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参考人(服部学君) 立教
大学の服部でございます。
私は立教
大学の原子力
研究所というところに勤めておりまして、原子力の安全性に関する
研究を行っております。つまり、今回のチェルノブイリ事故のようなことが起こらないようにするには一体どうしたらいいのか、そういったことを
中心にして
研究を続けております。御存じのように、原子力の
研究というものは、これは非常に広い分野の総合
研究でございます。
研究の
交流というものが最も必要な分野でございます。その立場から、きょうこの
研究交流促進法について意見を述べさせていただきたいと思います。
私
たち、この原子力の
研究を行いますにつきましては、
昭和三十年に制定されました原子力
基本法、これがやはり一番私
たちの基本的な課題となるわけであります。この原子力
基本法第二条には、「原子力の
研究、
開発及び利用は、平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その
成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。」こういうふうに記されているわけであります。
この原子力
基本法の制定のもとになりましたのは、
伏見先生もおられますが、これは
日本学術会議の原子力平和利用三原則と言われるものでございます。これは一九五四年の四月に開かれました第十七回総会の「原子力問題についての対的声明」という中に述べられたことであります。その中に、
日本の原子力
研究はあくまでも平和目的に限られなければならない、そして「わが国において原子兵器に関する
研究を行わないのは勿論外国の原子兵器と関連ある一切の
研究を打ってはならないとの堅い決意をもっている。」という決意を表明したわけであります。その精神を保障するための原則として、一切の情報が完全に公開されて国民に周知される、その公開の原則というものは、そもそも
科学技術の
研究が自由に健全に発達を遂げるため欠くことのできないものである、こういうふうに述べられております。
実は、この原子力平和利用三原則の声明のもとになりましたのは、これは
伏見先生も所属しておられました
日本学術会議の原子力特別
委員会、あるいは私も
委員をしておりました原子核特別
委員会、この
委員会は朝永振一郎
先生が
委員長をしておられたわけですが、その
委員会等におきまして種々
検討の結果この原子力平和利用三原則というものが生まれてきたわけであります。
朝永
先生がまとめられまして、三月二十日付で朝永振一郎
先生のお名前で第三十九
委員会の藤岡由夫
先生に提出されました「わが国の原子力
研究についての原子核物理学者の意見」というものの中にもこういうことが述べられております。「この
研究はあらゆる分野の数多くの
研究者の衆智を集めて始めて可能になることからいって、常に
研究状況が公表され、意見と
データーの自由な交換によって、いつでも、いかなる
研究者もが、その知識と技術を提供して協力し得る素地を作らねばならない。発表が秘密という
制限を受け、
研究が閉じた集団のなかでひそかに行われるのでは、それは遅々として進まないか、或は不健全なものとなり、決して真にわが国に根をおろしたものにならないであろう。外国から秘密の
データーを受けて
研究することは、一時の
研究速度を加えるには役立つかもしれないが、同様な理由により、永い目でみればそれはマイナスである。」、こういうふうに朝永
先生はまとめられたわけでございます。そういった立場から、私はこの
研究交流促進法を拝見いたしまして。これは非常に危険なものではないかという気がするわけであります。
時間がございませんので簡単に結論から申し上げますと、この
研究交流促進法というものは、
研究公務員と並列して特別公務員の自衛隊職員を包含することによって
日本の
研究体制の中に軍事
研究を公然と持ち込もうとすることに道を開くのではないかというふうに考えるからであります。防衛庁で行われる
研究というものは、これは明らかに軍事
研究であります。たとえその
研究の性格が防衛的なものであろうと、あるいは攻撃的なものであろうと軍事
研究であることに変わりはございません。また、兵器というものには、いわゆる防衛的な兵器とか攻撃的な兵器とかいったものの区別はあり得ないわけであります。例えば今問題になっておりますSDIで
開発しようとしているものの
一つに、相手の飛んでくる戦略ミサイルを撃ち落とすためのBMD、この各種兵器、これは攻撃してくる戦略ミサイルを撃ち落とすのであるから専ら防衛的な兵器であるというような解釈が一部に行われておりますが、これはとんでもない誤解でございます。一方で膨大な戦略核戦力というものが保持されている、さらに例えば
アメリカでは戦略核戦力の近代化計画というものが着々と進付している、その中で相手の核ミサイルを撃ち落とす技術を
開発するということは、これは報復攻撃の心配をせずにみずからが先制核攻撃を行うことができる、その能力を高めることになるということにほかなりません。あるいは
自分の側の戦略核戦力の脆弱性、これを少なくするということにほかならないわけであります。また、BMDに関する技術というものが、もう
一つASAT、対衛星攻撃の技術に通ずるものであります。その兵器として使われるならば、これは明らかに攻撃的な兵器ということになるわけであります。
いずれにしても、とにかく軍事
研究というものには、これは必ず秘密保持というものがつきまとってくるわけであります。完全に公開された軍事
研究などというものはこれまでに存在したことがございません。もちろん、近年軍事
研究そのものの中にいろいろな
基礎研究の要素というものが非常に強くなってきております。今や軍事に適した
研究というものとそれからそうでない
研究というものは、非常に区別がしにくいわけであります。これは科学の内容が変わったのではなくて、軍事的要求が変わってきたからであります。
兵器というものは、現在では宇宙とか深い海の中とかジャングルとか、すべての環境に広がっております。また新しい兵器、通信体系、あるいはセンサー、支援装置、こういったものはいろいろな新しい形のエネルギーあるいは物質といったものが含まれております。したがって、軍にとって興味のない科学の
研究の分野というようなものはあり得ないわけであります。兵器体系が入り込んだこの新しい環境の中で物質あるいはエネルギーがどういうふうに振る舞うのか、そういう問題はこれは
基礎研究でしか答えられないわけであります。したがって、その軍事
研究の中でいろいろな
基礎研究というものが今後行われることになると思いますが、そういったことは逆に
基礎研究そのものの中に秘密がいろいろな形で紛れ込んでくる、こういう危険性を私
たちは強く感じるわけであります。ですから、私
たちは
自分たちのやっております
研究が軍事目的に役立つのか役立たないのか、そのことを何によって判断するのか、大変難しい問題に迫られております。
実は、
伏見先生が前に会長をしておられました
日本学術会議は、一九四九年一月創立に当たって、これまで
日本の科学者がとりきたった態度について、これは当時の議論の中で、戦争中に
日本の科学者がとりきたった態度であるということが討議の中で明らかにされております。「これまで
日本の科学者がとりきたった態度について強く反省するとともに科学を文化国家、
世界平和の礎たらしめようとする固い決意を内外に表明した。」ということを声明しております。そしてまた、一九五〇年四月の第六回総会では、戦争を目的とする科学の
研究を行わない、こういう声明を発表しておられます。その後半を読ませていただきますと、「われわれは、文化国家の建設者として、はたまた
世界平和の使徒として、再び戦争の惨が到来せざるよう切望するとともに、さきの声明を実現し、科学者としての節操を守るためにも、戦争を目的とする科学の
研究には、今後絶対に従わないというわれわれの固い決意を表明する。」しかし
自分たちの
研究が、どうやって軍事目的につながっているのかどうか、これは、だれがその
研究をさせているのか、だれが
お金を出しているのか、だれがそれを利用しているのか、そのことでしか判断せざるを得ないわけであります。ということになりますと、この
研究交流促進法によって防衛庁との
研究交流が
促進されるということは、私
たちの
研究そのものがゆがめられる、そしてまた、その中に秘密保持というようなものが持ち込まれる危険性が非常に大きいと思うわけであります。
実は、私
たち物理学者は、一九六六年に
日本物理
学会が主催いたしました半導体国際
会議に際しまして、この
会議の実行
委員会に米軍の資金が導入されたことがあります。そのことを問題にいたしまして、中で非常に熱心な討論をした結果、一九六七年九月九日、第三十二回の臨時総会を開催いたしました。第三番目の決議といたしまして、
日本物理
学会は、今後内外を問わず、一切の軍隊からの援助、その他一切の協力
関係を持たない、こういう立場を鮮明にしたわけであります。これは私
たちの
研究そのものが、
基礎研究そのものが軍事
研究によってゆがめられないように、これはまさに私
たちの学問そのものを真に発達させるためにという気持ちから出たものであります。
その点で、特にこの
研究交流促進法の第十条でございますか、に書かれている文句、言葉というものは非常に危険なものを含んでいるように思うわけであります。この十条に「国は、国の
研究に関し国際的な
交流を
促進するに当たっては、条約その他の国際約束を誠実に履行すべき
義務並びに国際的な平和及び安全の維持について特別の配慮を払うものとする。」、こういう文句が書かれております。これは読みようによっては、
日本の
研究は平和のためにあるべきだから、そういったSDIなどには絶対協力してはならぬぞというふうに、私
たちは素直に読めば読めないことはないんでありますが、現在の政権、中曽根政権のやっておられるいろいろな
政策というようなものから考えますと、
世界の安全を深く考慮するということは、私
たちの考えるのとは全く別の
意味でSDIの
研究に道を開くものというふうに考えざるを得ないわけであります。
安全保障というものは、これは政治学あるいは経済学のテーマとして考えるのは大変結構なことだと思います。しかし安全保障を高めるために科学
研究を行う、あるいは
交流を
促進するというのは科学の真に自由な発展を妨げるものにほかならない、私はこのように考えております。参議院の良識をもってこの
法案を廃案にされることを強く希望するものであります。