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武田分科員 ひとつそういう決意で
努力をしていただきたいと思います。
これは、
私立の高等学校の場合な
ども、やはり各都道府県にちょうだいしている
補助金がどんどん減っている。これもまた大きな問題でありまして、高等学校によっては、教員が給料の非常に安い中で甘んじているところも地域によっては出ている。生徒数がどんどん偏在化している、少なくなってくる地域でも一生懸命地域の子供さん方を
教育するために頑張っている。私の知っているある教員は、三十四、五歳になっても十五、六万ぐらいで頑張っておる。その分は何で埋め合わせているかというと、珠算を教えたり、アルバイトをやっているなんというところもあるのでありまして、こういう経常経費の助成の減少というものはいろいろなところに大きなゆがみあるいはひずみを与えているということもあります。
そういうことで、この問題についてはどうかひとつ十分なる御配慮をいただいて、
教育というのは、国家百年の大計を考えた上で、次代の青少年の健全なる
育成ということの大事業でありますから、これは国の安全保障とかいう中の人というものをやはり重要な位置づけをする。事業は人なりといいますけれ
ども、私は、
私学で育った青年、子供たちと接触いたしますと、
建学精神の中で自分を鍛えながら各界で頑張っているということを見ると非常に頼もしいわけでありまして、
大臣もその一人ではなかろうかと思うときに、これからますますそういう
私学のいろいろ特色あるところで、おのおの環境は違うけれ
ども、おのおの学んだものを発揮できる、そういう
私学をさらに価値あらしめ、権威を高からしめるような
努力をお願いをしておきたいと思うのであります。
そこで、きょうの本題として専修学校についてひとつお尋ねをします。
専修学校の
制度は
昭和五十年に成立した、ですから、それが実施されてことしで十一年目になるわけであります。産業界からも、即戦力を備えた
人材として非常に好評で迎えられているわけであります。生徒の方も、学歴もさることながら、やはりこれからは実力、手職といいますか、そういうものを身につけた方がいい世の中になってきたんじゃないか、そういう考えが普及してきた、親の中にもそういう考えがある。ということは、両方から、使う方、使われる方、学ぶ方、学ばれる方、要するに、時代の要求に沿って非常に成長してきた。非常に結構であります。学校も相当ふえまして、五十九年で約二千六百校というのですから相当なものであります。生徒数も約五十万近くいる。高校からの進学率が一〇%以上も超えて短大に接近している。就職などは短大よりも専修学校がいい、
大学よりも専修学校がいいという会社まであります。ということでありますから、専修学校の存在というものは今後ますます重要なセクションになってくるのではないか。高等
教育機関の中の重要な柱として、第三の波といいますか、そういう感じさえいたします。ただ、十一年目ですから、これからが大事なときではないかと思うのですが、そろそろここに、やはり十年も過ぎますといろいろな問題点が
指摘されている。いい面はさておいて、きょうは悪い面の
指摘をしまして、こういう内容のことをよく認識された上で、専修学校の
中身をひとつ総点検をなさるべきではないかという提案をしたいというふうに思うわけであります、
それはいろいろな問題がありますが、主だったものを取り上げてみますと、特にコンピューターですね、これが情報産業という世界の中で急速に
人材を要求している。非常に足らないそうであります。これからも需要と供給のバランスはなかなか正常にいかない。あと十五年ぐらいすると百六十万ぐらい必要だけれ
ども、しかし百万ぐらいしか育たないとか、そんな話。通産省から聞きますと、かなりそういう
人材は不足であるからここに力を入れるべきだということで、
文部省も通産省も力を入れているようであります。このコンピューターの
関係での学校が特にふえてきた。これまた歴史が浅い。経理とか洋裁とかいうのは歴史があって、ある程度安定していてそう変動はない。問題は、そういう情報産業に参加する専修学校であります。
一つは、どういう問題かというと、生徒の質が最近低下しているという評判であります。これは生徒が悪いのか
先生が悪いのかということでありますが、聞くところによると専修学校の二〇%くらいは退学をしている。しかも、それに対する
対応はしない。要するに、選考の段階で大体無試験ですね。ですからどっと入れて、そして後はもう生徒
指導な
どもなかなかできない。これでは学校の役割としては失格ではないか、こういうふうに私は思います。やはり
技術を教えるだけが
教育でないのでありまして、会社側の皆さん方に言わせると、
技術はあっても一般教養が多少低い、常識的な問題に欠けるとかという話まで出てくる。国家試験を受けても、一般の方々の平均、全体平均で合格率が二〇%ぐらいあるのだけれ
ども、専修学校は一五%とは何事だ、本当は専門の学校で高いのが当たり前だけれ
ども、低い。通産省なんかのデータでもはっきりしている。こういう質の問題。
これは、カリキュラムな
ども自主性を認めて学校独自のものにさせているわけです。果たしてそれでいいものか。ある
一つの
基準というものがなければいかぬのではないか。
それから
先生の研修はどうなっているのか。研修費というものも今おかげさまで出していただいています。しかし、それもまだまだ低い。学校によってはそんなものは無視しながら――やはり彼らにすれば商売ですから、そういうことの余りに、そういうものが発生するという心配がある。こういうことは点検をしなくちゃいけないのではないか。
それからもう
一つは、これは全部ではないのですが、一部に、どうしても経営優先、もうけ主義に走る。
教育産業はもうかります。私も五年間教員をやって、
私学、各種学校に行って、これはもうかるなというのをこの目で見てきました。私もできればやってみたいなと思ったぐらいであります。五年ぐらいまじめにやりますと、結構、入学金、授業料、大変なものです。今など、私の地域でのコンピューターの学校の授業料は、入学金など含めると三十万ぐらい取りますね。それが毎年千人、二千人、多いところでは三千人入る、試験を受けさせるということです。それはいいですよ。それも学校の経費とかを支えるために必要なんでありますが、そういう経営優先の姿勢というのが専修学校の評判に傷をつけている嫌いがある。
それからもう
一つは、これは県が
指導監督するわけですね。そうでしょう。ところが県は、これはなかなかできない。東京などでは大変困っているようです。そういう県の
指導監督が非常に弱いというようなことがございまして、要するに、専修学校の体質、
中身をもっと充実させ、今後権威づけるためには、そういう不良な学校、非常に学校
教育の
精神からはみ出すようなものは、やはりしかと
指導監督しながら整理をしていかなくちゃいけないときではないか、こういうふうに私は思うのであります。広告なんというのは大変です。誇大広告の最たるものはコンピューターの学校だと言われるくらい、要するに我が校をPRするために国家試験合格第一位なんというのを、毎年同じ第一位が全国に二カ所も出たり三カ所も出たり、などというのが堂々と各学校への案内の中にある。そういういろいろな要素を踏まえた
指摘があります。
そこで、こういう専修学校のあり方について、
大臣からひとつ、今後どのようにこれをもっと立派にして、生徒からも親からも期待され、
社会からも期待される専修学校として育てていくのか、これからの取り組みをお尋ねしておきたいと思うのでございます。