○
今堀参考人 では述べさせていただきます。
本日、
科学技術委員会の
先生方の前で私の考えを述べる機会を得ましたことを大変に光栄に存ずる次第でございます。
ここで私が思い出しますのは、昨年
アメリカ合衆国の
上院に喚問されたことでございます。
アメリカ合衆国の
上院には
老化問題の
特別委員会、スペシャルコミッティー・オン・エージングというのがございまして、これは
常設委員会でございますが、過去二回
世界各国から学者を招いて
公聴会を行ってまいりました。第一回が一九七七年でございまして、第二回が一九八五年でございます。私は後者に出席しまして、「
日本の
老化研究の
現状」と題して証言を行ったのでございます。その
速記録は
アメリカ合衆国の
刊行物として既に出版されておりまして、国会図書館にもあると思いますので本日は省略いたしますけれども、この
公聴会の最後に、
アメリカ国立老化研究所所長の
ウィリアムズ博士が次のように申されております。
アメリカでは
痴呆老人の介護に現在年間八兆四千億円を支出しておりますけれども、十五年後には三十六兆円に達する見込みである。これに対する対策といたしまして彼は
三つ提言を行いました。一は、
老化防止のための
基礎研究を振興することである。第二番目は、
老人専門の医師及びケースワーカーを倍増することである。第三は、
老人を
資源と考えまして、
老人資源の
活用方策を樹立することである。この
三つの問題を挙げたのでございます。このうちで、特に
基礎研究の振興を第一番に挙げられたということは注目に値しますし、私も本日その線で
お話を申し上げたいと思います。
本日のテーマは
老化制御でございますが、まず
老化という
言葉の
定義を明確にしておく必要があろうかと存じます。
老化に相当する英語はエージングでございまして、
年齢、エージに
進行形のアイ・エヌ・ジーをつけたわけでございますから、当然これは
加齢、
よわいを加えること、あるいは
よわいを重ねると訳すこともできまして、事実、
加齢と
老化という
言葉は往々同一
用語として用いられております。しかし、考えてみますと、幼児が大人になっていく
過程もまた
加齢であるわけでございますから、
老化と
加齢という
言葉を
同意語に使うのはちょっとおかしいかと思います。それに加えまして、
老化という
言葉の中には、ちょっと表現が悪うございますが、何となくよぼよぼしているという感じが含まれております。したがいまして、
老化を
定義するに当たりまして、私は、これは
加齢に伴う
心身の
機能の
低下である、体や心の
機能が
低下することを
老化ということにいたしたいと思います。したがいまして、
老化制御というのは何を意味するかと申しますと、
加齢を
制御することはできませんから、
加齢に伴う
心身の
衰えを
制御するということに
定義したいと存じます。
さて、その上で、
老化制御の
必要性を少し述べてみたいと存じます。
私たちは、
高齢化社会または
長寿者社会の問題を論じます際に、
普通平均寿命を用います。確かに一九八五年
日本人の
平均寿命は
女性が八十・四六歳、
男性が七十四・八四歳で、ともに世界一であることは
先生方御存じのとおりでございます。ところが、六十五歳以上の
老人が全
人口に占める
割合は一〇・二%にすぎません。もちろん一〇・二%という数は無視できない数字でありまして、例えば市場のシェアでも一〇%というのが
一つの目安であるということは存じております。しかし、あえて一〇%にすぎないと申しましたのは、次のような理由からでございます。例えば、
スウェーデンという国は
男女とも
日本人より
平均寿命が一歳下回っておりますけれども、
老人の占める
割合は一七%と
日本のほぼ倍に近うございます。
イギリスは
男女とも
日本人より約三歳
平均年齢は下回っておりますけれども、
老人の占める
割合は一五・一%と
日本の一・五倍になっております。
すなわち、
日本人は
老人の数の
相対比は
スウェーデンや
イギリスよりずっと低いというのに、
平均年齢だけが突出しているというところに
特徴がございます。言いかえるならば、
日本人は
スウェーデン人や
イギリス人に比べて
老人の数は比較的少ないのにかかわらず
老人の中に超
高齢者が非常に多いということを示しております。これが
日本の
長寿者社会の
パターンでございまして、これは決して望ましい
状態ではないのであります。
超
高齢者が多いということは、残念ながら
寝たきり老人とか
痴呆老人が極めて多いということになるわけです。例えば、
痴呆老人の
発生率というものを調べてみますと次のようになっております。
年齢が六十五歳から六十九歳の間は、
痴呆老人の
発生率は
男性で一・六%、
女性で一・〇%でございます。七十歳から七十四歳になりますと倍になりまして、
男性が三・六%、
女性が二・六%でございます。さらに、七十五歳から七十九歳になりますと、
男性が三・七%で
女性が五・六%でございますが、八十歳から八十四歳になりますと、
男性は八・五%、
女性は一六・一%とさらに上がりまして、八十五歳以上になりますと、驚くなかれ
男性で一八・九%、
女性は実に二六・九%、四人に一人以上に
痴呆が
発生してまいります。このように
高齢者になると加速度的に
発生率が上昇するということになります。したがって、
日本は下手をいたしますと
痴呆大国とか
寝たきり大国ということになりかねないというような
状態であります。それだけに、
寝たきりや
痴呆を
防止するという
研究は
日本で特に重要な
研究でなければならない、こういうふうに存ずる次第であります。
いま
一つ注目すべきファクターとしては、
高齢化のスピードが挙げられます。国連の
定義によりますと、六十五歳以上の
老人が全
人口の七%に達したときにこれを
高齢化社会、さらにその倍の一四%に達したときにこれを
高齢国家と呼ぶということになっておりますが、ちなみに、
フランス、
スウェーデン、
アメリカ合衆国、
日本につきまして、それぞれ
高齢化社会に達した年、さらに
高齢国家に到達した年、あるいは到達するであろう年ということを見てみますと、次のようになっております。
フランスは、一八六五年に既に七%に達しております。そして一九八〇年に一四%に達しておりますから、その間百十五年間かかっております。
スウェーデンは、一八九〇年に七%に達しまして、一九七五年に一四%に達しておりますから、その間八十五年を必要としております。
アメリカ合衆国は、一九四五年に七%に達しましたが、恐らく一四%に達するのは二〇二〇年と考えられまして、その間七十五年を必要とすると思われます。振り返って
日本は、一九七〇年、つい最近七%に達したのですけれども、一九九五年には既に一四%に達しようとしておりまして、その間わずか二十五年でございます。
このため、
老人福祉とか
老人病治療あるいは
老化制御、すべてが
後手後手に回っているというのが実情でございまして、その中でも最も基本的な取り組みといたしましての
老化制御の確立というのはまさに焦眉の問題である、こういうふうに申してもよろしいかと存じます。このように、
加齢に伴う、特に超
高齢化に伴う
心身の
衰えを
防止することは極めて重要なことでございます。
ところで、
心身の
衰えの中で最も大きな
割合を占めるのはもちろん
病気でございまして、
老化の場合に
制御すべき第一の問題は当然
老人病であると考えられます。
医学がこのように急速に
進歩しつつある今日、
老人病の
治療がそんなに困難であろうと思われない向きもあろうかと存じます。事実、
脳血管障害、
心臓病、
高血圧等老人病に典型的なものの大部分は、いわゆる
成人病と共通なものでございまして、
成人病の
治療法の
進歩によりまして
老人病の克服も近い将来に可能になるという考え方もございましょう。
ところが、
老人病が
成人病と異なる点は、まず、
老人病は極めて多病的である、多くの
病気を同時に持っているというのが
特徴でございます。
高血圧で
糖尿病で
白内障で等々ということがしばしば起こるわけでございますから、極めて
治療しにくく、そのすべての
病気を同時に
治療しようとしますと、世間によく言われますように、
老人の薬づけということがどうしても起こりがちになります。
それに加えて
老人病は極めて慢性的でございます。私の
記憶に間違いがなければ、
東京都立の病院のベッドが一人で占められている
平均日数は約三十日だったと思いますが、私がもと働いておりましたところのすぐそばにございます
東京都の
老人医療センターでは六十日となっております。しかも、これは半ば強制的に退院させられての
日数でございまして、いかに
慢性化しているかということがおわかりいただけるかと思います。
この
老年病に見られる
多病性と
慢性化とを起こす根本的な
原因を究明することこそ
老化制御の
研究の
重要課題でございまして、そのためには、後に述べますように
基礎的研究が緊急の問題となってまいります。
老人病の
治療を困難にしておりますいま
一つの問題として、薬の
投薬量の問題がございます。
皆様御存じのように、薬の
投薬量というのは、小児の場合を除き、体重を基準にして一キログラム当たり何ミリグラムというふうにして決められます。ところが最近の
研究によりますと、薬の
種類によっては
老人と
成人とでは薬に対する感受性が著しく異なることが判明してまいりました。例えば、トランキライザーは
老人の方がはるかに効きがよく、
成人並みにこれを投薬いたしますと、寝てばかりいるとかあるいは転びやすくなるとか、そういった症状が
発生するわけでございます。このように
老人と
成人とで効き方が違っているということが調べられているのはほんの数
種類の薬にすぎませんで、他は結局、
成人並みに投与されております。これは
老人病治療におけるところの極めて重大な問題であります。
皆さんも
御存じのように、医薬というのは本来経験的に開発されたものでございます。したがって、その
投与量も経験的に決められたものでございました。これはなぜかと申しますと、実は薬の
作用機構というものがよくわかっておりませんで、また、それを
研究する方法もなかったからでございます。しかしながら、近年における
生物学、
医学の
研究の
進歩によりまして、薬の
作用機構というのが次々と解明されてきました。例えば、アスピリンというのは解熱剤とか
鎮痛剤として長い間用いられたものでございますけれども、これがなぜ
消炎剤として効くのかというのが判明したのはごく最近のことでございます。したがいまして、
老人に対する
投薬量を決めるということは、
老人と
成人とで薬の効き方が定量的または定性的にどう異なるかを調べることから始まるわけでございまして、これはやればできる
研究ではございますが、ほとんど手がつけられていないのが
現状であって、ここにも
老化研究の
緊急性が示されていると思います。
以上述べてまいりましたことは、
老化制御のうちでも
老人病の
治療といういわば
対症療法的側面について
お話を申し上げてまいりました。
老化の予防といった
側面については、まだ現在ほど遠いのが
現状でございます。
老齢者の
細胞と中年の人の
細胞とで薬に対する
反応がどう違うのかがわかりますれば、
投薬量を決めることはできます。しかし、
両者がなぜ違うのかがわからない限り、
細胞の
老化は予防し得ないのであります。したがって、
老化を
制御するということのためには、
老化とは何かということを
研究しなければならないと思います。
皆様の中には、何という愚問を発するのだ、
自動車でも何でも長年使えばがたがくるのは当たり前だし、
老化するのは当たり前ではないかと考えられる方々もいらっしゃるかと思います。しかし、ここではっきりさせておく必要があることは、
物質の
老化と
生物の
老化とでは根本的に違うということでございます。それは、
生物体内ではいわゆる新陳代謝ということが行われておりますし、
細胞内の
構成成分は、古くなったものはどんどん分解されていきますけれども、そのかわりに新しい合成が行われておりまして、
両者の間で
バランスがとれています。
細胞についても同じでございまして、古い
細胞はどんどん捨て去られ、かわりに新しい
細胞がつくられてまいります。
自動車でも少し古くなった部品を次々と取りかえていきますならば、長年使っても
老化しないわけでございます。
そこで問題は、
生物における
老化というのは一体どういうことなのか、あるいは
生物はなぜ
老化するのかということになりましょう。
私は前に、
老化とは
加齢に伴う
心身の
機能の
低下であるというふうに
定義いたしました。この
心身の
機能の
低下とは俗に
老化現象と呼ばれているものでございますが、
老化研究を困難にしている
原因の
一つは、
老化現象が実に多様でございまして、しかも
個体差が激しいということでございます。これは、
発生という
現象がございます。
発生というのは、すなわち、
加齢に伴って形態や
機能が発現してくる
過程のことを示しておりますけれども、これと非常に好対照でございます。例えば、妊娠六カ月と申しますれば、胎児がどういう
状態になっているかは百人一様と言えると思います。これは科学的な
言葉で申すならば、極めて
再現性がいいということでございます。したがって、
研究の
対象となりやすいのであります。ところが、
老人の場合、同じ七十歳の
老人をとってみましても、その
老化度は百人百様でございます。これはいわゆる
再現性が悪いということでございまして、
研究の
対象になりにくいという
現象なのでございます。しかしこのことは、
種々の
老化現象の間の
因果関係について
整理がついていないままに論じているからでございまして、少し
整理をいたしますと、
老化研究の推進の道筋はある程度つけられるということが
先生方にもおわかりいただけるかと思います。
まず第一に必要なことは、
老化というものを生理的な
老化と
病的老化とに
二つに分けることでございます。
生理的老化というのは、
加齢に伴いまして必然的に起こる
心身の衰退でございます。よく、あなたは七十歳ですけれども五十歳の体をしていらっしゃいますとお医者さんに言われましてにこにこされている方がいらっしゃるわけですが、実際は年には勝てないで、七十歳は七十歳
並みに
衰えが見えているのであります。それは
医学用語で申しますと、
萎縮が進んでいるということでございます。
例えば脳を例に挙げてみましょう。脳には約二百億個の
細胞が存在すると言われております。しかし、
脳細胞は再生しませんから、どんどん
細胞死によって数が減少していくばかりでございます。そして補給されることはありません。一説によれば、四十歳を越しますと毎日十万個から二十万個の
脳細胞が死んでいくと言われております。これが脳の
萎縮でございます。どんな元気そうに見えている人でも、病人でも、やはり同じように十万個ないし二十万個の
細胞が死んでまいります。脳の
萎縮は
心身の
機能の
低下をもたらすことは当然でございます。先ほど申しました二百億の
脳細胞は互いに絡み合ってネットワークを形成しているわけでございますから、
細胞が死にますと、その間に断線とか通電の不良とかいうものが起こります。今聞いたことをすぐ忘れてしまうとか、昔の
記憶、人の名前がなかなか出てこないとか、まあ幾人か思い当たる方がいらっしゃるかと思いますが、そういうことが起こってまいります。
しかし、これは大したことではございませんが、脳にはもう
一つ重要な
機能がございます。それは、例えば
自律神経というものを介して
ホルモンを
分泌をするという
機能でございます。
ホルモンというものには極めて多
種類のものがございますが、それらの
役割は、総じて言えば環境の変化に応じて体の
状態を最適に保たせることでございます。寒いときにはアドレナリンという
ホルモンが
分泌されますと
血管が拡張いたします。したがって、
血流が非常によくなりまして体が温かくなり、体温を保つように働きます。
〔
委員長退席、
平沼委員長代理着席〕
血中の
糖分が低過ぎますと、
グルカゴンという
ホルモンが
分泌されます。
グルカゴンは
肝臓の
細胞に働き、そこに貯蔵されております
グリコーゲンを分解して血中に
ブドウ糖として補給いたします。逆に血中の
糖分が多過ぎますと、有名な
インシュリンが
分泌されます。
インシュリンは、
肝臓に働きかけて血中の
ブドウ糖を取り込ませ、これを
グリコーゲンとして蓄えるようにいたします。すなわち、
ストレスとかがかかりまして何かひずみが生じたときに、これをもとに戻そうとする
復元力の
役割を果たしているのが
ホルモンなのであります。
医学用語でこの
復元力のことを
ホメオスタシスと呼んでおりますが、
ホルモンはまさにこの
ホメオスタシスをつかさどるものであります。ところが脳が
萎縮いたしますと、
ホルモンの
分泌に異常を来し、
復元力は弱くなります。そのため、平常は壮年と全く変わらないほど元気に見えていた人がちょっとした
ストレスでがたがたと崩れてしまう。これが
生理的老化の結果なのでございます。
〔
平沼委員長代理退席、
委員長着席〕
もう
一つ生理的老化の例として
胸腺の
萎縮というものが挙げられるかと思います。
胸腺というのは胸骨のすぐ
後ろ側にある小さな
器官でございますが、
免疫という大事な
現象をつかさどっている極めて重要な
役割を担っているものでございます。
皆様は
ヌードマウスという
言葉をお聞きになったことがあるかと存じます。これは
文字どおりヌード、すなわち裸の、毛の生えてない
マウスなのでございますが、それより重要なのは、
胸腺を持っていないということなのでございます。
ヌードマウスは
胸腺を持っていません。そのために
免疫能を持ちません。ですから、例えば
臓器移植というものをいたしましても、
拒絶反応が起こらないわけでございます。例えば、ヒトの
がん組織、次の
杉村参考人の御
専門でございます
がんの
組織を移植することもできますので、
医学の
研究に極めて重要な
役割を果たしております。この重要な
役割を果たしておりますのは
胸腺がないからでございますから、したがって、
胸腺が
加齢とともに
萎縮していくということでございますと、
免疫能が同時に
低下してまいります。この間まであんなに元気にしていたのに、ちょっと風邪を引いたと思ったらあっという間に亡くなってしまった、これは
老人に極めてよく見られる
パターンでございますが、これは結局
免疫能が
低下しているからということに基づくわけでございます。
肺炎がその主な
原因でございますが、
免疫能があればこそ
抗生物質は効くものでございまして、
免疫がなくなってしまいますと、
抗生物質も効きませんで、
肺炎で亡くなるのでございます。
以上、
生理的老化の例として挙げてまいりました
二つのケースは、いずれも
復元力の
衰えでございまして、いわゆる
老化現象として表向きにはなかなか目に見えないものでございます。しかし、
復元力の
低下こそが前に申し上げました
老人病の
多様性と
慢性化とを説明するものであります。
我々の体には外的及び内的に
種々の
ストレスがかかっております。この
ストレスによって生じたひずみが
病気でございますが、要するに
復元力が全体に減少しておりますと、それぞれの
ストレスに対してそれぞれの
病気が
発生いたします。したがって多病でございます。しかし、もともとが
復元力の
低下にあるわけですから、
復元力を回復しない限り、これらの
病気を一度に治すということは初めから困難なことでございます。また、当然でございますが早期に
治療することも困難である。これが
老人の
多病化と
慢性化とを説明する
一つの説明であろうかと存じます。
これまで私は
復元力の
低下が
萎縮に起因するという
二つの場合を例にとって申し上げました。したがって、
器官の
萎縮を
防止さえすれば、
生理的老化の
制御はある程度可能であると申すことができましょう。この
器官の
萎縮の
研究については、残念ながら現在ほとんど手もつけられていないのが
現状であると申せましょう。さきに
老化した
組織の薬に対する
反応性が若い人のものと異なっていると申しましたが、この
原因も、あるいは
組織の
萎縮、
生理的老化に起因しているのかもしれません。いずれにしろ、
生理的老化の解明こそが
老化制御の大きなかぎであることは確かであります。
萎縮を
防止するためには、
萎縮の
原因を究明することが先決であります。この種の
研究は、バイオテクノロジーがこのように発達しました今日、金と力とを注ぎ込めば大きな発展が期待できると申せましょう。
次に、いま
一つの
老化の問題、すなわち
病的老化について御説明申し上げたいと存じます。これにも
二つの
タイプが含まれているかと思います。これは私の全く私見でございます。
その
一つは、今まで申しましたいわゆる
生理的老化が起こりました結果、
復元力が
低下し、そのために起こる
病的老化でございます。例えば、
インシュリンと
グルカゴンとの
バランスが悪くなって
糖尿病が
発生するといった例でございます。ただ、この
タイプの
病気で厄介なのは、例えば
糖尿病の結果
白内障が起こるといったように、相互に
因果関係にあるものがたくさんあると思われますのに、その
因果関係がほとんどよくわかっていないということが第一番。ところが他方、
白内障でも必ずしも
糖尿病に起因しない
白内障もあり得るといったように、一見同じに見える
病気でも
原因を異にするものもあり得るということなど非常に
関係が複雑であって、これを解きほぐさないと
治療法もなかなか確立できないといううらみがあります。
いま
一つの
病的老化の
タイプとしては、
高齢化とともにある特別の遺伝子が発現してきて、その結果発症するということがあり得ましょう。私自身、これに該当する
老年病は何であるかと言われましても、これがそうですということを申し上げられないのが残念でございますし、恐らくは、確かに
老化した結果ある遺伝子が発現して、その結果起こったのだという
老年病は、そういう証明がついている
病気はないのかもしれません。しかし、恐らくそうであろうと思われるものの例として、有名なアルツハイマー型の
老人性
痴呆というものを挙げることができるかと思います。
アルツハイマー型の
老人性
痴呆は、現在のところ
原因不明と言われております非常に厄介な
病気でございますし、先ほど申し上げましたように、超
高齢者になりますと極めて多発いたしますので、非常に重要な問題でございますが、この患者の
脳細胞内には、アルツハイマー原線維と呼ばれております不溶性のたんぱく質が沈着しております。この沈着量と
痴呆度とが比例いたしておりますので、原線維の生成というものがアルツハイマーの成因と何か関連しているということは皆考えているとおりでございます。
ところが一方、ダウン症候群という
病気がございます。この患者は、昔はすぐ亡くなったのでございますが、最近、医療が発達いたしまして割に長生きするようになりました。そうすると、四十歳を越しますとほとんど皆
痴呆症状を呈しまして、その脳内には先ほど申しましたアルツハイマ−の原線維がたまっておる、沈着しております。一方、ダウン症候群はなぜ起こるかということはわかっておりまして、これは二十一番目の染色体に異常を来しているからでございます。したがって、この二十一番目の染色体の中にアルツハイマー原線維を形成するための何か遺伝子が含まれているのではないかということが考えられておりまして、この遺伝子の同定をバイオテクノロジーを使って行う
研究が欧米各国で今非常に盛んに行われております。
日本におきましても、細々ではございますが、私どものグループが現在この遺伝子の同定に全力を注いでいる次第でございます。
これまで御説明申し上げましたことを要約いたしますと、私たちが当面
制御しなければならない病的な
老化の中には、
老化遺伝子とでも呼ぶべきものが高齢期で発現している場合、例えばひょっとしたらアルツハイマーがそうかもしれない。それからもう
一つは、
生理的老化の結果
老年病が
発生するという
二つを申しました。前者の場合には、
病的老化の成因そのものを
研究すればよろしいわけですし、後者の場合には、まず
生理的老化の成因を解明することこそ
老化制御の第一歩なのであります。しかも、長々と
お話ししましたように、これらの
研究は決してやみ夜に鉄砲を撃つようなものではなくて、既に一応の道筋がついているという
状態にあるということをぜひ御理解いただきたいと思います。
それにもかかわらず、我が国におきます
研究の
現状は著しく立ちおくれているということでございます。というよりは、むしろほとんど手がついていないと言ってもいいかもしれません。今やこの問題は国のレベルで総合的な
研究体制を設定しない限り、
研究の推進は不可能に近いと申せると存じます。
以下、我が国におきまして
老化研究が進展しない理由を、私見でございますけれども申し上げてみたいと思います。
その第一の理由は、
研究者の数が絶対的に不足しているということでございます。
我が国におきまして
老化の成因の
研究をしておりますグループは、いわゆる
日本基礎
老化学会と呼ばれている学会を形成しております。この学会の会員数はわずか三百名でございます。しかも、その中で実際に
老化成因の
研究に従事している人の数は、さらにその数分の一にすぎません。それでは実際に
研究するポテンシャリティーがないのかと申しますと、我が国は極めて豊富な
研究人材を持っていると思います。結局、優秀な予備軍はごまんといるのに、それらの人々が
老化の方を向いていないというところに問題があるわけでございまして、これらの人々をどうして
老化の
研究に向けさせればよいのかということがまず大きな問題でございましょう。
理由の第二は、
研究費の不足でございます。
国から支出されております
種々の
研究費のうちで、
老化の成因の
研究に直接向けられているものは、どんなに多く見積もっても年間十億円を上回ることは絶対ないと思います。一方、
アメリカ合衆国の国立
老化研究所の予算は、所内
研究費及び所外への助成金を含めまして今まで二百二十億円でございましたが、今年度はさらにかなり増額し、しかも、特にアルツハイマー型の
老人性
痴呆症の
研究に新たに六十億円を上積みしております。
研究者の目を
老化の方に向けさせるためにも、
研究費は極めて重要な
役割を演じていると思います。
第三の理由は、
研究の機関に乏しいことでございます。
皆様御存じのように、現在国立の
老化研究所は
日本にはございません。
研究所らしい
研究所としては、財団法人
東京都
老人総合
研究所があるだけでございます。
アメリカには前に申しました国立
研究所があるだけでなく、各地の大学の附属あるいはコミュニティーのものとして
研究所が随分たくさんございます。さらに、
日本には医科大学とか大学の
医学部というのは国公私立合わせますと約八十校あるわけでございますが、この中で
老人病学科というのを持っているのはわずか十校しかないわけでございます。今後
老人専門医の要望は増大していくばかりであると思われるのに、大変に心細い次第であります。
理由の第四は、
研究組織がないことであります。
私が今まで申し上げましたことから御推察いただけますと存じますが、
老化研究はまさに学際的な
研究でございまして、
種々の
専門分野の方々がそれぞれの立場から協力するという
組織がなければ、個人プレーではいかんともしがたいものであります。このような大がかりなプロジェクトの例としまして、例えば、文部省の科学
研究費助成金の中に、従来特定
研究、最近では重点
研究と呼ばれているものはございますが、しかし、残念ながら、
老化の
研究は、過去一度も特定
研究や重点
研究に選ばれたことはございません。最近、厚生省で天皇在位六十年記念としまして長寿科学
研究組織の計画が進行中というふうに伺っておりますが、私は、これに非常に期待するとともに、他の省庁におかれましてもそれぞれの立場からこの問題を取り上げていただくことをお願いしたいと存ずる次第でございます。
それに関しましてまた一言つけ加えたいことがございます。
老化制御の
研究をちょっと拡大解釈いたしまして
長寿者社会対応のための
研究ということにいたしますと、
老化制御よりもっと火急的に必要な
研究がございます。それは、申しますれば介助器具あるいは
老人が自立するための器具というものの開発でございます。現在開発されておるものは主として病院とかあるいはナーシングホームとか、そういうところで使える器具でございますが、ヨーロッパでは現在ホームから家庭へと
老人がUターンをしつつあるのが
現状であります。同じことは
日本においてもこれから必ず起こり得る。とするならば、介助ができないから今ホームに移そうとしておるのに、もう一遍これを家庭に帰すためには、家庭で介助するに足る器具の開発というのは極めて重要なものでございますし、例えば
老人が簡単にかける電話とか引き寄せられる装置、あるいは自立するための器具とかいうものの開発についてもぜひ心を配っていただきたいと存ずる次第でございます。
では、時間が参りましたので、私の御説明をこれで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)