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長崎参考人 長崎でございます。
私は、専門が海洋生物利用管理論というのでございまして、数年前から鯨の問題、鯨の管理の問題に従事してきております。四年間ほとんど毎年のように
捕鯨委員会の
科学談義に参加をしてまいりました。きょうは
調査研究という面からこの
捕鯨、鯨の管理という問題を少し述べさせていただきたいと思います。
我々が
捕鯨問題を論ずる場合にいろいろな側面があると思いますが、少なくとも
科学者あるいは
科学小
委員会の場でいつでも
日本の研究者が
行動原理にしております憲法といいますか哲学というのは、ほかでもない
捕鯨条約そのものでございます。ですから、
捕鯨条約の
内容に沿った物の
考え方を常にしてきたわけでございます。その点はまさに自負できると
考えております。
先生方、既にお聞き及びのことと思いますが、一九八二年に第三十四回
IWCの年次総会で三年間の猶予を持った
商業捕鯨の
モラトリアムが採択されたわけでございます。この年もそうでございましたが、
科学小
委員会、
科学者の検討の報告書の中には
モラトリアムが必要だとかそういうことをやるべきだという
趣旨のことは一言も書かれてないわけでございます。したがって、
日本の
科学者あるいは
日本とほぼ同じような見解を持ってきた外国の
科学者も
モラトリアムには
科学的な
根拠がないと言ってまいったわけでございます。
ただ、それであるにかかわらず、
モラトリアムがまかり通ってしまった。そしてそれ以後何となく
商業捕鯨を圧迫し続けてきた、
科学的な面でもそういう雰囲気が出てきたのは、実は一つは環境生物学者という人たちがいるのですが、そういう人たちの一つの有力な武器は不確実性という言葉でございます。この不確実性というのはある意味で
科学調査にはつきものでございます。我々は何も我々のやっている研究を完全に一〇〇%信頼できる、確かなものだというふうに
考えている人はだれもいないわけであります。その不確実性を盾にとられてまいりますとなかなか対応の仕方が難しいということがございました。
ただ、この
モラトリアムには、遅くとも一九九〇年までに包括的な
資源の見直しをやろうじゃないかという
決定の一文が加わっているわけでございます。したがって我々は、一九九〇年
時点ですべての
捕鯨の
資源量についてもう一回正確な基盤に立った再評価をやろう、そこで商業捕獲というのが可能であるかどうかをもう一回検討しようじゃないか、巻き返そうじゃないかという感じをずっと持ってきたわけでございます。それ以来既にもう五年の歳月が流れているわけですが、この五年間
日本の
科学者は、かなり
IWCの
科学小
委員会の場でお金も使い、努力もし、人力も知力も使ってまいりました。しかし、なかなかそれは効果を上げるまでにいかなかった。それは先ほど申し上げました不確実性にどう対応したらいいかという問題が非常に大きく立ちはだかっていたということかと思います。
この不確実性というのが出てまいりますと、例えばレポートの中に両論併記というのが出てまいります。これは、どちらが正しくてどちらが悪いんだという書き方ではなくて、こういう
意見もこういう
意見もあるよという併記をされますと、後はそれを
決定する場合に票の力で
決定してしまいますので、
科学者の力ではいかんともしがたいという非常に厄介な性質を持っていたわけです。
それでは、なぜそんなに問題になるほど不確実なのか。私たちは我々の研究結果を決してそんなにひどく不確実などとは
考えていないわけなんですが、その不確実性が出てまいりますのは、全くないわけではございません。その不確実性はどこから出てくるかと申しますと、大体こういう鯨の利用管理をする場合に最も重要な情報というのは、ある特定の
種類の鯨が何頭いるか、全体の数というのがまず推定されるのが常道でございます。その数に対して一年間にどのくらいの割合でふえるかという率を計算いたします。そしてその数に掛けた頭数がほぼ年間利用できる数ということになります。
ところが、この全体の頭数を推定するという点でも、それからどのくらいの率でふえていくかという率の計算でもこの不確実性がどうしても入ってくることになるわけでございます。ただ、今一番問題になっております南氷洋のミンククジラの場合には、全体の頭数について最近——IDCR
調査と我々呼んでおりますが、
調査船を使いまして走って群を目視します。そして群を見た割合、密度から全体の群を推定するわけでございますが、これが最近数年間非常に精度を上げてきております。したがって、
IWCの
委員会でもIDCRの
調査は続けようというのが圧倒的な支持を得ているわけでございます。そういう意味では、技術的には問題がございますが、全体の頭数を押さえるということはかなりいい。方向に向かっている。IDCRを続けていく限り、
日本の
科学者が中心になった目視を続けていく限り、かなりいい結果が出てくるという評価を受けていることは間違いないわけでございます。
さてそこで、余り時間がございませんのではしょっていかざるを得ないのですが、現在
科学的に申しまして我々の目の前に三つの大きな課題があると
考えてよろしいかと思います。
一つは、先ほど申し上げました一九九〇年に包括的評価をやろうということでございますので、いかにしてその包括的評価を達成していくかということでございます。これは大体過半数の仕事が過去の資料をもう一度再検討してみるということでございます。しかし、過去のデータといいますか情報をひっくり返しても、決してそんなに新しい情報が出てくるわけではございませんので、どうしても二番目として、新しい情報をどういうふうにして手に入れるかということが課題になります。これは
日本側の
科学者としてかなり力を入れたいと
考えているところでございます。先ほど申し上げましたようにIDCR、目視
調査を続けることによってミンクあるいはそのほかの南氷洋の鯨あるいはそのほかの水域の鯨についても、全体量をつかむ方法には方法論がかなり確立されてきたということを言って差し支えないと思います。したがって、新しい情報は目視
調査を続けることによって得られるだろうと思います。
それから、もう一つの毎年ふえていく率をどうやって計算するかということですが、この点が大変難しい問題でございます。実は、今まで毎年ふえていく率を計算しなかったわけではないのですが、それが不確実性と言われてきてしまった
理由の非常に大きな原因の一つは、そういう資料、データを我々が
商業捕鯨の結果から得ているということなのです。
商業捕鯨というのは、当然のことでございますが大きな鯨を優先してとっていくわけでございます。そういうとり方をしたデータからはそんなに代表的な、統計的に意味のある数字は出てこないよというのが不確実性の原因でございました。したがって、我々は現在、目視の
調査とそれから統計的に意味のあるような、つまり商業性を排除した、全く商業的な性格を持たない、つまり大きな鯨をとるのではなしに統計的にランダムなといいますか、全く意思性を持たないような標本を抽出する、標本採集を行おう、これから出てきた情報こそが不確実性に対して最も強い武器であるというふうに
考えているわけでございます。したがってどうしてもこの
調査はやらなければいけない。この
調査から出てくる情報こそが我々の主張を勇気づけてくれる、合理化してくれる唯一のものだというふうに
考えております。
それからもう一つは、鯨の
資源の管理方法という技術的な問題がございます。これは関係はございますけれ
ども、時間の関係できょうは割愛させていただきます。
それでは、一体標本抽出をするような作業をどういうふうに行おうとしているのか。我々は、ことしその
計画案を
IWCに
提出したわけでございます。私の感じとしては、何人かの、そしてかなり多くの
科学者たちは
日本の
計画にかなり好意的な同情と理解を示してくれたわけでございます。しかし、
IWCというのは先ほ
ども申し上げましたように数で物を
決めてしまいますので、今回のような
勧告になってしまったわけでございます。
どういうことを我々が
考えているかということを申し上げますと、例えば南氷洋で一番情報がある四区と五区というのがございます。この四区と五区というのは、
日本の
捕鯨船団が今まで一番多く鯨をとっておる水域でございます。そこでは
科学的な情報が非常に豊富でございますので、まず四区をねらって
調査をやろうということでございます。そして四区を対象にして、例えば八七年から八八年の漁期、この次の漁期になりますが、ここで八百二十五頭のミンクをランダムにとります。ランダムにとるということは大変難しいことで、かなり時間と費用のかかることでございますが、あえてランダムにこれをとってみようということでございます。それからその次の八八年−八九年にも同じ四区で同じように八百二十五頭とってみよう。それからその次の二年間はこの四区では
捕鯨をいたしません、採集をいたしません。それから二年たった九一年−九二年に再び四区で八百二十五頭のミンクをとってみよう。それからその次の年の九二年−九三年にもう一回八百二十五頭とろう。こういうことを繰り返しやってまいります。そうしますと、年間を通して見ますと延べにすると大体四百数十頭のミンクを間引いたことになります。
そのくらいの標本で一体何がわかるんだという議論が一方でございます。このことについて簡単に御
説明しておきたいと思います。
八百二十五という数字が一体十分なのか、そんな数字でもって本当に外国の生物学者の言っている不確実性に打ちかてる情報が出てくるのかどうかということでございますが、私はこれは確実に出てくるというふうに
考えております。統計的な数字でございますので、多ければ多いほどいいということは当たり前のことでございます。そして八百が千五百あるいは二千とふえていけばいくほどその統計的な精度が上がることはわかり切ったことでございますが、数字をふやしても精度の上がり方には限界があるわけでございます。そしてもっと大事なことは、
商業捕鯨で何頭とっても正確な情報がわかりにくいというように、実は頭数そのものよりも八百二十五頭という頭数をどういうふうにしてとるかという
内容の問題があるわけでございます。
そこで、この八百二十五頭をそういう面から検討してみる必要があるわけでございますが、実は我々が問題にしておりますのは、一番知りたがっている情報は、ミンククジラが一年間にどのくらい自然に死亡してしまうかという率を知りたい。これを正確につかみますと、今まで不確実性であったいろいろな問題にかなり明確な答えを与えることができるわけです。ここのところが全く弱いところであったわけですので、どうしてもこの数字をつかみたい。それで
日本が
提案いたしました現在持っております
計画のデザインの根底には、自然死亡率を知るということが非常に大きな
基礎にというか、課題になっているわけでございます。
ところが、この鯨の自然死亡率というのはそんなに大きくはないのです。〇・〇八六とか〇・〇七とか、そんな数字でございます。したがって数字が非常に小さいわけです。それに輪をかけて鯨の年齢組成というのは三十歳、四十歳という年齢が入ってまいりますので、年齢級に分けると非常に数が少なくなってしまうわけです。ですから、我々がこれを知りたい、情報を知りたいと思っております。その情報が出てくる相手の群の頻度というのは非常に小さくなってしまうわけです。しかし、それをカバーするために
日本の
科学者は幾重にも手だてを講じているわけでございます。
二つの点で結ぶような
調査をしないで、何点かをばらまいて、そしてそれで回帰線を引くような、そして死亡率を推定するような手法を開発しております。したがって私は、この手法を使えば八百二十五頭、先ほど申し上げました頭数をランダムに採集することによってかなりいい結果が期待できるというふうに
考えております。
この頭数についてはもう少し細かい
説明が必要かと思います。我々が書いた資料もございますので、必要でございましたらばその
種類のドキュメントなり解説書なりを御参考までにお読みいただけると大変幸いでございます。
それから、
最後に申し上げておかなければならないのは、我々は
商業捕鯨でとるわけではございませんので、八百二十五頭をランダムにとるという、そのいかにしてランダムにとるかというのには大変時間と労力がかかります。そして
調査船の数が限られております。それから予算が限られているということ、人員が限られているということ、そして南氷洋の漁期というのは非常に短いわけです。その中で果たして八百二十五の理想的なランダムのサンプル、標本がとれるかどうかというのが今問題になっていることでございます。しかし、これはとれないわけはないので、とるつもりではおりますけれ
ども、いかにうまく効果的にそれをランダムにとるかということは、これは一年目に一〇〇%有効なサンプリングができるという確証はまずない。ですから二年目あるいは三回目にはかなりいい標本がとれるというようなかなり長期的な視野でお
考えいただきたいというふうに
考えているわけです。頭数が多ければ精度が上がるということはまさに確かなことです。しかし、その頭数を非常に理想的な形でとろうとするのには大変な労力が必要だ、そういう意味の限界というのをお
考え願わなければいけないということでございます。
またほかに申し述べたいことがたくさんございますが、時間が参りましたので、以上をもって参考の情報とさせていただきたいと思います。(拍手)