。今この方はどこにいらっしゃるのですか。
  108. 千種秀夫

    千種政府委員 阿川さんは当時戸籍の専門の二課長でございまして、その後大阪とか東京の法務局長をやられて、退官されて公証人になり、最近はそれも退官されて、合弁護士をしておられる方でありまして、戸籍には非常に造詣が深く、著書もある方でございます。  その「仮決定及び留保事項」の第二というものが出たころには、法務省の中で平賀幹事案というものもございましたし、それぞれの担当の方がかなり積極的にそういう案を提示しておりまして、昭和三十七年から九年ごろ、その議論を法制審議会でもやっておるわけでございます。ところが、まだ時期が熟さない。というのは、昭和三十年代でございますから独立してから十年以内のことでございますし、終戦後民法定着したとしましても日本の生活状態がそれほど安定した時期でもございませんから、議論百出というようなことでまとまらなかった、それでしばらくは寝かせて別な仕事をしておったというのが実情でございます。
  109. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、阿川さんが言われた案といいますか、それは戸籍のどこにどういうふうな書き方をするということなんですか。家事審判法の何条でしたか、それに基づいてどうかということを戸籍に書くということなんですか。その実と、現在のこの法案に出ている案と違うのですか、同じなんですか。
  110. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 必ずしも具体的ではないわけですが、阿川さんが当時考えておられたのは二重帳簿に近いようなやり方でございまして、本当の帳簿は別に置いておく、しかし表面的には養子であることが余りはっきりしないような戸籍にしておく、こういう仕組みを考えておられたようであります。  しかし、今度の案は、先生御案内のように全くそれとは違っておりまして、一見してわからないようにはするけれども、裏の帳簿をたどらなくても、その表面の帳簿だけで一応もとの戸籍までたどりつくようにはするというような形になっているわけでございます。
  111. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 今の答弁で気がつきますのは、帳簿という言葉が出てくるのですね。法律的にはそれでいいのかもわかりませんけれども、聞いている素人の人は、ちょっとという感じを受けると思いますよ。あなたは商法の改正を一生懸命やっているからそうなってくるのかもわからぬですが、それが一つ。  それから、余り聞くとまずいと思うので僕も聞かないのですよ。一般の人が閲覧できる戸籍の原簿を見てこれが特別養子だということがわかるということであってはこの法の目的を達していないわけですから、その辺のところを余り細かく聞くのほかえって逆効果だから私も聞かないことにしますけれども。  帳簿というのは、法律的には帳簿になるのですか、どういうふうになるのですか。
  112. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 戸籍は戸籍簿と言うわけでございますが、ほかに受附帳とかいろいろな書類がございまして、それを帳と言っておりますので、帳簿というふうに申し上げたわけでございます。
  113. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そこで、養子要件ですが、日本で六歳未満としたということは、恐らく小学校へ上がる年齢だということのようです。ここら辺のところは、未成年は全部だという行き方をとっているところも相当あるようですね。特にヨーロッパの場合なんか、そういうのが相当あります。日本の場合も、六つというのはずっと議論があったところだと思うのです。ほかの方からも御質問があったと思いますが、これはどうなんですか。ほかの国が小学校へ上がるのが六歳なのかどうかよくわかりませんけれども、小学校へ上がる年齢で切っているところはほかでも相当あるわけですか。
  114. 千種秀夫

    千種政府委員 現在の外国制度を見ますとそういうところはちょっと見かけないようでございまして、概して未成年というふうに、もうちょっと十何歳というふうに上がってきておるようでございます。ただ、その立法経過を見ますと、年少の四歳で切ったとか、そういうこともあるようでございまして、最近イタリアの改正でも十八歳まで上げたがその前は八歳とか、それなりの制限があったようでございます。  私ども考えますのに、この制度というものを、日本の場合は普通の養子制度、従来ある養子制度を制限しないでそれと並行して認めるわけでございますから、これについてはかなり慎重に、また厳格に第一歩を踏み出したいということからこういう制限を少しきつく設けたわけでございまして、中間試案の中には十二歳という案も掲げられておりまして、一般未成年はすべてという意見審議の過程ではあったように聞いております。
  115. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 これは身分法ですから、各国によって皆違うのであって、ヨーロッパの場合は一つの統一体といいますか、ちょっと日本と違うので、各国の特殊性というのがありますから、それはそれであれだと思います。     〔井出委員長代理退席、委員長着席〕  ここにこういう疑問を呈している人がいるわけですが、これはそこまで法務省に質問内容を通知してないのですが、「新しい家族」という本の第十一号に家庭養護促進協会大阪事務所長の岩崎美枝子という人が巻頭言を書いているのです。それを見ると、養子になる場合で、こういうふうに法務省に問い合わせたというのですね。  「棄児で、すでに現行法によって養子縁組している八歳未満の子どもについては、養親特別養子を希望し申し立てた場合には、そのまま承認されてしかるべきだと、私は思うのだが、どうだろうか?」と法務省に問い合わせた。法務省からの返事は、「おそらく良識ある裁判官であれば、確かにそう判断されるのではないかと思うが……」という返事であった。念のため、大阪家庭裁判所の知り合いの調査官に意見を聞いてみると、「わかりません。法律も施行されていない段階で、どうするとかどうなるとか、一切考えておりません」という。  家裁の調査官としてはそれはそうでしょうけれども、そうすると、現在既に普通養子になってしまっている人はどうなんですか。八歳と書いてあるのはどういう意味か、ちょっとよくわからないのですが。
  116. 千種秀夫

    千種政府委員 一般に今養子になっておるから特別養子ができないというわけではないのですけれども、年齢の問題で、今八歳とおっしゃいましたが、今度の案は六歳でございまして、既に預かっている者で実際に養親養子との生活がずっと継続している者については八歳まで認められるわけでございますが、八歳を過ぎますと、これはいかなる理由でもちょっと要件を欠くことになってしまうわけでございます。
  117. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 八歳というのは条文のどこへ出てきて、どういう趣旨からそういうふうになっているわけですか。
  118. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 八百十七条の五でございまして、六歳に達していると特別養子になることができないというのが本文でございまして、ただし書きで「八歳未満であって六歳に達する前から引き続き養親となる者に監護されている場合は、この限りでない。」ということでございますから、六歳を超えていても養子になれるということでございます。  それから先ほどの問題を若干補足して申し上げますと、八百十七条の七という条文がございまして、「特別養子縁組は、父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合においてこというふうに要件がかぶさっているわけであります。先生の御指摘のようなケースでございますと、養親に既に養われているわけでございまして、その場合には棄児ですから養父母になるわけですが、その監護が著しく困難、不適当であるという要件には当たらないのではないかという考え方があるわけでございます。しかし、捨て子ということになりますと、戸籍上も非常に変な記載になっておりますし、「その他特別の事情がある場合」ということで包括的に裁判所が「子の利益のため特に必要があると認める」場合には特別養子縁組を成立させることができるというふうに規定を置いておるわけでございますから、裁判所の判断でそれが子供福祉のために有効である、役に立つということであるならば、そういう場合にも特別養子縁組を成立させることができるという解釈になろうかと思います。
  119. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 私のお聞きしたいのは、八百十七条の五のただし書き以下、どうしてこういう条文が設けられたのだろうかということが第一点です。  第二点は、「八歳未満」の八歳というのはどこから出てきたのだろうかということをお聞きしているわけです。
  120. 千種秀夫

    千種政府委員 八百十七条の五のただし書きの趣旨でございますが、これは新しい養親子関係といいますか、この特別養子の養親子関係が将来に向かって安定して、緊密で、強固なものでなければならない、これが特別養子制度の理想でございますし、重要な要件であるわけでございます。それではそれを裁判所が判断するときにどうするかといいますと、結局は試験的に実際養わせてみて、六カ月ぐらい様子を見てそれで判断するという手続になっておるわけでございます。しかし、前から預かって養育してうまくやっているというのであれば、それは申し立てのときからわざわざ六カ月とらなくても前のことを計算してもいいだろうということで、六歳過ぎてもさかのぼって二年やっておったものは大丈夫じゃないか、改めてそれから試験期間を設けて見なくてもいいだろう、それだけ既に親子関係が実態として進行しているときにはもうちょっと緩めてもいいのではないか、こういう趣旨でございます。
  121. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 もうちょっと緩めてもいいかということはわかるのですが、どうして八歳ということになってきたのでしょうか、こう聞いているわけです。
  122. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 この八歳という年齢については、確固たる根拠があるわけではございませんが、この案を形成します途中で試案を公表いたしましたが、そのときには六歳と十二歳という二つの案を示して各界の意見を聞いたわけでございます。そして六歳の場合には相当の猶予期間を設けることはどうかということで、これは注の形でございますが、そういう考え方があるけれどもそれについてはどう考えるかという形で各界の意見を伺ったわけでございます。それに対しまして、六歳でいいという意見が多かったわけでありますが、その一方で猶予期間を設けるべきだという意見も多かったわけであります。そしてその際に、養子里親考える会とか、そういう福祉関係の方々から大体二年ぐらいはせめて猶予期間を設けてほしいという御意見がございまして、それを受け入れたという経過がございました。
  123. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、現在既に養子になっていて第八百十七条の五の適用が今後あると考えられるというのは、大体わかるのですか、どの程度の人数だということは。ちょっとわかりませんか。これは無理ですか。
  124. 千種秀夫

    千種政府委員 ちょっと現在統計の上で把握しておりません。
  125. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると問題は、一つ特別養子が実親がだれであるかを知る権利ですね、アイデンティティーを知る権利というのですか。それから今度は逆に、子本人に養子であることを告げること、テリングですか、それが望ましいということで、そうすると、特別養子が実親がだれであるかを知る権利というのは一体あるものなんですか。あるとすれば、この条文の中のどこに生かされているのですか。また、条文とは関係ないのですか。
  126. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 そういう権利はあると申しますか、それは否定できないと考えております。その考え方は、戸籍の考え方で、先ほど来局長も申し上げておりますように、完全に実子であるというような形にはしないで、実際の血縁上の父母からの道がたどれるようになっているということによってそれは明らかになると考えております。
  127. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 だから、それは戸籍法以前の、何といいますか、先天的な権利ということなんでしょうか。それは条文の中ではどこかに生かされているのですか。それは条文とは全く関係ないことなんでしょうか。
  128. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 条文の上では、当然にはそういうことについては規定しておりません。それは法律上の問題ではなくてむしろもっと自然的な問題であって、そういう考え方を踏まえて法律を構成しろということであって、それを直接に法律に書くようなことではないのではないかというふうに考えております。
  129. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 私もそういうふうに思います。  そこで今度は、逆というとあれですけれども、本人に養子であることを告げること、テリングというのは、これはどうなんですか。これも法律の問題ではないですね。法律以前の問題であるかと思うのです。殊に福祉に関連するような問題ですね。
  130. 千種秀夫

    千種政府委員 仰せのとおり、法律の問題以前の問題かと存じます。ただ、養子はいかに制度をこしらえましても大人になっていく過程ではそういうこともわかる場合が往々にしてございまして、それは家族内の問題として親子関係のきずなを強くして安定した親子関係をつくるという上においても、真実を隠ぺいしてうそをつくということはよくない。ですから、わかるならその必要な時期、方法によって親が子供に言うべきではないかということが、特にそういう特別養子先進国とでも申しますか、アメリカなどで強く言われてきたところでございます。
  131. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 それは社会問題といいますか、あるいは家庭的な問題といいますか、法律以前の問題だというふうに私も思うのです。  そこで、養子縁組ということについて家庭裁判所がどうしてかかわることになっているのですか、そこまで国家が関与するというのは介入し過ぎではないかという考え方もあるいはあるのではないかと思うのですが、国家宣言型という形宣言っているのですか。となれば、どういうことを国家宣言型というのは言うのでしょうか。
  132. 千種秀夫

    千種政府委員 日本の現在ございます養子制度のように、例えば成人を養子にするということになってまいりますと、これは目的はいかんといたしましても当事者の合意によって成立させればいいというような話にもなってまいりますけれども、監護を必要とする幼児について実の親との親子関係を切ってまで養親子関係を成立させるということになりますと、これは単に個人の問題ではなくて、社会、国家制度としての養子縁組ということにならざるを得ないと思われます。  そこで、それを責任を持って子の福祉というものを考え養子縁組を成立させるということについては、それなりの国家の機関が関与するのが適当であるということから、ヨーロッパ養子制度、特に私どもが今提案しております特別養子制度に関連するものはすべて国家宣言型という形をとっておりまして、ヨーロッパの多くの国は裁判所がそれを宣告する、許可するというような形になりますし、東欧の方では行政機関がそれを許可するというような形にもなっておるようでございますが、いずれにしましても国家機関が関与するというふうになってきております。そういう要保護要件とか、それが将来強い効果を持って認められるということになりますと、やはりこれは個人に任せておいてはよくないので、裁判所両方の利害をよく調査して判断をするのが一番公平な手続だと思います。
  133. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 国家宣言型になると、普通養子の場合と特別養子の場合と、未成年の場合はいずれも家庭裁判所関与すもわけでしょう。家事審判法でやるわけですね。そうすると、普通養子の場合と特別養子の場合とで条文が違うわけですか。そのことが戸籍謄本のどこに書かれるわけですか。
  134. 千種秀夫

    千種政府委員 条文がおのずから異なってまいりますし、手続もまた異なってまいりますし、裁判所許可、あるいは特別養子になりますと成立の審判というような形で裁判の形式も異なってまいります。  それから戸籍の上でございますが、これはまた後に御説明する機会もあるかと思いますが、特別養子につきましては、審判が確定いたしますと、申し立て養親の方が確定した戸籍の謄本を持って戸籍官吏のところへ届け出ることになっておりまして、それが届け出られますと、実親の戸籍から養子の、一人だけの新しい戸籍を別に編製しまして、その編製するときに、何月何日、どういう審判、要するに特別養子審判が確定したことによってこれを除籍して、こっちの方には新しい戸籍を編製する、そういう審判が戸籍に記載されるということになります。
  135. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 だから、普通養子特別養子養親の方は、六歳未満の場合でも選択できるということになるのですか。それはどうなんでしょうか。どこの国でもみんなそういう形にしているのですか。
  136. 千種秀夫

    千種政府委員 要件が重なれば選択できるということになります。併存しているということになりますので、選択というのは必ずしも当たってはいないかと思うのでございますけれども、二つできる制度がある場合には、選択されている場合もございますし、片一方でなければならぬというふうに要件を限っているものもあるかと思います。
  137. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 六歳未満特別養子という制度ができたのに普通養子という制度を認めていくということになれば、要するに両方家庭裁判所審判が要るわけですから、その中で明確になるにしても、子の幸せということから考えると、提案者としてはどちらが子供の幸せに合致するというふうにお考えなんでしょうか。さあ、そこはなかなか言えぬ、やはり個々の事情によって違うのだ、こういうことになるのでしょうか。
  138. 千種秀夫

    千種政府委員 仰せのとおり、個々の場合で違うのではないかと思いますけれども、特別養子のこの法案の要件というのがかなり厳しゅうございますから、六歳未満がすべてそれに当たるということはないので、例えばめいを跡継ぎにもらいたい、こういうことで持ってまいりましても、親はちゃんとそろっておって、要保護要件にも欠けているわけではございませんし、将来子供のために不幸にはなりませんでしょうけれども、実の親のところにいても同じように幸福であるかもしれませんので、そういう特別養子要件に当たらない人を養子にもらう場合には、現在の養子制度を利用するしかないということになると思います。
  139. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 八百十七条の七は、「特別養子縁組は、父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において、子の利益のため特に必要があると認めるときに、これを成立させるものとする。」この条文でいくわけですね。そうすると、こういうふうに限定をしてくるとどういうふうになるのでしょうか、かえって非常に範囲が狭まってきて、せっかくこういう制度をつくったのだけれども、うまく利用されないということになる危険性も出てくるのではないでしょうか。そこはどういうふうにやるのですか。法案が成立した後に、それについての家事審判規則の何かまたつくるのですか。細則か通達か何か知りませんけれども、そういうようなものをちゃんとつくるわけですか。あるいはそれは裁判だから、そんなことはつくらないのだ、任せるのだということになるのですか。
  140. 千種秀夫

    千種政府委員 実際の運用は家庭裁判所審判ということになってまいりますと、これは家庭裁判所の方で、ということは最高裁判所の事務総局を中心にでございましょうが、手続的な規則もつくらなければなりませんので、それはそれなりの準備が進んでいると思います。  それから、その運用についてどういうふうにされるかということは、また担当者の間の会合その他の意思連絡の機会を通じていろいろと皆の意見が闘わされていくのではないかと期待しているわけでございますが、立法のこの中においては、ここに書いてございます要件がどのように解釈、運用されていくかということは、特に限定をするつもりはないわけでございます。ただ、ここまで要件が厳しくなったということは、うっかり特別養子というものを広げて後で離縁になるようなケースが非常に多くなっては困る、また、判断が厳しくなるのと緩くなるのとの差が余りにもひどくなっても困るということで、まず最初は慎重に要件を決めてその運用によって考えていきたい、こういうことでございます。したがって、ここに書いてあるような要件に満つる特別養子の候補者というのは最初かなり絞られていくものと私どもは理解しているわけでございます。
  141. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 養親要件は、外国立法を見ますと、例えばフランスですか、これは五年以上婚姻期間のある夫婦に限るとか、三年以上というのもあります、これはイタリアでしたか、そういうふうに婚姻期間を限っておりますね。これは日本の場合にはどういうふうになっているわけですか。
  142. 千種秀夫

    千種政府委員 日本の場合は養親になる者の年齢だけでこれを定めておりまして、結婚経験年数ということは考えておりません。  そういうふうになった経緯でございますが、これは要するに六歳未満子供養育する親でございますから、とにかく成人していなければならないだろう。それも二十になったのでは十分ではないので、やはり二十五歳ぐらいから上でないとまずいのではないか。しかし、夫婦が同じ年で結婚する場合もありますが、違っている場合もございますから、片方が二十五歳以上ならばもう一方は二十歳以上でいいのではないかというふうに、親の資格といいますか、社会経験、そういう面から規定をいたしまして、結婚の経験年数ということは特に問題にしておりません。
  143. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 ほかの国では養親要件として親子らしい年齢差といいますか、六歳未満だから、余り近いのもおかしいですね。両親が二十ぐらいでもいいわけかな、これは。大体三十歳以上が妥当ではないかというような意見を言う人もいるのですね。法律的には六歳未満子供は二十くらいの親でも特別養子にすることができるということになっているわけですか、運用は別として。
  144. 千種秀夫

    千種政府委員 養子要件としては六歳未満原則でございまして、親の場合には二十五歳以上であるということが原則ではありますが、一方が最低二十歳以上でいい、二十五歳以上と二十歳以上なら最小限要件が満たされるということでございますから、六歳の一番上のところへ参りますと十四歳の差ができるということは考えられるわけでございます。ただ、一歳でもらう、ゼロ歳でもらうということもございますので、親が最低二十であれば二十歳ぐらいの差はあるということになってまいります。そのぎりぎりのところで申し立てがあった場合に家庭裁判所が許すかどうかということも一つの問題でございますが、ゼロ歳でもらうことも考えますと、父親が二十五歳以上で母親が二十歳以上というあたりは最低の線かなと考えておるわけでございます。
  145. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 外国立法例などによりますと、養親となる者は養子となる者を六カ月以上監護することが必要だ、あるいは一年以上というのですか、イタリアは一年以上でしたか、そういうことを一つ要件としてはめていますね。日本の場合はそれは家庭裁判所の方の運用に任せるということのようなんですが、なぜそこら辺のところはもう少し細かく規定しなかったのですか。
  146. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 これは日本手続外国手続とでは若干、日本には家庭裁判所という専門的な機関があるということがある程度影響しているのではないかと思われます。ドイツにいたしましてもフランスにいたしましても、これは全部裁判所関与してやる、先生指摘の国家宣言型の機関でございますが、これは普通の裁判所が後見裁判所なりなんなりとしてその決定をするということになっておりまして、専門的機関としての家庭裁判所のような機関がやるという形にはなっておりません。したがいまして、私どもの考え方としては、なるべく裁判所にある程度のフリーハンドを与えておいて、その中でできるだけ子供福祉のために役に立つような運用をしていただきたいということで、余り裁判所の手に枠をはめるようなことはしなかったという配慮がございます。
  147. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 特別養子特別養子と言うのですけれども、特別というのは普通に対する言葉ですね。どうも特別養子という言葉が、それ以外にないのかもわかりませんけれども、何となく受ける印象があれなんですが、元来はどういう言葉がいろいろ考えられたのですか。考えられて、結局これ以外にないということになってしまったのですか。
  148. 千種秀夫

    千種政府委員 外国の場合は翻訳でございますので必ずしも正確な表現ではございませんけれども、それを含めまして申し上げますと、日本の場合、現在の養子制度原則であるといたしますと、それに特別な例外を認めるという意味特別養子という言葉が出てきたようでございます。  その前に、例の実子特例法などというものが議論されましたときには、養子という言葉さえ使わない議論もあったわけでございますが、例えばフランス語では完全養子という言葉が使われております。完全養子という言葉の意味は、日本の現在の養子のように、養子に行った先の親族関係は全部血縁の親族関係と同じだというような意味で完全養子とい三言葉が使われていたようでございまして、そういう意味からしますと、日本の現在の養子制度というものもある意味では完全養子という言葉が当てはまるということも言えるわけでございます。  一方において断絶養子という言葉が使われましたが、これは今度の特別養子のように実方の親子関係を法律上切ってしまう、そのために断絶養子ということが言われているわけでございまして、これは日本の過去の慣例といいますか、昔の慣例をたどってみますと、一生普通養子というような、要するにもう行った以上は親元には絶対戻さないというような慣例もあったように聞いておりますけれども、そういう意味で実方を切るということに主眼を置いた表現でございます。ですから、今の特別養子は、断絶養子であり、完全養子であるというような意味特別養子になっているわけでございます。  そのほかにも準正養子という言葉が使われたことがございますが、これは養子になった場合に、今私どもが使っております準正という意味と同じように、新しい養親との関係においては嫡出子としての完全なる地位を取得するというようなところに着目して準正養子という言葉が使われた経緯もございます。これは外国の例でございます。  一方、イタリアの最近の改正におきましては、特別養子というものが本流になったために特別を取ってしまいまして、養子と言えば私どもが言っております特別養子を指す、それで、成年のための養子は成年のための養子というふうに改めて呼び直す、こういうような改正をしたところもあるわけでございまして、特別養子と申しますこの言葉の表現は必ずしも同じ中身を意味しているものではないようでございます。我が国の場合、今までのものを普通と言いましたものですから今度のを特別養子と言っておりますけれども、ヨーロッパ養子協定などで言っております養子というのが我々の特別養子でございまして、ヨーロッパでは今や特別養子が普通養子というふうに認識されているような傾向にあるように思います。
  149. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 いろいろ細かい問題点はあるというふうに思うわけですけれども、それは今後の運用ですね。  そこで、施行が来年一月一日からでしょう。そうすると、あと大体四カ月くらいありますか。その間は法務省当局、最高裁当局としてはどういうことをやるのか。これは法務省の手を離れてしまうのですか。しかし、戸籍の関係は法務省がまだ管轄していますわな。そうなってくると、法務省としてはどういうことをやり、最高裁としてはどういうことをやることになるのですか。
  150. 千種秀夫

    千種政府委員 実はこの法律がもう少し早く通るかと思って私どももいろいろと内部の準備は進めておりまして、今や発送できるような段階に近いところまで来ておるわけではございますけれども、戸籍の事務を扱っておりますのが全国の市町村でございますから、市町村の戸籍担当者に対してこの趣旨を十分説明し、かつ実際の取り扱いの書式、様式、そういうものをこしらえて伝達しなければならない仕事がございます。戸籍法の改正が通りますと、これにのっとって今度は施行規則というものをこしらえまして、それにのっとって様式などを全部決めました通達というものを市町村長あてに流すわけでございます。その案を今検討中なわけでございますけれども、その案が確定いたしますと、法務局におきましては戸籍担当の課長の会合をやってそれを説明し、伝達すると同時に、各法務局から市町村に対して戸籍の事務の取り扱いについての趣旨説明を徹底いたしまして、来年一月一日から実施に間に合うような作業を進めることになっております。
  151. 早川義郎

    早川最高裁判所長官代理者 特別養子縁組制度縁組の成立並びに離縁の審判が甲類家事審判事項とされておりますので、最高裁といたしましてもこの法案の成立を見守りつつ、現在規則改正の作業の準備中でございます。  そのほか、厚生省ともいろいろと打ち合わせがございます。また、裁判官会議等を開催しまして、この法律が成立した後の運用の問題等について種々議論をする、そういったことを考えております。
  152. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そこで、この法案が成立する、そうなってきたときに、そればかりではなくて、日本民法について今いろいろなことが問題となっていますね。例えば、婚姻の場合でも夫婦は何も同じ氏を名のる必要はないではないかとか、大体において今、夫の氏を名のるのが多いのですけれども、それも必要ないではないかとか、妻の氏を名のるのはどの程度の割合がありますかあれですけれども、それからまた何も法律婚でなくてもいいではないか、事実婚でもいいではないかとか、入籍なんということは古い考えだとか古い時代の産物だとか、いろいろな議論がありますね。それから、財産制度についてもどうするこうする、いろいろありますね。そういうような形の中で、まず民事局が現在抱えておるいろいろな法律の改正、私はこれはたくさんあると思うのですよ。一課は総務関係かもわかりませんが、これは二課ですわな、三課も抱えておる問題があるでしょうし、四課、五課、いろいろありますね。  そういうふうな問題で、まず民法改正の中で現在どういう点が問題——一般の社会とか一般の人の中で、俗に言う進歩的な人といいますか、時代を先取りするような人の中からいろいろな、御婦人から特に問題が出ていますね。どういう点が問題として出ていて、それに対して法務省当局はどういうふうに考えておるのか、これをまずお話し願って、それから現在民事局が抱えておるほかの法案がありますね、それの現況について概略御説明願いたい、こういうふうに思います。
  153. 千種秀夫

    千種政府委員 まず、民法改正に関する全体の動きとでも申しますか、そういうことでございますが、特別養子の問題が今審議されておりますので身分法関係について特にお尋ねかと存じますけれども、婦人問題の関連で新しい家庭あるいは夫婦のあり方というものがいろいろと指摘されております。そういう問題の中に、ただいま先生指摘のように夫婦の氏の問題とか財産の問題とかという問題も指摘されていると私ども理解しておりますが、特に氏の関係についてはいろいろな請願などもございますので、いろいろと現実の問題として検討はしておるところでございます。  ただ、民法というものが、特に身分法につきましては国民すべての者に関係がある深い問題でございますので、審議の形態といいますか、方法といたしましては、どうしてもやはり法制審議会を中心に御議論をいただいているわけでございまして、法制審議会も一つずつ問題を片づけていくという点からいいますと、まずこの特別養子が済みましたら、次なる問題は何かということに取りかかるであろうと思います。これは委員長以下委員の方々の御判断にもよるわけでございまして、私どもが御提案を申し上げてどういうふうに御審議いただくかということをこれから考えなければいけない。そういうことから、今特別にこういう順序で、こういうテーマというところまではいっておりません。  それから次に、民法関係でいいますと財産法の問題にもなってまいりますけれども、財産法に関しましては、特別法ではございますが、現在土地問題とも関連いたしまして借地・借家法の改正問題というのが割合大きな問題として議論されております。これは既にいろいろな御意見を各界からちょうだいしておりまして、それを集約し、今審議が続行中でございます。例えば今の社会、特に都市の社会情勢にマッチさせるためには、借地・借家の期間は今までどおりでいいか、また、新しい需要に応ずるために定期の借地権をつくったらどうかとか、賃料、家賃地代、そういうものの紛争をもう少しスムーズに解決する方法はないか。一つの例で言いますと、そういうものを非訟事件にして解決する方法はないかというような提案もございます。  それから、そういう定期借地権や何かの関係で議論になるのですが、正当事由というものが余りにも抽象的であるからもう少し具体的にする方法はないかとか、あるいは期間が来たときに金銭的な解決をする方法はどうかとか、途中でそれを買い上げるというような意味で、これは下手をすると地上げ屋の問題にも関連してまいりますけれども、それを買い取る方法はないかとか、そういう借地権の評価、売買というようなものをどうするかというような議論もございます。さらには、これから先審議していくテーマではございますけれども、自分で借地権をつくって設定する、そういう借地権を本当に財産化してしまうというようなことはどうかとか、いろいろな問題がございまして、これはちょっと利害の対立する問題でございますから、審議はしておりますが、ちょっと時間を要する問題かと思います。  民法以外の問題になってまいりますと、ここで民法割合に近い問題といたしましては国際私法というのがございまして、これは外国の人と日本の人との間で契約なり身分関係が生じたときにどの法律を準拠法として適用するかということを決める法律でございますが、特に身分関係は、男女差別撤廃条約の批准の関係で、従来夫の本国法であるとか父の本国法であるとかいうような基準を定めておりました法律を男女平等にすべきではないかということで、特に身分法関係においてそういう規定が多うございますものですから、国際私法の改正を今進めておりまして、これはもうすぐ結論を出すような時期に来ております。ということは、来年早々には案がまとまれば要綱案をこしらえて、早い時期に国会に提出したい、こういう段取りになっております。これが民法に一番近い問題でございます。  次に、民事訴訟法関係でございますが、御承知のように民事執行法というのが昭和五十五年のころにできたわけでございますけれども、保全処分の手続がそのまま放置されておりまして、その整理が急が札でいたわけでございます。これは古い法律で条文も少なく、解釈に任せられる部分が非常に多かったものでございますから、これを整理して、執行法と並んで新しい法律にしようという動きがございまして、これが現在進行中でございます。これも来年の三月ぐらいをめどに何とか要綱にこぎつけたいということで鋭意努力をしておりますが、うまくいけばそういうことで来年に間に合うわけでございますが、何しろこの保全というのは実体法と手続法の非常に絡んでいるところでございまして、難しい問題が非常に出ておりまして、果たして順調にいくかどうかということもこれからの作業を見ないと断言できない情勢にございます。  それから、もう少し大きな問題としましては、商法の改正がずっと進行中でございます。これは前の改正のとき以来の附帯決議もございまして、会社の大小区分についての検討を鋭意進めております。これもちょっと長く時間のかかりそうな問題でございます。あわせて、会社の方の必要から社債についての法律、これを何とか改善できないかということで、別な小委員会をつくって、並行的な作業を進めております。  法制審議会の関係のあるものは大体それだけでございますが、ほかに、私ども民事局といたしまして、不動産登記法の改正という作業が一つございます。これは登記のコンピューター化ということに絡みまして、これをコンピューター化いたした場合、最低限何らかの法的手当てが必要ではないかということで、とりあえずは最小限の手当てを今考えておりまして、今実験しておりますコンピューター実験庁が来年稼働できる状態になる場合には、その手当てとして最小限の手当てが必要なものでございますから、できましたら来年に不動産登記法の一部を改正する法律を出したいと思って作業を進めております。  大体以上のとおりでございます。
  154. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 そうすると、民事局関係がたくさんの問題を抱えておるわけですね。そういう中で、来年の国会に提出できる見込みと思われるものは、今お話がございましたけれども、大体どれとどれだというふうに理解をしてよろしいでしょうか。
  155. 千種秀夫

    千種政府委員 これは私たちの努力目標と言ったらよろしいので、余りお約束できないわけでございますが、不動産登記法の改正につきましては、ことしも提出を検討するというようなことを言っておりました経緯もございまして、何とか来年には出したいと考えております。  そして、法制審議関係で一番早くまとまりそうかなと思うのが国際私法でございまして、その次が保全処分に関する民事訴訟法の改正であろうと考えております。それ以外は、来年ということになりますとちょっと難しいかなという感じを持っております。
  156. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 身分法の中で、これは特別養子の法案なんですが、実は私など相談を受けました中でびっくりしたのがあるのです。  あるところですけれども、実に養子が多いのですよ。最初は子供が六人ぐらい養子になっているのです。男が養子になるでしょう。そうすると、今度は後から結婚したのがそれまた養子になるのですよ。十二人ぐらい養子がいるのです。戸籍謄本をとったらべたべた養子がいっぱいいるので、何でこんなことをしたのか、だれにこんなことを教わったのかと聞いたら、ある知恵者に教わった、こう言うのですね。何でこんなことをやるのか、よくわからなかったのです。私も何だか変なことをやるのだなと思って聞いてみたら、このごろだんだんわかってきたのは、相続税を逃れるためにどうもやっているらしいのです。そうは言わないですよ。言わないけれども、いかにも不自然なんですね。だれが見ても不自然で、こんなに養子が必要なわけないですね。そうなってきたときに、これはどうなんですか、そういう養子縁組が法律的に見て一体有効なんですか、無効なんですか。有効とか無効とかということは、未成年の場合はわかりますよ。そうでない場合はどうなんでしょうか。争いになってきたときには、またそれは話が別かもわからぬけれども、どういうふうになるのですか。
  157. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 縁組意思がないということになりますと、これは不成立ということになり、無効になるということになりますが、その縁組意思があるかないかというのは非常に難しい問題であろうかと思います。そういう問題は民法の中ではなかなか解決しにくいので、税法の中でしかるべく対応して、そういう不当な目的の縁組がなされないようになることを私どもとしては希望しておるわけでございます。
  158. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 養子縁組の意思があるとかないとか、だれがどうやってわかるのですか。
  159. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 建前としては裁判所が判断するということになっておりますが、確かにおっしゃるとおり、これはだれが争うかということもございますし、だれも損はしない、損をしているのは国だけだということになりますと、争う人がだれもいないということになって、そのままその関係がおさまってしまうということにもなろうかと思います。
  160. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 我々が考えられないようないろいろな問題があるのですね。実に知恵者がいっぱいいて、いろいろなことを考えてくるのですね。  そこで、今局長が言われた民法の身分法の中で、結婚の問題、婚姻法の問題です。これは局長も詳しく説明されなかったわけですけれども、現実問題として、日本の場合に何で法律婚がとられているのか、それから、夫婦が同一姓でなければならないということがとられているか、そこら辺のところは一体どこから出発しているのですか。これはどういうふうに理解したら一番いいのでしょうかね。  ということは、日本の戸籍制度は世界で一番完備しているわけです。なぜこんなに日本の戸籍制度は完備しているのだろうか、完備する必要があるのだろうか、こういうところに来ると私は思うのですね。今度イギリスへずっと行ってみて、ロンドンでいろいろ話を聞いてみたのですが、あそこは戸籍というものはないわけですね。何か住民台帳というのもないとか言っているのですね。選挙権なんかどうして決めるのだろうと言ったら、何となくといいますか、それで別にどうということはないと言うのですがね。日本の場合は、今言ったような形で、どうしてそんなに戸籍制度が完備しているのだろうか。完備する必要が歴史的にあったとすれば、どこに原因があったのか。  それから、なぜ夫婦は結婚して同じ姓を名のらなければいけないのか。氏ですね、名のらなければいけないのか。それから、憲法ができたときに氏というものを残したこと自身がおかしいではないかという議論もあの当時に盛んにあったのですね。一時ありましたよね。今は余りないけれども、あって、結婚したって何も同一の姓を名のらなくてもいいじゃないか。別姓でいいじゃないか。もう一つさかのぼれば、届け出によって結婚が成立するというのはおかしい、フランスのように事実婚だっていいじゃないか、法律効果を加えようと思えば加えられるのだからいいじゃないかというような議論があるわけですね。そこら辺については、いや、それは自分たちの問題ではない、そこまでまだ問題は来ているわけじゃないんだ、民意が熟しているわけじゃないんだから、私どもの方としては、何も自分の方から積極的にかれこれ慫慂するわけじゃありませんから、それを待っているわけです、こういうことなんでしょうか。  今私の提起した問題についてはどういうふうに考えたら一番いいのでしょうか、私はわからないから聞いているので、ひとつお教え願いたいと思うのです。
  161. 千種秀夫

    千種政府委員 身分法という分野はかなり社会の歴史あるいは伝統というものを反映しておりまして、なかなかある一人の人が提案をしてそのとおりになるというものでもございませんし、反面、法律を改正したから国民の意識がすぐ変わるというようなものでもございません。  日本の戸籍制度なんというのは、結局もとをたどりますと近代国家成立以前の問題になってくると思いますけれども、やはり日本は明治以前、鎖国時代でございましょうが、よそからの人が入ってこないで、閉鎖社会の中で文化が非常に醸成されていったということから、そういう社会の一種の監督組織といいますか、管理組織といいますか、これは市民法的なものだけではなくて、例えば税金を取るためであるとか、それから、お寺さんでも檀家のあれを把握するためとか、いろいろな目的からそういう制度が成熟していったように思うわけでございます。  そういう台帳みたいなものがもとになって戸籍制度というものが発達してきたものでございまして、ですから、そのできた当初に家という制度、そういうものを通じて社会が統治されてきたというような経緯もあったのではないか。これは私の想像ではございますけれども、そういうことでできていた制度を利用した。ですから、さかのぼりますとずっと昔の律令制度まで行くのかもしれませんし、もとは中国から来たのかもしれませんので、何とも申せないのでございますけれども、それほど長い歴史的な、あるいは伝統的なものが今の制度の中に反映されていると思います。  したがって、これを直そうと思いますと非常にいろいろな抵抗なり障害が出てまいりまして、例えばヨーロッパ、アメリカなどでは、戸籍にかわるものとしては個人的な単位で出生証明書といいますか、そういうものができておって、大体それで済ませておるようでございます。だから、すべてそういう個人的な登録制度に直してしまえば、今回の戸籍の問題なんかも、特別養子について我々が苦労しておるような問題も生じないわけでございます。しかし、それだけ戸籍が完備しているということにもなるわけでございまして、そういうこともあれこれ考えますと、今婚姻関係が非常に個人的に分解してきた、夫婦が別な氏を称してもいいではないか、こういう問題が出ましても、やはりまた戸籍の面でどうするかという問題に逢着するわけでございまして、なかなかどの問題につきましても、現在までの制度との整合性なりどこまでそれを直すかという限界なりがいつでも問題になってまいりまして、そういう意味で私どもはただ傍観しているわけじゃございませんけれども、いろいろとこういう御提案なり御意見がいろいろなものに発表されますし、直接にも伺っておりますので、そういうものをいつも関心を持って観察しながら、ある程度まで声が大きくなったものは法制審議会でも取り上げて検討していただく、こういう姿勢で臨んでおります。
  162. 稲葉誠一

    稲葉(誠)委員 役所としてはそれで私はいいと思うのですがね。余り積極的に自分の方からこうしろこうしろというわけにも、これは日本全体の性質からいって無理かとも思いますけれども、この特別養子制度なんかは、法務省の中でも、さっきお話ししたように随分前から出ているわけですよ。それを、ずっとおくれてきたわけですね。考えてみると、それを法務省にやれと言うのもおかしな話で、それは立法府というのは国会なんですから、大臣、国会が積極的にやるのが当たり前なんで、行政府に向かっておまえの方はなぜ法案をつくらないのだと言うくらいナンセンスな質問はないので、私もちょっとおかしいと思うのですけれども、それは別の話として、我々の方は我々の方としてもちろん時代の要請というものをしっかりつかまえていかなければいけないし、行政府としてもまたそれをしっかりつかまえるように努力してやっていただきたい。今お話がありましたように、民事局関係はたくさんの法案がありますが、私どももよく勉強して、そして処していきたいというふうに考えております。
  163. 大塚雄司

    大塚委員長 坂上富男君。
  164. 坂上富男

    ○坂上委員 それでは、前日に引き続きまして御質問をさせていただきたいと思います。  既に他の先生方から御質問があってダブリが出るようなこともあろうと思いますので、あえてお答えいただかないで、もうお答え済みでございますという答弁でも結構でございます。  まず第一に、特別養子制度の導入によりまして、俗に言いますと実子を購入するとか、あるいは昔で言う借り腹のような状況が拡大されるのではなかろうかという心配をしておる人もあるわけでありますが、こういう点については実務の担当者としてはどのようなお考えがありますか。それから大臣とされましては、これは法律問題よりも社会問題でもありまするので、どのようなお考えにあられるのか、お聞きをいたしたいと思うわけであります。
  165. 千種秀夫

    千種政府委員 結論といたしまして、私は御指摘のような心配はない、こう考えておるわけでございますが、こういう不安なり疑問が生じたという理由は、これは例の菊田医師事件でいろいろと論じられました、そういう社会的背景があってのことかと推察するわけでございます。要するに不倫の子ができた、これを何とか表立てしないで処理してしまいたい、せっかくいい制度ができたからこれを利用して実子として届けてしまおう、こういうことがあのときに問題になったわけでございます。それを特別養子がかわってやってしまうのではないかという不安と結びついたと思うわけでございますけれども、先ほど来申し上げておりますように、特別養子はかなり厳格な要件家庭裁判所が審査をし、審判をしたときに初めて成立するわけでございますから、そういうことが故意に行われるということは、故意にというのは子供をつくる前から故意にするのか、できた子供を人身売買で手数料を取ってあっせんするとか、そういうことかと思いますけれども、そういうことは余りこの特別養子の成立とは関係がないのではないか、実はそういうふうに考えております。
  166. 遠藤要

    遠藤国務大臣 ただいま民事局長お答え申し上げたような状態でございますが、特に自分としては菊田医師の出身が宮城県でございまして、我が県でもある。そういうような点からかんがみて、やはり今までも実際、法務大臣がそういうふうなお話を申し上げてはどうかと思いますけれども、陰においてやみからやみの中において今度のような特別養子的な実子として戸籍に入れておったという例もあったのではないかなと思います。生活その他の条件によって子供をやみからやみに葬ってしまうというようなことがあってはならぬという点から考えると、先生御心配のように借り腹とか何かということよりも、これからの児童福祉と申し上げましょうか、子供の幸せのためにこの法案をつくり上げた、そういうような点であると私は信じております。
  167. 坂上富男

    ○坂上委員 既に局長の方からも御答弁もあったのですが、特別養子制度ができますと、これのあっせん業者が出てきたりあるいはこういう手続を代行するような諸君が出てきて、いわば人身売買、本当に人身売買というようなことがあるいは出てくるのではないか、こう危惧されるわけでございます。これは現実にまだ起きてはいないだろうと思うのでございますが、こういう事態があるいは確かに御指摘のように起きないとも限らぬと思われるわけでございますが、こういう点に対する対応は、どのようなことによって防止ができ、対応できるというふうに法務当局は御理解なさっているのでございましょうか。
  168. 千種秀夫

    千種政府委員 実はいろいろ外国で実情を御調査なさった方の文献などを見まして、例えばイタリアでもそういう人身売買といいますか、あっせんのようなことが行われたというようなことが報告されておりまして、そういう社会の裏の方を見てまいりますと、そういうことが起こり得ないという保証はないのかもしれないと心配はするわけでございますが、法律の建前からいたしますと、例えば児童福祉法規定がございますけれども、営利を目的とする養子あっせんを禁止しておりまして、これに対しましては罰則として一年以下の懲役または三十万円以下の罰金というような制裁規定もございます。そういう意味で、児童福祉を目的とした行政の場においてそういうものは監視し、防止していかなければならないと思います。  あわせて、これは特別養子を成立させていく審判の過程においてそういうことがわかりました場合には、そういうものを審判の判断の上で考慮するのみならず、そういう不当な慣行というものを排除していくような努力をしていかなければならないだろうとは思っております。ただ、この特別養子制度ができたためにそういう養子あっせん業みたいなものがはびこるのではないかというような危惧につきましては、私は、この法律そのものによってちゃんと公に、堂々とそういうことができる手続ができたわけでございますから、むしろそういうことは抑制できるのではないかと、多少楽観的に考えているわけでございます。
  169. 坂上富男

    ○坂上委員 それでは、ちょっと法制審議会でも議論があったのだそうでございますが、この問題は憲法上の幸福追求の権利あるいは個人の尊厳という規定、こういうようなことから憲法違反だとかいうような御意見もあるようでございますが、そうだといたしまするとこれまた大変な問題であるわけでございますが、こういう点については法務当局はどのような御見解をお持ちでございますか。
  170. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 特別養子制度は、恵まれない子供に新しい家庭を与えるということを一方で考えているわけでございます。個人の子供の意思というものは、その段階では国家の後見的な機能によって代置されるというふうに考えておりまして、子供を幸せにするために新しい養子縁組をするということでございますから、個人の幸福追求のためになりこそすれ、これに反するものではおよそあり得ない、そういう問題は全くないということで法制審議会では結論が出ております。
  171. 坂上富男

    ○坂上委員 私は、今言った項目のどういう観点において違反であるというふうに識者がおっしゃっておるのかも実はお聞きをしたい、こう思っておるわけでございます。その意味を少し聞きたいのであります。
  172. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 子供の意思を全くその段階では無視してしまうということでございまして、その点について問題はないか、個人の尊厳と申しますか、その点について問題はないかというお考えのように聞いております。
  173. 坂上富男

    ○坂上委員 その次に、特別養子の養父母が離婚した場合は、問題はどういうことが考えられ、また、どういう処置になるのでございましょうか。
  174. 千種秀夫

    千種政府委員 お尋ねの趣旨は、そういう子の福祉のために養親子関係を成立させたところが、親の方が別れてしまって子供養育できるか、そういう心配、観点からの御質問かと存じます。  そういう立場から考えました場合に、養父母が離婚したということはまことに好ましくないことでございまして、子供養育という観点からいたしますとこれはそれこそ離縁に値するのではないか、こういう問題がまず出てまいります。しかし、その離縁ということの要件は、今度の特別養子制度ではそれだけではできないわけでございまして、実親、実父母が引き受ける、また、その実父母に返した方が子のためだという要件がないと離縁はできないわけでございます。  そこで、離縁ができないということになると困るではないかということになってまいるわけでございますが、特別養子は自分の実子と同じ関係でございますから、それは普通の家庭において親が離婚したときには困るではないかというのと全く同じ問題に還元されてしまうわけでございます。養子でない実の子が親が離婚したときにどうなるか。未就学の小さい児童である場合、乳児である場合は確かに困るわけでございまして、どちらかの親が引き取って監護する、どうしても自分の力でできないときには社会福祉の力をかりる、そういうことになってくるわけでございまして、これは実子の場合と同じに考えていただくしかないと思います。
  175. 坂上富男

    ○坂上委員 私たちの実務上よくあることでございますが、子供子供なりに親の顔色を見ておるということがよくあるわけでございます。だから、母親がかわいそうだから母親の方につこうとか、あるいはこちらの方についた方が子供としてはいいという考え方子供もないわけではないだろうと思うのでございますが、血のつながった実の親子関係ですら、子供たちの心情をそんたくいたしますと非常にいじらしいという気持ちのすることがあるわけであります。お父さんがいいか、お母さんがいいか、こういうふうに言っても、そういう破綻をしたような夫婦子供さんというのは、どちらがいい、こちらが悪いなどということはなかなか言いません。いわばいじらしいということをよく言うわけであります。  それでは、離婚する場合に一人一人に子供たちをつけようかというお話があるわけでありますが、私はこれは絶対に反対だ。親は勝手に別れるのだけれども、子供たちはそのことのために別れさせてはいけない、たとえ生活が困難であっても兄弟はきちっとどっちかの方にやっておくべきだ、こういうふうに私は依頼者の指導をし、相手方にもそういう主張をずっと言い続けてきた経験を持っておるわけでございます。実の親子ですらそういう状況を私はよく見聞をいたします。それが今度はいわば養父母と特別養子の間におきまして養父母たちが離婚をするというようなことに相なりますと、血がつながっておってすら子供心はそういう心情でございますから、この特別養子は今言った以上に、なおのことそういういじらしい心情に駆られるのではなかろうか、こう思うわけであります。確かに法理論的には実子の場合と何ら変わりがない、こう御指摘があるわけでございます。そして、血のつながりのない子供を血のつながったような取り扱いをしてやろうじゃないかという法の趣旨でございます。でありまするから、これは血のつながらない者同士が、俗に言うと三つに壊れてしまうわけでございます。そして、その壊れた方のどちらに子供がつかなければならないかというようなことになると、これまたその気持ちは非常にいじらしさを感じるわけであります。  それから、今度は両父母間でその子供を自分が欲しいといって奪い合いをする。よくあることでありますが、実力でもって持っていく。それで、人身保護法によって救済を求めるということが私たちの実務の中でもこれまたあるわけであります。でありまするから、今言ったような問題が具体的にどういうふうに展開されてくるんだろうかなと思うわけであります。これは、今までの養子制度と同じような考え方の中で理論構成をし、かつまた対処すればいいじゃないかというふうにはなると思うのでございますが、せっかく実子と同じ取り扱いをしようじゃないかということになった結果がまたこういうふうな悲劇を生んだとするならば、果たして今おっしゃったようなことだけで解決できるのだろうか、そんなようなことを私は感じておるわけでございます。  これは質問というよりも、私が実務それから実際にこういう場合どう対応したらいいのだろうか、そしてどうなるのだろうかというようなことについて全く見当がつかないし、また、どうやって処置をしてやったらいいかもこれまたわからぬというようなことでございますから、一方の母親、一方の父親の方についた方が実父母に返すよりもまだ幸せだ、こういう基準がきっとあるのだろうと僕は思うのであります。でありまするから、今局長おっしゃいましたとおり、養父母が破綻状態にあればあるいは離縁というようなことに近づくとは思いますけれども、また特別の理由も必要なんだ、こうおっしゃった。まさにそのとおりだと私は思うのです。  そんなことを私は感じておるのでございますが、今言ったような問題が、本当に血のつながりがないだけにその子供のいじらしさが出るであろうし、父母の間で子供の奪い合いがあったという場合、実の親子夫婦別れをする場合と同じ対応でいいんだ、こんなことでいいものだろうかどうだろうか。お答えがなければないで結構なんですが、質問そのものが果たしてまとまっているかどうかわかりませんので、あえて求めませんが、示唆でもいいですから少しお答えをいただければありがたいな、こういうふうに思います。
  176. 千種秀夫

    千種政府委員 ただいまの御経験に基づくいろいろなお話は、大変貴重な御経験であろうと思いまして、私どもがこれから実務の上で特別養子を運用していく上に貴重な参考になるものと考えます。と申しますのは、そういうことも考えまして慎重に特別養子というものを認めていかないと、破綻したときの被害が大きいのではないか、そういう点が特に考慮さるべき問題であろうと思うわけでございます。  そこで、実親と同じように考えるのだから、夫婦が破綻しても仕方がないではないかというのは確かに一つ原則論でございまして、実際問題としまして、そういう場合にはさらに、これをより監護ができるよい親に養子にするということも一つ考え方ではないかと思います。したがって、その夫婦のどちらかだけで解決しようといっても解決できない場合のことも、ひとつ考えてみる必要があろうかと思います。それは一般実子の場合でも同じことではございますけれども、やはりそこが、どちらかにつければ解決するというふうにいかない場合もあり得るかという点は先生指摘のとおりだと思いますので、そこはさらに養子にするということも考えられるのではないかと考えております。
  177. 坂上富男

    ○坂上委員 それでは今度は、特別養子を再度また特別養子に出すことができるのか。それから、特別養子を普通の養子縁組に出すことができるのか。また、そういうことはあり得るとお考えになっておられるのか。
  178. 千種秀夫

    千種政府委員 制度の上ではできると考えております。それが好ましいかどうかということになりますと、ただいま御指摘のような特別な場合にやはり考えるべきではないか。結局は、要件を満たせばできるということでございますから、できるというお答えを申し上げるのが筋ではございますが、運用の面ではいろいろと要件の判断に難しい問題が生ずると思います。
  179. 坂上富男

    ○坂上委員 今度は外国人の特別養子でございます。これはもちろんできるんだろうと思うのでありますが、そういう場合の国籍の変動、それから中間戸籍の作製、そういうものは実務上どういうふうになるのでございましょうか。
  180. 千種秀夫

    千種政府委員 外国人でも特別養子となることができます。その要件は、法例、国際私法の規定でございますが、法例の十九条により、各当事者の本国法によってその要件が定まるということになるわけでございます。日本養親外国人の子を養子にしたいというときは、日本の親につきましては日本民法が適用になる。相手の養子の本国法がどういう規定をしておりますか、その要件も満たさなければならないわけではございますけれども、できることはできるわけでございます。  その場合、特別養子縁組によって国籍は当然変動するということはございません。ただ、同じ国籍の方が特別養親子関係のためには好ましいということでございますと、養親日本人である場合には、簡易な手続許可が認められております。これは国籍法の規定によるわけでございます。  それから、外国人には戸籍というものがないために、中間戸籍の作製ということは実は必要でないわけでございます。これは前から話題になっておりますけれども、外国人の場合、戸籍というものがございませんで、出生証明書と申しますか、そういうものが個人別につくられておるわけでございます。そのために、特別養子の記載の仕方が日本と比べて非常に楽だということが指摘されているわけでございまして、外国人の子供について特別養子を認める場合には、その親のところに特別養子の親を書いてしまえばいいわけですから、そういう面ではかえって簡単になると考えられます。
  181. 坂上富男

    ○坂上委員 それでは、特別養子関係は一応この程度にいたしまして、今度はこれに関連いたします改正なんでございましょうか、親子実子関係等の改正点について御質問をさせていただきます。  七百九十一条第二項の関係でございます。  新設されます民法七百九十一条第二項の適用によりまして、家庭裁判所許可を得ないで子の氏の変更ができるのはどういう場合でございますか。  それから、子の氏の変更について、配偶者があるときは共同で届け出を要するものとしたのはどういうわけでありますか。戸籍法第九十八条第二項の関係でございます。
  182. 千種秀夫

    千種政府委員 新設の七百九十一条二項の典型的な場合を申し上げますと、これは親が養子になっておる、あるいは養子に入る。そうしますと、親が養親の氏になってしまいます。子だけ置いていかれてしまいます。その場合に、考えてみますと、三代が一緒になるわけなんでございますけれども、親子は一体となっていたものが、親だけ離れて養親の氏になってしまいますと、子供がついていかない、こういうふうに親の氏が変わって夫婦である間は子供もそれについていってもいいじゃないか、そういうようなのが典型でございますが、そういう場合に、わざわざ家庭裁判所許可を要することはないではないかということで、許可なしに届け出ができるというふうにしたのがこの二項の趣旨でございます。  したがいまして、それに類する類型がいろいろあるわけでございますけれども、養子に入っていた親が離縁をしたとか縁組が取り消されたということで親の氏が戻る、一緒になっていた子供だけがまた置いていかれる、こういうふうに親が夫婦で身分の変更をして氏が変わった、こういうことが例なんでございます。  それから、子供配偶者がある場合に一緒に届けなければいかぬということは、やはり夫婦でございますから、片方が、特に戸籍の筆頭者が氏を変えますと、それ以外の配偶者は氏が変わってしまいます。そうすると社会生活の上で、主人なら主人の方が氏を変えたばかりに自然に連れていってしまうというのではやはり不便が生ずるということで、その人の意見も聞かなければなるまい、そういうことで共同で届けてもらいたい、こういうふうにしたわけでございまして、これが共同で届けるのは嫌だということになりますと、単独では届けられませんので、結局はもとへ戻りまして、この七百九十一条一項の家庭裁判所許可を得て氏を変えなければならぬ、こういうことになるわけでございます。
  183. 坂上富男

    ○坂上委員 次は、普通養子の部分で七百九十五条、七百九十六条の関係についてお聞きいたします。  未成年者養子とする場合を除きまして、夫婦共同縁組原則夫婦単独あるいは同意縁組原則に改められました理由というのはどういう理由なんでございましょうか。
  184. 千種秀夫

    千種政府委員 夫婦でございますから、養子をとるにしましても養子になるにしましても一緒であるというのは別に悪いわけではございません。ただ、すべての場合にそれを法律の上で制度として強要するのはいかがなものか、こういう批判が前々からございました。それというのは、養子縁組というものも身分行為でございまして、各個人が独立してするべきものでございます。したがって、夫婦一緒に共同で縁組をしろといいましても、片一方が意思表示ができないような、精神の薄弱な人間である場合もございます。それじゃ、そういうときに現民法はどうしておったかというと、必ず夫婦共同で縁組をしなければいけないから、意思表示ができないときは片一方の意思表示で両方の名義で縁組していいというような規定さえ置いておったのでございます。これは身分行為がそれぞれ独立しているという建前からするとどうもまことに妙な規定なんでございますが、これは昔の、戦前の家の制度というものがやはり前提としてございまして、共同縁組ということを余りにも固執したためにそういう無理な規定ができてしまった。現実には、夫婦縁組しておりましても片一方が死ぬ場合もございますし、親が離婚するというようなことで、一方だけの親の養親子関係だって存在することはするわけでございます、常に共同縁組だけしか存在しないというわけでもないわけでございます。  そういうような現状等も考え合わせますと、やはり縁組というものはそれぞれ個人でやってもいいのではないか。つまるところ、扶養義務とか相続権とかいうことに帰するわけでございますから、夫婦そろって養子にしなくても、片一方だけ養子にしても別に構わないじゃないか、こういうことになってまいりまして、それを理論的にもすっきりさせるために夫婦共同縁組ということを必要的な制度とはしなかったわけでございます。これから先すべて単独でいくか、こり言われますと、大部分は共同で縁組をなさる場合が多いのじゃないかとは思いますけれども、そこには二つの縁組行為というものが共同でなされている、こういうふうに理解をしていくわけでございます。
  185. 坂上富男

    ○坂上委員 それでは、今度は七百九十七条第二項の関係ですが、法定代理人による代諾縁組について監護者である父母の同意を要するものとしておりますが、従来代諾縁組についてどのような問題が生じていたのか、ひとつ実例をお話しいただきたいと思います。
  186. 千種秀夫

    千種政府委員 典型的な例で御説明申し上げた方がおわかりいただけると思いますが、子供のある夫婦が離婚をいたしまして片方が親権者になる、しかし親権者は監護をするのに向かないので、父親を親権者にしたが母親に監護を命じた、こういう例がございます。ところが、十五歳未満の子を養子にする場合には親権者が子にかわって同意をすればよい、いわゆる代諾養子でございますが、そういうことができる、そういう建前になっておりますために、親権者である父親がその子をよそへ養子に出してしまう。そうしますと、実際に手元に子供を置いて監護している母親は、知らない間に子をよそに養子にやられて奪われるというような結果になってしまうわけでございます。そういうことが現に行われまして、現実に監護をしている母親が意思を無視されたといって訴えを起こしたというような例が幾つかございまして、下級審の裁判例ながら、そういう養子は乱用で無効だというようなことを言った判例も出てまいったわけでございます。  そういうわけで、子供監護している者についてはその監護している者の同意も必要とするというふうにした方がよいのではないかということで、この代諾縁組につきまして、親権者のほかに監護者がいる場合はその監護者の同意をとるように、その同意が得られない場合にもしやってしまったならば取り消しの事由になるように、こういう制度を導入したわけでございます。
  187. 坂上富男

    ○坂上委員 今度は八百十条ただし書き関係でございますが、養子養親の氏を称するという原則夫婦同氏の、夫婦が同じ氏を称する原則を調整するために八百十条ただし書きを新設するとされておりますが、実際上の運用の関係はどういうふうになるのでございましょうか。
  188. 千種秀夫

    千種政府委員 従来の規定でございますと、夫婦が共同で縁組をいたす建前でございますから、夫婦が別々な氏を称するというような現象は起こりませんけれども、これを単独にいたしますと、片一方養子になり片一方養子にならないという現象が起こってまいります。それで、この八百十条の「養子は、養親の氏を称する。」という建前を全部に貫きますと、夫婦が別の氏になってしまいます。そこで養親子関係夫婦関係の氏のどちらを優先させるべきかという問題が新しく生じてきたわけでございまして、やはり夫婦は基本的な単位でございますから、氏の点は夫婦の氏を優先させた方がいいだろう。したがいまして、例えば女性が夫の氏を称する婚姻をした、その女性が養子になってよその氏を称したとしても、その人は婚姻中は夫の氏をずっと称して、婚姻が終了してもとへ戻るときに初めて養親の氏に戻ればいいじゃないかということで、その調整をしたのがこの八百十条の趣旨でございます。
  189. 坂上富男

    ○坂上委員 それではちょっと急ぎましょうか。八百十一条の二の関係でございますが、未成年者である養子と離縁をする場合には、養親夫婦が共同でしなければならないものとされております。縁組養親夫婦共同でした場合のほか、夫婦の一方の養子であった者を婚姻後他の一方がさらに養子とした場合も含むのでありましょうか。そうだといたしますと、その理由はどういうわけでございましょうか。
  190. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 そういう場合も含みます。これは結局、養親夫婦であって未成年者を育成しているという場合に、片一方関係だけ養父母ではなくなるということになりますと、子供監護上不都合が生ずる、それは共同縁組をした場合であっても単独縁組が重なった場合でも、その関係については実体としては全く異ならない、そういう考え方に基づくわけでございます。
  191. 坂上富男

    ○坂上委員 それでは今度は八百十四条第一項第二号の関係でございますが、裁判上の離縁原因に養親の生死不明の場合をも加えられたわけでありますが、これはどういう理由に基づくのですか。
  192. 千種秀夫

    千種政府委員 現行の八百十四条の一項の二号というのは、養子の生死が三年以上明らかでないときに限って養親の方から離縁ができる、養子の方からの規定は何も置かれていなかったわけでございます。これは養親にしてみれば跡継ぎがいないのでございますから、そういうことが離縁の理由になるわけではございましょうけれども、養親子関係というものを平等な相互的なものと考えます場合には、養親の方からだけの規定があればいいのではなくて、やはり養子の方からの規定も平等に考えてはどうかということが従来から指摘されておりまして、そのために両方からできるようにしたわけではございます。ただ、両方の実情が離縁する場合に同じ条件がというと、それは事情はそれぞれの場合に違ってくるとは思います。
  193. 坂上富男

    ○坂上委員 八百十六条第一項ただし書き関係です。夫婦共同縁組をした養親の一方のみと離縁をした場合に、養子縁組前の氏に復しないとするのはなぜでございますか。
  194. 千種秀夫

    千種政府委員 これは夫婦共同縁組の場合にはなかったことでございますけれども、一方とだけ縁組をしたり離縁をしたりというようなことになりますとばらばらになるわけでございまして、一方と離縁をして復氏すると、もう一方の親との関係では、やはり親子関係、養親子関係はまだ残るわけでございますから、およそ養親子関係両方切れるまでは復氏しないというふうにしないと中途半端になる。そういうことから、ここにございますように、ただし書きでございますが、配偶者とともに養子をした養親の一方のみと離縁をした場合は戻らない、こういう規定を置いたわけでございます。
  195. 坂上富男

    ○坂上委員 最後に、八百十六条の第二項の関係ですが、縁組の日から七年の経過を要する、こうされたのはどういうわけでございますか。
  196. 千種秀夫

    千種政府委員 これは、もともとの趣旨は離婚した場合の婚氏続称の趣旨と同じでございますが、離婚の場合にその年限を決めずに、縁組の場合に七年を置いたということは、これは離婚の場合との実情の相違を考えたからでございます。大体もとへ戻るべきものを戻さなくてもいいということは、それだけの社会生活における実績と申しますか、利益というものが必要であろうと考えられます。どのくらい使っておったからそれが使えるかということになりますと、やはり社会生活の中で一定期間というものの実績が必要だろう。それが大体七年くらいではないかということで、七年というものが規定されたわけでございます。それなら婚姻の場合はどうかということがございますが、婚姻の場合は実は子供というものがありまして、子供と親の氏が離婚したときに違っては困るということもありまして、その年限については離婚の場合には特に規定しなかった、こういう経緯がございます。
  197. 坂上富男

    ○坂上委員 時間がありませんので、最後にどうしてもお聞きしたいことがございますが、特別養子ですが、こういう場合どういうふうに理解をしたらいいのでしょうか。法律では、夫婦でなければ養親になることはできない、こう規定があるわけでございます。全然その子供に実父母がいない、養親になる人は配偶者がいないという場合でも、幸せが望めるならばそれでもいいんじゃなかろうかと思いますが、先日御答弁があったかもしれませんが、もう一度ひとつ理由をお聞かせいただきたいのでございます。要するに、配偶者がいない養親のことでございます。
  198. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 ひとり者にどうして特別養子を認めないかということだと思いますが、これは法制審議会でもいろいろ議論がございまして、先生のような御意見もあったわけでございます。ただ、これは局長が前から申し上げておりますように、今回の特別養子というものは、従前の父母との関係を切りまして新しく養親関係をつくる、そしてそれが唯一の養親関係になるということでございますから、初めから片親の養子をつくるということは必ずしも望ましくない。将来こういう制度定着してまいりますと、そういうことも考えられる。特に、先生おっしゃるように、その子供が幸せになるならばそれでもいいじゃないかという考え方はあると思いますが、そういう状況が幸せをつくる状況に典型的になるかどうかということが必ずしも明らかでないというような意見もございまして、先般から申し上げておりますように、非常に安全を見越して、さしあたりはみんながこの程度のものであれば問題はないというところで押さえたということでございます。また、将来のニーズと申しますか、需要というものを見定めてから、その問題についてはさらに検討してまいりたいというふうに考えております。
  199. 坂上富男

    ○坂上委員 希望申し上げておきたいと思います。  日本の国というのは血縁を重視する国だから、果たしてこのような制度定着するかどうだろうかということについて疑問を提起されておる方もないわけではないようでございます。せっかく待望久しかった特別養子制度ができたわけでございますので、どうしてもこれが子供たちの幸せのためになるのであればぜひ定着をさしていただかなければならないと思っておるわけであります。そんなような意味で、法務省、それからきょうは裁判所からもお聞きをしたかったのでありますが、一言でございますから御出席はお願いをしなかったわけでありますが、先般もちょっと御指摘も申し上げ、要請もしたわけでありますが、社会党としての質問はこれで終わるものでございますから、本当にただ仏つくって魂入れずではいけないと思っておるわけでございますので、法務省といたしましては、今後こういう法律が成立をいたした場合の宣伝啓蒙をどんなような形でなされる決意なのか、また、その決意を最高裁判所にもぜひお伝えをいただきたいと思うのでありますが、御決意を承りまして質問を終わりたいと思います。法務大臣お答えいただきたいと思います。
  200. 遠藤要

    遠藤国務大臣 実際、この改正の趣旨ということを十分御理解願うことが何よりも大切なことで、問題は子供福祉、そして幸せということが一番ねらいでこの改正をお願いをいたしたということでございまして、今後の問題としては、いろいろ先生方の御発言、例えば六歳を今後どうしていくべきか、また、実養子に行く場合に受け入れるのが片親ではどうかというような点も検討していかなければならぬ、こういうふうに感じておりますが、しばしば申し上げておるように、新しい試みでもございますので、血縁尊重の我が国として、何とかこの問題に対してなじんでいただきたい、定着してほしい、それによってさらに前進させていきたい、こういうふうなことでございまして、この問題についてのこれからの広報については、戸籍の改正や何かでしばしば各市町村に対しての連絡協議もございますので、そういったような席でも一層御理解を願うことはもちろん、もろもろ広報なりその他においてPRをして徹底させたい。そしてこれから、変な話になりますけれども、大変気の毒な子供日本国にいなくなるようなことを念願いたしております。  以上でございます。
  201. 大塚雄司

    大塚委員長 中村巖君。
  202. 中村巖

    ○中村(巖)委員 今回の民法等の一部を改正する法律案でありますけれども、主たる部分は特別養子制度を創設をするということ、それに関連をして従来の養子に関する規定の一部を改正するということが主眼になっているわけでございます。私としては、逐条的にいろいろお聞きをしたい、こういうふうに思っておりますけれども、その前段で基本的な問題を二、三お聞きをしておきたいというふうに思います。  今申し上げましたような今回の法案の内容でありますけれども、この養子制度というものが従来のような立法でいいのかどうかということについてはかねてからいろいろな問題があったわけでありまして、五十七年ですか、法制審議会で今回の審議を開始したときにも、養子制度全般についての見直しをしようということで始まっておると思いますし、あるいはまた、かつて昭和三十四年に「仮決定及び留保事項」というものができたときにも養子制度全般の問題であったわけであります。さらにまた、三十九年に審議をされているときにもそんなようなことであったわけであります。  結局、六十年の十一月に中間試案ができて今回に至った、こういう経過の中でこういう法案にまとめられたわけでありまして、養子制度を新たに創設するという部分については、それはそれとしまして、それ以外の部分についての養子制度の検討というものは、検討の結果の結論として今回の手直し程度の手直しで従来の養子制度がよろしいのだ、こういうことになるのか、今後も養子制度全般を見直していくのだけれども、当面その部分だけを変えよう、それは特別養子制度を創設するに伴ってそこのところを、一部の手直しを臨時的にやろう、こういうお考えなのかどうか、それをまずお伺いしたいと思います。
  203. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 その点は法制審議会で議論があったわけでございますが、養子の近代的な理念と申しますのは、子のための養子ということが根本でございます。しかし、現在の日本養子の運用の実態と申しますのは、成年養子が非常に多い。これは必ずしも養子のための養子というよりは、むしろ相続とか扶養とかが絡む、先ほど稲葉委員から御指摘がございました相続税というようなことにも絡むわけでございますが、そういうことに絡んだ、本来の養子制度の趣旨から申しますとやや不純な要素があるわけでございまして、それについて改正すべきではないかという意見もあるわけでございます。  しかしながら、実態としてそういう養子が非常に多く存在しているという状況のもとでそれを抜本的に改めてしまうということは、身分法というものが国民生活に深く根差したものがあるがために非常に難しい。むしろ現在の状況では、抜本的にそこのところを例えばイギリスのように未成年者しか養子を認めないというような立法にすることは非常に困難が伴うということでこうしたわけでございまして、さしあたりの現時点としてはこれは最善の立法であると考えております。
  204. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そうなりますと、言い直せば、当面新たに従来型の養子制度の見直しのための法制審議会そのほかということは考えられないので、当面は十年か二十年あるいは三十年、このような形で特別養子制度と従来型養子制度の併存でいくのだ、こういう考え方でおられるわけですね。
  205. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 この点は先ほど来局長からもお答えしておりますように、特別養子制度定着の度合いを見ましてこれがどのように発展していくかということは考えてまいりたいと思っておりますが、普通養子制度が全く変わる、あるいはなくなるというようなことにはならないと考えております。
  206. 中村巖

    ○中村(巖)委員 次に、今度この法案で特別養子制度が創設になるわけでありますけれども、養子制度全般から言うならば、特別養子制度が付加されたということは画期的なことである、こういうことになろうかと思うのです。殊に、従来養子縁組というものが縁組意思の合致による契約型の養子縁組、こういうことであったわけでありますけれども、今度はそういう考え方と全く異質な、どちらかといえば国家が養子を創設する、形成的、創設的養子制度というか、そういうものを導入した、こういうことになろうかと思うわけでありまして、その辺で異質なものが併存する形になるわけですが、そういうことは養子という概念そのものからすると何か二つの分裂したものがあるのじゃないかというような感じがしますけれども、その点はいかがでしょうか。
  207. 千種秀夫

    千種政府委員 確かに、現象的には現在の時点でそういう印象を受けるのは当然であろうと思います。しかし、よその国の養子制度の発展の経緯というものも見てまいりますと、やはり幾つかの養子、二つないし三つの制度が併存し、それがだんだんと本流になっていくものの中で消えていくというようなものもございましたので、養子制度につきましては、これは身分制度、身分法の一分野でございますから、世代を超えた長い期間に変遷していく様子を見守っていくべきではないかと思っています。
  208. 中村巖

    ○中村(巖)委員 それは理解はできるわけですけれども、養子という統一概念があるし、何か分裂的なことになってしまうのじゃないかという、養子とは何だということが大変説明しにくくなる部分があるのじゃないかな、こんな気がしているわけであります。従来型の養子でありますと、契約的な養子縁組でありますからそれが本体であって、未成年者の一部について裁判所許可ということがあるわけでありますけれども、それは補完的というか補助的というか、そういうことになるわけで、それが今度はそうではないということになりますと、特別養子をアドプトしようということになれば、それは請求によって家庭裁判所が裁量的にというか、一応の要件はあるわけでしょうけれども、裁量的に許可したり、許可というかそれを設定したり設定しなかったりする、こういう格好になるわけでございまして、そうなると、一つは、これは法務省がおやりになることじゃありませんけれども、家庭裁判所特別養子縁組を認めるというか創設するといった場合に、審判書というのはどういうふうに書くことになるのでしょうか。
  209. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 家庭裁判所がおやりになることでございますから、私どもも直接どうこうと言うことはできませんが、いわば一種の形成の裁判でございますから、当事者間に養子縁組を認めるあるいは設定する、そういうような形になるのではないかと思っております。
  210. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そこで、こういう新しい制度を創設するということになると、どの程度制度が利用されるかということが大きな関心事であるわけであります。それはいろいろ法律の中身との関係で、言ってみれば家庭裁判所制度の運用と申しますか、要件の解釈と申しますか、それによって随分違ってくるだろうとは思いますけれども、法務省としては、今後この制度をどういう人たちが利用すると考えておられるのか、それによってどの程度の人たちが、言葉は悪いのですけれども、この制度それ自体の恩恵に浴するとお考えになっておられるのか、その辺をお伺い申し上げます。
  211. 千種秀夫

    千種政府委員 この需要と申しますか、制度ができた場合に利用される方々がどのくらいになるかという見込みでございますが、これはなかなか難しいものでございまして、直ちに断言することはできないものでございますけれども、けさほども、家庭裁判所統計につきまして最高裁判所の家庭局長から若干説明がございましたように、現在、裁判所許可を要しておる普通の養子の六歳未満の人がどのくらいおるかということが一つの参考資料になろうかと思います。この数字は、せいぜい二千件とかその前後の数字でございます。それから児童福祉施設に世話になっておる子供児童が、やはり六歳未満でどのくらいいるだろうかということが厚生省の方からも紹介されたわけでございますが、今までの文献にあらわれております統計数字を見ますと、そういう施設で世話になっている子供は大体数千人という単位のものでございます。それから里親制度で、その中で養子縁組をした人たちが何人くらいいるかということで、ある時点でわかっている数字が四百余名というような数字が紹介されてもおります。こういうことをあれこれ勘案いたしますと、かなり要件を絞っておりますので、とりあえずこの特別養子を待ち望んでいる人たちは五百名から千人くらいはいらっしゃるだろうと思います。しかし、それ以上にどこまでといいましても、これはやはり千人単位の需要であろうと思います。  これが年々定着してまいりまして、養子制度というものをなるべく幼児に限って早くやるという傾向とともに、もっと上の年でも拡大してやってほしい、こういう要望によって法改正が進んでいくというようなこと、両々相まちまして、これが本流になっていくとすれば少しずつふえていくだろうと思いますけれども、今の養子縁組というのは、届け出件数でございますが、年々九万件というようなところでございますから、それを超えてまで広がるということはまずございません。結局、養子制度の中で相当のウエートを占めるとしましても、やはり当分の間は千件台でいくだろうということは、何千という単位のものであろうと推測しております。
  212. 中村巖

    ○中村(巖)委員 施設におられる子供さんたち、あるいはまた今里子に出されている子供さんたち、そういう方々は何とかこの特別養子縁組を、少なくとも幼児に関する限り利用するのがいいということで関係者も御努力になろうかと思うのですけれども、そういう方々というのはかなり少ないわけで、一般の場合には八百十七条の七があって、「父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合」、こういうふうに要件の絞りが非常にきついわけでありますから、その特別の事情というのはどこまで広げて解釈するかということもありますし、困難というのもどの程度をもって困難とするかということもあるわけでありますけれども、そうなりますと、年々家庭裁判所によってつくられる特別養子というものが、年の単位で言えば非常に少ないのではないかという感じがしてならないわけですけれども、年間にすればどのくらいの需要があるとお考えでしょうか。
  213. 千種秀夫

    千種政府委員 ただいま五百ないし千と申しましたのは、大体年間の数字のつもりで申し上げたわけでございます。
  214. 中村巖

    ○中村(巖)委員 それでは、条文に従って若干御質問を申し上げたいと思います。  まず、第七百三十四条でございますが、これは同僚委員が先ほど質問をいたしておりますけれども、七百三十四条の「第八百十七条の九の規定によって親族関係が終了した後も、前項と同様とする。」あるいは七百三十五条の場合には「第八百十七条の九の規定によって姻族関係が終了した後も、同様である」このように書いてあるわけですが、これが何となく「姻族関係が終了した後も、同様である。」ということだけでは、姻族関係が終了した後に生じた姻族、血族、こういうものをも排除するというか、そういう規定に読みにくいのじゃないかなと思うのですけれども、それも無理して読み込んじゃうという法務省のお考えでございましょうか。
  215. 千種秀夫

    千種政府委員 これは法文の書き方の技術的な、問題にも関連いたしますので、既にございます、例えばけさ申しましたが、七百二十七条に「養子養親及びその血族との間においては、養子縁組の目から、血族間におけると同一の親族関係を生ずる。」という規定がございますが、これと軌を一にした表現にしないと民法の中でまずいというようなこともございまして、同一というのはその時点において現にある人という特定ではございませんで、同一の範囲内というような性質を規定したものだ、こういうふうに一般理解されておるものでございますから、戻ったときにその範囲内にいる人たちは全部網がかぶる。要するに、終了した時点にはまだ生まれていないけれども、戻ったときにはもう生まれていたというのは、この血族の等親の関係で範囲におさまる人は全部入ってくるという理解になるようでございまして、そこの辺はどうも疑いがないようでございます。私どももそういうふうに言われまして信じておるわけでございます。
  216. 中村巖

    ○中村(巖)委員 それは先ほど同僚委員指摘しておりましたけれども、八百十七条の十一についても同じことで、こっちの方は「同一の親族関係を生ずる。」という「同一の親族関係」、同一というのを広く解釈すればそういうふうに読めないこともないという感じはしますけれども、何か両者とももう少し具体的に、一般人にもわかりやすいようにならぬものか。殊に七百二十四条、七百三十五条の関係はわかりにくいのじゃないかな、こんな感じがいたします。その点解釈上疑義がないのだともしおっしゃられれば、立法者はそういう意図で立法したのだということでそういう解釈になるのかもしれませんけれども。
  217. 千種秀夫

    千種政府委員 御指摘の点も踏まえまして、この解釈の趣旨徹底には改めて努めたいと考えます。
  218. 中村巖

    ○中村(巖)委員 続いて七百九十一条でございますけれども、「子が父又は母と氏を異にする場合には、子は、家庭裁判所許可を得て、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、」云々とありますが、七百九十一条の四項も同じですけれども、従来「戸籍法の定めるところにより届け出ることによってこという文言が挿入されていなかった、それが今回そういう文言をわざわざ挿入することになったのはどういうことなんでしょうか。
  219. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 今までは届け出について戸籍法が定めていたことは間違いないわけでございまして、これは当然あってもよかった規定で、現に離婚復氏のときにはそういう規定があるわけでございます。ただ、届け出するというだけでは特にこの規定を設けるほどの意味はないと考えておったわけでありますが、今回夫婦が、戸籍の筆頭にある者がこれを届け出をする場合には夫婦共同して届け出なければいかぬという規定を戸籍法に入れたわけでございます。これは七百九十一条で届け出ができるもののいわば事由をある程度拘束することになるわけでございまして、この点については、実体法でもその点を意識して、手続法たる戸籍法にそういう手当てがありますよということがはっきりわかるようにした方がいいのではないかという配慮でこういう規定を入れたわけでございます。
  220. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そういうことになりますと、原則と違う届け出方法があるのだからそれに留意してほしいという意味で入れたということですか。
  221. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 実質的な考慮としてはそういうことでございまして、ただこの規定自体は民法規定上も置いてあったり置いてなかったりするわけで、どちらでどうでなければならないということはないと考えております。ただ、先生指摘のような点がございまして、そうした方が望ましい、そういう規定を置いた方が望ましいという判断をしたということでございます。
  222. 中村巖

    ○中村(巖)委員 子が父または母と氏を異にする場合には一々家庭裁判所許可を得て氏の変更をするのは面倒じゃないか、また、そういうことをしないでもいいのではないかという議論が古くからあるわけでございまして、家庭裁判所もまたこういう規定があるために氏の変更に対する審判申し立てがやたらと起こってきて非常に煩瑣だ、こういう現実があるわけですが、今回、全般的にこういう場合の氏の変更について家庭裁判所許可を取ってしまうのではなくて一部についてだけ取ってしまう、こういうことにしたというのはどういう趣旨からでしょうか。
  223. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 この事例の典型は、例えば父親が認知をいたしまして、これは法律上は新しく父親になるわけでございますが、その認知した子供が父親の氏を名のるというような場合に、裁判所許可なしということになりますとストレートに届け出だけで父親の戸籍の中に入ってくる、建前としてはそういうことになるわけでございますが、そういうことが必ずしも今の社会的な観念から申しまして是認されると申しますか、それでいいという世論がまだ定着しているというふうには考えられないと一応判断したわけでございます。そういうことで、氏を同じくすることについて全く問題のないケースだけを外したということでございます。
  224. 中村巖

    ○中村(巖)委員 審議官のおっしゃるようならば認知のケースだけを外せばいいので、そのほかのケースを全部家庭裁判所許可に係らしめないようにすれば非常に簡易になっていく。また、そういうことを主張する戸籍関係の人々も、やはり全部外してもいいんじゃないかというような御議論があるようなので……。  それに関連して、要するに「子が父又は母と氏を異にする場合」というのはどういう場合が想定されるのか。そして七百九十一条二項で今度外されてくる、ここでは「父母の婚姻中」という要件がありますから、その関係で外されてくるのはどういうケースなのかということをちょっと御説明をいただきたい。
  225. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 離婚によって夫婦が氏を異にするというケースもございますが、そういうケースについてそれぞれ子供の意思だけでやるということ、あるいは子供の意思を外した親権者だけがやるということがいいかどうかということについて、いろいろ議論があったということでございます。  今回の規定で外されてまいりますのは夫婦共同の氏に変えるという場合でございまして、例えば養子に行くという場合に、養子になる者が既に子供を持っているという場合には、夫婦は共同して養子になった場合にはその養親の氏に変わるわけでございますが、子供は当然にはついてまいらないわけでございます。そういう場合に、現行の規定でございますと改めて家庭裁判所許可が要るという必要があるわけでありますが、こういうことをやめる。あるいは離縁の場合も、養子縁組中に生まれた子供というのは当然養親の氏を名のっているわけでございますが、その夫婦が離縁いたしますとそれに当然にはついていかないということで、そういう場合にも養親の氏を変わったもとの氏へ許可なしに変えることができるというようなことが典型例でございます。
  226. 中村巖

    ○中村(巖)委員 それはわかるのですよ。父母が養子縁組してしまった場合についてのケース、それから父母が離縁によって復氏してしまったときのケース、そのほかに先ほど言われた認知のケース、そういうものもあります。やはり一番多いのは父母が離婚をして一方が復氏をしてしまった、あるいはまた父母の一方が死亡をして、その結果生きている方の人が復氏をしてしまった、こんなようなケース、さらにその復氏をした人が再婚をしたというようなケースなんかが非常に多いのだろうというふうに思うのですけれども、こういうような養子縁組と離縁の場合を除いてはやはり従来どおり家庭裁判所許可が要る、こういうことになりますか。
  227. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 今度外した場合以外は、従来どおり家庭裁判所許可が必要でございます。
  228. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そうしますと、離縁と養子縁組の場合だけを外したんだということになると、これによって家庭裁判所に係属する氏の変更の許可審判申し立てが余り減らない、こういうことになりますか。
  229. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 先ほど説明が不足しておりまして申しわけございませんでしたが、ほかにも幾つか例はございまして、特異な例としては、父母が離婚した後に再び婚姻して前婚のときと違う氏を夫婦の氏と定めだというような例とか、あるいは非嫡出子が生まれていた場合に父母が結婚いたしまして、母の氏ではなくて夫の氏を称する結婚をした、そうすると父母は夫の氏になりまして、子供は従前母の氏を名のっておりますので、そういう場合にも許可なしに入っていけるということになるわけでございます。そういうような場合もこの新しい規定許可なしということになりますが、それにいたしましても御指摘のようにそんなに多い件数ではございませんで、圧倒的多数、先ほど御指摘のありました離婚のような場合につきましては従前どおり許可が要るわけでございますから、そういう点から申しますと、多くのケースは依然として家庭裁判所許可が必要なまま残されるということになろうかと思います。
  230. 中村巖

    ○中村(巖)委員 では七百九十五条に参りますけれども、「配偶者のある者が未成年者養子とするには、配偶者とともにしなければならない。」その場合に「配偶者の嫡出である子を養子とする場合」にはその限りでないということでありますけれども、配偶者の嫡出である子をさらに配偶者の側が、と言ってはおかしいですけれども、配偶者との間に養子縁組をする、事実実親子関係にある者が養子縁組するということはできないのでしょうか。
  231. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 御指摘のとおりでございまして、そういう場合にはできないわけでございます。
  232. 中村巖

    ○中村(巖)委員 この条文からは直接出てこないわけでありますけれども、ここで一番重要なのは、従来の共同縁組原則を捨てたというか、こういうことであるわけです。共同縁組原則というのは確かに問題は多くあろうかと思うわけですけれども、全面的に捨てないで未成年者の場合にだけは残しておく、こういうことはどういう理由に基づくものですか。
  233. 千種秀夫

    千種政府委員 これは今回の特別養子につきまして私どもが考えておりますのとある程度共通なことでございますが、未成年者はまだ監護養育が必要であるということが前提にございまして、そのために養親となるべき者はやはり監護養育をするに適した親でなければならない、理想といたしましては夫婦がそろっている方が好ましいということがございましたので、その部分につきましては夫婦共同縁組を残したといいますか、現状のままにしたと言った方がよろしいかと思います。そういう趣旨でございます。
  234. 中村巖

    ○中村(巖)委員 この場合に、未成年者じゃない者について、なお夫婦共同縁組というものもできるというふうに解せられるわけですか。
  235. 千種秀夫

    千種政府委員 夫婦の共同を原則から廃止したということは、できないということではなくて、夫婦共同縁組が行われる、ただ、共同縁組という考え方が少し変わるということになりましょうか、縁組行為というのは個々の人間が単独でやることでございますから、二人やっても二つの行為があるというふうに理解すれば、これを共同縁組というのかどうかという問題がございまして、今まではどっちかというと分割できない、まさに共同縁組という行為があったわけでございます。ですから、片一方が意思表示できないときでも片一方の意思表示によって共同縁組が成立したという法律的な構成になっておったわけですけれども、それが今度は二つに分かれましたから、二つの行為がある、そういう意味では結果としては共同縁組ができるということで、実態はそんなに変わらないのではないかと思います。
  236. 中村巖

    ○中村(巖)委員 ちょっとは変わると思いますよ。例えば今まで共同縁組だから離縁の訴訟なんて必要的共同訴訟だ、こういうことになっていたわけですから、今度はそういう二個の行為があるというふうに解するのだということになれば、必要的共同訴訟である必要はなくて、ただ未成年者の場合には依然として必要的共同訴訟になるのかもしれませんけれども、そうすると、今度は未成年者以外については必要的共同訴訟ではない、こういう解釈になってくるわけですか。
  237. 千種秀夫

    千種政府委員 先ほど私が申し上げました考え方によれば、そういう理論が成り立つのだろうと思います。裁判所はどういうふうにお取り扱いになるか、そこはちょっと私もわかりません。
  238. 中村巖

    ○中村(巖)委員 次に、七百九十六条で、「配偶者のある者が縁組をするには、その配偶者の同意を得なければならない。」こういうことになっておりまして、あくまでも共同縁組原則をなくしても配偶者のある者の場合には同意を得る必要があるのだ、こういうことになるわけですけれども、これはなぜ同意というものを依然としてというか、同意というものを今度は置いておかなければならないわけですか。
  239. 千種秀夫

    千種政府委員 夫婦は、養子を片方がとります場合には、直接ないろいろな面で利害関係が生じてまいりますから、そういう実質を考えますと、共同でやらないまでも同意を条件にしないとその後がまたうまくいかないだろうということで、別々にするかわりに同意をとりなさい、こういう形にしたわけでございます。
  240. 中村巖

    ○中村(巖)委員 それはそれでいいといたしまして、七百九十七条の二項でありますけれども、この場合に「監護をすべき者であるものが他にあるときはここの解釈でございますけれども、離婚をしたというようなときに、親権者のほかに監護者というものを決めて法定的にそういう監護者となった者があるときにはというのか、事実上監護をしている者があるときはというのか、どういうことですか。
  241. 千種秀夫

    千種政府委員 これは事実上しゃなくて、はっきりと決めて監護者となった者を指しておりまして、これを決めるのは、当事者が協議で離婚のときに決める場合もございますし、裁判所あるいは審判などでその監護者を別に定めるという場合もございます。そういうふうに正式に決まった者を指しております。
  242. 中村巖

    ○中村(巖)委員 審判裁判所だけではなくて、協議離婚でも監護者は別にすることができますけれども、親権者と監護者が別々であるという、そういう法律上というかそうなった場合でなくても、事実上監護をしている者があるときはその人を無視することはどうなのかという疑問もあると思いますが、いかがですか。
  243. 千種秀夫

    千種政府委員 現在監護をしているという現状だけをとらえていいますと、勝手に連れていって監護している人もいるわけでございますので、どうもそこのところの区別が難しいわけでございます。したがって、監護者という以上は合意に基づいて監護者になっているということが最小限必要ではないかと思います。
  244. 中村巖

    ○中村(巖)委員 その点もそれでいいことにしましょう。  今度は八百六条の二であります。一項は同意がなかった、二項は詐欺または強迫によって意思表示に瑕疵があった、こういうことでありますけれども、それが取り消し事由になるんだということです。ただ、追認した場合は別ですけれども、六カ月を経過したらそれは時効というか除斥期間というか、そういうことでそういう権利はなくなってしまうのだということは果たしてどうなのかという感じがしないわけでもないので、ここに六カ月という期間を設定したのはどういうことからでしょうか。
  245. 千種秀夫

    千種政府委員 六カ月というのは、早期にその関係を安定させたい、確定させたいということから、どの程度の期間ならばいいか、それは他人間の場合と夫婦の場合とその知り得べき状況が違うだろう。この場合夫婦のことでございますから、六カ月あれば十分ではないかということから六カ月という期間を置いたわけでございます。
  246. 中村巖

    ○中村(巖)委員 次に、八百六条の三であります。外見上から見ると何かちょっと奇妙な気がして……。七百九十七条二項の規定に違反して監護者の同意を得なかった場合でありますけれども、その取り消しを裁判所に請求することができる、取り消し事由になる「ただし、その者が追認をしたとき、又は養子が」云々とありまして、ここでは八百六条の二の一項、二項と違って、追認をしたとき以外に六カ月によってこういう権利がなくなるんだという規定が欠けているわけですね。これは何か合理的な理由があるわけですか。
  247. 千種秀夫

    千種政府委員 この場合のただし書きには「養子が十五歳に達した後六箇月」というような規定がございますが、これは既に夫婦でないものですから、夫婦の場合は身近にいる人間でございますから六カ月ということで確定させてもよろしいとは思われますが、よそにいる他人が監護者でございますから、これはそういうことで直ちに確定させるのは少し問題があるということから外してあるわけでございます。
  248. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そうすると、今の場合には養子が十五歳に達しなければ、結局同意を得てない場合あるいはまた同意が詐欺または強迫によっても、それは一年あるいは二年後に取り消しを求められる、こういう解釈になりますか。
  249. 千種秀夫

    千種政府委員 結論として仰せのとおりになります。これは監護状態がずっと継続して変更がない、こういうことが頭の中に前提とされていもわけではございますけれども。
  250. 中村巖

    ○中村(巖)委員 監護状態がずっと継続していくということは、何も要件にはなっていないのです。法文上はなっていないのですから。その当時は監護していた、したがってその人の同意を得なければならなかった。その後に監護権者じゃなくなってもその当時そうであれば取り消し事由が後になって消滅してしまう、こういうことはないんじゃないですか。
  251. 千種秀夫

    千種政府委員 監護権者じゃなくなるといいましても、なくなるためには養子が有効に成立してなければいけないわけですから、一応はなくならないということでございます。ただ、事実上連れていってしまったのはどうしてかというようなことがあるかもしれませんけれども、やはりそこは信義則みたいなものでございまして、奪って持っていってしまえば申し立てができないということになりますとかえって子の奪い合いを助長することになるのではないかというふうに思うのでございます。
  252. 中村巖

    ○中村(巖)委員 次に、八百十条でありますけれども、「養子は、養親の氏を称する。ただし、婚姻によって氏を改めた者については、婚姻の際に定めた氏を称すべき間は、この限りでない。」「婚姻によって氏を改めた者」については、養子縁組後に婚姻によって氏を改めた者、こういうふうに限定的に解されるわけですか。
  253. 千種秀夫

    千種政府委員 ちょっと御質問の趣旨と違ったら訂正したいと思いますが、この「婚姻によって氏を改めた者についてはこというのは、夫の氏を称する婚姻をした女性がおりましてそれが後に養子になったといたしますと、養親の方の氏に変わるのか、こういう疑問が出ます。その場合のことを言っておるわけでございます。だから、婚姻中に夫の氏を称さないで親の方の氏になってしまっては夫婦が別氏になってしまいますから、そういう意味で婚姻中は夫の氏が優先だ、こういう規定なんでございます。
  254. 中村巖

    ○中村(巖)委員 養子縁組をした後に婚姻をすれば、その人が女性で夫の氏を選択すればそれを称するのは当然のことだから、その場合には初めから問題がないわけですね。今局長の言われるように、婚姻があってその後に養子縁組をした場合のことを指している、こういうことになるのですか。
  255. 千種秀夫

    千種政府委員 さようでございます。
  256. 中村巖

    ○中村(巖)委員 次に、離縁でありますけれども、八百十一条以下であります。六項ですけれども、「縁組の当事者の一方が死亡した後に生存当事者が離縁をしようとするとき」は家庭裁判所許可が要る。この辺は、従来養子の側からだけできたものを養親の側からもできる、こういうふうに改めたので、養親の側からできてもそれはいいと思うのですけれども、積極的にこういうふうに変えてしまわなければならないのだということの理由というのは、何か従来の規定が家制度偏重というかそんなことがあったから、こういうことなんですか。
  257. 千種秀夫

    千種政府委員 現行制度は、養親が死亡した場合に「養子が離縁をしようとするときはこというので、養子から一方的に離縁ができる規定になっておりまして、養子が死亡した場合に養親が離縁するという規定が実はなかったわけでございます。そのなかった理由はなぜかということなんでございますけれども、これは説明などを見ておりますと、やはり養子というのは家を継ぐために行っておる。養親が死亡したときにもう継ぐ家がないからといってさっさと帰られては困るので、そのときには、前は戸主の同意とか何か要る、そういう建前を、戦後は家庭裁判所許可があったときには離縁ができる、こういうようなことになってこの規定が残っておったというふうに言われております。  しかし、そういうふうに養子の方を離縁できる、要するに養子が死亡した場合に養親の方からできるという規定がなかったのは相互主義というような平等な考えからすると手落ちではないかということで、双方からできるという規定に改めたのだ、こういうふうに説明されているわけでございます。
  258. 中村巖

    ○中村(巖)委員 従来の説明が余りよくわからないなと思って聞いているだけです。それこそこの縁組一つの対等契約みたいなものとすれば、これは両方からできなければおかしいということはそのとおりかもしれませんけれども、従来どうしてこういうことになっておったのかな。  家制度重視ということになると、両方から離縁もできない、一たん養子に入った以上は、殊に死んじゃってからはもうそんな離縁なんというのは認めない方がいいではないか、こういう考え方も成り立ちますし、また翻って考えれば、死んだ者との間に離縁というものを擬制することもおかしなことではないかなという感じがするのですが、いかがでしょうか。
  259. 千種秀夫

    千種政府委員 まことに御指摘のとおりでございまして、この死後離縁という制度が我が国特有なものであるということからしても、戦前の家の制度の名残ではないかというふうにも感じられるわけでございます。  要するに死亡した者と離縁するという意味いかんなんでございますけれども、一般に言われておりますのは、親子関係でございますから、親族の関係を含めて扶養の関係とか相続の関係というような身分関係が残っておる、それを断ち切るということが実質でございまして、この親と子の二当事者間の関係というものは一方が死亡すれば切れてしまうわけでございまして、婚姻の場合はしたがって死後離婚というのはないわけでございます。それを離縁についてだけ認めるということは、その周辺の法律関係を切るという特別な意味があったのだというふうに説明されております。  そういうことで、そういう制度が依然として残っていたということ自身が、おっしゃるようにおかしいといえばおかしいのかもしれません。しかし、あるものでございますから両方にということになったわけでございます。
  260. 中村巖

    ○中村(巖)委員 次に、八百十一条の二ですけれども、これは七百九十五条と照合するというような関係でこの規定を新設したということですか。
  261. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 御指摘のとおりでございます。
  262. 中村巖

    ○中村(巖)委員 八百十三条の二項でありますけれども、七百三十九条の第二項あるいは八百十一条及び八百十一条の二の規定に違反していながら受理された届け出があった場合に、この違反していたということを理由にして離縁がその効力を妨げられない、こういう規定をわざわざ設けるというのはどういうことなんでしょうか。
  263. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 八百十一条について、前から八百十三条で八百十一条の規定に違反しないことを認めた場合でなければこれを受理することができないという規定があり、それを受けて二項で御指摘のような規定があるわけでございます。八百十一条というのは前からあるわけでございまして、この点については従前と同じような考え方をとっているわけでございます。
  264. 中村巖

    ○中村(巖)委員 八百十四条、この点については一項第二号、今まで「養子の生死が」というのを「他の一方の生死が」というふうにしたので、これは養子の生死不明だけを離縁事由にしていたというのは確かに何かおかしいので、両方にしなければならないということはもっともだと思いますが、そういう考えで、両方が対等ということを保障するために改正をした、こういうことですか。
  265. 千種秀夫

    千種政府委員 さようでございます。
  266. 中村巖

    ○中村(巖)委員 先ほど他の同僚委員も聞いておったと思いますが、八百十六条の二項、離婚の場合と離縁の場合の続称について、生活実態が長期に続いたか続かないかということは、離婚の場合には必要としないけれども離縁の場合には長期、七年それを必要とするのだ、こういうふうに分けるというか、違えておくということが何で必要なのかなと思うのですが。
  267. 千種秀夫

    千種政府委員 確かに長年呼称を使用したという観点からとらえますと、性質は同じように見えまして区別するのにはいかがかというふうな感じもしないではございませんけれども、離婚の場合、例の婚氏続称を制定するときの経過で見ますと、実際そういう必要がある場合は大概子供がいて、子供と親との氏が異なることが社会生活上の非常な障害になるというのが大きな動機であったようでございます。そういう意味で、長年使用しなくても子供がいる場合がかなりございますものですから、特にその制限をしなかった。また、その名前を使うためにちょっと結婚してまた離婚するなんという人は、結婚の場合は余りいないのじゃないか。ところが養子の場合は、名を変えるために割合気安く養子になる人もあり得るということも考えられまして、そこが差別をした理由でございます。
  268. 中村巖

    ○中村(巖)委員 以下は特別養子でありますけれども、特別養子のことを聞く前にちょっと戸籍のことですが、特別養子の場合には中間に特別養子になる子の独立の戸籍をつくるということになっておって、その独立の戸籍の身分事項欄ですか、そこには家庭裁判所特別養子審判があったということを書くわけですね。それから今度養親の戸籍に入るわけですね。養親の戸籍に入ったときに、その身分欄にも同じようなことを書くのですか。どこどこから転籍ということだけではなくて、それはやはり家庭裁判所審判によって特別養子になったということを書くわけですか。
  269. 千種秀夫

    千種政府委員 仰せのとおり書くわけでございまして、今考えられているこの文章をちょっと読ましていただきますと、昭和何年何月何日民法第何条による裁判確定、同月何日父母届け出、どこの何番地のだれだれの戸籍から、そのだれだれというのは既に独立の新戸籍を編製したその戸籍ですが、その戸籍から入籍、こういうような文章になります。
  270. 中村巖

    ○中村(巖)委員 確かに戸籍はたどれなきゃ非常に困るわけだからそれはいいのですけれども、そうなると、独立の新戸籍をわざわざつくっているわけですから、そこから今度養親の戸籍に入るときにこの審判による旨を書かなくても、これこれの戸籍から入籍したんだということだけ書いておけばそれでもたどれるのじゃないか。わざわざそんな余計なものを書くから、仮に人が見たときにわかっちゃうというか、そういうことになるのじゃないか。それは独立の新戸籍をつくるところまではそのことを書くことは必要なんだろうと思うけれども、そこから先まで書く必要があるのか、こういうことですが、いかがですか。
  271. 千種秀夫

    千種政府委員 この辺はいろいろ議論もございますけれども、戸籍の上でいつからその子供になったかということがはっきりしませんと相続とか何かの場合に困る場合があるというので、その人の現在の戸籍でわかるようにということでその何日ということを記載するように考えたわけでございます。
  272. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そうおっしゃっても、だってそこにどこどこの戸籍から何月何日に入籍したんだということが書いてあれば、相続関係を調べるときでも、前の除籍はどうなっているんだ、除籍、つまり独立の戸籍ですね、これはどうなったんだと調べなければこれはできないわけですから、当然そういう除籍謄本はとることになるわけで、そうだとすれば要らないのじゃないかと思うのですけれども、いかがでしょう。
  273. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 戸籍の建前として入籍に関する事項をきちんと書く、新戸籍編製事由といいますか、入った事由を書くということと、それから必ずしも除籍までたどらなくてもその戸籍だけでできるだけの情報は出したいということもございまして、そういう記載にさせていただいているわけであります。
  274. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そうだとすると、養子縁組をするに先立ってまずその養子になる者の独立の戸籍をつくるということの意味はどこにあるのですか。
  275. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 これはダイレクトにまいりますと、除籍の戸籍でない場合にはその記載を衆人環視と申しますか、自由に見られるわけでございます。ところが除籍になりますと、行く先がわからない、つまり新戸籍のところへ行くということしかもこの戸籍からはたどれないわけでございまして、新戸籍、単身のすぐに除籍になるその戸籍というのは当然に見られないわけでございます。そこからどこへ行ったかということは追跡不能になる。また逆に新戸籍の方からも、真ん中にそういう戸籍がありまして、そこまではたどれるけれどもその先のもとの親の戸籍というのは普通の人はたどれないということになりますので、そういうふうな形にして秘密と申しますか、プライバシーを保護しようということにしたわけでございます。
  276. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そのことは、言い直せば、戸籍というものは比較的公開的であるけれども、除籍というか、除かれた戸籍というものは公開性が薄い、その差を利用したんだ、こういうことですか。
  277. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 そういうことに相なります。
  278. 中村巖

    ○中村(巖)委員 この八百十七条の二でありますけれども、家庭裁判所特別養子関係をつくる、それについては養親となる者が申し出なければそれはできないということになっている。その養親となる者の申し出をここで「請求」という言葉であらわしているわけですけれども、何か従来の家事審判とはなじまない、こんな感じなんですが、どうして請求という言葉なんですか。
  279. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 これは前例があるわけでございまして、例えば宣告についての三十条も同じように請求という言葉を使っております。この請求は、実体法上の請求とともに裁判上の請求ということも兼ねているわけでございまして、そういう趣旨で、今までの民法の用語例に従ったということになろうかと思います。
  280. 中村巖

    ○中村(巖)委員 やはり申し立てというような言葉よりも請求という言葉がなじむということですか。
  281. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 申し立てというのは、手続法的に裁判所に対する申し立てということであるわけでございますが、この規定民法規定でございますから、実体的な意味を込めて請求という言葉を使っているのだというふうに考えております。
  282. 中村巖

    ○中村(巖)委員 実体的にといっても、実体法上の請求権みたいなものは別として、この場合には創設的に家庭裁判所がつくるわけですから、実体法じゃなくて手続法みたいな関係にあるのだろうと思いますけれども、法務省の御説明はそういうふうに承っておきます。  次に、八百十七条の三ですけれども、「夫婦の一方が他の一方の嫡出である子の養親となる場合」、こういう場合を認めているわけですね。一方は嫡出子ですから実子であって、一方は特別養子である。養親片一方については実子である、片一方については特別養子であるというような関係というものも、それはあり得るということですか。
  283. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 そういう場合があり得るということを前提にした規定でございます。
  284. 中村巖

    ○中村(巖)委員 この場合に、先ほどちょっと伺ったのと同じようなんですけれども、一方の嫡出である子について、自分の実子特別養子にするということはできないわけですか。
  285. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 実子特別養子にするということはできないためにこういう規定を置いたわけでございまして、連れ子のような場合に片一方子供だけ、つまり実子関係のない者だけが特別養子にすることができるということになるわけでございます。
  286. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そういうふうに親との関係がばらばらになる、それによってどういう不都合が生ずるか私もちょっと想定ができないのですけれども、何か不都合というものが生ずるおそれというものはないわけですか。
  287. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 特別養子という関係を一体的に処理した方がいいという考え方もあるわけですが、そういうふうに実子特別養子にするというのは非常に技巧的な、法律家だけの納得が得られるような考え方のようにも思われまして、これで差し支えない。そして、そういうことによって実子と同じような関係が生ずるわけでございますので、特に問題にすることはないのではないかというふうに考えております。
  288. 中村巖

    ○中村(巖)委員 だんだん時間がなくなってきますので、余り逐条的にいかないかもわかりませんが、第八百十七条の五の方です。条文上からいえば当然ですけれども、請求のときに六歳に達していなければ、実際に審判されるときには何歳になっていても特別養子関係が形成される、こういうことになりますね。
  289. 千種秀夫

    千種政府委員 さようでございます。
  290. 中村巖

    ○中村(巖)委員 それに関連して、八百十七条の八に六カ月以上の監護ということがあるわけですけれども、結局法務省の想定していることでは、一体請求があって監護の状況というのはどのくらい見なくちゃならないというお考えでおられるわけですか。やはり六カ月見ればいいというのか、場合によっては一年も二年も様子を観察をしなければ家庭裁判所許可しない場合もあり得る、こういうことを想定しておられるわけですか。
  291. 千種秀夫

    千種政府委員 私ども考えますのは、原則六カ月以上あればいいということでございまして、一年も二年もというような特異な例がないとは言えませんが、余りそういうことは考えていないのでございます。
  292. 中村巖

    ○中村(巖)委員 八百十七条の八の二項で「前項の期間は、第八百十七条の二に規定する請求の時から起算する。」こういうふうになっている意味は、請求のときから六カ月以上観察をしなければならない、監護した状況を見ておらなければならないということを意味するのでしょうか。そうだとするならば、この請求を裁判所に出して、そして実際にその裁判所審判が得られるのは常に六カ月以上後ということになるわけですね。
  293. 千種秀夫

    千種政府委員 原則はそういうことになりますが、この八百十七条の八の二項ただし書きに、その前から実は監護の実績がある、それがよくわかっている場合にはそれを算入していいという意味で、すぐでもいいわけでございますから、そういう意味では、必ずしも六カ月必ず経過しないと審判がおりないということはないわけでございます。
  294. 中村巖

    ○中村(巖)委員 それは前からそういうふうにしていればそうでしょうけれども、例えば施設から引き取ってきて、引き取ると同時に請求を出したということになれば、やはり私が申し上げたようなことになるということですね。
  295. 千種秀夫

    千種政府委員 さようでございます。里子制度なんというのもございますものですから、そういうことを申し上げたわけでございます。
  296. 中村巖

    ○中村(巖)委員 その前に戻りまして、八百十七条の六ですけれども、「特別養子縁組の成立には、養子となる者の父母の同意がなければならない。」これは父母の同意が得られなければ別ですけれども、得られれば同意を得なければならないということになるのですが、この場合に、父母の同意に瑕疵があった、あるいは実は同意が不存在であったというような場合に、この特別養子縁組の効果はどうなりましょうか。
  297. 千種秀夫

    千種政府委員 これは普通の手続でございますと再審事由みたいなものでございまして、審判につきましてもそういう考え方ができるであろうと思いますが、そういうことで、これが無効であるというふうに宣言されない限りは有効であるということになると思います。
  298. 中村巖

    ○中村(巖)委員 その前提、前提といいますか、特別養子縁組審判そのものについては、これは甲類審判事項ですか、この縁組をする、あるいは縁組は許さないという家庭裁判所の決定に対する抗告という関係はどうなりますか。
  299. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 その関係は、最高裁判所規則でございます家事審判規則で定めることになっております。これは今後、最高裁判所の規則制定諮問委員会を経て裁判官会議の議を経てつくられるわけでございますが、即時抗告は認められるようになるように伺っております。
  300. 中村巖

    ○中村(巖)委員 即時抗告ということになると、今は、先ほどの父母の同意に瑕疵があった場合に、それが即時抗告期間内にわかれば抗告ができるわけですけれども、その即時抗告期間を徒過してしまえば、後は再審みたいなものによるしかないということになるのですか。
  301. 千種秀夫

    千種政府委員 おっしゃるとおりでございます。
  302. 中村巖

    ○中村(巖)委員 八百十七条の七、これはちょっと聞きにくいのですけれども、これは非常に重要な、要件を絞りをかけた規定でありますから、重要な規定なので、ざっくばらんに言って、例えばこの「養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある」ということの要件を厳しく解釈すると、施設におられる子供さんやなんかはいいかもわかりませんけれども、うち子供が多いからよそへやっちゃうというようなことは実際はできなくなってくる。その家が著しく貧困で、飯が食わせられないということなら監護が困難でいいですけれども、そうじゃなくて、うち子供が多過ぎるからよそへやっちゃおうというようなことができるのかできないのか、こういう問題になってくるわけで、その特別の事情というものをわざわざここに加えてあるわけですけれども、特別の事情というのはどういうことを想定しているのですか。
  303. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 これは、前からお話ししておりますように、断絶の効果が生ずるということと、それから実子同様の関係になって、離縁ができなくなるという関係になるわけでございまして、そういう関係にしても、子供利益を害さないということが特に問題になるのではないかというふうに考えております。  先ほどもちょっと話が出ましたように、普通養子になっている場合に、養父母による監護が別に著しく困難、不適当ということじゃなくて、その者を再度特別養子にやるということも、場合によっては、子供のためにはそういう特別養子にすることの方がふさわしいというケースがあるわけでございまして、そういうことを想定して、裁判所の裁量権の範囲を広目に認めております。
  304. 中村巖

    ○中村(巖)委員 そうすると、私が想定をしたような事情の場合、あるいはまた先ほど審議官が言われる、普通養子に行っておって、その家はある程度裕福で生活にちっとも困らない、こういうような状況であっても、むしろ子供福祉のためにどっちの方がいいのだという比較考量の上で物が決まってくるということにならざるを得ない。そうすると、前段の要件というものが、例示みたいな要件ですけれども、これが非常に緩和されちゃって、余り意味がなくなってくるのじゃないか、こんな気がするのですが、いかがですか。
  305. 千種秀夫

    千種政府委員 これは実際成立しました後の運用の問題でございますから、運用するのはやはり裁判所審判の過程でございますので、裁判所がこれをどう受け取るかということにもかかってまいりまして、もちろんここに書いてある言葉は抽象的でございますから、時代によって、生活状態によって、また生活水準によっていろいろ変わってくる可能性は十分あるとは思います。しかし、ここにこう書いてあるということは、かなり要保護要件が厳しく書いてございますから、これがほとんど抜け殻同様になるということは考えられないのではないかと思います。
  306. 中村巖

    ○中村(巖)委員 ちょっともとへ戻りますが、八百十七条の六で、父母の同意ということについて、これは当然のことなのかもしれませんが、既に普通養子になっている場合に、父母の同意というのは養親の同意を指すのか、普通養子になっている人が今度は特別養子に変わろうという場合、養親の同意だけで足りるのか、その実方の父母の同意、つまり全部生きていれば四人ですね、その同意が必要なのか、この点はいかがですか。
  307. 千種秀夫

    千種政府委員 この場合は法律上の父母は全部でございますので、今の御説ですと四人ということで全員、あるいは双方と言ったらよろしゅうございますか、実方と養親両方の同意が必要でございます。
  308. 中村巖

    ○中村(巖)委員 時間がなくなりましたので、あと一点だけ聞いて終わりにしたいと思います。  八百十七条の九で、断絶をするということでございますけれども、この八百十七条の九の解釈として、特別養子になった人は実の父母に対して、認知の請求あるいはまた親子関係存在確認の請求あるいはまた親子関係不存在確認の請求をする道というものはこれで閉ざされる、こういうことになるわけですか。
  309. 千種秀夫

    千種政府委員 仰せのとおり、そういう道は閉ざされることになります。
  310. 中村巖

    ○中村(巖)委員 「血族との親族関係は、特別養子縁組によって終了する。」というこの文章のストレートな、反射的な解釈でそういうふうになってくるというのはよくわからないのですけれども、それはどうしてそうなってくるのですか。
  311. 千種秀夫

    千種政府委員 これは多少回りくどい説明でございますが、それを認めて、認知をした、した途端に切れる、これこそむだなことになるわけでございまして、およそ親子関係が切れるという以上は、親子関係を求めることも含めて一切おしまいということでないと、かえって切ったという意味が蒸し返されるということになって意味がなくなるというおそれがあるわけで、むしろそれは当然解釈としてそういうことに理解されておるわけでございます。
  312. 中村巖

    ○中村(巖)委員 ただ、それは一応切れるにしても切れないにしても、実の親があって、その後特別養子になるときには親がだれだかわからないということがわかった、だから、切れるにしてもやはりそれが実の父母であるんだ、実の父母が初めからわかっていれば話は別ですけれども、そういうことを確認をしたいという心情というものはあるのじゃなかろうか。それは切れるのだからむだなことですということでは済まないのじゃなかろうかという気がするのですけれども、どうですか。
  313. 千種秀夫

    千種政府委員 確かに、そういう心情といいますか、そういう議論はあるわけでございますが、結局切る以上は切ろうということでございまして、実際にも、期間が切れて、あるいは認知をしないでそういう子供がいるという状態もあるわけでございますから、それは切っても仕方がないのではないか、こういうふうに考えているわけでございます。
  314. 中村巖

    ○中村(巖)委員 時間ですので、終わります。
  315. 大塚雄司

    大塚委員長 安倍基雄君。
  316. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 午前中の話の続きですけれども、その前に、こういう考えもあるのですね。  それは、確かに特別養子制度というのが孤児を、要するに子の救済の見地からいいという面もあるのだけれども、一つは、あれは戦災というか戦争における孤児というのがまず出発点だと思うのですがね。その次に、最近出てきているのは不倫の子とか、そういうようなのが大きな供給源といった言い方は悪いけれども、それを救いましょうという話になってきているというのですが、これは見方によると、また親の責任を放棄するというか、子の立場から言えば、確かに生まれてきたものはかわいそうだということもあるのですけれども、逆にこういう特別養子に出せるわいな、こう言いますと、別にそれによって不倫の子がどんどんふえるとは言わぬけれども、倫理的に何か一つのチェックというか、産んだ以上は最後までどうしても面倒を見なければいかぬのだなという意識を逆に薄れさせる可能性も全くなきにしもあらずだ。それはどのくらいチェック機能になるのかわかりませんけれども、血のきずなというものは切れないものだな、だからその結果、要するにやはり最後までつきまとうんだなという意識を逆に持たせるということも一つの見方ではあるのですよ。  さっき私、血の問題ということをしきりに言いましたけれども、こういう倫理、つまり生まれてきた子はかわいそうだ、かわいそうだというのも一つの議論なんだけれども、そういう子供をつくらせない、つくらせないというか、ある意味から言うと最後までなかなか親のきずなが切れないなというのがいざというと犠牲にならぬとも限らぬ。特に日本の場合には、さっきの、最初から申し上げる血のつながりという意味で、果たしてこれが倫理の面からいって本当にいいんだろうか。私らは民社党でも半ば右翼的な人間ですからね。だけれども、家とか血とか親の責任とか、そういう面からいった議論がどの程度この特別養子のときになされているのか。子供はかわいそうだ、かわいそうだというのはわかりますよ。しかし、そういう子供を逆につくらせまいという歯どめにこの血のつながりというものがあったのじゃないかな。  これは産んだって、自分の身分は消えて、子供はどこかで育ててもらいますよという話になると、それがどのくらい不倫の子をふやすかふやさないかわからぬけれども、少なくともそういった意味の議論が十分なされているのかな。戦争孤児は仕方がないですね。今や戦争孤児なんか余りないんだから、むしろ特別養子の供給源というのは、そういう親が知られては困るというような、それから生活といったって、相当生活程度は上がってきているわけですよ。要するに、子供を養えないというのは昔に比べればそんなにいないはずですよ、そんなことを言うと怒られるかもしれぬけれども。そうなると、むしろそういう扶養ができる、できないという物理的不可能というのは大分滅ってきているはずだ。その面で、この特別養子制度が果たしてそういう倫理あるいは社会道徳の面で本当にプラスになるのかな。戦争直後の戦争孤児の考えでやるなら非常におかしいのじゃないか。その辺の議論がどのぐらいなされているか、私は聞きたいと思いますし、その後のそれについての御感想をまた大臣からも聞きたいと思います。
  317. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 この特別養子の議論が昭和三十四年ごろにできましたときには、これはいわゆる事実上の養子と申しますか、虚偽の出生届をして実子と同様に、子供が生まれたということをやみからやみへ葬ってしまおうというような動きに一つの法律的なルートをつくろうということでできたわけでございます。先生の御指摘のような面も確かにあると思いますけれども、しかしそれはこういうことによって廃絶できるものではないわけでございまして、後そのできた結果をどういうふうにすれば一番よく後始末ができるかということが問題になろうかと思います。  それからまた、この子供の供給源は必ずしもそういう不倫の子というようなものではなくて、親が死んだとかあるいは親の中にも非常に無責任な親がございますから、子供を捨てて家出してしまうというような親もなきにしもあらずでございまして、そういう無責任な親の子供というものをどういうふうにしたら最もいい状態で育てることができるかという見地から制度として構築されたというふうに御理解いただければというふうに思っております。
  318. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 じゃ卵が先か鶏が先かということになるけれども、今、そういうことをしたからといって不倫の子がふえるわけじゃないですよ、不倫の子は黙っていてもふえますよとおっしゃるけれども、むしろ親の責任というものをあくまでも追及するという法システムだって考えられるわけですよ。だから私は、何も不倫の子だけの責任じゃない、子供を放置する親が大勢いる。放置する親か、どっちが先かわからないけれども、逆にそういう面があれば、またますます責任感が薄れていくという可能性だってあるわけですよ。だから、今あなたのおっしゃる言い方はちょっとおかしいのだな、黙っていても不倫の子はふえますよ、だから子供を見ますよと。子供の面倒を見ない親もいますよ、だから子供を見なくてはいけませんと。逆に、最後の最後まできちっと親が面倒を見なくてはいけないという制度にしておけば、発生は減るかもしれない。それは社会教育全体の問題ですけれどもね。  だから私はここで、さっきの血の話という話とまたあれになるわけですけれども、やはり倫理、教育、全部絡まってくるわけですね。だから要するにさっきは、子供の選択権はどうか、子供の幸福というのは本当に養われることだけなのか、あるいは本当の親のところへ戻っていくのか、今度の制度はほとんど子供に選択権がないじゃないか、まだドイツの方があるじゃないかという話をしたのだけれども、これも一つのポイントだし、二番目の、ちょっと時間もあれですからなにですけれども、特別養子制度の過程でどの程度こういった議論がされているのか、もう一遍それを民事局長に聞きましょう。
  319. 千種秀夫

    千種政府委員 特別養子に関する「仮決定及び留保事項」の中にそれが盛られたというのは昭和三十四年のことでございまして、それが議論されたのは三十七年から九年にかけてでございまして、それからその後も議論はございましたけれども、最近の例で言いますと、例の昭和四十八年の菊田医師事件においてその問題が取り上げられたときに同様な議論がなされたわけでございます。  特に菊田医師事件のときにおきまして対象となった子供というのは、例の未婚の母であるとか不倫の子であるとかいうことから、割合特別養子というとそういうイメージがあって実は困る点もあるのでございますが、やはり交通事故で親が亡くなるとか、この間の日航機の事件で親が亡くなった例もございます。ああいう事故によって家族が失われていく、こういう社会状態といいますか、そういう背景がやはり新しく出てきた問題でございまして、大体家族制度が無事にいっておりますのは農村のような静的な社会においてはそれでよろしいのかと思いますけれども、やはりこうした問題が出てきましたのは、戦争だけではなくて都会生活というものが非常に大きなウエートを占めてきて、その中でのいろいろな障害がそういう不幸な子供を生み出してきたということが現実の問題としてふえてきた、それが今度の法改正のインパクトになってあらわれてきたのだというふうに思っておるわけでございます。ですから、必ずしも特別養子即不倫というふうにつなげるわけにはいかないように考えております。
  320. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 いや、私は別に——ちょっと観点がおかしいのです。というのは、もし交通事故で死んだ、何々で死んだという場合に、何も出生の起源を隠す必要は全くないじゃないですか。そうでしょう。私がまず言っているのは、いわばそういう議論が十分なされているのかどうか。菊田事件を見て、これはかわいそうだというのが先に立って、本当の網羅的な意味の議論がない。交通事故がある、いろんな事故がある、それは正々堂々と交通事故で死んだ人の子供ですよと言ったっておかしくないのですよ。そうですね。  だからその辺、わざわざ隠してやるのがいいのかどうか。また逆に、要するに親のつながりを鉛筆で消すように消した方が本当にいいのかどうか。考えてみればケース・バイ・ケースですよ。むしろそれよりは、一般的には親のつながりは強いんだ。この社会においては親が一遍産めば何らかの責任があるんだ。しかも、戦争遺児とは違うと私は言っているのですよ。生活できないといったって、生活できない人はそんなに大勢いませんよ。それなりにできるレベルまである程度は来ているわけだ。その議論が十分されているかどうか。菊田事件で、ああかわいそうだ、この問題を救おうということに重点がだあっといって、逆にこれはどのくらいそういった倫理におけるいわばセーブ機能というか、チェック機能というのがあるのではないかということの議論がされているかどうかということを聞いているのです。本当にされたのですか。
  321. 千種秀夫

    千種政府委員 されたかされないかということになりますと、されたと申し上げるしかないのでございます。
  322. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 じゃ、そういった審議の議事録というのはあるのですか。
  323. 千種秀夫

    千種政府委員 法制審議会における議事録というのはございます。
  324. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 それを見れば明らかにそういうことがわかるわけだから、その議事録を見せてください。
  325. 千種秀夫

    千種政府委員 お話を続けますけれども、議論がなされてなかなか結論が得られなかったというのは、一方においてそういう御意見も強く、特別養子制度をこの際採用すべきところまでは至っていないというようなこともあって、今日まで長い議論の過程があったわけでございまして、それがそう簡単に結構であるということであれば昭和四十年ごろにこの法案は出ていたかもしれないわけでございますけれども、そういかないところにこの問題の難しさがあるわけでございます。  この議論につきましてはいろいろな文献に既に公にされておりまして、特別養子に関する論文をさらにまとめた本もございまして、その中にいろいろな議論が掲載されておりますので、直ちにでもお見せすることはできるわけでございますけれども、そういうことから議論がだんだんと煮詰まってきて、やはりそういう倫理的な問題だけを議論しておっても現実に子供は救われない。この制度をつくったことによって倫理的なものに悪い影響を与えるのではないか、それは、先ほど審議官が説明を申し上げましたとおりにそれほど直結する問題ではない。それはまた別個の問題として考えなければいけない。こういうところでだんだんとこの法案が煮詰まってきたわけでございます。
  326. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 私は各論点についてのサマリーを提出してもらいました。それをちゃんと読んでいます。この問題に触れたものは全然ないのです。非常に技術的な話ばかりです。本当に十分議論されているのかどうか、審議会におけるこの問題についての議論のサマリーを後から見せてください。こればかり時間がかけられないから。一応この倫理問題、血の問題についてのサマリーをもう一遍見せてください。だから、この問題については本当は審議時間が長く要ると言っているわけです。こういったいろいろな問題をスキップして、子供の権利がどうだ、かわいそうだということだけで済まされる問題ではない。  この辺で問題を移りたいから、一応大臣の御意見を聞きたいと思います。
  327. 遠藤要

    遠藤国務大臣 今の先生のお話、やはり親としての倫理といいましょうか、道徳が廃れるのじゃないか、極言したらそういうふうな感じを御心配されての御発言のようでございますれども、改めて申し上げるまでもなく、特別養子にやるにしても自分の戸籍から新たな戸籍を創設させるというような点で、また特別養子として縁組されても、もしもの場合に離縁された場合にはまた親のもとに帰るというような点で、実親としての責任はやはり最後まであると私は信じております。  さらにまた先生に御理解願いたいのは、子供福祉の問題、幸せの問題、さらに養父母と申しましょうか、ぜひとも子供が欲しいというような反面、そういうふうな家庭もたくさんあることは先生もよく御承知を願っている。そういうような点でございまして、菊田医師のような、ああいう無籍のままで黙って自分が産んだような格好にしているのとは異なっている、そういうような点で、倫理の問題は別個として、全然そのような点で先生のお話のような点は心配ありませんというわけにはいかぬと思いますけれども、一応除籍をし新戸籍をつくって特別養子にやるということになりますと、親としての精神的ないろいろの面での拘束があろう、そう思いますので、その点御理解を願いたいと思います。
  328. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 ちょっと大臣、認識が違いますよ。今度のは実の親との間を切ることに目的があるのですよ。それは大臣、基本的認識が違っていますよ。大臣は細かい技術的な議論が余り得意じゃなさそうだからあれですけれども、今度のは実親とつながっていますから安心ですよという話じゃないのですよ。実親との間を切ることに目的があるのですよ。それはちょっと大臣、もう一遍勉強し直さなきゃいかぬですよ。余り責めてみても専門家じゃなさそうだから、本当は専門家じゃない人が大臣なのはおかしいのだけれども、そんなことを言ってもしようがないからあれですけれども、今の御答弁はいささか私の問いに対する答えになっておりません。これは私、はっきり言っておきます。それはいいです、余り責めてみてもしようがないから。  その次に、私は特別養子じゃない方の一般的な養子の問題を取り上げたい。  さっき中村先生が、この一般養子についての制度はこのままずっと最終的にいくのかあるいはそうじゃないのかというのに対して、現状においてはいわば最善の制度に変えました、こういう話をしておられたですね。これは事実ですな。ただ、そこで私がちょっと意見を伺いたいのは、午前中もちょっと言いましたけれども、死んだ相手に対して要するに何で離縁なんかやるんだということを中村さんが言われましたけれども、私がさっき言ったときは、ある弁護士の代襲相続の問題と関連しまして、結局養子に子がある場合に養子が死んだ場合、今までは裁判所に持っていっても関係を切れなかった。事実ですな。今度は裁判所でオーケーすれば切れるようになったとおっしゃいますね。そうですね。  これについてはいろいろな問題がある。恐らく戦前の考え方は、一遍家に入れた者は相手の養子が死んだからといって消すわけにはいかぬ。ところが、養子の方は、親が死んだ、それならまあそれほど——あのときは戸主の同意を得てというものがあった。また、戸主の同意を得てという縛りがあればなかなか家というものは壊れなかったわけですけれども、戸主じゃなく裁判所になってしまったから家は若干壊れるかもしれない。今度はますます、親が、養子が死んだときに相手がいなくなったから裁判所のオーケーで消せるというのは、一つは家の問題をどう考えるのかということと、もう一つ養子子供の扶養をどうするのだ。その場合、裁判所がちゃんと判断してそのときはとめるでしょうと言うけれども、もともと旧法においては、裁判に対する不信というか、裁判でも変えられないよというだけの縛りがあったわけですよ。今度は、要するに裁判によってはできるよという話ですわな。  この辺の問題は、まず第一に、家の制度との関連でどう考えるのかということ。他国に同じ例があるのか。聞いてみると余りなさそうですね。他国にも例がない。それから、家の制度関係がどうなるのかということがはっきりしない。  それから、扶養についてどうなるんだ。おたくは、恐らく扶養しなくちゃいけない状況のときには認めないでしょう、こうおっしゃるかもしれない。しかし、例えば養親の方はいい弁護士を連れてきてわあわあやる、子供の方はろくに見てくれる人がいないから十分弁論できなかった、それで大丈夫だということで判定を下したかもしれない、そういうケースがあるわけだから。本当に養ってやれるのか、一度養子に入れたら、養子が死んでもその子供の面倒を見るくらいのことはやるべきじゃないかな。相互主義と言えるものかどうか。結局、最終的には家というものをどう見るかという問題に絡まってくるわけですよ。この家はかえって悪いという意見が、やはりこれはそのくらいはすべきじゃないかと。ほかの国は大体ないわけですね、こういった制度は。それとの整合性はどうなるのかということを教えてください。
  329. 千種秀夫

    千種政府委員 ストレートに家とおっしゃられますと、ちょっと私どもも困惑するのでございますが、現在、戦後の民法では家の制度は廃止されて、ないわけでございまして、それを現状でどう考えるかといいますと、制度の上では考えられないわけでございます。ただ、現在の御指摘規定も含めまして、養子制度というのが戦前の家の制度といいますか、家族のきずなを大事にしていくという考え方の影を深く残しているということは事実でございまして、その意味におきまして、現在の民法国民の生活の中においてはかなり家的な思想というものが残っておると思います。  外国の方からいろいろと見ましても、そのために日本の社会は非常に安全であり、子の教育のためにもよろしいというようないい評価も受けた面がございまして、そういういい面というものは、家というふうに申しませんでも、やはり我が国の社会の慣習の中の美点として評価してもいいのではないか。  先生のおっしゃっておられる家というのもそういう面ではないかと思いまして、そういう趣旨でお答えを申し上げるわけでございますけれども、確かに死後離縁というものは、何か調べてみましたところ、どこか北欧の国にそういう規定があるように聞いておりますけれども、大部分ございません。死亡してからなぜ離縁が起こるかということは、先ほどもちょっと申し上げたわけでございますが、非常に難しい、考えにくい話のようにも思われます。それはやはり養親子関係の中の権利義務と申しますか、扶養あるいは相続という親族とのかかわり合いというものを断ち切るという意味において離縁ということが考えられているわけでございまして、そういう意味で、それを断ち切るということは、先生のおっしゃるような親族関係をどういうふうに見るのか、そうやたらに簡単に無視してはいかぬというお考えにも結びつくのかと思います。  結局そういうことは、現在おる、死なない者の離縁においても同じことが起こるわけでございます。それは、孫のいる養子というものが離縁をする場合には、その養子が死んでも生きていても、孫にとっては同じことでございます。そういうことを申しますと、死んだ場合に特にということは、特別な議論はなかなかしにくいわけでございまして、要するにどちらからも離縁ができるということにこそ意味があるのではないか、そういうふうに考えるわけでございます。
  330. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 ちょっとそれはおかしいと思うのですがね。大体、生きているときは養子が離縁あるいは養親が離縁する、ということは、養子は、自分が自分の子供を一緒に連れていくだけの決意があるわけですよ。前提であり得るわけですね。ところが、養子が死んでしまったら、養子の意思なんか確かめようがないでしょう。生きているときには離縁がございますとおっしゃるなら、それは当然あり得ますよ。死んじゃったら、養子の意思の確かめようがない。  じゃ、おじいさんと子供子供が成年か未成年かわからぬけれども、未成年の場合もあり得るわけですよ。生きているときは離縁があり得るから死んでもあり得るというのはおかしいので、過去は家というものを重んじていたから、戸主のいわば同意を得なくちゃいかぬ。実質上はなかなかできなかったわけですな、家ということを重視する限り。だからこれは要するに、生きていても離縁があるんだから、死んじゃってからでもいいじゃないかという理屈は成り立たないと思う。ちょっと今の答弁は、僕はおかしいと思いますよ。  一度入れたものが、養子が死んじゃった。過去のやつは、裁判所が何と言おうと、それは家の一員としてあくまで面倒を見るべきだという思想があったと思うのですね。それが今度は裁判所に任せられた。裁判所は間違えっこないとおっしゃるけれども、間違える場合だってあり得る、今私が言ったような例で。結局は、家というものに対する観念を大分変更させていると言わざるを得ないわけですよ。だから、あなたのおっしゃるように、生きているときは離縁もあり得るから。生きているうちはもちろんあり得ますよ。死んだ後において、じゃ、遺言か何かで離縁してくれと言っていれば話は別だけれども、意思の確かめようがないときに、裁判所でもってあれすれば離縁できるなんというのは、それはおかしな話だと思うな。
  331. 千種秀夫

    千種政府委員 お尋ねの前提として、どのような家庭のようなものを想定されておられるか、ちょっと私もわかりかねるのでございますが、田舎で三代一緒に暮らしているというような場合のことを考えてみますと、その場合には恐らくは養子が生存中にいろいろ家産を維持したりその養親を養い、かつ自分の子供も養い、一家そろって生活しておったというような状況があろうかと思います。そういう場合になりますと、その孫というものを放置するのは非常に困るわけでございまして、恐らく家庭裁判所審判をする場合に、利害関係人としてその人の意見を聞くのでございましょうし、その人の扶養とかそういうことも逆に考え審判をするので、容易にそういうことを許すとは思われないのでございます。  最近、農家でありましても、養子といいましても都会に出ていって別に所在をしておる、日ごろ余り縁がない、来ない、そういう養子の問題がございまして、そういう問題がよく離縁の問題として起こってくるわけでございます。そういう事態の中で、養子が死亡しました場合にその子供をどうしてくれるということになりますと、これは顔を見たこともないような養子子供、要するに孫がいるような場合もあるわけでございまして、そういう場合には、やはり日ごろごぶさたしている養子を離縁すると同じような考え方でいかざるを得ないのではないか、私はそんなふうに考えておるわけでございます。
  332. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 それは、生活形態によって顔を見たこともないという場合もあり得るかもしれないけれども、いやしくも養子として受け入れた、相手が死んだ、そういうことですよね。それぐらいだったら、養子契約しなければいいわけなんであって、相手の意思が確かめられないというときに、それはちょっと私はおかしいと思うのだな。気に食わないから、じゃ、それだったら例えばこの場合に、顔を見ないけれどもちっぽけだから大体扶養義務を果たしてやるかもしれないと見るかもしれない、あるいは裁判所でもってそういうことを判定することを期待するかもしれないけれども。そうしたら、これはさっきお話ししたように、親は、おじいさんはお金持ちでいい弁護士を雇う、そういうケースだってあるわけだから、養子子供はまだ未成年で何をしていいかわけがわからぬという場合だってあるわけですよ。裁判所が判断を間違えないという保証はないので、顔も見てないから離縁してもいいだろうという話にはならないのじゃないかなということです。  そうすると、今の特別養子の場合には死後離縁はないのですね、どうなんですか。
  333. 千種秀夫

    千種政府委員 ございません。
  334. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 特別養子の場合にはそうやって固まった話かもしれないけれども、しかし普通の養子だって一応契約は契約なんだ。私は相互主義という話がどうもぴんとこない。結局、家というものについて民法の法体系と整合性を保っているのかなという、さっきの血の問題と家の問題、そういう問題に絡まってくる。他国においてはこういった制度は余りないということは事実ですな、死後のあれは。
  335. 千種秀夫

    千種政府委員 死後の離縁がないということは事実でございます。  たびたび御質問の家の制度とのかかわりなんでございますけれども、今の民法は、重ねて申し上げますけれども、家という制度を前提としていないものでございますから、その中に残っておるいろいろな考え方、思想、そういうものはまだ残っているかもしれませんが、それを前提として法改正の問題を議論するのはいささか距離があるのではないかと考えております。
  336. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 もう一つ、向こうにどうしてそういう例がないかという話は、家ということとともに、契約という観念がきちっとしているのだね。要するに、逆に言えば、当事者がいないときに一遍できた契約が消えるというのはおかしいのですよ。そうじゃないですか。当事者がいないときに、当事者の意思が確認できないときに自然消滅するのですか。
  337. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 諸外国にそういう例がないという点でございますけれども、諸外国の普通養子と申しますか、特別養子以外の形態の場合には、養親の親族との関係が生じないケースが非常に多うございます。したがいまして、当事者間で当事者の一方が死んでしまいますと、その養親子関係だけが問題になっておるものですから、それでもう切れてしまう。ですから、養方の親族との関係がないということがございまして、そのために養親からの離縁というのも養子からの離縁というのも問題にならないという点があるように思われます。
  338. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 そちらのつくってくれた表によりますと、フランスにおいては単純養子は血族関係発生とありますよ。ですから、そう一言で言われるけれども、西ドイツの普通養子は効力は養親の血族に及ばない。むしろ血族に及ばないのであって、要するに養親との間のあれはちゃんと成立しているわけですよ。その話もちょっとはっきりしないので、少なくともフランスにおいては血族関係発生というし、しかも養親との間ではちゃんとできているわけですから、これはちょっとおたくの答弁はおかしいと私は思いますよ。
  339. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 おっしゃるとおりそういう例もあるわけでございまして、一律にそういうふうに言うわけではございませんけれども、西ドイツのように、そもそも養方の親族との間では関係が発生しないということになっているためにもはや死後離縁の意味がないというケースもあって、そういう制度がないというケースもあるということを申し上げたわけでございます。  結局、死後離縁の制度は、養子からやる場合にいたしましても養親からやる場合にいたしましても、いずれにしても残された親族との間の関係を断ち切るということにしか意味はないわけでございまして、そういう意味で若干そことの関係もあるということでございます。
  340. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 親族と言っても、結局直系の親子の場合にはちょっと意味が違いますな。その点で、死後離縁の制度は相互主義というような話で割り切っていることにちょっと問題があるのじゃないかと私は思います。余り細かい話をまた大臣に聞くのは申しわけないからあれでございますけれども、家との関係あるいは契約との関係両方から見て死後離縁の話は問題ありと私は考えています。  これと同じように、さっきも問題になったが、かつては共同縁組しか認めなかったけれども、今度は一方だけの養子にする。じゃ、例えば扶養してもらいたいからというような話もあるかもしらぬ。その場合に相続の問題がある。それなら遺贈でもできるんだということですわな。さっきちょっと質問の中で、いわば不純な養子もあるという話が出ましたね。養子になりやすければ、かえってまた逆な不純な養子だって可能なわけですよ。両方がうんと言わなければなかなか養子になれないというのであればあれだけれども、一方がうんと言うのであれば、奥さんは同意を要すとかいっても——むしろ一方の養子というメリットは何なんだろうな。メリットとデメリットを比べた場合に、ちょっとこの趣旨が僕ははっきりわからない。外国にはあるとか言うかもしれませんけれども、ちょっとその辺もう一遍説明してください。
  341. 千種秀夫

    千種政府委員 理論的な問題がまず一つございます。というのは、共同縁組というのは二人でやることなんでございますけれども、二人でやらなければ意思表示として無効であるかどうか。要するに民法の建前は個人主義ですから、法律行為、契約でも一人でやるのが原則でございまして、共同でやる場合だってございますけれども、その場合は意思表示が二つあってそれがくっついていると理解をしているわけです。  ところが、夫婦共同縁組ということを形式的に推し進めてまいりますと、片一方が意思表示できないような夫婦もいるわけですね。中風になってしまって物が言えないとか、さらには精神病になって意思能力がない、そういう場合にどうするかというと、現行の民法片一方の意思表示のできる人だけの意思表示で夫婦共同養子ができるということになっているのでございます。これはちょっと意思表示の理論からしますと少し乱暴な話でございまして、一人で二人分の意思表示ができるようなことになっている、それこそ意思がわからないわけでございます。そこまで擬制して夫婦共同養子というものを推し進めるのは問題ではないかということが一つあったわけでございます。  それから、せっかく夫婦共同で養子縁組をいたしましても、片一方が死亡してしまいますと一親の養子になってしまいます。その人が再婚したときにまた相手と養子縁組をしないと、当然養子になるわけじゃございませんから、片親の養子というのが現に社会の存在としてはあるわけなんでございますね。そういうようなこともございまして、やはり理論的に整然とした方がいいのじゃないか。そのかわり片一方に勝手にされては困るから、その実質を担保するために同意ということをとるというふうに制度を改めたわけでございまして、今後、同意をするくらいならば共同で養子をするというような慣行がしばらくは続くのじゃないかなと私などは想像しているわけでございますが、そういう経緯があるわけでございます。
  342. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 意思表示は単独で行うという一つの理論はあるにしても、夫婦共同体という一つの家、また家というか、縦で見る家もあれば横で見る家もある。養子という以上は共同体の中の子供ということにむしろ考えるべきであって、相手が要するに同意できない云々の場合はそれは仕方がない話で、何も別々に、御主人はこれを養子にする、奥さんはこれを養子にすると、お互いに養子を一人ずつくらい何人か持ち合って、そんなことをやることはないので、やはり個別に、要するにそこはまた家庭をどう思うか、家をどう思うかということであって、少なくとも通常における意思表示の法律行為は単独の個人でやれるというのと、家という、家庭というところで一人ずつが養子をとって、五、六人ずつ養子をとれるなんというような、同意があるかないかという話があるけれども、ちょっと構成としても……。  ただ、やはり私は家というもの、しかも今まで三代生きるということは余りなかった。これからは高齢化社会ですよ。高齢化社会になると、逆に、一緒に生活するという逆戻りの現象も必ず出てくると僕は思うのです。僕は、相続税をどうするかということをこれから論議するときに、社会保障を相続と関連させるべきだというアイデアがあるのです。今度大蔵委員会でやろうと思っていますけれどもね。やはり家というものの再評価の時期も来るのであって、時間がもうないですけれども、最後に大臣、こういう家というものについて、日本の伝統あるいはこれからの動きを考えると、今度の法改正は何か家というものをちぐはぐな形で扱っているのではないかという印象があるのですが、それに対してイエスとも言い切れないかもしれぬけれども、御感想を聞いておきたいと思います。
  343. 遠藤要

    遠藤国務大臣 余りはっきり言うと先生からまたおしかりを受けるようになると思うのですけれども、この法案は、釈迦に説法のような話になりますが、各先生方の御意見にはいろいろなものがあります。その中で、例えば六歳という年齢を制限している点や何かも、日本の国の血族、そして家といいましょうか、そういうものに対する問題点等も考えると、余りにも進歩的なことでそれを巻き込むこともどうかというような点も考えての法案だと御理解を願っておきたいと思います。  それから養子の問題については、先生のおっしゃるような方向は全く私もなるほどなと感じさせられておるのですけれども、養子に迎え入れたその子供が云々ということになるとこれは改めて考えなければならぬなという思いを深めておりますが、その一歩前進だということで特別養子という制度をつくって逐次養子の面でもそれに右へ倣えの方向で努力していくべきではないか、こう感じております。  以上でございます。
  344. 安倍基雄

    ○安倍(基)委員 時間のないのが残念ですけれども、これで論争は終わります。
  345. 大塚雄司

    大塚委員長 安藤巖君。
  346. 安藤巖

    ○安藤委員 午前中にお尋ねしました戸籍の関係で、特別養子の裁判が確定して養方の戸籍に入るわけですが、そのときの民法八百十七条の二による裁判確定云々の文言の話です。私もいろいろ考えて、意見も聞いて、名案があるのです。大臣もよく聞いておいてください。  印をつけるという話を申し上げたですね。しかしそれだけでは、たどっていって本元はどこだということで近親婚等々を防ぐ方法が見つからぬことになってしまう。だから、私が思うのには、養親の戸籍の所在市町村にその丸印のついた人のもう一つの戸籍を置いておくのです。単身戸籍でもいいですが、前のものを持ってくるというようなことで、二重帳簿じゃないですけれども、二重戸籍みたいなものを普通は見せない形で置いておくということであれば、実際に探すのは本人だというお話がありましたので、この丸印がついている私のを見せてくれと、これは本人が来るのですから拒否するわけにはいかぬと思うのです。そこで見ればたどっていけるわけでしょう。そういう方法はどうかなと思うのですが、これは午前中に申し上げましたように、あくまでもわからないようにしよう、本当の親子であるというふうにしようという趣旨からすれば、どこかにコメ印か何かつけるだけですから、本人もわからないし周りの人も何かの機会で見てもわからないし、これが一番いいと思うのですが、どうですか。
  347. 千種秀夫

    千種政府委員 なかなかの御名案かと思うのでございますけれども、実はそういう二重帳簿的な意見、提案も民事行政審議会の審議の中では出たのでございます。  ただ問題は、そこまで隠さなくてもいいかどうかということなんでございまして、いろいろ隠すという趣旨なんでございますけれども、一方において、親子関係においてはいずれはテリングといって、実情を子供にも教えてやらなければならない時期が来る。結局は、子供が知らない間によそからそういうことをあれこれ言われるようなことがあって動揺するのは非常によくない。よそから見られるのは、戸籍に養親と書いてあったり養子と書いてあったり、春の字が非常に目につくというのが戸籍実務を扱われる方々の意見でございまして、それで養という字が戸籍にあらわれないように、一見してわからないようにすれば、審判と書いてあっても、そこまでは子供が自分で読んで理解するには相当の年齢に達する必要がありますし、普通の人が見てもそんなにわからない。だから、要するに戸籍の必要性と一見わからないということの二つの要請をどの程度で妥協するかというような結論になってまいりまして、結論の落ちついたところが、この程度ならば一見わからないし、養子の春の字は出てこない、よろしいのではないか、後は実際の養親子関係において親がよく時期を見、方法を考え子供に教えてやったらどうだろうか、こういうような筋になってきたと理解しておるわけなんでございます。
  348. 安藤巖

    ○安藤委員 養子の養というのがない、一見してわからない、それもわかるのですが、私の場合は一応専門家ですね、だから気になるのかなということも思ってみたのですが、やはり縁組事項のこの記載は余分ですよ。どうせ養というのを取って長男、長女というふうにやるのならこれはなくすというところまで徹底しないと、午前中にもお答えいただきましたように、適当な時期には知らせるということも大事なことだとおっしゃったのですが、一見してわからないということが重点だとおっしゃった内容からすると、そしてせっかくこういう形を養方の戸籍で記入するということなら、そういうことも議論になったのはむべなるかなと思うのですが、そこまでお考えになるのが筋じゃないかと思うのです。どうですか、大臣、名提案ですよ。今しきりにうなずいておられるのですが。
  349. 遠藤要

    遠藤国務大臣 確かに名案だと思います。しかし、これはいずれ年齢その他いろいろの問題とあわせて検討させていただきたい。私自身が今提案していてそんな話をすることは、役所から不謹慎だと後でおしかりを受けるかもしれませんけれども、せっかく戸籍を独立させて養父の戸籍に入れるというときに、そこに裁判所云々というのが書かれておったのでは、ちょっとその点が私自身も改善していかなければならぬなということでございますが、きょうぜひ御採決を願わなくてはならないときにその話をしておったのではとても間に合いませんので、いずれこれは検討課題にさせていただきたいということを正直に申し上げておきたいと思います。
  350. 安藤巖

    ○安藤委員 間に合わぬかな。私は名案だと思いますので、一遍本当に御検討をお願いしたい。人形つくって魂入れずということになってもいかぬと思いますからね。  それでもう一つ、戸籍の公示あるいは公証性の関係についてお尋ねしたいのですが、先ほどもちょっとお話がありましたが、いわゆるわらの上からもらう、そして実子として入れちゃうでしょう、あるいは不幸にして強姦されちゃって子供ができた、それも認めて入れる、さらには婚姻外で不貞を働いて生まれたのをだんなさんが認めて子供として入れちゃうというような事例が全くないとは言えないというふうに思うのですね。こういうような事例は一体どのくらいあるのだというふうに認識しておられるのですか。全くないとは言えない、割とあるのだろうか、かなりあるんじゃないかとか、数字があれであれば大体の見当でもお聞かせいただければと思います。
  351. 千種秀夫

    千種政府委員 数字を把握していないので正確に申し上げられませんけれども、こういうことは時代にもより地方にもより、いろいろあったように承知しております。したがって、ある時期においては、大分前でございますけれども、五十歳以上の親から出生届が出てきたら気をつけろというような通達を出したりしたこともあるわけでございまして、そういう通達が出たということは、そういうところへ実子として届けてしまうというようなことが行われたという事実があったからだろうと思います。  しかし、それは結局は医者の証明ということが必要なわけでございますから、菊田医師事件におられましたような特別な方がいらっしゃらない限り、そう簡単に今できることではないと思います。特にあの事件以後そういう問題が公に議論されまして、この委員会においてもそういう問題が取り上げられたわけでございまして、最近の状況はずっと少なくなっているのではないかなと私は推測しております。
  352. 安藤巖

    ○安藤委員 少なくなっているにこしたことはないのですけれども、そしてその実態を把握するというのもなかなか至難なわざだということもわかりますけれども、何らかの方法で啓蒙というのか、何かの手を打っておかないと、戸籍の公証性というのがその点だけでもいいのかいな、こうなっては一大事だと思いますので、何かいい方法、これも私も名案を考えますけれども、一遍御検討いただきたいと思います。  それから、ちょっとケースが違うのですが、いわゆる試験管ベビーというのがあるでしょう。これも割といろいろあれこれ宣伝をされて、ひところえらいはやったみたいな話も聞いたこともあるのですが、現にこれも今行われているという話も聞いておりますし、きょうは厚生省の方には来ていただいておりませんけれども、割とあるんだという認識を持っておられるということも聞いておるのですが、この試験管ベビーは、ほかの男性の精子を試験管に入れての話ですよ。そして自分の奥さんの体内に入れて産ませる、そして実子として入れちゃう、生まれてくるときはそうですから。その辺なんか、まさにお医者さんの方にルーツをたどることができるようなきちっとした手を打っておく、これはやはり考えておくべきじゃないかなと思うのですが、その点はいかがなものでしょう。
  353. 千種秀夫

    千種政府委員 その点は、御指摘のとおり重要な問題であろうと思います。今後検討いたしたいと思います。  試験管ベビーと言わなくても、いわゆる人工受精と言われているものは共通の問題があるかと思います。
  354. 安藤巖

    ○安藤委員 それでは、大体条文に沿って気になるところだけお尋ねをしていきたいというふうに思います。  八百十七条の六のただし書きなんですが、ただしこうこうこういうような事由がある場合はこの限りでないということですね。そうなりますと、父母の同意がなくてもいい、こういうことになるわけですね。となると、父母が反対している、ないことはないと思いますね。養子にやるのはいやだというふうに反対しておっても、これは裁判所特別養子を成立させるということになるのかな。これは、もしそれを押し切ってやったとすれば、取り返しに行ったり、何やかやといろいろな悶着が起こって問題が後に残るというふうに思うのですが、この辺のところは、今私が申し上げましたようなことも含めて、どういうふうにお考えになっておられるのでしょうか。
  355. 千種秀夫

    千種政府委員 原則として父母の同意が得られればいいわけでございますが、こういう事態でございますから、事態というのは要するに子供をその親に預けておけないというような場合に限って特別養子が認められるわけでございまして、その親が預けておかれないような状態というのは、麻薬の中毒であるとか覚せい剤の中毒である、暴力団であるというようなこともあり得るでございましょうし、そういう者の同意が得られないということでその子供をその親に預けておけばいいかといいましても、これまたどうも子供のためには非常に問題であろうと思う。そういう想定する非常によくない状況というものを考えましても、どういうふうに考えたらいいかといっても、なかなか実例が累積されていきませんと的確な表現ができない。そこで安全弁としてこういうような条文の規定を置いたというわけでございまして、これが将来どういうふうにあらわれてくるか、ちょっとこれは実例を見ないとわからないところでございます。  ただ、余りないのじゃないか。親が初めからいない場合はもちろん同意が得られません。ですから、いて、ただし書きに該当するような場合というのは非常に例としては少ないのではないかとは思っております。
  356. 安藤巖

    ○安藤委員 実際問題としましては事例の積み重ねということになろうかというふうに思いますが、次にお尋ねするのも結局そういうことになるのかなというふうに今思ったのですが、八百十七条の七の関係で、前段は「著しく困難又は不適当」、これも判断の幅がいろいろあるのですよね。どこのところで本当に特別養子を認めたらいいのか、これは裁判官が相当お悩みになる、あるいは相当詳細な調査等もおやりにならなければならぬ事例が出てくると思うのですが、「その他特別の事情がある場合」、この特別の事情というのは例えばどういうようなことを想定しておられるのでしょうか。
  357. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 特別の事情というのは安全弁でございまして、先ほど申し上げたのは捨て子が養子になっていて、そしてその養子、普通養子でございますが、普通養子特別養子に切りかえたいというような場合には父母の監護が著しく困難、不適当ということにはならないわけでございまして、そのものずばりを特別養子にするわけでございますからそうでございますが、しかし捨て子という特殊な状況になっておりまして、新しいちゃんとした養父母でない形での特別養親を与えるということ、そしてさらに実親との関係を完全に切りましても特に子供にとっては不利益はないわけでございますし、子供としてそれが将来のためになるのではないかというように考えられるわけでございまして、例えばそういう事例が考えられるのではないかというふうに思っております。
  358. 安藤巖

    ○安藤委員 結局、八百十七条の六の事由、それから八百十七条の七の事情、これは養親となる者の請求によるわけですから、養親の方が主張立証することになるわけですね。
  359. 千種秀夫

    千種政府委員 家事審判手続でございますので、どちらに主張立証責任があるということは余り議論はいたしませんで、わかる限り裁判所は職権でもそれを調べなければならないということになります。
  360. 安藤巖

    ○安藤委員 家事審判ですからおっしゃるとおりだと思うのですが、どうしてもその子は非常にいい子だからうち特別養子にしたい、実父母はもう全然なっておらぬというようなやりとりも恐らくあるのじゃないかなという気もするのです。ですから、そういう場合には相当調査が必要になってくるだろうと思うのですけれども、これもやはり事例の積み重ねでしょうか。
  361. 千種秀夫

    千種政府委員 この条文をつくっていく過程で私どもが想定しておりましたのは、特別養子というのはそういう恵まれない子供であって、養親が欲しいと言って出てくるわけでございますから、それにはそれなりの背景があって、児童相談所あっせんをするとか中に入った人が口をきくとか、そういう関係があってこういう申し立てになってくるのだろうと思うのでございます。したがって、養親がぜひともあの子が欲しいと言って自分から申し出て主張立証をしていくという例もないではないと思いますけれども、それは限られたものでございまして、そこまで養親が頑張らなくても、種々の状況から事情もわかりますし、また、児童相談所その他の施設調査を依頼いたしましてそこからも調べてもらう、そういうことでやっていけると思っております。
  362. 安藤巖

    ○安藤委員 続いて、八百十七条の七に「子の利益のため」ということがあるのですが、もちろん養親に預けた方がいいのだ、これはわかるのですが、優しい人だとか、子供の面倒をよく見る人だとか、子供の心理状態もよくわかる人だとか、実親と比べててんで雲泥の差だとか、こういうことだろうと思うのですが、これは財産的な利益というようなことも入ってくるのですか。
  363. 千種秀夫

    千種政府委員 子供利益は総合的に判断いたしますから、とりたてて財産的なものはどうかということは考えませんが、もちろんそれも含めて子の利益ということを将来にわたって、かつ永続的に判断していかなければいけないということでございます。そういう意味では、これが排除されるということはございません。やはり一つの考慮材料にはなると思います。
  364. 安藤巖

    ○安藤委員 八百十七条の八の二項の三行目の「請求前の監護の状況が明らかであるとき」というのは、どういうようなものをもって明らかと認定されるおつもりなんですか。
  365. 千種秀夫

    千種政府委員 これは、例えば里親制度というものがございますが、厚生省の所管でいろいろな児童福祉に関する行政が行われておりますので、そういう制度にのっとって記録もはっきりしているというような例が考えられると思います。そういうものを念頭に置いております。そのほかにも、認可を受けて社会福祉事業をやっている施設養子あっせんするというような、公的な、公益的なことではありますが、私的な団体もございまして、そういうものも含まれると思います。
  366. 安藤巖

    ○安藤委員 それはわかるのですが、きちっと記録をとってそういうあっせんをする公的な団体、あるいは私的な団体もあるかもしれませんが、しかし、それは養親監護とは別で、施設監護を受けているという場合はだめでしょう、そうですね。
  367. 千種秀夫

    千種政府委員 それは施設ではだめでございまして、里親制度のように預けてあって、その人が養親になる場合でございます。
  368. 安藤巖

    ○安藤委員 いよいよ離縁のところにいきますけれども、この離縁の場合は戸籍上の扱いは、特別養子縁組のときは単身戸籍というものを編製してとありましたね、今度はそんなのはすっ飛んでぼっと戻る、こういうことですか、
  369. 千種秀夫

    千種政府委員 仰せのとおりでございます。
  370. 安藤巖

    ○安藤委員 この離縁の要件が八百十七条の十にあるのですが、「養親による虐待、」云々それから「実父母が相当の監護」ということは、まず幼児未成年ということを考えるわけです。しかし離縁という場合は、これは幾つになってもあり得るわけですね。その関係年齢制限はない、これでいいですか。
  371. 千種秀夫

    千種政府委員 午前中にちょっと申し上げたことと重複するわけでございますが、成人になりましても精神異常のような人もあり得るわけでございますので、それで年齢を特に書かなかったのでございます。このように監護ということを要件にいたします以上は、仰せのとおりに未成年原則でございます。
  372. 安藤巖

    ○安藤委員 これは「次の各号のいずれにも該当する場合」ですから、二つに該当するという場合ですね。そうすると、一の方に該当するけれども二の方には該当しないという場合だってあり得るわけでしょう。そういう場合は離縁はできないということになるのだろうと思うのですね。そういう場合、福祉施設へもう一遍預け直すというようなことで特別養子を解消する、離縁にするということもできないということですか。
  373. 千種秀夫

    千種政府委員 できないのではなくて、できるのでございます。というのは、これは離縁の理由だけを書いてございますが、離縁ができないときにはどういうことになるかということでございますけれども、特別養子は実の親子関係と同じだというふうに言っているわけでございますから、自分の実子がある場合に親が親としての監護を十分尽くさないというときにはどうするか。実子の場合は離縁というのはございませんから、結局その場合には親権の喪失の手続をとって後見人を選任するとか、社会福祉的に見ますと、児童施設というものが関与して何とか子の利益福祉のために働いてやるとか、さらには、ほかの方へ養子にやって改めて特別養子にということも考えられないことはございません。そういうふうにして監護のできる親を与えてやるとかということになって、要するにそれは実子と同じに考えればいいということでございます。
  374. 安藤巖

    ○安藤委員 先ほどは、成人で例えば精神病の場合というふうにおっしゃったのですが、そうではなくて健全な人の場合は、この一、二という条件は成立しにくいわけです。しかし養子の方から、私は離縁してもらいたい、あるいはしたいというような場合は、普通の養子の離縁と同じようなことになっていくわけですか。
  375. 千種秀夫

    千種政府委員 養子の方から離縁したいと言いましても、やはりこれは要件が整わないとできない。それはどういうことかと申しますと、実の親子関係の場合に、子供が実の親に向かって、おれは親としては認めない、こう言いましても離縁ができないのと同じようなことになるわけでございます。
  376. 安藤巖

    ○安藤委員 そこで、先ほども議論がありましたが、その結末がどういうふうになったかよくわからなかったものですから、この特別養子縁組を認める民法改正案についていろいろ話がありましたが、不倫の子あるいは子を育てる意思がなくて産んでしまったという場合でも、そういう特別養子というものがある、特別に実子扱いをしてくれる制度があるというので、まあいいじゃないかみたいなことで、これはけしからぬことで、おかしなことですが、そういうような考えを持っている人たちを手助けするみたいなことになるのかいなという疑問がなきにしもあらずなんです。  それからもう一つは、婚外に生まれた。先ほどの話は入れちゃう話ですが、今度はだんなさんなしです。婚外で生まれた、未婚の母です。そうなった場合でもそういうふうに実際の親子として名実ともに扱ってもらえる制度がある。そこへ何とか人を頼んで頼むとかいうようなことを考えるとか、あるいは先ほどの不倫の子の場合でもそうやって預かってもらうことによって正規の結婚している家庭を守ることができるとか、子供が生まれてもごたごたしないで預かってもらえるとか、こういうようなことで、そういう考えを持っている人たちを手助けすることになるのじゃないかなという気がするのですが、これはどういうふうに考えておみえですか。
  377. 千種秀夫

    千種政府委員 子供ができたということを前提に考えるわけでございますので、これからこしらえようという人に対して言うわけじゃないのでございますから、できた子供をどういうふうに幸福に育てるかという観点から物を考えておりまして、その結果そういう人たちの悪い意思を手助けすることになるかもしれません。しかし、それよりも現にできた子供の幸福ということの方が大事だというのがこの制度の趣旨でございますから、そういう制度を利用して婚外の子供をこしらえてやろうという人はまあまあいないと思いますけれども、できたときに始末してやろうという人があらわれないという保証はないのではないか。そこは、私は、この制度をつくらないことによってそういう悪い意思を封殺することができるのならよろしいのですけれども、またその逆ということも期待できないのではないか。そこは誤解のないようにこの制度の趣旨を十分PRして、みんなでそういう不倫の考えというものは封殺していかなければいけない、これは法律以前の倫理の問題ではなかろうかと考えております。
  378. 安藤巖

    ○安藤委員 生まれてくる子供に罪はないし、そして子供にとって、特に六歳未満幼児については一生懸命その福祉のために考えるという制度ですからまことにその点は結構だと思うのですが、ちょっと気になったものですから、今のようにお答えいただいてその点をしっかりと、そんなことを考える人はないと思うのですが、ないようにということを申し述べていただいてありがたいと思っております。  そこで、先ほどもいろいろお話を申し上げてお答えもいただいたのですが、この特別養子縁組の請求があって、いろいろ家庭裁判所調査をなさらなくてはいかぬ問題が出てくると思うのですね。それで、年五百件ないし千件未満ぐらいだとおっしゃるのですが、だから件数からすれば予想しておみえになるのはそう大したことではないと思うのですが、お話がありましたようにこれは相当調査して万遺憾なきを期さなければいかぬと思うのですね。だから、そういう点で家庭裁判所の社中というのはその分だけしっかりふえるのじゃないかと思うのですが、人員の増なども含めての手当てというのはどのように考えておられますか。
  379. 千種秀夫

    千種政府委員 これは裁判所の所管に属することで、私ども裁判所にかわって答弁することはできないのでございますけれども、そういうことがこの制度をこしらえていく過程の打ち合わせの中で裁判所意見として出てまいりました。そこで、事件が非常にふえるということになると、これは調査官の負担も大きいことであるし、問題であるということで、いろいろな調査もしたわけでございます。その結果が大体今おっしゃられたような程度のものではなかろうかということで、これは現在の状況で何とか消化していけるのではないか、また、できないときにはそれなりの対応をしても間に合うのではないかというような御断判になっているのではないかと推察をしております。  ただ、調査裁判所だけではなかなかできないので、福祉施設との連携といいますか、その調査を委嘱して、あるいは既に記録がある児童につきましてはその記録を出していただくとか、そういう協力を得てやっていこう、こういう建前になっておりまして、それは法律ができましたときにはそういう連携に関するいろいろな打ち合わせなどがされるようになっていると聞いております。
  380. 安藤巖

    ○安藤委員 最後に、これは特別養子関係ありませんが、八百六条の二の一項。二項と八百六条の三にも同じ文言があるのですが、八百六条の二の一項の関係お尋ねしたいのですが、最後の「又は追認をしたとき」とあるのですが、この追認というのはどういう中身のこと、あるいはどういうような方法でなされた場合に追認があったと認めることになるのでしょうか。
  381. 稲葉威雄

    稲葉政府委員 これは同意をしないまま縁組がなされたわけでございますので、その同意をするということを明らかにするということでございます。
  382. 安藤巖

    ○安藤委員 私が予定しておりました質疑はこれで終わりましたので、これで終わります。ありがとうございました。
  383. 大塚雄司

    大塚委員長 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。     —————————————
  384. 大塚雄司

    大塚委員長 これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がありませんので、直ちに採決いたします。  民法等の一部を改正する法律案に賛成の諸君の起立を求めます。     〔賛成者起立〕
  385. 大塚雄司

    大塚委員長 起立総員、よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。  お諮りいたします。  ただいま議決いたしました法律案に関する委員報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  386. 大塚雄司

    大塚委員長 御異議なしと認めます。よってさよう決しました。     —————————————     〔報告書は附録に掲載〕     —————————————
  387. 大塚雄司

    大塚委員長 次回は、明二十六日水曜日午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。     午後六時七分散会