○楢崎
委員 五十八年十一月十五日に朝鮮民主主義人民共和国、いわゆる北朝鮮の南浦港に入港した第十八富士山丸、この船が拿捕されて、それに乗っていた紅粉船長及び栗浦機関長のお二人がスパイ容疑で逮捕抑留されたまま、今日まで三年十カ月にわたってそのままの状態になっておる。特に機関長の栗浦さんは私のふるさとの博多に留守家族がおられまして、この機関長の出身地は長崎で
外務大臣と同郷であります。
今まで
外務省なり法務省がそれなりに
努力をされた足跡は私よく存じ上げております。それを承知しながらも、なお厳しくその解決について
政府の
対応を追及せざるを得ないのであります。
時間が限られておりますから、おととい、九月二日の日、これは二度目になるわけですけれども、留守家族の方が日弁連に上申書を送付されております。これを読ませていただければ、大体御家族がどういう気持ちでおられるか、問題はどこにあるかがおわかりになると思うのであります。
上申書
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による第十八富士山丸抑留事件につきまして、留守家族として昭和六十二年八月十九日付上申書に付言してお願い申し上げます。
事件の発端になりました北朝鮮の元兵士閔洪丸氏につきまして、かねてから仮放免を主張していた法務省の意向を受け入れて、
外務省も同調する判断を固めたと報道されています。
法務省の主張は、要約すると次の三点に絞られます。
①閔氏が国外退去と決定してから、三年八カ月も経過しながら執行されないという前例はなく、閔氏が執行を求めて仮処分申請等に及べば、法を遵守すべき
立場にある法務省が敗訴する恐れが明白なこと。
②長期間、横浜入国者収容所に収容されているのは、人道上、問題があること。
③北朝鮮に送還すれば、脱走兵、密出国等の理由で、極刑に処せられる
可能性があり、迫害国不送還の国際慣例上、本国送還は出来ないというものです。
留守家族として、法務省の主張に対し、
意見を申し上げます。
まず、閔氏は、昭和五十九年三月十四日付で法務省から難民としての認定申請を棄却されています。
更に、閔氏は、強制退去執行停止の申立も昭和五十九年五月七日付、東京高等裁判所の棄却判決が、本人の上告取り下げで確定しています。
つまり、閔氏は北朝鮮で
政治的迫害を受けていたとは認定されておらず、単なる密入国者として送還先の決定を待っていただけなのです。
送還先を、これまでの間、決定出来なかった
政府の
外交努力の不足は後記しますが、南北朝鮮からの密入国者が、
日本国内で生活も積まず、特別在留許可も受けずに、仮放免された例を聞いた事がありません。
仮放免先として、北朝鮮を刺激しない為、
韓国の在外公館がない
日本の都市でキリスト教
関係者の身元引受人が居住する所と聞いています。
しかし、昭和六十二年一月から二月にかけてのいわゆるズ・ダン号騒動の経過から言って、
韓国居留民団、朝鮮総連が閔氏の争奪戦を演じるのは火を見るより明らかです。
ズ・ダン号の舞台になった福井県の近くには
韓国の在外公館がありません。身元引受人が閔氏の生命、身体の安全を保障出来るのでしょうか。要塞なみの居住施設が肝要と考えられます。
ところで、閔氏については、
韓国大使館、領事館職員が、現在、横浜入国者収容所で、定期的に面会している様です。
閔氏の意思は、密入国以来、揺れ続けました。当初、
日本への亡命を希望し、これが認められなかった為、
アメリカ、カナダ等……。そして、現在は、
韓国渡航を希望している様です。
韓国政府も閔氏の受け入れを表明しています。言葉も違い、社会体制も全く異なる
日本で収容所に一人置かれた閔氏は、不安な毎日と思います。
韓国、北朝鮮双方の思惑を秘めた接触だけでなく閔氏の当初の意思、つまり、自由な国に行きたいという気持を尊重してボランティアの様な方違が閔氏に接触して来た事も、留守家族は知っています。
彼等は聞氏に、スイスでの生活を勧めました。北朝鮮とも
交流が深いスイスで、彼が自立する為の身元引受人、そして英語、仏語等の修得を親身になって助言しました。
ですが、閔氏は、現在、
韓国渡航に気持を固めている様です。一時は、自分の密出国と引き換えに、祖国で抑留されている二人の
日本人船員の身の上や、私達家族の事も思いやって硬いた様ですが、彼は、そうした気持を振り切っているかの様です。
私達、留守家族は疑念を持たざるを得ません。つまり、ズ・ダン号事件の処理を見る様に、関氏は、
日本で仮放免された後、直ちに
韓国大使館等に亡命するのではないかという点です。
次に、人道上の問題について
意見を述べさせて頂きます。
閔氏は、長期間の拘留で、拘禁性ノイローゼに陥入っているとも聞きます。しかし、事態は切迫しているのでしょうか。仮に
精神に異常を来す危険があるとしても、秘密裡の一時的な外出などを含めて治療法はある筈です。彼は、二十四才と若いのです。
これに対して、抑留中の二人の船員は一人が重体とも伝えられる五十七才と五十六才。面会の為の入国も許可されていませんし、この三年九カ月、本人から直接の音信は一切ありません。
北朝鮮が主張しているスパイ罪で裁判にかけられ、長期刑を受けなくても留守家族としては「骨」にならなければ帰国出来ないのかと思い込んでしまいます。法務省が閔氏の人権を守ったとしても、
日本人船員二人の船員の人権を守るのは、一体、話なのでしょうか。
次に、
政府の
外交努力について申し述べます。
昭和六十二年七月八日、衆議院本
会議で社会党、公明党が代表質問をし、この事件を取り挙げましたが、
中曽根総理大臣の答弁は「
最大限の
努力をします……」と僅か三十秒でした。
私共は、これまで、
日本赤十字社や北朝鮮を訪れる国、地方の与野党
関係者に身の回りの品や手紙を幾度も託し、北朝鮮の金日成主席にも早期釈放を求める嘆願書を繰り返し出しました。しかし、最近では、嘆願者は無駄だという返事が届く始末です。署名運動や歴代
外務大臣にも陳情しました。
船会社は倒産状態で、給料は遅配のまま、紅粉家には神戸市から生活費の極く一部が支給されていますが、連絡の為の電話代にも事欠き、栗浦は、弱い身体ですが、ラヴ・ホテルで二十四時間勤務をして生活を支えています。こうした生活苦はともかく、
政府の
外交努力に対する留守家族の苛立ちは限界に達しています。
在外公館で、
外交官が北朝鮮側と非公式の折衝を続けている様ですが、見るべき成果はありません。
ここで、関氏の北朝鮮送還、極刑説について付言します。一見、尤もな説かも知れません。しかし、留守家族としては北朝鮮が送還を要求し、交換条件を出している以上、これに答えなければ事件の解決はないと考えます。
真実、極刑があり得るのか、北朝鮮が再三、表明している様に、ないのか。事件解決に本当に取り組む気持があるなら、
政府特使を派遣しででも交渉すべきです。本国送還が無理であれば、北朝鮮が事務レベルの折衝で示唆した第三国、中立国での釈放も検討すべきです。この場合、
政府特使は、北朝鮮を納得させる事が必要ですし、閔氏の身柄を引受ける第三国には、閔氏の生命の安全を保障してもらう
協力が不可欠です。
こうした
外交努力は、
外交官レベルでは無理と思われます。国交の有無を問わず
政府特使が身代りになる覚悟で交渉しなければ、前進はありません。
こういう上申書を、二回目ですけれども、留守家族の船長、機関長の奥さんが日弁連に出されております。
それで、本質は大体わかっておるわけで、非常に難しい問題ということもわかっておるのです。七月八日の本
会議の
中曽根総理の答弁も、
最大限の
努力をする、それから
外務大臣は、泥をかぶってでも解決するということを言われたことがあります。もしここで関氏を仮に放免して
韓国にでも入るような事態になれば、あるいはまた、この上申書にあるように
韓国大使館に亡命しに行くというような事態になれば、もうこれはとてもじゃございませんが二人の
日本人船員の帰国はほとんど絶望になる、このように私は思わざるを得ません。
そこで、時間が限られておりますからポイントだけお伺いいたしますけれども、
政府は今月中をめどに閔氏を仮放免する、いずれ
韓国に送還するという話や、仮放免後に、さっきの上申書にもありましたとおり、
韓国大使館に亡命を求めるというような話、こういう話が伝わってまいります。それはまことなのかという点であります。
もしそうであれば、先ほど言ったとおり、
日本人船員二人の生命はまさに風前のともしびになります。一体、その点、どういうふうになっておるのでしょうか。例えば仮放免をするとすれば、当然身元引受人が要ると思います。そういう身元引受人についてはどのようなお考えを持たれるか。非常にデリケートですから言いにくい点もありましょうが、何かヒントになるぎりぎりのお考えを、ひとつはっきりさせていただきたい。そして、仮放免するときに、
日本に在留する期間は一体どのくらいの期間を考えておられるのか。
それから、これも上申書にありましたとおり、
外務省も
努力されたそうですけれども、北朝鮮が納得するような第三国、これが探し得るのか。これは一度
失敗されたという話でございますけれどもどうなのか。
もう一遍に質問しますけれども、私は解決する方法でもう
一つあるのではないかという
感じがするのです。それは閔氏を向こう側は犯罪人として見ておったり、密出国者ですから、脱走兵だから、だから本国へ返せという主張をしたこともあるし、あるいは無理やり連れていかれたのだという主張に変わったこともあります。いずれにしても、それは別として、向こうに返せば極刑にされるのではないかという心配が
日本側におありのようであります。もし、極刑にはされないのだ、つま旦言葉としては双方人権を保障する、擁護するというような約束のもとでこの交換ができないものか。これは一番
可能性のある問題ですが、
国際法上の問題もありましょう。
しかし、もし
日本政府が閔氏を例えば
韓国に帰した、そして
国際法も遵守した、人道にも背かず、
日本の国際的信用は保たれたというようなことになるかもしれませんが、一方において、守ってやらなければならない罪なき
日本国民の人権を無視して見殺しにした、こういう歴史的事実は一大汚点としてずっと残る。
今、お一人は心臓も悪いし、お一人は胃潰瘍の手術をされて、重病説が向こうの中央通信で報道されておる。重病ですから、もしものことがあったら、一体その
責任はだれが負うのでありましょうか。だから、ここはいろいろ理屈はあろうけれども、重病だから、このお二人を帰すために
最大限の、それは「よど号」事件のときのような超法規的なあれもやったこともあるのだから、解決するまで体がもたぬというような状態であれば、だれかが身がわりに行ってもいいし、不肖
楢崎弥之助が行ってもよろしゅうございますよ、それは。もうそういう段階に来ている。何とかひとつ、
外務大臣、その辺を考えていただきたい。
それでまず、当初の法務省に仮放免の点について御答弁いただきたい。