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稲葉(誠)
委員 だから、これは大臣、
刑事訴訟法の第五十三条第四項でちゃんと決まっているわけですよ。これは
法律で決めるようになっているわけですね。
手数料も決めることになっていますが、
手数料は何か別な形で、百五十円ですか、決まっているわけですね。それで、これは
現実に
再審が次から次へ起きてきて、そして熱心な弁護士の方がおられたわけです、
名前は申し上げませんが。それらの人が、ぜひこれをつくってほしいというふうなことの
要望が非常に強かったわけですよ。そして、それから
法務省が重い腰を上げたというか、別に重い腰でもなかったかもしれませんが、そういう形でやってきた、こういうふうに私は理解をしているわけですね。ですから、こういう
法律でちゃんとあるならば、
法務省の中できちんと、もっと積極的にやるような形をしなければいけなかったのじゃないか、こういうふうに思うのですが、そこら辺のところは
現実にこうできてきているわけですから結構なことだ、こう思っております。
そこでこの前ちょっと、
委員会のときに、刑法の一部
改正でしたかね、あのときの初めに
小澤委員から
陪審の問題について
質問がありましたね。
陪審制度というのは、この前私もちょっと
質問しましたように、今札幌の検事正の亀山さんが何か論文の中で、日本の
刑事訴訟法は
陪審制を前提としておるのだというようなことを書いておられるわけですね。それはどういう
意味かちょっとよくわからぬけれども、起訴状一本主義だとか証拠の採用の問題だとか、いろいろあるようなことを言っておられたのですが、「自由と正義」の第三十八巻の五号にこういう書評が載っているわけですね。
それは宮本
三郎という方が書いた「
陪審裁判・市民の正義を法廷に」という本の警評です。宮本
三郎という方は私はどなたかよく存じないので、後からお聞きをいたしましたら弁理士の方だということをお聞きをしたのですが、この批評を書いたのは私も存じ上げておる東弁の上田誠吉さんです。
この中に、これはどこからどういうふうに引いたのかよくわからないので、この本を読んでおるわけじゃございませんのですが、「一九八四年度の
刑事裁判の無罪率は、僅かに〇・一四%であった。それにひきくらべ、一九四三年に「停止」されるまで一五年間に、」これは
昭和十八年ですかな、停止になっているのは。ちょうど私が試補になったときには
陪審法廷というのはありましたけれども、実際に
陪審はもう行われてなかったのですが、「一五年間に、
陪審裁判総数四八四件のうち、無罪八一件(一七・六%)であったということは、なにを物語るのであろうか。いっときは、
東京控訴院管内の放火
事件のほとんどが無罪になる時期があった。」こう書いてあるのです。
これを見まして、果たしてこれが事実かどうかということですわね。私もこの点について率直に言いましていろいろ
考えたものですから、そこでお聞きをいたしたいのは、
陪審によって無罪が多いということ、ここに書かれている数字等は一体事実なのかどうか。あなたの方でお調べになった数字はどういうことなのか、ちょっとお聞かせ願いたい、こういうふうに思うわけです。