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参考人(吉田清彦君)
日本医師会常任理事の吉田清彦でございます。
本日、
老人保健法改正案につきまして
意見を述べる
機会を与えていただいたことを、深く感謝申し上げます。
私は、
老人保健
審議会の構成、
老人医療の一部
負担金、
保険者拠出金の
加入者按分率、それからもう一つは
老人保健施設に関して
意見を述べさせていただきたいと
思います。
まず、
老人保健
審議会でございますが、この
老人保健
審議会は、
法制定当時から
保険者拠出金加入者按分率に関してのみを調査、
審議するという
審議会でございましたが、この
改正案では、公衆衛生
審議会にゆだねられております事項を除きまして、
老人保健法にかかわる全般を調査、
審議する
審議会にと所掌事項が拡大されております。にもかかわらず、その構成は改められておりません。
全
国民が何らかの
医療保険に加入している我が国の
医療保険のもとでは、
医療費は中医協で
審議されることになっておりますし、また、公費
医療についても、その診療報酬というのが準用されているのが
現状です。
しかるに、
老人保健施設において行われます
医療は、中医協ではなくて
老人保健
審議会で
審議することになっているのは極めて私は不合理だ、こういうふうに考えます。今まで一元的に中医協で行われてまいりました事柄を、中医協と
老人保健
審議会とに分けて
審議する
必要性は全く認められません。
また、
老人保健
審議会の構成は、
改正案では改められておりませんし、また中医協と異なりまして、診療側というような
委員がいない
審議会でございます。このような
審議会で
医療費に関することを
審議するのは極めて不適当であり、
拠出金の
加入者按分率の
審議のみを対象としてきた
審議会では到底適切な運営は考えられない、私はこういうふうに言えるのではないかと
思います。所掌事項を拡大した
老人保健
審議会は、
拠出金に関することのみの
審議会構成から当然改められてしかるべきだと考えます。
次に、一部
負担の増額についてですが、
衆議院審議では外来一カ月千円という原案から八百円に改められておりますが、私は一部
負担増額には反対でございます。
老人保健法による
医療の対象者は、
昭和六十年では約八百万人を少々超えた数だと
思います。
昭和六十年度の
国民生活
実態調査、
厚生省で行われたものだと
思いますが、これによりますと、ひとり暮らしの
老人世帯というのは百十五万、こう言われております。
老人二人だけの世帯でも百七十万世帯となっております。
老人の中にはもちろん裕福な方あるいは高額所得の方もいるでございましょうが、高齢者世帯の一カ月
当たりの平均収入は約十八万円にすぎません。そういう数字になっております。現在の福祉年金というのは、御
承知のとおり月額二万四千八百五十二円でございますか、それから
国民年金にしても二万六千円を少々超えたのにすぎません。一部
負担の増額はやはり過酷だと、こういうふうに
思います。
厚生省が行いました
昭和六十年の
国民健康調査を見ますと、二十五歳から三十四歳までの青壮年の年齢層の人口千人に対する有病率は五五・七と、こういうふうになっております。七十歳以上の
老人は五五四・二でございます。実に九・九五倍でございます。一部
負担を増額すれば、その金額に比例いたしまして
受診が抑制されるというのは明らかなことです。
昭和初年、当時の内務省の職員でありました長瀬氏が保険の給付率と
受診との関係を統計的に示している論文がございます。現在でも
厚生省はこの計数をいろいろな面で
参考にしているのではないかと、そういうふうに
思いますが、
昭和五十九年十月以来の健康保険
本人の一割
負担でもこのようなことは明らかでございます。早期
受診、それから早期の治療、疾病の予防、健康の管理の重要性ということを考えますと、現行の一部
負担を増額すべきではないと、こういうふうに考えます。入院時の
負担にいたしましても、現在の
老人の
社会的な環境、収入等を考慮いたしますと、これは増額するのは適当でないと、こういうふうに考えております。
次は、
保険者拠出金の
加入者按分率についてでございます。
健康
保険制度が
発足いたしました
昭和初年の当初は、労働者の福祉対策と申しましょうか、あるいは労働力の保全というようなこともあったように聞いております。したがって、家族療養の給付というようなものはなかったわけでございまして、これは
発足後十数年の後のことでございます。いまだに
企業内の福祉とかあるいは労務管理というような面も考えられているのかもしれませんが、現在は平均寿命が八十年近くの
長寿社会です。
医療保険は、私は
社会保障の一環である国家的
制度と
思います。平均寿命が四十歳代のころにできました健保
制度というものとは、その本質を異にしております。したがって、
制度間の拠出の平等、こういうことではなくて、やはり全
国民が公平に
老人の
医療費を
負担するというのが本筋ではないかと、こういうふうに考えます。速やかに一〇〇%にすべきと思っております。
次に、
老人保健施設、これについて述べさせていただきますが、
老人保健施設は大変多くの問題を抱えています。
まず、幾つかございますけれ
ども、第一点は、この
改正法案によりますと、
医療法で言う
病院、診療所ではないとされております。我が国の
医療制度のもとでは、病人を収容し継続して
医療を行うところを
病院、診療所と、こう言っているんです。そして、もろもろの規制が定められているんです。
病院、診療所以外では病人を収容して継続して
医療を行えないというのが
日本の
制度なんです。これを否定して、
医療法の規制を受けないところで
医療を
実施できるようにするのは、やはり私は
医療制度の根幹を百八十度転換する重大なことではないかと、こういうふうに思っております。この重大性はもっと私は
認識されるべきではないかと、こういうふうに考えております。
医療法の規定には、
病院とか診療所のほかに助産所というのがございます。これは分娩を取り扱うところです。分娩は疾病ではなく正常な現象と、こういうふうにされているので、別に助産所には
医師の管理者もおりませんし、
医師の常勤も規定されてはおりません。それでも
医療法に規定されているんです。
老人保健施設は、少なくとも寝たきり
老人である病人を対象とする施設です。施設療養というのは、この
改正案の第四十六条の二にも定義されておりますが、「看護、医学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な
医療」をするとされているものです。これで見ますと、看護、介護、機能訓練その他必要な
医療は
病院で
実施されるべきものです。現在の
病院でも同様なことが行われているんです。これからの
病院でも私は行われるだろうと、こういうふうに
思います。
医療法に言う
病院、診療所でないとすることは、いかにも私は乱暴な話だと
思います。
医療制度の秩序も何も無視したものだと、こう言わざるを得ません。こんなことでは、現在アメリカを初めとしていろいろな諸外国からの参入ばかりでなくて、国内
企業からも、我が国の
医療は営利
企業の対象とされてしまう危険が生ずるということを懸念いたしております。やはり
医療法に規定すべきだと、こういうふうに考えます。
第二点は、これも
改正案の四十六条の二の四項にございますが、施設療養費の額は定額とし云々と、こういうところがございます。
現在、特別養護
老人ホームは、
地域差はありますけれ
ども、生活費相当分はほぼ定額です。しかし、
医療についてはこの特別養護
老人ホームでも定額ではございません。これが今後併存するわけですが、入院加療の必要のない者といっても、
老人保健施設に収容されている対象者は病人なんでございます。
老人の特性として容体が急変しやすく、あるいはまた突発的な事態や緊急的な合併症の危険は多いのが当然です。おすしを食べていて、のどに詰まらせて窒息したと、こういうような人がいたこともまた事実でありましょう。昔、有名な方でそういうことがあったように新聞で報道されたことがございます。
老人は、感冒といってもいつ肺炎に移行するかわかりません。心筋梗塞とか脳卒中といっても、必ずしも予告されてなるような病気ではございません。速やかにそういうときには
病院に転送しなさいと、こういうことを言われても、現在の
日本の
医療事情では右から左に収容できる
病院ばかりとは限りません。それも何もすべて定額というのは、私は
医療を受けさせない、
医療制限に通じるものだと、こういうふうに考えます。
現在、
制度は出来高払い制という
制度になっておりますけれ
ども、この
制度は、いかなる容体になっても患者さんには
医療を保障し、そしてまたそれを行った
医師には支払いを保障しているという
制度なんです。患者さんの
立場から、患者さんを第一義とする私は
制度だと、こういうふうに思っております。
医療保険というのは、やはり患者さんのためにある
制度なのです。どうしてもこういう
老人保健施設で、自分の施設内で緊急やむを得ない
医療が必要なことは絶対ある、こういうふうに
思います。よそから
医師が来るなら、よそから
医師が来てそれで
医療を行うなら支払うけれ
ども、施設の
医師であったら支払わないというようなことは、これは絶対避けるべきだと
思います。
医療に関することもすべて定額というのは、こういった見地から私は改めるべきだと、こういうふうに
思います。
第三点は、施設の管理者についてでございます。
改正案の四十六条の七でございましたか、では、「
老人保健施設の開設者は、」「当該
老人保健施設に係る施設療養に関する業務を
医師に管理させ、又は自ら管理しなければならない。」と、こうなっております。施設における
老人の生活については管理外と、こういうふうにされております。施設療養というのはやはり
医療に関することなんでございまして、
医療に関することを医者が管理するのはこれは
医師法などでも明らかなことで、しごく
当たり前のことでございます。
老人保健施設における施設療養は、収容されている
老人の生活全般を通じて管理が行われて、初めて私はその実を上げることができるのではないかと考えます。施設の管理
責任者は
医師でなければならないと、こういうふうに
思います。
第四点は、昨年
医療法が
改正公布されました。各都道府県では
地域医療計画というのが策定されまして、
病院病床の必要数以上と算定された
地域では、新設あるいは増設が知事の勧告により規制されるというようになろうとしております。
問題は、この
老人保健施設は、
改正の原案によりますと、一定の比率で
病院病床として算定はしますが、知事の勧告の対象とはならないと、こういうふうにされていることです。要するに、
老人保健施設は
病院病床と違って新設、増設は無制限ですが、一たび建築されたら
病院病床に算定するというものなんです。これは明らかに論理的にだれが考えても私は矛盾だと
思います。余りにも露骨な
厚生省的な理論と言うより理屈と言うべきだと私は思っております。
病院病床として計算をするなら知事の勧告の対象とし、あるいはまた知事の勧告の対象としないなら、これは
病院病床として計算すべきではないでしょう。こういうことが非常に問題としてあるということを指摘しておきたいと
思います。
このほかにも、
老人保健施設には幾つもの
問題点がございます。規模のこともございます。それから建設の基準のこともございます。あるいは、特別養護
老人ホームとの相違点は一体どこなんだろうか。今までのいろんな点を見ますと、
病院と特別養護
老人ホームの中間といいますと、収容されている患者さん、あるいは
老人一人
当たりの平均の面積というのは、特別養護
老人ホームの方が
病院よりは広いんです。こんなことじゃ恐らく私は、こういう施設は
期待しているだけできないんではないかと、こういうことを懸念するわけです。
このようにいろんな問題がございますし、費用の算定にいたしましても、一体何を算定基準にするかということも余り明らかにされておりませんし、また重大なことは、これは福祉と一体のものだ、こう言われますが、福祉関係からは全く費用の
負担がないということもやはり私は問題の一つだろうと、こういうふうに
思います。もっと慎重に
審議が掘り下げられて進められるべきではないかと、このように考えております。
これから高齢
社会を迎えるに
当たりまして、
老人への施策というのは、やはり国家
財政とか
医療保険財政のバランスの面から見ているだけでは私は適切なことはできないんではないか。やはり
老人の置かれている
社会環境、
老人医療、それから
老人保健、こういうようなものの
実態に根差した視点からの施策であってほしいと、このように思っております。
以上でございます。