○村尾
公述人 私が村尾でございます。横浜にあります神奈川
大学の教師をしております。きょうは
国鉄分割・
民営化問題について話せと言われて参ったわけです。私の名前、ちょっと読みにくい字ですが、村尾質(ただし)と読みます。
最初に申し上げておきますが、私は
国鉄の
民営化には反対しません。
条件つきではありますが、
民営化には反対しません。
分割に反対であります。
分割は絶対に避けるべきであるというふうに考えています。これは後で申し上げますが、
分割には正当な
理由がない。それとデメリットが大きいということであります。
私のレジュメは渡りましたね。レジュメを見ながら——レジュメはワープロでやろうかと思ったけれども、まだなれないので時間がかかり過ぎるので、汚い字で申しわけないのですけれども、手書きでやりました。
経済的デメリットにきょうは焦点を絞らせていただきます。経済的デメリットと技術的デメリットがあるのですが、時間の
関係で、技術的デメリットは後で
質疑応答の間でもしチャンスがあればお話し申し上げるということにしまして、経済的デメリットに限定してお話し申し上げたいと思います。
経済的デメリットを三つぐらい挙げましたが、第一は規模の経済性を失う、規模の経済性の喪失ということであります。
規模の経済性と申しますのは、皆さんよく御存じと思いますが、工場なんかで
生産規模を増大する、大量
生産すると
生産コストが下がるという産業の特性であります。これは、大きな設備を持つ近代的な産業は大体規模の経済性があると言われていまして、
鉄道もその代表的な一つであります。ところが、
分割すると規模の経済性が失われるというわけであります。
この点につきましては、私の尊敬します慶応
大学の藤井弥太郎教授、これは近代経済学のすぐれた理論家であります。マルクス経済学じゃないですよ、近代経済学のすぐれた理論家ですが、この藤井弥太郎教授が去年の「経済評論」の特集号(増刊号)で次のように述べています。
「
路線網あるいはネットワークの大きさという意味では、
地域分割により規模の経済性が失われるかもしれない。」「かもしれない」というのは、慎重な理論家の特有の発言でありまして、失われると言っていると思っていただいてもいいと思います。「とくに、(中略)ネットワークが大きいことは、他の交通手段との
競争において販売力やマーケティングの面できわめて重要・強力な
競争力の要因である。」源泉である。つまり、
分割すると
企業規模の経済性が失われるということを言っているわけであります。
私もそう思います。
国鉄が現在
全国的な
路線網を持っているということが、中長距離の
バスや航空機の潜在的な
旅客を何とか確保していくための大きな力の源泉になっていると思われるわけであります。このメリットをわざわざ
自分から捨てて
競争力を低下させるということは、非常に愚かなやり方であると言わざるを得ません。これによって、せっかく
民営化で効率よくやろうとする新しい
鉄道会社が非常に
マイナスになってしまう。せっかく
民営化で規模の経済性を発揮しようと思ってもできないという変なことになってしまって、
民営化の効果を阻害してしまうというわけであります。これが、きょう私がレジュメの題に書きました「「
分割」は
民営化の効果を大幅低下させる」の第一の
原因であります。
二番目は、レジュメの1.の(2)に書きましたように、「収益の外部流出による利益インセンティヴの阻害」。結局、それによって中長距離の各社間直通
列車減少のおそれがあるということであります。この問題は、監理
委員会の
意見書では技術的問題に入れておりますけれども、私は、一応経済的問題に入れたわけです。
もう少し詳しく申し上げますと、この問題を考えるためには、現在の
国鉄を
分割された各社で
運賃収入をどういうふうに分配するかとか、費用をどう分担するかということがはっきりしないと答えが出ないのですが、監理
委員会の
意見書には、どういうわけか、その点に一切触れていないのですね。こういう点で私は、この報告書はちょっと欠陥商品だと思うのですけれども、何にも触れていない。ですが、想像するのに、恐らく現在の
私鉄の相互乗り入れと同じやり方を考えていると思われます。このやり方は、今ヨーロッパの各国
国鉄の相互交流の場合と同じやり方であります。
どういうことをやるかといいますと、例えば今の東京では、東急が高速度交通営団ですか、いわゆる営団に乗り入れています。お互いに相互乗り入れ。この場合に、渋谷から東の方は東急が営団の
路線に入るわけですね。営団の
路線に入ると営団の
運賃で計算して、収入は全部営団の収入になるわけです。だから東急には収入は入りません、渋谷から東は。しかし東急の
列車が走っているという形ですね。収入は全部営団に入りますから、もちろん費用も営団が負担します。ですから、東急は電力費もただで使えますし、レールもただで使えます。それから、あと車両の費用と運転手、交代しない場合の運転手の
人件費なんかは、後から営団が清算して東急に払うわけです。もちろん、営団が東急に入り込んだら同じ、逆のことが行われます。
そういうやり方を
分割各社に適用した場合どういうことが起こるかというと、短距離の場合は余り問題はないのですが、長距離の場合、例えば東
日本会社が島根県の津和野、私も一度行きました。美しい津和野に
旅客の観光キャンペーン、最近もよくポスターで「日暮れが惜しくなる」とか京都のキャンペーンをやっておりますけれども、そういうキャンペーンで津和野にお客を呼んだ場合、
運賃はみんな東海道新幹線と山陽新幹線と、あと小郡からの山口線ですか、そこに行っちゃうのですね。理論どおりにいくと東
日本会社はゼロになります。しかし、それではまずいということで、まだこれは決まっていないみたいですけれども、もしかしたら熱海までは東
日本会社の収入になるかもしれません。しかし、そうなってもキロ程から見まして全体の一割ぐらいであります。これでは東
日本会社は利益が少なくて意欲をわかせないということであります。そういうことで、非常に利益インセンティブが阻害されるということですね。そうなった場合、細かいことは後でまた申し上げますが、そういう直通
列車が減るおそれがあるのですね。これもいろいろ問題があります。後で
質疑応答のときに申し上げますが、減るおそれがあるということであります。
西
日本会社も、同じように、東
日本に来た場合、三陸海岸までやっても余り収入にならないということになってくるわけですね。みんな東海
会社と東
日本にとられてしまうという格好になるわけです。時間がなくなりますから、細かいことは後でまた申し上げます。
ところが、監理
委員会の
意見書によりますと、各
会社は民間的
経営の発想でやるので、共同、協調して開発、販売が行われるから大丈夫だと楽観しているのですね。ですが、私に言わせると逆でありまして、
民営化されるから利益に敏感になる、だからそういう利益の少ないところには熱意を失うということになるのでありまして、
意見書は少し楽観し過ぎているということであります。
意見書では、今、例えば伊豆急との間の特急踊り子号なんかうまくいっているというような例を挙げていますけれども、これはちょっと特殊例でありまして、この問題も後で
質疑応答のときに若干詳しく申し上げたいと思います。
第三の経済的デメリットは、「追加的費用の発生」ということであります。
これは、
分割各社間でいろいろダイヤとか
運賃の協議、清算といったようなことが起こります。これはヨーロッパの今申し上げた相互乗り入れで起こっているわけですが、これも時間がないので後で申し上げます。
以上で三つですね、規模の経済性が失われる、それから収益が外部に流れて中長距離の直通
列車が減るおそれがある。
これで一つ言い落としましたけれども、直通
列車が減れば、結局
分割各社にとっての
経営に
マイナスになることはもちろんですが、それ以外に
国民経済的にも
マイナスになる。というのは、その減った分が飛行機にいったりマイカーにいったりしますと、安全とか公害とかエネルギー消費の面で
マイナスになりますね。そういう
国民経済的な
マイナスにもなる。あとはもっと単純に、
鉄道旅行の好きな人の楽しみが減るということにもなるわけであります。
それから三番目のデメリットは、今言いました追加的費用の発生であります。以上、三つの経済的デメリットがあるということです。
次に、二番目の「
国鉄分割には根拠がない」という話であります。
まずその一番、「本州三
分割では「
地域に密着した運営」は不可能」。これは実は監理
委員会の
意見書も認めているんですね。監理
委員会の
意見書を見ますと、最初の方で、
地域に密着した
経営が必要だ、それから不合理な依存
関係も省かなければいけないということを書いているのですけれども、そのすぐ後でこういうふうに言っているんですね。
地域に密着するためには
地域的になるべく小さい
経営単位にしなければいけないと言った後で、しかし、小さい
経営単位に分けるために、
全国三十カ所ある
鉄道管理局
単位、その辺に近い
単位でやってみたら、技術的な問題が大き過ぎる、あと
経営の利益の格差が大きくなる、収益差が著しい、それから安定
経営の基盤となる
路線を持たない
会社が多くなるというので、これはだめだということでそれは捨てられるのですね。つまり、監理
委員会の
意見書でも
地域に密着できる小
分割案は捨てられたわけです。
しかし、本州三
分割ですと、結局東
日本会社の東京の
本社が青森のダイヤを組み、
運賃を決めるという形で、現状と余り変わらないことになってしまうんですね。結局
地域に密着できないということであります。大多数の
国民は、
分割すると
地域に密着できると思って期待しています。しかし、もう
意見書自体それはあきらめているので、これは
国民の期待を全く裏切るものですね。ですから、
分割の第一の根拠は消えたと言わなければなりません。
政府は、
法案を通す前にこの点をはっきり
国民に知らせる義務があると思うのです。黙ってほおかぶりしてやるのは非常にずるいと思います。
それから二番目です。「本州三
分割では「不合理な依存
関係」の解消も無理」、でかい
分割では東京の
運賃が
私鉄並みにならないということでありますが、これも時間がないので省略します。後で申し上げます。
それから、二ページ目の最初に書きました三番目、「「
経営管理の限界を超えている」というのは素人論議だ」という話であります。これは実際にそう思います。大き過ぎるというのは耳に入りやすいのですけれども、実際にはそういうことはない。
経営規模が大きくなると、最近ライベンシュタインという人が言い出したX非効率ということがあるというのですが、確かにそれはあると思います。X非効率というのはビューロクラシー、官僚主義による効率低下ですね、それは確かにあると思います。ですが、大
企業にはやはり先ほど申し上げた規模の経済性もあるわけで、どっちが強いかということです。
この点、アメリカのすぐれた産業組織論の学者、産業組織論というのは独占とか
競争とか寡占問題をやる学問ですが、それの世界の第一人者でありますジョー・S・ベインという学者がこういうことを言っているのですね。「アメリカでは最大の
企業でさえも、まだ巨大規模の不経済性をこうむるほど大規模になってはいない。」当時、この本が書かれたころ、アメリカの自動車
会社のGMは五十万人の従業員を持っていました。それでも大規模過ぎて不経済になってはいないと言っているのですね。
それから最近の例ですと、一九八三年十二月三十一日に
企業分割されましたアメリカ最大の電気通信
会社AT&T、有名な
会社ですが、この
会社は、
分割されたとき、八三年十二月三十一日現在の従業員数は、何と九十六万五千五百七十人いたわけです。
国鉄の三倍ですね。それでもX非効率で
経営効率が下がったから
分割されたのではなくて、独占力が強過ぎるために、アンチトラスト法、
日本の独禁法によって
企業分割されたわけであります。
こういうことを考えますと、
企業がでか過ぎるから
経営の管理の限界を超しているというのは、どうも素人論だと言わざるを得ません。結局、
国鉄の
経営がもしうまくいってないとすると、それは規模が大き過ぎるからではなくて、
公社という形態にあったのではないかと思われます。
公社形態の方が
原因なんで、三十三万人という人間が多過ぎるのではないということですね。ですから、
分割は全く見当外れだ、
民営化だけで十分だというふうに私は考えます。
最後に、「提言」であります。
以上述べましたように、
国鉄分割には根拠がない。つまり
地域に密着もできないし、大き過ぎるというのも素人論だということになりますと、根拠がないわけですね、この二つが二大根拠だったわけですから。それが消えてしまった。一方、さっき言いましたように、規模の経済性が失われるとか、直通
列車が減るとか、追加的費用が発生するといったような経済的デメリット、それから、きょうは申し上げられませんでしたが、技術的デメリットが出てきて
競争力が低下する。つまり、
民営化によってうまくやろうとしている
競争力を低下させてしまうというのが
分割であります。
私としましては、本当は
旅客も貨物と同じように
全国一社でやる方がいいと思いますが、
状況を考え、一歩を譲りまして、
結論は、
三島のみ
分割して本州は一本で
経営しろ、本州は一元的に運営すべきだというふうに考えます。そうすれば、今述べました経済的デメリットあるいは技術的デメリットも大幅に減って、まあまあいいというふうになるのではないかと思います。
三島はある程度やはり
地域に密着できる。本州の、東京が青森のダイヤを決めるような問題じゃないですから、
三島はある程度
地域に密着できるということで、これはメリットがあるということで
三島だけは認めるという考えであります。
ただし、もしも
三島の
経営が赤字になった場合、最近の新聞によりますと黒字になるそうですが、万一赤字になっても絶対に
解散しないという
前提が必要であります。これについては私なりの論拠を持っているのですが、雑誌にも書いているのですけれども、きょうは時間がないし、議論が変なところへいくと悪いので、やめておきたいと思います。
とにかく、本州は一社として一本の運営をすべきだ、もしも強引に
分割して数年後にまた統合するという羽目に陥るとか、あるいはそれでも自民党さんのあるいは
政府のメンツがあって強引に不都合のままで
分割体制を維持するというようなことにならないように願うものであります。
最後に、一言申し上げます。
ここに「いまこそ、政策転換の好機。」と書きましたのは、変な話ですけれども、今国労が
分割の危機にさらされて、反対の政治勢力は非常に弱まっているのですね。まともに反対できるのは我々研究者ぐらいのもので、国労はだめになりそうなんですね、残念ですけれども。ですから、それがむしろ逆に政策転換の好機ではないか。今
政府が政策転換しても、国労の力に屈服したと思われないですね。
政府のあるいは自民党さんの英知によってやったというふうに解釈されますから、非常にいいチャンスではないかと思うわけであります。ですから、力
関係からではなくて、勇気を持って、それから英知を持って、私の申し上げた点を理解いただきまして、二十一世紀に向かって
日本の交通のために適切な政策転換をされることを心から期待するものであります。
以上で終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)