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参考人(
木村汎君) 私は、ゴルバチョフになりましてからの
ソ連がどのような
外交、
安全保障政策をとっているか、その政策に見られる二、三の特徴について三十分間お話ししたいと思います。
鴨先生がさきに
安全保障の問題をお話しになりましたので、ちょうどよろしいと思いますので、
ソ連の
安全保障政策について先にお話しいたします。
ソ連の
安全保障政策の
一つのポイントと申しますか、柱になるのは、今お話に出ております
SDI、
戦略防衛構想に対する強い反対の立場でございます。
ソ連がいかにこの
構想に強く反対しているかは、
レイキャビクにおけるそのほかの面における合意にもかかわらず、ゴルバチョフ書記長がこの点に関しての譲歩を
レーガン大統領に強く要求して、結局、同会談が決裂になったことからもうかがえると思います。では、私ども思いますのは、
SDIになぜ
ソ連はそこまで強く反対するのだろうかというその反対
理由でございます。これは私の考えるところ、ただ
一つの
理由からではなくて、次のような少なくとも
四つの複数の
理由からだと思います。
第一は、
ソ連の方が科学
技術上立ちおくれているという
認識があるからではないかと思います。
ソ連型の社会主義
経済は、テークオフの工業化の段階においては強みを発揮いたしますが、現在の第三の産業革命だとか脱工業化社会、あるいは情報社会においては余り社会のニーズに適合した
体制とは言えないと思います。特にイノベーション、
技術革新には弱い、なじまない
体制でございます。そういうわけで、
ソ連の指導者は我々の想像以上に西側の
技術水準の高さ、特に
技術革新における画期的な突破と申しますか、ブレークスルーを懸念しております。そういうときにおきまして、
SDI、宇宙
兵器競争というのは
ソ連にとりまして、ある西側の学者の言葉によりますと、姿を変えた先進テクノロジー競争であるというふうに受けとられております。しかも、
ソ連は
軍事的な面には従来非常に力を注いできまして、ある
意味では一点豪華主義の国であったのでございますが、
SDIという新しい軍拡競争にもし破れるようなことがありますと、それは単に
軍事面に限定されることなく、対外的な威信にも響いてくるというわけで、
ソ連はこの
SDIを我々の想像以上に深刻にとっております。
第二番目は
経済上の
理由でございまして、ゴルバチョフの
ソ連の最大の
課題が内政、
外交を問わず、
国内の
経済の再建、活性化であることは皆様御存じのとおりだと思います。ゴルバチョフのこの点に関する発言は徐々にエスカレートしてまいりまして、この一年八カ月の間に、
最初は
経済改革と申しておりましたが、最近では
経済の再編成、それからごく最も最近に至りましては、自分の言う
経済再編成というのはほとんど革命、
経済革命とイコールに結んでもらってもいいというふうにエスカレートしております。そのような
経済の活性化が重要な
課題のナンバーワンであるときにありまして、これ以上の軍拡競争はもう耐えられないというのがゴルバチョフ書記長下の
ソ連の本音ではないかと思われます。
ソ連といえども、例えば予算面に限って申しますと、打ち出の小づちというのはないわけでして、結局、予算というのは大まかに分けますと消費と
軍事と投資の
三つに分けられます。
ブレジネフの時代は為政者と被為政者との間に一種の暗黙の合意がありまして、
軍事面はおろそかにできない、それと同時に
国民の消費生活もおろそかにできないというわけで、投資は少しサボってもいいだろうという合意があったと思います。しかし、投資をサボりますと、きょうあすの生活には響かないわけでございますが、いつまでたっても
経済停滞から脱却できないわけで、それでは資本主義を追い越すということをねらいとしております社会主義のかなえの軽重が問われるということで、最近のゴルバチョフは、再びその
三つの間の
バランスをどうとったらいいだろうかという問題に悩んでいるわけでございます。したがいまして、
国民に対しては豊かな消費生活を保障すると約束せざるを得ません反面、投資もおろそかにできない。そうしますと結局
軍事を削りたい。しかし、
軍事は
レーガン大統領が
SDI構想において妥協しない限りできない。そういうわけで、
軍備管理交渉において彼は、ゴルバチョフは
SDI阻止に全力を尽くす姿勢を示すのだと思われます。
三番目は
軍事戦略上の
理由でございまして、
ソ連は当初MADの理論、すなわち相互確証破壊の理論を認めておりませんでしたが、事実上最近ではこの理論をやむを得ず認めるようになってきているように思われます。それから、シェワルナゼ外務大臣が
戦略的均衡という理論を打ち出しておりますが、これも
一つの姿を変えた
ソ連版のMADでございまして、要するに
米ソ間に力の均衡、
バランスを保って、たとえ恐怖の均衡であれ、その均衡の上に立って
ソ連の
安全保障を全うしたいという考えに徐々に移行しつつあったやさきに
アメリカの方が一歩先に進みまして、今までのMADを否定するような
SDIの考えを出したものですから、
ソ連としては、新しく
軍事戦略理論を組みかえなければならないといって戸惑い慌てたのも無理からぬ点がございます。何よりも恐れておりますのは、
防衛と申しますものの
SDIがやはり盾を強くすることによって、完備することによって逆にやりの攻撃力も高めることができるのじゃないか、結局米国優位になるのじゃないかということをゴルバチョフの
ソ連は恐れているわけでございます。
以上の三点は、やや消極的なといいますか
防衛的な
理由でございますが、そういう
理由にとどまりません。
SDIに反対するゴルバチョフの動機の中の四番目といたしましては、やや積極的なこともございます。つまり
外交宣伝上
SDI反対、阻止との立場を貫くことが
ソ連外交にプラスであるという読みも加わっていると思います。まず
アメリカと西ヨーロッパ、あるいは
SDIにおびえるその他の国々を分断することができます。特にこの盾は
アメリカを中心として張りめぐらされるとするならば、ヨーロッパは切り離されるのじゃないかという恐怖に陥る。したがって、その恐怖感を利用して
アメリカと西ヨーロッパや
日本などを分断できるのではないか、INFの後に授かった
アメリカの
同盟国分断の手段として非常に格好なものであるという考えがあるかもわかりません。
ソ連は御存じのように、シェワルナゼ外務大臣のスターピースという言葉にあらわされておりますように、スターウォーズと呼びまして
SDIに強く反対しております。
このように
SDIに反対する
ソ連の動機、背景は単一の
原因とは認められませんで、私の考えるところ、やはりやや総花式でございますが、複合的な
理由があると思います。
すなわち、
政治、
経済、テクノロジー、科学
技術、
軍事、そういったものの絡まった
理由から
ソ連は
SDIに反対している。そしてまた、
SDIは単に
軍事競争ではなくて科学
技術の競争でもあり
経済的な競争でもある。もっと言うならば国の総力がかかっている。国の総力が試されている。負荷試験といいますか、どのぐらいこの競争に耐える力があるかということのテストのシンボルであると言うこともできる。さらに言うならば、
二つの
体制、社会主義と資本主義との
体制の闘いのシンボルと言うこともできるわけでございます。そういう
意味で、我々がやや異常ではないかと思われるぐらい
ソ連は
SDI阻止に全力を注いでいるわけでございます。
そこまでを別の言葉で少し理論的にまとめてみますと、
ソ連の
安全保障政策を形づくっているものは
二つあると思います。
まず第一は、弱さと私が呼ぶものでありまして、現在の
ソ連が、鴨先生がおっしゃった、
アメリカと同じくやはりピークを過ぎてやや下降現象を示していると私は思っております。内外に山積する諸問題を抱えております。この点は皆様御存じですから、単に箇条書きに早口で申し上げますが、一番困っている問題は
経済の停滞でございます。それから、
石油生産が頭打ちをし始めました。さらに、ダブルパンチを与えるように原油価格が値下がりをしております。そういうわけで、
ソ連は外貨不足が深刻なものになっております。さらに、六、七年農業不振が続いております。こういった
経済的停滞、低迷に拍車をかけましたのがチェルノブイリの原発事故でございます。
こういった
経済停滞が社会にも
影響を与えずにはおきませんで、数々の社会的病理現象が
ソ連社会をむしばんでおります。
例えば、アルコール中毒の蔓延が男性から女性へ、さらに未成年者へと拡大しております。幼児死亡率が増大しております。男子の平均寿命が低下しております。離婚率が増大しております。また、民族問題にも苦しむようになってきております。現在、ロシア民族は五二%を占めておりますが、非ロシア民族との関係が一九九〇年代には
逆転して、ロシア民族が四八%になり非ロシア民族が五二%になると言われております。そうすると我々は
ソ連邦のことを簡単にロシアと呼ぶことはもうできなくなるわけでございます。
こういった社会的病理現象や
経済的停滞、民族問題は当然
政治にも
影響を与えまして、最近の
ソ連では愛国心が兵士及び一般
国民に欠如してきたと言われております。それから共産党に優秀な人物が入らない。
政治的無関心が蔓延している。
政治的にもそのような病理現象があらわれております。
文化の面におきましても、ノーベル賞を受賞する
科学者の数が非常に少なくなってきている。芸術家の十人のうちの六人が海外に亡命して活躍せざるを得ない。
最後に残りましたのは、従来スポーツと
軍事と言われておりますが、オリンピックをボイコットいたしたためにスポーツの方でもやや芳しくございません。
そこで残ってくるのは
軍事というわけで、
軍事一本やり主義が出てくるわけでございますが、その
軍事というのは、
SDIにあらわされますように、最近では科学
技術とか国の
経済とは無関係ではないということがわかってきたものですから、
ソ連は
軍事力一本やり主義だということすら一種の神話になろうかという時代を迎えております。ここで
ソ連が具体的に出す
戦略の
一つは、時間を稼ぐという
戦略が出てくるかと思います。
その次に申し上げたいもう
一つの
側面は、
ソ連の
安全保障政策を弱さからのみ融和的な政策が出ていると思うのは間違いでありまして、そのようなディフェンシブと申しますか、防御的なものばかりではなく積極的な一面もございます。ここにロシアの特徴があるわけで、かつてスターリンはこう言ったことがございます。ロシアはもうあらゆる列強に打ちのめされてきた、しかし、打ちのめされるだけでは自分
たちは済まないのだ、必ず立ち上がって打ち返すぐらい強くならなければいけないと。
このように、そのほかの国々と違う特徴の
一つは、ただ打たれるだけに甘んじないで何くそという気持ちで打ち返すぐらい強くなりたいというばねを持っている点がロシア、
ソ連の歴史が証明しているもう
一つの特徴でございます。具体的にはどういうことかと申しますと、ゴルバチョフの
ソ連はただ防御的な弱いお家の事情からのみ
外交、
安全保障の政策を導き出しているのではなくて、やはり強い
ソ連の再建ということを目指していると思います。レーガンが強い
アメリカの再建を目指したことに刺激を受けたのかどうかわかりませんが、ゴルバチョフの方も強い
ソ連の再建ということを目指しております。六〇年代の終わりから七〇年代の初めにかけてようやく念願の対米
パリティということが実現いたしました。そのときの
ソ連はブレジネフ書記長でございましたが、大変な喜びようでニクソンを迎えたわけでございます。それまでは
アメリカにコンプレックスを感じていたのだが、これからはそのような歴史的な劣等感をいやすことができる、これからは
世界最大の国
アメリカと対等であると思ったわけでございます。
ところが、先ほどお話が
鴨参考人の方からございましたように、今度は
アメリカが、対ソ対等ではなくてそれ以上でないと嫌なんだと強い
アメリカを目指してきましたものですから、この
パリティが広い
意味で崩れかけておる。これは
ソ連にとって我慢のできないことでございまして、デタントへの復帰ということのスローガンのもとにゴルバチョフが目指しているのは、もう一度
米ソを対等に戻したいということでございます。
ここで、先日のゴルバチョフのウラジオストクの演説の中にも出ておりますが、対等の
安全保障という言葉が出ております。これは英語で直しますとイーコールセキュリティー、ロシア語ではラブノイ・ベスオパースノスチと申しますが、
ミサイルの数の対等では
ソ連は満足いたしませんで、
安全保障が
アメリカとイーコールでなければいけない、対等でなければいけない。と申しますのは、
ソ連は地勢学的に
アメリカよりも不利な立場に立っているからだ。こういう
考え方はある
意味で際限のないもので、過剰
防衛になるもので、我々はいかなる国も完全なる
安全保障のもとに生きることはできず、ある程度の危険とともに生きなければいけないというのが現代の
安全保障の基本だと思いますが、少なくともゴルバチョフは、口頭におきましては、
アメリカ以上、
アメリカを優越することは自分
たちは求めていないのだ、しかし、それよりもより少ない
安全保障では困るのだと。英語で言いますとモアスーペリアと言いますか、を求めてもいないけれど、レスでも困る。より少ない
安全保障でも困る。そういうわけで、
SDIというのは
軍事的にもそれから
政治、
外交上も
米ソの間での
パリティというのを崩すものだ、それのシンボルだというふうに考えている、こういうところにもやや非合理的な面におきましてもゴルバチョフの
SDIに対する反対の根拠があるのではないかと思われます。
では、最後の残された時間を利用いたしまして、ゴルバチョフの今度は
外交政策の特徴をお話し申し上げたい。
最初に結論を申し上げますと、ゴルバチョフの
外交政策は多様化しつつある、柔軟化しつつある、洗練化しつつある。実務家的な
側面も見せつつあると思います。ここで注意すべきは、「つつある」という言葉を私は使っているのであって、既にそうなっているわけではありませんが、そういう方向へ進みつつある。それから次に、もっと大事なのは「も」という言葉をつけたところでございまして、そういう「
側面も」見せつつある。今までのブレジネフ、グロムイコ
外交からそれのアンチテーゼとしての反対の
外交にジャンプしたわけではなくて、ブレジネフ、グロムイコ
外交的な
側面を温存しつつ新しいゴルバチョフ
外交というものをそれにプラスしているというところが私の強調したいことでございます。
ちょっと具体的に三点にわたって申し上げますと、まず
国際政治を見る目が変わってきております。
国際政治の
認識が多様化、多角化しているということは間違いないと思います。まず、
ソ連が
国際政治を見るときの一番大事な概念は力の相関関係ということでございます。これは今日も変わっていません。ところが、その力とは何ぞやという場合に、今までは
軍事力を主として見てきたのでございますが、ゴルバチョフになりましてからは、それにプラスしまして科学
技術の力や
経済力などの力も重要であるという見方に
認識が変わっております。これの経緯といたしまして、論理的な結論といたしまして、
世界を見る目が変わってきております。
世界は
米ソの核超大国によって構成される二極ではなくて多極であるというパーセプションといいますか、
認識を濃くしてきております。すなわち、西欧や
日本や中国その他の国々が伸びてきているということを率直に
認識の中に入れるようになってきている、これが第一の具体例であります。
第二の具体例といたしましては、
外交をつかさどる担当者の人事が変わってきております。非常に実務的な顔ぶれになってきている。外務大臣がグロムイコからシェワルナゼにかわり、党の方におきましてもドブルイニンにかわってきておる、あるいはヤコブレフのような人物にかわってきておる。外務省も改組されておる。
日本やオーストラリアやニュージーランドを担当する部局などが現実にマッチした編成になってきておる。それから、
日本の
ソ連大使館も大使、公使、参事官すべて
日本語ができる実務的なチームによって占められるようになってきた。しかし、これも強調し過ぎるといけないのでございまして、依然としてイワン・コワレンコだとかミハイル・カピッツァのようなオールハンズと申しますか、やや頭のかたい人が存在しているわけで、人事の面においても、私が強調したように、新しい顔と古い顔とが混在している。これを過渡期と見るか、かなり長く続くものと見るかはまだ予断を許せませんが、少なくともミックスが見られる。
三番目に、対外行動様式が洗練化され柔軟化されております。かつては、例えば
日本に対しても北方領土問題その他において頭ごなしの拒否の態度でございましたが、最近は結論は同じでもやんわりと拒否するようにソフトになってきておる。それから日ソ間の対話も、かつての問答無用のような態度から対話は行うというふうに変わってきている。これをどう見るか、単なるスタイルの
変化と見るか、実質にも
影響がある
変化と見るかは別としまして、その点では変わってきていることは事実でございます。
特に、
経済的分野に見られる
変化は著しいものがあると思います。対外的
経済関係拡大路線をとっております。例えば、小さな例ですが、合弁会社の提案ということは
ソ連型社会主義からは考え得べからざることでございます。それから、最近ではガットやIMFや
世界銀行への参加も申し出ていると言われますし、貿易も地方分権化の方向に一歩踏み出したと言われております。それからウラジオストクを開放
都市にするというような提案すら出てくるようになってきた。
中でも最大の例は、かつて大平正芳総理が提唱されました環太平洋連帯
構想への態度が全くの過去のボイコットの立場から、その中に入って、蚊帳の外からではなく中に入って暴れると申しますか、その利益を均てんしたいという態度に変わってきたことでございます。ウラジオストク演説と同じく重要なことし四月二十三日のアジア・太平洋地域における
ソビエト政府声明の項目をチェックして私は驚いたのでございますが、その中の「協力」という言葉がもう数え切れぬぐらい、七回「協力」という言葉が使われている。この地域においては
ソ連は協力
体制に出る用意があるということを七回使っている。二番目に驚いたことは、大平首相のところに提出されました環太平洋連帯
構想の中での七つまでの協力がこの中に取り入れられているということでございます。ですから、かつての同
構想に対する完全ボイコットの立場は変わってきておる。
ところが、最後に申し上げたいのは、
外交の手段に関してはやや
変化が少ない、相変わらず
軍事力がやはり
ソ連外交の主な手段となっている。これはそれ以外の手段がないということもありますけれども、人間の
認識や態度や行動様式というのは一夜にして変わらないとも言えるかと思います。
最近のゴルバチョフの金日成北朝鮮主席を迎える演説の中でも、極東において極東のNATO版ができつつあるといった厳しい調子で
日本の
防衛努力を攻撃しておりますし、また北方基地は一向に撤去されておりません。しかしながら、ここでもやや微妙な
変化が見られるのは、
軍事的威嚇が効かなくなった分だけPRで補うといった面も見られます。御存じのように、コール西独首相は、ゴルバチョフは非常にPRがうまい
政治家だということで少し物議を醸しましたが、確かにゴルバチョフはそういうふうなパブリックリレーションズ、宣伝活動がかなりお上手であり、またそれに頼らざるを得ない
状況に置かれていると言うことができると思います。
最後に、今までのところをまとめますと、私個人はゴルバチョフ政権の
安全保障あるいは
軍事、
外交政策について、次のような見方をしております。
つまり、それ以前の
ソ連政権と、当然でございますが、
変化面と不
変化面の両面がある。不連続面と連続面のミックスであるととらえるべきである。これは当然でございます。
変化しない部分が不
変化の部分でございますから、それを足したものが全体像でございます。当然といえば当然なのでございますが、この両要素があるために、ゴルバチョフの
外交、
安全保障政策はやや我々にとって首尾一貫性を欠き、わかりにくいものになっている。また、それを見る我々
研究者の間でも、どちらか一方を強く強調されるかによって立場が違ってくる。ゴルバチョフ
外交の新味を強調される方は
変化面を強調されるのだと思います。それに対して、ゴルバチョフ政権の変わらない面を強調なさる方もいらっしゃいます。
そういうわけで、問われるべきは、むしろその両面があるのだけれども、そのまざりぐあい、ミックスの状態でございます。どの程度まで
変化が出てきているかという、これが問われるべき問題でございます。それはわかっているのでございますけれども、それではおまえはどうなのだとお尋ねを受ける場合になかなか答えられないのは、もう
一つ難しいことがある。これは、時とともに刻々とそのミックスの状態が変わっているわけでございます。ダイナミックに変わる生き物を我々は見ているわけで、たとえゴルバチョフ自身に聞いてみても、あす自分の政策がどうなるかは
国内事情、反対派の力の強さ、その他国際
状況で変わってくるわけでございます。
そこで、私自身に思い聞かせていることを最後に申して終わりたいと思います。
そのように、
ソ連はゴルバチョフのもとにより多角的に、よりソフィスティケートされた政策をとるようになっている。さらに言うならば、手ごわい
外交になってきていると言うことができると思います。
以前は、
ソ連というのはそう変わらないのだということで、我々は百年一日のごとき
ソ連認識でよかったわけでございます。極端に言えば、昼寝をしていて目が覚めても変わっていないということでございましたが、そのような甘い状態は許されない、単純な決めつけの観察や
対応はもう禁物な時代に入ってきているのじゃないか。それは間違いであると同時に危険でさえある。ゴルバチョフ
外交が以前のブレジネフ、グロムイコ
外交に比べて、相対的とはいえやや多角的で柔軟でソフィスティケートされた性格を濃くしてきているならば、我々観察者の方にとりましても
対応者の方にとりましても、より多角的で柔軟でソフィスティケーションのある態度や
対応が要求されるのではないかと私自身に言い聞かせております。これが第一。
第二は、先ほどから申しておりますように、ゴルバチョフ下の
ソ連というのは刻々と動いておるわけでございますから、我々の方も一たん決めた自分の固定概念で
ソ連を見るのではなくて、絶えず自分の既につくった
ソ連像を修正する謙虚さと柔軟性を持っておやみなき努力を続けていかなきゃならない。それは非常に苦しいことでございます。ステレオタイプ化された
ソ連像の上に安住する方がやさしいことでございますが、そして、その努力は非常に多くの変数から成り立っている
ソ連外交、あるいは
ソ連の
軍事政策というものを総合的につくるという実にしんどい仕事、報われない仕事でございますために、我々はその仕事の難しさの前にややもすればイージーな
方法に頼りがちなのでございます。しかしそれは我々がやらなければならない仕事である。しかも、それはそんなことをやったところで、やらない者に比べてごくわずかな差しか我々の
認識や態度に
変化が生まれてこないかもしれない。しかし、現代の複雑な
国際政治においては、そのわずかな差というものが致命的な
意味を持つ、そのように私自身には言い聞かせて、
ソ連ウォッチングを続けております。
以上でございます。